セントマリア号内は謎の襲撃を受けていた。パーティ会場で突如停電が発生し、ゲストが何者かに殺害されるという状況。アレンはジャンヌを守る為に行動をし、今はこの状況から脱出する方法を、考えていた。
「騒動の黒幕の目的は、アステル家の人間ではないという事なのか?ゲストにまで銃を向けるなんて、考えられない……」
舞台裏で、二人待機をしているアレンとジャンヌ。今、迂闊に動く事は危険だ。
まず、敵は何者なのか。敵の目的が明確でない以上、動く事は出来ない。下手に動いては、暗殺者に撃たれるのが目に見えているからだ。
「恐らく、ゲスト達はアステル家の調査員達が誘導を行ってくれているとは思います。ですが、暗殺者の標的が分かりません。シュネルギアにはエファンが、連絡をして下さっている筈です。万が一の時にはこちらに来て下さると思いますわ……」
敵の目的が不明である以上、迂闊な行動は出来ない。そして、彼等もいつ、襲われるのかも分からない。不安定な状況が、続く。
「もし敵の目的がゲストなのだとすれば、ゲストを守らなければなりません。せめて、残されたゲスト達を安全に誘導する必要があります。それが、主催者の務めです。」
「君が狙われるかも知れないんだぞ?」
アレンの言葉が響く。先程の行動を見る限り、敵はゲストと、ジャンヌを狙っていた。となれば、ジャンヌにも危害が及ぶ可能性が高い。
危険な状況。だが、このまま自分だけが逃げて良いのか?考えるジャンヌ。やがて、彼女は一つの提案を出した。
「アレン、私と共に行動をして下さい。ゲストを案内しながら、私を、守って下さい……」
状況は厳しい。守るものが多ければ多い程、行動する上では制限が多くなる。アレンは事前に護身用の銃を貰っている。もし敵が迫るのなら、それを持って行動は出来る。
危険は多い。だが、今は彼女を守らなければならない。彼女だけでない、ゲストも。アレンに迷いは無かった。
「……行こう。ジャンヌ。俺が、守る。」
そう言って、彼はジャンヌの手を引っ張り、走る。暗闇の船内。いつ、暗殺者が襲って来るかも知れない状況。しかしそれを臆してはいられない。アレンは、彼女の手を握りながら、覚悟を決め、暗闇の船内を移動する事に決めたのである。
アレン達は、会場を後にし、廊下に出た。暗闇の廊下は、異様に静かだった。それが返って、気味の悪い状況を作り出している。既にゲスト達は調査員達の指示に従い、各々の部屋で待機をしている。
「皆、隠れる事は出来たようだ。」
「逃げ遅れている人がいないか、確認しないと行けませんわね。」
暗闇の中、敵はいつ襲撃してくるか分からない。アレンは銃を構え、周囲に気を配りながら移動する。華やかだった船内は、一転して恐怖の会場へと変貌を遂げたのである。
「いやあああ!どうして!こんな事!どうしてぇ!?」
その時、悲鳴を上げる年配女性の声が聞こえた。二人はその方向へ移動し、その場へ行くと、そこは一人の、ゲストの姿があった。
ふくよかな、体格をした貴婦人。普段ならば穏和な印象を持つその女性だが、今、彼女の表情は恐怖に包まれている。
「大丈夫ですか?部屋は、分かりますか?」
と、アレンが聞くが、錯乱状態の女性は聞く耳を持たない。
「これは……どう言う事なの!?どうしてこんな事になったの!?」
「落ちついて下さい!とにかく、部屋番号さえ教えて貰えれば、そこまで同行します。」
と、アレンが言う。しかし、女性は動く様子を見せない。完全にパニックに陥っているのだ。
「嫌あ!主人のように殺されるのは、嫌あああああ!!」
どうやら、女性の夫は何者かに殺害されたようだ。それを聞き、ジャンヌの表情が曇る。
「貴方だけでも、安全な場所へ!」
とは言うが、アレンの声は耳に入らない。彼は、焦りを感じていた。
そこへ、ジャンヌが彼の代わりに女性に声を掛けたのである。
「全ては私の責任です。貴方方にこれだけのご迷惑をお掛けした事を深くお詫び致します。」
主催者である彼女が、女性に言った。立場上総責任者に当たる彼女。その人間が言う言葉は、女性に響く。それは、良い意味でも、悪い意味でも。
「こんな狂ったパーティなんか、参加するんじゃなかったわ!!!主人を返して!返してぇぇ!!!」
人は混乱している時、その本性が出る。それは生きたいという希望から出る、どす黒い本性。平時では穏便に済む事でも、有事ではそうは行かない。
この女性も平時では他者に対する配慮が出来る人間だったのかも知れない。しかし、今は責任者であるジャンヌを、責める事しか、出来ないのだ。
「アステル家は呪われた一族よ!デウス帝国に兵器を作った死の商人だから!!だからこんな事になるのよ!!!」
死の商人。それは、ジャンヌが最も気にしている言葉の一つ。アステル家は確かにデウス動乱時代に、デウス帝国に兵器を提供してきた一族だ。その裏で犠牲者が出たのは、言うまでもない。
しかしそれは、彼女個人には直接関係のない事だ。だがその血縁関係が彼女を縛る。その結果、このような誹謗中傷を受ける。
呪われた一族。そのような呼び方をされるのも、仕方がないのかも知れない。兵器を提供すると言う事は、犠牲者が出る。その一族の令嬢となれば、忌み嫌う者がいるのかも、知れない。
この一件で、人の本性を見てしまったジャンヌの心は抉られた。この女性も、元々はアステル家と友好関係を築いていた筈であったのに、謂れのない誹謗を受けてしまったのである。
「私は……」
言葉が、出ない。一度に、様々な感情を感じ取ってしまったからだ。
ピシュンッ
「ぁっ……」
突如、女性は声を上げた。女性は音を立てて倒れ、そのまま、動かなくなった。即死だった。頭部からは血が流れており、アレンはそれを見て、周囲を警戒し始める。
「クッ!?」
アレンは急いで、銃を構える。辺りをよく見回し、慎重に動く。
ふと、アレンはジャンヌの方を見た。そこにはナイトゴーグルを装着した人間の姿がいた。暗闇に慣れて来た彼の眼は、その存在を、肉眼で把握した。
「ジャンヌ、伏せろ!」
精神的に動揺している彼女に対し、声を掛ける。それに反応するジャンヌ。同時に、ゴーグルを装着した人間はジャンヌに対して銃を構えた――
「させるか!」
パァンッ
アレンの手に持っていた銃弾が発射され、銃弾は眉間を貫通した。敵は血を流し、倒れる。その人間は、即死だった。その身元を確認しようと、アレンはその人間の身体を調べる。
出て来たのは、近接用のコンバットナイフと、暗殺用のサイレントガン。いずれもが暗殺用の武装であった。アレンは暗殺者が持っていたナイトゴーグルをはじめ、それらを回収した。
「こいつ、一体何者だ……?しかし、まだ敵は残っているかも知れない。用心するに、越したことはない。」
突如パニックに陥ったセントマリア号。そこに出現した、謎の敵。彼等の目的も、不明なまま、今はゲストとジャンヌの安全を優先する為、動く。
しかしそのゲストの内の一人は、ジャンヌに対して誹謗をした。それにより、彼女は困惑していたのである。
「アレン……私……」
「……今はここから離れよう……俺と一緒に……」
今は、彼女を守らなければならない。そう思ったアレンは、ジャンヌの手を掴み、廊下を走って行く。無論、その間にも暗殺者は潜んでいるかもしれない。彼は銃を片手に持ち、ゲストの安全を守る為と、ジャンヌを守る為に、静かに廊下を歩いていく。
アレンはナイトゴーグルを装着しながら、移動している。暗闇でも、敵の姿を確認出来るかを確認する為だ。敵から手に入れた武装は利用しなければならない。特に、この状況では敵の装備が有利に働くからだ。
廊下を歩いていると、啜り泣く声が聞こえてきた。その方向に近付く、二人。
柱の傍にいた、一人の子供。年齢は六歳程か。パーティ用の正装を着ていたその子供は、
一人、泣いていた。
「ぐすっ……ぐすっ……お父さん……お母さん……どこなの……?怖いよ……」
二人は子供の側に近付いた。そして、ジャンヌが声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「え……?あ……ジャンヌ様?」
ジャンヌの声に反応した子供は、涙を伝わせながら彼女の方を見た。傷心状態のジャンヌではあるが、泣く子供を見て、黙っていはいられない。
「どうされたのですか?」
と、聞くジャンヌ。
「ええとね……お父さんとお母さんとはぐれちゃったの……僕……寂しいよ……。」
「そう……ですか……。」
ジャンヌは責任を感じた。自分が主催者であるこのパーティで、このような子供にまで被害を及ぼす事になるとは……と。
「はぐれてしまったのですね……可哀想に……」
「けれど、ここにいる方が危険だ。どこか、部屋に行こう。部屋は分かる?」
アレンはナイトゴーグルを一時的に外し、子供に聞いた。
「分からないよぉ……。」
と、再び目元に涙を浮かべる、その子供。
部屋が不明な以上、今はこの場にいるよりは、せめて近くの部屋に退避させる方が安全だ。今、危険な状況にいるこの子供を被害に遭わせる訳にはいかないと、アレンはそう感じていた。
「ここに、一時的に避難をしようか。」
と、言ったのはアレンだ。側には一つの、部屋がある。それが誰の部屋であるのかは分からないが、子供の安全を考慮し、その部屋に入れることにした。
部屋はジャンヌが持っていたマスターキーで開けられる。扉は静かに開く。停電の為、部屋の中も相変わらず暗い。何が置かれているのかも分からない。
だが。幸い、この部屋は誰も居なかった。もし誰かが居れば、鉢合わせになり、混乱状態になる可能性も考えられたからだ。その状況を把握してから、アレンは子供に名を聞いた。
「君の、名前は?」
優しげに聞くアレンに対し、子供は言った。
「ええと……ユアンだよ。ジャンヌ様と、お兄ちゃんは知ってるかな。お父さんはヘアって言って、お母さんは――」
その時、ジャンヌは遮るように言った。
「この子は……マルコス氏の子息なのですね……。」
「ヘア・マルコスさんの!?そんな……」
ヘア・マルコスはすでに死んでいる。アレンはジャンヌと合流する前にヘアの断末魔を聞いており、ユアンがヘアの息子だと知った時、その時の声がアレンの中で鮮明に蘇った。
「ジャンヌ……この子は……」
目の前にいるユアンがあまりに不憫でならなかった。何も知らないユアン少年は首を傾げてジャンヌを見る。
言える筈が無い。その子供自身が絶望の状態なのにその中で父親が殺されたなど。
「お兄ちゃんは、僕を守ってくれるの?」
ユアンの言葉。その言葉を聞いたアレンは、そっと、彼を抱き締める。
「ああ、絶対に守るから……」
「本当?やったぁ!僕、お兄ちゃんとジャンヌ様がいてくれたら、何だか安心してきた!」
彼はこの状況を生き延びたとしてもこの先辛い事実を知らなければならないことは分かっていたのだが、今は少しでも安心して貰いたいと、思っていた。
絶望の状況で困惑するより、希望を持って欲しい。その方が、生存率は上がる。ユアンの笑顔は、僅かではあるがアレンを安心させた。しかしそれと同時に押し寄せてくるのが、ユアン少年に課せられた衝撃の事実。彼を待っている未来は一体何なのか。それを思うと悲しさを覚えた。
「安心して下さい。大丈夫ですから……ね。」
「うん!」
二人は彼の父親の話をしなかった。それをして思い出させるのも嫌な上、彼等もまだ幼い子供に対して事実を話したくなかった為である。
「お兄ちゃん……なんだかお父さんみたい。」
「え……?」
「お父さんもお兄ちゃんと同じぐらい優しいんだよ。とっても。」
その台詞は、逆に彼らを悲しませるだけだった。父親のヘアはもうこの世にいない。アレンが少年の父親代わりをすることは可能ではあるが、結局それは代わり。本人がいないのでは悲しさを生み出すだけだ。
バンッ
その時だった。入口のドアが突然開いた。アレンはすぐに銃を構える。鍵は外部からは開かない筈なのに、何故?
