機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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レイが日常を謳歌する中で、一方で世界は大きく動きつつあった。
アドバンスドタイプの正体。それを知るきっかけを得た、ジャンヌとアレンをはじめとした多くの人間が動く話。


第三十九話 崩れ行く日常

 

 世界情勢は不安定な状態が続いている。レイの住むモントリオールは比較的平和な状態ではあるが、世界は違う。小規模の戦闘は各地で続いていた。

 その中で、日本国首相であったフォン・ヤマグチを暗殺した氷河族のメンバーが、今、ベトナムの地で新生連邦と戦闘を行っていたのである。

 暗殺者の足取りを追っていた日本政府が、新生連邦に軍を要請した。日本の自衛隊は国外に軍を派遣することが出来ない。日本政府は、首相暗殺をした組織の足取りを掴む為に捜査を行った結果、氷河族の一部組織が関与している事が判明。そこで、日本政府は調査費用及び駆逐費用を新生連邦軍に支払い、調査を依頼したのだ。国連は平和主義がある為、自ら攻め入る事が出来ない為、頼れるのは新生連邦軍のみという事になる。

 今、ベトナム国首都、ハノイの郊外で戦闘が行われていた。氷河族のMSは、ハンドメイドMS、ガンガレン。パイロットは、ケネール・リックである。それ以外には氷河族の構成員が搭乗しているMSである、ファドゥームが居た。左手部が鋏型のマニピュレーターを形成している機体である。

 機体名、ガンガレン。型式番号GUN-XX。ケネール・リック専用のハンドメイドMSであり、デウス動乱時のデウス帝国軍の機体を改良した機体であり、ビーム兵器等は所持してない。実弾兵器を主体とした武装で、攻撃する機体である。

 全身が武器庫のようなMSであり、ヘビーマシンガン、ジャイアントバズーカ、シュトゥルムファウスト、ガトリングといった武装を所持している。

 これらが新生連邦の機体であるディーストと、ジョゼフと交戦していた。そのジョゼフは、通常のジョゼフと違い、バックパックに武装が追加されている。可動式メガキャノンと呼ばれる兵器を搭載しているそのジョゼフは、強力なビーム砲撃を持っている機体である。

 氷河族と新生連邦の戦闘は、当然ながら新生連邦が圧倒している。ビーム砲撃はファドゥームを破壊していく。その中で、ガンガレンは実弾兵器を放ち、応戦する。

「ビームが何だってんだ!こんな奴等相手でも立ち回ってやる――」

ケネールが応戦しているその時――

 

ビゴォン

 

モノアイが、輝いた。一機のMSがガンガレンの目の前に降り立ったのである。

 その体躯はガンガレンよりも一回り大きい。両肩に二門のキャノン砲を装備し、大型のビームライフルを構えているMS、アーヴァイン。エファン・ドゥーリアの専用機である。

「コイツ……!?」

明らかに、他の機体と形状が異なっている。紛れもなく、“異質”と呼べるそのMS。そして、ケネールは妙なプレッシャーを、感じ取っていたのだ。

 ガンガレンは後方に三歩、後ずさりする。巨体はその影を覆うように、迫ってくる。

「機体が大きいという事は戦場においては弱点になり得る。だが人は自身より巨大な存在に対して視覚的に恐怖を覚える。この機体が後ずさりをしている事が何よりの証拠……そんな、所か。」

パイロットのエファンは一人、語った後でガンガレンに迫った。実弾兵器しか持たないその機体に対し、大型のビームサーベルを展開したのである。

 接近戦はガンガレンにとって不利だ。近接兵器を持たない為である。身の危険を察したケネールは、一度後退する事を狙った。しかし――

 

ドバァァァッ

 

別のジョゼフがビームキャノンを展開した。牽制のための砲撃だろうか。ガンガレンが回避出来なくする為に、高出力のビームを放つのだ。

「ちいっ!?」

舌打ちをするケネール。だが側方への移動は不可能だ。ならば、後方へ逃げるしかないのだが、アーヴァインが迫ってくる。

 これに対し、所持している実弾兵器で立ち向かうガンガレンだが、アーヴァインの堅牢な装甲を打ち破るだけの火力は、その機体には所持していなかったのが運の尽きだった。

 やがてアーヴァインのビームサーベルがガンガレンの胴体部に直撃する。ビーム刃は躊躇なく、コクピットごと焼き払うのだ。

 

「ガッ……あああああ……」

 

その僅かな瞬間に、ケネール・リックはエファンによって殺害された。巨体に迫られる恐怖と、避けられない絶望の中、氷河族の一部組織のメンバーであった男は殺されたのである。

「少佐、他のメンバーの姿が見当たりません。」

「そうか。なら良い。帰還するぞ。我々の役目は終わった。」

エファンの事を“少佐”と呼んだ、ジョゼフのパイロット。この事から、エファンの階級は佐官である事が判明した。

 エファン・ドゥーリア。アステル家のパーティ会場に氷河族と共にゲスト達を惨殺していき、その上でジャンヌとアレンを殺害しようとした男。彼は新生連邦の士官であり、今、彼は氷河族の別の一部組織の始末を命じられていたのである。

 

 

「ケネール……!?」

ハノイ空港から飛び立つ航空機内で、ニーア・アンジェリカが撃破されているガンガレンを見ていた。無論、その中にはケネール・リックが搭乗していることは承知している。その上での、反応だ。

「嫌……そんな……ケネールが……ケネールが!!」

「おい!もう見るな……!」

と、ニーアを止めるのはジュラードだ。彼等はフォンの暗殺の件で追われている立場であり、今回、ケネールはメンバーを逃す為に自らMSを駆り、新生連邦と対立していたのである。

「けど……けど!!」

「組織の秘密を守る為だ……必要な犠牲なんだよ……」

「ケネールが殺されてるの、黙って見てないといけないの!?」

ニーア・アンジェリカはケネール・リックと交際していた。組織内の恋愛というのは有り得る話であり、氷河族はそれを黙認している。

 組織の秘密を守る為に、犠牲者が出るのは仕方がない事と言えた。強大な組織が君臨し続ける為には、政府機関等への献金だけでは足りない。組織への忠誠心も、求められる要素だ。フォン・ヤマグチの暗殺の件で氷河族が関わっているのならば、その秘密は貫かなくてはならない。例え、理不尽な拷問を受ける事になったとしても。

 彼等はそれらを理解した上で組織に存在している。氷河族への忠誠。その為ならば、死さえ厭わない。ケネールもそれを理解した上で、戦死したのだ。ニーア・アンジェリカを残して。

 今ここに居るのはジュラード、ニーア、ウネフ、ミルフだ。他のメンバーは別の箇所に居る。一箇所にメンバーが集まる事は、危険である為である。リーダーであるアルン・ティーンズは今、ノルウェーに居ており、組織とは直接離れている。その中で彼等が目を付けられ、新生連邦に補足されたという訳だ。

「遅かれ早かれ人柱が必要になるのは分かり切ってた事とね。組織の秘密を貫くには当然の事。ま、肝心の組織のボスの顔と名前すら分からん私らには関係ない事。」

ウネフが、両脚を組み、躊躇いなく語った。

 しかし、その言葉は傷心のニーアには怒りを誘発するのに十分と言えた。

「自分のところの組織の人間が殺されたのにそんな態度がよ 取れるわね!!前から思っていたけれど、貴方は屑の極みよ!!」

怒りをぶつけるニーア。恋人を惨殺された瞬間を嘲笑うウネフが許せなかったのだろう。

「お遊び半分の恋人ごっこやってんじゃねえよこのアマがァ!!!」

今度はウネフが怒った。着ていた白衣が乱れ、ニーアの胸倉を掴む。

「人の死を嘲笑うような物の言い方が気に入らないわ!それでも元医者なの!?」

ウネフは元医者であった人間。しかし今は氷河族のメンバー。医者時代に得た知識は組織の暗躍の為に使われる。そこに、良心は無いのだ。

「医者が全てそんな人間って考えてる時点で頭お花畑なんだよてめぇは!!」

メンバーの死を巡り、二人の女性が言い合う。同じ組織のメンバーでありながら、愚かな争いをするのだ。

「止めろ、お前ら。」

その様子を、ジュラード・メッサードが止めた。互いに殴り合おうとしている瞬間を、大男が割り込み、止めたのである。男の力は二人の女性では止め切れない。それを見たミルフは、ただ、瞬きをするばかりだ。

「ケネールは死んだ。そして、俺等はケネールに救われた。それだけだ。」

男の渋く、低い声が聞こえた時、ニーアとウネフの二人は争おうとする姿勢を止めた。互いに顔を見合わせるのを止め、航空機がベトナムの地から離れて行くのを、見守るしか出来なかったのである。

「ケネール……」

恋人の死を、見守るしか出来ないニーアは、ただ、彼の名を呼ぶしか出来ない。名を呼んでも帰ってこないのは分かっていても、人は名を叫ぶしか出来ないのだ。

 人は抗えない現実を見ても、尚も否定しようとする事がある。その一つが、死亡した人間に対する叫び声を上げる事だ。無駄だと知っていても、それを行う。それは、人を想うが故なのだ。

 

 

 

数日が経過した。氷河族追撃の任を終えたエファンは、新生連邦本部に呼び出されていた。佐官であるエファン。一年間ジャンヌの側近として務めていた男は総司令、レヴィー・ダイルの元に赴き、一礼をした。

「お久し振りです総司令。あの時のアステル家におられた時以来ですね。」

エファンの声が、指令室に響く。

「ドゥーリア少佐。アステル家の戦艦の情報を新生連邦に伝えて下さったのは貴官ですね。」

総司令が言った時、エファンはその表情を固めた。

「以前日本の駿河湾沖に所属不明の戦艦が発見されたという話がありましたが、その情報は匿名情報でした。どこの情報かと詮索をした結果、アステル家に居た貴方の存在を見た時、確信しました。」

「あの時は驚きましたよ。何せ、新生連邦総司令という立場の人間である貴方が、あのような場所に居たのですからね。余りに、個人的過ぎる事情で。」

まるで総司令の事を見透かしているかのように、エファンは言った。

「何の……話をしているのですか。」

見透かされた様子の総司令。明らかにうろたえ、困惑している彼に対し、エファンはニヤリと笑って言った。

「アステル家当主、ジンク・アステルと戦力増強の交渉をされる事も目的ではありましたが、実際の目的は個人的な友人達である、アレン・レインド、ジャンヌ・アステルに会う事。それが目的であった事は知っておりますよ、総司令。」

明らかに総司令の思考を読んでいる回答だった。無論、総司令はその情報を誰かに伝えたり等、一切していない。その中での発言だ。

「何故、貴方がそれらの事情をご存知なのですか……?」

予想しなかった言葉を聞き、緊張が走る。

 総司令はエファンの事を詳細には知らなかった。以前国連の将軍であるウィレスが言っていたように、デウス動乱時代に一機の量産機体、ジャスティスを駆り、デウス帝国の艦隊を壊滅に追い遣ったとされる事以外は、一切分かっていない、彼の事。エファンとは何度か面識はあった程度であり、彼が一年の間アステル家に潜入していた事も、把握出来ていなかったのだ。

