機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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ウィリアは、偶然にもミルフの母、マターリャ・ブラマンジュに会う。そして、彼女から氷河族に関する事実を聞かされる事になる。
氷河族の、ボスとは。その目的とは一体……?


第七十四話 組織を束ねる者

 なんという偶然だろうか。目の前に居た女性の名は、マターリャ・ブラマンジュ。グァンによって惨い目に遭わされた少女、ミルフ・ブラマンジュの実の母親だ。 

氷河族に大きく関与しているとされるその女性。その詳細を聞く為に、ウィリアはマターシャを止めたのだ。

「私はウィリア・ラーゲン。バンディットであり、氷河族のメンバー。マターリャ・ブラマンジュ。貴方の事は僅かながら知っているわ。氷河族の創設に関与したとされる人物よね?」

まるで彼女が当人であると断定した言い方をするウィリア。彼女がマターリャという事実は、まだ分からない。だがそれでも、ウィリアはその女性を追い詰めるかの如く、聞くのだ。

「ここに来た理由は娘のミルフが心配だったから。ここへはネルソンの好もあって、彼女の様子を見に来た。そんな所かしら?」

マターリャの掴んだ腕を離し、言った。それを言われ、マターリャは静かに頷く。

「けど、気になる事がある。どうして今まで娘の前に姿を見せなかったの?それだけじゃない、貴方には、聞きたい事が山程あるの。」

情報を聞くウィリア。まるでそれは、情報収集を行う警察組織の人間のようだ。 

 しかし、マターリャはそれに応じる様子を見せない。睨むように、じっとウィリアを見る。

「私、貴方に出来れば強硬手段は取りたくない。でも私は貴方から話を聞きたい。その為ならば、力づくで口を開かせる必要がある……」

そう言った時、ウィリアは内ポケット内にある銃を取り出そうとした――

 

ジャキンッ

 

しかし、それに対して銃を取り出したのは、マターリャだった。今、彼女達は互いの額に銃を突きつけられている状態である。予想外の反撃に驚愕する、ウィリア。

「あんた、質問ばかりだけど、情報を聞きたがるからにはそれ相応の代償が必要なのはバンディットをしていたら分かる筈だけどねぇ?ウィリア・ラーゲンッ!」

ウィリアの事を知っているかのような口調をする、マターリャ。その口調は、どこか怒りに満ちている。高圧的な姉御の印象を持つ声だ。

情報の代償と言う事は、ウィリア自身、分かっている。故に彼女は今まで男達に身体を差し出し、情報を与えてきた。その情報を活かし、別の人間から金銭を巻き上げる事もした。

「確かに、それは間違ってないわ。」

互いの額に銃を突き付けられている状況。ウィリアの方は無論、引き金を引く気はない。しかしマターリャの方はどうだろうか?その真理は不明だ。だが、一つ言える事は、マターリャは明らかにウィリアに対して敵意を剥き出しにしているという事である。

「ウィリア・ラーゲン!あんたは余計な事をしてくれた!ノード・ベルンを殺した結果、組織の人間はあんたは愚か、私の娘まで狙われる始末だ!あんたは死んで当然の人間!今、ここで本気で殺したいぐらいだ……!」

怒りを込めている様子のマターリャ。この怒りは、先のニーアと同じ種類の怒りだ。

「へぇ、奇遇ね。まさか貴方に名前を知って貰えているとは。」

と、言うウィリア。偶然が、更なる偶然を呼んでいる状況だ。ウィリアはマターリャの事を知りたがり、マターリャも、ウィリアを求めていた。前者は、純粋に印の事について知る為、後者は、娘が酷い目に遭った事への恨み。互いに譲らない状況の中で、ウィリアが静かに、言った。

「私もね、貴方に用があるのよ。さっきも言ったけど情報を聞き出す為にね。その為ならば多少の強硬手段を使う。」

何の事だと言わんばかりに、表情を変えていくマターリャ。

「もし、今すぐにでもベッドで寝ているあの子を殺すって言ったらどうする?」

と言った時、ウィリアは部屋越しではあるが、ミルフのいる方に銃を構え始めたのである。 

ウィリアに恨みを抱いている様子のマターリャ。この行為は明らかに火に油を注いでいる。下手をすれば逆上して射殺されかねない。緊迫した状況が、医務室前の部屋で展開されている。

「なんだと……!?」

だが怒るのではなく、寧ろ動揺しているマターリャ。無論、ウィリアはミルフを殺す気でなど毛頭ない。しかしこれはあくまでも手段だ。不本意だが、氷河族関係の情報を得る為に必要なのである。特に、印に関して。

 そして、一連の出来事を知っていると言う事は、マターリャは印の事を知っている可能性が高い。

「さっきあの子と話していた際に枕元に爆弾を設置したの。もし、貴方が撃った瞬間に爆発させて、殺すわ。さあ、どうする?」

全ては嘘だ。咄嗟に思いついたウィリアの嘘。

 この場に置ける情報として、マターリャ・ブラマンジュという女性に関して一つ言えるのは、ミルフの事を娘と認識した上で理解していると言う事。でなければここに来ないだろうと、いう事だ。それが今、実現した。

「それは、駄目だ……」

と言って、マターリャは銃を下ろした。ウィリアの勘は当たったと、言える。

「やはり、ミルフの事がとても大切なのね。母親ならば当然か。わざわざここに来るぐらいだものね。」

それと同時に、ウィリアも銃を下ろす。

「娘を脅されているのに、下手な事は出来ない……クソッ!大体、あんたが余計な事さえしなければ娘はこんな目に遭わなかったのに!大体、何故お前がここに居るんだい!?」

マターリャは警戒する様子を見せたまま、ウィリアに対して喋る。彼女の表情に余裕はない。娘が惨い目に遭っているのだ。当然ともいえる。

「ここの人達に助けられたからよ……。」

ミルフの様子を部屋の外から見て、憂いの表情を見せるウィリア。それを見た時、マターリャは言った。

「チッ、あんた、嘘吐いたね。」

「何故そう言うの?」

「分かるよ。表情が全てを物語ってる。だからって許す気はないけどね。あんたがミルフをあんな目に遭わせたようなものさ!」

銃は下ろした。だが、ウィリアへの憎悪は続いている。彼女の身勝手な行動が結果的にメンバーを巻き込んだ。それはニーアにも言われた事だ。

 だが目の前に居るマターリャは何故その事を知っているのか?ウィリアがノードを殺した事の報復の件を、あくまでもメンバー外の人間であるマターリャが知る筈がない。これが意味する事は、一つ。ウィリアの憶測は当たったと言える。彼女が氷河族に大きく関わっている人間と言う、憶測が。

「マターリャ・ブラマンジュ。貴方が私を憎むという事は“印”の事について知っているという事ね。でなければ私が貴方に恨まれる理由はないわ。」

その通りだ。そうでなければウィリアを恨む理由がない。

「教えて欲しいの。印について。ミルフも印を付けているが故に追手に襲われた。是非、何か知っている事を。」

ウィリアは懇願した。目の前に居るマターリャが頼りだ。もし、彼女から情報を聞き出せなければ、ミルフが襲われる危険性は飛躍的に向上する。それだけは避けたい。

「私はあんたを許す気はない。そんな相手に情報を伝える程馬鹿じゃねぇ。本来ならあんた、この場で撃ち抜かれても殺されても文句言えないんだぞ!?」

マターリャの怒りは治まっていない。ミルフを殺すという脅しは嘘。それは良いとしても、結果的にミルフがグァンによって酷い目に遭った事実は変わりがない為だ。

「じゃあ、私を殺す?それは結構よ。」

「何ぃ!?」

ウィリアは、突如諦めたような表情を浮かべた。

「ノード・ベルンを殺した時、私は死んでもおかしくなかった身。別にここで殺されるのなら、それはそれで結構。」

ウィリアは自らの命を失う事に躊躇いがない様子だ。ただ、セイントバードチームに助けられたという事実が、あるだけ。だからこそウィリアは堂々としている。いつ、死んでも良いという覚悟がある。

