機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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故郷に戻り、安寧の時間を過ごすレイとリルム。
だが、ギア・ジェッパーは世界に対し、ある宣言をする――


第八十三話 偽りの平和を破る者達

 レイとリルムをニューヨークから送り出してから時間が経過した。輸送機は遂に彼等の故郷であるモントリオールに辿り着く。見慣れた風景、懐かしの場所。二人は上空から見たその美しい光景に感動さえ覚えていた。

チェーニ姉妹によって拉致された彼等だったのだが、それから時間が経過した現在も彼等の故郷は大きな犠牲を払う事なく、その街の形を維持し続けていたのである。

やがて輸送機は小さな丘の上に降り立った。そこで二人を下ろし、運転していたアステル兵はそのまま去っていく。ここから、彼等実家はそう遠くない。

「いよいよ、母さん達に会えるんだ……」

「お父さんも、お母さん、元気かな?」

二人はそれぞれの家に向けて歩き始めた。期待を胸に秘め、笑顔で。

 

 

 

「ただいま!」

レイは懐かしの実家戻ってきて、思い切り扉を開けた。そこに居たのは、カレンの姿だった。互いに抱擁を交わし、再会を喜ぶ。

「おかえりなさい!大変な状況だったのに、よく無事だったわね……お父さんが居てくれていたからなのかしら?」

母親の様子は嬉しそうであり、それでいて、レイの姿を見て安心をしている様子だ。以前のように起こる様子を見せない。恐らく彼の存在が無事であると言う事をジュナスが言っていたからなのかも知れない。

「そ、そうだよ……うん。父さんが居てくれたから、無事だったよ。そんなに被害とかなかったから……」

父、ジュナスが話を合わせてくれたのだろうと思い、レイは話を誤魔化した。母親はそれに納得している様子だった為、偽りの話と看破される事は無かったのだ。

 最初レイが行方不明になった時は警察沙汰になったという。だが今回はそうでない。これも、ジュナスが話を通してくれていた事が幸いしたのである。実際、彼はダーウィンにて僅かな時間だが父親と会っていたのだが。

 それに、以前は学校を急に行かなくなったという事も影響していた。だが今は学校は休校中である。その間ならば学校に行かない状況とは言え然程何か言われる事は余りないと言える。

「リルムちゃんも友達と避難してたって。それで、戦争が落ち着いたって聞いたから、帰ってくるってヒーリが言ってたし。レイも、リルムちゃんに暫く会えてなかったんじゃない?」

それは違う。実際には共に行動していた。ただ、四ヶ月程度離れ離れであったのは間違いないが。

 だが事実を言う訳には行かないので、レイは

「うん、本当に……久し振りだよ。」

とだけ言った。

 

 

 

母親から何かを言われたり、疑われる様子は無かった。レイにとって、これは本当に幸いだったのだ。二度目の家出とも言える中で、ジュナスが上手く説明してくれた事が幸いしたのだ。

やがて、レイはそのままリビングへ向かう。そこには姉のリリアと妹のミィスがいた。二人の姿を見たレイは、その懐かしい姿を見て、思わず目を、何度も瞬きさせた。そして――

 

ギュッ

 

二人に対し、突然、手を握り始めた。先日までの戦場から一転、見慣れた環境に身を置いた事による感動。今まで一緒に居て、ごく普通に感じた日常は、かけがえのないものだった。下手をすれば死に直面する可能性のあった戦場とは違う、この環境を前に、レイは感動さえ、覚えていた。

「れ、レイ……?どうしたのかな……?」

「お兄ちゃんなんか変だよ?」

偶然にも二人がリビングに居る光景を見て、レイは更に感動している様子だった。

「お姉ちゃん!ミィス!会いたかった!会いたかったよ!」

と言って、更に握力を強めていくのだ。

 姉と妹、それぞれが五体満足で居る。自分が戦場に居て、大変な思いをしていた中、彼女達は戦争の被害に遭う事なく比較的平和な状況で過ごす事が出来ていたのだ。

 世界情勢が不安定になっていたが故に、休校になった。その間、レイは必死に戦っていた。ガンダムを駆り、セイントバードチームを守っていた。そして、新生連邦と平和国連盟の一大決戦を勝利し、それから故郷に戻る事が出来た。これは紛れもない、幸せな瞬間と言えたのだ。

「お兄ちゃんはお父さんと一緒に居たんだよね?お父さんはー?」

その時、ミィスが言った。それに対し、レイが答えた。

「と、父さんはまだ、仕事中なんだよ……」

「ふぅん」

と、どこかあっさりとした印象を持った。

「確かボランティアに行ってたんだっけ?こんな状況なのに、大変だったね。」

「うん……お姉ちゃんは?」

「私は四月から留学を再開していたけれど、途中で新生連邦の宣戦布告を受けてすぐに戻る事になったの。だから、八月からこっちに戻ってきてる状況なの。」

(だから、お姉ちゃんはオーストラリアにいなかったんだ……)

オーストラリアでの心配は、徒労に終わった。良い意味での、徒労である。

「それよりレイは大丈夫だったの?」

「あ……うん、大丈夫。父さんが、居てくれたから。」

明らかな、嘘。だが今は誤魔化す他にない。この家に居る三人には、本当の事を話す訳には行かなかったのだ。

「お姉ちゃんは留学が中止になってからはどうしていたの?」

「私はずっと勉強していたよ。あ、でも先日の戦争で国連が勝ったって言ってたから、もしかしたらもう少ししたら留学も再開になるかも。ホント、大変だったなぁ。半年ぐらいなるもんね、新生連邦が攻撃を開始してから。」

チェーニ姉妹に拉致されたのも半年前だったのだ。それから新生連邦がオペレーション・デモリッション・クリエイションを行い、国連へ総攻撃をした。そこから今回の戦争は始まった。不安定になっていた世界情勢だったが、先日の戦いで一段落はしたと言えるのだ。

「ミィスは?」

「ずっとお家で勉強してたー」

ミィスの通うエレメンタルスクールも休校になっており、家に居るしか出来ない状況。そうとなれば、する事と言えば勉強か、Eフォンを見たりする程度しかする事がなくなる。

「あ、でもたまに友達に会ってたよ。」

「そう、なんだ……」

友達。その響きすらも懐かしく聞こえる。レイは友人に会う事なく、戦場でガンダムに乗って戦っていたのだから。

(そうだ、父さんに連絡を取ろう。)

ふと、レイにその考えが浮かんだ。スムーズに家に帰る事が出来たのは父、ジュナスのお陰なのである。

 

 

自分の部屋に戻ってきたレイ。何も変わっていない自分の部屋を見て感動を覚えた彼は、まずベッドに横たわった。部屋の匂い、外見……全てが以前のままだった。こうしてベッドで横になっていると、本当に今までの出来事は現実だったのかと、彼は疑いたくなった。

「はぁ……お姉ちゃんはずっと勉強してるんだな……僕はその間……戦ってたんだ……嘘みたいだな、これって……本当に嘘みたい……今までの事は夢じゃないんだろうか……僕が戦ってた事なんて……全部……ただの長い夢なのかも…………」

幾多の出来事がありすぎた為か、レイはこのギャップに翻弄されていた。だが、今は自分の部屋がある。ビーム粒子やビーム刃に攻撃され、死にかけるといった事も経験しなくて良い。

 それは幸せな事だ。今まで二度も故郷を離れ、セイントバードと共に行動していたレイからすれば今が幸せな時。先日まで戦争をしていたとは、思えない。故郷があって、家族が居て、部屋がある。その上でリルムも居る。自分は、なんと恵まれているのだろうと思った。

「そうだ、父さんに電話をしないと……」

去年の八月に突然いなくなった事に対する母親への言い訳をどうすべきか迷っていた時に、父親がフォローしてくれた。父は自分の状況を知っている。それも考慮してくれたのだろう。

 

ピピピピピッ

 

レイは、Eフォンを画面モードに設定して父と話をする。

 幸い、回線はすぐに繋がった。恐らく世界情勢が一時的とは言え落ち着いた事がきっかけだろう。画面越しに見える父の姿。ダーウィンで再会したより、どこか、疲れているようにも見えた。

『レイ。元気か。』

「父さん。今、家に帰ってきたよ。」

そう言った後、ジュナスは言った。

『どうやら色々と終わったみたいだな。無事で何よりだ。』

ジュナスは安寧の表情を見せている。それを見たレイも、安心している様子だった。

「その……母さんに話をしてくれてありがとう。僕、父さんのところにボランティアに行ってるって事になっていたんだよね?」

それを聞き、ジュナスは静かに頷いた。

『そうだ。俺が言った方が母さんも下手なヒステリーを起こさなくて良いと思ってさ。お前が無事に帰って来てくれたのは本当にありがたい。もし死んでたらどう言い訳したら良いか分からなかったからな。』

それは、息子を想うが故だったのだ。レイの状況を理解しているジュナスだからこそ出来た事。母、カレンには勿論だが、リリア、ミィスにも秘密の事。家族内で、父親しか知らない秘密。それが、レイが戦場でガンダムに乗って戦っていたという事である。

『その様子だと、“しなければならない事”をやったみたいだな。』

ジュナスは画面越しで笑顔を浮かべる。それに対し、レイは

「うん……」

とだけ、答えた。

(本当に、しなければならない事は終わったんだろうか。なんか、引っ掛かるような気はするけど……)

心の中で迷っているレイ。

『じゃあ、ゆっくり休んだら良い。家に居るなら、ぐっすり寝るんだ。学校も休校状態のままなんだろう?』

確かに、そうだ。今は休校。故にカレンから大きく咎められる事は無かった。いつ再開になるかは不明だが、今は安息の地となっている自室で休みたいという感情が、レイの中にあった。

『じゃあな、俺は仕事があるから。』

と言って、映像は消えた。恐らく僅かな時間を見つけてレイと話をしてくれたのだろう。

 とにかく、父とも連絡は取れた。そして、戦いは終わって家に居る。これが、どれ程の幸せなのだろうか。それと同時に、彼の仕事は相当忙しいのだろうと、レイは感じ取った。

 と、安心した瞬間、レイに突如、強烈な眠気が襲って来た。今までが緊迫した状況が続き過ぎたが故に、心から安心出来る環境に身を置いた為か、そこで安らぎを求めるのは本能なのだろうか――

「眠……い……」

そう言って、レイはそのままベッドに移動し、仰臥位姿勢のまま、パタリと瞼が閉じられていったのだった――

 

 

 

リルムも家族と再会していた。まず彼女は母親であるヒーリと抱き合い、続いて父親のマークとも抱き合う。家族と再会できた喜びは彼女にとっては非常に大きく、涙が延々と零れた。しかしその場所に、姉のヒューナの姿はなかった。

「あらあら、そんなに泣かなくても……いろいろあったんでしょ?」

「うん……だけどこれからはみんな一緒に暮らしていけるんだ……それが私、とっても嬉しいの……」

「何はともあれ無事で何より。友達も無事だったのかい?」

「……うん。」

父親であるマークが言った。彼は企業勤務をしており、新生連邦と国連による衝突があった世界情勢下でも、勤務をしていたという。

 そして、リルムは嘘を言った。本当は友達と一緒に避難などしていない。彼女はチェーニ姉妹によって誘拐され、それからアステル家に保護され、今に至る。氷河族によって命の危険に陥った事もあった。だがそうした経験を経て、今に至る。

 日常の中で命の危険を感じる事が無かった少女は、非日常の中で命の危険を感じた。故に、

リルムは感動のあまり、オーバーなリアクションで、再び両親に抱き付いたのだ。

「そんなに嬉しそうにするなんて。それだったら家に居れば良かったのに。」

家に居たかった。だが現実がそうさせなかった。彼女は拉致されたのだから。この時の母、ヒーリの言葉がどこか、冷めて聞こえたのは気のせいなのだろうか。

「……あれ、お姉ちゃんは?」

そこに、ヒューナがいないことに気付くリルム。するとヒーリの表情が曇り始め、冷淡に

「部屋にいるんじゃない?」

と言った。しかしリルムはその時のヒーリの表情を見ておらず、喜びながら階段を上がっていったのだ。

 

