※過激な性表現並びに残虐表現注意。
「えー、今の所はリーダーのアルン・ティーンズは始末しましたァ。残る“反応”を見る限りはニーア・アンジェリカ及びミルフ・ブラマンジュですねぇ。」
とある、薄暗い部屋にて。そこである男が何者かとEフォンを通じて話をしていた。パニッシャー、グァン・ホーキーズである。
この男が電話で会話をしている部屋は、天井に小さな豆電球がうっすらと輝いており、その上壁に亀裂が出来ており、床も、うすらと埃やカビが見られる等、衛生面において明らかに問題があると言える場所であった。
その部屋でグァンが話している相手。それは、ボスだった。その、ボスの命令でアルンが率いている組織の人間を次々と殺しているグァンは、今まで殺した人間の名前を報告していたのだ。
『出来るだけ早く消すようにしろ。それに、アルン・ティーンズの率いていたメンバーの中に気をつけるべき人間が、一人、居る。』
「気をつけるべき人間……ですかァ?」
グァンは、首を傾げる。
『メイド・ヘヴンだ。』
ボスは、言葉を溜めるようにして、言った。
「そいつ、名前は聞いた事、ありますねぇ。そんなに厄介な人間なんですかぁ?ただそいつからの、“反応”がないんですよ。」
反応とは、何を指すのか。
『恐らく細工をした可能性が高い。だが奴は裏切り者だ。氷河族を裏切るという事は死と同義であると、理解をして貰わなければならない。』
メイドの事に対し、やや、焦っているような口調を見せる、ボス。
「へぇぇ。そいつぁなかなか。消さなきゃいけないですねぇ。」
そういうグァンは舌を出し、舐め回し、笑みを浮かべた。気味の悪い笑みを浮かべる、グァン。
『だが奴と万が一対峙する時は気をつけろ。少なくとも、普通の人間ではない。』
それを聞き、グァンは言った。
「もしかして、シンギュラルタイプって奴ですか?けどシンギュラルタイプなんてMSに乗っていなければ所詮ただの人間と同じですよ。」
『それもあるが、何よりもその男はかつてのデウス動乱でデウス軍のエースパイロットとして活躍した上、現在もデウス軍と関係を持っていると聞く。現に、デウス残党軍が姿を見せた際にこの男がデウス軍の一角として戦っていたそうだ。そこから奴はデウス残党軍に合流したとされる。奴も、始末しなければならない。組織の裏切りには報復をしなければ。』
「そいつは、殺り甲斐があるってもんですねぇ。」
『では、引き続き連中の始末を頼む。』
やがて、電話が切れた。グァンは不気味な笑みを絶やすことはなく、その上笑い出す。
「にしてもそんなやべぇ男がまさかあいつの組織に所属してたなんてなァ、それも、俺と“パニッシャー”として。こりゃ出来るだけ早く始末しておかねえとな……なぁ!ミルフちゃんよォ!!!」
恐ろしい目付きで男は後ろを向く。そこには下着姿で両手首と両足首を手錠で繋がれ、更にはチェーン付きの首輪を付けられているミルフの姿があった。この状態である故に身動き一つも取れず、全身には痛々しい切り傷痕が見られる。このような仕打ちを受けた少女の涙は止まらず、ただ延々と涙が流れ続ける。
「う……ゥ……えっ……ぐ……えっ……ぐ……ぐ……」
組織に所属していた時の、どこか怖さを感じるがあどけない少女の姿はどこにもない。ただ、目の前の狂人に怯え、涙を流している年相応の少女が居るだけだった。そして、この男は残酷な行動を少女に行っていたのである。
「お~い……泣いてんじゃねえぞクソガキタレがよォ!」
ドゴッ ドゴッ ドゴッ
怒鳴った後、グァンは身動きの取れないミルフに蹴りを、何度も食らわせた。悲痛な叫びが小さな部屋に、何度も響く。
「グアァッ!!!オ……お願……いで……す……た……たす……けて……」
「はぁ?何言ってんのお前。」
そう言って、更に蹴り続けるグァン。傷口から血が出ているにも関わらず、グァンは止める様子を見せない。
「た……す……け……て……」
懇願するミルフだが、グァンは残虐な笑みを浮かべている。
「もっと大きな声で言いなさいィ!」
追い討ちを掛けんとばかりに、非道にも、グァンはミルフの顔面を殴った。彼女の顔面には既に多くの痣が見られ、いずれもこの男に付けられたものである。
「くはぁぁぁ……!!!」
「しかし、たった三日でここまでなるとは!ボロボロもいいところだからな!こんなにえぐい姿なら本来なら殺してるレベル。けどあえて殺さねーぜ。生かさず殺さずだよ!」
ミルフは殺人を犯したことがある以外は、まだまだあどけない少女である。その少女に対してもこの男は容赦しない。平気で暴力を振るい、傷付ける。暴力行為により、怒張する股間部はこの男の異常性を物語っている。
その時、グァンは腕時計を見た。現在の時刻を確認したのち、男はミルフを見下すように言う。
「そういや餌の時間だったな。ほれ、食えよ!」
そう言ってこの男が渡したのは、虫の死骸が重ねて置かれている皿だったのだ。所謂害虫に該当する虫が数多く盛られている。何の調理もされていない、不衛生極まりない残酷な物質。それらが男によって盛り付けられ、四肢を手錠で繋がれて動けないミルフの前に差し出される。そのような状態である為に、彼女は犬同様に口で食べるしか出来ないのだ。
その光景は、まるで犬扱いだ。だが与えられている食事は、犬ですら口にしない、加工すらされていない害虫達。衛生面で見ても人間が食べて良い代物ではない。
「動物だったらこんな虫、食うだろ?ええ?大便や小便じゃねえだけありがたいと思えよな!それとも前に出した糞をてめぇに食わせてやってもいいんだぜ?永久機関の完成ってな!」
鬼畜と言える所業だ。だがミルフは恐怖の余り、頷く事しか出来ない。
「は……は……い……」
ミルフは言われるまま、この害虫を食べるしかなかった。涙を流しつつ、まるで本当に犬であるかのように害虫を食らう。
とてもではないが、食べられるものではない。不衛生の極み。何度も吐き出したい衝動に駆られた。口腔内の不快さは尋常ではない。だが男が見ている前での嘔吐は危険だ。何をされるか、分からない為である。
「首輪も付けてるし、マジで犬みてえだな!しかし、ボスは始末しろと言ったが、こんな状態じゃ死んだも同然だからな!何せ食べてるのが虫の死骸!ま、世の中もっと鬼畜な奴はリアルに大便とか小便を食わせてるらしいからな!楽しんでやるよ!人間観察をさぁ!てめぇ絶対ちゃんと食えよ。下手な事したらガチで大便小便食わせるからな!」
グァンの笑みが、響く。そして、ミルフの頭を、グァンは不気味な表情で撫でた。
もし下手をすれば、今度は排泄物を食べさせるという脅しがミルフを更に恐怖に陥れる。散々痛めつけられ、傷付けられ、更には害虫を与えられている屈辱。しかし、今のミルフはこれを屈辱と思っている余裕などない。ただ、助かりたい……絶望の中で、少女の頭を、その思いが埋め尽くす。
「こんなのもし母親が見たら卒倒するだろうなぁ!ヒャハハハハハ!」
高笑いする、グァン。この時、“母親”という言葉にミルフは僅かに反応した。彼女の母親が、何か関係あるというのだろうか。
「お……かあ……さん……?」
「ん?そうかそうか!お母さんに会いてえか!」
グァンが笑った直後、思い切りミルフの顔を平手で打った。この痛みでリルムは更に涙を流し、力が抜けたように顔を床にやった。そんな少女の姿を見てグァンは笑みを絶やさない。
「甘ったれんじゃねえぞ!ここにお母さんが来るか?来ない!当たり前だよな!?」
ただ、〝おかあさん〟と言っただけ。それだけでグァンは少女を打った。何も抵抗もしていない。なのに、打った。何故?どうして?男に脅されながら害虫を口で食するという人間以下の扱いを受け、何故このような仕打ちを受けなければならないのか。少女は絶望の中考えた。だが、考えるだけ無駄だった。この男はこちらが何をしなくても容赦なく傷やあざを付けてくる。その意図は何故?どうして?ミルフはただただ苦悩し続けるばかり。