「だけど私をここで殺した所でミルフの危機は変わらないわ。あの、印がある限りは。だったら貴方の知っている情報を話して、それから彼女が助かる方に賭ける方が私は良いと思うけれど。」

それは聞きようによっては命乞いに聞こえる。だがマターリャはウィリアの表情を見ても、焦りを感じていない。冷静で、明らかに命を投げ出しているように見えるのだ。

「私自身はどうなっても構わないけど、私が引き起こしてしまった事がきっかけで仲間や大切な人が巻き込まれる事だけは避けたいの。最も、諸悪の根源と呼べるのは“氷河族”そのものなのだけど。」

ウィリアがノードを殺したが故にアルン率いるメンバーが追われる事になった。そして、惨い目に遭う事になってしまった。その全ての根源は、氷河族であると言い張るウィリア。

 これを言われ、マターリャは銃を内ポケットにしまう事にした。彼女の激昂は無意味であると、考えたのだ。

「私は、どうすれば良い……ミルフがあんな目に遭って、その原因の人間が目の前に居る筈なのに……!」

握り拳を作るマターリャ。その様子は、明らかに悔しそうにしている。

「話してくれれば良いの。印について。いえ、それだけじゃない。貴方が知っている事について、全部。」

こうとなってはウィリアが優勢に立った。ミルフの仇を討ちたいと願うマターリャ。氷河族と言う組織がこの状況を作り出したという、ウィリア。互いの条件が重なった時、両者は協力関係になっていく。

「……ここでは話辛い事だ。場所を変えられるか。」

氷河族の話となれば、何者が聞いているかは分からない。故に、マターリャは躊躇う様子を見せる。

「じゃあ、近くのホテルで話をしましょうか。そこに私の仲間が居る。印を付けられ、追われている仲間よ。ミルフの事はクルー達に伝えるわ。守ってもらうように……ね。」

セイントバードのクルーが巻き込まれるリスクはある。しかし今は、マターリャの情報が欲しい。彼女も氷河族の人間ならば、ここに多くの人間が居る方が危険である。そう判断したウィリアは、一度ミルフを置き、別の場所に移動する事にしたのだ。

 場所を移動すれば、印の位置は二つに分かれる。組織のパニッシャー、グァン・ホーキーズがどちらを襲撃するかは不明だが、今は分散する方が、リスクが低いと言えるのだ。

 

 

 

 そこはセイントバードからすぐ行った場所にある、ホテルだった。そこにはニーアが居る。ニーアの居る部屋に、ウィリアとマターリャが入って来たのである。ツインベッドが並列に並んでいる部屋。一人で居るには広いが、三人となればどこか、狭さを感じる空間。ニーアはマターリャの存在を見たのは初めてだ。無理もない。彼女は数年間姿を見せなかったミルフの母親なのだから。

「あんたも印を付けられた人間なんだろ。ウィリア・ラーゲンから聞いている。」

マターリャが言った。目の前に居る人間、マターリャ・ブラマンジュの存在にニーアは驚愕していたのである。

「ウィリア、どう言う事?ミルフの印は貴方が言っていた、医者が取るのでは?」

「彼女への負担を増やす訳にはいかないと言う事で、印は取れないの。あの子は今、あそこのメンバーに守られている状態という訳ね。」

「じゃあ、まさかこの人は……マターリャ・ブラマンジュ……氷河族の創設に関わったって噂の人間……!」

マターリャは有名人だ。氷河族に大きく関わっている人間として、一部では知られている人間なのである。しかし、その正体を詳細に知る者は居ない。ウィリア自身も詳しく分かっていないのだ。

「それよりも印について知りたいんだろう?ただ、知った所でそれがどうなるっていう保証はないが。」

「印だけじゃないわ、貴方の知っている情報全てを教えて欲しい。氷河族に大きく密接しているとされる、貴方なら何かを知っている筈。」

ウィリアの言葉に、部屋にいた二人は震撼する。

「何を、言っている……?」

マターリャの言葉が静かに過ぎる。

「今回の件を含め、私は確信した事がある。それは氷河族という組織を束ねる存在に対し、制裁を与えなくては行けないという事よ。」

組織を束ねる存在に対する制裁という言葉。それはつまり、組織のボスを止めるという事だ。

 そもそも、組織のボスの存在は一部の人間を除き、全く明らかとなっていない。今回ミルフがグァンに襲われたのはボスの命令だとすれば、そもそもの根源はボスという事になる為である。

「正気!?ボスは何処に居るのかも分からないのよ?どうやってそんな事を!?大体、無謀だわ!」

ニーアの疑問だ。だが、それに対してウィリアは言った。

「このままじっと武器を構えていて、仮に追手と対峙したとしても根本的な解決には至らないわ。組織がその気なら、戦わないと行けない。マターリャ。貴方も娘があんな目に遭わされてそれでも組織に従う?貴方なら詳細を知っている筈。わざわざこのような場所にネルソンを訪れる程に娘を愛している筈の貴方が、娘をあのような目に遭わされて尚も組織に忠誠を尽くすの?」

そう言われた時、マターリャはどう返せば良いか分からないで居た。そもそもマターリャが何故ミルフを組織に入れたのか、それを分かっていたのかも不明ではある。確実に言えるのは、マターリャがミルフを愛しているという事だ。

「そもそもこのような組織と知っていて、ミルフが組織に入っている事を黙認していたという事?その上で私に対して恨みを抱くのはお門違いもいい所よ。貴方が組織の実情に詳しいのなら、それを教えて欲しい。」

ウィリアに言われ、マターリャは静かに口を開いた。

「ミルフは元々こんな組織に居る人間じゃなかったのさ……」

「……どういう事?」

二人の視線がマターリャの方に集中した。

「氷河族は戦後になって発足した組織。多分これぐらいの情報は知っているだろう。だが、本来の形をあんたらは知らない筈。教えてやるよ。何故この組織が存在しているのかを。」

氷河族という組織。デウス動乱後の混乱期の最中で生まれたこの反社会組織は勢力を確実に拡大化していき、いつしか裏社会のトップに君臨する存在となった。戦後僅か五年程でこうした存在になる事が出来たのは、ボスと呼ばれる人間の手腕もあるが、多くの人間が関与しているのも事実なのである。

「氷河族のルーツはさ、純粋な電気メーカーとして存在していたのさ。クレーディト・メカニクス社としてね。そしてそれは本社をオスロに構えた。だが、この時から既に裏では中立コロニーとの貿易や資源物資のやり取りが極秘裏に行われていた。この頃から兵器の輸入、Cメタル素材の輸入、ハイ・バッテリーエンジンの輸入等、今のMSの製造に欠く事の出来ない存在として居たんだよ。当時の地球連邦と、デウス帝国がドンパチやっている間にね。だから怪しまれる事なく貿易が出来ていた。そして、地下深くにもマスドライバーを隠し持っているという噂もある。それを使って貿易を進めていたって話だ。民間企業がそんなものを持っているっていう事も驚きだけどな。」

「マスドライバー……凄い、民間の企業がそんなものを持っているなんて。」

明らかになっていく組織設立の起源。全ては、元々存在して居たクレーディト社の存在が大きく関与していたのである。

「私の母親はクレーディト社の創設に関係している人間だった。故に娘の私もその関係でクレーディト社内で相応のポジションで働く事が出来ていた。元々そんな怪しい会社じゃなかったのさ、クレーディト社ってのは。純粋なメーカーとして存在していた。だけどデウス動乱がそれらを変えてしまった。」

元々クレーディト社は大企業という訳ではなかった。然程有名な企業と言う訳でもなく、地元にある家電メーカーという立ち位置で存在していたのだ。故にウィリアも然程気に留める事はなかった。表向きの話では、あるが。

