機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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シュネルギアからの要請を聞き、リルムの下へ向かうレイはジャンヌから衝撃の事実を聞かされる。


第六十話 すれ違う両者

 セイントバードは航行を行い、今、彼等はオスロへ向かっている。ヒパック村のあった場所からそう、遠くない場所にある、オスロ。航行が順調にいけば、一時間分程度で辿り着く事は可能だろう。

 その中で、ネルソンは一人、エリィのいる部屋に訪れた。彼は最初、最初に彼はブリッジを見たが、艦長席に彼女の姿がなかったので、直接部屋へ向かう。エリィは自分の部屋でホットミルクを飲み、くつろいでいる時だった。

「失礼する。」

「あ、大尉。お疲れ様です。どうかされました?」

目を何度か瞬きさせ、エリィはネルソンの方を見る。

「いや、その……ちょっとだが、個人的な事でな。丁度、貴方が部屋にいてくれて良かった。」

「いえいえ。今はちょっと、休んでいるだけですから。それで……話は?」

「単刀直入に聞きたい。貴方は今まで、どのように過ごしてきた?思えば、私は貴方の事を分かっていない。」

「……え?」

突然何を言い出すのかと、彼女は思った。てっきり、これからの事について聞かれるのかと思っていたので、その驚き様は半端ではない。

「答えてくれ。気になるのでな。」

何やら、真剣な様子で迫るネルソンに、エリィはただ、困惑し続けている。

「えと……私は……戦争でお父さんとお母さんを失って、泣きながら歩いている時にウィレスさんに助けられて。それから私は地球連邦軍の第十三特殊部隊のオペレーターを務めるようになりました。そして戦後になっては今のようにセイントバード艦長を務めているというわけですよ!えと、これがどうかしました?大尉は私が連邦に所属していた事を知っている筈ですけど?」

とりあえずと言わんばかりに、自身にあった出来事を簡潔的に言ったエリィ。

「いや、もっと過去の事を知りたいと思っていた。貴方が生まれてからの出来事とか、どのような幼少時代を過ごしたのか……とか。」

ネルソンの言葉の意図が理解出来ない様子のエリィ。何故彼は突然そのような事を言い出すのか。その理由は、何なのか。

「大尉、すみませんがちょっとお話の意味が良く分からないです。」

と、エリィは困惑しつつもはっきりと述べた。すると――

「……この先、添い遂げたいと思う相手の事を知らないのは、ちょっとな……」

ネルソンは照れながら言った。その言葉を聞いた時、エリィは三秒程度無表情のまま呆然としたが、その後で目が見開かれた。

「……え!?」

この言葉にはエリィも非常に驚いた。一瞬彼が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。ただ、彼女にとってとても衝撃的な言葉だったのは覚えている。

「今、なんて……?」

念のため、聞き直す。しかしネルソンは照れ笑いした様子で何も答えようとはしなかった。

(気のせいよね……絶対……)

あくまでも自分に言い聞かせるエリィ。が、ネルソンは照れ笑いしている。その光景に疑問を抱いた。

「す、すまないな。どうでも良いことを聞いた。これを聞きたかっただけだ。失礼する。」

「え……ちょっと待って下さ――」

そのままネルソンは部屋を出た。止めようとしたエリィの行動も無駄に終わった。彼女はこの後数分間、何度もあれは聞き違いだと言い聞かせるのだが、どうしてもそれは耳から離れなかった。それはネルソンにも言える事であり、変な事を言ってしまったと心の中から反省をしていた。

 何故彼はこのような言葉を発したのだろうか。いや、それは彼自身、分かっていたのかも知れない。

 

―――――――――あんたはあの美人艦長に関心がある訳なんだろ――――――――――

 

ヒパック村で、彼がホシェルと酒を飲んでいた時に言われた事。それが、ネルソン自身の脳裏に焼き付いたのだ。それが、エリィに対して思わず、言葉を述べてしまった事に繋がったのかも知れない。

 

 

 

レイはこの数日間を振り返りつつ、様々な事があって、疲れた体を癒すために自室に戻っていた。久し振りの自分の部屋に感激するレイ。まるでそれは、安息の一時が彼を迎えてくれるようだ。

セイントバードがヒパック村に来てくれていた時も、彼はゼオンの事の対応などでバタバタとしていた為、自身の部屋に行く事は殆どなく過ごしていた。故に、自分の部屋にいることが出来るのは、何よりの喜びと言えたのだ。次に向かう地であるオスロは、ネルソンの知人が居る場所と聞く。そこではどのような出来事が待っているというのだろう。

 

ウィィィィィン

 

その時、扉が開いた。すぐに姿勢を変え、部屋に来た人間を確認する、レイ。そこに居たのはガーストだった。

「よ、元気してるか?」

気さくな様子でレイに話しかけるガースト。

「ガーストさん。どうしたんですか?」

「プレーンのやつ、ちょっと風邪を引いちゃってさ。何、そんなに大した用事じゃないんだよ。オスロに着くまで少し退屈だからさ、会話でもしようかなって思って。」

ヒパック村の寒さが災いしてしまったのか、彼女は風邪を引いたようだ。プレーンはガーストと同じ部屋で過ごしている。その間、どうしようかと思った彼が、レイの部屋に訪れたのだ。

「看病はしなくて大丈夫なんですか?」

レイの質問。それに対し、ガーストは答える。

「今、寝てるんだよ。ま、少しの間だけお前と喋ろうと思ったんだ……けど、そこにいる女の子……」

「え?」

この時、ガーストの表情は変化していた。何を言っているのだろうと思い、レイは後ろを見る。

始めに、レイの目が大きく開かれていく。次にレイの口が徐々に開かれ、最後に、腹の底から凄まじい大声を上げた。

「ええええええっ!?」

彼は自身の目を幾度となく擦り続けた。これは幻覚……と自分に言い聞かせつつ擦った。しかしいくら擦っても眼前の少女の姿は消えない。消える筈が無かった。

何故彼がこれ程までに驚いているのかと言えば、そこにいる少女こそ、レイの事を気に入っているメナン・ジェインであった為であるからだ。

シャルアと共に居る筈の幼女が、何故レイの部屋にいるのか。理解が追い付かない。何故?

