機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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ヴァイダーガンダム襲撃から時間が経過した頃、セイントバードチームはホルステブロに向かうのだが――


ホルステブロ編
第五十話 囚われの、姉弟


 

 

             ウゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

 セイントバード内で、警報が鳴った。敵が接近している事を知らせる、音。それが鳴り響くという事は、戦闘配備をしなければならない。

 戦闘が、始まる。それは彼等にとって緊迫した状況に陥るという事だ。そして、その敵は、倒すか、撃退をしなければならない。そうしなければ、彼等がやられてしまうからだ。

 新生連邦の宣戦布告から二ヶ月半が経過した頃。既にその頃には平和国連盟の最高議長も変わっており、世界は戦争状態になりつつあったのだ。新生連邦政府と平和国連盟の対立は、世界情勢を、より混迷にしていくのである。

 

 警報が鳴った後、MSデッキからMSが出撃した。ハルッグやエスディア、アインスガンダムに、ツヴァイガンダム。セイントバードのクルー達が乗るMSが、艦を守る為に動くのだ。

 今回の敵勢力は、新生連邦軍だ。航空中のセイントバードを後方から砲撃を仕掛けてきており、それらから守らなければならない。マドラ級戦艦が一隻、そこから展開されるジョゼフとエグゼマーが、数機。

 レイは敵機体を補足した。その後に、先手を打たんとばかりに、ファンネルを放出。十八基のファンネルはビームを展開し、ライフルを放つジョゼフを撃墜する。彼に続くように、ハルッグやエスディアも、ビーム粒子を展開し、ジョゼフを破壊していく。それに合わせるように、アインスもビームライフルで敵を倒す。

「こんなの、敵じゃないんだよ!」

迫る敵を撃墜し、意気揚々と語る、スバキ。だが――

 

バシュゥゥゥ

 

その油断が、命取りとなる。突然、彼女をMA形態のエグゼマーが襲い掛かった。ビームライフルやミサイルを連射し、迫り来る。シールドでそれ等を防御するが、敵のミサイル攻撃が厄介だ。回避が間に合わないと判断したスバキは、再びシールドを展開して防御をするが、敵の火力により、シールドが破壊されてしまった。それを見計らったエグゼマーは変形し、ビームサーベルを展開し、スバキを襲う。

「スバキ!」

そこへ援護に入る、レイ。

「悪い、レイ!」

スバキは感謝の言葉を伝える。だが、次の瞬間。エグゼマーは狙いを変えたかのように、レイに迫って来たのだ。まるで、ツヴァイを待ち受けていたかのように。

「敵機体から回線?」

レイはそれに反応した。一体、何者なのだというのか。疑問を抱くレイだったが、次に、ウインドウを見た時、見覚えのある人物が、映し出された。

「よぅ、久し振りだなレイ……」

「クラリスさん!?」

あろうことか、そこに居たのはクラリス・デイルだったのである。

「俺はしつこい男でね!倒してやるんだよ!レイ!!!」

そう言った直後に、彼の乗るエグゼマーは変形をし、ツヴァイに特攻してきた。ミサイルを連発し、攻撃を続ける。ツヴァイはビームディフェンスシールドで、ミサイルを防ぐ。

「いい加減にして下さい!!!」

彼との因縁は深い。故郷に居た時から因縁を付けられ、それが今にまで至る。ほぼ、一年の付き合いと言える、クラリスとの戦い。

 レイはクラリスの事を忌み嫌っている。なのに、この男はレイに執着するのだ。

「やかましい!散々俺に屈辱を与えやがってそのガンダムが強いからって、舐めるんじゃねえぞ!!」

そう言って、ビームライフルを放つ、クラリスのエグゼマー。その攻撃も、ツヴァイには無力だ。バリアーフィールドジェネレーターが、ビームを無効にする為である。この勝負は短期で臨みたいと考えたレイは、一つのボタンを、押した。その瞬間に、ツヴァイのバックパックに搭載しているプラズマカノンが、展開され始めた。

「何!?こんな所で撃つ気なのか!?ヤバい……!?」

その兵器が何なのかを知っていたクラリスは、エグゼマーを急いでMAに変形し、直線状から離れようとした。

「これ以上付きまとうなら……これで決めます!」

そう言って、レイは躊躇なく、ボタンを押した――

 

「あ……れ……?」

だが、反応がない。プラズマカノンは発射しないのだ。何が起きた?理解が出来ない様子のレイは、困惑している。

「は、ハハハ!ハッタリかよ!」

何度もボタンを押すが、発射しないのだ。何故?戸惑う、レイ。

「俺をコケにしやがってよぉ!」

そう言った時、クラリスはレイから一度距離を置き、セイントバードの方に接近して行ったのだ。何故、そのような行動を起こそうと、しているのか。

 答えは一つ。クラリスはツヴァイと交戦する気は、最初からなかったのだ。寧ろ、セイントバードを狙い撃ちする為に、動いていたのである。

「そんな!」

レイはエグゼマーを追い掛ける。接近を許し、万が一被弾すれば撃ち所が悪ければエンジンを損傷しかねない。一機のMSとはいえ、被弾は許されないのだ。

「貰った!!」

クラリスの駆るエグゼマーはミサイルを展開した。それらは、セイントバードのウイング部に直撃してしまうのだった――

 

「左舷被弾!」

「接近を許しちゃったの!?迎撃を!」

エリィの指示により、機関砲が、エグゼマーに対して放たれる。無数のそれらが一斉に放たれ、雨の如く砲撃を行う。

「沈めよ!」

クラリスのエグゼマーは機関砲を回避しつつ、ビームライフルを連射し、セイントバードの側面を狙う。

その攻撃は、運悪く外壁に直撃した。ビーム粒子を受け、剥き出しになる、艦内。

 レイはこれに対して責任を感じていた。自分の油断で接近を許した。それは、挽回しなければならない――

「よくも!」

レイは念じた。ファンネルの軌跡をイメージし、敵機体との距離を、脳で計算する。

 

ピシュンッ

 

ブリッツファンネルはエグゼマーを狙った。下部から粒子を放ち、砲撃したのだ。それも、三基からの砲撃だ。

「ぐあああああ!?」

これらのビーム兵器を受け、エグゼマーはダメージを受けていた。

「ち、ちくしょう……こんな屈辱がぁぁぁ!」

これ以上の戦闘は不可能と判断したクラリスは、撤退を開始した。しかし、この男が残した攻撃はセイントバードに厄介と言える傷を残した。クラリスは、レイに敗れこそしたが、艦にダメージを与えるという貢献をしたのである。

この後、新生連邦は撤退をした。この場を生き残る事が出来たチーム。だが、この時、レイには一つ疑問が残った。プラズマカノンが何故発射されなかったのか……で、ある。

 

 

 

 被弾したセインドバードは、このままの航空を行うのは危険と判断した。その為、一度着陸を試みた。その場所は、ホルステブロ。デンマーク国中西部に位置する都市。この郊外にあるジャンク屋に停泊させて貰う事となった。

