機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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国連により、攻める戦いを強いられる事となった一行。
その中で、エファンはある、一人の特殊強化モデルを目覚めさせる為、アーステクノロジー本社に向かっていた――


新生連邦本部攻略戦編
第七十六話 強いられる“攻める”戦い


 決死のカーチェイスから三日が経過した。その出来事も大変な事ではあったのだが、今は、シュネルギア、セイントバードの両陣営は国連の命令に従わなければならないという状況に絶望している状況だった。三日経過しても相変わらず現実を受け入れられない人間達。無理もなかった。これから、新生連邦本部を攻略する為に強制的に作戦に参加しなければならないのだから。中でもセイントバードチームのクルーは、この現状に嫌気がさして逃げ出そうとする者まで現れる程だった。

何故自分達が戦わなければならないのか?その気持ちは誰もが抱えている。特にレイは未だに納得出来ずにいた。いくらネルソンやエリィが話しても聞く耳を持たない。

無論、レイ達だけがこのような状態な訳ではない。アレン達もそうだった。新生連邦本部を攻めるという国連のやり方に納得が出来ないのである。

「滅茶苦茶だ!命令によって新生連邦と……戦わないとダメだなんて……俺達は国連の人間じゃない。なのに、何故そんな事が……」

「悲しいですが、それが現実なのです。やはり、この道は避けては通れない道……」

アレンの心境も、レイと同様だった。納得出来ず、ただただ苦悩するばかり。彼の場合は、レイとは違い、国連が新生連邦本部を攻めるという事実が認められないのだ。

レイのように、無理にでも攻める戦いをしなければならないという苦しみとはまた違うものがあった。とはいえ、苦しい事に変わりはない。

「とはいえ、今は向かって来る現実をどうするか……それが課題だな。」

「ええ……」

抗うにも抗えない現実。何故自分達がこのようなことに巻き込まれなければならないのか……理不尽な思いが彼等を更に混乱に陥れていく。

「あのさ、思ったんだ……戦いを止める筈なのに、戦いに協力してるってのもおかしい話だよね。」

「それは……」

元々アレン達はこれ以上の戦乱を起こさないために国連に協力する形で争いに介入している。その最初の行動が新生連邦のオペレーション・デモリッション・クリエイションである。そこから、彼等は新生連邦の攻撃に対して対抗するように戦っている。ダーウィンでもヴァイダーガンダムの破壊をする為に戦っていた。 

ロンドンを壊滅状態に追い遣った凶悪な兵器を破壊し、争いを止める為に戦う彼等。だが、今になって気付くのだ。結局国連も争いを行っているだけだ……と。それに加担しているのではまるで自分達はただ言われるままに戦っているだけじゃないか――アレンにはそのような疑問も生まれていた。

「戦いを戦いで止めるなんて……無理な話なのかな、俺達の行動にそもそも矛盾が生じてる。これじゃ説得力の欠片もない。」

「けれども、人は言葉だけで分かり合う事は出来ません。だからこそ、戦争が起こるのです。互いの力をぶつけ合い、弱者は強者に飲まれます。争いのない世界を作るのは、事実上不可能とも言えるでしょう。ですが、争いを少しでも減らすことは出来ます。私達に出来ることはそれしか無いのかも知れません。」

「けど、次は攻めに行く。これは争いを止めるとは思えない!」

焦りを見せるアレンに、ジャンヌは俯きつつも冷静に答える。その言葉は、アレンの言葉に対する言葉であった。

「いえ、そうでもありませんわ。武力行使により、もしも新生連邦を降伏させることが出来れば今後の争いは少なくとも、大きく減っていく事は間違いないとでしょう。今度の国連の行動は不本意ではありますが、私達の目的としては実は完全に間違いではない……のかも知れませんわね。」

「どうして!?」

焦る様子のアレンはジャンヌの言葉に耳を疑った。

「それは攻め入る事で新生連邦の本部を陥落させることが出来れば地球上の新生連邦の支配圏が大幅に減る事になります。これにより、新生連邦による攻撃を受ける国、勢力が殆ど無くなる事になります。ですから今回の指示に関してですが、私達の目的としては正しい道でもあるのです。」

「けど……これでは……」

「分かっています……辛い事は、勿論。」

攻撃に協力させられることに疑念を抱くアレン。しかし、ジャンヌはこの行動は自分達の行動に矛盾を抱えていないと言う。

「アレン、今は……やはり逃れられない現実からは逃げてはいけないと私は思います。私達は不本意とはいえ、やはり次の作戦には参加するべきだと考えます。」

「そ、そんな事……!」

アレンは思わず反論をしようとした。だが、彼は冷静になって考えた。

攻め入り、新生連邦を攻め落とせば争いは減るに違いない……これが事実なら、自分達の行動としては正しい在り方であると考えられる。納得の出来ない事ではあるが、仕方がないのかも知れない……と、考えた。

「分かって頂けましたか?」

「……悔しいけど、それで争いが減るのなら、今回の作戦には参加する方が良い……のかな。」

アレンも合意した。ジャンヌは静かに、アレンの目を見て頷く。

「これで私達は国連に協力することは決定しました。ですが、問題はあります。」

「……セイントバードチーム……特に、レイか。」

「ええ、彼は大きく反対している様子です。ですが、彼の参戦は恐らく避けられないでしょう。先の戦いで功績を残してしまったのですから。」

レイは今回の事に猛反対している。彼が攻める戦いを嫌う事は、この二人も理解していた。故に、困惑しているのである。

「誰かが、改めて説明をしないといけないのかもな……」

と、アレンは静かに呟いたのであった。

 

 

 

現在、新生連邦軍は焦りの色を隠せないでいた。ダーウィンにてヴァイダーガンダムを失い、その後で現れたデウス残党軍の大艦隊による戦力の消耗……新生連邦上層部は失われた宇宙の戦力を補うために地上総戦力の1/4を月面のシン・ナンナ基地へ送り込んだ。これにより、地上の戦力は大きく削がれることになる。

戦力を送り込んだ後に、新生連邦本部周辺のMSの配備数は以前よりも多くなっていた。地上の戦力が手薄になった今、仮にも本部が狙われては終わりだと察知した為である。その状況の新生連邦を、国連は攻撃しようというのだ。

本部に整備されているMSの数はそれこそ、他の基地に配備されている機体の数の比にならない。幸いなのはヴァイダーガンダムのような戦略兵器が存在しない事だが、それでも強力なMSが多数存在する本部に攻撃を行い、陥落させる事は並大抵の事ではない。

 

 

やがてギルスの宣告を受けてから二週間弱が経過した。現在の日付は二月一日である。つまり、国連による新生連邦軍本部攻略戦決行まで後、二週間に迫っていたのである。その間、世界中では大きな変化が起こっていた。

新生連邦本部は本部の守りを固める為に世界中の戦力を削って本部周辺にMSを多量に配備した。しかしそれが迂闊だったのか、新生連邦本部の守りは頑丈になったとはいえ、世界中の新生連邦の基地のMSの配備が手薄になり、国連からすればそれらは格好の的となっていたのだ。この為、国連の部隊によって新生連邦の基地は襲撃され、新生連邦軍の基地は幾つかが陥落するという現象が起きていた。まさにこれは、ギルスが掲げている武力による平和がなされて行っている瞬間と言えた。

全てはギルスの思惑通りだ。これより、世界中の国連軍が、手薄になった本部以外の新生連邦軍の基地に少しずつではあるが攻撃を始め、攻め落とす事で、新生連邦の支配領土を少しずつ狭めていたのだ。無論、新生連邦軍の全てが敗北したわけではない。いくつかの基地は迫ってくる国連軍を撃退し、生き永らえている基地も存在している。まだ、国連軍が攻撃に転じてから状況が変わりつつあったという事だ。

しかし、新生連邦はこの事態に対して、ただてさえ強化しなければならない筈の本部から、別基地へ戦力を派遣しなければならなかった。こうした事情により、本部の戦力は次第に減少していく。そして、これもまた、ギルスの思惑だったのである。

「予想通りだ……やはり新生連邦軍は不利になりつつある。これで手薄になった本部を叩けば全てが終わる!我々の勝利として!」

つまり、ギルスは最初に世界中の新生連邦の基地に攻撃を仕掛け、その攻撃から生き延びた基地に本部から戦力が派遣される事を読んでいたのだ。それによって本部の頑丈な守りは次第に脆くなっていき、そこへ国連の大戦力が新生連邦本部を叩く。それにより、戦力を確実に消耗させ、確実な勝利を得る。現在のところ、ギルスのシナリオ通りに世界情勢は動いていたのである。

「さあ、来る二月十四日……国連が悪しき新生連邦を断つ時が来るのだ!」

武力による平和。それがギルスの掲げる信念である。彼の思惑は、今まさに功を成そうとしていたのだ。

しかし、その一方で多数の犠牲者も出ていた。罪なき一般市民が国連の攻撃によって命を落としているのだ。だが、決して平和国からそうした情報が流される事はない。都合の悪い情報の隠蔽工作。例え平和国連盟の所属国であろうともこうした事態が起きているという異常自体。その上、こうした内容を告発しようとも国連軍が治安維持部隊を派遣し、こうした反政府活動を取り締まるのだ。そして、不都合な事実はSNSに関しても取り締まっているのが現状だ。民間人のこうしたアップロードや実際に起きている出来事に対する隠蔽工作。それらは、新生連邦が行って来た情報操作と全くと言って良い程同様の事を起こしていると言えたのである。その上での新生連邦議員への裏の接待や高級娼婦といったある種の骨抜き作戦も同時に行われており、次第に新生連邦はその絶対的な力を失っていく。

 そして、平和国連盟はギルスが代表になってから、軍部に力を注ぎ始めており、いつしかその実権も軍部が握っているようになった。これはギルス自体が元々武力推進派の人間であり、今までのチャール・ポレクによる平和主義の存在に対して反対意見を持っていた国連軍の人間がある種、反旗を翻したと言えるだろう。その鬱憤を晴らすかの如く、新生連邦に対して攻撃を加えていく国連軍。そうとなれば、争いが絶えなくなるのは必然だ。世界は益々混迷を極めていくのだった。

 

 

 

世界情勢が変化しつつある中で、エファン・ドゥーリアはアーステクノロジー本社に居た。亡きスルース・ディアンの後を継ぐ一人の男が彼を案内する。まさか、目の前に居る男が先代社長のスルースを殺害した事を知らずに、そのまま移動するのだ。

