機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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故郷に帰って来たレイは家族や友人との再会に感動する。そして、幼馴染のリルムにも……


第三十三話 故郷の風

 

 セイントバードはモントリオールへ向かっていた。その間、敵からの攻撃に遭う事なく、移動することが出来ている。現在セイントバードはロシア領、サハリン島上空1.500メートル上空を飛んでいる。このまま問題なければ、後六時間程でモントリオールへ辿り着くことが出来る。

 いよいよ、この艦とも別れる時が来た。海賊との戦いで妙な現象に襲われていたレイは、その事を悩んでいたが、今は故郷へ帰ることが出来る喜びを噛み締めていた。気持ちを切り替え、故郷の風を、早く受けたいと思っている。

だがその一方でレイは自らに起きた奇妙な出来事に対して一人、部屋で考えていた。天井を眺め、自らの手を見て疑問を抱く。

(記憶にない、あの手応えは一体何だろうか……)

新たに生まれた疑問はレイをただ困惑する。しかしそれが何か分からないまま、故郷までの僅かな時間を過ごすしかなかったのである。

その際、ドアが開いた。そこに居たのは、ポニーテールの少女、スバキである。

「スバキ。どうしたの?」

「お前……さ、行っちゃうんだろ。もうすぐ……」

明らかに、寂しそうな表情を見せるスバキ。

「あのさ、その……色々と、ありがとうな。お前がいなきゃ、私、どうなっていたか分からないから……」

スバキとの出会いは日本に居た時に遡る。そこの司令官、マサアキ・アルトにシンギュラルタイプのパイロットとして半ば軟禁状態だったスバキ。そこからレイが、彼女を助け出したいと願い、結果的に彼女はセイントバードのクルーになった。

それは、レイという少年が繋いだ絆なのだろう。彼女は今、生き生きとして生きている。新生連邦の基地に居た時とはまるで別人のように、明るくなった。母親の現実や、死を乗り越えて、今を生きているのだ。

「うん、スバキも、元気でね。これから、セイントバードはどうなっていくのかは分からないけれど……」

「あのさ、レイ。」

突然スバキが口を開けた。

「どうしたの?」

首を傾げる、レイ。

「あの、ガンダムって、どうなるんだ?お前が乗らなかったら、誰も乗れないんじゃないのか?」

アインスガンダムはパスワード式である。そのパスワードを知るのは、レイしか居ない。彼はクルーの誰にもその内容を伝えていない。故に、今は彼しか搭乗する事が出来ないのだ。

「そっか。それもそうだよね。」

レイも、悩む様子を見せる。

 確かにアインスガンダムは今後、レイには必要のないものになる。そうなった場合、ガンダムはどうなるのだろうか?

 以前ネルソンとシンがアステル家に預けるかも知れないという話をしていた。だが、それも不確実な話である。このままガンダムと言う機体を置いていては、宝の持ち腐れだ。

「あのさ、お前がもう乗らないっていうのなら、私が乗る事ってどうかな?」

「え……?」

レイの表情が、一瞬だが固まった。

「スバキが、アインスに乗るって事?」

「そうそう!私が乗ってやる!乗りこなしてみせるよ!」

と、腕まくりをしたスバキ。まるで、自信満々だ。

「えっと、良いのかな……?一度、ネルソンさんとかに相談した方が良いような……」

彼は困惑している。勝手に、彼女にアインスを与えて良いのか?それが分からない様子の、レイ。

「レイ。」

 その時、彼等にとって丁度良いタイミングでネルソンが来た。別れの言葉を伝えようと、来たのである。

「あ、ネルソンさん!丁度良かったです!」

その際に、レイは聞いた。アインスをスバキに渡しても良いのか……と。

 

「それは、良いアイデアかも知れないな。君がもう乗らないのなら、誰かが乗るべきだ。スバキの実力は先程の戦闘を見ている限りでも筋が良い。ガンダムでも乗りこなせるかもな。」

と、スバキを褒めるネルソン。彼女も、喜んでいる様子だった。

「じゃあ、アインスは私が乗るんだな!レイ、お前の分まで頑張るからな!よっしゃあ!」

この瞬間、アインスガンダムの新たなるパイロットが決定した。スバキ・シンドウ。日本でレイが助けた少女。彼女が、レイの代わりにアインスのパイロットとして活躍していくことになる。そして、セイントバードの中心戦力となって戦う事になるのだ。

「じゃあ、パスワードを教えてくれよ!」

「う、うん……じゃあ……」

レイは、パスワードを伝えるのを躊躇う様子だった。自分しか知らない内容を、誰かに伝えるというのは緊張するものである。

やがてレイはスバキの耳元でパスワードを、伝える。それを聞いた彼女は、静かに頷いた。

これで、完全にアインスはスバキも操ることが出来るMSとなった。その情報さえ伝えれば、セイントバードチームの戦力として、アインスが持ち腐れになる事は無い。今後の航行でも役立っていく事だろう。

「どうやら、引継ぎは済んだらしいな。まさかスバキ。君がガンダムに乗る事になるとはな。」

「レイの分まで、頑張るから!宜しくな!」

スバキの表情は明るい。それはアインスに乗る事が出来る為なのか、レイの代わりに戦うことが出来るからなのかは、不明だ。

「私、レイみたいにあんな凄い動きが出来るのかは分からないけど、精一杯頑張るよ!」

それを聞いたレイの表情は、笑顔ではあったが目が笑っていない。

 レイの眼が深紅に染まった時。彼は無意識の内に敵MSや敵艦を殲滅していた。あの時の感覚が一体何なのかが分からない為、それが恐ろしかったのだ。

 しかし、今はそれを忘れるようにした。もう、戦わなくて良いのなら、それで良いのだから。

「レイ……あのさ……」

突如、スバキは視線を横に向ける。レイは目を、二回瞬きさせた。

「その……私……さ……」

自身の手を、胸元に近付けるスバキ。何故か、恥じらっているようにも見える。

「スバキ?」

「……何でもない!じゃ、じゃあな!元気でな!!」

と、言った後でスバキはその場を去って行った。アインスガンダムの引継ぎは終わったのだが、その後のスバキは、表情は何故、顔を赤めていたのかは、レイには理解が出来ない様子だった。

「……よく、分からなかったが……レイ。私からも言わせてもらう。君はもう、何も気にすることなく戻れば良い。故郷では自分らしく、暮らすんだ。もう命の危機に遭う事もない。戦う事も、無いだろう。」

残されたネルソンも、改めてレイに対して餞別の声を与えた。

「ネルソンさんも、本当にありがとうございました。少し、寂しくなっちゃいますけど……」

「分かれは人生において必ず訪れる。しかし死ぬ訳じゃない。それにEフォンで連絡も取る事が出来る。完全な別れではない。ただ、その姿を見る事が難しくなるだけだ。」

「……はい。」

二ヶ月余りと言う短い期間。だがそれは、レイにとっては余りに大きな経験となった。多くの出来事を経験することが出来たレイ。生死を彷徨う事も多々あったが、こうして故郷に戻ることが出来る。それは、レイにとっての何よりの喜びだった。

「……元気でな、レイ。」

ポンと、ネルソンは肩を叩く。レイは、静かに、頷き、言った。

「……はい!」

完全な別れではない。ここでの出来事は、忘れない。レイは心の中でそう、誓ったのであった――

 

 

 その後もレイの部屋に多くのクルー達が声を掛けに来た。もうすぐ別れるという事もあり、皆がそれぞれ名残惜しそうに、話をしている。

「元気でな、故郷で学業に励んで、立派な人間になれよ!」

と、ガーストが言った。日本で出会った人間の一人、ガースト・ピュアス。彼とは仲良くなり、共に温泉に行ったり、自宅に泊めさせてもらった事もあった。

「レイ、また会えたら良いネ!」

プレーンが言った。ガーストと仲の良い彼女。相変わらず二人は仲が良くその様子は時に、レイですら羨ましいとさえ、感じる程だ。

(もし、僕も……リルムとこれぐらい相思相愛になれたら良いのに……)

と、彼は考えていた。

 

 

 最後にエリィが来た。艦長のエリィ。彼女は献身的にレイを支えてきた。時に破廉恥な発言もあったが、彼の事を心配していたのは、紛れもない事である。

「レイ君、本当にお疲れ様でした。あの事は、もう忘れたら良いと思う。だって、もうレイ君はMSに乗って戦う事は無いのだから。」

「……そう、ですよね。」

海賊、新生連邦での戦いでレイが覚醒した時。彼はそれに恐怖していた。自らが自らでなくなるような恐怖。それの原因は全く不明ではあるが、レイは戦いから身を下ろす事が出来る。ごく普通の、当たり前の日常を送ることが出来るそれだけでも、十分に幸せなのだ。

 

ギュッ

 

その時、エリィはレイを抱き締めた。柔らかな感触。そして、優しい手つき。

「やっぱり寂しく感じちゃうのは、良くないんだろうな。けれど、ごめんね……私、少し寂しいんだと思う。私の我儘だと思って、許して……」

エリィは寂しさを感じていた。二ヶ月の間共に過ごした事は、彼女にとっても忘れられない思い出であったのだ。

「エリィさんとの出会いは、忘れません……」

「うん、ありがとう……」

そう言って、再びエリィはレイを抱き締めた。

 出会いがあれば、別れがある。それは当然の事だ。それは人生において誰もが経験する出来事。仲の良い友人、仲間、恋人、そして家族。様々な事情で距離を置く事はあるだろう。それは悪い形のものもあれば、良い形のものもある。良い形での別れは、新たなるステップに進む糧となる。

 エリィの内心は揺れていた。ここに居て欲しいという気持ちと、巣立って欲しいという気持ち。その両者がエリィの心の天秤に吊るされているのである。

「じゃあ、お達者で!」

と、言って、エリィは敬礼をした。

「あの、軍じゃなかったのでは……?」

と、レイは一言言った。

「あはは、軍時代の名残が残っちゃってたね……」

このように、どこか抜けているエリィではあるが、レイにとってはかけがえのない人物である。このどこか抜けている所や、少しばかり破廉恥な発言をする面を含め、エリィ・レイスと言う人間が成り立っているのである。

 

 

 

 モントリオールに近付いて来た頃、セイントバードチームは海賊と新生連邦の戦闘データを、アステル家に送信していた。というのも、彼等はジャンヌ達と別れる前に事前に新生連邦の情報収集をして欲しいと依頼を受けていた為である。今回の海賊と新生連邦の交戦状況等の報告を行い、彼等はデータをアステル家に転送した。

 その際、ブリッジに居たネルソンが言った。

「気になるのは、昨日の戦闘でも夜中の戦闘でも、海賊と新生連邦が仲違いをしている様子ではなかった点についてだ。新生連邦からすれば、我々のようなMS乗りは野蛮な存在と見做す筈。増して、海賊ならば尚の事。まるで、あれでは新生連邦が海賊に我々の討伐依頼をしているようにも見える。」

「もし、そうならば新生連邦政府って大分腐敗していますね。そこまでして私達のような勢力を叩きたいと思うのでしょうか。持ち前の軍備増強は、何の意味があるのでしょう。」

新生連邦は傭兵、MS乗り等を雇う等をしてあらゆる行動を起こしている。それは紛れもない腐敗だ。しかしそれが公になることは無い。不都合な出来事は政府の情報機関に隠蔽される事もそうだが、そもそもそれを、総司令が把握していない現状があるのである。