 セインドバードは各地を巡る中で他のジャンク屋、MS乗り達と交友関係がある。しかし、このホルステブロのジャンク屋は彼等と知人関係と言う訳ではない。あくまでも、応急処置として停泊させてもらうだけの話だ。金銭を払う事で、こうした事に対して処置を受ける事が出来るのだ。

 船体自体は大ダメージを受けた訳ではないが、新生連邦と平和国連盟が対立している、この、世界情勢である。何が起きてもおかしくないのが現状だ。出来れば損傷はなく、航空を行いたい。

 それは、エリィの意思でもあった。皆の安全を願う為、僅かな損傷とはいえ、艦の修復をした方が良いのである。

「あの襲撃から二週間が経って、世界は大きく変わってしまいました。平和国連盟は平和主義を放棄し、新生連邦に対して攻撃を行っている状況ですね……。」

ホルステブロに着き、艦を降りたクルー達。その中で、ネルソンはエリィと、話をしていた。

「あの一件を受けて、我々の機体も強化していかなければと思い、オスロに居るミシェさんの所に向かう途中でこの有様だ。新生連邦は伏兵を各地に潜伏させているのだろう。」

ミシェと言う人物の名前が出た。恐らく、彼等の知人関係だろうか。

「しかし、艦長。レイが自ら動いてくれたのは幸か不幸か。何があったのだ?あれから、貴方は何も話してくれないようだが……」

ヴァイダーガンダム戦で、レイが出撃しなかった事に疑問を抱いていたネルソン。それに対し、エリィはそっと、口唇の前に示指を立て、言った。

「内緒、ですよ。」

明らかに意味深な行動であったが、ネルソンはそっと、溜息を吐いた。

 

 

 

 その後、整備を開始した整備士達。その際、レイは、シンに対し、ツヴァイのプラズマカノンの不発について聞いた。先の戦闘で、何故それが発射されなかったのかが、疑問だったのである。

「プラズマカノンが発射されない?」

「さっきの戦闘で発射されなくて。あれ、何が原因なんだろうって思って。」

ツヴァイの中で絶大な火力を誇る兵器であるそれが、使えないというのは不利である。先のヴァイダーガンダムでの戦いでも、プラズマカノンはその力を発揮した。だがこれが使えなければ、今後バリアーフィールドを持つ敵機体と交戦する事になっても、対処する事が出来ないのだ。

 やがてツヴァイの整備を行う、シン。レイは一緒に手伝い、整備を行っている。ツヴァイのバックパックが外され、粒子貯蔵タンクが剥き出しになった時、シンは何度か頷き、言った。

「答えは明確だったぜ、レイ。キャノン専用のプラズマ粒子の残量が空だったんだよ。」

「え、そうだったんですか!?」

驚愕する、レイ。それならば、確かにプラズマカノンを放つことは出来ない。

「じゃあ、補充すれば撃てるんですね?」

と、聞くレイに対し、シンは首を横に振った。

「あのな、プラズマ粒子ってそんじょそこらのMS乗りとか、ジャンク屋が取り扱っている代物じゃないんだぞ?取り扱ってたとしても、額が高過ぎる。いくらアステル家がスポンサーになって資金援助してくれてるとは言え、俺等みたいなMS乗りはビーム粒子貯蔵タンクだけでも仕入れるのに手一杯だってのに、そんなもの取り扱える訳ないだろうが。」

シンの言うように、プラズマ粒子のタンクは彼等に手が出せない程に高価なのである。その理由としては、そもそも取り扱い自体が少ないという事と、新生連邦やデウス帝国といった、巨大勢力に流通する事が多い為、ジャンク屋等と言った存在にそうしたものが流通する事等、滅多な事ではない。つまり、ツヴァイの武装は火力も凄まじいのだが、その分、そのエネルギーを調達する為に必要なエネルギー源は、簡単に入手出来ないというデメリットもあったのだ。

「そんな……」

レイは、ただ、落胆していた。

「あのガンダムを制作したアステル家なら、調達してくれるかも知れないけどな。」

と、冗談交じりでシンが言ったのだが、それに対してレイの表情が変わった。

「あの人達には、関わりたくありません。仮に、あれが使えなくたって、ツヴァイを使います。」

先のヴァイダーガンダムとの交戦でプラズマキャノンを放ったツヴァイ。その結果、シュネルギアも助ける結果となったのだが、レイはそれでも、彼等の存在を認めていない。忌み、嫌っているのだ。

「まあ、そっちの事情はあんまり知らないけどさ。しっかり直して、頼むぜ。エース。」

話題を変えるように、シンがそう言った後、肩をポンと叩いた。

エース。そう言われた、レイ。それは、クルーの為に役に立っているという、何よりの証と言えた。

「エース……か。」

そう言いながら、レイはツヴァイの頭部を見上げていた。緑色をしているカメラアイに、四本のアンテナ。彼にしか操る事が出来ないガンダム、ツヴァイ。この機体があれば、クルーを守ることが出来る。レイは、自らの使命を、改めて感じていたのであった。

 

「シン、少し聞きたい事がある。」

その時、側に居たネルソンが言った。

「ここのジャンク屋に並んでいる機体を、少し見せて貰ったが、数機、気になる機体があった。後で見てくれるか?」

「気になる機体ですか?ジャンク屋が扱っている機体だったら旧式の機体とかじゃないんですか?それか、カスタム機体か。」

シンの言うように、基本的にジャンク屋に回る機体というのは旧式の機体が多い。旧デウス帝国の機体や、旧連邦軍の機体など。それ以外の機体が出回る事は、滅多にない。アインスやツヴァイと言った機体がこの中に並ぶことは、極めてまれなのだ。故に、彼等の存在は注目され易い。例えるならば、中古車に高級車が並ぶようなものだ。

「いや、それらとは思えない機体だ。」

と、言った時、彼等の会話に割り込むように、一人の女性が姿を見せた。見慣れない女性。年齢は三十代前半といったところか。サイドダウンの髪が似合う、糸目の女性。背はエリィと同程度か。

「あ、どーも。ここのオーナーのマレース・ジェーンですー。」

どこか抜けているような印象を持つ、その女性。彼女の存在を見た時、ネルソンはすぐに挨拶を交わした。

「ネルソン・アルビュースです。ご協力、感謝します。」

既にマレースとエリィは挨拶を交わした後だった。整備を行っていたネルソン達に、この女性は自ら、挨拶を行ったのである。

「艦長さんから話は聞いてますよー。元デウス帝国のエースパイロットだったんですよねー?貴方は、確か。」

じいっと、見つめるマレース。

「過去の話ですよ。それよりも、失礼ながら先程、そちらにある機体を見させて頂きました。」

「ここの機体?ディエルとかデイテールぐらいしかありませんよ?」

マレースの言葉は、どこか意味深だ。ネルソンは彼女の表情をそっと見ていた。

「いえ、あの左鋏のMSですよ。あれはデウスの機体ではありませんね。連邦の機体でもない。どこの所属なのか、ふと、気になりまして。」

それは、ファドゥームの事だ。クレーディト・メカニクス社が生産したオリジナルMS。その事が、ネルソンは気になっていたのであった。

「あれは提携している会社がくれた機体なんですよー。」

と、マレースは言った。

「左前腕から先が鋏になっているでしょ?ちょっと特殊な使い方が出来る機体なんです。ほれー。」

そう言って、マレースはEフォンを見せた。その機体は、整備士のシンも、見た事がない機体だったのだ。

「へぇ。珍しい機体ですね。こんな機体、見た事ないですよ。」

シンは、関心を抱いている様子だった。同型の機体が、五機も並んでいる。明らかに何かのカスタム機体とは思えなかったのだ。

「シンさんでしたっけ?さっき話しているの、ちょっとだけ聞いちゃって。」

「あ、はい。」

「MS、詳しいんですねー。あ、整備士さんだしとーぜんか。仲良くなれそうですねぇー。」

 

