機動戦士ガンダム Living Days   作:すからぁ

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自らが何をすべきか悩むレイ。その中でも学生生活を送る彼。
しかし、自らに起きた出来事は更に彼を苦悩に追い遣る。
そして――


第八十四話 明かされる、過去

 ジャンヌがグァンに連れ去られる前の事。月が煌々と照らす夜になった頃。心境が不安定なレイはこの時、思い切ってエリィに電話をする事にした。今頃エリィ達は何をしているのか?あれからどうなったのかを、聞きたいと思っていた為である。

 ジャンヌは戦う事を決めていた。彼女の言っていた、戦いは終わっていないという言葉がどうしても気になっていたレイ。本来ならばもう、彼には関係ない事の筈なのに、どうして他人事のように思えないのか。彼自身、それが不思議で仕方がなかったのである。

レイはエリィのEフォンに電話を掛けた。レイが電話を掛けて数秒後、すぐに彼にとって聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

『あ、もしもしレイ君?久し振りだね!と言っても数日振りだけど。』

「あ、あの、エリィさんに聞きたい事があるんですけど……」

『何かな?』

どこか愛らしく、それでいて色香のあるエリィの声が、レイの耳に伝わっていく。

「その……エリィさん達はこれからどうするか、決めましたか?」

単刀直入に聞いた。回りくどく聞いては彼女に迷惑だと思った為だ。

『うん、決めたよ!私達、ジャンヌさん達と戦う事に決めたんだよ!』

「え――」

レイは耳を疑った。エリィ達は、今後は戦う事を決めたというのだ。それを聞いたレイはもう一度聞き返す。

「あの、戦うってどういう事ですか……?」

『そりゃあ、ジャンヌさん達と戦うんだよ。レイ君、あの演説を見てなかったかな?ギア・ジェッパー代表の演説!あれが私達を勇気付けてくれて、それから行われたギルス・パリシムの演説で決意したの。あの偽りの演説は放っておけない……そんな気がして。』

エリィの決意を聞き、レイは内心、焦りを感じていた。もう、関係のない筈なのに。何故だろう。何故、レイはこのように焦る気持ちを抱いているというのだろうか。

『勿論、戦うって言ってるのは私だけじゃないわ。セイントバードチームの皆が同意してくれた。もちろん私は故郷へ帰る人がいるかを聞いたけど、誰も帰らないって言ったの!民間人の筈のエレンさんも協力してくれるって言ってたし、スバキさんも戦うって言ってたし……とにかく、みんな協力するって言ってたわ。』

「そ……そうですか……」

レイは一人、置いて行かれた感覚に陥った。エリィ達はジャンヌと共に戦う事を決意していた一方で、自分とリルムは故郷に帰って学園生活を送っている。エリィ達は戦うと決意したのに、自分は平穏な生活……彼にはそれが辛く感じられたのだ。

 以前にもそれを感じた事がある。だが、その時はここまで大きく考える事は無かった。その時は、日常を謳歌したいと考えていたからだ。

だがチェーニ姉妹がリルムを連れ去り、彼に戦う事を強いた為にその日常は一時的に終わりを告げた。

 今、日常に戻っているレイ。その時はリルムを助けたい気持ちが強く、ただ、その為に動いた。しかし今はそのような脅威もない状況だ。しかし彼は、今自分が置かれた状況に対して、いつしか違和感を覚えていたのである。本当にこれで終わりなのか?これから本当に、何気ない日常を送って行けば良いのだろうか?セイントバードチームのクルー達は、皆が戦う事を決意したと言うのに?