 だがデウス動乱の混乱の中で密かに、中立コロニーと資源の輸送をしており、その中で軍事兵器の開発にも乗り出しつつあったのである。

「元々社長だったとある、男は当時の世界情勢を見て、戦後の世界を予見した。より世界は軍備増強が必要になる世界になる……ってさ。その為に、社員にも極秘でこうした活動を行なっていたって訳さね。それを聞かされたのはクレーディト社の創設メンバーだった母親から。そして、私は娘が生まれていた時だったので、必死に動いたさ。その、戦後暗躍する事になる、“ある組織”の為にね。」

「それが、氷河族?」

「そうさ。」

クレーディト社は戦後になってから、社内に存在していた組織と分離した。その組織に、ある人間がボスとして君臨し、その類稀な人脈、コネクションを使って組織を拡大させていった。

「氷河族は、元々クレーディト社から派生した組織で、法に縛られない方法でより多くの金銭を得る為に、あらゆる人脈を使って金銭を集める組織として会社から拡大していったのさ。その組織の数は、千は超える。世界中に存在している組織さ。宇宙にも活動している連中は居る程に。」

ウィリアはクレーディト社と氷河族が確実に何らかの関係がある事は予想していたが、その真実と言うのは、元々はクレーディト社という会社として存在していたという事実が、ここで明らかとなった。

「あの会社と氷河族は、関連があると言うわけではなく、元々は一つの存在だったと言う事なのね。それで、氷河族の構成員を利用してあらゆるテロ組織や武装勢力にMSを売っていったという訳なのね。」

マターリャは髪を撫で、語り続ける。

「当時の社長……今の氷河族のボスは、クレーディト・メカニクス社の社長に別の人間を置いた。事実上、支配をしているのはボスだが、その人間は言ってみれば傀儡人形に過ぎない。」

「それが、ノード・ベルン……」

ウィリアにとって忌むべき人間、ノードの正体がここで明らかになった。彼は本来の社長ではない。立場的に社長として存在しているだけだったのである。

「戦後のこうした中で氷河族とクレーディト社は分裂し、やがてクレーディト社はMS、ファドゥームを作り出した。それはこの世界情勢になる事を見据えて作り出した機体だ。それが作られた背景には、戦前から行われていた中立コロニーとの輸送が功を成したんだよ。氷河族の利益の大半は、これにあたる。」

次々と明らかになる事実。だが、氷河族の秘密はこれに留まらない。

「無論、それだけじゃない。戦後の混乱期の中での経済不安や人を相手にするが故の麻薬類、そして性風俗関係や武器の密輸や詐欺行為、違法商法、高利貸し、人身売買等。旧世紀から続いている様々な事業を、戦後の混乱に便乗してあらゆる箇所から買収し、利益を得始めたのが氷河族さ。組織はこうした犯罪行為スレスレの行為をし、荒稼ぎをしていったという訳さ。その中で、上納金を組織に渡さず、利益を独り占めしようとした存在は組織から制裁を受けると言う訳さ。」

こうした存在を監視し、処分しているのがメイドやグァンといった、組織内に存在するパニッシャーにあたる人間である。彼ら以外にもそうした人間は多数存在している。

「こうした利益があるが故に、組織は地球圏の支配を強めている新生連邦といった存在に建前の金を払い、取り締まられないように存在を認めさせて行った。巨大な組織への献金も忘れない中で、自分達は違法なやり方で利益を作って行ったと言う訳だ。」

強引なやり口で、献金を忘れないでその勢力を確実に拡大させていく組織、氷河族。それらの行動はウィリアやニーアも、知っての通りだ。

「でも、こうした事情を知っておきながら、何故貴方は娘のミルフを組織に入れたの?」

「……いつの間にか、入れられたんだよ。」

入れられたとは、どう言う事なのか。明らかになる、ミルフの組織に入った秘密。

「戦後、私はクレーディト社の宇宙事業に携わっていた。ミルフは元々普通に学校にも行っていた子だった。だが、戦後になって氷河族が結成した時、私はその事情を聞き、それからあの子を会社に預け、宇宙に行って、そこで、五年は仕事をしていた。この時、私はある人間に彼女を見てもらうように依頼した。」

「それは、誰?」

「元連邦反乱軍の傭兵だったジュラード・メッサードだ。あいつは戦後の地上を彷徨っている中で知人関係になった。その中で、ミルフの事を気に入ってくれたのさ。ミルフもあいつの事は気に入っていた。だから、コネを使ってあいつをクレーディト社に入社させ、その上でミルフを見て貰うように言った。」

つまり、ジュラードはクレーディト社の社員だったという事になる。それも、マターリャのお陰で入社できた、縁故入社という形で。

「今思えばあいつも同じ組織に入ってしまってたって訳だけどね。そしてそれが、全ての間違いだったって訳さ。」

マターリャは地球の状況を詳しく知らないまま、宇宙で仕事をしていたと言う訳だ。ジュラードは、この時からの知り合いだったのである。

「だから、彼とミルフはよく共に行動していたという訳なのね。」

組織内の内情が少しずつ、明らかになっていく。氷河族を知る女性、マターリャの口から多くの事が語られていくのだ。

「氷河族はメンバーを探していた。その中で、目を付けられたのが恐らく、ミルフ。あの子は疑う余地なく組織に入った。全てはあの、ボスの思惑って訳さ。利用できる存在は何でも利用する。その組織に忠誠を誓うように言っているのも、全てはボスの思惑。子供だったミルフは恐らく、疑う余地なく組織に入団させられたんだろうね。ボスか、その側近にあたる人間の口車に乗って。それはジュラードも同じだったという訳。」

「アルン・ティーンズか……」

ここでウィリアからリーダー、アルンの名が出てきた。アルンはボスに忠誠を誓っていた人間だ。一部組織の仲間を集める為に、ミルフやジュラードを勧誘したのだろう。ゼオン・ニーマードと同様の方法で。

「それを知ったのは宇宙での仕事を終えた頃だったよ。大切に育てていた娘がいつの間にか殺し屋のような事をしている現実があったからね。驚いたと同時に、絶望した……そして、私の管理の行き届かなさに悔いた。だから、私はあの子に会う資格なんてないのさ……そして、果てはあのような状況。母親失格さ。愛娘と五年以上離れて、帰ってきたら愛娘は殺し屋なんて考えられるか?」

「そんな事が……あの子は、好奇心で殺人をしていたという事なの?」

「きっと教え込まれたんだよ。メンバーには様々な人間が居たからな。それが氷河族なんだよ。平気で人間を利用する。どれだけ年端の行かないあんな、女の子であろうとね。故に組織は大きくなったんだろうさ。……一度地球に降りた時に、会っておけば良かったのにな。」

そっと溜息を吐く、マターリャ。どうやらその台詞からして、一度地上に降りた過去があるらしい。

「どうして地上に?」

「野暮用って奴さ。オスロに居た。そして、その際にネルソンに会った。モグリの医者をやってたとか、言ってたねぇ。」

ここで、エリィ達の過去とリンクする場面が出てきた。ウィリアがエリィやネルソンと会っていたように、マターリャもまた、過去にネルソンに会った事があるのだ。

「その時にミルフに会うことは出来なかったの?」

率直な疑問を、ウィリアは聞いた。

「既に組織として動いていたみたいで、会えなかったのさ……事情を追求出来なかった自分が憎い。そこでネルソンをたまたま知っただけと言う訳さ。」

「擦れ違い……って訳か。じゃあ、マターリャと私はもしかしたら同じ場所にいたのかも知れないという事なのね。」

「そうなのか。それは、知らなかったな。」

その一度地上に降りた出来事を最後に、マターリャは宇宙での仕事を再開したのだ。

これ以降、マターリャとミルフは連絡を取れなかったのだろう。既に彼女は宇宙、ミルフは地球。この距離の違いが、連絡手段を取れなくするのに十分な理由と言えた。

「……でも気になる事があるわ。貴方、さっきの医務室でも直接会わなかったね。ミルフに。」

「会う資格がないと思ったからだよ。仕事を優先した結果、会社内に出来た反社会勢力の組織の一員になっていたんだ。こんな馬鹿な話があるかって話さ……。」

マターリャの表情が苦渋に満ちていく。あの時、娘に連絡をしておけば。あの時、ジュラードと連絡をしておけば、もしかすれば最悪の出来事は避けられたのかも知れない。その時、ニーアも視線を落としているように見えた。