「どうして……どうして……どうして!?なんでメナンがここにいる訳!?」

レイの動揺とは裏腹、メナンは笑みを浮かべ、言った。

「よ!レイ!きたぞ!」

「いやいやいや!〝きたぞ!〟じゃなくて!おかしいよ!なんでいるの!?メナンはシャルアさんの所に戻った筈じゃなかったの!?」

動揺する、レイ。それに対し、メナンは言った。

「お姉ちゃんよりれいがいいから!」

「そんなんじゃなくて!!!冗談も程ほどに……って……冗談じゃないよねこれ……」

もう、彼には訳が分からなかった。何故メナンがここにいるのか、その事で頭が一杯になる。一方のガーストは事態を理解出来ておらず、ただ、唖然とするばかり。

「と、とにかく……みんなに知らせないと……大問題だよ、これ……」

当然ながらこのまま放置など出来る筈が無かった為、レイは急いでエリィの元へ向かった。

 

 

 

レイの言葉を聞いたエリィは、主要クルーをブリッジに集めた。突然起きたこの状況。何が、どうなっているのかが分からない。ヒパック村で合流しただけの筈の少女が、何故セイントバードに紛れているというのか。

やがてメナンを囲うようにクルーは集まり、皆がメナンの姿を見ていた。

「確か、レイ君と話してた可愛い女の子よね?」

「はい……でもどうしてか、ここにいるんです。いつの間に……」

レイ自身も、理解が追い付かない。何故メナンがここに居るのか、全く。

「どおしたか?みんなきょーみしんしん!メナンあせるあせる!」

相変わらず独特な喋り方をする、メナン。それだけ見れば可愛らしさはあるのだが、ネルソンはそっと溜息を吐き、言った。

「しかし、我々はこのような少女の世話をするほど余裕は無いぞ。ヒパック村に、一度戻るか?」

そう、提案するネルソンだが――

「でも、もうここまで来てしまった以上は引き換える訳にも行かないですよ。燃料の補充、オスロで行う予定でしたもんね。」

彼等がヒパック村で、他のMS乗りと交流したのは良かった。それにより、多くの情報を得られたと同時に、MSのスクラップや武器等の補充が出来た為だ。

 しかし、肝心な事が出来ていなかった。それは、オスロまでの距離がこのまま行けばあと四時間程度という事もあり、燃料の補充が出来ていなかったのである。彼等はオスロのジャンク屋で、燃料補給等を行う予定だった。故に、こうした問題が生じたのである。つまり、ヒパック村に引き返す事は、出来ない。

「これでは我々は誘拐しているようなものだぞ!事情を説明しなければ……誰か、連絡先は分かるか?」

と、聞くネルソンだが――

「一度オスロに付かないと連絡は難しいんじゃないですか?今、この高度だと回線も入りにくいでしょうし。」

「それも、そうか……」

Eフォンの回線が安定するのは、あくまでも地上に居る時。空中を移動している時や戦場では回線が安定しない。ビーム粒子による妨害などの可能性が考慮される為である。

「でも、この子かわいいー!」

「そんなこと言ってる場合じゃねえよ。誘拐犯みたいな事してんだぞ俺達?」

「でも私達が意図的にやった訳じゃないじゃん。レイ君に付いて来たんでしょ?」

インクの言葉に、スラッグが鋭い口調で言った。

「そんなものこの子の親とか親族が認めるかって話だぞ!戦災孤児とかでこの子を保護してるってなら話は別だけどさ、俺等軍じゃないから、万が一国際警察とかに、突き出されたらお縄だぞ!どう言い訳するんだよ!」

混乱するブリッジ内。だが、その中でメナンは全く動じる様子もなく、急に歩きだし、ネルソンの側へやって来たのだった。彼の足元にいる可愛らしい幼女は、じいっと彼を見つめている。

「ん?どうした。」

ネルソンがそう聞くと、メナンは言った。

「あんたいしゃやってただろ!いまはむめんきょ!」

「なっ!?」

ネルソンの顔色は一変した。メナンに自分の過去を急に言い当てられた為である。

「馬鹿な!?なぜそれを知っている!?」

当然の疑問。しかし、メナンは何食わぬ顔をして言った。

「しらん。でもメナンには分かる!」

その次に、メナンはガーストの側に寄って来た。そしてネルソンの時と同様に口を開いた。

「でうすていこく!むかしそこでへいたいさんやってただろ!んで、そのおっさんと同じでうすていこくのにんげんだったろ!」

「な!?どうして分かるんだ!?その子にデウスの事なんて言ってないぞ!?」

「おっさんではない!」 

今度はガーストの過去を言い当てた、メナン。一体彼女は何者だというのだろうか。

不思議に感じるガーストに対し、そんな物にはお構いなしのメナン。初対面の人間に自分の過去を言い当てられた事が、彼等を悩ませる。

(不思議だ……やっぱりメナンは過去を言い当てる。シャルアさんが言ってた通りだ。一体、何なのだろう。)

メナンは、レイの事情に関しても当てた。だが、レイに対して聞いたのは彼のガールフレンドの話と、力を持っているかの話だ。今回のように、クルーの過去を言い当てる事は無かった。やはり彼女は、只者ではないのかも知れない。

 

―――――――でも……妹が少し興味あるのよね。たまに透視されるのよ――――――

 

シャルアが言っていた言葉を、再び思い出したレイ。メナンは、やはりシンギュラルタイプなのであろうか。

「エリィさん、ガーストさん。あの……メナンを見て、何か感じますか?」

力を持つ人間達にレイは聞いた。だが、それぞれに質問をしても、首を横に振るばかりだ。

「一つ言えるのは、シンギュラルタイプの一つの可能性なんじゃないかって話だな。」

ガーストが、口を開いた。

「可能性の一つ?」

「いや、俺も詳しくはないし良く分からない。けどさ、シンギュラルタイプってある種のエスパーみたいなものだろ?そう言う子が居るのも、別に変な話ではないんじゃないのかなーって思って。」

「でも、明らかに凄いですよ。透視が出来る人なんて……」

と、レイが言った時、彼は、“ある”人物を思い出したのだ。

 エファン・ドゥーリア。オペレーション・デモリッション・クリエイションの際にレイと邂逅した際に、彼にプレッシャーを与え、その上で思考を読んだ、男。あの男は一体、何者なのだろうか。彼から感じた恐ろしい感覚。それには既視感もある。

 

――――――――――――――お前の事が分かるのだ――――――――――――――――

 

思考を読まれるというのは、恐怖である。考えが筒抜けと言う感触は不快でしかない。それを読まれた時、人は躊躇い、戸惑うだろう。

 だが、それは個人の差も大きいのかも知れない。メナンとエファンではそもそも、“人”が違う。いくら透視能力があるとはいえ、それぞれの目的が違う。メナンは純粋な子供として、思った事を呟いているだけ。一方のエファンは、それが何を齎すのかを分かった上で述べているに過ぎない。

「けどさ、世の中って広いからさ、そういった人間が居てても不思議ではないんじゃないかな。人間ってパターン化出来ないし。この子がシンギュラルタイプだったとして、特別な能力を持ってるとしても、結局はそれをどう使うかってこの子次第だし。あんまり深く思う必要はないんじゃないか?」

ガーストの言葉を聞き、レイは反応した。

「どう使うかは人次第……か。」

再び、エファンの事を思い出すレイ。あの、恐怖感は何だったのだろうか。思考を読まれた上で、プレッシャーを感じた彼の感覚は、一体?

