機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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セイントバードチームに迫る、氷河族のメンバー。
そこで行われる惨事は、彼等の心を蝕んでいく――


第六十四話 永遠の姉弟

 セイントバードは今、危機的状況にあった。侵入者が現れたのだ。新生連邦でも国連でもそこらのMS乗りでもない。所属は分からなかったが、数名、影が確認出来た。今セイントバードにいるという事は、極めて危険な事だった。しかしクルー達はそのような事情等、知る由もない。

影は今、セイントバードのMSデッキにいた。そこでは、数名整備士がMSの整備を続けている。

「警報装置を壊した甲斐はあったものの、こいつら警戒怠り過ぎじゃねえ?」

「とにかく、速やかに済ませて殺せばいいだけ。そろそろ行動開始……」

女性がその場にいた全員に命令を下した。その瞬間、一斉に影が動き出した。整備士達はそれに反応するが、どう対応すれば良いか分からず、慌てるだけだった。

 

パァンッ

 

その瞬間に、一人の整備士が撃たれ、即死した。胸部からは夥しい量の血液が溢れ出ている。

「うわ~、初めて使ったけど銃って凄い~!でもやっぱり私はサバイバルナイフ派かな?」

今、整備士を撃ち殺したのは少女だ。喋り方はおっとりとしているが、それとは裏腹の、行動とのギャップが激しい。武器を持たない整備士達など、この人物からすれば格好の標的と言えた。

「な、なんだよこいつら……?」

がくがくと、怯える整備士達。手を上げて、必死に命乞いをする。

「えー、やだなぁ……私、エレア・シェイル!今回はちょっと目的があって、チャンネルはお休みしてさ、殺す事に専念します!という訳で、撃っちゃおうか?」

その瞬間に、二人の整備士が殺された。合計三人が、この少女に殺されている。

エレア・シェイルがいるという事は、彼等がアルン・ティーンズ率いる氷河族のメンバーだという事が分かった。現在そこにいるのはウネフ、エレア、ニーア、ジュラード、ミルフの五名だ。つまり、アルン以外の彼等のほぼ全員がここに居るという事になる。

彼等が何故、この場に現れたのか。それは、ゼオンの存在が原因だった。組織を逃げ出し、裏切ったゼオンを抹殺する為に彼等は動いていた。彼を抹殺する理由は他ならぬ、組織の秘密の漏洩阻止の為である。彼等は最初にゼオンを殺し、後にセイントバードのクルーを皆殺しにしようと考えていた。 

ゼオンの場所を探すために、次に彼等が向かった場所は、廊下だった。ある程度は慎重に、そして大胆に行動する奇妙で恐ろしい行動にこの時、まだ、誰も気付いていなかった。今、セイントバードに危機が迫っている。

 

 

 

そのような事が繰り広げられているなど全く知らないリルムは、メナンと共にセイントバードの一室にいた。メナンが眠っていたので、リルムも同様にメナンの傍ですやすやと寝息を立てていた。市内に買い物に行った後、疲れた様子で仮眠を取っていたのだ。まさか側に氷河族がいる等想像も出来ない状況で、眠りに就いている、リルム。

だがその睡眠もすぐに破られることになる。運の悪いことに、彼女達が寝る部屋に氷河族が侵入してきたのだ。ゼオンを探す為、一つ一つ部屋を調べていく氷河族。 

彼等の目の前には、容姿端麗な美少女が可愛げのある子供の傍で眠っている姿だった。

一見すれば絵にでもなりそうな光景だが、今の彼等にそのように映る筈が無い。

「幼い子供がいる……エレア、子供にだけは手を出すの、ダメよ……」

ニーアは複雑な表情を浮かべていた。彼女自身、母親である立場だ。故に、それを行う事は禁じ手の一つである。あくまでも、目的はゼオンの筈なのに、子守をしている少女を簡単に殺すことにためらいを覚えたのだ。しかし、エレアはそれ以上に残忍な事を考えていた。

「流石にあの子は不必要でしょー?それよりね、この、寝てるこの方が面白そう!それにね、少しだけ、面白い事をしようと考えたんだ!他の人達は別の部屋へ行ってね!」

と、他のメンバーを別の部屋へ向かわせた後、静かに忍び寄り、あろう事か、肩をさするようにリルムを起こしたのだ。メナンに起こされたのかと思い、彼女が目を覚ました時、エレアはリルムを見て、笑みを浮かべた。

「きゃああっ!?」

見知らぬ少女の姿に驚愕する、リルム。ネット上では有名人に該当する彼女だが、その人物がこのような行動をするなど、考えられる筈が無い。

「どうもー!ああ、まだ殺さないよ!ちょっと聞きたいことがあるんだよー!」

「あ……あの……?」

「しー、質問は受け付ける気はないよぉ。」

と、エレアは鋭利なナイフをリルムの首元に突き付け、若干刃の部分を彼女の首に触れた。そのため首が少し切れてしまい、さらさらと、僅かに首元を血が流れた。

「あぁっ……!」

この時、既にリルムの目からは涙が溢れていた。あまりに突然過ぎる惨劇に、彼女は神にでもすがる気持ちでいた。そして心の中で、レイの名前を叫んだのだ。

(レイ……怖いよ……どうして……どうして……こんなの……?)

か弱かったリルムには何もできず、されるがままになるだけだった。何が起きたのか、それも分からない。側にいるメナンは、起きる気配を見せない。この時、静かに、エレアはリルムを連れ去ろうとする。首に刃物を突き立てられている状況。増してや、リルムはごく普通に育ってきた少女だ。抵抗など、出来る筈がない。ただ、されるがままの状態で、リルムはこの異常な女に連れられるだけだ。

 

セイントバードに侵入した氷河族の行動は留まることを知らない。一つ一つ、容赦ない様子でゼオンを探すために部屋を荒らしていく。

この時エリィは廊下に出ていた。明らかな異常に対し、おかしく思い、鉢合わせていたネルソンと共に、異変のある方向に向かい、走った。そこで、氷河族のメンバーとエリィ達が鉢合わせになる。

エリィ達の居る方はブリッジに繋がっており、この道しかブリッジへ行くことが出来ない。一方で、氷河族がいる方向もMSデッキにつながっている一本道だ。つまり、両者が立ち止まるため、通行止めになってしまったのだ。

「な……!?」

彼等の姿を見たエリィは目を疑った様子だった。彼女の場合、このメンバーを見て驚いたのではない。その中にいる、ウネフの姿に驚きを隠せなかったのだ。

「エリィ・レイス。まさか、こんな所で会うとは思わなかったとね。」

「ウネフ……なんで……?なんで貴方がここに……」

この様子から、両者は知人関係である事が、分かる。レイがカイロで初めて出会った妙な口調の人間は、エリィにとっての、知人だったのだ。

「まさか、彼等に侵入されるとは……何故警報装置は鳴らなかった?まさか、壊されたのか?」

「恐らくですけど。ミシェさんに直して貰わないと行けませんね。……生き残れたらの話ですが。」

冷静を装ったが、ウネフにはエリィが焦りの表情を浮かべている事は、丸見えであった。

「艦長?お前、この戦艦の艦長になったとね?随分偉くなったもんとね。それに明るくなった印象がある。」

「それはどうも……最近、その台詞よく言われます。」

エリィはそれを褒め言葉として聞き捨てる。その時、ウネフの背後にいたジュラードが銃を構え出した。

「待て。」

ジュラードに対し、ウネフが止めた。突然向けられた銃口に、エリィとネルソンに緊張が走る。彼女は少量だが冷や汗を掻き、互いに、静かに唾を飲んだ。

「ウネフ・ミカハラ。どうやってここに入った?それと、何故ここを襲う?意味はあるのか?」

この様子から、ウネフとネルソンも知人関係である事が、分かる。

「あるとね。」

ネルソンの疑問にウネフは即答した。その時、運悪くスラッグとインクがブリッジに向かう為に戻ってきた。彼等はMSデッキからこの通路に来たわけではない為、MSデッキの悲惨な状態を知らない。そして氷河族がエリィ達と対峙している姿を見た時、インクはスラッグの後ろに隠れた。

「な、何よあれ……?」

「俺に言われても……」

と、驚愕していた時――

「後ろからはミルフちゃんが登場ぉ!」

刃渡り30センチのナイフを持ったミルフが二人を指差した。十三歳の少女ではあったが、持っているものが明らかに物騒だ。インク達はこの様子に、恐怖を覚えてしまう。可憐な少女とナイフと言うミスマッチは、心理的な恐怖を与えるのだ。

「ホルステブロでてめぇらとジュラードが戦った時に発信器を付けてた。それでここまで追いかけてきたって訳とね。」

「発信器……?まさか、あの時か……」

ネルソンはホルステブロで、ジュラードの駆るファドゥームと交戦した事を思い出した。その際、セインドバードに発信器を付けられた。これが、組織のメンバーに追い掛けられた理由なのである。

