ネルソンとリンセは激闘を繰り広げていた。強化されたハルッグの機動性はエクルヴィスを圧倒し、素早い動きで翻弄する。
「このぉ……!ふざけるなぁ!」
ハルッグはロングビームライフルを撃つ。が、それはエクルヴィスのビームシールドで弾かれる。その直後、肩部からビーム砲を放出した。ネルソンはすぐにこの攻撃を避けるのだが、その直後にエクルヴィスの隠し腕がハルッグの両腕部を掴む。
「しまった!?」
「アハハー、残念でした!さて、今の内にバッラバラにしてあげるー」
リンセは笑みを浮かべ、ビームサーベルを抜き、ハルッグに接近を試みた。が、その時である。突如、エクルヴィスが激しく揺れたのだ。
「きゃぁっ!?」
気がつけば、ハルッグは眼前にいなかった。一体どこへ……?辺りを見回すリンセ。その際に後方からビームの反応があったので、急いでそれを避ける。するとそこにはいつの間にか逃げ出していたハルッグの姿があった。ハルッグはビームヒールを展開しており、これでエクルヴィスの隠し腕を切り刻んで脱出したのだ。
「こう言うときには役立つな。ビームヒールは。」
「くぅ、何なのよ!ガンダムが押されるなんてありえないんだから!」
「技量の差だ。ガンダムタイプを託されるからにはそれなりにエースパイロットをやっていたんだろうが、私には及ばなかったな。若いながらにその腕、大したものだとは思うな。」
「う……うるさいのよ!おじ様は黙ってくれる!?いい迷惑なのよあんた!あーウザいわ!とっとと死んじゃいなさいよォ!」
「おじ様……か。私も酷い言われ様だな」
怒りを露にするリンセ。彼女の言葉にどこか、腑に落ちない様子のネルソン。
それを挑発するようにネルソンはハルッグを巧みに操り、エクルヴィスに攻撃を加えていく。そしてミサイルを放出し、エクルヴィスを狙う。
リンセは避けようとするがこのミサイルは追尾式になっており、エクルヴィスに直撃するまで追い続ける。
「ホーミングミサイル!?上等じゃないの!」
やがてある程度距離を開けたところでエクルヴィスは肩からビームを放出し、このミサイルを跡形もなく破壊した。
そこから、デストロイウェブを放った。運悪く、ハルッグはその攻撃に直撃してしまい、激しい電流を浴びることになった。
「うあああ!」
叫び声を上げるネルソン。高電流がハルッグ全体を包み、機体が激しく揺れる。それを浴びた後、しばらく機体を動かすことが出来なかった。
「ええい……!動け!クソ……」
機体そのものが機能を停止してしまっていたのだ。その間に、エクルヴィスはビームサーベルを抜き出し、ハルッグを切り裂こうとしている。
「おじ様……さようなら!」
キシィン
カメラアイを輝かせ、標的をハルッグに振り絞った。バーニアの出力を上げ、一気にハルッグに近づいていく。そしてエクルヴィスがハルッグの至近距離に現れた時だった。
バヂィィィィィッ
幸いにも機能が回復したハルッグはビームサーベルを抜き、エクルヴィスと打ち合いを行った。
「何なのよ!?あとちょっとだったのにぃ!」
「間一髪か……」
更にその時、レイのツヴァイがこの戦闘域に現れた。ヴェーチェルとデスペナルティとアトミックの、三機と戦いを続けている。
「お前もう終わりだぁ!死ね!」
アトミックはそう言いながら、ツヴァイに容赦のない攻撃を加え続ける。ビームランチャーを連射し、他にもショルダーミサイル等でツヴァイを攻撃していく。すると、アトミックはMAに変形した。その上をデスペナルティが乗り、一斉射撃を始めた。
ビーム兵器はバリアーフィールドで防ぎ、実弾はビームシールドで防ぐツヴァイ。だがその間にもフォリアのヴェーチェルがビームウィップで切り刻もうとしてくる。
「フフ……なかなか粘るわね。」
ツヴァイは別の攻撃を行わんと、両側の前腕部からビーム砲を撃つ。が、全てビームシールドで防がれる。展開したビームシールドはそのまま近接武器と化し、ツヴァイに接近する。
間一髪それらを避けるツヴァイ。ビーム粒子が固形状態になっているビームブレイドは、切断力に優れ、機体が掠れるだけでも驚異的な兵器と化している。
ピキィィィ
その時、レイの頭の中に電流が走った。そして接近してくるアトミックとデスペナルティの姿を確認した時、バーニアの出力を上げ、デスペナルティに接近し、右脚部で蹴った後で、左腕部で殴りつけたのである。
「うぼあっ!クソ野郎がぁ!」
この攻撃によって怒りを見せるニッカ。その為ビーム砲を射出しようとするが、生憎、ビーム粒子のエネルギーが切れてしまっていたのだ。
「マジかよ!?タイミング悪いなこの野郎!だったら切ってやるだけだろうがァッ!」
カメラアイを輝かせ、デスペナルティは二重大鎌をツヴァイに向けて振るい始めた。しかし、ビーム粒子残量が無い状態の鎌など、驚異的な切断力とは言えない。とはいえ、刃部分の熱は保たれている為、ダメージを与えるのには十分と、言える。
戦闘の中で、ネルソンはレイに回線をつなぐ。戦いながらの会話は大変だったが、どうにか応じることが出来た。
「ネルソンさん!」
「レイか。無理はするなよ。私も援護する。」
「ありがとうございます!けど……敵はガンダムが四機もいます……」
「どうにか分担させるか。それとも他の国連のパイロットに協力してもらうか?」
