機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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レイに迫る、危機。
ヒパック村編完結。


第五十七話 MS乗り達の交流

 

 まさにウルスブランのビームハルベルトがレイのツヴァイを切り裂こうとしている瞬間だった――

 

バシュゥゥゥ

 

一筋のビーム粒子が、ウルスブランの目の前を通り過ぎたのだ。急な攻撃に、ガウルは攻撃の手を止める。

「邪魔が、入ったか!」

青いモノアイで粒子が放たれた方を見る、ウルスブラン。

「大丈夫?レイ君!」

その声は、ニア・エグドナだった。村の中の交戦中に、クリアが郊外に移動するのを見た彼女も、同行する事を決めたのだった。

「ニアさん!」

感謝を伝える、レイ。

「あの白熊、強いと思う!油断は大敵!」

(白熊……?)

ニアの助けがあり、どうにか危機は避けられた。

「ちぃっ!我が軍のMSを流用するようなコソ泥如きが!図に乗るなよ!」

邪魔をされ、ガウルはハンドビームキャノンでニアのディーストに迫った。間一髪回避運動を取る、ディースト。

「そのガンダムタイプの背部の突起物は恐らくサイコミュと見た!差し詰め、切り札といったところかな?」

見抜かれている。ツヴァイに搭載されているファンネルの事を。それはデスゲイズとの戦闘で半数に減っている状態だった。機体から見て右半分に存在している三基の突起物は、ガウルの言うように、切り札として存在している。ファンネルによる攻撃を成功させれば優位に立てるだろう。だが、ビーム粒子の制約もある為、迂闊には使えない。

 だがハンデキャップを持っている状況である事を知らないガウルは躊躇なく襲い掛かる。再び、肩部から飛翔隊を展開。簡易型のファンネルだ。それと同時に、手掌部からビーム砲を放つ、ウルスブラン。これらは、ニアのディーストに向けられていた。

「ニアさん!」

ウルスブランのファンネルが放出されようとした瞬間、ツヴァイはディーストの前に立ち、腕部を差し出し、ビーム粒子を防いだ。生きているバリアーフィールドが、彼女を守ったのである。

「わぁお!凄いレイ君!」

感激する、ニア。だが――

「ニア、後ろ!」

突如クリアから通信が入った。明るい声でそれに応じるニアだが……

「へ?」

と、後ろを振り向いた時。ウルスブランのビームケーブルがニアのディースト目掛けて襲い掛かろうとしていた。急な攻撃に咄嗟の判断を下せなかったニアはどうすればよいか分からず、攻撃を受けるのを待っていた。

「あわわわわ!」

「ニアさん!」

レイは急ぎ、ニアの乗るディーストの前に向かおうとしたが、ケーブルのスピードが速く、間に合わない。ケーブルの火力は絶大だ。並みの機体の装甲は兵器で貫くだろう。彼女に危機が及んだ――

 

ガキィン

 

と、ニアのディーストを蹴る一機のMSが現れた。これによって機体のバランスは崩すのだが、ニアは機体を破壊される事なく事なきを得た。

そしてその機体はニアの代わりにビームケーブルを軽々と回避した。何が起こったか分からないまま、ニアは自分を助けた機体の方向を見る。

そこには、ジョゼフの姿があった。軽やかな動きをするそのジョゼフには見覚えがあった。ゼルのジョゼフである。

「え、あの人……」

レイは驚きを隠せなかった。先の戦闘では自分に攻撃をしたゼルの機体。その際、メナンを乗せたレイに対して蹴りによる攻撃を行ったが、今回の行為は明らかに味方を守る為のものだった。

「ゼル……助けてくれた……?」

「てめぇちんたらやってんじゃねえよ!死にたいのか!?」

恫喝するが、彼の言葉に冷たさを感じなかった、ニア。守ってくれたという感情が、彼女を包む。

「ちぃ!邪魔ばかりして!反政府勢力風情が!調子に乗るなよ!」

怒りの感情を剥き出しにするガウル。彼の駆るウルスブランはビームハルベルトを展開。ゼルのジョゼフに迫る。だが、ウルスブランはジョゼフで勝てる相手とは思えない。それでも、

ゼルは戦いを挑む。ジョゼフのビームサーベルを展開し、ウルスブランへ挑むのだ。

 互いのビーム刃が弾ける。しかし、ハルベルトの出力は次第に上がっていく。

「ゼルさん!!」

ツヴァイは、ジョゼフの前腕部と化しているグレネードランチャーを展開した。実弾はウルスブランの足元に当たり、爆発に伴って雪が飛び散ったのである。

 この爆散した雪が、ウルスブランの視界を遮る。この隙と言わんばかりに、ツヴァイがビームセイバーを展開し、接近するが――

「見えている!力を持った事が!災いしたな、小僧!」

あろうことか、ツヴァイの攻撃を見切っていたガウル。後方へステップ移動し、回避を試みた。

「ガンダムで敵と戦う!その動き!小僧!ガンダム伝説の主人公にでもなったつもりか!?」

ファーストガンダムの伝説はこの時代では語り継がれている伝説だ。この世界で人気が絶えないその伝説にあやかっていると言わんばかりに、ガウルはレイを馬鹿にした言動をした。

「そんなつもりなんてないです!」

レイは反論する。

「ガンダム伝説は!少年か少女のシンギュラルタイプがパイロットと、よく言われているらしい!ガンダムを駆る小僧がそれに該当するのか!見極めよう!」

ガウルの言葉の直後、ウルスブランはビームケーブルを再び放出した。それを見たゼルのジョゼフは、目の前に現れ、まるで彼が囮になるかのようにビームケーブルの正面に立ち塞がった。

「ゼルさん!?」

突然の行動に驚愕する、レイ。

「なんだ?お前はただの人間、オールドタイプ!私が興味あるのはシンギュラルタイプの小僧だけだ!」

目的は既にレイ一人となってしまっているガウル。しかしその言葉が、今のゼルを怒らせた。

「うっせえんだよおっさんが。シンギュラルタイプ?そんなもんがなくてもさ……

俺がそれ相応の戦い方してやるから覚悟しやがれ!」

次の瞬間、ゼルの駆るジョゼフのビームライフル、前腕部グレネード、頭部機関砲等が一斉に放出された。しかもその機体の動き、明らかに早い。

「フハハッ!確かにオールドタイプにしては上出来だが……所詮はオールドタイプ!シンギュラルタイプの敵ではないわッ!!!くたばれ!」

と、ウルスブランは両肩部からファンネルを放出した。同時に展開されるケーブル。触手の如く展開されるそれらを、辛うじて避ける、ゼルのジョゼフ。しかし、不意打ちで放ってきたビーム機関砲が、ジョゼフの足を止めたのだ。

「しまった――!」

脚部に直撃し、スラスターがダメージを負う。機体バランスを失うジョゼフ。

 更に、そこへ先程展開したブリッツファンネルが襲い掛かる。遅れて放たれるビーム砲は、ジョゼフを狙った。これが直撃し、ジョゼフのバックパックのバーニアが損傷。その為、動きが取れない。

やがて、ウルスブランはビームハルベルトを再び展開し、ゼルのジョゼフに襲い掛かった――

 

ズバァァァ

 

ゼルのジョゼフはハルベルトに切り裂かれた。胴体部を直撃しており、そのまま、ジョゼフは雪原に叩きつけられたのだ。

「ぐあ……!」

この攻撃を食らった瞬間、ゼルは意識を失った。口からは血を流し、その衝撃を物語る。

ウルスブランによってゼルがやられた。ゼル自身も、無事かどうかは分からない。

「はーっははははははは!!!次は貴様だ!シンギュラルタイプの小僧!」

敵を倒したと同時に、標的をレイに絞るガウル。

 味方を守った機体が倒された。目の前で対峙しているこの男は、戦う事を楽しんでいる。それだけでない。自身の歪んだ正義の名の下に罪なき村人を殺す事も厭わない。

 医療機関を襲う事に躊躇いを感じた自軍のディーストを無慈悲に破壊した。そのような事が許されて良い筈がない――

 

――――――――――――――――――ドクン―――――――――――――――――――

 

レイの眼が、深紅に染まった。トリガーは何か。怒り?生命の危機?それは不明だが、今、彼を突き動かすのは、純粋なガウル・ベネツィアという男への怒りだ。

その際、ガウルは頭を抱え始めた。頭痛と謎の鼓動音が、彼に聞こえたのである。

「うおおおおお!?なんだ……この不気味な感覚は!?まさか、あの小僧が怒っているのか……!?仲間がやられて……怒っているのか……!?しかし……私もシンギュラルタイプ……負けはせぬ!」

ウルスブランは再びビームケーブルを展開し、レイに襲い掛かる。だがそれらの攻撃は通用しない。素早いステップでビームケーブルを避け、腰部に装備していたバズーカを連射。更にそれを腰にマウントしてメガビームセイバーを繰り出すと、一気にウルスブランに襲い掛かる。

「はああああああああああああああ……」

急いでウルスブランはビームセイバーの攻撃を避ける。しかし避ける際、右肩部を刃が掠れて、損傷した。

 強敵と言えた、ウルスブランだが、次第に押されつつある。他のジェルヴァチームもレイの怒りをただ見るだけしか出来ない。ニア達はもはや唖然とするばかりである。

「ゼル機の回収、行うから……!」

「お、お願いだよクリア!」

その間に、クリアはゼルのジョゼフをジェルヴァに運ぶ事を決めた。胴体部が破壊されている状況。機体が動かないところを見ると、今も意識が失われている可能性が高い。危険な状況かも知れないと判断したクリアは、すぐに彼の機体をジェルヴァに送るのだ。

 この間、ツヴァイは右腕部のビームキャノンを連射。この攻撃に寄り、左腕部を破壊されたウルスブラン。だが怯むことなく、続けてビームケーブルを再展開する。これらをツヴァイに対して放出し、攻撃に出た。

「……!」

この間のレイは通常時よりも遥かに空間認識能力が高く、敵の攻撃に機敏に対応できるようになっているようだった。そして、大体それは自分が危機に陥る、怒りを覚える時等に生じる。何よりもこの状態になっている間のレイは、この間の記憶は、何故か、ない。あるのは、敵を倒したという手応えだけ。

「小僧!連邦に属していないガンダムタイプが良い気になるなど!ガンダムは、連邦の専売特許なのだよ!」

ガウルが言った。確かに、地球連邦軍が最初にガンダムと言うMSを開発した。それがきっかけとなり、現代でもガンダム伝説は語り継がれている。

 この男、先の言葉ではガンダムを容認するかのような台詞を吐いたが、今は違う。まるで否定している。発した言葉の乖離が生じていた。

「レーダーに熱源!?レイ君、増援だよ!」

そこへ、援軍と言わんばかりに新生連邦のディーストが五機、アルペンスキーのスキーヤーの如く雪原を滑り、迫ってきた。実弾ライフルを連射し、ジェルヴァチームに容赦なく迫る。

