レイはジェルヴァチームの整備士の少女、シャルアに弄ばれてしまう。
ジェルヴァはフィヨルドを抜け、山間部に入っていく最中だ。山間部は海辺以上の吹雪が轟々と鳴り響く。その為、ブリッジにある窓には対雪用に、窓全体から一定温度を保つことが出来るよう、熱が出るようになっている。この為、雪で窓が塞がって見えなくなる事はない。寒冷地特有の技術で、ジェルヴァは稼働しているのだ。
レイはブリッジ内にてゲイルと共に待機していた。その頃には吹雪も落ち着いてきており、そこから見える美しい雪景色に、レイの心は揺れる。
「もうすぐヒパック村だ。そろそろ降りる準備をしないと。後さ、こんな吹雪の中でそんな軽装じゃあっという間に風邪引くよ。」
「あ、はい。……くしゅんっ!」
ゲイルに言われた瞬間、くしゃみが出た為、ゲイルは思わず笑ってしまった。
「ハハッ、だから常に厚着でいたほうが良いんだよ。十二月のこの地は極寒ってレベルじゃないぞ?万が一そのまま外に出たら凍死するレベルだぞ?」
ゲイルが笑ったのと同時にブリッジにいた多くのクルー達も笑い出した。これを受け、レイは顔を赤くしてしまう。
「うぅ……僕、準備してきます……」
と、慌てた様子でレイはブリッジから去った。厚着のコートを羽織る為だ。ゲイルはそれを微笑みながら見送った。
その時、オペレーターであるイヤー・メゾッソが突然言った。金髪の、ツインテールが特徴的な女性。肌色は褐色であり、活気のある印象を受ける。
「あの子なんか可愛いですねー。」
「ああ、仕草とか……ね。」
ゲイルの意味深な発言にイヤーは首を傾げる。
「仕草?」
「いや、こっちの話。それに、ただ、可愛いだけじゃなくて、不思議な子でもある。」
「あー、確かに。ジョゼフを凄い技量で操っていましたからね。」
「俺は彼に自分の事情を色々と話はしたし、彼の事もある程度情報収集はした。でも、彼には謎が多い気がする。恐らく、彼はシンギュラルタイプであることは間違いだろう。」
その根拠の一つが、ツヴァイガンダムのサイコミュ兵器、ブリッツファンネルの存在だ。シャルアがそれを解析し、恐らくレイが何らかの力を持つ人種である事を、ゲイルに伝えていた。
(シンギュラルタイプ……その存在自体は聞いたことがあるが、改めて見ても、不思議だな。何か訓練を重ねて来たのか?いや、彼の言動を見る限り明らかに特殊な訓練を受けたような印象はない……一体、何なんだ……?)
ゲイルの中の疑問。それは、レイが果たして、何者なのかと言う事だ。天才的な才能を持つ少年ではあるが、その力の根底はどこから来るのか。ただ、一人疑問を抱いていたのである。
吹雪の中をジェルヴァは進んでいき、遂に彼等はヒパック村へ辿り着いた。うっすらと電気の灯りが見えるその様子は、まるで絵に描いたような雪国の村を連想させる。
ジェルヴァはまず急停止し、村の中心部から2キロメートル程離れた場所にそれを停めた。やがて階段を下って次々と厚着をしたクルー達が降りてくる。しかし、中心部から随分と離れた箇所にそれを止める理由は何なのか。
その中にレイの姿もあった。十分と言える程の厚着をしており、顔以外は寒さを殆ど感じないでいた。その分、顔に寒さが直接当たる。痛ささえ、感じる程だ。
村に辿り着くと、遠くからではうっすらとしか見えなかった明かりが一層明るく見えた。吹雪は一層強くなり、冷たい風がレイの顔に直接当たる。彼は時折目を瞑ったりしてそれを我慢した。
ジェルヴァチームが村にやってくると、村人達は家から厚着を着て出てきた。彼等は歓迎されていたのだ。ゲイルは村人達に対して手を振った。その光景から、ゲイルは村人たちに慕われているのが分かる。一向はまず村の村長の所へ向かうことにした。挨拶をする為である。
ジェルヴァチームはゲイルを筆頭に村長の大きな家の前にやってきた。人数が多いので家の周りを囲むように全員が集合する。事情を全く知らないレイは、側に居たシャルアに聞いた。距離感が異様に近い彼女ではあるが、疑問を聞く時、彼女の近い距離感がレイにとっては有難いと思う事が、あるのだ。
「ここは、どんな建物なんですか?」
「村長の家。キャプテン、まず挨拶に来たんだろね。」
〝村長〟という言葉を聞いて、レイはゲームに出てくる単語を連想した。レイは今までモントリオールで平穏に育ってきており、流行のゲーム等もプレイをした事がある。故に、彼は世間知らずな発言を、シャルアにしてしまった。
「村長って……珍しいな。なんか、RPGみたいですね。」
その直後、シャルアの表情が大きく変化するのを、レイは見てしまった。
「はぁ?あんたバカぁ?ここは村なの!村長は、村の長!当たり前でしょ!」
「あっ!すみません……」
シャルアに言われ、彼は気まずい思いをした。が、彼女はそれを見て逆に笑った。
「あーあ、やっぱりあんたも都会の人間なんだねー。ま、“村長”なんて普段聞かない言葉だし、とーぜんか。あんた、世間知らずっぽい顔してるもんねー。」
まるで小馬鹿にするような台詞を発したシャルアに、レイは思わず怒ってしまう。
「ちょっと、連想しただけですよ!そんなので、馬鹿にしないで下さい!そう言う印象しかなかっただけです……」
「なんかさ、あんたからかってると可愛いなって思っただけよ。さて、村長が出てくるよ。」
一見すれば、仲の良いように見える二人。だが、皆が静かにしている中で会話をしていたのはこの二人だけである。それが目立った為、他のクルーに睨まれてしまった。
気まずい思いをする二人だが、その後、すぐに村長と思われる人物が家から出てきた。白髪で、白い髭をしている、外見は七十代前半の印象を受ける、男性。どこか、威厳のある印象がある。
早速、ゲイルは村長らしき人物と握手をし、会話を始めた。
「久しぶりです。メナス村長。村は大丈夫でしたか?」
村長はメナスと言った。村長と言う立場もあってか、余計に威厳に感じられた。
「どうも。ご苦労様。まあ……これと言って変化は無いな。」
思った以上に渋く、低い声だ。しかし声帯はしっかりしていて、聞き取りやすい。かすれもせず、はっきりと聞き取る事が出来る。
「そうですか……。良かった。」
「君達ジェルヴァチームのお陰で村は無事だ。君らの活躍が功を成しているお陰で、連邦の連中からの攻撃は減って来ている。」
ゲイルはそれを聞き、笑みを浮かべた。
「それは何よりです。私もこの村が平和ならそれで。」
「まあせっかく寄ったのだからゆっくりしていってくれ。ずっとあれに乗っていて、疲れている事だろう。」
「ありがとうございます。」
と、ゲイルは礼儀正しくお辞儀をした。レイは、ただその姿を見るだけ。
その直後に、ゲイルがクルー全員に対し、発声した。
「各自自由行動!再集合の際は俺が知らせる!では、解散!」
ゲイルの一言で、全員がそれぞれ、離れ離れになった。ジェルヴァのクルーの大半がヒパック村の出身者ばかりだ。故に、彼等はそれぞれの実家に戻っていった。
だが、ここで問題がある。レイは村の人間でない。そして、ヒパック村の事を何も知らない彼は、行く場所が無い。途方に暮れる、レイ。
村出身の人間でない人間は、ジェルヴァに戻る者も居た。ならば、ジェルヴァに行くべきなのか。どうか。それは、分からない。
そこで、彼は艦長であるゲイルにこの後どうすれば良いかを聞こうとした。しかしその時、ゲイルは一目散に別の場所に移動してしまった為、聞く暇がなかったのである。
途方に暮れるレイ。その間も、他のクルーはそれぞれが行くべき場所へ向かっている。誰もレイに対して声を掛けようとしてくれない。行く場所がなくなり、寒さが続く環境の中、俯く、レイ。
ポンッ
その時、彼の肩を、一人の少女が差し伸べた。シャルアが、レイに話しかけてきたのである。
「あんた、もしかして、行く場所がなくて困っているんでしょ。」
「あ、ええ……まあ……」
「アハハ、そうか。」
「どうしたら、良いんでしょうか。」
途方に暮れるレイ。その時――
「あんたを家に入れてあげるわ。光栄に思いなさい!」
「……え、本当ですか!?」
先程まで俯いていたレイの姿はどこへ行ったのか、急に輝くような笑顔を見せ、喜ぶレイ。喜びに満ちた彼の眼は、まるで少女のようだった。
「勿論!奴隷としてね。」
「はい、ありがとうございます!奴隷ですね!奴隷……どれい……?」
今、何と言った?奴隷?聞き間違いか?そのような事を突然言う?何を言っているのか、一瞬レイは理解に迷った。
脳内がフリーズしたレイは、次に言葉を発するのに十秒程度時間を要したのであった――
「奴隷!?」
まさかの発言だ。奴隷などと言われてはレイも焦るしかない。
実際に彼女の奴隷になるのはどう言うことなのだろうか、レイには大きな不安が過ぎる。
「そ、あんたはあたしの奴隷。あ、もし嫌だって言うのならさ、ここで凍死しなさいよ。そうと決まれば、行く場所はうちしかないんだからね!素直に従いなさい!フフ……」
(さ、最悪だ……)
奴隷。それは、余りに不名誉な言葉だ。まさかここでそのような言葉を聞くなど、思ってもみなかった。
この時代において、奴隷という言葉はこのような時代では冗談混じりで使われることはあるかも知れない。
シャルアは対人距離が近い印象を持つ少女だ。出会ったばかりのレイに対し、あだ名をつけた彼女。だがそのあだ名は、“奴隷”。あまりに不名誉とも言える、名前だ。
「じゃあ行くわよ。うちに。」
「あ、はい……。」
奴隷と言うレッテルを貼られ、しぶしぶレイは彼女の家へ向かいだした。奴隷として扱われることを考えると、今歩いている雪道が、余計に重荷に感じられる。
歩いて5分程度経過した時、一つの屋敷が見えてきた。それと同時にシャルアは言う。
「あれが村長の家。大きいでしょー。」
するとシャルアは村長の家へ向かいだした。当然レイはそれを疑問に感じた。何故村長の家に向かうのか。シャルアの家は何処に?
