機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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アーステクノロジー本社を守る為に行動するエファン達。
その中で、エファンに対するフラストレーションを溜めていたクラリスはヒースト姉妹に再会するが――


第六十一話 クラリスの決意

 

 新生連邦と国連が対立する現在。その中で暗躍する氷河族。その上宇宙には新たなる勢力、デウス残党の姿も確認された。そして少数の勢力でありながら戦争を止めようとするアステル家、戦時中でも自身の力を見せつけていくMS乗り達等……

地球圏にはこうした様々な勢力が揃っている。その中でも、新生連邦と平和国連盟の対立が主になっている状況だ。混沌とした世界情勢は各国の人々をより、不安に陥れていた。

このような世界情勢の中、エファン・ドゥーリア率いるドゥーリア隊率いるマドラ級戦艦は、アーステクノロジー社のあるギリシャ沖に配備していた。それは、エファンがジーク・アルナスへの提案により実現した出来事である。

アーステクノロジーが新生連邦へ兵器を提供している軍事企業である為に、現在の世界情勢を見ても、平和国連盟から狙われる可能性があると言う事で、彼の部隊が配置されていたのである。これは、表向きではジークの指示によって成り立っているという事になっているが、これには彼の思惑があったのだ。

アーステクノロジー社長、スルース・ディアンはエファンの顔を見たと同時に慎み深く頭を下げる。ジャンヌの側近を仮に務めていたエファンは、その独自の演技力を駆使し、スルースに対して敬意を表した。

「お会いできて光栄です。国連が武力解禁となり、我が軍に攻撃を仕掛けるようになった現在、ここアーステクノロジーが標的にされるのも時間の問題と判断し、数日間だけですが我が部隊をここに派遣致しました。」

丁寧で、尚且つ紳士的な彼の態度を見てスルースは気に入った様子でエファンに話し掛ける。

「これはどうも。エファン・ドゥーリア少佐ですね。ご活躍はお伺いしておりますよ。我が社に気を遣って頂き、我が社も大層嬉しく思っていますよ。しかし、我が社には十分な防衛部隊が派遣されています。その中でわざわざ貴官が来て下さる必要はあったのでしょうか。」

アーステクノロジーの防御は完璧と言えた。その中で、彼は堂々とした様子で、言った。

「私だからこそ、役立てるのです。」

丁寧な対応で、尚且つ異様な自信を見せるエファン。これには何かがあると思い、スルースは念を入れるように言った。

「貴方だからこそ、役立てる……ですか。随分とまあ、自信がおありの様子ですね。確認させて頂きますが、確実に我が社を守ることが出来るという、その保証はありますか。」

それに対し、エファンは素早く、明確に答えた。

「私が証拠です。」

それを聞いた瞬間、スルースは高らかに笑った。そして拍手をし始める。これは、エファンを受け入れた何よりの証拠だった。

「ハハハ!宜しいでしょう。是非お願い致しますよ。貴方のその言葉、覚えておきますからね。」

「ありがたき幸せ。あと、その代わり、一つ約束して頂きたい事があります。」

彼の言う希望に興味を示すスルース。微笑しつつ、質問に応じる。

「何でしょう。」

「私の設計したMSのデータを送ります。もし、数日の間にこの基地に敵勢力が迫ってきて、それを我が部隊が迎撃に成功した暁には、そのMSを貴社で製作していただきたいのです。いずれも、この戦況を変える程の実力を兼ね備えている代物です。」

エファンは小型のメモリーデバイスをスルースに渡した。彼はすぐに内容を確認し、デザインを見る。

彼自身が考えたMSの設計図……その言葉に、スルースは異常な興味を抱いた。

「ほう、これは……素晴らしいですね。貴方はMSデザインもされているのですか?」

エファン・ドゥーリアは自身でMSを設計、開発している男だ。その男の作り出したデザインは、上出来と言えるものがあった。だが、何故この男は突然スルースにそのような事を提案したのだろうか。

「現に、私は自身で設計し、開発に至ったMSを所持しています。今度製作したいと考えている機体は、究極のMSと呼べる機体です。これに関しても、自信はあります。」

そう言って、彼は少し微笑んだ。スルースはこの言葉をすっかり信じてしまい、笑いつつ約束した。

「分かりました。貴方を信じましょう。万が一、それが成功した暁には、それなりのフォローをさせていただきますよ。」

「ありがたいです。では、失礼します。」

そう言った後、頭を深く下げたまま部屋を後にした。自動扉が開き、その奥にある廊下へ足を踏み入れる。

しかし、再び自動扉が閉まった瞬間、エファンは先程の紳士的な態度とは一転、変わった態度を見せた。

「あれが強化モデルを作り出している社長……か。」

彼には何か考えがあるのだろうが、その考えを理解できる者などいない。軍上層部の考えを完全に無視し、独断でこの行為に及んだエファン。妖しげに笑う彼の目に映る目的とは、何なのだろうか。

又、彼自身の目的も謎のままである。何故力を持つ人間ばかりを狙い、殺害していくのか。

ジャンヌの母親であるターナを殺害し、それをアレンとジャンヌの前で明かす。その上で、ジャンヌとアレンを殺害する為に行動していた。

この後も、力を持つ人間の抹殺のために彼は動くだろう。それ程に力を持つ人間を抹殺しようとする彼は、自身のみが存在する価値があると述べている。

 

――力を有する者は私一人で良い!私意外の力の持つ存在は、全て死ぬべきなのだ――

 

この台詞が現す、エファン・ドゥーリアという人間とは何者なのか。それ程に力を持つ者を憎悪する理由は……。

ただ、彼に関してはっきりとしている事が、一つある。それはデウス動乱時、旧連邦軍のMS、ジャスティス一機でデウス軍の一個艦隊を壊滅まで追い遣った可能性があるという事だ。彗星の如く現れて連邦軍に在籍、そして戦果だけを残したこの男、謎が多い。

 

 

 

スルース・ディアンと挨拶を交わし、MS製造を約束させた後、クラリスはエファンに対して話を持ちかけた。彼が恐ろしい雰囲気の持ち主であることは心得ていたが、今回の独断はやはり納得が行かなかったようだ。

「少佐、一つお伺いしたい事が。何故そのような提案を?アーステクノロジーにわざわざ来る必要はあったのでしょうか?」

アーステクノロジーの防衛は完璧とも言える。それは、ジークにも言われた事だが、今回、クラリスにも彼はその事を言われたのである。

「新生連邦にとっての要であるアーステクノロジー。国連が攻撃を仕掛けるようになった現在、更なる防衛が必要だと提案したまでだ。中将は私の提案に乗ってくれたよ。」

「しかし、私にはその必要性が理解しかねます。」

クラリスには、理解が出来ない。防衛が出来ているのならば、別の場所へ赴任する方が良いのでは?と、考えるクラリス。それは、至極当然と言えた――

「黙れ、クラリス。」

冷淡な一言に、クラリスは思わず口を閉じた。この言葉に、クラリスはどこか、恐ろしさを感じている。

「私が正しいと言っているのだ。それで良いのだよ。お前如きが口に出す事でもあるまい。」

「申し訳、ありません……」

クラリスの内心では、怒りに満ちていた。しかし自分の心を読む事が出来るという、奇妙な力を持つエファンの前では迂闊なことを思う事すら出来ないのである。

 あえて防御が充実しているアーステクノロジーへの派遣をしたエファン。その目的は謎である。ただ、クラリスはこの男に翻弄されるばかりなのだった。

 

 

 

クラリスはMS整備等の仕事を終え、休息のつもりでギリシャ市内を一人歩いていた。集合時間までは三時間程度あったので、彼にとってくつろぐには丁度良かった。軍服ではなく、一般人と変わらない格好で街中を歩く。

彼自身、非常に疲れが溜まっていた。元々新生連邦の兵士であるのだから仕方がないことなのだが、エファンの部隊に所属して一層疲れが溜まったらしい。上司であるエファンの不満を言うどころか、思うことすら許されない状況で戦っていたので無理も無い。

そもそも、人の心を読めると言う力事態がクラリスにとって疑わしいものだった。だが、エファンは本当に人の心を見抜くのだからそれが恐ろしい。

現在、エファンは近くにいない。だから鬱憤を晴らすかのように独り言を延々と述べ続けた。

「あいつ……ふざけやがって。あいつといると気が狂いそうだぜ。何か鬱憤晴らし出来るものでもあれば……大体、何なんだよ力のある奴って……気味が悪くて仕方がねえ。意味が分かんねえんだよ!あんな奴が上司だぜ?嫌がらせかっての。なんで俺があいつの部下を……ああ、もう、邪魔で仕方がねえ……」

ただただ、彼の口からは溜息と溜め口が出るばかりである。気晴らしに市内の散歩を楽しもうにも、後3時間後には再びエファンの元に戻らなければならないと言うプレッシャーが彼を襲っていた。

「最悪だ。本気で最悪だ。あいつの部隊から離れたい。ああ、マジで!むかつくんだよ!!」

すると、近くにあった自販機に向かって思い切り蹴り始めた。その衝撃により、一瞬だが表示がおかしな事になっていた。周りで見ていた人間は、怯えるようにクラリスから遠ざかる。

「何がシンギュラルタイプだ!何がアドバンスドタイプだよ!意味分からねえ……心をよめるだぁ!?あいつ、本当に人間なのかよ!?ふざけやがって!!!」

それでも鬱憤は晴れない。彼の苛立ちは募るばかりであった――

 

「クラリス、さん?」

しかしその時だ。彼は偶然にもある少女と再会することになった。気付いたのは少女の方。少女はクラリスを見るなり近寄り、彼の肩を数回優しく叩いた。クラリスは不機嫌そうな顔で少女を見た。だが、その表情は徐々に驚きの顔に変化していく。

「お、お前……!?」

「お久し振りです。まさかここで再会できるなんて思ってもみませんでした。」

その少女の名は、アユ・ヒースト。以前にクラリスがウイングイーグルに潜入していた際、登場していたジョゼフとレイの乗るアインス空中仕様と交戦になった末に撃退され、気が付けば、彼女に救助されていた。

相手が軍人、それも新生連邦政府の人間である彼を全く恐れる様子の無い心優しい少女、それがアユ・ヒーストなのである。

「もしかして、戦いは……続けているのですか?」

その疑問は何か寂しげな所があった。彼は答え辛そうな表情を浮かべるも、正直に答える。

「そりゃ俺は軍人だからな。当たり前だろ。」

「そうですか……。」

「それより、ここはまだ戦争の被害に遭っていないのか?見たところ大丈夫そうだけど。」

「はい、今のところは……でもここもいつか戦場になるのでしょうか……。」

この言葉を聞いたクラリスは動揺した。今まで自身の昇格や手柄を立てることしか考えず、他者の命を奪うことに何の躊躇いを感じていなかった。しかし彼女の言葉により、罪なき民間人が軍によって殺されていく様子が描かれ、彼は悩んだ。