地下にある、強化モデルの研究施設へ向かうエファン。この時、強化されたクラリス・デイルも同行していた。

「こちらです、少佐。」

研究員はある部屋にエファンを入れた。その部屋の扉を開く為には研究員の指紋が必要である。エファンと共に居たその人物の指紋により、その扉は開かれた。

彼等が入った部屋は多数の縦長のカプセルが置かれている部屋だった。その異様ともい呼べる部屋の中を、エファンは進んでいく。

やがて彼等は一つの檻の近くに辿り着いた。檻の中には、裸で四肢を鎖で繋がれている一人の男の姿があった。目つきが野生の獣のようで、荒い息を立てている。明らかに異様な雰囲気を持っているその男の姿を見たエファンは、研究員に聞いた。

「なんだこの男は?」

「最新の特殊強化モデルです。特殊強化モデルは本来成功例が少なく、今回作り出す事に成功した作品がこの人間、ダウーラ・ダギオンです。」

男の名はダウーラ・ダギオンと言った。凶悪な風貌をしているその男は、研究を睨むように見た後、言葉を発した。

「……イライラするンだよ……」

常に苛立っている様子のこの男。全裸で、筋肉質な印象をもつ男はエファンを見て、睨んでいる。

「ダウーラ・ダギオン。元死刑囚です。12人を無差別に機関銃で乱射し、更生の余地がないとの事で死刑に処された人間です。しかし戦況の変化に伴って特殊強化モデルの実験に呼ばれ、結果的に“戦闘マシーン”に変化を遂げた存在です。」

研究員の言うように、ダウーラは元死刑囚。P.C歴以前のC.Wの時代に故郷のエレメンタルスクールの児童を銃撃。その動機は、“子供の声に苛立った”という身勝手悪質極まりないもの。その残忍性は特殊強化モデルになってからも、恐らく変わる事は無いだろう。

 生まれ持っての邪悪な人間とは、常人には理解出来ない存在だ。それを理解するのは恐らく、困難を極める。優秀な臨床心理士、心理学者であれ、こうした凶悪な存在を理解するのは不可能とされる。仮に理解したとしても、仮説を立てるしかないのだ。

「この男は言語中枢等に大きな問題は無し。特殊強化モデルの中では成功の部類に入ります。」

「ほう、そう言えば特殊強化モデルと言えばデスペナルティ、アトミック、バイラヴァーの三機のガンダムタイプのMSのパイロットも特殊強化モデルだったな。一度その姿を見たが、この男程、冷静に喋っている様子はなかった。殺意を求める本能で動いている存在と呼べた。」

「あれらは生物としての本能を満たさなければ寿命を保てないという致命的な欠点を持っています。今、彼等は辛うじて命を取り留めている状態ですよ。ですが、先の戦いで一人が戦死したそうです。」

それはシエル・ホーンドの事だった。三機のガンダムの内、バイラヴァーガンダムを失った新生連邦。残るはデスペナルティとアトミックのパイロットを務めるニッカ・ドレイクとハーディ・クオレントの二名のみである。

「そうなのか。」

「ええ、情報によりますと……ですが。しかしこのダウーラ・ダギオンは成功作ですよ。出生はともかく、特殊強化モデルは強化モデル以上の身体能力、空間認識能力を求められる故に製作段階で死亡に至るケースが高いのです。ここまでまともに言葉を話す特殊強化モデルは珍しいですよ。研究が、進んできているが故と言うべきでしょうか。」

研究員の言うように、それまでの特殊強化モデルは変わり者が多い。三機のガンダムのパイロットを務めていた三人はコクピットに乗り、戦いを行う時のみ人語を発するが、待機中等では人語を喋らず、ただ唸るだけである。リノアスは口数が少なく、コミュニケーション面での問題があった。最も、それは強化したが故に生じた問題ではあるのだが。

その中で、表情や目付き、息遣い以外はまともに言葉を発するダウーラは研究員にとって確かに成功作と言えたのであったのだ。最も、その性格そのものは残忍極まっているのだが。

「ほぅ、このような実験を行っているのか……成程な、スルース・ディアン氏もこれに関わっていたという事か。。」

「ディアン社長が亡くなられた事は、正直残念です。普通の人間が強化モデル以上の力を持つ人間を作る事が出来るのか。連邦軍の管轄に於いてそれを実行された第一人者がディアン社長なのです。こうした作品を作り出せるのは、彼の研究があったからこそなのですよ。」

アーステクノロジー元社長のスルース・ディアン。この男は多くの犠牲者を出してでも強力な人間を作り出したいという、己の欲に支配された人間である。しかし力を持つ人間を不要としているエファンからすればスルースは敵であり、故に彼の手によって抹殺された。 

しかし強化人間という存在を作り出そうとしていて、それを“作品”として見做す、考えを抱いている人間がエファンの眼前に居た。この時の彼の苛立ちは尋常なものではなかったのだが、この時は平常心を保っていたのだ。

その時、ダウーラが研究員を睨みながら言った。

「おい、早く出せよ。イライラさせんじゃねえぞ……」

「丁度、そのつもりだったからな。その代り襲うなよ。襲えばお前に電流を流す。」

そう言うと、研究員は所持していたボタンを押した。するとダウーラを繋いでいた鎖が外され、檻が開かれた。すぐにダウーラはその場所から出てきてエファンと研究員の前に現れる。

「ハッ……やっと外に出られた。」

解放された事を受け、ダウーラは御機嫌な様子だ。しかしその表情は笑っているのだが、純粋な笑顔とは言えないような表情を浮かべており、一見怒っているようにも見える。

「随分と凶悪な奴を作ったものだな、これでも“成功”と呼べる人間なのか。」

「んだと……?」

ダウーラはエファンを睨んだ。しかし――

 

ドクン

 

まるで心臓の拍動のような音と共に、エファンの目が見開かれる。ダウーラはこれによって頭を抱え始めた。

「うおっ……!?何だこいつはァ……!?」

歯を食い縛り、苦しみ始めるダウーラ。エファンは見下すように男を見ていた。

「いくら特殊強化モデルとは言え所詮はオリジナルの力を持つ存在には叶わんよ。これが何よりの証拠だ。」

その様子を見ていた研究員は呆然とした。そんな研究員を見たエファン。すると、それに気付いた研究員は息を飲んでエファンと目を合わせる。

「少佐は……何者ですか?このダウーラを睨んだだけで苦しめさせるなんて……」

関心を抱いている様子の研究員。彼に対し、エファンは静かに、言った。

「私はアドバンスドタイプだ。」

 

ジャキンッ

 

自らの存在を明かしたと同時に、エファンは突如銃口を向けた。その様子は、以前にスルースを殺害した時と酷似している。

「な……何の真似ですか!?」

驚愕している研究員だが、エファンは淡々と語り続ける。

「私は力を持つ存在は絶対に排除しなければならないのだ。幸いなのはこの男が強化モデルであるということ。だから利用価値はある。不必要になれば私の手で消せば良い。だがな、そのような存在を量産するという事は私が許さん。」

「そ……そんなの……勝手過ぎる……」

怯える研究員。しかし、エファンは躊躇う様子を見せない。

「強化した人を“作品”と扱うのが研究者のやる事ならば、死ぬ方が良いだろう。増してやそれが戦争の潤滑油を生む存在ならば、消え失せる他にない。失せろ。それが例え、このような元死刑囚であろうとな。」

 

パァンッ

 

その言葉の後、銃声が部屋の中で響いた。エファンの眼前には頭部から噴水のように血が溢れ出ている研究員の姿があった。既に息はなく、即死だった。その光景を見たクラリスの表情は、全く動じている様子は無かったのである。

「研究とは本来人が豊かになる為の崇高なる行為の筈だ。戦争の道具を生み出す等、言語道断。」

「ハッ。」

この男の言動は矛盾している。強化モデルの存在を許さない彼は、クラリス・デイルを強化モデルに仕立て、部下としている。そして、強化モデルの存在を“戦争の潤滑油”として見做しており、それに対し嫌悪を抱いている。その結果、研究員を殺害するという凶行に至った。この矛盾は何を示すというのだろうか。

やがて、エファンはダウーラの姿を見た。既にダウーラには頭痛がなくなっており、普通に行動が出来るようになっていた。

「イライラが少し消えた。こいつぁ、俺を尽く脅してくれやがったからな。何も出来ねえ俺を。」

「そうか、それは良かったな。」

冷淡にダウーラをあしらう。しかしダウーラは荒い息を立ててエファンを睨んだ。

「けどお前……俺を利用するっつったな。不要になったら消すとか言ったよな?」

「そうだ、それがどうした。」

エファンの言葉を聞き、ダウーラはどこか、怯えている様子を見せた。

「せっかく外に出られたのにお前に消されるのはごめんだ。冗談じゃねえ。それこそてめえの自分勝手じゃねえか……。イライラさせやがる。」

特殊強化モデルの中でも成功に部類されるダウーラは、エファンの行動の異常さに気付いている様子だった。この男が放つ異様なプレッシャーは特殊強化モデルの彼をも、飲み込んでいるのだ。

「今、消されたいのか?」

「ヘヘ……あれだ、つまり……お前は俺を手駒にしてぇんだ。言ったもんなァ。利用価値があるってな。」

「フン、やはり死ぬのは嫌か。」

「そりゃな。せっかく出られたのに何もしないで死ねるかよ……」

怯えていながらも、強気な言葉で返すダウーラ。

「では大人しく私に従え。」

エファンは微笑しつつ言った。すると、ダウーラも微笑しながら言う。

「ご主人様って訳か。お前が。」

「そうだ。それよりも、その口調は治らないのか?従う以上はそれなりの言葉遣いであってもらいたいものだがな。」

「そーいうのは無理な相談だぜ。」

「そうか……まあ、この際何でも良いがな。所詮強化モデルだ。強化モデルは、人形も同然といった所か。哀れな人形……」

「んだと……?」

エファンの言葉に怒るダウーラ。その際にエファンが見せた目を見た瞬間、ダウーラはすぐに対抗する姿勢をやめた。彼から放たれるプレッシャーが、ダウーラの行動を止めるのである。

「ハハハ、こりゃ参ったな。何も出来ねえ訳だ。お前の前じゃ。」

「だからと言ってこの研究員のように束縛はせんよ。そうだ、お前は外に出て何がしたい?」

唐突なエファンの質問に、ダウーラが凶悪な面構えで笑いつつ、嬉しそうに答える。

「戦いだ……戦いがしたい。俺の腕を試してぇ……早く乗せてくれよ。MSにさ……」

「そうか、分かった。だがお前をMS乗せることになるのは二週間後になる。それまではシミュレーション等で感覚を養うんだな。」

エファンがそう言った直後、ダウーラに変化が見られた。ただでさえ荒い息を更に荒くさせ、急に大声を上げた。

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!俺は今すぐ戦いてぇんだ!戦わせろ!それをお前は邪魔するってか!?ふざけんなぁ!アアアアア!!!アアアアア!!!イライラが募る!!!戦わせろ……戦わせろォォォ!!!」

