氷河族のメンバーとして暗躍しているメイド・ヘヴンはシュネルギアを強襲。
その一方で氷河族の新たなる野望が動き出していく。
シュネルギアがアッサラームを発った頃、とある、一隻の水上艦の中にて。そこには柄が良いとは言えないような人間達が集まっていた。
それは、新生連邦軍の水上艦だ。だが、何故搭乗している人間達は皆が軍服を着ておらず、上衣をTシャツ、下衣をジーンズで纏っている屈強な男達が集まっているのか。それには、理由があった。
彼等は所謂ならず者であり、先のオペレーション・デモリッション・クリエイションの作戦で撤退していった新生連邦の戦艦の内、一隻を強襲。その結果、彼等はそこを拠点にし、行動していたのである。
彼等は氷河族と呼ばれる組織の人間達だった。拠点となる場所を奪い、そこに、彼等のMSを搭載して行動をしていたのである。
「戦争の混乱で水上艦を奪えたのは幸運ってやつっすね、旦那ぁ。」
一人の屈強な男が、とある一人の男に言った。鋭い目つきをしており、赤茶色の逆立った髪形をしている、凶暴な顔つきの、男。メイド・ヘヴンである。
「こんな賊みてぇな真似して糞連邦の戦艦奪うっつーのはなぁんか引っ掛かるが、まあいいやぁ。それよりも、さっきの戦闘でシュネルギアって戦艦が乱入してきやがった。それはあの、アステル家の戦艦だそうな。」
“アステル家”と言う部分を強調したメイド。それは、以前にアステル家の敷地内で同じ氷河族の内部の人間を殺害していた時にアレンとジャンヌと再会し、因縁を付けた事が関係していた。
その際はエネルギー切れで撤退したが、ここに来て以前の借りを返すことが出来ると考えていたメイドは、シュネルギアを狙うように動くよう、指示をしていた。
何故彼が指示を出来るのか。それは、このメンバーを指揮する立場にあるのが、この男だった為である。
氷河族のパニッシャーと呼ばれている男、メイド・ヘヴン。かつてのデウス動乱でデウス軍の傭兵として活躍していた男は、今、シュネルギアに対して攻撃を仕掛けようとしていたのであった。
「にしてもまさか、あのアステル家が介入してくるとは思わなんだっスね旦那。それで、ジャンヌ・アステルを上手く人質に出来れば出来たら身代金たんまり貰えるッスね!しかもあの美人が相手なら尚の事やべぇっスねー。」
「上手く行けば世界的歌手が没落して男達の奴隷!みたいな展開も出来る訳か!そりゃ面白そうじゃねえの!」
男達が、品の無い、妄想のような事を何気なく言った。それに対し、メイドは溜息を吐き、言った。
「簡単に抜かしてんじゃねえぞ雑魚共がよぉ。」
メイドの視線が、男を睨む。鋭い目線は屈強な男さえ、黙らせるのだ。
並の人間ならば喧嘩になるであろう台詞だが、メイドの場合は違う。彼が放つプレッシャーはオールドタイプである男にも伝わっており、冷や汗を掻かせている。
「そもそもてめェらちゃんと頭で考えてんのか?おちんちんで考えてんじゃねぇの?おん?」
メイドの言葉が部屋に響く。
「連中には一度煮湯を飲まされてンだわ。俺ですら知らねぇ、トンデモオカルトパワーをジャンヌ・アステルは持ってんだわ。てめぇら令嬢陵辱とか薄い本とか素人の妄想小説みてぇな事やろうと本気で思ってんなら、アホ丸出しやで。」
メイドの口から語られた言葉。屈強な男達の目的は金か、それともジャンヌ・アステルなのか。それは分からない。
メイドは一度経験している。彼女が放った、“イズゥムルート”を。
「まあ、底辺コジキみてぇな事して利益上げ上納金納めなあかんねんやろ。てめぇら格下連中はよォ。」
男達を見下すような言葉を発した、メイド。
実際、彼等は氷河族に所属してはいるが格下組織の人間だ。故に、旧正規の盗賊のような真似をせざるを得ないのである。
メイドはあくまでも、彼等と所属が違う。彼等に、応援として呼ばれたに過ぎない。
「メイドの旦那、あんまり口が過ぎるとちょっと殺意湧いてきますね。」
一人の男がメイドに対し、敵意を見せた。中肉中背で、屈強とは言えない体型をしている、二十代前半の年齢のその男。周りの人間がメイドに対してプレッシャーを感じる中での、言動。勇気と言うべきか、無謀と言うべきか。
「ほぉぉ。お前、確か戦後に学校に乱入して子供を無差別に殺して、死刑食らって服役してた所をスカウトされたイカれヤローじゃねぇか。」
この場には凶悪犯罪者の姿もあった。彼等の大半はまともな仕事に有り付く事が出来ないで、世に無意味な怨恨を抱き、その結果、罪を犯した者の姿もあった。メイドに喧嘩を売ったこの男も例外でない。
自らが犯した罪を償わず、組織の力で釈放されているこの男。当然ながらこの男を恨む人間は多い。何せ、罪なき子供をこの男のエゴで殺されたのだから。
「こっちは何の躊躇いもなくクソガキどもをぶっ殺してやったんだぜ?その気になればあんたとて殺せんだよ。あんまり、調子乗った事言ってんじゃねえぞメイドさんよ?“お帰りなさいませご主人様”みたいな名前しやがってよぉ?」
この場で考えられる事。それは、喧嘩。凶悪犯罪者と、戦闘狂という組み合わせの、喧嘩。今、それが起きようとしていた。どちらかが、どのように動くのか。この場にいた人間達に緊張が走る。
「人は愚かなものです、特にお前。」
パァンッ
喧嘩は生じる前に終わった。メイドは躊躇する事なく男の眉間に向けて銃を放つ。構成員達が見ている、目の前で。
眉間からは血が溢れている。それだけでない。大脳らしき物体が男の後頭部より溢れている。血色に染まったそれらは銃の勢いと共に激しく飛び散り、男を天に召したのだった。
「ガキを殺したから偉いってか?勝手に抜かしてろや。こっちは人殺しのギネス記録狙ってるっつーのに。小物が語ってんじゃねえよ雑魚野郎が。」
と、言いながらメイドは銃をポケットにしまった。彼はパニッシャーとして多くの組織の裏切り者を殺してきた。今回の場合、メイドに喧嘩を売った凶悪犯罪者がメイドの手によって殺された。それだけなのだ。
「どうせ殺すなら恨まれてる奴死んだ方が世の中すっきりするだろ?あのゴミ生かす為に組織は政府に金払って釈放させたって事かよ。もったいな。」
氷河族のような犯罪組織が在り続けている理由の一つに、多額の金銭のやり取りが関係している。先程メイドが殺害した男のように、死刑囚や凶悪犯罪者でさえも、組織が着目すれば金を使って釈放させられる。その条件として、構成員として加えることが出来る。このように、勢力を拡大させていっているのが氷河族なのである。政府としても納金をする為、互いに得な状態と言えるのだ。無論、これは公になっている事ではないが。
「それはさておき、あの戦艦を襲うぜてめぇら。こっちは戦闘さえ出来りゃ何でも良いんだけどな!ハハー!!!」
彼の叫び声と共に、男達は動き出す。凶悪な男、メイド・ヘヴンを筆頭に、シュネルギアに敵が迫ろうとしていた――
「エマージェンシー!大型の熱源反応感知!その周辺には別の熱源!数は十一!」
シュネルギア艦内に警報が鳴り響く。氷河族がシュネルギアの後方から砲撃を行って来ているのだ。ビーム粒子が艦に向けられている。これに応戦するシュネルギアだが、周辺を飛ぶ氷河族のMSが攻撃を仕掛けてきている。
氷河族のMSは、以前アルメジャン紛争でタウラにも渡っていたMS、ファドゥームが十機、空中を舞いながらバズーカ攻撃を行っている。左前腕部から先は鋏型の形状をしており、そこからビーム砲撃が可能な、特殊な形状をしているMS。氷河族のオリジナルの機体ともいえる機体であり、各戦場で同機体が確認されてはいるが、製造元が分かっていない機体である。
これらを迎撃する為に、アレンが出撃しようとしていた。カタパルトにブライティスが設置され、その、カメラアイを輝かせようとしている。
キシィン
ブライティスのカメラアイが、輝いた。シュネルギアのカタパルトから、ガンダムが発進しようとしている。
『発進OKだよ、アレン。』
ココットの声が聞こえたと同時に、アレンはヘルメットのバイザーを閉じ、操縦桿を握った。
「アレン・レインド、ブライティスガンダム行きます。」
ブライティスが海上を飛び立った。青いウイングが海の青色に合わせるように輝いているように、見えた。
戦闘が開始した時、一機のファドゥームがブライティスに向けてバズーカを撃ってきた。だがブライティスはそれを避け、ビームライフルを放ち、一撃でファドゥームを破壊した。
だが敵の数は残り九機。短期決戦で臨もうと考えていたアレンは、ウイングを展開し、敵機体を狙い、ビームを一斉に放った。
このビーム砲撃がファドゥームを一斉に破壊した。瞬く間に氷河族のMSは海上に墜落していく。力の差は、歴然だ。犯罪組織の機体とアステル家のガンダム。その雲泥の差を、見せつけた。ファドゥームはこの一撃で八機同時に撃破された。殺された者も居れば、脱出したパイロットも居る。