結局は氷河族が引き起こした出来事という訳である。組織の創設に関係していたマターリャは数年後に地球に戻ってきた際に氷河族が活動している事を知っていき、その中で、自分の娘が組織の一員として働いている事実を知った。やがて、その後でミルフが暴力行為を振るわれている事を知り、今に至るという訳だ。

「だけど地球に戻ってきてからジュラードとも連絡が取れない事を知り、違和感を覚えていた。それから情報を得た。そしたらこのザマって訳だ。」

「……印の話ね。」

「そうさ。組織を縛る存在として在り続ける為に印をメンバーに付ける事を決めたのさ。無知なメンバーはそれを象徴として捉えていた。」

印の話が、遂に出てきた。氷河族の一連の話からの、重要な話。ニーア、ミルフを守る為に必要な事だ。彼女がその鍵を担うのは、間違いない。

「あんたが聞きたがっている、印は組織の象徴なんて生ぬるいものじゃない。万が一出現するかもしれない、裏切り者を監視する為の存在さ。これを付けられている限りはビーム粒子の妨害も関係ない、組織が独自に作り出した電波回線を使うから、例えば民間企業のEフォンとかコンピュータのネット回線の妨害なんて受け付けない。メンバーの監視の為に、軍事目的で使用される回線を使っている。そこまでして、監視したいのさ。」

この時代のSNSの回線等は民間企業が作成した衛星データを受信し、各地に情報が行き交う。

だがそれはあくまでも民間企業であり、戦争で使用されるビーム粒子の影響を受けやすく、粒子が飛び交っている地域上での戦闘行為があれば電波障害を起こし、故に通話やメッセージのやり取り、SNS等は使用不可能となる。

だが軍が所有している回線は別回線のチャンネルを繋げる為、妨害を受けにくい。そして、氷河族はその回線を独自のルートで確保している。その一つが、印だ。又、ウィリアが使用していた発信器もこれらに該当する。ノードに対して発信器を付けた時、彼女の所持していた発信器は、氷河族の別組織から盗んだものなのである。

「その徹底は、どうして……?」

内部事情を知るマターリャだからこそ、その真相を聞きたい。ウィリアの情報収集を主に行うバンディットとしての役目が、この場で発揮されているようだった。

「“ボス”に背く存在の抹殺、及び絶対的な立場で在り続ける事を望んでいるからだよ。自らを公の場に見せず、常に組織の部下や信頼する人間をただ、言葉で操る糞野郎。自分の手は汚さず、パニッシャーとかいう糞な連中を寄こしやがって殺す。どんな手を使ってでもな。氷河族に入ったら最後、死ぬまで奴隷のようなもんさ。何も知らない愚か者か、あえて事情を知った上で入る人間かのどちらかだよ。あの印を持っている人間に関しては特にな。」

忌むべき印の話。では、その印の効力を止める方法というのはあるのか。ウィリアは自身で印の真実に気付いた。だがニーアはそれを知らずに今に至っている。

「マターリャ、その印の効力を止める方法を知ってる?私はネルソンにオペをして貰ったから印は無くなった。だけど、それ以外のメンバーに付けられた印の効力を無効にしないと、パニッシャーに殺されるの。お願い、それを教えて欲しい。貴方の娘を守る為にも。」

懇願するウィリアだが、マターリャは表情を暗くし、視線を落とす。

「そんなものはない……ボスが全てを握っているからだよ。或いは、ボスに近しい人間がその鍵を担っているかのどちらかだ。」

希望が絶望に変わった瞬間だった。つまり、助かるには印そのものを除去するしかないという事である。

「そんな……」

と、落胆するウィリア。それを聞いていたニーアも、同様だ。

「じゃあ、ミルフも私もあれを取るように彼にお願いするしかないって事なのね……」

すぐに効力をなくす事が出来ればありがたかったのだが、それが出来ないのならば、諦めるしかないというのか。理不尽な状況が、続く。

「結局は、ボスをどうにかしないと止められないって訳さ。あの印そのものを付けられた以上、取るにはな。医者の技術で同時に取る事が出来るか?ミルフはあの状態。辛うじて出来るとすればニーア・アンジェリカ、あんたの印を取るぐらいか。それでも時間を要する。あれは並の医者に出来るような手術じゃない。ネルソンぐらいの腕じゃないと、無理だ。いくら機械でのオペが主流になっているとはいえ、印そのものを完全に除去するにはまだまだ、人の力が必要になってるって事なんだよ。それも、優秀な技術の持ち主がね。」

「知ってる……だから、頼んだの。」

だがネルソンは一人しかいない。万が一その間に襲われたら目も当てられない。

「人工知能の発展を阻止したが故の弊害ってやつだ。何も、医療分野にまで制約を掛ける必要があったのかが疑問だけどねぇ。」

「機械文明の発達をよく思わない人間もいるという事ね……大抵、人の為に役立とうとする研究が行われたとして、それが実現しようとしたところで、利権絡みでそれが普及できないというのはよくある話だもの。そうした人間に限り、極端な思想に偏り易い。故に不利益を被るのは一般市民をはじめとした人間等と言う訳ね。」

「旧世紀の政治家連中に頭の固いバカがいたって訳だね。その結果迷惑しているのは今生きる時代の人間って訳さ。」

「何でもそう。極端な思想に走った人間はその周囲の人間をも巻き込む……特に、情報に於いては……ね。その結果、時に愛するべき我が子の命さえ奪う事もある。」

と、ウィリアが言った時、何故かニーアは視線を少しばかり泳がせた。

語り合う彼女達。だが今はそれどころではない。結局、今は絶望的な状況だ。ネルソンという医者を頼ろうにも、時間が掛かる。そして、印を止めるにはボスを、どうにかしなければならないという絶望。ただ、彼女達は途方に暮れるばかりだ。

 だが、この時、ウィリアはふと、気になった事を言った。

「マターリャ。ボスの目的って何?何故そこまでする必要があるの?」

氷河族のボス。一部の人間以外に知られていない絶対的な存在。何者であるのかも不明な存在。自らの部下とも呼べる人間ですら不祥事等に対して連帯責任と言って殺すような人間。この、目的とは一体?

「そこまでは私にも分からない。多分、これを知る人間はもっと近い人間だろうさ。私みたいな、中途半端に組織の事情を知る人間よりはね。」

組織に近い人間。リーダーと呼ばれる人間だろうか。だがアルンは殺された。となれば、アルンは近い存在とは言えない。となれば、パニッシャーのグァン・ホーキーズなのだろうか。

「ただ……ボスの名前は知っている。まあ、それを知った所で、どうって事はないのだけどさ。」

予想外の言葉が出てきた。彼女はボスの名前を知っている。これはウィリアにとっては朗報だった。少しでも、氷河族の闇に近づく事が出来ると思っていた為である。

「元々のクレーディト社社長、そして戦後に氷河族を作り出し、表舞台から姿を見せ、ノード・ベルンに会社経営をさせ、その裏で組織を操っていた、ボス……」

マターリャの口から、言葉が出る。それに注目する、二人。

 

「名は、エレグ・スウィード。」

 

その、名前が出た。エレグ・スウィード。それが、氷河族のボスの名前。莫大な経済力とそのカリスマ性、コネクションで裏社会や表社会に多くのネットワークを作り出し、果てにはMSの製造を独自に行い、世界中のテロ組織、武装勢力に兵器を送り込んでいた組織の黒幕。

「エレグ……それが組織のボスの名前なのね。」

「そうさ。戦後の混乱で組織を発展させてきた、あんた達のボスの名前さ。顔すら分からないボスってものも変な話だけどね。だが、それがあの“男”。デウス動乱時に戦後を予見してMS産業を中心に、利益を得続けた男。」