 この場に居る機体はツヴァイと、ニアの乗るディーストのみ。危機的状況が迫る。味方の増援も期待できない状況での敵の増援は、危機だ。

この状況を打開するにはどうすれば良い?自らにある力を使い、打開可能ならばのなら、するしかない。そして、その答えは、今、持っている。

ブリッツファンネルだ。半数しかないファンネルで、今は攻めるしかない。レイは一度、目を閉じ、敵への攻撃をイメージする。

 

「……!」

 

ピシュンッ ピシュンッ ピシュンッ

 

この瞬間、開眼と同時にブリッツファンネルによるオールレンジ攻撃が展開された。その素早い動きと出力のあるビーム砲撃により、増援で出現したディースト五機を、瞬時に破壊することに成功するツヴァイ。それは圧倒的な強さを物語っていた

更に、ブリッツファンネルはウルスブランに向け、容赦のないビームの嵐を食らわせる。だが、これらを辛うじて避けるウルスブラン。その間にも腕部や足部の装甲は僅かではあるものの、削られつつある。

「ち、こいつ!いい気になるなよ!」

怒るガウル。その際、男はニアのディーストを見つけた。ツヴァイがブリッツファンネルを展開し、接近できない状況で別の標的を見つけたガウルは、ニアに迫ったのである。

「聞いてないよ!白熊ぁ!」

焦りを感じたニアは、ディーストに装備しているビームライフルを放つ。だがガウルはこれらを回避し、急接近を行った。その間に迫るブリッツファンネルを回避しながら、ニアに接近する。

「反政府の勢力!今こそその命を終える時!」

ニアの前に現れたウルスブランは、ビームハルベルトを展開していた。回避をしようにも、間に合わない。ビーム刃は妖しく輝き、その高温でディーストを切り裂こうとしていた――

 

ズバァ

 

その時、一基のブリッツファンネルがビーム刃を展開し、ウルスブランに高速で襲い掛かった。あろう事か、それは機体の右前腕部を貫通している。ツヴァイのブリッツファンネルに搭載されていた、ミニファンネルのビーム刃がガウルの行動を阻止した。それと同時に、前腕部は爆発を起こした。その際にハルベルトの柄は雪原に落ちる。

この時、ガウルは後方へ移動を試みようとした。しかし――

(なんだ……?この威圧は……う、動けん……!?)

何故だろうか。ガウルが操縦桿を引こうとして動かすも、腕が動かない。腕どころか、指一つも動かせない。

 この時、ガウルはレイから発せられていたプレッシャーを感じていた。この異常な感触はこの男の精神を蝕む。レイのような少年から感じる明らかに異常な狂気は、一体?

やがて、その間にもツヴァイのブリッツファンネルはビーム刃を展開して迫ってくる。刻一刻と、確実に。

「く、来るな――」

だが彼の願いとは裏腹に、それはコクピットを貫いた。

 

「ぐお……ああ……」

 

ガウルは口から血を吐き、そのまま死亡。それと同時にウルスブランも爆発した。ヒパック村を襲う事を指揮し、その上で身動きが取れない人間のいる医療機関への攻撃を行おうとしたこの、残酷な強化モデルの男。今回、レイはこの狂気の男を仕留めることが出来た。

その瞬間、彼は元の美しい青色の眼に戻る。同時に、ブリッツファンネルはツヴァイに自動的に戻っていった。

「ハッ……」

先程までの記憶はない。気が付けばウルスブランを倒していた自分がそこにいた。何があったのか、彼には分からない。ただ、敵を倒した手応えだけを感じていた――

 

ピピピピピッ

 

その時、レーダーに反応があった。別のディーストが、レイのツヴァイに迫って来ていたのである。ガウルを倒した直後を狙った攻撃だ。ディーストは実弾ライフルを構え、動きの鈍いツヴァイを攻撃しようとしていた。

「こんな!?」

ツヴァイの装甲に対して、実弾ライフルの火力等たかが知れている。だがそれは、“通常のツヴァイ”であればの話だ。今の彼の機体はツヴァイガンダムイージー。あくまでも応急処置で作り出された機体だ。至近距離でライフルを放たれれば、装甲を傷つけるのは勿論、コクピットに当たれば怪我は避けられない。レイは目を瞑る。彼に、危機が及んだ――

 

バシュゥゥゥ

 

次の瞬間、ディーストの実弾ライフルにビーム粒子が貫いたのだ。一筋の光によって破壊されたのである。目を瞑っていたため、何が起きたか分からないレイ。ただ自分は生きているということだけを実感していた。

「え、一体……?」

ふと、彼は上を見た。そこにはかつて自分が搭乗していた懐かしい機体――紺色のガンダム、アインスガンダムの姿があったのだ。

「まさか……スバキ!?」

そこにいたのは間違いなく、今はスバキの機体となっているアインスガンダムだった。特別な兵装をしていない、今のアインスガンダム。ビームライフルを構えているその姿を見て、レイが感動している時、スバキから無線で連絡が入った。

「レイ!無事か!?」

「スバキ!やっぱりスバキなんだね!?」

レイは、感銘を受けた。スバキがここに居る。それが意味する事は、ただ一つ。セイントバードが近くに来ているという事だ。

「え!?あれってガンダム!?どういう事!?レイ君!?」

驚愕している、ニア。レイはこれに対し、答えた。

「僕の仲間です!良かった……じゃあ、あの時のメッセージがエリィさんに伝わったんだ……!」

以前、朝方にレイのEフォンが送ったメッセージが、恐らく伝わり、ヒパック村を訪れてくれたのだろう。レイはこの奇跡ともいえる状況に感動していた。久しぶりともいえるセイントバードのクルーとの再会。レイは、ただ喜びを噛み締めるばかりだ。

少しして、ネルソンのハルッグがこの場に出現した。MAの状態でロングビームライフルを連射するハルッグ。それは、レイを攻撃仕掛けようとしたディーストを撃破する。

「ネルソンさん!」

ネルソンの機体の姿を見て、すぐにレイは回線を繋いだ。

「レイか!?そのガンダム、随分と改修されているようだが……?」

レイが見つかった。それは、良い。だがこの状況だけでは、何が何だか分からない状態と、言えた。

 しかし、そこにディーストが三機、迫って来ていた。指揮官を既に失っている状況にも関わらず、敵は迫ってくる。一体、何の為に?それ程にこの村が、必要だというのか?

 ライフルを構え、滑走するディーストはモノアイを輝かせて雪道を走る。そして、ライフルを放つ。弾が雪原を弾くように落下させながら、移動するのだ。

 これを見て怒りを覚えたのは、レイだった。もう、これ以上戦う必要などない。なのに、何故戦うのか?

「もう、戦うのをやめて下さい!」

彼は、新生連邦の兵士に対して言った。突然の事に、兵士達は攻撃を止め、機体を前進させる事を止める。

「女の、ガキの声……?」

一人の兵士が言った。

「僕は男です!それよりも、この村を襲撃する必要なんて、ない筈なんです!あの指揮官は僕が倒しました!だから、もう戦わないで下さい!この村から出て行って!!」

レイは村の人間ではない。だが世話になっていた。ジェルヴァチームとして、反連邦のレジスタンスとして、そこのメンバー達は全力で戦っていた。

 それ故に、強化モデル、ガウルを倒した彼はこの状況を無意味に感じた。もう、戦う必要はない。攻めてくるならば倒さなければならなくなる。彼とて、無意味な殺生はしたくないのだ。

「……撤退だ。」

一人の兵士がレイの言葉を聞き、言った。

「何を言っている!?この村の占拠が我々の任務の筈では?」

「無意味な事をしても何にもならない!第一指揮官が居ない状況で我々が出来る事は何もない!このような村を占拠して、何になるという?撤退だ!全軍に伝えよ!」

この言葉と共に、ディースト達は村に行く事なく、撤退していった。雪原を滑走し、去って行く。

 

 

 

 やがて今回の戦いは終わりを迎えた。ジェルヴァチームは、村を守る事に成功。だが、いくらか建造物が破壊されてしまっている。その中で、避難していなかった人々が犠牲になっていた。今までは平和に暮らしていた村を、新生連邦が蹂躙した。

 幸いと言えるのは、医療機関が無事だったという事だ。そこに居る多くの人間が死ぬ事は、あってはならない事であった為である。そこに居たメナスとシャルアは無事だった。それはジェルヴァチームの皆が、奮闘した結果であった。

 ゼルはすぐに医務室へ運ばれ、集中治療を受ける事になった。女医のホシェルが手術を行い、彼の状態の確認をしている。機体はコクピットを深く抉られた訳ではない。だが、出血もしており、予断を許さない状態と言えた。

新生連邦が撤退し、暫くした頃。間も無くしてして、セイントバードが着陸した。雪原には、ジェルヴァとセイントバードの、大型戦艦が並ぶ形で置かれている。各機体はそれぞれの艦に格納された。

ジェルヴァのMSデッキにて、エリィとゲイルは握手を交わしていた。同じMS乗りの艦長同士の、挨拶である。

「突然の戦闘の介入、失礼いたしましたわ。セイントバード艦長、エリィ・レイスです。レイ・キレス君がそちらでお世話になっているとは知りませんでした……ありがとうございます。」

丁寧な対応をする、エリィ。深くお辞儀をし、ゲイルに感謝の念を伝えた時――

「いやあ!なんと美しい!貴方のような美女を見たのは、生まれて初めてだ!うちのクルーが絶賛したり嫉妬するのも無理は無いですね!」

ゲイルは、異様に高揚している様子でエリィに接してきた。

「は、はあ……」

唖然とするエリィ。

「ああ!失礼。俺……いえ、私はここ、ジェルヴァのキャプテンを務めさせていただいているゲイル・ゼノイア・バーダです。」

「ええ……どうも……よろしくお願いします。」

リィはゲイルのテンションに若干では困惑した様子だった。彼女はこの時、ゲイルに対して爽やかではあるが少し落ち着きの無いという、第一印象を受けた。

「貴方がここの艦長ですか。私はネルソン・アルビュース。MS隊の指揮をしています。よろしくお願いします。」

次に、側に居たネルソンが挨拶をした。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。」

と、ネルソンの挨拶に対してもきちんと答え、握手をした。そのすぐ後で、ネルソンはレイの話をした。

「レイ・キレスを保護して下さったそうですね。感謝致します。」

「いえいえ……それよりも、まさか、あのセイントバードの方々がこちらに来られるとは思っても見ませんでした!噂で聞いていますよ、あの、新生連邦の巨大MSと戦ったって!」

ヴァイダーガンダム戦の事だ。その模様はSNSを通じて知られており、そこに居たセイントバードの存在もMS乗りの中では有名になっていたのである。

 