「ちなみに、私らの目的は、ただ一つ。お前、ゼオン・ニーマードを匿ってるとね?」

「ゼオン君を……貴方、まさか……」

確信した。彼等は組織を抜け出したゼオンを殺すためにここへわざわざやって来たのだと。隠すつもりだったが、名前を言ってしまった以上隠す事など出来なくなってしまった。

「奴はどこに居るとね?言え。言わないとお前らも殺すとね。」

「まさか戦場ではなく、このような場所で命を落とすことになるとはな……」

ネルソンの言葉は恐ろしい程に冷静そのものだ。表情を見ても一切動揺している様子はなく、冷静を装っている。

「残念ですけど、ゼオン君は氷河族の事を一切私達に話していませんよ。寧ろ、彼は組織を止める為に肩に記された印を自ら否定しました。凄い、勇気だと思いました。」

それは、事実だ。氷河族とゼルに言われるも、それを否定する為に、自ら傷を付けたのである。

「残念だが根拠がない。命乞いは聞かないとね。まあ、聞き出すのもありだが……聞き出さずにこの戦艦の隅々を探して奴を殺す方法もあるとね。」

「そんな……」

どうする事も出来なかったエリィは、落ち着いて何をすれば良いのかを考えていた。ここでゼオンが現れて殺されても自分達が助かるわけではない。その上ゼオンのせいにすることなど、彼女はしたくなかった。彼女の良心でゼオンを助けているのだから、責任は自分にあると感じていたのだ。

 

「人質作戦なら、出てくるんじゃ無いかなぁー?」

更にその時だった。エレアがリルムを人質にとって姿を現したのだ。可憐な少女同士に見えるが、一方の少女はナイフをリルムの首に突き立てると言う、凶行を行っている。しかも、この少女は動画投稿者として有名な人間であると言う、信じられない事実がある。

「リルムさん!?やめて!彼女は何も悪くないわ!」

冷静さを失い、必死にリルムを離すように言う。だがエレアは聞く耳を持たない。

「お姉さん、お断りだよ!こっちは今から楽しい事をしようと考えてるのに!」

「ゼオンの居場所を言わないとお前ら全員殺すとね。お前らが銃を構える前に、武装すらしてないお前らなんて秒もあれば殺せるとね。平和ボケしたのが運の尽き。」

ウネフの冷徹な言葉がセイントバードクルーに衝撃を与える。

しかも、その時にさらに悪いことが起きた。異変に気付いたレイが駆け付けたのである。そして、エレアに捕らわれているリルムを見て血相を変えた。

「リルム!」

「レ……イ……」

涙が絶えず溢れ、レイの姿を見て溢れんばかりにそれを流し続けた。エレアの腕も、彼女の涙を浴びていた。

「一体……これは……MSデッキも酷い事になっていましたし……」

「レイ、どういう事だ!?」

ネルソンが慌てて聞いた。次の瞬間にレイは

「MSデッキの……整備士さん達が何人か殺されていたんです……」

彼の言い方が衝撃の大きさを物語る。ネルソンもそれを聞いて冷静さを失った。

「馬鹿な!?何故だ!?彼等が何をしたというのだ!」

ウネフはそれに対し、鋭い目付きを見せ、言った。

「ゼオンが全て悪い。あいつが居なければお前らは特に咎めなく過ごせたものを。私らをただの荒稼ぎの半グレ連中みたいな連中と思うなよ?組織の存在は絶対。秘密は絶対に守るとね。その為ならいくらでも殺してやる。ここにいる連中は軍じゃない。なら、その存在を消す事も易いんだよっ!」

ウネフの怒鳴り声が廊下に響く。その場にいた氷河族以外の全員が、恐怖で動けなかった。このような状況でありながら、何もできないネルソンは、己を呪った。

「ク……」

時間だけが過ぎる。ウネフ達はゼオンを出せと言い続けるばかりだ。と、

その時、レイの眼に、刃物を突き付けられて苦しみ、痛がるリルムの姿が映ったのだ。最初に見た時はエレアの腕に隠れて血が見えなかったのだが、血が滴っている様子を見て彼女が怪我をしているのが見える。その余りに痛々しい姿を見てレイは正気でいられなかった。

「リルムを離して!貴方、エレチャンネルって!動画投稿してる人でしょ!?どうしてこんな事をするんですか!」

レイは恐れを無視し、声を荒げた。普段のレイからは想像出来ない、大声だ。

思えばこの少女とレイの因縁は、深い。日本でレイをナイフで刺し、生死を彷徨わせたのは、紛れもなく、この女の存在が由来している。

「あーあ、髪型変えてたのにバレちゃった。まあいいや。そうだよー。にしても、君とは縁があるよね!」

「縁も何も……!」

以前に刺された事を恨むように、レイはエレアを睨む。

「私ね、こう見えても人間観察って意外と得意なんだよー。君とこの女の子、多分なんらかの関係持ってるでしょ?偶然だよねぇー。まさか日本でブッ刺した君が居て、今度は君の知り合いの首を私がブッ刺そうとしてるんだもんねアハハハハハハハハハハハハハ!」

この女は、狂気に満ちている。リルムを人質に取っている状況を、明らかに楽しんでいる。これが、人気動画投稿主だと言うのか。それが、信じられない。

「リルムさん……」

エリィはリルムを助け出したい気持ちで一杯だった。しかしこの状況で迂闊な行動が出来ないのは分かり切っている。その上で、感情的になってしまったレイ。しかし、誰もが手を出せない。リルムに危害が及ぶ事は、避けなければならないからだ。

「まったく、こいつの気味悪さはずっと気にはなってたとね。そんな本性を隠しながらよく動画投稿なんて出来るもんだ。」

所謂インフルエンサーと呼ばれる人間にはファンが一定数、居る。芸能人とは違い、比較的近い距離であったりする事が出来るのが彼女のような存在の特徴。

 しかし、その実際は快楽殺人鬼。人を殺める事に、躊躇いを抱かない。この女は、その状況を楽しんでいる。表向きの顔はインフルエンサーとして、裏の顔は、組織で暗躍する殺人鬼として存在している。

「私思うんだー。人間って本性は隠せないよねぇ!でもそれを剥き出しにしたらやって行けないから、隠さないと行けないの、辛いなぁって思うんだー。人を殺す事も合法にすれば良いのにね。いっそ、“殺してみた!”動画とか撮りたいって思うけど、それじゃ特定されてお縄だもん。組織にも迷惑掛けるし。つまんないよー。絶対バズると思うのにねぇ!」

異常な事を言い出すエレアに恐怖を覚えた人間は何人いただろうか。セイントバードのクルーは勿論の事、氷河族のメンバーも若干引いた様子だった。

 クルーの中にも、彼女の動画を見ている者は居る。まさかその正体が氷河族の人間であり、目の前の少女を人質にとるような異常者であると、誰が予想出来ただろうか。

 

「なっ……おい!?」

そこへガーストとスバキが駆け付けた。それと同時に、異変を感じていたミシェとシンも駆け付ける。この場に、殆どのクルーが集ったのだ。だが、いずれもが迂闊な行動を取れない状態にある。何せ、皆最初に目に映ったのが、人質になっているリルムの存在だった為だ。

「随分と集まってきたが、それでも状況に変わりはないとね。エレアの人質作戦はある意味功を成している。」

リルムを人質に取った上で、更に傷つけている。明らかにこの女は、何かがあればリルムを殺す気でいる。それは、正に狂気の沙汰以外の何者でもない。

「おい、これだけギャラリーがいるのに何故ゼオンが来ない?まさか逃げたんじゃないのか?」

ウネフが言った。ゼオンが逃げる……それは決してあってはならない事だ。彼を目的として氷河族がここに来ている。このままでは、何の罪もないクルーが殺され兼ねない。

だが、だからと言ってゼオンに全ての責任を押し付けるのも間違っている話だ。そもそもゼオンは何も悪くない。元凶はここにいる氷河族のメンバーだ。

「こーゆー状況憧れだったんだ!早くゼオン呼んできてよ!早くしないとこの子の命、ないよ!!」

穏やかな口調で脅すエレア。それと同時にリルムの首元から血が一層激しく流れる。同時に涙が溢れ出る。エレアはそれを見て気が狂ったように笑い声を上げている。

その姿に逆上したのはレイではなく、シンだった。傷ついている少女を見て平気な顔が出来るこの少女が許せないと感じていたシンは、持参していた銃でエレアを狙った。

「お前……女の子か知らないけどな!どうかしてるだろ!!」

「へぇ」

 

パァンッ、パァンッ

 

その瞬間に、廊下に銃声が響いた。それも二発。あろう事か、全てがシンの眉間を直撃した。エレアが右手に所持していたナイフで脅しつつ、左手を使い、ポケットから銃を取り出し、それを躊躇なく放ったのだ。

「嫌……嫌ぁぁぁ!」

リルムは嘆いた。そして泣き叫んだ。

目の前で人が撃たれ、大量の血液を見てしまったのだ。元々血を見る機会など滅多にないジュニアハイスクールスチューデントの彼女からすれば余りに衝撃的な光景と、言えた。

「シン!?」

真っ先に動いたのはネルソンだ。シンの元に走り、そして話し掛ける。だが、シンは一切動かない。あろう事か、即死だったのだ。彼の遺体を抱えたネルソンの腕は震え、ただ動かなくなったシンを抱き、抱える。