「……そうだ、お前にいいモノやろう。」
「……い……いも……の……で……すか……?」
死人のような目つきでミルフが見たもの……それは注射器だった。何をされるか分からない恐怖が再び襲う。
「い……やぁ……いや……ぁ……」
「てめぇ逆らうと大便食わせるぞ?」
その一言がミルフを黙らせる。ミルフは泣きながら体の力を抜いた。力を入れればまた殴られ、傷付けられると思ったからだ。
「お利口だなぁ。よォし……」
すると、グァンはその注射器をミルフの腕に突き刺した。注射器の中にある液体が彼女の体内に侵入していく。少しずつ、少しずつ……
やがて体内にそれらが全て入り終えた時、ミルフにある変化が見られた。
「ひっ、ひいっ……!あ……あぁぁ……き、気持ち……いぃよ……」
口から唾液を零しながら、奇妙な快感を得ている様子のミルフ。その光景はグァンを更に不気味に笑わせた。
「ヒャハハハハハァ!この歳で麻薬は、そーとーだろーなー。」
あろう事か、この男は少女に対して特殊麻薬を体内に注射したのだ。それにより少女は快感を得、不自然な笑みを浮かべていた。無論、その後彼女に危険な症状が見られるのは言うまでもない。グァンは少女が墜ちていく姿を見るのを楽しんでいるのだ。
(これを餌にいろいろと利用するか。何せ麻薬を一度打てばずっとそれが欲しくてたまらなくなる……たまにはこういう趣向もアリだな。)
外道。間違いなくこの男にふさわしい言葉であろう。十三歳という若さの少女の身動きを取れなくし、暴力行為や害虫を食わせるという、虐待行動を起こした挙句、裏社会で流通しつつある特殊麻薬を体内に注入。信じられない非道を起こす男、グァン・ホーキーズ。
今、ミルフは気が狂いそうな思いで今を過ごしている。目の下には隈が出来、口からは延々と唾液が溢れ、目に光が見られない。まるで死人のような目色だ。このような地獄を味わうことになるなど、誰が想像しただろうか。そもそも、何故彼女は今、この場で捕まっているのか。
「なぁ、ミルフちゃん。捕まった時は殺されるって思った?何で捕まったのか知らなかった?なぁ?聞けよ。」
グァンは、ミルフの顔を鷲掴みにし、床に伏せさせる。身動きが取れず、麻薬によって狂いつつある彼女に対し、惨い暴力行為を行うのだ。
「それはね、組織にとって大切な“印”が関係しているんだよー?ミルフちゃんの場合は背中にあるんだよねー!その印が!」
グァンのいう、“印”とは何か。それは、ゼオンがゼルに見られた時、自らのナイフでそれを切り裂いた、印だった。だがこれが何を意味するのかは不明だ。
ミルフは、もし捕まれば殺される……最初はそう思っていた。だが男は殺さずにこのように狂ってしまった少女を見て笑い、更なる拷問を続けるだけ。生かされず殺されずの状態で、ミルフは苦しみ続けている。
「あ、そうそう!そういやさ、三日前のミルフちゃん血まみれでなかなかえぐかったよな!処女貫通おめっとさん!!!ま、とーぜんながら中出ししたらよォ、妊娠する可能性は十分にある訳で!!!」
「ひぃぁっ……!?」
更に、この男は三日前に、ミルフを強姦していた。鬼畜とも言える男は処女であったミルフを強引に襲い、その行為を行っていたのである。
「い……やぁ……」
「良いじゃねえか!大人のレディーになれたんだからよ!もし俺のザーメンカクテルがミルフちゃんの子宮に流れて、上手く行ったら俺の子供、生んでくれるのかなぁ!?うひゃお!中々生々しいじゃねぇかこの会話よぉ!ますます勃起しちまうぜイェア!」
あどけない少女を強姦したこの男。そして今は監禁。いくら少女がアルンの率いる組織の一員だからとはいえ、これ程の絶望を与える必要があるだろうか。余りに惨い仕打ちをするグァン。一方でただ落胆するしか出来ないミルフ。暴力と、屈辱が重なり、彼女の精神状態は限界を迎えようとしていた。
「……ひ……ひひ……ははははは……アハハハハ……」
「おいおい、狂った振りしたら俺がドン引きと思ったら間違い!」
そう言ってグァンはミルフの腹部を蹴り飛ばす。少女は吐血し、痛々しい喘ぎ声を上げていた。
「あぁァァァぅうゥゥゥ!?」
「今までこんな風に狂った奴は幾度となく見てきたからお前が狂っても大したこたぁねーのよ。強姦するにも……今ではゴミと化したお前なんかヤる気も起きねーしね。さて、今度はどのように生殺ししてやろーかなぁ?」
グァンは笑っていた。普通の人間ならば笑えるはずのない場面で、一人爆笑していた。何がそれ程におかしいのか。一人の少女……それも、まだ十三歳のあどけない少女を殴り、蹴り、傷付け、挙句の果てには強姦。そして特殊麻薬の注入。一体何の恨みがあって彼女をここまで壊す必要があるのか。個人のエゴにしては残虐極まりない男の行為。だが男は何の躊躇いもなく、少女を地獄へ陥れていく。
それから更に日が経過した、辛うじてミルフは、生きていると言える状態ではあったのだが、精神は崩壊寸前だ。彼女は何度も死なない程度に暴行を加えられた上、食事も、普通人が食べないようなものばかり与えられていた。それでどうにか飢えは凌いでいたが、その上で彼女を壊しているのはグァンによって注入された特殊麻薬である。これにより、絶え間なく特殊麻薬を注入され、最早それがないと生きていけない程に中毒に陥っていた。目元には大きく隈が出来、完全に、衰弱している。その上で異物を食されていたが故に食中毒を起こし、トイレにすら行かせて貰えていない状況。故に、部屋は惨い程に汚染されていた。
そこに、人間としての扱いはない。十三歳の少女がこれ程残酷な扱いを受けて良い筈がない。だが、グァンは無情にも彼女に残酷な行動を続けるのだ。
「ァ……ゥゥ……」
悲痛なミルフの声がグァンの耳に入ると、舌打ちをしたグァンは彼女の腹部を蹴った。直撃した部分が鳩尾だった為、ミルフは僅かな声を上げた。激痛に耐えるミルフは、激しく呼吸をしながら唾液を垂らしていた。
「……はぁ……飽きて来たな。そろそろ殺そうかなぁー。」
その独り言を聞いていたミルフはビクリと反応した。生かさず殺されずの状態を続けさせられたミルフだったが、それでも、殺される事は恐怖以外の何者でもないのである。
だが、この現状を見る限りではある意味、死の方がましとも呼べるのかも知れない。切り傷に対する処置もされず、衛生面が最悪の状態。本来清潔にしなければならない傷口は腐っており、悪臭がしている。最早、生き地獄だ。今の彼女はお洒落を楽しみたい年頃の少女とは大きくかけ離れているのだ。
「ぃ……ぁぁ……」
限られた体力で、ミルフは首を横に振った。しかし、その時――
「あ、そうだぁ。思い出した。お前に見せたいもんがあるんだよねー!仲間とご対面、したくねぇか?」
突然、この男は何を言い出すのか。ミルフは力を振り絞り、正面を見る。
「結構時間経ってるから、腐ってるんだよなぁー。“死体”に慣れてても死臭って臭いから嫌だからな。」
死体?死臭?この男は、何を言っているのか。だがこの時、朦朧とするミルフの表情に、変化があった。それは、恐怖とも言える感情だった――
すると、グァンは、ある、一つの袋を取り出した。人間一人が入れそうな、寝袋のようなその袋。チャックが付いている、青色の袋だ。
「ま……さか……」
嫌な予感はした。そこに入っている存在は一体?まさか……
「ミルフちゃんは察しが良くてお利巧でちゅねー!寝袋にチャックで入ってるものってなーんだ?答えはね――」
バッ
グァンがチャックを勢い良く外すと、そこに映ったのは余りに惨い光景だった。
男の、遺体だった。衛生面の管理が全くされていない。まるで、見せびらかさんとグァンが用意した悪趣味。既に蛆が至る箇所に湧いており、死臭が辺り一面に広がる。腐敗が進んでおり、見る者を不快にさせるそれは、かつて、“人間だったもの”だ。