その後、リルムはヒューナの部屋に入る前にまず自分の部屋を確認する為に部屋に入った。そこには懐かしい机や本棚や、飾ってあるぬいぐるみを見ていたリルム。

全てが懐かしく見える。ここを離れる前はごく普通の日常の一部だったいずれの光景が、輝かしく見えるのだ。もう、危険な場所に身を置く必要のない喜び。リルムは、それを今、噛み締めていた。

その時、姉のヒューナがスナック菓子を食べながら、彼女の部屋に入ってきたのだ。

「あ、おかえりリルム!あんた、連絡も寄こさないでさぁ。友達と避難してたとか言ってたよねぇ?」

 

と、ヒューナの姿を見た時――

 

ギュッ

 

と、リルムはヒューナを抱き締めたのだ。生きて姉の姿を見ることが出来て、感動しているのである。

「ちょ、止めてよ!いきなり抱き付かれるなんて。」

戸惑うヒューナだが、リルムは止める様子を見せない。

「お姉ちゃん、久し振りだぁ……良かった……」

まさか彼女は拉致されてからMSの戦闘に巻き込まれると言った事に遭遇するなど、説明できる筈がなかった。あの、アステル家に匿って貰ったり、ジャンヌ・アステルの率いる戦艦に保護されたり、反社会勢力に人質に取られたりしたといった事等、尚の事言える筈がなかった。

正直、怖い思いもした。故に、目の前に居る姉の存在もどこか、愛おしく見えるのだ。

「あんたいつの間にそんなにベタベタするようになったのよ。」

と、この時にヒューナはどこか突き放すようにリルムに言った。

「あ、ごめん……」

高揚していたリルムは急いでヒューナから離れた。家族に会えた喜びが、余りに大きいが故に感情をコントロール出来ないで、居たのだ。

「ん?ちょっと待てよ。てことは、あんたレイとも全然会ってないんじゃないの?」

リルムとレイが交際している事を知っているヒューナは、突如茶化すように言ってきたのだ。

「う、うん……一応……ね。」

当然ながら、違う。レイと一緒に故郷に帰って来たのだから。

「へぇ、じゃあさー」

 

スッ

 

その時、ヒューナがリルムに急に近づいた。この時、リルムの背後にはベッドがある状態だ。押し倒されたような格好をする、リルム。ヒューナはどこか、色気を使っているかのような目付きをしている。

「レイに随分会ってないんだったら、尚の事会ってあげなきゃ。そして、会えてなかった分うんとサービスしてあげなきゃね。心も、身体も。もう、あんたらも良い年なんだし。」

まるで揶揄うようにリルムに言う、ヒューナ。

「ちょ……も……もう!お姉ちゃん!!」

そう言われ、リルムは顔を赤めた。十五歳という少女である彼女からすれば、ヒューナの台詞は非常に恥ずかしいものだったのである。

「別にレイとは……そんな……そこまでの関係じゃないもん……」

確かに、レイとは一緒に居る時間は多かった。だがそこから何か進展した訳ではない。彼等は恋人同士ではあるが、抱擁はあれど、その先の接吻行為自体も経験が無かったのである。

「え!?じゃあ避難する前にエッチすらしなかった訳!?うわ、有り得ない。あんた聖人君子か何か?」

「そんな事してないよ!!」

再びリルムは顔を赤め、思わず声を荒げた。

実際、非日常の環境で共に居る事があった両者ではあったが、その先の進展が無いリルムとレイの関係。そもそも両者は交際に発展した筈なのに、その先の“行為”をしていない。その事に、ヒューナは呆れている様子だった。

「あんたさぁ、レイと幼馴染で尚且つ付き合ってるんでしょ?だったら尚更気を遣う必要なんてないのに。もっと積極的に行かなきゃダメよ。何もしないでよく半年も避難生活出来たものね。ホント。」

次々と出るヒューナからの言葉。リルムはどうする事もなく、ただ首を振って誤魔化すだけだった。

 実際は交際期間が長ければ先に進むべきなのだろうかと、リルムは思う。だが相手はレイ。幼馴染だ。その先の関係に行く事は、彼女自身考えられなかったのである。

「にしても、残念なカップル同士だねぇ。もっと幸せを享受すべきなのにさ……」

と、言いながらヒューナはどこか寂しげに、Eフォンを触り始めた。その姿だけ見れば年頃の少女に見える。彼女は十七歳のティーンエイジャーであり、ハイスクールの生徒。恋に関しては敏感になる年頃だ。

 だがこの時見せた表情は、一体何を示していたのか。それは、リルムには分からなかったのである。

 

 

 

やがて、彼等にとって、何気ない日常が再び始まった。それは、今までの出来事が嘘のようだった。家族と話し、一緒に食事をし、リビングに置かれているテレビを見る等、セイントバードに乗る以前の生活をしているレイやリルム。このような当たり前の日常生活ですら、彼等にとっては嬉しく感じられた。その為か、両者は笑顔が止まらない。幸せに満ちた生活が再び始まろうとしていた。

レイ実家に帰ってきてから二日が経過した時、レイのEフォンに一通のメッセージが届いていた。

「え!?」

そこに記載されている内容、それは、学校の再開の知らせだったのである。

 それは、まさかの内容だった。ある意味タイミングが良いと言っても過言ではないと言えたのだ。世界情勢が一段落した事を受け、学校側が開校に踏み切ったという訳である。

このメッセージを受け、レイは喜大いに喜んだ。学校に行く事が嬉しくてたまらないのだ。無理もない。彼はずっと戦いばかりしてきた。そんな生活を離れて学校に行く生活を送れると言う喜びが大きかったのである。もう今までにあったことを忘れよう……これからは学校に行く毎日を過ごしていこう……レイはそう思っていた。

「母さん、明日から学校に行く!今、連絡があったから!」

と喜ぶ様子のレイに対し、カレンは言った。

「あら、ようやくね。けど、もうすぐ卒業でしょ?今回の場合って、受験とかどうなるのかしら。そもそも、レイは卒業したら何をする予定なの?」

「……あぁ!」

彼は、肝心な事を忘れていた。レイはジュニアハイスクール三年生である。つまり彼は今年で卒業なのだ。卒業をする事は出来るが、彼はこの先の進路の事を何も考えていなかったのである。

「しまった……そうだった……どうしよう……」

これまでは自身が生き残る事と、仲間を守る事ばかりを考えて生きてきた。だが舞台が故郷となれば彼が考えなければならない事は大きく変貌する。それは彼の進路についてである。 

レイがこれからするべき事。それは、自分自身の将来について考える事である。

「学校がいくら休校になったからって……まさか、ずっとボランティアに夢中で勉強してなかったんじゃ!?」

図星である。それは無理もない話だ。勉強以前に、生きるか死ぬかの状況で戦い続けていたのだから。だがそんなことを母親に言える筈もなく、レイは静かに頷いた。

 カレンはそっと溜息を吐いた。勉強が大切な時期であるにも関わらず、それを怠ってしまっていたレイに呆れていたのである。

「じゃあさ、もし良かったら私みたいに一度留学する?海外で自分のしたい事について学んで、その勉強するのも良いかもよ?」

「でもお姉ちゃんが留学してるのに、これ以上父さん達に負担なんて掛けられないよ。」

留学は金が掛かる。確かに海外に行って価値観を広げるという事もまた、一つの選択肢ではあるが、レイは家庭の金銭事情について気にしていたのだ。と言っても、この半年間に彼自身、多くの国に移動した経験を持っているが。

「レイ、もし留学したいなら助成金を国から借りたら良いのよ。そして、大人になって稼げるようになったら返すようにするの。リリアもそうでしょ?」

リリアは父親と同様、戦場ジャーナリストになる為にオーストラリアへ留学している。その為には母親が言ったように、留学するのに費用が不足している場合は国から教育助成金を借りる必要がある。そして、自身が働く事が出来るようにならば、それを少しずつでも良いので返していく必要があるのだ。

「留学……か。でも、僕は何をしたいかまだ分かってないし……」

レイの場合はリリアと違い、明確な目標は無かった。だからこそ、何を勉強すれば良いか分からず困惑していたのである。

 平和な環境に身を置いた場合、将来の方向性を決めて行かなければならない。勉学をするか、それとも労働するか。それが明確にならない場合、路頭に迷う事になる為だ。

(僕のしたい事……しなければならない事……)

ふと、レイはジャンヌが言っていた言葉を思い出したのだ。

 

―――――――――――――――戦いはまだ終わっていません――――――――――――

 

それは、何なのだろう。戦いは終わった筈なのに、何故ジャンヌの言葉が思い出されるのか。

「そう言えばさ、レイはMSとかに興味あったよね?」

リリアが少し考え、閃いたように言う。それを聞き、レイは思い出したように反応する。

「うん、そうだけど……」

レイはMSに興味がある。それはMSカタログを毎月購入し、友人と語り合う程。プラモデルを集める事も好きな少年だ。しかし彼の場合はただの興味だけではなく、実際に何度もMSに乗って戦い、そして敵を倒し、パイロットを殺している。

「いっそ頑張ってさ、MSのパイロットとか?それはそれで、格好良いかも!それか整備士とか!でもどっちも、相当勉強しないと難しそうだし……ただ、MSの事が詳しいだけじゃレイには厳しいかな?」

実際は既にMSを乗りこなせており、MS乗りのチームの中核を成して来ている。それが災いし、新生連邦に勧誘される事もあった――と、言える筈もなく、

「うん……」

とだけ、言った。

 

 

 

それからリビングにて、BGM代わりにテレビをつけながら四 人は何気ない会話を続けていた。皆笑顔で楽しそうに会話を続けている。

「あれって臭いよねー」

「うん、臭くってさー」

「そうそう、でねー」

レイにはこの光景が輝いて見えていた。帰ってきて二日が経過した今日でさえ、まだ綺麗に見える。だからか、彼の表情は常に笑顔だった。別にこの場においては笑顔であることは普通ではあるのだが。

しかし、妹のミィスは彼が異様に笑顔である事に少し疑問を抱いている様子だった。

 そして、テレビの映像の中には平和国連盟が勝利を、した旨の情報が流れている。その中の映像には、あろう事かデウス動乱の英雄、アレン・レインドの話題も上がっていたのだ。それだけでない。アステル家の事についても触れられている。

 その内容というのは、『かつての地球連邦軍のエースパイロットが悪き組織と化した新生連邦政府打倒の為に平和国連盟に協力し、見事に打倒した』という、内容だったのだ。

 紛れもないプロパガンダ。この様子に、レイはどこか、不快感を見せていた。

(こんなの、アレンさんを利用しているだけだ……)

平和国連盟は、実際には強制的にセインドバードチーやアステル家を戦闘に参加させた。そうした事実は一切報道されていないのである。

 

しかし、状況が変わったのは次の瞬間だった。

『番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。只今より、豪州地区の平和国連盟の一部代表である、ギア・ジェッパー代表が全世界に向けて演説を行うとの事です。現場では世界中のマスコミが集まっており、ジェッパー氏に注目が集まっています。では、ニューヨーク、平和国連盟本部前から、中継をお伝えします。』

テレビから流れたニュースキャスターが喋ったその言葉にレイは反応した。彼は会話を止め、テレビを凝視し始めた。

何せ、数日前に会っているギア・ジェッパーがテレビに出ているのだ。彼にとって、他人事とは思えなかったのである。

 

 

 