三人はドアの方を見る。そこには、明らかに動揺している、ゲスペル・ギアンの姿があった。
男はその、恐怖で染まり切った表情を彼等の前に晒し、迫って来る。絶望的な表情を見せていたゲスペルは、嘆くように言葉を発した。
「うわあああ!もうおしまいだ……みんな……みんな殺されるんだぁ!パパもママも死んだ!殺された!僕は目の前で見たんだ!変なゴーグルをかけている奴等にパパとママが撃たれている所を!!もうおしまいだ……何もかもおしまいだ!!!嫌だぁ!!死にたくなぁぁぁい!!!」
一昨日のジャンヌを口説こうとした男の姿は、最早そこにはない。ただ、恐怖に怯え、錯乱している愚者の姿が映っているだけだ。この男が、大手メディア会社のWCNの主要株主というのだから、妙なものではある。
「どうして、貴方がここに……」
そもそも、何故この男が部屋に入ってきたのか?アレンとジャンヌは、それが疑問であった。
「君達こそ、どうして僕の部屋に居るんだぁぁぁ!?!?!?」
あろうことか、この部屋はゲスペルの部屋であったのだ。その為、この男は入って来たのである。
「大体……元はと言えばジャンヌ・アステル、お前のせいだ!お前が……こんなパーティを主催するから!どうして……どうして……どうして僕達が殺されなきゃならない!?なぜ!?ふざけるなぁぁぁ!!!」
錯乱状態のゲスペル。更にこの男は、ジャンヌを貶める発言をした。動揺し、誹謗をするこの男が居てはユアンを不安にさせてしまう。彼の表情は次第に恐怖に染まるのを、アレンは見ていた。
居ても立っても居られないと感じたアレンは、ゲスペルを止める為に、彼の肩を持った。
「落ち着け!こんなところで混乱しても何も始まらない!」
と、アレンが懸命に落ち着かせようとするが、ゲスペルは止まらない。
「黙れよ!!僕は知っているんだぞ……一昨日、ジャンヌ・アステルがお前を部屋に連れ込んだのを、見ているんだぞ!!写真だって、撮ってるんだぁ!!」
「なっ……」
ジャンヌはアレンを部屋に招き入れた。それは事実だ。だが、よりによってこの錯乱した男に、そこを見られてしまっていたのである。
男女が一室に居るという事は、スキャンダルに発展してもおかしくない。増してや、ジャンヌといった世界的に有名な人間がそれを見られてしまう事は、もしマスコミ等のメディアにリークをされれば、厄介事に成り兼ねない。この男は、この非常時にも関わらずそのような発言をしたのだ。
先程彼女を誹謗した女性のように、非常時に人間は本性が出るのはよくある事ではある。そして、今、スキャンダルの話をしている場合でない時に、そのような行動を取る。それは、人としてあるまじき行為だ。しかしゲスペル・ギアンという男はそれを躊躇いなく行ったのである。
「こんな呪われたパーティを主催する君……いや、お前に見せしめで、世界中に写真を送ってやる!WCNからこんな写真が流出したら、世界中がお前をバッシングするだろうなぁ!あははははは!!」
狂気の果てに、人を貶める事を、本人の前でしようとするゲルペル。この男が、ジャンヌが幼い頃に世話になったウィアー・ギアンの子息という事実。それが余りにショックで、ならなかったのだ。そして、ゲスペルが言うように、ウィアーは殺害されている。
それらも相まって、ジャンヌは更に傷ついた。自分のせいで彼女の父親、ジンクの親しい存在であるウィアー・ギアンが死んだ事……そして夫人も。更に悪い事に、ゲスペルはアレンを部屋に招き入れている写真を公表しようとしているという、事実。
「ジャンヌ様は何も悪くない!僕に、優しくしてくれたもん!!」
そこへ、ユアンが彼女を守る様に言った。彼女の前に立ち、両手を広げる。ジャンヌを、守る小さな騎士がゲスペルの前に立ち塞がった。
「黙れぇぇぇクソガキ!ガキに大人の事情なんて分かってたまるかよ!!」
ドゴッ
そう言ってゲスペルは子供に対し、暴力を振るったのだ。その勢いでユアンは目に涙を浮かべ、再び泣いてしまう。
「あああああうるさいうるさいうるさいいいいい!!!」
暴力を振るわれて泣かない子供はいない。そして、それはその場を更に混乱させていく。
錯乱した男による身勝手極まりない悪質な行為。そして、ショックを受けるジャンヌ。怪我をし、泣いているユアン。それらを同時に見たアレンは、怒りを覚えた。
パーティ会場では暴力行為をしなかったアレンであったが、この身勝手極まりない悪質な男を、放って置けなかったのだ――
「いい加減にしろ!」
ドゴッ
アレンはゲスペルの顔を殴った。その際にゲスペルのEフォンは手元から離れる。男の頬は腫れ、自身の頬を触っている。
「叫んでこの状況がどうにかなるか!増してや子供にも暴力を振るって……最低だお前!それに、これ以上彼女を侮辱するな!」
「お前……僕の顔を……お前ぇ!」
と、ゲスペルはアレンに寄り掛かる。取っ組み合いが行われようとしていた――
ピシュンッ
音の響かない、掠れた音が聞こえた。それと同時に、“何か”が倒れた音が聞こえた。
「あぅ……」
音の方向を急いでアレンは振り向く。そこには、無残な光景が映った。ユアンが、倒れている。そして、無残にも頭から噴水のように血が溢れている。
このような、惨劇があって良いものか。何の罪もない子供が殺されるなど、あって良い筈がないのだ。
「ユアン!」
と、アレンが叫んだ時、再び空気の掠れた音が聞こえた。別の、銃弾だろう。
すぐにアレンはナイトゴーグルを装着し、慎重に部屋を見渡す。視線をユアンの方向に向けた時、その後ろに一人の人間の姿が映っているのが確認できたのだ。
怒るアレンはその人間にサイレントガンを放った。胴体は恐らく防弾チョッキのようなものを装着しているとして、狙うは眉間だ。眉間を撃てば、敵は倒れる。
銃弾は直撃した。そこにいた、男は血を流し、倒れたのだ。
ユアンの仇は取れた。しかし、彼が戻って来ることは無い。何の罪もない用事は、見知らぬ暗殺者によって殺害されたのである。
「どうして……この子が死ななくてはならないのですか……彼等は一体、何が目的で……。うう……」
「一つ言えるのは、部屋に居ても安心が出来ないって事だ。俺達も、出よう。あの子を放置するのは、いけないとは分かっているけど……」
ゲスペルに気を取られ過ぎて、少年を守れなかったアレン。彼は心底後悔していた。自分の甘さに対して。
「あぁぁぁぁぁぁ……」
アレンはユアンの瞼を、指を使って閉じた。それから、この時彼等は錯乱状態のゲスペルを放置し、その部屋を出る事にした。
一人、残されたゲスペル。錯乱しているこの男の口元はガクガクと震えており、恐怖に満ちている。
その時、ゲスペルは足元には落ちている、銃を見つけた。先程アレンが倒した男が持っていた、サイレントガンである。ゲスペルは躊躇う事なく、それを手に持った。
「そうだぁ!あの女を殺せばいいんだぁ!そしたらみんな死ななくて済む!僕も当然!アハハハハァァァ!」
一昨日には口説こうとさえした女性に対し、男は今、殺意を露わにしていた。人はこうも、感情を変える事が出来てしまう。それは、本気の愛情がないが故であった。
異様な目つきをしており、歯を食い縛り、上歯と下歯を噛み合わせているこの男。そこに、彼女を口説こうとしたキザな印象の貴公子の顔は、最早存在しない。
廊下を移動しているアレン達。先程のユアンの死体が、忘れられない様子の彼等。
「どうして、あんな子供まで……」
先の事が悔やまれる。この事により、暗殺者の目的がより、不明となった。敵の狙いはジャンヌだけではない。恐らく、ゲストの人間も標的の可能性が高い。
そうとなれば、守り切るのに限界がある。アステル家の調査員もゲストを守る為に動いてはいるが、それでも限界がある。
既に数名の犠牲者を見てきた彼等。その上で誹謗を浴びせられたジャンヌの心は、酷く傷付いていた。
「そもそもあいつらの目的が不明だ……何者なのかも分からない。外部犯か?」
アレンが言った後、ジャンヌが静かに口を開く。
「分かりませんわ……外は国連軍が警備して下さっていました。その為、外部からこの船への潜入は不可能の筈ではありますが……」