「我々には分からん事が多いが、何にしても腐敗しているのは間違いないのかも知れないな。」

「これが、かつての地球連邦軍の成れの果て……なのかな。」

エリィが、一言呟く。かつての地球連邦軍に所属していたが故に、現在の新生連邦の存在が情けなく、思えてしまうエリィ。

「まあ、何にしても、今は為すべき事をするだけだ。またデータの返信が返ってくるだろう。それから動く事を検討しても良いかも知れない。」

「……そうですね。」

今後、レイが抜ける事になるセイントバードチームはどのように動いていくのだろうか。今は、ただ、ジャンヌからの返信を待つ事しか出来ない。その上で、彼を故郷へ送り届ける。彼の幸せな人生を、願いながら。

 

 

 

 時間が経過した。セイントバードはモントリオールの地に降り立った。二ヶ月振りの故郷の風を感じていたレイ。時期が二月の下旬という事もあり、寒さを感じてはいるものの、それでもどこか、懐かしさを感じていた。

 クルーとの別れは寂しいものがあった。この二ヶ月余りで起きた出来事は彼をあらゆる形で成長させていった。名残惜しい別れだが、今はこれからの未来を見据えて行かなければならない。

 空港に降り立ったセイントバードは、すぐに車を発進させる。運転手はネルソンだ。そこで、彼の家の近くまで送っていくという。

 セイントバード、そして彼の搭乗機体であるアインスガンダムと共に経験した様々な出来事。それらを噛み締めたレイは、Eフォンの写真機能を使い、セイントバードの写真を撮った。いつでも、思い出せるように……と。

(さようなら……セイントバード、そして、アインス……)

長いようで短かった二ヶ月余りの時は、レイの胸の奥に、深く刻まれるのだろう。

 車はモントリオールの市街地へ向かって行く。見覚えのある景色は彼の心を高揚させていく。行き来する車達の姿は、今朝までの非日常を想像させない。まさに、“日常”の光景だ。

 それが、レイ・キレスという少年にとっては当たり前であった光景だ。このかけがえのない日常の光景こそが、レイが育ってきた環境、モントリオールなのである。

 もう、死の現実に直面する事もない。ガンダムもセイントバードに預けている為、それに翻弄されたりすることもない。これから、彼は元の生活に戻り、今まで通りの生活を送る。ただ、それだけが今の彼を支えていたのであった――

 

「着いたぞ。」

ネルソンの言葉で、レイは降りた。そこは、かつてギリア・ノールが経営していた工場である。そこは跡地となっており、現在は別の建物の建設予定地となっていた。

 思えばセイントバードでの旅は、ここから始まった。ギリアがチェーニ姉妹に殺され、そこからネルソンが彼を助けた事から、彼は故郷を離れる事になった。その場所で降りるというのは、なんという偶然であった事だろうか。

「お別れだ。達者で暮らせよ、レイ。」

「あの、ありがとうございました……本当に。」

「君の人生を、楽しめ。」

ネルソンは、長居をしなかった。余り長い時間一緒に居ると、彼を躊躇わせてしまうかも知れない――と、考えたからである。

 

 レイは、自分の家に向かう。全ての景色が覚えのある光景。近所にある並木道も、既視感のある建物も、よく学校の帰りに寄るパン屋等も、全てが覚えのある景色だ。間違いなく、彼は帰って来たのだ。故郷、モントリオールへ。

 歩く景色は全てが懐かしく感じられる。学校へ通う為の道や、そこを歩く人々。その全てが、彼にとってただ、懐かしい。そして、嬉しい。戦場と違う日常。彼は日常に戻ってきた。もう、MSに乗って戦う事もない。もう、戦場に立ち、死の淵に立たされることもない。

 やがてレイは実家の前に立つ。懐かしい光景が、そこに広がる。それを見たレイは、一層高揚し、走り出す。懐かしい自宅の姿を見て、ただ、走る。そして、玄関の門を通ろうとした――

「レイ?」

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。その方向を振り返る、レイ。

「母さん……!」

覚えのある、顔がそこにはあったのだ。母親、カレン・キレス。レイにとってかけがえのない存在。大切な、母親であった。

「レイ!!!」

母親もレイの存在を認識していた。そこに居るのは紛れもなく、自分の息子、レイ・キレスである。

 両者は、二ヶ月振りに再会した。ごく普通の家庭で育っていたレイにとって、母親と再会できることは何よりも喜びであったのだ。

「母さん!久しぶり!!!会いたかった!会いたかったんだ!!!」

思わず、レイは母親を抱擁しようとする。

 死の淵を経験し、故郷から離れて様々な経験をしたレイは、母親の存在がより一層、恋しいとさえ感じていた。レイの年齢は、所謂反抗期と呼ばれやすい時期であるのだが、彼の場合はそのようなことは無かった。寧ろ、母親に会う事が出来る喜びの方が、大きかったのである――

「何処に行っていたのよ!?」

母親が激昂するのに、時間を要さなかった。寧ろ、そちらの感情が優先するのが常なのだろうか。

 目の前に、行方不明となっていた息子がいる。それは、嬉しい事だ。だが、事はそう、単純ではない。行方不明となっていた息子が居れば、事情を聞くのは至極当然なのである。

 レイは、家族に会える喜びばかりを優先し過ぎていた。ここで、彼に壁が立ち塞がる。家族に対して、どのような説明を行わなければならないのか……という、話だ。

「連絡入れて、それでも何処に行ったか言わないで!警察にだって捜索してもらった!けど、見つからないって言われて!その事を言ったら警察は対応してくれなくなったの!“無事なら良かった”それだけ!でもレイは何も言ってくれない!何なの!?何処で、何をしていたの!?分からない、分からないわよ!!!」

母親の心配は至極当然だ。今まで当たり前のようにジュニアハイスクールに通っていた少年が、突然行方不明になる事は事件以外疑う余地がないのである。

 だが、レイはこれに答えることが出来なかった。何故ならば、到底信じられない出来事を経験してきたからである。ごく普通に育ってきた環境の家族が、まず経験しないであろう、実際のMSに乗って戦闘するという事。

「それ……は……」

言い訳しようにも、思いつく筈がない。しかし、真実を言って、果たしてどうなるのか。虚言と言われるのが関の山だろうか。それは、分からない。ではどう説明をすればよいのか?ありのままを伝えて、果たして母、カレンはそれを信じるのか。今後、どのような措置を取られるのか。

 レイに、突き付けられた現実は余りに厳しい。戦場をMSで駆け抜け、生き残って来た環境とは全く異なる場所へ身を投じるという事は、そういう事なのである。誰にも理解される筈のない事を説明するのは、無理難題だ。どれだけ口が上手い詐欺師であろうとも、現実的に説明が困難な話を繋げることは難しく、増して、相手が実の母親というのならば尚の事話を取り繕うのは、ほぼ、無理と言える。

 考えが甘かった。環境が変わり、日常に送り、学校生活に身を投じることが出来ると思っていたレイ。だがまず、母親に対してどのように説明をしなければならないのかを考えなければならないのだ。これは、カイロの時や東京の時のように、誤魔化される内容ではない。何故ならば、母親本人が目の前に居ているのだから――

 

「お、レイじゃないか。随分久しぶりだな。」

その時、玄関から一人の男性が姿を見せた。背丈の高い、やや、無精ひげを生やしている、金色の髪色、澄んだ青い瞳が特徴的な、男性。

「父さん!!!」

そこに居た人物こそ、レイの実の父親、ジュナス・キレスであった。戦場ジャーナリストを仕事としている、彼。レイの良き理解者であるジュナスは、一月まで海外に居ていたのだ。そして二月になり、モントリオールに帰国していたという訳なのである。

「母さん、随分と騒がしいな。近所迷惑じゃないか?レイが帰って来たんだろ?家に入れてやりな。」

と、ジュナスは随分と手慣れている様子でレイを招こうとしている。その様子に、レイは嬉しさを感じていた。

「貴方……けど……」

「自分の子供を家に招き入れない親が居るか?普通、事情云々は家で聞くもんだろう。」

「え、ええ……」

父親の言葉を聞き、母カレンは黙った。それと同時に、ジュナスはレイに対し、ウインクを行った。それが示すものは何なのかは、分からない。

 

 家の中は二ヶ月前と何も変わっていない。だが、レイにとってはこの変わらない風景こそが理想なのだ。玄関の靴の匂いや、台所の匂い、洗面台の匂い等、全てが懐かしい。それらは彼の心を高揚させる要因になり得た――

 が、今は違う。まず、母親からの尋問が始まる。テーブルについた三人。対面にはジュナス、カレンの二名が。手前側には、レイがいる。妹のミィスは学校の為、出掛けているのだ。

「じゃあ、改めて聞くわ。一体何があったの?それを聞かないと、何も出来ないわ――」

言葉が先に出るカレン。それは、息子を想うが故なのだろう。

 しかし、その言葉をジュナスが遮った。何故かジュナスは笑みを浮かべ、レイを見る。

「おかえり、レイ。」

その渋くも優しい声は、緊張状態のレイを解す効果をもたらした。父親、ジュナスは何故これ程に優しいのだろうか?

「た、ただいま……」

と、戸惑うようにレイは言った。

「帰ってきたら、ただいま、おかえり。これが普通だろ?母さんもドヤすなよ。レイだって、喋りにくいだろ?」

この場は、完全にジュナスが取り仕切っている。母カレンは、何も言えないでいた。

「レイ、なんていうのか……少しばかり、面構えが変わったか?そんな気がするな。」

ぐいと、レイの顔を見るジュナス。レイは首を傾げる。

「その様子だと、色々と経験してきたんだろう。ティーン・エイジャーだしな。何かしら、経験を積むのは大切だぜ。」

何の話かは不明であるが、ジュナスはただ、寛大な様子でレイに対して笑う。この時、レイは妙な感覚を覚えていた。

「ねえ、貴方。どうしてレイに何があったのかを聞こうとしないの?」

それは母親として当然の事だ。突然行方不明になった息子が帰ってきて、その事情を知らないのは、母にとっては恐怖以外の何者でもない。

 しかし、ジュナスは何故か濁そうとする。その様子は、レイにも理解出来た。

「レイの顔を見てるんだよ。俺は。」

彼の顔は、喜びに満ちていると同時に、母親に何と言い訳をしようか躊躇っている顔をしている。一見すれば、全く理解出来ない内容にも見えるのだが――

「もし、レイが本当に怖い思いをしてきたのなら、自分から言う筈だろう。そして、今も何かに恐怖をしている顔をしている筈。けど、レイは俺達にあって嬉しそうにしている。これ、どう言う事かは一目瞭然だと思うぜ。」

父、ジュナスの言葉がレイにも刺さる。具体的な話をしないで、母親を説得しているのようにも見える。

「ティーン・エイジャーってのは、親には分からない秘密を持って帰ってくるモンなんだよ。俺だってガキの頃は親に内緒にしてた事、山程あるぜ。」

「でも、二ヶ月も家を空けるなんて普通じゃないわ!その事情を知りたいのよ!」

カレンは懸命に、ジュナスに訴えかける。しかし――

「それを知って、どうなる?ちなみに俺は聞きたいとは思わない。秘密を親に打ち明けるなんて、レイの年齢を考えれば嫌に決まっているからな。」

完全に、レイの味方をしているジュナス。

再び、ジュナスはウインクをする。何故、彼はこれ程に堂々とした振る舞いをすることが出来るのだろう。それは、レイの事を信用しているからなのか?それは、分からない。

「母さん、もう少しレイを見てやったらどうだ?心配なのは分かるが、今こうして俺達の前に元気な姿を見せている。それだけで、良いじゃないか。」

どう言い訳をすればよいか、分からなかったレイを、まるで庇うかのように父親の台詞はスムーズだ。そして、レイにとってこれ程有難い言葉はないと言えた。

「貴方が、そう言うのなら……」

そして、カレンもジュナスの言葉に折れた。この二ヶ月間の出来事を、聞かれないで、済んだのである。

「さ、今日の晩御飯はレイが帰って来たお祝いをしないとな。出前でも取るか?それとも、俺が料理を振るおうか?」

と、言って立ち上がり、腕まくりをするジュナス。

「いいわよ、私も作るから。レイ、ゆっくり休んでなさい。あと、学校だけれど、明日一緒に行くわよ。先生に事情を話さないと行けないから。」

「あ、そうか……」

本日は、平日だ。だから、ミィスはこの場に居ない。学校に行っている為だ。

 この瞬間、改めて、レイは故郷に帰ってくることが出来た。どう説明すれば良いかが分からない点に関しては、父、ジュナスが対応してくれた。それ故に、彼は心から、実家の環境を楽しむことが出来たのである。

(僕は、帰って来たんだ……!遂に、ここに!!)

