レイの眉間に対し、しかも至近距離で引き金を引こうとするエファン。もし撃たれれば即死は免れない。彼は悔しかった。この男の真意を知ることが出来ず、ただ苦しい悪夢を見せつけられ続けて、最期にはこの有り様になってしまった事を。エファンの眼は本気だ。本気で、彼を殺そうとしている。
悪夢が現実になり、死を覚悟しなければならない状況に陥るなど、誰が想像出来たか。自分が何者なのかも分かっていないのに、このまま悪夢を見せたとされる人間によって殺される?そのような理不尽があってたまるものか――
パァンッ
やがて銃声が鳴った――が、レイは痛みを感じなかった。しかも、銃声はエファンの構える銃から銃声は聞こえなかったのだ。
静かに、レイが眼を開けると、右手から血を流しているエファンの姿がそこにはあった。そして、銃声のした方向を見るとアレンがそこに居た。
「レイ、無事か?」
「アレンさん……」
間一髪だった。アレンはレイの救出に成功したのだ。ここで彼が来なければ、レイは殺されていた。これはエファンにとっても予想外の出来事の様子だった。しかし、エファンは怒る様子を見せず、寧ろ、笑っていた。
「ほぅ、アレン・レインドか。まるでドラマか漫画のようなタイミング……まあ、そんなものはどうでもいい。だがレイ・キレス。お前はここで死ぬ運命だよ。お前の見た夢は正夢だ。ここで死ぬ、運命なのだ。」
「そんな正夢……嫌だ!」
当然否定する、レイ。目の前の男が怖い。しかし、生きたいという本能が、レイに言葉を吐かせる。
「残念だが、諦めて貰わなければならない!」
すると、エファンはもう片方の手に銃を忍ばせ、再びレイを狙い撃とうとした。だが、これをアレンが阻止する。再び放たれた銃弾はその銃を弾き、アレンはそのまま、エファンに向けて銃を構えている。
銃を向けられているのも関わらず、余裕の表情を作るエファン。この男のレイに対する執着心は、彼に恐怖を与えていく。
「ここに力を持つ存在が二人。私にとって、好都合な状況となった訳だ。さあ、お前達ならば私を感じる事が出来るだろう?その、頭の中に私の存在を!」
―――――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――
エファンの眼が、深紅に染まった。それはまるで、レイが見せる現象と同様の現象だ。この瞬間、アレンとレイに、激しい頭痛が襲い掛かる。
アレンは片目を瞑り、この痛みに翻弄されている。一方のレイは冷や汗を掻き、軽く息が切れ、激しく呼吸を繰り返した。その中でも、アレンは、レイを守ろうと銃をエファンに向ける。だが、照準が定まらない。エファンの放つ妙な感覚が、彼の行動を邪魔しているのだ。
「はぁ……あああ……」
「ク……駄目だ……なんだこれ……?」
互いに感じる、妙な“感覚”。まるで頭の中を虫が蠢く感覚は、この男が放つ、特有の感覚だ。この正体とは、一体……?
「私はお前達とは同様のようで、違う存在。その上で、私には力を持つ存在を抹殺しなければならない義務がある。丁度良い機会だ。せめて、二人仲良く葬ってやろう。」
まるでエファンには奇妙なオーラが放たれているように見えた。この男が放つプレッシャーは尋常ではない。これが、エファンの放つアドバンスドタイプとしての力なのか。だが、それにしては余りに常軌を逸している。恐ろしい、感覚だ。言葉で表せないイメージは両者を苦悩させる。
パァンッ
そこへ銃声と共に別の人間が現れた。エファンは放たれた銃弾を避けた後にその方向を睨み、すぐに左手に持っていた銃を発射した。が、それは軽やかに回避される。
やがて姿を現したその女性は、エリィだった。
「予想外の人間が来たな。同じ、アドバンスドタイプを感じるのならば、ジャンヌ・アステルが来るかと思ったのだが……」
「突然出て行ったレイ君が心配になったからね。アレン君も、苦しそうにしてる……」
エリィは真剣な眼差しで銃を構え、エファンを狙う。目の前に居る異様な力を持つ男を前に、緊張はしているが、それでも両者を助ける為に、彼女は動こうとしていたが――
「貴方は何者……ッ!?」
と、エリィもエファンから放たれるプレッシャーに挫けそうになった。更に頭痛まで感じ、エリィは頭を抱え、その戦意が失われそうになっていく。
エリィはシンギュラルタイプだ。目の前に居るエファンと、アレン、そしてレイとは違う存在。簡潔的に言えば、アドバンスドタイプと比較して、劣る存在。しかし、力を持つ存在である事に変わりはない。この為、エファンが放つプレッシャーを直接、感じ取ったのだ。
「はぁ……ああっ……!あああああ!!!」
エリィも苦しんでいる。そして、この感覚に、何処か、覚えを感じていたのだ。
(何!?この感覚は……いや、これは……カイロで感じた感覚に似てる……?この人、一体……!?)
エリィは思い出した。カイロで入院していた時、奇妙な感覚に襲われ、嘔気等の訴えを感じた事を。
「ほう。そこの女、エリィ・レイスも力を持つ者と見た。成程、ここは力を持つ者の巣窟と言う事か。」
今、エリィは、レイとアレン以上に苦しさを訴えていた。一度跪いてしまえば、もう立てなくなるような恐ろしい感覚……それを、彼女はまともに感じてしまっていた。
エファンの放つプレッシャーは、計り知れない。一度に三人を苦しませることが出来るこの男の力は、果てしないと言える。
「女はシンギュラルタイプか……だが所詮シンギュラルタイプは戦争の中で生まれた存在だ。そのような人間など、知れている。さて、力を持つ存在、三人共……まとめて殺してやる。」
不気味にエファンは笑う。その一方で三人は苦しんでいる。中でもエリィは立ち直れない程に激痛を感じている。エファンは自身に備わっている独自の力を更に強め、三人を苦しめた。
「こ……こんなの!」
エリィはもう、動ける状態ではない。だが、レイとアレンは辛うじてこれに対抗出来ている。以前のレイならば出来ない事が、今、出来つつあったのだ。
「ほぅ、流石はアドバンスドタイプ。アレン・レインドは勿論だが……気になるのはレイ・キレスの方か。」
以前のレイならば、この男が放ったプレッシャーに押し殺されそうになっていた。虫が蠢く感覚に翻弄され、恐怖を感じていたのだ。
今も、確かに恐怖は感じている。だが、男の特別なプレッシャーに抗する力が、いつしか出来上がりつつあった。まるで、体外からの異物に対する抗体が出来上がってきているかのように。
「やはり、レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか。」
「と、突然変異……?」
エファンの言葉はレイに衝撃を与えた。突然変異……その言葉が彼の中で何度も繰り返され、レイを苦しめる。レイの中に流れるアドバンスドタイプの血の事について知っているエファンの言葉が、レイに重く圧し掛かる。
「僕は……突然変異……?」
「レイ!落ち着け!あの男、レイの事を知っているのか……?」
「う……あ……あ……あ……」
エファンの言葉が頭から離れない。突然変異……レイを襲う、奇妙な言葉。アレンはレイを説得するが、彼は混迷し切っている。
人は言葉一つで困惑する事が出来る。いくら精神的に耐えうる強さを身につけていても、そこに相手を振り払うような言葉が伴えば、人は脆く、崩れやすい。
「レイ!負けるな!お前はお前だ!こいつの言う事を聞くな!」
アレンが懸命に励ます。だが、レイは苦しんでいる。プレッシャーと同時に、エファンの放った言葉が彼を苦しめていく。
「無理だな。お前は死ぬのだ!夢の通り、この場所で!」
「嫌……嫌ぁ……嫌だ……僕は……僕は……!」
恐怖と、不快感と、自らが何者であるのかが分からない感覚が同時に迫る。このストレスは、当人にしか分からない絶望だ。
「力を持ってしまった時点でそれは定め。せめてオールドタイプに生まれていれば何の不自由もない、平和な生活が出来たのに……」
ジャキンッ
エファンは左手を用いて、今度こそ引き金を、レイの眉間に向け、発射しようとした。苦しむレイに対し、それを放ち、殺す気だ。
「レイ!」
エファンのプレッシャーに圧されつつも、動く事が出来るのは、この場ではアレンだけだった。彼は自らの意思を振るい、レイの身代わりにならんと、動き出した――
パァンッ
アレンは、それを阻止しようと自らが盾になった。放たれた銃弾は、あろう事か、アレンの胸部に直撃してしまった。