 シン。セイントバードの整備士長として多くのMSの整備を行ってきた男性。享年二十五歳。ガンダム伝説をこの上なく好んでいた青年。アインスガンダムやツヴァイガンダムと言ったガンダムタイプの整備を、何よりも喜んでおり、今まで多くの戦場を生き残る事が出来たのは、彼の存在が大きいと言えた。

 その彼が、目の前で言葉も発することが出来ず、死んだのだ。人の死と言うのは、これ程呆気ないものだというのか。

「シン!」

頸動脈を測っても動かない。シンが目を閉じた後に目を開かせ、ペンライトで眼孔を見ても反応しない。これらの行為を、全て涙を流しながらネルソンは行っていた。そして彼は判断した、改めて、シンは死んだと。

その間、氷河族は何故か何もせずただネルソンのその姿を見つめているだけだった。その光景が余りに冷徹で、ネルソンも怒りを覚えていた。プレーンはそれを見て身体を震わせている。恐怖が、絶望が彼等を覆う。ガーストは歯を食い縛り、プレーンを自分の後ろにやった。

「貴様……達……!」

ネルソンは怒っていた。シンを殺された辛さと絶望感が、彼を動かす。

「この状況を把握できていない奴が悪い。早くゼオンを出せ。そうしないと次々に死ぬ事になるとね。」

冷静さを失い、ネルソンは今にも氷河族に襲い掛かろうとしていた。だが、その様子を見ていたエリィに止められる。

「大尉、落ち着いて下さい!下手をすれば貴方まで……」

「私とて、元軍人だ……このような連中に……負けるハズが無い!!!」

ネルソンは素早い動きでエレアに近づいた。そして、リルムに当たらないよう、この女の顔を思い切り殴った。相手が女性とはいえ、容赦する様子が無かった。

「きゃあっ!?」

その反動で手が緩み、ネルソンはリルムの救助に成功する。そのままリルムはレイの側に寄った。レイの事を心配する。

しかしそれでも許さなかったのがエレアだ。ナイフを持ち、ネルソンの腹部を、あろう事か、引き裂いたのだ。

「ぐああっ!」

「あはっ……はははッ……凄い悲鳴!!!」

幸い、深く切られた訳ではない。致命傷とは言えない傷ではあったが、激しい痛みが彼を襲う。

「大尉!そんな……」

眉間を撃ち抜かれ、即死したシンと、腹部を切り裂かれたネルソン……他にも、ブリッジにて惨殺された整備士達。今回だけで多くの負傷者や犠牲者が出た。中でも整備長のシンが死んだことはクルーにとってあまりに衝撃的だった。これ以上犠牲者を増やさない為にも、彼等は迂闊に動くことが出来なかった。負傷者が出ているのに、何もできないエリィは自分が悔しくて仕方がなかった。

と、ガーストが次に動いた。銃を構え、氷河族を威嚇する。

「ある程度情報は得ている。この艦は元デウス帝国のパイロットが多いとね。それなりの戦果をあげた少年兵ガースト・ピュアス。」

「お前ら、これ以上勝手な真似は許さないぞ……」

怒るガースト。シンを目の前で殺されたのを見て、これ以上、黙っていられるかとばかりに行動を開始した。銃を構え、ウネフを狙う。

「ガースト!ダメネ!ガーストまで撃たれちゃうネ……」

プレーンが止めようとした。しかし――

「かっこつけんな」

 

パァンッ

 

ウネフは躊躇いもなくガーストの左肩を撃ち抜いた。信じられない様子で、彼は銃を手から離し、そのまま倒れる。

「ガースト!!!」

プレーンは彼の傍に寄り添おうとするが、その銃口はプレーンに向けられた。更に、他にもジュラードが銃を構えている。

 ガーストも致命傷ではないが、肩の痛みを受け、苦しむ様子を見せる。

「う……ぅ……クソ……」

「どうした元デウス帝国の兵士。もしかして、お前ら全員弱いとね?」

元デウスのパイロットを侮辱するその一言。だが、今の彼等には対抗する意思が見られなかった。

その絶望的な状況の最中、氷河族の一番の目的であるゼオンが遂に姿を現した。急いできた為か、息を切らしており、激しい呼吸をした。

彼の眼に映ったのは、負傷しているネルソンとガースト、そして、遺体と化したシンだった。明らかにこの状況は、氷河族が彼等に攻撃したとしか思えない。

「やっと来たとね。お前が来ないから死者一人、負傷者三人。」

「なんで……お前等が……?」

ゼオンは信じられない様子だった。安全だと思われたこの場所に突然の氷河族の乱入。目を疑うのも無理はなかった。

「所詮シスコンなんだよねゼオンって。私、残念だなぁ。」

ミルフが言った。それに対し怒りを覚えたゼオンだったが、それを露にすることはしなかった。その代わりと言わんばかりに、握り拳を作って睨んだ。

しかし、そこに現れたのはゼオンだけでなかった。痛みで動けなかったはずのウィリアが、点滴台を杖代わりにし、跛行を出しながら歩いてきたのだ。それは、まるで老婆のように重い足取りだった。

ウィリアの姿が現れた時、ジュラードは瞬きを数回行った。そしてじっとウィリアをじっと見つめている。そして、ウィリアが言った。

「これは……銃声が聞こえたと思って来たけど……」

彼女の眼に映ったのは見覚えのある氷河族のメンバーだ。何故ここに彼等がいるのかが理解できない様子である。すると、ウネフはウィリアに

「お前、まさかここで治療を受けていたとは。私達は運が良いとね。お前、ゼオンを逃がしただろ。その罪は重いとね。」

「貴方達、どうしてここに……?まさか……」

「もちろん、このガキを殺す為とね。だがこいつらが庇うから、犠牲になってもらってる所とね。」

ウィリアは焦っていた。それは顔色で判断できる。それはあってはならないことだと、ウィリアは思っていた。しかしウネフ達は躊躇いを見せない。現に、一人が死に、三人が負傷しているのだ。

「てか、てかさぁ!いくらMS乗りでもさ!生身じゃ雑魚だよねぇ。アハハハハ~!」

エレアは無邪気に笑った。しかしその笑いも、不気味で恐ろしげな笑いに聞こえる。

「やめなさい……!それはダメよ!いくらなんでもそれはあんまり過ぎる!」

冷静さを失っていたウィリアは思わずその台詞を吐いた。明らかにクルーをかばっている台詞だ。そしてゼオンも。それに対し、ウネフはウィリアを睨んで言った。

「どうせ……助けてもらった恩があるからこの人達には手を出すなとでも言いたいとね?

まあお前は冷たい女に見えてそう言うところは人情がある。その辺り氷河族に向かないとね。助けてもらった恩がどうした?そんなもの関係ない。今は裏切り者と、秘密を知ったと思われる連中を抹殺するのが先とね。」

「ク……」

氷河族に所属している以上、秘密は守らなければならない。裏切り者がそこにいる以上、その裏切り者が情報を漏らしてしまった恐れがある。仮にセイントバードチームが秘密を知らなかったとしても、彼等にはそれが分かるはずが無い。よって、結果的にはクルー諸共抹殺する結果に至る。ウィリアはこの状況をどうすれば良いか考えていた。もちろん、これ以上セイントバードチームの味方をするなら彼女もただでは済まない。

緊迫した状況の中、ゼオンの姉のエレンが姿を現した。それは、あまりに最悪のタイミングでもあった。

「ああっ……」

最悪の状況を見てしまったエレンは体の震えが止まらなかった。醜くなってしまったシンの死体を見た上、更に逃げてきたはずの氷河族に追われているのだから無理もなかった。

ゼオンは姉の前に立ち、庇う姿勢を見せた。

「姉ちゃんには手を出すなよ……殺すなら俺を殺せよな!」

そう言うゼオンも震えていた。やはり、死が恐ろしいのだろう。いくら強がった所で、彼も所詮は子供だった。

だがそのゼオンを見ても何一つ表情を変えず、ジュラードが言った。

「裏切り者の姉だな。まあ、どの道お前にも死んでもらうがなッ!」

と、突然銃を構えた。ゼオンは目を瞑って死を覚悟したのだが、彼は痛みを感じなかった。彼の代わりに痛みを感じたのは、エレンだった。かばったつもりだったがエレンの右肩が見えていた為、ジュラードはそれを狙ったのだ。つまり、わざとエレンを狙った事になる。

「あぁ……うぅっ……」

右肩から、血を流すエレン。これで、負傷者は四人となってしまった。

「姉ちゃん!」

慌ててゼオンはエレンを抱き抱えた。苦痛に苦しむ表情で、激痛に耐えるエレン。その様子は余りにも痛々しかった。

「あう……ゼオン……」

「ごめん……姉ちゃん……俺……」

「貴方は謝る必要なんて……ないのよ?」

「でも俺が……俺のせいで……こんなことに……」

ゼオンは己を呪った。いっそ、自分が死ねば良いと何度も思った。彼は今罪悪感で満たされている。氷河族に対する憎しみなど、すでに彼の中から消え失せていた。

混乱状態に陥るゼオン。その代わりにけがをしていないエリィが氷河族に対し、勇気を出して言った。

「これ以上……クルーを傷つけることは艦長の私が許しません。責任なら私がとりましょう。私を殺して下さい。そして彼等にこれ以上何もしないでください。彼等には罪はありません。元々ゼオン君を匿ったのも私です。ゼオン君は一切何も悪くありません。」