そして、それには見覚えがあった。ジュラード・メッサード。同じ組織の一員である。彼はグァンによって殺され、このような仕打ちを受けたのだ。
「ジュ……ラード……い……ヤ……いやああああああああああああああああああああ!!」
掠れながらも、少女は叫んだ。ジュラードが死んだという事実は、彼女を更なる絶望に追い遣るのだ。
「うへぇ、こりゃ目に余るぜェ。一部のグロ愛好家に高値で売りつけてやろうかな!?この写真をよ!」
惨い光景を見た時、人はどのような反応をするだろう。目を背けるか、それとも妙な興味を持ってしまうか。医学に関係している者ならばその身体構造を見てしまうか。それは、分からない。
だが、紛れもなく目の前にあるものは、ジュラードだった“モノ”だ。その形状は崩壊しつつあり、腐敗し、その遺体を処理する事なく、瀕死状態のミルフに見せるという鬼畜。この男の惨い行動は、留まる事を知らない。
「ミルフちゃん、次はお前の番だぜェ?既にくっさいけど、更にお前も臭くなるんだからな!死ねばねェ!」
グァンはハット帽子を回転させながら、銃を持ち始めた。やがて、そのままミルフの方に近付き、始末する気で、居たのだ――
バッ
その時だ。突如、この部屋の扉が開かれた。それと同時に、閃光弾が放たれたのである。激しい光は部屋を瞬く間に照らし、グァンの視界を奪った。
突然の出来事に、混乱するグァン。視界を奪われ、動けない彼はそのままたじろぐ。
「グ……糞がぁ!」
その間、何が起きたのかは分からない。眩しい光はグァン・ホーキーズの身動きを防ぐのに十分な役割を担っている。それは、ミルフにとっては救いの光を言えるのか、それは定かではない。
「お……か……さ……」
この時、ミルフが口にした言葉は、その言葉だったのである。
それからどれ程の時が流れたのであろうか。ミルフが目を覚ました場所……そこは見知らぬ医務室のような場所だった。白い天井に、独特の臭い。何故、この場所に自分が居るのかは分からない。そして、各所を包帯で巻かれている、少女。死人同然の瞳をしていた彼女の視界に映る天井の電灯は、うすらと明かりを反射させている。
その時、二人組の男性の会話が彼女の耳に聞こえてきた。その会話内容にミルフは僅かに耳を傾ける。
「まさか、あの“女”がここに来るとは。そして、あろう事かその娘が運ばれるとは。その娘が、まさかあの時うちを襲撃した連中の一味の一人だったとは。」
多くの偶然が重なっている状況。ミシェは、ただ、関心を抱くばかりだ。
「それも、かなり惨い状態みてぇだな。見た感じ、暴力を受けた跡もあるし、何をすれば、あのような事が出来るのか。」
「ああ。惨過ぎる……どうにか、一命は取り留めましたが……ね。」
「にしても、まさか突然の急患だな。仲間は銃で撃たれてそのオペもするわ、女の子のオペもするわ……お前も大変だな。」
「だが、自分の使命は果たすまでですよ。自分にある能力を生かすだけ。パイロットとしても、医者としても……ね。」
その声は段々と大きくなっていく。明らかにミルフの寝ているベッドに近付いているのが分かった。慌てて彼女は目を瞑り始めた。万が一、起きている所を見られたら、どのように対応すればよいかが分からなかった為である。
やがて目を瞑るミルフの前に二人の男性が現れた。ネルソンとミシェである。つまり、ここはセイントバードの中なのだ。二人から見てミルフは眠っているようにしか見えなかった為か、彼女の顔を見つつ言った。
「一つ気になるのは、何故、彼女が私にこの子を渡したのかがどうしても理解出来ない。」
「お前がモグリだからだろう。公的な医者を頼れば色々と不具合が生じるからな。反社会勢力の話も出てくるだろうし、何よりも治安維持の名目で下手をすれば軍や警察関係に目を付けられる。」
「まるで闇医者のような事をしていますね、私は……」
「どうでも良いけど、よく分かったなあの女。セイントバードの位置がさあ。そして、娘を連れて来た」
この時、ミルフは疑問に思った。会話内容から絞り出される単語の中に、“セイントバード”いう言葉があった。一度、ゼオンの抹殺の為に向かったその場所。ここに来て、その名前を聞くとは、思わなかったのである。
「あ……の……ここ……は……?」
小さい声でミルフは聞いた。まさか、自分がセイントバードの医務室に居る等、思いもしなかった為である。
「おや、気が付いていたか。君はあの時の少女か……」
ネルソンはミルフと面識があった。オスロでの強襲の際に彼女が居るのを知っていたからだ。だが、まさかここでミルフを助ける事になるなど、思いもしなかったが。
彼女はオスロのジャンク屋及びセイントバードを襲撃し、シンを殺した組織の人間だ。だが、それでもネルソンは優しく接した。ここに運ばれてきた時、全身が不衛生状態によって炎症していた上、傷や腐敗臭があった。それが気になった彼は、聞いた。
「君は“ある人間”に運ばれてきた。そして、一命を取り留めた。もし、差支えが無ければ教えて欲しいのだが、一体何があったのだ?」
当然の質問だ。どういった経緯でここに運ばれ、処置を行う事になったのか。
だがその瞬間、ミルフはフラッシュバックに襲われた。何故自身がこのような怪我をしたのか……それはグァン・ホーキーズによって行われた強姦や暴力の数々が原因である。そんな事が背景にあった事等知るはずの無いネルソンは、突然のミルフの悲鳴に驚く。
「いやああああああああああああああ!!!」
頭を抱え、数々の拷問による残酷な出来事が思い出されていく。それが激しいフラッシュバックとなり、ミルフを襲ったのだ。
「嫌……嫌……嫌ぁ……!!!いやああああああああ!!!殴らないで!!!痛い事しないで!!!怖い事……しないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!虫を食べさせないで!!!……産みたくないィィィィィ!!!」
「お、おい!落ち着けよお前!」
ミシェがミルフを押さえた。しかし彼女は男の手を振り払い、ガクガクと震えている。完全な、トラウマ。それも、激しいものだ。
ウィィィィィィン
その時、ウィリアが部屋に入ってきた。彼女の傷は大きく回復しており、今現在では独歩で歩く事も叶う状態となっていたのである。セイントバードの艦内をリハビリがてら、歩いていた時に、その悲鳴が聞こえ、反応し、医務室に入ったのだ。
「何、どうしたの!?……え……貴方……ミルフ……?」
「ぇ……ぁ……う……ウィリ……ア……だ……」
一部組織内の同じメンバーである両者がこの場所で対面したのだ。ウィリアから見れば、変わり果てたミルフの姿に戸惑いを隠せない様子であった。一方のミルフはウィリアの姿を見て恐怖は少し和らいだ様子だった。
「貴方……一体何があっ――」
聞こうとするウィリアの口を、ネルソンが押さえた。
「聞かない方がいい。今の彼女は肉体的なダメージもそうだが、それ以上に精神的なダメージの方が大きいと言える。その例として、私が質問をすれば凄まじい悲鳴を上げた。ウィリア、君はそれを聞いてここに来たのだろう?」
「え……ええ。けど……あの子がなんで……こんな……」
事情の把握が出来ない。何故ここにミルフが運ばれてきているのか。一体、何がどうなっているのかの把握が出来ないのだ。
「ミシェさん、少し、彼女を見ていて下さい。」
と言って、ネルソンはミシェをここに居て貰うように言った。それを承諾した、ミシェ。
それから、ミルフの居るベッドから離れた場所に移動し、ネルソンはウィリアに対して説明を行った。
「ある、人間がここに彼女を運んできた。名前は、マターリャ・ブラマンジュ。」
「マターリャ……?」