「そこか。」
アレンはモニター越しに、ビームサーベルを展開し、迫るファドゥームの存在を見抜いた。
接近するファドゥーム。しかし、ブライティスはそれに対してあえて回避する事なく側腰部からビームセイバーラックを抜き、ビーム刃を展開し、コクピットを貫いた。この間、僅か三十秒にも満たない。彼は瞬く間に氷河族のMSを撃破したのだ。
ドオオオオオ
その時である。背後から熱源を感知したアレン。これに対応するように、急いで回避運動を行った。強大なビーム粒子。それを放った機体は何かと、確認するアレン。
そこにはグラントロールの姿があった。アイドビームカノンでブライティスを狙った、グラントロール。パイロットは、メイド・ヘヴンだ。
「ヒーハー!!!久しぶりじゃねェかアレン・レインドォ!てめぇが乗ってんのは分かってんだぜ!中二病丸出しデザインのガンダムさんよォ!!!」
「メイドか……」
モノアイを輝かせ、魔爪が迫る。ビームグローブがブライティスに向け、迫る。ビームセイバーを展開し、攻撃を行うが、グローブが剣を鷲掴みするように防ぐ為、切断出来ない。
「そこで空かさず攻撃するのが俺っち!俺のターン!グラントロールの攻撃ィ!目ェからビィィィムゥ!!!」
メイドの叫び声と共に、グラントロールから高出力のビームカノンが放たれた。だが、これに反応したブライティスは左前腕部をコクピット前に移動させ、バリアーフィールドジェネレーターを展開し、ビーム砲撃を防いだのである。
「あの出力を全部防いだだとぉ!?」
メイドはその装置の存在に驚愕していた。ビームを防ぐバリアーフィールド。それが展開されては、グラントロールの兵器は歯が立たないのだ。
「お前は早急に蹴散らす……!」
ピシュンッ ピシュンッ
アレンの脳内に電流が流れた後、ブライティスのウイングからブリッツファンネルが放たれた。四基が一斉に、グラントロールに向けて放たれる。
「なんだァっ!?あの兵器……サイコミュ兵器か?」
ファンネルはグラントロールに迫る。しかし、メイドもシンギュラルタイプの力を持つ人種であり、これらを見極める事が出来る。
これらがサイコミュ兵器である事を見抜いたメイドは回避運動を行いながら、迫るファンネルをグローブからのビーム砲で対抗する。だが今度は別方向からビーム刃を展開したファンネルが、グラントロールに迫って来たのだ。
メイドはこの兵器を恐れる事なく、寧ろ、対抗心を燃やしていた。グローブから更にビーム砲を展開するが、ファンネルはこれらを見抜いたように回避をする。それらが連続で放たれても、回避を続ける、ファンネル。この事からアレンが如何にサイコミュを扱いこなせているかが伺える。
やがて、別方向からのファンネルがビーム粒子を放ち、それはグラントロールに直撃。これを機に、容赦なくメイドを襲った。更に迫るファンネルに寄る波状攻撃はメイドを追い詰めていく。
「避け切れねぇ!?こんなモンに俺がやられるだと!?」
グラントロールは一度、後退する為にバーニアの出力を上げて後方へ移動する。だが、それを見抜いていたアレンは言った。
「遅い!」
それに伴い、迫るファンネル。
「俺が遅い!?俺がスロウリィ!?冗ぉっ談じゃねえええええ!!!」
この言葉を機とし、怒りを覚えたメイドは後退しつつも、攻撃を加え始めた。ハンドビームカノンを撃つ動作を始めたのだ。だがこれらを撃ってもファンネルは素早い動きでそれを避ける。
やがて一基のブリッツファンネルがグラントロールのバックパックを突き刺し、動きを止めた。その拍子に他のファンネルも次々にグラントロールを突き刺していく。
「ウボアー!?」
やがて、ブライティスの側腰部に搭載されているブラスターファンネルが、太いビーム砲撃が放出された。この一撃に寄り、頭部を覆っていた装甲が剥がれ落ちていき、グラントロールは胴体のみの、〝達磨〟状態になった。
こうなっては何も出来ない。コクピットは無事だったメイドは、捨て台詞を履く。
「くっそー、やりやがったな!!」
だがそれも間もなかった。グラントロールは爆発を起こし、機体の形状を崩壊した。これと同時に、シュネルギアは水上艦を攻撃し、撃破していた。アステル家を襲撃する予定だった氷河族のメンバーは、全滅したのだ。
瞬く間の出来事だった。戦闘開始から三分も満たない状況で、敵勢力の全滅を確認したシュネルギア。海上を浮かぶブライティスは、破壊されているファドゥームの残骸を見下すように、その青いウイングを展開していたのであった。
「メイド・ヘヴンを倒したのですね。アレン。」
そう語るのはジャンヌだ。敵の中にいた機体の姿を艦内のモニターで確認していた彼女は、敵の中にメイドが居る事を理解していたのである。
「ああ。それに、ファンネルの扱いも少しずつだけど慣れてきているような感じはする。だけど、もう少しあれに乗っていても感情を許せるようになりたいな……」
今、アレンが話している時は戦闘中と違い、穏やかな表情を見せている。感情に呼応するシステム、クリスタルシステムの真相が不明である以上、アレンは、戦闘中は出来るだけ感情を抑えなければならないと、考えていたのである。
「心の安寧を得るというのは難しい事ですわ。如何なる時でも平時のように振る舞う事自体、並ならぬ精神力が必要とされます。医療職の人間が急変した患者に対しても平時のような心で居られる事のように、穏やかでいる事は難しいのです。」
しかしそれを求められるのが戦場。特に、ブライティスは感情のコントロールを常に求められる。それを基盤とする、拠り所がアレンには必要なのだ。
「精神を安定させるには、何が必要だろうな……」
何気なく、アレンが聞いた。
「それは、貴方自身が知っている筈ですわ、アレン。」
「俺自身が?」
戦闘中と違い、ジャンヌの表情はどこか、穏やかに見える。しかし一方で、影を見せているようにも見える。
「私の口からそれを言わせるのは、貴方自身が迷っている何よりの証です。私はあえて言いません。貴方自身の心に聞いて下さい。」
この話を聞き、アレンは、ジャンヌの言いたい事が理解出来た。彼には最愛の人がいる。それが、答えの筈だった。
「それとも、迷っていますか?私の事で。」
「ジャンヌの事で……?」
ジャンヌは、自らの口唇に指で触れ、まるでアレンを挑発するかのように振る舞う。
「貴方はココットさんという、お付き合いをされている人が居ながらも私とキスを交わしました。それも、二回。私はあの時の感触を鮮明に覚えています。」
セントマリア号内での、出来事だ。まるでジャンヌはそれを、挑発し、煽るかの如くアレンに対して言うのだ。
「キスの価値観はそれぞれでしょう。貴方が私に対して行ったキスはどのような意図があったのでしょうか。その“行為”の事実と、貴方自身の意図は一致しますか。」
「ジャンヌ、言っている意味が分からない……君は、俺を揶揄っているのか?」
「それも、貴方自身が考える事ですわ。それらが解決した時、貴方は心の安寧を得られるのではないでしょうか。それよりも少し、休んで下さい。」
意味深な言葉を残し、ジャンヌはブリッジへ向かう。
彼女はあの時の接吻をどのように感じていたのか。アレンにとって、あの時は必死だった。心を病む彼女を奮い立たせる為の行為。だが、当人はどう捉えているのか。彼はそこまで深く、考えられなかった様子だったのである。
新生連邦と平和国連盟が対立してしまった世界情勢。新生連邦の宣戦布告は各地で大きな話題として取り上げられた。不安を抱く市民達。世界が再び戦争状態になっていく事を、誰もが恐れるのは至極当然と言える。
だがその中で戦争である事を喜ぶ者も居るのも、また、事実。ある、暗い部屋の一室にて。そこには氷河族の一部組織のリーダー、アルン・ティーンズが何者かと連絡を取っている姿があった。
メンバーの姿はどこにもない。部屋に居るのは、彼だけだ。その中で、アルンは誰と連絡をとっているのだろうか。
「アルン・ティーンズ。お前達のチームのお陰で随分と世界情勢は変化した。こちらとしても順調に利益を伸ばす事が出来ているよ。ありがとうと言っておこうか。」
アルンが電話で連絡を取っている人間の声が聞こえた。暗く、どこか気味の悪さを覚えるような低い声。本人の声なのか、それとも変声しているのかは定かではない。
「さて、日本のフォン・ヤマグチ暗殺の依頼の後で行っている“件”についての進捗はどのようなものか。」
電話越しの声の主が、言った。
「順調です。組織が作った、“麻薬”の拡大ですね。」
アルンが言ったその言葉は何を意味するのか。戦争状態を作り出した上で、麻薬の拡大と言った、アルン。
