機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

52 / 125
後継機、登場。レイに与えられた、新しいガンダム。


第四十話 ロール・アウト

 

 数日前、シュネルギア内にアレンとジャンヌが合流していた。ただ、その中に居た別の人物を見て、ジャンヌは驚愕している様子だった。

「まあ、アレン。ココットさんがどうしてこちらに?」

あろう事か、アレンの恋人であるココット・メルリーゼがこの場にいた。日本で外資系の会社に勤めている筈の彼女が、何故ここに居るのか?

「ジャンヌさん、お久しぶりです!私……力になりたいと、思いまして……!」

ジャンヌには遠く及ばないとはいえ、ココットも相応の美女と言える。ジャンヌが麗しさを漂わせているのならば、ココットはどこか、可憐な印象を持つ美女と呼べる。

 ある種、アレンは両手に華を抱えているようなものだ。ジャンヌとココットという、美女同士を抱えている、アレン。

「力になりたいというのは、どういう事なのですか。」

当然の疑問だ。だが、それに対してアレンが答えた。

「ジャンヌ、これには少し事情があって……」

何故、ココット・メルリーゼがこの場に居て、ジャンヌと顔を合わせているのか。その経緯について、アレンは語る。

 

 

 その日から一週間前。ココットに会いに日本へ向かっていたアレン。その頃も世界情勢は不安定であり、小規模な紛争が世界各地で相次いでいた。その際にも、新生連邦軍に寄る平和国連盟への強襲は遠回しに行われている状況だった。

 危険とも言える状況ではあったが、最愛の人間に会いたいと思うアレンはただ、日本へ向かい、彼女の家に居た。メッセージでの交流は何度かしてはいたが、それ以上に直接会い、話をする事で彼等の心は満たされていくのであった。

 その中、アレンは何度か彼女に会っていた際にパーティの話等をした。そこで体験した壮絶な出来事や、生死を彷徨い掛けた事、そして、ジャンヌのスキャンダル等。

 幸いなのは、ココットに理解があった事だ。スキャンダルにはアレンの姿が映っている。しかし、その事に関してもココットは理解を示していた。事情を理解していたのである。この時の行動の理由は、錯乱し、意気消沈していたジャンヌを支える為の行動であると、理解していた。そうした事に対しても許容できる彼女の心は、寛大と言えた。

「アレン、あのね……ずっと、言いたかった事があるの。」

「ん?」

部屋の中で、ココットが言い辛そうに、言った。

「やっぱり、私……アレンと共に行動したい。世界の事を考えているアレンの話を聞いてて、私、このままじゃいけないと思うの。だから……」

それが何を意味するのかは、容易だった。彼女の言葉を聞いたアレンは、目を見開き、何度か瞬きをした。

「え……?それってまさか……」

「私も、一緒に行きたい。その為だったら今の仕事を辞める。ジャンヌさん達と行動して行きたい。」

デウス動乱を経験している人間であるココット。だが彼女は当時、非戦闘員であった。あくまでも、当時の連邦軍の特殊部隊に守られている立場の人間。彼女は救われた民間人の一人に過ぎない。

 そして、戦争中に彼女は宇宙に放り出された。そこから奇跡的な生還を果たしたココット。それが、今に繋がる。

 その、彼女が発言した、“ジャンヌと行動する”と言う事は、つまり戦前では民間人として行動していた彼女が、何らかの形で共に戦って行くという事を示すのだ。

「ココット、冗談ならその発言は止めた方が良い。安易な世界じゃない。デウス動乱ではないとはいえ、命に関わる。前言撤回をしてくれ、ココット。」

アレンは懸命にココットを止めた。一度生死を彷徨った筈の彼女が、アレンと共に行動をしようとしている。それが、どれ程危険であるのかは、経験をしていたアレンならば容易だ。だから、止める。それが、互いに一緒にいる時間を妨げる事になったとしても……だ。

「前言撤回なんて、しない。実はね、もう、退職届は出したもの。今日で、最後だったんだ。覚悟は、決めてるんだよ。」

まさかの行動だった。躊躇いなく、退職をしたというココット。それはすぐに受理され、彼女は今、職なしの状態になっていたのである。

「それでも、君を連れて行けるか!ただでさえ、一度は死にかけた人間が、どうして危険を冒そうとするんだよ!一緒にいようとしてくれるって気持ちは嬉しいが、それだけじゃ成り立たない事なんだよ!」

懸命にアレンは説得する。大切に思うが故に、彼女を巻き込みたくない。ただ、その一心だ。しかし――

「それってアレンも同じじゃない」

ココットは、冷たく言い放った。

「アレンも戦争の最後に行方不明になったって言ってた。それって私と同じって事だよ。お互いに同じ経験をしているのに、どうして私だけが特別扱いなの?おかしいと思わない?」

戦闘員と非戦闘員の違いと、アレンは伝えたかったのだが、まるでそれを先読むように、ココットは言った。

「アレンはパイロットをやってるから、戦わない私を巻き込めないとか、そういう話なら聞かないからね。」

決意に満ちているココットの表情はアレンを困惑させる。言おうとした言葉を先に言われ、彼はどうすれば良いか分からずに居た。

 沈黙が、5秒程度続く。その中で先に口を開いたのはアレンの方だ。

「俺だって、君と一緒に居たいんだよ!けど、君には平和な環境で過ごして欲しいんだ。俺が無事に帰ってきたとしてさ、その……俺を、迎え入れてくれる存在……として。」

その際、アレンは気恥ずかしそうに言った。格好の付けた言葉は、恥じらいをさせるのだろうか。

 だがそれを聞き、ココットは突如、笑みを浮かべ始めた。

「フフッ……クスッ……なんか、アレン、本当に格好つける言葉好きだよね!昔からそんなこと言ってたっけ!」

ココットの笑みはその場を和ませる効果があった。互いに譲らない者同士の話の中で笑みが出る事は、ある意味幸運と言えた。

「格好つけてる訳じゃない!心配なんだよ!君が!だから……」

「だから、私がアレンと一緒に居れば良いじゃない。あと、勘違いしては行けないけど、私だって使命感持って、動いていきたいと思ってる。何かの役に立ちたい上でアレンと一緒に居たい。ただ一緒にいるだけじゃ、それは我儘なのは分かってる。」

彼女なりの考えだ。一連のアレンの行動を見て、考えを改めていたココットが導いた決断。それは、揺るぎのない意志と、言えた。

「だから、役に立つ為に私も行動したいの。今の世界がおかしくなっているのなら、少しでも立ち向かいたい。私はアレンに相応しい人で居られるのなら、それが望みなの!分かってよ!」

そう言いながらココットはアレンの胸を叩く。彼女の表情、行動。それらは紛れもないものだ。最愛の人間を前に、自らが出来る事をしたいという、決意。アレンは、彼女からそれを感じ取っている。

やがてその意志の強さはアレンの心を動かす。それ程、自分の事や世界の事を思っているのならば、実際にジャンヌに会わせるべきか……と、彼は思っていた。

「そこまで言うのなら、一緒に来る?」

アレンの口が静かに開いた。それを聞いたココットは、黙った。それと同時にアレンの顔を見上げ、見つめる。

「本当に!?」

「ただ、ジャンヌがどう言うかだ。お遊びじゃないんだよ。君がどのような役割を果たすのかも分からない。だから、一度ジャンヌに会ってから決めて貰う。それで良いだろう?」

「嬉しい……!」

ココットは白い歯を浮かべ、アレンを抱き締めている。それ程に嬉しい感情を溢れさせていた。

その一方で、アレンは複雑な心境だった。本当ならば巻き込みたくない彼女を巻き込むという事は、避けたかったのだが、それを止めることが出来ないというのが、彼の中で迷いを生じさせることとなったのである。

 

 

 

 時は進み、ローマ、アステル家にて。ココット・メルリーゼはジャンヌと会っていた。知人同士ではあるが、立場は明らかに違う、ジャンヌとココット。アレンに関係する両者がこの場で再会し、ジャンヌは彼女の存在に、驚愕しているのだった。

「ココットさん。一つ、貴方にお伝えしておきたいことがありますの。」

ジャンヌは改まった様子で言った。これから彼女が起こそうとしている事の、概要について語るのだ。

「元々、貴方は民間人であるとアレンから聞いています。私達と共に行動するという事は、今後何らかのトラブルがあったとしても、責任は全て自分に降りかかるという事です。もしそれを受け入れられないのならば、日本で別の企業への就職を勧めます。それからキャリアアップを積んで行かれる方が貴方の為になります。そして、それがアレンを支える事にも繋がっていきます。自らが戦場に出て行くような必要はありません。」

ジャンヌにも、そのように言われた。アレンが気にしていた事を、ジャンヌが代弁してくれたのだ。それにより、一層説得力が増すと、考えられた――

「アレンから聞いていますけど、ジャンヌさんだってこんな事をせずとも歌手活動をしていれば、それで平和に繋がると思うんですよね。じゃあ、どうして戦艦なんて持ち出してるんですか?」

ココット・メルリーゼは洞察力に優れている人間だ。それ故に、やや尖った質問をする事がある。ジャンヌはココットに質問された時に、答えた。

「新生連邦軍を止めるには、力がどうしても必要です。私は歌を歌い、世界中の人々を癒す事を、戦後になって生き甲斐としてきましたが、それだけでは駄目なのです。私は多くの人間を間接的とはいえ、殺してきました。ならば、その力は使って行かなければならないと、考えているのです。」

ジャンヌの答えに対し、ココットは言った。

「それに賛同するのは、どうして駄目なんですか。少しでも人が多い方が心強い筈なのに?」

「……貴方は変わられましたね。戦後になり、意思を持つようになったというべきでしょうか。」

戦前のココットは、怯えている事が多い人間だった。だが一度生死を彷徨った事のある彼女は、その経験が契機となったのか、それ以降は彼女の中で決断をする事が出来る、女性へと成長していたのだ。

「いつまでも足手纏いで居たくないんです。戦時中だって……私、アレンの足を引っ張る事しか出来なかったから!だったら、せめて……!」

ジャンヌ自身も、ココットの強い意志を感じていた。この言葉が、何の経験もない人間の言葉ならば、所詮戯言と認識されるだろう。

 だがココットは戦争を経験している。直接戦闘等の経験をしたわけではないが、生死を彷徨った事のある経験がある事もあり、彼女の言葉に説得力は、あると言えた。

「成程。貴方は戦時中に宇宙空間を彷徨ったと聞いています。その中で生還し、死の恐怖を経験したのにも関わらず貴方は私達と協力すると申し出て下さりました。その意志を、認めたいと思いますわ。」

経験は人を強くする。増してや、ココットは死と隣り合わせの経験をした。民間人であるにも関わらずに。今、彼女は死と無縁の生活を日本で送ってはいたが、それでも“死”を恐れず、アレンと共に居たいというその強い意志を感じたジャンヌは、ココットをシュネルギアのクルーに迎え入れる事を、決めたのであった。

「歓迎しますわ、ココットさん。共に戦いましょう。」

そっと、ジャンヌは手を差し出す。それに対し、ココットは手を取った。

 この瞬間、アレンの恋人である、ココット・メルリーゼはシュネルギアのクルーになった。日本での外資系企業を辞め、新たな活動拠点として、混迷する世界に立ち向かうメンバーとして闘う事を、決意したのである。

「その前に、一つ確認させて頂きたいのですが、ココットさんは日本の外資系企業でどのような役割をされておりましたか。」

その時、ジャンヌはココットに質問をした。ある種の入職試験のような、質問だ。

「主にはオペレーターです。けれども、その時に高い評価を頂いた事はあります。」

企業勤めの中で、ココットはオペレーター対応をしていた。その機敏な対応力は彼女の武器となり、様々な対応をこなすことが出来たという。

「では、貴方にも近々シュネルギアのオペレーターを務めて貰う時が来そうですね。一度、シミュレーションを行いましょう。それで確認させて貰えればと、思いますわ。」

シュネルギアのクルーになる為には、ジャンヌが自ら試験官となるのだ。

 共に戦う事は決定した。しかし、問題はココットがオペレーターとしての器量があるのか、どうかという所だ。

 アレンは今後、ココットとジャンヌという、二人の美女と共に戦って行く事となる。かつての戦争を経験した者達がこの場に集い、そして、新たなる混迷に立ち向かっていくのである。

 

 

 

