しかしその一方で平和国連盟最高議長、ギルス・パリシムが友軍を含め、新生連邦打倒の為にシュネルギア、セイントバードを巻き込み、作戦への参加を強制させようとしていたのだった。
そして、行われるカーチェイス……
※残酷描写注意。
事が起きたのは二時間前。ウィリアがマターリャやニーアと会っていた頃。セイントバードやシュネルギアのクルーに、招集命令が掛けられたのだ。一体何事かと思い、皆が一斉に基地に向かっていく。
それは、全員を国連基地内の会議室に集める為のものだったのだ。会議室に集められた基地内のパイロットやクルー達。そこには豪州の一部代表であるギア・ジェッパーの姿もあった。やがて全員が集められ、彼等はある、一つの映像を見せられる。
映像に映ったのは、現在の平和国連盟の最高議長であるギルス・パリシムだった。最高議長という立場の人間が彼等と話をする事は滅多にない事であり、この招集自体が珍しい事である。皆が、食い入るように彼の言葉を静かに聞く。
「諸君らの検討により、新生連邦の例の大型機動兵器の破壊は成功した。これで新生連邦の戦力は大きく削られる事だろう。ご苦労と言うべきだろう。あの存在は現在の平和の敵の中でも非常に強力な部類に入る。何せ、ロンドンを壊滅させた恐るべき破壊兵器。それらを破壊したということは非常に幸運である。だが、幸運なのはそれだけではない。現在、新生連邦軍は宇宙でデウス残党軍と名乗る組織からの攻撃も受けた。これによって戦力は大幅に削減され、宇宙部隊の戦力では間に合わず、地球からの戦力も投入せざるを得ない状態になった。これがどういうことを意味するか分かるか?答えは簡単、今こそ新生連邦軍本部を攻撃する最大のチャンスだという事である!」
その場にいた殆どの人間が耳を疑った。この議長は何を考えている?そのように考える人間の数が多い。しかしそのような考え等知る事なく、ギルスは引き続き語る。
「さて、新生連邦軍がこのような状況に陥っている今、連中の本土を叩くことは最早容易である。そうとなれば……それを実行あるのみであろう!!」
その場にいた全員が騒然とし始めた。新生連邦の本部に攻撃を仕掛けるつもりでいるギルスの言葉に誰もが疑った。中でもギアは目線を下にやって歯を食いしばる。
「さて、諸君達には一度、ニューヨークまで集まってもらいたい。そこで作戦を立てる。尚、この指令は絶対命令とする。特に、ダーウィンにて活躍した国連の有志達に関しては強制参加を命じる。この命令に背くことは決して許されない。国連軍の総力をもって、新生連邦を根絶やしにする事!それにより、地球圏には真の平和が訪れるであろう!新生連邦の横暴を、これ以上許してはならない!平和国連盟の名の下に、今こそ奴等を打倒し、地球圏を平和を取り戻そうではないか!」
武力行使を勧めるギルス。この考えが、以前の代表だったチャール・ポレクとは全く正反対だった。そして、この映像の一番の問題点は、国連の有志達の強制参加なのである。つまり、それにはシュネルギアやセイントバードが含まれる。そのように述べるギルスの考えは、余りに無茶苦茶と呼べるものがあった。
「グリニッジ標準時刻二月十四日までにニューヨークへ集合せよ。くれぐれも、奴等に悟られないように……その後、総攻撃をかける。これによって新生連邦による支配は終わるのだ。今度こそ……平和が生み出される!!」
映像はここで終了したが、いくつもの不満や疑問の声がその場で聞こえてきた。その中で、レイはこの映像を見ても今一つ内容を理解出来ていない様子だった。その状況の中、ジャンヌはギアに質問する。
「私達も……行かねばならないのですか。」
「……ああ、そうだね。国連の部隊のデータは全て本部に渡る。どのような戦いがあったのか、その時に活躍した人間はだれか、そしてどのようにその戦いは終わりを迎えたのか等、全てね。これは現在の議長に代わってからの義務さ。戦力の増強を徹底させているらしくてね、どうしてもこのデータが必要なんだという。」
「そうですか……」
「協力してもらっている立場なのに……ね。国連ではない君達も行かないとダメなんだよ。無論、あの白いガンダムを所有するMS乗りの方達も。」
それを聞き、ジャンヌの表情が変わった。
「そんな、彼らこそ無関係です!今回だけの話ですのに……」
衝撃を受けたジャンヌ。セイントバードチームは、これからの戦いでは一切関係のない筈だ。それなのに、国連は戦いを強制するというのだ。
「もし……もし命令に背くことがあれば?」
ジャンヌは聞いてみる。それに対し、ギアは硬い表情で答えた。
「もし命令に背くことがあればあの議長は背いた者に対して平気で殺す。軍を派遣し、見つけ出して確実に殺す。事実このような命令があの議長に代わって実は何度かあったんだけど、その際に命令に背いた部隊が同胞に殺されている。やり方が残虐なんだよ。本当に武力行使しか考えていない。それがギルス・パリシムの考え……この考えに対しては絶対服従なんだよ。」
ジャンヌはこの納得のいかない強制召集に懐疑的な立場だった。何故無関係の人間を巻き添えにし、強制的に任務に就かせようとするのかが理解出来ない。強制される戦争行為等、意味があるとは思えない。
「ただ、確かに攻め入るチャンスであるのは分かる。新生連邦は今、シン・ナンナに戦力を送り込んでいる状況だからね。これによって地球上の戦力は大きく削がれている。そこで本部を叩く事が出来れば、国連にとっては有利に働くだろうからね。」
「……」
ジャンヌは黙ったままだった。ギルスの独断でまた戦闘が行われようとしている事実に、納得がいかない様子だった。その、ジャンヌを見て、ギアは黙って見守るしか出来なかったのだ。
この後、その場にいたエリィは映像を見てギアに質問をしようとした。映像を見ただけでは理解出来ず、セイントバードは再び戦わなくてはならないのかと聞こうとした時、ギアの代わりにジャンヌがエリィの質問に答えた。
「その答えですが……参加しなければなりません。ダーウィンにてヴァイダーガンダムを破壊した時にニューヨークにある平和国連盟本部に部隊の情報が伝わったそうです。そしてギルス・パリシム議長は今この映像を流し、協力した部隊や組織も今度の作戦に加担するようにという命令が下ったのです。新生連邦本部を襲撃すると言う作戦。もしこれに反対し、無視をすれば国連そのものを敵に回すことになります。そうなりますと私達もそうなのですが、新生連邦と国連の両方を敵に回していかなければなりません。それは今の状況からして非常に厄介と呼べるでしょう。」
「そんな……」
「武力による平和を掴もうとする今の議長の考え……納得のいかないところは多々ありますが、今は従うしかないのです……私は貴方方に、辛いとは思いますが従うように勧めます。そうしなければ貴方方は国連に命を狙われる事になります。」
ジャンヌもこの台詞を言うのは辛かった。しかし、事実は事実。伝えなければならない。そんな彼女の台詞に、エリィは今の平和国連盟の存在について語り始める。
「命令に背く者には死を与える……こんなのって……こんなので平和を勝ち取ろうとする考えなんて……私、納得できない!今の平和国の場合はそれの平和を得る為と言う曖昧な理由付けで命令に従わせる……力で捻じ伏せる平和なんて……そんなものが平和だと言うのなら平和でない方が良いわ!!」
エリィは強く言葉を言った。ただでさえ、戦争に参加している状況に対するフラストレーションが溜まっていた中で、まさかの戦争への強制参加の指示。それに納得出来ない彼女は感情を零してしまったのだ。
「エリィさん……」
心配する様子の、ジャンヌ。
「あ……ごめんなさい、私つい……」
「けれども、貴方の気持ちは分かります。結局、平和に対する価値観というものは人に寄るのです。皆が言い続ける平和。それは一体どういう意味の平和なのでしょうか。単純に戦争の無いことが平和と言うのか、ギルス・パリシム議長のように、力で捻じ伏せ、兵士を操り、根源を断つことで敵戦力を消して厄介者を消し去る事も、また平和の一つです。平和という存在を得る為に多くの血が流されていきます。ただ、そのような事をしてまで、平和と言うものは必要なのかと、考えさせられますわね。」
ジャンヌ自身、平和と言う言葉に翻弄をされ続けてきた。平和国連盟の一部代表と話をしたり、レイとも話をした。その中で答えは見つけられないまま、今に至る。
「単純に平和と言いましても、人によって様々な平和という価値観が存在する以上、それが新たな争いの火種になりかねない事も有り得るのです。人によって正義の定義が異なるように……故の、戦争なのかも知れませんわね……」
平和と言う言葉は人により価値が変わる。その考えによって対立が生まれるのなら、それは平和と言うべきなのか。ジャンヌは平和と言う存在の謎について語った。エリィはそれに対し何も言えなかった。ただ、悔しくて仕方がなかったのだ。
「エリィさん、貴方が辛いのは分かります。いえ、貴方だけではない筈です……辛いのは。戦いたくないのに、絶対命令と言う理不尽な思いをさせなければならないことに関して、私も辛い気持ちでいます。」
エリィは悩んだ。セイントバードチームはあくまでもMS乗りである。軍として正式に参加するつもりもない上に、これ以上戦争に関わりたくないと考えるのも事実だ。しかし今回は拒否することができない。だが戦いはしたくない……彼女は必死に悩む。
「認めたくないけれど……これが事実なのなら……」
そう言って、エリィはジャンヌの元から離れた。そんなエリィの後姿をジャンヌはただ、静かに見つめていた。
その後、エリィがセイントバードチームのクルーの元へ戻る。その際、彼女はネルソンに聞かれた。
「艦長。我々は今後どうなるのだ?先程の映像では理解の出来ない点が多いが……」
「大尉……」
彼等はどうしても映像の中にいるギルスの言っている意味が理解出来ない様子だった。その事実を知ったエリィは困惑しつつも、事実を述べる事にした。