「それならば良い。麻薬は古来より使用されている薬であり、医者以外の使用は禁じられているとされるがそれらが巨万の富を築く源であるのは旧世紀から同じだ。氷河族が作り出した“特殊麻薬”をより、多くこの世界に広める事。それがお前達に課せられた仕事だ。」
特殊麻薬。相手はそう、言った。不吉なワードが並んでいるのに対し、アルンは動じる様子なく、反応する。
「人間は欲深い生き物であり、常に快楽を求めている。それはいくら新生連邦政府や平和国連盟といった組織であれ、それらを動かしているのは人間に過ぎない。それらを更に動かす鍵になるのが“特殊麻薬”と言う訳だ。」
世界情勢を変貌させたきっかけを作り出した組織、氷河族の次なる行動。それは麻薬の拡大。それも、従来のものとは異なる特殊麻薬という不吉な存在を拡大させると言う指令。相手の人間は何者なのか。世を混乱させて、何がしたいのだろうか。
「私は、ボスの発展を願っていますよ。その為に活動出来るのなら、光栄ですよ。」
ボス。アルンの口から出た、台詞。つまり、彼が今話しているのは氷河族のボスという事になる。
世界を変えた組織のボスとはどういった存在なのだろう。その姿を知る者は、居ないとされる組織の、ボス。それの意図は不明であるが、アルンはこのボスの言葉に従順だった。そこにあるのは、ある種の信頼関係が成り立っているようにも見える。
「人工知能が発展し、人類は人工知能に支配されると旧世紀の学者は提唱した。それを危惧した人類が人工知能の発展を抑止したのが今の世界情勢。家電類を始めとした、多くの機械は人工知能によって管理はされてはいるがMS等の兵器は人間が操る事で発揮している。地球圏は未だに人類が食物連鎖の王で在り続けている。この事は我々にとって都合が良い。本当に、良かったとさえ思っている。」
「仰せの通りです。人間が居なければ我々の存在さえもなかったですしね。」
アルンが、言った。その時の表情は、明らかに心地よさそうだった。まるで、自身が心から敬愛している存在と会話を交わしているかのような、口振りだ。
「戦争を引き起こし続けるのも人類だが、その結果利益を得られているのも、事実。」
「仰せの通りです、ボス。」
氷河族のボスとは、何者なのか。平和世紀という時代になっても人間が生きている世界を光栄に思う、妙な人物。それが、氷河族のボスなのだ。
「それと……組織の秘密を暴こうとしている人間が居る可能性がある。それに関しても警戒をしておくと良いだろう。検討を祈っている。」
意味深な発言をした後に電話が切れた。その後、アルンはそっと、呟いた。
「戦争状態の継続がボスの望みならば、私はそれを遂行するだけ。この世界は、ボスの為に。私はただ、動くだけだ。」
組織を形成する上で大切なのは、側近に当たる人間への絶大な信頼関係である。その上での下部組織のメンバーは、それぞれの思惑があろうと、余程の事が無ければ組織が転覆することは無い。これは、歴史が証明している。信頼できるものは己の側に置き、信頼に足らない者は外に置く。それが、組織の基本構造だ。
アルンはボスと話をすることが出来る。つまり、ボスから信頼をされているポジションに当たる人間という事である。その彼も、部下を持っている。その部下達はボスの姿は愚か、声すら知らない。それは、信頼される、されない以前の問題であり、安易な裏切りに遭ってもすぐに始末出来るようにするという、ボスの配慮である。
平和世紀の時代においても、この構図は変わらない。ギャング、マフィアと言った組織が裏社会を支配していたとしても、組織の長に当たる人間への絶対的な信頼、服従は必要不可欠。旧世紀のマフィアのボスへのオメルタ(血の掟)等が、それに該当する。それが無ければ、組織に仕えることは出来ない。万が一裏切りが発生すれば、それは即ち、“死”を意味する。無論、ボスの意向が麻薬の拡大というのならば、それに応じなければならない。
彼等が拡大させている、“特殊麻薬”とは何か。この存在が、世界情勢にどのように影響を与えているというのだろうか。
フォン・ヤマグチが殺害された上で、氷河族の構成員を中心に特殊麻薬が流通しつつあった。それらの流通は主に新生連邦や国連の兵士に伝わっていた。
何故兵士なのか。それは、戦争状態のストレスから解放する手段の一つが、この麻薬であった為だ。死と隣り合わせの兵士にとって麻薬で気分を高揚させる事は、軍としても効果があった。本来ならば取り締まるべき存在の麻薬が横行しているのは、こうした事情もあった為である。
無論、副作用も存在する。用法、用量を間違えれば幻覚や極度の頻脈等の症状に陥りやすい。多量摂取では死に至る。しかし用法、用量を守ればその麻薬は精神安定としての効果も発揮する。それも、異常な程に。従来の精神安定剤を凌駕する存在として、密かに注目されていた。
これらは特殊強化モデルにも使用されている。ニッカ、ハーディ、シエルの三人の抑制効果として、特殊麻薬を更に変化させたものを注射させ、彼等の精神コントロールを保っている。無論、違法麻薬ではあるのだが軍はその事を黙認した上で、投与しているのだ。氷河族が軍に対して払っている多額の上納金がそれらの効果を成しているのだ。
しかし問題もあった。それは、特殊麻薬の横行が次第に軍関係者のみならず、時に一般市民にも広がりを見せる事があったのだ。目先の快楽を求めんと、高額の特殊麻薬を、借金をしてまで購入する人間も出現したという。これに関して世界中の警察組織は警戒をしたが、そもそもの元締めが氷河族と言う、巨大な組織であり、警察組織でさえ介入できない存在となってしまっていたのである。そもそも軍関係者にも内密に知られている時点で、隠した組織である警察が捜査など出来る筈がない。仮にしたとして、組織の真相に辿り着いた時、消されるのは分かり切っている話である。
故に、特殊麻薬が普及するのに、そう時間を要しなかった。それは氷河族と言う組織だからこそ、成せる業であった。例え未成年の青少年に麻薬が渡っていたとしても、それらを止める人間が居ない。資金力のない親は、泣き寝入りをせざるを得ない。警察も、軍も立ち入れない存在であるが故だ。
人類は人工知能によって滅ぼされず、その上で機械文明の恩恵を受けて時代が進んできたこの世界。だが、人は結局、目の前の悦楽、快楽には抗えない。故にこのような、原始的な麻薬と言ったものが普及する。それを普及させているのが、一般人は愚か、警察組織、果ては軍でさえも入る事の出来ないとされる組織、氷河族なのだから。
そもそも、軍自体も恩恵を受けており、彼等に対して強制捜査をする理由がない。そして、この件について調査をしようものならば“パニッシャー”によって殺害される。組織の情報を知る者は、容赦なく殺されてしまう。
戦後の混乱期を経て、急成長をした巨大な組織、氷河族。そのボスに忠誠を誓う、アルン・ティーンズが率いる一部組織の中に、一人の少年の姿があった。ゼオン・ニーマード。彼は組織の一員として少年構成員として活動していた。だが、その残虐な光景は彼のような少年には余りに荷が重かった。
組織の人間と行動を共にするに連れ、次第に仕事を与えられるようにはなった。だがいずれもが残酷とも言える仕事内容ばかりであった。遺体解剖の補助、捉えた人間への投薬実験の補助、同世代の少年、少女に対する特殊麻薬の取引、未成年の人身売買等。
そうした仕事をしていくに連れ、以前のフォン・ヤマグチ暗殺の時よりは組織の一員として認められるようになって行った。
だが、彼に異変が起きた。数々の惨い光景を目の当たりにし、アルン率いる氷河族に嫌気が差してしまった。その彼は、ついに組織から逃亡をしたのである。
組織のネットワークは深い。そして、裏切りは許されない。その中を、ゼオンは逃げた。彼の逃亡を幇助した人間が、居たのだと言う。
ゼオンはその人物のお陰で組織から逃げ出す事が出来た。やがて彼は、日本に辿り着き、姉のエレンと合流した。エレンは始めに大喜びをした。
「姉ちゃん!俺……俺が間違っていた……!ごめん、姉ちゃん!」
そこに、氷河族の構成員として蠢いていた時の少年の表情は、無い。あるのはただ、恐怖に怯えていた年相応の少年の姿だ。
「良かった……本当に良かった……良いのよ。もう、貴方はあんな所にいなくて良いから……!今からでも遅くない。私と一緒に警察へ行こう。罪を償って、生きて行けば良いから……もう、貴方を苦しめるものは何もないの。いくらでも、やり直せると思うから。」
姉のエレンはせめてもの罪滅ぼしとして、ゼオンと共に自首を求めた。彼は人を殺めている。そして、組織に居る内に多くの人間の惨い光景を目の当たりにしてきた。そこから逃げ、自らが捕まり、全てを終わらせようと、考えていたのだ。だが――
「警察なんて、無意味だ……」
ゼオンが、言葉を発した。それを疑問に思う、エレン。
警察が無意味とは、どう言う意味なのか。犯罪組織から逃げるのに、何故?