ダウーラは大声で叫びながら、側にあったカプセルを素手で割り始めた。それはガラスで出来ている為、この男の両手は切れて血まみれになる。しかしそれでも男は止める気配がない。苛立ちが、男を支配しているのだ。

「やれやれだな。これが“成功”と呼ばれる存在なのか。」

 

ドクン

 

その様子を呆れた様子で見ていたエファンは、先程と同様に目を見開き、ダウーラの暴走を止めた。

「うおおおっ……!」

頭を抱え、再び苦しむダウーラ。その状態を一分程続けた後に彼は目を静かに閉じた。それと同時にダウーラの頭痛がなくなっていく。

「ハハハ……お前……やっぱりすげえ奴だな。気に入った……二週間ぐらい我慢するぜ。その前に服くれ、服。」

「後でな。まあ……私は気に入るつもりはないがな。行くぞ、クラリス。」

「ハッ。」

エファンは新しい手駒を手に入れた。ダウーラ・ダギオンという名の男。常に苛立ちを覚え、そして殺人衝動に駆られている危険人物。だが意思自体はまともで、他の特殊強化モデルに比較して成功の部類に入る、男。

しかし、エファンはそのような男であれ、いずれは殺すことしか考えていない。結局彼にとって強化モデルであれ、力を持つ存在は邪魔以外の何者でもない。

(ダウーラ・ダギオン。こいつは利用するだけ利用し、そのまま戦場で戦死する事がお似合いだ。私の計画の為に。)

この後、エファンは研究施設に残された残り二人の強化モデルと共に移動する事になる。ダウーラ・ダギオン以外にも二人が必要だという、エファン。果たしてその目的とは、一体。

彼の計画とは何か。その為に特殊強化モデルを利用する男、エファン。

力を持つ存在を否定し、その上で力を持つ強化モデルを利用する彼の行動の矛盾は何を示すのか。彼は一体、何を目的に動いていると言うのだろうか。

 

――――――――――お前をMS乗せることになるのは二週間後になる――――――――

 

先程のエファンの中に一つ、奇妙な言葉があった。二週間後は国連が新生連邦本部に総攻撃を行うことになっている。国連内部にしか知らないそれらの事情を、彼は既に知っているというのか。

 

 

 

アステル家ではジンクが世界情勢を見て複雑な表情を浮かべていた。国連が優位になりつつある世界。だが、本来戦争を行わないはずの国連が積極的に戦争を始めている。そして罪なき人々が亡くなっている事実に対する隠蔽工作……これでは、新生連邦軍の行っている方法と何ら変わらない。このような国連に対し、ジンクは怒りを隠せないでいた。彼は国連の隠蔽工作を知っている。それも、ギアという、国連の一部代表を務める友人がこの情報を彼に事実を伝えていた為である。

彼の部屋にはモニターが置かれており、そこには現在の世界の領土図が示されていた。それぞれ赤と青色で分けられており、赤い部分が国連であり、青い部分が新生連邦の領土ということになっている。現在世界は赤の部分が多い。

そのモニターを見た後に、ジンクは一言呟く。

「ジャンヌ達も可哀想にな……不本意な戦いに巻き込まれるとは。が今は我慢して欲しいものだ。今度の戦いは、今後の世界情勢於いて非常に重要な物となるだろう。」

戦いを強制させられているジャンヌ達。ただ、ジンクはそんな彼女達に対して哀れむ言葉を呟く同時に、意味深な言葉を呟いた。

 

ガチャ

 

その時、ジンクの部屋にある一人の男が姿を現した。その男の姿を見ても、ジンクは動じる様子もなく、寧ろ、歓迎した様子で言った。

「いやあ、国連の人間の網の目をくぐるのに一苦労しましてね。変装や国籍を誤魔化した結果、ようやくここに辿り着くことが出来ましたよ。」

男はジンクとなれ親しい印象を持っている。彼に対してフランクな印象を持つ、ジンク。

「お前は国連の一部代表なのだからな、無理もない。」

「おや、貴方にしては珍しく寛容なんですね、ジンク。」

「別に珍しくもないだろう、ギア・ジェッパーよ。」

ジンクの部屋に入ってきた男の正体は、ダーウィンで国連の一部代表を務めるギア・ジェッパーだった。何故、ダーウィンにいたはずの彼が今アステル家の豪邸にいるのか。

それは二週間前に遡る。ギルスからの命令を受けていた国連軍は、それぞれ納得のいかない状態が続いていた。その際ギアはジンクと連絡を取り合っており、そして変装し、国籍を偽装してローマに向かい、現在に至るという訳である。彼等は元々友人同士であり、幾度となく連絡を取り合っている仲ではあったが、ここに来て両者が直接対談をする必要は、果たしてあるのだろうか。

「さて、現在の平和国連盟はギルス・パリシム代表がその実権を握っており、その波紋が世界中に広がっています。武力による平和。その思念を掲げ、あのダーウィンでの戦闘以降、既に現在まで幾度も世界中の新生連邦軍の軍事基地に対して攻撃を行って来ました。その上でのデウス残党軍の出現。これにより、新生連邦軍は全盛期と比較して大きく戦力を減少する事になったと言えます。」

現在の世界情勢について語る、ギア。

「これだけに関してはギルス・パリシムの手腕は間違っていないと言えます。それ故に本部への攻撃を促していくというのは戦略としては間違っていないと言えるでしょう。新生連邦という脅威を叩くチャンスなのですから。」

それ故の今回の作戦への強制参加である。それの拒否は、許されない事だ。

「そして、その作戦の中にアステル家の強制参加をさせている目的の一つが、アレン・レインドでしょう。」

「何故、そう思う?」

ジンクが聞いた。

「彼は元々地球連邦軍にてデウス動乱の英雄と呼ばれていた男です。その彼が国連と協力して、かつて所属していた連邦と戦うという構図は平和国連盟側からすれば良いプロパガンダにもなり得ます。」

地球連邦軍に所属していた、かつてデウス動乱の英雄と呼ばれている人物が新生連邦と敵対するという事は、平和国連盟にとって都合の良い物語に仕立てる事が出来る。

アレンは有名人だ。その彼が今、敵対している組織と戦うという事は世間へのアピールとしては都合が良いものと言える。平和国側からすれば、それ故の強制参加の意味もあるのかも知れない。

「ですがこれら以外にも大きな問題があります。この短期間で新生連邦と国連の戦闘巻き込まれた民間人の数も膨大なものとなりました。その数は分かりません。そして、平和国連盟は国連が仕掛けた戦争によって民間人が巻き込まれ、死んでいったという事実に対し、新生連邦同様に隠蔽工作を行っています。」

ギアが言っているのは、国連の武力行使だけでなく、それに対する犠牲者の情報の隠蔽工作の事だ。平和国連盟は、アレンのプロパガンダ利用だけでなく、そうした事を、裏で行っていたのである。

「それは聞いている。所詮、今の奴等は新生連邦軍と何ら変わらない存在だと言う事だな。」

ジンクは、静かに呟く。現在の国連の武力行使は新生連邦のそれと何ら変わらず、不都合な事情は全て隠蔽するという状況。これでは、新生連邦のやり方と何も変わらないのだ。

「その事は、ジャンヌ達に伝えていないのか?」

「……ええ、今はまだ。彼女達は国連の武力行使に疑念を抱いておりまして、今はその事を言わない方が良いでしょう。」

「何故?」

「もしそれを知ってしまえばジャンヌ嬢自身の考えを変えてしまい、国連そのものを見兼ねて離れてしまう可能性があります。そうなれば“今の私達”にとっては不都合でしょう?」

二人は何かを起こそうとしている。会話内容からそれは分かるのだが、何を起こすのかは不明だ。

ギアの言葉を悟ったジンクは、静かに頷いた。

「うむ……成程な。確かにそれを知ればジャンヌ達が今の国連を見限る可能性は十分に有り得る……この状態で事実を伝え、離れてしまってはやがては奴等も困惑するだけだ。」

テーブルに置かれていた紅茶を一口啜り、ジンクは再び喋り出す。

「しかし、平和国連盟もチャールの頃と比べて随分偉そうになったものだな。今までは攻撃されるまでは一切攻撃を加えない大人しい連中が今ではひたすら武力行使なのだからな。おまけに隠蔽工作と来たか……」

「まあ……常識的に考えて、武力行使に対して反撃を行えば、また再びそれらに反撃する為に武力行使を行う……そしてどちらかが滅び、どちらかが生き残るまで戦争は続く。本来の戦争の有り方です。そして、ギルス・パリシムの意向によって軍部が力を得れば、今度は常に武力行使。本当に、先のデウス動乱で一体何人もの命が亡くなったのか分かっていないようですね。そして亡くなられた罪なき一般市民の情報を隠すと言う隠蔽……確かに、支持者の信頼を下げない為にも情報操作は一種の戦略と言えますが……ね。」

「それもそうだが、国連からすれば我慢が出来なかったのだろう。ロンドンを襲撃した巨大ガンダムの存在……それによっていつまでも受け身でいる考えは捨てるべきだという考えが生まれるのは無理もない。そこであの男が代表に就任したと言う訳だな。その際に不自然なチャールの死が生じているのだが。」

ジンクはモニターを眺めつつ言った。赤く彩られている世界地図が増えつつある世界を見て、静かに溜息を吐く。

「確かに気になるところではありますね。まさかチャール・ポレク前議長は自殺ではなくて殺害された?そして殺害した犯人はギルス・パリシムなのでしょうか?これは考え過ぎかも知れませんが……」

ギアが静かに呟いた後、ジンクは言った。

「ギア、そもそも、何故ソネル・パリシムが暗殺された後に副議長として、ギルス・パリシムが選ばれたのは何故だと思う?」

この質問に対し、ギアは静かに、言った。

「……西洋にある国連への兵器を生産している軍事産業、サイラックス社。これが大きく関与していると予想出来ますね。」

「ああ、随分と分かりやすい構図だ。我々もそうだが、軍事産業は“死の商人”と言われている。ギルスが戦争に賛成派だとして、軍備増強を徹底するとすれば当然サイラックス社はそこを全面的にバックアップするだろう。兵器を作れば作る程利益を得られるからな。」