「え!?どうして村長さんの家に?どうしてですか……?」
当然の疑問に対し、シャルアが答えた。
「あぁ、言うの忘れてた。実はあたしさ、村長の孫娘なの。」
レイは首を傾げ、目を何度か瞬きさせた。
「え……今……すみません、なんて言いました?」
念を押すようにレイはシャルアに聞いた。それに答えるように彼女は詳しく言ってくれた。
「村長の、ま・ご・む・す・め。」
改めて聞いた瞬間、レイは再び脳がフリーズした。それから言葉を発するのに、三秒程度時間を要した。
「えええ!?あの村長の……孫!?そうなんですか!?」
驚愕するのは当然と言える。だがシャルアは冷静な様子だった。
「いや、そんなに驚かれてもあたしが困るんだけど。」
「あ……でも……凄くないですか!?シャルアさんのおじいさんが、あの人なんですよね!?ゲイルさんは知っているんですか?」
「さあ、分かんない。艦長とそんな話、しないし。多分知ってると思うけど。でもあんたに言ってあげなかったのは悪かったかな。ま、この際どうでもいいや。良かったじゃない。あたしの家が村長の家で。親が同居してるから二世帯住宅なのあたしんち。ちなみに見た目以上に広いよ。あ、でもあんた奴隷だし!くつろぐような真似はさせるつもりはないよ。」
やはり、レイは驚きを隠せない様子だった。ジェルヴァチームの中で親しい存在と呼べるシャルアが、村長の孫娘と言う事実は彼に衝撃を与えた。
シャルアの言うように、村長の家は本当に他の家よりも大きく、こんな家が彼女の実家だと言うことを考えると少し羨ましい感じさえした。だが彼の扱いはあくまでも彼女の〝奴隷〟であり、そこに期待と不安が混じる。
「でも本当に……凄いですね……。」
唖然としていると、突然シャルアは手を引っ張ってきた。
「うわっ!?」
「ほらほら!さっさと入れ!奴隷!」
ぐいと引っ張られ、結局彼は彼女の実家こと、村長の家に世話になることになった。
しかし未だに彼の頭の中には、シャルアが村長の孫だったと言う事実に対する驚きと、これから奴隷にさせられると言う不安で一杯だった。
彼は彼女の〝奴隷〟として家の中に入ることが出来た。玄関は広い。上がり框が一段、用意されている。どこか、“和風”な造りを印象付けるような構造だ。
靴箱の中には靴が沢山置かれている。レイは靴を脱ぎ、その中に自分の靴を入れた。そして、段差を上がって中へ入っていく。
「おじゃまします。」
と、やや、小さな声で言った。緊張しているのだろうか。そのまま、シャルアに誘導されて中へ入っていく。
広い玄関から広い廊下を歩いている二人。シャルアにとっては懐かしい光景でしかないが、レイにとっては何もかもが新しく見えた。ただ、この時に少し不安が生じた。
それはいきなり自分がいてシャルアの親に受け入れられるかどうかの事である。どう考えてもこの状況は気まずいとしか言い様が無い。誰だっていきなり知らない人が入ってこられたら焦るためである。
しばらく歩いて、レイ達は広いリビングに辿り着いた。所見で、広いという印象を付けるリビング。窓の外には雪が吹雪いているのが見える。それは、豪邸と呼ぶに相応しい場所と言えた――
「あ、お母さん久しぶり。帰ってたよ。」
突然のシャルアの言葉に反応し、彼は急いでその方向を見た。
身長はシャルアと同程度であり、尚且つスタイルも抜群と呼べる、美しい女性がそこに立っていた。その人物こそ、彼女の母親であった。それを見て、彼は思わず見惚れてしまったのである。
(奇麗な人……だ……)
容姿端麗なシャルアの母親。そして、言葉を発した。
「あらー。心配したのよ。どうしたの急に?」
どこか、おっとりとしている印象を受ける彼女の母親。
「やだなあ。知らなかったの?おじいちゃん外に出たでしょ。」
「ごめんねー、私ずっとお皿を片付けていたところだから。あれ、そこにいる子は?」
母親はレイの存在に気付いた。自分のことを言われ、ピクリと体が反応した。
「あ……えーっと……僕は……」
美人に声をかけられて戸惑うレイ。しかしシャルアが代わりに彼のことを言ってくれた。
「レイ・キレス!ジェルヴァチームの新入り!この子ね、侮れないの。ね?」
先程とは全く違うシャルアの様子。“奴隷”と連呼していたのが、今ではこの有様。親の前で流石に不名誉な呼び方である、奴隷とは呼べないのだろう。
彼女が紹介してくれたので、自分も何か言わないと駄目だと思い、自己紹介を行った。
「れ……レイ・キレスです。よろしくお願いします……」
「レイちゃん?可愛らしい女の子ね、よろしくねぇ。」
「あ、えっと……僕は男ですよ……?」
最早形式となりつつあるこのやり取り。彼は、どこでも最初は少女に間違えられるのだ。
「えー、男の子!あ、ってことはシャルア、彼氏を連れてきたってことー?」
諸事情を何も知らない母親はレイの事をシャルアの恋人と勘違いした。レイは当然、困惑する。しかしそれ以上に困惑していたシャルアはそう言われて当然慌てた。
「そんなんじゃないし!まあー、強いて言うなら弟分かなぁ……?」
(あれ、奴隷呼びじゃなかったのかな。)
弟分という呼び方を聞き、それは奴隷よりも上のような気がしたので、何故かレイは安心している。
「あらそう?弟が出来たのー?ま、ゆっくりしてねー。」
と言った後で母親はこの場から去る。レイはこの時、シャルアの母親はどこか抜けている印象を持った。
すると、シャルアは呆れた様子でレイに近付き、母親の見えないところで口を開いた。
「ごめんね、お母さん抜けてるところがあるから……名前は、エレナ・ジェイン。結婚するまで女優をやってたらしいんだけど……。」
「女優ですか……!?」
まさか、前職が女優と言う事には驚いた。それと同時に、美人と言う印象である母親の存在に、少しばかり理解できた様子だった。
「ちなみに、あたしの美貌は親譲りってわけ!親が綺麗だとあたしも綺麗ってね!」
「は……はぁ……そうですか……」
確かにシャルアは、町に出れば誰もが羨むようなスタイルに顔つきを持つ美人である。しかし、それを誇張するものだから、彼女の自信はより相当なものなのだろう。
するとその時。シャルアの母、エレナがそっと、シャルア達の所に戻ってきた。
「あとね、おじいちゃんは自分の部屋でお客さんと何か、会話しているわよー。邪魔にならないようにねー。」
どうやら、客人が入っているらしい。どういった要件で入ってきているのだろうか。
「あと、レイ君……だったっけ?」
「あ、はい!何でしょう?」
急に名前を呼ばれた為、レイは慌ててエレナに対して反応した。
「貴方、本当に女の子みたいな可愛い顔してるねー。シャルアって可愛い子を放置しないのよー。昔からねー。特に貴方みたいな子、シャルア、好きだと思うわよー」
そう言った後でエレナは家事をする為にこの場を去った。
何やら、意味深な言葉を言ったエレナ。“女の子みたい”と言われる事はレイにとっては正直、嬉しい事ではない。男らしくいたいと思う彼の意思とは裏腹、実際の彼の容姿は少女のような端正なスタイルであり、それがコンプレックスとなっている所もある。
(やっぱり、僕は女の子みたいな顔なのかな。)
と、呆然と思った時――
ギュウッ
突如、シャルアはレイの背後に回り、腕で彼の首を締め始めた。いつものシャルアに戻ってしまったのである。
「なーにぼーっとしてんのよ!奴隷!」
「わああああ!痛い!痛いです!や……やめて下さ……」
首を締められているので上手く言葉が伝えられない。苦しんでいる姿を見てシャルアは笑っている。
しばらくして彼女は腕を解く。レイは、何度か咳嗽を行い、呼吸を整えた。
「ケホッ……ケホッ……酷いですよ……」
「お母さんに可愛いって言われただけで反応するなんて!やっぱりなんか、あんた面白いね!アハハ!」
レイを揶揄うシャルア。何故、彼女はここまでレイに執着しているのだろう。だが、レイにとっては嫌でしかない。シャルアの異様な距離の近さは、いくら今、レイが彼女の家に世話になっているとはいえ、時に嫌に感じる事があるのだ。
「もう……やめてください!」
思わず言ってしまったレイ。しかしその瞬間、場は静まり返った。
だが数秒が経過した時、シャルアが目を細めて言った。明らかに、不服そうな表情を浮かべている。
「うるさいね!追い出すよ。あんたはここじゃあたしの奴隷なんだから口答えはやめてよね。はっきり言うわ、うざいのよ。」
「う、うぅ……」
この場では彼女に逆らうことは出来ない。ここでは完全に、シャルアの奴隷扱いのレイ。
しかし家に居させてもらっているのだから、迂闊な反発は一切できない。下手をすれば冗談無しで追い出されかねない為だ。それが、彼にとって辛いところだった。
「あ、シャルア。今から少し出かけるから、掃除よろしくね。それから……後でおじいちゃんの所にお茶を持ってきてあげて。ついでにおじいちゃんと話しているお客さんにもねー。」
エレナが一言そう伝えた後、彼女は出掛けて行った。どうやら用件を彼女に言いに来ただけらしい。
「はーい。」
その場では、彼女は応じたのだが、エレナが出掛けた後、シャルアはにやりと笑ってレイを見た。
「ねぇ、あんたがお茶を渡してきなさいよね。」
「ええ!?そんな……」
「あんたはあたしの奴隷でしょ。命令に逆らうなら追い出すよ。」
エレナはシャルアに用件を言ったはずなのに、何故、自分が手伝わされなくてはいけないのか?しかし彼は彼女の奴隷扱い。命令には従わなければならなかった。端正で整った、愛らしく綺麗な顔をぐいと近づけながら、しかめ、〝追い出す〟と一言。その言葉はレイにとってはプレッシャー以外の何者でもない。エファンやメイドが与えたプレッシャーとは、別の種類のプレッシャーを、レイはシャルアから感じ取っていたのである。
「分かりました……。」
「よし!じゃあ最初に皿洗い!次に部屋の掃除。洗濯もね。ちなみに全部あんたがやるのよ。命令よ、奴隷!」
シャルアは表情を一転させ、上機嫌となった。だが一方でレイは辛い思いをしていた。しかし家を追い出される訳には行かない。その為、彼はしぶしぶ従うしかなかった。そっと溜息を吐き、仕方無しに皿洗いをする事にしたのだった。一方のシャルアはそれを見て笑うばかりで、一切、家事を手伝う様子はなかったのであった。強いてするとすれば、レイの側に居て、指示をするばかりである。自らの手は一切動かしていないのだ。
ゲイルは、村長のメナスと会話を続けていた。村長の部屋は二階にあった。そこで、二人はレジスタンスの事について話をしている。
ゲイルはこの時深刻な表情を浮かべていた。それ程に重要な話だと言うことが、その表情を見て分かる。
「新生連邦の様子はどうですかね、村長。」