「どうして?警察は何もしないなんて、そんな事ない筈よ……」
「組織に入った以上、警察は宛にならない。俺みたいな末端の人間を逮捕したって、奴等は必ず俺を連れ戻しに来る。どんな、手段を使ってでも……」
それは、どういう事を指すのか、エレンには、理解が出来ないでいた。
「……とりあえず今は家においで。大丈夫、そこで少し過ごそう……私と一緒なら、大丈夫だよ。きっと……これからの事は、そこから考えれば良いから。」
エレンの優しい声が、ゼオンには響く。氷河族と言う組織を抜けたゼオン。彼には迎えられるべき人間が、居た。エレン・ニーマード。実の姉。彼等の家庭環境は定かではないが、恐らく、数少ない肉親なのだろう。
だが、この場に長時間居るのも危険だ。組織を逃げ出したことが万が一明らかになれば、彼も追われる身となる。そうなれば、エレンも同罪だ。それだけは、避けたいと考えていた――
「確保しろ!このガキだ、組織を裏切ったのは!」
そこへ、二人の人間が現れた。黒いスーツを羽織った、長身の男。この時、ゼオンはびくりと反応し、驚愕している様子だった。
「まさか……こいつ!?」
ゼオンは一目で分かった。“組織の人間”だと。そうなれば、逃げるしかない。
「姉ちゃん!俺から離れ――」
ゼオンは叫ぼうとした時、突如声が出なくなった。何故?姉の姿は見えている筈なのに、視界は徐々に狭くなっていく。
やがて、そのままゼオンは倒れてしまった。意識を失ったのである。
「あ……あああ……」
彼は、“ショックガン”のようなもので撃たれた。電流が流れる特殊な、銃。それを背中に受け、ショックを受けたゼオンは意識を失ってしまったのだ。
「組織を裏切る事は許されない。裏切りは本来“死”を意味する。お前にも来てもらうとね。ゼオンの姉。」
エレンの目の前に居る、一人の女が姿を見せた。今、この場には三人の男と一人の女が居る。いずれもが氷河族の人間だ。
女は特徴的な白衣を羽織っている。彼女のトレードマークなのだろうか。妙な笑みを浮かべ、エレンを見ている。女は、ウネフ・ミカハラだった。組織を裏切ったとされるゼオンを追う為、日本へ来たのである。
「……エレン、です。エレン・ニーマード。」
「命が惜しければ、来い。」
ウネフの一言。その瞬間、姉のエレンも意識を失ってしまった。
姉弟(きょうだい)は瞬く間に氷河族に捕まってしまった。逃げ出した筈のゼオンだったが、組織の膨大なネットワークに引っ掛かってしまったのだ。ゼオンを逃がすように幇助した人間は何者か。それらも込みで、これから話が始まろうとしていたのだった――
数日後。暗く、湿った場所に二人はいた。日の光も当たらない場所。そこが何処なのか、全く判らない。
この時、先にゼオンが目を覚ました。この時、腕に違和感を覚えていた。両腕が縛られている。それも、固い、手錠のようなもので。その感触だけは、分かった。だが問題がある。前が見えないのだ。彼は目隠しをされていたのである。彼は、焦りを感じていた。ここが何処なのか、あれからどのようになったのかも分からないまま、ただ、動揺していた。
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。姉の声である。
「ゼオン……ゼオンなの?起きたの?」
「……姉ちゃん?」
ゼオンの視界には何も映らないのだが、姉の声だけが聞こえた。つまり、隣には姉が居る事は分かった。引き続き、姉の言葉を聞く。
「大丈夫?私はゼオンの事が全く見えないんだけど……おまけに腕も拘束されてるみたい……。」
どうやら、エレンもゼオンと同様の様子だった。
「俺も一緒……一体何があるのかさっぱり。ただ分かるのは姉ちゃんが側にいる事だけ。」
本当に何があるのか分からない恐怖……それでも彼は姉の存在で安心する事が出来た。だが目隠しをされ、腕を縛られている為、何も出来ない。
その時、何かが近付いてくる足音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなっていく。この時、ゼオンは姉に静かにするように言う。
「姉ちゃん、何か来る……」
耳を澄ませ、段々と大きくなる足音を聞き取っていた。そして足音は自分達の前で止まった。
ギィィィィ
すると、鈍い扉の開く音が聞こえた。何者かが入って来たようだ。足音の数は、三つ。即ち、三人の人間がこの部屋に入って来たという事だ。
ゼオンとエレンはこの場で、寝ている振りをした。側臥位姿勢になり、耳を立て、会話を聞く。
「ぐっすり寝てるねー。」
「寝てるふりだったりしてー。」
うち二人は可憐な少女の声。その声は、ゼオンにとって聞き覚えが、あった。
(ミルフと、エレアかよ……)
外見は愛らしい少女二人がこの場に居る事が分かった。しかしその行動自体は残虐その者の、二人の少女。
「とりあえず、起こすとね。」
そして、もう一人。特徴的な口調で話す女性の声。ウネフである。
ドゴッ
この瞬間、姉弟は暗闇の中で痛みのみを感じた。腹部を、蹴られた感触。視界が見えない状況での暴力は、恐怖以外の何者でもない。
「グ……ウ……」
痛みを受けた両者は悶える。この中で、誰が蹴ったのかは分からない。ただ、痛みに悶えるばかり。
「起きたみたいだね。」
「蹴られて起きない人はいないと思うよー。」
声だけが聞こえる。愛らしい声とは裏腹、言葉だけ聞けば狂気さえ感じる。
「とりあえず目隠しは取ってやるとね。」
それが聞こえた瞬間、目隠しが何者かによって外された。視界が晴れ、現れた風景。
そこは暗い牢屋の中だった。どこだか全く見当のつかない部屋で二人は捕らわれていたのである。そしてそこにいるのは無気味な目をしている氷河族のメンバーであるウネフの姿があった。ウネフだけで無い。エレアとミルフの姿もそこにはあった。
「お前等……!」
ゼオンは三人を睨むように、見た。
「組織を逃げた気分はどうとか?ゼオン。」
まるで挑発するようにウネフはゼオンに言った。
「逃げられないって分かってると思うんだけどねー。どうしてそういう事するのかなぁ。」
今度はエレアが言った。彼女はナイフを所持し、まるでそれを見せつけんとばかりに光らせている。
「それよりウネフ。捕えたのは良いけどどうするの?保留?流石に勝手に殺す事は出来ないでしょ?」
「その判断はリーダーに聞く。今はこいつらに組織の情報を外部にどれだけ漏らしたかを聞くだけとね。」
そう、ウネフが言った時、彼女は白衣の内ポケットから、医療用の、“メス”を取り出した。それをエレンの首元に突き付け、ゼオンを睨むように言った。
「姉ちゃんに手を出す気か!?関係ないだろ!」
手錠をされ、動けないゼオン。姉に迫る魔の手。彼は、願う事しか出来なかったのだ。
「関係ない訳がないとね。お前の姉と言う時点で組織の情報が伝わっている可能性がある。とりあえず、どれだけ情報を伝えたか吐け。」
次に、ウネフはエレンに対して言った。
「エレン・ニーマード。お前もどれだけ情報を知ってるか早く言え。」
「言います……だから……ゼオンを放して……!」
この状況で、エレンは自らの保身ではなく、ゼオンを解放するように懇願したのだ。それを聞き、ゼオンは耳を疑った様子だった。
「姉ちゃん!やめろって!俺だけが悪いのに、そんなの出来る筈がない!」
姉弟の絆は厚い。互いの身を案じる、彼等。
「ねえウネフ。この茶番見てるのつまらない。動画編集しといていい?戦後になって再生数どんどん増えてるんだよー。アンチコメも多いけどね。うざー。」
その光景を見ていたエレアが、何気なく言った。彼女はEフォンを弄りながら、口を開いている。その姿だけを見れば年相応の少女に見えるが、彼女もまた、組織の一員なのである。
“エレチャンネル”の動画投稿主、エレア・シェイル。その、正体は氷河族の構成員。広告料や視聴回数で稼いだ金は組織への上納金となっている。その上で人を殺す事に躊躇いが無い、ある種の人格崩壊者でもあった。