「じゃあ、出港前から内部に既に侵入していたという事か?」
「それしか、考えられません。ですが会場内にいた人達は皆、把握しています。いずれもが、私が知る人間ばかりです。」
謎が謎を呼ぶ状況。その上で迫る、暗殺者。絶望の状況は、終わりそうにない。
「ジャンヌ、今は外に出よう。ゲスト達の安全も気になるけど、アステル家の調査員の人に任せた方が良い。」
「え、ええ……」
と言う、ジャンヌの表情は暗かった。
「外の様子が気になる。外に出て、国連に助けを呼べれば生き残れる可能性が上がるだろう。」
外に国連軍が待機しているのなら、救援を要請すればセントマリア号に応援を寄越してくれる。そうなれば、ゲスト達も助けられる。アレンは、そのように考えていた。
だが、ここで彼女は一つ、疑問を抱く。
「いえ……そもそもの疑問です。何故、この非常時に船から救難信号が発令されていないのでしょうか。」
「確かに……」
外に国連軍がいるのならば、緊急時には船内のクルーが救難信号を出すよう、指示が下っていた。もし信号が出ていれば、迅速に国連軍は動いてくれている筈であり、ゲスト達も助けられただろう。
仮に救難信号を出しているにしても、対応が遅すぎる。このままでは、被害が広がる一方だ。ゲストは勿論、彼等にも更なる危険が及びかねない。
「外で何かがあったということか。」
“もしも”の話をする、アレン。
「考えたくはありませんが、国連が何者かの襲撃を受けた可能性があるという事になります。」
「有り得るのか?仮に新生連邦がそれをしたとしても、メリットがなさすぎる……。」
世界情勢は不安定な状況ではある。しかし、国連が護衛をしているこの客船を、新生連邦が攻撃を仕掛けることは有り得ない。では、何処の所属が攻撃をしているのか。それが、アステル家をよく思わない存在と、何らかの関係があるというのか。
今回の件の黒幕の検討がつかない。敵の真意が不明である以上、真実を知る為には、まずは外に出なければならないのだ。
「ハッ……?」
その時。アレンの茶色の瞳に、ジャンヌを狙う暗殺者の姿が映った。彼女の髪に、赤く、丸いセンサーが光っている。
「ジャンヌ!」
再び迫った危機。彼女を守る為、アレンは動く。
彼女の肩を持ち、そのまま押し倒す。その直後、僅かに銃弾が壁に当たる音が聞こえた。暗殺者によるサイレントガンの攻撃だ。
ジャンヌを守ったアレン。彼女を伏せさせ、彼は動く。アレンもサイレントガンを構え、周囲を警戒する。迫る暗殺者は何処にいるのか、その、全神経を集中させ、対応していく。
ピシュンッ
「うぅっ!」
再び、弾が発射された音が聞こえたのだが、それはアレンの肩を掠った。左肩は弾による擦り傷で、痛々しく、傷が付いている。
警戒をしていた筈のアレンは、怪我をしてしまった。だが、この痛みに構っている場合ではない。彼女を守る為に、アレンは暗殺者と戦わなければならないのだ。
アレンは、ナイトゴーグルを装着した。すると、ジャンヌを襲おうとしている一人の人間の姿を、確認する。躊躇う事なく、アレンはサイレントガンを放った。
暗殺者は断末魔を上げて死んだ。その時、もう一人の人間がアレンに迫る。コンバットナイフを持ち、接近戦で迫る、男。
「こいつ!」
ナイフの動きを見切ったアレンは右下方に重心を崩し、敵の腕を掴む。そのまま、彼は背負い投げをし、敵は仰向けになった。人が倒れる音が大きく廊下に響き、男は床に打ち付けられた。
そして、アレンは男の眉間に、サイレントガンを撃った。これにより、もう一人の男も死亡した。
「くぅ……油断したか……」
「アレン、大丈夫ですか。」
不安げな表情のジャンヌ。それに対し、アレンはどうにか笑みを作る。
「ああ、なんとか……ね。少し、掠ったけど。」
と、右手で肩を抑えるアレン。
「ハンカチは、持っていますか。」
「え?あ、ああ。」
ジャンヌは彼のポケットからハンカチを取り出した。そして、それを広げ、アレンの左肩部を覆い、そのまま結び目を作る。彼女なりに考えた、応急処置だ。傷口を広げた状態で移動するのは危険だと、判断した為である。
アレンの肩にハンカチを結んでいる時、ジャンヌはふと、口を開いた。
「私は……いっそ死んだ方が良いのかも知れませんわね。」
「な……?」
アレンの驚愕する表情に対し、ジャンヌの表情は明らかに暗く、視線を落としている。絶望的な状況に、飲まれつつある彼女。
自身がパーティの主催者であるが故に起きた、襲撃。そして絶望の淵に駆られたゲスト達からの誹謗中傷。更には、罪なきゲストの死。それらを一度に経験したジャンヌ。
――――――――――――――アステル家は呪われた一族よ―――――――――――――
――――――――――――ジャンヌ・アステル、お前のせいだ――――――――――――
人の酷な部分を目の当たりにし、気丈であった彼女の精神は病んでいく。母、ターナが死んだ時でもその悲しみを見せんと、動き続けた彼女の精神は、崩壊しようとしていた。
「お母様が死んで、私がしっかりしなければと思っていました。ですが、信頼していたゲスト達にもあのように言われ、更には、死者まで出してしまいました。所詮、アステル家は呪われた一族……それは、分かっていたつもりなのです……」
絶望的な状況では希望を見出す事は、難しい。前に進もうとしていたジャンヌですら、今の状況に押されている。アレンは、彼女を奮い立たせなければならないと、思っていた。
だが彼女も人間だ。身体はアドバンスドタイプと呼ばれる人種かも知れないが、心は一人の女性だ。身体がどのようであれその精神は、まだ二十歳の若い女性なのだ。精神的に打たれ強い訳では、無いのである。
「アレン、私が生きているから皆殺されていくのでしょう。違いますか。」
「そんな訳がない!君は錯乱しているだけなんだよ!あの、ゲスペルって奴みたいに!」
気が動転しているのだろう。そして、絶望しているのだろう。ジャンヌの心は、壊れつつあった。しかしこの状況で心が壊れるのは、死と同義だ。迫る暗殺者の格好の餌食である。
「もう、私は誰かを巻き込んで生き永らえたくありません……私に構わず、逃げてください。ここにいれば、いずれ暗殺者が私を殺すでしょう。」
自らの死を選択しようとしているジャンヌ。それを言われ、無責任に逃げ出す事等、出来るだろうか。いや、出来る筈がない。アレンならば、それは絶対にしない。
「どうしてそんな事を言う!死んでいった人達の為にも、君は生きなきゃならない!俺は君の行動に賛同したんだぞ!正気になれ、ジャンヌ!」
彼女の両肩を持ち、励ますアレン。
「私はもう、これ以上人々を巻き込みたくありません!私を放っておいて下さい!アステル家はお父様さえいれば当主として成り立ちます!貴方さえ、生きて、これからの世界を――」
「黙れよジャンヌ!」
アレンは、彼女に怒った。いつ、死が訪れるかも知れない状況で、アレンは彼女の事を、本気で怒ったのである。
「そうやって、責任を取って死ぬとか、安易な発想になる事が愚かだ!どうして、そんな発想にばかりなる!そんな事じゃ、敵の思う壺だぞ!」
「ですが……私は……」
弱気なジャンヌ。アレンは、我慢出来ず、口を開く。そして――
チュッ
彼は、ジャンヌに接吻を交わした。ココットと言う恋人がいて、躊躇う事もあったのだが、今、彼女を正気に戻さなければならないと考えた、彼の苦肉の策。
それは、ジャンヌの表情を大きく変えた。なりふり構ってられないと、判断した結果だ。
「死んだらこの、キスの感触だって味わえなくなる!そんなの、生きてるって言えるか!責任をもって死ぬなら誰だって出来る!君は生き延びて、これからを考えなきゃならないんだろう!」
「アレン……私は……でも……」
顔を赤めたジャンヌ。しかし、彼女はまだ戸惑っている様子だった。
「だったら、もう一度……」
チュッ
と、再び彼はジャンヌの唇を奪う。錯乱する彼女を、落ち着かせようと、彼なりのアプローチだ。
その接吻の時間は、一度目と比較して五秒程度長い。長いキスは、その分彼女の心を少しずつ、満たしていく。