「あれ……ここは?」

一人の少女が、見知らぬ場所で目を覚ました。どこかの床に置かれている様子だった。そこは今まで見て来た景色とは全く異なる場所。

今まで、ごく普通の生活を送って来た少女、リルム・エリアスは気を失っていた。やがて目を覚まし、気が付けば、全く覚えのない場所に居たという事になる。

 自分は、どうなったのか。何故ここに居るのか?そもそも、ここは何処なのか?気が付いたリルムは、不安に駆られる。一つ言えるのは、明らかに日常場面と異なる環境であるという事だ。家でも学校でもない。行きつけのショップでもない、その場所。リルムは本能的に恐怖を感じた。何よりも、自分が床に寝かされているという事が恐怖だった。その扱いの悪さを、感じていたからである。

「目、覚めた?」

リルムの動きを見て、一人の女性の声がした。慌ててリルムはその方向を見る。

 そこには、水色の髪色をした愛らしい顔立ちの女性である、リンセ・チェーニの姿があった。腕を組み、リルムを見下すようにじいっと見ている。まるで、リルムを睨みつけるように。

 見知らぬ場所で、突如見知らぬ女性に、腕を組み、その上睨みつけられている光景はリルムにとって恐怖以外の何者でもない。リンセが一体何者なのかも分からないのに、その高圧的とも言える態度はリルムを恐怖させる。

「あんたがいるからお姉様と一緒に行動出来ないし、ホントつまんないわ。いくら命令とはいえ、嫌だなぁホント。」

そう言いながらリルムの顔を覗かせる。それも、至近距離で。その様子は、まるで初対面の人間に対する態度ではない。適切な距離感が、取れていないリンセ。リルムは彼女を、恐怖に感じている。

「あ……の……?」

今までにない事を経験しているリルム。目の前に居る女性が何者かも分からない為、余計に恐怖を抱いているのだ。

「あんた、ここが何処かって聞きたいんでしょ?分かるぅ!そりゃ、連れられてこんな所で目を覚ましたら聞きたいのもトーゼンだよね!」

何を言っているのか。連れられた?それは、誘拐という事なのか。では、何が目的で誘拐をしたというのか。

「その……私……もしかして……誘拐……されちゃったんですか……?」

恐怖で一杯になったリルム。しかし、この場で話すことが出来る相手はリンセ以外に居ない。その事が、余計にリルムを恐怖で震え上がらせる。

「あんたさ、誘拐なんてされたコトないでしょ?そりゃそーか。その反応見る限り、あんた相当平和ボケしてきてる感じだもんね。」

リンセはリルムの動作を見て、見抜いた。それは無論、合っているのだが。だがリルムが得たい情報を、全く言う様子がないリンセ。その為、リルムからすれば何が何だか、分からないのである。

「一言でいえばあんたは囮よ。あの男の子……レイって子をおびき寄せる為の。」

「レイ……?レイが居るんですか!?」

知っている名を聞き、リルムの恐怖は少しばかり緩んだ。“レイ”の名前。今の彼女を安心させる、ワード。それがリルムを僅かに、リンセと言う恐怖の対象に対しても話をしようとするきっかけとなる。

「隣の部屋にいるよー。ふぁぁ。」

欠伸をしながらリンセは、言った。

「会わせてもらえないんですか!?レイに!」

だが恐怖の感情のコントロールを、失い過ぎていたリルムは、その行動が命取りになる事をまだ理解出来ていなかったのであった。

 リンセの眼は大きく見開かれ、上下の歯を食い縛り、握り拳を作った。この様子は、リルムを恐怖させる効果を持った。

「はぁ!?抜かしてんじゃないわよ!会わせられる訳ないじゃん!あんたとレイを分ける!それが仕事なのにさ!」

高圧的な態度はリルムを驚かせ、彼女の中の、レイと言う希望を失わせる。

初対面である上、高圧的な人間を見て、恐怖しない人間はいない。仮に恐怖しないとしても、得体の知れない存在と認識するだろう。リルムから見たリンセが、それに該当するのだ。

「あぁ……あああ……」

震えているリルム。突然の威圧に少女は戸惑い、恐怖している。何も分からない場所で、威圧を見せる女に恫喝され、恐怖を感じているのだ。

「しかし、駄目ね。やっぱり刺激が足りない……ねえ、あんた。」

リンセは一度溜息を吐いた。そして、リルムに言う。

「頼みがあるんだけどさ。私を蹴ってみてよ。」

リンセがそう言った後、突如軍服を脱ぎ始めた。上下の服を脱ぎ、瞬く間に下着姿になる、リンセ。しなやかな肢体とは裏腹、そこに映る打撲痕や傷跡が痛々しく、映っていた。

 だがリルムはこの突然の行動に恐怖するばかりだ。何故突然服を脱ぎだしたのか。その理由が不明だからである。それに、蹴るという事はどういう意味なのか。

「蹴るって……?え……」

訳が、分からない。動揺するリルム。

「そのままの意味よ。早く蹴りなさいよ。刺激が欲しいのよ!早く!」

そう言いながら、リンセは側臥位姿勢をとった。まるでリルムを待ち構えているかのような行動。突然の理解不能な行動は、更にリルムを混乱させる。

「早く蹴りなさいよ!その足で私を思いきり蹴ってよ!こんなコトされて憎いでしょ!ねえ!!!」

自らを蹴るという命礼を下すリンセ。これも、ハラスメントと呼べるものなのだろうか。

 リルムは明らかに不快に感じている。だがそれを、勧めようとするリンセ。何故この女はそれをさせようとするのか。それは、リンセ・チェーニがマゾヒストであるが故の行動なのかも知れないのだが、姉が居ない状況では、拉致した筈のリルムを利用して己の快楽を優先しようとしていたのだ。

「何躊躇ってんのよ!誘拐犯を蹴るなんてフツー出来ないんだからね!早くしなさいよ!」

リルムは唾を飲み、リンセを見る。怖い。何が怖いかと言うと、知人でもない人間が突然自らを蹴れと命令を下してくる。異様な光景だ。それを、何も知らない自分がしなければならないという怖さ。

 もし、“蹴る”行為をしたとして、どうなる?これは罠なのかも知れない。リンセの事を知らないリルムが躊躇うのは至極当然。故に、彼女は迷う。迷い、震え、何も出来ないのだ。

「所詮あんたも頭お花畑の世間知らずだから私を蹴られないんでしょ?早く蹴ってくれたら良いのにさ!!」

ひたすらに自らを暴力行為に満たそうとするリンセ。リルムは恐怖を感じつつも、ゆっくりと近づく。

 どの加減で、どう蹴れば良い?それは分からない。だがリンセがそれを望むのならば、その行為をせざるを得ない。リルムは目を瞑り、リンセの腹部に目掛けて右足を伸ばした。

 

ドゴッ

 

やや、鈍い音が聞こえた。しかし、リンセは何も反応しない。痛がる様子も、何もないのだ。

「今のが暴力なの?」

「え……?」

リンセの呆れたような声が聞こえた。

「暴力を振るわない事が優しさのつもり?やるからには全力でやらないとダメじゃん。でも駄目か。あんたの全力でも私、エクスタシーは感じない。だって、非力過ぎるもん。」

「そんな、どういう……」

加減をしてしまうのは当然。力が入らないのも当然だ。相手を知らないからだ。知らない人間に加減なく暴力を振るう等、普通は出来ない。

 出来るとすれば、その人間に対して強い怒り、憎しみを抱いた時か。道端等で赤の他人同士が何らかのトラブルが発生した時に怒りをぶつけ合うような現象が生じた時か。或いは、本当に暴力行為を心の底から楽しんでいるサディストか。

「もっとしなさいよ。じゃないと分かんないかも。」

この言葉を聞き、リルムは自棄になった様子だった。どうなるか分からない。この女がそう命令するのならば、思いきり蹴れば良い。後先の事は考えず、リンセが言った事を、実行する。

 

ドゴッ ドゴッ ドゴッ

 

リルムは人に対して暴力を振るわない少女だ。それも、暴力行為とは無縁の生活を送ってきたが故である。その彼女が、今、見知らぬ女性を蹴っている。いくら依頼されたとはいえ、もしそれをしなければどのような仕打ちをされるか分からない恐怖で埋め尽くされていたから。相手が逆恨みをしてくるかも知れない。相手の思考が読めない。故に、怖いのだ。

 だがそれは正常な判断と言えた。見知らぬ他者に暴力を奮い、喜ぶ者はそうそう居ない。故に、リルムは躊躇う。躊躇う中で、リンセに蹴りを与えている。

「えぃっ……えぃっ……」

ひ弱な少女の声が響く。だが、その蹴りも所詮はひ弱な力。到底、リンセの要望に応えられるようなものではなかったのであった。

「もう、いいわよ。」

リンセは呆れた表情をして、急に立ち上がる。この時、一瞬ではあるがリルムは安寧の表情を浮かべた。

「さっきも言ったけど、加減すれば優しいなんてバカの一つ覚えみたいなコトやって、私が許すと思った訳?なんで、痣が残るぐらい蹴ってくれないの?なんで、痛みをくれないの?痛いのが気持ち良くて、だからエクスタシーを感じるのに。だから、アソコだって濡れるのに。あんたのは何も感じない。優しいつもりの暴力だ。」

下着姿のリンセが近づいて来る。異常とも言える言動を伴いながら、リルムに迫る。リルムは投げたくとも、逃げられない。後ろが壁になっており、避けようがないのだ。

「やっぱりお姉様の鞭や暴力が私には必要だってコトだね。お姉様は私を満たしてくれるの。だから、お姉様の愛を受けて、股間が濡れる。あんたのは全然濡れない。私を満足させられないヤツなんて、要らない。」

 

ジャキン

 

すると、リンセは銃を構え始めた。自らを満足させられない人間は、不要と言うリンセの危険な思想。彼女の腕、腹部、大腿部等は傷跡だらけではあるがその美しい肢体を左右に揺らし、リルムに近づいてくる。

「え……えっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

謝罪するリルムだが、躊躇なく女は近づく。逃げたくとも、逃げ出せない。怖くて、身体が震える為だ。

「昔ちょっとだけ一緒に居てた男もね、私を濡らせられなかったのよ。あいつの暴力は暴力に入らない。何も感じない暴力なんて、似非。そいつ、どうなったと思う??」

震えるリルムに近づき、やがて銃口を頬に突き付けた。リルムの目下からは涙が浮かんでおり、必死に命乞いをしている。

「し……りません……嫌……嫌ぁ……助けて……!」

懇願するリルムに対し、リンセは言った。

「今のあんたみたいな顔をしたの!だから余計に腹が立って、思わず、パァン!ってした直後に脳天がぶっ飛んで血がドバドバ溢れちゃった。ケド、駄目。やっぱり相手に暴力をするのはお姉様が得意。私は受ける方が良い。でも、私を満足させられない人間は要らない。だから、あんたも同様ってコト。」

理不尽な理由で、女は過去の男を殺したという。その価値観をリルムに押し付け、用済みと知れば殺すという。

「そう言う訳で、さよならー。」

銃の引き金が引かれる。銃の冷たい感触がリルムの頬を伝う。そして、撃ち抜かれる怖さを感じる。

 

カチッ

 

だが、銃弾は発射されなかった。不発に終わってしまったのである。リンセはこれに対し、舌打ちをした。

「あーあ、そういや弾切れだったわね。まあ良いか。勢いであんたを殺したら上司にも、お姉様に怒られちゃうし。そうしたら私、お預けになっちゃう。誰も私を相手してくれなくなるからー、そうなったら自分で慰めなきゃならなくなるしなぁ。あれ、気持ち良いけれど虚しくなるんだよねー。命拾いしたわね、あんた。」

と言いながらリンセは銃を離す。その瞬間に、リルムは姿勢を崩した。身体を震わせたまま、力が入らない。

本当に恐怖している時、人は涙を浮かべられない。その状況を通り過ぎて欲しいと祈るばかり。表情を表す事が、出来ないのだ。リルムも例外でない。ただ、リンセ・チェーニというマゾヒストの女を、恐れるばかりだ。

下着姿で自らを暴力に身を置き、そこで愉悦を感じる女。それが、新生連邦政府の軍人をやっているというのだから恐ろしいものである。事情を知らないリルムは、恐怖するばかりであった――

 

 

 

 別の部屋ではレイがリルムと同様に、囚われていた。リルムとは別の部屋で目を覚まし、場所を確認していた。レイの場合はフォリアによって気を失った為、恐らくフォリアが近くにいるのではないかと考えていた。そして、それは案の上であった。

 今、レイはEフォンも手元にない状況だ。外部と連絡も取れない。その中で、フォリアが迫る。

「こうして間近で見ると、本当に女の子みたいね。」

コクピット越しで何度か会話をした事があった両者だが、実際に生身で会うのは初めてだ。距離感が違えば、それだけで印象が変わる。メディアで出ている人間を直接見た時に印象が変わるようなものだ。

 

スッ

 