この言葉より、エレグと呼ばれる人物は男性である事が分かった。

裏社会を牛耳る存在として君臨しているボス。一部では崇拝すらされる程の人間。その人間を、アルンやグァンは慕っている。そして、不要になった人間は組織ごと葬るという男。

 だがこの男の目的が見えない。何故ここまで自らを隠すのか。正体を知ろうとした者への制裁を行なったりしてきたのか。恐らく、そこにエレグの目的が隠されているのだろう。

「一つ気になるとすれば、目的が何にしても、これ程組織を大きくしておいてよく、目を付けられなかったというところよ。MS産業は本来、新生連邦や国連など、主要の軍に対して兵器を送り出すのなら分かるけど、氷河族は独自に行なっているわ。それっていつか軍から制裁を受けないのかしら。」

ニーアが、言った。それ程組織が大きくなっているのなら、それを叩こうとする存在が現れてもおかしくないと思っていたのだ。

「だから、裏社会なんだと思うんだよ。表立って仮に国とかを作ったらそれこそ目立つ。コソコソやって、バレそうにかれば献金を渡して目を瞑って貰う。」

裏社会という立場は公になる事はない。それが新生連邦軍と言った組織に対する脅威として存在しない限り、氷河族の存在は保たれる。

「それに軍事企業はそれぞれ密約を交わしているとされている。アーステクノロジーが新生連邦軍に兵器を提供しているように、国連にはサイラックス社が兵器提供をしている。その上でクレーディトはテロ組織や武装勢力。これらに兵器が行き交う事で、利益が得られるって仕組みな訳さ。だから本来、軍事企業に対しての攻撃というのは禁止されている。ただ、それを破ったのはまさかの国連だったけどね。」

以前、国連軍がアーステクノロジーの襲撃をした事があった。それは密約を破った事になるのだ。

「酷いマッチポンプといったところね。結局今回の戦争は、なるべくしてなったようなものじゃない。軍事企業が儲かる為のカラクリみたいなものね。」

ニーアが、言った。

「戦争の火付け役の実行犯の組織だったんだろ。アルン・ティーンズの組織は。それが引き金となって、アルメジャン紛争が起きた。それから世界は冷戦状態になっていった。」

「だから、あの時リーダーは戦争を引き起こすって言った訳か……」

ふと、ニーアが呟いた。以前フォン・ヤマグチの暗殺の為に動いていた彼女達。それは、こうした背景もあったが故だったのである。

(そして、それに加担していた人間の一人が私……情報を拡散させて、その結果世界は混乱状態になった。自らの復讐の為に、人を巻き込んだ。)

ウィリアは思った。フォン・ヤマグチの死の情報を世界中の武装勢力に情報を送ったのは、彼女が起こした事だったのである。その後アルメジャン紛争をはじめとした世界情勢の変化は、言うまでもない。

「マターリャ、エレグ・スウィードは何処に居るのかは分かる?」

その中で、ウィリアが聞いた。

「それは分からないが……強いて考えられるとすれば、クレーディト社か。」

「成程、じゃあオスロにいるかも知れないのね。」

「あんた、何を考えている?」

マターリャの疑問に対し、ウィリアは笑みを浮かべて言った。

「結局は、その男を殺さなければニーアもミルフもいつかは殺されるって事よ。なら、手っ取り早い方法はただ、一つ。エレグ・スウィードを殺すの。」

組織のボスの姿形も不明で、尚且つ何処にいるのかも分からないなかでそれを言い出したウィリア。一聞すればそれは無謀極まっている発言と言える。

「無理難題を言うな!確証がない!どこから情報を引き出すって言うんだい!?」

「いえ、ヒントはあるわ。」

これに対し、ウィリアは自信満々な様子で言った。

「追手の人間を利用すれば良いの。追手は印の存在を利用してニーアやミルフを狙ってくるとすれば、追手はボスと近しい人間という事。となれば、その追手から情報を聞く事が出来れば可能性は、ある。」

「ウィリア、それってグァンを利用するという事?」

ニーアの質問に対し、ウィリアは、静かに頷いた。

「その男がもし追ってくるのなら、利用すれば良い。貴方はグァンを殺す気と言っていたけど、私達は彼を殺さず、エレグ・スウィードの場所を聞き出すの。それから動く事は出来る。」

だがどうやってそれをする?仮にグァンが来た所で、仮に聞き出せたとして、そこからどのように行動する?

「それを誰がやる?まさか、私達でやるっていうんじゃないだろうね?」

「セイントバードに迷惑は掛けられない。それに、どの道ニーアもミルフも放っておいたら事実を知らないで殺されるわ。印を取る手段がないのなら、ボスを殺すしかない。それが、身を守る事が出来る唯一の手段よ。」

ウィリアの言葉は正しいようで、無謀だ。何者か分からない相手を殺すなど、無茶も良い所と言える。

「もし、この作戦に乗ってくれるなら、私はセイントバードを降りて。そして、貴方達に協力する。これ以上、皆を巻き込みたくない。そもそもあの組織があるからこのような状況になっているのなら、組織の頭を潰せば良い。至極、単純じゃない?」

言葉だけなら言える。だがそれは実現する事か?この場に居た誰もが、そう考えるのだ。

「さて、色々と情報は聞けた。後は行動あるのみ。でもすぐに行動は出来ない。明日、ここで待ち合わせをしましょう。ニーアは元々グァンを殺す気で居たわよね。この話には賛成の筈。では、マターリャはどうする?」

自分の娘が酷い目に遭わされ、その上で命を狙われている状況。ならば、その敵討ちはしたい。母親としても、その気持ちは強い。

「あんたがその気なら、乗ってやろうじゃないか。策は、考えているんだろうね?」

マターリャは、ウィリアの提案に応じた。ここに来るまではウィリアの事を恨んでいた彼女が、心を開いたのだ。

 この状況は利害の一致故に生じた状況と言える。マターリャはミルフを救いたい、ウィリアはミルフもニーアも守りたいという条件が重なり、氷河族という闇の組織に対する反逆が出来た状況と、言えた。

「じゃあ、今日はここで解散ね。私はミルフの傍に居る。ニーアはマターリャとここで。何かあれば、連絡を頂戴。」

「ええ。」

「……分かった。」

マターリャはセイントバードに行かなかった。ミルフに会わせる顔がないと思っていた為だ。その代わりをウィリアが務めるというのである。

 既に外は夜も更けていた。氷河族のボスの名前等の情報を得たウィリア。ボス、エレグの目的等や印の根本的な解決には至らなかったが、それでも得られた情報は、大きいと言える。

 

 

 

 ホテルを出て、ウィリアは一人、外に出た。セイントバードまでの距離は遠くない。そのまま歩いていける程度だ。

 マターリャから得た情報は有益な物だった。氷河族の事の殆どの事を知る事が出来た。中でも、ボスの名前を知る事が出来たのは大きい。組織の人間の殆どが知らない名前。名前を知る事は、組織の内部について大きく知るきっかけとなる。

(エレグ・スウィード……その名前を調べ、情報を集めれば何かを知る事が出来る筈。セイントバードに戻った時、それを調べてみよう。)

彼女は考え事をしながら、ただ、ひたすらに歩いていた。近い距離、人気も少ない道を、一人で。

 

「みぃーつけたからな!」

「!?」

奇抜な声が聞こえた。その方向をすぐに振り向く、ウィリア。

 そこに居たのは、黒いハット帽を被り、銀色の長髪の、鋭い目付きの長身の男だった。ウィリアはその男の姿を見た時、目を、大きく見開かせた。覚えのある、感覚だった。それと同時に、身体全体が熱くなる感覚を覚えた。心臓からだろうか、この、恐怖のような、怒りのような感情は一体何なのだろうか。

