機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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ジュニアハイスクール三年の時間を過ごすレイ。その間にも色々な事が起きていて……


第三十八話 花火

 朝が訪れた。地球、コロニー、共に誰もが迎える時間、それが朝。どの状況下に置かれている人間でも、目を覚ます時間。

 朝は誰もが朝日を見て、眠気に襲われている人間も、覚ましていく。

 レイもその一人。窓の隙間から朝日を浴びて、静かに目を覚ます。彼が時折見る悪夢によって目を覚ます訳ではない。それが、レイにとっては至福と言えた。

 至福の時間は朝日を浴びて目を覚ますだけではない。そこから顔を洗い、階段を降り、母親の作ったトーストを食べる。テーブルには家族が揃っており、そこで皆が朝食を食べる。食べ終わった後、歯を磨き、学校へ行く準備をする。

 それが平日の朝の過ごし方。ごく普通の、家庭の朝。それは皆が健康であれば成り立つ、朝。妹はエレメンタルスクールへ、姉は留学の勉強の為に部屋に戻る。母親は家族の洗濯物を干し、父親は部屋にてコンピュータを開き、ジャーナルの仕事を行う。それが、毎日の朝。変わる事のない、穏やかな朝。

「行ってきます!」

準備を終えたレイは家を出た。家族はレイを見送り、そこから家の事を行う。

この日、レイはいつも以上に爽やかな表情を浮かべていた。その、清々しい朝を見る事が出来たから?快晴の中を自転車で移動することが出来るから?それは、今、彼にしか分からない事である。

 

 

 学校で挨拶を交わす友人達。何気ない日常、変哲のない毎日。その中に、レイの姿があった。彼は友人に挨拶を交わし、席に座り、鞄に入っている教科書類を入れる。

「レイ、おはよう!」

彼に声を掛ける、愛らしい声が聞こえた。その方向を見ると、笑顔で声を掛けるリルムの姿があった。

「おはよう、リルム。」

それに対し、レイも笑顔で声を交わす。

「レイ。その……改めて、これからも宜しくね。」

リルムは、どこか照れている様子だった。少しばかり、レイと視線を合わせるのを避けているようにも、見えた。

「う、うん……宜しく……」

互いに、照れている様子だった。互いに知っている同士の筈の彼等が、何故照れる必要があるのか。

「おいおい、どうしたんだよ。お前等顔赤めてさぁ!何かあったんか?お、まさかついに……!?ハハハハハ!」

と、朝から茶化すモーク。いつもならばそれに対し、レイが制止するのだが、今、彼はそれをする事は無かった。

「さあ……ね。」

「……うん。」

二人の、意味深な対応は何を意味するのか。モークは、いつもの返事が来ると思っていた為、レイとリルムの意外な反応に驚きを隠せない様子だった。

「お前等……なんか変じゃね?」

呆然とするモーク。

「変じゃないよ。うん、いつもと変わらないよ?」

そう答えるレイの表情は、モークがいつも見る以上に笑顔に見えたのであった。そして、それはリルムにも言えた。

 

 

 彼等の学生生活は進んでいく。昼間の授業は時に退屈を感じる事もある。だが、それが平和である、何よりの証だ。

 今は社会の授業中。担任のリアン・マーキュリーが教壇に立ち、世界情勢について説明を行っている。

「ええ、皆さんもご存知と思いますが、新生連邦政府は平和国連盟と対立している状況です。この状況は旧世紀のロシア領に該当するソビエト社会主義共和国連邦とアメリカ合衆国の対立状況……言わば、冷戦状況に酷似している状態となっています。」

リアンの言うように、一月中頃から一ヶ月程度続いたアルメジャン紛争がきっかけとなり、新生連邦と平和国は対立状態となった。その状況は、かつての冷戦の様子と酷似している事から、社会を学ぶリアンがこれについて説明を行っているのである。

「じゃあ、戦争になっちゃうんですか?」

一人の生徒が不安げな表情で言った。世界情勢が不安定であれば、その心配になるのは当然。戦争など、彼等のような民間人ならば誰もが嫌に思うのは当然だ。巻き込まれ、死ぬことさえ有り得るのだから。

「その可能性は否定出来ませんけれど、万が一非常事態になれば休校になりますね。」

それを聞き、喜ぶ者も居たが、大半の人間が不安を訴えた。

「戦争って、街が襲われたりしちゃうんですか?」

一人の少女が、リアンに聞いた。

「それは大丈夫よ!仮に戦争状態になっても、市街地への攻撃を行うと言う事は有り得ないわ。平和主義が存在する限り、その心配は不要ですよ。そもそも市街地への攻撃は国際条約で禁止されています。」

怯える少女にリアンが宥めるように言った。戦争経験のない彼等にとって、今の状況は初めての事と言えた。

 デウス動乱時代でも、モントリオールは危機に晒される事はなく、皆が平和に暮らす事が出来た。それ故の現在の状況。不安を訴える人間がいるのは当然と言える。

 戦争状態になった時、一番不安なのは自分達の身に危険が及ばないかという事だ。それを始め、経済状況にも影響を与える。新生連邦と、平和国という世界のトップ同士が対立するという前代未聞の状況。当然ながら株価等にも大きな影響を与える上、人々はいつ起こるか分からない戦争に恐怖するしか出来ない。

 しかし、経済活動を止める事は出来ない。人間は有事の時でもその行動を止める事は、決して不可能なのである。それは例え、人と人との距離を離す、未知のウィルスが蔓延したとしても。

 ただし、学校となれば話は変わる。安全面を考慮し、休校措置を取る事は学校の判断としては有り得るのである。

(もし、戦争になったら、どうなっちゃうんだろうか。この街が戦場になる事なんて考えたくないけれど……)

レイが抱いた疑問。それは、市街地が戦場になるのではないかと言う一抹の、不安。

 以前日本で経験した、市街地に新生連邦の巨大MSが出現するという状況。万が一ここがその状況になった時、どうなるのだろうか。それがただ、レイにとっては不安でしかないのだ。

 そうした事実も、新生連邦は隠蔽する。万が一、この場所が戦場になった時、本当の意味で日常が一変するだろう。そう考えると、レイは気が気でなかったのである。それは非日常を経験しているが故に、より感じるのだ。

 

 

 授業が終わり、昼休み。リアン・マーキュリーは職員室で、一息吐いていた。彼女の同僚の教師が、傍に寄り、コーヒーを渡した。

「お疲れ様です、マーキュリー先生。」

その教師は男性だ。眼鏡を掛けた、数学の教師である。

「ああ、お疲れ様です。」

「どうしました?浮かない顔をされてますね。」

数学の教師は、心配そうにリアンの顔を見ていた。

「……生徒から戦争が起きてしまったらどうしようって質問されましてね。なんだか、それ程に世の中が不安定なんだなって感じてしまって。」

社会の教師であるリアン。その上担任を務めている彼女。それ故に、世界情勢には過敏に反応する。勉強熱心な教師であり、生徒の事を想うリアン。故に、不安を感じているのであった。

「先生は責任感が強いんですね。モントリオールで戦争なんて起きませんよ。デウス動乱の時ですら、平和だったんですから。」

と、リアンを宥める数学の教師。

「けれど、去年の年末に校庭にMSが出現したのを覚えていませんか。どうして校庭にMSなんて出現したのか、分かりませんし……それからですよ、世界情勢が不安定になって行ったのは。」

レイが校庭でクラリスと交戦した時の話を、リアンはしている。それから間もなくしてレイは行方不明となり、学校に来なくなった。そして時間が経ち、レイは戻ってきたのだが、世界情勢は不安定になりつつある。今までに無かったこと故に、リアンは心配している様子だったのだ。

「はぁ、もし戦争になってしまったら仕事どころじゃなくなりますね。生徒達の将来にも関わるし……」

と、一人溜息を吐く、リアン。

「そんな事を言ってても仕方ないですよ。突然ビームが降ったりとか、そんなことがない限りは仕事は続きます。仕事があるから、生きていけるんだから、あんまり気にしても仕方がないんじゃないですかね。」

数学の教師の言葉が響く。しかし、リアンはそれでも不安げな様子だった。

「先生は、怖くないんですか?」

「そりゃ怖いですよ。最近結婚したばかりで、これからの生活があるって時に世界情勢が不安定なんて。だから、今の内に奥さんの親族に会っておこうと思ってるんです。ま、そう簡単に状況が悪化するとは思えませんけれどね。」

と、言いながらコーヒーを飲む、数学の教師。

「本当、何事もなければ良いんですけどね。」

要らぬ心配かも知れない。しかし、警戒するに越したことは無い。この状況が一転した場合、彼女達の立場も変わっていく。失業の危険性もある。

 しかしそれ以上に、リアンは生徒の事を想っていた。それ程に、心配なのだろう。

「そう言えば二ヶ月間学校に来なかった生徒、居ましたよね。レイ・キレス君……でしたっけ?」

数学の教師が、レイの事について話題を出した。

「それなんですけどね、結局分からない事ばかりですよ。詳しい事は聞き出せないままですけれど。」

レイが何故二ヶ月、急遽休む事になったのかについての把握が出来ていない様子のリアン。それが、彼女の中で疑問だったのだ。

「まあ、それ以降は真面目に学校に来ているからまあ、問題はないんですけどね。なんか、引っ掛かるんですよねぇー。」

と、言いながらリアンは机に頬を付ける。担任教師と言う立場は責任もあるし、何よりも人を見る仕事だ。クラスメイトに何かがあれば、それを心配するのは当然と言えた。

 彼女のクラスには問題児と呼べる人間が少ない。故に、レイのような人間は目立ち易いのだ。

「考えすぎは毒ですよ。とりあえず、午後の授業も頑張りましょう。」

と、数学の教師は笑みを浮かべた。それでも気になる様子のリアンだが、今は気にせず、仕事に従事するように務める事にしたのだった。

 