「念の為にお前等に同行を願ったがどうやら必要はなさそうとね。エレアは勝手にしろと。ミルフ。お前は手伝え。」
「はぁい。」
無邪気な声が聞こえた。十三歳の少女は、躊躇いもなくナイフを持ち、ゼオンに近付いていく。
「こいつらは確保出来たが、気になるのはゼオンの裏切りを幇助した人間が居る筈とね。そいつが何者なのかを調べる必要があるとね。」
彼等はどうなるのか。この絶望的な状況で、妙な人間達に囲まれ、ただ、絶望している。氷河族の裏切りは、彼等にどのような影響を与えて行くというのだろうか。
世界が混迷に包まれていく中、暗躍を続ける氷河族。今や世界中の裏社会の組織のトップともいえる程に、組織の規模は拡大していたのだ。
時は進み、十月上旬になった。オペレーション・デモリッション・クリエイションから一ヶ月余りが経過した頃。連日、メディアは新生連邦の宣戦布告の件をはじめ、各地で起きている紛争についての報道を続けている。
この不安定な世界情勢の中、先の戦闘で愛機、グラントロールを撃破されたメイド・ヘヴン。この男は、生きていた。だが、彼は一ヶ月の間医療施設にて手当てを受けていた。氷河族の息が掛かっている、闇医者の施設である。
一度は瀕死の状態だったメイド。その彼を、助けたのが意外な人物だったのである。
ウィリア・ラーゲン。バンディットであり、氷河族のメンバーを務めている彼女。倒れていたメイドを偶然発見したのも彼女であり、近隣の施設に運んだのだ。それが、まさに奇跡的と言えたのだ。
やがて一ヶ月が経過し、容体は安定。独歩も問題なく経過。その間、ウィリアは身元引き受け人として、仕事をしながら医療施設を行き来していたのである。
結果、メイドは退院。身体には後遺症も残らず、安定している。その際、ウィリアの提案で近くにある、カフェに二人は移動し、そこで話をする事になった。そこは海辺に建っている、木造りの小洒落た店であった。
「しかしあの時はびっくらこいたぜ。まさか俺が油断しちまうたぁな。お陰で愛機を失っちまった。」
凶悪な男、メイド・ヘヴン。だが今この場にいる彼は、その片鱗を見せない。お茶目な印象のある、どこか抜けている男といった印象を残す。
「けど、無事で本当に何より。怪我をしていた時はどうなるかと思ったけれど、幸いにも身体は丈夫みたいね。奇跡的な回復。貴方のような単細胞な人間の身体は、例え怪我をしても丈夫なのかしらね?」
まるで挑発するような口ぶりのウィリア。それを聞き、メイドはやや、眉間に皺を寄せて言った。
「おうおうてめえ俺をバカにしてんのか?助けてくれたのは一応感謝するけどな!単細胞とか抜かしやがってよォ。」
腕を組み、語るメイド。
「全く、そんなに怒らないでよ。大人の男でしょ?貴方……女性とあんまり、会話した事なさそうでしょ?こんな風に、カフェでお茶を飲んで会話をするなんて機会、恐らく無かったでしょ?こう言う機会に女性の言葉を聞く事は大事よ。」
挑発するようにウィリアが言う。メイドはそれに対して若干、自棄になりながら言った。
「何言ってんだか!どーでもいいんだよ。女と話したところで何!?って感じじゃね?」
それに対し、ウィリアは溜息を吐き、言った。
「貴方って可哀想。そりゃさぞかし女性にモテない青春時代を送ってきたんでしょうね。」
「青春?え、何それ?おいしいの?……は、冗談だとしても俺にそんな時期あるわきゃねえだろ。俺は今こそこんな小銭稼ぎやってやってるけど、昔はいろいろあったんだぜェ?」
“小銭稼ぎ”。それは、メイドにとっては傭兵としてMSに乗る事や、氷河族のパニッシャーとしての仕事。だがそれは所詮、彼にとっては退屈しのぎに過ぎないのだ。
「貴方自身に青春時代が無いのもデウス帝国に居たからでしょう?それは知っているの。けど貴方の中でも知らない事がある。それは、興味あるかな。」
何故かメイドに興味を抱いている様子のウィリア。理解のできないメイドは首を傾げる。
「貴方の看病をしていたのは、貴方のことについて聞きたいと、ずっと思っていたからなのよ。」
メイドはそれを聞き、何度か首を縦に振り、行った。
「お前の“興味”っつーのはミステリアスなんよな。意味深な発言ばっかりしやがって。一応例は言っとくが、そういう意味深発言は興味ねェんだわ。」
ウィリアの不可解な言動。メイドは両手を頭の上で組み、伸びをする。
「貴方、デウス動乱時代に“天国兄弟”として戦果を残していたでしょう?」
天国兄弟。それは、メイド・ヘヴンが兄であるフロード・ヘヴンと共にデウス帝国に傭兵として活躍していた時に言われていた名前だ。その活躍は目を見張るものがあり、デウス帝国内だけでなく、一部の地球連邦軍のパイロットにも名が知られていたという。
「天国兄弟はそれなりに有名だからな!これも、兄者が居たお陰なんだよなぁ!!!」
どっと、メイドは誇らしげに言った。しかしウィリアはそれを気にせず、引き続き話を始めた。
「その天国兄弟事なんだけど、教えて欲しいのよ。私、興味ある事は聞きたがる人間だから。」
天国兄弟と言う名は軍関係者の中では有名ではあるが、その詳細を知らない者は多い。ウィリアのようなバンディットでも、名を知っている程度である。
今回、メイド・ヘヴンがそのような有名人であることを知っていたウィリアは、この機にメイドから話を聞こうとしていたのであった。それを聞いて、何かをしようと、いう訳ではない。純粋な、彼女の興味である。その為に、彼が怪我をしている間、看病をしたのである。
「貴方が話したくないのならば、退院祝いで、口を開くようにようにしてあげよっか?例えば少し、私に身を預けるとか。そう、多分貴方が経験した事のない、……気持ち良い事とか。」
そう言って、ウィリアはメイドに対して意味深な目線を送った。それと同時に、足元をちらと見せる。彼女の、誘惑だ。美女と呼べる人間からの、誘惑。
美女と二人きりで居る時、男は心を許してしまいやすい。ましてや彼女が誘惑をするような素振りを見せるのならば、尚の事だ。
この状況では男の方が美味しい立場にある。自分の過去の話をするだけで、上手く行けば目の前の美女を抱くことが出来るかも知れない。もし、他の男ならばそのような思考に走るのだろうか。
だが、この男、メイド・ヘヴンは違ったのである。
「ダメだね。ダメよ、ダメなのよ。」
「え?」
ウィリアの表情が、固まった。
「てめぇそーいう美人局みてぇな事してんじゃねぇよ。俺が嫌う事の一つ。そーいうの、俺は嫌いなンだわ。はい、宜しくぅ。」
あろう事か、美女の誘惑を自ら断ち切ったメイド。その表情を見ても、明らかにウィリアに興味を持っている様子ではない。
「ま、天国兄弟の事についてなら教えてやんよ。礼も込めてな。さっきまで途方に暮れてた俺との話し相手になってくれてるし、まあええで。」
美女との肉体関係になれる機会を断り、そのまま自らの事について語りだす、メイド。この男は性交渉等といった事に、興味が無いというのだろうか。
「私、貴方みたいな男、生まれて初めて見たかも知れない。貴方、戦争とお兄さんのこと以外に関しては本当に無欲なのね。」
「どうでもいいわ」
呆然と呟く、ウィリア。彼女の言葉に構う事なく、メイドは引き続き語りだす。
「それより俺はよぉ、デウス動乱時代によぉ、コロニー破壊活動を行ってきたんだ。兄者と一緒にな。ああ、ちなみに兄者はそんじょそこらのゴミと違って立派な人間だったからな!俺が一番知ってんだよ!」
どっと、メイドは笑った。破天荒な性格の彼だが、彼は兄を慕っていたことがこの台詞から伺える。
「貴方、お兄さんを相当尊敬していたみたいね。」
「そりゃぁもう当たり前。人生で一番尊敬していた存在が兄者だからな。」