「出来ればそうして欲しいですけど、厳しいですね……。」
ヴァイダーガンダムの迎撃に戦力を割かれている状況で、救援を要するのは難しい。不利な状況でありつつも、戦うしかない。
「今は我々で相手するしかないと言う事だろうな。よし、私はあの鎌持ちとモノアイ変形型を相手する。君はあの二機を相手してくれ。」
「ええ、分かりました!」
ネルソンの提案通りに戦力が分担された。ハルッグは特殊強化モデルのガンダムを挑発するようにMAに変形し、ツヴァイとは反対の方向へ移動を始めた。
「舐めてるんじゃねえかあいつ!?」
「蝿は仕留めてやんよ!青い蝿!」
そう言って、デスペナルティとアトミックは共にハルッグの方向へ向かった。ネルソンの作戦は成功した。
一方で問題はレイである。敵の数は減ったが、この姉妹のガンダムを相手にしなければならないのだ。いずれもが特殊な性癖を持つ、オールドタイプでありながら妙な人物である、姉妹。
「フフ、レイ……殺してあげる。この状況で戦うのは随分と久し振りね!二対一で勝てるかしら?」
「僕だって……戦います!貴方達と!」
レイがこうして今この戦場にいる由来となったのもこの姉妹が原因である。約一年前、モントリオール市街に現れたこの姉妹のガンダムと、アインスが激突したことが原因で彼はネルソンに助け出され、それから様々な事があり、今に至るのである。彼にとって、この姉妹は因縁の存在でもある。
「フフ、二対一で勝つなんてなかなか無謀よ?増してや私達を相手にするなんて。」
「でもお姉様、この子、お姉様を気絶させたんでしょう?」
「そう……確かにただの人間ではないのは事実。でも!技量は私達の方が上に決まっている!例え、貴方が妙な力を持っていようが技量に勝るものなんてない!」
そう言った直後、ヴェーチェルはビームランチャーを射出した。咄嗟の攻撃に、ツヴァイはそれを慌てて避ける。が、次にエクルヴィスは手掌部からデストロイウェブを放った。
「くぅ!」
どうにかこれを避けることに成功する。しかし、二体の強力なコンビネーション攻撃に、ツヴァイはただただ苦戦するのみだった。近接戦闘の得意なフォリアと、射撃が得意なリンセ。
この二人の相性は抜群だった。いくらレイが力を持つ人間であっても、この姉妹の強力なガンダムによる連携プレーには苦戦を強いられる。
アイリィ・トゥールのヴァントガンダムは地道ながら敵の量産型MSを破壊している。敵機の数は順調に減っている。しかし、厄介なのは地上で容赦なくビームを撃ち続けるヴァイダーの存在だ。この存在の為に、国連のヴァントガンダムは次々と破壊されている。一斉に脚部のミサイルを発射しても、全て、強力なビームで撃ち抜かれてしまう。これでは、多勢に無勢も同然と言えた――
「あのMS……アレンさん?凄い……あの人あんな距離で戦ってる……」
激戦の中、アイリィはアレンがヴァイダーと距離を置きつつも戦っているのが見えた。一度後退し、様子を見ていたアレンだったが、ファンネルの数が減少しているのを見計らい、接近を試みたのである。
ファンネルによる攻撃がアレンを襲っていたが、全て避けている様子を見て彼女は感心した。
「あの不思議な攻撃……全部避けてる……ありえない……わぁぁっ!?」
感心している最中に、アイリィに魔の手が迫った。ジョゼフが二機、彼女の駆るヴァントを襲って来ている。ビームライフルを連射し、モノアイを輝かせて接近してくる。
「わわ、ピンチ!?」
二体一では彼女でも勝ち目がないと悟ったのか、すぐにその場から離れた。が、ジョゼフは追撃を続け、アイリィのヴァントを追う。
「そんなぁ!せめて一機ならタイマン張れるのにぃ!」
二機ともアイリィを狙って来ている。それに対し不安を覚えた彼女は自棄になってビームライフルを連射した。その時、その内の一撃が一機のジョゼフを撃ち抜き、破壊した。
「えっ!?ラッキー!!タイマンなら勝ち目ある!」
と、残りの一機に対して勝負を持ちかけた。ビームサーベルを抜いて接近戦を持ちかける。
敵も慌てた様子でビームサーベルを抜くが、次の瞬間にアイリィはジョゼフを切り裂いた。
「ヤッホー!上出来!私もやれるんじゃない!?」
と、調子に乗っていた時である。地上からヴァイダーのファンネルがアイリィを襲ったのだ。瞬間的にビームの光が見えた瞬間、ヴァントは背部に砲撃を受けたのである。
「きゃああ!」
幸い、コクピットには直撃しなかったが、推進剤を破壊されたヴァントガンダム。この時、既に機体の機能を停止してしまっていた。ぐいぐいとレバーを引いても反応せず、ただ、落ちていくしかなかった。
墜落すれば爆発は避けられない。こうなったら、脱出するしかない。彼女はコクピットを展開し、落ちていくヴァントから脱出し、パラシュートを開いて地上へ降り立った。それからヴァントは地上に落下し、爆発を起こした。それを見て、彼女はどこか、寒気を覚えていたのだった。
ネルソンは特殊強化モデルの乗るガンダム二機を引き付けていた。幸い、デスペナルティはエネルギー切れの為にビーム兵器を使用することが出来ない為、接近戦のみとなっている。それだけでもネルソンにとっては有難い事だと言えた。
(以前戦った時にあのガンダムタイプは強力なミサイルを放っている……万が一あれが発射されれば死は避けられないか……!)