改めて、高揚する気持ちを抑えきれないレイはそのまま階段を上がり、一目散に自分の部屋に向かった。彼の部屋は三階にある。そこの環境を、早く味わいたいと思っていたのである。

 

 二ヶ月振りの自室。何も変わらない部屋の構図。コンピュータが置かれている勉強机に、サッカーボールが飾られている棚。そして、ベッド。全てが、家を出る前と全く同じ。この既視感はレイにとって、何よりの喜びだ。

「帰って来た……!帰って来たんだ!!!やったぁ!やったよ!!!」

もう、MSに乗って戦う事もない。死の体験をする事もない。今まで通り、穏やかな日々を送ることが出来る。但し、明日には学校に行かなければならないという、重たさも抱える事になるが。

 レイは安心した表情で、ベッドに転がる。元の生活。全てが何も変わらない、安定した状況。これが日常なのだ……と、感じていた。

 しかし一方で、明日学校に行くという事は、一抹の不安もある。突然行方不明になったクラスメイトが登校してくるという事は、果たして皆にどのように映るのだろう。何気なく声を掛ける者もいるのか。それとも、挑発する者もいるのか。それは、実際に行ってみなければ分からない事だ。

 それに、成績も気になる。三学期が始まったのは一月初旬。そこから現在は二月の下旬。その間の勉強は完全に抜けており、仮に学年末の試験を受ける事になっても彼は成績を確保する事は難しいだろう。

 成績の低下は進学にも影響する。彼のようなティーン・エイジャーにとっては勉強が仕事のようなもの。それ故に、成績が下がるような事は本来、あまりあってはならない事だ。

「なんやかんや、帰って来たのは良いけどやる事は多いんだなぁ……」

まるで、それは全く異なる環境から元の世界に戻ってきたような感覚だ。例えるならば旅行から帰ってきて、現実に戻されたような感覚と言うべきだろうか。最も、彼の場合は旅行などと言う気楽なものではないのだが。

 

コンッ

 

その時、レイの部屋をノックする音が聞こえた。それに、返事をする、レイ。

 

ガチャ

 

扉が開く。そこに居たのは、眼鏡を掛けたショートヘアの少女だった。彼女もレイと同じ、澄んだ青い眼の持ち主であり、髪色は例と同じ、金色である。

「レイ!久しぶりね。」

「あ……ああ!!お姉ちゃん!!!」

彼を呼んだのは、姉のリリアであった。彼女は父と同じ戦場ジャーナリストになる勉強をする為に、オーストラリアへ留学をしていた。

 だがその彼女は、何故か実家に帰って来ていたのである。

「久しぶり!帰っていたんだね!!」

「レイこそ……学校に行ってないで、どうしてたの?」

それは、聞かれると思っていた。それ故に、言葉に躊躇うレイ。

「それは……」

答えるにも、答えられない。どうにか誤魔化そうとするレイ。

「その、知り合いの所に、お世話になってたんだ!ちょっと野暮用があって、なかなか帰って来れなかったけど……」

と、妙に濁した言い方をする、レイ。

「母さん、凄く心配していたわ。連絡は入ってたみたいだけど、場所も言ってくれないって言ってたし。」

モントリオールを離れ、二回、レイは母親に連絡を取っている。だが、いずれも濁した返事をした為、怪しまれるのも無理はないのだ。

「まあ、連絡をしたのは良い事だけど……学校をサボるなんてレイらしくないし、そりゃあ、心配するわ。私だって、心配したもの。」

リリアは視線を床に向けた。姉が留学から帰ってきていた事も驚いたのだが、それよりも姉を悲しませてしまっている事に対しても、罪悪感を抱いていたのである。

「でも、無事なら良かった。怪我とかもしていなさそう。本当、無事で何より!」

すぐに、リリアの表情が明るくなった。

 事情は分からない。けれども、弟を想う気持ちは、ある。彼女は、それ以上追求する事をしなかった。何か、触れられたくないものがあるのだろう……と、察した為である。

 この辺り、リリアは父親に似たのかも知れない。何か悩み事等があっても、当人にとって触れられたくない事だってある。それが親族ならば、尚の事。それを考えた為、今はレイの無事に感謝していたのである。

「お姉ちゃんは、オーストラリアの留学はどうしたの?」

今度は、レイがリリアに聞いた。

「今は冬休み。四月になったらまた行く予定。けど、今は世界情勢が不安定だから、それが心配だなぁ。」

「アルメジャンのやつだよね。」

アルメジャン紛争は姉、リリアにも影響を与えていた。各地で紛争が相次いだ状況は、現在は一段落してはいるものの、今後どのような状況になるのかは分からない。冬休みとは言え、今回、実家に帰ることが出来たのは幸運と言えた。もし、アルメジャン紛争が長引いていれば、家に帰ることも難しかったかも知れない。

「あの頃は外にもあまり出れなかったの。暴徒とかも出てきたりして大変だったし……なんか、大変だよね。世界情勢も不安定だと……」

「そう、なんだ……」

世界情勢が不安定なのはレイもよく分かっていた。その為に、日本に一ヶ月滞在せざるを得なくなった事も、理解していたから。

 だが、まさかその不安定な世界情勢の時期に自分が日本という場所に居たなど、言える筈がない。増して、MSのパイロットとして行動していた事も、言える筈がないのである。仮に真実を伝えた所で、信じて貰えるかも分からないのだ。

「けどレイの顔を見るのも本当、久しぶり。十ヶ月ぐらい見てない気がする。」

「お姉ちゃんは去年の四月から家を出ていたもんね。向こうの生活はどうだったの?」

「最初は大変だったわ。けど、慣れてきたら楽しい。色々な国の人や、宇宙から来た人もいたし。異文化交流って心が躍る感じ!留学して、本当に良かったって思う!いっぱい友達も出来たし!」

「お姉ちゃん、楽しそうだね……」

何気ない姉弟の会話ではある。しかし、レイは大きな隠し事をしている。その事を伝えるのは、無理難題ではあるが。幸いなのは、リリアが彼の言えない事情を、“秘密”として察してくれている事である。

 人は誰しもが秘密を持っている。それは親にも言えない事であったり、友人にも言えない事等、内容は多岐に渡る。しかし、それを吐露する事は相応の勇気が必要となる。それは反社会行動である可能性もあるかも知れない。レイのように、伝えたとしても信じて貰える筈のないものかも知れない。しかし、それらを察して、あえて触れない事も、また、優しさなのである。

 

 その晩、家族五人が久しぶりに集った。父ジュナスと母カレンは昼間の内に買い物を済ませ、レイが帰ってきたお祝いの為に、手作りの料理を振る舞った。二人共台所に立ち、ジュナスが包丁を、カレンが炒め物等を担当した。

 食卓に並ぶ、豪勢な料理。鶏肉料理を中心としたメニューだ。レイの好物が満遍なく更に盛られており、彼は心底、喜んでいた。

 これが、家族。かけがえのない日常。生死を彷徨う事が多々あったレイにとって、今、この時間が本当の幸せと、言えたのであった――

 

 翌日。二ヶ月振りにレイは学生服を纏う。鏡越しに見るそれは、期間を空け、尚且つ様々な経験をしてきたレイにとってはただ、懐かしいものであった。

 しかし、まずは学校に行き、事情を説明しなければならない。その為に、今日のみ保護者と一緒に通学する事になっていたのである。

 彼のような年頃の人間からすれば、親と共に歩くという事は恥にも感じられる。母親に会えるのは嬉しいのだが、外を一緒に歩くというのは、まるで親離れが出来ていないような気がすると、レイの中で勝手に思い込んでいるのである。それも、彼がティーン・エイジャー故に感じる事なのだろうか。

 学校に着き、カレンとレイは職員室に着く。そこで、彼は久しぶりに担任教師のリアン・マーキュリーと対面する。久しぶりのリアンの存在はレイにとっては懐かしい存在である。その顔立ちは全く変わっていない。二ヶ月前の話だから、当然ではあるのだが、様々な経験をしてきたレイからすれば、担任教師の存在もまた、喜びの存在と言えた。

「キレス君!久しぶり。」

「先生……」

だが、リアンは笑う様子を見せない。寧ろ、真剣な眼差しでレイを見ている。

「先生、少しお話が――」

母親、カレンが話を通す。リアンの真剣な眼差しを見て、レイは、どのような表情をすればよいか、分からないでいた。何せ二ヶ月も急に居なくなり、今、突然目の前に姿を現したのだ。何があったのかが気になるのが、教師である。

 その後、面談が行われた。その話は三時間にも及んだ。今まで何をしていたのか?成績はどうなのか?部活動は?私生活はどうなのか?あらゆる質問がレイとカレンに伝えられる。

 二ヶ月も行方不明になり、今日、突然姿を見せたとなれば、そのように言われるのは無理もないのだ。だが、母親の方は、責められている気持ちにもなっていく。レイは、それをみて申し訳のない気持ちになっていった。

 そして、レイはその間、あくまでも知人の家にお世話になっていたとばかり、強調する。そこを強調するものだから、教師の権限でそれ以上深入りする事は出来なかったのである。

 キレス家ではあり得ない話ではあるが、この場合、親による虐待も視野に入れるのが担任の教師の仕事だ。万一そのような事があってはならない。それは、レイの為でもあり、リアン本人の為でもあるからだ。

 やがて、話は終わった。三時間に及ぶ話し合い。レイとカレンは解放される。

 カレンはその後すぐに家に戻った。レイは、昼食前の授業から、合流する事になったのである。

 

 

 

レイはクラスの前に立っていた。懐かしのクラス。姿を消してから、見るその景色は紛れもなく、彼が今まで見ていた光景そのものだ。

 学校での生活というのは瞬く間に終える。しかし、当人からすればその時間は長い。多くの事を学び、友と刺激を受けたりする為だ。彼は貴重な二ヶ月を別の環境に身を投じていた。そして、今。再びレイは歩み出す。元の、日常生活へと。

 