 

 

 土曜日になった。学校は休みであり、エリィが家庭教師に来る日。徐々に気候が熱くなってくる頃、エリィの服装も徐々に露出が目立つようになっていく。それに目を奪われながらも、レイは彼女と対応していた。

「そうだ、レイ君。あれからどうなったのかな?」

あれと言うのは、リルムへの想いを伝えたのかどうかという事だ。それに対しては、レイはそっと息を吸い、吐いた。

「それなんですけど、実は――」

レイが次に発した言葉は、エリィを驚愕させるのに十分な効力を発揮した。言葉を発した時、二、三秒程時間が経ち、その後でエリィの紫色の眼が大きく見開かれていく――

「えぇぇぇぇぇ!?わぁぁぁぁ!凄いじゃない!あの子と付き合えたんだ!?良かったじゃない!これで安心して勉強に集中できるし、これからの生活も楽しくなるね!」

エリィはレイを祝福した。そのオーバーとも言えるリアクションが何よりの証だ。それ程に彼女はレイの事を喜んだのである。

「エリィさんの一押しが、良かったんだと思います!本当に、ありがとうございます!」

改まった様子で、レイはエリィに礼をする。彼女は謙遜した様子で言った。

「私は何もしてないよ。告白したのはレイ君じゃない。それで、十分だよ。」

「そんな事ないですよ。色々とありましたけど、まさかリルムと付き合うことが出来るなんて、今でも信じられないっていうか……」

誰かと恋人同士になる時、最初は実感が全く湧かないものだ。特に、レイとリルムの関係ならば尚の事だろう。彼等は幼馴染の関係から、その先の一歩を進んだ。しかし、そこから先の関係と言うのは彼等に想像出来る筈がない。

 恋愛と言う現象程不思議なものはないと言える。人はどのような人間を好きになるかは分からない。街中で見かけた人間を一目惚れする事もあるし、行き付けの店で見かけた人間を好きになる事もある。それは、男女様々だ。レイのように男側から告白する事もあるし、女性から告白する事も、ある。そして、人は好意を持った人間に対してはより、接したいと思うものだ。少なくとも、嫌な思いを抱く事は余りない。その人間の素行に問題があれば、話は別だが。

 そして、恋愛には性別は関係ない。過去では男性は女性を、女性は男性を好きになる事が普通とされた。しかしそれは、今では関係のない事だ。男性が男性を好きになり、女性が女性を好きなる事は決して、妙な事ではない。愛情さえあれば、それは成り立つ。そこは差別されるべきではない。“個人”が成り立つのだ。

 時に、恋愛は純粋な想いだけで難しい事がある。それは、金銭等、利害関係が絡んだ時だ。人は成長していけば生活をする為に金銭を得る必要がある。その上での男女の関係と言うのは金銭が必ず絡む。その場合、高収入の人間は恋愛では有利になる。そこから純粋に互いを想い合うかは、個人の努力が必要となる。本当の意味で、“人”を思うのか、それとも只の、“金銭を得る為の道具”と見做すのか。あるいは、“ステータス”と見るのか。それは、個人の価値により、異なるのだ。

 別の例では、疑似恋愛が体験出来る店や、ゲーム等がある。それらも恋愛感情を揺さぶるが、それが過剰になりすぎてはその人が失われる危険性がある。これもまた、人がどれ程感情をコントロールが出来るのかが大切となる。

 レイの場合、それはない。純粋にリルムが好きという、気持ちで行動した。その結果、恋は実ったという訳だ。

「じゃあ、私は恋のキューピッドという訳だね、レイ君、改めておめでとう!!」

と、言いながらエリィは何度か拍手をした。

「あの、少し聞きたい事があるんですけれど。」

その流れを、レイが切った。エリィは姿勢を直し、首を傾げた。

「今って、ネルソンさん達と連絡は取られているんですか?」

彼が抱いた疑問。何故この疑問を抱いたのか。それは、リアンの授業での世界情勢の話が気になった為である。自分は日常生活を送ることが出来ている一方で、彼が関わって来た人々はどのような生活を送っているのだろうか。

 故郷に帰って来た日から、彼はセイントバードチームのメンバーと連絡を一切取っていない。それ程に今の日常が充足している為である。向こうのメンバーも、レイの状況を察して送ってこないのだ。

「勿論、取ってるよ。」

「お元気ですか?」

「大変みたいだね。何度かMS乗りとかと戦闘もあったみたい。」

「そうなんですか……」

それを聞き、彼は視線を落とす。今の日常との乖離を、ここで感じたのだ。

「そうそう、私もたまにセイントバードに戻ったりしているんだよ。ここには週一回来るだけだから、それ以外は色々とやる事が多くてねー。」

「そうだったんですか!?」

思えばエリィは土曜日以外、何をしているのかが分からなかった。家庭教師としてレイに勉強を教える一方で、MS乗りとしてセイントバードチームと合流しているという事実を知った、レイ。

 彼女がここに来たのは四月上旬。今は、五月下旬。約二ヶ月の間、このような生活を送っていたのだという。

「どうしてそれを聞いたの?」

「その……世界情勢が少し、気になって。」

「世界情勢……ね。」

レイは日常生活に戻ることが出来れば、それで良いと思っていた。しかしリアンの授業で聞かされた内容や、メディア、SNSで流れる情報を眺めていく内に、この世界情勢を気にするようになっていったのである。特に、リルムと交際を始めた事も大きく影響し、世界の事を心配するようになっていったのだった。

「実情を話すと、新生連邦は平和国に何度か攻撃を加えているんだよ。」

「え……?」

初耳だった。それは、メディア、SNS等でしか情報を収集出来ていないが為に、レイはその事実を知らなかったのである。

「どうしてそれを言ってくれなかったんですか!?」

やや、興奮するレイ。しかしエリィは冷たく、突き放すように言った。

「今のレイ君がそれを知る理由はあるの?平和な生活を送って、勉強、部活、恋愛に勤しむレイ君がそこまで知る必要はないと思うの。今も、聞かれたから答えたに過ぎないよ。」

どこか、エリィの言葉が冷たく聞こえる。何故だろうか。優しく、時に過剰なスキンシップをするエリィはそこに居ないように、レイは感じていたのである。

「旧世紀にソ連とアメリカの冷戦があった時と同様で、小規模な紛争は今も各地で起きている。特に、アルメジャン紛争後からそれが見られるようになってきてるね。」

「それは……分かってます。メディアとかでもよく報道してますから。」

「そうじゃなくて、新生連邦軍が、平和国の軍隊……つまり国連軍を攻撃するという状況が水面下で行われてるって話だよ。」

その意味が、レイには分からなかった。世界情勢が不安定であれど、そのような戦闘行為に発展するような事がある等、考えられる筈がないのだ。

 しかし、エリィはそれらをまるで見てきたかのように語る。彼女は、レイの知らない事情を知っているのだ。

「一つ言えるのは、新生連邦もこのように姑息な形で痛手を負わせているようになってきている。だから、今までのように平和国の抑止力が効かなくなってくる可能性が高いの。」

「それってつまり……」

レイは言葉を詰まらせるように、聞いた。日常が崩壊するかもしれないという怖さ。それが感じられた瞬間であった。

「今後、世界はいつ、全面的な戦争になってもおかしくないのかも知れないね。けれど、平和国は自ら攻撃を仕掛ける事はしない。それは平和主義に反する事になるから。」

チャール・ポレクの平和主義は、一長一短だ。レイのような民間人への被害は抑えられる。平和主義を唱え続ける故に、国連が戦力を動員する事はない。そして、市街地が戦場になる事も、有り得ないとされる。

 だが新生連邦がこのような手段をとり続けているとすれば話は変わってくる。元々不祥事は全て隠蔽工作を行なっていた組織が新生連邦軍であり、これから国連との戦闘が激化すれば、どのように飛び火してくるのかは予想出来ないのだ。

「だから、私がレイ君を守る為に家庭教師をしているの。レイ君は、あんまり余計な心配はしなくて良いんだよ。戦ったりする訳じゃないんだからね。」

彼は、もう戦場とは関係のない所で生活をしている。それは平和と呼べるものだ。

 だが、その平和は人によって守られている平和である。いつ、当たり前の日常が送る事が出来なくなるかも知れないという恐怖が、近くに存在する状況。それが、今の状態なのだ。

「余計な心配……なのかな。二ヶ月だけとは言え、一緒に戦ってきた人達の事を気にするのは悪い事なんですか?」

レイの意見が出た。彼は、日常を謳歌している。しかしその中で今、知人がどのように過ごしているのかを気にするのは至極真っ当な意見だ。

「ううん、悪い事じゃないよ。心配してくれるのは嬉しいと思う。でもね、レイ君の今の役目って何?」

「僕の、今の役目……ですか?」

自分の役目と言われ、レイは困惑する。今、自分は何をするのか。ごく普通の生活を送る事が、役目ではないのか。自分が望んだこの日常こそが、彼の役目なのだろう。

 だが、世界が混迷に包まれようとしている状況で役目も何も、あるのだろうかと、彼は感じている。

「分かってるでしょ?受験だよ。ハイスクールへ進学する為の、受験。志望校を決めて、そこに受かる為の受験をするんでしょう?その為に家庭教師として私がいるんでしょ?」

今のエリィは家庭教師。セイントバードの艦長ではない。レイの平穏な日常を、見守る者としてここにいる。それは何よりの平和の証。今のレイが気にする内容ではない。

「あの、エリィさん。少し聞きたい事があります。」

「ん?」

エリィは首を傾げた。

「世界は、どうなると思いますか?僕達はこの生活を、送って行けるんですか?」

世界情勢の話から、不安げな表情を浮かべ、エリィに聞くレイ。今の世界情勢に対する不安を感じている彼。ごく普通の生活を送っていた人間だからこそ、現在の世界情勢に対する不安があったのだ。