フォリアは、レイの頬に触れる。同時に妖艶な笑みを浮かべた。

「不思議よね、実際にこうして触れ合うと貴方への印象が大きく変わる。柔らかくて、ふわふわしてる感じ。肌も綺麗。素敵……。」

やたらとレイの容姿を褒めるフォリア。彼女の言葉とは対称的に、レイの心境は異なる。

 そもそも、ここはどこなのか。リルムはどうなったのか。自分はどうなるのか。それらの思考が、一度に溢れる。レイ自身は、彼女のスキンシップに応じている場合ではない。

「けれども、その眼は少し気に入らないわ。」

「え……!?」

 

パシィッ

 

突如フォリアはレイの頬を叩いた。痛みの為、目を閉じるレイ。僅かに目元から涙も浮かべている。

「うぅっ……!」

「反抗的な眼は好きじゃないわ。従順な眼が好き。下僕として、相応しい眼が良いの。私の暴力に対して反抗しない人……理想なのは苦渋の声や嬌声を上げるのが理想だけれども。」

思えば、レイは新生連邦の人間に囚われている時、碌な想いをしていない。クラリスの時もそうだったが、必ずと言って良い程何らかの仕打ちを受けている。クラリスには暴力、マサアキには妙な関心を抱かれ、そして今回、フォリアに再び暴力を振るわれている。

「聞きたいことが、あります……」

レイは一切反抗する様子を見せず、フォリアに聞いた。

「リルムは、どこに居るんですか?僕だけを連れ去らうのならまだしも、リルムは関係ない筈ですよ!?」

気になるのはリルムの安否だ。彼女は今どこに居るのか。連れ去られ、意識を失ってからのリルムの動向が気になって仕方がないのだ。

「リンセが管理しているわ。それに、関係ない事はないのよ。レイ、貴方の関係者という時点でね。」

「僕の関係者……?」

“関係者”とは何の事を示すのか。レイには理解が出来ない。元々アインスに乗っていた事もあり、尚且つエリィが警告していたように、新生連邦が力を欲するのは理解出来るのだが、

リルムは何も関係ない筈だ。何故新生連邦はリルムを連れ去る必要があるのだろうか。

「貴方は恐らく、ごく普通の生活を送りたいと考えていた。けれどね、とっくの昔に貴方は新生連邦にマークされていたのよ。」

“マーク”という言葉。そこから導き出される、予感。レイは感じた。それが、不吉な事であると言う事に。

「半年間の学校生活はどうだったかしら?楽しかった?その学校生活が続くと思ったのかしら?新生連邦のガンダムを奪って、敵対している危険人物である貴方が!」

フォリアの悪意のある声が響く。ぐいと顔を近付かれ、レイは後方に下がる。

「真実を知りたい?何故今貴方がこのような状況に陥ってるのか。それだけじゃない、貴方の彼女までもがこのようになっているのか。」

「真実……ですか。」

自分がアインスを持ち出した事がきっかけなのは、分かっていた。しかし今、彼とガンダムの存在は関係がない筈だ。セイントバードチームとも関係のないレイ。そして、リルムの存在。

 何が真実だと言うのか。フォリアは何を語ろうとしているのか。

「昨夜デパートでテロ事件があったのも、全ては新生連邦が別のテロ組織に依頼を掛けた事が発端。そこから表向きは対テロ捜査として新生連邦軍が派遣されたの。」

「表向き……まさか、それって……!?」

フォリアの表情が徐々に暗い笑みを浮かべていく。それから感じられる恐怖。レイの脳裏に嫌な予感が刺さる。

「察しが良いわね、そう。昨夜のテロの本当の目的はレイ・キレス……貴方を軍が捕らえる為の騒動だったという訳よ!随分大それた事をしていたけれど、私達姉妹は喜んでそれに参加したわ。強く可愛い貴方を、この目で見られるのだからね!」

それは、マッチポンプだった。テロ組織と新生連邦は繋がっており、デパートを強襲させて被害者を出した上で、対処する事を表向きで行い、実際はレイの捜索が目的だった。

 全てはレイを捕らえる為の犠牲。フィジットは、彼の為に犠牲になったようなものなのだ。

「そんな……そんなのって……!」

「新生連邦はもうすぐ戦争を起こすわ。その為には戦力を増強しなければならない。となれば、答えは一つ。アインスガンダムのパイロットを務めていた貴方を欲するのは目に見えている話よ!」

エリィの言っていた事が現実になった。やはり彼はマークされていた。それが今になり、現実になってしまった。クラスメイトまで巻き込んでしまい、更にはリルムまで巻き込んでいる。レイは、この時明らかに動揺していた。

「そんな……けど……けれど!リルムは関係ないです!どうしても戦力が欲しいのなら、せめてリルムは解放して下さい!」

「それは無理よ。彼女はあくまでも保険。貴方が是が非でも新生連邦に協力する為のね。」

「そんなの!おかしいです!」

レイは必死に否定する。だが、フォリアの言葉が無情にも刺さる。

「本当ならば家族でも良かったのだけれど、貴方に一番良い形を取るとすれば、互いの恋愛感情を利用するのが効果的と判断したの。これは私の判断。」

「判断……?判断ってどういう……まさか、知っていたんですか!?僕の生活を!?」

フォリアは、レイの事を観察していたという事になる。彼の身辺の事情を把握した上での言葉。それらはレイを翻弄させていく。自身の生活を、知られているという事。それを分かった上で、フォリアはリルムとの関係を利用したという事。

 レイの呼吸が早まる。それは全てを知られていたという衝撃でもあり、自身に関係のある人間を全て巻き込むかもしれないという恐怖等、多くの事が一度に想起されたのだ。

「フフ……アハハ、恥ずかしいかしらね?けれども、貴方の私生活を知る事でこちらとしても多くの情報を得られる。貴方は何も知らず、幸せに過ごしていたつもりなのだろうけれどね。」

恥、恐怖、絶望といった感情が渦巻く。レイは、今、震えていた。

「それにね、貴方が協力をせざるを得ない理由はもう一つあるわ。」

今度は何を言い出すのか。レイの額からは汗が流れる。緊張の汗。その妙な汗はそこから頬を伝い、流れる。

「私達と何度か敵対していたMS乗り達……セイントバード。あれは今頃本部に向けて連行されているの。」

「セイントバードが!?」

彼を、更なる絶望が襲った。自身の私生活だけでない、あろうことか、セイントバードチームまでもが巻き込まれていたのだ。フォリアが言うには、今、セイントバードは連行されている。

 スパイッシュ率いる艦隊がそれを命じ、本部にいるセイントバードチーム。彼等がどのような仕打ちを受けるのかは、定かではない。

「どうして……こんな……」

「さっきも言ったわ。新生連邦は戦争を起こそうとしている。セイントバードも元々は新生連邦の艦。その気になれば、奪う事だって可能なのよ。全ては新生連邦の掌に踊らされていたという訳ね、フフ……」

そう言いながら、フォリアは苦悩するレイの頬に触れる。彼は目を合わせず、ただ、現実を受け入れようとしない。

「それにセイントバードのメンバーの存在は、貴方を迎え入れる為の、取引の存在になるわ。レイ、貴方の存在はそれ程に価値があると言う事なの。ガンダムに乗って、新生連邦に多大な損害を与えた貴方がね。」

「そんな……僕の為にあの人達が!?」

セイントバードのメンバーが、一人、一人思い出されていく。エリィ、ネルソン、インク、スラッグ、シン、スバキ、ガースト、プレーン等。皆が新生連邦に囚われているというのだ。特にエリィは家庭教師として家に来てくれていた。最近彼女がこれなくなったのには、こうした事情が絡んでいたという事になる。

「本部に連行されたとなれば、恐らく死刑はやむを得ないでしょうね。その判断をするのは、あの艦隊の指揮官。スパイッシュ・カルディアム……ウフフ、なんて理不尽。悲しいわね、レイ。」

自分の存在がリルムを巻き込んだだけでなく、チームのメンバーをも巻き込んだという事実はレイを更に絶望に追い遣る。彼は、日常を送っていただけ、ただ、それだけなのに……。

「それにね、貴方の場合は本来ならば連行されて、射殺も有り得たのに、幸いにも新生連邦の方針は軍備増強。そのパイロットが欲しい状態。だから貴方が選ばれた。幸運ね。貴方は生き残り、その代わりに仲間の人間が死ぬなんて!当然かしら!強い人間は生き、弱き存在は死ぬ!弱肉強食!MS乗りだってそうじゃないのかしらね!?」

「そんな……そんなのって……」

レイの眼が震えている。絶望、自分の行動によってこのような形で、関わった人間が不幸になるという状況。何故、このような状況に陥らなければならないというのか。

「辛いかしら?けれど、貴方がガンダムに乗りさえしなければ、こんな事にはならなかった。貴方を支える恋人さえ、このような目に遭わなくて済んだ。そして貴方の仲間達も悲惨な目に遭わなくて済んだ。全ては貴方の行動が招いた事なのよ。只の民間人が軍の機密兵器を持ち出した。その時点で、貴方に平穏が訪れる事なんてないの。諦めなさい……そういう運命を自ら選んだ。そのような状況で普通に生活が出来るなんて、おこがましいわ。」

クラリスに連れられた時、あの時にアインスガンダムに成り行きとはいえ、乗らなければこのような事にはならなかった。リルムとも平和な生活が送れたかも知れない――

 しかし現実はレイを巻き込む。ただ、絶望に。彼の行動が多くの人間に影響していった。普通に生活をしたいと願っていた少年は、普通でない場所で、多くの人間を巻き込んでいる。死者さえも出してしまう状況に、レイはただ、苦悩している。

 思えば、彼がガンダムを奪ったが故に、死ぬ筈のなかったギリアも姉妹に殺された。その他、彼が何らかの形で巻き込んで、命を落とした人々の存在が思い出される。レイはそれを思い出し、苦悩した。

(僕が、全ての原因……?)

否定したいと願うレイ。だが、フォリアの言葉がレイを襲う。

 

―――――貴方がガンダムに乗りさえしなければ、こんな事にはならなかった―――――

 

――――――――――――――全ては貴方の行動が招いた事なのよ――――――――――

 

――――――――――――貴方に平穏が訪れる事なんてないの――――――――――――

 

(そんなの……!!)

混乱しているレイに、フォリアの甘い囁きが迫る。耳元でフォリアの口唇が動くのを、レイは感じた。

「けれども大丈夫……。私が貴方を包んであげるわ。その困惑して、動揺している顔も素敵よ、レイ。アインスガンダムで猛威を奮っている野蛮なパイロットとは思えない、端正で綺麗な少女のような顔に、綺麗な身体付き……私のものにしたい……綺麗なものは私の物……!」

 

チュッ

 

困惑するレイに、更に、フォリアの唇が覆った。彼女の言動とは裏腹の、妙な感触の接吻はレイを更に翻弄する。だが心のどこかでそれに対して妙な安心を抱いている彼は、恐怖さえ感じていた。

 彼が接吻を受けるのは二度目。マサアキ・アルトからの接吻が最初であった事を考えると、今度はフォリアによって唇を奪われた。だがその接吻に愛情は感じない。まるでレイを我が物にせんとするような、行為だ。

「あ……うう……?」

突然の行為に戸惑うレイと、対称的に喜びに満ちるフォリア。

「ああ、本当に素敵だわ。その絶望する顔。それが更に苦渋に満ちる姿を見たい……命令じゃないのなら、今すぐ貴方を脱がしてその身体を貪りたい!その身体が私の身体でどう反応するのかを見てみたい!私の暴力行為でどのような声を上げるのかを見てみたい!けどダメ!何故ならば命令だから!貴方を傷つける訳には行かないから!!」

傷付ける訳には行かないと言いつつも、フォリアは既にレイの頬を叩いている。彼女の言葉は、矛盾している。レイはこの時、感じた。この女の危険性に。間違いなく、“何か”をされる気がしてならないと――

「けれど、傷跡さえ残らなければ良いの。擦り傷、切り傷……要は刃物さえ使わなければ良い!いくらでも、傷付ける方法はあるのよ!はぁ……はぁ……貴方を苦しめてその顔を見る方法ならいくらでも!」

明らかに異質なフォリアの眼はレイを恐怖に追い遣る。明らかに普通でない。まるで獲物を捕らえんとばかりの目つきだ。

 

ギュゥゥッ

 