『レイ君は何も気にする必要なんてないよ?レイ君はレイ君の生活があるし、ほら、それに元々レイ君は軍人でも何でもないんだから。』まるで宥めるように、エリィが言う。彼女なりにレイに気を遣っているのだろうか。

『そもそもこれは私達の意思であって、レイ君には関係の無い話だよ。レイ君は、レイ君で将来がある。だったらそれを選べば良いじゃな――』

「関係無くないですよ!」

思わずレイは大声で反論してしまった。エリィはそれを聞いて黙ってしまう。レイは急いで謝る。

「あ……すみません、つい……」

『……ううん、私も言い方が悪かったね……そうだよね、関係ない訳ないよね。あれだけ頑張って戦ってくれたのに、関係無いなんて……』

今度はエリィが謝った。そして、両者の間に少しの間沈黙が続いた。

それ一分間。そして、その数分間の沈黙を打ち破ったのは、レイだった。

「あの……エリィさん。」

『どうしたの?』

「もし、もしも……ですよ?僕がまた、戦うと言ったら、どう思いますか?」

エリィはその言葉を聞いて少し黙った。自分が言った事に対して考えているのだろう……レイはそう思い、エリィからの返答を待った。

そして数分後。エリィは静かに言葉を開けた。

『……レイ君、貴方が私達と共に戦う事で、必ず失うものがあると思うの。それは何かを考えて欲しい。』

「失う……ものですか……?」

『うん。それは自分で考えて。それにね、レイ君。私、思うんだけど、貴方は周りが戦う決意をしたから、〝あ、それだったら自分はこんなことをしてる場合じゃない、自分も戦わなきゃ〟って考えてない?レイ君が〝戦う〟って言った時にそう思った。』

エリィの言葉は当たっていた。事実、レイは自分だけが平穏な生活を過ごして良いのかという焦りから、決めた訳ではないとはいえ、〝戦う〟という言葉を発してしまったのである。

「それは……」

『やっぱりね。レイ君は周りの意見に振り回されているだけなんだよ。だからそんな言葉が出てきちゃう。それはレイ君の悪い部分もあるよ。レイ君は慌てる必要なんてない。自分自身の意思を持てばいい。君が選んだ事なんだから。それにさっきも言ったでしょ。強制じゃないって。』

「でも……僕だけがこんなのって……やっぱり何か、おかしいですよ……僕は戦っていたんですよ?なのにそんな僕がこんな生活してていいのかな……」

自分以外の皆が戦う事を決意した事に不安になるレイ。そんな彼に、エリィは

『良いよ』

と冷淡に答えた。

『だってレイ君が決めた事なんだから。何度も言うけど、強制なんてないの。もし強制ならレイ君達が輸送機に乗る時誰も阻止しなかったと思う。』

「そう言えば……」

確かに、クルー全体がこれから先戦わなければならないという状態になっていたのならば、シュネルギアのMSデッキから輸送機でモントリオールへ向かう前に止められる筈である。

それ以前に彼が〝帰りたい〟と言い出した時点で却下されるに決まっている。しかしエリィ達はそれをせず、寧ろ快く見送った。その時はクルーの皆が迷っていたというのもあるが、それでも彼等はレイ達の幸せを願っていたのだ。エリィは皆が戦う事を決意したとはいえ、レイを一切責めていない。レイはレイのやりたいようにやれば良いと言うだけだ。

『多分レイ君はあの演説を見て私に電話を掛けて来たんだろうけど、レイ君は気にする必要は無いよ?貴方はこれからの事を考えて生きればいい。私達は私達で戦うから……ね?』

笑いながら聞こえるその言葉が、レイの耳を通して行く。まるで、ただトンネル内を空気のみが伝うように、どこか虚しく。

『それにさっきレイ君は言ったけど、別に戦っていたから同じように戦わなくてはならないって事は無いんだよ。現にエレンさん達だって共についていくって言ってるしね。自分で決めたからには引き返して迷う事なんてしなくて良いんだから。』

果たしてそうなのだろうか。とても、そうとは思えない。

『あ、ごめんね集合時間だから……じゃあね、もう切るから。』

「あ、待って下さ――」

レイが慌てて引き止めようとしたが、エリィは電話を切ってしまった。戦うと言う決意をしたエリィ達の事で、レイは申し訳のない気持ちになっていた。エリィは別に強制ではないと言うが、それでも彼は戸惑っていた。今彼がここにいる事は本当に良いのか……彼は考え、迷う。

