機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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意識を取り戻したレイ。そして、束の間の休息を味わう。
その一方で復讐の話をする、氷河族のメンバーであるウィリアの思惑とは。


オペレーション・デモリッション・クリエイション編
第四十一話 ブリッツファンネル


 

 セイントバードを鹵獲しようとしていたスパイッシュ・カルディアムの艦隊は一機のMSによって壊滅状態にまで追い込まれた。その機体の名は、ツヴァイガンダム。アステル家が開発したMSであり、新生連邦が戦力に招き入れようとしていたレイに返り討ちに遭うという結果となった。

 ヒエラクスは中破。それ以外のマドラ級は五隻のみが残ったが、それ以外はエンジンを爆発した為、撃沈。やむを得なく、本部へ帰還する事になったのである。この事はアルメジャン紛争でタウラに勝利をしたスパイッシュ・カルディアムの経歴に傷を付ける結果となってしまったのだ。

「カルディアム中佐。先日の作戦、ご苦労様でした。」

同じ佐官である、エファンがスパイッシュに声を掛ける。この男の独特のプレッシャーは、スパイッシュのようなオールドタイプであれ、緊張感を与えるのだ。

 しかし相手は年下の士官。スパイッシュとて威厳は保たなければならんと、高圧的に振舞う。

「ドゥーリア少佐か。報告の通りだよ。私とした事がたった一機のMSにやられるなど、恥ずかしいものだ。」

この場には二人の佐官が居るだけの状況。スパイッシュはミネラルウォーターを右手に持ち、それを飲んでいる。エファンは、その様子をただ、見ているだけだ。

(この男、何故こちらを見ているだけなのに私が汗を掻くのだ?失敗した私を笑っているのか?あの機体さえなければ問題なく進んだというのに……そのついでに、例のあの子供も招き入れられたというのに!)

内心で悔しがるスパイッシュ。新生連邦の戦力増強を狙う状況で、今回の作戦を企てたのは彼だ。その彼が、作戦ミスをした。その事を悔やんでいる。

「失敗とは誰もが有り得る事です。寧ろ行動を起こそうという事が大切ですよ。」

「な……?」

心を読んだエファン。その言葉に気味の悪さを抱く、スパイッシュ。

「社会においては重要な事があります。過ちを気に病まず、それを認めて糧にする。それをする事で、失われた部下達も浮かばれるでしょう。」

相変わらず達観した言い方をするエファン。その言葉が気に入らない様子のスパイッシュは、苛立ちを覚えていた。

「き、貴官に言われなくとも分かっている!黙っていろ!聞けば貴官は一年もの間アステル家に潜伏していたそうだな!新生連邦の任務もこなさず、一年間もだ!その間私は軍人として責務を全うした!貴官……いや、お前と違って!」

自身が中佐と言う立場であるが故の驕り。失敗を認めようとしないスパイッシュ。それに対し、エファンは言う。

「ですが“何かのせい”にするという“他責の念”で物事を進めるというのは指揮官としては感心しませんね。行動を起こすのならばせめて、“自責の念”を念頭に置く必要があると思いますよ。それが、前線で指揮をする者に求められる器……カルディアム中佐は他責の念で他者に責任を押し付けているに過ぎませんね。予想外の事は、戦場は勿論、普通の社会生活に於いても頻繁に有り得るというのに。」

この言葉は、スパイッシュを更に苛立たせるのに十分な効果を持っている。作戦の失敗は他者への責任を押し付けた己が原因だと言いたいのか。

「反省をするという事は新たに自己を高める要因にもなります。何が行けなかったのか、何故失敗したのか。それを省みる事は次への布石にも繋がります。」

まるで失敗したスパイッシュに対する声掛けを行う、エファン。だがその言葉は彼にとっては不快でしかない。あくまでも年下であり、階級も下の人間にそのように言われるのだ。彼にとっては屈辱以外の何者でもない。

 だが、更にエファンは言葉を緩めることなく、語り続けるのだ。

「ところでカルディアム中佐。アルメジャンの紛争の司令官としての務めは、新生連邦側としては大変評価されるものだとは思いますが、罪なき民間人を巻き込む事は感心しませんね。」

「お前は……何を……言っているのだ……?」

その事実は、隠蔽されている筈だ。スパイッシュはその事を総司令に報告していない。いや、する筈がないだろう。

 スパイッシュの過去を読んだエファン。スパイッシュの額からは冷や汗が垂れる。自身の隠している事を見抜かれ、明らかに動揺しているのだ。

「先も言いましたが、戦場では何が起こるか分からない。予想外の事も、起きやすい。だからこそ、隠蔽も起きやすい。民間人を巻き込むという事も仕方がないという思考に陥りやすい。戦場から逃げ遅れた民間人が居るのならば、それはやむを得ないかも知れません。」

エファンは、上官にあたるスパイッシュに対して睨むように言った。

「ですが意図的に大勢の民間人を虐殺するような事を指揮し、あろう事か、そこに住む人々を武装勢力と同様の、“癌細胞”と一緒くたにするという事。その思考は危険極まりないと言えますね、カルディアム中佐。」

“人々”の部分を強く強調したエファン。スパイッシュは男の言葉に対し、どこか、恐怖を抱いている。

(何故この男は過去が分かる?内部の者が密告したか?いや、それはない……それをこの男にするメリットが、何もない……!)

「密告など受けていませんよ。過去を読む事は私には容易い。それが出来てしまうと言うべきでしょうか。」

「何……!?」

エファンはスパイッシュの思考だけでなく、過去を読んだ。只者ではないと、男は確信した。得体の知れないプレッシャーはオールドタイプであるスパイッシュでさえも、感じる事が出来る。この男は、何者だ――?と。

「人間とは過去の過ち……それも、自身の両親や肉親ですら言えない秘密というのは誰もが一つは抱えます。カルディアム中佐。貴方の過ちもそれに該当するのでしょうね。罪なき多くの人々が、死ぬ事を分かった上で攻撃を止めない。それに対する罪悪感もない。それが出来るから軍内では評価される。昇格も出来る。人の心を捨てるからこそ、今の地位が保たれる……そんな、所でしょうかね。」

持論を展開し、語るエファン。対するスパイッシュは明らかに恐怖に満ちた表情をしている。

「ああ、ご心配なく。私は密告などしませんよ。したところで、何も変わらないでしょうしね。寧ろ軍内の内輪揉め扱いで終わるでしょうね。軍内では出世を考え、他者を蹴落とす人間も多く居ると、聞きますからね。しかし証拠が無ければそれは始まらない。そして、それをする時間は今の新生連邦には、ない。平和国連盟に対して宣戦布告を行おうとしている状況で事を荒立てたくないのは軍の意向ですからね。」

そう言って、エファンは去って行った。だが彼の存在はスパイッシュに大きなプレッシャーとなった事は、間違いないと言えた。

 思考や過去を読めるエファン・ドゥーリア。そして彼が放つプレッシャーは、上官である人間にも緊張を与える事が出来る。自らの過ちを指摘されたスパイッシュの内心は、穏やかではなかったのだった。

 

 

 

 セイントバードはレイの活躍もあり、新生連邦の魔の手から脱出する事が出来た。スパイッシュ率いる艦隊は本部へ撤退する事になり、その間に逃げる事に成功。

 一向はアメリカ、フロリダにあるジャンク屋に艦を止める事となった。新生連邦の追撃が来る可能性を考えた彼等は、知人のいるフロリダにて、艦を匿ってもらう状況のなったのである。

 フロリダはアメリカ南東部に位置しており、平和国連盟の加盟国である。幸い、新生連邦からの追撃を受ける事なくこの地に辿り着くことが出来たチーム。

 MSデッキ内にて。ネルソンは、シンと共にチームを救ったガンダムである、ツヴァイの姿を見ていた。白く彩られたその機体の雄姿を見て、両者は感銘を受けている様子だった。

「これにレイが乗っていた……か。」

「何でも、ジャンヌ・アステルに渡されたそうですね。」

シンが、ツヴァイの頭部を見て言った。

「改めて見ても、武装の多さが桁違いと言うべきか。これ程のMS、我々のようなMS乗りが乗って良い代物ではないぞ。」

外見上だけで分かる、ツヴァイガンダムの武装の多さ。バックパックに搭載されている兵器を駆使して戦っていた姿を見ていた為、よりそれらが明確に分かったのである。

「何よりも気になるのはバックパックの突起だ。あれによって瞬く間に敵の戦艦を撃破した。あの兵器は、どこかで見た事がある。もしや、サイコミュ兵器か?」

ネルソンは一人、疑問を抱く。それに対し、シンが言った。

「サイコミュ兵器ですか?名前は聞いた事はありますけど……ん!?いや、待てよ。そんな代物をあの坊主が扱ったって事ですか?」

サイコミュ兵器。正式名称、サイコ・コミュニケーターシステム(Psyco Communicator System)。空間認識能力に優れた人間が操ることが出来るとされる兵器であり、ツヴァイ以外ではダッゲインMk-Ⅱに使用されている。

 ダッゲインが使用していたものは、実弾兵器、バレットビットであったが、ツヴァイのものはブリッツファンネルという名で呼ばれている。ビーム粒子を展開し、ビーム刃状にもその形状を変えることが出来る、兵器だ。

「少しばかりデータを見せて貰ったが、このガンダムは、ブリッツファンネルと呼ばれる兵器の運用を前提とした兵器であることが分かるな。しかしそれをレイのような少年に扱わせるとは……」

「それで、あいつ、意識を失っちゃいましたもんね。」

レイが意識を失ってから、今に至るまでに何があったのかは分からない。一つ言えるのは、このブリッツファンネルがレイに何らかの影響を及ぼしたという事だけだった。

 ブリッツファンネル(Blitz funnel)。元々ファンネルとは漏斗の意である。その上で強襲を意味するブリッツという単語が合わさり、尚且つサイコミュ兵器として使用されている強襲用のファンネルと言う意味で、この名が付けられた。だがファンネルと言う名前は試作段階では漏斗状で制作されていたが、それらの形状が変化するに当たって、元の意味で使われる事は少なくなった。現在ではビーム粒子を放出可能な無線兵器全般を、このような名で呼ぶことが多い。元の意味である“漏斗”は、最早試作品の名残でしかないのだ。