「エリィさん、ネルソンさん!」

その時。レイが艦長同士、向き合っている場所へ姿を見せた。そのまま駆け寄り、彼等の元に訪れる。

「レイ君!久しぶり!」

「無事だったんですね!」

「こっちの台詞だよ!」

レイはエリィの姿を見て歓喜の声を上げた。一度はぐれてしまったセイントバードのクルー達が生きている姿を見る事が出来て、彼は歓喜していた。

「私ね、レイ君の存在を感知出来たの。多分、力を持っていたからだと思う。それでここまで来れたんだよ。」

それは、エリィのシンギュラルタイプの力が成せた業と言えた。力を持つもの同士が惹かれ合う感触という、不透明なものが、互いを引き寄せたのかも知れない。

「えっ、じゃあメッセージを受け取った訳じゃ無いんですか?」

「メッセージ?履歴とか見ても届いてないし……」

Eフォンのメッセージはラグが起きる事がある。それは特に、戦闘地域等にある回線を経由する場合、ビーム粒子の存在が邪魔をして、メッセージの接続エラーが生じる事があるのだ。その結果、送信しても相手側が受信できない場合も有り得る話だ。

「じゃあ、ここいるのが分かったのって……」

「そう、この力のお陰なんだよ。フフ、不思議だねー。」

自身の示指を頭に当て、自らの力を示した、エリィ。

「凄い……そんな事が出来るなんて!」

自らに備わっているかも知れない力が、互いを引き合わせたというのか。シンギュラルタイプの感という、科学的にも客観的にも説明が難しい事。それを、エリィは行った。そして、見事にレイの居る場所を当てたのだ。

それを聞き、レイは歓喜の余り、エリィの手を思い切り握った。エリィは少しばかり、痛そうな表情を浮かべている。

「色々とあったが、何はともあれ無事で何よりだ。怪我もなさそうだ。助けられた上に、MSに乗って戦っていたとは。君という人間はやはり、何か特別な力を秘めているのかも知れないな。」

そっと、ネルソンが言った。

「僕は……そんな力なんて持ってないですよ。自分でも分からない事があるだけで。さっきの戦闘でも、そうでした……」

深紅の眼に変化する現象。それが最初に発現したのは日本海での戦闘の時だ。それから幾度か、戦闘中である一定の状況でその謎の力が発動するようになった。それは穏やかな日常を望むレイとは遠い存在と言える、力だ。これは一体何なのか。それは全く分からない。エリィやスバキ等の、シンギュラルタイプの力とは違う存在なのか。この未知なる力だけが、レイにとって不安因子ではあったのである。

(やっぱり、あの時の感触は本当に何なのだろう。僕がシンギュラルタイプだとするなら、どうして他の人には同じ現象が起きないの?僕だけが特別なんて事、無い筈なのに……?)

少しばかり、不安になるレイ。その時、その不安を取り除かんと、エリィが声を掛けた。

「レイ君、お世話になったこの人達に改めて挨拶、しましょうか。」

この時のエリィに対し、レイは“大人”という印象を受けた。以前の彼女ならば人前でもレイに抱擁するような事をしていた事を考えると、彼女の心境の変化が見られるような、気がしていた。それと同時に、先の不安を思う事を止め、レイはゲイルに対して挨拶をした。

「ゲイルさん、色々と、本当にありがとうございました!この恩は一生忘れません!」

セイントバードのクルーに会えた喜びがそれ程に肥大なものだったのか、ゲイルをはじめ、ジェルヴァチームの世話になった人々に対して感謝の言葉を述べた。彼の中の精一杯の言葉だった。

「オイオイ、なんか大袈裟だな。そんなに頭を下げなくても。それに、世話になったのは俺達の方でもあるんだよ。村を守ってくれて、ありがとうな。本当に。」

ゲイルの方も、例を述べた。

ジェルヴァチーム及び、ヒパック村に世話になっていたレイ。新生連邦総司令、レヴィー・ダイルにも絶賛される力を持つレイはその力をジェルヴァや村に対する敵勢力に対し、戦った。しかしそれも終わりを迎えようとしていた。短期間ではあったが、ヒパック村での出来事等が彼の頭の中に蘇る。

「村は俺達の手で頑張って復興をしていくよ。君には行くべき所があるんだろ?」

それは、間違いない。彼はセイントバードチームと合流出来た。そうなれば、次にレイの身を置く場所は必然的にセインドバードになる。

 だが、何故だろうか。レイはここでの環境を悪く無いと思っていた。短期間で経験した事や、人々との出会いはレイに大きな刺激を与える。そして、まだ、何かしなければならない事があるような気がすると、思っていた。

 それは何かは分からない。しかし、このモヤモヤとした感情は、何なのか。

「ゲイルさん。少し、お話を宜しいでしょうか?」

その時、エリィが声を出し、ゲイルに言った。

「何でしょう?」

「諸事情に関しては存じ上げない部分もありますが、セインドバードもその、村の復興に微力ながら協力させて貰う事は出来ますか?」

突然の言葉だった。エリィの言葉にこの場に居た誰もが驚愕する。

「エリィさん!?それって、どういう……!?」

当然の疑問だ。これに対し、エリィは答えた。

「レイ君、ここの人達といきなりお別れをするのが寂しいんでしょ?だったら……もう少しだけでも時間を共にしたらいいじゃないかな。ゲイルさんが言っていたように、その、村の復興なら、人の数が多い方が良いでしょうし。私達も、出来る事をしたいと思うの。迷惑で、なければの話だけど。」

復興に協力して貰えるのならば、それは歓迎だ。ゲイルは喜びを感じると同時に、戸惑う。

「こちらとしてはありがたい限りです!しかし、宜しいので?」

「ええ、私達は大丈夫ですよ。」

快く引き受ける、エリィ。しかし、戸惑う、レイ。

「セイントバードの事情は大丈夫なんですか……?」

「うん、平気だよ。こう言う時こそ、人の力が必要になるじゃない?」

エリィの言葉に二言はない。一見すればこの発言は頼もしく見える。

だが、この判断に対し、異議を唱える者が居た。ネルソンである。

「艦長!それに関しては異議がある。我々はミシェさんの所へ、オスロへ向かう筈だ。なぜここに居ようとする?クルーの意見を聞かず、独断でそれは勝手過ぎないか!?」

クルーの意見を聞かないで、この場に居るというのはおかしい話だ。決定権はエリィにあるのだが、他者の意見を聞かないで決定すると言うのは横暴にも見える。

「大尉、それは本当に急ぐ事ですか。」

ネルソンからすれば、予想外の言葉に動揺した。だが、ネルソンは反発を続けた。

「そもそもこの場に留まるメリットが我々にはあるとは思えない!復興したいという気持ちは分かるが、我々にもしなければならない事がある!」

ネルソンは焦りを感じていた。セイントバードは元々、戦力増強をする為にオスロへ向かう予定だった筈。しかしレイが行方不明になった事で、その予定が大幅に崩れてしまった。レイが見つかった今、すぐにでもオスロへ向かいたいと思う。

 だがエリィはこれに対して意見を述べた。

「そうやって、物事を急いで、失敗する可能性も考えられます。」

焦りを感じるネルソンとは違い、エリィは冷静だった。レイが見つかった事が、関係していると言えるのかも知れない。

「新生連邦と言う脅威が今尚成長している現状で、我々も強化を急がなければならん!」

急げ、急げ……そう連呼するネルソン。普段ならば物事を彼自身の冷静さで解決するネルソンだったが、今回はばかりは、明らかに様子がおかしい。

「慌てない、慌てない。一休み、一休み、ですよ、大尉。」

余裕のないネルソンを諭すエリィだが、ネルソンは頭を抱え、言った。

「このままゆっくりと時間を経てば、やがて奴等はどんどん勢力を増していく!平和国連盟ですら戦争行為を行っている時代になっているのだ!そうなれば争いの耐えない時代に再びなってしまう!それに対応する力を付けなければ、我々の航行は終わってしまう!それをただ見過ごすと言うのか!貴方は!」

冷静さを失っているネルソン。そんな彼を見兼ねたのか、エリィはそっと息を吸い、吐いた後で、はっきりとした言葉を出した。

「ではその為に急いで戦力を整えたとして、余裕のない状態で敵と戦えと言う事ですか、大尉。」

「な……?」

エリィの言葉に、ネルソンは黙る。

「新生連邦は確かに脅威になってきています。昔と比べても比べ物にならない程に。レイ君達も実際に経験しているから知っての通り、新生連邦は巨大なガンダムタイプの機体を投入し、ロンドンの町を火の海に変えました。その上で、ロンドンの復興も全然進んでいない状況なんです。ゲイルさん。貴方もニュースなどをご覧になられてご存じの筈です。」

ゲイルは、急に名前を言われたので一瞬ではあるがに動揺したが、質問に答えた。

「え……ええ、知っています。貴方方もあの戦場で戦っていた事も、知っていますよ。動画でも拝見しています。」

ゲイルが答えた後、エリィは再び口を開いた。

「大尉、貴方の言いたい事は分かります。急いで戦力増強を行って、戦力増強に備える。確かにそれは大切です。でもそればかりを優先してどうなりますか?急いで戦力増強をしたとして、セイントバードは新生連邦の猛威に耐えられますか?どんな敵が迫るかも知れないのに?」

何故エリィはこれ程に冷静で、尚且つ端的に言葉を発する事が出来るのだろうか。それに対してネルソンが焦りを抱くのは珍しい。

「ネルソンさん……僕が言うのもおかしいかも知れないんですが……その、大丈夫ですか?」

感情を溢しているネルソンは、彼らしくないと思ったレイもネルソンに声を心配した。

「大尉はね、今は疲れているの。今までレイ君がいない分、頑張ってくれていたから。実際、レイ君がここにいる間もセイントバードは敵と交戦していたの。新生連邦や、MS乗り達とかね。」

彼がいない間、セイントバードチームも奮戦していた。レイが行方不明となっている状況で、それ等によるストレスが、一度に放出されているのである。

 仲間を大切にするネルソン。以前にデスゲイズに攻撃を受け、倒されたレイの存在を目の前に見て、彼は知らず、知らずの内に余裕がなくなっていたのであった。

「だから、ここの復興の援助も兼ねて、セイントバードには休息が必要なんですよ。ね?大尉。」

「……すまない、やはり……私は疲れているようだ……。」

そう言った後に、ネルソンは自身の額に手を当てた。

「レイ君が居なくなった状態で、更に追い討ちを掛けるように戦闘が重って、敵の存在に過敏になってしまって、やがてそれは焦りとして姿を現してしまったんですよね。多分、大尉は、そんな状態だったんだと思うんですよ。だから……無理をしないで下さい。そう急いでも変わりません。心配しなくてもオスロへは向かう予定ですから、ね?」

「少し、休ませて貰う……」

この時、ネルソンは複雑な心境だった。今は休まないと行けないと思い、彼は移動をしようとした。

「仮眠室ならMSデッキを少し行ったところにありますよ。」

ゲイルが声掛け、ネルソンは

「ありがとう、ございます。」

と言い、去っていった。

 