「ウィリア!お前がまさかこんな所に居るとはなぁ!俺達は赤い糸で結ばれてるんじゃねぇか!?」

彼女の感情とは裏腹、男は堂々と近付いてくる。その表情は明らかに異質で、その上で恐怖さえ感じる。ウィリアは、確実に思った。この男は、覚えのある存在だ――と。

「グァン・ホーキーズ……!」

男は、グァン・ホーキーズだった。アルン、ジュラードを殺し、ミルフを精神的に追い詰めた危険な男。組織のパニッシャー。

この男に対し、警戒する様子を見せるウィリア。警戒する彼女を無視し、男は更に、接近してくる。

「いやぁ、嬉しいよなぁ!ウィリアに会えた事が嬉しくてたまんねぇからな!」

馴れ馴れしい様子のこの男は更にウィリアに近付く。その上で、顔をじいっと覗き込ませた。嫌がる様子のウィリアを見て、奇妙な笑顔を浮かべている。

「おいおい、そんな顔しないでよぉ~!俺は今でもお前の事が好きなんだぜぇ?氷河族に入ったばかりのお前は、特に初々しくて可愛くて、そして叫ぶ声がエロかったよなぁー!きゃあああ!やめてぇぇ!あああッ!あああん!ヒャハハ!!最後は濡れ濡れでよォ、感じてやがンだよヒャハハハ!!!」

道の真ん中で、堂々と嬌声もどきの声を上げる男。ウィリアは、身体に寒気が走ったのを感じとった。

「……貴方の事は嫌でも忘れない……私を道具同然に扱ったあの時……」

彼女がグァンを見る、その眼は明らかに異質な存在を見る、眼だ。

「貴方は私をレイプした……その事は忘れない……!!」

それは、過去の経験だ。ウィリアが氷河族に入った頃、グァンと会ったのは偶然だった。美女に目がない男のグァンはウィリアに付きまとい、最終的には強姦行為をした。常軌を逸したこの男の性行為は、ウィリアにとってのトラウマとなっている。

「あれからお前以外の女を食いまくったケドなぁ、やっぱりお前が一番サイコーだよぉ!そのクールな顔が歪んで泣き叫ぶの!最高!!俺は忘れねぇよ?あの時の顔!確か、五年ぐらい前だっけなぁ!?」

ウィリアに、五年前の出来事が思い出される。目の前の男が彼女にした仕打ちは、忘れもしない。

 強姦行為。ウィリアはグァンに襲われ、されるがままの状況だった。下手をすれば殺されるかもしれない状況で、反撃も出来ず、この狂気の男の道具と成り果てていた頃。

 この頃、彼女の身体には印が付いていた。これ以降、グァンとは会っていなかったのだが、まさかこの場で忌むべき男と再会する事になるとは思わなかった。

 しかも、この男は彼女にとっての忌むべき男ではない。ミルフや氷河族のメンバーにとっても、敵だ。ニーアもこの男に対して恐怖と怒りを感じている。最早、この男は存在そのものが敵だ。

「何が望みなの?貴方は。また、私を襲いに来たの?」

五年の時を経て彼女自身も強くなった筈だった。その証拠に、忌むべき敵であったノード・ベルンを殺したのだ。

 しかし男が口にした言葉は予想外の言葉だったのだ。

「お前さ、クレーディトの社長さん殺したろ」

グァンの目付きが変わった。残忍な目付きだ。その目付きは明らかに、標的を殺す時に見せる異様な目つき。ウィリアは、殺気を覚えた。

「何の、事かしら……」

冷静を装い、右手で左肘部に触れる。唾を飲み込み、グァンが来るのを、じっと見ている。

何をしてくる?まさかすぐに殺す気なのか。それとも、どのように見ているのか。男の思考が読めない。

「なーんて!嘘、嘘!冗談だからな!」

と、グァンの表情が変わった。満面の笑顔だ。気味の悪い程の、笑顔。

 男は表情を変える事が出来る。多種多様な表情だ。だが普通、表情を簡単に変えられる人間と言うのはそうそういない。グァンは表情を、その場で変えることが出来る男だ。それ故の怖さを持っている。

 その間、ウィリアは警戒する様子を続けている。何を言って来るのか?それとも殺す気で居るのか?全てが読めない、この男。

「お前みたいな絶世のクールな美女の噂は有名だからな!男共が軒並みお前に惚れまくってるって話だからな!バンディットとしても活躍してるって聞いてるからな!そんな女を五年も放って置いちまった俺も不覚だった!何せ仕事がクッソ忙しかったからな!」

その仕事というのは、恐らくパニッシャーとしての仕事だろう。男は今まで多くの人間を葬って来たのだろう。

「そうだウィリア。お前に頼みがあるんだよなァ。」

更に、グァンは言ってきた。真剣な表情でウィリアは言う。

「……何、かしら。」

「お前、俺とデートしろよな!最初にレイプしちまったのは順番が狂ったからな!今度はデート!こんな高嶺の花とデート!うひゃあ!アベックってやつ!」

何を言い出すのか。ミルフを惨い目に遭わせ、アルンやジュラードを惨殺した男が急に、ハイスクールの男子生徒のような事を言い出したのだ。この言葉にウィリアは驚愕した。

 この男の思考が、全く読めない。メイドも謎であったが、グァンも大概である。

「……人をレイプしておいて、よくそんな事が言える……!」

ウィリアは精一杯の反論をした。この間も、当時の記憶がウィリアを襲っている。どこか、恐怖を感じているのだ。

「とにかくウィリア、俺と付き合え。俺は色々な女とヤりまくってきたが、やっぱりお前はトップクラスだ。高級なんだよ!一級品の女は価値がある!という訳で付き合え。」

人を物扱いをするグァン。この時点で、男の浅はかさが見える。しかしこの男はパニッシャー。何をしてくるのかは分からない。ウィリアはどう答えれば良いか分からないでいた。

 もし、素直に応じれば自分だけの犠牲で済むのなら良い。だが、そうでなかったとしたら?この男はニーアやミルフを狙ってここまで来たという情報を得ている。故に、下手な反応は出来ない。そして、自分がそれを拒否した場合、すぐに殺す可能性も持ち合わせている男だ。どのように答えても危険が及ぶ。

「モチのロン、お前にも良い条件はあるぜ。俺とデートすればお仲間の“安全”は保障されるって言ったらどうする?」

「安全の保障……?」

ウィリアの事に対する、仲間の安全という言葉。明らかに、事情を知っている様子だ。

「お前がクレーディト社の社長さんを殺したって話だが、お前がそれを認めるなら、ホントならまず、真っ先に殺さなきゃならなかったんだよなァ。お仲間もなァ。でもそれをね、お前は俺とデートする事で見逃してやろうって言ってんだぜ?」

どう対応すれば良い?話が旨過ぎる。グァンにノード殺害の件は、既に悟られている。だが彼女は、まだそれを認めていない。仮にそれを容認した場合、どうなる?男はウィリアをすぐに殺すのか。それとも、言葉通りなのか。それは分からない。

「俺は“お前”だから特別に言ってるんだぜ?特別な感情を持っているからこそ、こういう条件を付き出してやってんのさ!俺と“デート”するだけで仲間の命も助かる!お前以外の人間だったらとうの昔に殺してるところなんだぜェ?どーよ?」

グァンはウィリアを強姦した男だ。しかし、その上でボスからの指示があれば、どのような人間であれど惨殺する男。彼は強姦した上でウィリアを生かした。それは、紛れもなくウィリアを特別扱いしている証拠だ。

 人は特別扱いをされた時、どのような人間であれ妙な感情を抱く。それは普通の人間と言うものではない感情を持つから。つまり、関心を抱くという事だ。

 だが特別扱いと言う事程危険なことは無い。何故ならば、その話の中には裏があるからだ。ウィリアへの特別扱いは、果たしてどのような思惑があるのか。この話には乗るべきなのか。果たして……