「アレン……私……このようなものは……」
躊躇うジャンヌ。彼女は更に、顔を赤めていた。
「これが、生きてるって事だ!君は生きているんだよ!だからキスの感触が分かるんだよ!」
アレンは必死だった。彼女を安心させ、前を向いてもらいたいという、その一心での行為。これにより、ジャンヌの表情が、少しずつ変化していく。
「キスの、感触……でも、私は……」
自身の唇を、指で触れるジャンヌ。眼は、アレンの顔を着目している。
「だったら、この際言ってやる!死んだ君を本当に心から悲しむ事が出来るのは、君のお父さんと俺だけなんだぞ!」
「え……」
アレンから放たれたその言葉は、彼女の表情を更に変えていく。絶望に満ちていたジャンヌは、目を何度も瞬きさせ、アレンの方を、見るのだ。
「だから、死ぬ事なんて考えるな。俺が守るって何度も言ってるだろ。仮に俺が死んでも悲しむのはワートンと、ココットぐらいか。でもジャンヌは俺と違って有名だ。世界中の人間が悲しむ……」
と言った後、アレンは首を横に振った。
「悲しむから生きろとかそう言うわけじゃない……とにかく死んだら終わりなんだ!全てが!君も俺も若い。やらなきゃならない事があるんだ!それなのに、こんな所で連中に殺されるわけには行かないだろう!」
舌足らずな印象を持つが、アレンはジャンヌを励ましている。生きろと、必死に訴えている。絶望に暮れていた彼女を奮い立たせる為、彼は懸命に彼女に声を掛けた。
その言葉は、彼女を動かした。一度は死を選択したジャンヌ。もし、アレンが彼女を励まさなければ、どうなっていたのかは不明である。
「貴方の言う通りですわ。私は……どうかしていました。多くの事を一度に経験して、悩んでいたのでしょう……」
人は多くの悲劇を経験すれば、正常な判断が出来なくなる。それを奮い立たせるには、一人の力では無理だ。別の人間……それも、近しい関係の人間がそれを成す。
ジャンヌとアレンは友人関係だ。しかし、彼等は接吻を交わした関係となった。それは友としての接吻なのか、それは不明だ。だが、彼女を正気に戻す為に、一役買ったと言える。
「君が無事で何よりだ。ココットには、なんて言うべきか……だけど。」
アレンは、自身の行為に対して、戸惑っている様子であった。だがそうしなければ、彼女は死を選んでいたかも知れない事を考えると、やむを得ないのである。
「それよりも今はこの場を離れましょう。いつまた、暗殺者が来るかは分かりません。」
ジャンヌの表情が、戻った。決意の表情を見たアレンは、安心した様子であった。
「行こう、俺が君を守る。」
「いいえ、私は貴方に守られてばかりではありませんわ。」
「え?」
その直後、ジャンヌはアレンのポケットから銃を取り出した。サイレントガンではない方の、銃だ。そして、銃身の上部をスライドさせ、銃を構えた。
「ジャンヌが、銃を持つなんて……」
「フフ、ジンク・アステルの娘、ですもの。」
その様子の彼女に、アレンは勇ましさを感じていた。彼女の心が戻れば、絶望的な状況も抜けられるかも知れない。アレン達は、出口を求めて、走る。途中で暗殺者が襲って来ようとも、彼等は駆け抜けるのだ。
廊下を走り抜け、彼等は外に出る事が出来た。幸いにも、その間は暗殺者に会うことは無く、移動することは出来た。
冬季の大西洋の夜は凍える寒さだ。だが、今は船内が非常事態である為、外の様子を知る必要がある。彼等はすぐに、海の方を見た。非常用の電源に切り替えられている外のライトを見て、明かりに照らされている為、状況が分かりやすい。
しかし、彼等が見た光景は、余りに無残だった。
「そんな、艦が撃沈しているなんて……」
あろうことか、護衛についていた筈の二隻の国連の水上艦は破壊されていたのだ。だが、いつの間に破壊されていたのかは全く分からない。
これが、すぐに船内の異常に対応出来なかった事に対する答えだった。護衛艦二隻が、何故こうも簡単に轟沈させられていたのか。謎が、深まるばかりである。
「ブリッジがどうなっているのかも気になるな。さっきの奴等の目的も不明だ……」
と、アレンがジャンヌの方を振り向いた時だった――
「きゃあっ!?」
彼女の悲鳴が聞こえた。アレンがすぐにその方向を見る。
そこには、ジャンヌを人質にとった狂人、ゲスペルの姿があった。彼等の後をつけていたゲスペルは、この機会を待っていたかのように行動を開始した。男は暗殺者が持っていた銃を持ち、ジャンヌの頭部に銃を突きつける。
「ハハハハハ!この悪魔めぇ!お前が死ねば……みんなが助かるんだぁ!アヒャヒャ!!!」
「ゲスペル!ついて来てたのか!?ジャンヌを離せ!」
そう言って近づくアレン。しかしゲスペルは怒鳴る。
「来るなぁ!それ以上来たら、この女の頭を撃ち抜くぞ!!」
脅すゲスペル。最早、この男に言葉は通じない。人の言葉が通じない人間は、その存在が危険だ。
「僕達は騙されたんだ!大勢のゲストを死に追い遣って、その上、廊下でその男と二回もキスをするような魔性の女、ジャンヌ・アステルにねぇぇ!」
最悪のタイミングだった。アレンが彼女を落ち着かせる為に行った接吻は、よりにもよってこの男に見られていたのだ。メディアを牛耳る、混乱した男がそのような行動を目撃した事は、彼等にとって良い事であろう筈がない。
「魔性の、女……」
ジャンヌの表情が変化していく。ゲスペルの言葉が、彼女に容赦なく襲い掛かる。
「ゲスト達はお前に殺されたも同然だ!責任をとって死ねぇ!!」
更に、ゲスペルは銃をジャンヌの頭に突き付ける。その引き金が、少しずつ引かれようとしている。
「人殺しの淫売女のフィアンセ!!!何か言えよっ!!」
「クソッ……こいつ、完全に狂ってる……」
アレンは銃を構えようとするが、狂乱しているゲスペルは本気でジャンヌを殺す気だ。本来、守るべきゲストである筈のこの男が錯乱し、敵になっている状況は彼等にとって不利益しか生まない。仮にゲスペルを殺しても、何も得られないのだ。ただでさえ危機的状況の中で、面倒な状況になってしまった。
すぐの助けもままならない状況で、暗殺者がいるかも知れない上、錯乱して誹謗中傷を続ける男が彼女を脅迫している。今、彼等にとっての“絶望のパーティ”が、この船上で、行われつつあった――
「ハハハハハァ!こいつさえ死ねばみんな助かるんだぁ!いぃぃぃやったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
歓喜の声を上げるゲスペル。
所詮、本当の愛情を持たぬ人間の心境の変化は簡易的だ。故に凶行に至る。非常時という状況で、人として好意を示す人間を見る事が出来ないが故に、残酷な行為さえ、躊躇わない。ある意味、目的の為に感情を殺して任務を遂行する暗殺者よりも、このような男の方が厄介と言えた――
パァンッ
ゲスペル・ギアンの頭部が銃弾で撃ち抜かれ、そのまま倒れたのは、ほんの一瞬の出来事であった。噴水のように赤い液体が溢れて出ており、その傷口からは大脳の一部であろう、血液の赤色に染まった物質が流れ出ている。
アレンは銃を持っていたが、ゲスペルを撃ってはいない。ジャンヌが放った銃でもない。では誰がゲスペルを撃ったのだろうか。
「無事でしたか、ジャンヌ様、アレン様。」
そこに現れたのは、銃を構えているエファンだった。彼は暗闇の中でアレン達と別行動を取り、今、合流したのだ。
しかし、彼が撃った相手はゲストであるゲスペル・ギアンである。錯乱していて、ジャンヌの頭に突き付けたのは事実であるが、彼は暗殺者とは何の関係もない。
「エファン……」
ゲスペルの魔の手から彼女は解放される。しかし、ジャンヌの表情は曇ったままだ。
「何故、ゲストを撃ったのですか。彼は錯乱しているだけであって、撃つ必要はないでしょう。どうして……」
彼女はエファンを責めた。側近であり、信用出来る人間であるが故に、エファンの行動は無視できるものではない。射殺をせずとも、何らかの解決策はあった筈なのだ。
しかしエファンは銃を放ち、あろう事かゲスペルを射殺した。何故?どうしてなのか?