この一連のやり取りを、レイはただ、呆然と見ているしか出来なかった。やはり、エリィは以前よりも変わりつつある。それは何がとは言わないが、今のレイから見ても、“大人”になっているように見えるのだ。

「ね、レイ君。こうして、復興にも参加出来るし、ここの人達とももう少しだけでも時間が過ごせるのなら、良いじゃないのかな。」

「あ、ありがとうございます……」

レイと話す時は、いつもの彼女に戻る。それを見て彼はほっとするのだが、どうも気が気でない様子だった。

「あ、改めまして、宜しくお願いします。」

「ええ、よろしくお願いしますわ。ゲイルさん。とりあえず、まずはクルー同士の交流が必要ですね。その上で、復興作業に協力させて頂きます。」

彼女はこの時、ジェルヴァと合流する事で束の間の休息を得ようとするだけでなく、多くの事を考えていたのだ。

 MS乗り同士の交流は彼等にとって今後の展望に一役買う。そして、今回の村の復興の条件。ある意味恩を売る行為にはなるのだが、今後何か不利益があった時等に、対応して貰えたりする事はあるかも知れない。最も、エリィの場合は純粋な善意で動いているのだが。

「分かりました。まあ、私としては、まず貴方の事が知りたいですね。エリィさん。」

「……え?」

ゲイルは急に調子に乗り出した。何を言い出すのかと思い、エリィは首を傾げる。

するとゲイルはエリィの手をぎゅっと握り締めた。さすがのエリィも、これには狼狽した。

「感激なんですよ。貴方のような絶世の美女に出会えたことが。そうですね、まずは艦長同士話を致しましょうか。それに相応しい部屋をご案内いたしますよ。なに、紳士として当然の振る舞いです。女性を大切に扱う……紳士の基本ですよ。」

側から見れば、どう見ても痛々しく見えるゲイル。それを、他のクルー達がやや、冷めた目で見ていたのだ。

この時、仮眠室に向かおうとしていたネルソンは遠くから見ていた、この男の行動に対し、僅かに苛立ちを覚えていた。

(あの男、私を仮眠室に案内したのは艦長に近付ける為か?けしからん……が、今は休むしか……不埒な事をされてなければ良いが。)

何故、エリィの事が気にかかるのだろうか。それは、彼にしか分からないのである。

 

「ゲイル、落ち着いたと思えばナンパとは随分軽い男だな。」

そこへ、村長のメナスとシャルアが現れた。彼の姿を見た時、ゲイルは慌てふためき、エリィの手を離したのである。

「そ、村長!ご無事で何よりです!本当に、安心しました!」

「それもこれも、この少年のお陰だ。」

そう言って、メナスはレイの方を見た。

「先の戦闘、見ていたぞ。貴様の行動で村が壊滅的な被害を受けなくて済んだと言うべきか。お陰で医療機関は無事。わしの孫も無事。犠牲者は出てしまった事は胸が苦しいが、生きている者がいる事は、希望があるという事だ。」

メナスはレイの方に向けて歩き、その、手を握った。強く、熱い思いが込められているようだった。

「シャルアさんも、あそこに居たんですか……?」

驚愕の事実を知る、レイ。

「そうよ。おじいちゃん一人を残せないからね。その……ありがとう。本当に、良かったわ。」

レイに対し、珍しく感謝の言葉を述べるシャルア。素直な人なのかも知れないと、レイはこの時思っていた。その彼女に、どこか妙な愛らしささえも、感じている。

「レイ君がお世話になりました。そちらが、村長さんとお孫さんですか?」

この会話を聞いていたエリィが声を掛けた。

「ゲイルが鼻の下を伸ばしていたべっぴんさんだな。メナス・ジェインだ。」

「エリィ・レイスです。」

今度は村長とエリィが握手を交わした。先のゲイルのような、明らかに口説こうとしている雰囲気の欠片もない、純粋な挨拶だ。

「ねぇ。あんたのところの艦長、超絶美人じゃない。うちのお母さんより下手したら女優出来るかもね!あんた、可愛いしなんか、気に入られてる雰囲気あったし!イイ所でMS乗りやってたのねーアハハ!さぞ、あのお姉さんに色々されたんでしょうね!」

突如シャルアがレイの耳元でひそひそと、話し掛けてきた。その、行動に躊躇う、レイ。

「何言ってるんですか!?そんな訳……」

無いとは言えなかった。ロンドンでレイに想いを伝えたエリィ。その時の出来事が、焼き付いて離れないのだ。彼女の衝撃の告白を、今、レイは思い出している。

 

―――――――――――――私はね、君のコトが好きだったんだよ――――――――――

 

思い出される言葉は、レイの顔を赤めた。周囲から見て絶世の美女と言われる人間に想いを伝えられたのだと、改めて思う。

「やっぱり、あんたって本当にモテるんだ。なんか、ちょっとだけ妬いちゃうな。」

「え……?」

「何でも無い、こっちの話!」

意味深な言葉を残し、シャルアはただ、笑顔を見せた。

 その時、再びメナスがレイに近付いてきた。最初に会った時と違い、どこか穏やかな印象を受ける、メナス。

「貴様は“守る為に戦う”と言っていたな。」

そう言われ、レイは頷いた。

「守る為に戦う事で己を正当化しようとする事は我儘だ。だが貴様の場合は人を巻き込み、結果的に村を助ける事に繋がっている。その純粋な意思は、今後の戦いでも役立つかも知れんな。」

先の戦闘でクリアに打ち明けた事と、同じ事を言われた。やはり彼の中の我儘な感情と言うのは、彼自身の中で癒しを求めているという事を、示しているのだと再確認した。

「僕の戦いは我儘かも知れません。でも、我儘なりに戦って行きたいと思っています。やっぱり、僕は守る戦いをしないとって思いますから。そのままで、戦って行きます。」

「なら、その道を歩むが良いだろう。わしらは復興の為に忙しくなるからな。一言わしからも例を言っておくよ。ありがとうな。」

厳かな印象を持つ村長からの謝礼を受けたレイ。彼の行動がウルスブランを倒す事に繋がった。その事を、彼は評価していたのだ。

 平穏を望む少年が置かれた今の環境。それを打開する為に、今は、守る戦いをする。それを正当化する事が、今のレイの役割なのだと、言い聞かせる。レイは、今回の経験を経て、改めて今後の戦いでも頑張っていこうと、考えていたのだった。

 

 

 

 村の復興作業が始まった。その間、レイはクルー達と再会を交わす。ガーストやプレーン、そして、スバキ等。

 特にスバキに関しては、デスゲイズに襲われた後という事もあり、非常に心配をしている様子だったのだ。

「お前がいない間セイントバードは大変だったんだぞ!敵に襲われたりするしな!どんだけお前怪我するんだよ!身体、大事にしろよな!ったく……!」

そう言って、レイの額を僅かにペチンと叩いた。

「ご、ごめん……」

これも、愛情の裏返しなのだろう。だがレイは申し訳ない気持ちでスバキと接するのだ。

「レイ、無事で何よりだな。本当に心配したぞ。」

「生きていて、良かったネ!」

ガーストと、プレーンが彼の所へ来た。両足で立っているレイの姿を見て、自然な笑みを浮かべている。

「二人共、ご迷惑をお掛けしました。」

そっと、レイはお辞儀をした。

「ここでは大活躍だったそうじゃないか。なんでも、村の人間を守ったって?少し見ない内に物語の英雄みたいなことしてるじゃないか。」

「全ては守れていないんです……建物も壊されてますし。」

レイの表情は、どこか虚ろだ。結局被害を出している時点で、それは“守った”とは言えないと、彼の中では考えていたのだ。

「成程……ね。」

ガーストは、復興が始まっていた村の様子を見て、そっと呟いた。その際、雪がちらついて舞っているのが見える。

この間、村人やジェルヴァクルーは建造物を、MSを使い、少しずつ、修理していく。村の住人だけでは人手が足らない。セイントバードチームの手がある事で、そのスピードは確実に早まっていくのだ。

「れいー!」

そこへ、一人の幼女が走ってきた。小さな身体はレイの足をしっかりと抱き締め、頬をすりすりと、させる。

「れい、ここにのこってくれたらメナンうれしいぞ!」

誰かに好かれるというのは嬉しさを感じるものだ。メナン・ジェインはジョゼフに乗りたがっていた。その中で生き残れた事を、改めて嬉しく思うレイ。

「ありがとう、ここには暫くは居るつもりだけど、残念だけど、その後は行かないと行けないと思う。」

そう言った後、メナンは表情をすぐに変え、目元が潤んでいた。

「ええー!!!つまらん!れいいなかったらつまらん!!!いやーだー!!!」

突如感情を表し、叫び始めたメナン。この時レイはどう対応すればよいか分からず、困惑した。

「こら!レイに迷惑ばっかりかけて!レイにだって用事があるんだから泣きわめくんじゃない!」

そこへ、シャルアが来た。姉らしく振舞う彼女。それを見て、更にメナンは号泣する。この時のシャルアはしっかり者の印象を受けるのだが、実際の彼女の素顔を知っているレイからすれば、妙な気持ちになるのだ。

(シャルアさんも……正直、あんまり変わらないんだけど……)

内心で、溜息を吐くレイ。純粋にレイに好意を抱くメナンと、やや、遠回しにレイに関心を抱くシャルア。この姉妹の境遇が、ある意味対比しており、それにどこか、違和感を覚えていたのだった。

「あらあら、レイ君。随分モテモテだねー。」

そこに、エリィが姿を見せた。メナンとシャルアの姿を見て微笑ましく思っているエリィ。一方、シャルアは彼女の姿を見た瞬間、硬直した。エリィのような美女を見て、どこか、緊張を感じているのだろうか。一方のメナンは何の反応も無い。その、側に居たスバキは今のエリィの発言を聞き、どこか、不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「え……!?い、いえ!そう言う訳じゃないですよ!?」

「レイ君はやっぱりモテるんだよ。いいなぁ。それだけ君に魅力があるって事だよ!魅力があるから女の子が寄って来るんだよ!」

何やら、ややこしくなりそうなエリィの台詞がこの場で展開される。レイを意識している人間はこの場には多数いる。故に、レイの表情は更に困惑していく。シャルアやスバキは明らかに顔をしかめている。

ややこしくなりそうな状況の中、メナンはふと、エリィの顔を見た。その際、メナンは泣きわめくのを止め、突然、口を開けた。

「べっぴん!べっぴんだなこの人!すたいるええっていうんか?おじーちゃんようあたしにゆうてるぞ!〝めなんもおかあさんみたいにきれーになれ〟ってさ!」

「ちょ、いきなり何を……?」

明らかに、エリィを指差して〝べっぴん〟と言葉を連呼していた。それを見るなりエリィは高らかに声を上げて笑い、その笑いはしばらく続いたのである。

「あはははははははは!あはははは……あはは……はは……はは……は……は……ふう、疲れた……」

「あの、エリィさん?」

今まで聞いた事のない笑い声。彼女の目元はうっすらと笑い涙が浮かんでいた。

「ああ、ごめんね!だってこの子、とっても面白いこと言うから……」

「あんたおかーさんよりべっぴんかもな!」

「貴方のお母さんはそんなに綺麗な人なの?」

「おかーさんべっぴんさん!でもあんたの方がべっぴんかもな!」

メナンの独特の喋り方、そして連呼する言葉。それ等が彼女を笑わせるきっかけとなったのか、エリィは笑いが止まらなかった。楽しそうに笑うエリィを見て、レイはどこか、安心している様子だった。