ギュッ

 

すると、あろうことかマレースはシンの両手を握り始めた。シンは、目を何度か瞬きさせ、いつしかその顔が赤くなっているのを実感していたのだ。

「仲良く、して貰えるん……スかねぇ?」

「勿論ですぅ!」

シンは、生まれて二十五年、一度も恋人に恵まれた事がない男だ。整備士長としてセイントバードのMSの整備を務めているが、男ばかりの環境である事が多い整備士の環境で、時折寂しい気持ちになる事があった。

 その中で、まさか向こうから握手を求められるなど、思ってもみなかったのである。シンからすれば、喜ばしい限りと言えた。

「もし、お手隙でしたら、うちのMSの整備、手伝って貰えたらなーって思ってまして!」

「勿論、喜んでやりますよ!!」

シンは、高揚していた。女性に頼られるという経験が皆無だった彼にとって、これは願っても居ない機会であった。それを喜ぶ、シン。

「ここの機体は然程被弾していない。手伝ってきたらどうだ?シン。」

「じゃあ、ちょっと、行ってきますよ!」

ネルソンからも許可を得た。そうなったら、シンは動くしかない。マレースに連れられ、シンは、すぐに移動し、ジャンク屋の内部に入っていった。そこの機体の整備を任され、張り切る、シンであった。

 

 

 

 夕刻になり、整備を終えたシンは、マレースに感謝をされていた。整備長を務めていただけあり、置かれていた機体の確認や動力、各部のチェックは問題なく出来た。ただ一つ、ファドゥームの整備には時間を要したが。

 デウス帝国で培われた技術が用いられているとされる、その機体。だが規格や構造等は、最新鋭のMSとされる、機体だ。

「シンさん、お疲れ様でしたぁ!とても捗りましたよぉ!ありがとうございますぅ!!」

と、感謝の言葉を伝える、マレース。

「いやあ、これぐらい朝飯前っスよ!」

鼻の下が伸びている様子のシン。女性に頼られるのが、それ程に嬉しかったのだろう。

「ねえ、お礼も兼ねて何ですけど、今晩近くのバーに二人で飲みに行きませんかぁ?せっかく知り合ったし、色々お話聞きたいなーって思って!」

ぐいと、マレースが近付く。二人で、飲みに行くという言葉。それは、シンを更に高揚させるのだった。

「よ、喜んで行きましょ!いやぁ、マジで良いんですか!?」

「お礼なんで、お金もこっちで持ちますよぉ!」

マレースは笑顔で、言った。だが女性に奢らせるのはどうかとおもっていたシンは、口を開いた。

「いや、俺が出しますよ!!」

と、言うシンは、明らかに嬉しそうだ。

「えー、でも手伝って貰って更に奢って貰うなんてなんか申し訳ないですぅー!」

「良いんですよ!気にしないで!!」

「じゃあ、お言葉に甘えてぇ」

人は、頼られた時に自らのパフォーマンスを発揮する。それによって喜びを得た時、そこにコストが発生したとしても、それでも満足感を得る。

 今のシンが、それに該当する。その上でのマレースからのボディタッチ。異性からのこうしたアプローチに、弱い人間は一定数存在する。本人からすれば何気ない接触でも、女性経験のない男からすれば、悦びを覚えるものだ。

 

 

 

 夜になった。シンはマレースと共に近くのバーにて、二人で酒を呑む事となった。整備士生活をしてきて、このような出来事があったのは彼自身初めての事である。マレースは背丈もシンより僅かに低い程度で、整った顔つきに糸目の目元がどこか愛らしく、シンにとっては好みの女性と、言える存在だった。

 シンはビールを、マレースはカクテルを飲んでいる。仕事終わりの飲酒。それも、異性同士で飲むという格別の時間。シンにとっては、至高の時間と言えた。

「シンさんも、ガンダムは好きなんですねぇ!私もガンダム伝説好きでしてー!」

「いやあ、色々と奇遇っスねぇ!趣味まで合うなんてー!」

「整備士さんやってる人って大半がガンダム好きですもんねえ!けど最近のガンダムは増やしすぎてる気がしませんかぁ?」

「それは思いますよねー!連邦軍は自分のブランドを安売りし過ぎなんスよっ、たくう。」

酒は出会ったばかりの両者の会話を更に盛り上げる。互いに趣味が共通していれば、尚の事だ。

「でも、あのセイントバードって戦艦にガンダムが二機も入ってますよねぇ?それ、凄くないですかぁ?」

「なんか、そういう巡り合わせみたいっスねぇー。」

それは事実だ。アインスガンダムを始め、レイが乗って来たツヴァイガンダム。いつしかこうした戦力を入れる事になったチームの戦力は、強固となっている。それ故に、新生連邦に狙われる事も増えてきているのも、また、事実だが。

「そんな所で整備士やってるシンさんってホント、凄いですよねぇ!うち、これでも赤字経営だから腕の良い整備士来て欲しいなーなんて!」

酔った勢いなのだろうか。マレースは胸元を出している。その上で、着用していたニットのシャツを肘までずらしていた。どこか、妙な色気を醸し出しているマレースに、シンは目を大きくさせていた。

 だが、それと同時に彼は彼女の左前腕の静脈部に、いくつか、内出血による痣らしきものが三つ程、確認できた。完治していないのだろうか。痛々しく残る、その痕を見て、シンは思わず聞いた。

「点滴とかしたんスか?なんか、痛そうっスねぇ。」

「え?これ?あー。そうそう。ちょっとねぇ、注射、打ってるんですよぉ。」

注射。その言葉を聞き、最初は何かの予防接種かと思っていたシン。だが、前腕の静脈に向けて予防接種を打つ事は余りないと、考えた彼は、この時、僅かながら違和感を覚えていたのだ。

「シンさんね、ちょっとぉ、相談があるんですよぉ。」

「なんですかー?」

とはいえ、酒の時間は楽しい。彼女からの質問も、朗らかな表情で答えるのだ。

「あのガンダム達って、譲って貰えないですかねぇ?」

突然の言葉。シンの表情は、固まった。

「え?いや……それは、無理っスよ。流石に。」

当然だ。セイントバードの戦力の要であり、重要な機体。それらを譲るなど出来る筈がない。

「そ、そーですよねぇ!ハハ、私ってばうっかりしててー!ガンダム貰ってそれを売ればいっぱいお金が入るなーなんて!赤字が脱出出来たら良いのになーなんて!あははははー!」