フォリアの両手は、レイの首に触れ、そのまま力強く握る。爪を立てず、指腹部のみで力を込め、レイを苦しめる。

「うぁ……ぁぁ……!」

悶えるレイ。解こうとするが、フォリアの握力は華奢な腕からは想像出来ない程に強い。前腕部の血管が浮き出ており、それはレイに対する歪んだ愛情を示している。

 苦しい。息が出来ない。対するフォリアの顔は恍惚としている。レイを苦しめる事が出来て、愉悦に浸っている。

「最高よ!もっと貴方を苦しめたい!絶望させたい!それで絶頂出来るのなら!本当ならセックスしながらこうしたい!!貴方の首を絞めて!そのまま貴方のペニスを突き上げる!理想のシチュエーションだわっ!!それが叶わないのは悲しいわ!けれども今、私は濡れているわ!暴力は最高よ!もっと苦しんで!もっとその顔を見せて!!良い!良いわレイ!!!」

狂気の表情を見せるフォリアはレイの首を掴み、離さない。このままではレイに命の危険が及ぶ。

「あっ……ぐぅっ……!」

声ならぬ声を、微かに上げるレイ。それを聞いたフォリアはその指を静かに緩めた。

 咳き込むレイ。だが、女は躊躇なくレイの髪を持ち、そのまま床に伏せさせる。

「ああぅぅっ!」

床に伏せたレイ。呼吸が出来なかった苦しみと、髪への痛みが同時に伝わり、レイを苦しめた。

「痛い?苦しい?けれどもそれが良いの!リンセの悶える顔も良いけど貴方の顔も良い!!!最高よ、レイ!私のものにしたいぐらい!!任務じゃなかったら貴方を私の思うようにしてあげるわ!!」

そう言いながら、レイの腹部を足でのしかかるフォリア。サディストであるこの女は、暴力によって相手を支配する事に愉悦を抱いている。妹のリンセとは、真逆だ。

「カハッ……どうして……こんなっ……!」

レイはされるがままの状態だ。自分が招いた事によって他者を巻き込んだ。その上、フォリアはレイを暴力で苦しめる。理不尽な状況はレイを追い遣るのだ。

「これが貴方に起きた現実よ!貴方は現実を受け入れて新生連邦に入隊するしかないの!そしたら私の部下として扱ってあげる!リンセと共にね!」

フォリアの重みがレイに襲い掛かる。腹部に乗せられた彼女の足が痛みを誘発していく。

「リルムを……解放して下さい……せめて……それをして……!!」

痛みの中、レイはリルムを助けて欲しいと懇願する――

 

ドゴッ

 

だが、フォリアはそれを聞いた時、レイの腹を蹴り飛ばした。

「くあああっ!!」

痛みの余り、悶絶するレイ。腹部を抑え、苦しみ悶える。

「そんなの聞ける訳ないわ!貴方に指図する権利はないのよ!貴方の大切な彼女がどのような目に遭っているのかは分からないわね!!」

「そんな、それって……!?」

リルムの身に何が起きたというのか。それが、不安で仕方がないレイ。無事でいるのか、それとも、何かをされているのか。

「私が貴方を暴力で支配してエクスタシーを感じるように、リンセはその逆、自分に最高の暴力を与える者にエクスタシーを感じるの!けれどリンセが満足しなければリンセは躊躇いなく相手を殺すわ!」

言っている意味が分からない。今のレイにそれを理解する事は、無理だ。リルムがどのような目に遭っているのかは分からないが、嫌な予感だけは感じ取っていた。

「リルムを解放して下さい!!僕はどうなっても良い!だからリルムを!お願いです!」

フォリアの足元で、レイは傷付きながらも懇願した。だがフォリアはそれを見て異様に興奮した表情を浮かべるばかりであり、レイの言葉を面白おかしく捉えている。

「最高よ……その顔!絶望に満ちる顔!貴方の彼女がどうなっているか分からない中での懇願!!」

そう言いながら、フォリアはレイの髪を再び引っ張る。躊躇いなくされる暴力に、レイはただ、声を上げるしか出来ない。

「あぁっ……!」

「私達姉妹は互いに特殊な性癖の持ち主なのよ!私が貴方を暴力や責める事で満たされて、濡れるように、リンセは暴力や責められる事で濡れる!私達姉妹は互いに相性が良い!共依存関係なの!だから互いに愛し合う!何度も互いにエクスタシーを感じた!そして、暴走した感情は他にも向けられた!」

ぐいと引っ張り、自らの事を語るフォリア。最早、異常としか言いようがない、この女の言葉。誰も聞いていないのに、自らの事について語り続けるのだ。

「それがレイ、貴方よ!貴方を一目見た時から絶対に暴力で支配をしてやろうと考えていたわ!!それがこれから叶う!これがどれだけ幸せか!良いわ、貴方が新生連邦に入隊するのは本当に歓迎よ!!」

(この人……)

リルムにも、セイントバードチームにも危険が及んでいる状況。レイに与えられた選択肢は、新生連邦の入隊のみ。避けられない、事実。その上でのフォリアからの暴力行為は、レイの精神を追い詰めるのに十分といえた――

 

ウゥゥゥゥ

 

この絶望的状況の中で非常時を知らせる警報音が鳴ったのはその時だった。フォリアはすぐに反応をし、持っていた無線で連絡を取る。

「何事!?」

「敵MSによる襲撃です!数は三!」

連絡先の人間が、言った。MSによる襲撃という言葉から、この場所が何処かの基地か、或いは艦内である事が分かる。

 この時、レイは一瞬だが自分のEフォンがフォリアの軍服のポケット内に入っているのをちらと見た。予想外の事に騒然としている状況で、レイはせめて、自身のEフォンを取り返そうと、密かに手を伸ばした。

 それは、成功した。ほんの、一瞬の出来事ではあったが彼女の目を盗んでいる間に行動が出来た。突然の非常事態の正体が何なのかが気になるが、連絡手段は必要だ。セイントバードチームのメンバーは無事なのか、リルムはどうなのか……等。

 

バンッ

 

更にその時、部屋の中に黒いジャケットを羽織った、銃を持った人間が入ってきた。その数は三人。いずれもがフォリアに対して銃を向け、レイに対しては向けていない。

 突然の出来事。一体何が、どうなっているというのか。フォリアは両手を上げ、その人間達に抵抗する事なく、応じている。

 その際、銃を持った人間の内、一人がレイに対し、声を掛けた。

「大丈夫か、君を保護しろと命じられている。」

「え……?僕を……?」

何が、どうなっているのか。レイはただ、分からないままその人間の差し出した手を掴み、その場から去る。突然の出来事ではあったが、この状況を打開できるのならば迷う選択肢は、ない。とにかくこの場を去らなければ。そして、ここが何処なのかを確認しなければならない。

 だがリルムはどうなる?彼女はどこに居る?自分が助かっても、リルムが居なければ意味がない。彼女だって囚われているのだ。助けなければならない。助け、ここを抜け出さなければ――

 

「リルムは!?リルムはどこに……?」

フォリアが居た部屋を出たレイは、手を引かれながら、言った。自身の身よりも、リルムの事が心配で、気が気でない様子だ。

「レイ!!」

だがその心配はすぐに解決した。聞き慣れた少女の声がレイの耳に聞こえたからだ。

 すぐに反応する、レイ。声の方向を見れば、そこにはリルムの姿があった。安寧の表情を浮かべる両者。そして、ここから脱出できるという喜び。今は、それで一杯の気持であった。

「あの、貴方達は一体?」

走りながら、レイは黒いジャケットを羽織った人間に聞く。だがその人間は答える事は無かった。ただ、レイ達を守る為に動くのみだ。

「後で分かる。今は急げ、早く!」

絶望の状況が一転、好転した。リルムも無事の様子だ。それを知れただけでも、レイにとっては幸いと言えた。

 

 やがて彼等はMSデッキらしき場所に辿り着く。この事から、この場所が何らかの艦の中である事が分かった。扉は既に開かれており、そこにはMSが一機、存在している。小紫色をした、MS。その形状を見た時、レイは思わず言った。

「ドラグネス……の改修機?どうして……?」

MSに詳しいレイはその機体がドラグネスである事を見抜いた。だが、何故旧デウス帝国の機体がこの場に居るのか、それは不明である。一つ確かな事は、レイとリルムはドラグネスを所有する人間達に保護されるという事だ。

 ジャケットの人間は突如、ドラグネスに向けて合図を送った。それと同時に、ドラグネスのモノアイが輝く。その瞳はレイ達の方を見て、左手部マニピュレーターを稼働させた。

「嘘……ロボット……?」

MSを始めて見たリルムは、ドラグネスの存在に困惑するばかり。しかし、今はそれに困惑している場合ではない。

「乗れ、早く!」

ジャケットの人間が言い放つ。言われるがまま、レイ達はそれに飛び乗った。と、同時にドラグネスはすぐに動き出す。彼等を守らんと、左手部を腹部に添え、バーニアの出力を上げてそのまま去って行く。

 

 ドラグネスの手部から見た、彼等が居た場所。それは小型の輸送艦らしき姿だった。迎撃用の機体の姿もない様子のその艦は、恐らくレイ達の身柄をすぐに別の部隊に渡す為のものだろう。それ故に、武装等が搭載されていない。それが仇となり、新生連邦側としては目的であったレイをどこかの所属に身柄を奪われる事になったのだ。

 彼等はどこかへ連れて行かれるのだろうか。それは分からない。ただ、レイとリルムはこの間、僅かながら会話を行っていた。

「レイ!怖かったよ……!何がどうなってるの!?分からないよ!」

「ごめん、僕にも分からない……でも、一つ言えるのは、さっきの場所よりは良い場所に行くとは思う……」

「なんで、そんな事言えるの?ねえ、訳が分からないよ!さっきだって!変な女の人が来て、自分を蹴れって言ってきて、それでピストルを持ち出して来て!とにかく怖かったの!もう、嫌だよ!怖いのはもう、嫌ぁぁぁ!!」

リルムの感情が溢れ出した。今までの日常からの変化に戸惑う、彼女。一方のレイは、何故か異様に冷静だった。日常が崩壊したのは変わりないのだが、レイ自身、空白の二ヶ月を経験しているが故なのか。だが、彼にとってそれは恐怖でもあった。リルムのような反応であるべきなのが、本来正しい反応なのだろうか。

「ねえ、レイは怖くないの!?どうして、怯えてないの!?」

レイの反応を見たリルムが聞いた。それに対し、レイは答えた。

「……分からない。自分でも不思議なぐらい……慣れ……なのかな。MSとか、見て来たから……」

「それって……やっぱりあの写真のような事があったって事?」

「多分、そうなんだと思う……分からないけれど……」

非常時に冷静でいられるレイに、リルムはどこか、怖さを感じていた。だが今はそれよりも、今後自分達がどうなるのか。それが不安で仕方がなかったのである。

「あれって……?」

二人の眼に映ったもの。それは、戦艦だ。セインドバードでない、大型の戦艦。ドラグネスのマニピュレーターの上から見えたその光景はあまりに荘厳であった。レイは戦艦の存在を何度か直接見た事はあったが、リルムの方は実際にそれを見るのは初めてである。今まで見た事のない戦艦の存在は、リルムを恐怖に追い遣る。ごく普通に生活していた人間が、突如戦艦を見れば恐怖するのは、至極当然と言えた。

 

ピキィィィ

 

レイの脳内に電流が流れたのはその時だった。ここに来て、再び感じた妙な感覚はレイ自身に疑問を抱かせる。

 だが、その感覚は一度感じた事のあるものだった。リルムが恐怖する中で、レイは一人、覚えのある“感覚”を感じ取る。その正体は何なのか、分からない。優しさと、芯の強さが兼ね備わったような感覚。

(あの戦艦から、感じる……これは、一体……?)