彼女は死を覚悟して氷河族に訴えた。しかしそんな言葉など彼等に通じるはずがなかった。

「残念、責任も何もないとね。どの道クルー全員抹殺は避けられない。責任者のつもりで発言したけど残念だったとね、エリィ。」

「結局は己の快楽の為に人を殺すんですね。貴方らしいです。本当に……悦楽の為に殺すことしか考えていない。あの時から、変わってない……」

それはウネフを逆撫でするような台詞だった。それを聞いて、クルー全員に緊張が走る。これでエリィが逆上した氷河族のメンバーに殺されなければ良いのだが……全員は祈った。幸い、氷河族はエリィを殺すことはなかった。

「お前らMS乗りも大概じゃねえか。今まで多くの人間を殺してきたんじゃないとね!?人の事をよく言える……」

「う……確かに……私達も多くの人を殺してきた……でも……貴方や貴方達みたいに利益の為に無駄な殺生はしていない!私達は生き残るために戦っているの!」

「でも結局殺したことに変わりはない。私達も今のお前も一緒とね、残念ながら。結局は私らみたいな連中と何ら変わらない。それに今のお前は私に怯えてる。性格が変わったところで……所詮、中身はあの時のまま。そうやって明るくなった所で私に怯えているのが見え見えと。だからあの時私から逃げ出したとね?」

「うぅ……!」

ウネフの言うように、エリィは彼女を見るときだけ表情が硬くなっていた。それは、彼女が本心からこの女を恐れている証拠でもある。少しだが明かされていくウネフとエリィの過去。レイは傷ついていたが、このやり取りは真剣に聞いていた。どのような関係があるのか、非常に興味深かったのだ。一方で、ネルソンはじっと俯いているだけだった。

「命なんて安いもの。まあ私らは命令に従うだけの人形だけど。そんなものは関係ないとね。」

「……貴方達は罪のない人間まで殺そうとしている。そんなのっておかしい……軍人も冷徹な人間は罪なき一般人を殺す人間だっている。私達は違うわ!セイントバードに迫って来る存在しか殺さない。全ては守る為に!貴方達とは違うわ!」

それが、チームのモットーと言える。守る為に戦う。その意志は、レイにも引き継がれている。

 しかしこの台詞が、ウネフを逆上させる結果となる――

「結局はてめえも結果的に人殺ししてるって何度言わせるんだてめえはよぉ!てめえはあの時のまま弱いくせに偉そうに抜かしてんじゃねえって!」

ウネフが怒った。これには、氷河族のメンバーも動揺しているようだった。ここまで怒ったウネフを見たのは初めてらしい。

「てめえも馬鹿とね。寿命、そんなに縮めたいか?お望み通りにしてやんよ!!!」

血が上ったウネフは遂に銃を取り出し、エリィを狙った。そして、引き金を躊躇う事なく、引いた――

 

パァンッ

 

だがその瞬間、ウネフの表情が変わった。それと同時に、胸部から血を流して倒れた。エリィが、咄嗟に銃を構え、放ったのである。ウネフが撃った銃弾はエリィの頬を通過した為、彼女はほんの、軽傷で済んだのだ。

「馬鹿……な……?早すぎ……る……」

多量の血を流してウネフが死んだ。白衣は血によって赤く滲み、惨い光景を演出していた。エリィは、悲しい目をしてウネフの死体を見つめた。

「私は貴方とは違うの……私は……」

しかし、それだけで脅威が去ったわけではない。他にも氷河族のメンバーはいるのだ。ジュラード、ミルフにエレア、ニーアの四名がいる。この中で最も危険なのは恐らくエレアとジュラードだろう。彼等は、一層緊張していた。

「まさかここでウネフがくたばるとは……予想外だな。」

ジュラードが静かに呟き、持参していた煙草のケースを死体の胸元にそっと置いた。

「ねー、なんで躊躇ってるの?結局ゼオンを殺すんじゃなかったっけー?」

ミルフが言った。メンバーの中で最も幼い彼女だが、愛らしい姿とは裏腹、恐ろしい台詞を言った。その言葉で、後方で隠れていたインクは震えが止まらなかった。

「あはは、そうだねぇ!日和ってたら駄目だよォー!殺さなきゃ、殺さなきゃぁ!今度こそ、君をねぇぇ――!」

「!」

エレアの眼が、レイを捉えた。もう、今の彼女にリルムは映らない。目の前に居たレイに迫ろうと、ナイフを立てる。日本で彼を刺した時のように、レイに迫るのだ。

「今度こそ、死んじゃえ!!」

危機が迫る。誰もが何も出来ない状況で、エレア・シェイルの狂気が迸る。そこに動画投稿主という肩書はない。只の、殺人鬼が居るだけだ。レイは、殺されるかも知れないと思い、思わず目を瞑った――

 

パァンッ

 

「ぎょええええええええッ!!!」

数秒後、エレアの呻き声が聞こえてきた。ゆっくりとレイは目を開ける。

彼の眼に映ったのは、胸から血を流しているエレアだった。彼女は、何者かに撃たれたのだ。そっとレイはエレアの後ろを見ると、エリィが銃を構えているのが見えた。だがその後ろで、ウィリアも銃を構えているのが見えた。

「エリィ……さん……?」

「無事だったね、レイ君。」

エリィに笑みが戻る。レイの事がそれ程に心配だったのだろう。それは良かったのだが、それ以上に気になるのがウィリアの行動だ。何故、点滴台を杖代わりにして姿勢を保持しているウィリアが、銃を構えているのか。答えは一つ、レイを守る為だった。

「ウィリア……どうして……?」

胸から血を流しつつも、撃たれた事実に対する衝撃を隠せない様子のエレアは、ウィリアに対して言った。

「これ以上恩人が傷つくのを見ていられる?これでも私は、情はある方なの。貴方達みたいに冷酷にはなれない…貴方達は、残酷でありすぎた。組織の為にこれ以上、自分自身を汚す必要があって?」

組織の情報漏洩の防止の為に、関係のない人間が巻き込まれていく。そして、彼等が行った非道は数知れない。戦争を引き起こす火種を作り出した上での、特殊麻薬の拡大、人身売買等。それらがビジネスとして成り立つという、異常。許されざる出来事。その組織に忠誠を誓うという異常性。ウィリアはそれらを不快に思っていただけに、言葉を発する。ゼオンがこうした状況から逃げ出したくなる気持ちも、察していた。

「ウィリアは……仲間だって、思ってたのに……思ってたのにぃ……!」

エレアの表情が、変わっていく。

「エリィの言うように、自分に危機が訪れている時、自分にとって大切な人が殺された時、そして恩人が殺されそうな時……私は撃つわ。例え同じ組織の仲間でもね。」

ウィリアに対し、エレアは激しく睨んだ。胸部からは血が流れているにも関わらず、それ以上に、ウィリアに対する裏切られたショックと、憎しみが、同時に溢れ出てくる。

「てめぇふざけんじゃねぇぞ!!裏切ってて何抜かしてやがんだちくしょおおお!!」

エレアの口調が変わった。まるで、荒くれた男のような口調になる少女。今、彼女は本気で、ウィリアに対して怒りを感じている。

「裏切りも何もない。貴方達に対する温情なんて、無い。」

「うっせぇんだよ!そうやってよォ、腐ったババァみたいに何かを支えなきゃ歩けないクセに何偉そうに抜かしてやがるんだよォ!」

怒るエレア。先程までのどこか、抜けたような言葉をしていない。荒い口調は周囲の人間を恐怖させる効果があった。そう言いながら、胸から血を流しているエレア。

「気が変わったよォ!ウィリア!あんたの死に様ライブで全世界に晒してやるゥゥゥ!」

気が触れたか。エレアはあろう事か、Eフォンの動画機能を起動させ、更に、それをライブモードにした。明らかに血迷っているとしか思えない行動だ。

 そこに映るのは、点滴台に姿勢を預けているウィリアだ。裏切りに対して怒るエレアは、この状態のままウィリアに向かって走り出し、ナイフを構えている。

「ぶっ殺してやるぅぅぅ!」

エレアが血を流しながら、ウィリアに迫る。そこに動画配信者の姿はない、ただの狂気に満ちた人間が居るだけ。

 彼女のファンも居ただろう。動画配信だけで高額な広告収入を得ている少女の本性は、残忍な殺人鬼。この女はシンを躊躇いなく殺した。そして、今、彼女はその、殺戮本能のままに動いている。仮の姿を見せず、狂気の姿を全世界に配信しているのだ。もう、彼女は元のインフルエンサーに戻れない。その本性を知って、全世界がショックを受けるだろう。

 ウィリアは走った。その狂った表情を見せ、ウィリアを殺さんと、迫る――

 

パァンッ

 

ウィリアは銃を放った。それは、エレアの眉間に直撃し、脳が飛び散った。そのまま彼女は倒れた。断末魔さえも上げる事なく、愛らしいとされた表情は何処にもない。目元は変形し、人間の形状から逸脱してしまっている。