兄の話になると乗り気なメイド。しかし、ウィリアはこれ以外にもっと別の事を聞きたがっている様子だった。
この時、メイドは煙草を取り出し、ライターで火を付け、煙草を吸い始めた。煙を彼女の顔とは別方向に吐いた時、メイドは再びウィリアの方を見て言った。ウィリアは、口元を手で覆っていた。
「お前、別に聞きたい事、あんだろ。」
この言葉に対し、ウィリアは最初驚くが、表情を戻し、ゆっくりと頷いた。
「よく、分かったわね。貴方が力を持つ人間、シンギュラルタイプとは聞いていたけど、例にもれず、察しが良いみたいね。言動は何とも言えないけど。」
「いや、そんなの関係ねえ~!みたいな?どうでもいいけど、表情を見て分かった。」
メイドの鋭い表情は、ウィリアを見る。これに対し、彼女は言った。
「心を読まれたのかと思った。」
「そいつぁ無理よ。心なんて読めねえ。ただ、もし相手がシンギュラルタイプみてぇな力を持つ、人間だったら、俺はそれに反応出来ンだよ。この超絶オカルトパワーが俺の力。まあ、これのお陰で当時兄者の位置も把握が出来たって訳よ。」
自身の能力について自慢を始めた。しかしウィリアは早く真実を知りたそうにしていた。
「ち、顔を見て分かるんだよ。早く言えや。何がある?」
ウィリアは微笑した後に、言った。
「そうね……あのね、“ある人物”から聞いた情報なのだけど……デウス動乱末期、何者かによってデウス帝国本国のあるコロニーに毒ガスが撒かれそうになったという事件があったそうなの。当初は連邦軍の仕業とされたんだけど、どうやら違うみたい。」
メイドはそれを聞いた瞬間、再び煙草を取り出してライターに火をつけ、それを吸い始めた。
彼の吐きだした煙は、今度はウィリアの方向へ向かって行った。それは、まるで知られたくないようなことを口止めするかのように。
しかし煙草の煙など口止め代わりになる筈がない。少し煙たがる表情を見せつつも、ウィリアは引き続き語った。
「それでね、デウス帝国本国に毒ガスを撒こうとした犯人候補の中に天国兄弟の名前が挙がったの。聞いた話、天国兄弟はデウス動乱終盤にデウス軍の司令官を殺害したみたい。私の知人が元デウス帝国の士官で、その光景を目撃しているらしくて、それで疑われていたみたい。」
メイドは然程、気にしている様子ではなさそうだった。気まずそうな表情も、浮かべていない。ただ、静かにウィリアの言葉を聞いているだけだ。
「そこで質問があるわ。単刀直入に聞くわ。貴方……いえ、貴方達兄弟は過去にデウス本国のコロニーに毒ガスを撒こうとしていたの?」
メイドは黙ったまま煙草を咥えて吸っている。しかし次に煙がメイドの口から出てきた時、まだ長さがあるにも関わらず咥えていた煙草を捨てた。その時に口を開ける。
「ハハハ!そうそう!御名答だァ。ま、実はその司令官殺しの犯人は俺達って本国には悟られてねえんだけどな。その知人ってやつはなかなか見てるじゃねえか。」
「……やっぱり……どうしてそんな事をしたの?」
「うっせえ。兄者の考えに従ったまでなんだよなぁ。つーか俺も同感だったし。」
ここに来て彼が発する言葉の中に兄者と言う言葉が目立つ。これにより、兄の事をそれ程に慕っていたことが彼女に分かった。では兄の考えとは何なのか。ウィリアは引き続き聞き出す。
「ではお兄さんは何故そんな非道なことを目論んだの?貴方達兄弟はデウスに何らかの恨みを?」
メイドは一旦笑みを浮かべ、ウィリアを睨みながら言った。実際には睨んでいるわけではないようなのだが、彼の目つきの悪さから睨んでいるように見える。
「ちげえな。兄者と俺は全人類を抹殺しようと過去に考えてたんだよ。」
「……それはそれは……随分と大それたことを考えていたのね。」
ウィリアの言葉が、この空間に空しく響いた。人類の抹殺というワード。まさか、この場でそのようなワードを聞くとは思わなかった為である。
「てめぇ馬鹿にしてんだろ。ま、無理もねえか。人類抹殺なんてジュニアハイスクールのガキが考えるようなテンプレ物語のラスボスとかでよく使われる展開だしな。いわゆる中二病!!!けど兄者は違った!それをリアルにしようとした!誇大妄想じゃねぇんだぜ。中二病も行動に移せば笑えねえだろ?」
「けど、このご時世で人類は死滅も何もしていないけど?戦争で数は減ってしまったけれど。」
「そら、失敗したからな。実現しようとはしたんだよ。」
ウィリアは唖然としていた。人類抹殺……普通、そのようなことを考える人間など漫画等の空想の世界でしか存在しないとされる。だがこの男の兄はそれを実現しようとしていたのだ。平然を装いつつも彼女は驚いていた。
「それよりも、どうして人類を抹殺なんて考えたの?いくらなんでも、あり得なさすぎる。」
一見すれば稚拙な発想だ。そこらの、偏った発言をしている一般人の戯言ならばこれ程彼女は耳を立てないだろう。他の人間も、只の“戯言”で終わらせるだろう。
だが、“人類抹殺”という一見無茶苦茶とも言える事を、目の前の破天荒な男が話すとならば話が変わってくる。
言葉は発言する人間によってその価値が変わる。行動を起こして来ている人間が発する言葉には価値が伴う。一方で、何も起こしていない人間の価値と言うのは無に等しい。戯言で片付けられるのだ。
兄を崇拝するメイドにとって、この誇大妄想に聞こえる目的ですら、本気でやり遂げようとする野望があったのである。ある意味、盲目的に何かを信じるというのは恐ろしい事であると、言えた。他者から見れば信じられない内容も、本人は信じて、それを行おうとしてしまうのである。
ウィリアは、メイドの言葉を興味津々に聞こうとしていた。何故その行為に及んだのかが、気になる。彼のルーツは何なのだろうか。
「聞きてえか?じゃあ、教えてやんよー。話は俺の生まれからになるケドなァ。」
今から、語られるメイドの過去。人殺しを躊躇いなく行う、凶悪なこの男は、一体過去ではどのような人物だったのか。何が、彼を“人類抹殺”という誇大妄想のような事に引き込んだのか。ウィリアは興味を持って彼の話を聞く姿勢を見せた。
「俺と兄者はな、あるコロニーで生まれたんだよ。両親も居たけさ、どうやら本当の親が俺らを育てるのを面倒くさく思ったらしくてな、兄者が1歳の時に俺を産んでから兄者と共に保育所に預けられてそのまま蒸発やがった。冗談じゃなかったぜ。事実を聞かされたのは俺らを養ってくれるという別の親に引き取られた時だったのよ。あんまり覚えてないけどあいつらそんなことガキだった俺らに平気でいうの。あれはエグい。」
彼は本当の両親を知らない。まだ幼かったこの兄弟を、本当の両親は保育所に預けると言って捨てたのだ。ウィリアは所々で相槌を打ち、話を聞き続ける。
「それから、少しして別の親が引き取った。多分可哀想だからとか言って引き取ったんだろな。それで良い子ちゃんぶってて俺らを育てた……と思われた!!」
感情的になって来たメイドが、テーブルをバン、と叩いた。その方向を、別の客が一瞬見た。
「が!俺らが物心ついた時に、育て親が浮気しやがった。その時の育て親の親父……と呼ぶにふさわしくねえからクズでいいか。クズが女を作って家で寝てやがったんだ。その光景を俺は鮮明に覚えてる。トラウマだぜ。兄者もそれを見ていた。そして一方で育て親のお袋……と呼ぶにこれも相応しくねェからゴミとでも呼ぼうか。ゴミはゴミで男を作って家を出て行きやがった。俺らを置いてきぼりにしやがってなァ!そして残ったのはクズとクズの女だけ。それから邪魔だったのか、俺らは追い出された。信じられるか?まだ自立すらしてない子供を追い出す親なんているんだぜ。本気で狂ってやがった。それが物心ついた時だったからな……」
当時のメイドでも把握できた、育て親の両親の浮気。それだけに留まらず、まだまだ幼かった彼等を平気で追い出す親の許せない行動に対してのメイドの言葉から分かるように、彼はあえて父親や母親と言った言い方をせず、下劣な物を扱うような言い方で自身を抑え込んでいた。この時の彼は、当時の出来事を思い出すだけでも怒りが込み上げてくる様子だった。