 そして、ファンネルと言う兵器は大きく広まっていない。試作兵器に導入されているに過ぎない。それは、サイコミュ兵器を扱える人間が少なすぎる事が問題だった。強化モデルと呼ばれる人間ですら、こうした兵器を扱うのには相当な空間認識能力が求められる。ダッゲインのパイロットを務めたリノアスですら、これらのコントロールを十分に行いきれなかったのだ。その上で純粋なシンギュラルタイプ自体の数も少ない為、実用化に至っていないのである。

「幸い、レイの命に別状はない。脳波状態も問題はない。脳自体に損傷が残っている訳でもなかった。しかしショックが大きすぎたのだろう。まだ、目は覚めなさそうだ。」

ネルソンが、静かに言った。

「……にしても、そのファンネルって兵器は何なんですかね。一瞬であの火力を出せる兵器。ハッキリ言ってぶっ壊れですよ。それを並みのMSが扱うってんだから、余計に。」

今度はシンが腕を組みながら言った。

 サイコミュ兵器は、様々な距離に対応できる、“オールレンジ攻撃”を可能とした兵器である。このブリッツファンネルもそれを成すことが出来る兵器であり、あらゆる距離に応じて戦闘を行う事が出来るのだ。

「恐らくだが、搭乗者の脳波コントロールによって成す兵器なのだろう。そして、それらは普通の人間が扱える兵器ではない。」

データ解析により、ある程度の情報を得た彼等であるが、肝心のブリッツファンネルに関する情報に関しては、分からず終いといえた。

「力を持つとされている、レイですら意識を失った。我々のような、オールドタイプと呼ばれる人種がそれらを扱う事はどういった危険を及ぼすのかも想像出来ん。彼がこれを使用するのは危険すぎる。すぐにでも撤去した方が良いだろう。」

「確かに。最早、未知の領域ってやつですよね。」

サイコミュ兵器自体がどういった経緯で作られたのかが謎に包まれている兵器であり、いくら整備士として経験を積んでいるシンですら、その全貌は不明だ。増してや、レイのような少年にサイコミュ兵器を扱わせようとするジャンヌの意図も、理解出来ない。

「というか、こんな兵器を作ってしまうアステル家が凄すぎるというか……なんというか……ですね。」

「このような兵器があるという事は、新生連邦も黙っているとは思えんな。ある意味、レイはより危険な状況に身を置いた事になる。我々を助けた代わりに……な。」

「あいつ、気の毒ですね。こんな状況じゃ故郷になんて帰れないですよ。余計に新生連邦に目を付けられるだけです。」

「彼が目を覚ました時、現実を教えてやらんと行けないのも気が引けるが……な。」

レイに課せられた運命は日常とは異なる現実を突きつける事となる。それらを分かった上で、事実を伝えなければならない。なんと、悲しい事であろうか。彼等を助ける為にレイは自らの意識を失いつつも、新たなるガンダムで戦ったというのに。すぐにでも日常に戻れればと、考えていたのに……

「彼が去ってからこの半年で、各地のMSパイロット募集をした結果、数名が加わってくれたのは良かった。」

「それで、トルクスが十機に増えて、戦力が戻るのは嬉しいんですけどねぇ。先日の新生連邦の大部隊相手じゃそんなものも所詮、焼け石に水っスもんね。」

「何もないよりはましさ。その上で、このガンダムが加わるのならばセイントバードの戦力は大きい存在となる。」

今、セイントバードの戦力はアインスガンダム、エスディア、ハルッグ、トルクス十機、ゾーリドカスタム十機、そして、ツヴァイガンダム。以前シュアーに貰った機体はトルクスに改修したり、売却したりして、活動資金へと変化した。只のMS乗りが所持するには余りに多い戦力ではあるが、軍備増強を続けている新生連邦軍と比較しては、その戦力差は圧倒的に不利と言えるのであった。

 

 

 

 丸、一日が経過した。その頃になり、レイは目を覚ました。彼が目覚めた場所はセイントバード内の医務室である。

 ここで、レイは何度か世話になった。最初は、砂漠の大地に不時着する前。次は日本海の戦いで窒息した時。そして、今回。レイはまたしてもベッドの上で目を覚ます事になった。彼自身、この状況に慣れつつあった。その度に無事である事は、ある意味悪運が強いと言えた。

 レイが目覚め、数時間が経った頃。彼を心配する、一人の少女が居た。スバキである。

「レイ!お前、目が覚めたのかよ!」

明らかに、嬉しそうにするスバキ。久しぶりに見る彼の顔を見て、意気揚々としていた。

「スバキ。久しぶりだね……結局、ここに戻ってきちゃったね。」

「助けてくれたんだろ。本当に、ありがとうな。でもあの後お前の乗ってたガンダムが墜落するのを止めたの、私なんだぜ?」

「そうなの!?ありがとう……」

ブリッツファンネルを発射し、意識を失ったレイ。その彼を助けたのは、アインスガンダムに乗るスバキであったのだ。その後レイは医務室に運ばれ、今に至るという訳である。

「けどさ、制服姿のお前を見るの、なんか斬新だよな。女顔のお前が男の服着てるのって変な感じ。セーラー服でも良いじゃん。」

それを言われ、レイは去年の十二月に女子の制服姿をさせられた事を思い出し、顔を赤めた。

「そ、そんなの!やめてよ……」

「照れてやんの!ま、お前が無事なのは良かったけどさ、思ったんだけどお前、どうするんだよ。故郷に帰るのか……?」

スバキは、何故か声を小さくする。視線を泳がせながら、レイに聞くのだ。

「出来るのなら、帰るつもりだけど……でも、僕だけ帰る訳に行かないんだ。」

「どういう事だ?誰かいるのかよ。」

何気なく、スバキが聞いた。

「うん。幼馴染がいるんだ。その子が、僕のせいで新生連邦に拉致されて……」

俯くレイ。それに対し、スバキは言った。

「そ、そっかあ!そりゃ、大変だよな……一緒に帰れたらいいよな……ちなみに名前は何て言うんだ?」

レイの話を聞くスバキ、彼の表情を見て、表情は合わせているが、内心ではどこか、嬉しそうにしている様子だった。

「リルム・エリアスって言うんだけど……故郷に居る時に新生連邦軍に捕らえられて、そこから僕達はアステル家に助けられたんだ。セイントバードが新生連邦に捕まったって聞いたから、助ける為に与えられたガンダムに乗って、僕だけが行動してここにいるって訳で……変な感じだな、まさかこんな形でリルムとはぐれちゃうなんて。」

「女の子なのか?」

「うん……幼馴染なんだ。子供の時から一緒だったから……」

リルムの事が心配な様子のレイ。その際にスバキはレイの肩をポンと叩き、言った。

「お前も、色々あったんだな。けど、今はゆっくりしろよ。その、ジャンヌ・アステルが保護してくれてるんだろ?だったら大丈夫じゃないのか?」

「うん、そうだとは思うけど……リルムはこんな状況に慣れてないから、早く一緒に帰らないとって思ってて。」

“一緒に帰る”という言葉が、スバキに強く印象に残った。故郷に共に住んでいた幼馴染が拉致され、そこからはぐれてしまったのだから心配するのは分かる。だが、何故その部分が印象に残ったのかは、スバキには分かるようで、分からなかったのだ。

 

ウィィィィィン

 

そこへ一人の人間が顔を出した。エリィである。家庭教師をしていた女性が、レイの前に居る。今の彼女は、セイントバードの艦長としてのエリィ・レイスである。

「レイ君。無事だったんだね。良かったよ、本当に。」

安寧の表情を浮かべているエリィ。レイは彼女の顔を見て安心していた。

「エリィさん、色々と、大変だったんですね……家庭教師に来なくなっちゃって、心配だったんです。」

「ううん。私の方こそごめんね。貴方を守る為の家庭教師だったのに、結局こんな結果になってしまった。」

エリィは本気で落ち込んでいる様子だった。新生連邦の凶行がこのような形で行われるとは、思わなかった為である。

 しかしそれも仕方がない事。セイントバードが危機に陥っている状況でレイの事を優先的には考えられない。クルーの事を考えなければならないと思っていたエリィ。

 だが、結果的にレイはこの場に来る羽目になった。全ては、新生連邦による戦力増強の為。レイはその被害者に過ぎない。

「レイ君。あのね……目が覚めたばかりでこんな事を言うのもあれだけど、貴方に辛い現実を伝えないと行けないの。」

「え――」

悲観的な話が出る時、人は身構える。どのような内容であるのかは分からないが、本能的に、その結果を警戒して聞かなければならないと集中させるのだ。今のレイが、それに該当する。

「新生連邦が貴方を連行したでしょう?私が以前に言った事が現実になってしまった。それで、リルムさんも巻き込まれてしまったんでしょう。」

家庭教師をしていたエリィはリルムの事を知っている。だが、何故リルムが連行された事を知っていたのか。

「え?あの、どうしてリルムの事を知っているんですか。」

「ジャンヌさんから聞いたの。セイントバードの無事を確認してくれたよ。その際にリルムさんを保護してるって連絡があったの。」

「そう、だったんですね……」

リルムが無事である事を確認出来たのは、良かった。しかしエリィの表情の雲行きは怪しい。

「だけれど、これで判明した事があるの。新生連邦はレイ君だけを狙う訳じゃない。レイ君に近しい人間達を犠牲にしてでも、貴方を戦力に迎え入れようとするわ。」

「それって……まさか……」

レイの表情も雲行きが怪しくなっていく。ベッドの上で、エリィの顔を見ながら、目を震わせている。

「早い話が、今回のリルムさんの一件を見る限り、レイ君を戦力に招き入れようとする為に貴方の関係者を巻き添えにする可能性が高いという事だね……」

エリィの口からそのような話をしたくはなかった。だが、現実問題としてそれを話さなければならないという辛さが、彼女にはあったのである。

「そんな……じゃあそれって……」

「うん……もし貴方が故郷に帰ろうと考えているのなら、“今”は止めた方が良いね。」

この瞬間、レイはフォリアが言っていた言葉を思い出した。

 