 この惨い光景は多くの人間に焼き付いただろう。そして、エレア・シェイルと言う、動画投稿主の人間は死んだ。多くのファンを持つエレチャンネルの動画投稿主、エレア。彼女の動画を楽しみにしている人間は数多く居た。だが、その本性を見てショックを受けた人間が居るのも、事実であった。それを、後ろでミルフは目を見開き、何も言えずにただ見つめていた。動画の中継は強制的に中断され、その場で、多くのコメントが残される事となった。

「……引くぞ。」

その時、ジュラードが突然言い出した。逃げなければならないと、彼は感じ取ったのだろう。ゼオンを殺すつもりで来たのに、まさかメンバーが二人も殺される事になるなど、思いもしなかった為である。

「え、引くの?」

「またの機会があるんだよ……!糞が!」

 

バッ

 

その瞬間に、閃光弾を放ったジュラード。これにより、セイントバードのメンバーは目を覆う。

すると、ジュラードはクルーを退かしてその場を去った。彼に続き、続いて残りの氷河族のメンバーも、去って行く。少数精鋭と呼べる彼等だったが、その主要メンバーが二人も殺されたとなっては、彼等も引き際を考えなければならなかったのだ。

 辺りが落ち着いた頃。既に、三人の姿は無かった。逃げられたのだ。また、いつ彼等が襲って来るかは分からない。ここに残ったのは、シン、ウネフ、エレアの三人の遺体だけだった――

 

 

 

惨劇は去った。だがあまりに多くの犠牲者が出た。嵐が去った後のように、彼等は呆然としていた。死者は三名、負傷者は六名。これらは、敵味方含めてである。この、無残な光景を見たエリィは、涙を流した。

「私が居ながら……これ程多くの犠牲者を……出してしまいました……私は……私は……私は……」

言葉が詰まっているエリィ。そんな彼女に対して、ウィリアは静かに言った。

「貴方がもし死んでいたら……ここのクルーはどうなっていたのかしらね。恐らく全員が本当に絶望していたでしょう。貴方は勇敢だわ。本当に……あの頃よりも……。」

「ウィリアさん……」

エリィは静かに言った。だが、実際に死者を出してしまった事実は変わらない。そう思うと涙は溢れ出た。

そこへ、ミシェがメナンを連れて現れた。メナンは何故かアイマスクをしている。恐らくミシェがつけたものだろう。

「あれぇ?みえないぞぉ?みえないぞぉ???みせろぉぼけ!あほ!!」

相変わらず無邪気なメナンだが、この状況ではそんな無邪気さも悲しみに変わる。

「惨いな……惨すぎるぞ。」

クルーは全員ミシェの方向を見る。彼は、シンの死体と、ウネフとエレアの死体を見つめて口を開けた。

「すまん、俺はこのガキの面倒を見なきゃならんかった。この無邪気なガキまで死なせることはできないからな。それに、こんなあどけない女の子に血を見せることは大人として駄目だろう?」

「それはどう言う事ですか……?」

腹部を負傷したネルソンはその部分を抱えて言う。

「氷河族とお前らが集まっている中に向かおうとした時だ。この女の子が部屋から現れてな。危険だと感じたので急いで部屋に入れて、そのまま外に出ないように言ったんだが聞かなくてな……仕方が無いから一緒にいることにした。だが、まさか若いシンが死ぬとは……」

ミシェは、静かに呟き、そっと溜息を吐いた。

「整備士達も結構やられた。怪我しているやつも多い。ネルソン、手当は出来そうか?いや、駄目か……お前も怪我をしているな……。」

その言葉に対し、ネルソンは言った。

「……そっちに医療スタッフはいませんかね。出来れば私を先に治して貰えれば有難い。怪我がマシになれば、すぐに彼等の手術を行うつもりですよ。余りにに負傷者が多すぎる。今は喋っている暇などないですよ。早く医療スタッフを手配して下さい、ミシェさん。」

「あぁ、分かっている。」

今回の負傷者を救う為、オスロのジャンク屋の医療スタッフは総動員で治療に当たる事になる。リルム、ネルソン、ガースト、エレンに、そして生きていた整備士達。死者はシン、ウネフ、エレア。その悲しい襲撃は、このような形で幕を下ろそうと、していた。

 

 

 

それから一日が経過した、心身共に受けた傷は、少しずつ、癒えつつあった。怪我をしたレイ達も治療を受け、落着きを取り戻しつつある。苦労したのはウィリアで、元々歩く事さえ困難な状態で、無茶をして歩いたものだから、容体は安定しなかった。この5日を経過しても、痛みは大きく取れる事は無かったのである。

ネルソンの怪我も致命傷でなく、痛みは僅かに残ったが、然程重症とは言えない為、応急処置を終えた後に、すぐに他者の治療に当たっていた。自らが怪我をしているのにも、関わらず……だ。

ガーストの怪我も致命傷には至らず、処置をした為、問題なく経過している。歩行な等も、問題ない。今回の一件では、重傷と呼べる怪我をしている人間は、奇跡的に居ないと言えた。

そして、リルムの部屋にて。エレアによって頸部を刺されていた彼女は、幸いにも、大怪我はしていない。刺された部分をガーゼ保護しており、軽度の痛みを感じるに留まっている。あの一件から、基本的に外に出る事なく、部屋に篭っていた。やはり、相当なショックだったのだろう。自身を人質に取られ、そして、人が死ぬ姿を見てしまったのだ。それらの経験がない彼女からすれば、トラウマになるのも、無理はない。

 食事だけは摂取していた。その量もごく少数と呼べるものであり、その上食堂で食べる事が出来ていない。レイが気を利かせ、彼女の部屋まで食事を持ってきてあげていたのである。この間、彼等は会話を交わす事をしていない。リルム自身が、他者と話したいと思っていなかった為だ。無論、レイとも。

 

 

 それから更に二日が経った頃。レイがリルムの部屋に入り、食事を運んだ時。やはりこの沈黙状態が嫌だと思ったレイは、思い切って彼女に話し掛けたのだ。

「リルム。その……大丈夫?ご飯、やっぱり食べれてないみたい……」

そう言った時、リルムは視線を下に向けながら、口を開いた。

「レイは、あんな事があってどうして平気でいられるの?」

「え……?」

三日振りにリルムから声を掛けてきた。それに対し、耳を傾ける、レイ。

「私、怖いよ……人質になったり、人が撃たれて死ぬ所を見たり……あんなの見て、どうしてレイは平気なの?やっぱり、ロボットに乗って人を殺してきたから……?」

その言葉はレイを傷付ける。無論、彼とて故意に人を殺めたい訳ではない。

「違うよ……平気な訳がない……でも……誰かが動かないとダメだと思うんだ……リルムは、無理もないよ……だって、あんなのを見たの、初めてでしょ?僕も、直接人が死ぬ所を見たのは初めてだけれど……」

当然、ショックを受けているのはレイも同じだ。しかし、彼は守る為に覚悟を決めている節もあり、ある種、強い精神が作られようとしているのかも知れない。

「異常だよ……こんなの……あの艦長さんも、みんな!人を殺して喜んだり、人を殺す事が当たり前になってるじゃない……こんなの、おかしいよ!」

エリィがウネフを殺した所を見てしまったリルムは、エリィを恐れてしまった。全ては、クルーを守る為の行動であったのだが、それすらも、リルムには理解出来ないのだ。 

無理もない。人が死ぬ所を慣れていない人間からすればこれ程恐ろしい事はないのだ。

「でも!エリィさんは皆を守ろうとしたんだ!艦長として……だから、あの人を責めるのはおかしいよ!確かに、銃を撃ったのは事実だけど……あの人が居ないと他の人も殺されていたんだよ!?」

エリィを擁護するレイ。彼女の存在に助けられたが故の行動だ。しかし……

「レイもおかしいよ!やっぱり、変わっちゃったんだね……あのロボットに乗ってから、何もかもが……ごめん、もう、そっとしてて……誰とも話したくない……皆が怖い……」

リルムは完全に塞ぎ込んでしまった。これを見て、レイは何も言う事が出来なかった。幼馴染であり、恋人という立場である筈なのに、何も出来ない。これ程、歯痒い事はないと言える。そうとなれば、今はこの場を去るしかない。レイは、ただ、彼女の俯く姿を背景に、部屋から去っていく。

 惨劇が起きたのはクリスマスイヴの日。その日は出来れば、リルムと過ごしたいと思っていたレイ。しかし、彼女の精神状態がそれどころではない。その為、彼等は互いに共に時間を過ごす事は、なかったのであった。

 

 

 

 更に二日が経過した。その頃、レイは一人、部屋に居た。元気がない様子のレイ。何せ、整備士のシンが死んだのだ。彼の遺体はクルー達によって丁重に葬られ、遺体収納袋に収納されている。その上で多くの人間が怪我をしている。その上で、リルムが先のような状態だ。元気が出る筈が、ない。

「やっぱり……どうして、あんな事が……」

呆然と天井を見つめるレイ。多くのクルーが傷付き、そしてリルムにも何もしてあげられない現実。それが、辛い。だが今の彼女を慰める事は、彼には出来ない。

 

ウィィィィィン

 