「レイ?」

クラスの皆が、彼を見た。一斉に浴びる視線はレイにプレッシャーを与える。物珍しそうに見る者や、既視感を感じる者等、その感じ方は様々だ。

「レイ!!お前、今まで何やってたんだよー!」

そう言って近づいてきたのは、モーク・ダレンだ。レイの友人。部活動も一緒に励んできた、彼。

「モーク。久しぶり……だね。」

懐かしい光景。友人がこうして迎えてくれるという事自体、ありがたい話だ。

「レイ!」

その後で、リルムが彼の元に走ってきた。

「リルム!」

リルムとは故郷を離れて、一度だけ連絡を取った。幼馴染であり、レイの想い人でもある、彼女の姿は髪型以外大きく変わっていない。そして、相変わらず愛らしい顔立ちをしている。

 

ギュッ

 

と、リルムはレイの手を握った。目元を見れば、僅かに涙を浮かべているのが分かる。

「私、何度もレイの家に行ったんだよ!でも、おばさんも知らないって言ってて……どうしたの!?心配したんだからぁ!!」

突然クラスメイト、増して、幼馴染が行方不明になれば誰もが慌てふためくだろう。そして、心配するだろう。彼女もその内の、一人だ。

「ごめん、色々とあって……」

 レイは特別クラスの中心人物的な存在という訳ではない。どちらかと言えば、寧ろ大人しい性格だ。その為か、彼の元に集まる人間の数は然程多くない。せいぜい、8人程度か。

 クラスメイトの中には彼が帰ってきた事に対して関心を抱いていない者も多い。それは別に、彼の事が嫌いという訳でなく、単純に無関心なだけなのである。暫く来ていなかったクラスメイトの一人が久し振りに登校してきた。その程度の、レベルなのだ。

 しかし、レイは今の状況を喜んでいる。心配してくれる人がいた事に、内心から嬉しく思っているのだ。

「本当、びっくりしたんだから!!みんな、レイの事を〝不登校〟や〝引篭り野郎〟って言っていたんだよ!」

「ええぇ……」

実情を知らない人間は憶測で物事を語る。増して、彼等のようなティーン・エイジャー世代では物事を深く考える人間というのは少ない。故に、単純な言葉を発してしまい易いのである。

「でも、良かった。元気そうで何より。」

リルムは、笑みを浮かべる。その表情は、レイに印象を残したのである。

 二ヶ月振りに再会した幼馴染は、相変わらず可憐で、愛らしい。以前から彼女の事を意識していたレイにとっては、更に愛らしく感じられていたのである。

「お互いに見つめ合ってんじゃねえよ!」

と、モークから冷やかしを受けるのはレイだった。

「そんなんじゃないんだから!!」

と、咄嗟に反論してしまう、レイ。

この瞬間、彼はこのクラスに戻ってくることが出来たのだと、改めて喜びを感じていたのである。

 

 

 授業を受けるレイ。この時を、どれ程待ち望んだ事だろうか。クラスメイトと何気ない会話をし、共に勉学に励み、雑談を交わすという、かけがえのない日常。先日まで、戦場に身を置いていたレイ。その上でこの場にいて、授業を聞いているという状況。

 非日常の環境に身を置いていたレイは、今の状況とのギャップを感じる事しか出来ない。

(変な感じだ。この前まで僕はガンダムに乗って戦っていたのに……今、こうして授業を受けている。この妙な感じは何だろう?凄く、変な感じ……)

レイの頭の中は呆然としている。急激な環境の変化は人の脳内を混乱させるのだろう。

 環境が変わる事は何かしらストレスを抱える。良くも、悪くもだ。それがどのような影響を与えるのかは人に寄る。レイも、その内の一人であり、この何気ない日常に戻ってきた事に、ただ、違和感を覚えていたのである。

 誰も自分が先日までガンダムに乗り、敵と戦っていた等想像もしないだろう。仮にそれを説明した所で、それは夢物語と嘲笑されるだろう。それは、分かっていた。だが彼は、その夢物語のような経験を実際にしてきたのである。

 異世界。そう呼んでも過言ではないような体験だ。朝起きて、学校に通学し、友人達と勉学や部活動に励み、家に帰宅する。休日は勉強や友人達と出掛けるという一連の日常。それがレイの当たり前。

 しかしアインスガンダムを手にした彼の日常は一変し、いつしかセイントバードチームと共に行動するようになっていた。それはレイにとっては異世界での冒険のようなものであった――

 

 この妙な感覚は、次第に眠気を誘う。いつの間にか眠りに入っていたレイ。そして、例の夢を見る事になる――

 

「死ね」

 

「ハッ!?」

レイは、男に殺害される寸前で目を覚ます。繰り返される悪夢。原因が全く不明なその悪夢は再びレイを困惑させる。

「おい、何寝てるんだよ。ずっと休んでた癖によー!」

と、声を掛けるのはモークだ。いつの間にか、授業が終わっていたのである。

「え?あ、そ、そうだった……」

時間が経つのが、早い。呆然と先日までの出来事を思い出している内に、もう授業は終わっていたのであった。

 

 

 時間はすぐに流れる。今日は部活動に顔を出す事なく、レイは真っすぐに家に帰る。

帰り道を歩くのも、懐かしい光景に見えた。ごく普通の、ありふれた光景はレイにとって輝いて見える。これが、理想的な生活なのだ……と、レイは感じていた――

「レイ!」

その時、背後から彼に声を掛ける一人の少女の姿が。リルムである。

「リルム。」

「一緒に帰ろうよ!」

まさかの、リルムからの誘いだった。レイは断る事なく、ただ、頷くだけである。

 思い人と共に帰路につくという事は、彼のようなティーン・エイジャーにとっては憧れだ。久しぶりの通学初日でこのような幸運に恵まれるとは、思ってもみなかった。

 それは、本来ならば喜ばしい事であり、心が踊る出来事なのであるのだが、リルムが放った言葉はそれを打ち消すのであった。

「私、レイに聞きたい事があるんだけど。」

その言葉で、その場は凍り付いた。レイ自身、聞かれるかもしれないとは、薄々感じてはいた。心配をしてくれたが故に、その言葉を聞くことになるのは遠くない未来の出来事と言えたのだ。

「分かるよね?私がレイに聞きたい事。ねえ。」

「……」

どう、言い訳をすれば良いのか。自分がガンダムに乗って戦ってきた話を、幼馴染にして果たして信じて貰えるのだろうか。どのような反応をされるのだろうか。

 彼は不安だった。この発言がきっかけとなり、もし疎遠になったとしたら……と、考えていた。しかし、その真実の内容も人に言えるような内容ではない。

 まず、彼等のように戦争と縁のない人間がMSに乗るという事自体がそもそも有り得ない事だ。だが彼は実際に乗った。そして、セイントバードチームと言う名のMS乗りと共に行動し、様々な経験をしてきた。それは紛れもない事実なのである。

「何でも……ないよ。本当に。」

と、明らかに挙動不審な様子の、レイ。

「私を馬鹿にしないでよ。レイが何かを隠しているって事、すぐに顔に出るって事ぐらい分かってるんだから。」

レイは黙った。どう、説明をすれば良いか分からない。頭の中で、ひたすら、考えるレイ。

その間にも、リルムはずいと彼に迫る。顔を近づけ、じっとレイの表情を見る。

「信じて、貰えないかも知れないけど……」

レイは、覚悟を決めた。この二ヶ月の間にあった事を、リルムに打ち明ける事を決意したのである。

 彼の中で、今までの事を打ち明けるのは相当な勇気が必要であった。信じて貰えないという事や、虚言等と言われるかも知れない恐怖や、好意を持っている人間に拒否されるかもしれないといった恐怖が、彼の中を巡る。

 しかし、彼は勇気を出し、口を開く。アインスガンダムに乗っていた事、そして、チェーニ姉妹と戦い、それを機に故郷から離れた事、サハラ砂漠での戦いや、アレキサンドリアでの出来事、地中海上空での戦いや、日本での出来事、そして、日本海での戦い。一つ、一つが思い出され、彼の口から語られていく。

 全ては、嘘のような本当の話だ。信じられる筈のない言葉達は、リルムを困惑させる力を持っていた。嘘だと、思いたかった。だが、それらは全て、現実なのである。

レイの表情は、険しい。信じられない様子のリルム。やはり、信じて貰えないのか。勇気を振り絞り、本当の事を話したのにも関わらず、虚言と言われてしまうのか。言われるだけなら構わない。それを、本気に捉え、交流が途絶えるかも知れない――

 

「フフ……アハハハハ!」

突然、リルムは笑い始めた。何故か、レイは彼女の笑みに対し、不安と安心を同時に感じ取っていたのである。

「ガンダムって、有名なロボットの事だよね!あれ、今でもあるんだね!」

「うん……新生連邦軍が昔のガンダムをモチーフにして、作り出せたのが、僕が乗ってたガンダムなんだ。」

何故、リルムは笑っているのかは不明だ。彼の言葉が虚言に聞こえたのだろうか?予想外の、反応だった。まさかリルムからそのような言葉を聞くなど、思わなかった為である。

「なんか、面白い話だね!予想外過ぎて!!レイって昔からああいうの好きだったから!もう、やだなあ!そういう話は確かに面白いよねー!漫画とかアニメでよく、あるよね!!」

レイは察した。“虚言”を言っているに違いない……と、彼女は思っていたのだろう。

「前に電話くれた時、真剣な声で言ってたからどうしたのかなって思ったけど!あれは演技?ごめん、面白くてつい……!」

想い人である筈のリルムに対し、彼は妙な苛立ちを覚えた。本当に、今まで経験してきた事なのに、それを否定された気になったからだ。

 それは、分かっていた。だから、それで済ませれば良かった事も。だが彼は本当に今までMSで戦い、生死を彷徨った。それらを全て否定されたような気がしたレイは握り拳を作り、言った。

「しょ……証拠だってあるんだ!これ……見て欲しい。」

自棄になりつつも、一瞬だが躊躇う様子を見せたが、そっとEフォンを取り出した。そして、そこに映っている写真を彼女に見せる。

 そこに映っていたのはセイントバードの姿や、アインスの姿だ。それに、艦内のMSの姿等が映る。それを見て、リルムは大きく目を見開いていた。

「え……これ、本物?」

「うん。全部、見てきた。本物の写真。」

「え……」

自らの幼馴染が、MSに乗って戦っていたという衝撃の事実。レイの口から出た言葉だけでなく、写真の存在がよりそれらを裏付ける。

「僕は、この、紺色のガンダムに乗って戦ってきた。だから学校にも通えなかった。本当に、色々な事があったんだ。自分でも信じられないような事が。何度も死にかけたりしたんだ!けれど、今こうして生きて、ここに居るんだ。」

レイは血相を変えて、説明する。否定された事への苛立ちを、リルムに対して言っているのだ。

「でも、僕は戦う事なんてない!今、こうして学校に通うことが出来ている!そうだよ!!自分でも信じられない体験をしてきたんだけど、やっぱりこうした生活が良いんだ!それで、良いんだ……」

壮絶な経験は紛れもない事実。だが、リルムの眼にはどう映ったのだろうか。裏付けとして写真を見せられたとして、彼の必死な言葉を聞き、どのように感じ取ったのだろうか――

「……ごめん、レイ。」

 

ダッ

 

と、言った後、リルムは立ち去ってしまったのである。手を差し伸べようとするレイだったが、彼女は待ってくれることは無かった――

「どうして!……どうして……」

覚悟を決めて真実を話したのにも関わらず、彼女はその場を去ってしまった。信じて貰えないかも知れないのは分かっていた。それ故の苛立ちなのか。その苛立ちを彼女に押し付けてしまったのは、レイ自身であるが。