元々、ギルス・パリシムが副議長に当選したのはサイラックス社による恩恵があったのが大きい。その上で何らかの力が動き、チャール・ポレクが死に、そのままエレベーター式にギルスが議長となる。そうなれば、絶対的な権限はギルスのものとなる。その効果は絶大であり、軍備増強に使われ、利益を得られるのならば喜んで出資するだろう。

事実、ギルスが議長になった事で、ヴァントガンダムといった国連軍への兵器の生産が進んでいき、それが機となり、サイラックス社は莫大な利益を得ることが出来た。

「そして、ギルス・パリシムは既に当時の平和主義に反対する一部代表達を既に手玉に取っており、彼等からも多くの指示を集めていたと言います。その上でのヴァイダーガンダムのロンドン襲撃というタイミングが余りにタイミングが良すぎた。」

「その結果が戦争を求める世論を作り出した……全ては、ギルス・パリシムの計画通りという訳だな。」

ジンクは腕を組み、この世界情勢に対して何度か頷く様子を見せた。

 恐らく、全てはギルスの計画。故に今、男は平和国連盟の最高議長として君臨しているのだ。

「ジンク。あと一つ、気になる事が。あの男がサイラックス社のバックアップで動いているのは分かりましたが、それ以外にも平和とは違う、何かを別の目的で行動していると思えるのです。どの道あの男は危険である事に変わりはありませんが。あの男が国連の代表であってはならない……そうは思いませんか?」

「無論だ。だから私とお前がここにいるのだろう?」

「……そうですね。」

この二人は明らかに何かを企てている事が会話で明らかになった。現在の国連議長であるギルスを快く思わない両者。この国連のやり方に対して異を唱えたいのは分かるが、何故隠蔽工作の事実を今、ジャンヌ達に伝えると都合が悪いのか?それはまだ分かっていない。

「この戦いによって国連が勝利を迎えようと敗北を迎えようが、どの道これによって世界は余計に混乱に陥ることだろうな。」

「そうですね、国連からすれば〝新たなる敵〟が出現する訳ですからね。余計に平和とは程遠いものになりますが、現在の平和国が作り出そうとしている〝偽りの平和〟の世の中になるよりはましだと考えていますよ。民間人の犠牲者の隠蔽をして平和を勝ち取るなど……そんな汚い連中に平和は作り出させませんよ。」

ギアはうすら笑いを浮かべた。ジンクも同様に静かに笑っている。

「我々は兵器を作っている。その時点で平和とは程遠い存在なのだがな。ギア。お前の考えには全力で協力させてもらう。その面白いアイデアは気に入った。バックアップは任せてもらおう。」

「ありがとうございます。ジンク、貴方に相談して良かったですよ。」

「長い付き合いだ。これぐらい何ともない。地球圏の真の平和は先延ばしになるが……今の平和国連盟に支配されるよりはましだな。ただし、厄介な存在はまだいるぞ。」

「……デウス残党ですか。」

以前に、新生連邦軍の宇宙軍本部のある月面基地であるシン・ナンナ基地へ総攻撃を仕掛けたデウス残党軍。これにより、地球圏では力を失われていたと思われていたデウス帝国が再び侵攻を行ったという事実が民衆に認知されていった。現在の新生連邦軍を不利な状況へ追い遣った元凶がこのデウス残党軍である。

「元々、我々アステルもデウス残党にMSを提供したものだ。だが、今となっては奴等にMSを提供する気にはなれん。決してな。」

「決心は、御固いようですね。そうであって下さると尚ありがたいです。」

ギアは静かに頭を下げた。

「私自身も嫌だが、何よりも娘がデウスに協力する事を拒むだろうな。奴等も今更地球圏に現れて支配を目論んでいるのだからな……馬鹿馬鹿しいものよ。」

「フフ、そうですね。けれどもデウス帝国とは確実に戦争になると思われますよ。彼等の目的が地球圏の支配だというのなら、それを阻止するのも我々の役目ですからね。」

「無論、その時はその時だ。戦わなければ生き残れない。デウスに協力していたのはあくまでも過去の話。そのような過去に縛られるようなことは我がアステル家はない。我等は己が道をゆく。今更デウスに強力などせぬわ。例え連中が以前の新生連邦のように交渉をしてきて、それを我々が拒み、その腹いせに攻めてくる事態になってもな。」

「流石、ジンク・アステルですね。」

ギアは感心した様子で言った。ジンクはデウス帝国が例えアステル家に協力を依頼してきても、断固として拒否する姿勢でいた。彼は、今のデウスを亡霊のような存在だと認識している。そんな亡霊が今更になって現れたという事に、ジンクは苛立ちを見せていた。

「それに、今更亡霊共が来たところで何が出来る?奴等は先の大戦で大敗をした。なのに、未だに地球圏を我が物にせんと、戦おうとしている。それがいかに無謀で愚かな事であるのかを何も分かっていないのだ。だから今更になって地球圏に姿を現すことが出来る。情けない連中だ、奴等もな。」

「その言葉は支えになりますよ。」

「さて、我々も停止していた工場を“再開”しなければな。そして、“戦艦”の建造も急がねばならん。ギア。そちらも上手くやってくれる事を期待しているぞ。」

元々アステル家には軍事工場が敷地内にあった。現在はそれは停止しているが、この世界情勢を見て、再開をしようと考えているのだ。そして、“戦艦”の存在とは……?

「ええ、分かっていますよ。世界を、これ以上アルメジャンのようにする訳にはいきませんからね。」

彼はアルメジャンでの新生連邦の虐殺事件で彼は平和国調査団を率い、調査を行っていた。そして、惨い現実を知った――

「さて、そろそろ私は再びダーウィンへ戻ります。そして、ジャンヌ嬢達と共に行動します。様子を見る為に……ね。」

すると、ギアは立ち上がり、部屋から出ようとした。その様子を見てジンクが一言掛ける。

「待て。随分と早いのだな。」

「今回はあくまでも打ち合わせです。また後日連絡をさせて頂きますよ。あくまでも、今の我々は様子を見ることしか出来ませんからね。」

そう言いながらギアは眼鏡を一度取り、レンズを乾いた布で拭いて再び眼鏡をかけた。

「……そうだな。その前に、お前はジャンヌ達と共にすると言ったな。」

「ええ、それがどうしましたか?」

「シュネルギアに同乗するということか?」

ジンクの質問に対し、ギアは少し黙り込む。少しの間が空いた後にギアは答えた。

「ええ、あくまでも様子見の為に。」

「そうか。とりあえず一言言わせてもらう。絶対に死ぬな。お前が死ねば計画は全て台無しになる。」

ジンクは〝死ぬな〟という部分を強調して言った。ジンクにとって死なれては困る存在であるギア。それは友人として思いやりを込めて言っているのか、それともジンクのいう、〝計画〟の重要な役目を果たす存在がギアであり、それで死なれては困るのでそう言っているのか……その真意は定かではない。その言葉に対し、ギアは静かに答えた。

「ええ。死にませんよ。ただ、激戦になるのは間違いありません。何せ相手は新生連邦の本部。ダーウィンでの巨大ガンダムのような機体はいないとはいえ、恐らくあの戦い以上の激戦が待ち受けているでしょう。その中で私が死ぬ確率は十分に有り得ます。ですが私は死にません。私が生き残ることで、未来は変わるのですから。」

ギアは自信有り気にその台詞を述べた。彼の存在によって一体世界はどうなっていくのか……それは両者しか今のところ分からないのである。

「お前に死なれては全てが狂う。頼むぞ、ギア。」

「ええ、承知ですよ。」

そう言ってギアは去った。友人の後姿を見送った後、ジンクは静かに紅茶を飲み、引き続きモニターを見ていた。

 

ジンクの下を去ったギアは、広い廊下を付き添いの人間に連れられながら、少しばかり考え事をしていた。

(ギルス・パリシムに対抗する為の力はこれだけでは足らない。奴は既に多くの一部代表を味方に組み込んでいる。その上で軍に力を持たせている。ならば、そのギルス・パリシムという人間に不審を抱かせる為の決定打が必要だ……)

眼鏡の奥に光るその目は、何を見ているのか。今のギアの考えは、読めない。

 

 

 

セイントバードチームとシュネルギアは今、平和国連盟の本部のあるニューヨークに向かっている。不本意ながら、両艦は今回国連と共に戦う事を決定していた。この決定に逆らう事があれば、国連によって殺される。このような理不尽な要求を受けている以上、従わなければならなかった。しかし、セイントバードのクルーの中でこの事に、未だに納得が出来ていない人間がいた。レイである。

目の前の現実に対して納得が出来ない様子のレイに、声を掛ける人間が、一人。スバキである。

「お前……その、大丈夫か?」

「僕は、分からない……どうすれば良いのか、何をすれば良いのかが、全く。」

今までは守る事を考えて戦っていた。それで、セイントバードや仲間を守ることが出来ればそれで良かった。それを続けていければ良いとばかり、思っていた。

 だが現実はそうさせない。攻める戦いを強いられる。それに反論すれば、殺される。何故このような状況に陥らなければならないというのだろうか。

「……スバキは何とも思わないの?」

俯きながら、レイはスバキに聞く。

「思わない訳ないだろうが!私だって……正直辛い。だって戦争を仕掛けに行くんだろ?」

「ただの戦争だけじゃないよ。今度は攻めるんだ。僕、襲って人を殺すなんてしたくない。その人が許せない人間じゃない限りは、絶対に……」

レイの表情は暗いままだった。目線は下を向いており、静かに溜息を吐いている。そんなレイを見てスバキは言った。

「最近のお前、よく溜息ばっかり吐くよな。」

「え……?そう……かな?」

ヴァイダーガンダムとの決戦以前から、レイは暗い表情を浮かべる事が多くなった。無理もない。自身の出来事を含めた予想外の出来事が重なり過ぎている。レイ自身に疲れが出て来ているのだ。

「溜息なんてマイナスになるばっかりだと思うんだよ。だったらさ、一息一息思いっきり吸いこんだら?それで吐いたら溜息じゃなくて深呼吸になる!深呼吸って良いイメージだろ!?だからさ……どんなに辛くても深呼吸して落ち着かせたら良いんだよ。な?」

「深呼吸……か……」

レイの肩をポンと持ち、スバキは笑みを浮かべて言った。彼女の言った言葉は、元気のない彼を励ます、彼女なりに考えたせめてもの言葉だったのだろう。

「ていうか!お前がそんなんじゃリルムがもっと心配になるだろうが!前だって変な奴に連れ去られたって聞いたぞ!お前が頑張って、助けたんだろ?それで、良いじゃないか……」