 エリィに心配を掛けたのも事実だ。彼女は自分の為にこの数日間、捜索をしてくれていた。先のネルソンとのやり取りでもそれが垣間見えた事で、レイは喜びを抱いている。

「ハハハ……ありがとう。やっぱり、当の美人は子供にも分かるものねー。ね、レイ君?」

「は、はい!?」

再びエリィがレイに話を振った。この時、レイはシャルアとスバキから妙な視線を感じていたのであった。

「あ、そうだ……」

その時、シャルアが口を開いた。

「ゼルのやつに会いに行かないと。あいつにメナンの事を謝らせなきゃ。ジェルヴァの医務室にいるだろうし……」

ふと、シャルアはゼルの事を口にした。その際、レイは思い出したかのように言った。

「そうだ、ゼルさん……あの人に聞きたい事があるんだ……」

ゼル。ジェルヴァチームと戦闘していた際に、乱暴な方法とは言え何度か助けられたレイ。

彼も、ゼルに用事があった。この時、レイは“モヤモヤ”が少しばかり晴れてきたような気がしたのだ。

「あんたも用事なの?」

「はい。個人的に、ですけど。」

「お礼とかは言わない方が良いわよ。あいつ、そういう、礼儀とかを全く重んじない奴だから。」

シャルアの口調からして、ゼルに対する冷たさが感じられる。余程、仲が悪いのだろう。

「すみません、ちょっと用事がありまして。」

レイはエリィ達に少し首を縦に振り、そのままシャルアとメナンと共に、移動した。向かう場所は、ジェルヴァの医務室だ。

 

 

 

 場所は変わり、ジェルヴァの医務室にて。そこにはベッドで安静にしているゼルの姿があった。碧色の眼をしている少年の意識は戻っており、安静にしている状態だ。胸部に包帯が巻かれており、バイタルも問題はないという。

 ドアが開かれ、そこにはシャルアとメナン、そしてレイの三人が姿を見せた。ゼルは彼等の方向を睨むように見た。

「ゼル。安静にしてるところ悪いけどさ、あんたにやってほしい事があるのよ。」

シャルアの言葉に対し、ゼルは言った。

「お前、俺と口を利かないんじゃなかったのかよ。」

横になった状態でシャルアを見るゼル。相変わらず高圧的な態度で、彼女を見る。

「メナンの事、謝ってないでしょ。あたしは関係ない。メナンの問題よ。怖い思いさせたんだから謝るぐらいはしなさいよ。」

シャルアの言葉に対し、ゼルは

「それに関しては、そもそもそこにいる男女野郎がガキを連れたんだろうが。そんなもの、気付く訳がないだろうが。つーかなんでてめぇも居るんだよ。」

レイを睨むように、ゼルは見た。この視線にどこか恐怖を感じるが、レイは引く様子を見せない。

「けど、メナンは怖い思いをした。そうだ、レイも一緒だ。レイにも謝りなさいよ。」

ゼルの行動でレイは傷ついていた。しかし、レイは知っている。ゼルは一概に悪い人間でないという事を。故に、レイは声を出した。

「シャルアさん。その……僕の事は良いんです。ゼルさんは少なくとも、助けようとはしてくれていました。やり方はどうであれ……ですけど。」

先の戦闘での出来事をレイは恨んでいない。それよりも、彼はゼルに言いたい事があるのだ。

「あんた、器広いんだね。あたしはこいつの行動は許せないと思う。あんたは愚か、下手すればメナンまで殺されてたかも知れないんだからね。」

同じ仲間の筈なのに、これ程溝が深いものなのか。ゼルの事を“最低”と罵るシャルア。しかしレイはこれを鵜呑みに出来ない。メナンは確かに怖い思いをしたが、それでも生きている。

「せめてあんたが謝罪をしない限り納得出来ない。あたしはね。さあ、謝りなさいよ。」

攻めるシャルア。だが、ゼルは

「それが怪我人に対する台詞かよ。お前こそ冷酷そのものじゃねえか。」

と、苛立ちを見せている。

 このままでは話は平行線だ。シャルアはメナンへの謝罪をゼルに要求。だがゼルはそれを聞く耳を持たない。そして、レイはゼルに聞きたい事があるのだが、この話が解決しなければ進む気配もない。この場に来た事さえ、失敗したのではないかと、思ってしまう、レイ。

 

ウイイイイイン

 

そこへ、二人の少年と少女が姿を見せた。何者かと思い、皆がその方向を見る。

 そこに居たのは、ゼオンとエレンだった。驚愕する、レイ。

「あぁ、二人共……!」

既視感を覚えたレイ。思えば、この二人はホルステブロで囚われている状況だった。そこから脱出した直後にレイはデスゲイズに襲われ、消息を絶っていた。そこからの再会。随分と久しぶりな対面であった。

 彼等が保護されていたのを確認し、レイは安寧の表情を浮かべたのだ。

「お前……無事だったのか!艦長に聞いて、ここに居るって教えて貰ったんだよ。てか、挨拶ぐらいしろよな。俺等の事忘れられてるのかと思った。」

あのジャンク屋の地下から脱出して以来、彼等は会話をしていなかった。故に、久しぶりの再会と言える状況だったのである。

「レイ……心配したのよ。あの時、助けてくれて……なのにお礼も言えていないまま死んじゃってたらどうしようって思ってたから……」

姉のエレンがレイに言った。彼女達の無事。それを見れただけでも、レイは嬉しかった。

「姉ちゃんを守ってくれたんだろ。その……ありがとうな。色々と。」

出会った当初のゼオンからは想像もできない言葉が出てきた。

出会った当初。彼は殺意を剥き出しにしていた。悪事を働き、氷河族に所属していた彼。しかし今の彼からは殺意を感じさせない。氷河族に属していた時は幼いながらも血の気を漂わせていたゼオン。彼の不安定な心は、この数日間で大きく修復出来て来たと、思われた。

 

ゼオンが発した、“ありがとう”という言葉。それは何かしら、人を動かす言葉である。それを聞いた人間は、大半の人間が心に何らかの影響を与えるだろう。

 それは、普段から仕事を取り組む者や同級生同士である事もあれば、敵対している関係や、

忌み嫌う関係であれ、その言葉が聞かれた時、それに対する対応は如何なるものであれ、心に影響を与える。それ程に大切な言葉と、考えられる。

「氷河族に居た時よりもずっと、良い環境だよ。あそこのメンバーは皆優しいからな。」

ゼオンが、何気なく言葉を発した時――

 

「“氷河族”……だと?」

ぴくりと、反応したゼル。その眼光はゼオンの方に、向けられる。

「何だよ……?」

明らかに敵意を剥き出しにしている眼差しを受け、ゼオンは恐怖を抱いている。一体、何がどうなっている?何故これ程に敵意を剥き出しにされなければならない?

「てめぇ何者だ?氷河族?何故そいつがそんな言葉を話す?ええ?」

ゼルにとって、氷河族という言葉は禁句以外の何者でもない。家族を殺され、更に恩人まで、その組織に殺されている。最悪な事に、ゼオンはその言葉を発してしまった。例えるならば無知な愚者が地雷原に足を踏み入れてしまったようなものだ。

 何も知らないゼオンはゼルの言葉に驚愕する。突然の出来事に、彼はただ、戸惑うばかり。

「氷河族……?この子が?どういう事……?」

シャルアも目を疑っていた。レイを探しに部屋に入って来た少年が放った言葉に。それは、彼等にとって禁句以外の何者でもないのだ。

 その時、ゼルはベッドサイドにあった銃を持ち出し、あろうことか、それをゼオンの方に向け始めたのだ。痛みが伴う中で、警戒を強め、目の前に居るゼオンに銃口を向ける。

「氷河族がここにいると言う事は、どう言う事を意味するか、分かるよな?」

 最悪な状況となった。銃を構えるゼルに、戸惑うゼオン。確かに彼は氷河族を辞めた。だが、組織に所属していた事は事実だ。

「あの……!事情は分かりませんけど……ゼオンは氷河族を辞めました!本当です、信じて……!」

戸惑っていたエレンだが、懸命にゼオンを庇おうと、口を開く。その時、ゼルが言った。

「上半身を脱げ。組織の印がある筈だ。従わなければ撃つ。」

氷河族を恨むゼルは、ゼオンに指図した。ゼオンは、ただ、彼の命令に従うしか出来ない。

 やがてゼオンは言われるままに、上半身を脱いだ。そのままくるりと身体を回転させる。彼の左肩には、組織の“印”らしきマークがあった。氷河族を示す、特徴的な氷のような印。それは何よりも、彼が氷河族であるという、証であったのだ。

「ゼオン、それ……」

「姉ちゃんに見せたくなかった。でもこの印はもう、取れない。絶対に。」

今のゼオンにとって、忌むべき印。誰もがその生々しい印を見て、驚愕している。

 どのように印を付けられたのだろう。焼き印の如く入れられたのか。恐らく、激痛が伴ったに違いないだろう。

「それが何よりの証って訳だ。以前俺の家族を殺した奴等もそれを付けていた!紛れもない、てめぇは氷河族!」

忌むべき印を見て、怒りを顕にするゼル。銃を下ろす事をせず、更にゼオンに向けている。

 ゼオンは組織から足を洗っている。だが、その印が呪縛の如く、彼を組織の人間である事を認識する。それがゼルをより、怒りに導くのだ。

 困惑するゼオンを見て、エレンは咄嗟に彼の前に立ち、両手を広げた。

「でも、ゼオンは氷河族を辞めたんです!これは本当なんです!」

えれんが懸命に訴える。しかし、ゼルは信じる様子を見せない。

「信用出来るかクソが!あの連中は俺の家族を……キゼルさんを殺しやがった!てめぇはそんな奴等を匿ってるって訳かよ!それってつまり、ここに来たあのMS乗りの連中も同罪って事じゃねえか!!」