「今の所、大きな動きは無いよ。だがな、最近赴任してきた軍の指揮官が曲者らしいな。超人のような感性を持っているという噂だ、あくまでも噂だが。」
ヒパック村には新生連邦のレジスタンス組織が形成されている。村長のメナスはレジスタンス組織に大いに関与している存在だ。
「超人のような感性?それって、シンギュラルタイプとかですか?」
力を持つ存在、シンギュラルタイプ。その凄さはジェルヴァでの先の戦闘でレイが見せつけていた。それを真っ先に聞く、ゲイル。
「ゲイル。貴様からその言葉を聞くとは思わなかったな。何かあったのか?」
「実は――」
彼は、レイの事について話を始めた。ジョゼフに乗り、氷河族の構成員と戦った彼。圧倒的な強さを誇る彼の話をした時、メナスは表情を変えた。
「それは、それは。随分と楽しみな人間が現れたものだな。」
「それも、元々ガンダムのパイロットを務めていたと言います。彼はスペシャルですよ。もしかすれば、レジスタンス組織の有力な人材になるかと思われます。」
「ほぅ、ガンダムのパイロット……是非とも、顔が見てみたいな。」
「あ、そう言えば――」
この時、ゲイルは思い出した。レイは何処にいるのだろうか。彼はメナスと話す事を優先として考え過ぎていた為、レイの存在を抜かしてしまったのである。
彼にはこの地に帰る家がない。ジェルヴァに戻ったのかどうかも、分からない。その事を失念していたゲイル。
(しまった、レイ君は何処に?探しに行かないと行けないかな……)
と、思った時――
コンッ
突如、ノックの音がした。それと同時にドアが開いた。
一人の少年が、茶の入った湯飲みを持って現れた。レイがシャルアに命令され、部屋に入って来たのである。この時、レイはゲイルと目が合った。
「え、ゲイルさん……?どうしてここに?」
レイは呆然としてしまい、そのまま突っ立ってしまった。
「や、やあレイ君。あれ、君、もしかして村長の家にお世話になってたのか?」
「あ……えと……は、はい!シャルアさんに連れられて。」
「え、シャルア?どういう事だ?ここって村長の家だろ?」
「え?」
話が嚙み合わない。どういう事だ?ゲイルはシャルアがメナスの孫である事を理解していないのか?何を言っているのかが全く理解出来ない様子の、レイ。
「これは、これは、随分と可愛らしいお嬢さんだな。ゲイルの知人か?」
村長のメナスがレイをじいっと見て、言った。
「あ、えと……すみません、僕は男です……」
最早恒例となりつつあるこのやり取りに、レイは内心溜息を吐く。
そこへ、シャルアが部屋に入って来たのだ。茶を配るだけの筈なのに遅いと感じた彼女は居ても経っても居られなくなり、部屋に入って来たのである。
「遅い!何やってんのよあんた――って、あれ?キャプテンがどうしてここに!?」
まさか、シャルア自身もここにゲイルが来ているとは、思っても見なかったのだ。そして、ゲイルもシャルアの存在に驚愕している。この意味が、全く理解出来ない様子のレイ。
この状況で一番冷静な様子なのは、村長のメナスだ。それ以外は、各自、訳が分かっていない様子だった。
「と、とりあえずお茶を渡さないと――」
レイは思い出したように、湯飲みに入った茶をメナスとゲイルに対し、ぎこちない様子で手渡した。
その後、各々は状況把握をしていく。シャルアはメナスの孫。メナスの客人はゲイル。レイはシャルアに連れられてここに居る。
しかし、ゲイルの場合はシャルアがまさか村長の孫である事を知らなかった事に、自ら情けないと、思っていたのである。
「いやぁ、まさかシャルアが村長の孫だったとは。全然、知りませんでした。それと、レイ君もごめんな。君の事を放って置いてしまって。それで、シャルアがレイ君を入れてくれた。そこが、まさか村長の家だったって訳ね。話がようやく纏まってきた。はあ、色々話がこんがらがる。」
ゲイルは頭を右手で覆い、自らの無知さを嘆いていた。
「にしてもジェルヴァチーム結成して2年が経つのにその事を知らなかったとは!ハハハ、ゲイル、キャプテンとしては優秀かも知れんが抜けている所が多過ぎるぞ!ハハハ!」
これを笑っているのが、メナスだ。
彼の言うように、ゲイルは、どこか抜けてしまう所が多い。個人個人の事情や、血縁関係、そしてレイの事情等。
人間は一度に多くの出来事を抱えてしまうと混乱を来たし易い。それ故に、仕事等では少しでも状況を把握する為にメモを取る等の対応をする。だが多忙が続けば、その情報処理も追い付かない事がある。他者に言われ、思い出す事も有り得るのだ。
「シャルア。元気だったか。」
メナスとしては、久しぶりの孫娘との再会。この事は何よりの喜びと言えるのだ。彼女はメナスに抱き付き、再会を喜ぶ。
「おじいちゃん!元気してたよー!ちゃんとジェルヴァの整備士として貢献してるし!レジスタンスの仕事もきっちりこなしてるの!」
メナスは村長と言う立場の人間であるが、シャルアからすれば祖父だ。まして、ここは同じ一つ屋根の下。シャルアがメナスに対して話す喋り方も、フランクになるのは当然だ。
(凄く、嬉しそう。シャルアさんの一面……か。)
奴隷扱いする彼女の、意地の悪い表情はそこには無い。純粋に祖父に会えた喜びを噛み締める少女の姿が、そこにはあった。
だが、ゲイルはこれを複雑に思っていたのだった。
「シャルア。あくまでもこの御方は村長なんだからもう少し丁寧な言葉を使いなよ。“おじいちゃん”っていうのは、どうなのか。」
と、言うのだが、メナスは笑いながらゲイルに言った。
「いや、これで良い。それに、自分の孫に丁寧な口調で話をされても重苦しいだけだしな。シャルアも気を遣うのは嫌だろうに。」
「そ、そうですか……?」
立場が違うとはいえ、ゲイルからすれば違和感を覚える事と言えた。
「心配不要ですよ!あたしの場合はキャプテンに敬語を使いますし!おじいちゃんはおじいちゃん!キャプテンは、キャプテンですよ!」
間違ってはいない。事実なのだから。とはいえ、ゲイルからすれば妙な光景に見えてしまうのだ。
「あと、レイ君もすまないな。俺、自分の都合を優先してしまって。シャルアはありがとう。レイ君を家に入れてくれて。結果的にそれが村長の家になる訳なんだけど……」
ややこしい構図ではあったが、結果的にレイはこの家に世話になる事が出来た。しかし、実際はシャルアの“奴隷”として動いている為、レイにとっては一概に幸運とは言えない状況であるのだが。
「ああ、すみません。すっかり紹介が遅れました。村長、彼がさっき言っていた子です。先日の戦いで活躍してくれた、レイ・キレス君。」
この状況で、ゲイルは改めてレイを、メナスに紹介した。
「あ、えと……レイ・キレスです。宜しくお願いします。」
と、頭を下げるレイ。だが――
「貴様の顔、見覚えがあるな。」
「え!?僕が、ですか……?」
見覚えがある?どういう事だ?突然出て来た言葉に、レイは戸惑う。更に、メナスは自らの顔を近づけ、じいっと彼の顔を見た。最初にレイの髪色、次に眼、最後に顔全体を確認した。この時レイはメナスの急な行動に、ただ、剛直するしか出来なかった。そもそもレイ自身、ヒパック村に行ったことなど一度もない。
「でも僕はここに一度も来たことはないですよ?」
と、言うのだが、メナスは語り続ける。
「貴様ではない。貴様の父親……それと、どこか面影がある。やはり貴様の父親だ。間違いない。名前はジュナスとか言ったか。」
(父さんの名前を当てた?)
レイは驚きを隠せなかった。父親の名前を当てられた事に動揺するレイ。村長はそんなレイを気にせずに再び話を続ける。
「違うな、当てたのではない、覚えていたんだよ。そして貴様はジュナス・キレスの息子。確かあれは四年前だったか――」
父親の名前を知っている。そして、今その息子がここに居る。
「そっか……!」
レイは今、全てを思い出した。セイントバードによって、一時的に故郷に帰った時に、父親から聞かされたエピソードを。ヒパック村での一連の出来事を。
ここに居る、メナス、シャルア、そしてゼルと言う名。いずれもが、覚えのある名前。父親の話から聞かされた、名前だったという事。
「そうだ……ヒパック村って父さんが行ったことあるって言ってた所だ。そうだ、だから、覚えていたんだ!」
記憶が曖昧だったり、不明確な事が思い出された時、人の表情は大きく変化する。今のレイが、それに該当するのだ。その上、村長のメナスはジュナスの事を覚えていたのである。覚えていたが故に、レイは全てを思い出すことが出来た。父親が経験した事や、ヒパック村という村の、名前を。
「そうだ、だから僕は知っていたんだ!名前を覚えていた!まさか、父さんが来た事のあるここに来るなんて……」
一人、レイは感激している様子だった。ジャーナリストの仕事をしていた父の取材の地。そのエピソードを過去に聞かされたレイ。これは偶然なのか、運命なのか。それは定かではないが。
「あのさ、あんた何か一人感傷に浸ってるけどさ、自分世界に入るのはちょっと止めときなよ。おじいちゃん、あんたと話したがってるんだけど。」
「……え?」
シャルアの言葉を聞き、レイは我に返った。ヒパック村の事を思い出した彼だが、今、この場所がメナスの居間である事を失念していたのだった。
「あ……すいません。」
と、レイは謝罪する。
「にしても、あの時の男の子供……それは、シンギュラルタイプの力を持っているという不思議な現象。ジャーナリストとして仕事をしていた男と、その子供。妙な因果だな。こんな山の中の田舎町で……な。」
偶然と言う名の運命と言うべきか。このような偶然が、有り得るのか。こればかりは、レイだけでなく、メナスも驚愕している事だったのだ――
「浅いな。」
「え!?」
メナスが言葉を発したのは、その、直後だった。レイは最初、その言葉が理解できなかった。
何が〝浅い〟のか。何の言うつもりで言っているのか。全く分からない。彼は困惑した。村長から発せられるその言葉。どうでも良いように感じるが、彼にとって何故かその言葉が興味深かく感じた。
「あの……何が、浅いのですか?」
慎重な様子でレイは聞いてみた。それに対しメナスはきっぱりと答える。
「経験だ。」
「経験……?」
〝浅い〟ものを語ってくれたが、それもよく分からなかった。何の〝経験〟なのか分からない。レイは余計に困惑する。そして再び訪ねてみた。
「何の経験……ですか?」
「貴様が、一番知っているだろう。わしには分かる。貴様の事、貴様の体験を。」
どういう事だ。メナスは何を言っているのか。
「あの、どういう事ですか?」
「貴様と同じ人種なのかも知れんという事だ。」
この場に居た皆が、メナスの方を見た。彼は、シンギュラルタイプとでもいうのだろうか?