それは、ジュラードが言っていた、彼女の母親の名前だ。謎に包まれている女性、マターリャ。ミルフの実の母親。彼女はネルソンにミルフの身柄を預け、その場を去ったという。
実の母親である筈なのに、何故ミルフを彼に預け、自らは去ったのか。それが気になる様子の、ウィリア。この様子から、ウィリアとマターリャは何らかの知人関係である事が伺える。それはネルソンにとっても同様だ。
「マターリャは知っているわ……氷河族に大きく関係しているとされる人物。だけど、その行方は不明とされていた。その彼女が来ていたのね。」
「ああ。数年前に見たきりだから多少容姿は変わっていたが、間違いなく彼女だったよ。そして私に依頼をしてきた。どこで私がここに居るという情報を得たのかは話してくれなかったが、今は目先の彼女の娘を助けなければ……と、思った。」
マターリャ・ブラマンジュと、彼等とでは、どのような関係があるというのだろうか。
「そして、ミルフ・ブラマンジュはまず、暴力行為が関係している。それも、ただの暴力行為ではないと思われる。恒常的な虐待や、精神的な虐待……膣内の形状変化等を見る限り、性的虐待も関与していると推測される。更に身体各所が異様に糞尿等によって汚染されている。その上、血液検査も行ったが、そこから、麻薬成分らしきものも発見された。」
「それって……」
ネルソンから語られる、ミルフの身体状態にウィリアはただ、驚愕していた。“麻薬”という言葉を聞き、寒気を覚える。
「恐らく、何者かに“それ”を注射され、精神的に高揚した状態にさせられたと推測出来る。その上での暴力行為。そして、先程の叫びは、それによるトラウマと推測される。それ等がフラッシュバックし、混乱状態に陥ったのだろう。」
「酷い……一体、誰がこんな事を……」
ウィリア自身も、組織を裏切った身ではあった。しかしミルフ本人に対する恨み感情は一切ない。寧ろ、今現在の彼女の状態を見て同情さえ覚える状態だ。
「余程恨みのある者の犯行か、或いはペドフィリアの嗜好を持つ者に寄る犯行か、それとも猟奇趣味のサイコパスによる犯行か。いずれにしても、あのような少女に対してされるべき行為ではない。残酷な行動だ……」
ネルソンも、その表情に余裕がなくなっていく。不快感を見せる、彼。グァンの行った犯行は、余りに残酷だったのである。
「そう言えば、処置をしている際、彼女の背中を見た。以前ゼオンが自らの手で傷付けたとされる、“印”の存在もあった。」
「印……」
それは、グァンも言っていたものだ。“印の反応”という言葉を言っていたグァン。彼の言葉は、何を指すというのか。
「ウィリア。過去に君も私の手術を受けたな。“印”を取る手術をした……と。」
「……ええ。」
以前、オスロでウィリアとネルソンが会話をしていた時、彼女は二回目のオペを受けたと言った。ここで明らかになる、一回目のオペの内容。ネルソンは、ウィリアによって“印”を除去する手術を受けていたのである。
「あの時は詳細を語ってくれなかったな。その、“印”について。一つ分かっているのは、君が氷河族のメンバーであるという事を私は分かっていたという事だ。」
ウィリアに印があり、その除去術を行ったという事は、ウィリアが氷河族のメンバーであるという事を、彼は知っていた事になる。だがそれはチームには話さなかった。
医者には患者の守秘義務がある。手術を受けたり、診察を受けた人間には秘密があったとして、それを口外する事はあってはならない。個人情報の流出となるからだ。故に、ネルソンはその事をエリィ達に告ぐ事はしなかったのだ。
しかしウィリアはミルフと関連がある。同じ組織のメンバーと言う共通点がある。その証拠が、印だ。故にネルソンは話をしたのだ。
「あれが後々に私の行動の障害となる事は分かっていた。何故ならば、あの“印”にはCメタルで出来た、独自の技術で作られた“発信器”が組み込まれているからよ。」
明らかになる事実。氷河族のメンバーに付けられている、“印”の正体。それは、発信器だったのである。この事を知るのは、この中ではネルソンだけだ。
「私自身、それを知ったのは氷河族に入って間もない時だった。それに気付いた時、偶然にもあの時オスロに居合わせた貴方に依頼をしたの。あの印がある事は、氷河族の証。それが一部の人間に知られていくと、今後の行動で不便になると考えたから、貴方に印を除去してもらうように依頼をした。お陰で傷跡すら残らない、奇麗な身体に戻る事が出来た訳だけれど。」
氷河族の印は発信器としての役割だけでなく、その組織に所属している何よりの証として存在する。チームの象徴のようなものだ。いわば、氷河族への忠誠のようなものであり、組織に入る際にそれを義務付けられる。
組織に入る、大半の人間は、その際に疑う事なく印を付けられる。それは自己で剥がす事は出来ない。完璧に剥がすには、医者による手術等を受けなければならないのだ。
モグリの医者であったネルソンは、ウィリアにとって効率が良かった。彼女にとって印は忌むべきものであり、外さなければならない理由があったのだ。
「発信器という事は、あの印が付いている人間は常に行動が管理されているという事か?」
「ええ。そう。そして、発信器が付いているという事実は大半の組織の人間には気付かれない。Cメタルで出来ているそれは極、自然な程に身体に馴染むからよ。人間の血液のヘモグロビン内に鉄が含まれ、身体に流れ、酸素を運搬するように。余りに極、自然に……だから気付かない。そして、検疫等にも引っ掛からない最も、私もこの情報に気付いたのは印を除去してからの話だったけれど。」
「組織の技術と言うのは、恐ろしいものだな……軍関係で言えば強化モデルの監視目的でそういった技術は用いられる事はあるが、それをごく、普通の人間に行うとは。」
「徹底的に、人間の管理をしたいのよ。組織は。まさかここでその話をする事になるとは思わなかったけれどね。」
ウィリアは印による、グァンからの制裁を免れた。だがその事実を知らなかった、残されたメンバー達は制裁を受ける羽目になった。現に、アルン、ジュラードが惨い殺され方をしている。そして、ミルフにも被害が及んだ。残るはニーアのみ。彼女にも印が付いている。
「では、彼女があのような目に遭っているのは……」
「恐らく、組織からの追手が考えられるわ……」
事情を知るウィリアは、ミルフの惨状の原因を推察した。それは、事実でもある。組織のボスの直属の部下であり、パニッシャーであるグァン・ホーキーズによる行動が、彼女を痛めつけたのである。そして、それを知るきっかけとなったのは、グァンがメンバーに付けられていた“印”の存在を知っていた為である。
(そして、ギィルにも印が付いていた。あの時ノードの追手が来た理由はあそこのホテルが氷河族の管轄という事でなく、ギィルの付いていた印が原因としたら……)
オスロの出来事を思い出す、ウィリア。
「それしても、あの組織は一体今、どうなっているのだ?私には訳が分からない……」
頭を抱える様子のネルソン。目の前の患者を治療するので手一杯の彼は、ただ、溜息を吐くだけだ。それと同時に、惨い状態になっているミルフを見て、その犯人に対して憤りさえ、感じているのだ。
「今の彼女からは聞ける状態ではないし……ね。少し時間が必要になりそう。ありがとう、ネルソン。引き続き、彼女を手当てしてあげて欲しい。同じ組織のメンバーの好として。」
と、ウィリアが部屋から去ろうとした時――
「それと……色々とごめんなさい。ここの人達には辛い思い、させるわね。私のせいで……」
「君が組織の人間だろうと関係ない。私は一人の人として見るだけだ。君は何も悪くない。」