「ジャンヌ様、先程の男が貴方に拒絶され、その嫉妬の炎が燃えた上での絶望的な状況となれば、その矛先が貴方に向くのは容易でしょう。そしてそれは更なる狂気を生みます。例えば、絶望的な状況でのアレン様と貴方のキス。それはゲスペル・ギアンにとっては、更に炎上させるのに十分であったという事です。」
急に、語り出したエファン。彼は何故、両者が接吻を交わしていた事を、知っていたのか。見ていたからなのか?それは、不明だ。
ただ、ジャンヌにとっては恥以外の何者でもない。まさか、側近にそれを知られてしまうとは思わなかったからだ。
「エファン、まさか、見ていたのですか……」
恥じらうジャンヌ。それに対し、答えるエファン。
「見ていませんよ」
キスを見ていないという、エファン。ならば、何故それを知っているのか。そして、この状況にも関わらずそのような話をするエファンに、何故か、両者は気味の悪ささえ、感じている。
「それにしても、随分と酷い有様ですね。国連の水上艦は何者かに襲撃され、助けも暫く来ない状況。船内は暗殺者によってゲスト達が次々と襲われている。なんとかしなければ……と、思いますね。」
何故、エファンはこうも淡々と述べることが出来るのか。アステル家の人間ならば、今はそのような発言をしている場合ではない筈だが。
「エファン、今はそれどころではありませんわ。ゲスト達を助けに行かなければなりません。」
と、言うジャンヌ。しかし、彼はスーツのポケットに手を入れたまま、夜の暗闇によって漆黒に染まっている海を眺めている。
「ゲスペル・ギアンをはじめ、怨恨というのは時に強力な行動の源と成り得えます。暗殺者達の狙いは、ジャンヌ様と親しい仲のゲスト達。それらはいずれも富裕層の人間ばかりであり、各国の政界にも影響を与えて来た人間達。」
「エファン……?」
その台詞を、何故今この状況で吐くのか。ジャンヌは疑問を抱いている。そして、側に居るアレンも。
「所謂庶民とかけ離れた思考の持ち主達と言うのは己が都合の良い世界を作り出す為に庶民の意見、訴えを無視し、例えば目先の欲の為に売国行為によって国さえ滅ぼしかねない状況を作り出します。だが、それは所詮、自分達が良ければ良いという世界。対照的に一般庶民は、より圧迫された生活を送り、やがては富裕層や政府といった存在、そしてその繋がりに関係している人間に対して怨恨を抱くようになる。」
そして、エファンはまるで睨みつけるように、両者に視線を合わせた。
「ジャンヌ様、今回の暗殺者の正体を知りたくないですか。何故貴方が主催のパーティでありながら、貴方だけでなく、ゲスト達までが巻き込まれたのか。」
まるで、事情を知っている様子のエファン。何故、彼はこれ程に詳しいのだろうか。そして、今エファンから感じる妙な感覚は、何なのだろうか。自然に流れる冷や汗は、明らかに普通のものではない。
「答えは一つ。暗殺者はそういった富裕層の人間に対する怨恨を抱いている人間が集まった集団だからです。そうした存在は所謂、一般庶民とは違う、裏の世界で生きる人間達。デウス動乱後の世界で密かに活動をしていた、“氷河族”と呼ばれる人間です。」
「氷河族だって……?」
アレンが言葉を発した。
氷河族。それはアレンの身柄を確保しようとした人間達だ。その時のメンバーは三人のみ。そして、フォン・ヤマグチを暗殺した人間達でもある。
その彼等が、どのように関係しているというのか。そして、エファンは何故これらの事を知っているのか。
「エファン、貴方は何故、そこまで詳細を語る事が出来るのですか。まさか、貴方が暗殺者と内通しているというのですか……」
段々と、エファンの言葉が恐ろしく感じられていく。暗殺者の事や、ゲストの殺害。それらをまるで察しているかのような口ぶりの、エファン。それを慌てる様子無く、堂々と、語り続ける彼女の側近の姿は奇妙としか、言い様がない。
「ジャンヌ様。普通に考えて下さい。ここまで事情を語る時点で私が何らかの関係者であることは明白でしょう?」
エファンから語られる、事実。暗殺者とこの男の関係が、明らかになった。事情は不明であるが、この惨事を招いた原因の一つがエファン・ドゥーリアである事が、明らかになった。
それは、当然ながらジャンヌにとっては知りたくもない事実。彼女は後ろに下がり、その表情は、恐怖に満ちて行く。
「失礼。大変驚かせてしまいましたねジャンヌ様。さて、茶番も終わりにしましょうか。そろそろ頃合いですね。貴方の側近も、これにて辞めさせて頂きたいと思います。ジャンヌ様……いや、ジャンヌ・アステルッ!!」
ジャキン
エファンのポケットから、銃が出てきた。そして、その銃口はジャンヌを捉えている。
予想さえしなかった、側近の裏切り。ジャンヌはアレンの後ろに下がり、ただ、目の前の予想出来ない現実を虚ろな目で見ているしか出来ない。
「どう言う事ですか……貴方は一体……?」
「所謂、演技という奴だ。一年以上もの間、私はジャンヌ様……いや、“お前”の側近を演じていたという訳だ。」
側近をしていた時は穏やかな口調だったエファン。だが、今の彼はジャンヌの側近をしていた時と違い、暗く、低い声を出している。
そして、男からは異様なプレッシャーを感じている。この男が放つ強い感覚は、二人共に感じ取っていた。
「そんな……馬鹿な……」
ショックを受けたのはアレンも同様だ。彼女の良き理解者であったとされたエファンがその本性を見せ、銃を向けているのだから。
では、エファン・ドゥーリアは一体何者なのか。何故、ジャンヌの側近を務めていたというのか。
「エファン、それは何かの間違いではないのですか。貴方がそのような事をする等考えられません!」
震えながらも、エファンを信じたいと願うジャンヌ。
「人という生き物は突然の出来事には無力だ。例えば、側近であり、良き相談者と思っていた人間の裏切り等、誰もが動揺するだろう。」
まるで別人のようだ。エファンから発される異様な感覚。それは、優しくジャンヌ達に接していた時とは全く異なる。
「信用というのは依存し過ぎればそれが損なわれた時、全てが崩落する。信用していた絶対の存在が裏切った時、怒り、悲しみを浮かべる。SNSでインフルエンサーと呼ばれる人間が憶測で出した情報を鵜呑みにし、それが誤情報であったと発覚した時に、怒り狂うように。」
達観した様子のエファンは、更に、ジャンヌに対して言った。
「それが人という存在なのだ。愚かであり、愛おしい存在である人間の、正常な反応。お前達は確かに、人間だよ。」
何故か、笑みを浮かべるエファン。その間も、男は銃口をジャンヌに向けている。
「クッ!!」
この男が放つ妙なプレッシャーに対抗するかのように、アレンも銃を構えた。本来ならば、このような真似はしたくない。しかし男が銃を構えるのならば、こちらも対応しなければならない。そう、彼は考えていたのだが――
パァンッ
エファンは突如、発砲をした。弾丸はアレンの持つ銃に直撃し、この衝撃によって銃を落としてしまった。
「銃を狙った。」
と言いながら銃上部をスライドさせ、弾を充填するエファン。
「しかし、我ながら随分と時間を掛けたものだ。全てはお前達を殺す為の芝居。ジャンヌ・アステル、そしてアレン・レインド。」
「お前達を殺す……?お前達って、どう言う事だ……?暗殺者と貴方が組んでいるのなら、ジャンヌを狙う筈じゃないのか!?」
彼は〝お前達〟と言った。それは一体何を示すと言うのか。
「言葉の通りだ。アレン・レインド。お前も含むと言う事だ。」
「俺も……!?」
エファンの目的は、ジャンヌの殺害だけではなかった。アレンを殺す事も彼の目的に含まれているのだと言う。
「エファン、嘘でしょう!?貴方はそのような人間ではない筈です!私に対して向けていたあの優しい表情は、どこへ行ったのですか!エファン!」
ジャンヌは、懸命に呼び掛ける。今まで信頼していた人間に裏切られ、ジャンヌは明らかに動揺している。
彼女は現実を受け入れたくなかった。側近として活動し、相談相手にもなっていた男が、まさか自らを殺すような真似をするなど、考えたくなかった。それは人であれば、誰もが当然である。
――――――人は、辛い過去を乗り越えて成長し、より強くなっていくものです―――――
―――――――人と関わる事はその人、そのものを成長させるのですから―――――――
いずれも、エファンが言った台詞。その暖かさは、本物だった。その言葉で、ジャンヌは希望を貰えていた。
だが彼等の前で銃を構えている、この男は何者なのか。本当に、同じ台詞を言った人間なのか。エファン・ドゥーリアとは、何者なのか。何故このような真似をするのか?このような暖かな言葉を話すことが出来る人間が、彼女を裏切るような真似をするというのか。
「たった一年間だ。一年間と言う僅かな時間で私と言う人間、全てが分かると思ったのか?だとすれば愚かだな、ジャンヌ・アステル!!」
そう言って、エファンは銃をジャンヌに向け始めた。そして、引き金は躊躇いもなく引かれる。
パァンッ
無慈悲な銃声はジャンヌに迫る。それは、紛れもなく彼女との決別を意味していた。信じていた人間を、こうも簡単に裏切る事が出来るのか。先日まで暖かな言葉で彼女を癒していた人間は、どうして躊躇いもなく引き金を引く事が出来るというのか。
ショックを受けるジャンヌに、銃弾が迫る。それを見たアレンは、彼女を抱き締め、ぐいと引き寄せた。これにより、銃弾は回避される。
「油断はしない事だな。」
と、エファンは再び銃の引き金に指を持って行き、今度はアレンの眉間を狙い始めた。このままでは撃たれるだけ。そう思ったアレンは、すぐに行動を開始する。
ジャンヌと手を繋ぎ、奥へ逃げ出そうとした。だがエファンの所持している銃はそれを逃がさない。エファンはニヤリと笑った後、躊躇うことなく、彼に発砲した。
「うああっ!」
「アレン!?」
アレンはジャンヌと手を繋いでいた左腕を狙われた。直撃ではなかったものの、激痛が彼を襲う。肘関節から上部分が出血をしており、血が滴っている。
「ぅ……あ……グッ……」
彼は流血部位を押さえている。しかし痛みは治まらない。その間にも、エファンが近付いてくる。
「さて……御託もそろそろ良いだろう。お前達には死んでもらう。まずはお前からだ。アレン・レインド。」
今度こそ、狙いを外さんと、エファンが再び銃を構え、アレンに迫る。
ジャキンッ
その時。ジャンヌがエファンに向けて銃を構えた。だがその手は、明らかに震えている。
「それ以上近付くというのならば、貴方を撃ちます……!」