―――――貴方がガンダムに乗りさえしなければ、こんな事にはならなかった―――――

 

――――――――――――――全ては貴方の行動が招いた事なのよ――――――――――

 

――――――――――――貴方に平穏が訪れる事なんてないの――――――――――――

 

(嘘……だ……)

ただ、レイはセイントバードを助けたい一心で新たなる力、ツヴァイガンダムに乗り、セイントバードを守った。しかし、彼に突き付けられた現実は余りに辛いものだった。

 故郷に帰ったところで、新生連邦軍が居る限り彼はいつでも戦力として拉致される危険が伴う。新生連邦軍が戦力を求める限り、レイ・キレスと言う名のパイロットを欲するのは至極当然。更に悪い事に、今回は更に強力なMSであるツヴァイを、彼は駆った。それにより、新生連邦はより、レイの事を求める可能性が高い。そしてその為にはフィジットの件やリルムの件などを含め、彼に関係する人間を巻き込む可能性も十分に考えられる。

 チェーニ姉妹は今回、リルムを拉致した。それは彼の恋人であると分かっていたからだ。もしそれが家族にも魔の手が及ぶ事になれば、どのような被害を与えるのかは想像出来ない。

 レイの行動は穏やかな日常を送るどころか、それらとはかけ離れた生活を余儀なくさせられる事となってしまったのである。この事に対して、レイは恐怖していた。自らの行動がこのような事態に巻き込んでしまうという、事実。レイは頭を抱え、苦悩したのである。

「やっぱり、僕のせいで……僕のせいでこんな事に……?」

「レイ君!貴方のせいじゃないよ!落ち着いて!」

エリィはレイを宥めた。自分のせいで、関係する人間達が巻き込まれる。だから、故郷に戻れない。もし戻れば再び新生連邦が彼を連れ戻そうとする可能性が高い。そして、彼に関係する人間達に被害が及ぶ。

「だから、レイ君は私達が匿うよ。セイントバード内で貴方を守る。」

「それは、いつまで……ですか?」

言葉が詰まる。置かれた現実に苦悩するレイ。ただ、不安になり、聞く事ばかりしか出来ない。

「……分からない。少なくとも、この現状が落ち着くまで……かな。」

エリィも明確な基準を伝える事が出来なかった。いつまでレイはこの場に居なければならないのか。故郷に帰ってもいずれは新生連邦に狙われる。ならばここに居るしかない状況が続くという現実。レイは、どうすればよいか全く分からないでいた。

 彼のようなティーンエイジャーには、余りにも過酷と言える現実。新生連邦軍がいる限り、家族にも会えない。友人達にも被害を及ぼす危険もある。そうした状況に置かれた時、少年はどうすれば良いのだろう。自分だけでない、周りの人間まで巻き込むかも知れないという恐怖は、レイにとっては計り知れないものであったのだった。

そこへネルソンが彼の様子を見る為に部屋に入って来た。しかしエリィやレイの表情を見て、“何か”を察した様子だった。

「艦長。その……伝えたみたいだな。レイに。」

「そうですね……。」

ネルソンも事情は分かっていた。だからこそ、レイに対して少しばかり気を遣うような姿勢を見せていたのである。

「レイ。久し振りだな。半年程度か。目を覚ましたのは良かったよ。」

再会を喜びたいと思っていたレイだが、心からそれを喜べない。今の境遇に、どうすれば良いか戸惑うばかりだ。

「レイ、極端な話にはなるが君の今の状況を打開する方法が、一つある。」

「それは……?」

ネルソンの言葉に耳を傾ける、レイ。それは希望的内容なのか、そうでないのかは分からないが、打開案と聞き、耳を傾けずにはいられない。

「新生連邦政府の打倒だ。」

ネルソンの言葉はレイを落胆させる効果があった。地球圏の軍ともいえる組織を倒すという、余りに不可能とも言える事。現実的に考えても無理がある。無理と分かっている事を伝えられ、レイはただ、俯くしか出来ない。

「若しくは今の新生連邦のトップが入れ替わるような事があれば可能性があるかも知れないといったところだが……」

「それって、つまりはあの総司令を倒すって事ですよね……」

レヴィー・ダイルを倒す。それがレイの生活を平穏に戻す方法。しかし、そのような事が、出来るとは思えない。

 そのような事を企てる事自体、各地で犠牲者を出しているテロリストと何ら変わらない。地球の軍隊の中心とも言える新生連邦への反逆。それはレイの中で考えもしなかった事なのである。

「でもそれはイタチごっこになるだけじゃないですか。新生連邦が軍を強くすれば反発してテロリストとか武装勢力が増えて、それを鎮圧して……また増えて。そんなの永遠に終わらないです。」

レイは落胆した。今の新生連邦が行っている事に対する反逆の無意味さを、世に広まっているテロ行為を見て理解しているからである。

 そもそもそれをしたとて、犠牲者を増やすだけだ。民間人は勿論、敵勢力の人間をもみだりに殺す事にも繋がる。

「よく分かっているな。無論、我々は新生連邦に喧嘩を売るような真似はせんよ。各地で相次いでいるテロリストのような真似をしても何にもならない。何も、産まない。」

ネルソンの言葉が響く。セイントバードチームは戦争する為の存在ではない。あくまでもMS乗りとして存在しているだけだ。

「だが我々は守る為に戦う。それが、例え新生連邦が相手であろうともな。」

「守る、為に……」

自分の認識の甘さがこのような事態を招いたのかも知れないと、思うレイ。最初にセイントバードに世話になった時、彼はセイントバードさえ直れば故郷に帰る事が出来るとばかり考えていた。その中で様々な体験をし、今に至る。その間にしてきた行動が、新生連邦に目を付けられる結果となる事も、知らずに……。

 だがそれが現実ならば、受け入れなければならない。いつまでも否定しても、始まらない。もう、彼の穏やかな日常は終わりを遂げてしまったのだから。

「レイ君、今後セイントバードもどうなるのかは私達にも分からないの。色々と大変にはなってしまうけれど……レイ君、改めてセイントバードチームへ、ようこそ。」

この先どのようになるのかは、分からない。だが、現状を嘆いていても何も変わらない。

 今、ここにいる事が自身の為にも、家族や友人を守る事にも繋がる。ならば、それをしていくしかない。家族と離れ離れになってしまったとしても、ここに自分がいる事で家族を守れるのならばそれを受け入れる必要が、ある。

 フォリアが言ったように、自分の行動で今の現実があるのならば、それを受け入れるしかない。レイは、ぐっと拳を握り、自らを奮い立たせるように、言った。

「僕も、セイントバードを守る為に戦います。この先どうなるか分からないとはいえ、守る為に戦うのなら、僕だって頑張ります。あの、ツヴァイガンダムなら出来ると思うんです。」

決意の眼差し。レイはそれをエリィに対して向けた。

 レイも戦力としてセイントバードに加わり、共に守る為に戦いたいと、考えていた。逃げられない状況ならば、それに向かうしかない。自分がここにいる事で家族や友人の安全が保証されるのならば、今は頑張るしかない。そう、考えていた。

「けど……あのガンダムに搭載している兵器は、怖いなって思いました……」

ふと、レイが溢した言葉。それは何を示すのか。それを聞いたネルソンが、何度か頷く様子を見せ、言った。

「そうだな、君は恐らく身を持って理解しているだろう。あれに搭載されているサイコミュ兵器と呼ばれる兵器の使用は、絶対にやめた方が良い。君自身の脳に大きな損傷を与える危険があるからな。」

ネルソンは警告するように言った。ブリッツファンネルを使用してレイは意識を失った。その事を、心配しているのだろう。

 だが、レイは首を横に振り、言った。

「それだけじゃ、ないんです。」

「どういう事だ?」

「あれは一瞬の内に、新生連邦の戦艦を破壊しました。あんな兵器を使ったのも初めてですし、あれを使えば、多くの人を兵器で瞬間的に殺せるんです。それも、思うままに。これって、凄く怖い事だと、思ったんです……」

ブリッツファンネルの破壊力はレイを恐怖に陥れた。一瞬で、尚且つ狙い通りに標的を攻撃する火力は絶大だ。ビーム粒子を放出する事も、ビーム刃として使用する事も可能な、汎用性に優れる兵器の存在は、今まで体験した事のない恐怖を、与えるのに十分と言えた。

「レイ。一つ聞きたい事がある。」

「何でしょうか……?」

苦悩するレイに、ネルソンが聞いた。

「今後、セイントバードチームに居る事になるのに際して、君はあのガンダムに乗って戦おうと考えているか?」

半年前、レイが一度セイントバードを去る前、彼はチームを守る為に我武者羅に戦った。そして今、彼はここに戻ってきた。今度はいつ、戻れるか分からない状況だ。

 彼にはMSを操る力がある。ならば、その力を有効活用したい。不本意ではあるとはいえ、彼は与えられた力を使いたいと、考えていた。

「あのガンダムを与えられたのなら、僕は扱いたいと、考えています。」

「ならばサイコミュ兵器は解除しよう。あれは君自身の脳実質に悪影響を与える可能性がある。そのようなものを君のようなティーンエイジャーが使用する必要はない。」

レイ自身もブリッツファンネルを恐れている。そして、ネルソンもそれに反対している。この意見に一致している以上、誰もが反対する理由がない。レイは今後、何かあった時にも戦う。ブリッツファンネルを外した、ツヴァイガンダムに乗って。

「なあ、レイ。聞いてて思ったけどさ、サイコミュってマサアキの実験に付き合わされた時に使用しなかったか?」

「うん……そうだね……」

彼はシミュレーションとはいえ、サイコミュ兵器を扱った事がある。その際、彼自身、不快感を覚えていた。その感覚は、今回レイが意識を失った時と似ていた。最も、今回の方が苦しみは上であるのだが。