「今後、私達は国連軍と共に新生連邦軍本部を叩く作戦に参加しなければなりません。これは絶対命令でして、逃げ出すことは敵前逃亡と見なされ、私達は国連に命を狙われる身となります。ですから、戦わなければならないんです。」
「やはり……そう言う事なのか……」
嫌な予感はしていた。それが的中すると言うことは、余りに辛いことであった。だがそれが事実なのなら、受け入れなければならない。ネルソンは断念した。
だがこの説明に納得の行かない人間が、一人居た。レイである。国連によって強制されなければならない事に疑問を抱いていたのだ。
「どうしてですか!?どうして僕達が……」
レイの言葉に対し、エリィが答える。
「私達がダーウィンの作戦に協力した事が国連の本部である平和国連盟に伝わっていて、今度の新生連邦軍の本部を叩く作戦には国連の部隊のほとんどを導入するとあの議長は言っているの。その中に私達も参加しないと敵前逃亡扱いされると言うことなの。辛いけど、これが事実……従うしか……」
ショックを受けたレイは、これに対して思わず反論した。
「そんなの、納得出来ません!戦いたくもないのに戦わされるなんて……“攻める”戦いをしろだなんて、どうかしています!僕は自分を含めて、仲間や友達を守る為に戦ってきたんです!なのに今度は攻める為に戦うなんて!絶対に……絶対に僕は反対です!!!」
今度のギルスの命令はレイの信念を揺らがせるものだ。彼自身が納得できる筈がない、出来事なのである。
「レイ!己の都合が通じる事態ではないのだ!それを分かれ!」
これに対し、ネルソンが怒鳴った。しかしレイの怒りも筋が通っている。ネルソン自身も例が辛い思いをしている事は分かっていた。だが、従わなければ国連に殺害される事実があった為、レイに強い言葉を言った。
だが、レイは屈しなかった。素直に聞き入れたくなかったのである。
「殺されるから命令に従うなんて……確かに、怖いです……死ぬのは。それに、殺される相手が協力した軍隊に殺されちゃうなんて……けどだからって……だからってこんなにあっさりと……認めちゃうなんて……」
「皆が辛いと思っている事なのだ。それは分かって欲しい。だがこうなった以上は従わなければならんのだ……」
「こんな……こんなのって……!」
目を潤わせ、レイはその場から去った。この時、レイを止めようとする者は誰もいなかった。攻める為に戦わなければならないと言う事実は今まで仲間や己を守るために戦ってきた彼の思念を根底から覆すものであり、しかもそれが絶対強制という事も彼にとって納得の出来ないものだったのだ。
無論、クルー達もこのようなやり方をする平和国連盟の存在に納得がいっていない。あくまでも自分達はフリーのMS乗りであり、何故、MS乗りである自分達が新生連邦軍の本部を襲撃する協力をしなければならないのか。クルー全員が皆、疑問を抱えていた。
レイは会議室から抜け出し、一人誰もいない廊下の端で密かに俯いている。理不尽とも呼べる強制措置が、今のレイを苦しめていたのだ。
ダーウィンで彼らが国連と協力したのは、あくまでもツヴァイガンダムを受け取り、その上でヴァイダーガンダムによる破壊を防ぐ為であった。その間でもレイは味方を守る事を忘れなかった。ヴァイダーガンダムを破壊する事以外は決して攻める戦争はしなかったのだ。
だが今度は紛れもなく、攻める戦争。そのような事等、レイに出来る筈がない。彼はこの場から逃げ出したい気持ちでいた。だが逃げられない。セイントバードのクルーである限りは、決して。
(攻める戦いなんて、そんな事出来る筈がない……僕は今まで、守る為に戦ってきたんだ!なのに、こんなのって……)
ただ、やるせない思いをするレイ。目の前の現実は、彼を押し潰すかの如く現れる。
平和国連盟議長、ギルス・パリシムの指示は絶対だ。彼が最高議長としてセイントバードチームに戦う事を強制する限り、それには抗うことが出来ないのだ。
「レイ……」
そこへ、リルムが声を掛けてきた。目の前に起きた理不尽な出来事に対してただ、やるせない気持ちでいるレイ。彼を心配するように、リルムはレイの肩に触れる。
「僕、分からないよ。なんで急にこんな事になるんだろう……」
レイ自身が分からないのに、リルムにも分かる筈がない。ただ、彼女はせめて自分が側に居て、何か出来ないかと思っているに過ぎないのだ。
「ねえ、少し外に出ない?」
「外……?」
リルムは思い切って、提案をした。今は頭を冷やした方が良いのではないかと思い、彼を外に案内したのだ。
その後、彼等は夜空の下を散歩した。その際、レイは虚ろな表情を浮かべてはいるが、リルムは懸命に、話しかけていた。その後に銃声を聞き、リルムがグァンに連れ去られたのは言うまでもない。
「セイントバードが、新生連邦への攻撃を強制されるという事?」
「……はい。そんな事があって、大変な状況だったんです。」
それを聞き、ウィリアは全てを理解した様子だった。
ミルフが攫われたのは恐らくその時だろう。手薄になっていたセイントバードの警備を突いた、グァンの手下がミルフを殺す為に侵入したのだろう。そして、ミルフの身柄を攫ったのだ。それだけでない、グァンはこの場に居合わせたレイとリルムを見つけ、襲い、車でリルムを拉致したのだ。セイントバードが平和国連盟によって強制的に新生連邦の本部に攻撃を仕掛けなければならないという指示に対するショックは、同時に氷河族に付け入る隙を与える結果となってしまったのである。
「泣きっ面に蜂……ね。」
ウィリアは静かに、握られた紙を見て言った。そこに走り書で書かれている文字は、グァンの文字だろう。所定の場所を記す文字が書かれている。それによると、この場から南へ約50キロメートルは離れた場所を記していた。人気の少ないとされる森林地帯。そこに集まる様に指示をしたのである。
「ウィリア!」
その時、彼女を呼ぶ声が二つ聞こえた。一人は女性の物であり、もう一人は男性のものだ。
それぞれの声の主は、ネルソンと、ニーアだったのである。
「ウィリア、医務室を見たがあの少女が居ない……どういう事だ!?一体何があった!?彼女は絶対安静なんだぞ!?それにあの女性はマターリャ・ブラマンジュ……一体どうなっている!?」
「ウィリア、さっきの音は何!?どうしてマターリャが死んでいるの!?」
多くの状況が一度に重なっている。この状況に、ウィリアは困惑している。そして、翻弄され、頭が割れそうだった。願わくば、彼女自身が状況の理解をしたい程に、追い込まれている。一体、この状況は何!?
「説明をしてくれ!あの子は精神的に強いショックを受けている!何故居なくなった!?分からないぞ!」
「ウィリア!」
ウィリアは混乱している。彼女ですらグァンの行動によって混乱している状況なのに、まるで責められているような感覚だ。意味が、分からない。どうすれば良い?頭痛さえ感じる……
「貴方は、あの時の……」
オスロでセイントバードチームを襲ったアルンのメンバーの一員。その彼女が、ここに居る。警戒心を持つネルソンとレイだが、それをウィリアが止めた。
「二人共待って。彼女も今は被害者よ。出来れば早くしたいの。時間が惜しい。」
それを聞いた時、ネルソンは静かに言った。
「事情は後で聞く。時間が無いのなら、急いだ方が良いだろう。」
と言った後で、レイが言った。
「ウィリアさん、リルムも連れ去られたのなら僕も向かいます!僕が油断したからリルムが連れ去られたんだ……」
「何、あの子が何者かに攫われたのか!?」
「はい……」
本当ならば手短な説明が必要なのだが、今はそれすらも惜しい。故に、説明が追い付かない。ウィリアとしては早くグァンを追いたい。明け方までに所定の位置に向かわなければ二人の命はない。
「ネルソン、車を借りるわ。私一人で行く。」
焦る様子のウィリアを見て、ネルソンは静かに頷く。それと同時に、ニーアが言った。
「私も行くわ。」
「貴方が!?危険よ!死に行くようなものよ!」
印を持っているニーアは、グァンのターゲットだ。その、男のいる場所に行くという事は、殺されに行くようなものである。
「事情は何となくだけど分かるわ。ミルフが連れ去られたのね。恐らく、“あの男”に。」
「どうして分かるの?」
「マターリャの死体が、何よりの証拠だから……」
と言って、道端で倒れているマターリャの遺体をちらと見るニーア。
「組織の秘密を喋ってしまったが故に殺されたのかしらね。それよりも急がないと駄目ね。ミルフを助ける為に……」
この決死の表情を見て、ネルソンもレイもニーアの事を敵と認識できるだろうか。否、不可能である。かつてのメンバーの一員だったミルフを助け出したいという気持ちが、彼女達の中にある。
「ネルソン、明日の朝には戻るわ。彼女は連れ戻すから。レイ君も心配しないで。リルムさんを助け出す……必ず。」
混乱している状況の中、ウィリアが言った。
ただでさえ、セインドバードが国連と協力し、新生連邦本部を叩くという作戦に参加しなければならないという大変な状況で起きた今回の出来事の中、ネルソンは、ただウィリアに頼るしか出来ない。
「ウィリアさん!僕も一緒に行きます!リルムが攫われたんだ……僕がしっかりしていなかったから……だから!」
今度はレイが声を出した。自分が居ていながらリルムを守れなかった事に対して不甲斐なく思っているレイ。自分にとって大切な人が危機に陥っているのに何も出来ないで居る。このような思いはしたくないと、彼は必死に伝える。
「レイ……気持ちは分かるが君が行くのは危険だ。恐らく氷河族の連中がやった事だろう。君のように生身の戦闘経験がない人間では危険過ぎる。」
「でも!」
必死になるレイ。しかし、ネルソンは語り続ける。
「反社会組織を相手にするのは死に直結する!それ程に危険なのだ!君が行っても足手まといになるだけだ!」
ネルソンの言葉は正しい。レイは生身では弱い。銃などを向けられれば殺されるのは目に見えている。いくら、アドバンスドタイプの力を身に宿しているとしても……だ。
「じゃあ、国連に相談は出来ないんですか!?さっきの人はウィリアさんに紙を渡していました!場所が記されてる紙なら対応だって……」