全世界のマスコミやメディアが集まる中で、ギアは静かに、演説を開始した。豪州地区の一部代表でしかない彼が世界中のメディアを集めてまでも言いたい事とは、一体何なのか。各メディアは彼の言葉に注目している。

平和国の一部代表が演説を行うと言う事で、この広場には厳重な警備が張り巡らされており、誰もが立ち入り不可能な状態となっていたのである。

「各メディアを通じて報道して頂き、ありがたく存じます。私はギア・ジェッパー。平和国連盟、豪州地区の一部代表を務める者です。たかが一部代表が何を……と思われている皆様もおられるかも知れません。しかし、本日はまず、皆さんに聞いて頂きたいものがあり、この場での演説をさせて頂こうと考えております。それは、こちらの映像です。」

そう言って彼が取りだしたもの……それは一つの、端末だったのである。彼はその再生スイッチを押し、流した。

 

 そこに写っていたのは、ギルス・パリシムと彼の姿だった。戦闘後に行われた両者のやり取り。ギアがギルスの居る部屋に行き、話をした時、彼は密かに、カメラを用意していたのである。

 そして、そこに映る映像の中に、ギルスの言葉が一つ、存在した。

 

『私の世界が!今から!始まる!これは素晴らしい!実に素晴らしいではないか!!!』

 

平和国連盟の最高議長と呼べる人物が漏らしたこの言葉を聞き、世間はどのように感じたであろうか。大半の人間が、“何を言っているのだ”と疑ったに違いないだろう。

 これこそが、ギアの目的。ギルス・パリシムの愚かな発言を世に知ら絞める事こそが、目的だったのだ。

「この映像は紛れもない、事実です。現在の平和国連盟最高議長、ギルス・パリシム氏は、自らがこの世界を動かすものだと妄言し、そしてこの世界をこれから自らの世界にしていくと断言しているのです!これが一体何を示すかお分かりでしょうか?」

中継映像を撮っていたメディア関係者達はざわついた。ギアによって語られる真実。それはギルスが世界を我がものにしようとしているエゴそのものだった為である。

「ギルス・パリシム代表は世界の平和という、一見健全であるこの言葉を利用し、正確には己の世界と言う、エゴでこれからの世界を作り出そうとしているのです!!!」

マスコミ達は再び騒然とした。ギルスが自ら放った、“私の世界”という言葉を、あろうことか彼自身が世界に対してリークしたのだ。公になれば、当然ながら疑惑の目は平和国連盟に向けられる事になる。

「ギルス・パリシム議長の思う理想の世界。それは、平和という、響きの良い言葉を利用した自分勝手な世界……世界を我が物にしようとしている人間の世界です。新生連邦政府軍が力を失った今、これからの世界はこのギルス・パリシム氏率いる平和国連盟によって未来が作られていきます。ですが、その世界の実態はギルス・パリシム氏の独善の世界と言わんばかりの世界と言っても過言ではないでしょう。現に、先の国連軍による新生連邦軍への攻撃は、実際は強制されたものであり、ギルス・パリシムが独自の権限を用いて行った作戦だったのです!」

隠蔽されている事実を、堂々と公表していくギア。この言葉に再び、メディアは驚愕していく。

「実際、この作戦に反対した者達は彼が放った刺客によって制裁を受けております。彼に対抗しようとする者は平和と言う名の弾圧を受け、抹殺される事でしょう。彼の前の議長である、チャール・ポレク氏はギルス・パリシム氏とは反対で平和主義を唱える人物でした。だからこそ、新生連邦から幾多の攻撃を受け、反撃をする事はあっても一切の攻める攻撃を行わなかったのです。しかし、チャール・ポレク氏が謎の死を遂げ、その後に、当時副議長であったギルス・パリシム氏が議長に上がり、今の“武力による平和”を勝ち取らんとする平和国連盟を築き上げたのです。ですがその実態は、平和国連盟を私物化しているに過ぎないのです!彼は、武力によって平和ではなく、己の世界を勝ち取ったのです。つまりは、ギルス・パリシム氏は野心家!世界を我が物にしようとしているだけの、エゴの塊でしかありません!そして、彼はこれからも平和国連盟に巣食い続け、世界を操らんと暗躍していく事でしょう!“平和”の名の下に!!」

マスコミによる、カメラのフラッシュがギアを包む。無論この様子は世界中に放映されており、レイの家族もこれを見ていた。

「……平和の為に戦い、散って行った者達は〝ギルス・パリシム氏の世界〟の為に戦ったと言う事になるのです。チャール・ポレク氏の思想から一転、武力による平和を勝ち取った結果がただの個人のエゴ。これは、許されない事実です。死んでいった兵士達も浮かばれません。そしてこれからかけがえのない生活を送って行く事になる世界中の皆も彼によって被害を受ける事になるでしょう!何故ならば……これからの世界は平和な世界ではなく、〝彼の世界〟となるのですから!!!」

ギアはマイクにはっきりとその言葉を言った。それを聞き、マスコミは再びざわつく。

「自身の世界の為に戦力増強を行い、刃向かう者や異論を唱える者を排除するこの人物こそ、平和にとってどれ程の脅威か分かりません!平和と言う言葉を利用した弾圧は、決して許されては行けないのです!」

ギアは各国の記者が所持しているカメラのフラッシュに包まれていた。今の平和国議長であるギルスに対する明らかな挑戦……各国のメディアはギアの演説をこのように捉えていた。無論、それは彼自身が承知の上であるのだが。

 

 

 

この演説を映像で見ていたギルスは歯を食い縛り、テーブルを思い切り叩いていた。映像に映っているギアを思い切り睨み、込み上げてくる怒りを拳を作って表現している。

「ふ……ふざけるなぁ!!!何様のつもりだ!!!あの男……警戒しておくべきだった……あの時に……」

怒り狂うギルス。そこへ彼の側近が部屋に入ってきた。

「議長!あれは一体……?」

今まで彼の側近として勤めていた男も、音声再生機から流れたギルスの言葉に疑問を抱いている様子だった。側近の姿を見た時、ギルスは平静を装って口を開く。

「……あれはギア・ジェッパーの捏造、似非、出鱈目だ!映像の加工等いくらでも出来るからな!まさかあの男が国連を裏切ろうとは……信じていただけに残念だ!

「し、しかし私にはどうしても議長本人の映像であるように見えますが……」

それを聞いた時、ギルスは激怒した。

「あれは私ではない!!!私は平和を誰よりも愛している!奴は武力による平和を認めたくないだけなのだ……確かに強引かもしれないが、武力行使の結果、新生連邦と言う脅威を地球から追い出すことに成功したではないか!平和は確実に近付いているのだ!それをあの男は今更になってでっち上げなど……」

側近は焦っている様子だった。困惑している側近は

「……ハッ……」

と一言言って部屋を後にした。それを見た後、ギルスは歯を食い縛り、汗を流しながら引き続きギアが映っている映像を見る。

 

 

 

平和国連盟本部前にて。ギアは引き続き演説を続けていた。彼の演説はギルスの批判から、話題が移ろうとしていた。

「さて、ギルス・パリシム議長の批判はこれぐらいにしましょう。私はただ、批判を言う為にこの場所を設けた訳ではありません。真実として皆に知ってもらいたい一心でギルス・パリシム氏の批判を言わせて頂きましたが。」

ギアは一呼吸を行い、次の話をする為に静かに口を開く。その様子を各国メディアの記者が息を殺して注目していた。

「元々、私はギルス・パリシム氏がこのような失言をしなくとも、このような演説を行うつもりでいました。何故ならば、彼は常に〝武力による平和〟を訴え続けているからです。

確かに、彼の思想によって、その力を得た国連軍は、新生連邦政府軍に勝利しました。ですがこれからの世界はどうあるべきでしょうか。このまま武力による平和の考えを続けていては、ただでさえ戦闘によって被害に遭ってきた一般民衆が更なる被害に遭い兼ねません。」

更に、ギアは息を飲み、言い続ける。

「更に、特記すべき情報が一つ。この資料をご覧下さい!」

ギアは、紙媒体である、資料を見せた。それは、戦場になった箇所での犠牲者のリストを上げたものである。

 それは、国連軍が攻撃を仕掛けた事によって犠牲となった人々の情報が記載されていた。だが、そこに記載されている情報は報告されている内容よりも明らかに多く、そこに記載されている内容は、実際の犠牲者は平和国連盟から発表されている内容の約十倍は報告されているというのだ。

「これは平和国連盟の情報機関を通じ、私の下に情報提供してくれた内容となります。この情報によれば、平和国連盟が公表している戦闘の犠牲者の数は明らかに隠蔽されているという事になります!」

犠牲者の隠蔽は新生連邦軍が行ってきた事だ。徹底的な情報の遮断行為は新生連邦が今まで行ってきた事だ。故に、正確な数字が上がる事は無かった。証拠がなかったからだ。

「そして、実際の映像もあります。これは、ある知人が撮った映像となります。」

と、更にギアは端末を再び付ける。その様子に、メディアが着目しているのだ。

 そこに映るのは、国連兵が民間人を迫害し、そして、民間人に対して銃撃を行っているという残酷な光景だ。新生連邦軍が行っているような、治安維持の下に行っているという訳ではない。国連兵が、戦争に反対する民間人を撃ち殺している。これは、明らかにされていなかった情報である。

「平和を勝ち取ろうとする思念の元に戦っている者達が、一般市民の犠牲者の数を誤魔化し、あまつさえ、このような暴挙に出る必要があるでしょうか。私にはとても考えられない。無意味な死を遂げた一般市民の事を一切考えず、その事実を隠蔽工作をし、己の都合の良いように動く今の平和国連盟の存在は、あってはならないものだと考えます!これでは新生連邦政府が実権を握っていた時と何ら変わりがない。何も変わらないのです。ギルス・パリシムは反発する人間に対して弾圧を行い、そして、それらを隠蔽し、情報を隠してきました!これは最早、最早第二の新生連邦政府と言っても過言ではありません!!!」

ギアは思い切りテーブルを叩いた。最初に行ったギルスへの批判はあくまでも彼のエゴに対する話であり、今、話しているのは武力による平和が如何に危険かを訴えるものである。

そして彼はそっと息を吸い、静かに口を開けた。ギアは一度咳をし、その場にいた各メディアを見た後に口を開けた。

「以上が、ギルス・パリシム氏の暴挙とも呼べる事実です。彼が最高議長に変わってから、戦争による犠牲者は増え続けていました。それだけでない。罪なき民間人をも虐殺し、それらを隠蔽するという愚業は決して許されるべき事ではありません。」

明らかになる事実は各人を驚愕させていく。SNS上でもこの事が話題になり、世界中の人間があらゆるコメントを残していた。それに衝撃を受ける者、嘘だという者等。

 こうした情報は憶測が飛ぶ事が多い。この演説に対して疑問を抱く者も居るだろう。その上でギルスを批判する者も居るだろう。だがギルスが平和国連盟の最高議長でいる以上、これに異議申し立てを出来るのは、それ相応の力を持った人間に他ならないのだ。

 ギアは一部代表であり、立場はギルスよりも下になる。だが、平和国連盟に所属している彼が声を上げるという事は、ある意味、革命の狼煙を上げているようなものなのだ。

「新生連邦政府は今まで数多くの隠蔽工作を行い、罪なき人々の犠牲の下成り立ってきました。平和国連盟は本来、こうした新生連邦政府の監視を行う機関の筈。なのに今となってはそれがギルス・パリシムによって私物化され、平和国連盟の立場の下、新生連邦政府と全く同じ事をしようとしている。最早、このような世界はあってはならない。」