笑い上戸の如く、笑うマレース。それ程に、ここのジャンク屋の経営状態は悪いのだろうか。

 シンは、この時複雑な表情を浮かべていた。彼女には、何か訳があるのではないか……と。

「マレースさん。もし、もしもッスよ。何か、本気で困る事があったら、俺に何でも言って下さい!ガンダムは、譲れないッスけど……」

それでも、気になる彼女を何とかしたいと思うシン。これは、今まで女性経験がないが故の、彼なりの男気と言えた。

「えー!じゃあ、他にもお願いあるんですよぉ!ちょっと、トイレまで来て下さいねぇ!」

トイレ?どういう事だ?シンは、耳を疑った。

 二人きりの飲酒でトイレに誘われる。これは、何か意味があるという事なのか。しかし、出会ったばかりの男女がもし、その“先”をしてしまうような事があるのは流石にどうなのか。夢なら覚めないでくれ……と、一人、幸せになるシン。

 ああ、これ程幸せな時間はかつてあっただろうか。常に死と隣り合わせの環境で戦ってきた事を思えば、今の時間は許される時間だろう。シンは、迷うことなくトイレへ向かったのだ。それが、彼の幸せに繋がるのならば――

 

ガタンッ

 

トイレの扉は、自動ではなかった。年季が入っている、木製の扉。この時代では非常に珍しい、作りの扉だ。

 そこは車椅子等で移動する人間が使用する用のトイレだ。引き戸になっており、シンは最初、開け方に戸惑った。やがて扉を開けた時、そこにはマレースの姿があった。

「あぁ!来てくれた!ありがとうございますぅ!」

そう言って、マレースはシンの両手を握った。この行動だけでも、喜ぶシン。

「えと……お願いって、なんスか?」

何故か異様に喜んでいるマレースを見て、シンは言った。

「えっとねぇ!実は、シンさんだけに喋る、“特別”に内緒にして欲しいコトがあるんですけどぉ、黙って貰ったりできますぅ?」

ある程度親密な関係になった時、語られる秘密。女性から語られる、“特別”な異性に対する言葉というのは、男の気分を最高潮にする。

 それは、自身しか知らないであろう秘密を知ることが出来るから。その秘密を知った時、彼女の事をより、知ろうとするだろう。そして、知り、やがては深い仲に発展するかも知れない。その先にも、行けるかも知れない。男と言う生き物は単純だ。故に、“特別”と言う言葉に弱い。

 そして、弱いが故に、その罠に嵌る――

 

カランッ

 

シンが、見たもの。それは、注射だった。何故、彼女は注射を持っているのか。この、注射は何なのか。

「――え?」

「これをねぇ。買って欲しいんですよぉ!頭がすーっとする感じがしてねぇ、とーっても、気持ちが良んですぅ!シンさんも、ほらぁ!ほらぁ!!!」

シンは、頭の中で整理が出来ていなかった。この現実が、何を意味するのかを――

 整理が出来ない状態と言うのは、言葉を発することが出来ない。目の前に起きている事を脳内で処理するのに、通常通りに仕事をこなす時以上に時間を要する。それが、人間という感情であるが故なのだ。

「私ねぇ、お注射も売ってるんですよぉ!これを売ったりとかして、お金が必要なんですよぉ!私も愛用してますよぉ!!」

「マレースさん、それって……」

シンにとって、目の前に広がる光景が余りに恐怖に感じたとは、この、瞬間であった。

「麻薬ですよぉ?見ちゃいましたもんねぇ、シンさんはねぇ!責任持って買って下さいねぇ!どうしても買わないなら、お試しキャンペーンしてあげますよぉ??」

「け、結構です!」

酔いが覚めた。逃げないと。どうなるか分からない。自身の身に危険が及ぶと、考える。

 麻薬?何故、こんな所で麻薬が?しかも、良い雰囲気であった女性がそれを持っているのだ。恐怖以外の何者でもない。

「に……ゲ…………な……イ……」

シンは足を運ぼうとした。だが、彼の意思とは裏腹、足は動かない。随意的な動きが、出せないのだ。一歩も。

 それどころか、視線が段々と下方に向いていく。そのまま、頭が地面に打たれるのを理解するのには、時間を要した。一体、何があったというのだろうか。

「おくすりがききましたねぇ――」

マレースの声が、薄れゆく意識の中で聞こえたような、気がした――

 

 

 

 セイントバードの補修作業は進みつつある。整備士達は各機体の整備を続けている。そして、各パイロット達もMSの整備を続けるのだ。

 だが、この中に整備士長である筈のシンの姿が見えない。どこに行ったというのか。

「シンは?」

ネルソンが、整備士に聞いた。

「さあ。昨日から姿が見えないんですよ。そう言えば昨日ジャンク屋のオーナーの女の人と鼻の下伸ばしてお酒飲みに行っているのは見ましたけどね。」

整備士の一人がそれを見たのは知っていた。だが、肝心の彼の姿が見えない。

「二日酔いか?飲み過ぎか?」

と、疑問を抱くネルソン。シンを呼ぶ為、Eフォンで連絡を取ろうとするが、電話が掛からない。何故なのか。

「繋がらんな。朝帰りにしては随分遅い。何をやっているのか。不埒な事をしていなければ良いが。」

ネルソンは呆れた様子で言った。マレースと二人でバーに入るという事。そこから推測される事を、彼は考える。

 シンとて、二十五歳の成人男性だ。異性と酒を酌み交わす事の先も、考えるのが妥当だろう。だが、それでも連絡がないというのは妙な話である。

「あの、僕が探しましょうか?」

その時、側に居たレイが言った。

「僕もシンさんにツヴァイの事で用事があったんで。探してきますね!」

「あ、ああ。頼む。恐らくそれ程遠くにはいないとは思うが。」

ネルソンは、レイに捜索を任せ、作業を続ける事にした。セイントバードの整備士長のシンが姿を見せない事は、珍しい。彼は真面目な人間であり、他の整備士達からの信頼も厚い男だからである。

 

 

 

 レイはシンを探す為、ジャンク屋に向かっている。その最中、彼は袋を持っている、マレースの姿を、見た。確か、マレースはシンと昨日、飲み交わしている筈。では、何故マレースだけがここに居るのか。シンはどうしたのか。気になったレイは、マレースに聞こうとした――

「……え?」

その時だ。彼女に、一人の人間が近づいた。見覚えのある、その人間。

 ウネフ・ミカハラ。アレキサンドリアでワートン宅を襲った人間。氷河族のメンバー。それだけでない。彼女はアスーカルともやり取りをした事がある。まさか、ここでその女の姿を見る事になるなど、思いもしなかったのだ。レイは物陰に隠れ、その様子を見る。

 やがてマレースとウネフはある、部屋に移動した。明らかに、何かがある。レイは、そう感じた。ウネフの事を知っているが故に、レイは彼女等の存在が気になり、接近しようと考えていた。

(あの人がどうしてここに?マレースさんとどういう関係なんだろう。シンさん、どうしたんだろうか。)