「今、レイ君が住んでいるこの街は戦争状態かな。」

「え、それってどういう事ですか?」

エリィは示指を立て、口を開ける。

「あのね、いつの時代も世界中のどこかで、内戦は起きたりしているの。レイ君が住んでいるこの地域で紛争が起きているのならば、その不安は当然と言えるかも知れない。でも、そうじゃないでしょう?」

彼女の言うように、常に世界中が平和な状況とは限らない。国によっては内戦等の状況になったり、治安の悪い国も有り得る。それは、人間と言う存在が居る以上、仕方のない事とも言える。

 人は平等ではない。レイの置かれた環境は平和そのものではある。だが、そうでない現実も、レイは見てきている筈だ。だからこそ今、彼が置かれている環境には、感謝しなければならないと言える。

「レイ君は自分の生活を謳歌するべきだよ。その上で、新生連邦に万が一、何かの動きがあれば、私がレイ君を守る。それだけ。」

「生活を謳歌……か。」

エリィがそこまで言うのならば、彼は今の生活を楽しむべきだ……と、思った。

 人は生まれた環境により、それぞれの役目が与えられる事がある。エリィはコロニーで育ち、戦争に巻き込まれた結果、今に至る人生を送っている。レイは違う。日常生活を送ってきて、今に至る。生まれた環境が異なれば、思考も異なるのは至極当然だ。そこに価値観を押し付ける事はあってはならないのである。

「さて、お話はおしまい。そろそろ勉強をしましょうか。勉強が出来るというのは、それだけ恵まれた環境だという事だから。勉強嫌いなのは、人生を大きく損している事に繋がるよ。恵まれているレイ君は、しっかりと勉強しましょう!」

勉強を嫌う人間が居る。特に子供ならば、自分にとって楽しい事に時間を割きたいだろう。

 だが環境によっては勉強が出来ない人もいる。そして、勉強をするのには金も掛かる。人が何かを学ぶという事は、それだけ費用も必要となるのだ。だからこそ、勉強が出来る環境と言うのは、本来感謝しなければならない。

 だが幸か不幸か、それを知るのは子供では難しい。これは大人になり、初めて分かる事でもあるのだ。

「……はい!」

レイは、自然な笑みを浮かべた。その時、彼は今置かれている環境に、改めて感謝をし、エリィに勉強を教わる事になるのだった――

 

 

 

 エリィの言うように、世界情勢は安定しているとは決して言えない。今、平和国連盟の本部のあるニューヨーク、旧国際連合本部の施設にて、チャール・ポレクをはじめとした各国の平和国の代表達が一堂に集まり、議論を繰り広げていた。新生連邦が行ってきた、姑息とも言える国連軍への攻撃。それらについての議論が、今行われている。

 今、一人の一部代表が席からチャールに対して発言を行っている。

「新生連邦が国連に対して攻撃を加えているのは明らかです。全面戦争とは行かなくとも、確実に、戦力を削られている。我々が平和主義を唱え、自ら行動を起こさない事を承知の上での愚業です。それに伴い、国連の兵士達は犠牲となっています。議長は、この愚業を許すと言うのですか?」

平和主義のデメリットを全面に押し出す、その一部代表。

「当然ながら新生連邦の横暴は容認は出来ません。それに対しては遺憾の意を示しています。しかし、平和主義の存在意義は、あくまでも地球上の、全ての軍事に所属しない民に対して適用されています。彼等が安心した環境で生活をしてもらう為には、平和主義の存在は必要不可欠です。」

チャールが、反論した。

「しかしこれでは新生連邦の横暴を許す結果となるだけです!彼等の行動がエスカレートしているのは明白!その上で彼等は情報統制を行っています!このような愚業が許されて良い筈がありません!」

別の代表が、チャールに意義を唱える。

「仮に新生連邦が国連に対して何らかの攻撃を加えた所で、それに対して反撃を行うような事があれば、それは戦争状態の始まりです。それだけは、避けなければなりません。我々は先のデウス動乱から何も学んでいない事になります。平和主義は、世界が平和である為の最後の砦なのです。新生連邦政府と平和国連盟の全面戦争……それだけは、避けなければならない。地球上の人間同士の戦争など、地獄絵図以外の何者でもありません。」

チャールの意志。それは、民間人が戦争被害を受ける事があってはならないという、強い意志。

 しかし現状、新生連邦軍が民間人を巻き込んだ凶行が各地で行われている。その状況に対する柔軟な動きが出来ないのが、彼の掲げる平和主義の脆弱性を表しているのだった。

「一方的な蹂躙が行われてからでは対応が遅いのですよ!今、世界は不安定な状況です。いつ、戦火に包まれるのかも分からない状況なのに、平和主義に縛られる必要はありますか!?」

その意見も間違いではない。だが、戦争状態になれば被害が出る。それは避けたいと思うのが、チャール・ポレクの意志だ。

この場は、意見が分かれていた。平和主義の撤廃か、否か。それらについての議論。無論、チャール・ポレクはこの意見を貫く姿勢だ。しかし反対の一部代表の意見が増えてきているのも、また事実なのである。

「議長の意見に賛成ですな。民間人の犠牲は止めなければならない。先のデウス動乱を見ていれば平和主義の重要性は明確だ。」

「敵性勢力が身近な存在ならば、それに拘る必要性がない!」

「犠牲者が出てからでは遅い!平和主義などに拘る必要がない!」

「しかし武力を解禁すればそれこそ世界が泥沼になります!」

「彼等の横暴を許す事の方が危険かも知れんだろう!」

「起きてもいない事に対して議論する意味があるか!?」

「起きてからでは遅いのだ!ただでさえ、民衆からは判断の遅さを指摘されているのに!」

議論が進む。しかし話は平行線のまま。一部代表達の意見は、大きく分かれている。

 その最中、一人の一部代表が手を挙げ、言った。ギルス・パリシム。チャールの副議長であるソネル・パリシムの弟。平和主義に対して反対的な意見を持つ男だ。

「いつまでも遺憾の意だけで済ませられる状況ではないのは確かですよ、議長。相手のやりたい放題を見逃す状況の方が、危険だと思われますが。我々も、軍事力を増強していく事を考えても宜しいかと思われます。」

皆が、ギルスの方に着目する。チャールは、まるで睨むようにギルスを見た。

「平和主義を唱えておきながら、そもそも、国連軍は何故、災害地派遣やテロに対する防衛といった目的以外にも、MSを多数、製作しているのですか?そこにも、予算が掛かるという事をお忘れではありませんか?平和主義を唱えておきながら、その上で平和国の加盟国の住民から税金を徴収するのは明らかに矛盾しております。」

平和国連盟の加盟国の国民には納税義務が生じる。その使い道は様々ではあるが、国連の維持にも使用されているのは事実である。

 軍隊を保持、そして、維持する為にも金は必要だ。その金は平和国に所属する人間達から徴収している。一般市民から大企業の社長まで、国連の存在の為に納税義務が生じている。

 この現状を嘆く人間も、少なからず存在する。それが平和主義を反対する人間が存在している理由の一つであるのだ。一見すると理想的な主義である平和主義ではあるが、これを貫く為には多くの血税が使われているのも、また、事実なのである。

「万が一の事というのはいつ、生じるか分からない。その為に国連という軍は必要です。但し、平和維持の為の軍であり、戦争行為を行う事はあってはならない。」

チャールの答え。それを聞き、ギルスは眉間に皺を寄せる。

「議長。軍隊とは動かなければ意味がありません。平和主義に囚われている間にも新生連邦はどのような行動を起こすか分かりませんよ。」

あくまでも国連を支持するような発言をするギルス。それに対し、チャールは言う。

「だがそれで平和が守られているのならば、それに越した事はない。我々はそれを貫かなければならないのです。平和国連盟は、平和の最後の砦で、なければならないのですから。」

ギルスは、再び眉間に皺を寄せた。

 

スッ

 

その時、別の一部代表が挙手をした。皆がその方向を見て、着目している。

「私も、ギルス・パリシム代表に賛成です。いつまでも保守的な思考では犠牲者を産むだけですよ。そこに平和はありますか?」

ザビール・エルケスと言う名の、若いその代表は議長に反発する。彼はポルトガルの一部代表を務めている人間ではあるが、その年齢は三十二歳。他の人間と比べると、一際若さが目立つ。

「平和主義の撤廃をし、国連に力を持たせる。今、この世界情勢を切り開くにはそれが一番有効であると、私は考えます。」

「エルケス代表の意見に私は賛成ですよ。どう思われますか、議長?」

ギルス・パリシムとザビール・エルケス。彼等は互いに若年者だ。そして、戦争行為に肯定的な意見を持つ者同士である。

そのような意見をする両者に対し、チャールが言った。

「パリシム代表にエルケス代表。貴方方は、先のデウス動乱を再現したいと仰るのか。」

「再現……ですか?」

ギルスの表情が、険しくなる。

「戦争行為は二度と起こしてはいけない。戦争が残すのは、人々の怒り、悲しみ、そして憎しみ……それが起きる事は、あっては行けない事。そのような事は誰もが承知のはず。承知済みでそのような事をして良い結果を生むと思っているのか。いや、そんな筈がありませんな。」

感情論。それがチャールの意見だ。しかしこれが、また疑問を抱かせるのである。

「ではどうするのです?何もせずに、ただただ新生連邦に怯え続ける事が選択肢として正しいとでも言うのですか?このままでは新生連邦が地球に生きる人々の脅威となるのも時間の問題なのです!」