ギアはそっと呼吸を整える。演説は体力を使う。大衆に対して宣言をしなければならないからだ。それも、今回は世界中が彼を見ている。より、緊張が増すと言えるだろう。

「かつてのデウス動乱から六年余りが経過しました。先の大戦で地球の総人口の半数が死に絶えたあの惨劇。なのに、歴史は繰り返されようとしていいます。国連が勝利した新生連邦政府は脅威のいない世界の中で軍備増強を行い、その中でも多くの犠牲者が出ました。そして、犠牲者の隠蔽工作は最早語る必要性がないと言える程。私はあの、アルメジャン紛争の後、平和国調査団(Peace Survey Team)のリーダーとして派遣された経験があります。そこで知った新生連邦の非道。それからのロンドンの蹂躙行為。当然、許される事はないでしょう。同じ地球に住む人間が、同郷の人間を蹂躙する事等、あってはならない事なのです!ましてや、それを隠蔽する事はあってはならない!」

ギアの力強い演説に、皆が取り込まれていく。デウス動乱後に起きた残酷な事件を、一つ、一つ述べていくのだ。

「しかし新生連邦はその力を失った。国連が勝利を手にした為です。だが、その一方で平和国連盟は多くの民間人を犠牲にしています。デウス動乱後、当時の地球連邦から独立した国際平和機関という、監視をする立場の組織。それなのに、己にとって不都合な事実を公にしない上、そのトップに君臨する人間である、最高議長、ギルス・パリシムは組織を私物化しようとし、己の都合の良い世界を作り出そうとしている!皆が平和の為に活動している、その状況を余所に、私利私欲の為に、彼は動いていたという訳です!これではいつまでも平和が訪れる訳がない!世界中が疲弊している中で、こうした事があって良い筈がないのです!」

新生連邦、平和国連盟を批判した上でギアは語る。今の平和国連盟が新生連邦と同じ穴の狢である事を、大衆に伝えているのだ。そして――

「そして、こうした世界情勢を見て、私はある、決意を下しました。それは、新生連邦及び平和国連盟に縛られない世界。だがその為には世界中の人々の協力も必要となります。この世界を本格的に変えていく為に、真の平和の実現をする為に!

ですが、その為には“力”が必要になります。その事を皆様に理解して貰った上で、一つの軍隊の設立をこの場で宣言させて頂きます。

その名は、FPB!今、この軍隊の設立をここに宣言します!!!」

 

FPB。それはFalse Peace Breakersの略であり、偽りの平和を壊す者達という意である。ギアは、この、国連から派生した、FPB軍の創設をこの場で宣言したのである。その言

葉に各メディアは先程のギアの発言に、平和国連盟の隠蔽工作の件以上に、驚きを隠せない

様子だった。無論、驚いているのは各メディアだけではない。今この中継を見ているレイの

家族は勿論だが、世界中の人間達が驚愕していたのである。

 

 

 

やがて演説は終了した。この直後、世界中は新たなる軍隊、FPBの設立宣言という話題で持ち切りになった。動画サイト、SNS、果てはメディア各社が一斉にこの話題を扱った。

ギアの演説が終了した直後、レイはただ、呆然としていた。そして彼は悟る。〝また戦争が始まる〟と。

「戦争はまだ終わってないって事?」

「FPBだか何だか知らないけど、余計な事しなくて良いのに。こんなのが長引かれたら食糧も高騰してて生活が大変なのよ。迷惑よ、本当。」

「うーん、留学再開もまだ掛かりそうだなぁ。」

「学校再開して大丈夫なの?」

「さあ、それは学校の判断じゃない?」

と、家族はそれぞれの意見を言っていた。

 だが、これらの意見は全て、対岸の火事とも言える意見だ。世が大変な状況では日常生活に影響は受けるが、直接的な被害を受けるとすれば、実際に攻撃され、被害を受けた時のみ。それ以外では所詮他人事なのである。だから日常生活上の悩みを呟く事が出来るのだ。

だがレイだけは違う。彼にとって、これは対岸の火事に思えなかった。レイは、先の攻略戦を経て、もう戦わなくていいとはいえ、現実の戦争は終わっていない事実がある。それは、彼を悩ませる事になる。

(そんな……待って、もしかして、あの時ジャンヌさんが言ってた、“戦う”って……!?)

この時、彼の中でジャンヌの言っていた言葉が思い出された。

 

―――――――――――――――戦いはまだ終わっていません――――――――――――

 

彼の中で繰り返される言葉。そして、ギアの演説は彼女が言ったその台詞を現実のものとした。

 ジャンヌは、平和国連盟の隠蔽工作等を知っていたという事になる。そうでなければ、シュネルギアを去る際の、あの時のはっきりとした彼女の意思は説明が付かない。

(だからなんだ、あの時のジャンヌさんの言葉は……だから、あれだけはっきりと喋る事が出来るんだ……)

恐らく、ジャンヌはギアが創設した軍である、FPBに参加するだろう。それはつまり、アステル家が国連を離れるという事を意味していたのである。

(……だけど、僕にはもう関係のない話なんだ……もう……)

レイは一度、テレビから目を離し、彼は自分に言い聞かせるように思った。いくらギアが新たなる軍隊を設立したところで、もう自分には関係ない。もし彼とジャンヌ達が関係があると言うのなら、家族と共にこの場に居ないからだ。自分は軍属でも何でもないのだから、気にする必要などない。

この不快な気分を変えたいと思ったレイは、一度風呂に入る為に母親に言った。

「母さん、ちょっとお風呂に入ってくる。」

ギアが設立した軍隊、FPB。だがもうそれはレイには一切関係の無い事の筈だ。なのに、何故それが気になるのかは、彼自身にも分からない事であった。

 

 

 

シュネルギアのブリッジにて、ギアの演説の映像を見ていたジャンヌ達。ギアが宣言した、FPBと言う名の軍隊設立に対し、彼等はそれぞれ、言葉を発していた。

「遂に、宣言したね。これで俺達は本当に平和の為に独立し、戦うことが出来る。」

「ええ……あの方には感謝をしなければなりません。あの時、ジェッパー氏が平和国連盟の真実について話をして下さったから、私達は決意をする事が出来ましたもの。」

何故、彼女達が新生連邦本部攻略戦後も戦う道を選んだのか。それには、理由があった。

 あの戦いの後、ギアはギルスを訪れ、演説の際に使用した映像を密かに撮影した。その上でとある、ジャーナリストからの匿名の写真が彼等に送られた。その上でのデータ分析。こうした条件が全て重なり、ギルス・パリシムが議長を務める平和国連盟と言う存在が疑惑の存在へと変貌するのにそう時間を要さなかったのだ。

 レイが故郷に戻る際に、ジャンヌが戦う事を決意したのは、既に平和国連盟が偽りの平和を作り出そうとしている事を、知っていた為である。ギアが明かした情報は、元々疑惑の存在であった平和国連盟及び国連軍への決定的な決別に繋がった為であった。

 この事は、シュネルギアのクルーにしか知られていない。セイントバードチームに伝わったのは、ギアの演説が明らかになってからだ。

「私達はジェッパー氏の言葉を信じ、FPBの戦力として戦います。彼は現在の国連の真実を世界に知らせて下さりました。それに応える為にも……私達は立ち上がらなければなりません。」

「そうだね……俺達はそれで構わない。けれど、エリィさん達は……」

「……そうですわね。彼女達はこれからどうするのか。ただ、先の戦闘での国連への不審や、ジェッパー氏の演説は、彼女達を動かす“動機”としては充分であると考えますわ。」

「出来れば、協力して欲しいとは思うけれど……でも、無理強いは出来ない。エリィさん達にも生活はあるだろう。レイみたいに。」

「そして、FPBとして戦うという事は、国連以外にも新生連邦や宇宙に居るデウス残党軍とも戦って行く事になります。それがFPBという組織なのですから。」

この様子から、ジャンヌはギアに詳細を聞いている様子だった。だがこれも、真の平和を作り出す為の行動。今回の軍の設立は、その第一歩に過ぎないのだ。

 

ピピピピピ

 

その時だった。ジャンヌのEフォンから着信音が鳴った。彼女はそれに対応し、すぐに会話に応じた。相手は彼女の父、ジンクだったのだ。

『久し振りだな、ジャンヌ。』

「お父様!」

久し振りに聞く、彼女の父の声。威厳のある声はジャンヌを喜ばせた。

『先程のギアの演説は見ていたか。』

「はい!」

ジャンヌははっきりと答える。

『そうか。それならば話は早い。かつてのデウス帝国にMSを提供していたように、私はFPBをバックアップするつもりだ。ジャンヌ、お前はもう、決めたのだろう?ギアの演説を見て、自らの意思を決めたのだろう?』

そう言われ、彼女ははっきりと答える。

「ええ、お父様。私達はFPBとして、これからの戦いに参加する予定です。ただ、お父様にも伺いたい事があります。」

ジャンヌは決意を胸に秘めた様子で、言った。

『お父様は、FPBの事をご存知だったのですか?』

ジャンヌからの、純粋な疑問だ。ギアが宣言したFPB。それに合わせるかのようにジンクはジャンヌに電話をした。全ては、彼等が打ち合わせていた通りに段取りが進んでいるのだ。

『お前達が新生連邦本部攻略戦を平和国連盟に強いられる時から既に動いていた。多くの者が協力してくれたよ。そして、今に至った。ジャンヌ達には敢えて伝えんかった。新生連邦との戦いの後でこの組織の設立を宣言する気で居たからな。お前達の邪魔をする訳には行かなかったから。我々は表には出られん。故に、お前達の存在が頼りとなる。』

「お父様……そうだったのですね……」

ジャンヌはEフォンでジンクと会話をしながら周りの人間の目を見ていた。誰もが彼女に注目しており、真剣な眼差しで静かに頷いている。

『ただ、これからの戦いはより険しいものになる事は間違いないと言えるだろう。その為にも、我々は全力でバックアップをするつもりだ。』

ジンクの頼もしい言葉が聞けた。彼等なりのフォローも入る。そうとなれば、FPBとして戦う事は、頼もしい援助が受けられるという事だ。

『ただ、今後の戦場は宇宙になると思われる。国連とも、新生連邦とも、デウス残党軍とも今後は戦って行かなければならない。』

「ええ……それは承知の上ですわ。」

国連を離れるという事は、それ以外の勢力とも戦って行く事になる。最大で、四大勢力とも戦って行く事になるのだ。だがそれには明らかに戦力が不足しているのが現状だ。

「ただ、まず、全ての話を進めるには、ギアと合流してからだ。だが、気を付けろ。ギアは確実に国連の刺客から命を狙われるだろう。FPBの代表であるギアが暗殺されては話にならない。絶対に護衛を付けるようにしろ。」

「ええ、分かりました。」

『頼んだぞ、ジャンヌ。』

そう言って、ジンクとの会話は終わった。ジャンヌはEフォンを彼女が所持していたバッグの中に入れ、ブリッジにいた全員に言った。

「各員、ギア・ジェッパー氏を保護します。各員は護衛の為に準備を。アレン、ブライティスに乗って待機をして下さい。先の演説を受け、国連軍がジェッパー氏に何らかの刺客を差し向ける可能性は、極めて高いと考えられます。」

あの演説の後だ。間違いなくギアは狙われる可能性がある。そう判断したジャンヌは、まずギアをシュネルギアへ向かわせる為に護衛を行うことを決めた。

現在の平和国連盟の再興議長であるギルスに対して宣戦布告をしたギア。当然ギルスからは反逆者として見られるのは当たり前である。それは彼にとって危険な事だ。だが彼をここで失う事があっては全てが無に帰してしまう。FPBという軍隊を正式に活動させるためにも、ギアを護衛することは非常に重要な意味を持っているのである。

彼等はジャンヌの言う通りに行動を開始した。無論、その中にエリィ達の姿がある筈がなかった。何故ならば、彼女達はまだ何をすれば良いか分からずに困っていた為である。

 

 

 