誘拐した場所を言っている時点で、確かに治安維持をする上では自らの位置を晒しているようなものだ。だが、これにも問題があった。
「我々は法を頼れない……それにこうした事情に関しては国連が動くとはない。動くとすれば、警察組織。それに相談したとして、時間が掛かり過ぎる……そもそも戦争状態であるこのご時世で、警察組織が動くかどうかも怪しい状況だ。」
あらゆる可能性が拒絶され、レイは絶望の淵に立たされている。明らかな誘拐があったのに、警察すら頼れないという状況。だがそれでも、彼は諦めない。
「……だったら、僕がツヴァイに乗れば……!ガンダムならどんな敵だろうと!」
冷静さを失っているレイはツヴァイを動かせば良いと考えていた。だが、その思考そのものが危険過ぎる。その為だけにガンダムを出撃させるという事自体、まず、あり得ないのだ。
「馬鹿を言うな!敵MSが居るならばまだしも、その為だけにガンダムを出す訳には行かない!」
「相手は犯罪組織なんですよね!?どうして!」
「ガンダムは兵器だぞ……勝手な判断でそれは許されないのだ……」
警察組織も、ガンダムも頼れない状況で、レイはただ、無力に包まれるばかり。自分は、リルムに対して何も出来ないのかと、悔しく感じるばかりだ。
「レイ君、大丈夫。私が何とかするわ。それにね、今回の事で貴方達を巻き込む事はあってはならないの。私は元々死んでいた筈の身。別に私はどうなったって構わない。それでも、必ずリルムさんは助け出す。無論、ミルフも……」
その言葉を聞き、レイは再び感情を露呈する。“どうなっても構わない”という言葉がレイを刺激するのだ。
「そんな訳、ないですよ!」
その言葉にウィリアは反応した。
「僕はリルムを助けたいです。でも、だからってウィリアさんだって居て欲しいんです!皆が居てくれる事こそが大切なんです!簡単にどうなっても構わないなんて、言わないで下さい……」
少女のような表情を浮かべるレイ。あの雪原の中、奇跡的に生きていたウィリアがそのように、自らの命を投げるような言葉をいう事に、レイは許せない感情を抱いたのである。
「皆が居てくれる事……か。なんだろう、こそばゆい言葉だ。」
そう言って、ウィリアは瞼を閉じた。不思議な言葉だと、思ったのである。
死んでもよい状況であったのにも関わらず、今、ウィリアは生きている。その上で氷河族の事を知り、尚且つ仲間だった人間を助け出す為に、動き出そうとしている。その為ならばこの身がどうなろうと構わない。構わない筈なのに、レイの言葉がどこか、躊躇わせるのだ。
「ウィリア、君が頼りだ。レイの言うように、命を大事にして、無事に帰ってきてくれ。拾った命を無駄にするなよ。」
そう言って、ネルソンは車のキーを渡した。静かにそれを投げ、ウィリアは受け取った。
「……ありがとう、二人共。レイ君、必ず戻るわ。」
と言って、ウィリアは片目をウインクさせて走り去ろうとした――
「私も行くわ。あいつは、私の手で……」
その時、ニーアの言葉がウィリアを止めた。
この場に彼女が居るという事は、ニーアは“今”は助かったという事だ。だが、それはニーアにとっては屈辱とも言える事だったのである。
「奴が私の居場所を知っている上で見逃した。つまり、奴にとって私はいつでも殺せるという事。そんなの、屈辱よ。私が奴を殺してこの状況を終わらせてやる!」
いつしか冷静さを失っているニーア。彼女自身組織に殺されてもおかしくない立場なのに、どこか、意地を張っているようにも見える。
「……行くわよ。」
ウィリアは、静かに呟いた。それと同時に、マターリャの遺体の方を見て、思った。
(マターリャ、ありがとう。貴方が居なければ氷河族の事を知らずに居たかも知れない。ゆっくり、休んで。)
心の中で弔いを行い、静かに祈り、ウィリアはニーアと共にこの場を去る。セイントバード内にある車を借り、リルムとミルフを救う為に立ち上がるのだった。
夜道を、車がライトを付けて走っている。道は草木が生い茂る場所が多く、その中を、スピードを上げて車が走る。
戦闘後の為か、行き交う車の数は少ない。これはある意味幸運だった。万が一渋滞などしていれば救出に遅れてしまう可能性も考えられる為だ。
「ネルソン、ガソリン車なんて随分と高級な車を貸してくれたわね。既に枯渇しつつあるエネルギー車って言われているのにこんなの、ある所にはあるのね。」
「初めて乗ったかも知れない……大半の車がソーラーバッテリーの車だから、こんなの珍しいわ。」
「恐らく夜間の移動だからこれを貸してくれたのね。万が一、太陽光で電力で賄う車に乗ったとして、充電が切れてしまったら大変な事になるもの。」
「環境問題に配慮するのは分かるけれど、こういう時に裏目に出るものね……」
「普通の家庭は充分に充電しているんでしょう。セイントバードは車を出す事なんてあんまりないから。」
互いに会話をしている、両者。車内でウィリアが運転し、助手席にはニーアが居た。
「それより自分の身を守る為とは言ったけど……貴方、子供が居るんじゃなかったの?」
その言葉はニーアに刺さった。以前バーで話をしていた時、ニーアに子供がいる話をした。それなのにニーアは自ら死の危険を犯すという。その意図が分からないのだ。
「以前はその詳しい事情を聞かなかったけれど、どこかに預けている子供を残して自ら死のリスクを選ぶのは余りに自分勝手ではないかしら?」
組織に命を狙われるきっかけとなったのはウィリアの行動ではあるが、今の彼女の行動は合理的とは言えない。子供を残して死に行くのは親としては妙な行動だ。
「今だから言うわ。私ね、娘に会う価値はないと思ってるの。こんな組織に入っている時点でね。あの子を預けたのは戦後間もなくの状況だったから、あの子は母親の記憶すらない状態で育っているでしょうね。だから、母親の事を知らないで育った方が幸せだと思うの。」
「マターリャと同じ理由ね。」
ウィリアはアクセルを踏みながらその話を聞く。
「ならば、改めて言うわ。貴方はやっぱり自分勝手よ。組織に関して自分勝手と貴方は私を罵ったけれど、私の事を言えないわ。」
「どうして?私は子供を捨てたのよ?育てられないと判断したから施設に預けた。それきりあの子の所に行っていない。そんな母親に、子供が会いたがるかしら。あの子は私に会わない方が良いのよ。だから私は自分を守る為に生きる。」
これらの言葉も全て、マターリャ・ブラマンジュがミルフに抱いていた感情と同じだ。自分には娘に会う資格がないから、直接会う事を避けたという事。それを聞いて、ウィリアはどこか、苛立ちさえ感じていたのだ。
「そうやって娘さんに向き合わないで己が殺される事に対してただ、己を守る為に反逆をするのね。それが自分勝手なのよ。有り得ないわ。子供を授かって、自分が育てられなくなったからって施設に預けて顔も見に来ない。娘さんの立場からすれば不安で仕方がないでしょうね。貴方の事を覚えてないなんて事はない筈よ。貴方の娘だもの。」
マターリャの件もそうだが、ウィリアは立て続けに聞くこうした勝手な事情に対していつしか憤りを感じていた。誰もが勝手な感情を抱き、その勝手故に被害を生んでいる。それが許せないと感じていたのである。
「マターリャは、彼女なりにミルフを想っていた。愛していたんだと思う。ただ、それでも直接娘の顔を見せないのはどうかと思った。でも貴方は娘に顔すら見せず、ただ、己を守る為だけに、その印をあえて身に受けてグァンを殺そうとするなんて、動機が余りに勝手過ぎるわ。ネルソンにお願いして、印を取って、組織から逃げて娘に会いに行った方が余程良かったのに。」
ウィリアの言葉が刺さる。だが、ニーア自身、後に引けない様子だったのだ。
「今更遅いわよ……私はもう、娘に会う資格なんてない。」
「そんなことは無いわ。」
闇夜の森林地帯を走り抜けながら、ウィリアは静かに呟く。
「そんなに娘の話が出るのなら、グァンをきちんと殺して、生き延びて。貴方が死ぬ事は私が許さない。同じメンバーの仲間としても、友人としても。その上で娘さんに会いなさい。私と会うのはこれで最後。これが終わったら娘さんの居る場所に行って、しっかりと抱擁して。これは友人としてのアドバイスだから。」
ウィリア自身に娘はいない。だが弟という肉親を失っている。それ故に、肉親への感情は特別なのだ。
「こんな最低な親でも、娘は分かってくれるのかな……」
ニーアはそっと呟いた。
「戦争を言い訳に組織に入って娘さんから逃げ続けたのなら、娘さんと向き合いなさい。貴方が生きる理由はそこにある。私は弟を失った。だから復讐しか出来ない。そして、出会った友人達を守りたいの……」
この時、ウィリアはどうなっても良いと考えていた。だが一方で、レイが言った言葉も思い出されるのだ。
――――――――――――ウィリアさんだって居て欲しいんです―――――――――――
死んでも良かったと思っていた中でレイから聞かされた言葉は、ウィリアを困惑させていく。妙な感覚に陥った彼女は、言葉を詰まらせたのだ。
「とにかく、生き残る事。二人を救い出してね。」
「……ええ。」
両者の覚悟は、固いと言えた。ニーアは自らを守る為にグァンを殺す為、そしてウィリアはリルムとミルフを救出する為に指定された場所へ向かうのだった――
「んう……え?」
リルムが目を覚ますとそこは見たことのない広い場所の中だった。見た所、あまり使われていない倉庫のように見える。これといって目立つものがなく、あるとすれば箱が数十個置かれている程度。
そしてこの時にリルムはいつの間にか両手を縄で縛られており、その上両足も縄で縛られていることに気付いた。柱に括りつけられている為、自力では当然外すことが出来ない。
その上自分の格好は、下着姿であった。服を脱がされ、下着のまま、括り付けられている状況。それに対して恐怖心を抱いた彼女は叫びたい気持ちになったが、突如迫ってくる足音に気付いたのか、はっと息を呑んで目を瞑った。怖さのあまり涙を流し、ただ震えるばかりである。
やがてリルムの前にグァンが現れた。この広い倉庫には今、グァンと縄で両手を繋がれたリルムしかいない。
「お目覚めかい、お姫様ァ。」