「余りに美味しい話と言うのには裏があるのが昔からの相場ではあるわ。例えば詐欺師はカモ相手に優しい表情を浮かべて、甘い言葉を吐いて金銭を得る。詐欺以外でも、コンサルティング等で相談に乗るとか言って、事業に成功したら後出しで説明してその報酬を得るとか。他にもあるかしら、美味しい話の美味しい部分だけを伝えて、デメリットではなく、メリットばかりを伝えるという事。逆に不安を煽る情報ばかりを集めて相手を思考制止状態にするとか。まあ、そこは情報を受け取る人間が判断しなければならない事だけれど。」

ウィリアは自らの意思で身体の震えを止め、そっと呼吸をする。グァンは正直、怖い男だ。だがここで恐怖に囚われてはいけない。自分は強くなった。あの時、男に暴力、強姦行為をされてから。それと同時に、彼女が性的な価値観を失ったという事実もあるのだが。

「ケド、貴方はそもそもミスをしているわ。何故ならば、最初に私をレイプしたという事実がある。その上でいくら良い条件とか、そう言う話をしたって信用に足らない。一度失われた信用を回復なんて、到底無理なのよ。増してや、貴方ならね。」

今度はウィリアが、堂々と言った。その時の表情は、じいっと男を見て、睨むように振舞っている。

 

スタッ

 

その時、グァンは膝を付いた。どういう事だろうか。妙な振舞いをしていた男が膝を付き、何故か涙目になっている。

「それはなァ……ボスの為に絶対だったんだよォ。なぁ~、俺はお前の事が本気で好きなんだよォ……あのボスの命令は絶対でさぁ~、でもお前に惚れてるってこのジレンマ……どっちを取れば良いんだろうなぁ?なぁ~……」

何を言い出す?何故、その表情を浮かべる。ウィリアの中で不審が募る。この男が鬼畜なのは分かり切っている。これも恐らく演技。その筈だろう。なのに妙だ。気味が悪い。一体、何を考えている?

(この男の行動が読めない……ノード・ベルンを殺している事は分かって上で、殺す気はないという事?その上でニーアとミルフを殺さないって事?そうまでする理由は何?本当に純粋な好意?それを表現する事が下手なだけ?)

グァンの行動は本気なのか。それとも演技か。ウィリア自身は後者を疑う。

 だが仮に男に付き合ったとして、ニーアやミルフの身の安全は保障されるのか。その確証は何処にある?既にミルフも悲惨な目に遭っている状況だ。故にマターリャも怒りを覚えている。そもそもボスを殺す事に協力すると決めたのに、もし軽々と男の口車に乗ってしまったら、先程まで聞いた彼女からの情報が無駄になる。二人に顔向けが出来ない。

 人間の感情は取引で利用する事は出来る。だがそこに信頼がなければ成り立たない。グァンはボスとウィリアを天秤にかけていると言っている。一方ウィリアはグァンに悲惨な目に遭わされた過去を持つ。そして、ミルフも惨い目に遭わされた。普通に考えればウィリアはグァンと行動する事は有り得ない。

 しかしグァンと一時的に行動する事で二人を助け出す事に繋がるとすれば?そうとなれば話は変わってくる。この場合、どうすれば良いのか。男を疑いつつも、接触を図るべきか。

「交渉ってのはなぁ~互いに得しないと行けないっつーのは知ってんだよぉ。俺はお前と付き合いたいだけ。でも、お前が俺に心が無いのは分かってんだよォ。でも、お前が守ろうとしている仲間を見逃してやろうって思ってんだよぉ~。その上で俺と一緒に居て良い事があればお前自身も利益になるかも知れねぇんだよォ。win-winってヤツだよぉ。」

それが信用に足る情報であるという確証はない。本当に男はウィリアと純粋に交際をしたいだけなのか?それで、二人が助けられるのならばそれは良い事ではあるが……

(やはり、何かがある……応じるのは危険だ……)

ウィリアは男から離れる事を決めた。やはり、グァンは信用できない。当然だ。今まで男がウィリアに対して行った行為や、ニーアからの情報がそれを裏付けるのだから。

「なあ、ウィリア」

まるでウィリアの感情を読み取ったかのように、急にグァンの表情が変わった。

「大事な話を忘れてたぜ。社長さん殺した理由ってのはお前の弟の敵討ちっつーのも分かってんだぜ?」

「!」

何故その事が分かった?ウィリアに明らかな動揺が走る。その情報は特定の人間にしか、話していない筈なのに?この男にそれを話す理由はない筈なのに?

「動揺してるなァ?そうそう、なんで分かったのかって?何でも分かっちゃうんだよねェ。コレ使えばさァ。」

と、言ってグァンはある、一つの機械をウィリアに見せた。

 小型の端末のような機械。それを男は内ポケットから取り出したのだ。

「待って……まさか……!?」

思わず、口が開いてしまった。そう、男がこの地にまでニーアやミルフを追ってここまで来る事が出来たのも、全てはある“物”が関係していた為である。

(印……!)

氷河族の忌むべき印。それが答えだった。ウィリアにとって、これは盲点だった。印の存在は発信器と同様の役割をしていると思っていた。だがそれは位置情報のみで、音声情報まで拾うとは考えにくいとされた。

 しかし、それはあくまでも泳がせる為に黙っていたのだとすれば?ウィリアがニーアと以前バーで飲み交わしていた時に語った事が盗聴されていたとすれば?その上で、全て泳がされていたとすれば……つまり、彼女がノード・ベルンの殺害を企てている事は筒抜けだったという事になる。

(迂闊だった……!盗聴……そうか、あのバーでの会話が聞かれていたのならば全てが繋がる!ニーアに付いている印がグァンに伝わっていたとすれば……全ては、泳がされていたという事……!そうか、だからグァンは私がノードを殺した事を分かっていた……)

自らを悔いたウィリア。ボス側の人間であるグァンが今回は上手だった。あの時自らがノード・ベルンの殺害に関して話をしなければ、もしかすればこのような事態にならなかったのかも知れないと、考えたのだ。そして、グァンはウィリアがノードを殺した事を知っていた。その上での行動だったのだ。

「お前は賢いからな!この機械の意味もぜーんぶ分かっちまうんだよな。でも俺はその上で俺とデートして、お仲間も生かそうとしているんだぜ?なんて、慈悲深い!」

グァンのペースに飲まれそうになる。飲まれては行けない。それは分かっている。だが状況は不利だ。弟の敵討ちという情報が伝わった以上、ウィリアにはどう言い訳する事も出来ない。

「でも俺は優しいからな!何故なら既にクレーディトの社長さんが殺されている状況にも関わらず殺人犯の筈のお前を生かしているんだからな!それはお前とデートしたいっていう、配慮なんだからな!ボスはそれに対してアルン・ティーンズのメンバー全員を殺せって命令した!それに対してジレンマを抱えているってのは本当だからな!」

その言葉は嘘ではないという事だろう。本気でボスの命令に忠実ならば、今頃グァンはウィリアを殺している筈だ。

「社長を殺した事実や動機も既に分かってるからな。後はお前が認めるだけ。そして、俺とデート!そしたら仲間の安全も確保出来るかも知れねぇ!社長を殺した人間に対してこんな慈悲!すげえだろ!?なんて素晴らしい条件だ!」

グァンの言葉に対し、ウィリアは静かに口を開けた。

「……もし、貴方に付き合えば、本当に“彼女達”の身の安全は保障されるのかしら?」

ウィリアが一番気にしているのは、印の付いている二人の安全である。ニーアもミルフも守りたいという気持ちが率先し、動くのだ。

「さっきから言ってるだろ?安全は保障するってさ。」

そこまで言うのならば、信用した方が良いのだろうか。自らの身柄を男に差し出して全てが丸く収まるのならば、それで良いのかも知れない――

 

「待て、ウィリア!」

その時、一人の女性の声が聞こえた。ホテルから出てきた、マターリャである。

「マターリャ!?どうして……」

「そいつが追手だろう!?話は聞いていた!そいつの言う事は聞くな!皆殺しにされるだけだ!」

突然のマターリャの登場に疑問を抱くウィリア。一体、どういう事なのか。皆殺しとは。グァンは、最初から生かす気はないというのか?