その一方でレイは寝床に就こうとしていた。自分はもう、戦争と関係の無い生活を送って行く。ジャンヌ達はジャンヌ達、自分は自分……そう割り切る為に早く眠り、今日の演説の事を忘れようとしていたのだ。

(もう関係の無い事なんだ……もう……)

だが、どうしても彼は忘れられなかった。関係無いはずなのに、何故?どうして?訳が分からないままレイは無理矢理目を瞑った。そして何も考えないようにする。だが、それでも目が冴えてしまう

「どうしてなんだろう……どうして……?」

困惑するレイ。何故これ程気にしてしまうのか……彼自身もそれは分からない。

そうして気にしている時に、彼はふと、部屋に飾っている時計を見た。短い針が二の数字を指しており、それを見たレイは慌てて眠ろうと再び目を瞑る。何せ、明日は久し振りの学校なのだ。これ以上夜更かしをして寝坊する訳には行かないと思い、必死に眠る為に何も考えないように努力した。

しかし、この日の夜は結局まともに眠る事が出来なかったのである。

 

 

ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ

 

 

翌朝、Eフォンの目覚まし時計機能の音で目を覚ましたレイは、目を擦りながらベッドから起き、寒さに震えながら、学校へ行く為の学生服に着替えた。

久し振りに着る黒い学生服。その姿を鏡で見たレイは、非常に嬉しそうだった。

「本当に久し振りだなぁ、これ着るの。ああ、ダメだ、眠気が……」

昨晩はまともに眠る事が出来ていなかった為、レイに眠気が襲っていた。その為彼は大きく欠伸をし、その後で鞄を持って階段を降り、リビングへ向かう。

それから朝食を済ませ、学校へ行く準備をし、家を出た。本来ならば当たり前のその光景。だがレイにとっては新鮮に感じられた。彼は、〝元の生活に戻った〟と感動を噛み締めていた。そう思ったレイは、改めて昨日の出来事等忘れるようにしようと決意したのである。

登校途中で見られる、何気ない道、変わらない道。全てがレイにとって懐かしく、新鮮に感じられた。これから電車に乗って学校まで向かう。そのような事等最近までは想像すら出来ない事だったのだ。この時、彼は睡魔に襲われながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

それから、彼は久し振りとも呼べる、ベレーナジュニアハイスクールに辿り着く。そこには見慣れた生徒達の姿が多数見られた。学校に通う生徒の姿、そしてそれらと共に校門を潜る喜び。レイはこの当たり前の日常が嬉しくてたまらなかった。

すぐに彼は教室へ向かった。懐かしの教室に入り、自分の席に座る。そして、レイの友人であるモークに挨拶をした。

「モーク!」

「お、レイじゃん!久し振りだな!」

久し振りに出会ったクラスメイト。そして――

「レイ!」

「リルム!」

共に故郷であるモントリオールから離れ、様々な光景を見て来た幼馴染であり、恋人であるリルムも教室にいた。彼女の制服姿を見るのは随分と久し振りであり、レイは可愛らしいリルムの制服姿を見て笑顔になっていた。

「なんか……本当に久し振りだね、みんな……リルムって制服そんなに似合ってたっけ……?」

何気ない一言だったが、それがリルムを少し怒らせた。

「も……もう!失礼ね!そういうレイだって学ラン久し振りじゃない?」

「お前等、久し振りの筈なのに相変わらず仲が良いよなぁ。あれだ、絶対会ってただろ?密会してーそれからーな!」

「もう、モーク……!」

レイとリルムとモークの会話が始まった。このような会話を最後にしたのはもういつの話だっただろうか。普段なら在り来たりの会話内容であるのだが、今回の場合はレイにとって嬉しくて仕方がない。それはリルムにとっても同じである。

 

その後、担任教師のリアン・マーキュリーが教室に入ってきて、ホームルームを行った。久し振りに見る先生の姿、そしてクラスメイト。この光景を見て、本当に元の生活に戻ってきたのだと確信するレイ。と言ってももうすぐ卒業であるのだが。とは言え、卒業までの残り少ない時間を大切にしなければならないと、レイは感じていた。

 

「久し振り~」

「でさ~」

「うんうん!」

「元気だった?」

「超暇だったんですけど~」

ホームルームが終わり、しばらくクラスメイトたちは雑談を続けていた。それから、全校生徒が集合する為に全員は体育館に集められた。

体育館での話は学校長が、学校を再開することに関する説明を行っただけであった。その間話が面倒だと感じていた生徒達はざわざわと話をする。幾度か先生から注意はあったが、それを聞く人間等、皆無に等しいと言えた。

やがて話は終わり、一同はそれぞれの教室へと向かう。皆が教室へ向かっている最中。人混みの中で、レイはリルムと会い、その際、彼女は言った。

「ねえ、レイ。」

「どうしたの?」

「手、繋ごっか?」

突然彼女の口から出たその言葉。レイは顔を赤くし、動揺する。

「え……え!?ど、どうして?」

「いいから!ほら!」

そう言ってリルムは無理矢理彼の手を繋いだ。レイは顔を赤くしつつも、嬉しそうな表情を浮かべている。

「うー……なんか恥ずかしいな……」

「……もう……私達、付き合ってるんだから、別にこれぐらい良いでしょ。」

人混みの中で行われたこの動作。リルムがこのような大胆な行動に出る理由は一つ。姉に言われた事を気にしていたからだ。

 

――――――――――――――もっと積極的に行かなきゃだめよ―――――――――――

 

姉が言っていたこの言葉が頭から離れず、少し大胆に行こうと思っていた彼女が起こした行動である。この後二人は人混みの中で、両者の手を離すことは無かった。生徒の中の何人かはこれを羨ましそうに見ている者もいたが、声を上げて出す事は無かった。

 そもそも彼等は非日常の中で時間を共にした者同士だ。なのに、そこから進展がない状態が続いていたのである。リルムは、その中で勇気を出して、行動を起こしたのだった。

 それは、幼馴染という期間が長すぎたが故なのか。人はその期間が長ければ、いくら恋人同士にステージが移行しても、払拭しきれないものなのか。レイとリルムがその関係を作っているだけなのかも知れない。

だが、この仲の良い二人を遠くで見ている人間がいた。三人の不良男子生徒、ミラース、シアス、スーである。彼等はレイが二年の時に同じクラスだったが、三年になって滅多に学校に姿を見せなくなった。やがて世界情勢が不安定になり、休校となった。

そして登校日である今日、偶然にも学校に現れた。その際、レイとリルムが仲良く歩いている姿を見て、どういう訳か、苛立ちを覚えていた。

「うざ。あんななよなよしてる奴とエリアスがくっついてんのかよ。」

ミラースが煙草を吹かしながら言う。その側には煙草の残骸が側に落ちていた。

 嗜好品としてこの時代にも残る煙草だが、当然ながら未成年に悪影響を及ぼす事に変わり無い。それでも彼は恐らく、それを吸っていたのだろう。

「あいつら幼馴染らしーぜ。そこから発展したとか。うわー俺ですらいねーのにあいつにいるとかマジかー負けたわー」

「つーかキレスってキモいぐらい女顔じゃね?なんであんなのが女と手を繋いでる訳?しかもエリアスと。」

シアス、スーがガムを噛みながら言う。すると、ミラースが煙草の吸殻を床に落とし、靴で踏みつけた後で笑みを浮かべた。

「あのさ、あいつが本当に女を持つにふさわしいか試そうぜ!」

ミラースは突如指関節をポキポキと鳴らし始めた。それを見てシアスとスーが笑う。

「お、いいねー、面白そー!女を持つに相応しいか力比べだな!」

「いいなそれ!俺なんか、前に惚れた奴いて、告ったのはいいけど見事に振りやがってさ。で、後で現れた男がヒョロヒョロの弱そうな奴でさ、かなり腹立って殴ったんだけどさ、それから別れてやんの!やっぱり殴りの強いヤツが勝つんだよ!」

レイに、危機が訪れようとしていた。自分よりも弱そうな人間が女の子と仲良く手を繋いでいるという、ただそれだけの余りに低俗な理由でレイに暴行を加えると言い出したこの三人。

無論レイはそんな事等知る筈がない。何も知らず、ただ笑顔でリルムと話をしているだけである。

「けど三人じゃ少なくね集団リンチで制裁を加えてぇな?」

「ゲノンさんらに来てもらおーぜ。」

「来たら六人かよ。放課後さ、体育館裏で六人相手して倒せたら一人前ってことで!」

「ま、勝てる訳ねーけどさ!!ゲノンさんこういうの好きだし、どーせあの人暇だから学校来るだろ。」

ゲノンと言うのは、この生徒達の、一つ上の年齢の男である。ベレーナジュニアハイスクールの卒業生で、現在はバイクに乗って様々な場所で問題を起こしている暴走族のリーダーを務めている。性格は極めて悪質で、面白そうならば何でもするという人間であり、ミラースとシアスとスーとは同じく不良生徒と言うことで、ゲノンの在学中はよく外で問題を起こしていた。

彼らが言っている、合計六人というのは、ゲノンの仲間が二人来るという意味である。というのも、ゲノンも今のミラース達と同じように三人で問題を起こしていたからだ。

そして三人はレイとリルムが教室に入る姿を見て、不気味な笑みを浮かべた。無論レイはこの事を知らない。この事実とは裏腹、彼は幸せそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

放課後、レイとリルムは一緒に帰っていた。もし不良達に危機が訪れていたのならば、彼は今頃体育館裏に呼び出されていた筈だ。しかし何故かレイはリルムと帰っている。と言うのも、ゲノン達は今日、用事があって来られないというのだ。レイに対する暴力が実現するのは明日になるという。本日の危機は免れたが、明日、彼に危機が訪れるという事実が彼に襲い掛かる事になる。

それからレイはリルムと分かれ、駅へ向かう。その最中、街頭にあったテレビに演説するギアの姿が映っていたので、立ち止まってそれを見た。 

暫くするとテレビに映っているギアの姿は消え、先程まで流れていたギアの演説に対して、コメンテーター達がそれぞれ自分の意見を述べ始めた。レイが見ていたのは、ワイドショー番組だったのである。

『これは新手のテロの宣言ですよ。平和国連盟から派生した、れっきとしたテロです。面倒な事をしてくれましたね。せっかく、世界は平和になりつつあるというのに。』

『けれどもあの映像が事実ならばそれこそ問題であるような。ギルス・パリシム議長が組織を私物化しているのが事実なのなら、それこそ問題ですよ!?』

『しかし、テロを黙認していては平和にとってどれ程の脅威か分かりませんよ!?』

コメンテーター達が繰り広げる論争。レイはこれを見て、表情に笑顔が消えた。

新しく始まろうとしている戦争、その戦場に自分がいないと言う事、レイはそれらの事に困惑していた。

やがて彼はそのまま帰路に着こうとしていた、その時。

『ここで、臨時ニュースが入りました。平和国連盟代表のギルス・パリシム最高議長が、平和国連盟本部にて緊急演説を行うとの事です。』

ギルス・パリシムが演説を行う。それを聞いていた時のレイの目はテレビに釘付けだった。

 

 

 

ギルスが演説を行う場所。それは、昨日ギアが演説を行っていた場所と、同じ場所であった。

やがてギルスは、メディア各社に対し、静かに語り出す。

「平和国連盟加盟国の皆様。昨日の件に関して記憶に新しいでしょう。ですが、私はこの場で宣言します。あれこそ、偽物の映像記録であると!!」

大声で語るギルス。その様子を、世界中のメディアは注目していた。

「ギア・ジェッパー氏は私に対し、あろう事か公の場においてフェイクニュースをでっち上げました。その上でFPBだとかいう軍の設立まで宣言をしました。これは最早、明らかなるテロリズムの躍起以外の何者でもありません!」