「サイコミュの実験?そんな事を経験した事があるのか?」

ネルソンが、聞いた。

「……はい。実は。」

マサアキに囚われていた時、スバキと共にサイコミュの実験に参加したことがあったレイ。それを知らなかったネルソンは、驚愕した様子で言った。

「よく、無事だったな。」

「なんとか……ですけれど。」

レイは静かに、言った。

「それで、今回は二回目って訳かよ。私も経験はあるけど、あれは脳への負担が尋常じゃない。」

「スバキ、君もなのか……」

ネルソンの表情が、暗く映った。

「ちょっと……な。」

それは、ダッゲインの試験パイロットをした時である。彼女はバレットビットの脳波コントロールを、僅かな時間ではあるが行った。しかし、スバキはその事を余り語りたくない様子だった。無理もない。マサアキによって暴力を振るわれていた時だったからだ。

「何にしても、あの兵器は使わない事だ。ジャンヌ嬢の意図は分からんが、君自身を苦しめるだけだ。強力な兵器かも知れないが、今の君に必要はない。君だけが戦う訳ではない。我々も戦う。ツヴァイガンダムはあくまでも、戦力の一つとして考えれば良い。」

戦う事になったとしても、彼に与えられた力はサイコミュではない。あくまでも、それ以外の力で戦うというものだ。

 セイントバードチームは戦力が欲しい状況ではある。だが、一方でパイロットに負担を掛けて欲しくない。それはレイに対する、彼等なりの思いやりだ。ブリッツファンネルのような兵器がなくとも戦える。それだけでも、十分なのである。

 

「それよりレイ君もスバキさんも、お腹は空いてないかな?」

深刻な状況になりそうな中で、エリィの一言がこの場を和ませた。レイとスバキは何度か瞬きをさせ、キョトンとした表情をしている。

「良かったら、簡単にご飯作ってあげるね。」

「あ……はい。ありがとうございます。」

二人は静かに首を縦に下ろした。この時、ネルソンもエリィの方を見て静かに、笑っていたのである。

 

 

 

 その後エリィはレイとスバキに簡単ではあるが食事を振る舞った。幸い食欲はあった為、

出されたメニューを平らげる事が出来た。

 レイの身体は全く問題なく、動いた。念の為ネルソンが血圧や脈拍等の確認をするも、いずれもが正常値。関節を動かしたりしても、何ら問題はない様子だったのである。

 程なくしてレイは、元々いた部屋に移動した。久し振りの環境。僅かな懐かしさを感じると共に、また、戻ってきたという複雑な心境が入り混じり合う。

 レイが少しくつろいでいると、ガースト達が顔を見せにきた。半年振りに見る顔。ガーストは制服姿のレイを見て、彼が生徒であるという事を改めて認識した。

「お前がいなかったらどうなる事かと思ったよ。ありがとう。けど、無理はするなよ。セイントバードに何かあっても俺達でもやっていけるからな。」

「ご飯はちゃんと作ってるネ!レイはゆっくり休むネ!」

公然と仲良くしている二人だが、レイにとってはその、彼等の存在ですら嬉しい存在と言えた。

 心配事は、ある。これから自分がどうなるのかも分からない。その上で、戦禍に包まれていくかも知れない世界。だが、幸いな事にレイは人間に恵まれている。少なくとも、それに関してはありがたいと思う事にしているのであった。

 

 

 

 ある、酒場にて。小洒落た印象を持つ、その場所。客の数は然程多くない環境。カウンターには客は四人。テーブル席には六人。いずれもがそれぞれの相方と、会話を交わしている。

 カウンター席には二人の美女が並んで座っていた。氷河族のメンバーである、ウィリア・ラーゲンとニーア・アンジェリカである。今は組織の仕事は休みなのだろうか。互いに落ち着いた様子で、会話を交わしている。その右手にはグラスにカクテルが注がれており、一口、口に含み、喉に通した。

「ケネールの件は、残念だったわね。」

静かに語る、ウィリア。

「もうあれから五ヶ月は経つわ。少しは気持ちもリセットは出来てきてはいるけど、やっぱり、なかなか忘れられない。」

ケネール・リックは新生連邦によって殺された。組織を守る為の犠牲となったのだ。その事が、忘れられない様子のニーア。

「貴方が様々な事情を抱えているのは分かるわ。ケネールがその中での癒しだった事も、分かる。だからこそ、彼が死んだのは悲しいというのも、分かる気がする。」

ウィリアはカクテルを一口含み、言った。

「こんな、反社会組織の一員なんかやってる、最低な母親だけどね、組織に入ってから彼と出会った。粗暴な所もあったけれど、私は好きだった……」

「最低な母親?貴方、子供が居たの?」

ニーアの口から出た、“母親”という言葉はウィリアを驚愕させる効果があった。

「もし生きていれば八歳になっているだろうとされる女の子だけどね。ただ、戦争によって経済的に問題を抱えてしまって、全然会ってない状態だけれども。」

ウィリアは、ニーアの言葉を聞き、何かを察した様子だった。

「そもそも気になってはいたのだけど、貴方は何故組織に入る事を決めたのかしら。」

ウィリアが口を開き、ニーアに聞いた。

「元の仕事に嫌気が差したというべきかしら。私、元々WCNで記者をしていたの。」

「へぇ、それは凄いじゃない。」

WCN。王手メディア会社。アステル家主催のパーティで殺害されたギアン家が出資している会社だ。ニーアは、過去にそこで働いていた事があったのである。

「けど、ゴシップ記事とか女優とか男優のスキャンダルとか、その関係者が亡くなった時に家に押しかけたりとか、そのような低俗な事に対して取材をしないといけないという状況が続いて、嫌気が差したわ。半年ぐらい前、ジャンヌ・アステルのスキャンダルもネット上で報道されていたわよね。あれもWCNから報道されているわ……」

メディアの情報は、信憑性が低いとされている。情報の出処が曖昧であったりする中で記事が捏造されたりする事もある。それらの情報は当人の名誉を毀損する事さえあるのだが、王手のメディア会社が名誉毀損したとして、裁判になる事はあまりない。故に泣き寝入りが起きる事もあるのである。

「けどそれと娘さんと氷河族はどういう関係が?」

「私自身元々WCNに嫌気が差している中で、戦争も激化していった。戦争で夫を亡くして、財産も全て失った頃、ある施設に娘を預けた。それから不満を抱いていたWCNも辞めて、すぐに組織の勧誘を受けた。そこから私は組織のメンバーとして活動を始めたって訳。それ以降、娘には一切会ってない。」

「成程……ね。」

ウィリアはカクテルを再び口に含んだ。それから、さらりとした髪を撫でるように指を絡ませる。

「貴方の娘さんの事情は聞かないでおくとして、低俗で、尚且つ信憑性のない情報の発信か。WCNならやり兼ねないわね。」

ウィリアはニーアの家庭事情には触れないでいようとしていた。彼女なりの配慮なのだろう。

「WCNはギアン家が出資者とは聞いているけど、その子息であるゲスペル・ギアンは特に下劣な男と聞いているわ。今は行方不明だって話だけれど。」

ゲスペルはエファンによって殺されている。その死の間際に、ジャンヌを苦しめるスキャンダルを世界中に発信したのである。

「ニーア、人はね、金銭が絡んだり、有事にのって混乱状況になった時にとんでもない情報を流す事があるの。根も歯もない情報。平時ならばある程度流されるような情報でも、有事ならばそれを信用する事が多い。その上で、利益を得る人間もいる。」

「確かに……戦時中も、戦後の混乱時期でもWCNの情報の信憑性は、あまり宛にならない事があったわ。その情報の出典も曖昧であったりするし、著名人の不幸に対して、ハイエナか、生き血を啜るヒルのように寄り集る人間達。あれに嫌気が差したのは間違いないわ……」

疲れている様子のニーア。思わず、彼女は溜息を吐いてしまう。

「情報は時に人を殺す事もあるわ。直接的な交戦をせずとも誤った情報は人を殺める力を持つ。歴史を見てもそう。有事にデマを流してそれを鵜呑みにして殺された人間も数多くいたわ。旧世紀の魔女狩りなんかはその典型例ね。」

ニーアは相槌を打った。

「成程……確かに、情報を軽く見る人間、多いものね。流れた情報を、脊髄反射の如く反応している人間。それらが居るから下らない記事の存在が今でも成り立っているのでしょうけれど。」

「いつの時代もそうなのだけれど、大切なのはその情報の、背景を知る事なのかと思うの。

何故その情報が流れたのか。根拠はどこにあるのか?それを流す事で何が利益を得るのか等。歴史でもそうよ。時が経てば経つほど歴史は長くなるし、それらを学ぶコツは、誰がどの時代にやったのかを、試験の暗記のように記憶するのではなくて、それらの背景にある要因を分析して認識する事や、歴史学を探究する方が意義があるわ。※1」

彼女は、そのままカクテルを飲み干す。そして、そのままバーテンダーに対して追加のカクテルを注文した。

「SNSで多くの情報が流れているけれど、果たしてその情報の真偽は確かなのか。それを見極めて行かなければならないの。でも現実問題、それを見極められていない人間は多いわ。そうした人達は所謂、情報弱者と呼ばれて、結局はデマ等の餌食になるだけ。それを真に受けてデマの拡散に知らず知らずに協力したり、情報発信した人間の肥やしになるわ。本当ならば無料で得られるような情報でも多額の金銭を払って得る……とか。」

語っている内にウィリアのテーブルに、バーテンダーからカクテルが渡された。薄藍色をした、透き通った色のカクテル。彼女の美しい顔つきが、グラスに映っている。

「それらをきちんと見極めて行かないとね、遠回しに人を殺める結果にもなり得るの。それ以外にも、健康的にも、金銭的にも被害を受ける可能性だって十分あり得るわ。情報の発信者だって、安易な情報を発信なんてしてはいけないのよ。その出処、出典を明確にしなければデマを流しているのと何ら変わらない。下手なインフルエンサーによくある事ね。有名になれば何でも良いって安易な考えの人は多いし、金銭に於いてもそう。人を危険に陥れてでも利益を得ようとする人間というのは一定数居てるものなのよ。悲しいわね。」