結局、話は平行線のままだ。チャールは平和主義を変える事をするつもりは、一切ない。この場で平和主義に反対する議員達の声が届かない限り、平和主義は撤廃されることは無いだろう。

 しかし平和主義があるが故に世界で戦争行為が起きないのも、また事実だ。現状を打破したい革新派と、現状を維持したい保守派。それらで、平和国連盟内は分かれているのである。そして、チャール・ポレクは保守派の人間であるのだ。

 

 

 

代表達の討論が終わってから二日後。チャール・ポレクは現状の世界情勢に対し、演説を始めた。旧国際連合本部の施設には、世界中のメディア関係者が集まっていた。この演説の模様は、あらゆる映像媒体で中継されている。

「現在の世界情勢を気にされている方は多いとは思われます。今、世界は新たなる戦乱を呼ぶ可能性が出てきました。しかし、ご安心頂きたい。何故ならば、平和国連盟は平和主義の撤廃を行う事はないからです。平和主義がある限り、全面的な戦争行為は一切、生じる事は有り得ません。」

チャールの言葉を、皆が着目している。誰もが静かに、その演説を聞き入っている。

「皆様がご存知の通り、かつてのデウス動乱でどれ程の命が散り、どれ程の罪なき犠牲者が出た事か。今この映像を見ている全世界の皆様にはご理解頂ける筈です。武力行使で得られる平和等、ありません。平和な世界を続ける為には、一人、一人の協力が必要となります。それは、かつての愚かな戦争を経験されている皆様なら、ご理解頂けるはずです。私はその事を切に願います。」

その演説の後、歓声が渦巻いた。そして、この演説の直後、様々な意見が飛び交った。特に、SNS上では賛否両論の意見交換が行われていたのである。

 例えば、“平和主義があるから平和で居られるのならばそれで良い”と言った内容や、“万が一戦争になったらそれらは自分達を守れるのか”といった内容等、様々である。

このような意見が飛び交う現状の世界情勢は、一般市民達を不安に陥れるのに十分だと言えたのだった。万が一、戦争状態になった時、果たして世界はどのように動いていくのだろうか。

 

 

 演説が終わったチャールは、厳重な警備の中、副議長のソネルと移動していた。その中、彼は呟いた。

「地球連邦政府から独立した平和国連盟だが、まさか新生連邦とこのように対立していく事になるとは。そして、民衆も意見が分かれている。これは由々しき事態と言えるだろう。」

平和主義を唱えた人間、チャール・ポレク。デウス動乱と言う大戦が過去にあったにも関わらず、再び戦禍に包まれようとしているこの世界を憂いている彼は、ソネルに対して言ったのだ。

「議長の唱えた平和主義は、間違いないものと言えます。それが揺らいだ時、世界は本当に戦禍に包まれます。そうなれば、多くの犠牲者が出るのは目に見えている事です。」

「だが実際に代表達の中で戦争の反対派が増えているのが、私は恐ろしいと感じるのだ……」

平和主義に反対すると言うことは、戦争を容認するという事に繋がる。しかし、平和主義を貫くにも、加盟国からの税金で成り立っている。そこに対する一般市民の声もあるのが事実だ。

 要は、天秤に掛けている状態だ。もしそれが揺らぐ事があれば、戦争は不可避の状況となる。

「それに、私の弟があのような発言。兄という立場でありながら、お恥ずかしい限りです。」

ソネルの弟、ギルス。先日の議会で平和主義の撤廃を勧めていた人間の一人。兄が副議長という立場でありながら、反対意見を述べた事に対し、恥を感じていたのである。

「人が変われば意見が変わるのは当然だ。そこに肉親も何も、ない。ただ、我々はそれらとも向き合わなくては行けない状況になっているのだな……とは、思う。」

意見とは親族であっても対立する事があるのだ。それ故のギルスの発言。そして、それに賛同する者。チャールにとっては、恐ろしいと感じる事である。

 やがて厳重な警備の中、彼等は旧国際連合施設の外から出た時だった――

 

ピシュンッ

 

「議長!」

まさに、一瞬の出来事だった。一筋の凶弾が、チャールを襲ったのだ。しかし、それに気付いたのはソネルであった。

 側にいたSP、警備兵ですら気付かなかったその銃弾は、チャールを庇ったソネルに直撃したのであった。

「ソネル!?」

その場は、騒然とした。突如飛んできた銃弾はチャール・ポレクを狙っていた。だが、ソネルがいち早く気付き、チャールを庇ったのである。

 しかし、運の悪い事に、ソネルが受けた銃弾は頭部を撃ち抜き、脳幹部まで達していた。即死だったのだ。彼の頭部からは多量の血が流れ、すぐに遺体は運ばれていく。

 あまりに突然の出来事。一体、何があったと言うのだろうか。

 

 

 

 別の場所にて。ソネルを射殺した人間が、そこには居た。旧国際連合本部から射程5キロメートル。周囲に多くの建物が建つ中、的確に射撃を行い、チャールを狙った男。その腕は、正に神業と言えた。普通、その距離からの狙撃など、不可能とされる。だが、この男はそれを成し遂げた。故に、このような凶行が成功したのである。

 全身を黒尽くめの衣装で覆い、持参しているスナイパーライフルの銃身を磨き、その場からの撤退を考えていた男が居た。

「これ以上、長居は不可能だな……別のスナイパー……いや、この距離ならばMSが来るか?」

目標の射殺に失敗した彼は、次なる行動を起こそうとしている。

 本来、各国の首脳等が集まる場は厳重な警備が敷かれるものだ。だがこの男はそれをものともせず、狙撃を成功させた。そして、副議長、ソネル・パリシムが討たれた事により、射殺した人間を見つける為に、警備が動き出す。

 やがて、その男を狙う為に多数のスナイパーが動き出した。対暗殺者用のスナイパー。平和国側が用意した、議長を護衛する為の、スナイパー達である。

「……チッ!」

空気が掠れる音が聞こえた時、男はその場から去る。狙われているのが、明らかだと感じたからだ。

 男の名は、ギィル・オカザキ。一流のスナイパー。何故、この男がチャール・ポレクを狙ったのかは不明だ。何の目的なのか、男の意思なのか、それとも何者かに雇われたのか。ギィルはこの場から逃げる為に、走る。彼を狙う銃弾から逃げ、去って行く。

 

やがて男が辿り着いたのは、MSの前だ。そして、すぐにその機体に搭乗する。

 ギィルが乗るMSは、ディーストだ。新生連邦が世界中に増産しているMS。その内の一機を奪い、カラーリングを紅色に変更し、乗り込んだ。そして、そのままこの場から去る。標的を倒す事が出来なかったが、平和国の副議長、ソネルの暗殺には成功したギィル。

 世界情勢が不安定な中、平和国連盟の議長がスナイパーに狙われると言う事態。この、ギィルという男は誰の差金なのか。混迷の状況は、更に進んでいくように思われた。

 やがて、彼の駆るディーストはその場を去って行く中、追撃する機体が数機、確認できた。国連の主力MS、ヴァントガンダムである。バイザー越しに隠されたツインアイは標的を捉え、ビームライフルを放つ。不審な機体であると感じ取ったそれらは、ディーストの動きを確認しながら、牽制の為にライフルを撃つのだ。

「そこの機体、止まれ!どこの所属だ!新生連邦ではないな!?」

一人の兵士がそう言った時だった――

 

ドバアアアッ

 

別のヴァントが、ビーム粒子によってその形状を崩壊させた。何事かと、その場にいた誰もが粒子が放たれた方向を見る。

 地上から放たれたそのビーム。熱源は左手部からビーム砲撃を行った。肥大化したマニピュレーターを持つMS、グラントロール。メイド・ヘヴンの愛機であるそれが、ヴァントガンダムを襲ったのである。

「ウェーハッハッハァァ!元気があれば何でも出来る!世界情勢戦争モードの空気マジパネェわあ!ハハハハハハハハハハー!!!」

高らかに笑うメイドは、愛機を駆り、他の機体にも攻撃を仕掛けていく。だが何故この場にメイド・ヘヴンが現れたのか。

「メイドか……?」

グラントロールに反応する、ギィル。紅色のディーストはグラントロールに接近し、コンタクトを図る。

「スナイパーオカザキ!追われてると思ったから援護射撃だぜぇ?感謝しろや!!」

この様子から、両者は知人関係であることが分かる。新生連邦から鹵獲したディーストのパイロットがギィルであることを見抜いていたメイド。この様子から、ギィルがそのパイロットである事を把握している事が分かる。

「それは助かるが、何故ここに?」

「ダチを助けるのに理由はいんのか?お?」

口調は悪いが、ギィルの事を友人だと認識している様子だ。

「仕事をこなしたんだろ?お陰でドゥンドゥン世界情勢が不安定にならぁ!こっちとしちゃ、好都合な訳よ!世の中荒れてくれた方が、戦争で生業してる俺等からしたら天国になるんだからな!目ェからビィィィィム!!!」

会話しながら、攻撃をするメイド。アイドビームカノンは別のヴァントガンダムを殲滅するのに十分な火力を持っている。

 メイド・ヘヴンにとっては、戦争状況が天国の状況だという。戦闘狂の男、メイド。世界中が混迷に包まれていく中、まるで水を得た魚の如く、喜びを感じている。それに伴い、まるで彼の操る機体も元気を得たかのように行動を起こしている。

 