ギルスが反論をするのは至極当然だ。だが、彼が組織を私物化していると発言した映像は既に世界中に出回ってしまっている。これに対する疑問を抱くのは、大衆である。

「平和国連盟が地球上に於いて実権を握っている今、それに対して不穏分子が出現するのは分かりきっていた事!それに、私はジェッパーが嘘、偽りの動画を作っていたという証拠を持っている!今から、この放送を見て頂きたい。これが真実であるという事を!」

次の瞬間、ギルスの背後に巨大なスクリーンに動画が映し出された。

監視カメラの視点で映されているその動画に映っているもの。それは、ギアがコンピュータを操作し、動画の編集を行っている様子が映し出されていた。その映像は、昨日ギアが世界中に流した、ギルスの台詞が入っているものである。そして、このギアの近くにはギルスの容姿と、酷似している一人の男の姿が映っていた。

この映像が示すもの。それは、フェイク映像。ギルスは自らの影武者を利用し、その上で映像の再編集を行わせたのだ。完全なる隠蔽工作。本来事実とする昨日の動画を打ち消さんとするこの偽りの真相の動画は、各メディアに衝撃を与える事になる。

「この動画を見て頂ければ一目瞭然です。これが、ギア・ジェッパーの行った妨害行為の全貌です!最早語る必要もないでしょう。FPBなどという軍隊を樹立し、宣戦布告を行ったつもりでしょうが、あろうことか、嘘、偽りの動画を世界に広め、平和国連盟の脅威に自らなった!これが如何に愚かな行為か、彼は何も分かっていない!そして、彼が演説内で言った写真、情報も全ては出鱈目!似非!それらを堂々と公然の場で出せるなど、盗人猛々しいとはまさにこの事です!!」

ギアの流した動画や、写真、データは、全てはギアが作り替えたものだったと言う事。それはギルスの偽りなのだが、現在平和国連盟の最高議長となっている人間の立場ではその情報すらも、真実に塗り替える事が出来る。そして、ギルスの語った言葉がメディアを通じて世界中に知られれば、当然ギアを見る世間の目は厳しいものとなる。

 

 

 

 演説が終わった時、レイは、モニター越しのギルスの存在をそっと睨むように見た。彼の言葉は恐らく嘘だと、直感で感じ取った。

 レイは国連に強制的に戦わされた立場の人間である。そして、その存在に疑問を抱いている。ギルスの言葉が似非に聞こえて当然と言えた。

「この人……明らかに嘘を吐いてる。僕達はこの人に強制的に参戦させられたんだ。なのに、こんな事を言ってる……」

彼の中で、苛立ちを覚えていたのは間違いなかった。だが、今のレイには関係のない事。その為、ただ憤りを感じる事しか、出来なかったのである。

 

 

 

この演説が行われる数時間前。シュネルギアのクルー達は、国連に対して宣戦布告をしたも同然のギアをシュネルギア艦内まで護衛する事に成功していた。もし彼等がギアの護衛を行わなければ、国連の兵士がギアを暗殺する可能性があったのだ。

ギアは演説の後、平和国本部の一室で過ごしており、出ていく機会を伺っていたのである。下手に出れば殺される可能性がある状況だった為、彼は昨日の内に平和国本部から脱出する事が出来なかったのだ。そして今日になり、連絡を取ったシュネルギアのクルーがギアの脱出に協力し、今に至る。その際、彼は変装をし、周囲の様子を見て、脱出したのである。

シュネルギアのブリッジにて。ギアはその場にいた全員に対して言う。その中には、シュネルギアのクルーは勿論だが、セイントバードチームの面々の姿もあった。

「皆の行動に心から感謝するよ。あの場で堂々と軍隊設立の宣言をしたんだ、命も狙われる可能性があるだろう。それを見越して行動してくれた事はありがたい事だ。」

「いえ……貴方が居なければこの先、路頭に迷う事になるでしょうから。貴方は非常に大切な御方です。今後の世界の、代表になる必要がありますから。」

「そうだね……その為にも今の間違った国連を正す必要がある。ちなみに戦力に関しては心配しないでくれ。手配は既にしている。だから今の状況からFPBが不利になるという事は無い筈だ。昨日の演説より、世界中で動きがあった。ギルス・パリシムを見限る人間も見られるという。」

シュネルギアのクルーはこの事を大いに喜んだ。  

FPBの創設により、戦争は続く。しかしギアが世界中にギルス・パリシムの思惑を知らしめた為、シュネルギアクルーは国連の為に戦う事に疑念を抱いていた。その矢先にギアが新たなる軍隊の設立を宣言した。彼等に迷いは無い。FPBという新たなる軍隊となり、戦って行くのだ。

しかし、その中で未だに迷っている者達があった。セイントバードチームのクルーである。彼等はこの先どうすれば良いか分からず、ただ焦るばかりであった。戦うべきなのか。別にもう戦わなくて良いのか。エリィは、静かに考えていた。

ただ一つ言えるのは、ギルス・パリシムが私利私欲で平和国連盟を我が物にしようとしているという事実があるという事である。

 

 

 

だがその時だった。先程レイが見ていた、ギルスの演説が放送されたのは。ギルスの口から出る、嘘、出鱈目に、動画や、捏造されたデータ。この様子が映し出された時、ブリッジ内は騒然としていた。嘘を平気で放送しているこの男に対し、ギアは憤りを感じていた。その表情は先程と明らかに違っており、彼は握り拳を作って怒りを露にした。

「ギルス・パリシムめ、やはり面子を守る為に反論して来たか。あんな嘘丸出しの偽りの動画を流す等、どうかしている……」

だがいくらギルスの流した動画が嘘だと言っても、世間はどちらが事実なのか分からない状態である。ギルスを信じる者もいれば、ギアを信じる者もいる。だがしかし、新たなる軍隊の設立をし、国連に宣戦布告をしたギアを支持する者は、世間一般では余りに少なく、FPBを支持する人間というのは、余りに少ないと言えるのだ。

「いくら真実を述べた所で、結局は権力を持つ者が独善の為に動けばそう簡単には大衆を動かす事は難しいと言う事ですわね……」

ギアの言葉が正しいとは言え、権力者の前では戯言に聞こえてしまうのも無理はない。ギルス・パリシムは嘘を言っているとは言え、それを純粋に信じる人間というのは余りに少ない。世間一般では、ギア・ジェッパーの言葉が似非に聞こえてしまうのだ。

真実を言ってもこのように掻き消されるという、この現状に、クルー内の誰もが憤りを感じていた。

 

「……なんなの……これ……?」

その時、エリィが口を開き、喋り出した。ブリッジ内にいた全員が彼女の方向を見る。

「……これが平和国連盟の議長なんですか?私達、彼に戦いを強制されたんですよ?非戦闘員だって保護してもらえなかったんですよ?その上でジェッパー氏が昨日訴えた事に対してこんな嘘の演説をするんですか……?」

エリィの手は震えている。今までにない程に、怒りを感じている。強制的な戦いを強いられ、その上で今の演説は全てが偽り。ギアの演説こそが、真実なのだ。

「あの議長が出している映像も文も、全部嘘ですよね!?あれは偽物の人間を使用しているんですよね!?」

モニター越しにそれを解析する事は難しい。あくまでも疑惑に過ぎない。だが戦いを強制されたという事実は、エリィを怒らせるのに十分な効果を持っている。

嘘、偽り……それを平然と世界に公開するという行為を行った平和国。エリィはこれが許せなかったのだ。ギア同様、怒りを露にするエリィ。その側にいたネルソンも口を開けて言った。

「同意だな……正直、不愉快極まりない。平気で世界に対して嘘を吐くとはな。それも、全く悪びれる事なく、堂々としている。」

平和国連盟の最高議長という絶対的なポジションの人間故に、堂々と嘘を吐けるのだろう。それを理解しているが故に、怒りを感じている、ネルソン。

「ネルソンもそう思う?そうよね……あんなの、どうかしてるわ……」

彼等が喋った言葉……それはブリッジ内にいた、他のセイントバードチームのクルーにも影響を与えていく。彼等にもギルスの、偽りの演説が許せないと言う考えが生まれていたのだ。

「酷過ぎるぜ……」

「あれが平和国のやる事かよ……」

「艦長や大尉の言う通りだぜ」

様々な言葉がセイントバードチームのクルーから聞こえた。

権力者やその立場の人間というのはそのプライド故に自らの過ち、嘘を否定しない。客観的な嘘でも、その立場の人間であるが故に驕り高ぶる。それが平和国連盟の最高議長というのだから、この歪んだ世界は簡単には変えられないのかも知れない。

 だからこそ、立ち上がらなければならないのだろう。その人が過ちを犯しているのなら、それを変える力は必要だ。その時、エリィは突如歩き出した。そのまま、ギアの側に近付き、そっと息を吸い、声を出す――

「決めました!私、戦います!真実の為に!こんな嘘に負けたくない、真実が消される世界で過ごしたくない!だったら私は戦う!」

大声で言われたものだから、ギアは最初、戸惑った。しかしエリィの言葉を聞き、彼は自らの怒りを抑え、彼女に対して言った。

「それはつまり、FPBの一員として戦ってくれるという事かい?」

エリィの決意の言葉を聞き、ギアは目を何度か瞬きさせたのである。

「はい。私、こんなの嫌です、認めたくない……私はMS乗りです。ですから、正直、貴方方と釣り合わないところも多いとは思います。元々MS乗りはこのような事態とは関係なく動いている人達が多いですから……ですけど、今回の件はあまりに酷いと思いました。その為、私もFPBの一員として戦いたいと本気で思いました。」

確かに、今までセイントバードチームはMS乗りとして幾多の国を旅してきた。彼等は、母艦を拠点として元々は慈善行動や、MSのスクラップ、部品を売ったりして生計を立てる、ただ、それだけだった。艦長であるエリィがそのようにセイントバードを動かしてきたのだ。

しかし今のエリィは違う。世界に真実を知ってもらおうとしていた。それはつまり、本当の平和の為に戦いたいという事だった。

 だがこの言葉に対し、ギアは言った。

「……少し、冷静になった方が良いかも知れない。戦力となってくれる事は非常にありがたい事だ。しかし……君達はMS乗り。別に私達に付き合う必要はない。よく考えて欲し――」

「感情で言ってません!私は本気です!」

ギアが台詞を言い終えようとした時にエリィは再び大声で言った。

彼女の意志は固かった。世界に向けて平気で嘘を吐く平和国連盟の最高議長、ギルス・パリシムが許せない。彼女は握り拳を作った。

「……後悔は、しないかい?」

「協力出来る立場にいる以上、私は行動したいと思っています。こんな嘘が流れる世界なんて、嫌なんです。真実は行動で示さないと……だから私は戦います!」

エリィがギアに言った時、ネルソンも静かに口を開ける。

「エリィ、どうして一人だけで戦おうとするのだ?」

「え……?」

ネルソンの方を見る、エリィ。

「今、君は〝私は戦います〟と言った。〝私達〟ではない事に私は疑問を抱いた。」

「それは……これは私の意志で……」

彼女はネルソンに言われ、思っていた事を述べる。しかし次に、ネルソンが言った。

「何故私を入れてくれない?私も君と同じ考えだと言うのに。」

「え……!?」

エリィは驚いていた。戦いに参加するのは自分だけで良い……そう思っていたから、まさかネルソンが協力してくれるとは思わなかったのだ。その為、彼女は少し申し訳が無い気持ちになった。

「ご、ごめんなさい……私、自分の事ばっかりで……前の戦いの時だって……」

エリィはネルソンが自分に気持ちを伝えてくれた事を思い出し、彼に謝った。それに対し、ネルソンは少し笑みを浮かべて言った。

「謝るべき相手は私だけでは無いぞ。周りを良く見て見るんだな。」

そう言われ、エリィは辺りを見る。そこには、エリィと同様に、決意を固めたセイントバードチームのクルー達がそれぞれ胸中の思いを語っていた。無論、いずれもが彼等の意志であり、エリィはそれに驚きを隠せないでいた。