「軍のせいで死んでいく人……か。全然考えなかったな。自分の事ばかり考えていた。出世とか昇格とか。」

クラリスは、視線を落とし、言った。

「こんな風に平和に過ごす奴もいるってのに……俺達は普通にその平和を奪っている。なんか……申し訳無いな。」

「でも、それが……貴方の生きる道でしょう?」

少女にまともなことを言われたクラリスは、恥ずかしそうな表情を浮かべながら言った。

「が、ガキが一丁前にそんなこと言うんじゃねえよ……」

「そうですか……?私は良いと思いますが。」

ここでアユは微笑んだ。クラリスは先程まで、一切笑みを浮かべなかった彼女を見て安心する様子を見せた。

「あー!あんた新生連邦の!」

そこへ、アユの妹が現れた。性格はアユと正反対、言葉の一つ一つに棘があるリン・ヒーストである。

クラリスは慌ててリンの口を押さえた。ここで新生連邦の名前を出すことは、民間人から敵として見られ、最悪の場合殺害される可能性もあるからだ。現に、近くにいた人はその言葉に反応し、クラリスの方を睨みつけたのである。だが気のせいだと判断した人々はあっさりと素通りしていった。

「馬鹿野郎!このクソガキ!黙れ!」

「けどあんた!」

「はあ、相変わらずだお前。姉とは正反対だ。」

「何が?」

「性格だよ、その態度の悪さ、何とかならねえの?少しは姉を見習え!」

「何よ、私は元々この性格よ。」

「イラつくんだよ!相変わらずお前はよ!」

「健康優良児を馬鹿にするな!」

初めてこの二人が会った時も、相変わらずの会話だった。アユとリンは昔から性格が正反対の姉妹で、しとやかな姉に対し、妹は毒舌極まりない上、素直でない。それは軍人であるクラリスに対しても全く恐れる様子を見せない程だ。

「お前……分かってるよな。俺は軍人だぞ。あんまりふざけた態度するんじゃねえ。」

と、脅すクラリス。しかし――

「あっそう。」

リンの言葉は、余りに冷淡であった。まるで、相手にしている様子を見せない。

「下手したら殺すぞ!」

「それ、あんたなんかに出来るのかしら?」

脅してみるも、やはり冗談半分で応じてくる。だがクラリス自身も、この姉妹を攻撃する気にはなれなかった。それに関しては、彼にも理由は分からなかった。

「あの、突然で申し訳ないのですが、お時間はありますか?」

すると、アユが突然クラリスに暇を尋ねた。彼は腕時計を確認し、時間の余裕を確認した後に返答する。

「ああ、三時間ぐらいだけどな。どうした?」

「せっかくですから、お茶でもどうかと思いまして。」

「ああ。別に構わないけど。」

「貴方と、お話したいことがいくつかありますから。」

笑みを浮かべるアユ。

「えー、なんでこいつとお茶なんかすんのよ!?」

嫌がる様子を見せる、リン。

 この両者の正反対な性格は、クラリスを困惑させつつも、どこか安らぎを覚えていた。それは彼自身、分からないのだが、エファンと居た苛立ちの時間から去って行くようにも感じられたのだ。

 

 

 

アユに誘われ、クラリスは数分歩いた先にあった、木造の喫茶店に着く。どこか、“古風”な印象をもつ、その喫茶店。

「ここ、見た目よりも新しいんです。ここの主人の拘りでして、六年前に建設されました。ここの主人には幼い時からお世話になっていまして。」

(あんまりどうでもいいけど。)

アユに誘われ、その喫茶店の少しきしむ扉を開けた。この時、何故かリンもアユの隣にいた。彼は首を傾げつつ、中に入る。

アユが言うように、店の中を見ても、真新しさを感じる雰囲気とは言えなかった。どう見ても歴史ある木造建築の建物にしか見えない。これも、店主の拘りなのだろうか。その際、店主がアユとリンの姿を見て微笑み、声をかけてきた。

「よお、二人とも久し振り。元気かい?そっちの人方は?」

そう言って店主はクラリスの方を見た。その目つきは優しそうではあったが、奥底では何やら人を疑うような目をしている気がした。彼は気のせいだと自身を納得させるが、やはり奇妙だ。

「知人なの。」

「へえ、そうかい。」

爽やかにアユに対して応じるが、クラリスを見る時はどうしても奇妙な目付きになる。彼はこの店主を気持ち悪く感じた事だろう。

少しして、三人はコーヒーを注文した。やはりこの時も店主はクラリスを見る時だけ奇妙な目付きになる。さすがに苛立ちが募り、クラリスは店主に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、アユが世話になっている人間であることを考えると迂闊に手を出す訳には行かなかった。

「ところで、話ってのは。」

「あ、ええ……できるだけあの人に聞こえないように言いたいのですが……」

急に、アユの表情が変わる。どこか、余所余所しい。

「二ヶ月前のロンドン襲撃事件のことで聞きたい事が……」

彼女は、耳元でクラリスに言った。それに対し、彼は言った。

「ああ……あの滅茶苦茶なやつか。」

「……」

すると、リンは黙り込んだ。先程までの元気が見えない。まるで別人のように静かだ。

「実は……その事件でお母さんを……亡くしたんです。」

「な……マジか?」

突然の事で、彼は驚く。ヴァイダーガンダム襲撃によってロンドンが壊滅状態になった、新生連邦による攻撃。その波紋はこのヒースト姉妹にも及んでいたのだ。

「ええ……あの、お聞きしたいのですが……あの襲撃に……参加されていますか?」

「……参加……してねえよ……」

事実、クラリスは襲撃に参加していない。これは彼の意思でもあったのだ。あまりに非人道的過ぎるジェノサイドは、戦争とは言えない。只の、虐殺だ。

「あれは惨過ぎだ。あんな事をやりやがるなんてな……」

同じ軍の所属ではあるが、彼もヴァイダーガンダムの襲撃に関しては納得がいっていない様子だった。多くの民間人を巻き込んだ大虐殺。許される筈のない出来事は、彼自身も憤りを感じているのだ。

そう言った瞬間、黙っていたリンは口を開けた……と同時に、涙を流してクラリスに言った。

「じゃあさ!新生連邦辞めてよ!!!」

「お、お前……」

彼女の言葉はクラリスを傷付けた。自分は関わっていないとは言え、新生連邦政府に所属することそのものが罪に感じられた為である。

「もしあんたがあの襲撃に関わってたら絶対殺してやろうと思ったと思う!でもあんたは関わっていないんだね!?つまり人間の心はあるんだよね!?じゃあ連邦を今すぐ辞めて!あんな所にずっといたら絶対あんたも心無い人間になっちゃうよ!実際あんたは悪い奴じゃないんだよ!?」

既に、大声で新生連邦と何度も言われているクラリスだが、今はどうでも良かった。ただリンの悲しみを聞いてやることしか出来なかった。しかし、彼も新生連邦を辞めるわけには行かなかった。

「……こんな一言で軍のやったことが許されるわけがないのは分かってる。でも謝らせてくれ。すまねえ。」

「あんたは関わっていないんだから!悪いのは新生連邦なんだ!上層部って奴等が勝手に決めてるんだろ!あんたはそれに従ってるだけなんでしょ!?」

「リン……もうよしなさい。お母さんは戻ってこないんだから……」

「でも……でも……!」

 

ピピピピピピピピピッ

 

と、その時だった。クラリスのEフォンに連絡が入ってきたのは。余りにも悪すぎるタイミングの中、クラリスは応答する。ディスプレイには、〝エファン・ドゥーリア〟と書かれている。

「はい。」

それはエファンからの電話だった。声を聞いた瞬間、彼の表情は青ざめる。

『国連軍の機影を確認した。戦争を始めるぞ。戻れ。』

「……了解……」

そして、電話を切る。Eフォンを内ポケットに入れ、クラリスは無言のまま立ち上がった。

「あの……?」

疑問を抱く、アユ。

「仕事が入った。悪い、行かねえと。」

静かにクラリスが言った後、リンが言った。

「何処へ!?」

「決まってんだろ。今から戦争しに行くんだよ。町の人達に言っておけ。避難するようにな。」

「え、え!?そんな!急に……」

戸惑う姉妹。しかし、クラリスは止まらない。止まれないのだ。

「こっちも事情があるんだよ!!!軍人が戦わないでどうする!絶対生きろよ。巻き添えだけは食らうなよ!」

そう言い残し、店主に一杯のコーヒーの代金を払った後に彼は去った。リンは止めようとしたがそれも無駄な話だった。

「何あいつ……やっぱり軍人って……あんな奴ばっかりなの……?」

「可哀想な人なの……多分……あの人はね。」

「納得出来ない……本当に……」

親しくしている人間が自分達の母親を殺した軍の士官、そして、町が戦場になるかもしれないという恐怖が二人に重く圧し掛かった。

このような状況であればいくらロンドン襲撃に関わっていない人間であれ、新生連邦に所属している時点で憎むのは当然だ。だが彼女達は優しかった。彼の意思を理解できたからだ。しかし現実は辛く、もしかすれば親しくしている人間によってもうすぐ町が焼かれ、破壊されるかも知れないのだ。そう思うと二人は気が気でない。

「……行こう。今は避難するしかないよ。」

「……そう……かな。」

「まだお母さんの所に行くのは早いと思うし……。あと、町の人にも知らせなきゃ。戦争が起こるって。」

二人とも元気がない。リンに関しては特に。今まで以上に真剣な表情を浮かべ、姉に話し掛けた。

「お姉ちゃん。」

「どうしたの?」

「なんでさ、戦争なんてあるんだろ……人間が死ぬだけなのに。意味ない事ばっかりして何が楽しいんだか。大体……前に戦争して思い知ったんじゃないの?自分達のやってることの間違い。私、納得できないの……。」

アユには何も言えなかった。デウス動乱から五年が経過し、再び戦争が勃発した現在。平和世紀と呼ばれる現代とは全く程遠い現状になってしまった現在。デウス動乱と言う十年に及ぶ長い戦争を経験している二人にとって、新たに始まる戦争はどうしても受け入れ難いものだった。たった五年間の平和が終わるという現実を、彼女達は噛み締めた。

 

 