 戦闘は終了した。国連の機体は壊滅。メイドとギィルは山奥にまで互いの機体を移動させ、そこで合流していた。

「まさかお前に助けられるとはな。」

ギィルが自身のライフルを布切れで拭きながら、言った。

「これから世の中面白くなるのに邪魔される訳にゃいかねぇんだからな。援護するのはとーぜんやろがい。」

と、メイドは草が生い茂る丘に寝転び、空を見上げながら言った。

「しかし、ミッションは失敗した。平和国の議長ではなく、その隣の副議長、ソネル・パリシムに銃弾が当たった。俺は恐らく、平和国に追われる立場になる。」

「そんときゃ援護すればいいやろが。」

と、メイドは他人事のように語った。

「つーかそもそも、誰から依頼を受けたん?平和国連盟の議長の暗殺たぁ、随分、その辺の暗殺者がしなさそうな極秘依頼を任されたもんだな。オカザキさんよ。」

そう言われた時、ギィルはやや、視線を落とした。

「そいつはちょっと、言えないな。」

「へぇ。てことは依頼主は氷河族関係じゃねぇのは間違いなさそうだな?」

氷河族と言う単語が出てきた。メイド・ヘヴンは氷河族の所属。それに関係する、ギィルは一体何者なのだろうか。

「俺はウィリアとは違うからなぁ。余計な詮索ってのはしねぇのよ。俺はMSに乗って戦闘さえできりゃそんで良いんだわ。もっと荒れねぇかなぁ!世の中よォ!」

新生連邦政府と平和国連盟の対立は、世界情勢を不安定にさせる要因だ。世界中の人々がそれを不安に思っている中、この男はそれを喜んでいる。

 戦闘狂と呼ぶにふさわしい男、メイド・ヘヴン。何故これ程に戦争を求めるのか。戦争を求め、その先に何があるのか。その思想は明らかに、平和から逸脱していると言える。

 そしてその友人がスナイパーオカザキと呼ばれる、凄腕のスナイパーだ。極秘の暗殺任務を任される程の、この男。

「シンプルな性格で助かるよ、お前は。」

「あ?馬鹿にしてんのか?」

「そうじゃない。褒めてるんだよ。同じ“氷河族”の好だからな。」

「へぇぇ。舐めた事抜かしやがって」

ギィルは氷河族の人間である事が、分かった瞬間だった。世界情勢を不安定な状況にした根源ともいえる犯罪組織、氷河族。彼等にとって世界情勢が不安定になる事は、利益を産む事に繋がるのだろうか。

 犯罪組織と呼ばれる存在は旧世紀から存在しており、必要悪とされていた。だが、ここまで不安定な世界情勢にさせる程に組織は肥大化している。それは、何を示すと言うのだろうか。

 

 

 

 夜。皆が家にいる時間帯。学校から帰ってきた者や、仕事を終えた者等、様々な人間が居るだろう。そして夕ご飯を食べ、それぞれの時間を過ごすのだ。

 レイも例に漏れず、家族と食事を済ませた後、自身の部屋でくつろいでいる。そして、彼はEフォンを見て世界情勢の情報を見ていた。彼が使うSNSは、世界情勢を瞬時に見る事が出来る。そして、それらの事に対してコメント等をする事が出来る。しかし、レイは決して、SNSにコメントをするような事はしない。安易な発言や、何気ない発言のリスクというのは授業でも、習っており、その上での判断だ。

 SNSに書かれている記事は、ここ最近は犯罪の記事が多い。医療機関での無差別殺傷事件や、通りすがりの人間に対する暴行、電車内での凶行等。

 極め付けは平和国連盟副議長、ソネル・パリシムの暗殺だ。この話題を中心に、物騒ともいえる事件が相次いでいる。

これらの出来事は世界情勢が不安定であるが故に、生じるのだろうか。人の数が多ければ多い程、それぞれの思考がある。だがそれらは全て、正の方向にベクトルが向くとは限らない。負の方向に向く者も、一定数存在する。世の中が不安定であれば、それだけ負の感情を抱く者が増えるのだろうか。そして、無関係な他者に対して悪意が向けられるのかも知れない。

 それらを見て、レイは無関係に思えなかった。彼自身も空白の二ヶ月の間、多くの事を経験しているからだ。犯罪組織による犯罪の目撃や、MS戦等。彼が経験した非日常は、SNSでの出来事を他人事に思えなくさせているのだ。

 レイは今、リルムと交際している。その事も大きく重なり、不安定な世界情勢に対し、憂いを抱く気持ちがあったのだ。

「何か、嫌だな……暗いニュースばっかりで。平和って、本当に続くんだろうか……」

自分が非日常に身を置かなければ、恐らくここまでの事を考えたりはしなかっただろう。だが、彼の置かれている状況は紛れもなく、恵まれていると言える。そうとなれば、自分にできる事をするしかないと、考えるのだ。

 

―――――――――――レイ君は自分の生活を謳歌するべきだよ―――――――――――

 

エリィの台詞。自分が置かれている状況があるのならば、それを謳歌する。それが、今、彼に出来る事なのだと、考えるのだ。しかし――

「このまま、何事もなく日常が送れれば良いのにな。リルムとも、皆とも……」

家族が居て、友人が居て、恋人がいる。それが何よりの幸せ。当たり前のように三食を食べることが出来て、当たり前のように学校に通い、部活動にも励む事が出来る。それは、紛れもない“幸せ”だ。

 だが幸せは世界情勢が不安定であれば、どのようになるのか分からない。平和と戦争は紙一重の状況。それらは、人の良心が作り出したものだ。それらの均衡が乱れた時、世界は戦争に包まれる。

 そうなれば、どうなる?今までの日常が万が一崩壊すれば、どうなるのか。家族とも離れ離れになるのか?リルムとも会えなくなるのか。友人達にも会えなくなるのか。見当も付かない。目に見えない不安が、レイを包んでいたのだ。

 

 

 

 翌朝、レイは学校に通学し、皆に挨拶をした。その内の一人、モークと目線が合い、レイはいつものように挨拶をした――

「……はよ」

レイがモークに対して違和感を覚えたのはその時だった。その表情は明らかにレイと会話を避けているかのように見えるレイ。いつもの、レイにちょっかいを掛けるモークと明らかに違う。気のせいかと、レイは思っていたレイ。

 しかしそれは“気のせい”でないという事に気付くのにそう時間を要さなかった。授業が終わった後に彼に声を掛けても、素っ気ない態度を取る。目線を合わせようとせず、他のクラスメイトと喋ってばかり。まるで、レイと会話をしようとしない。何故?どうして?

(モーク……?)

気さくな会話や、何気ない会話をしている事がレイの中の日常。だがこの日、モークの態度が明らかに違う事を、レイは感じていた。人の顔を伺うレイは、いつもと違う友人の態度にどこか、不安になったのである。

「レイ、さっきの授業で教えて欲しい所があるんだけど――」

と、リルムが声を掛けてきた。リルムと居るのは幸せだ。だが、レイにとっての日常を支える友人の明らかな心境の変化に、彼は明らかに戸惑っていたのである。

 その日、部活動でもレイはモークと喋る事はほとんどなかった。まるで、レイを避けているかのような態度。何故、彼はそのような態度を取るのかも、全く分からないのだ。

(モーク、どうしたんだろう……)

だが、一日ぐらいならば落ち込む日もあるだろうとは、レイも考えていた。話しかけ辛い雰囲気はあったが、今は様子を見た方が良いのかもと、レイは考えていたのである。

 この日、レイは部活動が終わった後、一人で帰路についた。リルムとは会えなかったのが寂しい気持ちにさせたが、それよりも今は、モークの違和感の方が気になっていたのである。

 

 しかしモークの態度が変わる事は翌日、翌々日と時間が経過しても変わることは無かった。彼等のようなティーンエイジャーにとって、一日というのは長い。時間が経てばという価値観は、次第になくなっていく。それが心配になったレイは、ある時にモークに声を掛けた。

「モーク!」

と、意を決して声を掛けるのだが、モークは明らかにレイに構う様子を見せない。

「どうしたの!?ねえ!」

焦りに変わる、気持ち。何故、モークはレイに冷たい態度を取るのか?その理由が、全く見当が付かない。

「なんか、変だよ……?僕、悪い事した?ねえ!モーク!」

モークはこの時、教科書を開こうとしていた。だが彼がそれをする事は、違和感以外の何者でもない。何故、急にレイに対して冷たくなったのか。それが分からないまま、レイはただ、モークから意見を聞こうとする。だが――

「忙しいんだけど。喋りかけてくんな。」

まるで鋭い刃物を刺したかのような冷たい言葉がレイに突き刺さる。モーク・ダレンは普段、絶対に言わないような言葉を、今放った。どうして彼がそのような言葉を発するのか。何故……

 やがてモークは立ち上がり、その場所から去る。まるで、レイを避けるかのような振舞い。異様とも言える行動に、彼は悩むのだった。

「どうしてなの……」

友人の変化は、彼等のようなティーンエイジャーにとっては敏感なものだ。そして、変化していくかも知れないという不安が募れば募る程、余裕がなくなっていく。

 

 心境の変化は誰もが有り得る話ではある。特に、ティーンエイジャーではそれは有り得る話だ。人格の形成の途中。子供でも大人でもない時期。その時期故の人間関係の形成は重要である。しかし、それは些細な事がきっかけで崩れる事がある。

 自身が明確に何らかの迷惑行為を掛けた訳ではない。しかし、それを取り繕うことが出来ないのが、彼等のような年代なのだ。大人にも子供にも分からない心境を、モークは抱えているのかも知れない。

 レイは、トランにその事を話した。モークが居ない所で、彼等が初めて会話をした屋上にて。

「ダレンの奴が変?」

「明らかに、避けられているというか。僕、何もしていないのに。」

困惑するレイの表情は少女のようにも見える。トランはそれを見て、思わず笑ってしまった。

「プッ、お前、いっそ女子の制服の恰好をしたら?けどそうしたら俺、イーシャに浮気してるように見られんのかな。」

悩みを言っているにも関わらず馬鹿にされたような言い方をされ、レイは頬を膨らませた。

「僕は男だよ!真面目に言ってるんだけど!?」

「冗談だよ。本気にすんなよ。」

トランは、乾いた笑い声を浮かべた。

「トランは別に、モークと喋ってて何か違和感とかなかった?」

元々モークとトランは一切喋ることは無かった。しかしレイをきっかけに友人関係となった。だがモークはレイとは口を利かず、トランとは普通に喋っている。その事もあり、レイはトランに聞いたのだ。