そう言うスバキの表情は、どこか暗い。目はレイをじっと見ているが、口角は下がっているように見える。

「うん、そうだね……リルムを心配させたくない……守らなきゃ、絶対に……でも、守る為に攻める戦いをするって事……?」

言葉が混乱している。守る為に動いているのに、攻める戦いをするという状況に、レイはただ、分からないで居たのだ。

(分からない、分からないよ……)

一体、自分は何の為に戦っているというのか。守る為の戦い?攻める為の戦い?守る為に攻める?様々な言葉が一度に集い、レイを余計に困惑させていく。

 自分はどう在れば良いのか。今までなして来た事を否定しなければならないというのか。それが分からないまま、彼は苦悩している。

 

「レイ?」

そこへ、アレンがココットと共にその場にやってきた。苦悩している様子のレイを見て、アレンは心配そうな表情を浮かべている。

「やっぱり、心配していた通りだな……」

レイの表情は彼の予想通りだった。攻める戦いをしなければならないという事に対する苦悩を抱いているレイ。側に居たココットも、彼に声を掛けた。

「この前の戦いでは頑張ってくれてたんだよね、君。なんだろう、前に見た時より垢抜けているようには見えるな。」

それはロンドンで会った時やシュネルギア内で会った時だ。その際、レイはアステル家そのものに不審を抱いていたが、今は違う。

「僕、やっぱり分からないです。どうしてこんな状況に置かれているのか。ただ、納得がいかなくて。」

無理もない。突然強いられた状況に困惑するのは至極当然だ。

(そもそも、自分自身がどんどん普通から遠ざかっているのに、駄目だ、分からない事ばかりが起きるな……)

レイの不安はそれだけに留まらない。自らの身体の変化も、悩みの一つだ。“光る”事を経験したレイはジャンヌにその事を相談したが、根本的な解決には至っていない。その上での今の状況は、彼自身を更に追い込んでいくのだ。

「レイ、ちょっと良いか?」

「え?」

するとアレンはレイの手を引っ張って廊下の曲がり角まで移動した。ココットとスバキを、その場に残したまま――

 

 

「あの、何でしょうか?」

少しして、アレンとレイはスバキとココットからは死角になっている廊下の曲がり角に辿り着く。そこでアレンは口を開いた。

「お前も知っての通りだけど、今度の戦いは壮絶なものになる。そして、お前の否定していた、〝攻める戦い〟をする事になる。その様子だと、まだ覚悟は決められていないみたいだな。」

多くの悩みを抱えているレイに声を掛けたアレン。思えば、彼等がこのように二人で話す機会はいつ振りだろうか。互いに対立した時から、二人だけで話をする機会など、今までなかったのだ。

「無理もないよ。そもそもセイントバードチームが巻き込まれる時点でおかしいんだから。お前はずっと守る為に戦ってきたんだろう?戦争を仕掛けに行くなんて初めての事だろう、辛いのは、分かる。」

アレンの表情が険しい。彼自身も、悩んでいるという何よりの証拠と言える。

「僕は……守る事しか出来ません……わざわざ戦争を仕掛けに行くなんてこと出来ません……したくないです……逃げたいです……けど逃げられない……辛いです……僕……」

二人きりの状況で、レイは感情を吐露していく。目元が潤いを帯びている。この短期間で感じた多くの出来事が溢れ出ているのだ。

「それに俺がお前と話そうと思っていたのはその事だけじゃない。お前自身についてだ。」

「僕自身の事ですか?」

この時、アレンにはやや、躊躇いがあった。しかし、今のレイにとって重要な話であると思っていたアレンは、思い切って話を振る事にしたのである。

「アドバンスドタイプについてだ。」

「!」

レイの眼が開かれた。未知の力、アドバンスドタイプ。それが何者なのか、レイには分からないままだ。

 以前にジャンヌに諭された事があった。その力について。多くの謎が残っている未知の力。何よりも、自身が光るという妙な経験をした事。レイはそれに怯えた。そして、それは今も大きくは変わっていない。

「僕は分からないです……そんなの、聞いた事もないですし……」

光る事に対して怯えているレイ。それに対し、アレンは言った。

「俺もそうだったよ。」

アレンの言葉に反応するように、レイは顔を上げた。

「俺の場合、その経験をしたのは戦争中だった。死ぬかも知れないって瞬間が戦闘中に訪れて……その時だ。俺の身体が光ったのは。」

デウス動乱の英雄と呼ばれたアレン。彼のその力の根源の一つ、アドバンスドタイプ。当然ながら、彼は今の力を全て受け入れている訳ではない。特に、戦時中に初めてその力が発揮された時は彼自身動揺もしたし、困惑した。

「あの時は多分、今のレイと同じ感覚だったんだと思う。怖いっていう感情が上回っていた。自分が何者なのかって考えた事もあった。」

今でこそ淡々と語ってはいるが、アレンは恐怖を抱きいていた。その力が何なのかも分からぬまま、デウス動乱を乗り切ったのである。そして、今に至るという事だ。

「残念だけど、これに関しては俺自身、分かっていない事が多い。だけど、お前は生きているじゃないか。大切なのはお前自身がそれをどう享受するかだ。」

「享受……」

レイは、ジャンヌの言葉を思い出した。

 

―――――――それが自分に定められた道なのなら進むしかないのです――――――――

 

運命ならばそれを受け入れるというのは、時に残酷な言葉に聞こえてしまう。だが、それは正論でもあり、身体、疾病に関しては医学的処置が可能でない限りは誰かによって曲げられる物でもない。

 アドバンスドタイプに関しては未確定な事が多い。それ故の戸惑いや悩み。現状をどう向き合うか。それが大切なのだ。

「たから、お前がそれに怯える必要はないんだよ。お前は、お前なんだからさ。」

その言葉に対し、レイは考えていた。

(アレンさんと初めて会った時、感じたあの感覚って、もしかしたらアドバンスドタイプの力があったから僕はアレンさんを感じる事が出来たのかな……)

彼等の最初の出会いはアレキサンドリアだ。そこでアレンの優しい感覚が気になったレイが、一人街に出た時に悪人に襲われ、そこからの繋がりである。

 思えばその時からアレンの力には気付いていた。そして、それが今になって自らに発現したという事なのか。

「レイ、お前は今も辛いと思うか?」

「えっと……」

それはどういう意味で言っているのかは不明だが、確かにレイは二つの意味で苦悩している。攻める戦いを強いられる事と、自身の、アドバンスドタイプの事についてだ。

「辛くないと言えば、嘘になります……」

レイの表情は固く、そして、暗い。アレンが言葉を言っても、どうすれば良いか分からないで居る状態だ。

「そっか。俺もだよ」

 

ギュッ

 

すると、アレンは突然レイを抱き締め始めた。

突然の柔らかな抱擁に驚くレイ。ましてや相手はアレンと言う男性である。驚きと同時に焦り、戸惑いがレイを包んだ。

「あ、あの……ちょっと……アレンさん……?」

「俺はね、こうしてお互いの辛さを理解し合おうと思ってるんだよ。」

「お互いの……辛さ……ですか?」

「辛い事は一人で抱え込むことじゃない。一人で悩んでも辛いだけ。だけど同じ辛さを持つ人間がいるとすれば?例えば俺とかね。好きでわざわざ攻める戦いをするなんて誰がするものかって話だ。レイの気持ちは痛い程分かる。だから……」

「アレンさん……」

レイは思った。結局自分だけが悲しい訳ではないと。現に、エリィやネルソンも納得のいかない表情を見せていた。その中でも二人は辛い中で運命に従うことを決めた。

これはアレンも同様なのである。レイはこの時、自身が我儘を言っていた事に、改めて気付かされたのだ。

「知らない力が目覚めて、その上で戦いの強制なんて辛いよな……そうだ、そうに決まってる……」

アレンの言葉が、優しくなる。妙な感触をレイは抱いている。

「けど、俺の中ではさ、新生連邦の決戦が終わって、勝利出来れば、もう地球上での戦いは無くなるんじゃないかって淡い期待を抱いている自分も居る。」

「え……それって……」

思えば、次の戦いは新生連邦本部への襲撃だ。これがもし成功すれば、地球上の勢力として、新生連邦の存在は無くなる。彼等はその拠点を、変更せざるを得なくなるのである。そして、平和国連盟が地球圏に於いて実権を握る事になるのだ。

「だから、例え強制される戦いだとしても、勝つ事が出来れば新生連邦の脅威は減る事になるんじゃないかって話だ。」

その言葉はレイにとって朗報に聞こえた。

 そもそも故郷に帰る事が出来ないのは新生連邦に彼の事が知られている事が原因であり、新生連邦政府の打倒がもし実現すれば、その脅威に晒される事は無くなると言える。そうなれば、彼は周囲の人間を巻き込む事は無くなる。

 しかし、一方で攻める戦いをするという事への葛藤は、レイを困惑させていくのだ。

(もし、これで戦いを終わらせられるのなら確かに僕はリルムと一緒に故郷に帰る事が出来る。それは、確かに良い事だと思うけど……僕は、どうすれば良いんだろうか……)

次の戦いは、地球圏を支配している新生連邦との決戦のようなものである。彼等を打倒する最大のチャンスであるのだ。

「ま、何にしてもどの道戦いは避けられない。けど、避けられないなりに、お前はお前で出来る事をすれば良いと思う。俺に言えるのはこれだけだ。後は、死なないように頑張って行けば良いと思うんだよ。」

アレンの言葉はレイに刺さった。攻める戦いになる、次の戦闘。だがこれを制すれば戦いは終わる。そうなれば、彼はもう、戦う事をせずに済む。

 自分に出来る事、それは、今まで通り、守りに徹する戦いをするという事。攻める戦いの中で、守る戦いをする。これが、次の戦闘でのレイの役割なのだとしたら――

「僕、やってみます。戦ってみます。出来る事をしたいと、思うから……」

レイは決意した。自分の出来る事をしようと。

 戦闘の方法はどうなるのかは分からないが、攻める中で守る戦いをするという事を、レイは意識していこうと、決めた。

「あの、話が変わるんですけど……」

レイは、この時少しばかり顔を赤めながら言った。

「なんか、恥ずかしいです……ずっとこうして抱き締められるの……」

まさか男であるアレンに抱擁されるなど、思ってもみなかった。故の躊躇いや恥。

 ただ、生理的な嫌悪を感じていない。それはアレンの優しさを感じているが故なのかは不明だ。

「なんかこうしてみると、レイって本当に女の子みたいだな。」

「僕は、男ですよ……」

「知ってる。だけどそんな感じがしないだけ。」

「意地悪です……」

「なんか、可愛いよな、レイ。」

「嫌です……可愛いとか言わないで下さい……」

どこか意味深な言葉を呟くアレンに、レイは内心、戸惑っていた。そもそも何故抱擁を受けているのかが謎な状況。そして、それにどこか安心している、レイ。

「……あ――」

だがその時。冷やかな視線がこちらに注がれているのを感じたアレンは前方を見た。二人は向き合った状態であり、レイは視線を感じる事が出来ない。というのも、彼の立ち位置から見た光景は更に長く続く廊下が見えており、一方のアレンはすぐに曲がり角が見える立ち位置にあった。