 だがそれが現実になった時、人は改めて落胆する。覚悟している事が起きたとしても、目の前の現実には抗えないのである。

信じて貰えないような出来事を言った時、人は最初、否定するものだ。だがそれの裏付けが出来た時、人は戸惑う。レイは、ただ途方に暮れるばかりであった。

 

 

 

 時間は経ち、三月になった。この頃になればレイの存在に騒然としていたクラスメイト達も、次第に落ち着きを取り戻すようになっていった。そして、レイは学校に通い続けた。その中で、部活動にも顔を出すようになっていった。久しぶりに見る彼の姿に驚く者も居たが、それも時間の経過と共に落ち着くようになっていった。

 久しぶりのジュニアハイスクールでの生活に馴染むのに、そう時間を要しなかった。ただ、彼の真実を一人、知るリルムとは、挨拶程度しか出来ないでいたのだが。

 今まで置かれていた環境と全く異なる、日常。だがその中で、レイの真実を知った少女であるリルムとの距離は、空いたままであった――

 

 ある日の夜。カレンと、リリア、ミィスが眠りに就いた頃。レイは突如、父であるジュナスに呼ばれた。彼はジュナスの部屋に招かれ、入る。

 ジュナスの部屋は書斎が置かれている。数多くの戦場ジャーナルに関係する本等が並べられた書斎。彼が如何に、勉強家であることが伺える。基本的に父親の書斎にレイが入る事は無い。海外へ仕事に行っている間もレイは彼の部屋に入らなかったのだ。

(こんなに、本を持ってたんだ……全部、目を通したりしたのかな。)

何気なく、レイは思った。

「自分の部屋には母さんにも入れないんだけどな。今日は特別。」

ジュナスの座る席にはコンピュータが置かれている。レイは近くに置かれていた椅子に座る。

「やっぱりお前、顔つきが変わったな。」

「え?そう……なのかな。」

自分では分からない、顔の話。彼の顔つきは少女と間違えられる顔貌であり、それがコンプレックスであった事もあった。男らしくありたいと思う、レイとは相反するものである。

 しかし父親であるジュナスは、それを見越した上で言ったのだ。

「その様子だと、学校に行ってなかった二ヶ月で多くの経験をしてきたんだろ。俺には、分かるよ。」

鋭い質問だ。だが、それは間違っていない。それは父親故の洞察力なのか。それとも、ジャーナリストと言う職業柄故なのか。

「どうして、僕を部屋に入れたの?普段絶対に部屋に入れないのに。」

レイは、聞いた。何故自分を招いたのかを。

「お前の秘密を、話しやすいかなと思ったんだよ。

「秘密……」

それは、紛れもなく空白の二ヶ月の話の事だろう。それと同時に、嫌な思い出が過る。真実を話した時、リルムからは距離を置かれた。それを思い出した時、レイの心臓の鼓動が早くなっていく――

 

―――――――――――――――――ごめん、レイ―――――――――――――――――

 

リルムに言われた言葉。それにより、彼等は言葉を交わす事が減った。その事が過る為、レイは明らかに動揺しているのであった。

「ガンダム」

「……え?」

「ガンダムに、乗ってたんだろ。」

まさか、父親の方からその言葉が出てくるとは思いもしなかった。予想外の言葉に、驚愕する、レイ。

「どうして……それを?」

当然の疑問。それに対し、ジュナスは言う。

「見たからだよ。海外でお前の姿を。日本で。」

「見たの?」

「何人かの人達と一緒に居る姿を、見ていた。」

父親から明かされる事実。それは、レイがガンダムに乗っていた事を知っていたという事だ。

 まさかの言葉に驚愕し、動揺するレイ。だがそれを父親に見られている以上は、何も言う事が出来ない。

「写真もある。日本の空港で、お前と知人達が喋っている光景や、MSの前で整備をしている姿。そして……ガンダムに乗った姿も。」

ジュナスは、データ媒体の写真ではなく、現像した写真を見せた。

 遠くから映る写真には金髪で青眼の少年、レイが映る。そして、ガースト達と喋っている姿や、MSを整備している姿。そして、そのガンダムに乗りこむ瞬間等。

「これ、盗撮じゃ……」

「自分の息子かも知れない子供が日本に居るのに気にしない訳には行かないだろ?」

と、ジュナスは言う。

 隠し撮りのような光景にも見えるが、何よりもレイが気になったのは、何故ジュナスが日本に居たのか、そして、彼の存在を知っておきながら、声を掛けなかったのか等、疑問は多い。

「父さんは日本に居たの?」

「仕事の事情でな。そしたらたまたまだ。レイが居るんだよ。びっくりしたよ。本当に。」

普通ならば、自分の息子がいると分かれば母親に連絡を取る筈だ……レイは、そう考えた。

 しかし、ジュナスはそれをしなかったのだ。それも、あえて。

「どうして、母さんに連絡をしなかったの?」

「多分、これがお前にとっての、“秘密”なんだと思ったからな。」

遠目で気にしているジュナスは、母親に連絡をあえてしなかった。そして、息子の道中を見守っていたのである。

「お前ぐらいのティーン・エイジャーの年頃になれば何かしらの秘密、一つや二つぐらい抱えるって話はしただろう?俺は、そう感じた。」

ジュナスは、マグカップに入っているコーヒーを、一口飲んだ。

「ま、“男の直感”ってところかな。」

そして、マグカップをコースターに置いた。

「間違いなく、写真の女の子……いや、男の子がレイであるってのは分かっていたが、MSに乗って戦っているなんて思いもしなかったよ。」

「今、わざと間違えた!?」

父親にも間違えられ、レイはつい怒ってしまう。

「ハハ、冗談。それにさ、レイは何か、機械を操縦する才能はあるのは知っていたからな。」

レイは数年前に父親の知り合いの友人に、作業用のMSに乗せて貰った事があった。その際に操縦センスを見せつけ、周囲の人間を驚かせた事がある。ジュナスは、この時からレイの才能に気付いていたのだ。

「じゃあ、父さんは知っていたんだ……だから、母さんみたいに言わなかったんだ。」

レイは納得した様子だった。父親は彼の事を知っていた。それが、レイにとっては意外だったのだ。

「仕事柄、海外を回っていれば嫌でも色々な光景を見る。何があっても動じる事は少なくなった。まあ、自分の息子がMSに乗っていたのは流石にびっくりしたけどな。」

MS。それは兵器。戦場で使われる、兵器だ。そのようなものを彼のような少年が乗り回す事は、本来あってはならないこと。

 では、何故ジュナスはそれ程に彼の事を否定しないのだろうか。それも、彼が秘密を持っているからなのかも知れない。

「それで、敵を倒したりしてきたんだろう?」

レイは静かに頷いた。

「生き延びる為には、必要だもんな。でなきゃこの場所に俺の息子はいない。」

当然のことを言っている、ジュナス。だが、何故ジュナスはこれ程にレイを咎めないのか。

「お前も色々な経験をしているな。何にしても、お前が無事ならそれで良い。経験は宝だ。しっかり経験し、時に挫折をする。これ、とても大切だからな。」

「そう……なのかな。」

MSに乗って戦ってきたレイ。その中で、彼は敵を倒してきた。敵を倒すという事は、殺す事と同義だ。恐らくジュナスはその事も分かっているのだろう。だから、あえて聞かなかったのかも知れない。

「自分の子供がどのように考えて、どう行動をするのか。それを考えたり、分析したりする事も大切だ。それは、仕事でも言える事だしな。」

そう言って、ジュナスは椅子にもたれ始めた。天井を見ながら、そっと呟くように言った。

「父さんは、どうしてジャーナリストになりたいって思ったの?」

今度は、レイからの質問だ。思えば、ジュナスの仕事の動機を知らない、レイ。

「そう言えば……レイにこの話をするのは初めてだな。この際言っておこうか。」

「うん、聞きたい。」

十四年間過ごしてきて、語られたことのないレイの父親のジャーナリストになりたい理由。それを聞くことで、レイの好奇心は満たされていくのだった。

「俺はさ、事実を知りたい。世界で起こってる様々な事実を。ただそれだけなんだ。」

シンプルな、動機だった。だがそれがジュナス・キレスと言う男を作り出しているのだろう。

「デウス動乱時、戦場で起きた事実を伝えたりするのは大変だったよ。命懸けだったからな。MSにいつ、襲われるかもしれない状況が続いたし、銃弾も飛んできた。デウス動乱の時は家に帰る事もなかなか出来なかったしな。」

「そういえば……」

ごく、普通の生活を送って来たレイだったが、父親はそうではなかった。彼はジャーナリストとして世界中を回っており、戦場を見てきた。

 デウス動乱は常に過酷な戦争が起こり続けていた。それらは、ジュナスと子供達と過ごす時間を奪って行くものだったのだ。

「戦後になって、少しでも落ち着くと思っていた戦場ジャーナリストの活動だったんだが……実際は違った。去年から連邦軍は名前を改めただろ。あれから、余計に酷くなっていったんだよ。」

レヴィー・ダイルが総司令を務める新生連邦政府軍の事だ。

「新生連邦政府はさ、自分達にとって不都合な情報等は全て隠蔽する連中なのさ。俺は、より真相を知りたいと、再び動く事になった。」

「連邦軍が偽っている戦争で出た犠牲者の数……あれはメディアで見ても極端に少ないんだ。不思議で仕方がなかった。それもジャーナリストの仕事をやって謎が解けた。あれは連邦軍の隠蔽工作だったんだよ。それが今でも行われている。彼等は自分達が不利にならないようにわざと死者人数を大幅に減らし、更に自分たちの都合のいいように事を仕立て上げる。」

メディアやSNS等で表示される、新生連邦関連の情報は、彼等にとって問題のない内容ばかりが報道されている。不利な内容は全て隠蔽されるからだ。

「最近の記事ではアルメジャンで起きた大規模な戦闘がある。あれで明らかになったのは、民間人を巻き込んだ大量虐殺だ。それは平和国の調査で判明したんだけどさ。SNSとかメディアには一切流れなかったけれどな。」

アルメジャン紛争。新生連邦による虐殺行為が行われた紛争だ。武装勢力タウラは新生連邦に宣戦布告をしたのだが、実際は武装勢力だけに留まらず、一般市民も無差別に虐殺していた。

 レイはこの事実に驚愕した。新生連邦が不穏な存在である事の理解はしていたが、アルメジャンでは大量に虐殺されているという事は、今、知った。

「そんな……新生連邦って……」

レイは、新生連邦の非道さを改めて思い知った。今まで何度も戦闘を交えてきた敵が、これ程恐ろしい組織だと考えると寒気さえ感じた。

「大丈夫だったの……?アルメジャンとかに居て……」

「まあな。ジャーナリストは常に命懸けだからさ。戦場も駆け抜けなくてはならない。現地取材って奴だよ。ある意味で常に死線を彷徨う兵士みたいなもんさ。」

「兵士……。」

父親の仕事の話は、レイに関心を抱かせる。姉、リリアが父親のようになりたいと思ったのも、納得できるような気がしていた。

「たださ、MSの戦闘をリアルタイムで配信しようとしても、残念な事があってさ。高熱のビームが放たれる戦場ではEフォンの回線が遮断されがちだから、配信が出来ないんだよ。戦場で電話やメッセージのやり取りが出来ないのと同じでさ。」