妙な感覚を覚えながらも、両者はドラグネスによって運ばれる。目的地は、その大型戦艦だ。

 

 

 

 艦内のMSデッキに辿り着いたドラグネス。マニピュレーターから二人は飛び降り、着地した。

 見慣れないデッキ内。そこはどこか、全く分からない。覚えのない場所だ。リルムはレイに寄り添い、ただ、震えるばかりである。

 制服姿の二人。覚えている範囲では、モントリオールに居た筈の両者は、いつの間にかこの場に着いた。服装も変わらない状況で、ただ、困惑するばかりだ。

「ようこそ、シュネルギアへ。レイ・キレス。」

一人の、可憐な女性の声が聞こえた。その方向を見る、レイとリルム。

 黒地のドレスを纏い、金色のロングヘアーを赤いリボンで、ポニーテールのように結んでいる。

すらりと見える脚線美が特徴的な、麗しい女性が、そこに居た。周囲には銃を持った、黒いジャケットを羽織った男が二人。

 その姿を見た時、反応をしたのは、リルムの方だった。

「ジャンヌ・アステル……!?え、どういう事!?」

驚くのも当然だ。世界的歌手であるジャンヌがその場に居るのだから。リルムはただ、目を疑うばかりだ。

「少し、大変な事に巻き込んでしまいましたね。貴方のお名前は?」

ジャンヌはリルムに聞いた。

「えと、り、リルム・エリアスです!えと……えと……ファンです!え、でもレイの事知ってるんだよね?え?え?え?なんでジャンヌ・アステルがレイの事を知ってるの!?ねぇ!?」

明らかに動揺しているリルムに、ジャンヌが言った。

「光栄ですわ、ですが今はサインや握手等を出来る状況ではありませんの。ごめんなさいね。」

と、真っ先にジャンヌは謝る。次に、彼女は視線をレイに向けた。

「日本でお会いした時以来ですね、レイ。」

「は、はい……あの、僕も、正直よく分かってないんですけど……」

混乱しているのはリルムだけでない。レイも同様だ。そもそもジャンヌとは一度しか面識がない。その上で、この戦艦の存在。レイにとって、謎だらけの状況と言えたのだ。

「メッセージは読んで頂けましたか?」

「え?メッセージ……ですか?」

何を言っているのか。メッセージなど受け取った覚えがない。世界的歌手からのメッセージ等、直接一般人であるレイに来る筈がない。あるとすれば、有名人を偽る内容か、それぐらいだろうか。

「貴方のSNSアカウントに送らせて頂いたSNSのメッセージ。そこに書いている通りです。」

「SNSのメッセージ!?」

そう言われ、レイは急いでEフォンを取り出す。そして、SNSアプリを起動した。

 メッセージの履歴を確認する。そこにある、メッセージ。それはジャンヌ・アステルからのメッセージではあった。しかし、それは本物からの内容であるなど、想像する筈がない。それ故に、レイは余計に困惑しているのであった。

「え、それってジャンヌ・アステルから直接メッセージ貰ってたって事!?」

レイのEフォンを覗き見する、リルム。

「え、でも……こんなの……」

レイ自身も戸惑う中、ジャンヌが口を開いた。

「スパムメッセージに見えたのならば仕方がありませんわ。ですが貴方に対して具体的な内容を記載する事は、新生連邦等の監視も有り得る可能性がありましたので、抽象的にしか書けませんでした。大まかに私が伝えたい内容は、そちらに記載している通りなのです。」

「じゃあ、本物だったんだ……」

電車の中で見たメッセージ。明らかに偽物からのメッセージだと思っていたレイは拍子抜けをした。だが目の前に本物のジャンヌ・アステルがいる以上、それは紛れもない事実。覆る事は、ない。

 SNS上では特定の人物に対して公にしないでダイレクトメッセージを送る事が出来る。それが不審な内容である時もあれば、そうでない時もある。こうしたダイレクトメッセージは基本的に個人間のプライバシーで守られるものなのであるが、仮に直接、反社会行動等のメッセージのやり取りが行われていると判断された場合、その内容が新生連邦の情報部に伝わる事がある。そうなった場合、運営側にIP開示を命じられ、処罰される可能性があるのだ。

 要するに何らかの反社会行動を防ぐ為に、抽象的な内容でしかメッセージを送ることが出来なかったのである。レイは、彼女が送ったメッセージを只の悪戯と、思ってしまっていたのだった。

「ねえ、それよりもここって、戦艦?ジャンヌ・アステルの戦艦って事?全然、分からないよぉ……」

不安げなリルム。それに対し、ジャンヌが言った。

「ここはアステル家が所有する戦艦です。名は、シュネルギア。今後の混迷の世界を切り開く為の、存在と認識して頂ければありがたいです。」

艦の名前を聞き、レイは少しばかり現状の理解が出来た様子だった。

 しかし、まだ完全に理解は出来ていない。新生連邦はレイを戦力として迎えようとしている中でジャンヌ達はレイを助けた。だが、この後はどうなる?問題は何も解決していない。突然故郷を離れる事になり、その上このような場所にリルムと共に連れられている。更には、フォリアが言っていたように、セイントバードチームが新生連邦に囚われているという事実。それらが重なり、レイの頭の中は整理が追い付いていなかったのである。

「あの……ジャンヌ……さん。」

「はい、どうしましたか。」

ジャンヌは優しく、答える。

「どうして、僕達を助けてくれたんですか?あ、あのあの、助けて下さったのは有難いんですけど……その、どうしてかが気になって。」

レイからすればジャンヌとは特別知人関係という訳ではない。あくまでも、一度会った事があるというだけの関係だ。

「貴方の存在は、今後の混迷していく世界に必要であるからです。」

「僕が……?」

それだけを聞けば、随分大げさにも聞こえる。だがレイからすればそのような事を言われても、困惑するだけだ。

「ねえ、レイ。どういう事?ジャンヌ・アステルとも知り合いみたいだし、それ以外にも……世界の混迷だとか、よく分からないけど、なんだか凄い扱いされてるみたい……」

「僕だって、分からないよ……?」

事情を知らないリルム。それは、レイも同様だ。ジャンヌの言葉が理解出来ない様子のレイ。

「レイ、本当ならば貴方とはお茶を交えてでもお話をしたいと考えているのですが、今は時間がありません。何故ならば、私達と強力をして下さっている、エリィさんが艦長を務める戦艦……セイントバードが新生連邦に連れ去られている状況だからです。」

それは、フォリアから聞いた。セイントバードが、アステル家のスポンサーになっているというのも、知っている。

 危険な状況であるのは、承知だ。それに対し、レイが新生連邦の戦力になる事を、強要されているのも現状だ。

「さっき、あの人が言ってた……じゃあ、助けに行かないと!でも、どうやって……?ジャンヌさん、こんな凄い戦艦があるのなら助けに行けますよね!?」

ジャンヌとセインドバードチームはスポンサー関係だ。無関係な仲ではない為、セインドバードチームの非常時に救いの手を差し伸べる事は出来る筈と、レイは考えていた。

「生憎なのですが、シュネルギアで新生連邦を攻撃する事は出来ません。」

「え!?どうしてですか!?このままじゃチームの皆が危ないのに!」

何故、ジャンヌは動こうとしないのか。レイは懸命に、疑問を投げ掛ける。

 しかし、ジャンヌは答えない。そればかりか、レイに対して言葉を発した。

「メッセージで送らせて貰った通り、貴方には選択肢があります。私達は、貴方に皆様を助ける力を与える事が出来ます。その貴方を助けるものにもなりますが、同時に生活を変えてしまうものにもなり得る……と、お伝えしています。」

「それって、どういう意味ですか?意味が分からないですよ……?」

理解出来ないのは当然だ。彼女は具体的な内容を、

一切語っていないのだから、当然である。

「……こちらへ。」

そう言って、ジャンヌは自分についてくるようにレイに言った。言われるまま、レイは彼女についていく。その際、リルムと一緒に移動していた。

 

 先程両者が居た場所それ程離れていない所で、ジャンヌは立ち止まる。それと同時に、レイも立ち止まった。

 やがてジャンヌは白い左腕を静かに差し伸べ、とある、機体を紹介する為にレイの視線を注目させた。

「これって……ガンダム?」

その機体は、全身が白系統のカラーリングで塗られている。フロントアーマーや胸部に関しては黒系統のカラーリングが為されているが、アインスガンダムが紺色である事を考えれば、純白の機体と言える、その機体。

 その頭部の頭部アンテナは四本存在している。カメラアイは二つ、緑色。口腔部に当たる部分の突起等、ガンダムタイプ特有の顔貌をしている。頭頂高約19メートルのその機体。バックパックには六つの漏斗状の突起物、そして二門の巨大な砲身。全てが未知に満ちた、白く美しい機体はまるでレイを見ているかのように、存在していた。

「ガンダムって……レイが乗ってたロボットの事?」

隣に居たリルムが、胸元で拳を作り、静かに聞く。

「うん、でも、これは色が違う。白い……。まるで、ファースト・ガンダムみたいな……」

「ご名答ですわ、レイ。」

ジャンヌが両手をパンッと合わし、言った。

「そう、その機体はファースト・ガンダムのパイロット、ホワイト・デーモンの戦闘データが組み込まれています。伝説とも言えるパイロットのデータを機体のデータデバイスに搭載しています。」

百五十年以上前に作成された、MSの始祖とも言える存在、ファースト・ガンダムとそのパイロット、ホワイト・デーモン。それらの単語が出た時、レイは目を何度か瞬きさせた。

「どうして、そんなものが?」

「必要だと判断したからです。その、力が。今がその時だと、思いました。」

力。それはMS、ガンダムの事。その白い機体はレイの為に、与えられた力。目の前に存在する、白い機体はまるでレイを導くかのように、頭頂部が光を放っているように見える。

「この機体はASMX-A02ツヴァイです。貴方の乗っていた機体、アインスの次の機体と言う意味を込めて製作しました。ツヴァイガンダムですわ。」

「ツヴァイガンダム……」

アインスの次の機体、ツヴァイ。レイはこの存在に、驚愕するばかりである。

「これが、僕の……?」

「ええ。その機体は貴方の為に作成されました。」

「どうして、僕なんかの為に?分からない……分からないです。」

ツヴァイガンダムという名のMSを目の前にして、レイは驚喜するのではなく、困惑している。先程の出来事から休まる事のない出来事が続く状況に、レイは静かな溜息を吐いていた。

「貴方の活躍は見ていました。アインスガンダムのデータを見せて貰った時に、貴方の強さを確認しました。ガンダムを操る者であり、その上で力を発揮した、貴方の強さは本物であると、判断しました。この力は、混迷していく世界を変えて行けるかも知れません。そして、今に至るという訳ですわ。」

ジャンヌが近づく。静かに、ヒールの音を立てて、レイの側に寄る。

「貴方には、力を行使する選択肢があります。一つは、ツヴァイガンダムを操り、セイントバードチームのメンバーを助ける事。もう一つは、何もせず、このまま故郷へ戻る事。」

ジャンヌはレイに、選択肢を与える。どちらを選ぶべきか。それはレイの中で決まっている筈の事だ。

 だが何故レイは迷うのだろう。この場に連れて来られ、突如ガンダムを見せられるのが余りにも突然の出来事で有り過ぎたからか。だが、こうして迷っている間にもセイントバードチームに危機が及んでいるのは紛れもない事実。

「彼等を助け出すには、貴方がガンダムに乗る事です。無論、それを止めることは出来ます。貴方はどちらを選びますか。」

最早その言い方は、選択肢が一つしかないようなものだ。彼がそのガンダムに乗らなければ、チームのメンバーが新生連邦によって殺されてしまうかも知れない。目の前にあるガンダムが、それを救う力を発揮するのだとすれば、答えは一つだけ。

 結局レイは戦場に戻らなければならない運命なのか。チェーニ姉妹に連行された所を救出された後で、アステル家に救助され、今に至る現状。そこで新たなるガンダムを見せられ、彼が動かなければかつて世話になったセイントバードチームが殺されてしまうかも知れないという、突き付けられた現実。レイはそれらを見捨てる事等、出来る筈がない。

 運命が、そうさせるのならば、レイは迷うことなく、言った。

「ガンダムに、乗ります。」

決意に満ちた言葉が走った。だが、それをリルムが止めようとする。

「レイ、待ってよ!おかしくない!?どうしてレイがそんな事をするの?分からないよ!」

「ごめん、リルム。多分、これは僕だから出来る事なんだと思う。」

「そんな……」

決意に満ちたレイと、不安げなリルム。その彼女に対し、ジャンヌが言った。

「新生連邦に連れ去られた貴方がレイの幼馴染という事は知っています。それ故に、彼の事を心配するのも分かりますわ。」

ジャンヌの優しい言葉がリルムに伝わる。だがそれでもリルムは表情を隠し切れていない。

 それに、リルムの名を知らなかった筈なのに、彼女が幼馴染である事は知っていた。これは何を指すというのか。

「ですがレイは覚悟を決めました。彼は半年前までガンダムという兵器を駆り、戦った少年です。彼の判断は、私は支持します。」

リルムは何も言えなかった。何が、どうなっているのかも、全く分からない状況だ。

「レイ、貴方の判断に対し、注意点を一つ述べます。そのガンダム……ツヴァイは、貴方が乗っていたアインスガンダムとは比較にならない程のスペックを有しております。それについて行ける、貴方の技量が問われます。それを覚悟して、搭乗なさって下さい。」