そこに、シンの姿はない。ならば、マレースに聞かなければならない。だがウネフの存在が気がかりだ。レイは慎重に、行動して行く。

 

 

 

 部屋の中。そこには、ウネフ以外にもアルン率いる氷河族のメンバーが集っていた。但し、その中にアルンの姿はない。居たのは、ウネフ、ジュラード、エレア、ミルフの四人。二人がまだ十代の少女であるのに対し、二人は大人の男女。異様な組み合わせ。それも、一見すれば犯罪組織のメンバーに見えない者ばかりである。

 その中に、マレースが居た。ウネフは腕を組み、対面の椅子に座り、高圧的な態度を見せている。マレースは袋をテーブルに置き、ウネフが、それを確認しようとしている。

「中身見せろと」

ウネフが言った。同時に、マレースが袋から“何か”を取り出す。

 金だ。現金。札束が幾重にも重なっている。大金と言える額が、そこにはあった。だが、ウネフはこれを見ても不満げな表情を見せる。

「少なくねぇか。こんなもんで上納金って言えるとね?」

鋭い目つきがマレースを睨む。これに対し、彼女は言った。

「そんなぁ、キツいですよぉ。あの注射の売り上げとぉ、ジャンク屋の売り上げでカツカツなんですからぁー」

と、話すマレース。注射の売り上げとは、どう言う事なのか。

「ただでさえ売り上げ不振のこんなボロボロのジャンク屋を氷河族が買い占めてその上で経営してるのにカツカツか。世界情勢は混乱状態だからこそ、チャンスだろうが。政府の監視の目が緩んでいるからこそうちらが動けるって事を忘れんなよ。」

「はぁい!気をつけますぅ!えへへー!」

「チッ、ヤク中が」

マレースはこの状況にも関わらず、何故か笑みを浮かべている。妙な光景だ。そして、その目付きもどこか、おかしく見える、

「ウネフー。なんかこの人目おかしくないー?」

その中で、ミルフが口を開いた。

「キメてるからおかしくなるのは当然とね。完全に依存症の女。そんな女がジャンク屋やって商売するってのも怖い話とね。まあ、麻薬を広めて貰えた方が組織の貢献にはなるが。」

「へぇー」

麻薬の怖さを、理解していない様子のミルフ。彼女は何故、子供であるミルフは、この異常な場面を何故直視出来るのか。人が明らかに異常な言動をしているのを、理解していないというのだろうか。

「何にしても、お前がこうやってキメながらジャンク屋営業出来るのも、氷河族が居るお陰って事を忘れるなって事とね。連邦と平和国が戦争をしている状況。その間にも利益を上げておくとね。」

そう言いながら、ウネフは用意されていた現金を静かに、受け取った。

「でもぉ、この注射良いですよねぇ!この前ぇ、新生連邦の兵士さんや国連の兵士さんも買ってくれたんですよぉ!やっぱり兵士さんはお金持ちですねぇ!注射、流行ってくれるのうれしー!ははははは!!!」

この状況であるにも関わらず、マレースは異様なテンションだ。何故これ程高揚できるのだろうか。彼女が服薬している恐ろしい麻薬の影響が、ここに出ているというのか。

「にしても、この麻薬は恐ろしいとね。うちらの、“ボス”がこれと、“MS”を広めて更に利益の拡大を狙う理由は理解できるとね。新生連邦や国連にまでそれらが伝わるとは。」

特殊麻薬。氷河族が世界中に広めようとしている存在。従来の麻薬とは一線を越えた存在。それを広め、氷河族は何がしたいというのだろうか。

「そーそー、そういえば昨日から戦艦がここを利用してくれてるんですよー!凄く大きな戦艦!その中の整備士さん、ちょっと眠ってるんで、また覗いて下さいねぇ!」

整備士と言う単語。それは、シンの事だろう。マレースが何らかの行動を起こしたのは、間違いないと言えた。

「マレース・ジェーン。そいつの身柄はどこにある?」

今度は、ジュラードが言った。

「“地下”ですよぉ。」

「ああ、成程な。なら、近いな。」

彼等の会話は何を示すというのか。一体、シンはどうなっているのか。それらは何も、分からない。ただ、不吉な事が置き始めようとしているという事が、分かった。

「それとねぇ、あの戦艦なんですけどぉ、なんと!ガンダムの姿があるんですよぉ!凄くないですかぁ?」

「ガンダム……?」

ウネフの表情が、変わった。“ガンダム”と聞き、この場に居た誰もが反応を示す。

「そいつぁ、レアものじゃねえか。それ、奪えればお前の所の赤字も黒字に転換できるだろうな。」

「それなんですよぉ!だから、黒字に転換する為にも、ウネフさんに協力して欲しいなーって思って!」

氷河族と繋がっている、ジャンク屋オーナーのマレースにセイントバードの事を見られるのは危険以外の何者でもない。彼等が欲するのは、金になるもの。ガンダムタイプならば当然、高額取引が成される。マレースの言葉により、セイントバードが危機に陥ろうとしていたのであった。

「計画を練る必要が、あるとね。」

ウネフが、一言言った時、彼女は扉の方向を、睨んだ。

 

トスッ

 

その際、彼女は所持していたメスを扉に投げた。それはダーツの矢の如く、突き刺さる。木製の扉にはメスの跡が、強く、残った。

「隠れてんじゃねェよ。」

扉を睨むウネフ。そこに居た、レイ。

あろう事か、ウネフはレイの存在を見抜いていたのだ。

最悪の状況だった。マレースと氷河族のやり取りを見てしまったレイ。どうする?逃げるしか、ない。だがここで逃げてチームに伝えてどうなる?結局はここは敷地の中だ。追われてしまう可能性が高い。逃げるにも、逃げられない。

 レイは、諦めて彼等の前に出るしかなかった。覚悟を決め、静かに、メンバーの前に出る、レイ。

「あらあらぁ、まさか聞かれてたなんてー!」

まるで他人事のように振舞う、マレース。

「お前、前にどこかで会ったか?見覚えが。」

ウネフがレイを見た。じいっと見つめ、やがて、彼女の中の既視感が確実な形と、なった。

「思い出した。アスーカル・エスペヒスモと居たガキとね。あの時のガキが何故ここに。」

当然とも呼べる疑問だった。妙な雰囲気だったこの女。レイの方は、今まで二回見ている。そして、今回は三回目。このような場で彼女に再会するとは、彼自身も思っていなかったのだ。

「僕は……シンさんを探しに来て……けど……それで……」

レイの言葉が震えている。恐怖の余りか、それとも目の前で広げられた会話を聞いた故なのか。

「へぇ。君、まさかこんな所で会うなんて。」

その時だ。奥に座っていたエレアがレイの顔を見て、反応した。それと同時に、レイは更に反応する。

「え……まさか……嘘……だ!?」

この場に、カイロで会ったウネフと、日本で自分を刺した少女が居るという状況。それが、レイには信じられないのだ。

「知り合いか。お前。」

ジュラードが、エレアに言った。

「うん!女の子みたいな顔してる男の子。印象的だから、忘れないよー。でもどうしてここに君が居るんだろうねぇ?偶然だなぁ。不思議だな!」

その愛らしい声すらも、レイにとっては恐怖の対象でしかない。動画投稿主、エレア・シェイル。その実態は氷河族のメンバー。残酷な性格の持ち主である事は彼も把握している。その少女が、この場に居る。アスーカルに金銭を要求した女、ウネフと共に。その上での、ミルフ、ジュラード、そしてマレース。全ての人間が、危険人物に思えるのに、そう時間を要さなかった。