「まあ、何にしてもオスロに早く着かないと……そこからまずはこの子の家族さんに連絡を取らなきゃ。今頃、凄く心配しているだろうから。」

「そうですよね、その通りだと思います。」

力の事云々よりは、今はメナンを、保護する事を考えなければならない。この状況で、万が一敵と会敵したら大変な事になる。彼女を巻き込む事は、当然ながら避けたい。

 

「艦長、入電があります。これは……シュネルギアからです!」

「シュネルギアから入電?」

突然の出来事だった。インクの言葉を聞き、エリィは艦長席に座り、すぐに対応する。シュネルギアからの連絡とは、一体何なのか。やがてモニターが開かれ、ジャンヌの顔が、映し出された。

「お久し振りです、皆さん。ジャンヌ・アステルです。セイントバードは、どうやら無事のようですね。本来ならば貴方方とお茶を交えてお話をしたいと思う所ですが、今は時間がありません。」

ジャンヌの顔が映し出される。麗しく、整った顔つきの彼女。金色の髪は括られ、その目付きは真剣そのものだ。

「ジャンヌさん。要件を、伺っても宜しいですか。」

彼女と話をするのはロンドンに要請された時以来だ。随分と久方振りともいえる中で、エリィはジャンヌに聞いた。

「そちらにある、ツヴァイガンダムをシュネルギアに渡してもらう事は出来ますか。大切な事情がありますので、出来るだけ手短にお願いをしたいと、考えています。尚、シュネルギアは既にセイントバードの後方に位置しております。」

ツヴァイを預かるという事を言ったジャンヌ。だが、何故このタイミングでそう言うのか。理解が出来ない様子の、クルー達。この状況で無邪気にジャンヌを見て感激しているのは少女のメナンのみだった。有名人としての彼女の顔しか知らないメナンは、ただ引っ切り無しに喜んでいる。

 そして、ツヴァイを渡すという事は即ち、レイをシュネルギアに送るという事になる。彼等とレイの関係は、不仲同然だ。その中で、レイはどのような判断を下すというのか。

「あの、差し支えなければその、“目的”を教えて頂く事は可能でしょうか。」

アステル家はスポンサーである。だが、いくらセイントバードの出資者とはいえ、彼等にも目的を知る権利はある。それに対し、ジャンヌは言った。

「ヴァイダーガンダムが現れたという情報が、ありました。その為にもツヴァイガンダムの調整が必要となったのです。」

その言葉に、ブリッジ内は騒然とした。ロンドンを死の町に追い遣ったジェノサイド・マシンが再び姿を見せたというのだ。これはチームにとっても他人事とは言えないのだ。

 これを聞き、レイの目付きが変わった。あの悲劇は繰り返してはいけない。しかし、アステル家を信用するのはどうなのか。彼の中の天秤が、揺れ始めた。

「もしこの場にレイが居るのならば、彼にお伝えして欲しい事もあります。リルム・エリアスさんは今、私達が保護しております。それを踏まえて、行動して下さい……と。」

「リルム……!?」

ジャンヌの口から、リルムの名前が出た。それを知った時、レイは心のどこかで、安寧を感じた。リルムは無事だった。先日、ニュース速報でアステル家が強襲されたという情報が流れた時、連絡が取れなかった事もあり、レイは心配だったのだが、保護されていると聞き、安心したのだ。

 しかし、彼はアステル家を信用していない。以前に自分を攻撃した事もそうだが、リルムを家に返さなかった事も含め、納得していない、レイ。そもそも、その言葉は本当なのかも、レイは疑っているのだ。

「あそこには、アレンの奴もいる……か。」

ガーストが、ふと、呟いた。

「エリィさん、僕、行きます。あの人達の話も気になりますし、何よりも、リルムが気になります。」

レイの言葉は決意に満ちている。彼にとって忌むべき存在となっているアステル家だが、今はリルムの事が心配だ。その身柄が本当に見えるのか、確認したいと、思っていたのである。

 やがて、そのまま、レイはブリッジを後にしようとした時だった――

「れい、どこかいくんか!?」

メナンが、レイに聞いた。

「うん、少しだけ。」

「しんぱいだぁ!れいかえってこいよ!」

今の彼にメナンの言葉は聞こえない。それ程に彼は真剣な表情をしていたのだ。

 

 

 

デッキ内にて、レイは自分の機体であるツヴァイを探した。シャルア達によって改修されたツヴァイガンダムは、左肩から先端がジョゼフのものに乗っている。ツヴァイガンダムイージー。名前の通り、機体の武装を簡素化している、その機体。

レイは高台から胸部にあるツヴァイのコクピットに乗り込んだ。彼はそっと息を飲み、目を瞑る。何故だか、彼は異様に集中していた。そして目が開かれた時に彼は思い切り操縦桿を引いた。その瞬間、推進剤が展開された後に、カタパルトからツヴァイは発進した。

発進された際に、緑色のカメラアイが美しく輝いた。手部には何も持たず、右側のみに搭載している三基のブリッツファンネルはまるで片翼のように躍動し、ツヴァイは今、機動していた。

 

 

 

少しして、彼はシュネルギアのMSデッキの入り口に辿り着いた。彼を素直に迎え入れるようにハッチが開き、彼はその中に入っていく。

中にはドラグネスアサルト、ブライティスガンダムといった、アステル家の機体が確認出来た。それ等を見て、ここが改めて、アステル家の戦艦であると、再認識した、レイ。

やがてツヴァイはシュネルギアのMSデッキに降り立った。胸部のコクピットが開き、レイはそこから降り立つ。すると、次の瞬間。降りてきたばかりのレイを、アステル兵達が銃を持って囲みだしたのだ。黒いジャケットを羽織った彼等。それは、四ヶ月前にレイとリルムを助けた人間達と同じ格好をしている人達だ。

「え……!?」

このように、銃を構えられるというのは兵器を操っている者の定めなのだろう。だが今のレイにはそれが理解出来なかった。招かれている筈なのに、銃を構えられる等、予想をしていなかった為である。

どうすれば良いか分からぬ状況の中、兵士達の行為を、一人の清らかな声の女性が止めた。

「止めなさい。彼は侵入者でも何でもありません。私が招いた者です。」

「しかしジャンヌ様。この少年はジャンヌ様に楯突くような発言をしています。それに、以前の裏切り者の件もあります。警戒に、越した事はありません。」

人間関係とはこういう時に真価を問われるのかも知れない。いくらスポンサー関係とはいえ、レイはシュネルギアからすれば部外者に他ならない。故に、銃を突き付けるのはある意味当然と言える。

「彼は裏切り者のような、危険な真似をする事は恐らく、しないでしょう。」

それと同時にジャンヌは合図をし、アステル兵達、全員の銃は下ろされた。それを見て、少しばかり安心する、レイ。

「改めまして。ようこそ、レイ。先の無礼をお許し下さい。」

アステル家は余所者を警戒している。それは、先に起きた事を考えれば当然の事ではあるのだが、事情を知らないレイにとっては失礼な事以外の何者でもないだろう。

「……お久し振りです。」

と、レイは静かに言った。

「……あら?ツヴァイの形状が随分と変わりましたのね。ファンネルの数も、プラズマキャノンも無くなっています。何か、あったのでしょうか。」

ツヴァイの形状の変化を見て、早速ジャンヌは反応した。デスゲイズによって撃墜された事やヒパック村での出来事が重なり、今に至るツヴァイ。それでも、ツヴァイはレイの愛機として活躍してきたのだ。