それが、ネルソン・アルビュースと言う人間だ。いくら残酷な事をしている氷河族と言う組織であれ、個人と組織は関係ない。医者として目の前の命は救う。それが、ネルソンのモットーとも言えるのだ。
それから部屋を出た際、ウィリアは、一言、呟いた。
「私は自分勝手な人間よ。仇を討てた今、のうのうと、生きていて良い筈がない……」
それからウィリアが廊下を歩いていた時、その際、彼女はアレンと会った。それは余りに偶然であり、必然であった。セイントバードに居たウィリアとシュネルギアに居るアレン。今、両艦はダーウィンに居る状態である為、行き来が出来る状態なのだ。従って、彼に会うのは別に特別な事ではない。
「ウィリアさん!?どうしてここに?」
アレンは先の戦闘に介入していた為、ウィリアがここに居る事を知らなかったのだ。偶然出会った彼等。元々はウィリアがアレンの先輩バンディットとして指導している立場。
彼等は昨年、ローマで一度会ったきりであり、まさかこの場で会う事になるとは思いもしなかったのだ。
「色々とあってね。セイントバードでお世話になってるの。貴方、先の戦いでは随分と貢献したそうじゃない。新生連邦の巨大兵器を破壊したとかって聞いてるわ。」
当然ながら先の戦闘の事は彼女も知っている。その戦いでアレンが戦い、国連の勝利に貢献した事も、知っているのだ。
「伊達にデウス動乱の英雄と呼ばれている訳ではないみたい。その様子だと、もうバンディットをする気はなさそうね。本格的に国連と共に戦って行くのかしら。」
「そのつもりです。今回はセイントバードとも協力して貰いましたけれど。今後はどうなるかは分かりません。」
「そう……気をつけてね。バンディット自体の登録の撤回は、出来ない事は覚えてるかしら。」
「ええ、でもそれは、覚悟の上ですよ。」
アレンの言葉を聞いた後、ウィリアは静かに頷く。
「素敵ね、格好良いわ……尚の事、気をつけてね。特に貴方の場合は有名人だから。」
「今は、裏稼業よりも世界の平和が優先ですよ。戦争が起きている世界なら、尚の事です。」
と言って、彼女は去って行った。
現在の世界情勢になる前。アレンが十六歳の時に、ウィリアはアレンにバンディットの先輩として、様々な事を伝えた。まさかその彼が今となってはMS……それも、ガンダムタイプを駆り、再び戦場に出て活躍しているという現実。それは彼女にとっては喜ばしい事であった。そして、互いの道は逸れて行くものなのかと、感じていたのである。
その後、ウィリアはセイントバードから僅かに離れた場所に移動した。ミルフの事が気がかりではあったが、今の彼女は会話出来る状態ではない。情報を聞き出すにも、彼女を反って不安にさせてしまう可能性があると、判断した為だ。
それよりも彼女は別の人間に会う約束があったのである。元々、その人物と会う為に彼女は移動していたのだが、ミルフの惨状を見て、ネルソンから事情を聞いたりしていた。
そこは草木が生い茂る、野生動物の保護区であった。先の戦闘による被害を受けている箇所もあったが、いくつか無事な場所もあった。平時ならば保護区として機能していた筈のこの地も、戦闘によって罪なき野生動物達が殺されているのが現状である。戦争行為は何も生まない。理不尽な状況を作り出すばかりなのだ。
その中を、ウィリアが歩いていた。そして、彼女はある、人物と出会う。
「……連絡をくれてありがとう、ニーア。」
そこにいたのはニーア・アンジェリカだった。アルンと同じ組織に所属している彼女。そして、グァンに追われる身である筈の彼女。
しかし、そのような立場であるニーアはどのようにして、ベルゲンからここ、ダーウィンにまでやって来たのか。
「ウィリア、貴方は本当に不用心の極みね。貴方は組織を裏切った。普通に考えて、私は貴方を殺しに来るぐらいの事はする気よ。どうして、堂々と私の前に現れるのかしら。」
ニーアの疑問は当然と言えた。実際、ウィリアは裏切り者だ。その彼女に連絡を寄こして、普通ならばそれを言う筈がないだろう。だが、彼女はそれに応じ、場所まで言ったのだ。そして、ニーアはベルゲンからダーウィンまで遥々とやって来たという訳なのである。
「貴方は友人だから。それは信じたかった。」
共に酒を飲み交わす仲である彼女達。故の信頼。以前にノードの事を呟いても、ニーアはそれをリーダー、アルンに告げる事をしなかった。
「けど組織の人間でもある。それは、忘れないで欲しいわね。」
ジャキンッ
その時、突然ニーアは銃を構え始めた。その銃口は紛れもなくウィリアに向けられている。ニーアは、暗い表情のままウィリアに対し、その銃を向けるのだ。
「ニーア……」
友人に銃を向けられるというのは当然ショックを覚える。だが、それは覚えのある事でもある。故に、大きく動揺することは無かったのだ。
「ねえ、ウィリア。貴方のせいでね、全てが滅茶苦茶なのよ。それは貴方自身が分かっている筈よ。」
ウィリアはクレーディト社の社長、ノード・ベルンを殺した。そして、氷河族を裏切った。この二つの罪が、圧し掛かっている。
それ故に、ニーア達はボスの差し金のパニッシャーである、グァン・ホーキーズから逃げなければならない状況となったのだ。
「今、私達がどういった状況に陥っているか知ってる?」
怒りが込められているように見える言葉。ウィリアは自分が組織を裏切り、エレアを殺した事に対し、それ故に怒りを持っているものと思っていた。
「貴方がいない間にね、リーダーが殺されたの。」
「え……!?」
最初、ニーアの言葉が理解できなかった。リーダーが死んだ……つまり、アルンが死んだという事。ウィリアがセイントバードに居る間、そのような事が起きている事実に、冷や汗を掻いた。
パァンッ
その時、ニーアは引き金を引き、銃からは銃弾が放たれた。しかし、それはわざとウィリアを避け、彼女の顔の横を過ぎ去った。長い髪が、風圧によって少しばかり消し去った。
「こんな状態なのに……こんな状態なのに!何をしていたのよ……!リーダーが……仲間が死んで、何とも思わないの!?その上仲間まで殺す始末!貴方は何をやっているのよ!?」
涙を浮かべるニーア。しかしそんなニーアに対し、ウィリアは視線を落として言った。
「そんな事があったのは正直知らなかった……私は確かに、エレアを殺したわ。けどあれは、仕方のない事だったのよ。エレアは、私を助けてくれた人を傷つけようとしたから……でも、私だって今は行かなければならない。貴方がそうするのなら、私だって身を守る為に貴方に銃を向けるわ。」
と言って、ウィリアは銃をニーアに向けた。
ウィリアの中で、今守るべき存在はセイントバードのメンバーだ。しかしニーアはあくまでも組織の人間を尊重している。故に、こうした対立が生じるのである。
「貴方は……自分勝手過ぎたわ!確認したいのだけどね、以前貴方言っていたわよね!?ノード・ベルンが許せないって!彼を殺したのは、貴方なの?」
ニーアは、以前ウィリアが言っていた言葉を思い出し、言った。
―――――――――ニーア、私ね、ゲーンを嵌めた人間を許さない――――――――――
そう言われ、ウィリアは静かに、頷く。
「やはり、貴方なのね……」
ニーアに言われ、ウィリアは静かに、言った。
「貴方がそれをしたせいでね、それによってリーダーは制裁を受けたわ!連帯責任ってね!それによって殺されたのよ……!そして、私達は追われる身となったわ!」
涙を流しているニーアが言った。そんな彼女が抱えるのは有り余る悲しみと怒りと恐怖。ウィリアにはそれらを読む事は出来なかったが、ニーアが手を震わせているのが目に見えていた。
やがてニーアは地面に泣き崩れた。明らかに何かに絶望している彼女の姿が目に見えている。それは、リーダーを失った絶望なのか、自身が追手に追われる事に対する恐怖なのかは、分からない。