「事情は分かんないけどさぁ、君、本当に秘密を見るの、好きだよねぇ。そういう性格で一度死にかけたのになんで同じこと繰り返しちゃうんだろ?やっぱり、殺した方が良いよ。ウネフ。」

エレアは、突如短刀を構え始めた。以前、レイを刺した時に使用したものと、同じものだ。

「やめろ」

だが、それをウネフが止めた。不服そうな表情を浮かべる、エレア。

「どうして?」

「こいつは利用できるとね。“他の連中”のように。」

他の連中とは、何か。何を言っているのか。レイの表情は、恐怖に包まれる。

 その中に、もしかすればシンが関係しているのか。謎が、謎を呼ぶ状況。レイには、理解が出来ない。

「お前は麻薬の秘密を盗み聞きした。だから殺すとかいう、そんな安っぽい事は言うつもりはねぇとね。ただ、お前には一緒に行動してもらう必要があると。それだけは、理解しろとね。」

逃げたくても、逃げ出せない状況。恐らくこのメンバーは武器を持っているだろう。背中を向ければ銃で撃たれるかもしれない。接近しても、刃物があるかも知れない。

 危機的状況がレイに迫る。殺す気はないとの事だが、それも、不明だ。彼の目元は震えている。涙すら流れない状況だが、明らかに恐怖で満ちているのが分かる。

 そして、恐怖故に、ウネフが接近するのを許してしまったのだ。

「飲め」

すると、ウネフは一つの錠剤を手にし、レイに近付いては、口を開かせようとした。それをされ、レイは思わず顔を覆い、抵抗しようとする。しかし――

 

サッ

 

レイの頸部に、ウネフの所持していた注射器が近づく。鋭利な針はレイの動きを止めるのに十分な役割を果たすのだ。

恐らく、中身は麻薬。だが頸動脈にそれを打てば、どうなるかは分からない。危険な状況。迂闊に動く事さえ、許されないのだ。

「抵抗すればぶっ刺さるとね。こっちはお前を利用しようとしてるのに、下手な殺生はしたくねえと。早く飲め。」

だが、レイは口を開く事をしない。その薬自体が、何かも分からないからだ。得体の知れないものを身体に入れる真似など、したくない。それは、薬漬け状態と言えるマレースを見ているが故に、分かる事なのだ。

「飲め」

苛立った様子のウネフ。

 

カランッ

 

すると、突如ウネフは、注射器を床に捨てた。それに驚く、レイ。

しかしこれが隙を作った。ウネフはレイの口内に錠剤を含ませたのだ。そのまま、更に口を塞ぐ。抵抗など、許されない。この一連の出来事を受け、レイは、思わず錠剤を飲みこんでしまった。

異様な錠剤の効果は、すぐに出た。突如、レイを異様な睡魔が襲い始めたのである。即効性のある、睡眠剤。それが、錠剤の正体だったのだ。

(……ダメだ……凄く……眠い……)

力が入らない。随意的に両腕、手、足を動かそうにも、動かせない。睡魔が勝ってしまっている為である。これは、シンと同様の現象だった。マレースによって眠らされたシン。今度は、レイにもこの睡眠が襲ってきたのであった――

 やがてレイはその場で眠りに就いてしまう。強制的に眠らされた、レイ。何が起きたのかも分からないまま、彼は目を開けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァンッ

 

突如、レイの背後から銃声が聞こえた。その方向へ向かうと、一人の小さな少女が死んでいたのが発見された。

(……これって……)

レイにとって、見覚えのある光景だった。最早、お馴染みともいえる光景と、言っても良いのかも知れない。

「見たのか……」

そこに現れる、長身の男。顔が見えない男。その正体は、相変わらず不明だ。何者かも分からないまま、レイはただ、この見覚えのある光景が早く終わってくれる事を、祈る事しか出来ない。

「悪い子だ。この子と一緒に死ななければ。」

その台詞も、何度聞いた事だろうか。

 

「死ね」

 

その男の台詞と共に、目が覚めれば違う場所に居るだろう。半ば、レイはこの一連の出来事に対し、諦めの感情を抱いていた。

 

 

 

 だが、彼は次に、違う空間に居た。いつもの日常と言える場所だった。そこには、リルムの姿もあった。会いたいと思っていた、リルムに会えた。それは嬉しい事だ。

 だが、様子がおかしい。リルムの表情は、暗く、冷たい。いつもと会話する彼女の表情は何処へ行ったのか。

「じゃあね、レイ」

そう言い残し、リルムは彼の場を去る。一体これは何?何を、見せられているというのだろうか。

「待って、待ってよ!リルム!!」

 

 

 

 

 

 

「はっ……!?」

妙な夢を二つ、連続で見ていた彼は、ようやく目を覚ました。それと同時に、混乱している様子の、レイ。彼は自分自身を落ち着かせようと、そっと深呼吸をし、目をパチパチと見開きする。

そこは彼にとって全く、知らない場所だった。何もなくて、薄暗い部屋。そこに彼はいた。辺りをキョロキョロと見回すが何も分からない。ただ暗い部屋。そして、目の前には檻の存在があった。

やがて、レイは先程まであった出来事を思い出していく。氷河族のメンバーによって囚われていた事や、ジャンク屋オーナーのマレースが、麻薬中毒者であったという事等。では、シンは無事なのだろうか。どこに彼は、居るというのだろうか。

「あれ……シンさん……?」

その時、レイは隣で両手両足を縛られている、シンの姿を見た。彼が無事であった事が判明し、レイは安寧の溜息を吐く。

 そして、シンを助けようとした時だった――

 

ガッ

 

「うわっ!?」

迂闊だった。自身の両手両足が縛られている事を、忘れていたのだ。それにより、身動きが取れない、レイ。そうなれば、自身の姿勢を芋虫の如く使うしかない。体幹を回旋させ、正座姿勢を作る。

こうなれば、声を上げて起こすしかない。ここが何処なのかも分からない以上、隣に居るシンを起こす事が、まずは大事と考えたのである。

「シンさん!起きて下さい!」

声を出す、レイ。だが、シンは起きる様子を見せない。側臥位姿勢で、両手両足を縛らせ、ただ、眠るだけ。

 彼の場合は酒も入っており、それ故に昏睡状態だったのだろう。だが呼吸音は確認できた。イビキに近い、閉塞した様子の呼吸音。やや、響くような寝息を立てている。この事より、彼が生きている事は、分かる。

「シンさん、ねえ!起きて下さいよ!」

レイは懸命に声を掛ける。両手と足が使えない以上、声だけが、頼りだ。

 