気取ったような言い方でリルムに接した。だがリルムはただ震えるだけで何も答えられない。
「なぁに、心配すんな。お前は可愛いから殺さねえよ。俺は可愛い女の子や綺麗な女に興味があるんで。まあ……例外もいるけど。」
黒いハット帽に触れながら、どこか親し気にリルムに対して話すグァン。この素振りですら、リルムにとっては恐怖に感じられる。
しかし、このまま怯えていても何も始まらない。ここが何処なのか、それを確認する必要が、リルムにはあった。
「あ……あの……!」
勇気を振り絞ってリルムはグァンに聞いた。間違いなくこの男が自分をここまで連れてきたのは分かっている。だからこそ震えが止まらない中で、リルムは勇気を出したのだ。
「こ、ここは……ど、どこですか!?」
「ん?ああ、ここは秘密のアジトってところかな?」
「あ、あの……私どうなるん……ですか!?」
「さあ。」
無責任な一言が返ってきた。それがリルムを絶望させる。いつの間にこのような場所に置かれてしまったのか。
リルムの中に残っている最後の記憶。それは、マターリャの遺体を見た後でグァンに目を付けられ、それから突然口をハンカチで塞がれてそのまま意識を失った事だ。そして、気がつけばこのような場所に置かれていた。両手は手錠のために、足は縄のために自由が利かず、動かせない。
「あんた、将来は有望だからな。」
「え!?な、何が……?」
突然の台詞に恐怖心を剝き出しにしつつ驚いた。
「何って……そりゃあんたの顔つき、スタイルがよ。将来はモテモテだろうさ。良かったな、良い顔に良いスタイルに恵まれて!運が良いからな!まあ、それを食っちまうのも楽しみの一つ!」
「食うって……!」
リルムの背筋が凍りつく。〝食う〟という言葉は様々な捉え方ができる。今の状況では明らかにリルムを性的に襲う意味で使ったように聞こえたのである。
「美形に生まれて良いことも多い半面、実は美形って損することも多い。モテるからいろいろあるんだよ。外見の問題はまずないとしても、人間関係の付き合いとか……一方でブサイクな奴は外見の悩みをすればいい。人間関係はそれ程悩まなくてもいい。何せまず向こうから近付いてくれないからな。あんたみたいな人間は特別。近付かなくても寄ってくる。結構モテたろ、お姫様。」
何やら、リルムを褒めるような口調で語りだしたグァン。この時もリルムは警戒する様子を崩さなかった。
「今まで何人に告白された?あとさ、今何歳?」
何を言っているのかが把握できなかったが、とにかくリルムは言われた通りに答えた。彼女は捕らわれている。なのに〝何人に告白された〟などと、個人的な質問ばかりがリルムに浴びせられる。恐ろしいと思うと同時にこの男は実はそれ程恐ろしいと思うほどでもないのでは……と、少しだが思うようになっていた。
「さ、三人……歳は十五……」
「へえ、なかなかやるじゃねえか。その歳で結構遊んでるぅ?」
その時、レイの姿が脳裏に浮かび、思わず
「そ、そんなことない!」
と、思わずリルムは強い口調で喋ってしまった。遊び人と思われたくなかったのだろうか。しかしその行為をしたリルムは己の立場を弁え、後悔し始める。
「純情……か。それで純情系ってのもなぁ。何もしなくても男が寄ってくるタイプなぁ。んー、でもあんたは変な男と付き合うと失敗するな。」
ひたすらにリルムの個人的な話を続ける。これらの言葉を言われ続け、彼女は流石に不快な思いを隠しきれずにいた。いつしか、グァンに対する恐ろしいと思う気持ちが段々と薄れていく。
今の彼女から見たグァンという男の印象は、紛れもなく下品で下劣な男……個人的な事情を執拗に聞いてくる最低な存在……そのようにしか思えなかった。やがてリルムは思わず言ってしまうのだ。
「いい加減にして下さい!さっきから遊んでるとか変な男と付き合うと失敗するとか……!私には彼もいるの!ちょっと頼りないけどそれでも……ガンダムってロボットに乗って戦ってる彼が!何なの!?どうしてそんな話ばっかり……!意味が分からない……!」
不満が爆発した瞬間だった。涙目になるリルムだったが、グァンはリルムを見ても何も感じないらしく、無表情のままリルムに近寄る。そしてぐいと彼女の顎を掴み始めた。
「へぇ、そんなアニメみてぇな事があンのかよ。」
ジャキンッ
更にグァンは銃を構え、リルムの眉間に突き付け始めたのだ。こうなってしまってはさすがのリルムも大人しくせざるを得ない。涙が何粒もこぼれていく。
「あ……あ……」
「うひゃあその表情たまんねぇからな。まぁた股間が疼いちまうぜェ。いっそ撃ち抜こうかなって思うけどそれは楽しめねぇから駄目だな。それよりさ、よく俺にそんな口叩けるよなお姫様ァ?何も知らないで、何も分かんないで育ったんだろ?温室育ちってのがよく分かるからな?お前、下手したら頭から血がドバドバ出るかも知れねぇよー?よく喋るからって強く出たら何でも解決すると思うなよ?女の武器は涙っていうけどそんなもん俺に効く訳ねぇからな。」
リルムは涙を流し、コクリと頷いた。今は、それしか出来ないのである。迂闊なことを言われると殺されてしまうかも知れないという恐怖。下手な言葉で相手の気分を損ねると何をされるのかが分からない。ただ、目の前の男が怖い。
どうして自分がこのような状況に陥ってしまったのだろうか。悲しく、悔しく、そして恐ろしい。
「あー、そうそう。もう一人のミルフちゃんの様子はぁ~?」
と、グァンは一度リルムの方を離れ、次にミルフに近付いた。
ミルフもリルムと同様の恰好をしていた。そして、グァンは覗き込むようにミルフを見る。
「会いたかったよぉ~ミルフちゃ~ん!あのクソアマがお前を助けちゃうから顔見れないと思ってたんだよぉ~ん!嬉しいねぇ~!また、遊べるね!」
気味が悪いとしか言いようがない言葉だ。この時、ミルフはまだ、目を瞑っている状態だった。
やがてミルフが目を覚ました時、まず、自らの身体が縛られているのに気付く。次に目の前に居る銀髪の男と目が合った。
「あー、お目覚めだからなぁ!ミルフちゃん~!」
ミルフに虫入りの食事を与え、糞尿まみれにした挙句、特殊麻薬を注射するという鬼畜行為をした男が目の前に居る。これはミルフにとっては恐怖以外の何者でもない――
「いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
思わず、叫び出した。先日までグァンにされた仕打ちを思い出し、それがフラッシュバックされたのだろう。
本来ならば安静にしなければならない身であるにも関わらず、ミルフは拉致された。しかも、あろう事か自らを肉体的にも精神的にも傷付けた、最も危険な本人に。
「あー!その声良いからなー!ますます勃っちまうからな!殺すの惜しくなるぐらい!やけどボスの命令は従わないといけないからなぁー!」
と言いながら股間部を怒張させるグァン。その光景は紛れもなく、異常と呼べるものがあった。
(あの子って前に襲ってきた人達の中にいた人……?どうしてここに居るの?意味が、分からないよ……怖い……助けて……誰か……)
自分がどうなるのか、何も分からない状況で、リルムは静かに自らの無事を祈る事しか出来ないのである。この地獄のような状況が去ってくれる事を、ただ、願う。それだけ――
「来たわ」
その時、一人の女性の声が聞こえた。その声に反応する、グァン。
男は上機嫌な様子で振り返った。リルム達を恐怖に陥れた男は、満面の気味の悪い笑顔を浮かべている。
「おおお!ウィリア!あれ?ちげーな。」
そこに居たのは、ニーアだったのだ。グァンが呼び出したのはウィリアの筈。何故彼女がここに居るのか?予想外の人間の登場に対して、驚愕する様子を見せる。
「彼女からは色々と事情を聞いているの。貴方、ウィリアだけで来いとは言ってなかった筈よ。」
すると、グァンはにやりと笑みを浮かべた。それから、妙な笑い声を上げる。まるで奇声の如く奇妙な声だ。
「クキキキキキキキキキ……じゃあウィリアは逃げた訳だな!かわいそ!死ぬの分かっててここに来るなんてなァ!」
歯を剥き出しにして笑っている、男。
(いや、ウィリアは間違いなくこいつと居た筈だぜ?て事は何処かに隠れてやがるな?)
グァンにはニーアに付いている印から盗聴する事が出来る。つまり、先程の車内の会話も彼は聞いている事になる。となればウィリアの姿もある筈だと、グァンは考える。当然だ。
しかしウィリアは目の前にいない。これは、どういう事なのか。何処かに隠れているというのか?
「ウィリアァァァァァ!!!出てこいよォ!でないとこいつら皆殺しだぞォ!?」
突如、グァンは大声で叫び出した。この声も、リルムとミルフにとっては恐怖の対象だ。特にミルフにとってはより、恐怖が肥大化して迫っている感覚に陥っている。
「いやぁ……いやぁぁぁぁぁ!」
「うっせえんだよミルフちゃんはよォォォォ!」
バァンッ
とグァンは床を思い切り踏み込んだ。恐怖に怯えている時のこうした騒音はより、人を恐怖に陥れる効果がある。この場で縛られているリルムとミルフは、互いにびくりと反応し、行動が読めない男に怯えている。
「ウィリアは来ないわ。永遠にね。」
ニーアの言葉に、グァンは更に、苛立つ様子を見せた。
「はぁ!?何言ってやがる!?俺はウィリアに会いてぇだけなのによォ!どういう事だオイ!?」
表面上だけ見れば只の我儘な学生に見える男だが、その実態は残忍なパニッシャーだ。こうして地団太を踏んでいる行為も恐らく演技だろう。
「証拠はある。これ……」
と言って、ニーアはEフォンを見せた。
そこに映るのはショッキングな映像だった。ウィリアが血を流して倒れている、光景。一見すればそれは遺体にも見える残酷な画像。
好意を抱いている人間の残酷な光景は誰もが衝撃を受ける。冷酷な人間であるグァンですら、ウィリアのその光景には衝撃を隠せない。
「ウィリアは私が殺した。彼女が居たせいであんたに殺される事になった。冗談じゃない。私は殺されたくない。あの女を殺して、あんたの所に来て絶望を与えてやる。それが、私がここに来た目的よ。」
それを聞いたグァンはどう反応しただろうか。怒り?それとも笑い?