「そう言えば喋ってる中で少し気になる事を言ってたな。」

「気になる事?」

レイは、首を傾げ、聞いた。

「“置いてかれてる”とかなんとか言ってた。」

「何だろう、それ……」

結局レイはモークが彼を嫌悪する原因が分からないまま、内心で複雑な想いで過ごす事となったのだ。

 レイは穏やかな日常を送りたいと考えている人間である。ごく普通の、ありふれた生活。それがレイの理想。それ故に、友人の対応の変化には過敏だ。しかし人間関係には答えがない。彼には全く心当たりがないが為に、余計に焦りを感じるのであった。

「それより、エリアスとは順調なのか?」

「え……!?どうしてそれを知ってるの!?」

「イーシャが言ってた。多分エリアスから聞いたんだろな。おめでとさん。」

ポンと、トランはレイの肩を叩いた。それと同時に、レイは顔を赤め、自身の顔を両手で覆った。

「秘密にしてたのに……なんでこうなってるの……?」

レイの中ではリルムとの関係は、秘密にしておきたかった関係である。周りに冷やかされたり、妙な目で見られたりするのを嫌に思っていたからだ。

 特に、リルムのような男子生徒に人気のある少女とレイが交際していると噂になれば、どのように言われるか分からない。ただ、それが嫌だったのである。

「別に秘密にする必要あるのかよ。」

「え?」

トランの言葉にレイは反応した。

「俺もイーシャとは幼馴染だけどさ、別に何も思わねぇよ。言いたい奴は適当に言わせときゃ良いんだよ。いちいちそんなんで絡んでくるやつの方がウザイだけ。逆に、あんまりコソコソしてる方がエリアスにも悪いんじゃねぇか?」

「そう……なのかな。」

リルムとの関係は、秘密にしておきたいと思っていたレイだが、それは果たして良くない事なのか。それが分からないレイは、少しばかり困惑している。

 異性との交際自体、生まれて初めてだ。幼馴染であり、恋人となったリルムとの接し方は、生徒達が見ている中ではどうすれば良いのか。だからといってガーストやプレーンのような公然で見せつけるような振る舞いをするのは、レイには出来ない。

「レイ、お前はタダでさえ秘密が多いんだからさ、それを嫌に思う奴もいるんじゃね?俺はあえて聞かねえけど、ダレンはどう思うんだろな。」

「秘密……か。」

レイには人に言えない秘密がある。空白の二ヶ月の事や、リルムとの交際など。最悪、リルムの話は、問題はないのだが、問題は空白の二ヶ月の話だ。それを聞いてくれる人間は、果たしているのだろうか。モークが聞いて、どのように反応するのか。彼がレイを避けている原因と、何か関係があるのか?レイは益々、混乱しているのであった。

 

 

「モークと何かあったの?」

帰り道、リルムと合流したレイはリルムにその事を伝えた。

 ここ数日、友人であるモークの様子がおかしい事。それにより、レイ自身も不安を抱えていると言う事。この相談は、恋人にするべきなのかは迷ったのだが、リルムとは様々な事を言ったりする関係である。自身の事も相談してみようと、思い切ってしてみたのだ。

「避けられているような感じがする。明らかに拒否されているような……」

不安を抱くレイ。友人に起きた変化、自分が嫌われているかもしれないという不安は物事への集中を低下させる。

「ちょっとお茶でもしてく?」

「え?でも、良いのかな……?」

「帰りだしいいじゃない!行こう!」

と、リルムはレイの手を引っ張り、近くにあったカフェに入ったのである。

 

 

 カフェは大手のチェーン店であり、彼等のような生徒が入りやすいような雰囲気を醸し出している。現に、ハイスクールの生徒が数名、会話をしたり勉強をしたり等、それぞれの時間を過ごしている。

 レイとリルムは向かい合う形でテーブルに座り、それぞれ、メニューを注文しようとした。その時――

「え、リルム?」

「お姉ちゃん!?」

偶然だった。そこには、リルムの姉であるヒューナ・エリアスが居たのである。ウェイトレスの格好をしているヒューナ。彼女はアルバイトとして、ここに来ていたのである。

「へぇ、ぐ、偶然じゃん。まさかここに、来るなんて思わなかったなー。」

「お姉ちゃんここでバイトしてたの?全然家に帰らないから、何してるのかなって思ってた……」

ヒューナとリルムは姉妹だ。いくらヒューナがアルバイトしているとはいえ、会話内容は普段の姉妹の会話と変わらない。

「んで、リルムの彼氏となったレイがここにいると。」

そう言いながら、覗き込ませるようにリルムを見る、ヒューナ。

「ちょ、お姉ちゃん……」

姉の行動を見て、リルムは赤面する。既に姉にもレイと交際している事は伝わっている。だが公然とそのように言われると、恥ずかしいものがあるのだ。

「レイもおめでとうね。うちの妹を改めて宜しく!んで、あんたらもう、どこまで行ったの?やる事はやったの?」

今度はレイに顔を近づけ、笑みを浮かべるヒューナ。

「ちょ……姉さん!?」

公然の場でそのような事を言われ、今度はレイも赤面する。

恋人同士ならばいずれかはその、“行為”をする時が来るだろう。しかし彼等はまだ付き合ったばかりであり、尚且つ幼馴染と言う関係でもあり、互いに困惑しているのだ。

「まあまあ、とりあえずおめでとうって事でコーヒー代は奢ってあげる。まあ、良かったね。あんたら。」

と、言った後でヒューナはその場を去る。その際、レイは彼女の横顔をちらと見た。

 まるで、寂しげな表情を浮かべているように見える、ヒューナ。気のせいなのか?それは、分からない。何故その表情を浮かべているのだろう。レイにはそれが気になったのであった。

「レイ?」

リルムに声を掛けられたレイ。だがそれだけでは反応しない。少し苛立ちを覚えたリルムは、レイの額を、ペチンと叩いたのである。

「え?あ、ごめん……」

我に返ったレイは、リルムにすぐに謝った。

「何をぼうっとしてるの?せっかく、レイの為にカフェに入ったのに。」

それは、分かっていた。だが先程見せたヒューナの表情が、気になったのである。

「ヒューナ姉さんが、なんか寂しそうな顔をしてたから……ちょっと、気になって。」

リルムと幼馴染の関係であるが故に、その姉であるヒューナとも仲が良いレイ。それ故、の心配なのだろうか。

「お姉ちゃん、家では自分の話、全然しないから。それに、家にも帰ってこない事多いんだよ。まさか真面目にバイトしてたなんて。」

「どうしてリルムは知らなかったの?」

「お姉ちゃん、何も言ってくれないんだもん。」

姉妹は決して仲が悪い訳ではない。しかし、彼女達の年頃になれば様々な事情を抱える者も多い。そこに、両親や肉親の介入は出来ない。個々、様々な事情を抱えている。それが、ヒューナの年頃ならば著明に見られるのだ。

「それよりモークの事だよ。どうしたの?相談になら乗るよ?」

「うん、その事だけど――」

レイは、改めてモークの事について話した。

ここ数日、まともに口を利いていない事や、話し掛けても冷たい態度を取られる事等。正直、その事をリルムに伝えるのはどうかと思っているレイであったが、身近に相談出来る人間が彼女しかいなかった為、こうして口を開いたのである。

「確かにレイと会話が弾んでないよね。」

「部活でも気まずくて……」

「うーん、気持ち程度だけど、私とも少し会話の数が減ったような気がする。」

クラスではリルムとの接する時は、交際前と同様の接し方を心掛けているレイ。その為、リルムとこのような時間を設ける以外は、互いに同性の友達と接しているのだ。

「モークにも何か事情があるんだと思う。家の事とか、人に言えない事があるんじゃないかな?ほら、レイみたいに。」

「僕みたいに?」

そう言った時、リルムはレイの耳元でそっと、囁くように口を開けた。その、ひそひそと話す際の音に対し、どこかこそばゆい感覚を覚えていた。

「ロボットの……事みたいな感じとか。」

レイは、慌てふためく様子で言った。

「そ、そんな事!?まさか、モークに限って!?」

「でも、分からないよ?それで悩みを抱えてるとか。」

「でも、じゃあどうして僕にだけあんな態度なんだろう……」

もし、他者に対して拒絶するような傾向があるのならば、レイだけでない、他の人物も拒否するだろう。しかし、モークはそうでない。レイのみに対し、冷たくあしらっているのだ。

「レイ、もしかしてだけどね、モークに私達が付き合ってるって話を伝えてないんじゃないかな?」

「え?それは……」

していない。それは、レイ自身が二人の関係を出来るだけ秘密で居たいと、思っているからだ。

 戸惑いは、答えとなる。レイの戸惑う様子を見て、リルムは溜息を吐き、言った。

「多分だけどね、モークはレイにコソコソと隠し事をされるのが嫌なんじゃないかな。」

それはトランにも言われた事だ。

秘密を隠される事が、嫌に思う人間もいる。モークはレイと友人関係であるが故に、それを話さないレイが嫌に思っているのではないかと、リルムも話すのだ。

「じゃあ、伝えてみるよ。ちょっと、原因が分かったかも知れない。ありがとう、リルム。」

その直後に、ヒューナからコーヒーの差し入れがあった。二人はそれにミルクとシロップを飲み、喉を潤す。レイは久しぶりに、笑顔を見せたのであった。

 