「うあっ……!」
この一撃が、アレンを苦しめる。血が流れている状態だ。地面に蹲る、アレン。
「アレンさん……!」
夥しい血の量が胸部から溢れ出る。アレンはその部分を手で押さえ、堪えた。
「以前に何発も銃弾を浴びて生きていた大した男だが、胸は流石に辛いだろう。もし肺に直撃すれば、アドバンスドタイプである人間であれ、ダメージは避けられない。どうする?絶体絶命と言うやつだ。」
エファンの言うように、絶体絶命の状況が訪れた。その場にいた三人は生身では何も出来ず、完全にエファンの思い通りになってしまっていた。
彼の持つ凄まじい力……それは普通の人間では考えられないような特殊な力。アドバンスドタイプであり、それらを凌駕するような独自の力。そして、力を持つ人間の抹殺と言う彼の目的。一体、それを行う理由とは何なのか……アレンとレイはこれが気になって仕方が無かった。だが今はそれすら考える余裕がない。一人の人間に対し、三人が戸惑っていたのだ。
パァンッ
その時、またしてもエファンに対して銃弾が向けられた。しかも、今度は彼の腹部に直撃している。そして、彼を撃った謎の人間はエファンから銃を奪った。これで彼は何も出来なくなる。その上銃で撃たれたので、ただで済むとは考えにくいと思われた。
「……ん?」
が、この男はあらかじめ強力な防弾チョッキを着ているので一切攻撃が通用しなかった。
そして、彼等を助けるかも知れない四人目の人間の正体が明らかになる。
「ミシェさん……!?」
そこにいたのはミシェだった。彼は他の三人とは違ってオールドタイプである為、頭痛に等によるエファンの能力の影響を受けないと、思われた。
「お前は力を持たない者か。だったら帰れ。私は力を持つ者に用がある。」
「冗談を抜かしてるんじゃぁない。お前がシンギュラルタイプとかいう人間なのかは知らないが、まずレイとエリィは仲間だ。そしてあの男もさっきの戦闘では仲間だった。だから助ける。」
ミシェの存在は心強い。彼は力を持つ人間ではないが、その存在であるが故に、堂々とした振る舞いが、出来るのだ。
「お前では私を殺す事は出来ない。」
「へぇ、それは、それは……随分と余裕だこと。銃を人に向けていた時点でお前は殺されても文句言えねぇ存在だよ。」
挑発するミシェ。だが、エファンは全く動じる様子を見せない。寧ろ余裕の笑みを浮かべている。
「私の場合は役目がある。故に銃を向けたのだ。この三人は殺さなくなくてはならん。力を持ってしまったが故にな。」
力を持つ事?それが何を示しているのか。ミシェに、それが分かる筈がないのだ。
「力を持つとか持たねぇとか、そんなオカルト話は今はどーでもいいんだよ。うちのクルーや仲間に銃を向けているって事が理解出来ねぇし、ふざけんなっつってんだよ。」
ミシェの反論。だが、エファンはこれに対して言った。
「自らが容認出来ぬ出来事、現象、人に対してオカルトと一蹴に決めつける時点で所詮、オールドタイプだな。お前は“人”を見ていない証拠だ。」
「何だとてめぇ……!?」
と、ミシェは立ち止まってしまった。そして、この男が急に恐ろしく感じてしまったのだ。冷や汗を掻き、恐ろしい感覚を覚えていた。エファンが放つ強烈なプレッシャーは、力のある者以外にも心理的に影響を及ぼす事が出来るのである。
(なんだこいつ……?さっきから睨みつけて来るのは分かるが……こいつ、普通じゃない……?)
「私をなめるな、オールドタイプは失せろ。用があるのは力を持つ者だけだ。」
たった一人で、計四人の人間にプレッシャーを与えたこの男は生身でも異常な強さを見せていた。パイロットとしての技量も凄まじい上、独自でMSの開発も行っている。まさに天才的な力を持つ男ではあるが、一方で謎も多い。
すると、エファンはミシェに近付き、身動きが取れない彼の手から銃を奪い返したのである。
「さて、まずはレイ・キレス。お前を先に殺してやる。覚悟しろ……!」
レイの為に、合計三人が助けに来た。しかし皆がエファンの姿を見て、翻弄され、苦悩している。その中で男が牙を向き、襲い来る――
カチッ
不幸中の幸いと言うべきか。エファンの所持していた銃の仲の弾が、切れていたのだ。何度も引き金を放つが、弾は発射されない。この時、エファンは舌打ちをし、余裕のない表情を浮かべているのが印象的に見えた。
「運が良かったな。お前の運命はどうやらここで終わりを迎える事は、無さそうだ。」
すると、エファンの眼の色が、元の色に戻った。この瞬間、同時にプレッシャーから解放される四人。
「てめぇ!逃げられると思ってんのか!」
その瞬間、ミシェは素早く反応し、エファンの頭に向け、銃を構えた。男を、殺す気だ。ここでこの男を殺さなければならないと、本能的に思ったのだろう。
「銃を人に向けた時点で、殺されても文句が言えない……か。生憎だがお前の考えている事はお見通しなのだよ。ミシェ・ジンバルド。」
「何……?何故、名前を知ってる!?」
「さあ、何故だろうな?」
普段の状態になったエファンではあるが、この時でも独自のプレッシャーを、放ち続けている。
「どうした?撃ってみろ。撃てば済む話だろう?」
今度は、エファンが挑発してきたのだ。だが、この男のプレッシャーが銃身をぶれさせる。一体、何なのか。この、力は……
「てめぇ!」
ミシェは自棄を起こす如く、エファンに銃を構え、引き金を引くが――
パァンッ
この銃弾を、エファンは避けたのである。そして再び銃を構えようとするミシェだが、男は言った。
「無駄だよ。その銃に弾は残っていない。それは、お前が一番知っている筈だ。」
「何故……分かった……?」
「さあ、何故だろうな。」
心を読んだエファン。その謎の能力は彼特有の力。実際、ミシェの所持している銃に弾は入っていなかったのである。
残された三人は身動きが取れない状況。ミシェも、エファンの言動に翻弄されるばかりだ。この男は、一体何者だというのか。
「さて、私は帰るとしよう。今回は撤退してやる。お前達はいつでも殺せるからな……」
その言葉は、言う者によって意味が変わってくる。弱者や小悪党が人を殺める台詞を吐いても大きく響かない。しかし、エファンのような力を持つ人間がその台詞を吐く事は、明らかに意味が異なってくる。
「レイ・キレス。一つ言っておいてやろう。」
エファンは歩きながら、レイと顔を合わせることなく、口を開いた。
「力を持つという事は、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる。お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう。私が、居る限りはな。」
やがてエファンは去った。この言葉が何を意味するかは分からなかったが、レイはこの男の放った言葉に、戸惑いを感じていた。
「今の男……何だったの……?」
呆然とするエリィ。急に痛みが引いたので、少しは安心出来た様子ではあるのだが、謎ばかりが残る上。プレッシャーによる恐怖がまだ残っていた。その為、身体の震えがまだ止まらない。
「レイ……大丈夫か……うぅっ……!」
アレンは自分自身が負傷しているにも関わらず、レイの心配をした。彼はそんなアレンの優しさに今までの態度を反省した。
「あ……アレンさん、無理はしないで下さい……」
「あの男は……お前を殺そうとしていたんだろう……?だったら……それを守るまで……うああっ!」
「アレンさん……」
戸惑う様子のレイ。が、そんな時にミシェがアレンの肩を組み、歩き始めた。
「怪我してるのに喋るんじゃねえ。エリィ、こいつも手術だ。ネルソンに頼め。」
「は、はい……!」
自分自身が恐怖で満ちていたのだが、あくまでも自分はセイントバードの艦長であり、もっとしっかりしなければ……エリィは自分にそう言い聞かせ、急いでネルソンの元へ向かった。彼女はひどく冷や汗を掻いており、エファンによる恐怖が相当なものだったことを示している。
その後、全員がその場を後にした。アレンは急いで医務室に運ばれ、手術を受けることになった。アレンの行動にレイは感謝していたものの、それでも疑問に残る事があった。
自分がアドバンスドタイプと言う事である。エファンが語っていた一連の言葉が本当なのか、彼は動揺していた。そしてエファンが言った、〝突然変異〟という言葉。その言葉は、レイを翻弄し、苦悩させていく。