「さあ、何故でしょうかね。」

フッと、笑みを浮かべたエファン。それに対する総司令の表情は、険しい。

「……それはさておき、ドゥーリア少佐。貴官は新生連邦軍の所属でありながら、勝手な行動をしたという事を分かっているのですか。何故貴官がアステル家にいたのか、その上でアステル家の艦の存在を知らせたのか。」

話題を変え、落ち着かせようとする総司令。この言葉より、エファンの行動は命令などではなく、独断によるものが明らかとなった。

「そして、先月の事もそうです。国連の部隊がアステル家のパーティ会場に出動するという状況。そこにあった、特殊な機体。それは、貴方の開発した機体である事は明白ですよ。」

“先月”というのは、アステル家のパーティがあった時期だ。それは二月の下旬頃。今、彼等が会話をしている時期三月の中旬頃である。

「報告が遅れました事を、お詫び申し上げます。」

エファンの独断によるパーティ会場の襲撃。やがてそれが国連への攻撃に繋がるという事も、今、総司令は理解したのだ。

「しかし総司令も、いくら何でも個人的過ぎる事情で軍の艦を持ち出すというのもどうかと思われますがね。」

エファンは、悪びれる様子無く言った。総司令はこの男の不動なき態度に、妙な違和感を覚えていたのであった。

「……貴官の実績は分かっています。十分に評価されるべきものというのも。しかし、独自の行動権を与えた覚えはありません。」

軍隊は組織だ。いくら優秀な能力を個人が持っていようと、勝手な行動は許される筈がない。

だがエファンはそれを行った。そして、全く動じる様子がない。いくらエファンに個人的な行動を言われようとも、立場は総司令の方が上だ。その為、彼に対して言葉を放つ事が出来るのだ。

「では、私を処罰しますか?少なくとも敵性勢力となり得る可能性のあるアステル家に対して打撃を与える事が出来たのは、私がアステル家に一年間潜伏していたからではありますが。」

堂々とした振る舞い。エファンは全く、動じていない。

「総司令、今、新生連邦政府は平和国連盟と対立している。その為の大規模作戦も考慮しておられますね。」

「なっ……!?」

驚愕する総司令。その内容は、軍関係者には一切伝えていない。だがエファンはそれを、読み取ったのだ。

「先程の要件と言い……僕……いえ、私の事情をそこまで見通せるなんて……貴官は何者なのですか、ドゥーリア少佐。」

改めて、この男の存在の正体が気になった総司令は、約3メートルの距離を取っている男に、妙な緊張を抱いていた。普段使う一人称が出そうになる程、エファンから見れば、総司令が動揺しているのが分かった。

「私はアドバンスドタイプですよ。」

エファンは、〝アドバンスドタイプ〟の部分を激しく強調するように言った。そして再び笑う。

「アドバンスドタイプ……?」

その存在自体は把握していた。何故ならば、友人であるアレンがその力を持っている事を知っているからである。しかし問題はエファンの方だ。アレンは思考を読むといった事は一切しなかったのにも関わらず、エファンはそれを行える。何故、そのような事が生じるというのか。

 以前エファンがアレンに対して語った言葉に、個別性という言葉がある。それが関係しているというのだろうか。

「私の場合、その中でも特別な存在でしてね。この能力のおかげで昔は苦労しましたよ。何せ周りの人間に私と同類がいない。心を読める人間と言うのはどうも異常な人間扱いされる傾向にあるようで、誰も称える事無く、周りは私を不気味に感じていましたよ、総司令、貴方が私に対してとった態度のように。よく〝化け物〟と罵られたものです。」

自身の事を語るエファン。その堂々とした振る舞いや言動を見て、総司令は彼の言うように、不気味に感じていた。

「人間の感情と言うのは面倒臭いものでしてね、私がその人間の思っている事を言ってやればそれを気味悪がり、今まで慕っていた人間が平気で裏切りましたよ。常識の無い、変わり者と呼ばれる存在が社会や人間集団から孤立するように、私の能力のおかげで周囲から孤立しましたよ。私はそれ程、気にはしませんでしたがね。ああ、失礼。全ては独り言ですよ。」

エファンはまるで愚痴を零すように自分の事を語っている。

「エファン・ドゥーリア少佐……貴方は……アドバンスドタイプと言いましたか?」

総司令は彼がアドバンスドタイプであり、心が読めるという所に着目した。彼はアドバンスドタイプを知っている。それはアレンがアドバンスドタイプである事を知っているからだ。 

しかし、心を読めると言う事に関しては全く知らなかった。知る筈が無かったからだ。

(アレンですらそのような振る舞いを感じなかった……アドバンスドタイプは思考を読める人種だというのか……?)

「いえ、私だけの能力ですよ。何、ちょっとしたエスパーみたいなものです。SF映画とか、アニメ等にそのようなキャラクターが居るようなものです。大したものではありませんよ。」

またしても、思考を読んだエファン。まるで総司令が躊躇うのを楽しんでいるかのようだ。

「総司令、組織を形成するというのも大変ですね。従順な部下の存在は勿論必要ですが、私のような独断の行動を取る者の管理もしなければならない。まあ、幸か不幸か、どうやら貴方は私に対して処罰を加える事はなさそうですね。」

レヴィー・ダイルはエファンを警戒している。だが、一方で彼の功績を認めている。彼を敵に回す事の怖さを、本能的に察したのだろうか。

「作戦の成功を祈っておりますよ。“オペレーション・デモリッション・クリエイション”の……ね。」

その作戦名は誰にも公表していない。だが、彼の思考を読んだエファンは新生連邦が行おうとしている作戦の名前を、口に出した。

 やがてエファンは一度敬礼をし、総司令に背を向けて部屋から去って行った。思考を読む男、エファン・ドゥーリア。その上で、男から感じたプレッシャーは、新生連邦軍の総司令と言う立場である、美しい男性を翻弄する力を持っていたのである。

 

 

「レヴィー様、大丈夫ですか……?」

以前に平和国連盟が放った使者による銃弾を受けた、側近のソフィアが、指令室に座る総司令を、心配そうに見る。部下にあたる筈の男から感じるプレッシャーは、彼を翻弄していた。

 ソフィアの容体は回復していた。彼女の怪我は重症ではなく、治療を受け、安静にする事で、彼の側に居る事が出来ているのだ。

「僕は大丈夫。それよりも、エファン・ドゥーリア少佐……か。僕は、恐ろしい人間を部下に持ってしまったのかも知れない。」

エファンの功績は聞いていた。しかし、実際に会い、彼の独断の行動を聞いたにも関わらず、それに対して叱責をほとんど出来ず、寧ろ思考を読むことが出来る男に翻弄された総司令。

 彼はシンギュラルタイプである。一方のエファンは、アドバンスドタイプだ。能力だけを見れば、アドバンスドタイプはシンギュラルタイプの上位互換とも言える存在。自身より力の優れた人間が部下にいるというのは、指令と言う立場から見ればプレッシャーでしかないのである。

 

 

 

 時間が経過し、三月の下旬になった。アレンはこの時、ジャンヌに呼ばれていた。パーティの件が一段落してから、暫くバンディットとしての活動を行っていたアレン。その間、ワートンの所に世話になり、その上で定期的にココットとも会っていた。

 “絶望のパーティ”から一ヶ月が経過した頃。その間、ジャンヌは心労が重なる思いをし続けていた。母、ターナの死を始め、パーティでの惨劇や、その参加者、ゲスペル・ギアンによって拡散されたスキャンダル。彼女はその期間、これらの対応にも追われていた。

 その間、言われなき暴言を浴びせられたりもした。こうした事もあり、ジャンヌは一時的にコンサート活動を休止。しかしその間、世界情勢の事について取り組んでいた。表舞台から姿を消したとしても、不安定な現在の世界情勢の事を考え続けていたのだ。

 だが彼女自身も様々な出来事が重なり過ぎた。故に、精神を病んでしまっていたのである。この一ヶ月間、ジャンヌは軽度ではあるが鬱状態であったのだ。しなければならない事はあれど、重なる悲劇や自らへのスキャンダルは彼女を苦しめるものとなっていった。次第に心が疲弊し、一度、完全に動かなくなった時も、あったという。

 しかしジャンヌは少しずつではあるが向精神薬や医師の処方を受けていき、少しずつではあるが精神は回復していった。やがて、ジャンヌは僅かな時間でも活動を再開させていく。

そして、それらの活動は少しずつではあるが、実を結んでいく事となる。その内の一つが、アレンと共に平和国の研究機関に提出した、血液と筋繊維である。アドバンスドタイプと呼ばれる人種の二人。そして、エファン。彼等に共通する何らかの力は、研究によって明らかになるのではないかと思い、一ヶ月前にそれらを提供した。

 その結果を聞く為に、彼女は提供者の一人であるアレンに声を掛けたのである。今、彼等はジャンヌの部屋に居る。アドバンスドタイプにしか分からない事。その事の為、二人きりになれる部屋が必要であるのだ。

「お久し振りですわね、アレン。」

心なしか、ジャンヌの表情はやや、疲労しているようにも見えた。多くの事が重なり過ぎて、疲れているのかも知れない。いくら鬱状態を克服したとはいえ、苦しい事には変わりがないのかも知れない。

「ジャンヌ、大丈夫か……?明らかに疲れているように見えるけれど。」

久しぶりの再会ではあったが、辛そうな彼女の表情を見て、心配になったアレン。

「私は大丈夫です。御心配には及びませんわ。それよりも、アドバンスドタイプについてですが、平和国の研究機関から結果の報告がありました。その件について、貴方をお呼びさせて頂きました。」

彼等は自らの血液と、皮膚と、筋繊維を研究機関に提出している。そこから明らかになった結果とは何なのか。

「こちらの書類を見て下さい。」

と、言われたアレンはジャンヌから書類を渡された。そこに映っているのは、顕微鏡で拡大された細胞の図と、文章だ。恐らくそれが、彼等が提供した情報の結果なのだろう。

「……うん……?ごめん、細か過ぎて分からない……」

と、アレンは頭を抱え、言った。彼は勉学をして来ている訳ではなかった為、書類を渡されても分からないのだ。結局、何が明らかになったのかが分からない為、アレンはただ、溜息が出る。

「確かに、詳細をいきなり渡されても難しいですわね。私が、その内容を要約してお伝えします。」

渡した書類を再び彼女はアレンから貰い、その詳細について、伝える。

 ジャンヌはこの内容を見ても、あまり驚愕している様子ではない。寧ろ、どこか虚ろな様子だった。

「簡潔的に申し上げますと、私達の身体内に備わっている細胞は常人と異なる性質がある可能性があるという事が分かりましたの。」

「常人と異なる性質……?」

常人と異なる性質。それは、何か。アレンはごくりと、唾を飲む。

「そもそも細胞には細胞質と核にて形成されています。細胞質内に存在する、ミトコンドリア。その中に存在している成分の中に、常人には確認出来ないような成分が存在すると、研究者より報告されています。」