 帰り道。二人が並んで歩いている時。リルムが、そっと手を差し伸べてきた。

「ね、レイ。」

「え?」

リルムの言葉に反応する、レイ。

「手、繋ごうよ。」

「う、うん……」

両者はギュッと、静かに手を繋ぐ。ぎこちない動き。リルムは嬉しそうにしているが、一方のレイは明らかに緊張していた。

 しかし、内心ではこの時間を心から喜んだ。想いを伝え、交際する関係になったリルムと、手を繋ぐ事が出来た。それは幼馴染という関係ではなく、恋人同士という関係。それが、レイにとっては何よりの喜びだ。

 彼等のようなティーンエイジャーにとって、こうした時間は幸福だろう。それは、レイにも、リルムにとっても、言える事なのであった。

 

 

 翌日。レイは意を決し、モークに声を掛けた。数日口を利いていない中であった為、レイは最初、戸惑いはあったが、この現状を変えなければならないと思う気持ちが、レイを動かす。

 レイはモークの席の前に立った。その方向を見る、モーク。そして、レイは口を開いた。

「モーク!あの……さ。」

「なんだよ」

相変わらず冷たい反応だ。それに嫌な気分になるレイだが、それでもレイは喋る。

「僕が、秘密にしている事とかをモークに喋ってなかったのは、ごめん。僕は、あんまり秘密を公にしたくなくて……それで、モークに話が出来てなくて。色々と、ごめん。」

頭を下げるレイ。それが、モークが怒っている理由なのだとしたら、それを受け入れなければならない。そして、それに対して謝罪をしなければならない。レイはそう、思い、モークに謝った。

「なんか、勘違いしてねえかお前。」

「え?」

「秘密もクソもねぇよ。リルムとお前を見てたら分かるんだよ。お前等が付き合ってるって事ぐらい。」

それが、友人であるが故の洞察力だ。レイの変化は、モーク自身も理解していたのである。

「知ってたの……?」

「雰囲気で分かるんだよ。お前、人を馬鹿にし過ぎなんだよ。むかつく。」

モークの言葉は、レイを傷つけた。謝罪し、許しを請うつもりが、どうやら仇となった様子だった。

 両者の溝は埋まるどころか、かえって深くなってしまった。では、何故モークはレイに対して怒っていたというのだろうか。

「その白々しい態度がむかつくんだよ!俺なんかどうでもいいだろうが!カップル同士でいちゃついてろって!自分が先に進んでるからってあれかリア充自慢ってやつかよ?それで俺を見下してるんだろ?そういうの、むかつくんだよ!」

 

バンッ

 

モークは怒りの余り、机を叩いた。その音に、クラスメイトは一瞬だけ振り返るが、すぐに皆、それぞれ友人達との会話に戻る。

 レイは、困惑した。自分とリルムの関係を言わなかった事を怒っていたのではないとすれば、何故モークは怒る必要があるのか。モークに聞きたくても、聞けない。彼等の関係は、益々遠のく。一度亀裂が走れば、その人間関係の修復は難しい。その些細な事で、人の関係は崩れる。

 非日常と呼ばれるものは、日常の中にも潜んでいる。何気ない、穏やかな毎日。友人と他愛のない会話をし、恋人も出来、その上で送る学校生活。それがレイの理想。しかし、それは時と場合に寄り、叶わぬ時がある。その時、少年は悲しむ。そして、自らの行動を省みる。時に深く考え、時に、相手を内心で叱責する。だがそれだけでは変わらない。何がいけなかったのかも考えるが、見当が付かない。レイは、モーク・ダレンという友人と気まずい関係を送る事になってしまったのだった。

「モーク……どうして……」

何も出来なかったレイは、自らの席に座り、ただ、遠くで別の友人と話しているモークを眺める事しか出来ないのだ。いっそ、彼の事を忘れられれば良いのにとさえ思うが、今までの事を思えば、そうも行かないのだ。

 

 

 

 結局、モークとの気まずい関係は一ヶ月以上も続いた。その頃になると、レイ自身もモークの事を、どこか諦めようという気持ちになっていた。

 季節は進み、七月に突入した。その頃になれば部活動も引退に近付く。レイの所属する、サッカー部の試合は近隣校との試合が行われた。レイはレギュラーにこそなれたが、結果的に敗退。彼の三年の部活動は終わりを告げた。同じ部活の、モーク・ダレンとの思い出と共に。

 引退試合が終わり、汗を掻いているレイを迎えたのはリルムだ。恋人の試合を見ようと、暑い気候であるにも関わらずグラウンドまで来ていたのである。その光景を、遠目で見る一人の少年の姿があった。モークである。彼は別の友人と会話をしながら、グラウンドから去っていった。その間、レイとモークが会話を交わす事は、無かったのである。

 居心地が良いとは言えなかった引退試合。本来ならば友人と打ち上げ等で盛り上がるべきなのだろうが、今一つ、レイは馴染めないでいた。三年生のメンバーは打ち上げの為にレストランに行ったが、そこでもレイは殆ど会話をする事なく、時間だけが経過したのだった。

 友人との思い出を残せなかったレイ。同じクラスであり、部活動も共に励んだ筈なのに、どこか歯痒く、不快な感覚に包まれている。それは、モーク・ダレンと話をする事が出来なかったからだ。この場を経験し、レイは余計に自身の置かれた状況が悲しく思えてしまったのである。

 

 

 夏服になったクラスメイト達がそれぞれの時間を過ごしている、とある日。レイが椅子に座り、教科書を取り出そうとした時だった。

「おはよう、レイ。」

彼に声を掛けたのはトランである。身長の高さが目立つ、ベースボール部の少年。日に焼けたのか、少しばかり顔が浅黒くなっているように見えた。

「おはよう。」

レイも挨拶を返す。

「今度の土曜日さ、時間ある?」

「え?」

土曜日は、エリィが家庭教師としてくる日だ。その日に時間は空けられない。それを分かっていたので、断ろうとした時だった――

「土曜日の夜なんだけどさ、花火持って集まらね?」

「花火……?」

花火。それは日本の風物詩ともいえる行事。国際社会であり、日本の影響を受けているこの地でも、花火を楽しむという習慣はまだ残っていた。

 夏の暑い時に、暗闇の中で、その儚げな光を楽しむ行事。手軽に出来る美しい行為は、児童は勿論だが、彼等のようなティーンエイジャーにも人気はあった。

「五人誘う予定だから。来いよな。」

と言って、トランはレイの前から去る。突然持ちかけられた花火の話に、レイは混乱していたのである。

「花火……か。」

彼がは幼い頃、母親に連れられて三人姉弟で、河川敷で花火をした事を思い出した。僅かな時間ではあったが、レイの中でそれは楽しい思い出として、繊細に残っていたのである。

「トラン、あの……メンバーって誰?」

「俺とお前と、リルムと、イーシャと、ダレン。」

「モークも!?」

モークの名が出た時、レイの内心で焦りを感じた。

 普段ならば違和感なく出る名前の筈なのに、何故モークに対してそのような感覚に陥るのだろうか。何気なく接すれば良い筈なのに、何故?

 それは相手に避けられていると分かっているから。人間関係は些細な事でも大きく変化する。知人の名を聞いた時、その反応は様々だ。何も思わない者や、喜ぶ者、そして、不快に思う者、焦る者、気まずく思う者。多種多様の反応がある。

 レイは、その花火会をするのに、躊躇があった。トランとイーシャ、リルムならば問題なく参加できたが、モークの存在がそれらを躊躇わせるのである。

「じゃ、今度の土曜日にな。」

そうは言うが、レイは複雑な心境で過ごさなくては行かなくなった。春の学園祭の頃ならば良かったのだが、今の時期ではただ、モークへの距離感に戸惑うだけだった。

 

 

 

 時間は流れ、土曜日。この日、本来ならばエリィが家庭教師に来る日だ。だが、今日は来ない。と言うのも、彼のEフォンにメッセージでエリィが事前に連絡を送っていた為である。

『ごめん、レイ君。今週は事情があってお休みになります。頑張って自習しておいてね!』

エリィのメッセージを見たレイは、そっと、溜息を吐く。

 気温が上昇していく頃、半袖半ズボンの恰好のレイは、ただ、今夜行われる花火会の事を、考えていたのであった。

「日常生活に戻って来て、まさかこんな事で悩むなんて思わなかったな……でも、それはここが平和だから、こんな悩みが起きるって事なのかな。」

命のやり取りをする場では、友人に対して不快な思いをする事は、あまりないとされる。無論、全てがそうではないが、レイはこの時、アレンとガーストの関係を思い出していた。

 二人は最初、敵同士だったが、戦争が進むに連れ、仲良くなっていったという。そして、今でも仲が良い関係だ。一方のレイは友情を感じる場面は、日常で感じていた。特に、ジュニアハイスクールに上がったばかりの時に仲良くなったモークとはこの三年間、常に共に行動している仲だった。それ故に、今回の事が非常に引っ掛かるのである。

 セイントバードチームのクルーは、所属がかつての地球連邦、デウス帝国関係なく仲間として行動している。それはまさに、所属を超えた絆と呼べるものだ。その関係性を知っているからこそ、レイにとって今回の事が妙に引っ掛かっていたのである。

 友情とは、何なのか。いくら仲良くしていても、何らかの拍子に亀裂が走る事がある。それは覚えのある事ならば良いが、全く覚えのない事でも生じる時がある。その時、人は焦り、悲しみ、時に怒りを覚える。しかしその根本的な原因が分からない以上は、どうしようもない。その友情関係さえも、諦めなければならない事もある。

 それらを割り切るのは難しい。時間を要す。そして時間を要し、改めてどのような関係だったのかを顧みる事も、あるのだ。

 だが、それは彼のようなティーンエイジャーでは、到底難しい話と言えるのだった。

 