強力なミサイルとは、核ミサイルの事だ。彼らが最初に遭遇した時に凄まじい爆発を出したその兵器に警戒しつつ、ネルソンは攻撃を開始した。
肩部のビーム砲の砲門をまずデスペナルティに全て集中させ、それらを一斉に射撃した。
幸い、それは全てデスペナルティに直撃し、戦闘不能に陥った。それと同時にパイロットにも損害を与え、ニッカの右腕はビームによって蒸発してしまった。
「あぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
いくら強化モデルとは言え、それが激痛であることには変わりがなかった。右腕を失った痛みと、ハルッグに対する憎しみが混同している中、獣のような唸り声を上げつつ、どうにか左腕で操縦桿を握り、戦闘域から離脱を試みた。この瞬間、ニッカは左腕を失ったパイロットとなってしまったのである。
「まずは一機。問題はあれだな。モノアイのガンダムタイプ。」
デスペナルティがやられた事を見て、アトミックはモノアイを輝かせてビームランチャーをハルッグに向けて連射した。更に、ミサイル等の攻撃も加える。
「てめえは、終わり!」
「フン!なめるな!」
ネルソンはアトミックガンダムから発射されるミサイル群に対し、ロングビームライフルで撃ち抜く。
次の瞬間に、アトミックはMAに変形し、その状態で射出出来る全ての射撃武器を発射してきた。急な攻撃だったので、ハルッグは回避しようとしても脚部に直撃してしまう。
「ぐうっ……!」
実弾兵器を受け、一度怯むハルッグ。そこへ迫る、アトミック。
「だりゃああ!ぶっ殺す!」
マシンガンやミサイルやビーム砲など、ありとあらゆる攻撃を続ける。この攻撃を見て、ネルソンはハルッグをMAに変形させた。
「MAにはMAか。」
そのままアトミックから逃げるように移動する。無論、アトミックはビームランチャー等を発射しながら攻撃し続ける。
が、MAになったハルッグの機動性は非常に高く、その、圧倒的なスピードでアトミックを翻弄する。初陣ではそれに翻弄されていたネルソンだが、今の彼はそれを乗りこなし、強力なGにも耐えることが出来ているのだ。
「なんだあいつ!?早過ぎんじゃね!?」
次の瞬間、ハルッグはビームヒールを展開ながらUターンをし、アトミックと擦れ違った。その際にビームヒールがアトミックを切り刻み、機体は激しく揺れた。
「マジか!?クソッたれ!」
機体のコントロールを失ったアトミックは撤退を余儀なくされた。そのまま新生連邦の基地の方へ向かい、戦場から離脱する。
FLCシステムを搭載した、三機のガンダムはこの戦場から去った。内一機はレイが撃墜。残りの二機も、撃退に成功したのである。
「どうにか撃退したか。さて、次はどうする?流石にあの巨体を相手にするのは厳しいな。今は、レイの援護に行くべきか。」
と、言ってハルッグを駆り、戦場を駆け抜けるネルソン。ヴァイダーガンダムへの攻撃の前に、まずはレイの援護に向かう事を、決めたのだ。
アレンはヴァイダーと激戦を繰り広げていた。距離を置きつつも、ファンネルで攻撃を加えていく。しかしあくまでもコクピットは狙わない。と言うのも、彼はリノアスを助け出したいと考えていたのだ。
「向こうが応じる気が無いのなら、力づくで助け出すしかない!コクピットから彼女を引きずり出せば!」
アレンは、リノアスを助ける事を考えていた。説得に応じないのならば、強引とはいえ彼女を引き寄せるしかない。無数のビームを回避しながら、その隙を、待つ。
「レイ、頼みがある!俺はこいつのパイロットを引きずり出す!その間、大変ではあるが、守ってくれ!出来るか!?」
アレンの提案は無茶と呼べるものだ。明らかに危険以外の何者でもない。話し合いに応じないのならば、助け出そうという、その提案が無理難題だ。姉妹と交戦しながら、レイは言った。
「そんなの、大丈夫なんですか!?」
「賭けだけどな!頼む!我儘と思って付き合ってくれ!」
「分かりました……!」
レイ自身も大変な状況ではあるが、アレンの賭けに乗るしかない。ジェノサイド・マシンを止められるのならば、僅かな可能性にも賭けるだけだ。
その間にも、ヴァイダーは巨大なカメラアイを赤く輝かせ、無数のビーム砲を延々と撃ち続ける。その砲撃は別のMSに直撃し、破壊された。
一歩ずつ、また一歩ずつ巨体を動かしながら迫ってくるヴァイダー。その巨体の動きは留まる事を知れず、破壊行為を繰り返し続ける。
と、次の瞬間だった。アレンは迫るヴァイダーのファンネルを、攻撃しつつ、バーニアの出力を展開し、一気にヴァイダーのコクピットに接近したのだ。これを見て姉妹のガンダムもヴァイダーに向かおうとする。しかし、それをレイが止めた。だが、ヴァイダーのブリッツファンネルは無差別な砲撃を行い続けている。つまり、姉妹のガンダムにも魔の手が及んでいるのだ。
「この機体!敵と味方の区別が付いていないわ!」
「悔しいけど距離を置くしかない……」
渋々、姉妹のガンダムはヴァイダーから距離を置いた。それが、不幸中の幸いと言えたのだ。この間も、レイは猛撃を行うヴァイダーの攻撃からアレンを守っている。無論、彼自身もだ。
やがて、ブライティスはコクピットに接近した。その周囲にある副装ビーム砲がブライティスの邪魔をするが、間一髪回避し、頑丈なコクピットに対して、ビーム刃の出力を押さえ、切り刻んだ――
「馬鹿、な……!?」
そこで見えたものは、何か。それは、人間の身体の一部である、“脳”が培養液の中に浸っている光景だった。誰の脳なのかは、明確だ。恐らく……いや、確実にリノアス・クリストルである。
今までも何度か強化の度に調整を行われてきたリノアス。だが今回の彼女の姿は、“人”の姿をしていなかった。人の身体の一部……それも、最も重要な器官である、脳のみが存在している状態で、この場に居たのだ。
人は力を求める為にここまで残酷な行為が出来るものなのか。リノアスは特殊強化モデルとして存在し、幾度となく交戦して来た。その成れの果てが、これだ。只の脳となってしまった彼女。その脳が、人型の兵器を操り、破壊行為を行っているという。これでは、どちらが人であるのかが分からない。人型の兵器を、人の形をしていない者が操っているという状況。何だ、これは。この残酷な光景は一体何だ?