それは、高熱のビーム粒子の存在が関係していた。常温で保管されているタンクがある環境では、他の妨害がなければEフォンは回線を繋ぐ事が可能だ。だが、戦場では常に、高熱のビーム粒子が発射されたり、ビーム刃として展開される。高温に熱された粒子の存在は、回線の妨害に一役買うのだ。こうした事情もあり、ビームが飛び交うMS戦のライブ配信というのは、ジャーナリストであれど、出来ないのが現状なのである。それ故に、実際の戦場で伝わる内容というのは一般人には伝わりにくい。事実関係も、不明になり易いのだ。ある意味、こうした事情は新生連邦の隠蔽工作に一役買っていると、言える。

「それでさ、厄介な事に、アルメジャンに居た時に傷を負ってしまった。深い傷だったから、傷跡が大きく残るだろうさ。」

と言った時、ジュナスは自らの衣服を突如脱ぎだした。突然の行動に、レイは目を見開く。

 やがてジュナスの上半身は一糸纏わぬ姿となった。彼は背中をレイに見せる。右肩甲骨下部から斜線上に、切り裂かれたような跡が、痛々しく残っていた。

「父さん……そんな……」

生々しい、瘢痕はジャーナリストとしての仕事の過酷さを物語っていた。しかしジュナスは、その仕事を嫌に思わない。それ程に、ジャーナリストを続けていきたいのだろう。

「あ、これは母さんには内緒にしてくれよ。こんなの見せたらあの母さんは卒倒するだろうからな。」

と、言いながら笑いながら語るジュナス。ある意味、それがジュナスの強さなのだろうか。

 やがて衣服を再び纏い、ジュナスは傷を隠した。その傷を見て、最初は恐怖を抱くレイだったが、それに対する笑みを浮かべた父親の表情を見て、次第に父親の、ジャーナリストとしての活動が気になってきたのであった。

「……父さんの話、もっと聞きたい。そうだ、ジャーナリストをやっていて、思い出話とかって、あるのかな?」

「思い出……か。」

レイの言葉に、ジュナスがそっと息を吐く。

「……そうだな、アルメジャンの事もあるが、それ以上に思い出に残ったのは、デウス動乱後にノルウェーに行った時だったな。極寒の地でそこに暮らす人々やMS乗りの実態を取材する、個人的な仕事の為に行ったんだ。」

ジュナスの話題は、過去話に移る。彼が体験した話を、レイに聞かせている。

「小さな田舎町の、ヒパック村って所に行ってそこに住む人々の事を聞いたんだよ。でもそこは一年前に襲撃を受けていて……そこで俺は一人の家族を失った可哀想な少年に出会った。」

「少年?」

「レイよりも大人びてたけどそれでも少年だったな。名前は確か……ゼル……だったか。あんまり覚えてないが。ただその少年は機関銃を持っていて危なっかしい奴だったよ。最初、撃たれるかと思った。でも事情を説明すればすんなりと応じてくれた。」

父親はノルウェーのヒパック村で起きた出来事を当時あった事のように語り始めた。レイはその話に興味津々である。

 

 

 

それは戦後になって一年が経過した時の事。ジャーナリストとして活動していたジュナスは雪国、ノルウェーの山間部にある田舎の村、ヒパック村に訪れていた。一年前に、とある組織によって襲撃を受けていたこの地で、その事件の事について調査する為に、ジュナスはやって来たのである。

ジュナス達の息は、余りの寒さで白く染まり、そのまま上昇して消えた。分厚いコートを羽織って数人の仲間と一緒にヒパック村へ入ろうとする彼等。しかしそこで思わぬ事態に巻き込まれることになる。

銃器の鈍い音が聞こえたかと思うと、目の前には機関銃を構えた少年の姿があった。彼等を完全に敵視しており、水色の髪色で、碧色の眼をしている、している少年だったが、睨む標的に対しての眼には色が失われているように思われた。

「お、おい……冗談も良い線行ってるな、こりゃ。」

すると、少年は口をあけた。

「お前等何者だ?氷河族だったら殺すぞ!」

「氷河族?何の事だか分からないけど、俺達はジャーナリストさ。この村で生活する人々の事を知るために遥々やって来た。」

「ジャーナリスト?ふざけてんじゃねえぞ。わざわざこんな場所にそんな奴等が来るかよ。」

「うーん、大人はいないのかな。最初に言っておくが、俺は、銃火器類は一切持っていない。襲撃する気はゼロなんで。」

「黙れ!そう言ってまた村を襲って……誰かの家族を殺すんだろうが!」

「はあ、何かあったらしい。せめて大人がいれば……」

寒さの中、困惑しているその時。少年の前に別の少女が現れたのだ。これまた子供だと思い、ジュナスは放置しておいたが、少女は突然謝りだした。

「ごめんなさい!ゼルは一年前に家族を殺されてて……それ以来外部の人間を疑っているんです!」

ただ、平謝りをする少女。それを見て、ジュナスは笑みを浮かべる。

「ゼルって言うのか君。それに一年前……やっぱり襲撃が関係しているな。」

この時、ジュナスは少年の名前を知った。この時のゼルとの出会いがジュナスにとっての後の思い出となる。

「余計な事言うんじゃねえよ、シャルア!」

少女はシャルアと言った。親しげに喋っている様子からして、二人ともこの村の出身であることは間違いなかった。

「あんたは危なすぎるのよ。いつも機関銃持って。知ってる人だったらどうする気?ごめんなさいじゃすまないんだから。」

「うっせえよ。俺は一年前に家族を殺した連中を許さねえ。それにこの銃はさ、俺を拾ってくれたキゼルさんがくれたんだよ。」

詳細は不明であったが、ゼルと言う名の少年は一年前に家族を殺されたと言うことだけが理解できた。間違いなく襲撃によるものだろう。ジュナスは白い息を吐きながら微笑した。

「ハハハ、仲が良いな君達は。」

「うるせえ!ぶっ殺すぞ!」

その言葉が琴線に触れたのか、ゼルは機関銃を構えた。ジュナスは慌てて手を挙げる。

「ああ、ごめん。それよりも……そのキゼルさんという人はこの村にいるのかい?」

「キゼルさんをどうする気だ?」

疑う姿勢を崩さないゼル。しかしシャルアはそれを止めた。

「いい加減にしなさいよ!あんたこの人がまだ悪い人だって言うの?」

「疑うに決まっているだろうが!家族を失った俺の気持ち……お前なんかに分かるかよ!」

「それぐらい分かるわよ!確かに私の家族は生きてるけど……でも疑ってばっかで良いと思ってんの?」

「うっせえんだよお前は!俺の事なんて何も知らない癖に!お前も撃ち殺すぞ!」

「やれるものならやってみなさいよ!」

と、このように喧嘩は続いた。それを見ていたジュナス達ジャーナリストは苦笑するしか出来なかった。しかし下手なことをすれば機関銃を持っている少年、ゼルに命を奪われ兼ねない。警戒する様子を見せる、ジュナス。

「ああ!ごめんなさい……えっと……村の事情を知りたいんですよね?」

「まあ……ね。仕事と言うか、個人の欲求と言うか。誰か参考になる人を呼んできてくれればそれでいいんだけど……彼がちょっとね。」

機関銃を持っているゼルが、じっとジュナスを睨みつけている。

「えっと……あ、そうだ。村長……てかおじいちゃんに話を伺います?」

「村長!?てことは、君は村長の孫娘か。」

「はい!そうです!」

「それなら話が早い。是非。」

「分かりました!じゃあ今から来て下さい!」

シャルアはゼルと違い、彼等を快く受け入れてくれた。そしてジュナス達ジャーナリストは村の中へ入っていく。しかし、その間もゼルの監視は付いていた。

「下手な真似したら殺すからな。」

「やれやれ。小さい見張りだな全く。」

ジュナスはそっと溜息を吐き、溜息は白い息となって暗い空へ消えた。

 

 

 

シャルアに誘導され、少し歩いて村長の家に辿り着いた。小さな家が目立つヒパック村の中で唯一大型の家であった村長の家にジュナスは感銘の声を上げた。

「ほぅ、これが。」

と、感心させる余裕を与えないのがゼルであった。機関銃を構えてじっとジュナスを見ている。

「さて、行きますか……。はぁ。小さいとは言え、見張られると疲れるな。」

シャルアに誘導され、ジャーナリスト達は家の中に入った。

その外見通り、家の中も広々とした印象を持った。ここでの生活は、雪国でありつつも快適なのだろうと、ジュナスは内心思っていた。だがその間もゼルは家の中にいてもしつこく、機関銃を構え続けて、ジュナス達に一種のプレッシャーを与えていた。

「ちょっと!あんた何考えてんのよ!人んち入ってきてまで銃なんて!訴えるよ!」

「うっせえ!万が一村長が殺されたらどうするんだよ!俺は絶対に疑う!」

真剣な眼差しのゼル。それを見て、ジュナスは溜息を吐いた。

「やれやれ、すっかり疑われてしまったな。どうやったら打ち解けられるか……」

少女シャルアに誘導され、彼等は村長の部屋にやって来た。村で起きた事……つまり一年前の出来事を聞く為だ。

村長の名前はメナスと言った。自分で、言ってくれたのである。自己紹介をしてくれたお礼にジュナスも自己紹介を返した。

「ジュナス・キレスです。ジャーナリストです。カナダのモントリオールから来ました。この村の詳しい出来事……そうですね、一年程前に起きた謎の襲撃事件について話をお伺い致したいのですが。」

「取材の為とはいえ、遥々、こんな田舎村にまでお疲れ様だな。」

村長の男が言った。

彼の部屋は和室のような造りだった。“こたつ”のようなテーブルが置かれており、座椅子が置かれている、その部屋。ジュナスは用意された茶を啜りながら、聞きたい事を尋ねた。

「一年前の襲撃の事を聞きたいのか?」

「はい。それが仕事ですから。」

「話は、長くなるぞ。」

「結構です。続けてください。」

遥か西方に位置するカナダの都市、モントリオールから来たと言うこともあり、親切に村長は語ってくれた。その中で様々な事が分かった。襲撃をした犯人は黒ずくめの衣装をしていた。そして、何らかの犯罪組織が絡んでいたと言うことだ。それが、ゼルのいう、氷河族なのだという。

話は2時間程度続いた。その内容を手帳に書き留め、記事の元となる文が完成した。

「しかしこれを聞いてどうするつもりか。」

「仕事ですから。ただ……それだけです。ジャーナリストとして、仕事を遂行するまでですから。」

「成程な。それよりもゼル。もう銃を構えるのはやめろ。」

「村長!?あんたも認めちゃうのかよ!しかも事件の事ペラペラ喋っちまうしさ!」

「もう過去ばかり見るのはやめないかゼル。」

この時、ゼルは村長の目を見た。この眼差しを見て、ゼルは自らの手を、震わせていた。

「そんなに重い銃を持ってどうする。自分を苦しめるだけだとどうして気付かん?」

「それは……でも!」

「お前にはキゼルがいるだろう。親代わりになっているんじゃないのか?」

「キゼルさんが……親代わり……?あの人は戦闘の事を教えてくれる!親なんて、甘い考えなんか持ってない!」

「それはどうだろうな。ま、自分で確かめる事だな。それよりキレス氏。参考にはなったかな?」

ゼルと村長の対話から急に自分に視線を向けられたので驚きを感じたジュナス。慌てた様子で頷いた。

「え、ええ。ありがとうございました。」

「今からもう帰られるのかな。この寒い吹雪だ。もう少しゆっくりなされても。」

「そうですね……ではお言葉に甘えて。」

モントリオールからここまでの道のりを考えると、すぐに去るわけにも行かなかった。外の吹雪は来た時よりも酷くなっており、ジュナスは村長に甘えて泊めさせて貰う事になった。