レイの方を見る、ゼル。彼の怒りの炎は更に燃え上がる。ゼオンが見せた印は、ゼルの火に油を注いだ。ガソリンの如く、燃える怒りの炎は留まる事を知らない。

「ゼル!止めて!」

「やめろー!」

シャルアも、メナンも言う。だが、ゼルは銃を構えたまま、動かない。

「やめて!どうしても撃つなら私を撃って!この子は……本当にもう関係ないんです!!」

「そいつを庇うのならてめぇも撃つぞ!てめぇはそいつの何者かは知らねぇが、氷河族に加担する連中は皆殺しだ!絶対に許さねぇぞ……!」

最早、聞く耳を持たない。このままでは本当にゼルは銃を撃ちかねない。何の罪もない少年と少女が撃たれる事。絶対にあってはならない悲劇だ。

「この子は、足を洗ったんです!あの組織から、自分の意思で辞めるって!だから、私達は追われています!それを保護してくれたのが、セイントバードの皆さんなんです!信じて……!」

いつしか、エレンの目に涙が浮かんでいた。懸命に説得をする彼女。怒りに感情を支配されているゼルを止める方法は、説得しかない。彼が武力によって最悪の状況を作らない為には、言葉を使うしかない。

「じゃあ、証拠を見せろ!!!足を洗ったって証拠をよォ!!!」

「そ……それは……」

確かにゼオンは足を洗った。が、それを掲示できる証拠などあるはずが無い。今更印を消すことなど不可能である。どうすれば良いか、分からなかった。この場でその提案をする方法など、あるだろうか。いや、ない。現に忌むべき「印」はゼルにとって、ゼオン本人の意思とは関係なく、より、存在感を発揮しているのだ。これがより怒りを引き立てる。これは危険だ。

「証拠……だよな……?」

その時、彼はポケットからナイフを取り出した。氷河族時代から使用しており、レイの頬に傷を付けたそのナイフ。

 一体何をする気なのか。ゼオンは手を震わせながら、じっと、ゼルを睨む。

「そんなに、言うのなら、今から証拠、見せてやるよ!お前の見てる目の前で!俺が足を洗ったって言う証拠を!」

嫌な予感は皆に過った。ゼオンがやろうとしている事は、不吉な予感しか見せない。誰もが止めたいと、思っている、行為。

 彼は自身の左肩にナイフを当てた。それが意味するものは、一つ。よせ、止めろ――

 

サクッ

 

印が露出している部分に、刃が突き刺さった。皮膚は抉られ、刃は赤く彩られる。皮膚から先に見える真皮、筋膜が刃に裂かれていく。溢れる血が滝の如く溢れ、痛々しさを物語っている――

「い……やあああああああ!!!」

衝撃的な光景を見たエレンは、そのまま、失神してしまった。身体のバランスを崩した彼女。咄嗟にレイは彼女を支え、抱える。

ゼオンは、止める事なく行為を続けた。ナイフは赤い血が付着しており、その痛々しさを物語っている。

「あ……う……くあああ!」

やがて、一本の傷跡が印の上に残った。しかし、彼の行動はこれに留まらない。別の方向から同じように傷跡を作り出す。

「ああああ!う……くぅっ……」

ゼオンは痛みを耐えながらも、腕を動かす。この痛々しい行動に、少女達は目を背けた。特に、シャルアはメナンの目を覆い、残酷な行動を見せぬように隠す。

止まらない、ゼオンの行動。正気の沙汰とは思えない光景。これを止めたいと思うレイだが、身動きが取れなかった。何故だろうか。止めるべきなのに、止められない。寧ろ、止めては行けないような気がする。レイの本心がそうさせるのかも、知れない。

やがて、行為は終わった。血液が付着したナイフは彼のポケットに収納され、彼はズキズキと痛む傷跡を、手で覆っていた。傷口からはポタポタと血液が流れ、その想像を絶する痛さを物語る。

今、彼を縛っていた忌むべき印は、傷によって作られたバツの字によってその効力を失ったと言えた。

「くううう……ああ……はあ……はあ……ど、どうだ……これで……証拠が……出来た……だろ……」

激痛の為か、上手く喋られない。自分自身で傷つけた痛みとは言え、苦痛以外の何者でもない。しかし恥を見せまいと踏ん張るゼオン。彼は必死になって肩を抑え続けた。

「……どうやら……マジみたいだな……」

一連の残酷な光景を見ていたゼル。ゼオンの、本気とも言えるその意思を、しかと感じ取った様子だった。

「認めてくれたのかよ……やっと……時間かかるな……お前……」

痛さに耐えられなくなったゼオンは、膝をついてしまった。レイはエレンの身体を支えながら、苦しむゼオンに対して声を掛けた。

「大丈夫!?」

「レイ……俺、平気だからさ……うぅ……!」

やはり、相当な痛みなのだろう。肩を支える、ゼオン。

「い、医者を……!シャルア!ホシェルを呼べ!手当してもらえ!」

この異常事態に対し、身動きが取れないゼルは、シャルアに命令した。それを聞き、急いでシャルアはホシェルを呼ぶ。その間、メナンはレイの方に行き、ただ、身体を震わせていた。

「ゼル、これ、あんたが招いた種って事、忘れないでよね。」

「……」

シャルアの嫌味。それでも、彼は何も喋ることは無かった。そのまま彼女はホシェルを呼び、ゼオンは至急、手当てをしてもらう事となったのだ。

 氷河族への恨みと、元氷河族であるゼオンの組み合わせは最悪の状況を生み出した。命に別状はないとはいえ、ゼオンは負わなくて良い傷を、負う羽目となった。彼なりのけじめのつけ方なのかも知れないが、これによって自身の姉を傷つける事になったのは言うまでもない。

 

 

 

やがてホシェルが医務室にやって来た。エレンは側にあったベッドに寝かされ、ゼオンは怪我をしている左肩部分の手当てを受けた。

傷付いてはいるが、幸い、深い傷ではなかった。だがどのようになるかは分からない。ゼオンはまず、局所麻酔をされ、傷口に対して処置を行った。その上で、抗生物質を点滴され、安静にするように指示を受けた。

この時、ゼオンはホシェルに何故この状況になったのかの理由を聞かれた為、素直に応じると、ホシェルは溜息を吐き、言った。

「あー、そういう事情ね。ハイハイ。確かにうちは氷河族の連中と対峙はしてるし、何よりもゼルは家族を殺されてるっていう地雷を踏んじまった訳だ。それを知らなかったのは、まあ……気の毒だけどさ、流石にこんな事してるのを見たら、お姉さんみたいな人が見たら声上げて気絶するわ。」

「これぐらいしたら相手も許すかなって思って……さ……」

点滴を打たれながら、ゼオンは言った。すると――

「てめぇ!自分勝手な自傷行為で周囲の人間を巻き込んでんじゃねえよ!良いか!身体を傷つけるのはすぐに出来るんだよ!でもそれで後遺症とか残る事だってあり得るんだよ!一度傷ついた身体が元に戻るには時間を要するんだよ!後先何も考えない大馬鹿野郎が手前勝手に自分を傷つけて良い訳ねぇだろ!自分の身体と命、大事にしろっての!これは医者としての忠告だよ!全く!余計な仕事増やしやがって!」

彼女の言葉から、医者としての思いが込められていた。人は傷つく事は簡単に出来るが、それを修復するには時間を要す。身も、心も。なのに、それを平然と行う者が居るという事に、彼女は腹を立てていたのだ。

「……ごめん……」

ホシェルの勢いに負けた様子のゼオンは、彼女の顔を見て謝罪した。

「私に謝ったって何にもならないんだよ。謝るならあんたの姉ちゃんにね。」

処置を終えたホシェルは、そのまま休憩に入ろうと、うんと伸びをした。

「お姉ちゃんは優しそうなのに、どうしてこう、正反対の腐った弟が生まれたんだろうね。ま、それぞれの家庭の事情があるんだろうさ。私には関係ないけどな。少し、煙草吸って来るわ。」

と、捨て台詞を残し、ホシェルは去った。この時レイはゼオンを気の毒に感じざるを得なかった。無茶ではあったとはいえ、自らの身体を傷つけて身の潔白を証明したゼオンが、可哀想に思えてきたのだ。

「あの人、厳しい事言うなぁ……」

どう、フォローをすればよいか分からないレイは、言葉の選択に迷っていた。

「どうせ……俺は腐ってるよ。そりゃそうだろ。あんな異常な組織に居たんだ。思考もおかしいって言われるだろうさ。」

そう言われ、レイは何も言わなかった。これ以上言うとゼオンを余計に傷つけてしまう予感がしたからだ。

エレンはその側のベッドで横になっており、レイは側にあった椅子に座り、ただじっと彼女が目覚めるのを待っていた。

「ん……あれ?私、眠っていたのかしら……?」

目が覚めたエレン。すぐにレイは彼女の側に寄り、エレンの様態を確認する。

「大丈夫!?エレンさん……」

「あ……私……気を失って……」

頭を抱えるエレン。特に、大した異常の訴えもなさそうだ。

「目を覚ましたみたいね。良かった。ホント、ゼルのせいでこんな状態よ。とりあえずホシェルを呼ばないと。容体確認大切だし。」

側に居たシャルアは、ゼルを睨むように言った。これに対し、ゼルは言葉を発する様子を見せない。

 

 

 

 その後すぐにホシェルが来た。エレンのバイタルチェックを行う彼女。様々な検査を行い、至って問題がない事が確認された。

「血圧122/85、SPO2値98。熱も平熱。特に数値に異常は無し……か。ま、安静にしてな。あ……そういやレイ。あんたの所にも医者、居るんだろ?ちょっと挨拶したいなって思ってるんだけど、どこにいるか分かる?」

ホシェルは突如、ネルソンの事について聞いてきた。突然の質問だった為、驚愕する様子のレイ。

「えっと……多分セイントバードに居ると思います。」

「了解。ま、せっかくの交流会だし、同じ医者の好だし、ちょっと仲良くしとこうかなーって。ありがと。」

そう言って、ホシェルは部屋を去って行った。この時、彼女が吸ったばかりの煙草のヤニの匂いが微かに部屋を漂っていた。

 ホシェルが去った後、レイはゼルの側に近寄った。彼の側にあった椅子に座り、そっと、ゼルを見る。

「何だよ、お前。」

ゼルの鋭い目線がレイを睨む。どこか、怖さを感じる反面、どうしても彼に聞きたい事がある。その気持ちが、レイには強かった。

 ゼルに対する印象は、彼にとって良いものではない。だが彼の事情は、シャルアから聞いている。そして、父であるジュナスからも。そうした背景を知っているからこそ、レイは彼に対する恐れがなく、このように接することが出来るのかも知れない。要するに、彼に関する情報量を持っているが故に、レイはゼルを本気で恐れてはいないのだ。

 無知であればある程、人は恐れる。だがその人間に関する情報が多ければ多い程、それに対する恐怖は減っていく。仮に高圧的な人間だったり、暴力的な人間が相手だとしても、その対処法があるだけでも対応の仕方は変わってくる。今のゼルの過去を、レイは知っている。彼はそれを聞いた時、不快に思うだろう。それは、分かっている。だがそれでも、レイはゼルに聞きたい事があるのだ。