 

辛い表情を浮かべながら、クラリスはエファンの元へ向かう。迫り来る国連軍を迎撃する為に。

だがその途中、彼は何者かによって声をかけられた。弱々しく、声を出すのに精一杯の、様子の声の主にクラリスは反応し、その方向を見た瞬間。彼の険しい表情は笑顔へと変化した。

「クラリス……」

「お……お袋……?」

クラリスの母親がそこにいた。推定年齢は六十歳以上。皺が目立ち、年齢よりも年上に見える。だが彼の母親であることに違いなかった。それを示す特徴は、彼の母親が常につけている緑の宝石が埋め込まれている指輪が物語っていた。

「お袋……だよな?ミューノ・デイルだよな!?」

そう言うと彼の母親は静かに頷く。

「マジかよ……お袋……でもなんでここに?実家はトリノのはずだろ。」

「逃げてきたんだよ。あそこは戦場になったからね。」

「戦場に……?」

「一ヶ月にね……新生連邦が国連の基地を攻めるときにあそこが戦場になって……シェルターに逃げたのは良かったけど……何もかもが無くなってね。あるとすれば持参していた通帳だけ。幸いここには妹がいるからね、今はそこで過ごしている訳なのさ。」

「そ、そうか……」

自分が新生連邦に所属しているという罪の深さ。戦争によって母親にさえ迷惑をかけている事実。母親はクラリスが新生連邦に所属していることを知っている。それが一層彼を苦しめる。

「でもね……あんたのお陰なんだよ。あんたが軍人として戦ってくれるから、生活も出来る。あんたが悪いわけじゃないんだよ……。それは信じているからね。」

ミューノのその台詞は、どこか妙だった。

「お袋……なんか俺……申し訳ない……」

「いいや、あんたは頑張ってる……。」

そう言って、ミューノはクラリスの頬を撫でた。久し振りに再開する親子であるため、ミューノはクラリスを肌で確かめたかったのだろう。

「あぁ、やっぱりあんただ。全然変わってない。軍に入ってもあんたはそのままなんだね。」

「……あのさ……お袋。」

彼は母親と話したいことが無数にあった。しかし今はそれ所ではない。国連が迫ってきている。辛いのだが、ここで母親と別れなくてはならなかった。

「なんだい?」

「ここ……戦場になる。だからさ……避難しておいてくれ。また住む所がなくなるかも知れないけどな……。」

ミューノは数秒間黙ってしまった。せっかく新しい生活環境を手に入れたのに、再び戦争になって住居が無くなると思うとやはり精神的にも辛いだろう。

しばらくしてミューノは寂しそうに口を開けた。

「……そうかい。」

「すまない……お袋。」

「いいや、あんたは……頑張ってくれればいいんだよ。たった一人の息子なんだからね。どうか……守っておくれよ。」

「あぁ、被害は出来るだけ最小限に食い止めるつもりだ。でも絶対に避難しておけよ!貯金があれば何とかなるだろ!」

別れが惜しかっただろう。だが、彼は行かなければならなかった。

 

スッ

 

その時、ミューノは一枚の紙を渡す。

「いいか、戦闘が終わるまで開けちゃいけないよ。絶対だからね。」

疑問に思いつつ、彼は紙をポケットにしまう。そして自分の最愛の母親に手を振りつつエファンの元へ向かっていった。ミューノはそんな彼の後ろ姿をただただ見送るだけ。息子を思う母親の愛情が、彼には十分に伝わっていた。

ミューノは安心した表情でクラリスを見ていた。その安らいだ表情は、何を示すのだろうか。

 

 

 

エファン・ドゥーリアのマドラ級にまで戻ってきたクラリスはエファンの命令に従い、MSデッキにて待機となった。だがその際、彼はエファンに妙な言葉を掛けられた。

「クラリス。お前に是非乗って欲しい機体がある。」

「それは、新しいMSですか?それともMA?」

「違うな、私の開発したMS、アーヴァインに乗って欲しい。」

突然の言葉に、クラリスは驚愕した。

「あ、アーヴァインに!?冗談でしょう!?」

アーヴァインはエファンが独自に開発した大型MSであり、外見に比べて圧倒的に機動性が高く、あらゆる戦場で対応することが出来る強力なMSである。今まで何度もエファンの愛機として戦場に現れ、その圧倒的な強さを見せつけたのだが、何故か、今回パイロットにクラリスが選ばれたのだ。

「しかし何故……?あの機体は少佐が乗ってこそ力を発揮する機体では。以前もあの一機で国連の艦隊を沈められたとお聞きましたが。」

「貴様はテストパイロットとして優れていると聞いていてな。数々のMSを乗りこなし、そして生き延びてきたのだろう。これも何かの縁だ、アーヴァインを“体験”させてやろうと思ってな。」

「は、はあ……ありがとうございます。」

喜んで良いのか、そうでないのかは分からない。ただ、彼はエファンの専用機に乗る事が出来るという状況に置かれる事になるのだった。

「ただ、あの機体はパイロットに凄まじい負担がかかる。様々なタイプのMSに慣れておかないとあれは無理が生じるからな。」

「分かりました。少佐がそう仰るのでしたら、やってみます。」

エファンに対して心無い敬礼をし、アーヴァインに乗る為、エレベーターに乗った。

 

 

 

その後、彼はアーヴァインのコクピットに乗り込んだ。その瞬間、今まで乗ってきたMSとは全く違う、独特の異様な雰囲気に、不気味な感覚さえ、感じていたのだ。

「なんだ……!?こんな機体、今まで扱ったことないぞ……?」

今まで彼が登場してきた様々なMSとは何かが違うアーヴァインのコクピット。異様な空気が漂い、何もしていないのに気迫が彼を襲う。

「どうだ、その機体の独特の感覚が分かるか?」

「は、はい……奇妙な程に。」

「その機体は私が製作したMSだ。設計から製造まで、私がな。」

「全て……ですか?」

「試してみろ。パイロットとしての実力があるなら、この機体を扱えるはずだ。幸い、サイコミュ兵器は搭載していない。ただパイロットが私でない分、若干スペックは衰えるかもな。」

この、エファンの奇妙な程の自信は何なのであろうか。彼がアドバンスドタイプであるからなのか、それとも前大戦で彼の乗るジャスティス一機を中心としたMS部隊で敵艦隊を壊滅に追い遣ったことが影響するのか。謎が謎を呼ぶ男、エファン。クラリスに、緊張が走る。

「了解です。分かりました。」

と、返答した時――

「敵MS部隊、散開!」

オペレーターが伝えたと同時に、国連のMS部隊が現れた。五隻の水上艦の中から次々と姿を現すヴァントガンダム。迎え撃つのはエファン・ドゥーリア率いるドゥーリア隊。彼の指揮するマドラ級を中心に、水上艦からジョゼフやエグゼマーといったMSが次々と出撃する。

アーステクノロジーからも、私設軍隊であるディーストやディープシーが援護射撃を開始した。

やがて多数のMSが出撃する中、マドラ級からはアーヴァインが出撃した。すると、その姿を見た国連のパイロット達は若干後退したのである。

「なんだ、こいつ等、怯えてやがる……?」

見間違いでも何でもない。間違いなくヴァントガンダム全機が後退しつつビームライフルを射出しているのが分かった。

バリアーフィールドを所持しているアーヴァインは、いずれの攻撃も受け付けない。手を展開しつつ、大型ビームライフルで照準を定め、ビーム粒子を放つ。すると直撃させた一機のヴァントガンダムの装甲を打ち破り、破壊した。

そして移動するためにスラスターの出力を上げるが、それは反応が良すぎるぐらいに言うことを聞いてくれる。出力を弱めれば、パイロットが思う通りに行動してくれる。

見た目の大きさとは裏腹に圧倒的な機動性、そして見た目に合う頑丈な造り。そして豊富な武装。これ程の機体性能を持った機体を、エファン・ドゥーリアが独自で開発したことが信じられない様子でいた。

「バカな、こんなすげえMS扱った事がねぇぞ!?」

現在、この機体の機動性の高さがMS開発陣にとって高評価を受けている。だがこれ程優れた機体が一人の人間によって作られたと言うことは信じてもらえていないらしい。

クラリスは更にビームライフルを射出し続ける。威力の高いそれは直線に並んでいたヴァントガンダムを二機まとめて撃ち抜き、破壊する。

アーヴァイン以外にもエグゼマーやジョゼフが奮戦していた。だが、敵機も量産型とは言えガンダムタイプ。高性能機体であることには変わりはない。ビームライフルによる攻撃によって次々とジョゼフやエグゼマーが破壊される。

接近戦においても、ビームサーベルを抜いて迫ってくる。特攻用なのだろうか、それに応じるようにジョゼフがビームサーベルを腰部から展開した。互いのビーム刃が衝突し、弾け合うのだがその際にヴァントが右手にあったビームライフルを射出。その為、ジョゼフのコクピットに直撃してジョゼフは破壊された。

迫る国連、守る新生連邦。だがその中でも圧倒的な強さを見せているのがエファンの指揮するマドラ級だった。誰もがその、マドラ級に対し、得体の知れない気味の悪さを覚えていた。エファンが放つ独特のプレッシャーがこの戦闘域のパイロット全員を襲っていたためである。新生連邦のパイロットも影響は受けているものの、未知なる敵を相手する点においては国連が不利だった。

普通こうしたプレッシャーの影響を受けるのはシンギュラルタイプ等の力を持つ人間であるのだが、エファンはオールドタイプにも影響を与えることが出来るようだ。彼の放つ感覚は、並みの人間を遥かに凌駕しているのだ。

「なんだ……この気味の悪さは?」

「聞いたことがあるぜ。確か、シンギュラルタイプってそんな風に感じ取ることが出来るんだろ?じゃあお前も覚醒してるんじゃねえの?」

「そんなこと言っている場合じゃねえだろ……」

呑気な事を言い合う国連の兵士達。だが束の間。新生連邦のエグゼマーにコクピットを撃ち抜かれ、破壊された。仇打ちのために攻撃に向かうもう一機の兵士。ビームサーベルを抜き、特攻を開始する。それはエグゼマーを貫き、その後方にいたジョゼフも切り裂いた。だが二機を破壊した時点でアーヴァインに撃ち抜かれ、破壊されてしまう。

 

 

 