「その後絶望だったぜ。俺はずっと兄者と一緒だった。子供の頃だったからな、よく泣きまくり。けど兄者はそんな俺でも慰めたりしてくれたのよ。唯一信頼できる人間だったなぁ。けど、周りの人間はロクでなし。俺らをまるでゴミみたいな目で見て、けなし、挙句の果てには罵声の嵐。理由は簡単。汚ねえ格好してたから。無理ねえだろ。その時は家なんてねえんだから。幸いなのは警察が見つけて保護してまた同じ保育所に送ってくれたこと。それは良いかもしれねえが、実はこれがタチ悪くてさ、兄者が聞いた話によると、保育所の職員が〝なんでこんな汚い兄弟をまた預かるのかしら〟とか抜かしたらしい。しかも同じ保育所施設のガキどもはどいつもこいつも冷たくて腐ってるクズばっか。ゴミ、カス、アホ丸出し。そして俺らは見事に虐めの標的。」
ウィリアは、それらに対する率直な感想を述べた。
「貴方、結構、壮絶な過去を経験しているのね……」
破天荒なメイドからは想像もできない過去。実の親にも育て親に捨てられ、保育所でも職員や子供達に悪い印象で見られる日々。当時のメイド達からすればそれは絶望以外の何物でもなかった。
「ま、実は露骨に悪い人間ばっかだった訳じゃねえ。いわゆる偽善者って奴が多いのよ人間は。俺ら兄弟はガチで監禁されて殺されそうになったことがあるんだぜ?これでもな。」
「メイドが監禁された……!?」
現在の彼からは想像もつかない台詞だった。こんな凶暴な男を監禁するなど、誰がするだろうか。恐ろしくて普通ならしない。寧ろ返り討ちに遭うに違いない。だが当時幼かった彼等は力もなく、誘拐犯に脅されるしか出来なかったのだ。
「ある日、保育所に俺らに寝る場所を提供してあげるとか抜かして俺らを引き取ったおっさんがいた。最初は嬉しかったが、なんと、そのおっさんの正体が監禁の犯人。」
これ程人当たりの悪い人間と言うのも珍しいと言える程、メイドの過去は壮絶に思えた。ウィリアはただただ、何も言えずに話を黙々と聞くばかりである。
「それで……なんとか誘拐犯から逃げ出して生き延びたけどメンタルは豆腐かそれ以上にボーロボロになったワケよ。しかし優しそうな人間がまさかの豹変よ。幼い男の子……要はショタ好きとかいうヤベーおっさん。あれは素でキモい。そんなんにヤンデレみたいに殺されそうになったらそらトラウマにもなるわ。ナリのキモいおっさんがヤンデレやぞ?二次元の女キャラならまだ需要あるか知らねぇけどボサボサ頭のおっさんが“君しか見れない”とか抜かしてみろよ。おえーやでおえー!クッソキモい。」
「酷い……」
ウィリアは思わず呟いた。その言葉しか、感想として出てこなかったのだ。何を述べたらよいか分からず、ただ、その一言が出てきた。しかしその一言には、ウィリアの感情が籠っている。
「同情してくれんの?別にいいんだけどさ。それからな……ある時に兄者が言った。まだまだ幼かった兄者から出た言葉にしては結構考えさせられたな。〝人間は必要か?結局自分の事しか考えられない上、己の利益や見栄、ただの自己満足の為に他人を犠牲にし、踏みにじり、そして何の罪もない自然や生きてきた動物が殺されるのは見ていられない〟って言った。そりゃそう。俺も賛成。そこからなんよ。俺らがさっきも言ったコロニー破壊活動に参加したのは。」
彼の言う、コロニー破壊活動……それは名前の通り、コロニーを襲撃するテロリスト集団のことであり、様々なコロニーを強襲していた。しかし現在はその存在はなくなっている。連邦軍に危険視され、抹消されたのだ。
「これに入った俺ら兄弟は真っ先に生まれ故郷を滅ぼしたわけよ。未練もクソもねえ。爽快だったぜ。クズ共が消える光景はよ。それを見た兄者は言った。〝消えるべき存在は、まだこんなものじゃない……〟ってさ。そこからかね。俺ら兄弟が人類抹殺を考えるようになったのは。破壊活動の当時からMSに乗れる技術はつけていたが、コロニー破壊活動を抜け出して俺らは尚更MS操縦技術を磨いた。後で聞いた話、破壊工作員の連中はみんな糞連邦に殺されたそうな。どうでもいいけど……そしてその腕を買われてデウス帝国に入隊したわけよ。」
彼らがデウスに入った事実は語られた。そこで、ウィリアは一つの疑問をぶつける。
「でもどうしてデウスなの?デウス意外にも属するあるじゃない。連邦は?」
「確かにどこでも良かったのは事実。が、さっきも言ったけど、奴等コロニー破壊工作員達を抹殺してやがんだ。俺らも元々在籍してたから下手すりゃ情報漏えいしてる可能性がある。それで連邦に入ってややこしいことになるぐらいならデウスにいた方がなんぼか効率的なんだよ。それに、デウスは物資とか機体とかが充実してたし。だからデウスを選んだ。その部隊の司令官は俺等を喜んで受け入れてくれた。そりゃあ俺らはエースだったからな。しかし!それが俺等兄弟の野望の始まりって訳よ。しかしそれも、“あいつ”に邪魔されたけどなァ。」
「あいつ?」
メイドの声が、この時ばかり、大きくなった。
「アレン・レインドだぜぇ!今でも憎んでる……あいつの存在を!兄者殺しのあいつをなァ!あいつが兄者を殺しやがった!この前の戦闘でも戦った!しかし負けた!あの糞野郎だけはむかつくんだよなぁ!兄者をよくも殺りやがってよォ!!!」
歯を食い縛り、眉間にしわを寄せてメイドは短くなった煙草を口から離し、灰皿に、強く押し付けた。
(アレンの事を、メイドは知っている……それも、戦前から。まさかの展開ね……)
ウィリアは、この時内心で考えていた。
アレンとメイド。彼等は戦時中に対峙している。この事実を、ウィリアは今、知った。そして、彼等の事を互いに知っている、ウィリア。この時、彼女は自分がアレンにバンディットを教えたという事を、言える筈が無かった。
そして、彼が先日にメイドと交戦したという事も、驚愕の事実である。アレン・レインドはどのような行動をしようとしているのか。メイドの言葉から聞かされた事実は、またもウィリアの興味を引き立てて行くのであった。
「それから俺らはデウス動乱の終盤……糞連邦とデウスの宇宙における全面戦争の最中に行動を起こしたわけ。それは御察しの通りだ。けれどもそれも未遂に終わった。全部アレン・レインドに邪魔されたんだよ!」
メイドにとって、アレンという存在が障壁であることが、ウィリアには伝わった。デウス動乱の英雄と呼ばれているアレン。だが、英雄と呼ばれる一方で彼は憎まれている存在でもある。所詮、英雄と言う肩書は連邦軍内での話である。
だが、まさかメイドとアレンがこのような因縁を持つ者同志であるという事は、知らなかった。この状況では、ウィリアは互いの事を戦後になって知っているが、メイドはウィリアがアレンと知人関係である事を、知らない。
アレン・レインドという名は、デウス帝国の中でも一部だが知れ渡っていた。その中に彼の事を快く思う人間は事実少なかった。当時のメイド達天国兄弟もその中の一部である。
「それからな、俺達は最後の戦いに出た。糞連邦との最終決戦だ。その間も兄者と共に暴れまくろうとしたけど、あいつが邪魔しやがった。何度も!何度も!!何度も!!!それから、兄者が最初に殺された。俺ははっきりと目撃したんだよなァ。」
ふと、メイドは目を瞑った。唯一信頼できた兄の最期を思い出していたのである。
デウス動乱の最終決戦の最中。デウス軍はコロニーカノンを用いて地球連邦軍と全面戦争を持ちかけた。多くの犠牲者が出る中、当時連邦軍がファーストガンダムの再来として制作されたクリスタルガンダムに乗っていたアレン・レインドはメイド・ヘヴンの乗るMSとフロード・ヘヴンの乗るMSと交戦していた。天国兄弟は両者共エースパイロットであり、その強さに苦戦を強いられていた。