新たにテーブルに置かれたカクテルグラスの持ち手を、示指と母指で摘み、ウィリアは口元に運んだ。薄藍色の液体は彼女の口唇に伝わり、そのまま喉を流していく。

「ウィリアは、随分と情報に拘るのね。どうしてなの?」

「私が、バンディットだからよ。」

と、言いながらウィリアはカクテルグラスを置いた。

「バンディットであり、その上で私は氷河族に所属している。知らなければならない事が、あるから。」

「知らなければならない事……その為に情報を集めているという事なの?」

「そうね。様々な情報を集めなきゃならないの。」

「何故、それを行うの?」

ウィリアは、口を閉じた。三秒程度考え事をし、やがて静かに口を開く。

「……弟を嵌めた人間の情報を、拾う為よ。」

「弟?」

ウィリアには弟が居た事が、彼女の口から語られた。その瞬間、先程までの他者の話を傾聴する女性の姿は消えた。

「ゲーン・ラーゲン。私のたった一人の弟。だけど殺された。正確には……嵌められたと言うべきかしら。」

ウィリアの目が虚ろになる。どこか寂し気な表情を浮かべる彼女。

「ニーアが自分の事を教えてくれたお礼。少しだけ教えてあげる。私の事をね。」

そう言った後、ウィリアはカクテルをぐいと飲み干した。先程まで少しずつ口に含んでいたのと対照的な行動をした、ウィリア。

「デウス動乱終戦直後の世界情勢で、世の中は荒れていた。戦争で親を亡くして、私は弟と共に生活する毎日を送っていた。」

ニーアは彼女の話を、真剣な眼差しで聞いている。

「六歳離れた弟で、とても賢い頭脳を持っていた。あの子がユニバーシティに通いたいってなった時、私が彼の学費の為に働いていた。けれども戦争で両親を亡くし、家もない状況で資金繰りに苦労していた私は毎日労働詰めだった。今みたいにこんな風に酒を飲む時間さえ、なかった。」

そう言った後、再びウィリアはバーテンダーにカクテルを注文する。ペースが速い。まるで、それは彼女の心境のように。

「でも幸せだった。最悪の状況とは言え、ゲーンをユニバーシティに通わせてやりたいと思って懸命に働いていた。そんなある日……」

ウィリアの表情が暗くなっていく。空になったグラスを見ながら、虚ろな目付きを浮かべている。

「ゲーンはどこで情報を見たのか、今の氷河族の情報を調べ始めた。今思えばなんて、浅はかな情報だったのだろうとは思う。SNSでその情報が流れた時、若かった彼はそれに食らいついた。内容はこうだった。組織の事について調べ、報告すれば報奨金を与えるというもの。氷河族と呼ばれる組織が発足して間もない頃で、その事を知る事が如何に恐ろしい事かを知らなかったゲーンと私。ゲーンは血眼になってそれらを調べた。彼は賢かったから、情報を調べるのは朝飯前だった。けれども、その際の事は、今でも覚えている……」

 

 

 

 P.C0001年。ウィリアの弟、ゲーン・ラーゲンが氷河族の事について調べていた頃。それらの事を知り、依頼主に報告をしてから彼は行方を眩ました。当時働き詰めだったウィリア。疲れが溜まっていた彼女は一度仮眠を取る事にしていた。

 その間に、家に届け物が届いた。送り主の名前は記載されていない。疑問を抱いたウィリアであったが、それを受け取る。そして、それを見た。

「何……これ……?」

それは、“粉”が入った袋だった。何故、粉が送られてきたのかは分からない。その量は、25グラム程度。気味が悪いと感じたウィリアは、それを開封せず、警察に届けた。

 鑑識の結果、それは骨粉である事が分かった。しかし、何故骨粉が送られてきたのかは全く分からない。検討もつかない。その骨粉が何の動物のものなのかも、分からない。妙だ。

 それと同じ頃。彼女の弟は全く家に帰って来ていない。どうしたのだろうかと、不安になるウィリア。

 

 ゲーン・ラーゲンが行方不明になって一ヶ月が経過した。捜索願を出すも、受理に時間を要した。無理もなかった。世間は戦後の状況であり、当時の地球連邦軍下の警察組織等はその後始末に追われており、人員も不足していた為である。その為、ゲーンの捜索の進捗は全くと言って良い程進まなかった。

 警察を宛に出来ないと判断したウィリア。藁を掴む思いで、SNS等に情報提供を募集した。しかし、全くと言って良い程有益な情報は得られなかったという。

 それでも諦めきれないと、考えたウィリア。その際、彼女は送られてきた骨粉を見て、当時バンディットとして探偵業をしていた、ある中年男性を訪れる。そして、骨粉を調べて欲しいと依頼した。

 結果が、出た。それは彼女の予想を、悪い意味で裏切るような内容だった。戦後処理に追われていた警察組織ですら調べられなかったその真相に、彼女はいち早く気付く事が出来たのである。

「骨粉は、人間のもの……?」

「知人に調べてもらった結果さ。骨を高温で処理し、その上で粉砕してやがる。だがここまで粉砕されているから、誰の骨なのかは全く、分からない。中々、酷い事をしやがるね。」

猟奇的ともいえる犯行。明らかに悪意のある行為。最初、ウィリアはそれを聞いて嘔気さえ感じたという。

 だが、問題はその骨粉が“誰”のものであるのか。それが不明である。そして、ウィリアは頭の片隅で、それがゲーンのものでない事を、ただ、祈っていた。

 何かの事件に巻き込まれた可能性は高いだろう。ゲーン・ラーゲンは生きている。そう、信じるしかないのだ。

 

 

 

 ある日の事。ウィリアは家に居る時、彼女のEフォンに、宛先人不明の動画が送られてきた。妙だと思いつつ、それを開く、ウィリア。

「ゲーン……!?」

そこに映っていたのは、彼女の弟であるゲーンだった。見覚えのあるあどけなさの残る、顔立ちの青年。

 だが、様子がおかしい。首から下はどうなっている?動画は、ゲーンの首から上しか映っていない。そして、苦しんでいる様子のゲーン。呼吸が早くなっているのが、分かる。

「イだ……い……ぐるじ……ぃ……」

痛々しく聞こえる、ゲーンの声。その惨たらしい光景にウィリアは恐怖していた。

 それを見たくないと思った彼女は、動画を消そうとした。だが、消えない。何故?電源を押しても消えない、動画。弟のもがき苦しむ声だけが響くのだ。

 動画の中でゲーンは粉を掛けられたりしている。何の粉なのかは、分からない。全く身動きが取れない中で、彼は次第に苦しんでいく。

「もう……嫌……こんなの……」

止まらない、惨い動画。その間にも、ゲーン・ラーゲンの悲痛な叫びが響く。身動きが一切取れない状況で、ただ、苦しむゲーン。彼は何処で、何をされたというのだろうか。

 やがて、動画の中のゲーンは一切、動かなくなった。その瞬間、動画は削除された。そして、彼女のEフォンは通常通りの稼働を行ったのだ。

(ゲーンは、殺された……でも……あの動画は一体……)

ゲーン・ラーゲンの死は、確実なものとなった。惨い死に方をした彼女の弟。

 しかし、疑問はいくつも残る。何故あの動画が送られてきたのか。どのようにしてゲーンは殺されたのか。そして、骨粉は何を示すのか。

 

 後日にウィリアは再びバンディットの男に調査依頼をした。何が起きたのかを調べて欲しいと懇願したのだ。警察は宛に出来ない。多額の金を用意し、彼女は真相を解明しようとした。しかし、男は言った。

「とんでもない組織に、関わっちまったようだな。あんたの所に送られた動画……それは恐らく、制裁の意味を込めているだろうな。」

「制裁……?」

「俺の知人も組織の事について調べてたんだよ。そしたら連絡が付かなくなった。後日に、知人の家族に対してお前さんと同じように“骨粉”が送られてきた。恐らく、組織の事を調べた“制裁”なんだろうな……」

男の言葉を聞き、全てが繋がった。

 ゲーンは、氷河族の事を調べようとして、それらを知ってしまった。その結果、彼は組織の人間に拉致され、制裁を受けたのだ。彼女のEフォンに送られた動画は、その制裁の模様だったのだ。

 制裁の内容は、コンクリートに生き埋めになった人間を、首から上だけ生かし、そのまま死んでいくのを待つという、悪質極まりないもの。では、骨粉は何か。それは、生き埋めにされる前に両腕を切断され、肉を焼かれ、その上で骨も焼かれ、粉砕したものが、骨粉なのだ。

 ウィリアに送られてきたもの。それは、ゲーン・ラーゲンの骨を粉砕した、骨粉だったという訳であったのだ。

「もう、忘れろ……“あの組織”に関わるのは、死と同義だ……」

バンディットの男ですら、震えている様子だった。組織の秘密を知ろうとした人間には制裁が加えられる。この事実を知ってしまった、ウィリア。

 ゲーンは、労働して疲労している姉を見て、自分に出来る事をして、ユニバーシティへ行く金が欲しいと、ただ、それだけの純粋な思いで行動した。だがSNSで氷河族の情報を教えれば報奨金が得られるという、安易な情報を鵜呑みにした結果、制裁を受け、殺された。惨たらしいやり方で。

 それが、ウィリア・ラーゲンが動き出したきっかけだ。弟を殺された彼女の人生は一転した。バンディットを始め、その上で同じ組織に所属する事になった。

 今、彼女は多くの情報を仕入れつつ、組織の為に暗躍している。ゲーン・ラーゲンを嵌めた人間は何者なのかを、知る為に。

 

 

 

「成程……ね。」

隣で聞いていたニーアが、カクテルを口に含み、言った。そして、そっと、溜息を吐く。

「私は組織の人間としても、バンディットとしても動いて行った。弟が殺されたあの時から、私の人生は変わった。必ず弟を嵌めた人間を突き止める。その為に、あらゆる情報を仕入れたわ。その為に何度も身体を汚した。それから、多くの情報が得られた。」

ウィリアは再びカクテルを口に含み、話す。

「クレーディト・メカニクス社。これが大きく関係しているという事が、分かったの。」

「フォン・ヤマグチが死んだ後で株価を上げた会社?それと、貴方の弟さんがどういう……?」

ニーアは首を傾げ、聞いた。

「情報を聞き出していった結果、氷河族とクレーディト社は密接な関係を築いている。そして、氷河族の情報を弟に解析させた人間が、一人居る。それが、戦後氷河族と共に急速に発展したクレーディト・メカニクス社の社長、ノード・ベルン。」