エファン・ドゥーリアが指揮する艦内では余裕の表情でエファンが艦長席に座っていた。

この時、何故か彼は常に笑みを絶やすことはなかった。それが、自軍が優勢である為かどうかは分からない。ただ、彼は笑っていた。

その時、ブリッジにこの艦の士官が入ってきた。本来であればアーヴァインでエファンは出撃し、この士官が指揮をとっている筈なのである。

「我が軍は優勢ですな。やれやれ、国連も愚かですね。こちらには貴方が居る。その時点で、勝てもしない勝負を持ち込んでくるなど。」

「確かにな。それにしても面白い。」

「何が……面白いのですかな。」

士官は首を傾げる。

「先程から国連は距離を置いて戦っているのが分かるな。何故距離を置くか分かるか?クラリス・デイルに乗せている私のアーヴァインがあるからだ。」

「あぁ……なるほど。以前少佐が国連の戦艦をあの機体で全て壊滅させた実績がありますからね。」

「まあな。だから人間とは面白い。パイロットは私ではないのに国連は怯えながら戦っている。虎の威を借りるだけで我が軍が有利になるのだからな。虎とは私、パイロットのクラリスはカカシのような存在。いくら知能だけがやたらと発達した所で、人間も犬や猫等の動物と同類で、本能には抗えない。中身は別人なのに見ただけで怯える。クク、実力があるということはこういう時に楽しめると言うことだ。さて、今回はじっくりと戦いを堪能させてもらうか。艦を前進し、敵艦が見えたらビーム砲を展開しろ。奴等もアーヴァインを見て距離をおいて戦っているだろうからな。」

自分の意見を延々と述べていると思われたが、いつの間にか指示をしていたエファン。操舵士もただの独り言と思っていたため、五秒程度、何も気付かなかった。

(それにしても奴……思ったよりあの機体を使いこなせているな。一般兵ならまともに扱うことが出来ずに大破されるか破壊されるかをされると思っていたが……やはりその辺りはパイロットの技量もあるようだ。利用……する価値はあるか。)

彼の言う、利用する価値とは何のことなのだろうか。アーヴァインを操ることが出来るクラリスを見て笑みを浮かべるエファン。その無気味な笑みはブリッジ内にいるオペレーターや操舵士にも影響を与えた。

 

 

 

戦況は新生連邦が有利だった。数で勝る新生連邦と、アーステクノロジーの私設部隊。その上アーヴァインの存在によって距離を置いて戦っているため、国連側は迂闊な攻撃が出来ない。エファンの残した虎の皮は、その存在だけで敵を苦しめることが出来るのだ。

クラリスの乗るアーヴァインは、可動式メガキャノンを搭載したジョゼフと共に砲撃を開始した。フロントアーマービームキャノンからビームを放出すると同時に、二機のジョゼフもメガキャノンで攻撃に出る。その破壊力で、国連の水上艦は一撃で破壊された。

アーヴァインを中心とした連携で、新生連邦のアーステクノロジー防衛は完璧に見えた。

アーステクノロジーからも空を飛ぶことが出来ないディーストや陸戦型ディープシーが投入されているため、基本的に防衛において問題は無かった。

だが、この状況を突如崩す者が現れた。

「少佐!六時の方角より大型の熱量を感知!!」

「何だ。どこの所属か分かるか。」

「これは……分かりません……。アンノウンです。ですが、五つ、確認しました。こちらに向かってくるのが分かります。」

「手厚く迎えてやれ。万が一危機的状況に陥ることがあれば、私がジョゼフで出る。」

新たなる敵の出現と言う状況で、余裕の笑みを浮かべるエファン。それも彼の強さの証なのだろうか。

そう言っている間にも、大型の熱量は近づいてくる。国連の水上艦隊は大打撃を受けており、新生連邦が数で勝っている状態だ。だが、仮に新たなる敵が仮に国連の戦艦だとすれば、その状況は一変する可能性が高い。

増援部隊が迫っている方角は、アユたちの住むギリシャの町を含んでいる。万が一、戦艦が国連のものだとすれば確実に戦闘で町が焼かれ、アユ達の住む場所が無くなってしまうことになるのだ。エファンは戦場に出ている全員に今の状況を告げる。

「六時方向より増援を確認した。各員、警戒を怠るな。」

そう言ってエファンは通信を切った。それを聞いた同時にクラリスは唖然とした表情を浮かべる。

「六時方向から増援だと……馬鹿な!?あっちは市街だぞ!」

「どうなされましたか。」

「敵を止めるんだよ!俺に続け!」

そう言ってクラリスは敵増援の方向にアーヴァインを動かした。それに続く、ジョゼフに乗る新生連邦兵。

「命令は受けていません!勝手な行動は許されませんよ?」

「俺等が代表して増援に対処しようと考えているんだろうが!それの何が悪い!あいつ……いや、少佐もそれぐらい分かってくれるはずだ。じゃ無かったらこんな機体寄越さないぞ!」

独断ではあるが、ある意味、正しい判断でもあった。強力な機体に乗る分、それ相応の戦いをしなければならないと考えるのはヒースト姉妹を思ってか、あるいはお袋を思ってかは分からなかったが、とにかく彼は今、行動をしている。彼にとって、町が戦場になる事は絶対に防がなければならない事だった。

 

 

 

増援部隊は着実にアーステクノロジーへ向かっている。国連軍空中戦艦ティアマット級。最新鋭の戦艦であるそれは攻撃性を重視して製作された。今までの水上艦は新生連邦の猿真似でしかなかったために、この空中戦艦には力が入っているのが分かる。

ただ、攻撃性に重点をおいたため、打たれ弱い弱点がある。また、MSの搭載数も水上艦より充実している。

ティアマット級からヴァントガンダムが数機発進した。何故かいずれも大型のバズーカを持っている。緑色のカメラアイが妖しく輝き、アーステクノロジーへ向かう。

だが、それを阻止するためにクラリスの乗るアーヴァイン率いるMS小隊が増援部隊に向かってきた。

「やらせるかよ!行くぞ!各機!俺に続け!」

彼について来ているジョゼフは三機。アーヴァインがビームライフルを撃つと、それに続いてジョゼフも射撃を行う。連続射撃を受け、二機のヴァントが破壊された。しかしその直後、一斉にヴァントがバズーカを放出した。実弾をビームライフルで撃墜を試みるが、数が多すぎるため、撃ち続けてもあまり意味が無い。

その最中、ティアマット級のブリッジはアーヴァインの存在に恐怖を覚えていた。

だが、たった一人動じない人間が一人。士官である。

「たった四機か。我々もずいぶんなめられたものだな。」

「しかし、あの機体……我が部隊の水上艦十隻を沈めた機体ですよ?」

オペレーターはアーヴァインの存在に焦っていた。エファンの恐怖が、彼にも伝わっているのだろう。しかし国連の士官は焦るどころか、笑っていた。

「やられたのは所詮水上艦だろう。この最新鋭艦、ティアマットが簡単にやられると思うか?攻撃性に優れたこの戦艦を、なめてもらっては困る。」

まるでそれは、アーヴァインのパイロットがエファンではないことを見透かしているようにも見えた。しかし、それでもオペレーターの震えは止まらなかった。

「どうした。そんなに怖いか。」

「いえ……違います。何故……我々は戦争をしているのでしょうかと思いまして。」

急なオペレーターの言葉に、士官は驚いた様子でいた。

「それはどう言う意味だ。」

「本来国連のこうした武力はあくまでも自衛の為に存在するはずです。それなのに襲撃の為に武装を強化するなどおかしいですよ!平和国は元々平和主義を唱えているはずでしょう?でもこれではもはや平和主義ではない!ただの名前だけです!」

若いオペレーターの意見は士官の耳に入った。そして士官は静かに口を開く。

「これも、議長の意向なのだ。議長の言うように、平和主義などもはや形に過ぎん。我々は兵士なのだ。戦う事だけを考えろ……。」

オペレーターはそれに対して静かに頷く。士官の表情は、先程の余裕の笑みではなくやや俯いている様子だった。

「とにかく、今は攻撃あるのみだ。そもそもの元凶は奴等新生連邦。制裁を受けるべきなのは奴等なのだ。さて、ミサイルに混じって妨害電波装置を発射しろ。」

咄嗟に彼は指示を与えた。その直後にティアマット級からミサイルが多数発射された。

 

 

ミサイルが迫る。その中、クラリスは軽くそれらを避ける。が、その瞬間。突然モニターに乱れが生じた。

「なんだ!?おい、応答しろお前ら!」

部下に対して連絡を試みたが、電波が乱れていてノイズが生じている。

クラリスはコクピットを思い切り叩き、単独で行動することしか出来なくなってしまった状況で一人、戦うのだった。

「妨害装置か!いつの間に……あいつら、所詮は形だけの平和主義かよ!ふざけんじゃねえって!」

国連に対して怒りをぶつけるクラリス。電波が乱れている中、彼の率いる一機のジョゼフは可動式ビームキャノンを放出した。独断の行動だったのだろうが、その攻撃は軽々と避けられ、バズーカを放たれる。回避を試みるが、他のヴァントもバズーカを放っており、ジョゼフは回避に間に合わず破壊された。

「ああ!ク……クソ……」

更に、ティアマット級はビーム砲を展開しようとしていた。不利な状況が、続く。

「各砲座、発射用意!」

「発射しろ。奴等を仕留めるのだ。」

エネルギーが凝縮され、一気に光が放たれる。無数のビームが一斉に襲い掛かってきた。アーヴァインはバリアーフィールドを展開し、これを打ち消す。しかしジョゼフは回避に間に合わず、破壊された。残るジョゼフは一機のみである。

「クッ!さすがに不利か?」

電波が乱れ、連絡もまともに取れない状態で戦っているクラリス小隊。増援を願いたい所だが、これもノイズのせいで伝えられない。離脱しようにもこの戦闘域の突破を許してしまったら余計に不利な状況になる。

「く、どうすれば……」

闇雲にビームライフルを撃つジョゼフ。その内数発はヴァントのコクピットに直撃して破壊されるのだが、反撃にヴァントがバズーカを撃ってくる。その上ティアマット級の脅威までいる。危機的状況の中、彼は困惑し続けていた。

その時、更に悪い事に最後のジョゼフがヴァントのビームサーベルによって切り裂かれてしまったのだ。脆くも散っていくジョゼフ。それを見た時、彼に迷いはなくなった。

「野郎!一人でもこいつらぐらいやってやる!!!」

部下を失い、たった一機でもやり通そうとするクラリス。アーヴァインはフロントアーマービームキャノンを放出した後、背中の実弾キャノンを何度も放出した。

それらの攻撃を避けつつ、ヴァントはミサイルを放出してきた。実弾に対するシールドを搭載していないアーヴァインはこれらを避けるか撃つしかなかった。ビームライフルで撃ち落せるものは撃ち落とし、把握できないものについては見えた瞬間に避けるしかない。