「村長さんがシンギュラルタイプ……」
「分からんよ。可能性の話だ。ただ、人よりもセンシティヴな感性を持っているかも知れん気がするのは、間違いないだろうな。それに関しては貴様と同じ存在と言えるような、気がするな。」
不確定な言い方だ。だが恐らく、メナスはシンギュラルタイプなのだろう。レイの存在を感じ取り、その上で彼の事を語るのだから、恐らく、力を持つ存在として関係している可能性は高いのだろう。
「貴様はMSパイロットをしているな。だがその経験は、余りに浅い。ただ、浅いだけじゃない。信念も、全てが浅い。ただ、偶発的な実力を持っているだけ。只の才能。それは果たして強いと呼べるのだろうか。」
メナスはレイの戦闘を直接見た訳ではない。だが彼の事をパイロットであると見抜いた。それは、メイドがレイに対して見せた力と酷似しているようにも見える。最も、メイドと違い、禍々しさを感じる事は、ないが。
だがその言葉はレイを戸惑わせるのに十分だった。そして、同時に彼は不安を抱いた。
「只、戦場を圧倒する力は純粋な強さとは言えんよ。貴様に才能があるとはいえ、それは本当の強さではない。その強さは失う物がない、無差別殺人鬼の強さ。“人”として見れば、それは強さに該当しない。只己が強い事を掲示しているだけの、エゴだ。それは経験を積んでいるとは言えん、ただ浅いだけだ。」
シンギュラルタイプの力を持つメナスの言葉はレイを困惑させていく。自身の戦いとは、何なのだろうか。意味はあるのか。それが分からない。
「貴様はガンダムのパイロットらしいな。ゲイルから聞いた。聞きたいのだが、何の為に、今まで戦ってきたのか。それを知りたい。わしから“経験が浅い”と言われてばかりで不服だろう。」
ごもっともだ。MSを動かしている所を見た事がない老人に一方的に言われ、レイ自身も妙な怒りを覚えるのは当然。だが彼の言葉はどこか、核心を突いている。それが不思議でならないのだ。
その中で、レイは自分の意見を考える。自分の戦う目的。それは、守る為。セイントバードのメンバーや、今回助けて貰ったジェルヴァチームのメンバーを守る為に、彼は戦うのだ。
「僕は、守る為に戦っています。確かに、MSに乗って人を殺すことに罪を感じたりする事はあります。でも僕は自分の出来る事をしたいと思っています。僕は、元々普通の人間でした。だから、普通でありたいと思ってました。今でも、そう思ってます。でも、僕は持てる力を持っているのなら、せめて、仲間を死なせたくないから戦ってるんです!仲間を助ける代わりに敵を倒す……それは、確かに、残酷かも知れません。僕自身は残酷にはなりたくない。でも残酷にならなくてはいけないんです!仲間を守る為には、どうしても!」
彼は、精一杯の台詞をメナスに言った。
台詞聞いた後、メナスは目を閉じて少し考え始めた。その間時間は、3分。その間、誰一人として、言葉を発しなかった。
やがて村長は静かに口を開けた。
「それが貴様の、戦いに対する考えか。成程、な……。」
村長は二回首を縦に振ってそう言った。白い髭を僅かに撫でて、再び彼はレイに言った。
「残酷にはなりたくない。しかし自分は残酷にならなくてはならない……うむ……」
レイは唾をごくりと飲んだ。自分の台詞は村長にどのように聞こえたのか、非常に興味深く感じた為である。
村長は答えを出すのに時間がかかると思われたが、意外にも早く答えを出した。それは彼にとって信じられない言葉だった。
「今の貴様に対して言える事……それはただの我儘。それが答えだ。」
「えっ?」
村長の口から放たれたその言葉にレイは困惑した。
―――――――――――――それはただの我儘。それが答えだ――――――――――――
何故村長はそう述べたのか、レイは慌てた様子で言う。
「ど、どうして!?どうして!?我儘だって言うんですか!?」
「さあな。わしは直接貴様の戦闘を見てはいないから知らん。あくまでも、“貴様”しか見ていないから知らん。だが、貴様の言葉だけを聞いても“我儘”としか分からんよ。」
まるで、レイ自身の意思を否定されたような気持ちになった。この時、レイは大きく落ち込んだ。彼の今までの戦いが、〝我儘〟という一言で片づけられたからだ。
村長から放たれたその一言は彼に衝撃を与えた。それを聞いた時、レイは村長の目を逸らすように俯いた。
「う……ぐう……」
一方的に言われ、レイは落ち込んでしまった。自分の戦いとは何だったのかと、思い込んでしまう事になったのだった。
その後、廊下に出てただ一人ずっと落ち込んでいるレイ。その際、背後からぽんと何者かが彼の肩を叩いた。
すぐに振り向くと、そこにはシャルアがいた。レイに対し奴隷扱いをする彼女も、今回ばかりは先のメナスの言葉に対し、気を遣っているようだった。
「おじいちゃんもちょっと言い過ぎな所あるわね。あんたが居なかったら、ジェルヴァはあの連中にやられてたのに。」
その言葉は、どこか優しく感じられた。奴隷扱いする人間とは、思えないような優しさをレイは感じていた。
「おじいちゃん、元連邦軍人なの。デウス動乱時は既に引退してたけどね。だからMS乗りとかに関しては協力的ではある一方で、見る目に関しては厳しいの。ちょっと老害みたいなとこあるけど。」
祖父の事を大切に思っているとは思えないようなシャルアの台詞。ある意味、彼女は肉親とは言え区別が出来ている人間なのかも知れない。
「でも、この村が発展したのはおじいちゃんの賜物でもあるのよ。やっぱり軍人って優遇される事、多いから。だからあたし達は生活出来てるって訳で。」
気を遣っているのかどうかは分からない。だが、シャルアは自身の祖父や、村の事について語ってくれている。
「ゲイルさんから聞いたんですけど、ヒパック村は今、新生連邦と戦っているんですよね?確かレジスタンスって聞いてます。」
「あー、キャプテンが色々教えてくれてるみたいね。じゃ、話は早いわね。良いわ、せっかくだし教えてあげるわよ。部屋に来な。休憩がてらちょっと話しよっか。」
すぐに掃除などをさせられるのかと思った為、意外な行動にレイはシャルアの優しい一面を見た気がした。
シャルアの部屋は、年頃の少女らしさが感じられる。ベッドには約、40センチ程度の熊のぬいぐるみが置かれている。ピンク色の壁。整えられた、清潔感のある部屋。机もある。部屋の隅には等身大サイズの鏡が置かれている。年相応のティーンエイジャーの部屋といった印象を受ける、彼女の部屋。
「シャルアさんの、部屋……」
女子の部屋に入る事自体は初めてではないが、知り合って間もない少女の部屋に入る事は、レイにとって珍しい事だと言えた。
「あんたは床に座ってね。」
と言ってシャルアはベッドに座る。この様子からも、レイの扱いは良いものとは言えないと考えられた。
静かに床に座るレイ。シャルアは足を組み、話をする。黒いニーソックスが、彼女の足のデザインを美しく際立たせている。
「そういえばあんたのお父さん……昔村に来たんだよね。あたし、あんまり覚えてなくて。」
実際、彼の父とシャルアは僅かな時間だが面識があった。当の本人は余り覚えていない様子だが。
「だから僕、シャルアさんの名前を知っていたんです。聞いたことある名前だなって、思ってたから……」
「へぇ、じゃああんたのお父さんは村の事話してくれてたんだ。なんか、偶然。」
父親も村に訪れ、その息子も同じ村に来る。そして、月日が経ったとはいえ同じ人間に出会う。このような偶然が有り得る事に、シャルアは内心、驚愕していた。
「確か、村にMS乗りが襲撃した事があったんですよね。その話を父さんがしてくれてたのを思い出して。」
「そうそう。その時に居たキゼルさんが追い払ってくれてたのよ。ただ、後で聞いたんだけど彼、敵に殺されちゃったみたい。」
キゼル・アウレッド。かつてヒパック村のMS部隊のリーダーを務めていた人物。ジュナスがこの地を訪れた時にMS乗りの襲撃に遭い、殺された人物だ。
「さっきの戦いの時、ゼルって奴が居たでしょ。あいつ戦後に襲ってきた連中に家族を殺されて、その際に拾ってくれたキゼルさんを慕ってたんだけどさ、でもあの人が死んでからゼルの奴、余計に塞ぎ込む様になっちゃってね。氷河族って連中の事を心底恨んでるの。」
ゼル。その人物の名も思い出した。先の戦闘で奮闘していたが、レイに対して怒る素振りを見せた、少年。歳はレイよりも一つ上の、冷たく、それでいて美しい碧色の眼をしている少年。
レイはゼルの事が妙に引っ掛かっていた。父、ジュナスが話していた少年の名前はゼル。そのゼルの事なのだろうが、何よりも以前に故郷で父親と話していた時に見せた、“表情”が気になっている様子だった。
―――――――――――――――本当に、大変だったな―――――――――――――――
あの時の父親は一体何を経験したのだろうか。ただの思い出話とは思えない。それを、気に掛けるレイ。
「どうかした?」
「あ、いえ……あ、そうそう。ゲイルさんから氷河族の事を聞きました。元々村を襲撃してきたのも、組織の人間なんですよね。」
話題の途中で父親の事を思い出していたレイは、すぐに話を戻した。
「うん。そう。だからキャプテンが氷河族のリーダーって話を聞いた時は皆が怖がったし、警戒した。でもキャプテンは優しかった。あのゼルも、口は利かないけどキャプテンの指示にはある程度従っているの。」
氷河族に家族を殺されたにも関わらず、そのリーダーを務めていた人間に従うというゼル。その心境は不明だが、彼なりの考えがあるというのだろうか。
「それで、新生連邦軍が樹立するまでは氷河族とかならず者に対して、村の護衛としてMS部隊を結成していたの。キゼルさんがリーダーとして。でも氷河族に殺された。でもそれから新生連邦が樹立したの。」
そう言った後、シャルアは置かれていたぬいぐるみをそっと抱き締めながら言った。