答えは前者だ。歯を剥き出しにし、ギロリと睨み、握り拳を作っているのだ。
「てめぇ、どう言うつもりだァ!?どうしてウィリアを殺したァ!?あんだけ車の中で友情物語演じてたじゃねぇかァァァ!!!」
それは、グァンに聞かれていた何よりの証拠だ。印は発信器としてでなく、盗聴機能を宿しているという何よりの証拠。
怒るグァン。それに対するニーアは、したり顔を浮かべている。
「あんたの愛するウィリアはもうこの世に居ない。ウィリアの代わりに、私が二人を助けに来た。そして、あんたを殺しに来た。」
「何ィ!?」
と言って、ウィリアが一歩後ろに下がった時――
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
大広間の二階部分から突如、球状の物体が数個投げ込まれた。それと同時に物体からは凄まじい量の煙が放出されたのだ。
一個でも十分な煙を出すその物体だが、それが数個投げ込まれた為に、倉庫内は瞬く間に煙で満ちた。突然の出来事に何が起こったのは把握できないグァン。
「ぐぇぇっ!?な、何だ……?」
視界が遮られていて、何があるのかが分からない。グァンはただ、翻弄されるばかりだ。
ただ、その間に足音が聞こえたのは間違いなかった。それに反応したグァンはすぐに部下達を呼び出した。煙で満ちる部屋に、大勢の男達が入っていく。いずれもがグァンの手下達だ。
やがて煙が消えていく時、そこには既にリルムとミルフの姿が無かった。それだけでない。ニーアの姿もそこには居なかったのである。男達は居なくなった少女や女性を探し出す。グァンは歯を食い縛り、手下達に対して探すように命じるのだ。
大広間を抜けた所にて、リルムとミルフが何者かによって助けられていた。煙が少なくなってきた場所にて二人はある人物の姿をここで目撃する。
「ウィリアさん!?」
そこに居たのは、ニーアに殺されていた筈のウィリアだった。ニーアが見せたEフォンの画像には彼女の遺体が映っていた筈だ。なのに、何故ここにウィリアが居るというのか。
「え?どういう事ですか……?」
と、リルムが聞いた時、ウィリアが自らの示指を口元に当て、言った。
「静かに。ちょっとしたトリックよ。二人共無事で良かった。はぁ、ニーアの案は流石と言うべきか……」
そう言う彼女の呼吸は激しかった。明らかに疲れているのが分かる。汗をタラリと掻き、その汗は静かに床に落ちる。
元々、ウィリアは生死を彷徨っていた中で奇跡的に助けられていた身だ。その中でリハビリを独自に行い、独歩が可能になった。だが体力は完全に追い付いている訳ではない。故に、疲労が生じたのである。
「えっと、どういう事ですか?ウィリアさん、さっきの人に殺されたって……」
リルムは理解が出来ない様子だった。一方で、ミルフはただ、それを呆然と見つめるだけ。言葉さえ出せていない状態だ。
「ニーアと簡単な打ち合わせをしていたのよ。貴方達を助ける為にね。」
「打ち合わせ……?」
「詳しい事は後で言うわ。まずは脱出しましょう。ミルフも、車に向かって!」
披露しつつも、ここから入り口まではそう、遠い距離ではない。囚われていた彼女達を助ける為、ウィリアは走るのだ。
だが、一方でニーアはこの場に居ない。これは一体、何を示しているというのか。
その頃、ニーアは大広間内の柱の側に隠れていたのだ。自らの息を殺し、銃を構え、静かに。
この時、グァンは一人、広間の中心にいた。手下達が居ない状況ならばこの男に対して攻撃をする事は可能だ。彼女は、グァンをこの手で殺す為に、自らこの場に留まっていたのである。だがグァンは印を見つけ出す事が出来る機械を持っている。つまり、ニーアの位置は男に発覚している状態と言えるのだ。そのような危険を冒してまで、ニーアはグァンと戦う気でいるのだ。
殺さなければどの道殺される。自らの身を守るという事を決めたニーア。彼女には娘がいる。戦後まもなく施設に預けたという娘。それ以降一度も会っていない、娘。だがウィリアに言われた言葉が彼女の中を巡るのだ。
―――――――――――――――娘さんと向き合いなさい――――――――――――――
手放してしまった娘と向き合う為には、まずは自分を殺してくるであろうグァン・ホーキーズを殺す必要がある。印がある限り追って来るのならば、それを止める。目の前に居る危険な男を殺せば、それが落ち着くのなら、行動するまでだ。
(来た!)
グァンの足音が聞こえてくる。相手にはこちらの居場所が分かる。ならば、正々堂々と、向かうだけだ。銃を構え、グァンを一撃で仕留める気で行けば、奴は倒せる筈――
グサッ
「あああああ!」
突如、ニーアの背中を激痛が襲った。彼女は背後からの男に刺されたのだ。
ナイフが血に濡れ、倒れたニーアの背中からは血が溢れている。完全に、油断した。だがおかしい。この部屋にはグァン一人しかいない筈なのに、何故?
「俺のコスプレした奴にマジになって狙い撃ちしようとしてどうすんの!?ヒャハハハ!」
どういう事だ?黒いハット帽の男がニーアの背後に居たという事になる。では、ニーアが狙おうとしていた男は影武者だとでもいうのか。
「ぐ……ァン……」
「俺を殺そうとしたか女!ところが残念!世の中は簡単に上手くいかないようになっているのが道理だからな!」
完全に油断した。グァンは背後に既に潜んでいた。ニーアを追い掛けようとしているのは囮の男だったのだ。
「つぅかさ、さっきはよくも俺をコケにしてくれたなてめぇ。」
ドゴッ
「ぐあああ!」
怒るグァンがニーアの腹部を蹴る。そして、頭を靴で踏みつける。何度も、何度も。これが女性に対する仕打ちか。この男の冷徹さが見て取れる。
「印を利用した作戦って訳だなぁ成程なぁ。じゃああれはトリックって訳か。やらしいなぁ。やらしいよウィリア……益々好きになっちゃうじゃねぇかぁぁぁ!」
と、グァンはニーアに更に蹴る行為を続ける。何度も、何度も。その強い衝撃は、次第にニーアに歯向かう事をさせないようにしていく効果があった。
何度も強い衝撃を受け続ける事は肉体的にも、精神的にも人を追い込んでいく。その上ニーアは怪我をしている。なのに、グァンはそれを憐れむ様子も見せない。
やがて行為を中断したグァンは、ニーアを見下すように見て、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「そうだァ、ちょっち、良い事を思い付いちゃったからな。」
この男は一体何を言っているのか。奇妙な笑みを浮かべている男。これが理解出来ない様子のニーアは、苦しみながら疑問を抱いていた。
ウィリアはリルム達と共には逃げていた。外に出ることに成功し、倉庫の死角の位置に置いていた車に乗った。急いで車を発進させるウィリア。ニーアが倉庫内に居るのをただ、気の毒に思いながら。
やがて車は発進し、夜道を移動する。その際、リルム達は後部座席にて座らされている状態だったのだ。
「ひとまずは大丈夫かな。あとはセイントバードに戻るだけ。彼女の事は、気掛かりだけれど……」
猛スピードで走りながらニーアの事を心配する、ウィリア。この時、リルムは運転席の後ろから静かに話しかけていた。
「あの人……私とこの子を助ける為に残ってくれたんだ……どうして……」
ニーアは以前セイントバードを強襲したメンバーの一人だ。その人間が自分を助けたという事に、信じられない様子だったのだ。
「彼女は自らの信念で戦っていたわ。無事である事を祈るしかない……」
そう言うウィリアの表情は真剣そのものだ。
「あの、さっきの事なんですけど、ウィリアさん、どうして無事だったんですか……?」
先の恐怖によって震えが止まらない中でリルムは聞いた。
「さっきも言ったけれど、トリックよ。ニーアは盗聴されていた。その中で、彼女が提案してくれた。紙を渡して、まず私が死んでいるようなフェイク写真を作らせた。そしてグァンに見せれば混乱するというのが作戦。それが幸いして貴方達は助かったという訳。」
グァンはウィリアを好きでいる。それ故の心理的動揺を狙った作戦だった。これは成功し、今に至るという事である。
「あの女の人、名前はニーアって言うの。彼女は自ら危険な行動に出た。その結果、貴方達は助かった。無論、彼女には生きていて欲しいと思う。けれど……どうなるのかは分からないわ。」
ニーアは危険な行動を取った。故に、その先の展望に関しては彼女自身も分からないのだ。無事である事を祈るしかないが、それもどうなるかも、分からない。
「そんな……」
リルムは自らの右手を胸に当て、ただ、視線を下方に向けた。彼女の犠牲があったからこそ助かった。それに関しては、感謝をしなければならないと、思っていたのである――
ダダダダダダダダダダ
その直後、車体に振動が走った。後方から弾丸を撃たれたのである。何事かと思い、フロントミラーに視線をやる、ウィリア。
後方からはバイクに乗った人間達が数人現れた。いずれもが銃を構え、車に向かっているのだ。つまり、これはウィリアの乗っている車に対しての攻撃という事になるのだ。
「追手か……そうか、ミルフがいるから……」
迂闊だった。ミルフにも印が残っていた事が仇となった。印を持つ人間は容赦なく狙われる。それが車に乗っているのならば、運転手諸共殺す気で居るだろう。