だが、運悪くミサイルの内の一つが左脚部に直撃してしまった。頑丈な装甲のため、支障はなかったが装甲が剥き出しになってしまった。

「あぁ!やばい……頼む!他に増援は来ないのかよ!」

あくまでもエファンの機体であるため、傷をつけると言うことは厳しい処分が下ることは間違いなかった。だが今彼は、アーステクノロジーに侵攻させまいとたった1機奮戦する。

増援に関してだが、数機は援護に向かおうとしている。だが、電波の状態が余りにも酷く、連絡が取られないまま先程のジョゼフ同様、破壊されるといったパターンが多いのだった。

「どうやらたった一機で水上艦十隻を沈めたという話はガセのようだな。」

「そのようですね。」

「構わん、相手にするな。このまま突っ込め。やはり電波妨害装置の存在は成功だったな。」

アーヴァインの存在を恐れなくなったティアマット級三隻はアーステクノロジーへ前進を開始する。アーヴァインはこれを阻止しようと試みるが、ビームサーベルを持ったヴァントガンダムが彼の邪魔をする。

ふと、クラリスは地上を見た。そこには先程の綺麗な町の姿は無く、この戦闘で破壊されたと思われるMSの残骸が確認できた上、ミサイルやビームライフルの攻撃を受けているのもあってか、既に焼け野原になってしまっていた。

これを見たクラリスは自分のやっている罪の深さを反省した。そして国連に対し怒りを露にし、ビームサーベルを抜いて白兵戦を持ちかけた。

「クソが!クソがぁー!!!お前らが来なかったら今頃はぁ!!!」

アーヴァインのビームサーベルは出力を上げ、ヴァントに容赦無く襲い掛かる。

「何だ!?うわああああ!」

ビームサーベルはヴァントのコクピットを貫き、空中で大破した。実際、こうした自分の行為も町が焼け野原になった原因の一つなのだが、今はアーステクノロジーを防衛するのが任務。元々国連が襲撃してこなければこのような事態になる事は無かったのだ。

 

 

 

この状況に危機感を抱いたエファンは立ち上がり、副長に対して一言、言ってからブリッジを後にした。

「指揮を頼む。私はジョゼフで出る。奴の助けになってやらないとならんのでな。」

エファンは真っ先にデッキへ向かい、ジョゼフに搭乗した後出撃した。目指す場所はクラリスが今戦っている空域である。

「やはり油断していたからか……。各機、少佐の援護に迎え。ただ、回線の状態が悪くなっているらしい。それには気を付けるように。電波妨害域に入れば各自の判断で行動しろ。」

通信を伝えた士官。次の瞬間に数十機のエグゼマーやジョゼフが動いた。ティアマット級の脅威に対し、行動する彼等。だが電波妨害領域は、彼らにとって脅威となっているのであった。

 

 

 

アーステクノロジー後方より迫るティアマット級艦隊。それらを防ぐ増援としてエファンが迫る。妖しげにモノアイを輝かせるジョゼフ。まるでそれは獲物を狙っているようでもあった。通常の兵士とは比べ物にならないスピードですぐに辿り着き、バズーカを所持しているヴァントの前腕部を、所持しているビームサーベルで切り刻む。

「なんだ!?新手……?」

「フン。」

次の瞬間、ビームキャノンで、ヴァントのコクピット諸共撃ち抜いた。その時、背後に敵の姿を察知した彼はジョゼフの右腕部を横に開き、脇の間から後ろに向けてビームライフルを放出した。不意打ちだったため、ビームライフルはコクピット直撃し、破壊された。

他のジョゼフと違い、不気味な程恐ろしく動くそのジョゼフはまるで別の機体の機体にも見える。

「なんだあの機体は!?動きが違いすぎる……予測できない……」

必死にバズーカを連射する国連部隊。だがそんな攻撃などエファンに当たる筈が無い。

「必死だよ、お前等は。」

そう言った直後、側腰部からビームサーベルを抜いたジョゼフ。白兵戦を挑むつもりだ。その為にヴァントも腰からビームサーベルを抜く。そしてジョゼフに向かって突撃するのだが、いずれも軽やかに回避され、そして擦れ違い際に切り裂かれてしまう。どれもが的確にコクピットを狙っており、挑んだ全てのヴァントが破壊された。その数十機である。

「な……なんだあの機体は……新生連邦の量産機じゃ無いのか?」

「形式番号NFMS-990……間違いなくあの機体はジョゼフです!しかしあの動きは……既に我が軍のMSがあの機体に十機破壊されています!」

「化け物か……?」

その姿に国連の誰もが目を疑った。そして次の瞬間。ジョゼフは再びメガキャノンを展開してブリッジ目掛けてビームを放出。それにより、そのティアマット級のクルー全員が死亡。ティアマット級も爆発炎上して地面に落ちていく。

「切るよりは撃つ方が得意だがな……それにしても他愛の無い。」

そう言い残して、彼のジョゼフはクラリスのアーヴァインの元へ向かう。

 

 

 

他者との連絡が取れない状況で苦戦するクラリス。ビームはバリアーフィールドジェネレーターで防ぐことが出来るものの、バズーカ等の実弾射撃は防ぎきれないため、避けるしか手段は無い。

その時、一機のジョゼフが彼の前に現れた……と同時にビームライフルを連射し始めたのだ。何者かを確認したかったが、電波が酷いため回線を開くことが出来ない。

「なんだあいつ?庇ってるつもりか。」

だがその機体の異様な動きに次第に気付いていく。明らかに素早く、敵の攻撃は全て避けている。そしてすれ違い際にビームサーベルで切り裂く。大体この戦法で六機をクラリスの目の前で破壊した。

「え……ええ!?あんなパイロット居たか?いや、まさか……あいつか?」

これ程奇妙で軽やかな動きをするジョゼフなど普通は存在しない。間違いなくエファン・ドゥーリアが乗るジョゼフに間違いなかった。

「へへ、援護感謝だな。そんなに自分が作った機体が大事かよ。」

苦笑いをしつつ、クラリスの乗るアーヴァインも攻撃をする。出力の高いビームライフルを連射し、五発のうち二発をヴァントに当て、一発目は脚部に、二発目はコクピットに直撃させ、爆発した。妖しくモノアイを輝かせ、次なる獲物を狙う。その姿は国連のパイロット達に若干ながら恐怖を与えていた。

「フン、既に破壊されて死んでいると思ったが……意外としぶといな。アーヴァインの性能なのか、はたまた奴の実力か……」

見下すようにアーヴァインを見た後、エファンのジョゼフは単機で敵陣へ向かっていった。それを追いかけるようにクラリスもアーヴァインを動かす。

エファンの活躍もあってか、ティアマット級の部隊は壊滅的ダメージを負っていた。必死にバズーカで応戦するヴァントだったがそれらももはや無意味。軽やかなステップで回避運動を行うと同時に、擦れ違い際にビームサーベルで切り裂いた。近接攻撃は命中させやすいため、ビームライフルを撃つよりも簡単に敵を破壊できる。白兵戦は苦手らしいのだが、そうとは、全く思えない、動きだった。

「終わりだな」

 

ドバァァァァァァァッ

 

次の瞬間、二隻目のティアマット級に対して再びビームキャノンを放出した。ビーム粒子はブリッジ諸共ティアマット級を撃ち抜き、爆発炎上した後に崩れ落ちていった。

これを見た最後の一隻は撤退を開始する。

「撤退だ!これ以上の損害は認めん!」

ティアマット級は撤退を開始した。同時にヴァントガンダムも大量にティアマット級に戻っていく。これにより、後方からの襲撃を阻止する事に成功した。

その空域から離れた時、電波が回復した。その直後、エファンから無線で通信が入る。

「悪運が強いな。あの状況でよく耐えたな。」

「助かりました。少佐のおかげで命拾いしました。感謝します。」

「どうやら、アーヴァインは軽傷のようだ。上手く扱えていると見える。」

「この機体は凄いです。見た目とは裏腹に機動性が圧倒的ですね。」

「まあな。それよりも敵は後少しだ。気を抜くな。」

そう言った後、エファンのジョゼフはこの場を去る。

(心配なのは町の方だ……絶対焼け野原だ……クソッ……あいつら……)

市街地方面からの国連の奇襲により、町にダメージを与えてしまった事を心配に思う、クラリス。アユとリンの二人の住む場所を奪ってしまった罪と、何よりも母親の居場所を再び奪ってしまったと言う後悔がクラリスを包んでいた。

 

 

 

ティアマット級が撤退した時、水上艦の部隊も撤退を開始した様子だった。アーステクノロジーの防衛に成功した彼等。しかしそれと同時に、仲間同士の連絡を取れなくする特殊な妨害電波と言う新たなる兵器が登場した。

次々と帰還していく新生連邦のMSや、アーステクノロジーの私設部隊の機体達。その中には軽傷のアーヴァインの姿もあった。大型機体の為、その存在は一際、目立つ。

やがてコクピットから降りた、エファンやクラリス。この時、スルースが彼等に会う為に移動していた。

「ご苦労様です。いやあ、助かりましたよ。貴方達には感謝しなければなりませんね。」

スルースが感謝の言葉を、伝えた。

「貴社には戦前から世話になっていますからね。その恩返しでもありますかね。」

「ホホッ、良い事を言ってくれるではありませんか。」

「では……例のMS開発の件ですが。」

スルースは笑みを浮かべ、言った。

「先の活躍を見ていれば、“イエス”と言わざるを得ないでしょうね。是非、応じましょう。全面協力させていただきます。我が社の弊社と協力し、貴方の言う“究極のMS”を製作しましょう。」

「期待していますよ。」

エファン・ドゥーリアの笑みは、どこか不気味だった。スルースの笑みも不気味ではあるが、エファンの場合は、それ以上に何かを隠しているような表情を浮かべていた。

(この男、やはり独特のオーラがあるような気がする。戦闘中もジョゼフの中におかしな動きをする機体があったが……まさか。しかしこの男は指揮をしていたはずでは。)