その時、ドアが開いた。それに反応する、レイ。

そこに居たのは、右肩を怪我していたエレンだった。右肩には包帯が巻かれており、傷は僅かに痛むが、歩行自体に支障はない様子だった。

「レイ……」

そう言いながら、彼女はレイの側に近寄り、ベッドに座る。

「エレンさん。その……怪我は大丈夫?」

心配そうに彼女の様子を見る、レイ。

「ええ……なんか、ごめんね。色々と……」

ある意味妙な光景だ。何故、エレンが彼の部屋に来たのか。それが、気になったゼオンはどうしたのだろうか。それが気になり、レイはエレンに聞いた。

「ゼオンはどうしたの?」

「あの子、あれからずっと空き部屋に籠ってるの。いくら声を掛けても何も言わないで、ずっと……」

弟の事が、相当心配なのだろう。彼女の表情からそれが理解出来た、レイ。

自分の弟の状態に、自身の怪我よりも心配しているエレンの優しさにレイは自然に笑みが零れた。優しく、容姿も綺麗なエレン。彼女が自分と同い年だと考えると、違和感さえ覚える程である。

「あの……さ……」

「ん?」

レイは咄嗟に、疑問を投げ掛けた。

「色々とあって、聞けなかったけど……ゼオンはどうして氷河族に入ったの?」

エレンにとっては、出来れば明かしたくなかった過去だろう。だが、彼女は素直に言った。

 ゼオン・ニーマードの過去とは、どのようなものか。氷河族のメンバーが彼を殺す為にクルー達を犠牲にした。彼のような少年が、何故そのような組織に入る事になったのか。

「……当然だよね……あんな事があって……やっぱり気になる……よね。」

「うん……」

エレンは明らかに、動揺しているのが分かる。ただただ俯いており、少し涙を浮かべているようにも見えた。

「あの……やっぱり聞いちゃダメだったかな……?」

「ううん、大丈夫だから……」

レイは複雑な表情を浮かべる。辛そうなのに、どうしても喋ろうとするエレンを止めようとさえ考えた。だがエレンは無理してでも喋ろうとする。

やがて、静かにエレンは口を開けた。

「……実は……ゼオン、氷河族に入る以前に人を殺したことがあるの。」

「えっ……!?」

信じられない様子だった。氷河族に入る以前のゼオンは、どう見てもあどけない少年にしか見えない。そんな彼が人殺しをしたと言うのだ。その事が気になったが、聞いてはまずいと思ってあえて聞かなかったが、エレンは続きを話した。

「信じられないと思うけど……あの子、両親を殺したの。十歳の頃だったかな……」

「十歳で……!?しかも両親を!?え……どうして!?」

思わず聞いてしまった。その後まずいと思ってしまい、口を自分の手で覆った。

「実はね、私達姉弟は両親から虐待を受けて生きて来たの。」

「虐待……?」

「ええ。何かあるたびにゼオンも私もお母さんやお父さんに殴られたりした。私もゼオンも……物心付いて暫くしてからだったかな。殆ど、毎日のように虐待を受け続けた。色々な理由はあるの。恐らく、世間が戦争状態だった事が影響していたんだと、思う。」

語られていく、エレンとゼオンの過去。エレンは話辛そうにしつつも、少しずつ、語っていく。

「私とゼオンが生まれた時から、世間はデウスと連邦の戦争の事ばかり話題にしていた。それによって不安煽りがどんどんと活性化して、その上で経済状況も悪化していったの。その中でフラストレーションが溜まっていった、お父さんとお母さんは、子供を育てられないと思ったんでしょうね。そこから互いに愛人を作って不倫をしていたし、その中で、次第に夫婦仲に亀裂が走って行ったんでしょうね。」

戦争状態によって被害を受けるのは被災地だけとは限らない。国等に寄る経済状況の悪化は、一家族を養う事さえ難しくなる程に悲惨な状況になり得るのだ。

「こうした背景もあって、私達は次第に、両親のストレスを解消する為の道具と化して行ったの。ゼオンはただ、暴力を振るわれて……私の場合は、その……お父さんから性的虐待を受けていた……。」

「え……」

レイはただ、驚く事しか出来なかった。明かされるゼオンとエレンの衝撃の過去。ここから、ゼオンが氷河族に入るきっかけとなった両親による虐待の話が続く。それはあまりに惨く、残酷で悲しい話だった。

「よくニュースとかで聞くよね。児童の性的虐待とかの話って。私、その被害に遭っていたの……。しかも実の父親から。あの男の異常な性欲は、考えるだけで恐ろしい……あれは、戦争によって経済状況が悪化したことが原因じゃない……生まれ持ってのものなんだと、思う……」

涙を浮かべ、苦しそうに話すエレンを見て、それ如何に想像を絶する辛さであるのか。

 レイとは、全く違う境遇だ。彼は両親に恵まれ、育てられた。特別な事情などなく、ごく、普通の両親の愛を目一杯受けている、レイ。そのような環境と、全くと言って良い程異なる、エレンの環境はレイに想像出来るとは思えない。実の親が実の娘に対して性欲を抱くという異常性。そして、それをあろう事か、行動に至らしめるという。彼のようなティーンエイジャーでも、それが如何に悍ましく、残酷な事であるかは想像出来る。

「そんな事が……」

だが、想像は出来たとは言え、それを経験した彼女の傷を癒す事等、彼に出来る筈がない。

世界情勢が不安定な時、その影響は一家庭にも、時に影響を及ぼす事がある。だが、大抵の場合、未曽有の大災害やこうした有事の場合は寧ろ、結束力が高まる事が多い。災害ユートピアと呼ばれる、一時的な現象として発生するとされる理想郷的コミュニティを指す呼称。旧世代のアメリカ、レベッカ・ソルニットが提唱したと言われる概念である。

 しかしそれが逆に働く事も、一定数存在する。経済状況の悪化等により、人の繋がり、助けが得られなかったりした場合、そのフラストレーションの矛先が自らの身内に向く事も、十分にあり得る話だ。それが、彼女達姉弟だったという訳なのだ。外部の人間が災害、戦争状態に対して揶揄するような出来事は一定数存在するとは言え、まさかその嫉妬、不安定な感情を身内に振るうというのは、紛れもない狂気である。それとも、不安定な状況故に隠されていた本性が浮き彫りになったと、言うべきなのだろうか。

「それからね、戦争が終わった後……両親の虐待は留まるどころか、更にエスカレートしていったの。恐らく、戦前から続いた不景気が、大きな原因だとは思う……。」

景気が夫婦仲に影響を与える事は有り得る。経済力は幸福度と直結するとは、よく言ったものだ。では、何故この夫婦は、互いに不倫相手を抱えていながら共に生活し、エレンとゼオンを虐待するような行動を続けていたというのか。その原因の一つが、やはり景気の問題が大きい。

経済的不安の状況で在りつつも、夫婦と言う形で在る事は世間の信頼を得られる上、子供も居るという事で国から補助金、手当等も貰える。そうした事を利用しての夫婦としての存在価値だった。最早それは夫婦という立場を利用した、ただの他人。愛情も何もない。制度を利用し、国から金銭を得るだけの愚かしい行為だ。そして、そうした金銭が自らの子供に回る事等、無かった。

「両親が不倫相手と豪遊する頻度も増えて、碌に食事も、お風呂にも入る事が出来なかったゼオンと私は、通っていた学校でも〝汚い〟や〝腐い〟と言った罵声を浴びせられ続けた。それは当然、両親のせいだった。でも、私は両親に刃向うことなんて出来ない……力もないし、ただ、絶望の毎日を送ることしか出来なかった。無関心な学校の先生も、私を助けてくれるどころかいじめる生徒の味方ばかり。私は常に悪者扱いを受けてきた。でも何を言っても信じてもらえない……学校も、家も辛かった。私にはどこにもいる場所が無いと思った……それは、ゼオンも一緒……」

戦時中や戦後を経て、直接戦争の被害に遭った場所は学校すらも破壊されている事が多い。そうした場所は避難されている事が多く、学び舎を失った子供達はただ、途方に暮れるばかり。

 だがエレン達の場合、幸か不幸か、通学していた学校が戦争に巻き込まれる事は無かった。その代わり、両親から受けた異常とも呼べる虐待が待っていた。世間は戦争状態と言うのに、その不条理な状況を背景に、両親が抱えたストレスの捌け口を自らの子供に行うという異常性。

エレンは過去に遭った出来事を辛そうにしながらも、少しずつ当時の出来事を思い出していく。

 

 

 

過去に遭った出来事はエレンを苦しめる。両親からの虐待や、その影響で同じ学校のクラスメートにも虐めに遭う日々を送っていた。彼女にとって毎日が生き地獄だった。物心のついたころから既に親から虐げられる日々を送っており、それはゼオンも同様だった。学校内ではゼオンがエレンを庇う形で虐めを凌いでいたのだが、結局はゼオンも虐められる立場に変わりはなく、彼もまた、辛い日々を送っていた。

「えぇい!」

とある部屋にて、子供が頬を殴られる音が響いた。その子供こそエレンである。躾にも見えるが、彼女は柱に縛られており、明らかに“躾”とは言えないものだった。

「お前等子供が居るから国が金をくれるのは良いけどな!結局は足枷なんだよ!戦争のせいで不景気続き!なんであんな女の子供を授かったのかが、今でも悔いるよ!糞が!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