ミトコンドリア。それは細胞質内に存在する楕円形をした小体。酸素を利用し、エネルギー源となるATPを生成する役割を担う存在だ。ミトコンドリアの中には独自のDNAを内部に有しており、ミトコンドリアは自律的に細胞内で分裂し、増殖する。ヒトにおいては肝臓、腎臓、筋肉、脳等の代謝が活発な細胞には多くのミトコンドリアが存在し、細胞質の約四割を占めているとされている。※1

ミトコンドリアに含まれている成分の中に、彼等のような人種にしか存在しない成分が含まれているというのは、どう言う事なのか。ヒトの細胞において重要な役割を担う存在であるミトコンドリアは、アドバンスドタイプとオールドタイプとでは何が違うのか。

「ただ、報告はそれだけでした。私達が提供した身体組織の一部のみでは、残念ながらアドバンスドタイプの謎を明かすには不十分と言えました。」

「そうなんだ……」

それには、アレンは落胆した。何か謎が明らかになり、それが良い方向に導いてくれればと考えていただけに、大きな成果を得られないのは残念なものである。

「ですが、ミトコンドリアについてですが、これは間違いなく、何らかの関連があるのではないかと考えた私は、アステル家の者に依頼をし、様々な論文等について調査して頂きました。膨大なデータベース等を見つけた結果……気になる情報を発見しましたわ。」

ヒトに関する研究において、論文は欠かせない。それらの存在により、人類は進歩していけるのだ。

 だがそれらは、全てが、妥当性のある物とは言い難いのも現実。様々な課題を残し、研究というのは日々、進んでいる。今回のアドバンスドタイプに関しても、そうだ。

「そんな論文なんてあったのか……」

驚愕する、アレン。

「その内一つは、光る人類についての研究。もう一つは、自然治癒力に特化した人類の研究と、その特性が遺伝するものであるのかという事について。前者の情報はケースが一人であり、後者の情報のケースは五人。信憑性は低いものではありますが、気になるのはこれらに関する情報は、いずれも私達に共通する点でもあるというところです。」

「データは、あるのか?」

「ええ。今、お見せします。」

と、言って彼女はコンピュータを開く。そして、そこに映る画面をアレンに見せた。

「一つは光る人類についての研究です。これは50年前の論文ですが、ユーラシア北部の研究者であったアリヴィアン・トゥーロフ氏らが発表したものです。この論文では自らの細胞を研究した情報が記載されています。トゥーロフ氏は自らの生命の危機を感じた事があった時、自らが光った体験があったという話があります。」

「ちょっと待て、それって、この人がアドバンスドタイプじゃないかって話にならないか?」

「そうです。自らが光ったという話や、それに伴う細胞の話は全て、私達が提出した細胞に関する研究に近い話です。恐らく彼を取り巻く人間達に協力させ、研究を行ったのでしょう。その内容は、生命を脅かすような、危険と言える内容だったと言います。」

驚愕の事実。彼等以外にも、過去にアドバンスドタイプと呼ばれる人種は居たという、貴重な資料だ。

「ですが、この論文を発表しても、世間では全く相手にされませんでした。様々な学会に提出しても、門前払いとされてきました。無理もありません。サンプル数が彼自身の細胞と、少な過ぎた上に、全く前例がないものと見做されていた為です。」

研究の妥当性というのは非常に難しい。増してや、その研究はアリヴィアン・トゥーロフ個人の細胞のみの研究だ。彼がアドバンスドタイプだったとして、その妥当性が世間で認められる事など、不可能に近いと言えたのである。

 だがそこに記載されている情報を見た時、今回の研究と酷似しているミトコンドリアの情報が出てきたのである。

「数多くの学会等では認められない研究でしたが、今の私達にとっては非常に有用な研究と言えるかも知れません。何故ならば、このミトコンドリアの性質の話は私達が提供した細胞組織の結果と酷似しているからです。」

「そんなの、偶然じゃないのか……?」

「それを否定するには無理がありますわ。彼自身が生命危機に瀕した時に光る人間であり、この情報の関連は謎を解明する上で必要になるのではないかと思われますわ。」

「じゃあ、これはほぼ、可能性として高いという事なのか!?」

「ええ、恐らくは。その中で、彼はこの論文の中でミトコンドリアの話をしていて、生命危機の時に光を放つ時、そのミトコンドリアが一斉に光を放ったという情報があるのです。トゥーロフ氏はこの光に名前を付けました。碧色の光、“イズゥムルート”と。

「その名前って……」

「ええ、貴方はご存じだと思います。恐らく、彼が名付け親でしょうね。」

名前こそ、知っていた碧色の光。その名付け親とも言える人間の論文を見つけたジャンヌ。アドバンスドタイプはその存在そのものが謎とされてきたのだが、これにより、一部の秘密が明らかになった可能性が高い。

「断定は出来ませんが……私達にも共通する情報である事を考えた時、私達にとっては有益な情報と言えるでしょう。」

イズゥムルートの光と、彼等が宿す細胞内に存在するミトコンドリアの関連性が明らかとなった。それは真実に一歩近づいた事を示す。

 だがこの時、アレンは二つ、疑問を抱いた。何故、彼女は“イズゥムルート”の名を知っていたのか。もう一つは、アドバンスドタイプという名は何が由来だというのかという事だ。

「ジャンヌ。このロシアの研究者が名付けたというのなら、君が何故、イズゥムルートという言葉を知っているんだ?」

「アレン、実は……貴方にお伝えしていない事があります。“光”の話について。」

ジャンヌは一度視線を床に落とした後、口を開いた。

「実は、この論文のデータは、お母様の金庫から発見されたものなのです。」

研究データの依頼をしてはいたが、その内の一つが身近な所にあるという事を、知らないでいたジャンヌ。調べている中で、母親の部屋に遭った金庫を開けた時、この論文が出て来たという。

「ターナさんが……?」

「つまり、お母様は元々この情報を知っていた事になります。“イズゥムルート”について。」

「じゃあ、ターナさんはアドバンスドタイプの事について、調べていた事になるな。」

「そして、エファンはお母様と接触していく中でこの情報を知り、その名を知ったという事になりますわね。」

パーティ襲撃事件の際、エファンが口にした光の名。その由来は恐らく、ターナから知った情報であろう。

「この論文を発見することが出来たのは、自身も経験しており、尚且つ謎が多い存在であるが為に、その真実を知りたいと思う、お母様の知識欲故なのでしょう。自らがそれに該当するのならば、調べるのは当然と言えます。今までは、私達がそれに向き合わなかっただけです。」

しかし、それも無理のない事だった。アレンとジャンヌがアドバンスドタイプの存在に気付いたのは、デウス動乱中の話だ。その間は戦争をしている状況であり、何かを調べるという状況ではなかった。

 時は経ち、戦後になり、その存在は謎のまま時間が経過した。やがてジャンヌの母親がアドバンスドタイプという事を知り、エファンもその存在であることが発覚。それらを機に、彼等は情報を調べていく事となった。

 信憑性が決して高いとは言えないものの、貴重な情報の存在は彼等を勇気付けるのに十分な役割を果たしていた。ターナはエファンに殺害されたが、彼女が残した遺産と呼べるものは、真実に近づく一歩になったと言えるのだ。

「だから、あの時俺に対して妙な“実験”をしたのか……」

それは、ターナがアレンに対して行った事。紅茶に毒を盛ったと嘘を吐き、彼を試した事を、思い出していた。

 

―――――――――それにしても……貴方に、毒は効かないのね―――――――――――

 

「けれども、お母様はエファンの盛った毒に殺された事になります。その際、イズゥムルートの光は放たなかったのでしょうか。」

「実際には毒は盛られてなかったけれど、俺は盛られたと勘違いをした。けれど、光は放たなかった。」

「この事から考えられるのは、毒物等、内部に被害を与えるような事に対しては光が放たれないという事になりますわね。トゥーロフ氏の論文には、外的な生命危機の際に光を放ったという情報しか書かれておりません。」

「その上エファンはアドバンスドタイプ。同じアドバンスドタイプ同士では、光を受けても何の影響も受けない。だから奴はターナさんを殺害出来たという事か。」

「……あくまでも、可能性の話ですわ。」

光の存在については謎も多い。だが、彼等が経験した事と、アリヴィアン・トゥーロフの論文の情報を照らし合わせて分かった事が、次の通りである。

 

〇イズゥムルートは、外的な生命危機状況に直面した時に発現する。

〇イズゥムルートは、毒等の身体内部からの影響に対しては発現しない可能性が高い。

〇イズゥムルートは、アドバンスドタイプ同士では影響を受けない。

〇イズゥムルートは、アドバンスドタイプ以外の人間に対し、戦意喪失をさせる効果がある。

〇イズゥムルートは、アドバンスドタイプの細胞内のミトコンドリアが発光して発現する。

 

これらの事が、恐らく生じる可能性が高いと考えられる。要は、生命を守る為の保護機能のようなものなのだろうか。

「光る人間の事については分かった。それと、もう一つの論文の情報は?自然治癒力に特化した人類の話と、アドバンスドタイプに於ける遺伝特性……だったか。」

アドバンスドタイプの次の謎。それは、自己再生能力に優れるという所である。その上での遺伝特性について。しかしそれら自体の謎も多く、そもそもの絶対数が少ない為、断言が出来ない。

「こちらの研究ですが、こちらは公に公表されている論文ではないのです。恐らく国家機密やそれらに該当するようなデータベースに落ちていた情報と言うべきでしょうか。」

「さっきの論文と比べると随分と厳重に情報管理をされていたみたいだね。」

「恐らく、デウス帝国に関係するものであったのではないかと思われます。先の大戦でデウス帝国が敗北し、それから情報を掴み易くなったというべきでしょうか。戦時中ではまず、発覚する事のなかった論文です。」

と、言いながらジャンヌはもう一つの論文を彼に見せる。先程、彼等が見ていたトゥーロフが発表した論文と同様、細胞内のミトコンドリアの画像が映し出されていた。それと同時に、ダリオン・イブルークであろう人物の写真も映っている。年齢は四十歳代後半の、顎髭を生やし、鋭い目つきをしている、男性だ。

「世に公表されず、増して、己の為だけの研究論文は私小説と何ら変わらないと言えます。恐らくこの研究もそのような内容でしょう。ただ、論文の内容は過激とも言える内容でした。」

ダリオンと言う男が書いた論文の内容は自然治癒力についての研究だ。この男、ダリオン・イブルークもアドバンスドタイプであり、その上で自らの細胞を用いた研究を行っていた。

 しかしその内容は先のトゥーロフと比較しても過激な内容と言えた。それは自らの身体組織のあらゆる箇所の自傷行為を行い、その上での身体組織の再生の経過時間の計測を行うというものだった。

 その結果は、アレン自身が経験している内容とほぼ、一致している内容だった。例えば 適切な処置が可能な環境での皮膚の損傷での再生能力は、オールドタイプを凌駕しているスピードで回復する。又、筋繊維を抉るような深い傷でも、その傷跡も残さない程に再生する事が出来る。それらは骨折等の重傷でも対応が可能であり、傷の治癒の早さはオールドタイプを凌駕している。