「貴方は自分勝手よ……こうなる事も考えないで、それで他のメンバーが殺されるかも知れない!貴方は何も分かっていない!貴方の勝手で死んでいる人間が居るの!貴方は、身勝手の極みだわ!!」
ノード・ベルンによって嵌められ、殺された彼女の弟、ゲーン。そしてギィルもその男に殺された。傷つきながらもメイドの支えもあり、その男を倒した瞬間、彼女は意識を失った。
全ては彼女自身の身勝手な行動。組織に所属しながら、仇を討つという、本来ならば許されない行動を、彼女は行ったのだ。
「貴方は情報分野に特化したバンディットだったわよね……だからこそリーダーは貴方を仲間に入れたのよ?なのに、貴方は組織の事を殆ど、何もしなかった……貴方は何の為に組織に入ったの!?」
ウィリアは静かに、答える。
「言った通り、復讐の為……それだけよ。だからそれを成し遂げた。でも、私はあの時、本来死んでいた。でも、彼等に助けられた。だから助けられた恩は返したい。今は出来る事を、したいの。」
「その結果、貴方は仲間を殺し、私達は組織に追われる身となったのよ。貴方がそんな事をしなければ、こんな事にはならなかったのだから!」
互いの意見が衝突する。組織に所属しながらも、同じ組織のパニッシャーに追われる者と、同じ組織に所属していながらも恩人に対して恩返しをする為に生きている者。
互いの立場は複雑だ。しかしそれらを同列に見做している組織のボスは、彼女達を許さない。互いの抹殺を狙っているのだ。
「ねえ、聞きたい事があるの。」
その時、口を開いたのはウィリアだった。
「何……?」
「さっき、“追われてる”って言ってたわね。そしてリーダーが殺された。それって、どう言う事なのかしら。」
「……それを聞いてどうするの?」
ニーアの言う通りだった。殺した人間を聞いてどうしようというのか。しかしそれでもウィリアは問い続ける。
「気になる事があるの。実は先日、ミルフがセイントバードに運ばれてきた。」
「ミルフが……誰に?」
「彼女の母親、マターリャ・ブラマンジュよ。」
氷河族に関係しているとされる人物、マターリャ。そもそも、彼女は何故この場所にミルフの身柄をネルソンに渡したのかは謎である。
「どうしてマターリャが?何故分かるの?」
「あの艦の医者が言っていたわ。知人なの。そこでマターリャの名前を聞いた。彼女は何故数年姿を見せない中で、今になって姿を見せたのか……」
疑問が残る。そもそも、マターリャとは一体何者なのだろうか。
「それよりも、ミルフの事よ。あの子酷い目に遭っている様子だった……」
ウィリアが事実を話していく。ミルフ・ブラマンジュがセイントバードに運ばれた事についてだ。
グァン・ホーキーズによって多くの惨い仕打ちを受けたミルフは精神的に崩壊しつつある状態だった。今、彼女と接するのは危険でしかない。下手をすればフラッシュバックを引き起こしてしまう為である。
「あの子、可哀想に酷い仕打ちを受けた跡が幾つも見られた。その仕打ちが余程酷かったのか、叫んだりしていたの。気になったのは、その件と貴方が追われている件について、関連があるのではないかと思ったの。」
同じ組織の人間が追われているというのならば、関連性があると疑うのは当然だ。ミルフの惨い仕打ちとニーアが追われている事、そして、リーダー、アルンの死。これらが関連する事は、一つ。
「まさか……あの男が……」
ニーアは思わず言った。その“男”の事を。
「男?」
「貴方は知っているかは知らないけど……グァン・ホーキーズ。この名前の男がリーダーを殺したの。そして、私達はその男に追われる身……」
「グァン……?」
ミルフを残酷な虐待をし、アルンを殺した男、グァン。彼女にとって、その名は聞き覚えがあったのである。
「もしかして、グァン・ホーキーズ……?」
念を入れるように、ウィリアは確認した。これに対し、ニーアは静かに頷いた。
「あの男が……!」
ウィリアは、握り拳を作った。この様子から、グァンとニーアには面識がある事が分かる。
「知っているの?」
「ええ。でも、もしかすれば同姓同名なだけかも知れない。最も、あの男に限って同姓同名って事はないだろうけど。念の為に、外見的特徴を教えて欲しい。」
知っている人物に違いないと思う反面、もしかすれば違う人間であるかも知れない。ノード・ベルンが双子の兄であったように、その人間も別の人間である可能性があるからだ。
「銀髪で……長髪。そして黒のシルクハットを被っていたわ。」
「同じだ……。やっぱり……」
外見的特徴も完全に一致。間違いない。アルンを殺した男とウィリアの知るグァンは同一人物である事が確定した。
「その様子からして、貴方はあの男とは知り合い以上の関係だと見たわ。」
「そう、御名答……私はね、あの男にレイプされた事があるの。氷河族に入った頃にね……」
ウィリアの中で、どこか寒気を感じた。男慣れしている筈の彼女が寒気を感じるという、グァン。この様子から、その男が如何に異常であるかが伺える。
「あの男は、鬼畜以外の何者でもないわ。ただ、己の悦楽の為に私を道具のように犯し、何度も、何度も射精した。それを思い出し、何度も吐いた事がある程……あの男は、狂ってる。」
常軌を逸したこの男の性行為は、ウィリアにとってのトラウマとなっていたのである。
「けれど、どうしてあの男が貴方達を?」
「貴方がノード・ベルンを殺したからよ。その情報がボスに伝わって、制裁を受ける事になった……」
どこか震えている様子のニーア。追われているという恐怖を感じているのだろうか。
「まさか、ミルフがあのようになったのって……」
ウィリアは確信した。恐らく、ミルフが凄惨な目に遭ったのは恐らく、グァンの存在が関係しているのではないか――と。
自分がノードを殺した為にメンバーが報復制裁を受けた。それによってアルンとジュラードが殺された。残されたメンバーもグァンに追い掛けられている立場。そのメンバーの内の一人が、ミルフ。彼女は殺されずに済んだが、心身共に傷を受けている。これらが共通している事は、一つ。
「全てはグァン・ホーキーズの仕業って事……?」
その上過去に自身を強姦したという鬼畜の男、グァン。彼がボスの側近で、パニッシャーとして動いているのならば話が繋がる。
「じゃあ、もう既にグァンはミルフにも手を出して……そして……ジュラードとも連絡が取らないのって、もしかして……」
ニーアに不吉な予感が過ぎる。そして、不幸にも、それは当たっている。
ジュラードは既に殺された。そして、ミルフは酷い仕打ちを受けた。その精神的ショックが今も続いている状態だ。その上で、次に狙われるのはニーアである事は、間違い無いだろう。
「私が次のターゲット……奴は、私を狙ってくる……」
ウィリアすら恐怖を覚える男、グァン。常軌を逸している黒ハット帽の男。組織内の人間を容赦なく殺す、紛れもない処刑人と呼べる存在だ。
「いや、待って……ウィリア、貴方はどうして狙われないの!?そもそもは貴方がノード・ベルンを殺したからこうなったのよ!?」
ここで生じる疑問。ウィリアがノードを殺したが故にグァンは動き出した。そうだとするのならば、ウィリアは狙われて当然の筈である。
「恐らくあの男は……印を頼りにしている可能性が高いわ。」
「印……何、それ……?」
「知らなかったのね。ニーアも……」
視線を落とす、ウィリア。印の存在は組織にとっては重要だ。裏切り者、不必要な存在を抹殺する上での発信器の役割を担う、印。
ウィリアはその詳細について話をした。知っている情報を、ニーアに伝えたのだ。それを知った時、彼女は落胆した。
「じゃあ、これがある限り追われ続けるという事……?」
「そういう事ね……陰湿な組織よ、氷河族は……」
組織の構成員としての証としての印ではなく、実際は構成員を管理する為の印だった事を知り、それが原因で彼等は組織のパニッシャーに追われる身となっている。