小さな体を震わせて、ただ謝るしか出来ないエレン。無論、彼女は何も悪くない。悪いのは、この異常な父親だ。

「お前には、やはりお仕置きが必要だな。あいつに似ない可愛さだ。俺の本当の娘なのかが気になるぐらいだよ!」

この台詞から、出生後の遺伝子検査などをしていないと考えられる。

「え……あ……いや……いやぁ!!!」

この父親の言う〝お仕置き〟と言うのが、彼女の言う性的虐待らしい。そのような事をほぼ、毎日されてきたエレン。それによる傷を残して学校に通い、更に学校でも虐めに遭う日々。

想像を絶する苦痛、絶望、悲しみ、憎しみ。これらは一丸となってエレン達を襲うのだった。

 

ある日。この生活に耐えられなくなったゼオンは行動を起こす。台所から肉切り包丁を取り出し、憎むべき両親を殺害したのだ。エレンは最初、目を疑った。だが紛れもない事実だった。 

リビングで二人は折り重なるように倒れて、胸からは血液が流れている。明らかに、子供が起こす行動とは思えなかった。

 

「こいつらが……いるから……俺達……ロクな思いしないんだ……だったら、こいつらさえ殺せば……!」

 

 いくらこの両親に虐待をされ続けたとはいえ、人間には良心が存在する。増して、実の両親と言うのならば何らかの行動をする時、まず、抑制が掛かる。だがそのタガが外れた時、人は凶行に走る事があるかも知れない。その結果が、ゼオンの行動だ。

 何が、原因だったのだろう。連邦とデウスの戦争状態なのか。それとも、そもそもこの両親は結ばれてはいけない関係だったのだろうか。それは分からない。実の子に殺されるという異常な状況。そして、エレン自身も、彼を責めることはなかったのだ。やがて、二人の手で両親は埋められ、この事件も、事故死として扱われ、闇に葬られたままとなった。

こうした出来事もあり、二人で生活して行かなければならなくなった。だがデウス動乱終戦後の状況は、豊かである方が珍しいと言える状況であり、戦争によって混乱してしまっていた世界情勢の影響もあり、彼等が行政サービスなどを受けたりする事は難しい状況だったのである。子は、親を選べない。親が異常であれば、その被害を被るのは、子なのだ。

これにより、どちらかが働かなければ生活できない状況に陥ってしまった。両親が遊び金として残していた金銭をやりくりし、生活費自体は賄う事が出来ていたものの、それからどうしても、何らかの手段で金を稼ぐ必要があったのだ。

 

 ある時、ゼオンとエレンが路上で、静かに話をしていた時だった。

「お父さんもお母さんも、結局は遊ぶお金が欲しかっただけなのかな。じゃあ、私達が生まれてきた理由って、何だったのだろう……」

ふと、考えた自身の存在意義。両親からの虐待に対して自問自答するエレンに対し、ゼオンは言った。

「そんなの考える必要なんてあるのかよ……あいつらは死んで当然なんだ!だから、俺がこの手で……!」

と、握り拳を作った時――

「両親殺し……か。成程、素質はあるかも知れない。」

「え……!?」

そこに、声を掛ける一人の人物の姿があった。聞かれたと思い、警戒をするゼオン。

「お前のような幼すぎる子供が、両親を殺害か……犯罪の低年齢化とは余りに惨いな。だが、その心意気は気に入ったよ。その勇気は組織の為に貢献する事でより、価値が増す。どうだ、氷河族に入らないか?」

「氷河族に……入る?」

彼にはそれが理解出来なかった。突然現れた人間からの勧誘にただただ戸惑うばかりである。

「組織の為に貢献すれば報酬金は出る。その活躍に関しては、お前次第……選択肢は与える。だが、これはお前にとってはチャンスと、言えるだろう。」

金を出すと言われ、ゼオンは有無を言わず氷河族に入った。その後の経過が、今に至るという訳だ。

 氷河族は少年少女も構成員として雇い、幼い頃からその戦力を育てているという。ゼオンも、言ってみればその末端の人間だったのだ。だが実際彼が行っていたのは戦力と言うよりは、雑用係と言った事が多かった。と言うのも、ゼオンには良心が残されており、この組織で行う事の方がより残酷で、彼には耐えられなかった現実があった為である。

 

 

 

「……以上がゼオンの氷河族に入るきっかけ……かな。」

「……」

レイは言葉が出なかった。ゼオンが組織に入ったきっかけ、そして彼女達が辛い思いをしてきた事実。拭いきれない暗い過去……エレンの言葉で、レイにはそれらが理解できた気がした。

「……誘われたんだ……ゼオンが自分から志願したわけじゃないんだ……でも……結局決めたのはゼオン自身って事……」

「やっぱり子供が自分の親を殺すなんておかしいよね?それに目を付けられたんだと思う。結局氷河族に入ってもあの子は不幸のまま……結果こんな事になってしまって……。」

エレンはこれらの過去を思い出し、涙を浮かべ、頬を伝った。レイは慌てて、所持していたハンカチで涙を拭った。

「ありがとう、レイは優しいね。お父さんもお母さんもこんなに優しい人だったら良かったのに……」

エレンの言葉は悲しみに溢れている。レイはそれを聞いても何もできず、ただ黙るしか出来ない。彼自身は両親にも恵まれている、幸せな生活を送って来た。エレンの言葉で、それさえも罪に思えてしまう。

(僕は今まで幸せな生活を送ってきた……父さんも母さんもいて、ミィスや姉さんもいて……リルムもいるし、モークだっている。普通に学校に行って、部活もやって……充実した毎日を送って来た。でも……それすら出来ない人もいる……エレンさんとゼオン、そんなに悲しい人生を生きてきたんだ……でも僕には何もできない、何もしてあげられない……)

レイは、自分自身が哀れに思えた。裕福な生活を送ってきたレイにとって、エレンの過去は余りに暗かった為だ。彼の思うように、どうする事も出来ず、ただ俯くしか出来ない。

「レイ、ありがとう……話せただけでも気が楽になった。何だろうね。なんだかね、レイと話すと心が落ち着く。」

「えっ……?」

「あの時、レイが私を守ってくれたからなのかな。氷河族の人間に襲われそうになった時の、事……」

そう言いながら、ホルステブロでの出来事を思い出す、エレン。レイがあの時、メイドに対して力を発揮した事で、危機的状況を脱することが出来た。その事に対し、改めて感謝の意を伝えるのだ。

「僕は何もしてないよ……本当に……」

「ううん、レイは不思議な人なんだと思う。パイロットで戦ってきたっていうけど、それも間違いないと思う。なんだろう、レイ、不思議な人……彼女が居るなんて、ちょっと思わなかったけど……」

リルムの事だ。だが、リルムは今、ショックを受けている状態だ。彼は何も声を掛けてあげることが出来ない状態の為、何もしてあげられないのだ。

 “不思議な人”と呼ばれ、レイはどこか、こそばゆい感覚を覚えた。それは物理的な感触ではなく、心の中で感じた、不思議な感触と言えた――

 

「い……いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

医務室でベッドに腰掛ける二人に確かに聞こえた、突然の悲鳴……インクの声だ。明らかにおかしい突然の悲鳴に、レイ達はすぐに、部屋を後にした。

 

 

 

悲鳴の聞こえた場所へ向かうと、悲鳴を聞きつけた人が四名そこにいた。インクは恐怖のあまり体を震わせ続ける。更に、突然の吐き気が彼女を襲った。それによりインクは嘔吐してしまう。

一体何を見てそこまでおかしな行動を取ってしまうのか……レイは思った。よく見れば、インクだけでなく、そこにいたスラッグやガーストも、インク程ではなかったが、おぞましいものを見たような表情を浮かべている。プレーンはすでに気を失っており、ガーストが支えていた。レイは部屋の中を覗こうとする。だが、それをスラッグが止めた。

「見るな!見たら……うっ……」

やはり気持ち悪くなったらしく、スラッグも口元を押さえ、吐き気を訴えた。どうにか堪えているようだが、いつ嘔吐するか分からない状態だった。それを聞いて余計に気になったレイはスラッグの警告を無視して部屋の中を覗いた。スラッグも既にレイを止める気力などなかったのだ。

「見るなレイ……!あれは……うぅ……!」

今度はガーストが止めた。レイの目を手で覆い、必死にその部屋にある〝何か〟を止めようとしていた。

「放して下さい!」

「ダメだ!見せられるものじゃない!」

レイを必死に止めるガースト。その一方で、嘔吐と戦うスラッグ……そして部屋にある〝何か〟を見て嘔吐してしまったインク……一体何が起きたのか……全く分からない。何故ここにいる人は彼を必死に止めるのだろう。視界が見えない中、レイは思った――

 

「あっ……あっ……あ……いやあああああああああああああああっ!!!」

 

エレンは見てしまったのだ。部屋にある物を。そして悲鳴を上げた……こうなれば真相を知るしかないと思ったレイは無理やりガーストの手をどけて部屋に入った。

 

 

 