 これらの実験はダリオン・イブルークが自ら行ったものだ。最早、自傷実験と言っても過言ではない恐るべき実験ではあるが、この情報から得られるのは、身体組織の再生力の高さが伺えるという事である。これらは身体のあらゆる箇所に対しても有効である可能性が高いという。

「自分自身を痛めつけてまで、こんな事をしていたのか……」

「そう言う事になりますわね。」

アドバンスドタイプの存在が何者であるかを明確にする為の研究とはいえ、過激な行為をしていたとされるダリオン・イブルーク。デウス帝国の人間であるとされるが、その所在は不明だ。

「そして、彼がその性質を調べていった結果、やはりミトコンドリアの中に存在している特殊な物質が関係しているという事が明らかになりました。」

ここでも明らかになる、ミトコンドリアの存在。先程の光の話といい、それらはどのように関連しているというのか。

「生命の危機に瀕した時に自らを光らせ、その上傷を負っても常人を超えた再生力を持つ人種……その鍵となるのが、恐らく私達の中の細胞内に存在する、ミトコンドリアと言えます。」

「それが、エファンが言っていた“ディヴァインセル”と言うのか?」

「ええ。恐らく。実際、その名前もダリオン・イブルークが名付けたものです。エファンはこの論文を見た上で、貴方に言ったのでしょうね。」

仮説ではあるが、謎が解けて行く。エファンが語ったディヴァインセルの秘密。身体を光らせ、自己再生能力を促す存在。その鍵となるのが、ミトコンドリア内に存在するディヴァインセルであるという事になる。

「そして、イブルーク氏はこの他にも様々な実験を行っています。それは、自傷行為以上に過激な内容です……」

その時、ジャンヌの表情は少しばかり暗くなった。小説、文章等からイメージを想像し易い彼女の場合、それらが想起されてしまうのだろうか。

「それが、アドバンスドタイプは遺伝するものなのかという事です。ターナお母様もアドバンスドタイプであり、私も動揺であれば、その可能性があるのではとは以前貴方にお話をしました。ですが、それはあくまでも仮説に過ぎませんでした。」

「その結果は?」

「恐らく、その力は遺伝するものであるという可能性が考えられました。ただ、それを確認する為に……この、イブルーク氏は自らの両親、果ては祖父母を手に掛け、細胞を調べたと言います。」

ダリオン・イブルークの実験のケースは五名と言っていた。それは、本人を始めとした両親、祖父母という事になる。

「馬鹿な、手に掛ける必要があるのか?どうしてそんな真似を?」

突然の疑問だ。いくら実験の為とはいえ、肉親を殺める必要性があるとは思えない。何故ダリオン・イブルークはそのような愚業をしたというのか。

「恐らく、先行研究を公開したトゥーロフ氏の再現として、自ら以外のイズゥムルートの光の確認の為の可能性は考えられます。そして、アドバンスドタイプの自己再生能力の高さが他者にも確認出来るのか。いずれもが何らかの形で人が危機に陥らなければ確認出来ない事です。それ故なのかも、知れません。」

「それが本当だとすれば、なんて人間だ……」

アレンは戦慄した。

 ジャンヌの仮説が正しければ、ダリオン・イブルークはアドバンスドタイプの事を知ろうとするが為に、肉親を殺めたという可能性があるという事だ。その上での研究という、狂気とも言える内容。更に恐ろしいのは、殺害の方法はそれぞれが異なるという事だ。

 トゥーロフの研究が先行研究であり、それらは果たして再現性があるものなのかを確認する為の実験として両親、祖父母に手を掛けたダリオン。その結果を彼は論文に記載していた。結果は再現性が高いものであることが分かったのである。両親、祖父母を犠牲にして得た成果は、余りに悍ましいものであったのだ。

「その内容を見ると、イブルーク氏の父と、祖母にあたる人物の細胞内に、ディヴァインセルの成分が含まれていたという情報がありました。つまり、彼の母、祖父はオールドタイプであったことが分かりました。いずれもが、同じ遺伝情報であると、彼は報告しています。」

それ自体の信憑性は不明だが、ジャンヌの母、ターナがアドバンスドタイプである事を想定すると、その信憑性は高いと思われる可能性があった。

「自らの家族を犠牲にした上で得た結果が、アドバンスドタイプは遺伝するという事……か。」

「人の発展には犠牲が付き物かも知れません。しかし、これは余りに……」

公表されていない文ではあるが、こうした研究結果からも、人間性というのは分かる事がある。ダリオン・イブルークはアドバンスドタイプの研究をする余りに、本来大切にするべき存在である肉親を殺めるという愚業を行ったのだ。しかしその結果、彼等が一つ、真相に一歩でも近づく事が出来たというのは、皮肉な話である。

「更に、イブルーク氏はその細胞が他者に移植出来るのではないかと考えたらしく、あろう事か自らの細胞を他者に移植するという事も行ったそうです。」

「そんな事が……?」

「こちらを見て下さい。」

ジャンヌは、別のページをアレンに見せた。そこに記載されている内容について、ジャンヌは語る。

「アドバンスドタイプが遺伝するという事が分かった事で、その細胞を移植、や血液の輸血をすればアドバンスドタイプを増やしていく事が出来るのではないかと考えたイブルーク氏は、知人や、患者等を介して自らの細胞を移植、輸血を行ったとされています。その結果、移植、輸血した細胞内のディヴァインセルは消滅したという結果がありました。」

「つまり、ディヴァインセルは他者に移せないという事か。」

どのような経緯でそれらを行ったのかは不明であるが、恐らく医学博士と言う立場を利用した行為なのかも知れない。そこに、対象者への同意等を得たのかも不明だ。

「彼の狙いが分かりませんが……少なくとも、アドバンスドタイプに対する知識欲が明らかに常軌を逸脱していると言えますわ。良くも、悪くも。」

人は知識を欲する。それ故に発展してきた。だがそれは、倫理的に反する事も含まれている。それらを踏み台にし、人は発達していき、多くの知識を得る事に成功してきた。

 だがダリオン・イブルークの論文内容は残酷だ。しかしそれがあったからこそアドバンスドタイプの謎に近づくことが出来たとも言える。やはり、皮肉な話だ。

「後、一つ。コラムのような情報ではありますが……アドバンスドタイプの流す血液は、オールドタイプの流す血液と比較しても、“甘さ”を感じると言います。」

「甘い……?」

血を舐めて、甘いと感じるのだろうか。そもそも、そのような情報はあるのだろうか。その甘さは何の甘さなのか。それだけ聞けば、疑問は多い。アレンは、首を傾げていた。

「まだまだ明かされていない疑問は残されてはいます。そして、研究論文には記載されていませんでしたが、特殊な能力を宿している可能性があるのも、アドバンスドタイプの特徴ではないかと、考えるのです。」

と、言って、ジャンヌはコンピュータの電源を切った。そっと呼吸をし、一息吐く。

「エファンが見せていた思考を読むというのもその一つか。そして、相手の動きが読み取れるような、脳内に電流が流れる感覚……それも、アドバンスドタイプは優れているのだろうか。」

「それらの研究は明確ではありませんので、何ともは言えませんわね。」

自然治癒能力の話から遺伝、移植等から明らかになる、アドバンスドタイプの力。それらをまとめたのが次の通りである。

 

〇アドバンスドタイプは常人よりも遥かに早いスピードで傷を回復する。それらは、皮膚の

損傷や、筋繊維の損傷、骨折、臓器の損傷においても有効。

〇アドバンスドタイプは遺伝する可能性が、ある。

〇アドバンスドタイプの力を発揮する源であるディヴァインセルは、他者へ移植、輸血を行

うと、消滅する。尚、他者には後遺症は全く残らない。

〇アドバンスドタイプは空間認識能力に優れている可能性が高い(詳細は不明)

〇アドバンスドタイプの血液は、甘みを感じる(詳細は不明)

 

これらの事が、関与しているとされる。そして、それらはいずれも細胞内のミトコンドリア内に存在している、“ディヴァインセル”によるものである可能性が高いのだ。

「これらの事が私達にも言えるとすれば、今後、より強力な力に繋げる事が出来るのではないかと考えるのです。身体能力に優れているとすれば、それに対応したMSの開発に繋げる事が出来れば、新生連邦軍にも立ち向かえる力を得ることが出来るのではないか……と、考えます。」

エファンの力は圧倒的だった。パイロットとしての腕も去る事ながら、生身でもその強さを見せつけた。しかしアドバンスドタイプの事が分かって来た以上は、それに応じた兵器の開発が出来れば、不安定な世界情勢に対しても対抗出来るのではないかと、ジャンヌは考えていたのだ。

「ジャンヌ、思うんだけどさ……」

「はい?」

多くの情報を得たアレンは、一つの疑問を抱く。

「そもそも、アドバンスドタイプの“起源”って何だと思う?」

明らかになった事もある一方で、一番の疑問があった。それは、アドバンスドタイプはそもそも、何が起源なのかという事だ。傷の修復は常人よりも早く、空間認識能力にも優れており、生命危機が訪れた時には光を放つという人種。そして、その細胞は遺伝する。だが細胞を移植、輸血してもそれらは消滅するという性質。そうした妙な力を持つ人種の起源とは、何なのだろうか。

「人類の起源に関してもアダムとイヴから生まれたと言われておりますが、それらは明確な存在とは言われておりません。それらは神話のような存在で明確になっていないように、アドバンスドタイプの存在もまた、明確な起源と呼べるものは無いのかも知れませんわね……」

答えのない疑問。だが、その疑問も最もだ。結局はアドバンスドタイプは何を起源として存在しているのか。それそのものが、最大の謎と言えた――

 

パタンッ

 

その時、ジャンヌはその姿勢を崩し始めた。アレンは心配になり、声を掛ける。だが、よく聞けば彼女は寝息を立てていた。余程、疲れていたのだろう。

 この場では、彼女に今後の事についての情報を聞き出すことは出来なかった。溜息を吐いたアレンは、ジャンヌをベッドに寝かせ、ただ、見守る事にしたのである。

 

 

 

「あ……すみません、私……」

目が覚めたジャンヌは、すぐにアレンの方を見た。一時間程度仮眠を取ったジャンヌの表情は、疲れが取れている様子だった。それも、アドバンスドタイプ故の力なのかも知れない。