「そんなに、凄いんですか……?」

「ええ。」

「僕、ブランクありますよ?半年ぐらいですけど……」

荘厳なガンダムタイプを前に、レイは困惑していた。目の前の機体がそれ程に凄い機体であるというのならば、本当に自分に扱えるのだろうかという、一抹の不安。

だが、ジャンヌは彼の技量に賭け、その機体を開発したという。混迷していく世界を変え行けるかも知れないという、彼女の言葉。

 昨日までごく普通に生活を送っていたレイに刺さる言葉は、余りにも重い言葉だ。プレッシャーがレイに募る。

「一度何かを成した感覚は簡単には消えません。手続き記憶として残ります。例えば貴方が自転車を容易に乗りこなすように、MSも乗りこなしてきました。ならば、それは乗りこなす事が出来ると、私は思うのです。違いますか?」

「記憶……か。」

要は、それを行わなければ分からないという事だ。例え、目の前の機体がアインスガンダムでないとしても。

「レイ、時間がありません。シュネルギアは貴方がツヴァイを発進させた後にすぐにここを離らなければなりません。」

「そんな、どうして!?」

当然の疑問と言えた。シュネルギアという戦力があるのならば、新生連邦と戦う事になっても優位に戦える筈と、考えていたからである。

「アステル家として、新生連邦との会敵は、今は避けなければなりません。ですが貴方はその力を行使し、セイントバードチームを助ける事が出来ます。私が与えた力は、まずはその為に使って下さい。」

「そうだとしても……そうだ、リルムはどうなるんですか!?僕と関係ないです!」

仮にレイが出撃したとして、リルムはどうなる?彼女は何も関係ない人間だ。巻き込みたくないと思うのが当然だろう。

「彼女は責任をもって保護致しますわ。大丈夫、心配は要りません。」

「保護って言われても……ええと……」

この中一番困惑しているのはリルムである。余りに突然すぎる展開であると言える状況。

 まず、自分はチェーニ姉妹に拉致され、そこから救出はされたものの、そこが世界的歌手であるジャンヌ・アステルが所有する戦艦の中であり、恋人であるレイは与えられた機体に乗る事を決意している。そうなった場合、リルムはどうすれば良いのか分からなくなるのが、当然だ。

「レイ、ねぇ!せめて一緒に乗せて!それで、なんやかんやでその……よく分かんないけど、仲間の人達を助けて、そのまま帰ったら良いじゃない!ねぇ!」

混乱しているリルムはレイに願う。だが、レイは言った。

「ごめん、リルム。多分それは危険だと思う。慣れていない機体に乗せるなんて出来ないし、多分戦闘になるだろうから、そんな状態で乗せられないよ。だったら、今はジャンヌさん達に守ってもらう方が良いと思う。」

リルムは唖然とした。訳の分からない状況で、帰りたいと思うのが当然と思う中で、レイにそのように言われ、彼女はどうすれば良いか、分からないで居たのである。

「だって!お母さんにも言ってないんだよ!?そんなの、どうやって言い訳したらいいのか分からない!」

「僕だって、そうだったんだよ。あの二ヶ月の間、どう言ったら良いか分からなかった。リルムにだけに言うけど、こういう事情があったから僕だってどう言い訳したら良いか分からなかった。」

と言うレイの言葉は異様に冷静に聞こえた。

「そんな事言われても困るよ!何を言ってるの!?」

「ごめん、僕、行かなきゃ。大丈夫だよ。用事が終わればまた帰れると思うから。モントリオールで、また会えば良いんだから。この後に、送ってもらえればいいんだよ!先に帰っていて!」

この時、レイはすぐに用事を済ませる前提で動いていたのである。彼がガンダムに乗り、セイントバードチームを救出し、それで事は解決する。そのような、認識で居たのである。彼がジャンヌに聞かれ、承諾したのにはこうした理由があったのだ。

 そう言った後、レイはエレベーターに乗り、やがてツヴァイのコクピット前に移動した。レイの存在を感知したコクピットハッチは自動で開き、そのまま乗り込んだ。

「大丈夫、なんだよね……!?」

ガンダムに乗り込むレイを見て、不安になるリルム。側にいたジャンヌは静かに、言った。

「信じてあげましょう、彼を。」

様々な状況が一度に迫る中、リルムはジャンヌの言葉を聞き、静かに受け入れるしか出来なかった。冷静に考えれば世界的女優に声を掛けられると言う事自体が凄い事なのであるが、今のリルムはそれに感激する余裕など、無かったのである。

 

 

 

コクピット内部はアインスのものと全く異なっていた。全てが、新しいツヴァイ。操縦桿の位置や、スイッチの位置など全てが違う。

 しかしその中で、レイは半年前の感覚を覚えていた。操作の仕方や機体の動かし方等はアインスに載っていたから分かるのであるが、全てが理解出来ている様子だった。これも、本能なのであろうか。

「凄い……」

思わず、レイは呟いた。久しぶりに乗るコクピットの中。それも、アインスと違う感触。それらを噛み締めているレイ。

 そして、彼が正面のモニターを見た時、突如モニターは反応した。

 

Scanning your eyes.

 

映し出された画面には、レイの青い眼が映し出されている。妙な感触。レイは最初、それが何かが分からなかった。一つ言えるのは、眼を分析しているように見えると言う事だ。

 

complete.

 

やがて緑色の、その画面が映し出される。恐らく、何かをスキャンし終えたのだろうか。

 

 

Welcome to the this mobile suit.

 

This mobile suit is equipped with a psyco communicator system.

 

Your skill and spatial cognitive ability are required to control them.

 

While it can be manipulated at your will, it will put a huge load on your brain.

 

This mobile suit is equipped with biometrics to identify and determine your retina.

 

This mobile suit can only be operated by you.

 

Good luck.

 

 

「認証は終わったようですね。その機体は、今から貴方以外のパイロットに扱う事は出来ません。」

突如、ジャンヌの声が聞こえた。レイはその声に反応する。

「え、どうして……ですか?」

ジャンヌの言葉に、レイは動揺する。

「ツヴァイガンダムは網膜スキャンでパイロットを確認します。貴方の目の網膜を認識し、それで確認をする、バイオメトリックスを採用しています。人の網膜はそれぞれ固有のパターンを持っています。だからこそ、貴方以外に使う事は出来ないのです。」

「そう……なんだ。」

「ですから仮にツヴァイが敵に奪われる事があったとしても、プログラムを根底から書き換えない限り、起動する事は出来ません。今のツヴァイは、貴方専用のMSですわ。」

「僕だけの、MS……」

アインスと同じ要領で、それぞれのスイッチを押して行くレイ。

 

キシィン

 

ツヴァイのカメラアイが輝いた。緑色のカメラアイは美しい輝きを放っている。

 やがて機体は180°ターンテーブルに乗り、そのまま、カタパルトに移される。そこに脚部が乗った瞬間、ハッチが開かれる。

「簡潔に武装の説明をします。両側腰部にビームセイバー、右マニピュレーターにはバスだービームライフル、左前腕部にはビームディフェンスシールド。両腕部には小径のビームキャノン、胸部にはマシンキャノン、肩内部には拡散ビーム砲が基本武装として搭載されています。」

それらの名称だけでも、アインスとは武装の数が違う事を痛感する、レイ。

「ただし、もし貴方がツヴァイに隠されている〝ある〟武器を使う時は特に気をつけて下さい。バックパックの六つの突起。それらは貴方の意志に応じて動く兵器です。それを使用する際はコクピットの形状が変化します。使う分には強力な兵器ではありますが、一方で貴方の脳に多大な負担を与えます。」

「そんな兵器が……」

聞いた事のない、兵器の存在だ。何を示すのかも分からない為、レイはその存在に戸惑っている。

「最後に、背部に二門の砲身があるかと思います。これはビーム粒子と異なる兵器、プラズマ粒子を放出するエネルギー砲です。最大出力で放てば絶大な火力を約束します。状況に応じて、使用して下さい。」

ジャンヌからの説明は以上だ。気になったのは、最後に彼女が言っていた二つの兵器。“六つの突起”と“二つの砲身”だ。

「では、幸運を祈ります。」

そこで、ジャンヌからの通信は途切れた。それらの兵器の存在が未知数であり、気になるところではあるが、今はこの機体を動かす事を確認しなければならない。

 初めての機体。アインスの次に乗る、MS、ツヴァイ。ガンダムの名を冠したその白い機体が今、飛び立とうとしている。

「この機体、単独で空中を飛べるんだ……アインスの空戦仕様の感覚で行けば良いのなら、行くしか……!」

新たなるMSに乗り、決意を秘めたレイはそっと呼吸を一度行う。そして――

「レイ・キレス、ツヴァイガンダム行きます!」

レイの新たな機体、ツヴァイガンダムが飛翔した。白い機体は空を駆け抜け、移動する。

 この瞬間、レイの何気ない日常は崩壊した。

戦場に舞い戻るレイ。今は、セイントバードチームのメンバーを助ける為に、新たなる愛機を駆るのであった。

 

 

 

「凄い……凄い!」

空中を駆るツヴァイ。バーニアを展開して空中を飛ぶが、その推進力はアインスの比にならない。

新たなるMS、ツヴァイの機動性は圧倒的なものがあった。瞬く間に空中を移動し、シュネルギアから離れていく。やがて、レーダーに多数の熱源の存在を確認する事が出来た。

「MS!?数は……二!?」

レーダーに熱源が映った。それと同時に、ビーム粒子による熱源に対して反応する、レイ。

 ツヴァイはその機動性を活かし、ビーム兵器を回避し、対応する。迫ってくる敵MSは、ジョゼフが二機だった。

「凄い、この機体、僕の反応にすぐについて来てくれる!アインスの時と比べ物にならない!ブランクとか、全く関係ない!」

半年前にガンダムに乗ったきりのレイであったが、ツヴァイの性能が彼の技量を引き出してくれているようだった。彼が回避しようと意志をすれば、それに応じてくれている。機体の俊敏さが、レイの反応に追い付いている。まるで、意志が疎通できているかのようだ。

 だが、敵機体はそれだけに留まらない。可変量産機体、エグゼマーが二時方向から二機、迫ってくる。ツヴァイに対してビームライフルを放つエグゼマー。

「防御、出来る……!?」

咄嗟の判断。ツヴァイの左前腕部に装備されているディフェンスシールドを展開した時、実体シールドの上に、ビーム粒子が覆うような形状を作り出した。それらはエグゼマーのビーム粒子を防ぐ事に成功する。

「ビームのシールド!?凄い!こんなの、初めてだ……」

ビーム粒子を纏ったシールド、ビームシールド。その防御力は実体シールドを遥かに凌駕する。対ビーム兵器においては無類の防御力を誇る武装と言えた。

 その武装に驚愕している間に、別のエグゼマーはミサイル砲撃を行った。ミサイルによる波状攻撃はツヴァイに一斉に襲い掛かる。

 

Interception by machine cannon is recommended.

 

ツヴァイは、これらの砲撃に対してレイにアドバイスをするように映し出した。

「マシンキャノン?これなの……!?」

 

ダダダダダダダダ

 

レイの掛け声と共に、胸部からマシンキャノンが放たれた。高出力の実弾兵器はミサイルを瞬く間に迎撃する。そして、彼は反撃をする為にバスタービームライフルを装備し、その照準をエグゼマーに向ける。

「これでっ!」

 

バシュウウウウウ

 

ビーム粒子の飛翔体が高速で駆け抜けた。その瞬間にエグゼマーは姿を消した。粒子に飲まれ、撃破されたのだ。爆発した後、機体の影も形も残さなかったのである。

「これが、ツヴァイのビームライフル……!?凄い、凄い!」

アインスのものと比較にならない出力。これが、レイに与えられた新たなる力。ビームライフルだけで、一撃で敵機体の破壊を起こす事が出来たのである。

 更に、ツヴァイは二機のジョゼフに対してもビームライフルを放つ。この射撃も一撃で、二機を同時に破壊する事に成功。残るエグゼマーが彼等の敵を討たんと、MSに変形してビームサーベルを構え、迫るが、レイはこれにも反応した。

 

ブイイイイイン

 

右側腰部からメガビームセイバーラックを展開し、手部マニピュレーターで把持してからビーム刃を展開する。アインスの物とは比較にならないそのビーム刃。推定の出力は三倍を軽く上回る、粒子の塊は見る者を驚愕させる。

「馬鹿な!?あんなビームサーベルが有り得るのか!?」

兵士は驚愕しつつも、ツヴァイに迫る。内心では勝ち目がないかも知れないと思いながらも、迫るのだ。

 案の定、兵士は負けた。メガビームセイバーはエグゼマーの胴体部を貫通し、撃破されたのであった。

 

ピピピピピ

 