「酷過ぎる……こんなのって……」
その言葉しか、浮かばない。コクピット越しに見えた脳の存在は、アレンに大きな衝撃を与えた。彼はリノアスをどうにかして助けようとしていた。しかし、相手が只の“脳”ならば、助ける事等出来る筈がない。助けた所で、何になるというのだ?
人ならざる者の姿をしたものを見た時、人は諦めが付く。諦めるしか、無い。助けて何になる?もうそれは人の形をしていない。人じゃないのだ。
だが、それは本当に人でないと言えるのか?ただ、組織によって人ならざる者に変貌を遂げた存在に対し、“人間でない”と一蹴に出来るのか。行ってみれば、彼女は被害者だ。只の殺戮兵器を操るだけの、被害者。
彼女は確かに、多くの人間を殺した。ロンドンの民間人を容赦なく殺し、それ以外にも日本等でも少人数ではあれど、民間人を殺している。だがそれを指示したのは、新生連邦軍だ。その組織が、諸悪の根源だ。
相手は人でない。だが、何だろうか。怒りと言う感情は一切湧かない。寧ろ、哀れみや悲しみのみが浮かぶ。この、悲しさは何なのだろう。いつしか、アレンの表情は俯いたまま、苦悶の表情を浮かべている。リノアスへの、同情なのか。脳へ変貌を遂げた彼女を想っての、感情なのか。感情のコントロールが取れていた筈のアレンが、苦しんでいる。
「倒すしか、ない……」
アレンは決意した。リノアス・クリストルを殺す事を。
『それで、良いの』
「え……?」
声が聞こえた。その声は、脳に直接聞こえたように感じられた。少しして、再び声が聞こえる。
『もう私は……人間ではないから……殺して……暴走を止めて……』
「この声……まさか……?」
聞き覚えのある、声だった。
『私はヴァイダーガンダムそのもの……危険な存在……だから殺して……』
「……ッ!」
確かに聞こえた、声。そして断言できた。その声の主はリノアス・クリストル本人の声だと。利用された女性の悲しき訴え……アレンにはそれらが全て把握できた。そして彼はブライティスの操縦桿を握り、一旦、ヴァイダーから離れた。
「やるしか……ないのなら……倒す……倒してやるッ!」
アレンは行動を開始した。躊躇いなく、ヴァイダーを破壊する為に、彼は破壊されていない残りのファンネルを全て展開する。敵は、脳と化したリノアス。彼女を殺し、ヴァイダーを止めるしかない。そうとなれば、躊躇う事はない。
それらはビーム刃を展開し、ヴァイダーに迫る。が、ヴァイダーはその攻撃に反応し、ファンネルに向けて大量のビームを浴びせた。その為、全てのブリッツファンネルは破壊されてしまう。
リノアスは死ぬ事を望んでいる。一方で、攻撃の手は緩めない。彼女の行動と本心は表裏一体。脳のみで動いている本体と、アレンに対して語った言葉は乖離している。躊躇いのない攻撃は、死を望んでいる彼女の、矛盾以外の何者でもない。
ブライティスのブリッツファンネルは破壊されたが、彼にはまだファンネルが残っていた。両側腰部に存在する、ブラスターファンネルである。ブリッツファンネルよりも出力のあるビーム刃を繰り出すことのできるそれは、今の彼にとって切り札の以外に何でもなかった。
残り二基のファンネル。これが破壊されれば、残る対抗手段はビームサーベルしか残っていない。ヴァイダー相手に先程のような至近距離での攻撃は極めて危険である。二度も通じない。しかし、今は賭けるしかない。二基のファンネルに彼は全てを託した。
しかし簡単には行かない。アレンがブラスターファンネルを射出した時、すぐにヴァイダーのファンネルがこの二基を狙って来た。素早く避けようにも、ヴァイダーのファンネルの方が素早い。そして、ビームが放たれようとした――
ドガアアアアアアアアアアアッ
突如、ヴァイダーは爆発を起こしたのだ。その爆発の威力は凄まじく、ヴァイダーは行動を停止する。何が起こったのか把握できていないアレン。しかし、爆発した場所を見て彼はふと思い出した。
(ツヴァイの最初の攻撃か……!)