「何度も邪魔をしてくれたな!アレン・レインド!今度こそ……貴様を……ガンダムを!」
メイドの兄、フロードが言う。それに対し、アレンは
「お前達だってどうかしてる!あのまま見過ごしていたら地球の人やデウス帝国の何の罪もない、人が大勢死ぬんだぞ!」
と言い、フロードの乗るMSとビームサーベルで打ち合いをしていた。互いの粒子が弾く中、メイドの乗るMSがビーム砲を用いて襲撃をする。
「んなもん知ったこっちゃねえんだよ!今度こそ死ね!死にさらせ!!」
粗暴な口調なのはメイドだ。この当時から彼の性格は現在と変わっていないことが分かる。
「人と言う存在は存在してはならないのだ!人は自己の欲望のままに生き、同族をも騙し、そして殺す……そしてその欲望は人が住みやすいように広がっていった。けれどもその代償として多くの自然や動物が殺された!自らのただの欲望の為に!!!」
「その欲望ってヤローに俺らは散々振り回されたんだよ!!!碌でなしのクズ野郎共になァ!!!」
二機のMSが迫る。アレンの乗るクリスタルガンダムはこれに対し応戦するが、二対一の状況では彼が不利であった。
「人は本当はなにが目的で生きているのだ!?子孫を残す為……?それとも自分の生きがいを見つけるため……?下らんな!その人の望みや目的の為に多くの自然や環境が壊れ、結果的に我々のような人間を生み出しているというのがなぜ気付かない!?ではなぜ貴様は人を肯定する!?」
「人を殺すということは……自然や動物破壊することと同じぐらいやってはいけないことなんだ!それを平気で出来るお前達は何なんだよ!?」
「てめえこそ何なんだよ!糞ガキの癖に説教垂れてんじゃねえぞ!!!臭い台詞ばっか抜かしやがってよォ!!!」
メイドのMSがビーム砲で再び砲撃を行う。アレンのガンダムはこれを回避した後で兄、フロードのMSに接近した。この際にフロードのMSはビームライフルを撃つが、全て回避される。そしてフロードのMSの至近距離でビームサーベルを背中から抜き、フロードのMSを切り裂いた。フロードはビームサーベルを展開しようにも、急接近されたことで時間が間に合わなかったのだ。
「馬鹿な……こ、これが……人の力……なのか……」
断末魔を残し、兄フロードは散った。それを見たメイドは涙を流し、叫んだ。目の前で殺された兄。悲しみにくれながら、メイドの悲痛な叫びが木魂する。
「兄者ァァァァァッ!!!」
その直後にフロードのMSは爆発をした。この瞬間、メイドは怒りに燃え、アレンに攻撃を加え始める。もはや自棄だった。アレンから見れば、メイドの闇雲な攻撃パターンが読めた。
「死ね死ね死ね死ね死ね!!!人間なんて存在がいるから……そんな存在があるから……
こんな風な戦争が起こるんだろうがよォ!!」
「っ!!!」
メイドのMSがビーム砲を延々と射出し続けていた。狂ったように、ただアレンのガンダムを狙っていた。しかし……それは無駄だった。考えられてもいない攻撃パターンなど、アレンからすれば全く脅威でない。
「やあああ!!!」
そして、アレンのガンダムはビームライフルでメイドのMSを撃ち抜いた。その一撃で彼のMSは破壊され、爆破した。
「あ……兄者あああああ!!!」
結局この戦いはアレンが制した。彼の技量が、二機の強敵を打ちのめしたのだ。しかしこの時、メイドは死んでいなかった。重傷を負いつつも生きていたのだ。それが、現在に繋がっていくのである。
そして現在。ウィリアはその話を聞いて思わず拍手を送った。それは決して挑発ではない。兄を思うメイドの悲しい事実を聞くことが出来たことに対する感謝の意味を持っていたのだ。
「長くなっちまったが、そんときはァ俺も重傷だった。今以上になァ。でも生きてた。あらあら不思議。んで、戦後になって世界はとーぜんながら平和になっちまってさァ。兄者もいねェし何もかもがつまんなくなったっつー訳よ。まあ、世界はようやく戦争状態になっていったから、戦闘好きの俺からすればここから面白くはなるのかも知れねェケドな。んで、感想は?」
「感想……と言われても……」
内容が彼女にとって壮絶だったため、感想と言われても確かに思いつかない。具体的に述べることが難しいと判断したウィリアはとりあえず
「素直に、凄いとしか……言えない。」
と言った。が、メイドはこれに対して
「はぁ?せっかく言ってやったのにそりゃねえだろぉ?」
と呆れた様子で言った。
「そんな事、言われても……最初はどうしてデウスのコロニーに毒ガスを撒こうとしたのかって聞こうとしたのに、最終的に貴方の過去の話になってるし。けど凄かった……貴方の、過去。」
ただ、賞賛するばかりのウィリア。だがこの時、メイドはさらに畳み掛けるように、言った。
「お前、他にも何か聞きたい事有り気だねぇ。なんとなくやけど分かるぜ。」
突如、メイドが口にした。彼の過去の事や天国兄弟の話以外の、聞きたい事。それは、何か。
「……やっぱり勘は鋭いみたいね。ええ、実は貴方の退院を待っていたのには、ちゃんとした理由があるの。」
「へぇ、それは何?」
メイドの顔付きが、変わる。今度は、ウィリアの話になっていく。
「クレーディト・メカニクス社の社長、ノード・ベルン。彼の事に関して、協力してもらいたい事があるのよ。貴方の事を信頼した上で……ね。」
それは、ウィリアの弟、ゲーンを嵌めた人物だ。彼女の行動は、恐らく復讐だろう。
「私、一応他にもギィルとかとも交流はあるの。けれど、やはり貴方のその、強さは頼りになるわ。ノード・ベルンの事……詳細はまた、話す。どうかしら。」
具体的な内容は、ここでは話さない。下手に情報を開示するのは危険だと、彼女は分かっているからだ。
「変に固執してやがんのな。妙だとは思うけど、俺も仕事が落ち着いたら考えてやんよ。」
そう言った時、ウィリアは少しばかり笑顔になった。
「ありがとう……。本当はアレンにも依頼をしようかと思ってたけど、貴方の方が良いかなって思ったから――」
思っていた事をメイドに打ち明け、安心したウィリアは思わずアレンの事を口に出してしまった。
メイドにとっては兄の仇であるアレン。彼女の放った言葉を、聞き逃す事が無かったメイドは、すぐに反応するのだった。
「おい、今そいつの名前を言ったな?それも、親し気によォ。なんやそれ、何で知ってやがる?」
これは、まずい。ウィリアの中で、そう思った。今も生きている彼と知人関係である事が分かれば、兄の仇であるメイドからすれば脅威でしかない。油断した。ウィリアに、緊張が走る。
「メイド・ヘヴンさん、ですね。」
その時だ。突然メイドは何者かに、背後から声を掛けられた。
振り向くと見覚えの無い男の姿があった。年齢は三十代後半程度だろうか。礼節が保たれているが、一方でどこか、厳かな印象を持つ、その男。うっすらと生えている顎髭は端正さを印象付ける。
この男に声を掛けられ、メイドはやや、苛立つ様子で言った。
「……はぁ?てめェ、誰よ?」
そう言った後に、一瞬、ウィリアの方を見た。
「……話してきたら?私、用事を思い出した。少し、行かなければない所があるの。話、ありがとう。楽しかった。代金は退院祝いという事で私が払っておくわ。じゃあね。」
ウィリアは、まるでこの場から逃げるように去って行った。呼び止めようとしたが、メイドは、それよりも声を掛けて来た男が気になっていた様子だった。
デウス帝国に所属し、かつては本気で人類の抹殺を考えていた男、メイド・ヘヴン。その彼は氷河族に所属し、様々な活動をしていた。兄、フロード・ヘヴンを亡くした世界で呆然と生きている、メイド。この男との出会いは、そのような彼の状況を一転させるきっかけとなっていくのを、この時、まだ知る由もなかった。
第四十五話、投了。
氷河族と言う組織が本格的に暗躍していく話。
ここから様々な勢力が複雑に絡み合う話に繋がっていきます。