(恐らく、アレンが先程会敵したあのMSが関係しているのでは……。)

その機体こそ、デスゲイズだ。ブライティスと交戦したデスゲイズ。その際に、レイを倒した旨を伝え、心配になったアレンはレイの安否をはじめ、セイントバードの心配をした。結果、彼等の無事が確認出来たのだが。

「機体が無事なら何よりです。そして、貴方も。」

無事である事を褒められたレイ。だが、そう言われても、レイは喜びを感じる事は、なかった。ヴァイダーガンダムが出現した事により、自分が必要になった旨を理解しているレイ。その上で、彼女達に機体を渡す事になっている。

 確かに、今後の事を考えればアステル家に修理をして貰う方が良いだろう。以前も彼等に修理をして貰い、その際に貰った装置により、レイはファンネルを操る際に頭痛を感じなくなった。

「レイ。貴方をブリッジに招待します。そこで、貴方に会って貰いたい人がいます。」

その言葉を聞き、レイは勘付いた。リルムの事だ……と。約四ヶ月の間会う事が出来なかったリルムに、ようやく会う事が出来る。その喜びを、今、彼は感じている。

 だが、その一方で違和感を覚えている、レイ。この違和感は果たして何なのだろう。ジャンヌの事を信じていないから?忌むべき存在と認識しているアレンが居るから?それは、全く分からない。

「ては、参りましょう。皆さんがお待ちです。」

“皆さん”が待っているという、ブリッジ。リルム以外に誰がいるのか。アレンの事か。それを聞き、レイは疑問を抱きながらも、静かに、ジャンヌに招かれる。ブリッジまではエレベーターを使い、すぐの位置にある。然程の時間は要さなかった。

 

 

ジャンヌに導かれ、彼はブリッジに辿り着いた。そこはレイにとって初めての場所であり、セイントバードのものよりも遥かに広く、大勢の人間がオペレーター等の仕事を務めている。

ブリッジにはジャンヌを含め、アレン、ココット、アイリィ、そしてリルムと言った人間が揃っていた。

「レイ!?」

レイの姿を見るなり、リルムは彼に駆け寄った。

「リルム!」

間違いない、リルムだ。ここに居るのは、リルム・エリアスだ。互いに手を繋ぎ、再会をよろこんでいる。この瞬間を、どれ程待ち侘びた事か。

「良かった!本当に良かった……!会いたかったんだよ!レイ!」

「うん、僕も……会いたかった……!無事で、何よりだよ……」

どこも、怪我をしている様子はない。無事だったのだ。本当に、良かった。

 しかし、レイはこの事に対して喜んでばかりではなかった。ジャンヌの方を睨むように見る、レイ。

「改めてようこそ、シュネルギアへ。レイ。彼女はずっと、アステル家で保護をさせて貰っていました。」

と、言うジャンヌだが、レイは表情を変え、言った。

「アステル家が新生連邦に襲われたそうですね。その時、リルムに連絡が取れませんでした。ジャンヌさん。もし、リルムの身に何かあったら、どうなっていたんでしょうか。」

レイの表情が、変わっていく。リルムの身にもし何があったかと思うと、気が気でない。万が一怪我をしてしまったら、それは保護とは言わない。

 アステル家は彼女を“保護”すると言った。なのに、危険な目に遭った。それに対して、ジャンヌはどう、答えを述べるのか。

「事情を説明しましょう。アステル家に裏切り者が居ました。それから情報が流出し、新生連邦が攻撃を加える状況となってしまいました。確かに、それは私達の不覚と言えます。アステル家の者を信頼し過ぎていた……それは、私自身のミスであると、言えますわね。」

それは、謝罪した。だが、そこへ、アレンが口を挟んだのだ。

「ジャンヌ、あれは誰も悪くない。仕方が無かった事だ。あれで多くの犠牲者が出たけど、彼女は幸いにも、守られた。レイ、その事でジャンヌに言いがかりを付ける気なら、それは間違っている。彼女は無事だった。それで良いじゃないか。今は、小競り合いとかしている場合じゃないんだよ。」

その事を聞き、レイは動揺する。リルムが助かったのは、不幸中の幸いだったのだ。だがもし、一歩間違えれば彼女は死んでいた可能性が、高い。

「……そりゃ、裏切り者だって出ますよ。そんな所にリルムを任せていたんだ……」

レイは、密かに握り拳を作る。アステル家が信用出来ないという事実が、彼を余計に混乱させる。この時、彼は感情を吹き出しそうになったが、どうにか、堪えた。そして、アレンに対して言葉を発する。

「……アレンさんもお久し振りですね。多分、アステル家を守ってくれてたと思います。それに関しては感謝しています。無事なら、良かったです。」

レイの言葉に、感情が込もっていない。内心では怒りを感じているのだろうか。

「……けれど、貴方が僕達を攻撃した事は忘れませんよ。それによって僕達が傷付いた事も、事実なんですから。」

レイは、アレンにされた事をまだ根に持っている。その事情は聞いているが、彼にとっては納得の行く事ではない。

「レイ!お前は――」

と、口を開こうとしたアレンを、ジャンヌが止めた。

「レイ。貴方は今後の戦いで何が起きる事になったとしても、それを戦い抜く覚悟でツヴァイに乗る事を選んだ筈です。以前アッサラームで貴方に問うた筈です。時に苦しみ、時に死に直面する事さえ、有り得る事かも知れません……と。」

レイは、その時の言葉を思い出した。

 

―――――時に苦しみ、時に死に直面する事さえ、有り得る事かも知れません―――――

 

「それだけではありません。ツヴァイに乗る事自体が、自己の責任が伴うという話もしました。アレンの行動は確かに彼のコントロール不足も有り得たでしょう。ですが、そうした事も全て想定した上で、貴方は動いて行かなければならないのです。ガンダムと言う兵器を託された貴方は、様々な状況に陥っても、戦い抜く覚悟を決めなければなりません。そこに、ティーンエイジャーの生徒という肩書はありません。貴方自身の話になります。」

以前に述べた事を、再確認するように言い続けるジャンヌ。この言葉に、レイは戸惑って行く。自分自身の選択の意味や、行動の意味に、ついて。

「でも……でも!僕があれに乗らなければセイントバードの皆が死んでいたかも知れないんです!そんなの、選択肢なんて、ある筈がないですよ!」

シュネルギアに救われた時のレイの行動だ。あの時ツヴァイに乗らなければ、クルーは新生連邦に殺されていただろう。彼が行動した結果、チームは救われ、今に至るのだ。

「選択肢がないというのは貴方自身の勝手な判断です。あの時貴方は故郷に戻る事も出来ました。その選択をする事も、一つの選択として在り得たのです。セイントバードのクルーを見捨てる事も、出来ました。」