「変ですよね……こんなの!考えは艦長と同じですよ!俺も戦います!FPBとして!」

「艦長は一人で何でも決めないで!俺達がいるじゃないですか!」

「パイロットじゃないけど……整備士として最後まで付き合いますよ、艦長!」

「今までずっと一緒だったじゃないですか!そんな俺達を信用して下さいよ!あんた一人人じゃないんスから!」

セイントバードチームのクルー達が次々と語る。その光景を見て、エリィは笑顔を浮かべた。

「みんな……けど……良いの?本当に?」

彼女の言葉に対し、その場にいた全員が、

「もちッスよ!」

と言った。それを聞き、エリィは笑顔になった。

「ありがとう……まさか、こんなに協力してくれる人がいるなんて思わなかった……」

「当然じゃないっスか!」

自分には仲間がいると、改めて認識させられた瞬間だった。エリィは信頼されている。信頼されているが故に、彼女に付いて行く人がいる。彼女は心底喜んだ。

しかしその一方で、やはり不安な事があった。それは、本当に全員が戦う事を決めたのかと言う事である。

「一つ、聞きたい事があるの。」

そっとエリィが口を開けた時、セイントバードチームのクルー全員が黙った。

「この中で、故郷へ帰りたい人がいたら申し出て下さい。これは決して強制ではありません。レイ君だってそうです。彼も故郷へ帰りました。貴方達の中にも、そんな人がいれば必ず申し出て。戦いたくないのに戦わせるのは、嫌だから……」

エリィは念を押すように確認した。だがセイントバードチームの面々は全員拒む様子は無い。皆、戦う気でいたのであった。それを見て、エリィは

「後悔しないで下さい。私達は、戦います。FPBとして。」

と、言った時――

「エリィ、スバキやエレン達はどうなる?彼女達もレイと同じ歳の少女だぞ。」

と、ネルソンが言った。

実際、今この場にはスバキやエレン、ガーストやプレーンといった人間がいない。彼等の意見も後に聞く必要があったのだ。彼女はとにかく、無理を強いたくない。共に戦ってくれる事は心強いが、それでもまるで強制参加のような形になるのは宜しくないと思っていた。

「後で彼女達に聞くわ。今は私達が戦う事を決めただけだから……」

エリィは笑顔で答える。と、そこへミシェが彼女に言った。

「俺も協力はする。けど協力するにしても問題が一つあるぞ。俺達はどういう扱いになるんだ?今まではセイントバードがあったからこそ、お前は艦長としてやっていけた。けど今はそれがない。」

「あ……そっか……そうだった……」

彼女はミシェに言われ、肝心な事を思い出した。母艦が無いのだ。

エリィの場合、今までセイントバードの艦長を務めてきただけに、母艦が無いという事……それはつまり、何をすればよいか分からないと言う事だった。ネルソンはハルッグのパイロットを、ミシェは整備士をすれば良いかも知れない。しかし、エリィは何をすれば良いか分からないのだ。セイントバードが沈んだ為、新たなる母艦と言えるものがない。それによりエリィは困惑する。

その時、ギアがそっと口を開けた。

「〝既に手配はしている〟先程、私はそう言ったよ。」

「……え?」

首を傾げるエリィ。何を言っているのだろうかと言わんばかりの、彼女の姿を見てギアは微笑しながら言った。

「言葉通りの意味で捉えて欲しい。君達がFPBとして戦ってくれると言った以上は我々も協力は惜しまない。強力な戦艦を用意させてもらうよ。それは、アステル家の地下に収納してある。」

まるで、全てが用意されていたかのような展開だ。この言葉に驚愕しているのは、エリィだけでない。ジャンヌも、この話に驚いていたのだ。

「お父様は、いつの間に……」

「隠していてすまないとは思っていた。実は、この事はジャンヌ嬢には秘密だったんだよ。来るべき時の為に、ジンクと極秘裏で進めていた。それが、今になったと言う訳さ。」

ギアはウインクをして、言った。

「あ、ありがとうございます!!!」

エリィは笑顔になった。ギアは既に新たなる戦艦を用意しようとしてくれていたのだ。そうとなれば話が早い。エリィは再び艦長として活動できる事を喜んでいた。

「良かったじゃないか、エリィ。戦艦があるのは頼もしい事だ。」

ネルソンがエリィの肩に手をおいた。エリィは嬉しさの余り、ネルソンにもたれ、そのまま目を閉じた。

「良かった……これで、皆を纏められる……艦長として責務を果たせそう……」

新たなる母艦の存在を約束されたエリィは有頂天だった。セイントバードを失った悲しみは大きかったが、それでも新たなる母艦が手に入ると言う事で、彼女を、一層やる気にさせていく。

「さて、まずはFPBの旗艦をシュネルギアとさせてもらう。これは、ジンクにも確認済みだ。宜しいかな。」

その言葉に対し、ジャンヌは

「ええ、喜んで。」

と笑顔で答えた。この瞬間、FPBの旗艦はシュネルギアに決定したのだ。

「尚、FPBは軍隊と言っても、元々軍属で無い君達に無理矢理階級を与えると言う事はしたくない。君達は従来通りのままでいて欲しい。協力してくれる元国連軍の者には階級毎に呼ばせてもらうようにするから、安心して活動して欲しい。」

国連から独立した軍として存在しているFPB。当然ながら問題はある。正式な軍という扱いではない為、正規軍からすればテロリストのような扱いとなってしまう。平和国連盟側からすれば非公式の存在になってしまう為である。

 しかし所属を変えたとしても、その階級を変動する事をしてはいけないし、それによって格差を産んではいけないと考えているギアは、有志の人間を尊重する姿勢を取ったのだ。

FPBは設立したばかりの組織。故に、皆が平等なのだ。

「さて、今後だが、間違いなく国連はFPBに対して攻撃を加えてくるに違いない。今後はそれを警戒していく必要がある。その上で、出来るだけこの場を急いで離れ、アステル家に向かう事を提案しよう。」

ギアの言う通り、彼がシュネルギアにいる限り確実にシュネルギアは国連の攻撃を受ける。彼等はすぐにでも宇宙に向かいたい気持ちだったが、まずはアステル家の地下にあると

される、新型戦艦を取りに行かなければならない為、宇宙へ出る事は出来ないのだ。その上、

彼の手配もまだ完全とは言い切れない。

今の彼等は国連に狙われる立場にある。故に、行動は慎重にならざるを得ないのである。

 

 

 

この後、エリィはブリッジに居なかった人間に対し、一人、一人にこれからどうするかを聞いた。スバキ、エレン、ガースト、プレーン、ウィリア。いずれも、この先FPBとして戦う必要のない人間ばかりである。エリィは真剣な表情で、彼等に聞いた。

その結果、皆が彼女についていくと言ったのだ。エレンとスバキは似たような理由で、助けてもらい、その恩返しがしたい為だという。これに対し、エリィは

「そんなことなんていいのよ?貴方達には本当にしたい事があると思うの、だから……」

と言うが、両者はそれでも共に戦いたいと言った。 

スバキの場合はパイロットとして戦えるが、エレンの場合はパイロットとして戦う事は出来ない。彼女の場合は、料理や洗濯といった日常生活の事で協力したいというものだった。

「でも、戦艦の中にいる以上はいつ破壊されてもおかしくない。最悪な状況を言うと、全滅してしまう危険だってある。それでもいいの?」

「はい!どの道、私はここにいるしかないです。なら、せめて出来る事をしていきます!」

エレンは躊躇うことなく言った。彼女の目に迷いは無いと判断したエリィは、エレンもFPBの一員と決めた。そして、スバキが言う。

「なんか……中途半端な気がするんだ。レイとリルムには家族がいるから、家族と一緒に幸せな生活を送ればいいと思う。けど私には家族はいない。幸せな生活は送れない。だけどさ、こんな私でもやれることがあるんなら、やりたいと思う。艦長、お願いだ。戦わせてほしい。」

「……覚悟は出来てる?これからは名義上は軍の所属になるよ?つまり、今までみたいに巻き込まれる戦いじゃなくて、戦いを仕掛ける事もある……つまり、戦争になっていくのよ?」

「……ああ。それに、国連の連中のやり方、納得出来ないしな。」

スバキは承諾した。これで、彼女はスバキの意志を確認する事が出来た。

残るはガーストとプレーンである。ガーストは自身の身体が完治すれば戦えると言うので、是非、自分もFPBの一員として戦いたいと言う。プレーンはそのガーストについて行くだけ。その結果、彼らもFPBの一員として戦う事を決めた。

後はウィリアだ。彼女は元々バンディットである。無理にFPBとして戦わせる理由がないのだ。と言うのも、ウィリアの場合はあくまでも保護していただけに過ぎないからだ。

元々はミルフの保護の為にセイントバードと同行していたが、肝心の彼女が自死を遂げてしまった為、もう、ウィリアがここにいる必要はないと言えた。

「貴方達が軍として加わるというのなら、私はもう、必要のない存在ね。私は軍人じゃないただのバンディット。軍属じゃないもの。」

ウィリアは笑顔で答える。ここに来て、ウィリアはエリィ達を別れる事を決意したのだ。

「じゃあ、ここでお別れですか?」

と、エリィが言った時――

「今からこの戦艦はアステル家に向かうのよね。そうね、せめてその全貌を見せて貰ってからお別れをしようかしら。知りたがる私としては絶好の機会。無論、公表なんてしないわ。個人の思い出として、残しておくつもりだもの。」

アレンと酒を酌み交わした時に知りたがっていたアステル家の秘密。今、彼女はそれを知る事が出来る場に居たのだ。

 そもそも彼女がアステル家の戦艦である、シュネルギア内に居る事自体が幸運と言える立場と言える。これも、エリィ達がジャンヌと繋がりがある為に叶うことが出来る事なのだ。

「アステル家の事を口外しないとお約束出来るのでしたら、歓迎ですわ。」

と、ウィリアの前にジャンヌが現れた。世界的歌手である彼女を目の前にし、ウィリアは、どこか緊張している様子だった。

 年齢は彼女の方が上であるが、目の前にアステル家の令嬢が居るという事実は、ただ、彼女を驚愕させるのだ。

「ありがとう……それにしても、エリィ達がこんな世界的歌手と知人関係なんて、縁って本当に不思議な物ね。」

そっと髪を掻き撫で、ウィリアは言った。

 彼女自身、多くの人間を失った。弟を始め、恋仲に落ちたギィルや、友人のニーア、そしてミルフ。今のこの時間は、彼女にとってはほんの一時の、安らぎの時間と言えたのである。

 

 

 

 その後、シュネルギアはアステル家に向かった。その中で、多くの情報を分析する必要があった。

 と言うのも、宇宙に上がる為にはマスドライバー施設が必要となる。この施設は、新生連邦と国連がそれぞれ、本部のあるアメリカを始め、大陸の各所に合計八施設が存在している。FPBは、アステル家の地下にある新造戦艦を受け取った後にマスドライバーで宇宙に上がる必要があるのだ。MS程度を宇宙に上げる方法は各基地で実践されているが、戦艦クラスの質量を宇宙に上げるには、この、マスドライバーの存在が必要不可欠なのである。だがこの時、彼はマスドライバー施設の残骸の画像を目の当たりにしていたのである。

 それは、新生連邦軍や国連が所有していた筈のマスドライバー施設が何者かによって破壊されている姿だった。人類の宝とも言えるその施設が破壊する事は、いくら戦争状態の新生連邦と平和国連盟であれ、あってはならない事である。