「けど、それに伴って村への弾圧が始まったの。MS部隊の解散及び村の立ち退きの強制。それに応じなければ強制排除。元々住んでいた村を解体して基地にするのが連中の目的って訳。」
「そうだったんですか……」
シャルアから聞かされる、ヒパック村の事実。過去と現在の事情は、この数年で大きく変化していったのだ。
「あたし達はそんな弾圧に負ける訳には行かないって事で、レジスタンスを結成したって訳。そこへキャプテンが来てくれて、ジェルヴァのキャプテンになってくれたって訳ね。そこからジェルヴァチームとして、今に至るって訳。」
それはゲイルから聞いている。そして、新生連邦とも、氷河族とも交戦しているという事も。
(けど、見ていて思うのはレジスタンスをしているようには見えないんだよね……なんていうか、険しい感じがしないっていうか。レジスタンスが強いから、シャルアさん達の表情が明るく見えるのかも。)
何気なく、レイは思った。シャルアの表情は明るい。それだけではない、他のメンバー達の表情も、新生連邦と泥沼の戦いをしているようには見えないのだ。彼にとっては、それが不思議に思えた。新生連邦が平和国連盟に対して宣戦布告をしている状況であるのにも関わらず……だ。
「あの、少し話が変わってしまうんですけど、シャルアさんは村長さんの力の事を、知っているんですか?シンギュラルタイプの事について。」
先にレイに対して言った、メナスの話。彼の孫であるシャルアなら何かを知っているかも知れないと感じたレイは、思い切って聞いてみる事にしたのだ。
「ああ、その事だけどね、実はあたしも全く知らないの。」
「え、そうなんですか?」
「うん。ちなみにあたしにはおじいちゃんの言う、シンギュラルタイプの力は備わっていないわよ。これマジ。だからあんたの力にびっくりしてる訳なの。」
この台詞から、シャルアはオールドタイプである事が分かった。
「あとさー、あたしね、妹が居るんだけどね、少し、興味あるのよね。たまにあの子に透視されるのよ。」
「シャルアさんに、妹さんがいるんですか?」
初耳だ。彼女に妹の存在が居たなど。
「うん、ま、あんたに言っても仕方が無いと思うけどね。今は部屋で寝てる。だから余計にレジスタンスは頑張って行かないと行けないのよ。新生連邦の連中が何かやらかさないようにする為にもね。」
この時のシャルアの言葉は、真剣に聞こえた。一見すれば年相応のティーンエイジャーの印象がある彼女でも、実際は村の事を考えている。もしこの村が弾圧される事になれば、済む場所も無くなる。新生連邦はどのような横暴に踏み切るかも分からない。今は平和でも、いつその平和が消えるのかは分からないのだ。
「ま、あんたは大変な時に来ちゃったねって事。あんたさ、もしまた出撃する事になったら戦ってくれるの?」
シャルアの質問に対し、レイは静かに頷いた。
「新生連邦が迫ってくるのなら、僕は戦います。ジェルヴァの皆さんを助けたいです。そして、この村も。だって、シャルアさんが僕を泊めてくれているじゃないですか。」
受けた恩は、返したい。緊迫した状況になるというのならば、それを守りたい。レイの心は決まっていた。いくら、メナスに“我儘”と言われようとも、彼は戦う。守る為に。その決意は、固い。
「あー、良かった!それなら安心して奴隷を任せられるわ!ねー、奴隷!」
「……はい?」
突然の奴隷発言に、レイは戸惑う。
「だってさ、ここに泊まるって事はさ、奴隷を認めるって事だよねー!ね、奴隷!家事とかしっかりお願いね!うち、結構広いから掃除するところ結構多いわよ!奴隷!さあ、ファイト!奴隷!」
(色々事情を抱えているのは分かるんだけど、奴隷、奴隷って言わないで欲しい……)
まるで先程の真剣な話とは一転変わり、彼を奴隷扱いするシャルア。彼女の気持ちが、レイには理解が出来なかったのだ。
「死ね」
「ハッ!?」
またしても、例の悪夢によって目を覚ました、レイ。彼が起きた場所。そこは、用意された部屋だった。客室用の部屋であり、布団が敷かれている。布団で眠るのはレイ自身、久方振りであるのだが、悪夢を見る以外は熟睡をすることが出来ていた。
そのまま、レイはEフォンを操作しようとした時、彼は思い出したように言った。
「そうだ……壊れてたんだった……」
肝心な事を忘れていた。彼のEフォンは壊れているのだ。故に、外部の情報や、エレナ達と連絡が取れない状況。それを失念していたのである。
バッ
その時だ。襖を、勢い良く開ける音が聞こえた。部屋自体は薄暗かった為、急に開かれた襖からは光が差した。これが、レイにとっては眩しく感じられたのである。
「う……ん……?」
と、声を出してしまう、レイ。
「奴隷、朝よ!朝食を食べたら掃除始めるわよ!」
そこに居たのは不敵な笑みを浮かべるシャルアの姿だった。襖の奥の光が眩く、彼女の姿がシルエットを作り出している。
「あ、えと……今、何時ですか?」
「朝の六時!早く起きる!起きたら顔を洗ってご飯食べて、そこから掃除!」
「え……ええ……」
朝が早いというのが苦という訳ではない。世話になっているが故に、そこに文句を言う気はない。
だが、やはり奴隷として掃除をする事を、強引に行わなければならないという現実が、例に突き刺さろうとしていたのであった。
掃除の後、朝食を食べるレイ。朝食は和食と呼べる内容であり、白米に味噌汁、鮭の切り身と言う、和風食だった。これが、ジェイン家の食事なのだろうかと、一人疑問を抱くレイ。
そして、リビングには母親のエレナに、村長であり、祖父のメナス、妹に、シャルアとレイの五人がいた。この中に自分のような人間が入っても良いのかと考えるレイ。辺境の地ではあるが、この場で食べられる食事はありがたいものが、あったのだ。
「ごちそーさん!」
妹が、朝食を食べ、一目散に部屋に戻る。
「妹、学校があるのよ。あ、どれ……イ。」
(ある意味言われてる……)
二人だけで居る時の流れで、“奴隷”と呼んでしまうシャルア。
「レイ、後で買い物に行くわよ。今日はニアとクリアも一緒なんだから。」
「え?あ、はい。」
恐らく食材の買い出しなのだろうか。とはいえ、見知らぬ地で食事を頂いている事に有難さを感じつつ、レイは一口、一口、口に含んでいく。
「やっほー、シャルア!」
「あ……君も、一緒だったんだ。」
やがてシャルアの家にクリアとニアが来た。彼女達の家は、家から車で30分程度離れている。今回、二人はクリアの自家用車で来た。ただ、ここは雪国であり、只の車では道が塞がってしまう。
この時代の車は、局地対応型の車が存在している。名は、スノーカー。雪国で活躍する車だ。雪上限定で使用する車であり、積もった雪の抵抗や、スリップに翻弄される事なく、走ることが出来る車である。
人口が少ないこの村では、十六歳以上ならば車の免許を持つ事が許されている。彼女達の年齢は十六歳。皆が同い年なのだ。少女達が和気藹々と集まり、皆で買い物を楽しむ時間。それは、よく映画等で見るような反政府組織のレジスタンス組織のメンバーのような、屈強な印象を受けなかった。
「レイはね、昨日から泊ってるのよ。この子行く場所ないからしゃあなしで。さ、行きましょ!」
「買い物も久しぶりだよねぇー!ずっとジェルヴァの中だったから服も同じのばっかりでさぁー!」
「本当……」
やがて四人はクリアの運転する車に乗り、移動する事になった。女子達の中で、レイは一人少年。どこか、アウェイな感覚を、一人、レイは感じていたのだった。
雪がちらつく中を車は走る。今、彼女達が向かっているのはショッピングセンターだ。村の中にある、唯一のショッピングセンターには生活必需品が多数備わっている。食料品の買い足し等もそこで行われる。人工知能の発展で配達も可能になっている時代ではあるのだが、このような田舎村ではこうした配備は他の地域よりも圧倒的に遅れており、人の移動が必要不可欠なのだ。
「レイ君、なんか珍しそうに見てるねー!」
ニアが、窓を見るレイを見て反応した。
「こんな所を車で乗せて貰う事、あんまりなかったので……」
と他の方向を見た時、レイは目を瞬きさせた。
「ディエル……?」
窓の外にMSが見えた。白い色で覆われた機体。モノアイを輝かせ、何やらマシンガンらしきものを持っている。戦闘なのかと、緊張する様子のレイ。
「おー、今日も除雪用のディエルが歩いているねー。」
「あのマシンガンのデザイン、本物と一緒だから紛らわしいのよね。」
それは旧デウス帝国のMSである、ディエルだった。そのディエルが把持している者は、マシンガンの外見をした、高温の湯が出る、湯鉄砲だった。それを駆使し、雪国で降り続く雪を溶かす為に除雪作業を行っていた。
MSは本来、兵器であるのだが、ここの人々はそれを利用し、改良してこのように、生活の一部として上手く取り入れている。レイは、この光景に僅かながら感動を覚えたのであった。
(MSだって使い様なんだよね。使い方を間違えなければ人を殺す兵器じゃないんだ。こうやって生活の一部として定着出来れば良いのに、どうしてテロとか、武装勢力とかは兵器としてしか使わないんだろう。)
“物”とは扱う人間によってその価値が大きく変わる。その最もたる例が、この世界に於いてはMSである。MSは時代が変わってからの主戦力として存在し続けてきた。だがこうした兵器は、扱い方によっては生活を豊かにするメリットもある。
「でも、あれは今では新生連邦によって禁止されている……MSの個人所有は新生連邦が認めないから……」
クリアが言うように、実際、MSを個人で扱うのは違反行為なのだ。湯鉄砲を持つディエルは除雪作業に貢献しているのだが、新生連邦が関与するようになった2年前からは違反扱いとなってしまった。
しかし、それでも村人は新生連邦の束縛を押し切って今でもディエルを使っている。それも、新生連邦に発覚しないように……だ。
「あの連中があーだこうだ言ってくるかも知れないし、今のうちに買い物済ませちゃいましょ!ゴーゴー!」