「ほぅ。アステル家の令嬢が言うとは思えない、物騒な台詞だな。」
「貴方は私達を殺そうとしています。私達はそれから身を守る為に……。」
とは言うが、彼女には迷いがあった。エファンに向ける銃口も、明らかに狙いが定まっていない。
「銃身が震えているという事は紛れもない、躊躇いがあるという事。やはりお前は人間だよ。私が掛けた言葉がお前の頭の中で響いていて、それが銃身を震わせている。だからその銃の構え方には紛れもない戸惑いが見られる。そんな、所か。」
まるで彼女の行動を見抜いているかのような発言をするエファン。彼女の表情は、より一層険しくなっていく。
「人と言う存在は愛らしい。しかし、醜い。この矛盾は、どのように説明されるべきなのだろうな?なあ、ジャンヌ・アステル。」
彼女の心境を煽り続けるエファン。明らかに、躊躇がない。そして、堂々と振舞っている。
「貴方は……!」
パァンッ
と言った、彼女の構えた銃からは、弾が放たれる。かつての側近である、エファン・ドゥーリアに対して――
「ン……少し痛みが、あるか。」
銃弾はエファンの腹部に当たった。しかし、何故だろうか。血が出ていない。男は全く苦しむ表情を見せないのだ。
「あ……エファン……だ、大丈夫ですか……?」
やはりジャンヌの中には迷いがあった。男を心配した事が何よりの証だ。自らの手で引いた引き金ではあったが、撃ってはいけない人を傷付けた罪悪感に、彼女は支配されていたのだ。
だがそれに対するエファンの言葉は、彼女の心境とは真逆と呼べるものだったのである。
「フン、所詮躊躇いのある銃弾で私は殺せんと言う事だな!ジャンヌ・アステル!」
彼女に撃たれても然程ダメージを受けているように見えないエファンだが、その直後に奇妙な笑みを浮かべ、ジャンヌに向けて銃身を向けた――
パァンッ
「うあああっ!」
あろう事か、エファンは彼女を狙う振りをして、アレンを狙ったのだ。突然の行動に、動きが読めなかったアレンは油断をしていた。
凶弾はアレンの右大腿部に当たった。血が、スーツから滲み出てきている。それに伴い、激痛がアレンを襲う。
「お前も標的なのだよ、アレン・レインド。それを忘れるな。」
と、言いながら接近するエファン。男の行動に、躊躇いはない。激痛の為に身動きが取れないアレンは、出血部位を抑えている。呼吸が激しさを増し、その脈拍も上昇しているのを彼は感じ取っている。
「う……くぅ……こんなところで……こんなところでぇぇ!!!」
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
アレンの身体が輝き始めた。生命の危機を感じたアレンは、碧色の光、〝イズゥムルート〟を放ったのだ。この光を浴びた人間は戦意を失う。それは、ジャンヌにも言える事だ。アドバンスドタイプと呼ばれる人間である彼等が発する事が出来るこの現象。その原理は解明されていないが、今までの危機的状況はこれにより、脱することは出来た。
「イズゥムルート。生命の危機に反応する生存本能の光。それを浴びた人間は戦意を喪失し、自らを守る事が出来るとされる光だな。」
エファンは、この光を浴びた。だが何故だ。何故、全く動じる様子なく、立っていられるのか。
「な……どうして、平気なんだ……?」
苦しむ表情を浮かべながらも、アレンは疑問を抱く。エファン・ドゥーリアは一体何者なのか。何故、イズゥムルートの光を浴びて、平気でいられるのか。
そして、そもそもエファンが何故“イズゥムルート”の事を知っているのか。
「お前の疑問もごもっともだよ、アレン・レインド。何故、生存本能の光、イズゥムルートが私に効かないか疑問に思っている事だろう?」
その間にも、二人は海を隔てている柵にもたれ、エファンを睨むように見ている。
「それは、非常にシンプルな答えだよ。私はお前達と同じ力を持つ存在だからな!!!」
「!?」
二人は驚愕するしかなかった。目の前に居る男、エファン・ドゥーリアが自分達と同じ力……つまりアドバンスドタイプの力を秘めている事を。
だが、今まで彼等はそれを感じなかった。もしエファンが力を持つ存在ならば、その存在を把握出来た筈。何故、彼等はそれに気付かなかったというのか。
「エファンが、アドバンスドタイプ……そのような感覚は、感じた事がありませんでした……信じられません、貴方が私達と同じ人間だったなんて……」
今まで男はその正体を隠していたというのか。そして、その本性すら、隠していたというのか。
力を持つ存在は、互いに引き寄せられる事はある。それはレイが力を持つ存在に覚醒していった時に、力を持つ人間達と出会った時と同様の、感覚だ。それらは偶然ではあるが、同類を引き寄せる、“何か”があるのかも知れない。
そしてエファンはアドバンスドタイプ。その驚愕の事実は彼等を、更に動揺させることになる。
「……貴方の目的は何なのですか?貴方はアドバンスドタイプだとして、何を感じているのですか。どうして、このような事をするのですか……?」
裏切られたショックは大きい。ジャンヌは声を震わせている。だが、自身の側近であった男が同類となれば、疑問を抱くのは当然だ。警戒をしつつも、男に疑問を聞くジャンヌ。
「せめてもの情けと言うべきか。語ってやろう。私の目的は、力を有する者の抹殺だ。」
「力を有する者の、抹殺……?」
力を有する者という、その具体的な定義等は不明である。今までも、力を持つ存在は居た。シンギュラルタイプ、強化モデル、そして、アドバンスドタイプ。いずれもが戦闘において強力な力を宿している者達ばかり。その天才的とも言える空間認識能力は常人、オールドタイプを凌駕している。もし、エファンの言う力を有する者がこれらに該当するのならば、当然ながらアレンとジャンヌも彼にとっても抹殺の対象となる。
「力を持つ存在、アドバンスドタイプやシンギュラルタイプ。それらは私にとって、消えなければならん存在。力を有する者は私一人で良い!私以外の力の持つ存在は、全て死すべきなのだ!」
エファンの目的。それは、力を持つ存在の抹殺。何故、これ程にそれを思うのか。理解が出来ないアレンとジャンヌは、ただ、困惑するばかり。
一方のアレンは怪我をしている。傷口から流れる血が、船の床にまで流れ出てきた。
「何の……目的があって……うぅ!」
喋ろうとしても、喋るたびに傷口が痛む。悔しくても、何も出来ない。
「この世には、私一人だけ力のある存在がいれば良い。それだけだ。何故お前達が今回狙われたか、これで理解した筈だ。」
詳細を語らないエファン。何をもって力を持つ存在を狙うのか。それが、理解出来ない。
「私達が力を持つ存在だから殺すのですか。」
「そうだ。それが、私の目的。邪魔者は消す。それだけだ。お前の母親も邪魔者の一人だったよ。ジャンヌ・アステル。」
「え……!?」
母、ターナの話がここで出てきた。それはどう言う事なのか。嫌な予感が、彼女に過る。
「どう言う、事ですか……?」
「シンプルな答えを言おう。女優、ターナ・アステルの死。それは一体何が原因で起きたのか。」
エファンの口から語られる、真相。愛していた母の突然死とエファンが、どのように関係していたというのか。
「ジンク・アステルとの距離に悩んでいたターナ・アステルは私と密会し、私は彼女から話を聞いた。そして、私は彼女の心を埋める役割を果たしてきた。それから次第にターナ・アステルは私に心を開いていった。」
明らかになる真実。エファンは銃を向けながら、少しずつ二人に近付いてくる。
「人間関係とは単純であり、複雑なものだ。だが人間同士のラポールの形成が充分に行われれば、人は安心していく。そして一人の人間が言い出した提案にも疑う事なく、間違いないとさえ錯覚に陥る。ある意味、洗脳と呼ばれる手段はこのようにして用いられるのだろうな。」
何を言っているのか。男が語る言葉は、いずれもが冷徹だ。
「ラポールの形成とは、例えば進み過ぎた人間関係である夫婦関係において、不倫をする事等にも利用されるのだろうな。人間関係が進み過ぎれば、それは慢性的になる。所謂“マンネリ”というやつだ。」
「まさか、貴方は……」
この時、男の言葉の真意を理解したジャンヌ。それは、アレンも同様だった。
「飢えた愛情を満たすには、違う人間が必要となる。そして、私という存在に安心しきっていたターナ・アステルは私と密会するのに何の躊躇も、疑いもなかったという訳だ。後は、毒を盛るなりすれば計画は完了する。証拠も残らぬ。完璧な行為。信頼している人間を疑う人間は、そうそういない。計画的殺人行為の基本だな。」
ターナ・アステルはやはり殺されていた。しかも、その犯人は、あろう事か一番信用していた筈の、エファン・ドゥーリアなのである。
「どうして……こんな、こんな事を……!」
真実を知り、苦悩するジャンヌ。次々と押し寄せる、現実は、一度は立ち直った彼女の心を、再びへし折っていく。
自らが主催したパーティでは大勢の死人を出し、その上で浴びせられた誹謗中傷。それでも、アレンが彼女を支えた。だが母親は殺害されており、その犯人は信頼する者による反抗。この現実はジャンヌを傷つけ、困惑させる。
「ジャンヌ、しっかりしろ!」
青ざめていく、ジャンヌの顔。アレンは守ってやりたいと思うのだが、怪我が彼の行動を阻害する。
「お前の母、ターナ・アステルも不幸だったな。アドバンスドタイプでなければ私に殺される事はなかっただろうに。そして、その遺伝子を受け継ぐジャンヌ・アステル。そしてアレン・レインド。お前達も、標的である事を忘れるなよ……!」
そう言いながら、エファンは銃を二人に向ける。男は彼等を殺す為に、動いているのだ。
「っ!」
その時だ。困惑状態のジャンヌではあったが、撃たれるという危機を察知し、彼女はアレンの手を掴んで走った。辛うじて走る力を持っていたアレンは彼女に誘導されていた。
銃声が響く。だが、弾は当たらない。回避に成功した為である。
二人は先程の場所から離れ、木箱が積まれている場所へ身を潜める。だが、その間もアレンの右大腿部からの出血は止まらない。
「はぁ……はぁ……グッ……うう……ジャンヌ……ありがとう……」
「アレン、大丈夫ですか……?」
「なんとか……ね。ジャンヌも、大丈夫か……?」
アレンは肉体的に、ジャンヌは精神的なダメージを負っている。互いに傷ついた状態で、迫るエファンに警戒をしている。
「ええ……」
身体は動く。しかし、心が追い付いていない。死にたくないという本能が、そうさせるのだろうか。
「ここなら奴は来ない筈……ぐぅ……」