悪意のあるように聞こえる、ジャンヌの言葉がレイに突き刺さる。

「ですが、貴方はその中でもツヴァイを乗る事を決めました。何度でも言います。そこには自己責任が伴うと。それらを覚悟した上で貴方はツヴァイに乗った。違うのですか。貴方はそれを運命だと感じているのならば、それは誤解です。貴方自身が選んだ事なのです。」

「違う……違う!僕は守る為にツヴァイに乗らざるを得なかったんだ!」

否定する、レイ。だがそれに対してジャンヌは冷たく、言い放つ。

「いいえ。貴方は自らの意思で“選択”をしました。その先に何があろうとも、それは紛れもない選択。セイントバードのクルーが危機に瀕する事や、エリィさんが貴方の下へ家庭教師として来て、状況の確認をする事等も、全ては貴方がツヴァイに乗る事を選択する可能性の一つ。それらを加味しても、選択をしたのは、貴方です。私達は貴方に強制は一切していません。ですから、そこから何が起きようとも、それは貴方の人生の選択の一つなのです。」

ツヴァイは選択の結果。そして、そこから何が起きようとも、彼自身が選んだ事。そう、言うジャンヌ。だから、リルムが危険な目に遭って良いのか?だから、アレンがした行動が許されるのか?それは、違うだろうと、レイは言う。

 いや、待て。何故ジャンヌはエリィが家庭教師に来た事を知っている?どういう事だ?

「どういう事ですか?どうしてジャンヌさんがエリィさんの事情を知っているんですか?」

レイの質問に、ジャンヌはそっと口を開いた。

「彼女を家庭教師としてレイに接触をして貰うように促したのは、私だからです。」

「え……それって、どう言う意味ですか……?」

訳が分からない。レイが一時的に故郷に居た時に、エリィが彼の下に来たのは彼女の意思ではないというのか?

「私は貴方への選択肢を作る為に、貴方の事を調べていました。アインスから得たデータ等を見て、貴方の強さを確認した私達は今後の世界情勢を見越し、新たなガンダムの作成に踏み切りました。それが、ツヴァイとブライティス。ブライティスはアレンの手に渡りました。ですがツヴァイが貴方の手に渡るには、ある程度の必然性が必要となったのです。」

必然性が必要?それは、何を示すというのか。

「貴方が故郷に居ている間、その“来るべき時”に繋がる為の準備が必要でした。その為には、貴方の身辺状況を確認する為に誰かが必要になりました。その中で、最も好都合なのは家庭教師と言う立場の人間が居る事です。エリィさんは快く、受け入れてくれました。まるで、貴方に非常に関心を示しているかのようでした。」

実際、エリィはレイに関心を抱いていた。何せ、彼に対して告白をしたのだから。

「やがて新生連邦はセイントバードチームを拉致しました。戦争が始まる事を見据え、戦力を欲していた為です。そして、その時が来ました。新生連邦が、貴方とリルムさんを拉致した事です。それは、私達にとっては絶好と呼べました。」

「待って……じゃあ、あの時リルムと僕が拉致されて、そこから助けたのって……」

「ええ。全ては繋がるという訳です。」

あの、一連の出来事は偶然ではなかった。必然だったのだ。エリィが家庭教師として事情を探りに来たのも、セイントバードが新生連邦に拉致されたのも、彼等が新生連邦に拉致されたのも、そして、その中でシュネルギアが助けに来たのも、全て、必然。

 全ては、ジャンヌによって仕組まれていた事なのだ。それも、レイに、ほぼ必ずツヴァイに乗せるという選択肢を与える為に。

 ツヴァイに乗るという選択をしたのは、彼だ。だがそれは最早、半ば強制的と言える内容だった。と言うよりは、運命付けられたとしか言いようがない。それなのに、彼女はレイがツヴァイに乗った事は選択肢の一つと言い張る。言い張った上で、レイに自己責任と言うのだ。

「滅茶苦茶だ……こんな、こんなのって!」

「私達は、貴方がツヴァイに乗るという、舞台を整えたに過ぎません。それ以外に関しては貴方の性格や判断に委ねたのです。私は貴方を洗脳などしていません。貴方自身の意思で、ツヴァイに乗る事を選択しました。そして、貴方はツヴァイに乗って今まで戦ってきました。多くの出来事はあったでしょうが、それでも生き残りました。全ては今後の不安定な世界情勢を変える力を作る為。アステル家がツヴァイガンダムを作り出したのは、こうした背景があったからなのです。」

語られる真実はレイをより、困惑させ、そして怒りを引き出す。彼女の言っている事は、自身を正当化しているに過ぎない。選択肢を与えるとは言ったが、実質与えていないようなものだ。その状況を作り出した上で、彼に委ねるというやり方。その上で何が起きても自己責任と言う身勝手な言葉。それが、レイに理解出来る筈がない。

 それによって、リルムも苦しんだ。自身も苦しんだ。それらが、ジャンヌの掌で泳がされたとならば、納得できる筈がない。

「それで、リルムがどうなったとしても、僕の自己責任って言うんですか……?」

静かに頷く、ジャンヌ。

「ですが、結果的に私達は彼女の身は守っていました。シュネルギアにいる時点で、彼女は安全の身です。」

結果的にはそうなのだろう。だが、レイはこれに対してどのような感情を抱くのだろうか。

「そして、私の目論見通り、貴方はここに居ます。多くの経験をした貴方は、これからツヴァイを私達に渡し、来る、ヴァイダーガンダムとの戦闘に備えなければならないのです。」

ここまで言われ、レイはどう感じただろうか。納得しただろうか。リルムが生きていればそれで良いと、思えるだろうか。セイントバードチームが結果的に生きていて良かったと言えるだろうか。

 そのような筈がない。そのような事を聞かされ、納得できる筈がない。全てが彼女の思惑通りに動くような事ならば、それは、あってはならない。日常が崩れたのが彼女の思惑通りだというのなら、それはおかしい話だ。

「リルムを巻き込んで、それでも僕は必死にツヴァイに乗って今まで戦ってきた……それで、死にそうになりながらも守る為に生きて来たんだ……それなのに、結局はジャンヌさんがそうするように仕向けただけ……そこまでして用意周到に僕が乗らざるを得ない状況を作り出して……その挙句の果てに、自己責任って……」

静かに、語り続けるレイ。今の彼の拳が、震えている。視線を落とし、静かに、語っている。

「結局、それって僕が都合よく貴方達に利用されてるって事ですよね……ツヴァイの改修だって、そうだ……そうですよ……貴方達は最低ですよ!!」

レイは、精一杯怒りを込めてジャンヌに言った。

「結局、それって僕を操り人形のように仕組んでいたって事じゃないですか!その上で自分達の都合が悪くなればどんな手を使ってでも自分達を有利に持っていきたがるなんて!その考えそのものが信じられません!どうかしていますよ!」