次の瞬間、九時方向から新たに二つの熱源が確認出来た。その方向をモニターで見る、レイ。

 そこに映っていたのは、ヴェーチェルガンダムのエクルヴィスガンダムである。チェーニ姉妹の駆る、ガンダムがこの場に出現したのだ。

「未確認のガンダムタイプ!どこの所属かは知らないけれど、覚悟ォ!」

ツヴァイを見つけたリンセは、早速エクルヴィスを動かし、ビームカノンを放出。が、ツヴァイは圧倒的な機動性でそれを避ける。

光速移動しているような動きを見せるツヴァイ。そしてバスタービームライフルを撃ち、エクルヴィスの装甲はこの砲撃により、掠れた。

「掠っただけなのに!?何なの!?」

出力が高いその攻撃に戸惑うリンセ。その間にヴェーチェルガンダムがビームウィップを展開し、ツヴァイに接近する。

「未確認機体、舐めた真似を……!」

フォリアの駆るヴェーチェルはカメラアイを輝かせ、ツヴァイの死角から襲撃を試みる。

「下から来る!」

レイは咄嗟にヴェーチェルの存在を感知し、すぐに、再びメガビームセイバーを取り出し、打ち合いを行った。互いのビーム刃が激しくスパークを散らし、熱を帯びた粒子が空から落ちていく。

「今の動きに対応出来た!?馬鹿な!?」

ヴェーチェルはビームウィップの出力を上げてみるも、その出力の更に上を行くツヴァイのメガビームセイバーが、迫る。そして、ビームウィップは弾かれ、ビームセイバーはヴェーチェルの胸部に直撃した。

「あぁぁっ!」

機体損傷が激しいヴェーチェル。このままでは埒が空かないと判断したフォリアは一度機体を後退させた。

「強い……けれど、あの機体の動きは見覚えがある……パイロットはもしかして、レイ?」

フォリア・チェーニは洞察力に優れる人間だ。

今の攻撃方法や機体の動きだけで、それらを見抜いた彼女は、未確認機体である筈のツヴァイのパイロットがレイである事を見抜いたのである。

接触を図ろうとするフォリア。だが、先程攻撃をされて怒りを覚えたリンセは、エクルヴィスのビームカノンを連射させるのであった。

「何者なのよあんたはぁぁ!!」

「リンセ、よしなさい!!」

姉が止めに入るも、先程のツヴァイによる攻撃によって怒りを感じていたリンセは、そのままツヴァイへ攻撃を仕掛けていく。

肩部のビームカノンを連射するエクルヴィス。出力の高い兵器ではあるが、ツヴァイはこれらを難なく回避する。高い機動性は、ビーム砲撃に当たる事すら、無い。

 だが、そこへ別部隊のジョゼフが三機、編隊を組んでツヴァイに迫ってきた。いずれもがビームライフルを構え、ツヴァイを狙い撃ちする。

 レーダーに映るそれらに対し、回避を試みるが、射撃の数の多さが災いし、レイも情報処理をするのに精一杯だ。

 新生連邦側も未確認のガンダムタイプが出現した事により、戦力を投入してきたのである。一対多数の状況。いくら最新鋭機に乗っているとはいえ、数が多ければレイは一苦労だ。増して、敵にもガンダムタイプがいる事を考えると、厄介この上ないと言える。

「くぅっ……!」

防ぎ切れない攻撃はシールドで防ぐ。ビーム粒子を纏ったシールドは、ビームライフルを物ともしない。しかし――

「隙有りなのよ!!」

エクルヴィスのビームカノンが、再び放たれる。ジョゼフを相手にしていた為か、レイは一瞬判断が遅れた。避けきれない。このままではツヴァイに直撃してしまうと、思われた。

「あっ……!?」

高出力のビームがツヴァイに迫る――その時。

 

It is recommended to store the beam rifle and deploy both hands.

 

It is recommended to start the barrier field generator.

 

モニターに映し出された一瞬の文。レイはそれを瞬時に読み取る。そして、彼の腕は神経反射の如く、思考する間も無く動いていた。

 

バイイイイイン

 

「ビームが弾かれた!?」

エクルヴィスの放ったビームカノンは、ツヴァイの手部に直撃しようとしていたが、その直前で突如弾かれた。

ツヴァイガンダムの前腕部には、バリアーフィールドジェネレーターが搭載されていたのだ。それは以前アレンが交戦したエファン・ドゥーリアのMS、アーヴァインに搭載されているビームバリアー装置だった。その技術がツヴァイにも活きたのだ。

しかしレイはそれに感激する間も無く、エクルヴィスに迫った。メガビームセイバーによるビーム刃を両側展開。瞬間的な動きを行い、エクルヴィスに接近しては、高出力のビーム刃を突き付けた。

 リンセはこれに反応しようとした。しかし、ツヴァイは近接戦闘で前腕部からビームキャノンを放ったのである。アインスのビームライフルと同等の出力を誇るその兵器は、エクルヴィスの堅牢な装甲にダメージを与えるのに十分な効果を発揮した。

「なっ!?」

リンセが油断した時、ツヴァイのビームセイバーが展開された。胴体部と、頸部を同時に突き刺したツヴァイ。高出力なビーム刃は、エクルヴィスを躊躇なく切り裂いたのであった。

「うああああああ!」

メインエンジンを被弾し、エクルヴィスは何も出来ない状態となった。

「リンセ、脱出を!!」

「はい、お姉様ぁぁ!くっそおおお!!」

フォリアの判断による脱出命令を受け入れ、リンセは破壊されたエクルヴィスガンダムからの脱出を試みた。エクルヴィスのコクピットは球状になっており、エクルヴィスの破壊と共に放り出されたのであった。

 この瞬間、レイは忌むべき敵の一人であるリンセ・チェーニの撃退に成功した。これも、新型機体であるツヴァイガンダムが成した技と言えた。

「よくもやってくれたわね、大切な妹を!!レイでしょう!?その機体に乗っているのは!」

フォリアの声が聞こえた。レイは、ヴェーチェルに攻撃を加えながら答える。

「フォリアさん……!」

「随分と、大層な機体に乗っているじゃない!それで私達に報復する気なのなら甘い話だわ!」

「退いて下さい!!」

「昨日まで制服を着ていた坊やが突然強力な鎧を纏って現れたって訳ね!」

ヴェーチェルは再びビームウィップを展開し、ツヴァイに迫る。

「けれども、それは所詮外見を立派に見せているだけに過ぎないわ!そんなもので勝った気になっている事自体が愚かよ!!」

焦りを感じつつも、フォリアはレイを追い詰めようとする。所詮ツヴァイは彼自身の外見を取り繕ったに過ぎないと、口撃をする。

 だが、今のレイにそれは通用しなかった。セイントバードチームを助けなければならないという自身の使命感で動くレイにとって、フォリアの駆るヴェーチェルガンダムは邪魔でしかないのである。

「そんなの、関係ない!!!」

レイは短期決戦を臨んだ。ビームウィップで迫るヴェーチェルに対し、ツヴァイはメガビームセイバーを展開。再び近接戦闘が始まるかと、思われた――

「だから甘いのよ、坊やは!!」

すると、フォリアはわざとヴェーチェルのビームウィップの出力を弱め、至近距離で腰部のビームカノンを展開した。ほぼ、零距離で高出力のその兵器が放たれれば、いくらツヴァイとて防ぎ切れるとは思えない――

 

バイイイイイン

 

ヴェーチェルがビームカノンを放とうとした瞬間、ツヴァイは自身の胴体を守る為に左前腕部を置いていた。この時に発動していたバリアーフィールドジェネレーターが、ビームカノンからのビーム砲撃から機体を守ったのだ。

 至近距離とはいえ、完全な零距離でなければバリアーフィールドは効果を発揮する。基部から離れたビーム粒子による砲撃を完全に無効化する装置、それが、バリアーフィールドジェネレーターである。

「この距離でも掻き消されるの!?そんな……!!」

フォリアは明らかに焦っていた。相手がレイであるとはいえ、対峙した事のない新型機体の武装。それらに対応出来なかった、彼女。

「はあああっ!」

咄嗟の判断でレイは反撃した。ツヴァイはメガビームセイバーを再び展開し、至近距離に居たヴェーチェルに対して切り掛かる。

 すぐにフォリアは反応し、後方へ再び移動するのだが、ビームセイバーのビーム刃のリーチが、ヴェーチェルの右脚部を破壊したのだ。

「クッ……撤退するしか……!」

勝ち目がないと判断したフォリア。ヴェーチェルは半壊した状態でバーニアの出力を上げ、ツヴァイから離れていった。

 チェーニ姉妹との戦闘で勝利を収めたレイ。それも、苦戦する事なく彼はツヴァイを乗りこなし、倒す事が出来た。マシンの力で勝ったと言われればそれまでだが、彼はこの強力な兵器を少しずつではあるが、乗りこなせてきていたのである。

 

 

 チェーニ姉妹を倒した後も、ツヴァイは更に移動していた。セイントバードは何処にいるのか、早く見つけ、助け出さないと……と、レイはただ、そればかりを考えて動いている。

従来のMSの機動性を遥かに凌駕するツヴァイは空気抵抗による影響をほとんど受けず、バーニアを駆使して移動している。

 やがて、レーダーに大型の熱源が数多く存在しているのを確認する。その数は合計十三。いずれもが、戦艦クラスのものである。それを確認し後、モニターを見るレイ。そこに映る戦艦の一つに、見覚えのある、ヒエラクス級の存在が確認出来た。

「あの色は間違いない、セイントバードだ!けど、こんなに囲まれてるなんて……」

セイントバードが危機に陥っているという話は紛れもない事実だった。周りに存在している戦艦は、恐らく新生連邦軍の戦艦だろう。だがその数が多過ぎる為、セイントバードはその指示に従うしかない状況だったのだ。

 レイはこの状況を察した。そして、今の自分に出来る事をしなければならないと、決意したのである。

「あの同型艦がこの部隊の旗艦なら!」

前方に存在しているヒエラクスの存在は、他のマドラ級よりも大型であり、その存在感を示していた。そうとなれば、攻撃対象を絞るのは当然だ。

 レイは行動を開始した。全ては、セイントバードチームを助ける為に。

 

 

 

 

「艦長、熱源確認!数は一、MSです!」

「何処の所属か?」

「所属不明!しかし、明らかにこちらに接近しています!」

「新生連邦に楯突く愚か者か!たった一機で何をしているのか……迎撃用意!MS部隊の展開も準備!」

ヒエラクス艦内で、スパイッシュが指示を下した。敵機体は一機のみ。そうとなれば、全戦力を投入する必要はないと、スパイッシュは考えていた。

 ヒエラクスからはビーム砲撃が放たれる。狙いはツヴァイに対してだ。無論、彼らはツヴァイのパイロットがセイントバードの関係者である事は知る由もない。

 ヒエラクスの砲撃の後、MS部隊が展開される。エグゼマーが六機、ジョゼフが六機。合計十二機が展開された。

 

 

 

 セイントバード艦内は熱源の存在を確認した後、モニターを見て驚愕していた。全く見た事のないガンダムタイプ。それが、新生連邦のMS部隊と交戦をしているのだ。

「艦長、こんなガンダムタイプ知ってますか?」

スラッグが、思わず口を零した。

「いえ……知らない。でも、多分あの機体は敵じゃないような……そんな、気がする。」

新生連邦に連行される中の一筋の希望。それが、レイの駆るツヴァイガンダムであった。純白のその機体は新生連邦軍と交戦しており、ビーム粒子が飛び交っている。そして、セイントバードに傷を付けないように交戦をしている。

 

ピキィィィ

 

そして、エリィの脳内で電流が流れた。それと同時に、覚えのある感覚を感じ取っていたのだ。

(レイ君……?)