この時、アレンは二人の冷やかな視線を感じており、アレン自身も硬直してしまっていた。

「あ……アレン……」

「レ……イ……?」

アレンが感じた視線の主は、ココットとスバキだった。二人とも唖然としており、アレンも開いた口が塞がらない様子だった。

「あ、スバキさん!どうしたの――」

そこへリルムが現れた。唖然とするスバキの姿を見た後、アレンの方向を見る。その瞬間リルムは口をぽかんと開けていた。

異変に気付いたレイは後ろを見る。そこには二人の少女と一人の女性が唖然としている光景が見えた。それを見てレイも口をぽかんと開けた。

暫くして、ココットが瞬きをして言った。

「あ、あああああ……アレンって……その……実は同性愛に興味……あったんだ……?し、知らなかったな……け、けど私……そんなアレンも良いと……お、思うよ……?」

ココットの言葉に硬直していたアレンは反応する。

「あ……その……これは違うんだよ!」

慌てて、アレンはレイを離す。しかし男同士が抱き合っている光景を既に見てしまった三人はこの二人が離れても唖然とし続けていた。

「べ、別に……変じゃないと思うよ……?ほら、別に同じ性別の人を好きになるって話は……その……よく……聞くから……私、浮気とかはされたく……ない……けど……これは……浮気……っていうのかな?」

リルムの言葉がレイを我に返した。彼は急いでリルムの元に行き、肩を掴んだ。

「誤解だよ!僕は男の人に興味とかないから!ね!勘違いしちゃだめだよ!」

リルムは言葉を詰まらせている一方で、スバキは段々と涙を流し始めた。そして、彼女は、次の台詞を言いながらその場から離れて行った。

「ば……バカァァァァァ!!!」

衝撃的な光景を見た為、スバキはこのように叫びながら廊下を走り去る。

「誤解だよスバキ!ち……違うんだ!」

呼び止めようとしてももう遅い。アレンとレイが見せた光景はスバキをどこか、ショックに追い遣ったのであった。

(さ、最悪だ……)

スバキには逃げられ、リルムにも誤解を与えてしまってショックを隠しきれないレイ。一方のアレンもココットに同性愛者疑惑を掛けられてしまい、レイと同様の心境だったという。

 

 

 

それから一週間が経過した。それは、国連による新生連邦への総攻撃まであと一週間しかないことを意味していた。新生連邦軍は各地に戦力を分散させつつ本部の守りを固めている。だがデウス残党が侵攻してきた時と比べて新生連邦の守りは手薄になっていた。

不利になりつつある新生連邦軍。その中で、エファン・ドゥーリアの新たな手駒となった、特殊強化モデルである男であるダウーラが問題を起こしていた。

それは新生連邦本部から離れた、海岸沿いの道路で起こった。人気が少なく、比較的静かな場所であるそこに、一台の車に乗っていた二人の男が凄まじいスピードでそこを通り過ぎようとしていた。しかし男達の目線の先にダウーラが立っていたので慌ててブレーキを踏み、車は辛うじて止まる。そして二人の男はすぐに車を降り、その場にいたダウーラの胸倉を掴んだ。

「何突っ立ってんだよあァ?」

「こいつ、頭おかしんじゃねーの?殺されてえのお前?」

髪を立たせていて目つきも悪い男長身の男と、筋肉質の男がダウーラに対して怒っていた。長身の男はナイフをダウーラの首元に近付け、脅しているようだった。

「許して欲しかったら金出せよ。じゃねえと痛い目見るぜ?」

長身の男は笑いながら言った。しかし次の瞬間――

 

ドゴッ

 

何かを殴るような鈍い音がした。その音がした瞬間、長身の男は倒れていた。見ると、顔面を思い切り殴られており。歯が欠けていた。

「少しはイライラを晴らさしてくれるんだろうな?」

ダウーラが言う。しかし長身の男はすぐに立ち上がり、ダウーラをナイフで刺そうとする。しかしダウーラは男の手を掴み、ナイフを奪っては今度は顔面に蹴りを食らわせた。

「ははははは……殴ってる間は頭ン中がすっきりするんだァ……。けど……足りねえよ。」

「て……てめえ……」

「イライラするんだよ、お前……」

そう言って、ダウーラは奪ったナイフを倒れた男の下腿に思い切り突き刺した。激しい悲鳴と、溢れ出る血液が同時に出現する。

「ぎ……やぁぁぁぁぁ!!!!!」

筋肉質の男はダウーラの凶行に怯えていた。ナイフで下腿を刺された男を見捨てて逃げようとするが、ダウーラは男の行動を見逃さなかった。ギロリと逃げようとする男を睨んだ後、走って追いかけては男の後頭部を殴った。あまりの痛さに倒れる男。そして、男は頭を抱えてダウーラに命乞いをしている。

「す……すみませんでしたぁ……だから……許してぇ……!」

ブルブルと振るえる男を見ても、ダウーラは笑みを絶やさない。

その時、ダウーラの眼に錆びた鉄パイプが映った。彼はそれを見て拾い、不気味な笑みを浮かべつつ命乞いをする男の元へ鉄パイプを持って現れた。

「ハハハ……イライラを、解消させてくれるんだろうな?」

「な……何でもします……!だ……だから……!」

男はダウーラの姿を見ていない。だから、彼が鉄パイプで自分を殴ろうとしている事に気付いていないのだ。懸命に命乞いをする男に対し、ダウーラは言う。

「何でもするのか、ハハハ、そうか!何でもするんだよなァ!?」

そう言った直後、ダウーラは男の後頭部に目がけて鉄パイプを振り下ろした。

 

ドゴッ

 

骨に直撃したような鈍い音が響き、それと同時に男は悲鳴を上げた。

「ぎ……やぁぁぁぁぁぁぁ――」

ダウーラは返り血を浴びた。しかし彼は笑顔のまま男の後頭部を鉄パイプで殴り続ける。それも、頭蓋骨が割れて原形を留めていない脳が飛び出ても構うことなく――

やがて、男は死んだ。鉄パイプで何度も頭を叩かれたのだから無理もなかった。ダウーラは〝イライラ〟が解消された様子で満足そうな表情を浮かべていた。

その際、人の気配を察知したダウーラはすぐに後ろを振り向く。そこには、独特の雰囲気を持ち、狂気に満ちたダウーラですら跪かせる男……エファン・ドゥーリアがそこにいた。

「おぉ……お前か。」

「何をしている。またか……野放しにしているとこれだ。何度人を殺せば気が済む?」

エファンの言うように、事ある毎にダウーラは人殺しをしているのだ。これは彼が乗りたがっているMSに乗る事が出来ないと言う苛立ちから来ていた。常に苛立ちを抱えているダウーラは暴力を振るうことで少しでも苛立ちを解消していたのである。こうした衝動は、彼が元死刑囚であり、罪なきエレメンタルスクールの児童を無慈悲に機関銃で殺害した事から由来するのかも知れない。

「だったら戦わせろよ……イライラするんだよ……戦わないとな……」

「そうやって民間人を殺害しているのか。」

「暴力をしていないと、落ち着かねぇからな……」

エファンとダウーラのやり取りが行われている間、下腿を刺された男は残された力を振り絞ってそこから逃げ出そうとした。が、それをダウーラに見られてしまった。

ダウーラはニヤリと笑みを浮かべた後で鉄パイプを逃げようとする男に向けて振りかざそうとしていた。が、それはエファンに止められる。というのも、エファンが目を見開いたことによってダウーラが頭を抱え始めたからであった。

「ち……邪魔しやがって……ぇぇぇ!!!ガアアアアアアア!!!」

逃げようとする男から見れば、何が何だか分からない様子だった。呆然とするその男に対し、エファンはダウーラを苦しめている目つきで男に対して言った。

「早く去れ。この男に殺されたくなかったらな。」

「ひっ……け……けど……あ、足が……」

「ほぅ、そうか。」

男の言う通り、ダウーラによって下腿が刺されている。だから思うように動く事が出来ないのである。エファンはこの男が下腿を刺されている事を、今知った。

「……面倒だな。まあいい……」

そう言って、エファンは目を閉じた。それと同時にダウーラは身動きが取れるようになる。それと同時に、再びこの男は鉄パイプを持って逃げようとする男に襲い掛かったのだ。今度はエファンの制止が入る事もなく――

 

グシャア

 

下腿を刺されて身動きが取れなかった男はダウーラに頭部を何度も何度も叩かれて死に絶えた。彼が所持していた鉄パイプには鮮血と、一部肉片が付いていた。撲殺された男の遺体は天を仰いでおり、頭部から多量の血を流している。

この壮絶な光景を見ていたエファンは、ダウーラを責める様子は無かった。

「まさか何もせず、許してくれるなんてな。俺の気持ちが分かってくれたのか?」

と聞いた後――

「教養無き人間の末路など、こんなものだ。」

エファンが言った。そして、ダウーラは鉄パイプを持ったまま、空を仰ぎ、口を大きく開けて両手を広げて大声で笑った。

狂気に満ちた男と、この男の狂気に満ちた行為を許したアドバンスドタイプの男。両者は二人の民間人の死体のそばでただ呆然と立ち尽くすだけだった。一方は笑い、もう一方は無表情のままダウーラを見ていた。

 

その後時間が流れて夜になり、ダウーラを連れ戻したエファンは仲間の軍人と共に食事に出掛けた。と言うのもこの日エファンは数少ない休日だったため、彼は貴重な休み時間をそれなりに有意義に過ごそうと考えていたのである。この時、普段はいるクラリスの姿が無かった。だがダウーラは側にいた。というのも、この男の方がクラリスよりも遥かに危なく、休日とはいえ監視しておく必要があると判断した為である。だから昼間の海岸線でエファンはダウーラと共にいたのだ。最も、この時は目を離していた時にダウーラが問題行動を起こしたのだが。