怪我をしているアレンは、喋る事だけでも大変な状況であった。血液は今でも流れており、その痛みを少しでも抑える為に、必死に右手で押さえつける。
「アレン……!」
ビリッ
すると、ジャンヌは自らのドレスを破り、船内で左肩に応急処置をしたように、アレンの傷口に対して包帯のように止血をした。
その素材は、当然ながら止血に向いているとは言い難い。だが今は彼の出血を止めなければならないと考え、懸命に行動に移る。ただでさえ見えていた脚線美は、更にその丈を短くし、彼女の美脚を映し出す。だが、今はそれに見惚れている状況ではない。
その際、ジャンヌは言葉を発した。
「……何故、エファンは力のある者を抹殺しようとするのでしょうか。」
虚ろな表情で語るジャンヌ。アレンは、その行為に感謝しつつ、言った。
「分からない……とにかく、今は助けを呼ぶしかない……彼は躊躇なく俺達を殺す気だ。だったら、戦うしかない……!」
やがて応急処置を終えるジャンヌ。だが、彼女の顔は相変わらず暗い。
「エファンと、戦うのですか……?」
エファン・ドゥーリアの突然の裏切り。しかし、それを簡単に割り切れる程彼女も安定している訳ではない。
アステル家に仕えていた側近の筈だった男が、敵となり、自らを殺そうとしている。そこに、躊躇いもない。そして、彼女もエファンに銃を撃った。その行為は、いくら正当防衛とはいえ、彼女は罪悪感を覚えていたのである。
「あの男は、君のお母さんを殺したんだぞ……。いくら側近だったとはいえ、それを躊躇いもなく出来る人間を許しておけるのか……?その上俺達だって、あいつに殺されるかも知れない……!ぐぅぅ……!」
傷口を塞ぎながら、アレンは言う。苦渋の表情を浮かべるアレンの呼吸は、一層激しくなっていく。
「私は、どうすれば良いのでしょうか……」
躊躇うジャンヌ。アレンの言葉と、エファンの事が同時に思い出される。
――死んだ君を本当に心から悲しむ事が出来るのは、君のお父さんと俺だけなんだぞ――
――――――人は、辛い過去を乗り越えて成長し、より強くなっていくものです―――――
優しいアレンと、優しかったエファン。ジャンヌを支えてきた筈の人間達。だが、裏切られた。エファンに至っては、母親を殺した。その悲しさだけが、今の彼女を包む。
「はぁ……はぁ……今は、生き延びる事を考えるんだ……」
「生き延びる……?シュネルギアも来るのか分からない状況です……エファンにそれらを、委ねてしまっていたから……」
彼女はエファンを信じ切ってしまっていた。非常時は彼にシュネルギアの要請を依頼していた為である。今、シュネルギアを呼び出しても、彼等がそれまでに生き延びることが出来るかは分からない。
絶望的な状況で、彼等はエファンから逃げるしか出来ない。木箱の影に隠れ、痛みに耐えるアレンと、ショックを隠し切れないジャンヌ。
「だからって、諦めたら終わりだろう……ぐぁっ……!」
血は、滲み出ている。激痛に悶えつつ、アレンは辛うじて、立ち上がろうとしている。
「あ……アレン……」
その時。ジャンヌは空を見ていた。何故、このタイミングで空を見ているのだろうか。ジャンヌの表情は更に恐怖に満ちている。
何事かと思い、アレンは共に空を見上げた――
ビゴォン
モノアイの駆動音が響いた。彼等の前には、MSが居たのだ。それも、今までに見た事のない機体である。
その体躯は明らかに大型だ。従来のMSのサイズが18メートル程度とすれば、その機体はゆうに10メートルは上回っている。一回りは大型の、その機体は彼等を見下すように、存在していたのである。
右手部マニピュレーターには大型のビームライフルを構えている。両肩部には二門のキャノン砲。バックパックには多数存在している、バーニア。これにより、その機体は空中を浮かぶことが出来ていた。
「そんな……MSなんて……」
この状況でMSまでもが出現するなど、予想出来る筈がない。片や、怪我をしているアレン。もう片や、精神的に傷ついているジャンヌ。逃げようにも、逃げられる筈がない。
ダダダダダダダダダダ
その機体は、頭部機関砲を放った。彼等の身を隠していた木箱はこの砲撃を受け、破壊される。更に悪い事に、積み上げていた木箱がジャンヌの頭の上に落ちてこようとしていた。
「ジャンヌッ!!」
怪我をしているアレンだが、彼女を助ける為に動く。まず、ジャンヌを突き飛ばし、彼も全力で走る。この一瞬では、痛みを感じなかった。痛みに構っている場合ではない。とにかく、走らなければ木箱の下敷きになり、死ぬ。それは避けなければならないと、本能的に感じていたのだ。
やがて木箱が大きく音を立て、崩れた。間一髪、二人は助かったのだ。だがアレンは無理をして駆け抜けた為、右大腿部の痛みが思い出されたかのように疼いた。
「グ……あああああ!!」
悶えるアレン。側に居たジャンヌは、心配する様子を見せた。
だが、彼等には束の間の安らぎすら与えられない。何故ならば、そこへエファン・ドゥーリアが銃を構えて迫って来たからだ。
「MSと人間が同時に迫って来る絶望感はお楽しみ頂けたかな?二人共。まるで、ホラーアトラクションに乗っているような気分だろう。」
エファンの背後には、先程頭部機関砲を放った大型MSの姿があった。いずれもがアレン達を殺そうとしている者達であり、状況から見て、互いに協力し合っている者同士であることが分かる。
「エファン……その機体は一体何ですか。貴方とどのような関係があるのですか……。」
恐怖に満ちた表情を浮かべつつも、ジャンヌはアレンの前に移動した。目の前には銃を構える男と、その背後にいるMSという絶望的な状況であり、尚且つ心が壊されている状況であっても、彼女は聞いた。その行為そのものに、勇気が必要であったのだが。
「アーヴァイン。それがこの機体の名だよ。こいつは、私の意のままに動く。私が望みさえすれば、ビームライフルでこの船を破壊する事さえ出来る。」
(意のままに動く……?パイロットが、居るんじゃないのか……?)
痛みに悶える、アレンが思った。
MSを操るには、コクピットにパイロットが操縦しなければならない。それが本来、当たり前の考えである。そこから操縦をし、機体を操る。それがMSだ。
「そう、パイロットが搭乗してMSを操る。それが、本来、当たり前の事だ。お前の疑問もごもっともだ。」
「心を読んだのか……!?」
それはエファン・ドゥーリアが見せた芸当だった。この男は、アレンの思考を読んだのだ。何故この男は心を読めるのかは不明だ。第六感と呼ばれる力でも宿っているのだろうか。それは、不明である。
「だがその、意思さえあればこのような芸当も可能となる。」
エファンがそう言った直後だった。
ウィィィィ
彼が“アーヴァイン”と呼ぶ機体の、コックピットのハッチが開かれた。そこには、人の姿が無かったのである。
驚愕する彼等。無人のMSが、機体を動かしている等有り得る筈がない。何のトリックだというのか。彼等は、目の前の現実さえ偽りなのではないかと、錯覚し始めようとしていた。
「嘘だ……無人のMSが動いているなんて、有り得る筈がない!」
「こんなものは……見た事がありませんわ……」
無人のMSが動いている。それを、エファンは自らの意思で、動かしているのだという。この男は、一体何者なのか。最早、人間の域を超えているとしか、言い様がない。
「人の脳波や、意思の力は従来より研究をされてきている。その発展型が、脳波コントロールでMSを操るという事に繋がるのだ。サイコミュ兵器が機体内で、パイロットが脳波コントロールで操るように、私は機体と距離が離れていても意のままに機体を操れる。そう、ラジオコントロールのようにな。」
と、言った直後にアーヴァインのコクピットハッチが閉じられる。人が操らないその質量を、男は自らの意思のみで操っているのだ。
それはアドバンスドタイプであるが故に行えるのかは、不明である。ジャンヌの側近を勤めていた男がその本性を剥き出しにし、彼等に恐怖を与えているのだ。
「では、国連の水上艦を沈めたのは……」
「そう、アーヴァインだよ。」
国連軍が非常時なのにセントマリア号内に入って来なかった理由。それは、エファンが操るアーヴァインが戦艦を撃墜した為である。
それは、パーティ会場が停電になる頃。その時には既に国連の水上艦はアーヴァインによって沈められていた。パイロットがいない状況で、たった一機の大型MSに、成す術もなく沈められたのである。
アーヴァイン。型式番号EMX-01X。開発経緯が謎に包まれているMSであり、どこで制作された機体なのかも一切不明だ。ただ一つ言えるのは、このMSはパイロットが居なくとも、脳波コントロールで機体を操ることが出来るという事であった。
「そして、お前達を瞬殺するのは、容易い。アーヴァインを使えば殺せる。しかしそれはせんよ。」
パァンッ
「あああああっ!」
アレンの声が響く。同時に、左肩から血が溢れ出る。船内で暗殺者に撃たれた部分を、銃弾によって更に抉られたのだ。
「アレン!」
叫ぶジャンヌ。彼の元に駆け寄り、寄り添う。そして――
「エファン……お願いです……もう、やめて下さい……」
絶望の状況で、ジャンヌの心は完全に折れてしまった。最早、命乞いしか出来ない状況。エファン・ドゥーリアというアドバンスドタイプの男と、脳波で操るアーヴァイン。これらが同時に迫っている状況では、最早、何も出来ないのだ。
「私が獲物を前にしたとして、片方が肉体的に弱っている。そして、もう片方は、肉体は丈夫だが精神が弱っている。どちらを狙うかは明確だ。肉体的に弱っている存在はより殺し易い。私にとっての優先順位は、アレン・レインドだよ。」
懇願するジャンヌの言葉も届かない。エファンは再び銃を構え、迫る。
「私が、盾になります……!」
決死の行動だった。ジャンヌはその身を差し出し、アレンを守ろうとしたのだ。怪我をしているアレンの前に立ち、立ち塞がる。
「ほぅ、心の衰弱したお前が立つか。母親を殺され、ゲストには誹謗中傷を浴びせられ、私にも裏切られたお前がな。」
「撃つのなら、私を撃ちなさい……!アレンは協力者です……何の罪もありません……!」
彼女は勇気を出し、その力を振り絞る。目の前に怪我をしている人間を、守らんとせんと、動く。
「人が人を守る行為は美しい。不純な動機などなく、純粋な想いがお前からは伝わるよ。だがお前の心境は衰弱している。それは、“人”であるが故に。」
「私は所詮、呪われた一族の娘。もし貴方がそうした事情もあって私を恨むのならば、私を撃ちなさい……!」