ウィリアは急いでアクセルを踏み込み、一気に加速を上げて振り切ろうとするが、小回りはバイクの方が利く。バイクよりもサイズが大きな車ではこの状況は不利だった。しかしバイクが男達に破壊されているのだから、車でしかこの場を脱出する方法がない。
この時、ウィリアはチラとサイドミラーを見た。バイクに乗った一人の男が近付いてきているのが分かる。
「迎撃、しないとね。」
そう言った後、突如ウィリアは車窓を突然開け始めた。何をするのかと思うリルム。するとウィリアは運転しながらチラチラとバックミラーを確認し、足元の銃を取り出し、それを窓の外に出して後方に銃口を向け、引き金を引き始めた。
パァンッ
銃弾は後方にいた男のバイクの、前輪に直撃した。この際にバイクは車体のバランスを崩し、そのまま転倒。側道に落ち、バイクは爆発をしたのである。
「凄い……映画みたい……」
リルムから見れば、こうした場面は映画やテレビのドラマなどのワンシーンで見たことがある程度であり、実際に経験するのは初めての出来事だった。この時、彼女にとって、ウィリアの容姿も相まって、彼女の姿がアクション映画の女優に見えた。
だが、これは現実の話である。こうしたワンシーンの次に、別の敵が迫ってきていた。今度は右側方部に、すでに二人乗りのバイクの後部座席からマシンガンを構えている男の姿があったからだ。
「二人共、伏せて!」
ウィリアが二人にそう言うと、両者は急いで頭を下げた。ひたすら深く、弾丸が当たらないように頭を下げ、プルプルと震えている。窓の外から自分の姿が映らないように精一杯下げた。
次の瞬間、ウィリアは側面の男に向けて銃を発射。左腕はハンドル操作を行い、右腕で銃を構える状況。この時に右側の窓ガラスが割れ、男に弾は命中し、転倒した。
間一髪だ。もし撃たれていれば車の爆発は免れない。
「車体がもし撃たれたら最悪ね。でも、一人で追手を狙えるのかしら……」
そう言いながらフロントミラーを見ると後ろのバイクが二台、迫っている。しかも追撃しているのはバイクだけではない。ワゴン車に乗り、銃を持っている人間の姿もあったのだ。
「厄介ね、あの数は……」
状況は彼女達にとって不利だ。後方から多数の敵に、銃弾。万が一これらの攻撃を受け続けると、当たり所が悪ければ車が破壊される危険性が高い。
この時、ウィリアは車を左右に、ジグザグに運転することで敵の攻撃を少しでも避けようと試みた。しかし、この荒い運転の仕方はリルム達に大きな負担を与える事になる。
「うわあああああああ!」
「きゃあああああああ!」
と、悲鳴をあげる両者。だが、それに気を遣っている場合ではない。
「ごめん!今は我慢して!」
とにかく、逃げなければならない。敵の攻撃を少しでも振り切る為に。だが、敵の攻撃は止む気配を見せない。ウィリアは運転で精一杯だ。
その頬からは汗が流れている。懸命に、彼女達を守る為に必死に運転している。後方から迫る組織の追手は今の彼女の状況など構う事なく迫って来る。それを、たった一人で運転しながら迎撃する。しかも、彼女はある種、病み上がりだ。並の人間にそのような荒業が出来るだろうか。否、難しいと言える。
リルムはウィリアの行動を見て、何かをしなければならないと感じた。敵が迫ってきて、尚且つ銃撃を掛けてくる。なら、それを補助すべきだと、彼女は思ったのだ。車の揺れに耐えつつ、リルムは口を開く。
「あの!私も……手伝います!銃を、貸して下さい!」
ごく普通の、ジュニアハイスクールの少女が銃を持つと言い始めた。当然ながらそのような経験等、した事がないリルム。
しかし、ウィリアは声を荒げ、反対した。
「ダメよ!貴方にそんな危険なものを扱わせたくない!こんな状況とは言え、貴方が銃を扱う必要はないの!」
「でも!このままじゃ……」
「大丈夫……運転しながらなんとかやってみるから。」
とは言ったが、この状況で多数の追手を相手にするのは難しいと言える。車体を大きく揺らしながら迎撃をしているので、運転しながらでは敵への狙いが付けられない。だからと言ってリルムのような少女に銃を扱わせるなど出来る筈がない。
「私だって……足止めぐらいなら出来ます!」
確かに拳銃は扱うだけならば当然リルムにも扱える。だがいくら敵がこちらを狙ってくるとは言え、ごく普通に育ってきた少女に銃を扱わせる等、ウィリアとしては止めたいと思っていたのだ。
「馬鹿な事を言わないで!やってみせるから……貴方達を守ってみせるから!リルムさんも、ミルフも!」
ミルフは今、精神状態が不安定だ。故に言葉が上手く発する事が出来ない。いつ、何が起きてもおかしくない極限状況の中、ウィリアは懸命に争い続けていくのだ。
やがて後方から迫るバイクを引き離す為に、思い切りアクセルを踏んだ。その為か、少しではあるが後続のバイクとの間に車間距離が生まれた。この隙にウィリアは再び銃を持ち、窓から後方へ向けて銃弾を放った。この射撃が幸いし、後続のバイクに直撃してバイクは転倒し、爆発を起こした。
「ク、数が多い……!」
所がいくらバイクを蹴散らしたところで、敵の攻撃が和らぐわけではない。ただでさえ運転しつつ、しかも後方へ攻撃を加えなければならないこの状況。このままでは車体が破壊されて殺されてしまうのも時間の問題と言えた。
(せめて、せめて誰か来てくれれば!けど……そんな奇跡……起こる訳……)
彼女は心底助けが欲しいと祈った。しかしそう思っている間にも敵の攻撃は続く。後方から襲うマシンガンの弾。これらが車体を掠る度に、車体が揺れた。
その状態で運転していた時、一台の車が接近してきた。これもグァンの手下が乗る車で、ウィリアの車に近付いては車体をぶつけてきたのだ。衝撃の余り、車内は大きく揺れる。
「ああうッ!」
中にいた三人は揺れに翻弄された。そこへ更にその車がぶつけようとしてきたので、ウィリアは急いでアクセルを入れ、車間距離を確保した。
しかし、敵の乗る車もスピードを上げ、ウィリアの車の隣にまで移動してきた。その時、彼女は拳銃を左手に持ち、窓から相手の助手席に向けて発砲した。それは相手に直撃し、相手の車の窓ガラスが割れたと同時に、助手席に乗っていた人間の死亡が確認出来た。
「しっかり掴まってて!」
と、言った後でウィリアは更に自らの車を相手の車にぶつけ、そのまま側道に突き落とそうとしていたのだ。無論、相手の車も抵抗するのだが、端に寄っていた相手の車の方が攻撃するには不利な位置にあった。既に運転席側から火花が散っており、敵の車はクラッシュするのも時間の問題だった。やがてホイールが摩擦にやられ、コントロールを失ったその車は行動不能に陥った。
どうにか敵の車を振り切ったウィリア。だが、これが続いては埒が明かない。このまま追撃が続けば車体が破壊されるのは時間の問題だった。安寧の表情すら浮かべられる状況ではない状況で、更に迫る敵。襲って来る銃弾。これらを逃げ切るのは、非常に厳しい状況と言えた。
「あ……あ……」
その時だった。ただでさえ暗い空が、更に暗くなったのだ。その光景を見て、恐怖を抱いているミルフ。それを見て違和感を覚えたウィリアは外を見る。
異様な光景だ。気になるのは、何故、自分達の乗る車体のみが異様に暗く見えるのか。元々暗い道ではあるのだが、電灯も少ないこの道を、更なる暗闇が襲う。
やがて、その違和感の正体が明らかとなる。何故ならば、暗闇の中で光る、赤い光が異様に輝いているのが見えた為だ。
ビゴォン
夜道の暗闇の中で、僅かに見えたシルエットの中で彼女らの瞳に映ったもの。それは、人型の巨大兵器、MSだった。頭部のモノアイが怪しげに赤く輝き、まるで彼女らを狙っているかのように見下している。左腕部の鋏のようなクローが特徴的なMS、ファドゥームが彼女らの真上に出現したのだ。
ただでさえ後方からのバイクや車による銃撃が猛威を奮っている中で、追い討ちを掛けるかの如く出現したファドゥームを見て、ウィリアは乾いた笑いを溢してしまった。
「これは仰天ね。MS相手は流石にどうしようもない……」
車、バイクならば弱点となるタイヤ、エンジンに銃弾を与えれば相手の動きを止める事が出来る。だがMS相手では銃など効く筈がない。堅牢なCメタル装甲が銃弾を弾き飛ばすだろう。
車とMSが対決するというのは、例えるならば生身で銃を持った人間と戦闘機が戦うようなものだ。全くと言って良いほど勝ち目がない。その上で迫る、手下の追撃。絶望的な状況が始まろうとしていた。
「バイクや車だけが追撃だと思うなよウィリア!時代が違うんだからな!時代が!」
ファドゥームに乗っているパイロット。それはグァン・ホーキーズ本人だった。この男はMSを操ることが出来たのである。黒いハット帽を付けたままファドゥームを操り、モノアイで車を睨み付けている。
ダダダダダダダダダ
ファドゥームの頭部機関砲が車に向けて放たれた。牽制のつもりなのだろうが、車からすれば脅威以外の何者でもない。MSサイズから放たれる機関砲は弾の威力だけでなく、落ちるその弾自体が質量を持った脅威なのだ。
火力と質量が同時に迫り来る状況を、ウィリアは避けていく。そして、弾の残骸は後方の車に直撃したりした。最早グァンは味方の事を何も考えていない。
「逃げ切れるか!?さあ!MS対車!これは興味深い戦いだぁ!」
グァン・ホーキーズによる恐怖が始まろうとしていた。まるで楽しむかのように、ウィリアの運転する車を狙う。車に乗っている三人は、この男から逃げ切れる可能性が、極端に薄れてしまったのだ。
(ダメ……このままじゃ……!)