 アドバンスドタイプの真相の話や、彼女自身のスキャンダル、そして今後の世界情勢。それらが重なった為、心労がピークに達したジャンヌは疲れてしまったのである。

「大丈夫か?」

「ええ……」

そう言って、ジャンヌは肘を付き、ベッドから起き上がった。

「すみません、急に、力が抜けてしまったみたいで。」

「ううん、特に何ともないのなら、良かった。」

アレンは、静かに笑みを浮かべた。

「けれども、少し休むことが出来た為か、目は冴えています。ご心配をおかけしましたわ。」

ジャンヌは、ベッド端坐位姿勢を取る。やはり、疲労が蓄積していたようだった。

「ジャンヌ。突然だけど聞いて良い?」

「え?あ、はい……」

アレンは、突如口を開いた。

「君が船の中で言っていた事を覚えているか。」

それは、セントマリア号内での事だ。ジャンヌが彼を部屋に招き入れた時の、話である。

「君が今後、どのように考えているのか……だ。ファースト・ガンダムのデータの話と、俺とレイの事を言っていただろう?今、それを話すことは出来るか?」

アドバンスドタイプの事について大まかな情報を得たアレン。次に、ジャンヌが今後に向けてどのように行動をしようとしているのかを把握する為に、ジャンヌに聞いた。

 疑問を聞かれたジャンヌは、一度咳払いをし、答える。

「今、アステル家は“来るべき時”に立ち向かうことが出来る、二つの“力”を制作している最中です。一つは、破壊された貴方のガンダム……ティフォンガンダムの代わりになる力。そして、もう一つは、レイ・キレスに相応しいとされる、力。」

「力……MSの事か。」

「混迷の世界を切り開くには、対話だけでは難しいと考えられます。それらを打開する為には、やはり力は必要となるでしょう。レイ・キレスも力を持つ存在であるのだとすれば、その力は彼にとっても相応しい力になると、私は考えるのです。」

そう言った後、彼女は別のコンピュータを取り出し、アレンに見せた。

「これは……ガンダムタイプか?」

アレンが見たもの。それは、ガンダムタイプ特有の顔貌のMS。頭部アンテナは四つ存在しており、口径部の特徴的な突起は紛れもない、ガンダムタイプだ。

 ただ、その機体はバックパックが特徴的な形状をしていた。まるで、戦闘機等のウイング部に該当する形状が合計八枚ある、その機体のデータ。これが開発中のMSのデータだというのか。

「今後の世界情勢で、必要となる力ですわ。名は、ブライティス。」

「ブライティスガンダムか。」

新たなるガンダムの存在の説明をした、ジャンヌ。だがそれはまだ完成に至っていない。あくまでも、データ上に存在しているだけに過ぎないのだ。

「もう一つは?」

「それは、新生連邦軍から直接情報を得る必要があります。その為、まだ詳細な情報を得ることが出来ておりません。」

世界情勢を切り開く切り札。それは、アステル家が開発するとされる、“ガンダム”の存在が関係してくるとされる。

 だが現状ではその詳細は不明。ただ、一つ分かっているのは、一つの機体の名が、“ブライティスガンダム”であるという事だけだった。

 

 

 

 更にそれから二ヶ月が経過した。その間も世界は小規模な戦闘が続いている状況が、続いていた。

 ジャンヌに関しては一連の騒動は落ち着いている様子だった。ゲスペルによって拡散されたスキャンダルに関しても、アステル家の力によって収束しようとしていた。最早、この事で報道しようとするメディアは世界中に存在しなくなっていった。それに伴う世論の反応も、メディアに対して不満で満ちていた事も関係していた。

 やがてアステル家は二ヶ月前にジャンヌが言っていた、新生連邦からの情報を得る事に成功。それらの情報によれば、新生連邦はプラズマ兵器を用いた新たなるMSを開発しようとしていたという。

 プラズマ兵器は、シュネルギアに搭載されている強力な兵器だ。ビーム粒子とは異なる、プラズマ粒子によって形成されている粒子兵器。圧倒的な火力で直線状の敵を薙ぎ払った、強力な兵器。それを搭載しているMSとは、何なのであろうか。

 その情報を、新生連邦から得ることが出来たアステル家。その際にも小規模の戦闘はあったが、彼等は無事、データの入手に成功したのである。その際に、今後新生連邦が行おうとしている作戦の事も明らかになったのだ。

「よくやったな、ジャンヌ。」

そう言うのは、アステル家当主、ジンク・アステルだ。混迷を極めつつある世界の中で、彼女が指揮を執り、行った行動は危険が伴いつつも、勇気のあるものであった。

「私達は、世界の為に戦わなければならないと考えております。お父様を巻き込んでしまう事は、大変恐縮ではありますが、今後、起こる可能性が高いとされる戦争は止めなければなりません。」

彼等は、今MSデッキ内に居た。そして、彼等の前には一つの機体が存在していた。

「それが、完成した機体か。」

ジンクは、その機体を見上げる。白系統の美しいカラーリングは、特徴的なシルエットを描いているのだった。

「この機体は、混迷を極めていく世界を変える為に必須と考えています。」

ジャンヌの強い言葉が、走った。

「ジャンヌ。一つ確認する事がある。」

ジンクが、ジャンヌを見て言った。

「何故、その少年に固執するのだ。その機体も、少年に渡すものと聞く。」

“少年”とは、レイの事だ。彼等の状況とは違い、平和な環境で生活を続けているレイ。一見、関係のないようにも見えるレイと、その白い機体。これらは何の関係があるというのだろうか。

「彼の力は、無視出来るものではないからです。セイントバードチームのエリィ・レイスさんから何度か、情報は聞いております。彼が日常生活を送っているという話を。しかし、彼が秘めている力は、間違いなく世界の変化に対応する力であると考えています。」

「ガンダムの力を操る者だからか。」

「それも、あるかも知れませんわ。」

ガンダム。戦争における強さの象徴。英雄的な存在とされてきたその機体を、二ヶ月と言う短期間ではあるが、操って来たレイはその度に生き残ってきた。

 彼が日常生活を送っている間に、セイントバードチームから詳細を聞いていたジャンヌは、ガンダムを駆る者の強さを信じ、その機体をレイに渡そうと考えていたのである。

「いずれは世界中が日常生活とはかけ離れた世界になっていく可能性が高いでしょう。その状況に陥った時に、選択肢を与える事は必要だと思うのです。」

「その、機体の名は?」

「彼が乗っていたガンダムが“アインス”とすれば、その次の機体……“2”に該当する名前である、“ツヴァイ”が相応しいでしょうね。」

「ツヴァイガンダム……」

レイの為に作られたという、白いカラーリングのガンダムタイプ。その機体そのものは完成している。名は、ツヴァイガンダム。

 アインスガンダムに次ぐ、MSとして開発していた機体が、完成した。新生連邦からのデータを入手しながら作り出されたMSである、この機体。どのような動きをするのかは、未知数の存在である。

「MS自体が完成していましても、後はパイロットが乗り込まなければ100%のポテンシャルを発揮する事は出来ません。ですからこの機体は、今はここに置いておくのです。“来るべき時”が来た時の為に。」

アステル家が開発したMS、ツヴァイガンダム。未知なる存在であるその機体。それに、日常生活を謳歌しているレイが乗り込む事はあるのだろうか。それは、世界情勢によって変化してくると考えられた。

 

 

 

 更に時は進んだ。七月の下旬。レイが故郷に戻ってから五ヶ月が過ぎようとしていた頃。

セイントバードチームはアステル家に依頼されていた仕事をこなしている最中だった。

 レイが日常生活を送っている中、戦闘にも巻き込まれたりした彼等。レイの代わりにアインスを託されたスバキは、すっかり愛機として定着しており、セイントバードチームの中核を担ってきたのだ。それ以外のメンバーもセイントバードを守ってきており、レイが居なくとも、彼等はMS乗りとして、アステル家の依頼を受けつつも、生き延びてきたのだ。

 エリィがレイの家に家庭教師をしている時は、ネルソンが艦長を務め、それ以外の時はエリィが務め、ネルソンはハルッグに乗り、戦闘を行った。幸い、彼等が交戦した敵勢力に、特殊強化モデルが搭乗しているような、強力な試作兵器等が居なかった事が救いと言えた。

「艦長、レイの様子はどうなんだ?最近は家庭教師として行けていないようだが……」

この日は、セイントバードに戻って来ていた日である。エリィはモントリオールとセイントバードの行き来を繰り返していた余り、少しばかり疲労している様子だった。それを心配していたネルソンが、聞く。

「レイ君は、恐らく大丈夫だと思いますよ……」

はぁと溜息を吐くエリィ。艦長席に座ってはいるが、その瞼は半分しか開いていない。

「ベッドで横になってはどうだ。艦の指揮は私がしよう。」

と、ネルソンが声を掛ける。

「そうさせてもらって良いですか……?」

何故彼女が疲労しているのかと言うと、昨日にセイントバードは新生連邦軍と交戦をしていたからだ。小規模の部隊による強襲を受け、セイントバードは損傷を受けていた。これらの対応に追われており、今、エリィは家庭教師をしている場合ではなかったのである。人手が少ないセイントバードでは、モントリオールと行き来するのは非常に大変と言えたのだ。

 その疲労が蓄積し、彼女は疲れてしまっていたのである。

「そもそも、無理が有り過ぎる。セイントバードと彼の故郷の行き来。艦長はよくやっているよ。」

「メンバーに迷惑は、掛けられませんから……それに、レイ君も心配ですし。」

「だがそれでは身が持たないぞ、艦長。」

心配するネルソン。それでも、自分を奮い立たせようとする、エリィ。

「とにかく、今は休む事だ。頼むから今は自分の身を第一に考えてくれ。これは医者としての忠告だ。何があっても安静にしておくように。」

と言って、ネルソンはエリィを部屋に向かわせた。艦長である彼女に、これ以上の負担を掛けたくないという、彼の優しさである。

 やがてエリィはブリッジを去る。その間、航行するセイントバード。

「大尉、大分艦長がサマになってきましたよねぇ。」

と言うのはインクだ。艦長席にネルソンが居るのは最初、クルーは違和感を覚えていたのだが、次第に慣れていったのである。

「そう言っている場合でもないぞ。昨日の新生連邦の連中が、別動隊に我々の事を報告している可能性も考えられるのだからな。引き続き、警戒は怠れない。」

艦長席に座り、ネルソンがそう言った時だった――

 

ウゥゥゥゥゥゥ

 

艦内に、警報音が鳴り響く。それに気づいたクルー達はすぐに、戦闘態勢に入った。

「エマージェンシー!熱源確認……え、マジ?」

「どうした?」

「その……熱源、大型クラスが、十二です……クルーに告ぎます!十二体の戦艦クラスの熱源を確認しました!!」

「十二!?敵艦が十二隻いるという事か!?」

それは、今まで彼等が交戦した事のない数の熱源だった。大型の熱源が十二体存在している。それはつまり、戦艦クラスの規模の大きさの熱源が該当数居るという事である。

 セイントバードと同じ空中戦艦以外に、新生連邦にはマドラ級という空中戦艦が存在している。これらが、今のセイントバードを囲っていたのだった――

 

ウィィィィィン

 

ブリッジ内に、エリィが姿を見せる。明らかな非常時に、彼女は困惑していた。休息を取ろうと部屋に戻ろうとした最中の出来事であった為、疲労も取れないまま戻って来たのである。