 

――――――――――レイ君は周りの意見に振り回されているだけなんだよ――――――

 

――――――――――――それはレイ君の悪いところでもあるよ―――――――――――

 

―――――自分が決めたからには引き返して迷う事なんてしなくて良いんだから――――

 

エリィが言っていた言葉が脳裏に過る。別に強制で無いのだから、戦う必要は一切ない。しかし何故だろうか。何故自分はこれ程に迷っているのか。昨日のギアの演説や、ギルスの演説の時から彼の迷いは絶えなかった。

(分からない……分からないよ……僕は本当に、これで良いのかな……)

約束された平穏な生活。それを送って行く事が罪にさえ感じるようになっていた。エリィは優しい言葉を彼に掛けるが、それでも迷いは拭えない。

困惑したレイは迷いを振り切るように首を振り、明日学校へ行く準備をし、ベッドに寝転がり、布団を被って目を瞑る事にした。だが昨日同様、またしても眠れそうになかった。

(人を殺すことはもうしたくない……)

一つ、考える。

(だけど、皆はこうして僕が寝ている間にも戦っている。)

二つ、考える。

(けど戦う事は人を殺す事……それは嫌だ。)

(でも……皆は戦っている。)

三つ、考えた。

様々な思いがレイに過る。それらはレイを迷わせる。戦いをしなければならないという思いと、戦いをしたくないと言う思い。彼の中でこの二つの思いが衝突し合っていた。エリィが言っていた様々な言葉が何度も再生される。

やがて、彼はその状態で一晩を過ごした。無論翌日、彼が眠気眼で登校したのは言うまでもない。

 

 

 

翌日。眠気に耐えつつ学校へ登校してきたレイ。教室に入ればいつも通りリルムとモークが迎えてくれた。席に座り、何気ない会話をする三人。彼等と会話をしている間は、レイは自然に笑顔でいられた。大切なのはやはり友達の存在……彼はリルムとモークがいるという事が嬉しくて仕方がなかった。

「お前、なんかやたらニヤニヤしてるよな。」

「あ……え、そ、そんなことないよ!?」

「モークの言う通りだよ?なんか良い事でもあったの?」

「ううん……特に何もないよ?」

レイは、彼自身が思っている以上に表情に出易い。それ故に、違和感を覚えた二人に聞かれた。レイは平然を装うが、それも無駄な事と言えた。

「よっ」

仲良く喋る三人に、突然一人の男子生徒が姿を現した。レイが三年生になって仲良くなった友人であるトラン・オセイドである。レイは彼の姿を見て満面の笑みを浮かべた。

 最初、彼に対してはどこか近寄りがたい印象を受けていたレイだが、三年生になり、学校の屋上で彼と会話をして以来、仲良くなった者同士だ。

「トラン!ああ、昨日は喋ってなかったね……同じクラスなのに。ごめんね……」

レイは謝る。

「別にいいよ。てかさ、なんかお前、少し顔立ちが良くなったか?なんか四月に見た時よりも凛々しくなってる気がする。」

幾多の戦場を生き残った戦士であるレイ。それを悟られた気分になったレイは少し元気がなくなった。

「そう……かな……」

俯くレイ。それを見て、モークがトランに言った。

「こいつが凛々しい?それはないよなー。こいつ、相変わらずの女顔でなよなよしてるし、凛々しいってことはねーんじゃないか?」

「それは……人に寄るんじゃないか?俺はそう思っただけで。」

「ふーん。」

レイについて雑談をする二人。彼はその会話を無言で聞いていた。

「レイ?どうかした?」

彼の様子に気付いたリルムは心配そうに聞く。レイは静かに頷き、

「大丈夫だよ」

と言った。だが彼は無表情だ。それがリルムから見て、変に思えて仕方がなかった。

 