ニーアは自らに付いている、右肩甲帯部分に付いているその印の存在を恐れた。それをまるで握り潰さんと、自らの左手を使い、服の上から大きく握る。例え痛もうと、血が出ようと関係ない。忌むべき印が付いているという事実は彼女を絶望に陥れるのだ。
「これがあるから……これがあるからリーダーは殺された……ミルフも悲惨な目に遭ったって事……?」
「まさか、このような形で印を使うとは思わなかったわ……殺されるべきは私だけで良いのに、こんな事になっていたなんて……」
ウィリアも自らの行動が友人を巻き込んでいた事実に、憂いの表情を浮かべている。ウィリアは印の存在が自らの目的の妨げになると思い、それをネルソンに除去して貰っていた。だからこそ、執拗に追われる事はない。
しかしウィリアがノードを殺したという疑惑が氷河族のボスに伝わり、その連帯責任を取らされているのは、残されたメンバー達なのだ。この事から、結局はウィリアが彼女達を巻き込んだのは紛れもない事実なのである。
ガッ
ニーアは、ウィリアの胸倉を両手で掴んだ。真実を知っていながら、メンバーに話さなかった事に対して怒りを感じたのだ。
「どうしてそれを言わなかったの!?せめてそれを知っていれば、皆がこんな目に遭う事はなかったのに!?」
感情的になるニーアに対して、ウィリアは言う。
「言った所で氷河族に所属している時点でその印を取る事はいずれ警察組織に発覚するわ。そうなればどの道組織に消されるのは分かり切っている話。私は知人のモグリの医者に印を消してもらったけれど、公的病院等でのその行為は、危険だわ。」
つまり、印を刻まれている時点で組織からは逃げられないのだ。氷河族に絡んだものは、死の定めがあるようなものと、言えたのだ。
「一つ、聞きたい事があるわ……」
ニーアが恐怖に満ちた表情を浮かべ、言った。
「今、ミルフはあの戦艦の中にいるのよね。という事は、印も“そのまま”って事?」
「ええ……そうなるわ。」
「それって、危険じゃないの?グァンは印を持った人間を殺そうとしているとすれば、身動きが取れないミルフは確実に狙われるのでは?」
ニーアの言葉は正しい。下手をすれば、ミルフは殺される可能性があるのだ。そして、彼女が居る場所はセイントバード。
これが示す事。それは、セイントバードのメンバーも巻き込んでしまう可能性が充分に考えられるという事だ。
「……まさか……!」
ウィリアに嫌な予感が過る。ミルフが医務室に居るという事は、そこをグァンが狙う可能性は高い。そしてグァンがニーアの言うように冷徹な男であるならば、セイントバードのメンバーを巻き込む可能性も十分に考えられるのだ。
それは、以前の二の舞になる。以前もゼオンの為にセイントバードのクルーが殺された。今回もセイントバードチームのクルーがミルフを保護する事により、グァンが殺しに来る可能性は十分に考えられる。
「一刻も早く、戻らないと!そして、彼に伝えなきゃ……印を取るように!」
それはネルソンの事だ。ネルソンが印を切除したのならば、彼ならばそれを出来る。ウィリアは今、彼を頼ろうとした。ミルフの印を取り除く事が出来れば、彼女は狙われずに済むのだ――
「待って」
ニーアのその言葉に、立ち止まるウィリア。
「今、印を取るって言った?それってどういう意味?」
「セイントバードに私の印を取った医者が居る。彼ならばミルフの印を取ってくれるかも知れない。そうなれば、狙われる事は無くなる筈……」
安直ではあったが、ネルソンならば印の除去が出来ると考えたのだ。自分の印を切除出来たのならば、ミルフの印も除去出来るだろうと、考えていたのだ。
「そして、貴方の印も彼にお願いすれば取れる筈だから――そうすれば奴に追われなくて済む。彼は優しい人よ。事情を説明すれば理解してくれる筈……」
と、言った時、ニーアは何故か、笑みを浮かべた。
「いえ、その必要はないわ。」
「え?」
どうしてだろうか、恐怖に怯えている筈のニーアが笑みを浮かべるなど、妙な光景と言えた。
「確かに、私はあの男に追われている。この印がある限り、追われ続けるでしょう。でもね、一方でリーダーを殺したあの男を許せないの。これ、どういう意味か分かる?」
恐怖に怯えていた筈のニーアが、今度はどこか怒りに震えているように見えた。忌むべき印に対して爪を立て、表情を険しく、変えていく。
「どういう風の吹き回し?印さえ取れれば貴方、助かるかも知れないのに?」
ネルソンに頼めばその手術をしてくれるだろう。だが、ニーアはあえてそれを断る。その真意は、不明だ。
「ウィリア。貴方は許せないと思っている。貴方の勝手でリーダーやメンバーが悲惨な目に遭ってしまうかも知れないから。でもね、その一方で貴方には感謝をしないと行けない。情報に通じている貴方が居なければ、私はどうすれば分からないで居たから。ただ、あの男に怯えているだけだったから。」
まるで感情が変わったかのような発言だ。不思議に思う、ウィリア。
「けど、印を付けられた理由がそのように監視をする為で、それによって殺されるというのなら……私は戦う。あの男を、殺す。印を利用して、奴を殺してやる。」
ニーアの口から怒りを込めた言葉が放たれた。ニーアは印の事実を知り、そこから、グァンを殺そうと模索していたのである。
「本気……?」
「ええ、本気よ。だから、まずはミルフを助けて貰うように言って貰えないかしら。」
ニーアの覚悟は本気だった。自らに付けられた印を利用し、グァンをおびき寄せる事を考えていたのである。
だが今の状況では身動きを取れないミルフが、狙われる可能性が高い。故に、まずはミルフを守らなければならない。彼女に付けられている印を切除する事で、彼女の身の安全は保障されるだろう。そして、セイントバードに被害が及ぶ事は無くなると予想できる。
ならば、急がなければならない。クルーを守る為にも、ミルフの印をネルソンに切除して貰わなければ。
「私は近くのホテルで待機しているから。大丈夫、何かあっても私が身代わりになる。何かあれば、連絡をするわ。」
「大丈夫、なの?」
「覚悟は出来ている。常に武装はしているわ。何かあれば連絡はするから。」
ニーアの覚悟。それを受け取ったウィリア。静かに頷き、セイントバードに戻っていく。
それは、友情が勝った瞬間と言えた。ここに来た時、ニーアはウィリアを恨んでいた。しかしウィリアから聞かされた真実を聞き、グァンを殺す事を企てる事にしたのである。
憎悪と友情。これらの内、どちらが勝るのかは個人に寄る。友情よりも憎悪が上回っていれば、ウィリアは殺されていただろう。だがウィリアはニーアを信じ、その真実を伝えた。この行動が、ニーアの心を動かしたのだ。これにより、ウィリアはニーアを仲間に入れる事が出来た。だが、ウィリアの心境は複雑だった。
(駄目よ、ニーアをそんな形で巻き込む訳には行かない。二人とも助けたい……けどニーアはグァン・ホーキーズを殺す気でいる。それの方が遥かに危険だわ……)
組織を裏切った筈のウィリア。だが彼女は、いつしか裏切り者を始末する側であったニーアを巻き込んで閉まっている。それは、氷河族と言う組織が如何に危険な組織である事の何よりの証拠と言えた。だが、彼女はニーアに死んで欲しくないと思っている。この状況を打開するには、どうすれば良いのだろうか……
(気になる事があるとすれば……マターリャがネルソンを訪れたという事は、彼女はミルフが危険な目に遭っていた事を知っていたという事になる。その上でネルソンに処置をさせた。そもそも実の娘が酷い目に遭っているのに、顔も見せないのはどういう事?彼女は一体、何者?ミルフに印が付いていた事は知っているの?氷河族に大きく関わっているとされるマターリャが娘を組織に入れたという事?謎が、謎を呼ぶわね……)