エファンの目的が不明である以上、彼女の発言は、憶測でしかない。彼が何の為に力を持つ人間の抹殺を狙うのかは、これだけでは分からないのだ。
「自らを卑下するか。それは自らを正当化し、割り切った上でその発言をするのだろうな。ジャンヌ・アステル。」
エファンは静かな笑みを浮かべた。その上で、銃口をジャンヌに向け、近づいてくる。
やがて距離が迫ってきた。もう、彼女は逃げられない。引き金を引けば、彼女は確実に殺されてしまう。
「その、心は既に崩壊していて、それでも尚、アレン・レインドの前に立ち塞がるか。健気だな。」
ジャンヌは、その場を譲らない。アレンを守る、ただ、その為に立ち止まっている。
「だが、アドバンスドタイプは自己再生能力に優れる存在。再生が追い付き、動けるようになる前に、その動きを奪う!!」
パァンッ
再び鳴り響く銃声。エファンはジャンヌを狙う振りをして、アレンを狙った。彼の右大腿部は再び銃弾で抉られている。
「うああああああああっ!!!」
激痛がアレンを襲う。出血が止まらない。身動きを取れなくなった彼は、喋る事すら、ままならない程にダメージを負った。
「なんて……事を……」
アレンの悲痛な叫びはジャンヌの心を更に追い遣る。もう、立っても居られない。
助けも来ない状況で、裏切った男が彼等を追い詰める。男はMSを脳波で操るという行動をしている。そのような相手から逃げようなど、出来る筈もない。
ジャンヌは死を覚悟した。エファンの目的が彼等ならば、もう、打つ手はない。いっそ、男に殺される方が良いのかと、ジャンヌは諦めた表情を浮かべた。
「全てを放棄したか。もう、どうでも良くなったのだな。ジャンヌ・アステル……」
この状況から助かる手段があるのならば、助かりたいと思うのが人の本能だろう。しかし男は彼等を殺そうとする。アレンは身動きが取れず、彼女自身も何も出来ない。もう、どうにもならない。チェスで言う、チェックメイトという場面だろうか。
万が一、誰かが助けに来ることがあれば、チャンスはあるかも知れない。しかしその助け船の依頼を、裏切った男に依頼した。それが、そもそもの誤りだったのだ。
死を恐れるのは人間であれば当然だ。特に、相手が殺そうとする状況であれば、尚の事。生きたい、生き延びたい。その想いは、紛れもない。
だが、どうやって生き延びる?迫る男を前に、どうやって生き延びれる?イズゥムルートの光を放った所で、男には通用しない。最早、諦めるしか、ないのだ――
バシュゥゥゥゥゥ
その時。ビーム粒子がアーヴァインの方に向けられた。だが堅牢なその装甲はビームによる砲撃を、物ともしない。その光は、夜空である状況ではより、輝く。その飛翔体は五つ、全てがアーヴァインに向けられている。
アーヴァインはモノアイを動かし、その方を見た。そこにいたのは、飛翔するMSが、5機。いずれも、見覚えのある機体ばかりである。
「ドラグネス……?」
ジャンヌはそれらを見て、機体を判別した。アステル家のMSである、ドラグネスアサルトがこの場に出現したのである。いずれもがビームアサルトライフルを構え、アーヴァインを狙う。
だが、何故ここにドラグネスが居るのだろうか。裏切りのエファンに委ねていたが為に、シュネルギアがこの場に来るとは思えない。
「動くな、貴様!!」
更に、その場にアステル家の兵士が六人、エファンを包囲した。一体、何が起きているというのか。何故、兵士達がこの場にいて、エファンを突如包囲したというのだろうか。
気が動転しているジャンヌだが、そこへ別の兵士が駆け付けた。
「ご無事ですか、ジャンヌ様!」
「え……ええ……」
「アレン様も、酷い怪我だ……早く、こちらへ!応急処置を!」
更に、三人の兵士が彼等を救助する為に出現した。絶望的な状況から一転、突如アステル家の人間達が、彼等を助けるという状況に変わったのだ。
エファンから隠れた場所で、兵士は応急処置を行っている。包帯を右大腿部に巻き、その他、撃たれた部分を処置する兵士。血が滲むが、出血はこれにより抑えることが出来た。しかし、彼の怪我は酷いまま。
ジャンヌは彼等に状況を聞いた。何故、この場に兵士達がいるのか……等。
「ジンク様が、判断されました。」
「お父様が……?」
「シュネルギアはジンク様が指揮をされています。もう、すぐ側まで来られております。」
エファンに委ねていた筈のシュネルギア。だが彼は裏切った。助けも来るとは思えない、絶望的な状況は今、回避された。
ジンク・アステルは娘を想うがあまり、独断でシュネルギアを発進させていたのだ。パーティ会場が凄惨な現場になる事を予見した彼は、愛娘であるジャンヌを守る為に動いていた。
その事情を知った彼女は、父親に深く感謝をしていた。そして、僅かでも笑顔を浮かべていたのである。
「シュネルギアへ行きましょう。今はここから脱出するのが優先です。」
「ええ……ですが、ゲストは……?」
「中にいる暗殺者は他の兵士が交戦しています。貴方方は、急いでシュネルギアへ。」
歩けないアレンは兵士の肩を持ち、移動している。歩けるジャンヌは兵士に誘導され、まずは救命ボートへ向かっていた。
「貴様、まさか裏切り者だとはな!」
一方、エファンを囲むアステル家の兵士達。皆がエファンに対して銃を構えている。ジャンヌが襲われている状況を見ていた彼等は、エファンの行動に対して怒りを感じている様子だった。
「ほぅ、一転攻勢というやつか。その上でMSまで来るとは。この状況を打開するには、MSの相手を優先した方が良いかも知れないな。」
「こいつ、何を言っている……?」
一人の兵士が呟いた時だった――
――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――
心臓の鼓動音が聞こえた。それと同時に、エファンの身体が碧色に輝きだしたのである。この男も、今イズゥムルートの光を放ったのだ。
生存本能の光と男が言っていた光。それを浴びた人間の戦意は喪失される。兵士達は皆が頭を抱え、その動きを止めた。
エファンが放つ光は、アレン達と決定的な違いがあった。生存本能の光、イズゥムルートは、光を発した時、身体が大きく倦怠感を抱く。だがエファンはそれを、一切感じないのだ。何故彼のみその力を持っているのかは、一切が謎に包まれている。
「脳波だけで多数相手は限界があるか。なら、直接乗り込んで相手をするまでか。」
そう、エファンが言った後、アーヴァインのマニピュレーターが平手を作った。そのまま、エファンは乗り込み、やがてそのまま自身をコクピットに誘う。この操作も、全て脳波コントロールで行なっているのだ。
ビゴォン
再び、モノアイの駆動音が響く。エファンは操縦桿を握り、不敵な笑みを浮かべ、言った。
「アーヴァインが並のMSと違う事を見せてやろう。お前達の殲滅も容易いのだからな。」
脳波で操っていたMS、アーヴァインが動く。重厚な関節音が鳴り、バーニアの出力を上げてセントマリア号から、離れて行く。
アレン達は救命ボードの中にいた。操縦をしているのはアステル兵だ。撃たれた個所から血が滲み出るアレン。その痛々しい姿を見て、気が気でない、ジャンヌ。しかし今この状況から目を背けるわけにはいかないと分かっているジャンヌはアレンに対して必死に気遣った。
「アレン……」
エファンが放った銃弾を受け、意識が失われ始めているアレン。彼は、辛うじてジャンヌと会話をする事が出来ている。彼の呼吸は荒い。ズキズキと痛む怪我が、彼を苦しめて行く。
「ごめ……ん……迷惑を……かけ……て……」
「いえ……私が……私が悪いのです……」
自分がエファンを信用しなければ、このような惨劇を招く事は無かったと、彼女は自責の念に駆られている。
「そんな訳……ない……ジャンヌは何も……悪く……無い……。だから……安心……して……グ……ぅ……」
声が、痛々しい。悲痛な声が響く。
「早く、貴方を手当てしなければなりません……シュネルギアに着けば、医療機器が揃っています……」
シュネルギアに着く。それまでは、アレンに生きていて欲しいと切に願うジャンヌ。彼は痛みに耐えつつも、彼女と会話をしている。
「大丈夫だ……奴が、言ってた……アドバンスドタイプは……自己再生能力に優れてるって……」
エファンが語った情報の一つに、それがある。自己再生能力に優れているとは、どういうことなのだろうか。怪我の再生が早いという事なのか。それは、一体何故に?
「彼は、私達の知らない情報を知っているのかも知れません……」
「アドバンスドタイプについての……か?」
「ええ……」
アドバンスドタイプの情報は、彼等のような、当事者にとっても欲しい情報だ。しかしそれは叶いそうにない。何故ならば、エファンは二人を抹殺対象にしている為である。その男から情報を聞き出すなど、不可能と言っても過言ではない。
結局エファンは何が目的だったのか。アステル家を裏切り、その上で同類である筈のアレンとジャンヌを殺そうとする、妙な男。
そのように考えられるのも、彼等が助かったからなのだ。先程のような極限状態では、それらを考える余裕など、ない。
「あれは……?」
ボートの上で、二人は一つの明かりを見た。それは徐々にシュネルギアに接近している。
やがてそれからは禍々しい光が放たれる。ビーム粒子による砲撃。それは、シュネルギア周辺を飛翔するドラグネスアサルトに対して行われていたのだ。
「エファンの機体か……?」
先の一撃により、二機のドラグネスアサルトが撃墜された。迎え撃つドラグネスだが、まるで攻撃が通じていない。その体躯とは裏腹、機動性が違い過ぎるのだ。
そして、アレンはこれらを見て危機感を抱いた。間違いなく、危険である……と。
「ジャンヌ……シュネルギアにはティフォンはある筈だよな……?」
傷つきながらも、アレンは彼女に聞いた。
「まさか、アレン……?」
ジャンヌは、嫌な予感を察した。今の状態で、アレンが起こそうとする行動。それが如何に危険であるのか……
「貴方は戦える身ではない筈です!安静にして下さい!死んでしまいます!」
止めるジャンヌ。だが、アレンは止まらない。しなければならないと、考えていたからだ。“エファン・ドゥーリアを止める”という事を。
「奴を放置なんて……出来るか……!」
第三十五話、投了。
ジャンヌの側近だった男、エファンの正体が明かされた回。
そして、その圧倒的な力。彼等と同じ人種であると語るこの男の秘密とはといった話。
エファンの駆るMS、アーヴァインは脳波コントロールに寄る遠隔操作が可能なのですがこれってサイコガンダムとかキュベレイでもでもあったんですよね……