ノード・ベルン。クレーディト・メカニクス社の社長を務める人間。この男が氷河族と何らかの関係があるという。だが、それは何なのかは、不明だ。

「私は情報を仕入れる為にあらゆる手を尽くした。金だけでない、身体さえも差し出した。自らを汚して、情報を得続けた。時に組織に貢献し、その中で信頼されるポジションになっていきながら。だから、私は今、消されなくて済んでいる……」

氷河族の情報を詮索する事は粛清の対象だ。彼女の場合、そこを上手くやり過ごしている。組織にとっても有益な情報を、彼女が売ったりしているからだ。

「私の容姿も武器になり得た。情報を、得る為の……ね。だから私の中で流れた精液の数は数えきれない。でも、この状況が続いていく内に、いつしかあらゆる情報を収集したいという欲が出てしまうようになってしまった。」

はぁと、奇麗な溜息を吐くウィリア。どこか、その横顔は僅かながら色香を漂わせている。そして、先程よりも表情が赤く染まってきている。

「ねえ、ニーア。色々な男と交わってきて思った事があるのよ。」

「……何、かしら。」

やや、過激な言葉を発するウィリア。酔いが回ったのか、そうでないのかは不明だが、先程まで弟の事について語っていた時と比べて、明らかに色気づいている様子だった。

「何故、男は、女と交わって、ペニスから精液を流す為に、大金を出したりするのかしらね……オナニーでは満足できないのかな……無理か。だから男は精子を出して自分を慰めるのね……自身のエゴで、女を汚す……多分、それによって傷つけられる事もあるのでしょう……」

そう言いながら、ウィリアはぐいとカクテルを飲んだ。

「貴方、飲み過ぎてない?」

明らかに酒のスピードが早い事を心配するニーア。

「そんなことは無い……。それよりも、私の質問に答えてよ。」

とは言うが、ウィリアの頬は赤く染まっている。弟の事を語り、惨い事件を思い出した事が大きく影響しているのだろうか。

「私、そういうのは余り深く考えた事はないけれど……本能も関係があるんじゃないかしら。子孫を残す為に男は女を求めるような……そんな気がする。」

「うん。多分、それが正解なんだと思う。失礼な言い方になるけど、俗っぽいけど。」

人は惨劇を経験した時、それを忘れようとする。今のウィリアの行動は、大切であった弟の事を想うが故の、所謂“やけ酒”に、似たようなものがあったのだ。

「私は情報を得る為に、人の情動、欲望、本能を利用してきた。この仕事をする上で、いつしか私は情報収集の中毒者になって行ったのかもね……それらを経験して思った事がある。」

ウィリアは、そっと溜息を吐き、呟くように言った。

「これだけ様々な情報が溢れている時代。それらを分析出来なければ、悪質な情報発信者に食い物にされる。それを受けたのがゲーンだった。そして、殺された。ゲーンは金銭を得られるという甘い罠に釣られて殺された。」

ウィリアの目は、どこか、虚ろだった。弟の存在が、彼女の中で大きなものである事が窺える。

「私がバンディットになってから接してきた人間達も、皆が目先の欲に釣られた。ただの欲だけじゃなく、的確に情報を分析せずに、情動のみで行動する人間も多かった。その結果、私は汚れつつも多くの情報を得た。代わりに、彼等は一時の欲と引き換えに金銭を失ったり、社会的に抹殺されたり、本当に殺されたりもした。愚かだと、思った。でも、皆、悪気があった訳じゃない。ゲーンだってそうだった。無知な人間を罠に嵌めようとする人間がいるからこのような悲劇が起こる。それを、痛感したわ……」

呆然と、空いたグラスを見るウィリア。彼女の寂しげな目には、何が映るのだろう。弟と言うかけがえのない存在を殺され、半ば自棄とも言える人生を送って来た彼女の目に映るのは、何なのだろうか。

「それでね、それらを理解した上で私も多くの人間を嵌めた事はあった。理由は簡単。単純に、金銭を欲していたから。戦後の不景気で金を欲する人間は多かった。だから情報商材等を売ったり、身体を売ったりして情報弱者を騙した。皆、多分悔しがっていると思う。でも戦後の時代でそういった事に関して警察が動く事は無かった。弟が行方不明になったのにも関わらず、警察が取り合ってくれなかったようにね。」

「貴方も、大変な思いをしてきたって訳ね。」

隣にいたニーアがウィリアの目を見て言った。

「でもね、それって結局は、ゲーンを嵌めた、ノード・ベルンと同じ事をしているって事なのよね。同じ穴の狢ってやつ……か。」

弟を嵌め、殺害に至った要因の人間と、いつしか同じ事をしているウィリア。だが彼女は矛盾を抱えながらも行動している。肉親を殺されたきっかけとなった人間に近付く為には、最早手段を選んでいられないのだ。

「ニーア、私ね、ゲーンを嵌めた人間を許さない。必ず報復はするわ。様々な手段を用いて……ね。」

虚ろだった目付きは変化した。鋭く、そして強い目つきに変化したのである。

 この瞬間を、ニーアは見ていた。顔つきもどこか変わったように見える。

「それって、つまりノード・ベルンを……?」

ニーアがそう言った時――

 

スッ

 

突如、ウィリアは札束の入った袋を、ニーアに渡し始めた。これが何を意味するのか。それを、ニーアは察した様子だった。

「お金、渡すわ。私も色々と語り過ぎた。同じ組織の人間である以上、口止めは必要と思って。ただし、それを受け取った以上は、貴方が万が一私の事をリーダーとか、組織の人間に密告したらそれなりのペナルティを覚悟してね。」

同じ組織に所属している上、ウィリアの発言は氷河族への反逆ともとれる発言だ。それを知られる事は、彼女自身にとっても危険が及ぶ。そうさせない為には、口止め料は必要不可避と言えるのだ。

 だが、ニーアはそれを受け取らなかった。それどころか、そのまま袋を彼女に突き返したのだ。

「せっかくだけど、そういうのはお断りするの。貴方の事情は分かった。だからって口止め料とか、そういうのは要らないわ。」

「へぇ、珍しい。それで、娘さんに何か買ってあげれば良いと思ったのに。」

「貴方の話が聞けた。それだけで、充分よ。これから戦争が起きるかも知れないし、こんな風に酒を酌み交わす事も難しくなるかも知れない。」

戦争になれば組織の暗躍どころの話ではなくなるだろう。世界はどのように動くのかも検討が付かない。だからこそ、ニーアは彼女から金銭を受け取る事はしなかったのである。

「ただ、貴方の友人として、忠告しておくことがあるわ。くれぐれも、気を付けて。」

そう言った後、ニーアは立ち上がり、バーテンダーに金銭を払い、去って行った。一人、残されたウィリアはカクテルグラスを片手に持ち、そっと、呟いた。

「こういう時、信頼関係というのは大切ね。本当に……」

“信頼”はビジネスやプライベートにおいても重要視されるものだ。それが無ければ成り立たないものは、数知れない。故に無下に出来ない存在であり、なくてはならないものだ。

 例えばクライアントとのアポイントを取った場合、その時間に遅れる事に対して一報がなければその時点で信頼を無くすだろう。信頼を築く事は人生を豊かにすると言っても過言ではない。今回のウィリア・ラーゲンにおいてもそうした事は言えるのであった。

 

 

 

「死ね」

 

悪夢はレイを苦しめ、そして、彼が殺される直前でいつも目を覚ます。今、時間は朝の8時過ぎ。レイは悪夢によって目を覚ましたのである。

 相変わらず原因不明の悪夢。決まった感覚で見る訳でもなく、見ない時もある、謎の悪夢。何故こうした不吉な夢を繰り返すのか、彼自身にも分からない事だ。

 レイはその事も心配であったのだが、それ以上に、今後どうなっていくのかも心配であったのだ。

(嫌な目覚めだ……まだこんな夢を見るなんて。)

はぁ、と溜息を吐くレイ。身体も、頭もどうという事はない様子の彼は、顔を洗おうとベッドから起きようとした――

 

ウィィィィィン

 

「お、起きてるな!おはよう、レイ。」

突如ドアが開いた。彼に声をかける人間の方向を見ると、そこにはスバキの姿があった。

「あ、おはよう。どうしたの?」

と、彼が聞いた時、スバキはぐいとレイの着ていた寝巻きの裾を引っ張り、言った。

「ビーチに行くぞ。レッツ海水浴だ!」

「……え?」

耳を疑った。何を言っているのか?海水浴?なぜこのタイミングでそれを言うのか。

「ビーチ!?なんで!?え、というかそんなに近い所にそんなのがあるの!?意味が分からない、分からないよ!?」

当然の疑問であった。だが、スバキはレイの言葉に構う事なく、言った。

「羽休めしてきたらってエリィが言ってるんだよ!おい!早く着替えろよ!ビーチここから歩いて、すぐなんだからよ!」

訳が分からないまま、レイはスバキに翻弄されていく。寝起きの状態で、いきなり“海水浴”という単語を聞くなど、予想すらしなかった為である。それも無理もなかった。彼はここに来るまでの間、意識を失っていた為だ。その為、外の状況を知らないまま、過ごしていたのである。

 

 

 スバキの言うように、徒歩で2分程度の所にビーチがあった。今は八月。灼熱ともいえる太陽が照り付ける時期。この時期と浜辺の相性は、小指で赤い糸が繋がっているかの如く相性が良いと言えた。

 ここ、フロリダはアメリカでも有名なビーチリゾートで有名だ。セイントバードはこの、浜辺の近くにあるジャンク屋に停泊させてもらっている。徒歩すぐの場所にビーチがあるという、絶好のロケーション。こうした場所に停泊させてもらえるのは、運が良いとしか言いようがなかった。東は太平洋、西はメキシコ湾。どちらを向いても雄大な景色を見ることが出来る、絶景は見る者を虜にする力がある。