「十二は本当なの!?インク!」

慌てながらオペレータの席に向かい、自らの目で熱源の数を確認するエリィ。それが現実であると知った時、彼女は落胆した。

「そんな……しかも囲まれている……」

熱源はセイントバードの周囲を覆うように囲んでいた。明らかに逃げ場がない状況。

 敵の戦力は恐らく大多数だろう。マドラ級一隻につき、八機のMSが搭載されている。それらが十一隻あり、残りの一隻はヒエラクス級の大型空母だ。今のセイントバードチームの戦力だけで太刀打ち出来るとは考えられない。

 セイントバード一隻に対し、このような大部隊を用意していた新生連邦。何故、このような事を今になって行うのだろうか。

「抵抗するにも無理ッスね……戦力差が圧倒的ですよ。逃げ切るのも難しいかと。」

操舵士のスラッグはお手上げと言った様子で溜息を吐く。絶望と呼ぶに相応しい状況。その上で、マドラ級は砲門をセイントバードに向けている。何らかの抵抗をすれば、一斉砲撃を行うつもりなのだろう。

「投降するしかないわ……」

圧倒的な戦力差。セイントバードがいくらMS乗りの中で強い存在であるとはいえ、新生連邦の大艦隊を前に成す術もない。この数を前に、抵抗する事等無理があるのだ。

「しかし艦長、新生連邦に投降すればどのような事になるか分からないぞ!?」

艦長席に座っていたネルソンが叫ぶように言った。

 不利な状況や、負けが確定している状況となった場合、死を覚悟する必要はない。状況によっては投降し、捕虜になる事も一つの手段だ。

 だが相手は新生連邦軍。その上、元々彼等の艦であるセイントバードを奪ったのがエリィ達だ。その場合、どのような仕打ちを受けるのかは、想像すら出来ない。

「けれども大尉。このまま抵抗すれば集中砲火を浴びるのは目に見えています。そうなれば、犠牲者を生む事になります。それだけは、避けたいんです!」

エリィの意見も最もだ。勝ち目のない戦闘をするメリットがない。不本意ではあるが、新生連邦に対して戦いの意思はない旨を伝えなければならない。

「こちらは新生連邦政府軍、ヒエラクス艦長、スパイッシュ・カルディアム。貴様らは包囲されている。無駄な抵抗は止め、大人しく指示に従え。」

その時、この艦隊の旗艦であろう、ヒエラクス級から一人の男の声が。スパイッシュ・カルディアム。アルメジャン紛争で、罪なき市民の大量虐殺を指示した男である。

「……投降します。我々に抵抗の意思はありません。」

艦長であるエリィが、スパイッシュの回線に応じる。

「懸命な判断だ。これから貴様らを本部まで誘導する。覚悟しておけよ。」

そう言って、スパイッシュの回線は切れた。周囲の艦隊を見て、勝ち目がない状況である現状。彼等に与えられた選択肢は、投降以外になかった。

 しかし、問題が生じる。投降し、捕虜となったセイントバードチームはどのような仕打ちを受けるのだろうか。捕虜をどのような扱いにするのかは軍の意向に寄る。新生連邦の場合は、捕虜を捕らえた司令官にその権限が与えられる。

「艦長。あの男はアルメジャン紛争で司令官をしていたとされる男だ。確か、スパイッシュ・カルディアムとか言ったか。」

「噂で聞きましたよ。あいつ、確かアルメジャンの人々に対して虐殺行為を指揮したとかっていう……」

スラッグが苦渋の表情を浮かべ、言った。

「その相手に囚われるという事は、恐らく碌な事にはならないと予想出来るわね……」

新生連邦の捕虜になる事に対する噂は飛び交っている。いずれの噂も良いものではない。拷問は勿論、その身に対してどのような仕打ちをされるのかも想像出来ない。

 以前レイに対してギリアが言った事があった。新生連邦は黒い噂が絶えない組織であり、何らかの形で捕らえられたりした場合、命の保証はない可能性も考えられるのだ。その上相手は黒い噂が絶えないとされる、スパイッシュ。彼等の身の安全が保障される可能性は低いと考えられる。

「いやいや、投降してるのに命奪うなんてやり過ぎでしょ!?抵抗してるならまだしも、大人しく従ってるのに、物騒過ぎない?ねえ!」

明らかに焦っている様子のインク。危機的状況で、自分にとって都合の良い様に考えるのは、人であるが故なのだろう。

 しかし、現実問題、それは叶うとは思えない。彼女の希望的観測は恐らく、外れるだろう。

「そんな優しい連中ならこんな真似するかって話だよ!お前、オツム幸せ過ぎんだよ!」

「はぁ!?あんた死にたくないでしょ!嫌な事なんか考えたくないわよ!」

と、この非常時にも関わらず喧嘩をした両者。それを見て、ネルソンが呆れた様子で言った。

「この非常時に喧嘩をしている場合か!とにかく、今は流れに任せるしかない……」

その場を宥めたネルソン。しかし、状況は変わりない。セイントバードチームは新生連邦に囚われている。彼等はこのまま本部まで連行され、どのような扱いを受けるというのだろうか。

(レイ君、ごめんね……結局家庭教師の意味、なかったな……)

厳しい状況の中、エリィは一人、レイに対して罪悪感を抱く。彼にもしもの事があった時の為の、家庭教師としての立場のエリィ。それが、今回の件で無意味なものとなってしまった。もし、この状況で新生連邦軍がレイを何らかの形で拉致するなどと言った事をすれば、それはレイを守る人間が居ないという事だ。それは、本来は避けなければならない事。

 そもそも、何故新生連邦軍は今になってセイントバードをこのような形で捕えようとしているのか。確かに元々新生連邦の戦艦であり、それを奪ったのは彼等である。だが今までは彼等をまるで泳がしていたかのように、このような形で艦隊を仕向けることは無かった。これも新生連邦の力の内だというのか。その気になれば、いつでも艦を捕えることが出来るという力の誇示なのだろうか。

 いずれにしても、彼等が危機に陥ったのに変わりはない。ただ、セイントバードチームは新生連邦に捕えられ、その後の処罰を待つしか、出来なかったのである――

 

 

 

――――――――――――――――――――死ね――――――――――――――――――

 

「はっ!?」

レイはエアコンから感じた寒さと同時に目を覚ました。彼がいつも見ている悪夢によって目を覚ますという、気分が上がらない朝だった。カーテンからは僅かに日差しが入る。その光は今のレイから見れば、幻想的な美しさを醸し出していた。まるで悪夢から覚める為の、恍惚とした光だ。

 何故この夢を見るのか。それも、決まったタイミングではない。同じ夢を見るという妙な経験。始まりも、結末も同じ。いつも、男が“死ね”というタイミングで目を覚ます。

 悪夢は人によって異なり、時に見知った人間が出てくる事もある。だが彼の場合はその人間すら出て来ず、全く知らない人間に殺されるという結末を迎える。

 この気味の悪い夢の正体とは何なのか。分からない中で、レイは眠気眼を掻き、欠伸をした。

「やっぱり、分からない……」

謎の夢を見て、ただ困惑するレイだったが、Eフォンの時間を見て、目が見開かれる。今日は夏休みの前の最後の通学の日だ。引退試合も終え、受験勉強に本格的に取り組んでいくレイが、過ごす夏。勉強が主体となるが、一方でリルムとの時間も大切にしていこうと、レイは考えていたのだ。

 

 階段を降り、食卓に座るレイ。朝の挨拶を家族にし、何気なく映っているテレビを見た。

「こちらはモントリオール、カナディアンデパート前です。昨夜この周辺でMSによる襲撃があったという報告がありました。デパートは見るに無残な姿となっており、多くの人でにぎわう人の姿はそこには見られません。当局はテロ行為の可能性を視野に入れ、捜査を行っているとの事です。また、昨夜の件で政府は新生連邦政府軍の出動を要請したという情報も入ってきました。」

朝のニュース。どうやら、デパートがMSによる襲撃を受けたという、ニュース。本来カナダ国内でのMSの運用は違法だ。しかしそれを行った者がいる。恐らく、何らかのテロ行為によるものだろうか。

「物騒ね……こんな状況がもし続いたら、学校にも行かせられないじゃない。」

と、母親であるカレンが言った。

「世界情勢は悪化しているのは聞いているけど、まさかモントリオールにまで迫ってるとはな。」

父、ジュナスが言った。デウス動乱の際でも日常生活を送る事が出来る程に平和であったこの地にテロ行為が及ぶと言う現実は、由々しき事態と言える。

「怖いよ、お母さん……」

ミィスが牛乳を飲みながら、身体を震わせている。身近な環境でこのような事件が起こるなど、予想も出来なかったからだ。

「レイ、明日から夏休みよね。最近物騒になってきているから、あんまり遠出とかはしない方が良いわよ。」

「あ……うん、ごめん、今日は昼からリルムの家に呼ばれてて。ヒーリおばさんがご馳走を作ってくれるって言ってて。」

本日は学校が終わった後、リルムの家に呼ばれる事になっていた。晴れて恋人同士になった彼等を祝し、改めてリルムの母親であるヒーリがご馳走を振舞うといったのである。

「あら、そうなのね!よろしく言っておいてねー!」

カレンとヒーリは友人同士だ。そこからレイとリルムは幼馴染となり、やがては恋人同士へと発展していった。

 人の縁とは不思議なもので、母親同士の友情が彼等の仲を繋げたようなものである。つまりは母同士が仲良しでなければ彼等は出会うことさえなかったと言う事になる。考えてみれば、それそのものが不思議な事と言える。

「けど、物騒になっているからあんまり遅くなっては駄目よ。」

「うん、それは分かってるよ。」

世界情勢は不安定だ。それ故に起きる事件。ここ、モントリオールにおいても遂にテロ事件が勃発した。その中での午前中の学校というのは、不安に思うのが当然だろう。万が一子供に何かあれば、目も当てられないからだ。

 幸いと言えるのは、今回のテロの現場はベレーナジュニアハイスクールからは離れているという事だった。しかしデパートの周辺に住んでいる生徒も居る為、結局は危険な状況に変わりはないという事である。

「気をつけてね、レイ。」

母、カレンはポンとレイの肩を叩き、言った。

「うん、行ってくる。」

レイはその言葉に対し、静かに返事をしたのだった。

 

 

 物騒な事件があったとはいえ、レイの住む地区の近所は平和な街並みに変わりなかった。強いて言えば、彼がセイントバードに助けられる前にチェーニ姉妹と交戦した時に周辺の建物が被害に遭った程度か。それ以降はこの地域で戦闘等なく、経過している。デパートは被害を受けたのだが、離れている場所であり、直接的な被害を受けるとは考えにくいとされた。

(なんだろう、誰かに、見られているような……)

ふと、レイは後ろを向いた。だが誰もいない。気のせいだろうか。何者かの視線を感じていたのである。だがそれは何なのかは、分からない。

別方向を見るが、そこには猫がじっとレイに向けて視線を送っている。その目線なのかと思い、彼は安寧の溜め息を吐く。

「気のせい……かな。」

猫の視線と感じた例は、一安心する。それに呼応するかのように、猫は愛らしい、甲高い鳴き声を上げ、まるでレイを見送るかのように去っていった。

時間は、ある。今日の日が終われば暫くは学校に行かない。長期休暇期間になる。その間、世界がどのようになるかは分からないが、暫くはクラスメイトにも会えない日々が始まるのだ。