新生連邦の艦隊に拉致され、危機的状況に陥っていたセイントバード。そこへ差し伸べる光。それが、レイであると言えた。

 モニター越しに見えるツヴァイの強さは圧倒的だった。一つ、また一つと敵機体を撃破していく。ジョゼフは勿論、最新鋭機体であるエグゼマーも、ツヴァイが確実に撃破していたのである。

「このガンダム、めっちゃ、強くないですか?まるで俺達に協力してくれてるみたいな……」

「凄い……まるで一騎当千じゃない……」

敵が新生連邦の艦隊であっても、構う事がない。放たれるビーム砲撃は軽やかに回避し、その上で確実に反撃を加え、確実に敵機体を撃破している。

 バスタービームライフルはその出力で、敵を破壊し、側にいた機体は衝撃で破壊されている。ビームライフルを放とうとも、ビームディフェンスシールドや、バリアーフィールドといった防御機能がそれらを阻むのである。

 

 

「たった一機相手に何を苦労しているか!あの機体は何処の所属かも分からんのか!!」

ヒエラクス艦内ではスパイッシュが明らかに焦りを感じながら、指揮をしている。突如出現した機体は何処の所属なのか?それも分からないまま削られていく戦力を見て、焦りを感じている現状。

「しかし、確実に戦力を削られています!このままでは我々にも被害が及び兼ねません!」

ヒエラクスのオペレーターが、言った。

「ならば、ビーム撹乱幕を用意しろぉ!!ヤツのビームライフル等の砲撃を防げ!!ビーム砲撃が使えなくとも、近接戦闘でビームサーベル等は使えるだろう!白兵戦でヤツを墜とせ!!」

その指揮の後、ヒエラクスからはビーム撹乱幕が展開された。ジョゼフが撹乱幕用のタンクを撃ち、それらが広がっていく。

 これにより、ビームライフル等のビーム射撃攻撃は妨げられる事になる。ビームライフル等の武装で戦っていたツヴァイにとって不利な状況となった。

 その間、迫り来るジョゼフ、エグゼマーといった機体達。いずれもがビームサーベルを展開し、ツヴァイに接近する。又、一部の機体はバズーカを持ち、実弾による射撃砲撃を行ってくるのだ。実弾兵器に対してはマシンキャノンを、接近する機体に対してはメガビームセイバーで応戦するツヴァイ。

「更に、ヤツにミサイルを浴びせろ!ビームサーベルで撃墜出来んほどになぁ!!!」

更に、スパイッシュはミサイル砲撃を指示した。この砲撃により、ミサイルが一斉に展開される。ヒエラクスのミサイルだけでない。エグゼマーのミサイルや、ジョセフのハンドグレネード等、実弾主体の兵器が一斉に展開される。

 いくらツヴァイとはいえ、ビーム兵器でない武装を防ぎきるのは難しい。実弾兵器相手ではバリアーフィールドは使えない。防ぐとしても、シールドだけでは限界がある。多方向からの実弾砲撃。これらを打開する方法はないのか?レイは、この短い間に頭を働かせる。何か、策は――

 

Blaster Plasma Canon is recommended as a way to overcome this situation.

 

モニターに映し出された文字。レイはそれを見て、躊躇う様子を見せなかった。プラズマカノンは何を示すのかは分からない。だが、それを打開できるのならば、迷う理由はない。

 レイは、グリップを握り、静かにスイッチを押した。すると、ツヴァイのバックパックに搭載されている二門の巨大な砲身が形状を変化させ、正面を向けた。更にレイはスイッチを右母指で押し込んだ。

 砲口にエネルギーが蓄積されていく。輝きを放つ砲身。やがてそれは爆発的なエネルギーを溜め込んでいく――

 

ドバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

エネルギーの塊は一斉に放たれた。それらは撹乱幕による妨害を無視し、実弾兵器を巻き込み、破壊していく。その狙いは、ヒエラクスだ。そして、エネルギーの衝撃は近くに居たMSを巻き込み、一度に破壊したのである。

 

「熱源接近!」

「馬鹿な!?撹乱幕が効いてないのか!?とにかく回避だ!急げ!!」

撹乱幕による防御をものともしない、ツヴァイのプラズマカノンの一撃は凄まじい衝撃だった。今の一撃で、他のマドラ級に所属していたジョゼフやエグゼマーを巻き込み、合計十機が瞬時に破壊された。その上でヒエラクスの後部にも直撃し、損傷を与える事になったのである。

「化物め!分かったぞ!ヤツはセイントバードの仲間か!?ならば……」

艦を攻撃され、怒りを感じていたスパイッシュ。彼は次なる行動を起こそうとしている。

「セイントバードに対して一斉射撃を行え!この際だ、やむを得ん!!!」

「しかし、それは……」

「ヤツをこれ以上のさばらせる訳にはいかん!!こちらの被害を減らす方が最優先だ!!それに、戦場では何が起こるかなど分からん!どんな結末になろうともな!やれ!!!」

自棄ともいえる命令だった。スパイッシュは戦力にする為のセインドバードを、撃墜するように命令を下し始めたのである。この命令に、兵士達は動揺している。

 だが命令であるならば、それには従わなければならない。彼の指示により、マドラ級戦艦は一斉にセイントバードにその砲門を向ける。撹乱幕も切れてきた状況であり、ビーム砲撃を行うには十分な頃合いである。

 無論、このまま発射されればセイントバードは破壊される。そうなればエリィをはじめ、クルー達は皆、死ぬ。

 レイにはそれが見えていた。戦艦が一斉に砲門を、無抵抗なセイントバードに向ける所を。

これらを防ぐには、一度に戦力を奪う事が出来れば良いと、レイは考えていた。だが、現実的にそれらを成す方法はあるのか。先程放ったプラズマカノンは、確かに強力な兵器だ。しかし一斉に向けられた戦艦の砲門のみを狙うには、あまりに効率が悪い。

一度にこれらの戦力を奪う事が出来れば……レイがそう考えた時、ジャンヌが言っていた〝ある〟武器の存在が思い出された。

 

―もし貴方がツヴァイに隠されている〝ある〟武器を使う時は特に気をつけて下さい―

 

――――バックパックの六つの突起。それらは貴方の意志に応じて動く兵器です――――

 

――使う分には強力な兵器ではありますが、一方で貴方の脳に多大な負担を与えます――

 

 

Blitz funnel launches an attack on the target by making an image of the target in the brain.

 

(もし、その兵器が僕の願い通りに動いてくれるのなら……)

それを思い出したレイは、一度目を瞑った。ジャンヌが言っていた、意思のままに動く兵器。それが何かは分からない。ただ、もしその兵器を使って今の状況を切り抜けられるならと、レイは賭けに出た。

 彼が目を瞑った時、コクピットの形状が僅かに変化した。まるでレイの脳波を読み取るかの如く、彼の側頭部の延長線上には特殊な装置が出現している。

(これは……イメージ?イメージをこのガンダムに与える……?イメージで動かすって事……?あ、この感じ……!)

脳波コントロール。それにより操る事が出来る兵器。それがツヴァイには搭載されているという。この時、レイはそれが何なのかは全く理解出来なかった。ただ、セイントバードを守りたい、その為のイメージを今、描いているだけだ。

 もし、一斉にそれらが出来るのならばどれだけ幸運だろうか。一度に放てるビーム砲や、ビーム刃があればこの状況を切り抜けられるだろう。今のレイが願うのは、そうした兵器の存在である。

意のままに操れる兵器。それはサイコミュ兵器と呼ばれる存在。それが搭載されているのは彼が一度交戦した、ダッゲインMk-Ⅱである。それらはバレットビットと呼ばれ、無線で実弾兵器を放つ強力な兵器だ。

 この機体にも同様の武装があるとしたら?この状況を瞬間的に打開出来る力があるとすれば?

 出来るのだ。彼が望みさえすれば、戦況は変えられる。何故ならば、今のレイにはそれらを操る力を持っているのだから――

 

「そこだっ!」

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

レイの頭に電流が過った。それと同時に、青い眼は見開かれ、ツヴァイのバックパックに存在している六基の塊が放出された。それだけでない。更にそれら一基につき、二つの小さな塊が飛び出したのである。

 その数、合計十八基。一斉に展開された無線兵器は瞬く間に飛び散り、レイの意志の通りに動いた。

 それらからは、ビームが放たれた。一つでない、十八門のビームが一斉に放たれるのだ。しかも、それらはマドラ級の主砲を確実に破壊しているのである。十八基の内の半数はビーム砲撃ではなく、ビーム刃としてこれらに迫っていたのである。いずれもが艦のエンジン部を切り裂く。これにより、マドラ級の戦艦十一隻は全て機能を失った。エンジン部を破壊された戦艦の内、直撃をした艦は六隻。それらは瞬く間に轟沈する事になったのであった。

そのサイコミュ兵器の名は、ブリッツファンネル。搭乗者の脳波を読み取り、その意志の思うままに、操作し、そこからビーム攻撃を行うサイコミュ兵器である。

ダッゲインの無線兵器が実弾を放つとすればブリッツファンネルはビーム粒子を展開する兵器である。それも、ビーム砲撃を行うだけでない。ビーム刃としても展開し、搭乗者の意のままに操る事が出来る、兵器なのである。スラスターも搭載されている為、大気圏内での使用は勿論可能。重力の影響をほぼ受ける事なく、容赦のないオールレンジ攻撃を行う事が出来るのだ。

ティフォンガンダムに搭載されている有線式拡散ビーム砲は準サイコミュシステムと呼ばれるものであるが、今レイが使っているブリッツファンネルは紛れもない、本物のサイコミュシステムであった。

 

 

 

「マドラ級六隻轟沈!」

「馬鹿な!?クソッ!!撤退しろ!!なんて化物だ!!たった一機にあそこまでやられるなど!?」

ブリッツファンネルの破壊力を目の当たりにしたスパイッシュは、すぐに撤退命令を下った一機で艦隊の戦力をほぼ、無効にする事が出来たその機体は、レイの新たなる相棒として君臨していた。

「これが……ジャンヌさんの言ってた兵器……凄いけど……あんな、一瞬で……?」

彼が関心している間に、ツヴァイのブリッツファンネル全てがバックパックに帰還した。このように、自動的に元の機体に帰還し、いつでもビーム粒子の補充が出来る様にリカバリー状態になる。それが、ツヴァイガンダムのブリッツファンネルなのであった。

 レイはツヴァイの破壊力に驚愕しつつも、恐怖を感じていた。圧倒的。その一言で片付けられるその機体。自分のような人間が扱って良い代物なのかも不明なその兵器は、紛れもなく、戦況を変える力と言えた――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

 

その途端、レイの表情に変化が訪れた。目は見開かれ、冷や汗を搔き始める。そして、彼は次第に頭を抱え始め――

「う……あ……あ……あ……アアアアアアアアアアアア!?」

突如彼は苦しみ始めた。不快な感覚が彼を襲う。まるで頭の中で蛇や昆虫がのたうち回るような、得体の知れない感覚。今までに感じたことのない、気持ち悪さ。

 サイコミュ兵器を扱った代償なのだろうか。この不快な感覚は何?気持ち悪いという一言では片付けられない感覚だ。怖い。恐ろしい。そして、苦しい。それらが一斉にレイを襲う。

 この感覚は、以前に覚えがあった。マサアキによってサイコミュの試験運用だが、今回の感覚はその時よりも遥かに、苦しいものであったのである。

「ハァ……ッ!あああああっ……!」

彼は頭を抱え続ける。耐えられない精神的な苦痛がレイを苦しめ続けるのであった。

 痛い。苦しい。可能であれば、いっそ死ねば楽になれるのではないかとさえ思えるような苦痛。時に迫る嘔気は不快な感触を楽にさせてくれるのならば、それも受け入れるべき事だ。だが実際は吐瀉物さえ出ない。ただ、延々と続く苦しみだけがレイを襲う。

 

「あぁッ……」

 

レイの、意識がそこで途切れた。そして、ツヴァイもその機能を停止させてしまったのであった。

 

 

 

 その戦場から離れた場所にて、シュネルギアの艦長席で座っていたジャンヌは、何かを察したかのように反応していた。彼女は視線を下方に向け、どこか、虚な表情を浮かべている。

(やはり、ブリッツファンネルは彼に危険な兵器だったのかも知れません……)

静かに、ジャンヌは思っていた。彼女が与えた新たなる力、ツヴァイ。それはレイにとって強大な力であり、それと同時に危険な代物であった。それを分かった上で、ジャンヌはレイに力を託したのだ。危険ではあるが、強力な力を。

(ですが、彼はあの兵器を使いこなさなければなりません……今の彼には辛い事かも知れませんが、混迷を切り開く為には、これにも耐えなければなりません。レイ、貴方は更に強くなる必要があります。ガンダムの名を駆る機体に乗る、貴方は、絶対に……)

ツヴァイガンダム。それはサイコミュを搭載した極めて強力で危険なMSである。ジャンヌはレイが力を持つ存在であることを理解していた上で、彼に力を託したのだ。

 強力な兵器というのは使う人間により、大きく左右されるものである。ツヴァイガンダムは従来の機体を遥かに凌駕する機体だ。しかしそのパイロットが扱えなければ、それは所詮宝の持ち腐れである。レイは、まだこのガンダムを乗りこなす事が出来ていない。その力を十分に発揮出来るのか、それとも何も力を出せずに終わるのか。それは、彼の技量に掛かっている。

 レイが戦った戦闘宙域は、辺りが暗闇に覆われていた。雲の上は青黒い空が広がっており、煌々と星々が夜空を彩っていたのであった。

 




第四十話、投了。

アインスガンダムに次ぐ、後継機、ツヴァイガンダムのロールアウト回。
機体イメージはダブルエックスにファンネルが追加されたようなイメージで描いています。
ファンネルの力に翻弄されたレイは、そのまま意識を失ってしまうのでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。