怒るレイは歯止めが掛からない。そして、この時にアレンはジャンヌの言っていた、“悪と見做す”という事の理解が、出来たのだ。

 つまり、レイにとっては都合よく利用されたという事実を伝える事で、あえて敵意を彼女に向けさせたのだ。一見すればこれは非効率的に思える事。だが、この行動をしたところで、レイは戦わざるを得ない。恐らく、彼は一層セイントバードの為に戦おうとするだろう。その事は、結果的にヴァイダーガンダムの殲滅にも繋がる。荒いやり方ではあるが、アレンは彼女の目論見を理解した。

「僕は、守る為に戦います。ツヴァイはアステル家にしか改修出来ないって聞いてます。だから、預けます。でもその代わり、リルムも一緒にセイントバードに預かります。こんな所に居るぐらいなら、僕と一緒に居た方が良いんだ……だから、アステル家は狙われるんですよ!そんな、腹黒い事を考えているから!!そのせいでリルムだって怖い思いをしたんだ!!!」

捨て台詞の如く、レイはジャンヌに言い放った。

「リルム、もう行こう。ここに居るよりは、セイントバードに居た方が良いよ。アステル家の方が何倍も危険だよ。」

「え、でも……」

「こんな所より遥かに良いよ!」

いつもの、優しげなレイの姿はそこにはない。あるのは、ジャンヌ達、シュネルギアに対する怒りだけ。

「リルムさんを連れて、戻られるのですか。」

ジャンヌの質問に対し、レイは静かに頷いた。

「確かにここよりはセインドバードの方が、“まだ”安全かも、知れません。その代わり、必ず、守って下さいね。貴方自身の動機である、“守る為”の戦いをして。」

その言葉の真意は不明だが、今のレイには刺さらない言葉だ。

「そして、これだけは覚えておいて下さい。私達は本当に平和を望んでいます。その為に、動かなければならない事もあるのです。それだけは、どうか忘れないで下さい。」

それを聞いて、レイはもう何も言えなかった。ジャンヌに続いてアレンもレイを説得しようと試みている。

「レイ。俺達は、確かに過ちを犯している。でも……もうそれは繰り返させない。そう信じているから!俺達はもうそんな事はしない!」

アレンの目は真剣そのものだった。本気でレイに訴えかけているのだ。

だがレイはそれに一切応じようとはしない。呆れた様子でレイはジャンヌ達に言った。

「そんな言葉なんていくらでも並べられます!そうした事を分かった上で、僕は貴方達に利用されていたんだ!そんなのに納得なんて出来ませんよ!!」

それでも、レイは反抗した。とはいえ、結局、彼はツヴァイに乗る運命。そうある事に、変わりはないのだが……

「分かりました。ツヴァイは預かります。その上で貴方達をセイントバードへ送りましょう。」

せめてもの情けと言うべきか。招いたのは彼女だ。ならば、それ相応の対応をするのも当然。

 やがて、レイ達はそのままMSデッキに降りていった。その様子を、静かに見送るクルー達。この時、アイリィが言った。

「リルム、元気でね……!」

静かに、手を振る彼女を見て、リルムも静かに、手を振り返した。この場で友人同士になった彼女達の、しばしの別れが訪れたのである。

「ジャンヌ、あれで良かったのか?君の意図は理解出来るけど、あれではあいつに不審を抱かせるだけだ。」

と、聞いた時、ジャンヌは言った。

「彼が私達に対して不穏を抱いているのなら、綺麗な言葉を伝えるよりは、その真実を述べた方が良いのです。彼も、今まで様々な経験をしていると考えられます。その中で上辺だけの言葉が通じるとは思っていませんわ。ならばどう捉えられようとも、私の意図を、伝えた方が最終的には理解を得られると思うのです。」

「でも、利用されたって考えは余り好ましくないんじゃないか?」

「真相を知り、それを受け入れるまで時間を要します。下手に誤魔化す事は、彼には通じません。例え、よく思われなくても、それは構わないのです。心地良い言葉を聞かせる事が、円滑に物事を進めるとは限りませんもの。」

都合の良い事を述べる事が良いとは限らない。特に、レイのような少年の場合はその真相を伝えた方が良いと、彼女は考える。

 それは、何事に於いても該当する事であるかも知れない。人は都合の良い事実ばかりを知りたがる。そして、不都合な事を知りたいとは思わない。それは人が生きていく上での防衛本能に該当するかも知れない。

 しかし、知らなければならない事をひた隠しにして生きる事は、結局は誤魔化しに過ぎない。綺麗事を述べた人生を生きて、最終的に利用されたと知るよりは、最初からその真実を知った方が良いのだろう。ジャンヌは、レイに対してそのように考えていたのだ。

 

 

 

 やがて、シュネルギアからは小型の輸送機が発進された。それを操るのは、アステル兵だ。後部座席に二人の少年と少女が乗っている。無言で輸送機を発進させる、兵士。その間、レイとリルムは言葉を交わす。

「本当に久し振りだね、レイ。無事で良かった……」

「それは僕の台詞だよ。リルムも無事で何より……」

互いの無事を確認する。互いに戦争の恐怖と戦い、今に至るのだ。レイはデスゲイズに殺されかけた。リルムも、アステル家の強襲に巻き込まれた。互いに無事であるのが、奇跡と呼べる状況だ。

「でもね、レイ。ジャンヌさんの言葉は、分かる気がする。」

「え……?」

リルムの口から出た言葉は彼を動揺させた。

「確かにレイには会いたかった。ずっとそう思ってた。でもね、あそこにいる人達は決して悪い人達じゃないよ。どうしてさっきあそこまでして拒んだの?まるで、レイが意固地になってるみたいに見えた。」

それは、ココットにも言われていた言葉だ。今のレイは動揺しているだけ。

 確かにジャンヌはレイをある意味、利用している。ツヴァイを乗る事を選ばせたのは彼女。とはいえ、その力がなければセイントバードを守れなかったのは、事実だ。

「意固地じゃないよ!あの人達は僕を利用しようとしているだけなんだ!そんなのに巻き込まれるぐらいなら、僕はセイントバードの為に戦うのみなんだよ!それだったら、いっそツヴァイなんて乗らなきゃ良い……でも、僕があれに乗らないとセイントバードの皆を守れない……リルムも……」

揺れる、レイの心。それは、ジャンヌへの捉え方を変える事で変えられる事なのかも知れないのだが、今のレイには見出せない事だった。

「ねえ、レイ。セイントバードって、どんな所なの?」

まるで話題を変えるように、リルムが言った。

「色々な人が居る所だよ。僕も最初、あの人達に助けられた。まさかあそこにリルムを招く事になるなんて……」

「色々と重なるけど、レイが一緒なら、大丈夫だと思うよ。」

「うん、ありがとう……」

彼女との再会。それは、喜ばしい事だ。だが一方で、複雑な心境でもある。レイは嬉しさを感じる一方で、ジャンヌに言われた言葉が引っ掛かってしまう。

 