 ビーチには何名か、人間が居た。観光客か、地元の人間かは不明だが、世界情勢が不安定な状況でも、一定数はこうした娯楽を楽しむ者は存在している。それは、いつ、いかなる時代でも同じだ。旧世紀から変わらない絶景を見る為、人々はこの地に訪れるのだろう。

 レイは急いで水着に着替えた。とはいっても、自前のもの等当然持っていない。セイントバードから借りてきた水着を着用している。一部丈のショートスパッツの水着。黒地に、側腰部に二つの黄色の縦線が描かれている、至ってシンプルな水着だ。まるで競泳水着のような印象を受けるそれは、この場においては少しばかり浮いているように見えた。

 日差しの強さに困惑している時、スバキが現れた。スバキの水着は水玉が描かれている、フリルの付いた水着であり、彼女の印象とは裏腹に、どこか可愛らしさを感じるデザインだった。

「スバキの水着……か。なんか、変な感じ……」

普段男勝りな印象を持つスバキが、明らかに女子らしい恰好をしている。その事に違和感を覚えていたレイ。その際、レイは彼女の胸元に視線をやった。それも、彼が男であるが故なのだろう。谷間が僅かに見える程度ではあったが、どこか、スレンダーな印象を持った。

 

パシィッ

 

レイの頭に何やら平手で叩かれた感覚を覚えたのは、その時だった。スバキが彼の頭を打ったのである。彼の言葉に対し、怒りを感じたのだ。

「痛っ……」

「馬鹿野郎!私が水着着るのおかしいのかよ!お前、ふざけんな!」

両手を腰に置き、睨みつけるスバキ。

「大体お前だってそんな男物の水着なんか変な感じじゃねえか!というか……顔が女なのに、体つきは意外と……逞しい所があるって言うか……腹筋も割れてるし……以外って……いうか……」

何故だろうか、スバキはレイの姿を見るなり突如顔を赤めた。普段、見ない彼の姿を見た為であろうか。だがレイはそれに対し、首を傾げた。寧ろ、じいと見られる事に対して恥を感じている。

「お前はエイリアンだ!なんでそんなに顔は女なのに、身体は男っぽいんだよ!変な奴!違和感凄いんだよ、お前!!お前は……」

と言っているスバキの方が、顔を赤めている。何故なのかは、分からない。レイにとっては不思議でならないのだ。

「そんなの、僕に言わないでよ!僕だって別になりたくてなってるワケじゃないんだし!」

レイは自身の顔が女顔である事を、時に悩んだ事もあった。今、レイは裸同然の恰好をしているが故に男と見られるが、女性に見える顔つきは、美貌ともいえる顔つきであり、スバキにとっては妙に見えて仕方がないのだ。

 

フッ

 

突如、レイの視界から浜辺の光景が消えた。そして、すぐに自分が誰かに目を塞がられた事を理解する。両瞼に、温かい感触を覚えたレイは、声を出した。

「あの、誰ですか?」

「だーれだ?」

聞き覚えのある甲高い女性の声。それを聞いてレイは分かった様子で答えた。

「分かりましたよ。エリィさんですね。」

子供のような行動を取るエリィ。レイの言葉に反応し、すぐに彼の目から手を放す。すぐに視界が戻ったレイは、後方を見た。

「もう、エリィさ――」

レイが驚愕するのにそう、時間を要さなかった。そこには、サングラスを前髪部分に引っ掛けており、髪を括り、上下共に黒いビキニ姿をしているエリィ・レイスの姿があったのだ。

 豊潤ともいえる胸の大きさに、すらりと伸びた足。そして、形の良いスタイルに、六つにうっすらと割れている腹筋。左腕には小洒落た腕時計を装着している。余りに魅惑的な彼女の姿はレイの目線を独占するのに、十分と言えた。そして、エリィはその姿を堂々と見せつけんとばかりにレイに迫るのである。

「どうやら楽しんでいるみたいだね、二人共。うんうん、少しでも休憩は大切だからねぇ。」

いつものエリィと、どこか違って見える。こうも裸に近い恰好を見ると、印象が変わるのだろう。だが、口調はレイの知る、エリィそのものだ。

(き、奇麗過ぎる……!エリィさん……こんな……こんなのって!!)

レイは思わず、目を逸らしてしまった。余りに魅惑的なエリィの姿は、レイにとっては恥じらいの対象以外の何者でもないのだ。直視する事さえも、許されるのか怪しい程に、今の彼女の姿は魅力的と言えた。

「エリィ!お前、その格好は目立つだろうが!十五歳の私にこんな事言われて恥ずかしくないのかよ!」

「あら、スバキさん。私は自分のプロポーションに絶対的な自信を持ってるの。だからこうしてビーチを歩ける。こんな、綺麗なビーチがあるからこそ、一層映えるのよね。」

「周りの奴等、見てるしさ!恥じらいを持てっての!」

実際、エリィの姿を見ている何人もの人間の姿があった。それらを見て、エリィは手を振っているのだ。まるで、自分がメディアに出演する有名女優であるかの如き、対応だった。

「セレブの女優だって堂々と綺麗な格好、してますよ?」

「だから、なんでそんなに自分に自信満々なんだよ!?それにエリィ、お前がいるとな、私が惨めに見えるってか……くぅ……おっぱいもっと欲しい……」

「大丈夫だよ。貴方は今は成長期なんだからこれからもっと大きくなるよ!フフッ……」

「うるさいな!お前に言われても説得力がないんだよ!」

両者のこのやり取りを見て、レイは平和を感じていた。半年の間に、スバキはチームに馴染んだ様子である。恐らく、レイ以上にチームの一員として動いてきたのだろう。

 マサアキの事や母親の事もあり、彼女は、一度は精神的に崩壊寸前だった。しかし今の彼女は違う。その状況を脱して純粋に今を楽しんでいる。彼女の状況を知るレイだからこそ、それを感じられるのだ。

(あ……肩が……)

レイはこの時、エリィの左肩に傷痕が残っていたのを見た。以前にマサアキに撃たれた傷痕である。傷自体は塞がっているが、表面からそれは見えてしまっている。痛々しい印象こそ持たないが、それを見たレイは少しばかり、彼女を気の毒に思ってしまっていた。

「レイ君、どうしたの?もしかして恥ずかしいとか?」

「いえ、そんなのじゃないです……」

あまり、言わない方が良いかも知れないと判断したレイは、黙る事にしたのである。

「フフ、そんなに恥ずかしがる事ないんじゃない?もっと、見て良いんだよ?男の子でしょ?」

と、言いながらエリィは顔を覗き込ませる。それに応じ、レイは彼女に目線を合わせた。

「もう!あんま見せつけないで下さいよ!スバキの言うように、もう少し恥じらって下さい!!」

左肩の傷痕が残っていても、それでも堂々と振る舞うエリィ。その事に対しても恥じらいを感じている、レイ。

レイはウブな人間だ。リルムと交際に至ったとはいえ、相手の裸を見たりする事に対し、恥じらいを感じる。その為、エリィの身体がより、印象に残りやすいのである。

「といいつつ目線が泳いでるんだよお前!むっつりスケベ!!」

隣にいたスバキが揶揄うようにレイの頭を再び打った。

「ち、違うから!」

「嘘吐け!てかさ、エリィはいつ身体鍛えてるんだよ。あれだけ四六時中忙しそうにしててどうやってそんなボディー作れてるんだよ。」

完璧ともいえる、エリィの身体つきに思わず嫉妬しているスバキ。彼女のプロポーションの秘密について、何気なく、聞いてみた。

「時間の有効利用だよ。四六時中忙しくても、必ず運動する時間を作る。たとえ30分でも、15分でも隙間時間を作る。後はご飯。どれだけ大変な時でも必ずバランスの良い食事を摂ってる。それで保ってます!」

と、腕を組みながら語るエリィ。忙しい中でも必ずそうした時間を設けているのがエリィの美貌の秘訣なのだろう。

「それにね、常に綺麗にしておく事はクルーの士気を上げるきっかけにもなるしね!世の中のアイドルやモデルが綺麗で居続けて、それを見た人達が癒されるように、私もそうでありたいと思うの!」

こうまで自信に満ちた人間が、デウス動乱時は落ち着いた性格だというのが想像出来ないと、思うレイ。

「さぁて、羽休め出来る時間は短いよ。セイントバードは交代制で休憩時間を設けているんだから。海水浴、楽しまないと損だよ、二人共!」

まるで保護者と言わんばかりにエリィは二人に海水浴を勧めた。

 先日に新生連邦に連行されそうになる事があったのに、それでもすぐに海水浴を楽しもうとする心意気。こうした状況の切り替えが出来るのが、セインドバードチームの強みなのかもと、レイは考えていた。

 

 

 太陽が照り付ける中の海水の心地良さは一味違った。火照る身体を海水が浄化するかの如く、身体に染みるようだ。海岸沿いの海の心地良さは一味も、二味も違うとはこの事だろう。

 レイは以前、海水をまともに受けた事があった。それは極寒の日本海での事。その冷たさは人間の居られる環境ではないと言えた。そこから一命を取り留めたレイ。その回復力は医師であるネルソンを驚愕させた。

 海水の心地良さは、ここ数日の出来事を忘れさせてくれるようだった。自身とリルムの拉致、ジャンヌ・アステルからの新型ガンダムタイプの受領、そしてサイコミュ兵器、ブリッツファンネル。これらの経験をしても全く身体に影響を受けていない、レイ。その事は、自身でも不思議に感じているのであった。

「気持ち良い……海水浴なんて、本当随分と行ってなかったから……まさかこうして行けるなんて思わなかったけど。」

海水に揺られながらレイは呆然と呟く。照りつける太陽と海水の冷たさが合わさり、心地良さを作り出していた。

(もしこんな事にならなかったらリルムと一緒に海、行けたら良かったのに……)

この場にいないリルムの事を想うレイ。心地良さの一方で、リルムがこの場にいない寂しさを、感じていたのであった――

 

バシャッ

 