 

 夜になった。河川敷に集合した五人。リルム、トラン、イーシャ、そしてモークの姿があった。モークはレイの顔を見た時、最初ちらと見るだけで、後は顔を合わせようとしない。トランとばかり、会話をしているのだ。レイには、それが嫌に思えて仕方がなかった。

「お前さ、俺ばっかり喋ってないでさ。他の奴とも喋ろよな。」

「え?なんでだよ。嫌だし。」

「お前ホモかよ。」

「は?ちげえし!」

トランは、まるであえて突き放すようにモークに対して言った。

「うし、じゃあ始めよかー。」

やや脱力気味の、トランの声が聞こえる。それに伴い、リルムはイーシャの近くに寄った。

 やがて火花が散っていき、一面を光が包んだ。幻想的な光景は見ている五人を魅了する。そしてその時間は一分にも満たない。僅かな時間ではあるが、輝きは彼等を感動させるのに十分な効力があった。

 その最中、レイの隣に居た、モークが突如口を開けた。

「なあ、レイ。」

「え?」

まさか、モークの方から口を開けるとは思わなかった。レイはただ、驚愕するばかりだ。暫く口を交わしていない為、レイはモークと、どのように接するべきかを悩んでいたのである。

「なんかさ……花火見てたらさ、色々どうでも良くなってきたわ。」

「それって、どういう意味?」

まるで開き直っているかのようなモークの発言。彼の表情は、笑顔だ。最近まで見せていた険しく、嫌悪のある表情ではない。

「俺もさー、大人にならなきゃならねぇんだなーって思ってさ。」

その言葉は何を意味するのかは分からないが、笑顔でそのように言っている辺り、恐らく嫌悪感はないのだろう。

「俺さ、なんか、お前の友達でいて良いのかなって思っててさ。お前と不釣り合いっていうか。お前はリルムと付き合ったりするし、どんどん先に進んでるような気がしたりしてさ。その上で、オセイドとヘレンは付き合ってる仲だしさ、要はお前とリルムのダブルカップルって訳じゃん。そんなさ、グループの中に俺みたいなガキが入って良いのかなって気持ちになったんだよ。」

「そんなの、僕は何も思わないよ?」

謙遜するレイだが、これはモークの問題だ。

「なんか、ずっと同じ感じで居られると思ってたんだよ。でもお前は俺に何も言わないで秘密抱え始めるし、なんか、いつの間にか恋人とか作ってるし、友達に相応しくないなって思うようになってきた。だから嫌になってたんだよ。」

モークは、モークで考えていたのだ。それは、友人が先に行ってしまうという、見えない恐怖感。恋人が出来るというのは、彼等の年代からすれば、想定以上に衝撃が大きいのだ。

 恋愛と言う経験自体ない人間が多い中、交際をしているという話題が飛び交えば、それはどのような人間であれ、関心を抱く。そして、人によっては劣等感に駆られる事もある。ましてや、レイという、普段から常に一緒に居るような人間が、知人と交際する関係になるというのは、モークにとっては様々な感情を抱かせるのだ。

 普段、レイとリルムの関係に対してからかう事をしていたモークだが、実際に二人が交際する事を知ると、それに対して接し方を変えてしまう。そして、レイが抱える多くの秘密が重なり、モークはレイに対し、妙な嫌悪感を抱いてしまっていたのである。

「お前の事は、女みたいな顔の奴だと思ってた。でも話してて嫌な感じしなかった。だから仲良くやって来れたんだと思うけど、それが突然、秘密とか持たれたら、やっぱりしんどくなるわ。それにいつの間にかリルムとも進んでるし……俺って、何なんだろうって思って。」

モークがレイに対して抱く感情は、嫉妬なのかも知れない。だがそれだけではないだろう。様々な感情が渦巻き、その結果が、ここ、数ヶ月のレイに対する対応なのである。

「俺、お前の友達で居ていいのか。分かんねえよ。」

モークの持つ花火が、地面に落ちた。

「僕は、そんなの気にしない。そんなの、関係ないと思ってるから。」

レイがそう話すことが出来るのは、自身が女性と交際しているという余裕から来るものではない。彼が経験した、二ヶ月間の出来事が大きく影響していた。生死を彷徨う事も何度かあった状況で、多くの人間を見て来たレイ。彼がモークに対してそれを言った時、多くの出来事が思い出されたのだ。

 モークはレイの二ヶ月の真実を知る由もない。しかし、彼の言葉はモークの中で、どこか、響いたのだ。

「友達と一緒に居てて、優劣なんて付けたくない。そんなの友達なんて言わないと思う。」

「レイ……」

この時、モークにはレイの表情が、どこか凛々しく見えた。それは花火の光で映っている彼の顔が奇麗に見えたからなのかも知れない。

「お前ってさ、女の顔してるけど、趣味はホント、男なんだよな。MSっていうロボット好きだし、サッカーも頑張ってたし、いっちょ前に彼女まで作ってさ。」

「そんなの、関係ない。僕は、こうやってモークと喋ることが出来て嬉しいよ。本当に……」

レイの顔は、優しく見えた。そう言ってから3秒後に持っていた花火が、静かに落ちた。

「なんかさ、ごめんな。俺、自分勝手だった。」

モークが先に謝ってきた。それに対し、レイは言う。

「僕も、ごめん。色々とあって……それが重なって……」

「なあ、お前の秘密って、何だよ。何でさ、あの時学校来てなかったんだよ。その理由、俺、聞いてないんだけど。」

モークが、レイに聞いてきた。それを言われた時、レイの表情は凍り付く。

空白の二ヶ月の事。モークにその事を遂に言われてしまい、レイはいっそ、それをモークに言ってしまうべきかと考えていた。リルムにも言っている、MSでの戦闘の話。にわかに信じられない内容を、友人であるモークに伝えれば、全ては解決する。それに対し、レイは口を開けようとした――

(けれど……もし、それを言ったらどうなるの?これって、危険な事じゃないのかな……?)

レイの脳裏に、不安が過った。

 

―――――――――――――――大事には絶対にすんなよ――――――――――――――

 

過去にアインスを持ち出した時に、今は亡きギリア・ノールが言っていた台詞。この言葉を今、思い出したレイ。彼がその話を持ち出した時、大切に思っている友人に危害が及ぶ可能性も考えられた。

 夢物語と見做してくれればそれに越したことは無い。彼の妄言で終われば良いのだが、その事がもし、彼等に被害をもたらす事になる可能性を考えると、それが恐ろしく感じられた。

 秘密を知る人間は、ごく少数である方が良い。自分にとって大切に思える人間が何らかの被害に遭う事は避けたい。実際、レイはMSに乗って戦っていた人間だ。エリィが言っていたように、新生連邦が何らかの形で彼に干渉してくる可能性もある。そうなった時、友人が巻き込まれる事だけは避けたい。

 レイは秘密を言おうとした一瞬で、多くの事を想像した。それらを考えた時、レイはアインスの事を始めとした、一連の事を言うのを止めた。では、何を話すべきか。嘘をいう訳にも行かない。いずれは発覚するからだ。

 その時、レイは違う事を思い出した。

「あのね、モーク……実は……ちょっと、リルムのEフォンを借りるんだけどね……?」

と、レイは照れている様子で言った。

 そう言った後、レイは花火を楽しむリルムからEフォンを借りる。そして、写真のフォルダを開き、ある、一枚の写真をモークに見せた――

「プッ……ハハハハハ!これ、お前!?マジか!」

「ちょっと、モーク!!」

その笑い声を聞いた、他の三人が近づく。やがて、その写真を見て、皆がそれぞれの反応を見せた。

「似合ってんじゃん。」

「えー、可愛いねー、キレス君!」

「これ、お姉ちゃんが撮ったやつだねー」

その写真と言うのは、去年の十二月にヒューナが撮影した写真である。女子生徒の制服の恰好をしたレイが恥ずかしそうにしている。その格好を撮られた時、レイは恥ずかしい思いをしていた。

 この写真をモークに見せるのは初めてである。そして、モークは口からプッと、吹き出し、口元を手で押さえたのだ。

「これ……お前の秘密かよ!こんなので、お前もしかしてずっと休んでたんか?」

「だって……死ぬほど恥ずかしいんだから……!」

レイは、顔を赤めて言った。しかしモークは幸いにも、写真を見て笑ってくれた。

 モークにとって、レイの女装写真が彼の秘密であると、認識した。これにより、隠し事が無くなったと感じたモークは、すっかり吹っ切れた様子でレイの肩を持ち、言った。

「こんなの言ったって良いじゃねえかよ!なんだよ、俺損したわ!似合ってるじゃねえかよハハハハハー!」

(本当は、違うんだけど……まさかこんな所であの写真が役に立つなんて。)

空白の二ヶ月を、女装写真を撮られた恥ずかしさから休んでいたと、別の言い訳をしたレイ。しかしモークはそれを聞いて大笑いしている。それは、トランやイーシャにも言える事だ。

 本当の秘密をいう訳には行かない。彼等に万が一のことがあってはならないからだ。だが、彼等がレイが話した事に対して笑ってくれて、その上で本当の“秘密”を詮索しない事は、幸いと言えた。

 結果的にトランが主催となった花火会は成功と言えた。一夏の、小さな思い出。それは、亀裂が走っていたモークとの関係の修復や、クラスメイトとの絆が深まった時間となったのであった。

(こんな時間が、続けば良いのに……本当に、良かった……)

レイは、心の中で奇麗な花火を見ながら、そっと感じていた。

 




第三十八話、投了。

故郷のメンバーとのワンシーン。戦闘以外の日常のワンシーンを描きたかったというのもあり、執筆していました。
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