それから時間が過ぎた。ガーストとアレンは同じ病室で眠っている。どうやら、ガーストは一命を取り留める事が出来たようだ。しかしエスディアは完全に大破しており、使い物にならなくなっていた。
重傷を負い、病室で目を覚ましたガーストとアレン。戦闘前に少しばかり揉め事を起こしてしまっている両者が、横たわっている状態だ。
「ガースト。」
両者は隣のベッドで横になっている。特にガーストは重症だったと言う事もあり、絶対安静でなければならない。が、意識はある。会話もできる。しかしガーストはそれをしようとは思わなかった。
「あのさ……俺だって色々と悪いのは分かっているんだ。けど、今はこんな風に忌み嫌っている場合じゃないと思うんだ。お前達の協力もあって、どうにか新生連邦の危険な兵器は倒した……倒したんだよ……」
急にアレンは言葉を詰まらせる。リノアスが残した言葉が頭に焼き付いて離れないのだ。
新生連邦に利用されていた彼女が本当に可哀想でならなかったのだ。
「……だから何だよ。」
ガーストがようやく口を開いた。しかし、相変わらずアレンに対して冷たい態度を取る。が、その表情はどこか複雑で、単純にアレンを嫌っているようには見えない。
「……別に許して欲しいなんて言わない。確かに俺はお前に攻撃を加えるっていう過ちを犯した。けど、それに関しては俺も反省している。それだけは分かって欲しい。」
「何だよ、今更……」
口ではアレンを軽蔑するように言うが、内心では考えていた。思えば、プレーンの言う通りこのままいがみ合っていても、埒が空かない。
確かに被害者は出たものの、アレンは今回ヴァイダーガンダムと言う殺戮兵器の破壊に成功している。ロンドンで多くの人を犠牲にした殺戮兵器の消滅は、非常に大きな功績だった。
しかしガーストは考えているとは言え、まだアレンを心から許せていなかった。複雑な心境のまま、この後両者は一言も口を開かずにベッドで横になるしか出来なかった。
「アレンさん、ガーストさん……!」
その時、レイが彼等の見舞いに来た。彼自身もエファンにアドバンスドタイプと宣告されたばかりで苦悩していた時だったので、精神的には不安定なのだが命を救ってくれたアレンと、無事だったガーストを見守りたいと考えたのか、この部屋にやって来た。
「アレンさん、ガーストさん、その……大丈夫ですか……?」
レイの言葉は、どこか恐怖を感じている様子だ。視線も泳いでおり、呼吸も心なしか、浅いように感じる。
「……ああ、なんとか……ね。」
「この前は助けて下さってありがとうございました。その……まだ傷は塞がらないんですか?」
「マシだけど、今は安静にしろってネルソンさんが。」
「そうですか……ガーストさんも無事で何よりです……。」
「あ、ああ……ありがとうな。……あれ、アレン……?お前、レイを助けたのか?」
ガーストはアレンがレイの盾になった事を知らなかったのだ。無理もなかった。この時には彼は手術中だったのだから。
「まあね。狙われていたから。危険な男に。」
「危険な男……?」
「エファン・ドゥーリアって男だ。俺と同じ力を持っている人間だけど、その力は俺やジャンヌを遥かに超えている。間違いなく、普通の存在じゃない……」
ガーストはエファンと面識はなかった。だからどのような人間なのかは想像できない。が、アレンの言葉からしてそれ相応の人間である事は把握出来た。
「お前……それで手術を受けてたのか……」
「まあね。奴の目的は力のある者の抹殺らしいけど……何が何だか。とにかくレイが無事ならそれで良かった。」
「僕の為にアレンさんが怪我をしてしまって……申し訳がないです。」
レイは少々溜息を吐き、アレンに行った。顔を下に向いて自分自身を責め続ける。
「僕は……もう普通の人間じゃないかも知れませんし……」
「ん?どう言う事だ?」
自分の悩みを少し喋ってしまい、ガーストに気付かれた。レイは自分がアドバンスドタイプであるかも知れないと言う事を認めたくなかったのだ。力を持っているとは言え、その為に殺されかけた。今の彼は戦いの恐怖よりも、エファンと言う男に対する恐怖が大きくなっていたのだ。
「お、おい……!レイ、気にするな。」
「あ……そ、そうです……よね……」
誤魔化そうとするが、表情が明らかに暗い。そこをガーストが更に突っ込んだ。
「さっきからお前の様子変だぞ?せっかく見舞いに来てくれたのにそんな顔されたらなぁ。」
いつしかガーストはやや機嫌を取り戻しつつあった。自身の真実に触れられて衝撃を受けているレイとは裏腹だったので、それが彼にとって余計に悲しい。
「ご、ごめん……なさい……!これで失礼します!」
そう言って、レイは部屋から出て行ってしまった。それも、ガーストが言葉を言った直後だったのでそれはガーストに大きな誤解を与えてしまう。
「なんだよ……俺が何か言ったのかよ……。」
「……」
アレンはガーストに何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。レイは自身の事を出来れば誰にも知られたくない……そう考えていた。その、彼の心境を考慮したアレンはただ黙るしか出来ない。が、ガーストはそれでもアレンに聞いてくる。
「アレン。何か知ってるんだろ。明らかにあいつ、様子がおかしいじゃないか。」
「言わないとかそう言う話じゃないんだよ……これはあいつの問題だから、そっとしておいてあげて欲しいんだ。だから……」
アレンの切実な願いはガーストを考えさせる。まるで子供のように、相手が嫌がる事を聞きたがる自分の性格が情けなく思えたのだ。ガーストは段々と元気がなくなっていく。
「あ……その……ごめん。」
「フフ、それならいいんだよ。……それより良かった。」
「何が?」
「ガーストと仲を戻せてさ。あの時から、俺の事を信じられなかったんだろ。俺が下手を打って、ブリッツファンネルでお前を攻撃してしまって……いくら事情があったとはいえ、それをしてしまった事は本当にすまないと思ってるから。」
アレンは心底、ガーストとこのように気軽に喋ることが出来る事を喜んでいた。彼等は元々戦友で、デウス動乱時には共闘もした。それ以来の仲であり、アレンにとってガーストは大切な友人だ。が、一時期はガーストがアレンの事を嫌っていた。アレンにはそれが堪らなく辛かったのである。
「……いいよ。全然。俺もいろいろ考えてたし。それに、お前のその勇敢な行動がツボったのかな?それで許せるように思えたんだよ。」
「そう言ってくれると嬉しいな。ハハ……」
アレンは微笑した。妙に優しげなその笑みに、ガーストは首を傾げる。
「なんだよ、いきなり笑ってさ。」
「いや、あんまり気にしないで……それよりガースト。お前のMS、壊れちゃったんだろ。」
「あ、ああ……もう使い物にならない。その上俺がこの有り様だし……痛ッ……」
少し起き上がろうとすれば激痛がガーストを襲った。机に置かれている小さなクッキーを食べようとしたのだが、彼の身体はそれすらも許さなかった。
「大丈夫?」
「な、なんとか……クソ、身体がこの有り様だから何も出来やしない。しばらく俺はMSに乗れないな。けど生きていた以上は、せめて治ったらまた乗りたいもんだよ。」
「無理はするなよ……?」
「俺の事は一番俺が知ってるんだよ。だから安心しな。」
痛みに耐えつつもガーストはアレンに対して笑顔を見せた。少し前ならそれはあり得ない光景だ。アレンは自身が傷付きつつも、安心した表情を見せていた。
エリィはジャンヌと今後の事について話し合っていた。が、その間にもエリィはエファンの放ったプレッシャーに恐怖を感じ続けていた。
二人が話し合っている間にもエリィはジャンヌの目線を時々逸らして呼吸を荒げている。それで恐怖を紛らわせているつもりなのだが、どうしても、消えないのだ。
エファンの与えたプレッシャーは、エリィにとってもトラウマと呼べる程の感触を与える。一体何が、どうなっているのか。男の与えたプレッシャーは、計り知れない。
「あの、エリィさん……?どうかされましたか?」
「……あ、いえいえ!なんでも、ありません……」
普段は明るい彼女だが、今の彼女は作り笑顔をジャンヌに見せる。しかし、エリィはどこか辛く、悲しい表情を見せた。
「エリィさん……隠す必要はありませんわ。」
「……え?」