敵の攻撃は強力だ。ウィリアの運転テクニックを駆使しても弾丸は確実に車に向けられていく。上空にはMS、後方からは車にバイクという状況。逃げ切るにも無理がある。
「舐めプレイもそろそろ終わっておくからな!」
グァンの不吉な一言が発された時――
ダダダダダダダダダ
再び頭部機関砲が放たれた。この攻撃は確実に車を狙っている。避け切れるとは思えない。車体に振動が走る。MSのような巨体が迫る中で、ウィリアはある、言葉をリルム達に発したのだ。
「脱出して!」
このままでは車が破壊されると思ったウィリアは、急いで伝えた。
「え……!?」
突然の事に、理解できない様子のリルム。しかし、ウィリアの表情は真剣そのものである。
「早くっ!」
このまま脱出しなければ車が爆発して死ぬのは目に見えていた。だからこそ、彼女は二人に言ったのだ。しかしリルムは戸惑う。何故ならば、車は走り続けている状態だ。その状態で車から降りる事自体、危険極まりない。簡単に出来る事では無いのだ。
「でも……!」
だが、どの道これ以上弾を撃たれ続ければいずれは車が破壊される。そうとなれば、助かるには飛び降りるしかないのだ。
「前に草むらがある!そこなら大丈夫だから!」
そうは言うが、勇気など出る筈がない。怪我をしてしまうかも知れないと言う恐怖がリルムを包む。そして、ミルフも何も言えないでいる状態だったのだ。
「チッ……!」
戸惑うリルムを見て、舌打ちをしたウィリア。最早手段を選んでいられない。そう、判断したウィリアは車を草むらに近付け、次第に減速する。
今の状況を考えれば、これは余りに危険すぎる行為だ。後方の敵に、上空のMSに囲まれている中で減速するのは自殺行為そのものである為だ。だがリルムは怖がっている。ならば、配慮をしなければならない。
次第に減速していく車。だがそれは、格好の的だ。やがて後方からの銃弾がタイヤに直撃し、正常な操作さえ難しい状態となってしまった。
「急げ!早く!」
ウィリアは口調を荒げた。決死の行動に応えなければならないと考えたリルムは、後部座席の扉を開く。その際、隣に居たミルフを見た。
虚な表情で、何も出来ない様子の少女の姿がそこにはあった。組織のメンバーであった時は無邪気な人間だった彼女だが、今のその姿に面影はない。そして、リルムはミルフに対し、守ってあげなければならないと言う感情を抱いていた。自分の方が年上。彼女を置いて車から脱出など出来る筈がない。
バッ
リルムは決死の覚悟を決め、ミルフの手を引っ張り、そのまま飛び出した。目の前にいる少女を助けたいと言う気持ちが、リルムの中で勝った瞬間だった。
それと同時にウィリアも急いで運転席から草むらに飛び移る。三人は怪我を負う事なく、身柄は無事だったのである。その直後に銃弾が車体に打ち込まれた――
その瞬間、三人の乗っていた車は爆発を起こした。。激しい熱風が三人に直接吹き掛かり、
熱さを感じた。
「いやあああああああああああああ!」
最悪なのは、これをミルフが見てしまった事だ。今の彼女に刺激を与える事は精神状態の悪化を招かねない。身柄の無事は確認出来たとは言え、ミルフはそのショックに翻弄されるばかりなのだ。
「大丈夫……?」
ウィリアも怪我なく、草むらがクッション代わりになってくれていた為、痛みを感じる事はなかった。
「私は大丈夫ですけど、この子が……」
リルムは自分が思いの外冷静である事に、自分自身が驚愕していた。側にいるミルフが明らかに感情を剥き出しにし、恐怖に包まれている状態であるが故なのかも知れない。
「今は身体が大丈夫ならばなんとかなる。それよりも……」
燃え上がる車の周囲に、バイクが二台、車が一台、そして、ファドゥームが一機降り立った。三人を囲むようにこれらが集まり、彼女達を追い込んで行くのだ。
「ウィリアァァァ!駄目じゃないか!俺を騙すような事をしたらさァ!」
ファドゥームのコクピットから、グァンが声を荒げて言った。好意を抱いている人間に騙されたという屈辱が、グァンを怒らせている。この怒号は更にミルフを恐怖に陥れている。一方の二人はこの現状に対し、ただ、黙る事しか出来ない。
その時、一人の男が三人に向けて銃を構えた。が、グァンはそれを見て止めるように言った。
「お前ら撃つんじゃねぇからな。ウィリア!お前のお友達がどうなったか見てぇか?」
“お友達”という言葉を聞き、ここで考えられるのはニーアの事だ。まさか……?嫌な予感がウィリアに過ぎる。
次の瞬間、ファドゥームの左鋏部が有線で伸ばされ、まるで三人に見せつけるかの如く近付けた。そして、そこで挟まれている、“人”の姿は三人に衝撃を与えるものとなる。
「ニーア!?」
ウィリアは叫んだ。そこには、ファドゥームの鋏に挟まれている状態のニーアが居たからだ。乱暴な動きをするファドゥームに翻弄され、意識を失っている状態だったのである。
やがて鋏はそのまま機体の本体に戻される。この時、ニーアの身柄も同様に戻っていったのだ。
「ニーアをどうする気!?」
冷静だったウィリアは表情を露わにした。友人の扱いに対し怒りと焦りが見られている。
「俺さァ、当初の目的はお前が殺した社長さん殺しの連帯責任の為にメンバーを殺せって言われてるからな!この意味が分かれば自ずと答え、出るからな!」
嫌な予感が更に現実のものになっていく感覚に陥った。不安が増長される。その意味と、今、目の当たりにしているニーアの状態。これが意味する事は、一つ。
「MSのパワーで人間を潰したらどんな風になるか実験するからな!お友達が潰される瞬間をよく見とけよ!ヒャハハハハハ!」
グァンの言葉が響いた。人間を潰す。それを、物理的に行う事が出来るのはMSだ。その意味は、そのままの意味だ。
これを聞いて震え上がるリルム。そして、ミルフもニーアの姿を見てショックを受けている。
「やめなさい!私にしなさい!」
叫ぶウィリアだが、グァンは止める様子を見せない。
「お前は好きだからやめねぇからな!さぁ、ぐいぐいと潰していくからな!」
と言った時、ファドゥームの鋏は次第に力を込めていく。万力鋏とは言ったものだが、それが実際の人間に対して行われようとしている状況。明らかに異常だ。この男の狂気は止まる事を知らない。
「ァァァァァッ……!」
呻き声を上げるニーア。意識を失っている筈なのに、痛みを感じているのだろうか。
「やめてぇぇぇ!」
叫ぶウィリア、恐怖で声を出せないリルムと、ミルフ。
「見ちゃ駄目ェェェ!」
咄嗟の判断で、二人の視界を遮ろうとしたウィリア。恐らく行われるであろう残酷な光景。それを見せないように、彼女は二人に配慮したのだ。しかし――
グシャア
リルムとミルフが目を瞑った直後の事だ。何かが、弾ける音が聞こえた。ウィリアが目にしたその光景。
ファドゥームの鋏は赤い色で染まっている。一部には人間の臓器らしき肉片が付着している。そして、ドサドサと草むらに落ちた“モノ”は人間の身体の一部だ。下半身部は腸や腎臓といった下腹部以下に存在する臓器類が、上半身部は肝臓といった臓器類が落ちている。その断面の脊柱は見事と言える程に破損していた。
鋏は、ニーアの身体そのものを、二つに割ってしまったのである。だが、ニーアの頭部は無事だ。だが、助かる要素はどこにもない。先の衝撃により、一時的に意識を取り戻したニーアだったが、既に自身の身体は引き裂かれた後であった。彼女の意識は激烈な痛みと共に、次第に失われていく。
永遠とも言える生き地獄を味わっているニーア。生身の人間がMSによって上半身と下半身を割られるという前代未聞の、拷問。その果ての、死。
(アイシャ、ごめんね……)
娘の名は、アイシャ。施設に預けているという娘の顔を見る事なく、その最期は惨たらしいものだった。
彼女は娘と向き合う事をしなかった。だが娘の事は愛していた。ニーアが一体これ程残酷な事をされなければならないのは何故か。いくら反社会組織に所属していたとは言えこのような末路を迎えなければならないのか。組織の連帯責任というのは、これ程に重要なのか。
友人の酷い最期を目の当たりにしたウィリアは、その目を大きく見開き、口を手で覆った。見るに余る残酷な光景は、あらゆる人間に衝撃を与える。
そして、それを見てただ、一人笑っている人間がいた。グァン・ホーキーズである。
「やったあああああ!ヒャハハハハハ!生身の人間真っ二つ!ヤベェ〜!俺の知的好奇心が満ちる!満たされる!あああああ!たまらねぇ!股間がギンギンだぜェェェ!ヒャハハハー!!!」
この光景を引き起こした張本人は、ただ、高らかに笑うだけだ。グァン・ホーキーズ。氷河族のボス、エレグ・スウィードの直々のパニッシャーは人を殺める事に愉悦を感じている。それも、より、残酷に。まさに、最低最悪の男だ。
「グァンッ!!!」
ウィリアは遂に怒った。恐れではない、純粋な怒り、この男は倒さなければならないと、本気で思ったのだ。
しかし現実問題、状況は不利だ。敵はグァンだけでない。手下も居る。その上グァンはMSに乗っている。生身の人間がMSに、しかも拳銃だけで勝てる筈がない。幾ら怒った所で、状況が不利なのは変わりないのだ。
キシィン
そこへ、上空から何かが急速に接近する音が聞こえた。戦闘機?違う。では、何か。
それは、MSだった。それも、唯のMSではない。ガンダムタイプだ。四本のアンテナに闇夜の中で輝くデュアルアイ。バックパックの推進剤が勢いよく噴出し、この場にそれが出現した。
機体はツヴァイガンダム。紛れもなく、レイのMSであったのだ。
「レイ……!?」
思わずリルムは声を出した。レイのガンダムがここに来た。これは、絶体絶命の状況であった彼女達からすれば幸運以外の何者でもなかったのだ。
「何!?こいつぁガンダムタイプか!?」
グァンが声を荒げた――と、同時にリルムが言っていた言葉を思い出した。
――ちょっと頼りないけどそれでも……ガンダムってロボットに乗って戦ってる彼が――
「こいつが言ってた彼氏の乗るガンダムってワケかよ!ヒャハハハ!」
グァンは察した様子で、ツヴァイの方を見た。だが、ガンダムが出現した所で状況は危険である事に変わりない。三人はグァンの手下に囲まれている。
その時、グァンはレイに対して言った。
「おい、そこのバーカ!彼女を助けに来たってかァ?やってみろや!その前にまとめて蜂の巣にするからな!」
ファドゥームとツヴァイの機体性能の差は歴然だ。だが、グァンはツヴァイのパイロットがレイである事を知っている。それ故の挑発なのだろうか。この様子から、グァンは手慣れのパイロットである事が伺える。
この時、レイは下方をモニターで確認した。そこに映る燃え盛る車と、側に居る三人の人間の姿を、見たのだ。
「車が燃えてる……側にはウィリアさんとリルムと、あの女の子か……もう一人の人は?」
それに気が付いたレイはふと、ファドゥームの左の鋏部分を見た。そこに映る、赤い液体の存在。更にそこから視線を落とし、見えたものを見てしまった。
「そんな……そんなのって!?」
衝撃だった。何せ、上半身と下半身が分かれている死体の姿がそこにはあったのだから。それが何を示すのかは、暗くて見え辛い。だが、レイにとってはこれが明らかに不吉な内容である事は間違いないと、言えた。
「彼女の前でいいとこ見せようってんなら大間違いだぜ!?こっちは人質が居る事忘れんなよ!」