「止めとけよ」

その時、レイの耳に声が聞こえた。少年の声だ。その方向を見る、レイ。

 そこに居たのは、ゼオン・ニーマードだった。日本で、僅かな時間ではあったが一緒に居た、レイとゼオン。その彼が、この場に居たのだった。

「君は……確か、日本で……」

レイの中にあった既視感は確実なものになっていくのに、そう、時間を要さなかった。

「ああ、お前……確か、女みたいな顔のヤロー。」

そう言うゼオンの両手と両足は、外れている。そして、レイの目が暗さに慣れてきた頃、今、置かれている状況に気がつくのだった。

「ここは……檻の中?どうして、君がここに?」

一つ、一つの情報を整理するのに時間が掛かる。ここは何処か。何故シンが隣にいるのか。その上で、ゼオンがここにいる理由も不明だ。

 多くの事が重なり、困惑する、レイ。それに対し、ゼオンが言った。

「お前達も奴等に嵌められたって事だよ。にしても、なんでこんな所でお前と会うんだろうな。」

どこか、嫌みたらしく言う、ゼオン。その表情は、どこか、諦めてしまっているようにも見える。

 そして、その側には彼の姉である、エレンの姿もあったのだった。

「あれ……貴方は、確か……」

同い年とは思えない、落ち着いた印象を持つ少女。日本で、僅かな時間を共にしただけの関係。今、その彼女が目の前にいる。  

レイにとって、それは驚愕だった。しかし、彼女の名前が出てこない。一瞬の出来事故に、思い出せないでいた。

「あ……確か……名前は……」

レイは、懸命に思い出そうとする。しかし、そのように意識をすればする程、思い出せない。もがくように目を瞑り、思考を巡らせている。

 名前を覚えて貰えれば、嬉しい。しかし、忘れられるとそれは悲しい。レイにはそれが分かっていた。だからこそ、彼女の名前を一生懸命思い出そうとするのである。

 そこで、見ていたエレンが気を遣うように、言った。

「エレン。エレン・ニーマード。」

その一言が、苦しむレイを解放するのだった。

「そうだ!君はエレン!ごめん、思い出せなくて……」

と、レイは明らかに俯きながら言った。

「無理もないよ。だって、あの時は一瞬だったじゃない。私は覚えてるよ。レイ・キレス君。」

この場に相応しいとは思えない可憐な少女。彼女はレイと同い年の少女。年齢は15歳だ。

「そして、君は確か、ゼオン。でも、どうしてここに二人が居るの?」

疑問を抱く、レイ。だがそれは互いに感じている。

「それは、俺だって聞きてえよ。ただ、一つ言える事があるとすれば、俺等の未来は暗いって事だけだ。」

「それって、どう言う意味……?」

ゼオンの言葉に、レイは一抹の不安を抱く。“未来が暗い”とはどういう意味なのか。

「私達、売られるの。殺されるかと思ったんだけど、売られる事になった。」

「売られる……?」

不吉な言葉が、出た。売られるとは、どういう事なのか。

「どうせお前も同じ運命を辿るんだから、冥土の土産に教えてやるよ。」

諦めた表情を浮かべるゼオン。それは、エレンも同じだ。

「ゼオンは組織を裏切ろうとしてくれたの。“ある人”が助けてくれた。でも、捕まっちゃった。そして、ここに閉じ込められてるの。ゼオンはもう、組織の人間じゃない。でも、組織を裏切るって事は、追手に追われるって事だから……結局、私達は組織に捕まった。それで、ここにいるの。」

部屋が暗く、分かりにくかったが、よく見ればエレンにも手錠が繋がっているのが分かった。手錠だけでない。足も、繋がれている。レイ達と、同じ格好だ。ゼオンだけ、両手、両足の錠が外れている。これは、どういう事なのか。

「どうして、ゼオンだけが縛られていないの?」

レイが、疑問を抱いた。

「急遽、仕事を任される事になったんだよ。」

組織を裏切った筈のゼオンなのだが、組織の意向でここでの仕事を任される事になったのだ。無論、それは不本意ではあるのだが、万が一逃げれば死は避けられない。その上、姉のエレンも捕まっている状況だ。逃げるに、逃げられないのである。

「ゼオン、私の事は良いから、逃げれば良いのに……」

エレンの、悲痛な声が響く。

「馬鹿!姉ちゃんを残して逃げられる訳がないだろ!」

事情が分からないレイは、ただ、困惑するだけ。一体彼等は何の話をしているというのか。

「それって、どういう意味……?」

レイは、思わず聞いた。それを聞き、ゼオンは反応する。

「俺達、最初は殺される予定だったんだよ。でも組織の意向が変わった。未成年を売って、金に換えるって言い出した。今はその準備段階って訳。」

未成年を売るという言葉が出た。その意味が分からない。所謂、人身売買と言うやつか。このご時世で、何故そのようなものが横行しているというのか。今まで日常を送って来たレイにとって、分からない言葉ばかりが出てくるのだ。

「俺等みたいに成人してない子供はこの世界に需要が多いんだってさ。戦争で人が少なくなった世界で、人を欲する連中が多い。だから、売られる。高値で。それが組織の金になるって訳だ。それは死と同じって訳だけどな。」

ゼオンの表情が暗い。人身売買が行われるという事を知り、ただ、絶望しているのだ。

「そんな、二人のお父さんとお母さんは!?そんな目に遭って、今頃探しているでしょ!?」

それは、二人にとっては地雷も同然のワードだったのだ。レイからその言葉を聞いた時、ゼオンの表情が、変わった。そして、彼はレイの前に近付き――

 

パシィッ

 

彼の、頬を叩いた。怒りを込めた、平手打ち。レイの言葉が、許せなかったのだろう。

「なっ……」

レイは、一瞬何が起きたのかを理解出来なかった。

「お前、世界中のみんながさ、両親がいて暖かい環境で育ってるとか、そんな事を当たり前に考えている人間だったなら、今度は拳を作って殴ってやるからな。」

レイはこの時、彼から強烈な殺意を感じていた。それが、禁断のワードである事を、身をもって察したレイは、口を紡ぐ事にしたのである。

 場が、静まり返った。余程、彼等にとっては“両親”というワードが禁句であったことが、分かる。

「俺さ、お前を最初見た時からずっと思ってた事があるんだよ。」

薄暗い部屋の中で、ゼオンがレイを見下すように、言った。

「平和ボケの極み。お前の言葉からはそれしか感じねぇよ。」

「平和ボケ……」

レイは、これを聞いてショックを受けた。彼自身も、今まで様々な経験をしている。生死を彷徨う経験だって、してきている。それを、“平和ボケ”と一蹴にされた。これには、レイ自身も怒りが込み上げようとしていた。