するとジャンヌがエリィに笑顔を見せた。その笑顔を見た時、エリィは何故か安心出来た。不思議な安心感が彼女を包む。
「貴方が“何か”に怯えている……それが私には察知できます。それが何かは分かりません。ただ、怯えている事は分かるのです。」
「ジャンヌさん……その……私……」
彼女の独特の温かく、優しい感覚はエリィを正直にさせた。そしてエリィは数日前にあった出来事を話す。
エファン・ドゥーリアと言う男が見せた強烈なプレッシャー。それはレイだけでなく、彼女にも影響を及ぼしていた。
やがて、全てを打ち明けた時、ジャンヌは言った。
「エファン……彼は危険な存在です。自身が私達以上の力を持ち、その目的は力のある者の抹殺……つまり、彼は次も貴方を狙ってくるかも知れません。無論貴方だけではありません。アレンや私や、ガーストも……全ての力を持つ人は、警戒しておくべきだと考えて良いでしょう。」
「あの、力を持つ存在の抹殺って言いますけど、それって何の為に?」
「いえ……理由は分かりません。ただ、私達は過去に彼に煮え湯を飲まされた事があります。」
「そう、ですか……」
ジャンヌの側近として居た過去を持つエファン。その実態は、力を持つ人間の抹殺という、目的で動いて居た。
あの男の放ったプレッシャーは常軌を逸している。その恐怖は完全に拭えない。だが、それでもチームは前を向いて行かなければならないのだ。
彼女はセイントバードの艦長だ。その艦長である自分が、見知らぬプレッシャーに怯える事はあってはならない。今は、自分を奮い立たせなければと思い、ジャンヌの見ている前で自らの顔をパンパンと叩き、目を、大きく見開かせたのである。
「聞いて貰ってありがとうございます。私、しっかりしないといけないのに……」
「無理はなさらないで下さいね。今回の件でも貴方方には感謝しています。」
エリィは笑顔を作り、言った。
「私はもう大丈夫ですよ!ただ……レイ君が今、不安定な状態で。やっぱりあの男が関係しているのかな……って。」
自らの秘密や、エファンからのプレッシャー。それらが重なって居たレイは、非常に辛い状態にあったのだ。彼が知ってしまった事実はレイを追い込んでしまっている。
「レイに関しては、後程私が話をしてみます。今は、今後の事について話し合いましょう。貴方方は目的を果たして下さりました。感謝します。ですが、これから先、貴方方と共闘する理由はありません。」
「確かに……でも、だからと言って今は場を離れる訳には行かせん。だってガースト君が大怪我をしている状態で安静状態でしょう?だから行く訳には行かないんです。」
ガーストはメンバーだ。故に、離れる事は出来ない。
「私からジェッパー氏にお伝えすれば、いつまでも、ここに居て下さって結構ですわ。もしお出掛けになられる時があれば一言おっしゃって下されば是非。」
「ありがとうございます!」
先程のエリィの姿とは思えない、明るいエリィがそこにいた。ジャンヌも彼女の姿を見て一安心しているようだった。が、ジャンヌはまだやらなければならない事がある。レイの話を聞いてやることだ。
「まずは、私はやらなければならない事をしなければなりません。彼の話を傾聴する事です。
レイは、今苦しんでいる。自らの身体に起きた話や、エファンによって脅されている恐怖が重なり、レイは今、困惑しているのだ。
「レイ君の、苦しみ……ですね。」
「ええ。彼はエファンに対する苦しみと同時に、また別の苦しみを抱いています。そして……彼にはその事実を伝えなければならないのです。」
「事実ですか?」
それは何を意味しているのかは不明だ。ジャンヌの意味深な発言に疑問を抱く。
「この事に関してはまだ、お伝えする訳には行きません。彼自身の問題なのです。そして、それを理解出来るのは恐らく、私か、アレン。そして、彼自身の悩みを聞いてあげなければ。それを知ってから、彼はショックを受けるかも知れません。それに対し、少しでも、彼自身の負担にならぬようにしなければ……。」
自らに起きた事、そしてエファンに与えられた恐怖。それらの恐怖と戦っているレイ。それを理解出来るのは、同じ人種であり、エファンに煮え湯を飲まされた自分のような人間であると、ジャンヌは感じていたのであった。
そして、レイの事について伝えていかなければならないという事。それは、レイに対し、その事実を伝えるという事だ。
それから、ジャンヌはレイのいる部屋の前まで歩き、そこでノックをした。少しして、レイが暗い表情でジャンヌと対面する。
「あ……ジャンヌさん……」
「お元気がありませんわね、レイ。」
「あ……いえ……だ、大丈夫ですよ?」
気を遣うように作り笑顔で接するがジャンヌはそれを見抜いていた。するとジャンヌは笑みを浮かべ、レイに尋ねる。
「レイ、もし宜しければ、中に入っても宜しいでしょうか?」
「え!?あ……は、はい、大丈夫です……!」
レイは若干焦った様子でジャンヌに入室を許可した。急に部屋に入られたことへの焦りなのかは分からなかったが、何故か彼は気まずそうな表情を見せる。
容姿端麗であり、世界的歌手として活躍していた、彼女。その上スポーツにおいてもテニス等では世界大会でトップクラスに入る腕前を誇り、おまけに艦の艦長やメカニックも務めることが出来る。そして何よりも、アステル家と言う名門貴族の令嬢であると言う事が彼を戸惑わせていた。思えば、それ程凄い人間と一つの部屋で二人きりというのはにわかに信じられないだろう。
一時期は彼女に対して嫌悪感を抱いていたが今の関係性は、嫌悪感を抱く前の状態に戻ったと言った方が良いのかも知れない。
「さて、レイ。単刀直入に伺います。貴方が悩んでいるのは、自身がアドバンスドタイプであるという事をエファンに告げられたから……違いますか?」
「え……?」
突然のジャンヌの質問に、レイは戸惑いを隠せない。確かに、エファンにそれを言われた。そして、彼は苦悩した。自分でも分からない力が目覚めている事に、恐怖しているのだ。
「レイ、貴方には知ってもらわなければならない事があります。」
「……何、でしょうか。」
虚ろな表情で、聞く、レイ。
「貴方の身体に流れている“血”についてです。」
ヴァイダーとの決戦前に彼は採血された。フォリアによって痺れ薬を飲まされ、点滴加療した際にレイの血液を調べる為に、研究機関に提出して居たのである。そこは、以前にアレンとジャンヌの血を見て貰った機関だ。
そして、その結果が判明するのに二日で分かったのである。それは、二人が先にアドバンスドタイプとしての血液のデータを残していたが故だったのだ。
「これからお伝えする事は、貴方にとっては、辛い事なのかも知れません。しかし、これは貴方自身が理解していかなければならない事です。」
「理解……ですか?」
嫌な予感はした。ジャンヌから語られる言葉。その真相を知る事に対し、レイは恐怖している。
レイの心は揺れている。自身の真実を知ってしまうかも知れないという絶望を抱くかも知れない不安と、それを知りたくないという逃避。だが、知らなければ全ては始まらないのも、また、事実。彼の身体が光った。その秘密がアドバンスドタイプであるとするのならば、聞かなければならないのだろう。
無論、レイにとってこれ程恐ろしい瞬間は、ないと言えるが。
「単刀直入に言います。貴方の血中の細胞内に、私達と同じ、ディヴァインセルと呼ばれる組織の存在が発見されました。」
ディヴァインセル。アドバンスドタイプにおいて重要な存在。細胞内のミトコンドリア内に存在するとされる、特殊な物質。
「何ですか……それ……?」
レイの表情が、少しずつ青褪めていく。エファンも言っていた、聞き慣れない言葉はレイを次第に恐怖に陥れていくのだ。
「簡単に言えば、アドバンスドタイプと呼ばれる人種が持っているとされる、重要な物質ですわ。」
ジャンヌはその詳細を彼に伝えた。ディヴァインセルがある事により、治癒再生に優れる事、何らかの危機的状況に陥れば、その身体を守る為に碧色の光を放つ事等。
だが、レイがそれを聞いた所で理解出来るだろうか?否、出来る筈がない。寧ろ、混乱を招くだけである。
「分からないですよ……」
当然と呼べる反応だった。しかしジャンヌは戸惑う様子を見せない。
「レイ、貴方がその反応をするのは分かっていました。ですから、貴方に伝えたい事があるのです。」
伝えたい事とは、何か。それは一体?