今、エファンとダウーラは黒いタキシードに身を包んでいた。その姿は以前にジャンヌの側近として偽っていた時の姿とよく似ている。一方でダウーラは着慣れない服装に苛立ちを覚えていた。

会食を行っている軍人達はエファンと同僚で、階級の高い者が多い。だがその中でもエファンは一際若い存在だった。階級の高い者達同士の食事の中で、ダウーラの存在は場違いと言えた。しかしこの男を放っておけば面倒な事になりかねないので、監視する事にしているのである。

食事中。皆が眼前に出てきたステーキをナイフとフォークを使って丁寧な食事をしている中で、ダウーラは信じられないような食い方をしていた。ナイフやフォークは一切使わず、ステーキを手掴みで、大きく口を開けて噛み千切ったのである。その姿は野獣という表現以外に思い当たるものがない。周りの軍人たちは唖然とこの男のステーキを食らう姿を見ていた。遺憾に感じたエファンは舌打ちをしてダウーラに言う。

「やれやれ、食事の仕方も学べないようだな。ダウーラ、何のつもりだ?」

「わざとやってんだよ……お前が戦わせてくれねえからイライラが募ってるんだ!」

この男の汚い食い方に呆れるエファン。ダウーラはそんなことなど構うことなく野獣の如くステーキを食らい続ける。

それから少しして、ムール貝の入ったパスタが彼等の前に出された。すると、ダウーラは嬉しそうな表情でフォークを使って皿を持ち上げ、それらを一気に口の中へ入れた。中に入れられた物の中にはムール貝が貝殻のまままるごと入っており、あろうことかダウーラはそれらを噛み砕きながら満足そうに食べていた。

「んまァい……」

ボリボリと気味の悪い音が聞こえてくる。周りの軍人たちはこの男のあまりの悪食にさすがに怒りを隠せない様子だった。

「ドゥーリア少佐。何故このような男をここに連れてきたのか?私は理解に苦しむな。」

「この男は野放しに出来ない。私の監視が必要なのだ。このような男に見えるがシミュレーションの結果は並のパイロットを遥かに凌駕する存在だ。さすがは特殊強化モデルと言ったところか。」

「特殊強化モデルだと!?」

ダウーラが特殊強化モデルだと知って周りの軍人達は驚きを隠せない様子だった。品の無い男だとは知っていたが、まさか特殊強化モデルだとは思わなかったのである。

「パイロットとしては優秀とのこと。だが問題は本人の性格……これで一応“成功”との事だが、私にはとてもそうは見えない。基盤に死刑囚とあるのだ。人間的な欠落が認められるのだろうな。まあ、確かに優秀なのだが実戦に一度も出した事がないのが残念な点だが、大いに活躍してくれることだろう。期待はしても良いと見える。」

ダウーラはその言葉を発したエファンに対して言った。その際、口に含んでいたムール貝の断片をフッと皿へ吐き出す。

「優秀って褒めてくれるのなら戦わせろよ……またイライラが募ってきてるんだよ……」

「ある意味、一種の病気なのかも知れないな。そんなに苛立ちが募るなど……」

「俺は戦わないとイライラが募って死にそうなんだぁ……まあ、分からんだろうな。お前には……」

「生まれ持っての反社会的行動をする人間……か。ある意味観察していて面白いかも知れん」

ダウーラの苛立ちに対してエファンは冷淡にあしらう。もしエファン以外の人間にこのような台詞を言われたらダウーラは怒って言った人間を殴ろうとするのだが、エファンに対してはしない。それはエファンの力の恐ろしさをよく知っているからである。

「……チッ……」

と、舌打ちだけをする、ダウーラ。

(人間性の欠如と呼べる人間だが、それでも軍は利用する。倫理観の欠如のある人間と、そうでない人間というのはこれ程に差があるのだな……妙な構図と言うべきか。)

一人、考え込むエファン。彼が何故これ程に人間に興味を持っているのかは不明だ。そして、この一連の光景に対し、この二人以外の人間は皆唖然としていた。

 

 

 

セイントバード、シュネルギアは早朝に平和国連盟本部の前に着いた。この時総攻撃まで一日しか時間がなく、明日決戦であるので皆気を抜けない様子でいた。本部では多数の国連士官など、指揮官の立場にある人間達が数多く集まり、将軍であるウィレス・レイド・アースが今回の作戦を説明していた。

「敵の数は圧倒的だ。しかし我々は確実に負けると言う訳ではない。寧ろ、勝機は十分ある。当然、正面から全軍が攻めていけば返り討ちに遭うのは分かり切っている。今回の作戦は敵戦力を全て投入させるのではなく、陽動部隊を前線に派遣し、敵戦力を徐々に削っていく作戦を行う。新生連邦の本部を覆い囲むような形で戦力を投入し、敵部隊を少しずつでも殲滅させていく。この戦いの勝算は高くない。我が軍に比べ、新生連邦軍のMSやMAのバリエーションは圧倒的で、一歩間違えれば返り討ちに遭い兼ねない。危険な作戦であるが、成功すれば新生連邦による脅威を世界から消す事が出来る。これ以上新生連邦による支配を続けさせない為にも、我々が動いていく必要があるのだ。」

この時、多くの人間が拍手を送った。だが、それは本当に心からの拍手と言えるだろうか。ギルス・パリシムによる、武力によって開拓される平和。それを心から支持する人間は、

この中で何人いるだろうか。無論その中にいたエリィとジャンヌは俯きながら黙り込み、複雑な表情を浮かべていた。

その時、エリィの中に一つの疑問が浮かび上がった。それは非戦闘員の存在である。セイントバードにはリルムやエレンやメナンといった非戦闘員がいる。彼女等を巻き込んで戦争を行うのは明らかにおかしいと思ったのだ。

その時、作戦会議を終えて、士官達は部屋から去る準備をしていた。それはウィレスも同様だ。そして彼女はウィレスにこの事を尋ねる為に彼女の元へ近付いた。しかし――

「おいおい、一般人だろあんた?将軍に会わせる訳には行かないな。」

「えっ!?」

エリィの前に、一人の男が立ち塞がった。その男は国連の士官で、名前はモルド・ディンクスといった。身長が高く、顎部分が二つに割れているのが特徴の男である。肌の色は褐色で、神は短く、その髪の色は赤色である。襟元のバッジを見てこの男の階級は少佐だと分かった。

しかしこの男のせいでウィレスは部屋から去ってしまい、聞くチャンスを逃してしまった。その際、ウィレスはジャンヌを呼び出し、共に部屋から去っていく姿を見た。エリィは疑

問に思ったが、それよりも、彼女にとって今は非戦闘員のことについて聞く事が大切だった。

せめて、非戦闘員は匿う事は出来ないか?本格的な戦争に巻き込まれる以上、非戦闘員を艦内に置いておくわけにはいかない。以前のダーウィンでの戦いではセイントバードが出撃する必要は無かったが、今回はセイントバード自らが出撃をする必要がある。それならば非戦闘員を艦内に残しておく事は非常にリスクが高い。いつ墜とされるか分からないからだ。

だからこそ話がしたかったのだが、この男の言うように、国連の将軍であるウィレスに会う事は普通の人間では許されない。エリィは元々地球連邦軍所属であったが、今ではMS乗りの乗る戦艦の艦長を務める、言わば〝一般人〟の扱いをされている為、ウィレスに会う事が許されないのである。以前は会う事が出来たというのに。

「話は知ってるよ。セイントバードっていう戦艦の艦長でしょ?しかしこんなピチピチの若い美女があの強力なガンダムを持っているMS乗りの艦長だとはねー。漫画の話じゃないんだからさ……。けど良い女だよね~。で、何か用だったのか?」

話を聞く限り、あまり良い印象を受けないこの男。しかし今の彼女はどうしても非戦闘員を降ろしてもらいたいという願望が大きかった。この男を通じてウィレスに聞き入れてもらおうと考えたエリィは、仕方なしに男と話をする。

「私達セイントバードチームはMS乗りで、クルーの中には非戦闘員もいます。それは皆、子供や女性ばかりです。そこで、セイントバードが戦闘に参加する件ですが、どうか、せめて非戦闘員を平和国連盟の施設に預けてもらう事は出来ないでしょうか。あと、恐れ入りますけど、この事をウィレス将軍に伝える事は出来ないですか。」

それは、彼女の懸命な願いだった。しかしモルドは彼女の言葉を一蹴に否定する言葉を放つのだ。

「嫌だね。」

「え――」

衝撃を受けた。拒否されたのだ。非戦闘員を戦争へ行く艦内に置いておく事は非常に危険であるのに、この男……いや、正確には国連はそれを断った。当然ながら、エリィは理由を聞く。

「どうしてですか!?戦闘中だけでいいんです!どうか……お願いします!地下シェルターの中とかでいいんです!」

エリィは頭を下げる。だがモルドは溜息を吐いて喋り始めた。

「まー……なんていうのかな……あんたらはそもそも戦争を生き残る前提でいる訳?」

「そ、それは一体……?」

「その考えが甘いのよ。もし、非戦闘員を預けたとして、あんたらが生き残ればそれはそれで良いかも知れない。けどもしあんたらが死んだらどうするの?預けられた子供は何?孤児になるだけじゃないの?その子供達は宛が無くなるんだぜ?それともあれか?飢えた男共に女の子を差し出すってのかい?」

冗談交じりで言っているのだろうが、今のエリィからはこの男の言葉は不愉快に聞こえた。

「仮に死んだとしても!平和国連盟は、この子達の故郷に帰してあげるといった事はしてくれないんですか……」

エリィは俯きつつも言った。非戦闘員は戦争には関係がない。だからこそ、戦闘が終わればその時は非戦闘員を故郷まで送ってあげるといった程度のことぐらいして欲しいと彼女は考えていた。しかし――

「MS乗りなんて連中を預けるなんて事は出来る訳ないだろう。それぐらい、あんたらが責任もって守ってやれって話だ。つーか孤児になるぐらいなら一緒に死んだ方がマシじゃないのかな?ま、どの道多分将軍に言っても無駄だろうな。あんたらは優秀か知らないけど特別扱いなんてしてらんないの。」

「……死んだ方がましって……」

ここでもエリィは衝撃を受けた。余りに軽すぎる国連士官の言葉。そこへ追い打ちを掛けるようにモルドは言う。

「まあ、少数の為に動くのが世の中じゃないって事さ。それに今まで数多くの戦闘をこなしててさ、今まで墜とされなかったんだろ?だったら大丈夫だって。簡単に死なないでしょ。何せ新生連邦のヒエラクス級なんだからさ。凄いよなホントさあ……」

完全に甘く見られていた。この男に何を話しても無駄だと判断し、別の士官を当たろうとしたエリィは、〝失礼します〟とモルドに一言喋って去っていった。

 

結局エリィは他の士官にも数人聞いたが、いずれもモルドと同じような意見ばかりを述べた為、無駄だと判断した。戦争へ行くと言うのに、非戦闘員を匿う事もしてくれない国連の存在に、エリィは憤りを感じていた。

(何なの……国連って……平和国連盟って……こんなの酷過ぎる……今まで生き残れたんだから大丈夫って……その考えの意味が分からない……ウィレスさん、貴方の所属している組織は非戦闘員の命を安く見ている組織という事なの……?)