「指揮はしていましたが、味方がピンチに陥りましてね。私もやむを得なく出撃したわけですよ。」

スルースは耳を疑った。彼の耳に聞こえてきたのが、自分の思った言葉に対する返答だったからだ。

「は……はい?」

「ですから、指揮はしていましたが、味方がピンチに陥ったので出撃したわけです。」

「あの……念のためお聞きしますが……貴方は心理関係の仕事等を勤められていましたか?」

人の心が読める人間など存在するはずが無いと言い聞かせるスルース。念のため確認を行う彼だったが、返答はこうだった。

「いいえ。」

「では何かトリックでも?」

「それより先程から何の話でしょうか。」

とぼけるエファン。スルースは苦笑いを浮かべていた。

「分かっておられる筈ですよね……。」

「だから何を。」

「率直に言いましょう。貴方、今私の心を読みましたね。」

「……」

エファンは突然黙った。黙ったまま、そして笑みを浮かべている。やがてその笑いから静かに声が漏れ出し、少しずつ声が聞こえてきた。やがて声は聞こえる程度ではなく、うるさいほどに音量が上がっていた。

「……ク……ククク……ククク……ハハハハハ!!!」

「き、急にどうしたのですか……?」

「いやあ、やはり嘘はいけませんな。貴方の言う通りですよ。私は人の心が読めるのです。不可解に思うかも知れませんが、事実です。」

「ほぅ、人の心を読める人間とは初めてですね。」

スルースの方も、最初と違って驚きは薄れていた。今日日、シンギュラルタイプといった特殊な人間がいる中、人の心が読める人間が一人や二人いたところで大したことはないと既に思い始めていたのだ。

「私はシンギュラルタイプとはまた異なる、特別な人間です。まあ、その辺りをご理解いただきたい形でこのような嘘をついたことをお詫びします。」

「いえいえ。特別な人間と言えば、新生連邦総司令もシンギュラルタイプだそうですよ。最近は本当に増えましたよね。そう言った特別な人間が。それよりも貴方は面白い人ですね。気に入りましたよ。」

「それはどうも。貴方の場合は特別な人間を〝製造〟しているのでは?」

「はは、まあそうですね……強化モデルは今後の戦争において不可欠ですから。」

「不可欠……ねえ。」

口元に指を持っていき、エファンは床の方をじっと見ていた。それを見て、首を傾げるスルース。

「どうかなさいしましたか。」

「いえ、少し考え事を。」

そう言った、エファンの表情は、どこか虚ろであり、そして、気味の悪さがあった。

 

 

 

帰還したと同時に、急いで町の方へ向かっていったクラリス。町の被害状況を確認する為の、数人の兵士の姿も一緒に見られた。

町は壊滅状態だった。MSの残骸が燃えており、先程まで平和な印象を持つ町の姿はどこにも、無い。

「ち、国連の奴等、やってくれるぜ。後方から攻めるからこんなことになるんだよ……。」

「酷い有様ですね……市民は全員避難したのでしょうか。」

「恐らくな。ん……?」

その時、クラリスはヴァントの残骸の中に何かが埋まっているのに気付いた。遠かったため最初は何か分からなかった。しかし、近くでそれを見た瞬間、凍りついたように体が動かなくなった。何せそれは紛れも無く、人間の腕だった為である。

「避難し損ねた奴か……気の毒にな……え……?」

近くでよく見ると、どの腕にはどこか見覚えがあった。じっと見て、それに触れる。やはり冷たく、人の温もりが無い。しかし間違いなく、見たことがあったのだ。そして更によく見ればその死体が服を着ているのが確認できた。その服の色を見た時、クラリスの表情は青ざめた。

「こ……こ……これ……は……お……お袋……の……」

間違いなかった。それは、紛れもなく彼の母親の腕に違いなかったのだ。死体が着ていたと思われる服の色から、それが判断できた。それが母親のものだと確認できた瞬間、目からは多量の悲しみに満ちた雫が溢れてきた。

「中尉……?」

話し掛ける兵士だが、クラリスはこれに対して怒鳴った。声にならないような叫びだったが、兵士を退かせるには十分である。

「他の所調査しろぉ!!!ぶっ殺すぞてめえ!!!」

涙も混じっているため、声が歪んでしまったものの兵士は驚く表情をしてクラリスから離れた。

彼は砂をぐっと掴み、悲しみに暮れるだけだった。多量の涙は土に染み込み、ただの湿った土となるだけだった。いつもは強気のクラリスが泣く姿など、誰が想像できたことか。兵士達はそれに関しても驚いている。だが今のクラリスにとっては軍も何も関係なかった。

「なん……でだよ……なん……で……お袋は……し……シェルターに……逃げたんじゃ……ねえのかよ……ぐぅ……」

涙が溢れる為、言葉が詰まる。先程見た優しそうな母の姿ではなく、戦争によって変わり果てた姿になり、そしてもう、この世の人間ではなくなってしまっている事を考えると、涙など止まるどころか益々、溢れるばかりだ。

「……あ……手紙……?」

ふと、戦闘に行く前に貰った手紙の事を思い出した。予め、戦闘前に軍服の内ポケットに手紙を移動していた為、そこから取り出して内容を確認する。彼にとって、生前に母親が言っていた〝戦闘が終わるまで開けてはいけない〟と言う母の台詞が気になっていたが、今は手紙を見る事に専念した。

そこには、こう書かれていた。

 

 

『どんな形でも良かった。私はあんたに殺してもらいたかった。正直な話をすれば、もう貯金も何も無かったんだよ。妹もすでに死んでいてずっと孤独だった。借金もしていて、生きてて行ける状態じゃなかったのさ。だからこのまま死ぬしかなかった。それにあんたに迷惑もかけたくなかった。でもあんたのような心は優しい人間が一般の人を殺すなんてできるわけがない。それは知っていた。だから私はこの方法で死のうと考えていたのさ。あんたが戦う戦場で、そこで死ぬことが出来て本当に嬉しいよ。本当に、今まで迷惑をかけたね。こんな親なのに仕送りもしてくれて……私は本当に嬉しかったよ。でもあんたはこれからは自分のためにお金を使うんだよ。これを読む頃には私はもうこの世にはいないからね。                                 

 私はあんたが立派な軍人にさえなってくれればそれでいい。夢だったものね。あんたが士官学校を卒業して軍人になるって。当初は反対だったけどあんたはそれを貫き通した。それは素晴らしいことだよ。この時からあんただけが私の誇りに思えるようになった。そしてこうやってあんたが戦う戦闘域で死ねるなんて……これほど親にとって嬉しい話はないよ。ありがとうね、今まで仕送りをくれて……私は本当に感謝しています。』

 

 

それを読み終えた瞬間、クラリスの目からは二,三粒……いや、それ以上の涙が溢れ出た。手紙はみるみる涙の水滴で湿っていく。クラリスの手の震えは止まらなかった。

「馬鹿野郎……戦闘に巻き込まれて、それで死んで喜ぶ奴がどこにいるんだよ……どうかしてるぞ……クソ……クソ……どうしてだよ……どうして……」

クラリスは、遺体となっている彼の母親の手を強く握った。母親を忘れたくない、今まで育ててもらった恩を返せなかった……等、今まで母親と過ごしてきた懐かしい出来事や、その中でろくに恩返しができない状態で、戦闘に巻き込まれて死んだ母親を、警告したにも関わらず、結果的に救えなかった悔しさが入り混じっていた。

「ぐ……ぅ……」

しばらくの間彼はその場所にいた。兵士たちは気遣うように先に基地へ戻った。ただ一人、彼は残された。

 

 

 

それから時間が経過した。最早、涙は枯れ果て、クラリスは泣き疲れていた。手を握りしめるのをやめ、彼は立ち上がった。もう、彼の目は悲しみに暮れていなかった。

「……お袋、悪いな。もう行くぜ。また時間ができたら墓、買って埋めてやるから……」

少し笑顔を見せ、クラリスはヴァントの残骸に埋もれている母親の遺体に向かって敬礼した。その眼は決意に満ちている。やがて遺体に対して背を向き基地へ戻ろうとした時――

「グ……ぅ……」

その時である。彼を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。だがその声はあまりに小さく、彼の耳に入ったのはある意味奇跡といっても過言ではなかった。その声に反応し、再び振り向くクラリス。

「え……」

そこにはアユ・ヒーストの姿があった。だが頭部は多量に出血しており、更に全身が炎で焦がれたような痕があった。

余りにも惨い姿のアユを見てクラリスは冷静でいられなかった。

「く……クラ……リス……さん……」

「おい!お前!しっかりしろ!」

ぐったりとしているアユを、クラリスは支えた。既に危篤状態である、彼女。恐らく、戦禍に巻き込まれたのだろう……

「ご……めんなさ……い……私……逃げようとしたのに……戦闘に……巻き込まれて……大丈夫……です……この町の人の殆ど……は……逃げました……から……」

「じゃあなんでお前はそんなに怪我をしているんだよ!?」

「リンが……戦争を止めるって言って……基地に向かおうとして……私はそれを止めようとして……その時に……上空で爆発があって……MSの残骸が落ちてきて……更に爆風が……うあっ……」

傷が痛むのか、アユは頭を押さえた。クラリスは所持していた包帯を彼女の頭に巻く。だが血が滲むだけで、出血は治まらない。

「なんて事だ……それで……妹は?」

「リンは……もう……この世にはいません……」

クラリスは泣くことも出来なくなっていた。母親が死んだ悲しみが大きすぎたと言うのもあるのだが、それ以上に無事だと思っていた二人が重傷……更に衝撃の大きさが彼を襲っていた。

「あのお転婆娘が……死んだのか……?」

「目の前でMSの残骸に巻き込まれて……」

「それは本当なのか……?本当に……?」

「あそこ……に……」

アユが指さした場所を見た時、クラリスは彼女を抱き抱え、その場所へ向かった。

 

 

少し走った場所にあったその残骸の中に、リン・ヒーストの遺体はあった。目は見開かれたままで、既に息はしていない。残骸の側で大量に流れている赤い血が、惨さと悲しさを演出させる。

クラリスは手を差し伸べて脈を確認する。やはり動かない。静止している。その時に抱いているアユを見ると、涙を流していた。

「……この子には……何の……罪も……ないのに……どうして……」

それに対し、クラリスはアユをそっと、抱き締めた。いつの間にか、彼の目からは涙が溢れていた。母親が死んだ時の衝撃が再び蘇る。

「馬鹿野郎……大人しく逃げてろって言ったのに……なんでだよ……なんで死ななきゃならねえんだよ!最期まで馬鹿だったよこのガキは……」

「それは……違い……ます……よ……」

「え?」

「この子は……この子なりに……覚悟を決めていたんでしょう……普通に……考えて……危険だと言うことは承知の筈ですよ……ですから……覚悟をしていたのは……間違いないと思います……」