「貴方と同じ力を、私とアレンは宿しています。アドバンスドタイプと呼ばれる人種……貴方と共通している、力です。血液の甘さや、自己再生能力の高さ、そして、死の淵に陥った時に碧色の光、イズゥムルートを放つという事。今の貴方と同じ力を、私達は宿しているのです。ですから、貴方だけがその状態になっている訳ではありません。」
今のレイに該当している力を持っているのがジャンヌとアレン。彼女はその特別な力は彼だけの力でないと、言いたかったのだ。
「だから、貴方は心配する必要はないのです。アドバンスドタイプと呼ばれる人種に関してはまだまだ分かっていない事は多いです。私達に関しても、全てが分かっている訳ではありませんわ。」
その時、ジャンヌは部屋にあったテーブルの側にあった椅子に座る。そのまま、レイにも座るように促した。
「貴方も座ってお話、しましょう。」
困惑しているレイだが、ジャンヌの言葉を聞いてそれに応じた。レイも椅子に座り、互いが対面となる状態となった。
小さなテーブルは、まるで二人の境界線のように存在した。そしてジャンヌは、その境界線を今まさに破ろうとしていた。彼の苦しみを聞き、理解し、最終的には解放することで、境界線は消えるのだ。
「レイ、貴方は一人ではありません。受け入れ難い事実かも知れません。しかし、貴方は貴方です。それを否定する者は居ません。だから……」
ジャンヌは、レイ自身の力に翻弄されている事に対しての不安を取り除こうとしている。彼がアドバンスドタイプであるかも知れないという憶測……いや、ほぼ確実と言える事だが、それを不幸に思わないで欲しいと、懸命に言うのだ。彼女も、アレンも同じ人種なのだ……と。しかし――
「嫌なんです……僕はずっと、普通の人間で居たいと思っていたのに……なのに、戦っていって、いつの間にかこんな、望んでいない力が付いてしまうなんて!そんなの、分かりません!僕自身が望んでいる訳じゃないのに、それがきっかけであの人に命を狙われる事になるなんて……」
今のレイは怯えている。エファンもそうだが、何よりもアドバンスドタイプと言う存在に恐怖を抱いているようだった。
「レイ、落ち着いて下さい。貴方は、貴方なのです。アドバンスドタイプについては、該当者に当たる筈の私にも、アレンにも全貌は分かっていません。ですがそこで苦悩する事は違います。」
懸命に宥めるジャンヌ。それでも、レイは恐怖を感じている様子だ。
「アドバンスドタイプと呼ばれる人種の起源に関しては全くもって不明なのです。何が原因で出現したのか、もしかすれば祖先は違う人間だったのか……それとも、突然変異として遺伝するようになっていったのか……」
突然変異。その言葉は、今のレイにとって一番言ってはいけない言葉であったのだ。
「やめて……やめて下さい!」
レイは大声を上げて彼女の言葉を遮断した。頭を抱え、必死に横に首を振って現実を否定する。
「突然変異って!突然変異って何ですか!?あの人にも言われました!僕は突然変異だって!こんなの嫌なんです!僕は何者なんですか!?まるで人間じゃないみたいで……得体の知れない何かと思われるようで!自分に起きた現象が理解出来ないんです!いつの間には敵を倒している事だってありますし!もう、訳が分からないんです!!」
それは深紅の眼に変貌を遂げた時だ。その際の彼の記憶はほとんどないに等しい。気が付けば、敵を倒した後である事が多い、彼特有の現象。それすらも不明であるのに、自身が突然変異であるかも知れないという事に、彼はただ、苦悩している。
それは、エファンが言った言葉が影響していたのである。
―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――
この言葉を言われ、レイはただ、困惑しているだけだ。
「それは、エファンが言ったのですか。」
ジャンヌがレイに聞いた。
「はい……はっきり言いました……突然変異って!僕は、何者なのか……分からないんです……自分が怖い……」
エファンの言葉がリフレインされる。突然変異。自分は謎の存在。アドバンスドタイプと呼ばれる人種がジャンヌならば、ジャンヌも突然変異という事になるのか?いや、そもそもアドバンスドタイプと呼ばれる人種自体が未知数だ。何者なのかも、分からない。
ジャンヌは迷った。実際、アドバンスドタイプの存在の事は彼女も分からない。故に、エファンが言った言葉を断定して否定が出来ないのである。
しかし、今のレイは未知なる存在という事に対して恐怖している。それは皆が同じだと、知って貰うべきだ。ジャンヌは、口を開いた。
「レイ。仮に貴方が突然変異だったとして、貴方は今まで出会ってきた力を持つ存在である人間達を否定すると言うのですか。」
「否定……?」
レイの表情が、変わった。
「貴方は仮とはいえ、突然変異と言うだけでその事実を拒もうとしています。ですが、世界中にいるそう言った人々はこうした運命にもめげずに生きているのです。昔、私も自身の力に対して恐怖を感じた事がありました。ですが、それが運命ならば進むしかないのです。過酷な運命であろうが、それが自分に定められた道なのなら進むしかないのです。」
それは彼女自身、アドバンスドタイプであるが故に言える台詞だ。普通と呼ばれる人間と違う力を持つという事は、誰もが困惑し、苦悩する。レイがその最も足る例だ。
「レイ。世界に視点を向けて下さい。例えば、病。それによって悩まされている人は多く存在します。彼等は苦しい思いもしてきたでしょう。他者と違うという事を理解する事は、残念ながら難しいでしょう。ですが、彼等は彼らの中で、出来る事をし、必死に、生きていこうとしています。それを理解して貰おうと努力している人間がいます。こうした人々は、皆が大変でありながらも、笑って生きる事が出来ている者もいます。特に、この大変な世界に於いて、それは必須とも言えます。何故だか分かりますか?」
病に対する人の捉え方は様々だ。だが、それを理解していかなければならないのも、人である。病がある。その根本的な原因は個人に因るかも知れないのだが、だからと言ってそれを自己責任で片付けてしまうのは人を見ていないと言える。
ジャンヌの質問はレイを躊躇わせる。自分が未知なる存在であるが故に苦悩しているレイを、ジャンヌが優しい口調で宥めるのだ。
「彼等は例え特異的な現象が起きたとしても、ネガティブな考え方ではなく、〝個性〟と考えているから笑顔でいられるのです。」
「個性……ですか?」
「ええ。私はデウス動乱後、人々に少しでも希望を与えたいという気持ちで歌手として、世界中を回っていました。その中で、私は個人を大切にしていきたいと考えていました。その気持ちは今でも同じです。私の歌は、人の為の歌。それを、多くの人に届いて欲しいと願う為の歌です。私はただ、それを表現している人間に過ぎません。」
世界的歌手、ジャンヌ・アステル。彼女は人を想う人間であり、それを歌で表現した人物だ。その中のフレーズに、個性というものがある。
ジャンヌの言う、個性と言う台詞にレイは少しばかりだが、心動かされるような気持ちになった。どんなに人よりも劣っている部分や、人と異なった部分があってもそれらは、結局は個性……個人の魅力だとジャンヌは言いたかったのだ。