 

 

 レイは電車の中で何気なくEフォンを開き、久しぶりにSNSアプリを開いた。学校に着くまでは時間があった為、現在の世界情勢がどのようになっているのかが、気になっていたのである。

 その中で、レイはSNSのメッセージ欄の箇所が点滅しているのを確認した。普段SNSに投稿をしないレイからすれば、珍しい事であった為、気になったレイはその箇所を押す。

 そこに映っていたのは、フォロワー数が億単位である世界的歌手、ジャンヌ・アステルからのメッセージであった。憧れの存在からのメッセージに驚愕する、レイ。

その内容は長文だ。一見すればインフルエンサーからの突然の長文メッセージは、スパムメッセージのような印象を受ける。その文に関しても、例に漏れない。だが、相手はジャンヌ・アステルだ。これは、どういう事を示すのか。

『お久し振りです。世界情勢は不安定な状況が続いており、今後、どのような世界になっていくのかは不透明な状況が続いております。貴方にいつか、選択肢が迫る時が来ると思います。その力は、貴方を助けるものにもなりますが、同時に生活を変えてしまうものにもなり得ます。その時が来れば、判断して頂ければ幸いです。また、お会い出来れば良いですね。』

何の話をしているのかが全くもって理解出来ないその内容。レイは、首を傾げながらも、恐らくそれは著名人を偽って送られるダイレクトメッセージであると感じたレイは、あえてその内容を無視する事にした。

これが本物のジャンヌからのメッセージであるのかは不明だが、この時代になっても、有名人を偽って何らかの交渉を取ろうとする者はいる。それの大半は、詐欺など金銭被害に繋がる事が多い。レイはそれを不審に思い、ただ、そのメッセージを無視し、学校に着くまでの間、呆然と過ごす事にしたのである。

 

 

 

 学校に辿り着けば、会話を交わすクラスメイト達が居た。だが、ほとんどの生徒が昨日のテロ事件の話ばかりをしている。モントリオールという平穏な環境を脅かす存在は、瞬く間に話題になるのだ。

 レイも、モークとその話題をしていた。どういった存在が、デパートの襲撃をしたのか等。

「世の中物騒だよなぁ。所詮テロリストって頭おかしい奴等の集まりだろ。普通に暮らしてる人間を襲って何になるって話だっつーの。」

事情を知らないモークはテロリストを只の迷惑な存在と決めつけ、他の話をする。確かに、一般市民からすれば彼等の存在は迷惑と言える。それによって犠牲者が出る事は、本来あってはならないのだから。

「気になるのは、MSを使って襲撃したってところだけれど……」

“MS”という単語を出した時、モークは微笑し、言った。

「お前、あのロボット本当に好きだよな。」

「MSはロボットじゃないよ!兵器なんだよ……」

自らの体験があるが故に、それを語るレイ。彼のように、元々MSの事が好きな人間はMSをロボットと呼ぶことを嫌う。“ロボット”と言う呼び方はどうにも、人型のコミカルなキャラクターをイメージしてしまうからだろうか。

 実際、MSは兵器だ。多くの人間を殺めるのに十分な効果を持つ、兵器。戦闘機や戦車などと変わらない存在、MS。レイは最初、それが好きだった。だが今は好きと素直に呼べなくなっていた。こうしたニュースが聞かれた時、レイはモーク達以上に敏感に反応してしまうのだ。

 やがて教壇にリアン・マーキュリーが現れた。しかし、その表情は険しい。明らかに何かがあった様子のリアン。普段、担任教師が教壇の前で喋っていてもお構いなしに喋るお調子者等が居るのだが、そうした生徒ですら、彼女の違和感に気付き、黙っていたのだ。

「えぇ、皆さん。非常に大切なお知らせがあります。訃報をお伝えしなければなりません。」

訃報。まさかこの場にそのような事を聞くとは思わなかった。騒然とするクラスメイト達。

「訃報って……?」

「誰かが死んだって事?」

誰もが耳を疑った。誰が亡くなったのか。この場で訃報を伝えるという事は、恐らく知っている人間に不幸があったとしか言い様がない。

「三年C組のクラスメイトである、フィジット・ジーン君が、昨日のカナディアンデパートの強襲に家族さんと共に巻き込まれ、死亡が確認されたとの事です。」

その名は覚えがあった。いや、正確にはレイがリルムに対して好意を抱くきっかけとなった人物と言うべきか。

 フィジット・ジーン。レイが一年生の時に同じクラスメイトだった少年。クラークス・ミラックと仲が良かった人間であり、レイとも何度か交流があった。その人間が、昨晩の襲撃で死んだというのだ。にわかに信じられない出来事に、クラスメイトは騒然とした。

「フィジットが、死んだ……?」

死と隣り合わせでない、穏やかな日常の中で聞かされた、“死”。それは元々病気がちだったとか、事故といったたぐいのものではない。明確に、殺された事から来る、訃報だ。

 信じられる筈がない。確かに、レイにとってフィジットとはそれなりに喋る仲ではあった。だが、親友という程の関係ではなかった。それ故に、レイにとっては赤の他人という訳ではないが故に、突然の訃報は衝撃と言わざるを得ない。

「皆さんが動揺する気持ちは、よく分かります。ですが、私達に出来る事は、今はただ、黙祷を捧げる事しか出来ません……全員、黙祷。」

リアンの言葉に応じ、クラスメイトは皆が静かに目線を落とす。目を閉じ、沈黙が訪れた。

 束の間の時間ではあったが、この僅かな時間は皆が気持ちの整理をするのに十分な時間と言えた。特に、交流していた人間からすれば衝撃以外の何者でもないだろう。

 フィジット・ジークは友人こそ少ないが、レイにとっても交流していた人間の一人。故に、レイには僅かでもその時間が思い出されるのだった。

(フィジットに限って、こんな……こんなのって……)

知人の訃報を聞き、レイはショックを受けている。まさか、死とは無縁とされるようなこの場において同級生の不幸を聞くなど、想像する事が出来なかったのだ。

(クラーク、悲しむだろうな……あの二人は仲が良かったから……)

フィジットと仲良くしていたのはクラークスである。クラスが違うとはいえ、時折交流していたレイにとって、友人を亡くしたのと同意義の出来事と言えたのだ。

「それで、今回の件や、世界情勢の悪化を受け、明らかに、今は世界的に見ても、明らかに非常時であるとカナダ政府より宣言が今朝より出されました。この事もあり、明日からは暫く、学校は休校とさせて頂く事になりました。」

更に、リアンの言葉が響く。突然の休校宣言に、クラスメイトは更なる動揺を隠せない。

「いつ、学校が再開になるのかは現時点では未定です。世界情勢が少しでも回復の兆しが見られれば、休校解除にはなるかも知れません。明日からは夏休みですが、再開の目処が立っていない以上、皆さんは自習をしっかりと行い、受験勉強を怠らないようにして下さいね。」

結局のところ、どのようになるのかは学校側も不明という事だ。“受験”と言葉を出したリアンではあるが、世界情勢が不安定であり、身近にテロの脅威が迫っている状況で勉学に励む事ができる人間など、果たして居るのだろうか?

「じゃあ、明日から暫く学校が休みって事ですか?」

「そうですね。再開の目処が立ってないので。また、学校から連絡はしていく予定です。」

この時のリアンの言葉が、冷たく聞こえた生徒は少なくない。しかしリアン自身もこの未曾有の事態に対し、困惑して居るのだ。誰もが初めての体験をする時、どのように対応すれば良いか分からないのと同様なのである。

「遊びまくれるじゃん!」

「大人しくしてろって先生言ってるよ?」

「じっとなんてしてられるかよ!」

恐らく、家で大人しく受験勉強をしている人間というのは少数だろう。彼等のような、ティーンエイジャーならば尚更だ。今までの当たり前の日常が崩れる事があっても、人は簡単にそれを受け入れる筈がない。それを、正常性バイアスという。都合の悪い情報をシャットアウトし、都合の良い上方のみを取捨選択し、それを受け入れる。長く平和な環境で過ごして来た人間ならば陥る現象だ。

 モントリオールは平穏だった。だから、このような非常時でも正常性バイアスが働きやすい。それが例え、同級生をテロ事件で失う事になったとしても……だ。

 結局は自分が可愛い人間が多いのが現実だ。いくら黙祷をしようとも、先が見えない長期休暇を見て喜ぶ生徒が多いのが現実。目先の事しか見えない人間が多い。それが、現実なのだ。

(こんな、こんなのって……)

レイは、一人落胆していた。クラスメイトの冷たさ、無関心に。けれども、それが人なのだろうか。レイは、一人複雑な表情を浮かべるしか出来なかったのであった。

 

 

 

 通学最後の日は終わった。この日から、暫く彼等は学校に行く事はない。世界情勢に対して危機を抱いたカナダ政府の独自の宣言により、学校生活は終了する事となった。

 しかし、レイは約束を果たそうと考えていた。知人が亡くなった話は暗く、辛い。それでも、ヒーリが祝福してくれるのならば、それに応えたいと思う、レイであったのだ。

「レイ……」

レイの暗い表情を見て心配するリルムは、自らの左手を胸元に近付け、ただ、心配していたのであった。

 

 

 リルムの家で食べる昼食は美味だった。ヒーリはレイに対して精一杯のもてなしをする。彼等が交際していることを知っているが故のもてなしは、束の間の癒しと言えた。

「二人がまさか付き合うなんてねー!レイ君、遠慮しないでじゃんじゃん食べてねー!」

「あっ、はい……!美味しいです!」

ヒーリの好意は受け取らなければならないと思っていた。確かに、料理は美味しい。しかし、その味も喉の奥で虚しく通り過ぎていく。味はするのだが、何故だろうか。何処か、心から満足した気持ちになる事は難しかったのである。

 その場にはヒーリとリルムが居た。リルムの父親は仕事に出ており、家には居ない。しかし、そこに姉のヒューナがいないのには僅かながら違和感を覚えていた。

「あれ、ヒューナ姉さんは?」

「部屋じゃないかな。」

食卓に姉の姿が居ないのも妙な話ではあったが、私用があるのだろうと思い、レイは気にしないようにした。

 この時、レイはこうした時間をより、大切にしたいと考えていた。身近に迫った死の恐怖を感じ取ったが故に、リルムと居られる時間や、その家族とも一緒に過ごしていきたいという考え。かけがえのない日常を送る事が危ぶまれつつある状況で、レイは一人、心に思っていた。

ただ、その中でヒューナ・エリアスの姿がいない事が気になってはいた。リルムの母親と、リルム。そして彼女の姉の存在。別に自分が居るからといってヒューナに不利益が被る訳でもないのに、何故?