優雅に海水の冷たさを感じていた時、レイの顔を海水が覆った。突然の事にレイは慌てふためき、咳をしてしまう。

「ケホッ……何……?」

海水を掛けられた方を見た。そこにはスバキの姿があったのだ。

「おい!いつまで一人の時間過ごしてんだよお前!一人でビーチに来た訳じゃないだろうが!」

「だからって、顔に掛けないでよ!溺れるかと思った……」

「お前が私の事、無視するからだよ!バカ!」

「無視なんてしてないよ!」

互いに出会った時、ここまで会話をする仲であっただろうか。接触回数が増えたりする等、環境が変わる事で、人はここまで変われる。人間にとって環境の変化や他者との交流は、それ程に、大切なのである。セイントバードの環境は快適とも言える。スバキの表情が、それを物語っているのだ。

「はいはい、二人とも喧嘩しないの。」

と言って来たのはエリィだ。相変わらずの魅力的な格好はレイを翻弄させる。

「戦争になるかもしれないって時にこうして海水浴が出来るのは幸せな事なんだよ?そもそもデウス動乱時にこうした事なんてまず、出来なかったんだから。」

それは彼女が軍属であったという事もあったが、戦争状態によって僅かな娯楽時間ですら許されなかったという事も関係しているのである。

「それにね、この海だって戦後の状況にも関わらずこんなに綺麗で保てているのは戦争ばかりしている人間達だけじゃなく、旧世紀の人間達が環境の事とかをきちんと考えてくれている結果が、今の世界を作り出しているんだよ。じゃなかったらこんな綺麗な海を見る事も出来なかったし、その上に映える私みたいな人間も生まれなかったって訳。全部が成り立つのは旧世紀から続く、過去の人々が今日まで頑張ってくれてきたから。地球やコロニーで生まれた人間として生きてきて、その役目を果たしてくれているから。私達はその事に感謝しつつ、生きていかないといけないよね。」

言葉の中にエリィの自惚れが合間見えたのだが、言葉としては間違っていない。

 この世界は旧世紀の人間達の努力が継続した結果成り立っている。海洋汚染も大きく影響せず、保たれている。それ以外にも、地球上の自然がそれなりの形を残しているのもまた、事実だ。

 だが人は戦争を繰り返す。戦争の度に、人類だけでなく、その自然も破壊される。破壊された自然を再生するのには時間を要す。結局は、その繰り返し。これも、矛盾と言えるだろう。

「だからと言って環境は大切だからーって言い続けて、その価値観を押し付けて結果的に人に損失を与える事があっても駄目だと思うしね。それで人を殺めるとか、苦しめるとか、それは極論になっちゃう。その共存が求められるのは、地球圏に生きる私達に課せられた永遠のテーマなのかも知れないね。」

エリィが語る言葉を二人は頷きながら聞いていた。それは、戦争を経験している彼女だからこそ、語る事が出来る内容なのだろう。

「家庭教師してくれてた時から思ってたんですけど、エリィさんって本当に先生みたいですね。」

彼女の言葉を聞いたレイが、言った。

「私ね、実は戦争の悲惨さを伝えたいと思って、一時期は教師を目指した事、あったからねー。でも結果的にMS乗りになったんだけど。」

「そうだったんですか!?知らなかった……」

「そう言えばエリィの事、あんまり分かってなかったな。」

二人のそれぞれの、感想。それを聞き、エリィは口を開く。

「けれどもMS乗りは戦争中に使われた兵器のスクラップ等を再利用したりしてるからね。基本的には命のやりとりの場面も多いけれど、一方で環境の事や人間の事もしっかりと考えて動いたりしているんだよ。今はアステル家がスポンサーとしてくれているんだけど、それでも基本的な事は変わらないんだ。」

「そんな事も考えていたんですね。」

「まあ、そこはMS乗りに寄るのかな。略奪ばかりを考えるMS乗りも居ますからね。そういうのって基本的に信用されないから。目先の利益とかを考える存在は早々に淘汰されちゃう。そんな世界なんだよ。」

それに該当するのは、以前チームが交戦したベレッサ海賊団だ。彼等は新生連邦によって雇われ、その結果セインドバードに負けた。新生連邦が出した目先の報酬に眩み、彼等は倒される結末を迎えたのである。

 

「レイ、スバキ。海はどうだ?俺らも随分久しぶりだからなぁ。」

「こんなの、贅沢ネ!ガースト、早く行きたいネ!」

三人が話をしている時、ガーストとプレーンのカップルが浜辺に姿を見せた。ガーストの身体つきは細く、引き締まっている。その上での男性用の海水パンツはビーチを歩くのに違和感がないと言えた。

 一方のプレーンはその豊満なバストを揺らし、歩いていた。その姿を見たレイは思わず顔を赤めてしまう。水着姿というのは裸に近いが故に、その個人のプロポーションが目立つ。ガーストとプレーンのカップルはスタイルも良く、その上で仲が良い。周りの人間が、嫉妬する程に。

「プレーンってなんであんなに、胸、でかいんだよ……私なんか全然……」

スタイルの良いエリィと、豊満なバストを持つプレーンの身体を見て、スバキは自信を無くしている様子だった。

「レイ、改めてお礼を言うよ。本当に助かった。あの時お前が来てくれなかったらどうなってたか分からないからな。」

「いえ、そんな。僕はただ、夢中でしたから。」

広大な海を背景に、ガーストは礼を言う。

 クルーとの交流も随分と久しぶりだ。無我夢中とは言え、ツヴァイガンダムでセイントバードチームを助ける事が出来たのは、レイにとっては何よりも嬉しい事と言えたのであった。

「ガースト、久しぶりに水着着れて嬉しいネ!水着のままチューしたいネ……」

突如プレーンが、言い出した。突然の言葉に、この場に居た皆が驚愕している様子だった。

「はぁ!?お前なぁ……まあ、良いか。」

 

チュッ

 

そして、ガーストもあまり嫌がる様子を見せなかった。そのまま、両者は接吻を交わした。レイとスバキ、エリィの三人が見ている前で、白昼堂々と。

「二人とも大胆ね!フフ……」

この様子を見て余裕の笑顔を浮かべるエリィ。それとは対称的に、公然と接吻を交わす二人に対して怒りを見せるスバキ。

「お前らもう少し場所を弁えろよな!公然猥褻!セイントバードでもキスばっかりしやがって!」

「スバキはお子様だから怒ってるだけネ!ねー、ガースト!」

「あ、ま、まあそう言う事にしておこうかな。」

「お子様とか関係なくそういうのやめろって!」

この光景を見て、レイはただ、呆然としている。

(相変わらずだなぁ、この人達も……)

これが、平和なのだろう。世界情勢が不安定とは言え、セイントバードチームは相変わらずの様子といったところか。スバキもチームに馴染んでいる様子であり、こうした団欒とした時間が流れている。故郷に戻る事が出来ない状況になったとはいえ、このメンバーの中ならば、頑張って過ごしていけるのではないかと、レイは考えていた。

 

ピピピッ

 

その時、エリィの腕時計が鳴った。彼女はすぐに応答する。腕時計はウインドウを開き、そこにはネルソンの姿が映し出されていた。

「艦長。大変な事になった。動画をすぐに見てくれ。」

「大変な事……?どうしましたか?」

「新生連邦が動画配信をしている。Eフォンから見れるだろう。我々に関わる事だ。確認しておいた方が良いだろう。」

「ええ、分かりました。大尉、ありがとうございます。」

そう言って、ネルソンからの連絡は切れた。新生連邦の動画配信とは、何を示すのだろうか。この場に居た誰もが、その事に興味を抱いていた。

 

 浜辺に戻り、Eフォンを確認する彼等。急いで動画アプリを開き、新生連邦の配信を見たのである。

 そこには、軍服を着た総司令、レヴィー・ダイルの姿があった。側にはソフィア・ブレンクスの姿もある。今から、何を語ろうと言うのか。この動画は全世界に配信されている、ライブ中継で放送されていた。

「メディアを通じてご覧の放送を閲覧されている皆様。私は、レヴィー・ダイル。新生連邦政府軍の総司令を務めております。ご存知の方も多いかとは思われますが、今、世界情勢は混迷の状況に差し掛かっております。デウス動乱の混乱期を経て、新生連邦政府軍を樹立し、地球上に敵性戦力が出現しないように戦力増強を続けてきました。ですが、それも限界が近いようです。何故ならば、この地球上には新生連邦政府以外にも、平和国連盟の軍隊である、国際平和連合軍が存在しています。彼等、平和国連盟は平和主義を唱えており、その存在を維持する為に加盟国民から平和主義の維持費の調達をした上で、この、国際平和連合軍を存在させています。これは紛れもない矛盾であり、自らが軍隊を持つと言う事自体、平和への冒涜と言える事でしょう。」

平和国連盟への批判。レヴィー・ダイルはその事を語った。この時、セイントバードチームの皆が、何かしらの“予感”を感じていた。これが、何を示す事であるか……を。

「平和主義を唱えている組織が平和と対になる存在である、軍隊を所持している平和国連盟。この矛盾は世界の混迷そのものであると、我々は判断しました。この世界に、管轄の異なる軍は二つも必要はありません。これまでが異常だったのです。これから行う事は、地球上の戦力を一つに戻す為の行為です。一時的な戦争状態になる事は承知の上で、メディアをご覧の皆様には理解をして頂きたい。」

“戦争”という言葉が、総司令から出た。この瞬間、セイントバードチームのクルー達は誰もが息を飲んだ。

「我々新生連邦政府軍は、平和国連盟に対し、正式に宣戦布告の宣言をします。今から二時間後、平和国連盟本部、ニューヨークに向け、我が軍による作戦、オペレーション・デモリッション・クリエイションを始動します。」

新生連邦軍が、正式に平和国連盟に対して宣戦布告をした瞬間だった。この瞬間、デウス動乱後の平和と呼ばれた期間は崩壊したのであった。

 

参考文献

※1奈良勲(著)「魔女と詩人との対話」p.58幻冬舎、

2021年より一部改変

 




第四十一話、投了。
ウィリア・ラーゲンは情報に特化したバンディットであり、その恐ろしさなどを知っている人物として描いています。
SNS上での危険性などを伝えている彼女の目的は、弟を嵌めた人間への復讐。
そして、始まる本格的な戦争状態。ここから世界は大きく動いていくといった話でした。
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