劣勢が個性という考えは、特別、変わった考えというものではない。どれだけ人と異なっていようが、それは個性。人の特徴の一部。同じ人間など存在しない。だからこそ引き出せるもの。ジャンヌは他にもこういった台詞をレイに聞かせ続ける。
「レイ、貴方は普通をやたらと誇張しておりますが、そもそも普通の人間と言うのは存在しないのです。平均値と言う言葉は存在しますが、人には得意不得意、体格差など様々な特徴があります。それらが一貫して普通でいる人間は世界中……いえ、宇宙を見てもまず、存在しません。仮に存在したとすれば、それがその人の個性と考えられます。つまりそういった意味でも普通の人間はいないのです。貴方はその能力が貴方の個性。定められた運命と悲観するのも、またその人の個性。ですが……それをばかり考えるのは危険なのです。自らを否定する事になりかねないからです。ですから、私は貴方に話をしたのです。個性だと思う事、そして……それは人の特徴だと言う事。だから人は存在していけるのです。だからこそ問題も生じ、やがて戦争も起こしてしまうのも人ですが、それらを反対する事が出来るのも人です。もしあらゆる容姿や言語や特徴が同じ人間なら確かに戦争や差別といった悲劇は起きないでしょう。ですが、それでは今日まで人は発展して来ませんでした。恐らく、この時代に至るまでに絶滅していたのかも知れません。故に、人のみが持つ、感情と言う物があるからこそ、戦争が起きる反面、何かを大切にしようとする心もあるのです。」
それもまた個性。個性があるが故に人は人で在り続けられるのだ。
「……改めてそう言われると……人間って、凄く大切なものを持っているんですね……」
レイは、ジャンヌの言葉を聞き、少しずつではあるが元気を取り戻しつつあった。その矢先に、再びジャンヌは語り出す。
「人の感情は表裏一体です。感情があるが為に平和を望む者と争う者が生まれます。平和を維持するのは言ってみれば、不可能な話なのです。人と言う存在がいる限りは。だからといって人が滅びれば良い……そんな風に端的に考える者もデウス動乱時代には存在していました。」
「そんな……いくらなんでもそんな考えを持つなんて……」
「普通ならそう思うでしょう。ですが、彼等にはそのような言葉を聞く耳など持ちません。人類と言う存在さえいなくなればそれで全てが平和になる。今まで破壊された自然は長い年月をかけて元に戻っていきます。確かにそれは事実です。人と言う存在が残した文明や遺産は全て崩れ去る事でしょう。ですが……それが真の平和とは言えません。何故なら、野生の動物達が平和に過ごせる一方で人と言う動物が滅亡しているからです。全ての生命が生き残り、平和になると言う事は不可能です。だからこそ、私は人を大切にしていきたいと思っています。ですから争いはあってはならないものだと考えています。……それを考えると、真の平和と呼べる事は永遠に訪れないのかも、知れませんね……」
ジャンヌは寂しげな表情を浮かべた。結局戦争と平和はイタチごっこであり、恒久和平の実現はほとんど不可能と考えた為である。
今まで、平和国連盟の一部代表達とこのようなやりとりをしてきたが、ジャンヌの中で、答えは全く出せていない。いや、出す事が出来ない内容なのかも知れない。どこか、不安げな表情を浮かべる、ジャンヌに対し、レイはそれを見て気を遣うように言った。
「あの……確かに難しい事は僕にも分かります。結局人間って自分勝手ですけど、他人を思い遣る心を持っているのも人間ですし、自然を破壊してきたのも人間です。でもだからって人間を滅ぼせばいいって考えもどうかと思います。ジャンヌさんの言うように、全ての生き物が共存するなんてやっぱり無理ですよ。結局は食物連鎖とかで弱い生き物は食べられちゃいますから。それって人間も一緒で、人間は弱い存在を戒めることってよくあると思うんです。共存を考える方が確かに間違ってます。……でも、それを考えるのも人間なんですよね……あれ、話が矛盾してる……難しいな、話が……」
結局、二人が話しているのは答えの出ない話だ。個性に関しても、それを認める者と認めない者がいる。もし人々の大半がそれを認めないものだとすれば、その個性を持つ者は認め無いものに弾圧され、苦しむことになる。が、全ての人がその人を認めない訳ではない。認める人間も中に入る。
人と言う存在は難しく、答えを導き出せない存在なのだ。ジャンヌはそれが言いたかったのである。
現在でもオールドタイプがシンギュラルタイプを見る時は、憧れの視線で見る者もいれば忌み嫌う者もいる。結局これに関しても埒の空かない話なのだ。単純なようで難しい話。レイのような少年には考えさせられる内容だった。
「……ダメだ、複雑すぎて……分からないや……」
レイ自身が、混乱している。そこへ、ジャンヌの言葉が入った。
「アドバンスドタイプである事は、受け入れられない事かも知れません。ですが、貴方は、貴方自身です。貴方はいつものように接すれば良いのです。何も変わらず、その状態が一番平和なのなら、それを維持する事……それが大切だと私は思いますわ。」
ジャンヌは静かに笑った。優しい笑みを見たレイはその姿に心が揺れた。そしてエファンと言う恐怖を与える存在の事を若干忘れかけた。
「例え、貴方を狙う者が現れたとしても……貴方自身が強くある事が大切です。その強い思いを抱いて、生きていけばそれはきっと克服できます。これは貴方の問題です。貴方自身が解決しなければなりません。大丈夫、まだまだ時間はありますから……それに……貴方も他の人と同様、個性を持つ〝人〟なのですから……」
「僕自身の強さ……それに……僕も普通の人と同じ存在……」
ジャンヌの言葉がレイに勇気を与えた。この時、ジャンヌが与えてくれた言葉の数々が彼に希望を与え、安心させていく。
「そう。貴方は人です。例え特殊な感覚を持っていようと、人であればそれは何の問題もない事です。貴方は貴方なのですから。それを付け狙う存在が現れる事は、あってはならない事なのですわ。」
それはエファンの事だ。男の存在はレイを苦しめ、彼を亡き者にしようとした。目的不明の行動でレイを苦悩させたエファン。あの男の事は、恐ろしい。
あの男は結局何者なのかは分からない。そして、自分も。何故力を持つ存在が殺されなければならないのかも、謎だ。だが、彼女はレイを懸命に宥める。穏やかで、そして優しい口調で。
「ジャンヌさん……僕は……」
「大丈夫です、私達が居ます。貴方がセイントバードのメンバーを守るように、私達も、貴方を守ります……」
ギュッ
あろうことか、ジャンヌはレイを静かに抱き締めたのである。あの、世界的歌手である彼女に抱き締められるなど、信じられない事と言えた。
その事に驚愕するレイ。そして、優しい抱擁は安心さえ覚える。
(ジャンヌさんに、抱き締められてる……)
この時、レイの中の苦しみ、悩みは去っていったかに思えた。
しかし実際はそうではなかった。ジャンヌの言動あくまでも励ましであり、結局自分自身はまだ何者なのかがはっきりと分かっていない。その上エファン・ドゥーリアの放つ恐るべきプレッシャーを克服したわけではなかった為である。