「そんな訳、ない!」

「そんな訳ある!てめぇの言葉から“お父さん”“お母さん”って甘ったれた言葉が出たのが何よりの証じゃねえか!!」

そう言って、更にゼオンはレイの胸倉を掴んだ。

「ゼオン!もうやめてよ!レイに当たったって何にもならない!」

エレンの声が暗闇の部屋に響き、それが耳に入ったゼオンは、静かに手を離した。これにより、引き上げられたレイの身体は床に、すとんと落ちる。

「ま、どの道俺等は終わりさ。なあ。レイ。人間ってさ、売られたらどうなると思う?平和ボケしてるお前の言葉、聞いてみてえよ。」

突如、ゼオンはレイに質問をした。

 人身売買。レイ自身、それは、聞いた事はある。それによる誘拐や犯罪で巻き込まれた人間の数は数知れない。その主犯は個人的な自己満足だったり、何らかのビジネスであったり、果ては国そのものの陰謀であるなど、様々だ。

 だがその末路までは聞いたことがない。碌な事がないのは、予想は出来るのだが。

「ごめん……分からない。」

レイは、率直に答えた。

「だろうな。俺は知ってるんだぜ。教えてやるよ……」

と、言うゼオンの表情は暗い。

「組織に居て、連れ去られた未成年達はさ、狂った金持ちや貴族、軍人とかに売られる。つまり、そいつらの玩具になるって訳さ。旧世紀の奴隷ってあるだろ。あんなのよりもっとえげつない事をされるんだよ。ある意味、死んだ方が楽かも知れない。」

そう語る、ゼオンの表情が、どこか、恐怖に怯えているように見える。それは、組織がしてきた行動を見て来たから故なのか。

「だったら、そんなの、警察に言えば――」

と、言うレイだが、ゼオンは呆れた様子で言った。

「お前の平和ボケ、笑えて来るよ。ホント。警察に通報した所で組織が皆捕まるとか本気で思ってんのか?」

レイは、そうした事情を理解出来ていない。それ故に、ゼオンの言葉が分からないのだ。

「仮に俺が警察に逃げ込んだとする。確かに俺は捕まるよ。けど組織の人間である警察に捕まっても、裏で手を回して、保釈金で釈放する。その後、結局組織に連れ戻される。意味がないんだよ。結局はさ。」

レイにとって、それは驚愕の事実と言えた。犯罪組織の人身売買や麻薬の横行。そのような事が許されて良い筈が、ない。なのに、それが現実として起きている。そして、警察はこうした現実に対し、表向きは動くのだが、金の力には抗えない。無力なのだ。

「戦後の混乱期でもそうだったんだけどさ、今の狂った世の中で警察はほぼ、見て見ぬふりをしているに過ぎねぇよ。国に寄って治安は異なるだろうけどさ、結局は組織にとって、やりたい放題の現状があるって訳。組織を裏切った俺への報いが、人身売買って訳……。」

人身売買の末路は、個人に寄る。ゼオンの場合、その、子供達が様々な末路を辿るのを見てきた。特殊麻薬の実験に使われた者、人間として扱われず、生きたまま人体解剖された者等。狂った人間達が、罪なき未成年を殺す構図。それが、裏の社会で、実際に起きている事だ。

 氷河族。戦後になって確立した犯罪組織。その役割は様々である。戦争状況を作り出す事による、兵器需要拡大や、必要とする者に向けての麻薬流通、人身売買。そして、反社会行動の幇助。又、正規軍からの依頼から来る暗殺行為等。裏社会の仕事のほとんどを担っている組織。それが、氷河族。そこから逃げ出す事は、不可能とされる。だが、ゼオンは逃げようとした。そして、捕まってしまった。

「でも、ゼオンは足を洗おうとしてくれた。それだけでも、私は嬉しい。」

側に居たエレンが、笑みを浮かべる。

「姉ちゃんは、本当に何も関係がないんだよ……なのに、こんな事に巻き込んでしまった……」

やりきれない思いをする、ゼオン。そこに映る彼の顔は、年相応の少年そのものだ。

 レイは、自身の境遇が、改めて恵まれていた事に気づく。ゼオン・ニーマードという少年が、この組織を抜け出そうと、尽力したのかが、予想できた。

「ゼオン……君は……本当に、大変な思いをしたって事なんだね。」

最初に会った時、彼は必死に現金を盗み出していた。だが、こうした背景には、彼が氷河族と言う組織の一員であるという、足枷が大きく関与していた。その結果が、今だ。

「同情なんか求めてない……どの道、俺等は売られるんだよ。なのに俺は両手両足が自由なんだぜ。組織としてのせめてもの情けって奴かよ。」

戦後の世界。そして、戦争が再び始まってしまった世界。そこで行われる、人身売買と言う愚業。何故こうした事が行われるのか。それは、“人”が希少な存在になりつつある事が原因なのかも知れない。

 人工知能の発達が人を滅ぼすと提言した者が居て、それらにより、人工知能の発展は抑えられた世界ではある。しかし、人は戦争を繰り返した。その結果、世界中の人口は半数が死滅した。それ故に、生き残った人間。それも、未成年は希少な存在となっていた。そして、行われる人身売買という名の闇のビジネス。その上での、特殊麻薬の拡大。こうした状況というのは、人が作り出した闇の部分と、言えた。だが、それも人が居るからこそ成り立つビジネス。こうした闇も、人が作り出しているのだ。

「私、売られたってゼオンと一緒に居るからね。はぐれたってずっと想ってるから……」

エレンは、この状況でも恐怖を感じている様子はない。彼女の意志の強さは、どこから来るのだろうか。レイには、それが不思議に思えて仕方がなかった。

「思ったんだけど……シンさんは二十五歳だよ?シンさんも、人身売買とかになっちゃうの?」

ここで疑問が生じる。今、隣で寝ているシンは何故ここに連れて来られたのか。レイの疑問に、ゼオンが答える。

「こいつは人体実験の道具にされるんじゃねえか?負債者とか捨てられた人間とかが臓器を抜かれたりとかするんだよ。」

「そんな!そんなのって!」

惨い話をする、ゼオン。だが彼の表情は、冷静そのものだ。

「ここの薬中のオーナーに嵌められたんだろうさ。あいつ、マジでヤバい奴なんだよ。麻薬で頭がイッてしまってやがるんだ。こいつはそれに嵌められた。只のバカ男って訳。」

諦めている様子のゼオンから語られる言葉は、いずれもが惨いものだ。彼の言葉から、自分達の末路は碌なものではない事が、改めて明らかになった。それは、全てゼオンが見て来た光景だからである。

 戦争状態となった世界。その裏で行われている、現実。それは、レイにどう影響するのだろうか。囚われてしまった彼等に、救いはあるのかも、分からないのだ。

「でも、シンさんが囚われているって事は、チームのみんなも、いずれは……」

レイに嫌な予感が過ぎる。もし、このまま時間を置いていけばいずれはセイントバードのクルー達が巻き込まれる可能性がある。マレース・ジェーンが囮となり、氷河族に売られる事があれば、惨劇は避けられない。

「組織の奴等がどのように出るかは知らねぇ。ここに来たのは、運が悪かったとしか言いようがない。」

レイは、再び置かれた状況に絶望した。どうにかして、チームに危機を伝えなければ、危害が及びかねない。しかし、脱出が出来ない状況でその手段は不明だ。となれば、自らが脱出を、するしかないのであった。

 




第五十話、投了。

日本で出会ったゼオンとエレンの姉弟との再会。そして、氷河族の陰謀等が明らかになる回でした。
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