――――――――――――私達は本当に平和を望んでいます―――――――――――――

 

平和を望んでいるのは本当なのだろう。だが、その平和の為に、自分は利用されているのか。しかし彼女が与えた力を使わなければ何も守れない。彼の心は、揺れるばかり。

 以前ヴァイダーガンダムが襲撃してきた時も、レイは一度力を使う事を拒んだのだが、結局彼は力を行使する事を選び、今に至る。ツヴァイは、セイントバードチームや、ヒパック村を守った。だが、ジャンヌの操り人形のような扱いになる。それは、彼にとっては不快とも言える感触だったのである。

 

 

 

 シュネルギアの兵士により、彼等はセイントバードに戻って来る事が出来た。最も、リルムにとっては初めての場所であるが。輸送機から彼等を下ろした後、兵士はすぐに輸送機を発進させた。

 MSデッキには、シンをはじめ、多くの人達が彼等を待っていた。その中にエリィの姿もある。レイが先に降り、次いで、リルムが降りて来た。

「おかえりレイ君……あれ?この子は……」

エリィはリルムの姿を見た。リルムも、エリィの姿を見る。互いに、既視感を感じていた。

「あれ……この人って……」

どこで会っただろうか?思い出す、両者。

「あ!」

互いに声が出た。思い出した。故郷、モントリオールでレイとモークと、三人で帰っている時に会った、家庭教師としての、エリィ。そのスタイルの良さに釘付けとなっていたモークと、リルム。

 その時の家庭教師が目の前に居る。一体、どう言う事なのかと、リルムは考えた。

「レイの家庭教師の人……ですか?え……どう言う事……?」

一方のエリィはリルムの顔に既視感があった。リルムと同様に、家庭教師としての彼女の姿を見られた訳ではなく、写真を通してリルムの姿を見た事があったのだ。

「ああ!貴方がリルムさんかぁ!そうだ!思い出した!ジャンヌさんが保護してくれていたのよね!」

エリィはリルムの事をおぼろげだが知っている様子だ。この事が、彼女を困惑させる。

「えと……と、とにかく事情を説明しないと……」

両者を知るレイは、状況の把握をする為に説明を行った。

 リルムはアステル家に保護されていた事。そして、エリィはリルムの事を知っていた事。リルムは、エリィの事を家庭教師のメディナと思っていた事。それらを要約して、レイは伝えた。

「じゃあ、あの時の家庭教師のお姉さんが、この戦艦の艦長さんって事なんですね!?」

驚愕する、リルム。まさかの出来事だった為、思わず口元を手で覆ってしまった。

「そうなの。色々と事情はあって、ややこしいんだけれど……でもアステル家に保護されていた筈なのに、どうしてここに?」

「レイが、連れて来てくれたんです。」

「レイ君が?」

事情を聞こうとする、エリィ。

「アステル家は新生連邦に襲われたんです。その際にリルムは怖い思いをしました。だったら、今はセイントバードで一緒にいた方が良いって思ったんです。」

「けど、セイントバードだって安全な場所とは言えないよ?」

この質問に対して、レイは躊躇う事なく、言った。

「リルムは、僕の彼女ですから。」

この台詞が、勇ましく聞こえた。危険とか、そう言うのを関係なく、レイはリルムを守りたいと言う気持ちが強かった。それは、自分の大切な人という認識が、強く強調されていたからである。

 この言葉に、クルー達は騒然とした。まさかレイのような少女のような少年に、リルムという恋人が居るという事に、驚愕した為である。

「それなら、言う事はないかな。」

と、エリィは何度も頷いた。

「とりあえず、部屋を用意しないとね。二人は一緒の部屋が良い?」

と、言い出したエリィ。それを聞き、レイは顔を赤めた。

「えと……!?」

「冗談だよ。流石に配慮しますから。」

どこか挑発するような言葉を発するエリィ。この言葉にレイは頬を膨らませた。

(意地悪……)

ある意味、それは彼女なりのレイへの嫉妬の表れなのかも知れない。だがそれを分からないレイは、エリィを意地の悪い女と認識していた。

「あ、そうだ。あれだったら、オスロに着くまでに皆にリルムさんの事を紹介したら、どうかな?」

エリィが気を利かせるように言った。リルム自身も初めての環境であり、不安も多いだろう。エリィの、せめてもの良心だ。クルーの事を知ってもらおうと、考えていたのである。

「みんなそれぞれの部屋で待機しているから、一緒に行きましょうか。敵もいなさそうだし。」

「は、はい……」

リルムは緊張している様子だった。シュネルギアの時点でも、アイリィ以外とは殆ど交流出来ていない。だが、エリィはこのように、社交的だ。その違いを、彼女は感じていたのである。

 前と違い、今はレイという幼馴染であり、恋人がいる。それは、今のリルムにとってはありがたい存在と言えたのだ。

 

 

 

 それから二人はクルー達の挨拶に回った。部屋でくつろいでいた者や、自身の作業をしていた者など、様々だ。皆がリルムの存在に関心を抱いている。何せ、レイの恋人と呼べる人間がここに居るのだ。無理もない。

「へぇ、レイやるじゃん。その子、アステル家に保護されてたって?」

「二人とも女の子みたいだからお友達って感じネ。」

ガーストと、プレーンが言った。

「レイの恋人の少女……か。宜しくな。ここのMSのパイロットをしている、ネルソン・アルビュースだ。」

ネルソンが、言った。この時、リルムは少しばかりネルソンに対して怖い印象を抱いたという。

「レイの幼馴染で恋人?」

「お前、顔に似合わずそんなのいたんだな。」

ゼオンとエレンが言った。

 このように、皆がレイに恋人がいる事に対して驚いているのだ。様々な反応をされ、レイは戸惑っていたりもしたが、リルムと共に時間を過ごす事が出来る事に、喜びを感じている。

 こうした人間達の姿を見て、比較的温厚に接してくれる者の多さを感じたリルムは、ここに居る事に対し、躊躇いを感じる事が、次第に薄れていったのだった。

 

 

 

 だが、ネルソンはエリィを呼び出し、話をしていた。メンバーが急に二人も増えた事についてである。一人は、メナン。もう一人はリルムだ。二人とも子供。特にメナンは幼女だ。これからの事を考えると、不安を抱くのは当然と言える。

「セイントバードは託児所ではない。まさか二人、人員が増えたと思えば子供ではな……」

ネルソンの部屋にて、彼と話をしているエリィ。

「けど、放っては置けないですよ。メナンちゃんの事も、リルムさんの事も。」

「それは分かるのだが……」

ネルソンは腕を組み、悩んでいる様子だった。

「セイントバードは軍じゃないんですし、保護したりするのも大切でしょう?」

エリィの言葉に、戸惑う様子のネルソン。

「我々は今後の事も踏まえて、オスロに行って機体の強化等を済ませなければならないし、敵と交戦する機会が増える中で非戦闘員ばかり増えてもな……」

その事情は、分かる。既にゼオン達を含め、合計四人が居る状況だ。彼等は、保護されている立場の人間だ。レイ一人ならまだしも、他の人間がどのように動くのかは分からない。