それから担任教師のリアンが来るまで、四人は雑談を行っていた。休校中に何をしていたか、どこかに出掛けたかなど……だがその話はリルムとレイにとっては正直に話せない分、辛い話である。リルムは苦笑いしながら作話で誤魔化すが、レイは何を喋れば良いか分からない様子だった。彼はとりあえず

「勉強していたよ」

と言うのだが、そのような話では盛り上がる筈もなかった。

 

 

 

それから時間が流れ、昼休みになった。リルムはレイと一緒に昼飯を食べないかと誘う。恋人の誘いに喜んで乗るレイ。そして両者は教室から出て外で昼食を摂る事にした。

二人が昼食を食べる場所に選んだのは、屋外で、人気の少ない庭だった。この時期は冷え込むので、あまり人が来ないのだ。だが人気が少ない為に、二人の時間が過ごせると考えたリルムは、あえてこの場所にレイを呼んだのだ。

「朝のモークとトランの会話だけどね、入り辛かったね……」

「う、うん……」

「だって私達がまさか戦艦の中に居たなんて……言える訳ないよね……」

「言っても信じてもらえないと思うけどね。でも、やっぱり話を誤魔化さなきゃならないって言うのは、辛いとは思う。」

購買部で買ったサンドイッチを一口、口に含み、咀嚼した後に、喉に流す。

「ねえ、リルム。」

「うん?」

リルムはレイの言葉に耳を貸す。

「僕がもしね、また、戦うって言ったら……どうする?」

レイの言葉はリルムの食事のペースを止めた。先程までの笑顔が消え、明らかに困惑しているのがレイにも分かった。

「ど、どうするって……そんな話、しないでよ!もう関係の無い話なんだから……ね?」

「そっか……そうだよね!」

レイは笑顔になった。彼の笑顔を見てリルムは再び笑顔になる。レイは彼女の答えを聞きたかっただけなのだ。何せ地元では彼の行動を唯一知る人間がリルムなのである。だからこそ、彼女にだけしかこの話が出来なかったのだ。

やがて、二人だけの食事は終わった。すぐに彼等はこの場から去り、教室へ戻る。その途中、レイはトイレに行く為、リルムと一度分かれた。

 

それから彼がトイレを済ませ、出てきた――その時。

 

                   ガッ

 

レイは突然両腕を何者かに掴まれたのだ。突然の出来事に戸惑うレイ。身動きが取れず、抵抗しようにも出来ない。

「え……?」

「よぉヘタレ野郎。イッチョ前にエリアスとランチなんか楽しみやがってさ。」

そう言ったのはミラースである。続いて彼の両腕の自由を奪っているシアスが言った。

「今から体育館の裏に来いよ。逃げたら殺すからな。」

「ゲノンさん待ちくたびれてんぜー。早くしようぜーぇ。」

「そんな……なんで……なんで……?」

突如、三人の不良生徒に絡まれたレイ。しかも絡まれたのはレイが二年生の時に同じクラスだったミラース、シアス、スーの三人である。三年生になって面識など無かったレイだが、何故今更になって彼に絡んできたのかがレイには理解が出来なかった。

 

 

 

レイは三人の不良生徒に連行される形で体育館裏まで連れて行かれた。彼を待っていたのは、ゲノン・ナバードという男だった。金色の長髪で、長身の男であり、目つきは細く、鋭い。そして煙草を吸っている。この男はこのジュニアハイスクールの卒業生なのだが、何故かこの場所にいたのだ。

レイの目の前にいる存在……それは彼自身の生活上ではまず、出会う事がないような強面の人間ばかりだった。まず、それ程面識の無い三人の不良生徒と、彼が初めて見るゲノン・ナバードと彼の友人と思われる二人の男。計六人がレイを睨んでいる。無論、レイは彼等に喧嘩を売るような行為は一切していない。彼はここに自分がいる理由が全く理解出来なかった。