辺境の地にまで迫る新生連邦に逆らうように、彼女達は動く。彼女の達の生活を守る為に、ジェルヴァチームとして、レジスタンスとして、今は限られた休暇時間を、謳歌しているのだ。
「あ、これ可愛い!」
「いーじゃん、似合ってる!」
「私はあんまり興味ない……」
和気藹々とする彼女達。ニアとクリアに関しては戦闘要員とは思えない表情を浮かべている。その姿は、純粋に買い物を楽しんでいるティーンエイジャーだ。年齢が年齢の為、ハイスクールの生徒のような印象さえ残る。レイは婦人服のコーナーに同行させられており、彼女達が買う服を持たされている。
「これ、買っておこう!」
シャルアは服を三着、購入した。
「私も!」
「一応、買っておこう……」
次いで、ニアとクリアも服を購入した。
女子達と一緒に買い物を行くという事は、こういう事なのかと、レイは密かに思っていた。だが、彼女達は明らかに楽しそうだ。まるで、ジェルヴァでのストレスを発散させるかの如く買い物をしている。レイはこのような光景を見たのは久しぶりだった。故郷からセイントバードに合流してから、こうした平和な場面を見ていない。故に、自然に笑みが浮かんできたのである。
(こういうのも、アリなんだな。)
と、レイが思っていた時――
パシッ
レイは後頭部を叩かれた。すぐに振り返ると、シャルアが腕を組み、睨むように見ている。
「あんた何ぼーっとしてんのよ!食料品買い足しに行くわよ!荷物持ちお願いね!」
「あ、はい!」
少女のような顔をしているレイだが、彼は男。故に、荷物持ちの扱いをさせられるのはレイの役割。この時、彼は内心で溜息を吐いていた。
「シャルア、随分あの子とフレンドリーだねぇ!」
「親展が早過ぎる気が……もしかして、シャルア……」
「こいつ、扱いやすいのよ!あいつ!さー、行きましょ!」
女子同士というのは、ある種の力を感じる。それは男性には到底及ばない、力だ。その結束量は恐らく、男性以上の力を持つだろう。武力とは違う、心の強さだ。女性の寿命が男性よりも長いと言われる所以の一つは、もしかすればこうした、純粋に楽しむ事を友人や同性同士でシェアし、そこで日頃から溜まっているストレス等を発散させ、次に活かすエネルギーが蓄積されやすい事も、所以なのかも知れない。その辺りは女性の方が秀でているのかも知れない。
レイは彼女達の買い物への意気込みの強さを、心の中で感じ取っていた。
「これ可愛い!SNSアップしよーっと!映えるねぇ!」
「個人情報特定される……私は、嫌」
「はー!いっぱい買い物した!満足、満足ぅ!」
彼女達は充分に買い物を満喫し、ショッピングセンター内のカフェで休憩を取っている。その間、レイは様々な質問をされた。出身の事や、何をしていたのか等。交流を深めるきっかけという事もあり、レイは様々な事を答えた。女子達の間に紛れた少年であったが、彼の外見が幸いしたのか、然程困惑するような事は無かったのである。
その後、彼女達は解散。各自の家に戻っていった。やがてシャルアとレイは家に戻り、夕食を終え、レイは部屋に戻ろうとした時だった――
「あ、そうそう、奴隷。あんたもう少し買い物してきて。」
「……え?」
レイは、驚愕した。昼間の買い物で十分したのでは?なのに、シャルアは突如彼に提案してきたのである。
「吹雪が酷くなってきたけど、どうしても買って欲しいものがあるの。買ってきなさいよね。奴隷でしょ。」
「そんな……」
何故かレイは、買い物に駆り出される事になった。しかも、雪が吹雪いている中で。
「あたしは部屋でゆっくりしてるから!はい、宜しくー!買うものはこれね!」
と言いながら、シャルアはメモを渡した。いずれもが先程のショッピングセンターで売っていたものなのだが、買うのを忘れていたのだという。
「そんな……」
「何よ。追い出すよ」
二人きりになった時、彼女の圧が強い。何故、レイに対してこれ程に当たりが強いのだろう。レイはこの時、シャルアが恨めしいと感じていた。
「そう言えばあんたEフォン持ってるの?」
その際、シャルアが聞いてきた。Eフォンは持っている。だが、それは壊れている。電源も入らない。レイは困惑した。壊れている為、連絡が取れないのだ。
「持ってはいるんですけど、壊れてしまってて……」
そう言って、彼はEフォンを差し出した。すると――
「じゃあ、あんたと連絡取れないじゃない。全く。それ、見てあげるから買ってきなさいよ。」
「え、良いんですか?」
「あたし、機械いじり得意だし。いいわよ。早く買ってきなさいよ、奴隷。」
不幸中の、幸いと言えた。シャルアがEフォンを直してくれるというのだ。復旧すればエリィ達と連絡も取れる。そうなれば、生きている事を知らせる事が出来る。一刻も早く、尚って欲しいと、レイは願っていた。
だが、その代わり、彼は豪雪地帯の中を歩いて行かなければならないのだった。それだけが、レイにとっては辛い事であるのだが。
豪雪地帯の中を買い物に行くのは、外を僅かに歩くだけでも酷である。足の踏み場もない状況で、彼は吹雪の中を歩く。雪が足の重みで沈み込むような状況で、レイは買い物を任される。
雪が降っていなければ、然程かからない時間も、豪雪となれば話が変わる。通常、10分程度で到着する場所でさえ、雪が険しければその何倍も時間を要するのだ。
寒さと、足の踏み場の悪さが災いし、レイは歩く事自体で難儀した。この時、レイはシャルアの存在を恨めしく感じてしまっていたのだ。
「酷いよ、シャルアさん……」
寒い。顔が、痛くなる程。なのに買い物に行かせるという鬼畜の所業。シャルアの意地の悪さが露呈した瞬間と言えた。
「大体、あの人と知り合って間もないのに、奴隷って!おかしいよ、そんなの!滅茶苦茶な人だ!こんなの、酷い……」
シャルアの傍若無人ぶりに、周囲に誰も居ない事を良い事にレイは愚痴を零し始めた。だが、彼女に歯向かえば家から追い出されてしまう。レイはただ、彼女の命令のままに動くしか出来ないのだった。
四十分後にレイは帰ってきた。雪にまみれたレイ。身体はぶるぶると震えており、ただ、寒さが彼を襲う。
その時、玄関前でシャルアが待っていた。一瞬、彼は睨んでやろうかと思った。しかし今はその寒さの余り、それをする余裕もない。
「レイ、お帰りなさい。」
奴隷呼びではなかったのか?何故だろうか、そして、彼女の表情は、どこか優しい。妖しい優しさと呼ぶべきか。
「寒かったでしょう……?お風呂に入りましょう?さあ、急いで……」
やはり、シャルアの様子がどこか、おかしい。レイは彼女に対して怒りを覚えるどころか、違和感を覚えていた。そして、どこか妖艶な雰囲気を醸しだして彼に接している。
(シャルアさん、どうしたんだろう……)
疑問を抱きながらも、レイは雪を玄関で払い、そのまま厚手のコートをハンガーに掛ける。やがてシャルアに誘導されたレイは、浴室へ向かうのだった。
寒さで凍てついた身体に湯が染み込む。極寒の中を買い物に行かされたレイはシャルアを恨みそうになったが、この極楽ともいえる湯は、彼に癒しを与えた。奴隷と彼女に呼ばれつつも、この瞬間は至極の時と言える。呆然と天井を見るレイ。浴槽は人、二人が入れる程の広さ。その為、両足を広々と伸ばすことが出来る。
ここに来て、様々な事があったが、この時間だけは、堪能したいと考えていた。その中で、レイはシャルアの事よりも、セイントバードチームの事が心配になっていた。
(今頃、皆はどうしてるんだろうか……僕はこんな所で家事とか買い物とか召使いみたいな事させられてるけど……)
彼には心配事が多い。これから自身がどうなるのか、セイントバードの皆がどうなっているのか、そして、故郷の皆はどうしているのか。リルムはどうしているのか……等。多くの事を考えても仕方がないのは分かる。とはいえ、今こうして生きている事は、感謝しなければならない事なのかも知れないと、レイは思っていた――
ガチャ
浴室を開ける扉が開いた。レイは目を何度か瞬きさせた後に、その方向を見た――
「へ?」
そこには、シャルアの姿があった。彼女の抜群と呼べるスタイル。そして、しなやかな肢体。湯気で見え辛い部分はあるとはいえ、彼女は今、紛れもなく“裸体”で居るのだ。
「しゃ、しゃ、シャルアさん!?!?」
レイは慌てて、視線を湯船に落とした。見てはいけないと、彼の両親が働く。
だが、シャルアは彼に構う事無く桶で身体に湯を浴び、更に、そのまま浴槽に入り始めたのだ。
「わ……わわわわわ!何やってるんですか!僕が入ってるんですよ!何で入って来るんですか!!!」
驚愕する、レイ。同じ浴槽に異性が入ってくるなど、考えもしなかった。それは彼の歳を考えれば、十分すぎる程に刺激的な出来事なのである。
「疲れたでしょうから、癒してあげよっかなって思ったの。」
だがその時も彼女は妖艶な声色でレイに声を掛ける。その美しい肢体の上で、妖艶な声は、レイの表情を赤くさせるのに十分な効果を持つ。
「で、出て行って下さい!そうじゃなかったら僕が出ていきますよ!」
と、レイはよくそうから出ようとするのだが、シャルアが彼の腕を引っ張ったのだ。
「わああ!!」
その為、ずるりとバランスを崩した。急ぎ、体制を整えるレイだったが、そこへシャルアが覆い被さるかの如く、レイの顔に近付けてくる。
「あんた、やっぱり可愛いわね……」
スッ
すると、シャルアはレイの頬に触れ始めた。その行為に驚愕するレイ。だが、彼に構わずシャルアは更に首筋を優しく撫でる。
「えっ……はぁっ……?」
レイは、びくりと反応した。優しく、柔い指で触れられた事でこそばゆい感触を感じてしまったのだ。
「んう……あ……あの……」
「何?」
「どうしたんですか……こんな……」
彼女の意味の分からない行為にただ、レイは困惑するばかり。
「シャルアさん……変ですよ……大体、お風呂に入って来るなんて……」
最早、滅茶苦茶だ。彼女は何故平気なのか。その上で、レイに積極的に接してくるのか。
「お風呂が一緒なのは悪い事なの?一緒に入った方が光熱費も節約出来るし良いと思うの……フフ。」