あの男は力を持つ人間の命を奪おうとしている。つまり自分も対象になっている。今まで見ていた悪夢が見せた結末は、その時のレイの人生の終着を意味していただけに、今生きていると言う事はその正夢が外れたと言う事になる。ならば、一層レイはエファンに狙われる危険性がある。
彼はまだ、この男が恐ろしくて仕方が無かった。しかし、ジャンヌの言うように、彼には仲間がいる。守ってくれる人達がいる。そう思えるだけで少しでも心が安らいでいたのだった。
まだ容体が回復しないガーストは相変わらずベッドで横になっているだけだった。時間帯はすでに夜中で、すでに隣のベッドのアレンは眠りについている。しかし、ガーストは何故か寝付けずにいた。
「クソ、なんか眠れない……ずっと横になりっぱなしってのも辛いな。寝返りも打てない……その上MSにも乗れないんじゃ泣けてくるし……はぁ。何か刺激的な事でもあればなー。」
ただじっとベッドに寝たきりの状態。だからと言って動こうとしても激痛が彼を襲う。寝返りを打てない状態で、ただ、じっと呆然と過ごすしか出来なかった。
スッ
その時。呆然と天井を眺めていたガーストの眼前に、プレーンの姿が映った。突然現れた彼女の存在に驚くガーストだが、それ以上に驚いたのが彼女の格好だった。
「うわ、プレーン……な、なんだよそれ!?」
「ニーハオ、ガースト!退屈かも知れないからたまには刺激的な恰好もいいと思って着てみたヨ!どう、似合うカ?」
彼女の言う、刺激的な恰好と言うのは今彼女が来ている黒いチャイナドレスの事だった。その為、思わず見とれてしまうがすぐに場違いなその格好に突っ込みを入れた。
「あ、あのな!お前それはないわ……」
「えー、せっかく着て来たのにそれは酷いネ!」
そう言って髪を撫で下ろす。その仕草がガーストを虜にする。普段よりも魅力的な彼女の姿が退屈なベッドの上での生活を紛らわすようだ。
「うー……ま、まあ……その……セクシーって言うか……てか、こいつが隣で寝てるのにそれは目立つだろうが!」
と、アレンを指差し、言った。
「ん?あ、もしかしてアレンと仲直りしたカ?」
「まあ……な。」
互いの恋人が見ている前でアレンの胸倉を掴んだガースト。その行動は、彼の事が好きである筈のプレーンですら、不快に思う程だったのである。
「それは良かったネ!ガーストが倒されたって聞いて、ずっと心配だった!私泣いた!でもガーストが生きてる!嬉しいネ!」
それ程にガーストの事を好きで居る、プレーン。
「ありがたいんだけどさぁ、あのさ……やっぱり思うんだけどその格好は流石に派手過ぎじゃないか?」
ガーストに指摘され、プレーンの頬が膨らんだ。
「刺激的な事があれば良いって言うからせっかくこの恰好してきたのにそりゃないネ!」
「ん?何でその事を知ってるんだよ?」
ガーストは首を傾げた。何故彼女がガーストの何気ない一人言の内容を知っているのか。プレーンはシンギュラルタイプではない。だから彼の事を感知する事は不可能の筈なのだが……
「が、ガーストにサプライズを見せたかっただけネ!」
ガーストはとにかく、溜息しか出なかった。恋人が用意してくれたサプライズというのは大抵嬉しいものではあるが、プレーンの場合はよく分からない、謎のサプライズである為、素直に喜ぶことは出来なかった。ただ、恰好だけが魅力的に感じた程度にしか感じ取れなかった。
「こんな格好、ガーストにしか見せないネ!ホラ、どうカ?セクシーか?フフッ!」
と、言いながらスリットをわざと捲るプレーン。明らかに挑発している様子だ。
「あ、あのなぁ……」
ガーストの顔が引きつっており、目のやり場に困っていた。特に彼が一番目の行った場所は足であった。すらりと長く、程よく引き締まっている綺麗な脚線美がガーストの目を釘付けにしていた。
「い、いくら俺達とそ、それはちょっとなぁ……」
「やーン!ガースト照れて可愛いネ~!」
するとプレーンは寝たきりのガーストに抱きつき始めた。怪我をしている状態だった為、抱きつかれた際に激痛が彼を襲った。
「あぅっ!痛ッ……」
「あぁッ大丈夫カ?ごめんネ……ガースト怪我してたの忘れてたヨ……」
「お、お前なぁ……」
この時、彼の眼前にプレーンの顔があった。彼女の表情はやや涙目になっており、本当にガーストを心配しているのが目に見えるように分かる。まるで吸い込まれでもしそうな麗しいプレーンの目が、ガーストを捉えて離さない。
(あ……なんだろう……プレーンって……こんなに魅力的で……綺麗だったんだ……
ずっと一緒だったからそんな風に感じなかったけど……衣装もあってか……とても綺麗に見える……凄く……綺麗だ……)
そう思っている間にも、ガーストはプレーンの頬に優しく振れはじめた。突然の行動に戸惑うプレーン。が、その次の瞬間に彼は思い切り接吻を、行った。これ程の美女が自分の見舞いに来てくれたのだと思うと、彼自身も嬉しさが込み上げて来る。
突然の接吻にプレーンは驚く。しかし、愛する彼からの行動に彼女は喜んで受け入れた。友人のアレンが眠っている前で激しく接吻を交わす美女と美男。誰も見ていないと思い、二人は好き放題に舌を絡ませる。情欲的行動だ。
「あ……ンむ……」
「は……ン……」
しかし、その時。異様な物音が気になったのか、アレンが目を覚まし始めたのだ。しかし彼が見た光景はあまりに衝撃的だった。
見慣れた男女が目の前で口付けを行っている。まるで見せつけるかのように……その光景を見てしまったアレンは、呆然とそれを見つめるしか出来なかった。
やがて二人は接吻を終えた。その時、両者は笑顔でお互いを見つめ合った。
「……フフ、驚いた?」
「私がキスしようとするといつも嫌がるのに……ガーストから求めてくれるなんて嬉しいネ……」
「その衣装素敵だよ、プレーン。かなり場違いだけど……」
「ガーストォ……!」
嬉しさの余り、プレーンはガーストの頬に頬ずりした。まるでぬいぐるみか何かを可愛がるようにひたすらそれを続けた。
「お、おい……さすがにそれは俺も恥ずかしいって……!」
照れ笑いを浮かべたその時、ガーストはアレンと目が合った。呆然と二人の行動を見るアレンに対し、ガーストも呆然とアレンを見ていた。
「あ……」
「あ、どうも。」
いつの間にか起きていたアレンに対し、二人の恋人は赤面した。自分達の行為がアレンに見られていたという事実が、恥ずかしくて堪らなかった。
「い……やあ~!は、恥ずかしいネ……アレン、いつ起きてたカ?」
「……さっき。だって話し声がやたら聞こえて来たから。」
ガーストは溜息を吐いた。何せ、彼が起きた原因は全てプレーンによる為だったからである。突然の場違いなチャイナドレス姿に驚くガーストとプレーンの会話音量の高さがアレンの目を覚ましたのだ。
「しまった、音量なんて考えてなかった……」
「でもでも!いいネ!私はガーストが元気そうなら何でもいいネ!……アレンには迷惑掛けてるケド……」
「い、いや……二人が人前でいちゃいちゃするのは前から知ってたし……」
「あのなっ!こっちは別に好き好んで人前でいちゃいちゃしてねえぞ!」
彼の言うとおり、積極的なのはプレーンなだけで彼は別に何もしていない。単純にプレーンがガーストの事を好きであり過ぎているのである。
「というか……プレーンのその格好、何?」