「ゼルさん。色々とありましたけど、僕は貴方に聞きたい事があります。ジュナス・キレスという人間を知っていますか。」

率直にゼルにこの質問をした。父親がヒパック村を訪ね、ゼルと言う少年に出会っていると言うのが事実なら確実に知っていると答えるに違いないと思った為である。

その為に若干、返答までに間が空いたのを二人は実感できたが、その間を埋めたのはレイの言葉だった。

「今から四年程前に一人のジャーナリストが村にやってきませんでしたか?」

それを聞いた瞬間、ゼルは若干動揺した様子だった。彼の様子を見ても、少しだが汗を掻いているのが分かる。

「やっぱり、知っていますよね……?」

全ては父親が言っていた事だ。そして、シャルアから聞いた事。それらが全て繋がり、ゼルに状況の確認をしたいと思ってのだ。

「そ、それがなんだよ……」

明らかに焦っている様子の、ゼル。

「その人、僕の父さんなんです。」

ゼルの目が、見開かれた。それと同時に、四年前の出来事を思い出す。

 彼の慕っていた人間である、キゼル・アウレッドが殺された時に居たジャーナリスト、ジュナス・キレス。そして、彼がゼルを守る為に、氷河族の構成員を殺害したという事。その事は、鮮明に覚えている。いわば、ジュナスはゼルにとっての命の恩人だ。

「え……お前の父親が……あのジャーナリストの……?あっ……!」

思わず本音を漏らしてしまったような顔でゼルは慌てて自らの口を閉じた。しかしレイがそれを聞き逃す筈もなく、尋ねる。

「やっぱり、知っているんですね。」

「それが……どうしたんだよ。あの人がお前の父親で……それがどうしたんだよ!だから?それはそれで〝へぇ〟としか言いようがねえだろうが!」

明らかな動揺だ。ゼルは、ジュナスに助けられている。まさか、その息子が四年後にヒパック村に来るなど、予想も出来なかった様子だが。

「ゼルさん、こんな事を言うのもどうかとは思うんですけど、貴方は家族を殺されたからこのような冷たい人間になった訳じゃない……それも知っているんです。父さんから、ゼルさんの事、聞いてますから。」

レイの言葉にゼルは握り拳を作り、ぐっと憎しみを込めて握り締めた。歯を立て、睨むようにレイを見る。

「お前、喧嘩売ってるのか?その事、分かってて俺に言ってるんだろうな?いくらお前があの人の息子だろうと、土足で人の心に踏み込むような真似しやがって……!」

怒りを露わにするゼル。過去の事が、思い出される。家族の惨殺や、恩人が殺害された事等。

「喧嘩を売る気はありません。でも、さっきのゼオンとのやり取りを見て、思いました。僕は父さんの子供として、ゼルさんに言いたい事があります。」

レイはそっと、息を飲み、言った。

「ゼオンやメナンに謝って下さい。僕の事は、もう良いんです。でも、貴方によって怖い思いをした人が居るのは事実なんです。そんなの、永遠に繰り返すだけ……そんなの、おかしいと思うんです!」

レイなりの、懸命な言葉だった。恐らくこの言葉はレイがゼルに対して言いたかった本当の言葉ではない。ただ、先のゼオンの残酷な行動を見て、それがおかしいと、思ったが為の彼の言動なのだ。しかし――

「お前なんかに家族や恩人を殺された人間の憎しみが分かってたまるかよ!」

その一言は、彼にとって厳しいものだった。そのままレイは黙ってしまい、ジェルヴァの鼠色の床を向くようになる。

「とっとと去りやがれ!お前なんかに指図される覚えはねぇよ!」

どう、対応すれば良いだろうか。そもそも、何故彼はゼルに謝罪を求めているのだろうか。父、ジュナスの事が思い出されたから?その時に聞いたゼルと言う少年の話が印象に残ったから?確かに、レイは部外者かも知れない。けれども、ここで自分が何もしなければ、話は進まないのではないかと、考えたのだ。

「父さんなら、どうするんだろうか……」

ふと、レイは口に出した――

「あんたの父さん、立派な人だったよ。仕事に一生懸命で、その上で村の有事にも協力してくれた。今のあんたに状況が、似てる。」

その時にシャルアの言葉が発された。レイは、はっと息を飲むように目を開けた。

「結局、あたし達は村の事であんたとあんたの父さんの二人に助けられたって事ね。それって部外者とかそんなの、関係ないと思う。あんたは本当に優しいんだなって思った。だからメナンとか、他のメンバーも放って置かないんだろうね。」

いつになく、シャルアが優しく語る。レイの事を“奴隷”と罵っていた筈なのに、何故今の彼女はこれ程に優しいのか。

 そこには、ゼルに変わって欲しいという思いが込められているのかも知れない。人に変わってほしい時、人は厳しく当たってしまうものだ。それは本心ではなく、相反する行動と言える。シャルアはゼルに変わってほしいと願っている。故に、彼女はゼルに謝罪を求めた。

 だが素直になれないゼルはそれを拒否。そして、今度は部外者と言える筈のレイにまで言われた。戦闘では活躍していたゼル。仲間を助けたりもした。だがその暴力的な行動や感情は、仲間内でも忌み嫌われている存在と言えたのだ。

 しかし、彼は根っからの悪人ではない。実際、過去の彼を救ってくれた人間が居た。その人間の事に関しては、ゼルは冷酷になれない。彼は、変われる心を持っているのだ。

「あたし、レイが村に……ジェルヴァに来てくれて本当に良かった。あんたは村を救ってくれた英雄みたいなものだよ。本当に、ありがとう。」

「いえ……僕は、そんなの大袈裟ですよ。何も出来ていません。ただ、必死だっただけなんです……」

シャルアに感謝される事は嬉しい。だが、それ以上に、今はゼルの言葉が聞きたい。冷たい壁を作るのではなく、彼自身の、素直な、純粋な言葉を、聞きたいと思っているのだ。

「僕は、父さんみたいに立派な人間にはなれない。目の前に居る人を変える力なんて、ない……だから、感謝される事なんて、ない……でも……でも!ゼルさんは違うと思うんです!本当に部外者って罵るのなら、父さんの事だって、もっと冷たい表現が出来る筈なんです!なのに、どうして父さんの事は“あの人”って言ったんですか!?」

レイの言葉に、ゼルは明らかに動揺している。助けられた事は、やはり、忘れられないようだ。

「……助けられたからだ……!ああそうだ!恩人を裏切るなんて出来るかよ!俺は人を見ているつもりだ!お前があの人の息子だろうが、お前は部外者に他ならないだろうが!」

「……だったら、ゼオンに謝る事は出来る筈ですよ。」

「何……!?」

レイの言葉が鋭く、ゼルに刺さった。

「ゼオンは氷河族を裏切ったんです。そして、自分を傷つけて氷河族を否定しました。それって、ゼオンと言う人間だから出来る事だと思うんです。所属している組織とか関係ないんです。大事なのは、“個人”だと思うんです!氷河族を恨んだり、何か組織を恨むのは分かるんですけど、全体を恨むのは違うと思うんです!それは、僕はずっと、思ってきた事なんです!」

今まで経験して感じた事項に関係する言葉を、レイは吐露した。

 セイントバードに助けられた事や、砂漠の狩人と戦った事、彼自身との会話、スバキとの出会いやマサアキとの対立。それから様々な出来事。これから、起こり得るかも知れない出来事もあるだろう。それらが、ゼルに話している中で思い出されていったのだ。

「だが……組織は組織である限り、結局は染まる……こいつがいくら自分を傷つけようと、結局家族やキゼルさんが殺された事に変わりはない……」

「そんなの、間違ってると思います!」

レイの声が、響く。自身でも不思議な感触だ。まるで、自分でないかのような感覚。何故ゼルにこれ程言葉を話す事が出来ているのだろうか。それが、不思議でならなかったのである。

「ゼルさん、謝るだけで良いんです……仲間想いのゼルさんなら、それだけでも出来れば良いと、思います。ごめんなさい。僕は部外者です。でも、部外者だからこそ、言える事もあると思います。父さんの事を知っていれば、尚の事……」

この時、ゼルにはレイの父、ジュナスの面影が見えた気がしたという。父親とその息子が重なるようなヴィジョンは、ゼルを困惑させ、躊躇わせる。

 ここまで言われたのなら、すべき事は一つだろう。自分の言動で結果的に傷つける事になった、少年と、恐怖を与える事になった少女への、謝罪。それをするだけで良い。そこに、プライドは要らない。純粋な思いを伝えるだけだ。

 

「……すまねえ……」

 

ゼルが、ゼオン達の方を見て、素直な言葉を発したのであった。

 この時、レイは自分の父親が村で体験した事を、改めて思い返す事が出来た。ただ、一つだけ、気になる事がある。

(ゼルさん、素直になれて良かった……。でも、あの時の父さんの表情は、一体何を意味していたのか……それだけが、気になるけれど……)

ヒパック村の体験をジュナスが語った事。その際、十二歳だったゼルを守った時の話だ。彼は何かを隠しているのか?その時に見せた父、ジュナスの表情が、どうしても気になってしまうレイだった。

 

――――――――――――――本当に、大変だったな――――――――――――――――

 

 

 

 その後、村の復興は着実に進んでいく。ゼオンとゼルの怪我の回復も順調だ。その際に互いのチームの交流も盛んになって行った。新たな友人が出来、喜ぶ者も居た。女性陣が多いジェルヴァチームと、男性陣が多いセイントバードチームの相性は、抜群に良いと言える。

 そのなかで、ネルソンは同じ医者であるホシェル・ゼオードと酒を酌み交わしていた。互いにMS乗りをしながら医者をやっているという珍しい環境の人間同士という事もあり、馬が合ったのだろう。

「うちのクルーが迷惑を掛けた。処置に感謝しているよ、ホシェル・ゼオード。」

今、ネルソンは赤ワインを口に含んでいた。対するホシェルは白ワインを飲み、その、発酵した、葡萄の特有の酸味を感じている。

「あれはただの若気の至りだね。私は仕事をしただけさ。後は当人達の問題だろうさ。にしても、あんた、元デウスの人間なんだってね。色々と戦後は地球での扱いとか大変だったんじゃないの?」

ネルソンは、自身の事を堂々と伝えていた。ホシェルが女医であるという事が彼をどこか安心させたのかも知れない。

「そうだな。色々とあった。医者としてやっていく筈だったのだが、結局は兵士として身を投じる事になった。その結果、医者としての研鑽が大切であるにも関わらず、己の経験を頼りに今もセイントバードでパイロット兼医者をしているのだからな。」

「それは、随分と大変な事で。珍しい形だね。セイントバードは余程のマンパワー不足と見えるね。」

「私は免許も無くした状態の、いわばモグリの医者だ。故に今は医療機関では働けん。あの戦争で私の在り方は決まってしまったのだろうな。最も、敗戦した為にもう、デウスに居る事は無くなったのだが。」

デウス帝国出身のネルソン。先の大戦で敗北した為に、国そのものの機能は失われ、現在の新生連邦に自治権を握られるようになってしまった。それは、今のネルソンには関係のない話ではあるが。