そう言いながら、レイの身体に触れ、その指を伝う。
「ひゃうぅ……!」
裸のレイはその行為ですら反応してしまう。思わぬ声に、恥を感じた。
すると、シャルアは更に、レイの手首を掴んで押し倒した。急なことにレイは戸惑いを隠せない。その上あまりにも突然すぎることで、思うように抵抗も出来なかった。
「シャルアさん……何を……?」
「可愛い。あんたを食べたいな。」
「え……?」
と、更にシャルアは体重をかけてきた。浴槽にもたれるような形となる、レイ。それにより、余計に身動きが取れなくなり、レイの心臓は活発に動いた。それを見て怪しく、美しく微笑むシャルア。
「シャルア……さん……恥ずかしい……です……やめて……下さい……!」
「本当は嬉しいクセに?何を言ってるの?」
「だって……こんなのっ……!」
憎い筈の女が目の前に居るのに、何故困惑するのだろう。内心で嬉しさを感じている?いや、そのような筈がある筈がない。目の前に居る女は雪の中買い物に行かせた女だ。それにより寒さに震えたのだ。そのような事を経験し、納得できる筈がない。
なのに、彼女の行動はレイをただ、悩ませる。彼女には恥ずかしさは無いのだろうか。異性と共に浴室に居るという事が、何故恥に感じないのだろう。それどころか、何故彼に対してこのように誘惑するような行動をするのだろうか。
「嬉しくない……です……よ……」
「嘘つき」
今度は、シャルアはレイの口を、示指で閉じた。更に、そのまま自身の乳房を見せつけんと、レイに迫ってくる。
「ほうら、おっぱいよ。あんた、好きでしょ……?」
目の前に彼女の乳房がある。それも、服越しではない。裸の乳房。駄目だ。それは見てはいけない気がする。自分には早いような、そのような感覚。
そもそも、彼にはリルムと言う恋人がいる。なのに、目の前に居るこの女の裸を見てしまった。恋人の裸を見る前に、知り合って間もない人間の裸を見てしまった。それは、レイにとっては複雑極まっている出来事であったのだ。
「さぁて、背中洗ってあげよっか。」
「せ、背中……!」
「早く、出なさいよ。」
シャルアに誘導されるままに、レイは浴槽を出る。そのあとで、彼は風呂椅子にちょこんと座る。
何だろうか、この状況は。知り合ってまだ数日と経たない少女に自らの背中を洗われているという妙な状況。レイは、ただ困惑しているだけである。
「顔は可愛いけど背中、割と広いんだね……」
彼女が、近い。まるで当ててきていると言わんばかりの乳房はレイをより、興奮させる。レイはただ、顔を赤めて恥ずかしがるばかり。
「流すね」
泡立った背中に対し、桶に湯をよくそうから汲み取り、そっと流す。心地良い湯の感触がレイの背中全体に伝わった。
「はむっ」
「ひあっ!?」
その時、シャルアはまるで悪戯をせんと、レイの右肩甲骨上部をそっと、甘く噛み始めたのだ。痛みはない、寧ろ、こそばゆい感触。びくりと反応する、レイ。
やがて彼女の舌がやらしく伝う。それも、レイにとってこそばゆく、そして不思議な感触だ。この得体の知れない感覚はレイを困惑させ、妙な声を上げさせるのだった。
「こんなの……!ダメぇッ……!」
情けない声というのは分かっていたが、声を出さないと我慢が出来ない、堪えられない。ただ、レイは顔を赤め続けているだけ。
「ふ、フフフ……フフフフフ……あーはははははははははは!!!」
「え……?」
突然、シャルアが笑った。その際の表情は、彼の事を“奴隷”と罵る顔、そのものだったのだ。
「あはははは……ご、ごめんごめん!あんたの仕草、滅茶苦茶面白いし、可愛いからついつい!ダメぇって!あんた、最高最高!ハハハハハハハハハハ!!!」
「あ……あの……?」
意味が分からない。一体、どうなっている?この、裸で、更に彼の背中を舐めるような真似をしている状況でこの女は何をしているのか。何故、高らかに笑っているのか?
「どうなってるんですか……?意味が、分からないです……」
当然の質問と言えた。それに対し、彼女は
「あー……実はね、全部演技だったのよこれ!」
きっぱりと、答えた。
「え……ふぇぇっ!?」
その感嘆の声と共に、レイは全身が脱力した。仙骨部からずれ落ちるような姿勢になるが、急ぎ、姿勢を修正する。最早、何がなんだか分からない。彼の頭は混乱するばかりだ。
「まあ、詳細を言うとね、あんたを実験台にするのと同時に揶揄ってみたかっただけなのよ!流石あたし!お母さん似の女優になれる素質あると思うわー!上手くいけば女優になれるかなぁ?目指せハリウッド女優!あ、昼ドラでも行けるかも!あのアダルトな感じは絶対受ける!あと、出来ればメジャーなドラマでもいいかなぁ。是非出演してみたいわねー!」
一人、盛り上がるシャルア。置いてきぼりを食らう、レイ。
「大体さぁ!あたしが急にあんなに色っぽい声で喋ると思う?あんたもっと考えなさいよね!あんたはほんと馬鹿だなぁ!!ハハハハハ!!!」
レイからすれば、理不尽極まりない出来事と言えた。突然裸で浴室に入られ、挑発されたかと思えば、それは全て演技。しかも、シャルアは恥ずかしがる様子を見せない。レイはただ、困惑してばかりだ。
「さぁて、あんた。とりあえずお風呂出なさいよね!もう十分温もったでしょ!」
「え!?」
その時、人が変わったようにシャルアは彼を追い出そうとしてきたのだ。
「顔は女の子で身体はちょっと男の子!どーせおっぱい密着されたり背中舐められて“あそこ”もおっきくなってんでしょ!早く出てけ!痴漢扱いするぞ!スケベ!変態!!」
それらは全て、笑いながら言っているのだ。この女の傍若無人ぶりは留まる事を知らない。
レイ自身もこれ以上、巻き込まれる訳には行かないと、思っていた。この女に関わっては危険だ。恐ろしい。何をされるか分からない。最早、行動が滅茶苦茶だ。彼は逃げるように、浴室を後にしたのだった。
寝巻き姿になったレイは部屋に戻り、シャルアに対して苛立ちを募らせていた。身体は温まった。それは良かった。だが彼女の行動には理解が追い付かない。
「滅茶苦茶だよ!本当にあの人……」
まさか、女性の裸を目の当たりにするとは彼自身、思っていなかった。恥ずかしいと思う反面、苛立ちも募る。だが一方で、喜びも感じる。この、感情は何?様々な感情が混ざり合う感触はレイを困惑させていく。
バッ
その時、ノックもなく襖が開いた。そこには、風呂から上がって来たばかりのシャルアの姿があったのだ。彼女は既に寝巻き姿であり、先程の色香を感じる姿とは思えない。
「奴隷、あたしの部屋に来な。」
「え?」
寝る前の時間だというのに、今度は何なのか。だが、彼女に逆らうとあの寒空に放り出されてしまう。それは、嫌だ。渋々、レイは従うしか出来なかった。何をされるのかは分からないが。
シャルアの部屋に連れられたレイ。一体、彼女は何をしようと言うのか。先の浴室の件から、嫌な予感しかしない。
「奴隷、ちょっと待っててね。逃げるなよ。」
彼女は念を押した。レイは言われるままに静かに、床に座り、待つ。その際、シャルアは買って来た服を取り出し、服のタグ等を鋏で切った。新品同然の服。それは雪国では珍しいフリルの付いた、少女らしい服だ。黒地のスカートで、愛らしさ以外にもどこか、大人の色香が漂う印象を持つ。
「それ、今日買った服ですよね。それがどうしたんですか?」
「これ、あんたが着るの。」
シャルアが言った台詞が、すぐに把握出来なかった。まるで川が流れるかの如く、違和感なく話が進んだ為である。故に数秒間レイは平気な顔をしていたが、それが過ぎると、徐々に表情に曇りが見られる――
「え!?僕がですか!?」
「そう!あんた女性物着たこと無いでしょ。これも何かの縁!着なさい。」
「嫌ですよ!僕は男ですよ!?何を言っているんですか!と言うか、男が女性物を着ないのは当たり前ですよ!……普通は……」
彼は人生で二回、女装経験がある。一回目はリルムの姉、ヒューナと行動した時に。二回目は、リルムと付き合う前にモントリオール市内に出掛けた時に。
だがまさか、この辺境の地で三度目の女装を経験するかも知れないとは、予想すらしなかったのである。
「大丈夫だって。あんた、女の子みたいな顔してるもん。似合うって。」
流れるようにシャルアは語るのだが、女装などしたくない。それは、過去に経験をしているからだ。死ぬ程恥ずかしい思いをした事があるのに、そのような事等出来る筈がない。
「女装なんて出来ませんよ!シャルアさんが着てください!」
「嫌よ。あんたに着て欲しいの。せっかくだし。その為に買ったのに。」
それでも、レイは反対する。
「そんな……絶対、僕嫌ですよ!?」
「良いじゃない、女の子みたいな顔してるあんたが悪いのよ。可愛いのよあんた!」
誉めているのか、よく分からない台詞だった。だが今のレイにはそんな事はどうでも良い。
女装させられることが何よりも嫌だった為である。
「嫌です!」
ここまで様々な事をされて、レイの怒りが爆発した瞬間だった。だが――
「あっそ。じゃあ出て行ってよ。」
と、言われてはレイも反論が出来ない。レイの怒りはすぐに鎮火してしまった。
「え……で、でも……というかどうしてそうなるんですか!?」
「だってあたしの言うこと聞かないんだったら出て行ってよ。邪魔だもん。奴隷のクセに生意気よ。」
「じゃ、邪魔って……」
その言葉で弱気になったレイ。調子付いたシャルアは更にレイを追い詰める。真に受けるレイは言い返す言葉も弱々しい。
「うう……分かりました……」
シャルアの言いなりになってしまったレイ。自分が情けなく思えてしまう。
「よーし、良い子ねー。物分り良いじゃない。さすがー!って訳で早速着替えてね。あと、今着てる下着もちゃんと脱ぐのよ。下着、貸してあげるし。」
「そんな!それだけは……」
赤面が止まらないレイ。だがシャルアは容赦なく彼を女装させようとする。この彼女の拘りは、いったい何なのだろうか?