ツヴァイがこの戦いの最初に撃ったプラズマカノンによるダメージが、この爆発を誘発したのだ。先ほどアレンが聞いた奇妙な音の正体は、ヴァイダーのダメージの音だったのだ。
(あの機体はダメージを受けていたにも関わらず、攻撃を続けた。一切止まる事なく。それによって機体自体に熱の放出が出来ない状態だとしたなら……)
ルイーナシステムを放射した際、膨大な熱が生じる。それを冷却し、機体の放熱を行うのもヴァイダーのバインダーの役目だ。
だが、ツヴァイのプラズマカノンはこのバインダーにダメージを与えた。つまり、冷却機能が作動していない状態だったのだ。この上でビーム粒子を使う為に機体内で熱が上昇し続けた結果、オーバーヒートを起こし、爆発を起こしたというのである。ヴァイダーの破壊には、最初の砲撃で失敗はした。だが、今になれば、これは願ってもいない絶好の機会と、言えたのだ。
アレンはそのままブラスターファンネルをバーニアに突き刺し、更なる爆発を誘発する。
「あのガンダムが爆発を起こしている……?」
レイは姉妹と戦っている最中にその様子を見た。一体何故このような事が起きたのかは分からなかったが、足止めが出来ていることは間違いなく、レイは少し安心していた。
「ちぃ、こんな……!?」
ヴァイダーの爆発を見て焦るフォリア。やがてメガビームライフルで高出力のビームを連射し、ツヴァイを襲う。だが彼女の狙いはツヴァイだけではなく、ブライティスにも向けられていた。
ブライティスはビームサーベルを展開し、コクピット付近にあるヴァイダーの動力部を突き刺そうとしていた。が、ヴェーチェルがそれの邪魔をする。しかし、そのビームライフルはツヴァイが防いだ。
「邪魔をする気!?」
「これ以上破壊行為なんてさせません!」
「子供が調子に乗っちゃダメなんだよぉー!」
今度はエクルヴィスがデストロイウェブをブライティスに向けて放つ。が、これもツヴァイがファンネルを使って破壊し、阻止した。そして、アレンは高速でヴァイダーの動力部に向けて、ビームセイバーを持ち、突撃する。
「解放してやるから……!」
ズバァァァァァァッ
ビームセイバーはヴァイダーの動力部に突き刺さった。ビーム刃の高熱がヴァイダーの装甲を貫き、やがてコクピットは炎に包まれる。この時、ビーム刃はリノアスの、脳にまで、至っていた。人ならざる者と化したリノアスを、彼の手で倒す事に、成功したのである。
キィィィィ
その時、アレンは光に包まれる感覚を覚えた。眼前が真っ白に輝いていく。
まるでそれは、リノアスが見せている幻覚に見えた。これも力のある人間が感じ取れる力なのかは定かではないのだが、戦闘中にも関わらず、気がつけばアレンは辺り一帯がただ白いだけの不思議な場所にいた。
以前にも感じた事のある、感覚。ここで、アレンとリノアスは話をした。感情を欲していた彼女と、感情を押し殺していたアレン。今、アレンはあの時と違い、自身で感情をコントロール出来ている。
少しして、彼の正面にリノアスと思われる女性の姿が現れた。先ほどアレンが説得した時とはまるで違い、表情も優しく美しい笑顔をアレンに見せていた。目も綺麗な水色をしており、純粋に美しいと呼べた。
リノアスの本体は既に肉体はない。となれば、今目の前に居る彼女は、精神体……言うなれば、魂だけの存在と、言うべきだろうか。
『ありがとう……これで、私は解放される……』
リノアスは自然な笑みを浮かべていた。感情を欲していた彼女の、笑み。魂となった彼女は、本来の感情をようやく取り戻したのである。
『それが、君の本来の表情なのか……』
余りに自然なリノアスの姿に、アレンはどこか、感銘を受けている。感情を求めていた人間が表情を戻したのを見て、喜びを感じているのだ。
『私は、元々シンギュラルタイプとして存在していた。けれど、それに目を付けた軍が私をシンギュラルタイプとしての力を更に飛躍させると言って強化手術を行った。その結果が今の私……感情を失ったまま、私は生き続けていた。感情を求めたけれど、それを表現が出来なくなっていった。けれど貴方と会った時、貴方の持っている温もりがかつての私を思い出させてくれるようだった。温かい感じ……貴方の、そんな感じが大好きだった。』
白い光の世界の中で、リノアスは欲していた感情を出している。彼女の笑顔は、余りに眩しく見えた。
『けれど軍はそれを許さなかった。私は更なる強化を施され、気がつけばあの殺戮兵器のパイロット。私はこれ以上強化モデルとして存在したくない。最終的には脳だけになってしまって、ただ敵を殺すだけの兵器となってしまったならば、死んだ方がいい。私は、ずっと願ってた。けれど誰も私を殺せなかった。でも……やっと私を殺してくれる人が現れた……それが貴方。』
『そんな……そんな事を望んでいたなんて……』
『強化された時から私の運命は決まっていた。私が死んで、一人でも犠牲者を減らして欲しい……そう考えていた。けれど私は意志をも強化され、完全に戦うことしか許されなくなっていた。感情さえも失ったまま、ただ命令通りに従うしかなかった。けれどようやく叶うの……願いが。これで……私は解放される。嬉しいの……』
本来のリノアス・クリストルは非常に純粋で、心優しい少女だったのだ。しかし彼女は心優しいだけでなく、シンギュラルタイプとしての素質もずば抜けて優れていた。それに目をつけた人間が彼女を強化モデルとして利用し、戦闘マシーンとなってしまった。その時、すでに心優しいリノアスの姿はどこにもなかったのである。
『私はもう、これ以上死人を出さなくて良い……もう、戦わなくていい……戦わされなくて良い……ありがとう。そして……さようなら……』
そう言って、リノアスは笑みを見せた。今まで見た事のない彼女の笑みは、どこか切なくて、美しく感じられた。
次の瞬間、リノアスは姿を消し始めた。段々とアレンの前から姿を消していき、やがて全身が消えてしまった。
「リノアス……ゆっくり、休んでくれ……」
気がつけばコクピットの中だった。そして、アレンは眼前で脚部から崩れ去っていくヴァイダーの姿を、ただ、虚ろな表情で見ていた。
一方のヴァイダーは、崩れ去る中、ブライティスに対して手を差し伸ばしているように見えた。その巨体が崩れゆく中で、まるで感謝をしているかのように、ビーム砲となってした指部はどこか、優しい形状をしているように見え、そのまま崩れていく。