 

 

 

しかし、それから時が経ち、ジュナスが村長の家に一泊、世話になってそこから帰路へ向かおうとしていた時だった――

「MSが来ているぞ!逃げろ!!」

突如、謎のMSの襲撃を受けたのだ。機体は旧デウス軍のディエルが多数。デウスの生き残りと思われたが、村長の一言がそれを無にする。ただのMS乗りではあったが、襲撃を受けては村が壊滅させられる危険性がある。

「おいおい、こりゃ、帰れるか心配になってきたな。」

ジュナスは苦笑いでそのディエルの集団を見ていた。朱色のモノアイが怪しげに輝き、村の住人を見つめている。

しかしその時、別のMSが助けに入った。これも旧デウス軍の機体で、水中用MSであるズボラーナが村を守るために駆けつけてくれたのだ。そしてディエル。激しい戦闘が今まさに行われようとしていた。

助けに入ったMS達は戦う場所を別の場所に移動しようと試み、一旦村から離れた。案の定、敵MS乗りもそれに吊られて村から離れる。ジュナスは安寧の表情を浮かべたが、それも束の間。彼は急に何者かによって連れ去られたのだ。急な出来事だったので、疑う暇すらなかった。ジュナスは一瞬、ゆったりと美しく降る雪景色に放り出されたような感覚に陥った。そして改めて気が付くと、自分はMSの腕にいることが分かった。このまま自分はどうなるのか、彼はまずそちらを心配していた。

 

しかしMSがジュナスを連れて行った場所はある小さな基地らしき施設にあるMSデッキだった。彼を連れ去ったMS、ディエルは静かに彼を地上に下ろした。避難させてくれたのだろうか、それならありがたい、と思うジュナスであったが、実際には一体どうなっているのかは分からなかった。

やがて、ディエルから一人の人間が降りてきた。その姿を見た時、ジュナスは驚きを隠せないでいた。

「ゼル……?これまた、一体どうして。」

ディエルの中にはゼルがいたのだ。しかしゼルは黙ったままだった。

「理由は分からないがありがとう。あとでそれなりのお礼をさせてもらうつもりだ。」

「フン、勘違いしてんじゃねえよ。」

捨て台詞を残してゼルはディエルに乗って去った。ジュナスはゼルがMSに乗れると言うことに非常に驚きを隠せない様子でいた。

その時、ジュナスは背後から急に声をかけられた。背筋に妙な寒気が走り、後ろを振り向く。そこには大柄な男の姿があった。

「ゼルが助けた人間ってのはあんたみたいだね。」

「あの、貴方は?」

男は口を大きく開け、この状況にも関わらず、楽しそうに笑いながら答える。

「俺はキゼル・アウレッド。村を束ねるMS組織のリーダー。今は、暴れ回るMS乗り達と対峙してるって訳よ。村の襲撃があったからな。」

「貴方が、ゼルが言っていたキゼルさんですか。」

「ああ、ゼルを知ってんのか。あいつゼルすげえだろ。十二歳でMS操ってんだ。天才なんだぜ。血液型もABでよ。でもあいつ家族を失ってるんだよな。だから俺が拾って今鍛えてやってるんだよ。」

「凄いですね……彼。あ、そう言えば機関銃がどうやらこうやら言ってましたね。貴方に貰った機関銃を大切にしているらしいですよ。ま、その機関銃に危うく命を奪われそうになりましたが。」

「ああ、あんた村に来たのは初めてだろ。あいつは村を襲った連中を許さない奴でさ、ずっと警戒してやがる。俺はいい加減やめとけって言ってるのに聞きやしない。」

「はあ……そうですか。」

家族を殺された少年、ゼルを拾って銃撃やMSの事を教え込んだ張本人である彼。思った以上に豪傑だったのでジュナスは内心驚いていた。そしてテンションの高さを保っているキゼルは、話している内に段々楽しさを覚えていく。ゼルが彼を慕う理由が理解できた気さえしたのだ。

話しているうちに、すっかり意気投合してしまった両者。現在キゼルは、ただただ部下の帰りを待っているだけだった。

「よろしく頼むな。ジュナスさん。」

「こちらこそ。よろしくお願いします。」

その後、村の襲撃を行おうとしていた敵MS乗り達は撤退。ゼル達のお陰で村は守られたのである――

 

ダダダダダダ

 

しかし悲劇は起きた。先程撤退させた筈のMS乗り達がこの場所を発見し、強襲を仕掛けてきたのである。それは戦闘終了後、4時間後の出来事で、既に敵はリーダーのいるデッキにまで押し寄せていたのだ。

ジュナスもそれに巻き込まれていた。デッキにいた整備士の内何人かは既に惨殺されていた。無念を抱えた赤い血が心臓や頭部から流れている。そしてその脅威はキゼルに及んでいた。

「覚悟しろ!今まで散々コケにしやがって!」

「やれやれ。てめえらはそう言う手段しか取れねえのかよ。MS乗りならそれらしく正々堂々MSで勝負しろ!」

「黙れ!!」

すると、敵はあろうことかキゼルに向けて銃弾を発射したのだ。躊躇の無いその行為に、ジュナスは憤りを覚えた。目の前で殺された人間を見て同時にショックを隠せない。

「何て事だ……」

キゼルが撃たれた時、完全に勝利を確信したかのように高らかに敵は笑った。ジュナスはこの時自分の死を覚悟した。ジャーナリストとしての人生が歩めたことに満足しつつも、まだ残された自分の可能性を引き出せずに死んでいくと思うとやはり悔いがある。

(レイ……リリア……ミィス……そしてカレン。ごめんな……)

静かに彼が目を瞑った瞬間だった。機関銃を構えたゼルがいきなり走り出し、敵に向かって容赦無く撃ち始めたのだ。

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ

 

「うらああああああああああ!!!」

掛け声と共に銃弾を撃ち続ける。その瞬間に真っ赤な血が飛び散った。機関銃の連射による攻撃によって敵のMS乗り達が次々に倒れていく。敵も反撃に銃を構えるが、その前にゼルが容赦の無い攻撃を加え、撃たせる前に殺した。

大量虐殺を行い、その結果デッキにいた敵は全滅した。デッキは敵の血でほとんど真っ赤に染まり、無残な光景を物語っていた。

「ゼル……」

ゼルは敵を撃ったかと思えば、そのまま膝をついた。それと同時に目から涙が浮かんでいた。

「キゼルさん……くそおおお!!!」

親が殺され、ずっと慕っていた人物が殺されることはやはり悲惨なことだった。ジュナスはそんな彼の様子をただ見守るしか出来なかった。

「親が殺されて……キゼルさんが殺されて……クソッ……クソ……」

悔しく、そして悲しく、憎い。様々な思いが重荷となってゼルに容赦無く襲い掛かる。この時、ジュナスはそっと肩を叩いた。

「……」

「な……んだよ……」

「いや……こんな状況で俺ができることと言えば……やっぱり慰めることぐらいじゃないかなって思って。」

「クソ……クソ…………」

彼がいくら慰めても、当然涙は流れるばかり。しかしジュナスはジャーナリストである為、人を癒す力など無く、ただただこのように気持ちの良い言葉を集めて慰めることしか出来なかった。

しかし、次の瞬間だった。伏せていた敵が急に起き上がり、ゼルに襲いかかったのである。それ見たジュナスは咄嗟に行動に出た。足元に落ちていた敵の銃を持って、すかさず撃ったのである。

敵はそのまま頭部を撃ち抜かれ、鮮血が飛び散った。目がおかしな方向を向いているのが見えた。ジュナスはこの時、人生で初めて人を殺したのだ。

「お前……!」

「はあ……はあ……こうするしか……なかったのか……」

突発的な行動だった。撃たれようとしていた少年を守る為に、ジュナスは行動したのだ。結果、人を殺めた。

 この時、ジュナスの中で様々な感情が渦巻いていた。正当防衛とはいえ、人を殺めたという事実は、彼を時にトラウマとして、思い出させる事があるという。

 

 

 

ゼル。レイの父親が過去に経験した中でも印象に残った可哀想な少年の一人。当時のゼルが十二歳とすれば、今では十六歳となっている計算だ。この年齢はレイよりも一つ年上にあたる。

 この時、ジュナスは人を殺めた話をレイにはしていない。彼の中で、やはり罪悪感のようなものがあったからなのだろうか。

「ヒパック村……そんな場所が、あったんだね。」

聞き入っていた様子のレイ。ヒパック村の経験は、ジュナスにとって忘れられない体験であったのだ。

「印象には残ってたな。あんな辺境の地でMS同士の戦いが行われていたりする。そんな内容の取材だよ。本当に、大変だったな……」

ジュナスの思い出。それは、レイにとって好奇心を擽られる話であった。一方で、その話の中でのジュナスの言動の中で、何か、気になる事があるのも、彼は把握した。先程ジュナスが呟いた“大変だった”という言葉が、妙に引っ掛かったのである。それと同時に見せた俯く表情は、明らかに意味深だ。

(あの表情……ヒパック村で、何かあったのかな。)

と、考えていた時――

「まさか、そのMSにお前が乗って戦うなんて想像すらしなかったけどな。」

ジュナスの言葉が、レイに突き刺さる。成り行きとはいえ、ガンダムに乗って戦い抜いてきたレイ。彼は、ただ、無我夢中だった。セイントバードチームの仲間の為に、戦い抜いていたのである。

「レイ。MSの整備していたぐらいだから、MSに関しては詳しいのか?」

まるで話題を変えるように、ジュナスが聞いた。

「あ、うん。まあ。」

日本でガースト・ピュアスと整備をしていた事を思い出す。この世界のMSの装甲素材、フレーム、動力源。全てはカタログで読んだ内容であったり、実際に整備をして得た経験でもある。

「ちょっと雑談になるんだけどさ……MSの動力源でさ、ハイ・バッテリーってあるだろ。」

「うん。ある。」

「あれさ、どうして世の中の家電に汎用出来ないんだろうな。」

ジュナスからの、何気ない質問だ。

 この世界の家電類は旧世紀から使用されているものの延長で賄われている。一方で、ハイ・バッテリーはMS、MA、戦艦といった軍事兵器にのみ、動力源として投入されている。この時代におけるハイ・バッテリーの最大のメリットは、動力としてならば半永久的に活動出来るというメリットがある。これは、人類が開発したバッテリーの到達点ともいえるものだ。その為、理論上MSは、原型さえ残っていれば何十年どころか何百年経過しても、稼働させる事が出来ると言われている。

しかし一般家庭の家電や電気自動車等はこうした恩恵を受けられない。それは電化製品と比較してその出力や電圧そのものが段違い過ぎるという事と、ハイ・バッテリーが普及する形になれば、家電製品などの売り上げに大きく影響してしまうという企業側の問題が生じている為でもあるのだ。それらを普及させまいと、MSを開発する軍事企業の利権が横行しているのがこの世界の現状と言えるのである。故に、一般家庭にこうした革新的なものが普及する事は、ない。その代わりに普及しているのがソーラーバッテリーである。車やバイク、そして家電といった、一般家庭で用いられる資源として、環境問題に配慮した結果がこうした生活を作り出しているのだ。