「子供達を人員として見做すのは違う気がします。大尉は医者でしょう?例えばお金にならないからって目の前で苦しんでいる患者さんを見捨てたりするんですか?それと、同じ事だと思いますけど。」

それが、エリィの優しさだ。彼女は見捨てない。無論、ネルソンもだ。しかし事実、即戦力となる人員が不足している状況で、保護される人間を入れるばかりなのはセイントバードとしても大変な状況と、言えるのである。

「それは、分かっているが……改めて艦長に言われると、悩む所だな。」

「悩む必要なんてありますか?目の前にいる人を皆で救う事を考えるのって大切だと思うんですけどね!人員が大変なら、それ相応に動くまでです!」

その言葉が、ネルソンを安寧の表情に変えた。エリィの言葉に、心動かされたネルソン。

「やはり、貴方には叶わないな。優し過ぎる。だから皆が付いてくるのだろう。その器は大切なのだろう。」

「自覚は、ありませんけどね。」

「意識して出来る事ではないよ。天性のものだろうな、貴方の場合は。」

この表情が意味するもの。それは、エリィの言葉を受け入れるという事だ。幾度か互いの意見は食い違う事があったが、結局はエリィの意見が通っている。それは甘さなのかも知れないが、結果的に良い方向に向かっている。なら、今回もそれを信じるのみと、彼は感じていたのである。

「あと、個人的に気になるのはレイがジャンヌ嬢と話をした時にどのような対応だったのか……だな。」

「あの子と、あそこはちょっと一悶着ありますからね。けど、あんまりこちらから聞きすぎるのも酷な話だと思いますよ。どの道、近い内に向こうから連絡は来るでしょうし。あの、ガンダムが再び現れたという話が出たのなら……」

「それに備える為にも、我々は早くオスロへ行かなければならんな。」

ヴァイダーガンダムの存在は彼等にとって大きな存在だ。ロンドンを壊滅させたジェノサイドの悲劇。彼等なりに、あの悲劇は決して繰り返しては行けないと、考えている。それはアステル家のスポンサーとして赴くという話は関係ない。強大な敵に立ち向かう為の、一員として言っているのだ。

故に、全力強化は必須だ。ツヴァイは勿論、セイントバード自体の戦力も、増強しなければならないのだ。

 

 

 

 レイとリルムは各部屋を回っている。レイが、彼女の事を紹介しているのだ。リルムの事を見て、幸い皆が好意的な姿勢をとってくれている為、彼女にとってもセイントバードは居心地が良い環境になり得ると考えられた、その時――

「レイ!あのさ――」

スバキが顔を出した。彼女は、レイといるもう一人の少女の姿を見て、ふと、立ち止まる。誰なのだろうと、興味を抱くスバキ。レイとの距離の近さに興味を持つ。

「スバキ!ああ、リルム。紹介するね。スバキ・シンドウ。日本で知り合ったパイロットなんだよ。」

と、リルムはスバキを紹介された。初めて見るスバキの姿に緊張しつつも、リルムは挨拶をする。

「ど、どうも……」

「えと……ああ!そうだ!お前がここに戻って来た時に言ってた女の子だよな!聞いてるぞ!幼馴染なんだよな!へぇ、可愛いじゃないか!よろしく、ね!」

スバキはリルムを素直に褒めた。同い年の少女同士。一方は戦場を経験している。もう一方は、今まで戦場を知らないでごく普通に育った少女。それも、レイと同郷の人間。その二人が並ぶという事は、レイにとっても予想外であり、不思議な光景と言えたのだ。

 スバキはリルムに握手を求めた。それに応じる、リルム。このような性格は、以前のスバキならば考えられなかった。何故ならば、以前のスバキはレイに対しても冷たく、そしてどこか殺気立っていた。全ては、新生連邦によって為された事。だが今は違う。セイントバード所属だ。環境がこれ程、人を変えるというのだろうか、或いは本来の彼女の性格なのかも知れない。

(僕と会った時と全然違う……これが、本来のスバキなんだ。多分。)

レイはどこか、笑みを浮かべた。知人同士が仲良くしている姿は、どこか嬉しさを感じるものである。

「レイの幼馴染って事はさ、私と同い年なんだよな!」

「あ……えと……う、うん!」

“同い年”と聞き、リルムは丁寧な言葉を話すのを、止めた。恐らく相手も、それを求めていると察した様子だった為だ。

「なんか、この艦同い年がどんどん増えるな!エレンも十五歳だろ!レイ、お前人を引き寄せる“何か”を持ってるよな!」

そうかも知れない。レイは多くの人間を引き寄せている。スバキを始め、ゼオン、エレン、メナン、そして、リルム。彼はセイントバードに沢山の人間を招き入れてきた。その上で、ヒパック村のメンバーとも交流してきた。スバキの言うように、レイには何か、人を巡り合わせるものを持っているのかも知れない。それは何なのかは、不明であるが。

「どうだろうか……特に、考えた事はないや……」

困惑する様子のレイ。

「あー!れいかえってきた!おかえりれい!」

更に、そこへメナンが駆け寄る。相変わらず特徴的な言葉を発する、メナン。帰って来たレイの足元に抱き付き、懐いている様子だ。

 レイはメナンの頭を優しく撫でる。その姿も、リルムから見れば初めての光景だ。そして、彼女はいつしか離れている間にレイが成長しているような、妙な錯覚に陥ったのである。

「レイ、本当に色々とあったんだね……」

リルムは最初、困惑続きだった。だが、レイがこの艦のメンバーと仲良くしている姿や、目の前のメナンに優しく接している姿を見て、モントリオールで見てきた、幼馴染の彼の姿と大きく違う事を実感した。だが、それ自体はリルムにとっては嬉しい事である。幼馴染であり、恋人となった彼の姿は、どこか、誇らしく思えるのだ。

「おねーちゃん、れいのいってたかのじょだろ!」

その時、メナンが大声で、まるで誇張するように言った。

「メナン!確かに、そうだけどさ……」

堂々と恋人関係である事を言う為、レイは最初、照れる様子を見せた。

 だが、それを聞いて一人、表情を一変させた人間が居た。この時、少女の表情に、笑顔が消えた。




第六十話、投了。

ジャンヌとの確執やリルムとの再会、そして彼等が交際していると知ったスバキはーーといったお話。
ジャンヌに対しての怒りを、ただただぶつけるレイの気持ちになった時、そりゃ怒るわなってなりましたね。
ジャンヌ・アステル。書いていて改めて思いましたが、やはり彼女は腹に一物を抱えている人物ですね……
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