やがて、ロンドンを壊滅状態にし、多くの死人を出したジェノサイド・マシンは、その形を崩壊させたのであった。
ヴァイダーが破壊された知らせを受けたフークは明らかに焦っている表情を見せた。切り札を破壊された……その衝撃が彼を襲った。
「ば……かな!?あれが破壊されただと!?あり得ない!ふざけるな!リノアスめ!何故、失敗した!?最高傑作のマシーンだったのだぞ!?」
あくまでも、リノアスの事を兵器扱いしていたフーク。この男の残酷性は、周囲の兵士達もどこか、恐怖に、そして、不快感を示す程と、言えた。
「ヴァイダーガンダムがやられる事があって良い筈がない!こんな馬鹿な事が!あり得ない!!!まさか、あの脳になったマシーンは最後まで感情を持っていたとでも言うのか!?絶対に敵を倒す完璧な存在だったのに!?」
フークの表情は感情を溢している。リノアスが欲していた感情ではあるが、この男はリノアスが死んだと同時に感情を溢した。
そこにある感情は、リノアスに対する哀悼の意等ではない。破壊兵器が破壊された事に対する苛立ち。ただ、それだけだ。
「国連に敗れる事があって良い筈がない……私はどうなる……!?このままでは失脚も目に見えているぞ……くそっ!」
リノアスを利用し、生体ユニットとして扱っていたこの男は、いざ、リノアスが倒された時に何を思ったのか。その答えが、保身である。
作戦の失敗に対する自己防衛。この男は、それをし続ける器の小さい男だ。以前にダッゲインが東京で暴走行為をした際に於いても彼はマサアキが死んだ事を利用し、彼に全責任を擦り付けた。それ故に、フークは今の立場で在り続けている。
このような男に利用され続けたリノアスは、浮かばれないだろう。この残酷な人間の呪縛から解放したアレンは、紛れもなく、リノアスにとっての救世主と呼べるだろう。
激戦から時間が経ち、夕刻になった。ダーウィンはほぼ壊滅状態ではあったが、不幸中の幸いと呼べるのは、市民の死者がロンドンの時程居なかった事である。市民の殆どが避難を終えていた為、ダーウィンの地や、建造物自体は破壊されてしまってはいたが、それでも、人が生きている事は幸いであったのだ。
「町はあのザマだから、市民はまた別の場所に暮らさないとダメだなぁ。」
一人の、国連兵が言った。
「まあ……仕方ないだろう。俺達もここを戦場として戦った。だから俺達も悪人なんだ。偉そうには言えないけど、命があれば何だってできるんだよ。だから新しい家を探して、幸せになってくれればいいんだよ……金とか掛かるだろうけれど……さ。」
生き残った兵士達は、この惨状を見てただ、呟くだけ。ヴァイダーガンダムを止める為に皆が奮闘し、国連軍は勝利を収めた。
勝利したのは良い。だが、被害を受けたのは街だ。戦争という行為は何も産まない。犠牲になるのは、いつの時代も一般市民だ。住処を追われ、元の生活に戻る為には膨大な時間を要す。
なのに人は戦争を続ける。破壊と再生を繰り返す。それによって犠牲者が出るのは明確なのに、何故?
人は争う事を本能としているが故なのか。歴史から学ぶ事はしないのか。歴史で学んだとしても、所詮人という生き物は、本能には抗えないのか。それとも、争い合うように遺伝子が出来ているのか。
しかしそれは動物にも言えるかも知れない。最も、それは人間の場合はより酷い兵器を使って同胞を殺す事をする事も、兵器で行ったりはするのだが。
新生連邦軍と国連軍の戦争。その中には同じ人間も居ただろう。だが、所属が違うだけで、人は戦争を行う。そして、罪ない人を巻き込み、殺めるのだ。結局、戦争は何も産まない。愚業以外の、何者でもない。
「人の命を奪うよりはマシだろ?」
「戦争に関係無い人だけは殺したくないからな。」
その意見はそれぞれだ。生きていれば良いと思う者も居るが、それだけに留まらない。今後、彼等は生活を送る事が大変になる。戦争によって、齎された厄災は簡単に消える事はないのである。
国連は勝利を収めた。だが、この状態に対して悲しみに暮れる者が、居た。今はプレーンがポロポロと涙をこぼしていた。そして彼女は手術室前にいる。ネルソンや国連の医療班が彼の手術を行っているのだ。エスディアは海中から発見され、スバキが血まみれだった彼を助けたのだと言う。今は医者達に任せるしかない。セイントバードのクルーは皆、彼の無事を祈った。
「大丈夫……ガースト君は無事だよ、きっと……」
「エリィ……」
そこには、まるで母親のように優しい笑みを見せるエリィがプレーンを優しく包み込んでいるような光景があった。プレーンは涙を流し、エリィに抱き付く。その行為に対し、彼女は静かに、プレーンの頭を撫でてあげた。その様子を見ていたレイとリルム。彼等もガーストの安否は当然心配である。
ピキィィィ
が、その時だった。レイの頭の中で突如電流が走った。戦闘中でもないのに、何か危険があるのか?しかし、そんな危険なものはどこにもなかった。何も感じられなかったのだ。だが、彼は頭痛を訴えていた。
「うぅっ……この感覚……何……?」
それはまるで誰かが自分を導いているような感覚だった。そして、レイはそのまま走り出した。
「レイ!?」
置いて行かれたリルムは、ただレイの背中を呆然と見守るしか出来なかった。
レイが走ってきた場所は、戦闘の後のダーウィン市街だった。まるで廃墟のような光景が彼の眼に焼き付く。それと同時に、この光景を見てある事を思い出した。それと同時に、頭痛が止んだ。
「この光景……どこかで……いや、間違いない……!」
レイが思い出した光景……それは、夢の中の光景だった。ただの夢ではなく、彼が時々何度も見る奇妙な夢。そこに出てくる夢と光景がそっくりだったのだ。形も、配置も、天気も何もかもが共通していた。レイは目を疑った。だが、紛れもなくそっくりだった。
「あの夢の光景が……どうして……?」
この光景を見た瞬間、レイには不安が過った。と言うのも、夢の内容ではこの次の瞬間に背後から銃声が聞こえ、そこへ駆けよれば一人の少女が死んでおり、そして彼自身も背後を振り向き、謎の男に銃を向けられる……夢はいつもそこで終わる。この謎の夢が示唆する者は、もしかすれば今の状況なのかも知れない……レイは考えた。
パァンッ