歩きながらエリィは考えていた。しかし戦わなければならない現実は刻一刻と迫っている。平和国が非戦闘員を匿わない以上、セイントバード内で保護をするしか出来ない。

今度の戦闘は今までにない程に過酷なものになるのは想定で来た。それ故に、尚更不安であったのだ。

 

 その後エリィから事情を聞いたネルソンとウィリアは平和国連盟の非戦闘員への対応についての憤りを感じていた。戦闘の強制をしておいて、その上で非戦闘員の管理はセイントバードが担わなければならないと言う、理不尽な状況。次の戦闘は壮絶なものになるのは明確。なのに、非戦闘員の保護を行わないという異常な措置。これに納得出来る人間がいるだろうか、いや、居る筈がない。

「平和国連盟は驕り高ぶっている印象を持つな。新生連邦の弱体化に乗じての侵攻だが、この扱いは適切とは呼べん。罪なき人間を巻き込んで何が平和だ……」

普段は冷静なネルソンも、これには憤りを感じている。それはウィリアにも言える事だ。

「戦場になると分かっている所に役に立たない民間人を前線に投入するようなものよ。どういった根拠があるのか知りたいわね。」

「それは分からないです……」

エリィは難色を示している。セイントバードには非戦闘員が多い。料理を行うプレーン達もそうだが、リルムやエレン、ウィリアやミルフは紛れもなく非戦闘員だ。なのに彼女達を避難させないと言うこの異常さはただ、理不尽に思う事しか出来ない。

「憶測ではあるが、我々を囮に使う気という事も考えられるか。」

ふと、ネルソンが言った。

「囮?」

「セイントバードは国連にとってあくまでも協力関係に過ぎない。新生連邦の本部攻略をする為ならば手段を選んでられんと言う事だろう。」

それをネルソンは暗い表情で言う。万が一そうであるのならば、それはあってはならない事だ。

「そんな……ウィレスさんがそんな事を考えるなんて……」

将軍であるウィレスは今度の作戦の最高責任者だ。だがそのように扱われているとすれば、彼女はウィレスに裏切られたと言う事になる。

「あの、国連の将軍と君は知人関係だろう?以前に話もしていた。直接話をする事は出来ないものなのか?」

「それが叶わなかったんです。MS乗りだから……って。他の軍人に阻まれて。」

「なんと言う事だ……」

ウィレスとの直接の交渉も出来ないまま、彼女達は明日の決戦を迎えなければならない。非戦闘員の安全も保証出来ない状況で、彼女達が出来る事。それは、生き残る事である。

「私達は確かにMS乗りです。ですけど、だからって命を一括りにしているのは間違いだと思います。こんな、理不尽が罷り通って良い筈がないわ……」

エリィが言った後、ウィリアも言った。

「尚の事、出来る事はしないとダメ……か。本当なら安全な場所にミルフを預けたかったけれど、やっぱり軍の扱いというのは残酷ね。」

自分達がMS乗りという存在であるが故の扱いの悪さを、今痛感した。例えウィレスと知人関係であろうとそれが叶わぬという現実に、どうすれば良いか分からないでいたのだ。

「幸いミルフ・ブラマンジュの容体は回復しているが…戦場の光景はフラッシュバックを引き起こしかねない。最悪の状況だな……」

こればかりはネルソンも頭に手を当てた。ただ、はぁ、と溜息を吐く。

 セイントバードチームは理不尽な状況に置かれる事になった。戦闘の強制及び非戦闘員の安全の保証はないという状況。そうとなれば、国連に所属しているとはいえ、頼れるのは己自身という事になる。

 明日からの激戦を生き抜くには、今まで以上に気を引き締めていかなければならないのだ。

「大尉。もし、もしもですよ。セイントバードが仮に沈む事になっても、私はこの戦艦と共にした日々を忘れません。最後まで、艦長としての責務を果たしますからね。」

エリィが突如言い出した。その言葉が何を意味しているのかは不明だが、これに対し、ネルソンは静かに口を開く。

「……無理はするなよ。」

と。

今回の作戦は明日の十時に行われるという。新生連邦本部の様子を事前に調べておき、そこからどのような攻撃が行われるか、それらを推測する国連の情報部が、ステルス迷彩搭載型であり、偵察型のヴァントを使って既に発進していた。

その間、明日戦いに巻き込まれる者達はそれぞれの時間を過ごしていた。だがいつまでもそれぞれの時間を過ごしている場合ではない。それぞれの艦を指定された場所に配置し、待機しておく必要があるのだ。

セイントバードチームも例外ではない。彼等も指定された位置に艦を移動させていた。戦争をしにいくにも関わらず、非戦闘員を乗せなければならない状態で。この時、何故かスバキはセイントバードを降ろされていた。彼女は今国連本部にアインスガンダムと共に残されている。これもすべて国連の司令部の判断によるものであるという。

 

 

 

この一方で、アレンは明日に迫った決戦に対し、静かに空を見ていた。明日が新生連邦との決戦にも関わらず、皮肉にも夜空は星が輝き、美しさを見せる。戦いの前、いつも彼の側にいるのは決まってジャンヌだった。しかし今回彼の側にいたのは恋人であるココットである。

「アレン、休まなくていいの……?」

「休みたいけど……眠れないんだ。明日の事を考えるとね。」

明日は新生連邦との決戦。今まで何度も新生連邦と戦うことがあったが、明日の決戦で新生連邦と決着が着く。だがそれを決めたのは国連の代表であるギルス・パリシムである。 

 新生連邦と決着が着けば、地球圏の戦争は一段落はする可能性が高い。それは確かに、これまでの長い戦いに一応の形とはいえ終止符を打つ事になる。不本意な形ではあるのだが。

「それにしても……さ、ジャンヌの言っていた作戦、あれはウィレスさんが考えたものらしいけど……」

「なんか、凄いよね……ウィレスさん達、いつのまにそんなものを作ってたのかって感じだよね……」

彼等はジャンヌから“何か”を言われていたらしい。恐らく今回の作戦に関する事なのであろう。

「……もし……さ、これで本当に戦いが終わったなら……もう、新生連邦とは戦わなくて良いのかな。」

ふと、ココットは呟いた。アレンはその言葉に反応して喋る。

「多分。だけど……仮に新生連邦を倒しても……まだ宇宙に敵はいる。」

「デウス帝国残党軍……ね。まだまだ、戦争は終わらないのかな……」

「いや……正直この先どうなるのかも気になるところだ。新生連邦軍との戦いも完全に決着が着く訳でもない。レヴィーが生き残り、宇宙へ逃げれば宇宙の新生連邦軍を率いてくるだろう。地球での新生連邦の戦力はなくなるけど、宇宙は戦闘宙域に変貌する可能性が高い。」

「そんな、じゃあ結局……」

「戦いはまだ終わらないって事……かも。」

アレンは溜息を吐いた。その後、二人の間に暫く沈黙が続く。その間、両者はこれからどうなっていくのかを考えていた。出来る事なら戦いとは無縁でいたい。しかしまだ戦いは終わる気配がない……ココットが不安を感じていた時、アレンは言った。

「……今は、明日の事に集中するしかないよ。強引に参加をさせられてはいるけど、今は従って戦うしかない。ココット、今日はもう寝よう。少しでも休まないと明日が大変だから。」

「う、うん……そうだね……お、おやすみ……」

不安気な表情のまま、ココットは部屋から去った。アレンも彼女と同様、不安を隠しきれずにいた。だが今は眠ることで自身を落ち着かせるしか出来ない……そう考えているアレンは側にあったベッドに横になり、静かに目を瞑った。

 

 

 

新生連邦本部に身を置いているエファンは夜空を睨みつけるように見ていた。側には煙草を吸うダウーラの姿があり、戦いたがっているこの男にとって喜ばしい話を始めた。

「喜べ、明日には初めてMSに乗れるぞ。思う存分戦うが良い。」

「それは嘘じゃないだろうな?」

「ああ。」

エファンは冷淡に言う。その時、ダウーラは彼に質問した。

「明日戦いが始まるのなら、何故ここの司令官にそれを言わない?一応ここの守りは万全だが、それでも言っておいた方が連中が対応し易いだろうが。」

確かに、エファンは国連の動きを知っているかのような台詞を述べている。だとすれば何故それを総司令に伝えないのか。ダウーラの持つ疑問に対してエファンは言う。

「言っても聞き入れる連中でないからな。私が明日の戦いを確信しているのは半ば、私の力のお陰と言ってもいい。しかし、そのような力を持つ筈がない連中が力を持つ人間の言う事を信じると思うか?所詮はオカルト。そんな話を信じていては埒が明かないものだ。だから私は言わないのだよ。まあ、奴らが攻めてきた時に新生連邦はどのような対処を行うかが見物ではあるが。何、ここの守りは万全だ。それに明日は私も出る。」

「成程なァ……ま、俺は戦えれば何でもいい。」

そう言って、ダウーラは一本の煙草をエファンに渡した。

「お前も、吸うか?」

「結構だ。煙草は吸わん。」

エファンは冷たくあしらった。ダウーラは舌打ちをするが、それでも機嫌が良さそうな表情を浮かべていた。だが、この男の場合は目つきが非常に悪く、喜んでいても不気味に見えてしまう。

「明日が楽しみだぁ~……あぁ、楽しみだぁ~……ハハハ……」

そう言ってダウーラは煙を吐くとそのまま美しい夜空を見上げ、不気味な笑みを浮かべた。

 




第七十六話、投了。
ここから新生連邦本部への攻略戦が始まります。
レイの思いとは裏腹、攻める戦いを強いられる状況で、彼は何を思うのか。
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