「分からないよ。あれって確かMSから電力を抜くのも規格が対応してないっていうし。」

「流石MSオタクだな。理解が早い。」

と、ジュナスはレイを褒めた。

「それより、もう寝なくて良いのか?時間、見て見な。」

「……え?」

部屋に飾られている時計を見る、レイ。それを見て彼は驚愕した。時計は短針が2、長針は3を指している。

「もう、そんな時間なの!?」

「明日学校だろ?今日は早く寝な。」

「うん!お、おやすみ!」

驚いたレイは急いで部屋に戻った。寝室に戻る息子を、ジュナスは一人、見送っている。そして、静かに欠伸をしたのだ。

「ふぁぁ、あいつ、将来は大物になるのかも知れないな……」

父親との久しぶりの時間。それはレイにとってはかけがえのない時間と言えた。

その翌日、レイが寝不足で学校に登校したのは言うまでも無い。

 

 

 

 翌日。眠さのあまり、午前中の授業の大半を眠ってしまっていたレイ。眠気眼のレイは、午後の休み時間に窓を見て、ぼうっと考えていた。

 自分が真実を話し、それを理解している者と、そうでない者。それらの違いとは何なのだろうか……と。リルムとは挨拶はするものの、まともな会話が出来ていない。彼がMSに乗って戦っていた事が、それ程にショックだったというのだろうか。

一方でジュナスはそれを分かった上で、レイを理解している。それは、レイの親という事が関係しているのだろうか。

 では、母親はどうか。この話を信じるのか?それは、分からない。リリアは?ミィスは?親族の人間にそれを言えば、全ては落ち着くのか?それも、分からない。

人は秘密を持って生きている。結局、両親の関係や友人、幼馴染といった関係であれ、結局は他人なのだ。個人ではない。秘密を聞き、理解する者もいれば、理解しない者もいる。それは、秘密を話さなければ分からない。

 だから人は秘密を喋られない。それ故に、悩む。悩みすぎて人に打ち明けられず、心に闇を抱えるのだ。それ故に、いくら友人や親に秘密の話をしても、理解してもらえるのかが不明な事も、ある。

 レイのように、父親が理解者であったのは救いだった。もし、父親が理解者でなければ、彼はより、苦しんでいたかも知れないから。

 彼が今、実家から学校に登校出来ているのは、ジュナスの存在が大きいと言えたのである。

「レイ。」

その時、モークが声を掛けてきた。瞬きを何度かし、レイは反応する。

「お前さ、最近リルムと喋ってなくね?どうしたんだよ。幼馴染だろ?」

「う、うん……まあ、ね。」

諸事情により、レイとリルムは会話が出来ていない。彼の友人であるモークは、それが少しばかり気になっている様子だったのだ。

「喧嘩でもしたんか?夫婦喧嘩は辛いよなぁー」

深く物事を考えていないモークは、冷やかすように言った。それに対し、困惑する、レイ。

「モーク、やめてよ……」

嫌がる様子の、レイを見て、モークは笑った。

「てかさ、話題変えるけど、先月ターナ・アステルが亡くなっただろ?ジャンヌ・アステルってさー、母親じゃん?大変だよなぁ。あんなに若いのに急に亡くなるなんて。しかも自殺だってさぁ。」

気分屋のモークは話題も変わりやすい。今回の彼の話題は、ターナ・アステルとジャンヌ・アステルの話題である。

 ジャンヌのファンである彼は、その親族事情にも詳しい。と言っても、その情報媒体はSNS等で情報を拾うのだが。

 ターナ・アステルの死は大々的に報じられた。が、その真相については謎に包まれている。全くもって不明だ。インクとスラッグも話題にしていた内容だけに、世界的に衝撃を与えているのが分かる。

(ジャンヌ・アステル……僕はあの人に直接会った。そして、SNSもフォローして貰ってる……)

日本での出来事を思い出すレイ。そこでジャンヌと会った。僅かな時間ではあったものの、その時間は彼の中に大きな印象を残している。

 学校に通学していなかった二ヶ月はレイにとって多くの出会いを果たした。モークが憧れるジャンヌも、その内の一人なのである。

 

―――――――――――――また、いずれお会いしましょう―――――――――――――

 

 まさか、自分がジャンヌに直接会い、話をしたなど、言える筈もない。言ったところで、信じてもらえないだろう。リルムが、レイの発した言葉をすぐに信じなかったように。

その時、何気なくEフォンを取り出し、SNSのページを開いた、レイ。

「……え?」

レイがそれを開いた時、メッセージが届いていた。ジャンヌ・アステルにフォローをされているという事に対して驚愕した他の匿名ユーザーが、彼の事について聞こうとしてきたのである。

 その内容だが、大半が“お前は何者だ”といった内容である。だが、普段このようなダイレクトメッセージをもらう事がないレイにとって、このような出来事自体が初めてであり、ただ、レイは困惑するばかりだった。

「こ、こんなのって……!」

動揺するレイ。SNSを使用していて今まで体験した事のない事を、経験している。

「え?お前……ジャンヌ・アステルにフォローされてる……?何かの間違いじゃね?」

と、レイのEフォンを覗き見していたモークが、言った。

「よ、よく分からないからもう開かないようにする!なんか、迷惑だよ!」

そう言って、レイは自身のSNSのアプリケーションを閉じた。妙な体験は彼を翻弄する。側に居たモークは、ただ、首を傾げるだけだった。

 

 

 少しずつ、戻っていく日常。戦場から帰還したレイを待つ、スクールライフ。命の奪い合いのない環境での生活は、今、全てが穏やかに見えた。だが、時に物足りなさを感じる時もあった。それは彼がMSに乗って戦っていたが故なのかは定かではない。

 レイはこの後も知人達と会話をしていた。この会話が、今のレイにとって心地よいもの以外の、何者でもないのだ――

ある時、廊下を歩いていると、レイは同じMS好きの少年であるクラークス・ミラックと再会した。

「キレス君!久しぶり!二ヶ月間どうしてたの?」

相変わらずの高い声を聞いたレイは笑顔で応対する。空白の二ヶ月の事等、言える筈がない。

「あ、クラーク。その……色々とあって。」

はぐらかすレイ。クラークスは首を傾げるが、あまり気にしている様子ではなかった。

レイの場合、この二ヶ月の間に実際のMS、それも、ガンダムタイプに乗って戦っていた等、彼に言える筈がなかった。MSが好きと言う、共通の趣味があるおかげで知り合えた二人であるのだが、クラークスの場合はそれに対する憧れしか、抱いていない。

「最近の新生連邦軍のMSをカタログで見るんだけどね、本当格好良いデザイン、多いよね!あとさ、国連軍がガンダムタイプみたいなMSを量産して、それを実戦配備してるって話だし、どんどんMSが増えて行くね!カッコイイよなぁ!あとね、国連のMSって新生連邦軍以上に実は沢山あるって話だし、不思議なものだよねぇ。軍備増強しているのが新生連邦なのに、国連もそれに対抗しているみたいだねぇ!でもあのデザインはなんか、偽物臭いというかなんというかって感じだよねー。ガンダムタイプは角があって、あの特徴的なツインアイと、あの面構えが格好良いのに、バイザーでカメラアイを覆ってしまうのは良くないと思うんだよねぇ。プラモデルは買ったけど、やっぱりあれは不必要な要素かなぁ。」

「うん……確かに……ね……」

話を合わせるようにレイは相槌を打つ。クラークスは引き続きMSについて語り続けるが、レイはそれに対して苦笑いを浮かべるだけ。と言うのも、クラークスはMSの外見や武装の性能の話で格好良いと言うばかりだからである。

だがレイは違う。彼は実際に戦場で戦っていた。戦場を体験しているレイは、クラークスの話を楽しく聞く事が出来なかったのである。

所詮、MSは兵器だ。クラークスの語るMSというのは、外見のデザインや武装の話、そして、勢力図の机上の空論。実際の戦場を経験したレイからすれば、それは只の雑学に過ぎない。

(クラークの話が只の憧れにしか聞こえないのが辛い……僕はもう、クラークとまともな会話をする事は出来ないのかな……)

彼は様々な経験をした上でこの日常生活に戻る事が出来た。だがそこで体験した体験は、常に死と隣り合わせの危険な場所。クラークスの言葉は、所詮只の憧れにしか聞こえないのであった。その上でのプラモデルの話。これが、レイの内心を落胆させたのだ。

「……キレス君?どうかした?」

「え……あ、ううん、何でもないよ。」

クラークスは首を傾げた。レイは平然を装うが、自身の価値観とクラークスの価値観の違いが彼を悩ませた。

(もう、MSに対しての憧れなんてとうに僕にはないよ……あるのは、ただ戦わなきゃ自分がやられるのと、大切な人達を守る為に戦う事だけだから……機体デザインの格好良いや格好悪いなんて関係ないんだよ、クラーク……)

レイはそう思っていた。その彼の思いに反し、クラークスはMSの魅力についてひたすら語り続ける。レイはそれを聞き流すことしか出来なかった。

 

 

 様々な日常の出来事は、戦場を生きて来た事とのギャップを生み出している。だからこそ、今こうして生きている事に対する幸せを噛み締めることが出来る。だがそれは時に、思考の違いを生む。何も知らないクラスメイトと、多くの出来事を経験したレイとでは、価値観も異なるものになるのも必然と言える。クラークスとの会話を経て、レイは悲しさを感じていたのだ。

だがその中で、レイに現実が付きつけられようとしていた。それは、別の日のホームルームの時間にて――

「ええと、来週から定期考査が始まります。それが終わり、春休みを終えれば皆さんは四月から三年生になります。三年生といえば!ハイスクール受験!という事ですので、そろそろ自覚を持って欲しい!現に、この時期にもう受験勉強を始めている人だっています!出来る上のハイスクールを目指して、皆さんは頑張って下さいね!そりゃまだ実感が湧かないのは分かります。だって受験は来年の二月か三月です。でも実際に受験校を決めるのはもっと手前の時期です!だから出来るだけ内心点を稼いで、学校からの評価を良くし、そして受験校でも良い成績を修め、晴れて合格することが三年生の最終的な目的です!それまでは確かに辛いかもしれません。でも!合格すればその苦労が報われ、喜びを分ち合うことができるのです!それから遊んだりすればいいじゃないですか!それまでは一生懸命に頑張ってください!貴方達は今から受験生です!受験生には余裕なんてありません!」

リアン・マーキュリーの厳しい言葉が教室内に響いた。そう、レイは来月になれば三年生になる。最終学年になるという事は、世間一般では受験なのだ。

 レイはこの重大な事を、忘れていた。成績の心配云々よりも、受験生になるという事実。その事も踏まえ、二ヶ月の空白の期間の存在はあまりに大きいのだ。次の定期考査の点数も恐らく取れない可能性が高い。MSで戦っていた事等が思い出されたりする事が多い中で、勉強が疎かになってしまっているレイ。

(受験……そんな、そんなのって……)

 彼の望む日常は続いていく。だがその前に、勉学に励み、成績を修めて行かなければならない。そこに、MSに乗って戦い抜いたという事は、一切関係ない。彼の日常は、穏やかではなく、波乱に満ちて行きそうであったのだ――

 




第三十三話投了。

故郷に帰って来たレイの日常の話でした。
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