すると、彼の予想通り背後から銃声が聞こえた。あまりに共通しすぎており、レイは恐怖を覚えた。だから、銃声に反応したくなかったのだ。
だが、夢と今がこれだけ共通しているなど普通はあり得ない。確かめたいと言う欲求がレイを動かした。もしかすれば死ぬ恐れがあるとは言え、レイは静かに銃声が鳴った場所へ向かう。
案の定、そこには少女が死んでいた。これも夢の内容と全く一致する。そして、嫌な予感が過ったレイはふと後ろを向く。
やはり、夢の中と同じ展開が待っていた。つまり、謎の男が彼の背後に立っていたのである。
「見たのか……」
だが、レイはその男の姿がはっきりと見えた。夢の中では全身が黒く、何者であるのかが分からなかった。しかし、そこにいた男ははっきりと見ることが出来た。
「貴方……は……まさか……」
「悪い子だな。見てしまったんだろう。この光景を。少女は力を持っていた。だから殺したのだ。しかし君は見てしまった。君はこの子と一緒に死ななければ。」
台詞が多少異なっていたが、展開も全く同じだった。しかしレイはこの男を知っていた。夢通り、男はポケットから銃を取り出そうとしている。
この時、レイは男にそうさせる前に、尋ねた。
「貴方は……エファン・ドゥーリアさんですね……」
夢の中でも、そして、今でもレイを殺そうとしていた男の正体。それはエファンだった。だが、夢の中と現実では声が違う。夢の中では黒い影に隠れていたせいで声もきちんと把握できていなかったのかは不明ではあるが、それでも彼が夢の中の男とほぼ同様の事をしているのは間違いなかった。
「不思議そうな顔をしているな。何故私がここにいるのか……といった所か。」
何故だろう。レイは、この男を見ても恐怖を感じていない。正夢の筈なのに、彼を夢で何度も殺そうとした人間である、筈なのに。何故?
「それも……あります。けれど僕にとって一番の不思議は、ここ最近……いえ、数年前から何度も見る夢と今の内容が一致している事なんです。こんな風景の中、銃声が聞こえて、銃声の聞こえたところに行けば女の子が死んでいて……そして振り返れば男に殺されかける……そんな夢。僕はそれを、ずっと見て来たんです。同じような夢をずっと……不思議で仕方がないんです。」
淡々と語る、レイ。何度も見たが故に、内容を把握し切っている。目の前にいる男がエファンという、恐怖を与えて来た男であるにも関わらず、彼自身不思議な程に、流暢に喋る事が出来る。」
「そして今、その夢が現実になりました。正夢を見ていたって事になります……僕は。」
その時、エファンは銃を収納し、高らかに笑い始めた。
「クク……ククク……ハーハハハ!そうだ!そうだったな……夢だ!そして夢に出てきた男の正体は私……!そしてお前は、夢を見るに値する、アドバンスドタイプの血が流れている人間だよ!」
「アドバンスドタイプの血……!?僕が……?何を、言ってるんですか!?」
エファンの発言にレイは戸惑う。何せ、彼が言っているのは前にアレンやジャンヌが言っていた事と同じ事を言っているからである。
この時の、彼等との違い。それは、この男はレイがアドバンスドタイプの血が流れていると“断言”したのだ。ジャンヌ達は可能性でしか話をしなかった。なのに、エファンは断言をした。
レイはこれが何かの間違いだと信じたかった。しかしエファンはそんな彼の思いとは裏腹、引き続き語り続ける。
「明らかに動揺しているな。少し面白い事を教えてやろう。お前が最も気になっているであろう、〝夢〟についてだ。」
エファンは鼻で笑った後で、彼が見続けていた悪夢について語り始めた。
「これはお前の中に備わっているアドバンスドタイプの力にも関与する話でもある。私はお前以外にもう一人、アドバンスドタイプの力を無自覚にも宿している人間を見た事がある。その子は今、死んでしまったがな。その人間もお前と同様、気味の悪い予知夢を見ていた。それは最終的に自分自身が死んでしまうと言う、夢だった。その予知夢が現実のものとなった時、その人間はその夢の通りに死んだ。悪夢が現実のものとなってしまったのだ。」
理解が追い付かない。悪夢が現実になる?そのような御伽噺の事があろう筈が、ないだろう。
人は悪夢を見る時はある。だが、それが予知夢になるというのは根拠として成り立っていない。せいぜい、都市伝説レベルだろうか。この御伽噺のような話を、エファンは堂々と、語っていたのである。
「そして、その夢を見せていたのは、この私……エファン・ドゥーリアと、いう訳だ。」
「夢を見せていたって……!?」
エファンが今までの悪夢を見せていた……レイは耳を疑った。そして、あり得ない事だと悟った。いくらこの男が力を持っているとは言え、悪夢を見せ続けるなど出来る筈がない。
この男と接触したのは、今まで生きていた中で、カイロでの出来事の時と、日本の空港の時と、オペレーション・デモリッション・クリエイションの時の合計三回。それ以前から夢を見ているレイは彼と接触した覚えがない。この男は、何を言っている?レイはさらに、理解が追い付かない様子だった。
「馬鹿な、信じられないといった様子だな。しかしこれは事実だ。実際、私とお前は過去に一度会っているのだ。お前が覚えていないだけで、私は一目見てこの子供に備わっているアドバンスドタイプの力を感じ取った。私自身が純粋なアドバンスドタイプだからな。だが、お前は力を宿すに値していなかった。故に、お前には〝予言〟をしたのだ。殺害の〝予言〟を。」
予言で夢を見せる?この男の言動の疑問は留まる事を知らない。理解不能な言動はレイを更に困惑させていく。
「分からない……分からないです……」
「当然だ。普通、人がある人間に関する悪夢を見る時はその人間が自分にとって嫌悪を感じる時であり、意図的に見せられるものではない。しかし私はお前に悪夢を見せ続けた。いや、“お前”だからこそ出来たと言うべきか。」
悪夢を見せる……その事にレイは疑問を感じた。普通、人が人に夢を見せるなど出来ない。夢はあくまでも自分の中で意図的に見られるものでもない。好きな夢をいつでも見られ
る訳ではない。それは当たり前であり、自然の事なのである。
だがこの男は夢を見せられるという。アドバンスドタイプと呼ばれる人間がいくら特殊だからとはいえ、人に夢を見せられるというのか?この男は、何を言っているのか……?