ふと、過ぎった疑問。だが今はそれよりもミルフの印の除去が優先だった。
ウィリアは早速セイントバードに戻り、ネルソンの所に向かった。ミルフの容体を別室で見ているネルソン。心拍、呼吸は正常値を示している。意識も問題はない。ただ、迂闊な声掛けは許されるとは言えない状態。精神的なショックを受けているミルフの表情は、明らかに虚ろで、相当な目に遭わされていた事が分かる。
そこで、ウィリアはネルソンに依頼をした。組織の追手に狙われているかも知れないという事実を伝え、その上でミルフの印を除去出来ないかと、提案したのだ。しかし――
「それは出来ないな。」
「何故!?あの印には発信器が組み込まれていて、組織の追手があの子を悲惨な目に遭わせたのよ?あれを除去しなければ、あの子は愚か、下手をすればセイントバードも狙われるわ!」
確かに、危険な状況になり得るかも知れない。だが、ネルソンにも言い分があったのだ。
「あの子の身体は心身共に疲弊している。その状態で印を取り除く手術をするのは体力の消耗も激しい。処置をした際は彼女の意識は失われていた。故に処置が出来た。だが意識がある状態で手術を受ける事は彼女に強烈なフラッシュバックを与える事に成り兼ねない。ミルフ・ブラマンジュの場合は心の問題が大き過ぎる。彼女の精神状態がどう回復するのかは分からんよ。」
ネルソンは人道的な人間だ。確かにセイントバードに危機が及ぶかも知れない。だがそれ以前に、目の前で苦しんでいる患者の容体を悪化させるような真似はしたくないのだ。
「それにな、この件に関しては艦長にも承諾は得ているのだ。その“追手”がどのような存在なのかは分からんが、そうなった場合、我々は戦うつもりだ。目の前の命を犠牲には出来ん。例え、以前ここを襲撃した人間であろうと。それを分かり合わなければいけないのが人だと、私は思うのだ。」
彼の言葉に対し、ウィリアはこれ以上何も言えなかった。ネルソンは医者だ。そして、患者を救いたいという純粋な善意を持っている人間だ。その事を無下にする訳には行かないと、思っていた。その上で恩人であるエリィ達も絡んでいるのならば、これ以上、強く言葉を発する事は出来なかったのである。
「ごめんなさい、私が早とちりだった……」
選択肢が減った。ミルフの印の除去が出来ないのならば、彼女を守る為、グァンの存在に警戒しなければならない事が確定した。
「心配は要らないさ。今度は我々が必ず守る。どういった連中かは分からんが、少なくとも今はアステル家や国連も居る。以前のような手薄ではない筈だ。」
今回ばかりは、ネルソンの言葉を信じるしかなかった。ウィリアは、そっと溜息を吐く。
だがその時、ふと、思い出したように言った。
「ねえ、彼女の母親の、マターリャ・ブラマンジュって、いつここに来たの?」
「ん?一昨日だが。」
「一昨日……ね。」
彼女には疑問に抱いている事があった。マターリャ・ブラマンジュの事についてである。ミルフの母親であり、彼女が酷い目に遭っている筈なのに、この場に母親がいないのはどう言う事なのか。それが気になっていた。
氷河族と関わりがあるとされる女性。そして、ミルフとの関係性。この場で状況を知るのは、ネルソンのみだ。
「娘のミルフがあの様子なのに、何故母親のマターリャが姿を見せないのかしらね。ネルソン、何か事情を知っている?」
と、聞くウィリア。
「それは分からん。彼女はただ、私にあの子を託してそのまま去った。それだけだ。」
意図が不明だ。娘である筈のミルフをただ、ネルソンに預けて去っていく。何の為に?どういう目的で?
「彼女とは知人だが、詳細に関しては何も語られていない。そもそも娘が居たという事も知らなかったからな。まさかあの時セインドバードを襲撃した一味の中に居た少女がその人間という事にも驚いているよ。」
謎が謎を呼ぶ状況と言える。マターリャの目的は、何なのか。全てが謎だ。
「ねぇ、ネルソン。私の推理になってしまうけれど、もしマターリャが氷河族の関係者として、娘のミルフをここに預けたとすれば、恐らくここに戻って来ると考えられないかしら。」
「それは、分からないが……どうだろうな。」
「可能性の話だけれど、もしマターリャに会えるのなら話したい事が山程ある。今のミルフの印が取れないのなら、事情を知っていると思われるマターリャに直接話を聞ければ良いと思うの。」
ウィリアの考え。それは、マターリャ・ブラマンジュに話を聞く事だ。どの道ミルフに印が残っているのならばいつかはグァンに襲われる。そして、ニーアもその印を取る気はない。
その中で鍵を握っているのはミルフの母親、マターリャという訳なのだ。だが、彼女の詳細について知る者はこの中に居ない。故に、これは賭けと言えるのだ。
「どの道この戦艦はガーストって子の完治を待っている状態でしょう?なら、その間だけでもマターリャが来るかも知れないのなら、私は待つ。」
「もし来なくてもセイントバードは出航するぞ?」
「それはそれで大丈夫よ。ただ、今の彼女はいずれ追手に狙われる身。その間だけでも、守らないと……」
それは外にいるニーアにも言える事だ。印を付けている限り、狙われる彼女達。二人を守るにはグァンをどうにかするか、印の別の解決策をマターリャから聞くしかないと、ウィリアは考えていた。
出来る事なら、これ以上の犠牲者を減らしたい。ウィリアの純粋な思いが、そうさせるのだ。理想を言えば、ミルフもニーアも助けたい。そして、セインドバードチームのメンバーも巻き込みたくない。そうとなれば、今頼りなのはミルフの母、マターリャと言う事になる。
夕刻になった。その間にニーアと何度か連絡を取っていたが、特に大きな変化はない様子だ。ミルフもどこか、落ち着きを取り戻しつつある状態である。だがまだ油断は出来ない状態だ。
その中で、ウィリアはミルフに対して他愛のない会話をしていた。下手に刺激を与えぬよう、言葉には細心の注意を払っている。ミルフの方も、ウィリアがメンバーを殺害した事に対し、事を荒立てる様子はない。その様子はどこか穏やかではあるが、一方で虚ろな表情を浮かべている。
会話が終わった時、ウィリアは部屋を後にした。その時、ミルフは静かに手を振っている。
殺人を行っていた少女だが、可憐な少女でもあるミルフ。その愛らしさは確かに、組織の子役として十分な実力を発揮していた。組織の為に少なからず貢献してきた少女が自分の為にこのような目に遭っていたという事実。
その、小さな手を振る姿はどこか愛おしさを感じる一方で、グァンにされた惨い光景想像した時、ウィリアは胸を痛めていたのだった。自分の行動によって彼女が酷い目に遭った。それに対する罪を感じていたと同時に、氷河族と言う組織が残忍な組織であるのかを再認識したのであった。
やがて部屋を出て、そっと呼吸をするウィリア。次に彼女がする事は、医務室に彼女の母親であるマターリャが来るのを待つ事だ。
確証はない。だがもし、母親であり、娘の事を心配するのならばこの場に来る筈。これは賭けだ。だが、母親と言う立場ならば自分の子が気掛かりである筈。彼女達にどういった過去があるかは不明だが、親子の絆の可能性に賭けるしかない――
「……え?」
その時、ウィリアが見た人物に衝撃を受けた。
推定年齢は三十代だろうか。褐色の肌、茶色い髪色が特徴的なミディアムヘアーの女性。背はウィリアと同程度か。やや鋭い目つきを持つ、その女性。
彼女はこの医務室の前に姿を見せた。その人物はウィリアの姿を見た時、目を見開かせていた。
「貴方、マターリャ・ブラマンジュね。」
その女性こそ、ウィリアが探していた女性だった。これは、彼女にとっては非常に幸運と言える出来事と言えたのだった。
第七十三話、投了。
容赦のない男、グァン・ホーキーズと、その男を巡る話。