途切れ途切れに、アユは口を開いた。できれば、クラリスは彼女にしゃべってほしくなかった。悲しみが余計に増えるような気がした為である。

「あの子はお母さんを失ってから……戦争という存在が憎く思えて仕方がなかったんです……だから今回の行動も……きっとこれ以上悲惨な思いをしたくないという一心で……したことでしょう……ですが……結果はこれです……やはり戦場は危険でした……私は必死に止めようとしましたが……あの子の決意はとても固く……私に……止められる……もの……では……ありま……せん……でした……」

「もう……喋るな。」

「何も知らないまま……貴方に……軍に戻って……欲しくないから……私は喋ります……」

「何言ってるんだよ……お前……自分が今どういう状況にあるか分かっているのかよ!?」

アユは虚ろな目をしながらクラリスを見て、少しだけ笑みを浮かべた。

「……はい……勿論……です……」

「だったら尚更だろうが!」

「尚更……私は……貴方に知ってもらいたいんです……」

「何をだよ!?」

苦しみながらも懸命に言葉を組み立てるアユを見ていられなかった。それがあまりにも辛く、悲しく、可哀想だったからである。クラリスの目から溢れ出る雫は止まらず、今にも果てようとしているアユをじっと見つめている。

「死んだ……この子の為にも……私は貴方のような軍人に……言いたいことがあります……きっと……どんな軍人も平和を望んでいる……と……特に……貴方はそうだと……信じています……貴方は……心優しい御方ですから……」

アユの目からも涙が溢れ出る。それを見ると余計に悲しく、辛くなり、アユの姿を見るのがあまりにも辛くなる。

「この戦争が……早く終わる事を……信じ……て……」

その瞬間、彼女の白く、華奢な腕の力が抜けた。それ以降、いくらクラリスが揺さぶってもアユが目を覚ますことは、二度となかったのである。

涙を流し、目を閉じていて、何よりも優しく温かい表情で眠りについたアユの姿は、クラリスにとっては悲しみの対象の外に何もない。

「おい……目を開けろよ……まだ言いたいことあるんじゃねえのかよ……?おい!おい!!!く……クソ……」

母親の死で枯れた筈の涙が延々と溢れ出てくる。親しかった姉妹の突然死は、彼にとって、余りに衝撃的過ぎた。

「こんな可愛い二人の姉妹も巻き込んでしまったってのかよ……ぐ……うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

新生連邦が原因となって、今回の国連との戦争が勃発した。この5年間は、表向きでは平和が続いていた。しかし……平和は突如として破られるものだ。戦争が起こったことにより、何の罪もない一般人が犠牲になることは当たり前ではあるのだが、それは許される筈のない事でもある。

新生連邦によるロンドン襲撃の際に母親を失い、以後ギリシャへ戻ってきたヒースト姉妹。だがそこで彼女達を待ち受けていたのは、あまりにも惨い現実だった。その現実はやがて彼女達の命をも奪い去った。クラリスは、自分が彼女たちを殺したと嘆き続ける。彼の悲しみは堪え切れず、アユの傍でクラリスは泣き続けた。そして、いつしか軍人という存在に疑問を問うようになっていた。

「もう……これ以上誰も死なせたくねえ……俺自身が……強く……なれれば……俺が強くなって……守る事が出来れば……!こんな事にならなかったのによぉ!!!」

涙を流しつつ呟いた言葉。彼はいつしか、この事態に陥ってしまったのは自分の弱さが原因だと更に悲観し始めていたのだった。

 このような悲劇が起きて良いものか。いや、良い筈がない。だが、彼が参戦した戦争はこうした命をも奪った。戦争をしておいて、一部の人間だけが生きておいて欲しいというのはエゴでしかないのか。戦争という行為そのものが、罪なき人の命を無慈悲に奪う。今までごく普通に生活していた人間の命をも、無慈悲に。

 クラリスは、弱かったと自分の中で認識している。その弱さ故に、姉妹を、母親を守れなかったと嘆く彼は、ただ、悲しみに暮れているだけだった。

 

 

 

彼が基地へ戻ってきたのは調査を開始してから四時間後の事だった。自分たちより階級が低い兵士たちに敬礼される中、一人しぶしぶ寂しそうに帰還し、自分の部屋へ向かおうとしていた際だった。

「随分遅かったではないか。」

彼の目の前に立ち塞がるエファン。腕を組み、堂々とした様子でクラリスを見る。

「すみません少佐……少し……一人にさせて欲しかったことがありましたので……申し訳がありません……」

言葉の一言、一言があまりに重かった。強気なクラリスの姿は、そこにはなかった。

「母親と、よく知る一般人の娘二人を失った悲しみを抱えているな。」

彼の考えている事を見通したエファンは言った。だがクラリスはあまり驚く様子を見せない。気を遣うように、とりあえず、と言った形で驚く様子を見せた。

「どうしてそれを……」

「私はアドバンスドタイプだと言っただろう。」

悲しみに暮れていたクラリスだったが、エファンの心を読心能力によって死んでいったアユ達が馬鹿にされているような気がした。歯を食い縛るが、あくまでも相手は自分の上司。逆らうことは許されない。だが心の中で憎んでいてもエファンにはそれは筒抜けである。

「それは、辛いだろうな。」

「ク……」

何を考えても、どう憎んでも、全ては彼に分かってしまう。自身の中にある悔しさや悲しさをぶつけることなど、彼には出来やしなかった。

すると突然エファンはにやりと口元に笑みを浮かべ、喋り出した。

「どうやら、お前は強くなりたいと、願っているようだな。」

エファンには彼の考えが筒抜けだ。今の彼の本当の気持ちも簡単に見抜ける。そして、クラリスは大人しくコクリ、と頷いた。

「そうか。そうか……」

内心では激しく笑っているが、あくまでも平然を保つエファン。そして、クラリスの耳元である言葉を呟いた。

「強くなりたいのなら、強化をしてみるか。」

「強化……ですか。」

「ああ。」

その言葉は彼に衝撃を与えた。その〝強化〟という意味が何を示すのかは不明だ。普通にシミュレーションを繰り返して自分の技量を強化するという意味で使っているのかも知れない。だがこの状況で考えて、エファンの言う〝強化〟は紛れもなく強化モデルのことを指した。

「強化……それは……」

「まあ、想像している通りだな。早い話が、強化モデルになってみないかと私は誘っている。」

クラリスは、最初は迷った。しかしこれまでの経緯や、覚悟を決めた事を振り返る。

 もう、自身の弱さで誰かを失う体験をしたくない……その気持ちは今の彼は、誰よりも強い。その結果、クラリスの答えは一つだった。

「強化モデルにして下さい。俺はもうこれ以上罪のない人間の、死を見たくない……俺自身が強くなれば……守る事が出来る……!」

「そうか。分かった。社長に聞いてみよう。」

クラリスは決意した。強化モデルになり、自分が強くなって一般人を巻き込まないように闘っていきたいと。

だがその一方で、エファンはずっと不気味な笑みを浮かべていた。それが何を指すのかは、やはり謎に包まれている。

 

 

 

数日後。スルースによってクラリスは強化モデルとして生まれ変わった。記憶は消されていない。死んだ母親、そしてアユとリンのことも覚えている。だが、今の彼は何かが抜けていた。

「俺は生まれ変わったんですか。」

「ああ、生まれ変わった。」

「俺のお袋を殺したのは誰ですか。アユとリンを殺したのは誰ですか。」

肝心な記憶が消えていた。本来は戦闘によって死んだ彼の母親とアユとリン。それを

今のクラリスは覚えていないのだ。その記憶だけがなくなっていたのである。

「それはお前の最も憎むべき存在が殺した。」

エファンのその囁きは明らかに嘘だ。だが今のクラリスはそれを本当の事だと受け入れる。

「憎むべき存在……?憎むべき……あ、そうか……あいつが……あのガキが……あのガキが俺のお袋を……アユを!リンを殺した!あいつが!レイ・キレスが殺した……そうですよね!?」

「ああ、そうだ。」

エファンは口元に笑みを浮かべながら言った。一方でクラリスは母親殺し全く関係のないレイを憎んでいた。強化モデルとして生まれ変わった代償は、あまりにも悲しく惨いものだった。都合の良いように強化されたクラリスは、別の意味で戦闘マシーンとなってしまった。

(レイ・キレス……成程、強化したこの男と戦わせるのも、面白そうだな。)

エファンは笑いつつも、握り拳を作っていた。これも、力のある存在を憎む彼の独特の行動なのだろうか。だが彼はクラリスを強化することで、新たに力を持つ存在を生み出している。この矛盾は一体何を意味するのだろうか。

 

 

 

 時間が経ち、クラリスが強化モデルへ変貌を遂げた事に対し、スルースは両手を叩き、笑っていた。スルース・ディアンとエファン・ドゥーリア。不気味な表情を浮かべる者同士が、同じ部屋で会話をしている。

「ハハハハハ!素晴らしいですね。自ら志願して強化モデルになるという心掛けは。しかしドゥーリア少佐。貴方は何故彼の一部の記憶を操作したのですか?」

スルースの質問に対してエファンは咳払いをして答えた。

「せっかく彼を強化するのでしたら、何らかの憎しみを抱かせた方が良いでしょう。何らかの動機、目標は行動する上での大きな機会と成り得ますからね。今の彼の場合は母親や自分に関係のある人間を、最も憎むべき存在に殺されたという事になっています。」

「ハハハ、そんな設定をしたのですか!中々恐ろしい事を思いつきますね!ドゥーリア少佐は!」

スルースの方も笑っていたが、エファンはそれ以上に笑っていた。

「その台詞は貴方に言えた事ですかね?強化モデルを多数製造している、貴方が。」

エファンは笑みを浮かべているのだが、その言葉には“怖さ”があった。スルースはそれを気にする様子もなく、話を続ける。

「強化モデルのような人間は、戦争で必要になります。シンギュラルタイプと呼ばれる人種は戦争で多大な戦果を挙げたと言われています。それを、より、手軽に扱えるようにしたのが強化モデル。」

強化モデルの研究機関の所長でもあるスルースは、持論を語り始めた。

「元々強化モデルはデウス帝国の技術です。しかし、この技術は新生連邦にも役立つ事が出来るでしょう。よく、人間を用いた実験等は倫理的な問題があると言われますが、私はそうは思いません。倫理観と言う物を大切にしていては、人は進化できませんよ。増して、戦争においては倫理観など存在してはならない物……と考えます。人道的な考えなど、戦争においては不要といえます。」

「ほぅ……」

エファンはスルースの言葉を聞き、まるで、見下すような態度を見せた。

「その上で裏社会で流通している、“特殊麻薬”は欠く事の出来ないものとなっております。特殊強化モデルは愚か、こうした強化モデルの抑制剤として我々に役立っている。“マシーン”の暴走はコントロールが必要ですからねぇ。」