次にアレンが突っ込みをいれたのは、ガーストが最初に突っ込みを入れたチャイナドレスである。寝起きに口付けを見せつけられたインパクトの強さの為か、格好には気付かなかったようだ。
「あ……いやぁ!これはガーストへのサービスショットネ!ホラ、私こんな喋り方だからこんな衣装似合うかと思っただけヨ!」
「なるほど、だからチャイナドレスか……け、けど……ダメだ、正直色っぽい……」
場違いなチャイナドレスを着用しているとはいえ、彼女の色気にアレンも赤面した。しかし彼にはココットという恋人がいる。それを考えると彼は首を振って自分の煩悩を払い退けようとする。
「はあ、プレーン。もうその格好やめないか?やっぱり場違い過ぎるし、正直エロい……」
「それだけセクシーってことだけど……確かにアレンも見てる前でこんな格好はまずいネ。着替えてくるヨ!」
と、すぐさまプレーンはガーストに手を振って部屋から出た。とりあえず場違いな恰好をやめてくれるということでガーストは安心したが、別の不安が彼を襲った。
「あいつ、あの恰好のまま廊下行ったの!?もしこの時間に起きてる奴がいたら……ああ……!」
ガーストは自分の掌で顔を覆った。明らかに特異な格好をしている彼女の恋人だと発覚してしまうと思うと、気が気でなかったのだ。彼はただひたすらに赤面し続けていた。
「お前も、大変だなぁ。」
「う、うるせえよ……!」
あくまでも純粋にガーストの事が大好きなプレーン。彼女のチャイナドレス姿は、ガーストへのサービス精神で着用したものであり、形が少し異なって言えど、彼女が彼の事を好きである事には変わりない。相変わらずのガーストとプレーンの異様な仲の良さはアレンを安心させた。この日常が続いてくれればいいのに……とさえ、願った。
現在は戦争中である。彼自身もその戦火の中にいる。今は戦いは起きていないが、いずれはまた、戦いが起こるだろう。その時が来るまで、今は休む事を考えていた。
それから一週間が経過した。この頃、両者の傷は回復しつつある状態ではあったが、その回復のスピードはアレンとガーストとでは雲泥の差が生まれた。
受けた損傷部位によって怪我の再生スピードは異なるとは言え、アレンの場合、一週間も経過すればその傷は跡すらも残っていない。ネルソンに確認して貰い、それが全く問題ない事が明らかとなった。血圧、脈拍は勿論、筋繊維、皮膚の状態も、受傷前となんら変わらない。その、驚異的とも言える自己再生能力も、アドバンスドタイプの特徴の一つなのだ。
「驚異的とも言える回復力だな……レイと同じだ。ふと、気になったのだが君達は何か特別なものがあるのか?いや、偶然か……?」
医師であるネルソンはそれが気になった。レイとアレンの自己再生能力の高さは一致している。偶然なのか、それとも必然なのか。それは、全く分からない。
「それは、何と言うのか……色々と事情がありまして。」
話せば長くなる事情だ。ネルソンとしては興味が湧くところではあるが、彼自身の事情を考慮し、ネルソンは聞かないでいたのだ。
「アレン。お怪我はもう大丈夫ですか。」
そこへ、ジャンヌが顔を見せた。ネルソンの診察が終わったタイミングだ。
「もう平気だって。傷跡も全く残ってない。」
彼が言った後、ジャンヌはアレンの側に寄り、耳元で話し掛けたのである。
「少し、お話があります。レイの事について。」
「……うん、分かった。」
アレンは、静かに頷いた。彼女の話。恐らく、アドバンスドタイプについての話だろうと、彼は察していたのだ。
受診を終え、ジャンヌとアレンはシュネルギアの一室に居た。そこで、レイの事について話を行うのだ。
「彼とは話をしました。少しは落ち着いてくれているかとは思われます。」
それを聞き、安心する様子のアレン。だが、ジャンヌの表情はどこか、険しいままだ。
「ですが、一つ疑問が残ります。もし、以前貴方にお見せした論文等の情報が確かだとすれば、彼の両親のどちらかがアドバンスドタイプであると言う事になります。私のお母様がそうであったように、貴方のご両親のどちらかが、そうであったように。」
「そうだ……確かにその可能性は考えられる。」
アドバンスドタイプである事の条件の一つは、自身の親のどちらかが、その力を宿しているという事が条件と思われる。つまり、それに該当しない場合は全く特殊であると考えられるのだ。
「ただ、彼の場合はもしかすれば隔世遺伝と呼ばれるものになるかも知れません。ケースが少ないが故に、断定は出来ないでしょう。でも、まずは彼のご両親の話を伺いたい所ですが……」
「だけどあいつに両親の事なんて聞けるか?ただでさえ、困惑している状態なのに。」
「ですので、無理強いは出来ませんわ。それでしたら、あのエファンの両親も何者かという話になってきます。もしかすれば、アドバンスドタイプの力が遺伝すると言う仮説は間違っているのかも知れませんわね。」
「あの時奴が言っていた、“突然変異”って言葉も気になる。明らかに奴は事情を知っている様子だ。でもそれは、何かは分からない……」
「今は、様子を見るしかないでしょうね。彼自身が困惑しないように、出来るだけの配慮は必要となるでしょう。」
未知なる存在への困惑に対する配慮。それが、今のレイには必要であるという、ジャンヌ。
「というか、自分達が当該者なのに、全然分かっていない事が多いな、アドバンスドタイプって……」
「鍵を担っているのは、エファンなのかも知れませんわね。そう言えば以前、彼は“母親”
について話をしていましたわ。」
母親。エファンは確かに、以前そう言っていた。セントマリア号内にてジャンヌと彼が話をしていた時の事だ。
―――――――――――――――――素晴らしい母親でした―――――――――――――
エファンの母親という言葉。もしかすれば、その存在が鍵になるのかも知れない。エファン自身がアドバンスドタイプなのならば、可能性として考えられるのは、彼の母親もアドバンスドタイプであるかも知れないという事である。
「あの時のエファンの表情は、嘘偽りを感じませんでした。ただ、彼がまさか、私達を裏切って、殺そうとする立場になるなど、想像も出来ませんでしたが……」
裏切られたという感情は強く、傷に残る。エファン・ドゥーリアは紛れもなく、ジャンヌ達を裏切った。彼女に見せた優しい表情は、全て嘘偽りだとでもいうのだろうか。
「エファン・ドゥーリアの母親……一体何者なのか。その人物もまた、アドバンスドタイプなのか。」
「もしこの場に彼が居るのでしたら、話を聞きたい所ではありますが、私達を殺そうとしているのであれば、会話は成り立たないかも知れません。本当に、彼は何者なのでしょうか。」
力を持つ存在の抹殺を狙うエファン。その目的、意図も不明。ただ、この場に居た人間を恐怖に陥れただけの存在。真意が分からない以上、彼女達に出来る事は、限られるのだ。
ただ、レイがアドバンスドタイプであったとしても、どういった経緯でその力が発現したのかも不明だ。謎が謎を呼ぶ状況。事実と呼べる情報がない今、彼等の会話は、結局は憶測でしかないのであった。
第七十一話、投了。
レイはジャンヌに励まされ、自らの力の全貌を大きく否定する事なく経過します。しかし、レイは自らの力を完全に納得した訳ではなく――?
一体、彼に宿った力は何と言うのだろうか――