 しかしデウス出身という十字架は時に、重く伸し掛かる。地球で暮らすに当たって、デウス出身と呼ばれる事は、不当な扱いを受け易い。

「デウス出身者の扱いは相当なものらしいね。地球に入る事も出来ないって話もね。忌み嫌われたりもするんだって?差別も酷いとかって聞くじゃないか。」

ホシェルは気の毒そうに、ネルソンを見る。

「戦争さえなければそのような事はなくて済むのだがな……結局は世の情勢がそうなるのだから、難しい話だ。」

「敗戦国の末路ってやつだね。ま、医者からしたらそんなもん関係ないけどね。こっちは怪我人や病人を診る義務があるからね。自傷したあのバカも含めて。医者としての仕事を全うするだけだ。」

ホシェルは、ワインを一口、飲んだ。

「そういう意味ではそちらが羨ましく思うよ。そちらは医療に集中出来る環境だろう?出来る事なら私はそれだけをやっていたかったよ。」

「セイントバードは人員の補充とかは出来ないのか?まあ、こんなご時世だ。MS乗りをやりたいという連中って少なくなってるだろうさ。戦後直後なら話は別だけど。」

「だから人、一人一人が動いていかなければならんのだよ。」

ネルソンはワインを飲み干し、そのまま、溜息を吐く。

「厄介な時代になったもんだね。ホント。」

「私はアウトローな存在さ。しかし、人に必要とされる事は嬉しいと思うよ。特に、あの艦長に思われる事は喜びを感じる。」

ここで、ネルソンはエリィの事について呟き始めた。

「あの美人艦長ねぇ。確かに、あれは高嶺の花ってやつだね。」

エリィの存在はジェルヴァクルーに知れ渡っている。絶世の美女と言わんばかりの扱い。それが、彼女という存在感を出している。

「時代が時代なら、やり甲斐搾取という意味では私のような人間は経営者にとっては都合の良いように利用されるのだろうな。だが、私の場合は何でも良い。自身のしたい事に没頭出来る方が何よりも幸せだ。」

そこに、ネルソンの仕事への情熱が語られた。彼の場合は金銭のやり取り云々で動いている訳ではない。純粋な想いで、仕事をしているのだ。

「あんたは人が好きなんだね。だからそんな言葉が出てくる。」

「人に関心を持っているというべきか。特に、艦長……エリィ・レイスにはな。私自身、戦時中に最愛の人を亡くした後でセイントバードチームを結成する際に、私は彼女と出会った。彼女も同じ境遇だった。まさかとは思った。」

そう呟いた時、ホシェルは高らかに笑った。

「ハハハ!あんた、堅物に見えて分かり易い人間だね。」

「何故、そう思う?」

ネルソンには分からない様子だった。彼女の意味深な笑いは何を示すのかを。

「多分誰にも分かると思うよ。今の言葉を聞いたら。ま、分かり易い方が良いんじゃない?患者とかに症状の説明とかするのって分かりにく過ぎたらいかんだろ?それを噛み砕いて説明するのも私達の仕事だろ。」

ホシェルなりの、仕事への持論が展開される。それに対してネルソンは言った。

「伝わり方が悪ければ誤解される。そうなれば危険が伴う。時に人に被害が及ぶ事もある。だから私は極端な言い方はしたくないのだ。だがそれ故に感情的になってしまう。人が傷付き、人が苦しむ姿を見て放置など出来ん。私の甘い部分というのは理解しているつもりだが、やはりどうも、コントロールが効かなくなる……」

ネルソンは、どこか俯き、言った。

「その匙加減は、旧世紀からの課題だったのかもね。そういうトラブルとか曲解によって変な誤解が生まれて、医療に関してはよく分からないデマとかが広がったって話もよく聞くよ。」

そう言った後、ホシェルはネルソンのグラスにワインを注いだ。

「すまない。だから、少しでも的確な医学的な情報を伝える為に、例えば論文というのは多くの人間の目に触れられなければならんのだ。個人のエゴや思考だけで物事を進める事は不利益を被る事に繋がる。だか、これは私自身分かっている筈なのに、出来ていないのが情けないと、思う時がある。」

「自省出来ているんなら、良いんじゃないか。」

ホシェルは、ぐいとワインを飲んだ。

「それよりさ、あんたはあの美人艦長に関心がある訳なんだろ?」

話題を変えたホシェル。今度は、ネルソンの関心についてだ。

「無い訳では、ない……」

「まあ、こんな事をあんたみたいな大人の男に言うのもあれかも知れないけどさ、関心があるならそれなりの振る舞いをしたら良いんじゃないか?」

笑いながら語るホシェル。酔って、いるのだろうか。気分が、先程よりも高揚しているように見える。

「ティーンエイジャーの恋愛事情とは違うんだぞ?チーム内での痴情に関してはややこしい事になりかねん。」

「でも人間が好きなんならそういうのだってありじゃないのかって私は思うけどね。」

「君はそういうのには楽観的なのだな。」

そう言いながら、ネルソンは彼女のグラスにワインを注いだ。すると、すぐにホシェルはワインを一度に飲みだす。明らかに、高揚している。

「そりゃあ、MS乗りなんだからそういうのはもう少し自由で良いんじゃないの?私はそう思うけどね。知らんけど。そーいう意味であんた、堅物だよ。変な所で損してるタイプだな。」

「そうは言うが、痴情の縺れが生じればチーム全体にも悪影響を与えかねん。私もチームに於いてはそれなりの立場だからな。」

「だから!そういうのが自分を追い遣ってるっての!つーか医者やってる大の大人に私、なんで恋愛カウンセラーみたいなこと言ってんだかな……」

「……分からん。ただ、貴方が相談しやすい人間であるのは間違いなさそうだ。馬が合うというやつかも知れん。」

「初対面の方が喋りやすい事あるってやつね。まーまー、一応あんたよりお姉さんだしさ。」

「“お姉さん”という年齢ではない気がするがな。」

「うるせえよ、気にしてんだよ全く!」

話題はいつしかネルソン個人の話になっていた。ホシェル・ゼオードは彼より年上であり、ある種の“姉御肌”と呼べる人間だ。その上で酒を飲んでいる彼等は、会話が弾んでいたのかも知れない。

 やはり、酒の場は会話を成り立たせる。酔いつつも、饒舌になる。普段喋らないような内容でも、気軽に喋ることが出来る。それ故に、旧世紀から酒と言う存在は重宝され続けてきたのかも知れない。

 

 やがて、彼等は互いの艦に戻る事にした。短い時間ではあったが、交流することが出来て満足しているようだった。

「ありがとう、君と話が出来て良かった。もし縁があれば会いたいものだ。」

「次は例の美人艦長を連れてきな。」

「さあ、それは分からんよ。」

互いに酔っているのだろう。話が弾んだ状態で、解散する事になったのであった。

 

 

 

やがて時間が経過し、両者の交流も親睦が深まってきた頃。ヒパック村の復興は進んでいき、徐々に建造物の復旧も進みつつあった。

こうなれば、セイントバードはもう、この場に居る必要もなくなる。あとは、ヒパック村の住人やジェルヴァチームの仕事だ。彼等はもう、去らなければならない。次なる目的地に行く為に。

やがて、別れの時が訪れた。ジェルヴァのMSデッキにて、ゲイルがエリィの手をしっかりと握っている。それを、遠目で不快そうに見るネルソン。各クルー達がそれぞれの時間を過ごし、束の間の交流を満喫した。

その一方で、シャルアはレイを自身の部屋に呼び出した。挨拶なのかと思い、レイは彼女の部屋を訪れる。出発は、もう間もなくだ。

「奴隷。」

彼と喋る時は、必ず“奴隷”と言う。それがシャルア・ジェインだ。

「あんたとはもう、お別れなんだよね。」

「そう、ですね……」

彼女には、ジェルヴァに来てから振り回されてばかりだった。家に来れば“奴隷”と罵られ、そして、掃除などをさせられた。だが一方で、彼女には感謝をされた。

 短期間ではあったが、シャルア・ジェインと言う少女の事を強く印象付けた、レイ。だがその時――

 

                   ギュッ

 

シャルアはレイを抱き締めた。突然の行動に、レイは驚き、身動きが取れなかった。それと同時に、シャルアの目から涙が流れるのを見た。そして、すすり泣く彼女の声を、聞いた。

「シャルア……さん……?」

「バカ……あんたがいなくなったら奴隷がいなくなるじゃない……寂しい……寂しいのよ……バカ……」

あのシャルアが涙を流しているという事が、彼には信じられなかった。彼女の嫌な部分や妙な部分、そして、優しい部分を見たレイ。今、レイは彼女に対して、素直な言葉を話す事が出来ると思い、言った。

「あの……本当にありがとうございました。」

レイはシャルアに抱き締められて、顔を赤めると同時にシャルアが放つ独特の愛情表現を感じ取っていた。それに合わせるように、レイもシャルアを抱擁しようとする。これは、挨拶だ。挨拶はしなければならない――と。

 

バッ

 

だが、その瞬間にシャルアは突き放した。

「わ!?」

急に突き放され、レイは姿勢のバランスを崩す。シャルアは涙を堪えて、言った。

「か……勘違いしないでよね!別にあんたの事が好きってわけじゃないんだから!本当なんだから……大体奴隷に恋するって……どこの漫画かドラマよ……。あんたは、奴隷なのよ!あたしの奴隷!そう、奴隷……」

そう言っている割には言葉が詰まっていた。

「シャルアさんの事、忘れませんから……」

この時ばかりは、レイは不快な表情を見せる事なく、彼女に接した。それは寒空の中寒波が強くなる中、時に自然が見せる美しい雪景色の如く、優しい表情だった。

「は、早く行きなさいよ!あんたなんか、知らない!セイントバードに行ったらいいのよ!ほら、早く!」

彼女は、あえて振り払うようにレイを部屋から出るように言った。それが、彼女の挨拶だった。レイは静かに首を縦に振り、そのまま、去って行く――

「あ、やっぱり待っ――」

レイを止めようとするシャルアだが、既に、レイの姿はそこにはなかったのだ。

「……気をつけて……ね。」

部屋をそっと出て、走っていく後ろ姿を、彼女は静かに、見守っていた。

 

 

 

「発進、いつでも行けます!」

「艦長、許可を!」

「セイントバード、発進!」

今、セイントバードは轟音を鳴らし、凍てつく大地を後にした。僅かな時間の交流は、彼等にとってかけがえのない時間だった。

 だが現実は戦争状態だ。新生連邦の宣戦布告に留まらず、平和国連盟までもが平和主義を破棄し、戦禍を拡大させている状況。その危険な状況の中、セイントバードは次なる目的地へ移動する。

戦時中の僅かな安らぎの時間は、瞬く間に過ぎていったのだった。

 




第五十七話、投了。
ヒパック村での出来事はレイの心に残ったのでした。
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