レイは一人、疑問を抱きつつも、出された昼食を一つずつ食していく。様々な感情を抱きながら、ゆっくりと。

 

「ごめん、リルム。少し、トイレ借りるね。」

そう言って、レイは席を離れた。リルムはヒーリと、何気ない会話をする。いや、正確には今日あった出来事に触れないような会話をしていると言うべきか。

 せっかくのレイが遊びに来た日であると言うのに、同級生の訃報を母に聞かせるのも苦痛であると、リルムなりに配慮をしていたのだ。それは、レイにとっても同じ事であったのだ。

 

 やがてトイレに向かおうとするレイ。廊下を移動し、そこへ行こうとした時だった――

 

ガシッ

 

レイの腕に、何かにつかまれた感触を覚えた。慌ててその方向を見るレイ。そこに居たのは、リルムの姉であるヒューナ・エリアスであった。

「や、レイ。」

「ヒューナ姉さん!」

ヒューナに会うのはモークの事で悩んでいた時にリルムと立ち寄ったカフェで以来だ。その際、彼女はアルバイトをしていた。ほぼ、下着と変わらないようなホットパンツに黒いブラジャー姿。その、夏服の彼女の姿は目のやり場に困るような格好をしており、レイに恥じらいを与えるのに十分と言えた。

「ちょっち聞きたいことがあるんだけどさ。」

「えっと、何……?」

胸の谷間が見えている。まるでそれを見せつけるように近づくヒューナ。

「リルムとは、何処までヤったの?」

と、レイの耳元で囁くヒューナ。それを聞き、レイは顔を赤めた。

「ちょっ、姉さん!」

その様子を見て喜んでいるヒューナ。明らかに悪趣味であり、レイを揶揄っているようにしか見えない。

「付き合ってるんだったらキスは当然だろうし、なんだったらその先は普通するでしょ?リルムの胸は触った?乳首は?それともあんたのアレを触らせたり舐めさせたとか?」

容赦のない品の無い言葉は、レイを余計に困惑させる。リルムとそのような関係になる事を、レイは考えてすら、いなかった為であった。

「最低だよ!そんなの……」

「いや、そんな訳無いじゃん。はぁ、その様子だとまだ何も手を出してなさそうね。つまんな。」

と、言いながらヒューナは両腕のストレッチ運動を行い始めた。

「あんたら幼馴染同士がその先に発展する事に凄く興味あるのにさ、そりゃ無いわ。互いに知った者同士なんだから遠慮なくヤればいいのに。姉のお墨付きなんだからさ。」

そうは言うが、互いに知っている者同士であるが故にそれらの行為が躊躇われる事もある。レイとリルムは仲良い関係であり、いくら交際を始めたとはいえその先に進むには、恐らく常人以上の勇気がいると考えられた。

 人は長い時間共に過ごせば返ってその先に進む事を躊躇う事がある。レイの場合、それらが著明に見られるのであった。

「……姉さんなんか知らない!そんなの、僕はっ……」

慌てふためくレイは急いでトイレに向かった。その様子はヒューナにとっては嘲笑の対象以外の何者でもなく、ただ、彼女は笑っているだけだった。

 しかし、その一方でヒューナはどこか、悲しげな表情も浮かべていた。この対比は一体何を示すのか。レイの見えない所で見せる、ヒューナ・エリアスの表情。それ程にリルムと添い遂げて欲しいと願っているのだろうか。それは、分からないのであった。

「ホント、つまんないの……ホントに……」

ヒューナは、密かに呟いていた。

 実際、今のレイにそのような言葉を言われても反応に困る。今朝の訃報から始まった今日一日の出来事は彼自身も混乱しているのだ。なのに急にリルムとの秘め事に関わる話をされても、レイは困惑するばかり。そのような事情を知らないヒューナは、レイに対して呆れている様子だったのだ。

 

 

 

 ヒーリの家で昼食を馳走になったレイは、エリアス家を去ろうとしていた。本当ならば午後からリルムとデート等をしたいと考えていたのだが、モントリオールの治安の問題や、今朝の訃報の件もあり、今日は家に戻ろうと、考えていた。その事をリルムに伝えると、快く承諾してくれていた。

 玄関先で、リルムが見送る。彼女の表情は、ヒーリと過ごしていた時とは違う表情をしていた。やはり、彼女も今朝のフィジットの訃報の事を気にしていたのだ。

「レイ、今日はもう家に居た方が良いよ。その……色々と、あったし。」

フィジットに告白された事があるが故に、訃報を聞き、複雑な心境であったリルムはレイに言った。

 日常生活を送る中で聞くクラスメイトの不幸は、そこまで大きく関わっていない人間であれ、気持ちを滅入らせてしまうものなのである。

「うん、そうする。ありがとう。楽しかったよ。」

フィジット・ジークの訃報が心の片隅で気になっていたが、今は昼食に感謝するしかない。その時間も、レイにとってはかけがえのない時間の一つなのだから。

 そのまま、レイは家を離れようとした。だが、彼はふと、振り返り、リルムの方を見た。

「あのさ、リルム――」

違和感を覚えたのは、その時だった。リルムの姿が、ない。ほんの、先程まで彼女と分かれたばかりなのに、何故?

 急用があって、すぐに家に入らなければならなかったのか?それにしては、早過ぎる。彼がエリアス家を離れたのは3秒にも満たない。それに、ドアが閉じられる音も聞こえていない。ならば、何故リルムの姿が消えたと言うのか。

「リルム……?」

ドアの方を見ても、リルムの姿はない。

 だが視線を右側にやった時、レイは近くに黒い車の存在がある事を確認した。一見すれば違和感なく存在している日常生活の一場面に見える。しかし車のドア越しに見えたジュニアハイスクールの生徒の足に見覚えがあった。セーラー服と、そのスカートに、覚えのある足の形。紛れもなく、リルムの姿とはっきりと分かった。

 彼女は、何者かに連れ去られようとしていた。レイが振り返る、僅か三秒の時間の間の出来事であった――

「リルム!!」

誘拐だと、レイは直感した。しかも、白昼堂々の誘拐。まして、家の前でそれが行われると言う事実。

レイは迷っていられなかった。リルムの足が見えたのなら助けなければならない。一目散に車に向かって走る。ただ、無我夢中に――

 

ジャキン

 

だが助け出そうとするレイを、一つの鈍い、銃器の音が止めた。後頭部に冷たい、金属の感触を感じたレイはピタリと立ち止まる。それも、本能的な直感なのだろうか。身の安全を最優先しなければと、考えるレイはリルムが連れ去られるのを、見ているしか出来ないのだ。

(どうして……!)

振り返ろうにも、それが出来ない。下手な事があれば撃たれる可能性があったからだ。しかし、銃を構えている人間が何者なのかは分からない。

 暫くして、車は発進してしまった。彼は目の前でリルムを逃してしまう事となってしまったのである。銃を構えている人間が何者か分からない上、リルムを助け出せないという悔しさで一杯になる、レイ。

「目の前で彼女を連行されるのを見ているだけなんて、悲しいわね」

女性の声が聞こえた。やや低く、どこか妖艶な声色。しかし、どこかで聞いた覚えのある声だ。

「この声……」

「フフ、覚えてくれてるのね。随分と、久し振りね。」

振り返らなくとも、声だけで分かった。聞き覚えのある声。それも、日常生活で聞いた声ではない。戦場で、聞いた声だ。敵対している人間……それも、女性。レイにはある一人の女性の名前が浮かんできた。

「フォリアさん……!?」

フォリア・チェーニ。リンセと共に、姉妹でガンダムタイプのパイロットをしている女性だ。艶やかな雰囲気を醸し出す美女。その彼女が、この場にいる。そして銃を持ち、レイを脅しているのだ。

「振り向いてもいいわよ、学生服の坊や。」

その時、フォリアは銃口を突きつけるのを止めた。その瞬間、レイはすぐに後ろを振り向く。

 見覚えのある、美しい顔だ。いつもは戦場で、コクピット越しにしか顔を見なかった為、実際に生身でフォリアの顔を見るのは初めてであったのである。敵ではあるが、彼女の顔つきの美しさ、艶やかさにレイは一瞬ではあるが見惚れてしまった。

「実際にこうして貴方を見ると、なんて愛おしいのかしら……」

そう言った時、突如フォリアはレイの頬を触り始める。妙な色気を漂わせた女性からの行動に、レイは警戒しつつも、困惑する。

「どうして……貴方がこんな所に?」

レイの疑問も最もだ。セイントバードチームに所属していた時に交戦していた、敵である筈のフォリアが、レイの日常生活の中にいる。その事に違和感を覚えていたのである。

「そうねぇ、時間も無いし単刀直入に言おうかしら。」

そう言った時、再びフォリアは銃を構えた。武器を持たないレイにとって、彼女の持つ銃は脅威以外の何者でもない。今の彼は、ごく普通のジュニアハイスクールの生徒なのだ。抵抗する手段など、ある筈がない。ただ、それに怯えつつも、彼女の顔を見続けるしか出来ない。

「新生連邦はね、貴方の事を欲しているのよ。貴方のその、パイロットとしての力をね。」

「力を欲してる……?どういう、事ですか……?」

「そのまんまの意味よ。ガンダムに乗っていた貴方の実力を、新生連邦は高く評価してるの。だから、貴方の身柄を確保しに来たという訳。」

「そんなの!僕は只の生徒ですよ!見たら分かるでしょう!?」

もう、自分は戦場とは関係のない環境で生きているのだ。それなのに、何故急に新生連邦が介入してくるのか。

 だがその時、以前にエリィが言っていた事が関係していると、感じた。それと同時に、エリィの言葉を思い出す。

 

――――――――――――目を付けられても仕方がない事なの――――――――――――

 

――――――――――新生連邦軍は、何をしてくるか分からないからね――――――――

 

(それが、今って事なの……?)

エリィはレイに対して警告はしていた。だがそれから時間が経過しても、新生連邦がレイを襲って来るような事はなく、平和に時は流れていた筈だった。

 まさか、ここに来てエリィの言っていた事が現実になるなど、予想もしなかったのである。

「自分を正当化してる時点で愚か者だわ、貴方は自分の立場というものを全く理解していない。」

フォリアの突き付けた銃口が、レイの眉間に近付く。その事が、よりレイを緊張させるのだ。

「どうやら、暫く会わない間に随分と平和ボケをしてしまったみたいねッ!!!」

 

ドゴッ

 

それは、一瞬の行動だった。フォリアは銃のマガジン部分でレイの後頭部を思いきり殴ったのである。この行動に対応出来なかったレイは、瞬く間に意識を失う事になってしまった。

 身動きが取れないレイの身柄は、フォリアの腕に包まれる。そして、彼女は動かないレイの身体を静かに運んでいく――

 レイの日常は、急に終わりを迎える事となった。日常の場面に出現した敵は、レイを戦場へ誘う存在へとなりゆくのだろうか――

 

 

参考文献

※1ニック・レーン(著)斎藤隆央(訳)『ミトコンドリアが進化を決めた』p.1みすず書房、

2007年より一部改変

 




第三十九話、投了。

アドバンスドタイプとは何かという事が分かった話でした。
そして、レイの日常は再び一転して行く……
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