 

パァンッ

 

「あッ――」

マターリャが、頭から血を流して倒れた。銃弾は脳を貫通し、赤い液体に満ちた大脳が噴き出ているのが見える。マターリャ・ブラマンジュは殺されたのだ。目の前に居る、黒いハット帽を被った男に。

「ベラベラボスの秘密を話しやがったクソアマめ。死ぬって分かってて出てきやがったなオイ!」

氷河族の秘密を話した女性、マターリャが殺された。グァン・ホーキーズの手によって。

「このアマはボスの秘密を知り過ぎたからな。そして、ミルフちゃんを助けたんだよ。俺がお楽しみの所だったのによォ。しかも馬鹿なのは、この場に居たら殺されるって分かってて出てきやがったんだからな!ミルフちゃんのおかーちゃんはよォ!」

ミルフを愛していた筈の女性が、この男によって呆気なく殺された。ウィリアに警告をする為にホテルから出て来て、瞬く間に。

 更に追い討ちを掛けるように、グァンはマターリャの遺体の頭部を踏み付けた。この様子から、如何にこの男が外道であるのかが分かる。

マターリャを惨殺され、冷静でなくなったウィリアは男をじっと睨む。急な展開だ。一体、何がどうなっているのか?

「貴方、まさか最初から殺す気でいたという事……?」

じっと睨む、ウィリア。ならば先程までの小細工のような話は一体何になるのか。

 

「ウィリアさん!?」

その時だ、聞き覚えのある、甲高い声が聞こえた。その方向を振り返るウィリア。

 そこに居たのは、レイとリルムだった。何故この場所に二人が居るのかが分からない。そして、この状況は更なる最悪な状況を招きかねない……

「レイ君、リルムさん!?どうしてここに……」

「ちょっと、二人で歩いていたんです……そしたら、銃声が聞こえて……そしたら……」

と、レイは視線を落とした際に死体を見てしまった。マターリャ・ブラマンジュの死体。人が死んでいるのだ。この状況に理解が追い付かない様子の、彼等。

「いやぁぁ!?」

だが、それよりも悪かったのは、リルムがマターリャの死体を見てしまった事だ。頭から撃ち抜かれているその死体は、少女にとって刺激が強かったのだ。レイは、急いでリルムの視界を覆った。彼女にそのような光景を見せたくないという意思が、彼の中にあったのだ。

「成程なぁ、これは使えるかもな。」

その時、グァンは舌で口唇を舐め回し、銃を構えた。その銃口の先は、ウィリアだったのである。

「ウィリア、動くなよ。今からちょっと“面白い”事をするからな。」

「何を……?」

銃を向けられては両手を上げざるを得ない。腕を上げ、男の様子を見るウィリア。

 やがてグァンはレイの前に近付いた。男は特別な力を持っている訳ではない。しかし、レイはグァンを見て、どこか恐怖を感じていた。オールドタイプとはいえ、放たれる殺気のようなものはどのような人間であれ、繊細に感じ取ることが出来るのだろう。

「隣の女はお前の彼女か?」

目の前に現れた男を前に、緊張するレイ。彼はこの時、いつものように少女に間違えられる事は無かった。恐らく服装が関係しているのだろう。今のレイはTシャツ姿と、ジーンズ姿のラフな格好をしている為である。

「……はい。」

レイに緊張が走る――

「おー、じゃあ寝取っちゃお」

「え――」

 

ドゴッ

 

瞬く間の出来事だった。レイはグァンによって鳩尾部を思いきり殴られてしまった。この衝撃が強く、これによりレイはそのまま地面に伏せる形となってしまう。

「ぐ……ウ……」

疼く痛みがレイを襲う。しかしグァンは止まらない。次にリルムに近付き、あろう事か、男はハンカチを口に含ませ始めたのだ。突然の出来事に驚愕するリルム。だが、一秒もしない内に意識を失ってしまったのだ。この間、合計五秒にも満たない素早い時間だった

 やがてグァンはリルムを抱え込み、そのまま移動し始めようとするのだ。

「待って!どこへ行く気……!?」

あまりに突然とも言える出来事に、ウィリアは困惑している。その中で、グァンは言った。

「人質を貰うぜェ。さっきの様子から見てこのガキは知人だと見た。返して欲しけりゃ、この紙の場所に来いよ!ヒャハハハハハ!」

と言って、グァンはある、一枚の紙を渡して来たのだ。それに対し、銃を向けるウィリアだが――

「おいおい、人質忘れんなよ?」

と言って、意識を失っているリルムを盾にする。それにより、銃を放つ事が出来ないウィリアはただ、呆然と立ち尽くすのみだ。

「待って……リル……ム……」

うずくまるレイ。声を上げるのもやっとの状態で、腹部を抱え、手を差し伸べるが、グァンはそのまま移動していく。

 やがて、グァンの仲間が黒いワゴンカーに乗って現れた。それにリルムと共に、乗り込むグァン。

「ウィリア!もし明け方までに来なかったらこのガキも殺すからな!連絡先もそこに書いてるからな!ヒャハハハハハ!」

と言って、すぐに車は発進していく。何も出来ないまま、すぐに。

 だがウィリアが見たのはそれだけでなかった。もう一台の車。その中に、一瞬だが見覚えのある顔を見たのである。

「あれはミルフ!?そんな!」

ウィリアの目にミルフが連れ去られる姿を、見た。それはグァンの手下と思われるスーツ姿の人間達が、虚な表情の彼女を強引に車に乗せている姿が見られた。追いかけようにも、車は既に走り去っており、間に合う筈がない。

グァン・ホーキーズはウィリアと会話している間に一連の出来事とは無関係であるリルムを誘拐し、その上で殺害対象となっているミルフをも連れ去るという事を行ったのである。ウィリアにとって、最悪の出来事が起きてしまったのだ。

 マターリャが言っていたように、グァンは最初から皆を助ける気がないとしたのなら、元々ミルフを連れ去る気で居た中で、この場に偶然居たリルムを保険として誘拐したと考えられた。全ては、ウィリアを所定の位置に向かわせる為に。

迂闊だった。グァンがウィリアと話している間に、彼の部下が動いており、それはあろう事か、セイントバード内で保護されているミルフにまで迫っていたのだ。だがセイントバードの警備は強化されている筈だったのに、何故ミルフは誘拐される結果となったのかが、分からないのだ。

 

 

 

 その後、残されたレイとウィリアはただ、一連の出来事に対して無力さを感じるばかりだった。その中で、ウィリアはレイに謝る。

「ごめん、レイ君。何も、出来なかった……」

「そんな……どうしてリルムが……さっきの、あの子も……」

落胆するレイ。予想外の事が起きて、ただ、困惑しているばかり。目の前でリルムを連れ去られ、ウィリアと同様、何も出来なかった悔しさが彼を襲う。

「聞きたい事があるわ。何故、貴方達はあの場で現れたの?危険な状況だったのに、どうして……それに、セイントバードは一体どうなっているの?」

当然の疑問だ。組織のパニッシャーが居た状況で少年少女が夜のデートをしている。何をされてもおかしくない状況だ。それを知らないレイ達は、偶然にも被害に遭ってしまったという事である。そして、ミルフの拉致に関しても理解が出来ない。セイントバードチームは一体何をやっていたというのか。

「実は今、大変な事になっている状態なんです……」

レイの口から語られた、“大変な事”とは、何を示すというのか。騒然とした夜道にて、ウィリアは、首を傾げていた。彼女がマターリャから話を聞いていたり、グァンと話している間にセイントバードで何が起きたというのか。

「セイントバードが、戦争の参加を強制されたんです……」

俯くレイ。それはどういう事なのか。一体、何があったというのだろうか。

 




第七十四話、投了。
明らかになるボスの存在。そして、連れ去られるリルム。更に、その裏で起こっている出来事とは――
多くの事が重なっていく――
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