「はいはい、つべこべ言わなーい。良い?ちゃんと、全部確認するから全部着なさいよ。」
そう言った後、スカートと、女性用の下着をレイに向けて投げた。慌ててそれを受け止め、物陰に隠れるレイ。この間も、シャルアはまだか、まだかと待ちわびている。
「最悪だ……けど……今は……」
これも経験だと自分に言い聞かせるレイ。ズボンと上着を脱ぎ、恥ずかしながら下着も脱いで、女性用の下着に履き替え、ようやく服を着る時がきた。既に顔が赤く、困惑を続けていた。
やがて、物陰からレイの姿がひょっこりと現れた。それを見たシャルアは、感動した様子で甲高い声を上げた。
「か……可愛い~!!!」
今、レイはシャルアが渡した服を着ている。恥ずかしさとやるせなさを感じているレイは、ただただずっと下を向いていた。白いニットのセーターに、下は黒く、丈の短いフリルの付いた愛らしくも、どこかアダルトな印象を持つ、スカート。
シャルアはキョロキョロとレイの姿をずっと眺め、きちんと下着まで確認する。
「あんた、女の子として生きて行けるわ!うん、間違いなく!」
「こんな格好……恥ずかしいです……」
どうすれば良いか分からないレイに対し、シャルアは嫌がらせの言葉をかけた。
「そう言う割にはちゃんと着てるのね。」
「だ……だってシャルアさんが着ろって言うから……」
最早、その言動そのものが少女と大差無いと言えた。
「いいじゃない、似合ってるんだし。恥ずかしがることなんてないわよ。」
「やぁ……そ、そんな……」
彼女はやたらと彼の女装姿を褒める。まさか、人生で三度もこのような経験をする羽目になるとは思いもしなかったレイ。
しかし、彼の透き通った白い肌や整った中性的な顔立ちや、さらりとした髪形等、全てにおいて彼は少女と間違えられてもおかしくないと言える。服を着れば、所見では確実に女性と間違えられる。それ自体がレイのコンプレックスではあるが、それを褒める人間は多い。だが、レイにとってこれは屈辱以外の何者でもない。
「僕、もう……お願いです……脱がさせて下さい……」
と、言うレイだが、シャルアが止めた。
「はぁ?馬鹿じゃないの?早速脱がせると思ってる?」
「そんな!」
結局断られた。レイは体を震わせて、顔を赤めていた。そして懸命にシャルアの嫌がらせに耐える。だが彼女は更に彼が嫌がりそうなことを考えていたのだ。
「やっぱり……衣装だけじゃあね。そのままでも十分女の子だけど、やっぱり飾りかな。そうね、やっぱり飾りつけね。アクセサリー貸してあげる。」
「い、良いです!もうこれ以上は……」
「文句あんの?」
冷たい一言はレイを命令に従わせる。完全にシャルアの奴隷となってしまったレイは、最早、彼女の言う事を聞くしかなかった。この時、レイは自分のか弱さを心の奥底から恨んだ。
結局彼女の思うままにレイは髪飾りやネックレス等の女性物のアクセサリー等をつけさせられた。もはや見た目だけでは男か女か全く分からないレイ。今の彼は顔を赤くすることしか出来なかった。
「うん、ばっちり。あんたはしばらく女の子ってコトで!」
「そんな……」
「追い出すわよ。」
いくら何を言ってもシャルアの冷徹な一言がレイを激しく追い遣る。言葉の暴力は、弱いレイにとってあまりにも辛い。
「さぁて、写真撮るわよ。一生とっておいてあげる!」
「うぅ……もう嫌だ……」
「はいはい、つべこべ言わない。」
レイは自身の恥じるべき姿を写真に撮られ、どうすれば良いか全く分からなかった。
「!?」
その時、急にトイレが近くなったレイは、咄嗟にシャルアに言った。
「ご、ごめんなさい、少しトイレに行きたいので服脱がせてください……」
無論、男の彼がそのままの姿で行けるはずが無い。シャルアの家族も既にレイの事は知っている。だが、シャルアは容赦なかった。
「そのまま行きなさい!良いじゃない、あたしの友達って設定で。ぱっと見じゃ男って分からないわよ!多分!いや、絶対大丈夫よ!」
「お、お願いですからぁ……」
少しばかり、レイの両目の周辺が潤ってきた。今にもそこから一粒の雫が流れ出そうだ。
「何、泣きかけてるのよ。情けないわね。行くなら行けば良いじゃない。ま、仮に向こうに行って脱いだとしても服はあたしが預かってるから。」
するとシャルアは彼が着ていた服を棚にしまい始めた。突然のことだったので止めることも出来ず、そろそろ限界を迎えそうなレイは自棄になり、部屋から出た。
「フフー、やっぱりあいつ苛め甲斐があるわ……。」
彼女はフォリアとはまた異なる、サディストである。レイはシャルアにとっての格好の的と言えたのだった。
トイレを済ませたレイは、ふと、目の前に見えた鏡を見た。そこに映る自身の姿に寒気を覚える。
「うぅー……下着がスースーする……変な感じだよぉ……」
最初レイは鏡をまともに見ることが出来なかった。男である自分が、何故このような姿をしているのか、理解できない。
だが、徐々に鏡を見ていくと、妙に似合っている自分の姿がそこにあった。
「似合ってる……のかな。うーん、確かにこれなら女の子としても生きていけるかも……って何を言っているんだ僕は!?」
慌てて鏡から目を逸らし、はぁと一つ溜息を出す。それから更にもう一回深呼吸をしてトイレの外から出た。
廊下に出た瞬間、レイはそっとシャルアの部屋に戻ろうとする。しかし、その姿を見ていた人間がいた。寝起きの、シャルアの母親、エレナである。
「あら~……えっと、レイ君……?」
レイは硬直した。目を合わせてしまった為だ。顔つきで一目でレイだと分かった。次第に青ざめて行くレイの表情。そしてレイはエレナと反対方向に向き、そのまま走った。
「あ、あら~……あの子女の子だったのかしら?可愛い顔はしてたけど……まさか……女の子なのぉ?」
今の彼にはもう何も見えなかった。ただ、恥の感情だけが、込み上げてくるばかりだ。
「おかえり。随分遅かったわね。」
部屋に戻った時、シャルアが腕を組み、ベッドに腰を掛けて待っていた。
「お、お願いです……僕もう……」
「ダメよ。てかどうしたのそんなに顔赤くして。」
サディストの女はにやりと笑いながら呟いた。
「シャルアさんのお母さんに見られて……僕は男なんですよ!こんな男らしくない格好……恥ずかしくて死んじゃいそうです……」
いい加減にして欲しいと感じたレイは必死に言いたいことを言ってやった。だがいくらシャルアに言っても、何も聞いてくれる様子を見せない。
「バーカ。大体可愛い顔を持ったあんたが悪いのよ。己の不幸を呪うがいい!ってかぁ?あーははははは!てかお母さん何て言ってた?」
そんなレイの気持ちなど知らず、別の話題を持ちかけるシャルア。レイの表情は真剣そのものにも関わらず、笑い続けている。
「揶揄わないで下さい!大体……これは生まれて持った顔なんですから仕方がないですよ……」
「その台詞は自分が可愛いって自覚してるって事?結構ナルシストなのね。」
「そんな訳ありません!僕はそもそも……もっと格好良くなりたいんです。このままじゃ頼りないし、情けないから……もっと格好良くなって、頼れる男になりたいんです。なのにこんなのじゃ余計に変になるばかりです!」
するとシャルアは更なる笑みを浮かべ、余計に笑った。レイは顔を赤めつつも必死に怒っている。
「僕は真剣なんですよ!笑わないで下さい!」
「いやだって……その格好で格好良くて頼れる男って言われても……あははははは!……てかさ……」
と、シャルアは咄嗟にレイの頭を撫でた。それと同時に、頬も少し撫でる。突然の事にレイは言い返す言葉も無い。目が固まって驚くばかりだった。
「あんたはさ……今のままでじゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぶんいいの。あんたは格好良くもなれるし可愛くもなれる。いわゆる変幻自在。自分じゃ気付いていないかも知れないけど、容姿端麗よ。」
「今のまま……ですか……?」
何を言い出すのか。彼女の意味深な言葉は、レイを捉える。
「うん。それを磨けば良い。あんた絶対モてるよ。だからこんなことしてるの。分かりなさいよ。」
この言葉をどう解釈すべきか。何を言っているのかが分からない。いや、信用するべきではないだろう。実際、それ所ではないのだ。レイは、自分が来ている服に対してただ戸惑っており、そのような事など考えていられなかった。
「で、でもこんな姿……」
「その弱々しい姿が癖になるわ……。本当に女の子みたいね、あんた。」
更にシャルアはレイを誉めるような仕草をした。執拗に頬を撫で続け、レイは、これに対して抗えない。困惑した表情が絶えなかった。
「それに眼も綺麗だし髪も綺麗。おまけに肌も綺麗。本物の、女の子みたい……。」
「そ……そんな事ないですよ……」
「あんた本当に男の子って感じがしない……言っておくけど、あたしはあんたの可能性の一つを見つけ出してやってるのよ?感謝しなさいよねぇ……。」
すると、首筋を撫で始めた。最初にやられた感覚が蘇り、レイはピクリと反応する。
「んぁうっ……」
何故だろうか、自身を寒空に追い遣り、その上浴室で、裸体でレイを誘惑した挙句、追い出したこの身勝手な女が憎い筈なのに、レイは憎しみを表していない。何故だろうか。彼女の言葉の中に、褒める言葉を聞いたから?それが、嬉しいと感じたから?
人は不思議だ。貶されたり、暴言を吐かれる中で時に見せる優しさを感じた時、それは普段の温和な優しさ以上に嬉しさを感じてしまう。普段見せない人の一面を垣間見る事が出来た喜びを、その人間から感じるからなのだろうか。人の可能性の一つを見ることが出来たという、人の本能がそうさせるのだろうか。その時の感情と言うのは自身にも、他者にも理解が出来ない。感情の暴走の一つなのか。それは定かではない。される側が求める感情と、された側が気付かぬ内に求める感情が際立つ事で生じる、共依存と言うべきなのか。所謂ドメスティックバイオレンスの行為がこの世界から無くならない原因の一つが、こうした感情から来ているものなのだろうか、それは定かではない。
「フフ、可愛い……」
シャルアの口唇がレイの首筋に当てられる。そのまま、口で伝うようにレイの耳垂部に当たっていく。その感触に、レイは思わず声を出してしまうのだ。
「ふぁぅっ……!」
無抵抗どころか、反応した声を上げるレイは、最早シャルアの人形そのものだった。引き続きシャルアはレイに対して“攻め”の行為を続けようとしていたのだった。
今夜は、彼女の時間。レイはシャルアに、弄ばれるだけだった――
第五十五話、投了。
戦闘は無し。ヒパック村での出来事でした。
シャルア・ジェインにレイは弄ばれたり、女装されたりする回でした。
正直書いてて楽しかったです。