「不可能だろう……と思っているな。しかし可能だ。私は私自身の意志で、力を持つ者になら様々なプレッシャーや恐怖をダイレクトに与えることが出来るように、お前自身も力を持つものだと分かっていたからこそ、私は悪夢を見せることが出来るのだ。戦闘中にプレッシャーを与えるようにな。私はお前が幼い頃に悪夢を見せるように設定し、そして現実のものとするまで見せ続ける……それがお前に与えた悪夢。それは、お前にも、私の頭の中にも残った。無論その間に死んでしまえば私の中では問題無かったのだが、生憎お前は生き延びてしまった。しかも一番厄介な事に一番私にとってパフォーマンスを、本格的に発揮し始めているタイミングでお前は再び現れたと言う訳だ。よりにもよってアドバンスドタイプの力を覚醒させた状態でな!」
エファンはレイの事を知っている様子だった。レイの幼い頃から彼がアドバンスドタイプの力を宿しているという理由で、エファンはレイに悪夢を見せていた。悪夢はエファンがレイに見せていたものであった。そしていつかレイを殺害する為に、彼の言う〝予言〟と言う形でレイに悪夢を見せ続けたという。
彼は、アドバンスドタイプであると断言し、その上で将来的に殺す、悪夢を見せ続けたというエファン。言葉の一つ一つが、理解出来ない。
「僕がアドバンスドタイプって……どうして……そんな事を……意味が、分かりませんよ!」
何が何だか分からないレイ。困惑し、表情に余裕がなくなる。それとは対照的に、エファンは笑みを浮かべてレイを翻弄する。
「お前がアドバンスドタイプである事には裏付けがある。お前は、今まで生きてきて、奇妙な症状はなかったか?例えば身体の傷が癒えるのが常人よりも優れているとか、血液が甘いとか、そして……身体が輝く……とか。」
「!!!」
この台詞を聞き、レイは思い出した。自身に起きた出来事を。今までの生活を振り返っても、自分は傷の治りが早い。それだけでなく、ダーウィンでの戦闘前にフォリアに襲われた際も奇妙な現象は起きていた。自身が碧色光り輝く事や、血が甘いとジャンヌに言われた事等。
「どうやら思い当たる節があるらしいな。それはお前の中にアドバンスドタイプの血が流れているからこそ、そんな現象が起こる。つまり、お前の血液の中にはアドバンスドタイプの源ともいえるディヴァインセルが流れているという事だ。」
「嘘……だ……アドバンスドタイプの血なんて……嘘に決まってます!大体、アドバンスドタイプとかディヴァインセルって……意味が分かりません……!そんなの偶然に決まってます!!僕は力を持つ人間かも知れない……けど、そんなの、分かりませんよ!!」
レイは必死に否定した。そのような事がある筈がない、絶対にありえない……と。自分がシンギュラルタイプだから、普通の人とは違うのだと、自分に言い聞かせる。アドバンスドタイプなどではないと、彼は必死に否定する。
しかし彼には覚えのある身体現象があった。エファンの言った言葉は全てこれらに該当する。だが自らに覚えがある……覚えがあるどころか、実際に経験しているとはいえ、レイは彼の言葉を否定する。そもそも彼は、ディヴァインセルという物質の存在も、アドバンスドタイプがどういった人間であるかも知らない。知らないからこそ、彼は恐怖に感じていたのだ。
「お前はガンダムに乗り、その戦場で何度も死を意識する場面を経験している。そして、そうしている内に秘めた力を目覚めさせてしまったと言う事か……運命とは、本当に残酷なものだ。可哀想にな。そうでなければ殺されることはなかったのに。私にとって、力を持つ者は、消さなければならないからな。」
その瞬間、エファンは改めてポケットから銃を取り出し、レイの頭部を狙った。緊迫した空気が張りつめる。その中で、レイは口を開ける。
「意味が……分からない……分からないです……どうして殺すという発想になるんですか……?僕自身が、分からないのに!?アドバンスドタイプなんて、知らないのに!」
震えが止まらない。しかし、口を開き、レイは言う。するとエファンはその状態を保ったまま、静かに呟いた。
「これ以上は知る必要はないだろう。どの道今から死ぬ人間に言っても仕方の無い事だからな。アドバンスドタイプの力を持つ少年よ、死ね。」
レイの身体にはアドバンスドタイプの血が流れている事を伝えた上で射殺しようとするエファン。彼自身は何もかもが分からない状態で、絶望的な状況に追い込まれている。このまま夢のように殺されてしまうのか……不安になるレイ。彼の側頭部から、静かに汗が頬を伝って流れた。
第七十話、投了。
ヴァイダーガンダム、撃破。
しかしその後で、レイが見ていた、“あの”悪夢の真相が語られる――
エファン・ドゥーリア。彼は果たしてレイにどのような影響を与えるというのだろうか。