「ジャンヌ嬢、厄介な事になった。世界中にあるマスドライバー施設の内、既に四施設が破壊されている。八施設の内、四つだ。半分も破壊されているのだ。」

それは衝撃の言葉と言わざるを得ない。何故、このような事が生じるのか。一体、何者がそのような事をしているというのか。

「FPB設立と同時に確保していたマスドライバー施設が、何者かに既に破壊されているという知らせを聞いた。幸い、FPBの先行部隊が既に宇宙に上がってはいる。だから、後は旗艦であるシュネルギアが宇宙に上がる必要があるというのに……」

FPBの設立後、国連から反旗を翻していた別働隊は既に確保していたマスドライバーを利用し、宇宙に上がっていたのだ。残るは中心となる彼等が宇宙に上がるのみなのである。

「何者かが、妨害している可能性が高いという事ですね。」

「恐らくは。我々の行動を察知した国連が先回りしている可能性もある……だが、国連も宇宙に物資や戦力を送り出さなければならないだろう。となれば、それはおかしい話になる。」

一つ言えるのは、これらのマスドライバー施設は新生連邦所属のものと、国連所属のものの、それぞれ二つずつが破壊されているという事だ。つまり、どちらかの所属している者が暗躍しているとは、考えにくいのだ。

「そもそもマスドライバーの破壊は条約で禁止されている筈。それを平気で行う者が居る等……」

この事に憤りを感じるギア。それも当然の事だ。

地球の人類が宇宙へ行く為の唯一の方法であるマスドライバー。それはデウスや新生連邦や国連等の勢力に関わらず、人類共通の宝として長く存在していた。しかし、それを容

易く破壊する者がいるという事実だ。憤りを感じるのは、当然である。

だが、憤りを感じたとしても、現実問題マスドライバーは破壊されている。残る四施設の内、確実に一つを確保し、一刻も早く宇宙に上がる必要があるのだ。

「もしかすれば、その、新造戦艦を受け取っている間にもマスドライバーは何者かに攻撃を受ける可能性が考えられますわね。」

考えたくもない事だが、可能性は十分に有り得る。もしそうなった場合、目も当てられないのだ。

「そうだ、良い考えがある。」

その時、ギアは突如言い出した。そのまま考える素振りを見せ、口を開く。

「このシュネルギアと、もう一隻の新造戦艦を使い、アステル家に着いてから二手に分かれるのはどうだろうか。マスドライバーが破壊されつつある現状を見れば、出来るだけ早く、我々が動く必要があるだろう。」

「シュネルギアはFPBの旗艦。つまり、中心だ。我々が早く動かなければならないのは当然だ。故に、出来るだけ急がなければならない。」

「そうですわね……」

ジャンヌは、静かに言った。破壊されているマスドライバーの存在は無視出来る筈がない。一体誰が、何の為にそれを行うのか。FPBの戦力を宇宙に集めるには、早くマスドライバーを見つけなければならないのだ。

 

 

 

 やがて、シュネルギアはアステル家に着いた。その間、幸いなことに国連軍からの攻撃を受ける事なく、この地に降りることが出来たのだ。新生連邦軍の脅威が無い現状で、移動する事は以前よりも容易となっていた。だがその間にも世界中で戦闘は行われている。

 国連に反旗を翻したFPBの一部の人間達が行動を起こし、戦闘を行っている。だが国連軍は既に最新鋭の機体であるハイエッジを用いている為、FPBが確保出来た機体では太刀打ちが難しいという現状もあったのだ。

 やがて、シュネルギアを降りようと、皆が準備をしていた時――

 

パァンッ

 

余りに突然の出来事だった。突如銃声が聞こえて来たかと思えば、いつの間にかブリッジは瞬く間に顔つきの悪い男達に占拠された。その間に何人かの人が殺されている。

 一体、何が起きた?何故、このような参事になっている?誰もが目を疑っていた時――

「へぇ!結構可愛い子多いからな。オペレーターとか……まあ、中でも一番の収穫はジャンヌ・アステルだけど!!」

そこに居たのは、黒いハット帽子を被り、左目を眼帯で覆い、左腕を包帯で巻かれている一人の、銀髪の男の姿だった。その男こそ、ダーウィン郊外でウィリア達とカーチェイスを行い、その上でニーアを惨殺した凶悪な男、グァン・ホーキーズだったのである。

「な……貴方は……あぅ!?」

名前を呼ばれ、動揺している最中にグァンはジャンヌの肩を持ち、強引に引っ張って首を腕で締める動作を見せた。苦しむジャンヌに対し、グァンは笑顔で言う。この時、銃を構えようとする者も居たが、グァンは右目を大きく見開き、八重歯が目立つその歯をクルー達に見せたのだ。

「俺はグァン・ホーキーズ。御覧の通り、お前らから見て悪い奴だからな!」

騒ぎを聞き付けたウィリアは、ブリッジに姿を現す。そして、そこにいたグァンの姿を見て唖然とした。

「グァン!?」

ダーウィン郊外でグァンはツヴァイのビームセイバーを受け、コクピットが爆発し、それに巻き込まれた筈だ。なのに、生きている。この最低最悪な男は生きていて、その上でジャンヌの首を絞めているのだ。

「ウィリア!ウィリアじゃないか!まさかここで会えるとはな!俺達はやっぱり赤い糸で結ばれてるからなー!!」

舌を舐めまわすグァン。この男の仕草に、ウィリアは怒りを見せていた。

「何故、死んだ筈の貴方がここに!?」

怒鳴るウィリアだが、それを軽くあしらう、グァン。

「トリックってやつさ!けど生憎、今はお前には興味ないんだよ!俺が今、興味あるのはジャンヌ・アステルだからな!」

ウィリアは銃を構えた――その時、グァンはジャンヌの頭部に銃を付き付ける。

「おっと!あの世界的歌手であり、スポーツマンであり、挙句の果てには戦艦の艦長を務める、ルックスも文句なしのこの完璧ジャンヌ・アステルを人質にとってんだぜぇ?下手すりゃ撃つぞ?ヒャハハハハ!」

狂気の笑い声を浮かべるグァン。だが、それを許せないでいる存在が、もう一人。

「ハッタリは通用しないぞ!脅しなんて分かる!」

アレンがグァンに対して叫ぶように言った時、ウィリアがアレンに対して言った。

「ダメよアレン!あの男は本気でジャンヌ・アステルを殺す!躊躇いなく、あの男は間違いなく……」

ウィリアの言葉を聞いたアレンは黙ってしまった。ジャンヌの命が掛かっていると思うと、何も出来ない。

「流石ウィリアだ。俺の事を良く知ってくれてる。」

「当然よ……貴方が危険な人間だと言う事は身を持って知っているから……」

目の前で友人をMSを用い、惨殺したこの男ならばジャンヌを殺す事も躊躇わないだろう。迂闊なことは出来ないで居たのだ。

この時、ウィリアの汗が頬を伝って流れていた。冷酷な男を前に、緊張していたのである。

「貴方は、いつの間にここに……?まさか、ニューヨークにいる時から!?」

グァン率いる氷河族のメンバーが、いつの間にか。シュネルギアに潜入していた。それも、他のメンバーに悟られる事なく、静かに過ごしていたのである。

「今回の標的はあのアステル家のお嬢様だから下準備はバッチリしないと行けないからな!あの演説で世間が大混乱状態って時に狙うのが俺等な訳だよ!ヒャハハハ!」

下劣な男は、ニューヨークの時から既にシュネルギアに侵入していたと言う。その際の演説による混乱に乗じ、ジャンヌを誘拐する為に行動を開始したと言う訳なのだ。

「さぁて、ちょっとジャンヌお嬢様には“ある物”を見て欲しいからな!」

その時、グァンはポケットから何かを取り出し始めた。この間も男はジャンヌの頭に銃を突きつけている。疑問を抱く、ジャンヌ。

「これ舐めろ」

その時、グァンはジャンヌに小さな飴の様なものを見せた後に、すぐに口に含ませた。抵抗出来ないまま、ジャンヌはそれを口に含んでしまう。そして、その飴を舐めた瞬間――

「あ……」

彼女の瞼が、瞬間的に閉じられた。ジャンヌは突然迫った眠気に襲われてしまったのである。

「ジャンヌ!?」

アレンがジャンヌの元へ近付こうとするが、グァンは、眠るジャンヌの頭部を付き付ける。

「オイオイ!下手すりゃ撃つぞって言ってるからな!?せっかく厄介事を抑える為に飴舐めさせたのに。」

「クソ……」

ジャンヌが人質に取られている為、身動きが取れないクルー達。

突如出現したグァンにより、この場は一転して絶望的な状況に陥った。緊迫する空気……その中で、ギアはグァンに言った。

「君は何が目的だ?どうしてジャンヌ嬢を狙う?」

だが、グァンは聞く耳を持つ様子を見せない。

「うっせえよ!」

 

パァンッ

 

ギアが喋った瞬間、あろう事か、グァンは銃を彼の腕を目がけて銃を撃ったのだ。それはギアの右上腕に直撃し、彼は激痛を訴えた。

「う……くぅ……!」

「お前!」

ギアが撃たれた事で、アレンがグァンに対して銃を構える。怒る様子を見せるアレン。しかしギアはそれを止めさせた。

「やめ……ろ!ジャンヌ嬢が人質に取られているんだぞ……!」

「し、しかし……!」

「彼女は今後FPBが活動するに当たって重要な人物だ!下手な真似は、出来ない……!」

痛みをこらえ、腕を押さえながら彼は喋る。アレンは銃を構えるのを止めた。これを見ていたグァンは、再び白い歯を見せつけるように口元を広げ、言った。

「よくご理解してらっしゃるね!さっすが平和国連盟を裏切った代表の人!あの放送はテレビで見てたぜ!その後であれがデマって議長さんに言われてたけどな!ざまぁ!ま、俺はあんたよりもジャンヌ・アステルが目的なんだよ!じゃあな!あ、あと理由だっけ?それは言えないな!企業じゃないけど企業秘密ってやつさ!結構〝重要な事〟なんで、宜しく!!」

そう言って、グァンは深い眠りに落ちたジャンヌを抱えてその場を去った。グァンの周りには強面の男達が銃を構えている。ジャンヌを人質に取られている為、彼等は何も出来ない。 何も出来ないが為に、グァン達の逃走を許してしまった。

 その後、グァンはMS、ファドゥーム三機と合流。内一機にジャンヌを乗せ、そのまま連れて行ったのであった。

これから新造戦艦を受け取り、そこからマスドライバーを使って宇宙へ向かおうとした際の突然の悲劇。FPBの要の一つであるジャンヌが、突然グァン・ホーキーズによって拉致されてしまったのだ。何をするにも躊躇いをせず、冷酷で残虐な男に、ジャンヌが連れ去られてしまったのだ。

そもそも何故グァンはジャンヌを狙う必要があったのか?それは今の段階では誰も理解出来ていないのであった。誰もが悔しがるこの状況で、アレンは一人、疑問に感じている事があった。

(あの男、ジャンヌが光を放つ事を知っている……?まさか……?)

この時、アレンは先程グァンが言っていた言葉を思い出した。

 

――――――――――せっかく厄介事を抑える為に飴舐めさせたのに――――――――

 

アレンやジャンヌのようなアドバンスドタイプは、危機的状況に陥れば、碧色の光、イズゥムルートを放つことで相手の戦意を奪い、気絶させることで自らの身体を守る。しかしグァンはまるでそれを知っていたかのようにジャンヌに睡眠薬入りの飴を舐めさせた。グァンはジャンヌがアドバンスドタイプである事を知っているのか?アレンは一人、疑問に感じていたのであった。

 




第八十三話、投了。

新たなる勢力、FPB発足。しかしその後でジャンヌは氷河族に拉致されてしまう――
そして、新たに出現した組織を見て、レイは――
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