スルースは天井を見上げ、言った。

「力を持つ存在が増え、戦争で有利に働く。これは我々にとって利益になる事なのです。それに、人は戦争を円滑にする為により強力に、進化をするタイミングに差し掛かっているのでは……と、私は考えますよ。」

「進化するタイミング?」

エファンは、疑問を抱いた様子だった。

「進化をするには犠牲が付き物です。それは、人の倫理観。人を改造してはいけないといった考えが、人を発達するのを妨げているのです。それさえなければ、このように、強化モデルとして人は強制的に進化出来ます!シンギュラルタイプの覚醒も必要ですが、戦争において有利に進化するにはこれが手っ取り早いのです。デウス帝国は良い技術を残してくれましたよ!但し、麻薬のコントロールは必要になりますが……ね。」

スルースの言う、人類の進化。それは力を持つ存在を人為的でも作り出すというものだった。それによって、戦争を円滑に進め、戦力を増やすという事が進化に繋がる……それが、スルースの考えだ。

「人の倫理観を犠牲にして戦争を有利にする為に力を持つ存在を生み出し、そして、人為的に進化を促す……そうすれば、戦争において優秀な人間が生まれていき、やがてはアーステクノロジーの利益に繋がる……という訳か。成程……」

エファンは指を口元に持っていき、視線を床に置いた。

「アーステクノロジーは軍事企業です。利益を追求しなければならない。しかしそれはどの企業においても言える話ですよ。」

「そうですね。利益を追求する為には必要かも知れませんね。」

エファンは、まるでスルースを睨みつけるように視線を送った。

「しかし戦争を生み出す為の人間ばかり生み出しては、それは“人類”の益になるとは思えない。」

「……?」

「貴方の仰るように、力を持つ存在が多ければ多い程、戦争だけでなく、あらゆる事に関して優位に働く事でしょう。貴方の言う、利益もその一つでしょう。」

エファンの言葉を聞き、スルースは首を傾げる。

「しかし人類全体の事を思えばそれは限界を迎えます。」

「人類全体の話……ですか?」

「そう、そして、それらを統括するには一人の、有能な存在が必要です。」

スルースは強化モデルを作り、戦争でより優位に立つ人類を作り出し、戦争において利益を出す事を目的としていた。しかし、エファンはこれに対し、“有能な存在”が必要だと言う。これは、一体何を示しているのだろうか。

「貴方は、一体何を仰っているのですか?強化モデルの話から離れているような……まあ、良いでしょう。有能な人類……シンギュラルタイプや強化モデル等、力を持つ存在でしょうね。少なくとも彼等がオールドタイプより優位に立てるのは間違いありませんが。」

「そう、力のある存在が頂点に立つのは至極当然。戦場や日常生活においても、能力がオールドタイプよりも優れているのだから。」

引き続きエファンは語る。

「だがその数が多ければやがては人類全体にとって不利益となる。その為には、力を持つ存在、ただ、一人のみが人類の頂点に立つべきだとは思いませんか?」

スルースは返答に困った。先程から力を持つ存在のことに関してやたらと口にするエファン。これも、彼が抹殺を試みる〝力を持つ存在〟が影響しているのだろうか。

「人類の頂点?よく分かりませんね。もともと人類は食物連鎖の王です。その中で頂点を決めるなど……それにそれは何の頂点ですか。スポーツ?頭の良さ?資産?頂点にも様々な頂点がありますよ。」

「文字通り、“人類”としての頂点ですよ。」

スルースにはエファンの言っていることが理解出来ない。眉間にしわを寄せ、少量だが冷や汗を掻いている。

「人類がある、一人の人間によって導かれる構図こそ、理想的な形です。新生連邦で言えばレヴィー・ダイル総司令。平和国で言えばギルス・パリシム最高議長。ですがこれらは対立しています。つまり彼等は地球圏における、人類の頂点ではない。新生連邦総司令は地球圏の統一を目指していますが、平和国連盟の存在がある限りは地球圏の統一など夢のまた夢。」

〝人類の頂点〟と言う言葉を連呼するエファン。

「勢力が存在すれば、それらは敵対しますよ。その上で我々は戦力を作ります。それが自然の流れの筈ですよ。そこに頂点なんてものは存在し得ませんよ?」

 新生連邦と平和国。現在地球圏で対立している両勢力。それらのどちらかが滅びるか負けを認めぬ限り、頂点を決めるなど、不可能な話だ。

「私はね、力を持つ存在こそが頂点に立つに相応しいと考えていますよ。」

「力を持つ、存在?」

「新生連邦総司令、レヴィー・ダイル。彼は確かに力を持っている。しかし、私の方がその持つ力は遥かに上。所詮、レヴィー・ダイル総司令はシンギュラルタイプ止まりなのです。」

「へぇ……そう言う、貴方は何者なのですか?」

エファンは、笑みを浮かべて言った。

「私はシンギュラルタイプではない。シンギュラルタイプを超えた存在、アドバンスドタイプです。」

スルースにとってそれは初耳だった。今まで人類の革新はシンギュラルタイプ、強化した形でシンギュラルタイプになることが出来る強化モデルぐらいしか力を持つ人間など聞いたことがない。だが新たに現れたアドバンスドタイプの事など、耳を疑うに決まっていた。

「ははは、それは面白いですね!アドバンスドタイプなど、聞いた事がない存在だ。興味がありますよ。」

スルースは微笑しながら言った。

「人類の頂点になる存在が必要な上で、貴方が生み出す、力を持つ存在が戦争の潤滑油となり、その戦争を続けていては、人類は文明を築いて行く事が出来ない上に、人類は進化など出来ない。私は、そう思うのですよ。」

エファンは急に語り始めた。彼が一体何を言いたいのかが分からない。

「人類の文明とはずいぶんと、大きな話ですねぇ……それよりも私は元々強化モデルの話をしているのですよ?貴方の言葉はどこかズレていますねぇ……」

大企業の社長と、一人の、アドバンスドタイプの男の会話。その、アドバンスドタイプの男が語る話は、スルースの話を大きく超えた話をしているのだ。

「貴方が生み出している、力を持つ存在は数多くは必要ない。それ以外の力を持つ人間は死ななければならない……私はそう考えます。」

「必要ない?何を仰るのでしょうか?必要だから、強化モデルを生み出すのですよ?」

「違う。力を持つ存在は不必要だ。今後、人類を導く為にはその数が多すぎる必要がない。私、一人が居れば良いのだ。」

この瞬間、彼の謎の一つが語られた。エファン・ドゥーリアが力を持つ存在を認めない理由。それは自身の力で今に生きる人類をひれ伏させると言う考えから来ていた。

だが具体的な理由が分からない。何故彼は人類の頂点に立ちたいのか。それはこれ以上彼の口から語られることはなかった。

「貴方が人類を導く?そんな夢物語、今ここで語られても困りますよ。それにね、力を持つ存在が貴方一人で良いと言う割には貴方は先程、あの兵士を強化しましたよね?それは貴方自身の戦力を作っている事になります。その上で力を持つ存在は数多くは必要ないと、仰るのですか?貴方の言葉と行動は矛盾していますが?」

スルースの言葉に対し、エファンが言った。

「そう、矛盾していますね。しかし今の彼……クラリス・デイルは私の手駒です。強化モデルとして、利用する存在です。目的の為には利用するものは利用します。そして、不要になれば処分すれば良い。」

口元に笑みを浮かべてエファンは言った。クラリスは既に、エファンの手駒となっていたのだ。事実を知らないまま、これからクラリスは彼の手駒として働くのだろうか。

(この男、言葉は通じるが話が通じない……人類の文明?人類の頂点?自分一人で人類を導く?自分がなる?さっきから何を言ってるんだ?)

と、スルースが思った時だった――

 

ジャキン

 

その瞬間、エファンは銃を取り出した。

「な……何の真似ですか?」

突然の出来後に困惑する、スルース。

「私はね、あえて話が通じないように振る舞ったのだよ。お前とはもう、まともに会話をする気がないからな。」

口調を変えたエファン。彼はスルースの心を読んだ上で、口を開いたのだ。

「正直、これ以上強化モデルを生産されるのはたまらない。力を持つ存在は私にとって邪魔な存在だ。それを生み出す元凶となっているお前は当然敵だ。」

銃口はスルースの前頭部を突き付けており、彼は両手を上げている。

「それにな、人の“倫理観”を疎かにしてまで強化モデルを生み出し、目先の利益を生み出そうとするという、お前の発言には心底苛立ちを覚えたよ。」

エファンの表情は明らかに“怒り”を見せている。顔をしかめ、スルースを睨んでいる。

「殺す気ですか……ここで私を殺せば、貴方の仰っていたMSの製造が出来なくなりますが。」

冷静を装っているのだが、スルースから流れる冷汗がそれを崩す。

「残念だがそんなものは副社長にでも言えばどうにでもなる。己が利益の為に人と言う存在を蔑ろにしており、尚且つ戦争の潤滑油を生み出そうとするお前の存在そのものが不必要なのだ。」

スルースの表情は、次第に崩れていく。

「それに、あの機体を設計したのは全て私だからな。お前以外の人間にでもいくらでも協力させられる。」

「それ程の自信……だから貴方……いや、貴様は……最初から私を殺す為に……!」

「そういう事だ。お前の存在は不必要だ。力を持つ存在は消えなければならない、私にとって邪魔な存在だよ!!」

「嫌だ……助けて……!」

 

パァンッ

 

そして容赦なく、エファンは引き金を引いた。一秒もしない内に、スルースの頭部から大量の血が流れた。既に目の色は失われ、意識はなく、ただの肉の塊となっていた。

「シンギュラルタイプ。強化モデル。そして、私以外のアドバンスドタイプ。それらは戦争の潤滑油だ。己が利益の為にそれらを生み出したところで、それは人類の発展に貢献する存在ではないのだよ、スルース・ディアン。」

力を持つ存在を邪魔者扱いするエファン・ドゥーリア。自身が人類の頂点に立つと言う謎の言葉を語り、やがては先程まで生きていたスルースに言った後に射殺した。

彼の言う、頂点に立つとは実際は何を意味するのか。また、何故彼が頂点に立つ必要があるというのだろうか。

 




第六十一話、投了。

クラリスにとっての怒涛の鬱展開。そして、彼は生まれ変わる。
そしてエファンはスルース・ディアンを殺害した。
更に動いていく世界。これからどうなっていくのか。
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