純粋に、ファドゥームを倒そうとするならばツヴァイならば簡単な事だ。しかし今は状況が違う。三人を巻き込む訳には行かないのだ。この状況を利用しているのはグァンである。
今回、レイがここに来たのには理由があった。セイントバード近郊にMSの反応が確認された為である。最初、これに対しては国連兵が出撃する予定だったのだが、この件を知っていたレイが自ら名乗り出て、ツヴァイを駆り出したという訳なのである。
「お前等、ウィリア以外は撃っても構わねぇからな!」
その発言が意味する事を、レイは最初理解出来なかった。やがて、足元で行われている悲惨な状況をモニター越しに確認し、目の当たりにする事になる。
「リルム!!」
待機していた男達が、銃を構えてリルム達に迫っている。グァンの命令とはいえ、この男達は少女相手に銃を構える事を躊躇わない。
「こんな粒揃いを殺すのは惜しいがガンダムの彼氏が乗ってる中古女ならいらねぇわ、殺せよ!」
その声が、高らかに響いた。グァンの声と共に、銃が構えられる。ウィリアがすぐに、リルム達の前に立ち塞がり、守ろうとするが、それを止めるのはグァンのファドゥームだ。
あろうことか頭部を彼女の方に向け、機関砲を発射出来る状況を作り出していたのである。
「ウィリア!このガキ共を守ろうとしたらてめぇも蜂の巣だからな!」
最悪の状況だ。ウィリア自身も動けない上に、男達は躊躇なくリルム達を殺そうとしている。恐らく、言葉での説得は無意味だ。
グァン・ホーキーズは残忍だけでなく、ある程度の洞察力に優れる人間だ。聞き出した情報を思い出し、それを分析する。今回ツヴァイのガンダムがレイである事を見抜いたのはリルムの言葉によるものだ。それ故に、心理的な揺さぶりを掛ける事が出来た。この男は狡猾であり、策士である。パイロットが人間であるが故の心理的な弱点を突いた最悪の状況。レイは、強力な機体を持ち出しても、この状況を打開する事が出来ないというのか。
ピキィィィ
それは、“普通”の人間ならば不可能だろう。普通の人間の普通の性能のMSでは彼女達を助け出す事は不可能だった。グァンと言う人間の残忍な性格や、それに従う男達に良心があるとは思えない。少女に対して銃を向けるような事を平気で出来る人間達が殺人など、躊躇うことは無いだろう。そもそも、人を殺す環境で育ってきている者達が集まっているのだ。それに対する躊躇いなど、無い。故に人に銃を向け、それを放てる。
だが彼等が相手をしているのは普通の人間である事を願いつつも、普通の人間でない運命を歩もうとしている少年だ。それは何を意味するのかは容易い。
レイの乗っている機体はツヴァイガンダム。サイコミュ兵器を操る事が出来る機体だ。サイコミュ兵器、ブリッツファンネルはレイが思った通りに、その俊敏な動きを行う。武装としても扱う事が出来る他に、その飛翔体そのものを飛ばす事も容易なのである。
「行け――」
レイは静かに呟く。そして――
ピシュンッ
ブリッツファンネルが飛んだ。それも、男達が銃の引き金を引く前に。その飛翔体は、リルム達を守るのに十分な力を秘めていた。
そして、それは合計十八基ある。これが意味する事は、彼女達を守りつつも、ファドゥームに攻撃を仕掛ける事が可能という事だ。
「何ィ!?」
ブリッツファンネルはビーム刃を展開する事なくファドゥームに質量でダメージを与えた。これにより頭部機関砲の位置は逸れる。更に、リルム達はファンネルによって守られ、銃弾を回避する事が出来たのだ。
「こいつぁ何だ!?」
焦りを見せたグァン。この時、咄嗟にファドゥームを後方に移動させてしまう。それを見たレイはすぐに追い掛けた。男を逃がす事はリルム達に危険が及ぶと、判断した為である。
この時、地上ではファンネルが彼女達を守ってくれつつもウィリアは男達に対して銃を構え、発砲した。一人ずつ、確実に処理していくウィリア。全ては、彼女達を守る為に。
ファドゥームは逃げようとするが、ツヴァイがそうさせない。ビーム粒子による砲撃はリルム達を巻き込む可能性があった。故に、そうした兵器を使用せず、ツヴァイはマニピュレーターを駆使してファドゥームに接近し、そのまま地面に押し付ける。
「クソがァ!」
モノアイで睨むようにツヴァイを見るファドゥーム。これに対して頭部機関砲を放つが、ツヴァイには通用しない。レイは周囲を確認した後に胸部のマシンキャノンを、ファドゥームに浴びせたのである。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ
「な――!?」
この出力を至近距離で受ける事は、機体に甚大なダメージを与えると同義だ。ファドゥームのコクピットは衝撃によって開かれ、コクピットが剥き出しになった状態で、グァンは懸命に反撃しようと、ビームサーベルラックを展開し、ビーム刃を展開しようとするが――
「やあああっ!」
レイがそれを阻止する。ツヴァイの手部マニピュレーターはファドゥームの右手部を把持し、止める。やがて、そのまま右脚部を蹴る様に攻撃したのだ。
「ぐあああ!」
激しく揺れる機体に耐えられなくなったグァンは、そのままコクピットを放り出された。そして――
ズバァァァ
とどめをささんと、ツヴァイはメガビームセイバーでファドゥームのコクピットを突き刺したのだ。この瞬間、ファドゥームは爆発を起こした。
幸い、リルム達はファンネルによって守られており、爆風で巻き込まれる事は無かった。ただ、残ったのはファドゥームの残骸のみ。赤々と燃え盛るその機体と、ネルソンの車。この場には、それらが残っただけだった。
レイは、忌むべき敵であるグァンを倒す事に成功したのである。
その頃になれば、うすらと空の色が遠くの方で色が変化しつつあった時間になりつつあった。レイは急いでツヴァイを膝立ち姿勢にし、コクピットを降りて三人の様子を確認する。
「ウィリアさん!」
走って来たレイは、彼女達の無事を確認した。そこで、レイの姿を見たリルムは目元が潤い、そして――
「レイ!!!」
ギュッ
恐怖で翻弄されていたリルムは、その感情を爆発させた。レイに対して抱擁を行い、ただ、ひたすらに泣きじゃくるのだ。
「怖かった!怖かったよう!」
「うん、うん……無事で、良かった……」
この時、彼等は自然な抱擁をしていたのだが――
「あっ!?ご、ごめん……つい……」
リルムがレイから距離を置いた。どこか、恥ずかしさを感じているのが分かる。
「レイ君、わざわざ来てくれたの……?どうして……」
「MSの反応があったからなんです。そしたら、ウィリアさん達がここにいるって分かって。」
レイは事情の説明をし、ウィリアは納得した。その際、彼女は燃え盛る車やMSの存在を見て、そっと呟いた。
「高級車を台無しにしちゃった。」
そして、ウィリアはミルフに近付き、視線を彼女に合わせた。
「もう、大丈夫だから。ミルフ……」
しかし、ミルフの表情は虚ろなままであり、言葉も少ない。
「ニーア……は……」
「……ごめん、守れなかった……」
ミルフは助け出せた。だが、友人はグァンによって残酷な死を迎える事になった。余りに悲しき結末は、ミルフにも衝撃を与える結果となったのである。
「そんな……」
「ごめんね……私が居ながら……」
そう言って、ウィリアはミルフに対して抱擁を行った。涙すら流れないミルフを、ただ、ウィリアは悲し気な表情で支えてあげる事しか出来ないのだ。
忌むべき印を付けられた者達は、それを狙うパニッシャーによって命の危機に瀕していた。命懸けで助けに来たウィリアではあったが、不幸にも彼女の友人を亡くすという状況に陥ってしまった。助かったミルフも、悲哀な表情のままであり、それ自体が、ただ、空しい出来事と言えたのだ。
命は助かった。それは良い。だが心に残った傷は余りに大きいものがあったのだ。
(あれは……)
その時、ウィリアの眼に、ある、機械が映った。それはグァンが持っていた印の位置を見る為の機械。恐らくグァンが放り出された時に落ちたのだろう。この時、ウィリアはそれに対して手を差し伸べ、ポケットに入れたのであった。
決死のカーチェイスは終わりを迎えた。後に三人はツヴァイの手部マニピュレーターに乗せられる形でセイントバードに戻る事になった。この時、既に日の出が出始めており、今回の惨劇とは対照的な美しい朝日が顔を浮かべていたのである。
セイントバードに戻った彼女達。ミルフは最初に医務室に運ばれ、再び安静にする事を求められた。ウィリアとリルムには怪我はなかった為、様子観察をするようにネルソンが言った。
「よく頑張ったなレイ。君が居なければ皆は殺されていたかも知れない。」
「ただ、必死だっただけです……僕は……」
彼は、先の戦闘での死体の存在が頭から離れなかったのだ。状況から見てファドゥームによる攻撃を受け、殺された。セイントバードを出る前に居た一人の女性が戻らない所から、恐らくニーアが殺されたと思う、レイ。
「君はもう、休め。セイントバードはこれから忙しくなるからな……」
「……はい。」
レイはそう、静かに言った。ネルソンの言うように、セイントバード自体も今、大変な状態だ。何せ、国連の提案した作戦への強制参加を強いられる事になるのだから。
その後ネルソンはウィリアと話をしていた。誘拐された少女二人を救い出したのは良かったが、一人の友人を失った。この衝撃が彼女を動揺させているのである。
その中で、ネルソンはチームに残るかどうかを尋ねた。何故ならば、セイントバードは今後戦争への強制参加を強いられている状態だ。直接チームとは関係のないウィリアを巻き込む事は避けたいと思っていたのである。
「ウィリア、君の身体はもう大丈夫だろう。ここに居る必要はない。セイントバードは戦争に巻き込まれてしまう事になるからな。」
と、ネルソンは言ったのだが――
「いえ、私は残るわ。ミルフが心配だから。」
彼女は自ら、残る事を選んだ。昨夜の出来事でミルフが再び精神的に強いショックを受けてしまっていないかと言う、一抹の心配を残していた為である。
「あの子は母親も氷河族に殺されてしまっている……頼れる人間が居ない状態なのは一番危険なのよ。だから、私が側に居てあげないと。」
「そうか……」
と、ネルソンはただ、呟いた。
(結局グァン・ホーキーズのせいで多くの人間が殺された。全てはあの組織、氷河族があるが故にこうした事が起きた。ミルフも精神状態が不安定になってしまった……)
ウィリアは、一人、静かに握り拳を作っていた。視線を下方に向け、一人、決意を固めたような表情を浮かべている。
(あの組織は、滅ぼさなければならない……だけどそれは今じゃない。今は戦争が始まる。それを乗り越えなければ。)
セイントバードは戦争に巻き込まれる。今後同行していく事でどのような状況に巻き込まれるのかは分からない。ただ、一つ言えるのはパニッシャーであるグァンからの脅威は去ったという事だ。
しかし肝心の氷河族の存在を消さない限り、彼女達は恐らく追われ続ける身となるだろう。一度は死ぬ事も厭わなかったウィリアではあったが、この時、組織の壊滅こそが彼女に関わった人間達への弔いであると、密かに胸に抱いていたのであった。ウィリア・ラーゲンにとっての復讐劇はまだ終わらないのである。
第七十五話、投了。
グァン・ホーキーズの横暴は一応解決したものの、一行は新生連邦の本部攻略戦への参加を余儀なくされていくのでした。