その部屋に入った瞬間、レイはあまりの気持ち悪さにスラッグやインク同様、吐き気を覚えた。

レイが見た光景……それは凄まじい悪臭のする、人間の死体だった。首元から血が大量に溢れ、何故か、手には大量の血液が付着したナイフを持っている。ベッド一面が血で赤く染まり、血液は凝固している。その上で、暖房に寄る部屋の暖かさが死体の腐敗を促進させていた。故に、死臭が立ち込めている。

皆が訴える吐き気の正体。それは、この死体を見た衝撃と、それに伴い、凄まじい悪臭による、嗅覚への刺激から引き起こされたものだったのだ。

更に、それだけではない。自殺した人間の姿を見て、レイはショックを隠し切れずにいた。

「ウ……嘘……ダ……ゼ……オン…………?なん……で……?ウッ……」

この死体の正体……それは、あろうことか、ゼオン・ニーマードだったのである。先程までエレンと話していた、少年の遺体がこのベッドの上にあるという残酷な現実が、突き付けられた瞬間だった――

「いや……いやぁ……いや……嘘……嘘……嘘……嘘……嘘ォ……うぶ……うぇ……ウェェェェェェェェェェェッ!!!」

遂にエレンも、口元を手で覆いつつも嘔吐してしまった。これ程酷い死に方をした死体を見た事が無かった彼等はどうしても不快に感じてしまうのだった。ただ、彼等の場合はそうした意味での不快感ではない。ゼオンと言う、今まで親しく接してきた人間の突然の自殺が、更なる衝撃を与えたのだった。

迫る吐き気と戦いつつも、レイはエレンを死体の見えない場所へ移動させた。が、レイ自身も衝撃を受けているので上手く動けない。それを助けてくれたのは、ガーストだった。

「……皮肉な話だけど、俺は幼い時からこう言う光景は見慣れている。だから死臭を臭っても、こんな光景を見ても耐性があるんだ……でもレイはこんな光景は見た事ないんだろう?銃弾による死体は見た事があっても……こんなに首をざっくりと切り裂いた死体なんて見た事が無いんだろう?増してやMSパイロットなんだから、MSに乗って人殺しをするんだから……こんな光景なんて普通見ないよな……じゃなかったら、お前も吐き気なんてする訳ないよな……」

元々軍人であるガーストからすれば、このような光景は見慣れたものだ。しかしこの死体がゼオンのものだと知っていれば話は違う。彼等のように吐き気はしないものの、凄まじい不愉快さが彼を襲っていた。彼も今精神的に不安定だったのである。

「ガースト……さん……ウッ……」

「この子も可哀想に……あんなに吐いてしまって……実の弟なんだろ……ク……まさか氷河族の仲間が……?」

エレンの酷い姿に、ただ、同情するしか出来ないガースト。うっすらと、涙も流れてきた。

その時、悲鳴を聞きつけた他のメンバーが集まって来た。エリィにネルソン、そしてミシェにリルム……メナンはミシェと共に行動しており、ミシェがその惨い光景を見た瞬間に急いでメナンの目を目隠しで隠した。

「おわぁ?なんだぁ???」

「お前は絶対に見るな!」

子供にこのような光景は見せられるはずがない……ミシェは今回も正しい判断を下した。その一方、エレンとネルソンは余りに残酷な光景に驚きを隠せないでいた。

「ゼオン……君……?」

「酷い……なんだこれは……?一体誰が……?まさか……氷河族の連中が残っていたというのか……?」

二人は直接その光景を見なかった。彼等はガースト動揺吐き気を訴えることはなかったが、不愉快な事に変わりはなかった。

そこへ、叫びを聞いたリルムも、この異常な状況に対して覗きこもうとするが、それを、エリィに止められた。明らかに平時じゃない状況。塞ぎ込んでいたリルムでさえも、以上に気付き、反応するという、異常事態。それを止めたのは、リルムがその、行動に対して疑問視していたエリィだったのである。彼女の目を咄嗟に防ぎ、その、惨い光景を見せまいと、したのだ。

「あ、あの……?」

「……ダメ、リルムさん。見たら……立ち直れなくなるかも知れない。レイ君を見て。苦しんでる……」

そう言われて、リルムはレイを見た。吐き気と戦い、苦しんでいるレイの姿を見た時、得体の知れない寒気に襲われた。

「レイ……どうしたの?」

「あ……リルム……ごめん、ちょっと待って……ウッ……うう……」

口元を押さえ、この場にいられなくなったレイはすぐさま、近くのトイレへ向かった。気持ち悪さが限界を迎え、まさに嘔吐寸前になっていた為である。エレン達とは違い、どうにか我慢出来ている様子だった。

 

トイレにて、彼は嘔吐した。気持ち悪さは少し和らいだものの、あの衝撃的な光景が脳裏に焼き付いて離れない。ゼオンの死体を目に浮かべると、再び悲しみと不愉快な感覚がレイを襲う。

「はぁ……はぁ……はぁ……ゼオン……一体……何が……?」

ひとまず、洗面所で口の中を濯ぎ、顔を水で洗って落ち着かせようとした。だがどうしても動揺が止まらない。その状態で、再び先程の場所へ戻る。

再びレイが戻れば、気分を悪くして嘔吐してしまった三人の姿はどこにもなかった。恐らく医務室に運ばれたのだろう……レイは思った。しかしその後、再び嘔吐する者が現れた。スバキである。彼女もまた、この残酷な光景を見て気分を悪くしてしまったのだ。

「スバ……キ……?」

彼女はすぐに医療スタッフに医務室まで運ばれた。ネルソンが命令したのだ。原因が不明なゼオンの突然の死に皆が騒然とする中、ネルソンは一人部屋の中に入った。

「大尉……?」

「ナイフの指紋を調べる。……念の為だ。」

他殺の可能性は考えられるが、ネルソンが言うように念の為に、持参していた小型の指紋照合機でナイフの指紋を調べた。それとゼオンの指紋を照らし合わせた結果、悲劇的な結果が待っていた。

「なんて事だ……こんなことが……」

「大尉……?」

心配そうにエリィが声を掛ける。すると、ネルソンは部屋から出てきて、部屋をロックしてゼオンの死体が見えないようにした。

「彼は……自殺だ。何者に殺されたわけでもない。自殺した。それも、死後から時間が経過している。でなければこのような死臭は普通しないぞ……」

その言葉で、その場にいたクルー全員の顔が青ざめた。シンや整備士達を氷河族に殺されてゼオンに恨みを持った内部犯でもなく、増してやゼオンを殺す為にわざわざ侵入してきた氷河族でもない。

ゼオン死亡の犯人は、彼自身だったのだ。それを聞いて、リルムは涙を流した。それをエリィが静かに抱き締めていた。先の出来事だけでない、更に残酷な惨劇を前に、リルムはもう、誰かを疑問に抱く事すら、出来なかったのだった。

「どうして……!?どうしてですか!?」

納得の出来ない様子で、動揺していたレイは言った。ネルソンは彼の言葉に対し、静かに対応した。

「恐らく責任を感じていたんだろう。自分のせいで多くの犠牲者を出してしまったことに対してな……なんて……事を……」

ネルソンはゼオンに対して自分の思いを語り始めた。レイを含む、その場にいたクルーはそれを静かに聞いていた。

「戦争では……生きたくても生き残れない兵士が多く居る……それは兵士にも限らず民間人にも言えることだ……私は今まで何人ものそのような兵士を見てきた……そして私の前に彼等は二度と姿を見せることはなかった……彼等は生きて家族や恋人に会いたかっただろう……だがその願いも果たせずに死んでいった……彼は愚かだよ……生きることがどれだけ辛く、そして幸せであるかを分かっていない……どうしてこうも簡単に命を粗末に出来る!?責任を取る為だと……?そんな事で死んで良い筈が無い!生きたくても生き残れなかった少年兵や学徒兵もデウス動乱ではいたんだぞ!彼等には夢や希望があって……若さに満ち溢れていて……可能性があったのだ……けれども彼等は死んだ!戦争で死んでしまった!それをゼオンは自分の手で殺めた……何故こうも簡単に命を落とせる!?責任で死ぬだと……?まだ若い命がそうやって簡単に死んで良い筈が無いだろう!!」

軍人として、戦争を生き延びたネルソンから見て、自殺と言う言葉は想像を絶する程に信じがたいものだった。生きたくても、死んでしまう兵士……死に追い遣られる兵士……それを見てきているので、ゼオンの行動は悲しむと同時に、許し難いものだった。そして、その話を聞いて誰も、何も言えなかった。

 レイはこの言葉を聞き、砂漠でネルソンが言っていた言葉を思い出した。

 

―――――――自分の命を簡単に捨てるような真似をする人間がどこにいる――――――

 

その言葉が、レイの頭の中で繰り返される。まさかこの言葉を、このような状況で聞 思い出す事になるなど、思いもしなかったのだった――

 

その後の遺体処理は元医者であるネルソンに任された。血の生臭い匂いや死臭による悪臭が漂う部屋で、一人彼は懸命に作業を行うのだった……この時、ネルソンの心境はどんなものだったのか。それを知る者は、いない。

 




第六十四話、投了。
一言で言えば鬱回です。
ゼオンの死、そして困惑するエレン。メンバーは傷つき、苦悩していく――
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