「おめーら、こいつぅ?ヘタレなのに~、イッチョ前に彼女と手つないでるって野郎はぁ?」

独特の喋り方をするゲノン。そんな彼に対し、シアスが言う。

「そうだよ、こいつ。なんか見てて腹立ったから連れて来たんだよ。」

レイは、ふるふると震えている。これから何をされるか分からない恐怖が彼を襲っていた。

すると、ゲノンはレイの眼前に近付いてきた。じっと彼の顔を見、そして口内に溜めていた煙草の煙を思い切り彼の顔に吹きかける。

「!?ケホッケホッ……ぅ……」

突然の出来事に、彼は息苦しさを訴えた。口を手で押さえ、必死に咳をする。それを見たゲノンは大笑いをした。

「なんだよ~、こいつ可愛いじゃん!顔が女の子みてーなのな!あのさ、ボこるんじゃなくていっそ犯さねぇか?ぶっちゃけさー、俺さぁ、両刀だからさぁ、別に犯してもいいと思う訳よォ。女顔ならかんげーよ?ブサメンだったらボこるでいいけどさぁ……」

突如訳の分からない事を言い出したゲノンに、周りは引いている様子だった。レイの震えは一層激しくなり、恐怖が更に募る。

「なんつって」

 

ドゴッ

 

「うぁっ!?」

その時、ゲノンは思い切りレイの腹部を蹴った。レイの目は見開かれ、更に蹴られた衝撃で彼は仰向けに倒れてしまった。

 初対面の人間を殴るという凶行を行った、ゲノン。この時点で、この男には良心と言うものが欠如しているのが分かる。信じられない様子で、レイは驚愕したと同時に、痛みに苦しんだ。

「う……くぅ……」

何故自分がこのような仕打ちを受けなければならいのか?レイはただ、困惑するばかりだ。

「そんな弱腰じゃ大事なか~のじょ守れないよ~?俺ら六人倒せるぐらいの実力を見せろよっ!!!」

そう言いながら、ゲノンは仰臥位で倒れるレイを、横腹部から蹴り飛ばしたのだ。

「うあぁっ!」

痛さの余り、喘ぎ声を上げる。これに対しても、ゲノンは痛がる彼の姿を見てにんまりと笑顔を浮かべた。

「ぞくぞくすんね、こーいうの。」

「うわ、初対面にも容赦ないなんてさすがゲノンさん!鬼畜~!」

ミラースがゲノンに対し、彼を持ち上げるように言った。それを聞いて上機嫌になったゲノンはレイの髪を引っ張り、顔を見る。

「立てよオラぁ!そんなんで彼女が守れんのかぁ?」

「う……うぅ……」

痛みのあまり、苦しそうな表情を浮かべるレイ。そんな彼に対し、シアスは突然自らの肘を無防備な彼の背中に向け、体重を掛けて圧し掛かった。シアスの体重がかかっている肘をまともに背中で受けたレイは、更なる喘ぎ声を上げる。

「あぁぁ!」

倒れるにも、ゲノンが髪を引っ張っているので倒れられない。彼は突然のこの出来事が理解出来ないまま、ただ、理不尽な暴力を受け続けていた。

 これは私刑だ。それも、レイには何の罪もない。彼等がレイとリルムが一緒にいる所が気に入らないという、余りに身勝手で悪質な私刑。このような行為が許される筈等、ない。だが現実はそれが行われているのだ。

「ヘタレの癖に女なんか連れてるからこーなんだよばーか。」

スーが見下しながら言った。するとゲノンがミラース、シアス、スーの三人に対して言う。

「ところでさ、こいつの彼女、どんな感じよ?」

「結構可愛いっスよ。何人か告ってるの見た事ありますよー。」

「じゃあそいつを俺のモンにしよっかぁ?俺の雌奴隷に調教してやんぜぇ?」

彼等の台詞を聞き、リルムにも被害が及ぶと思ったレイ。それだけはあってはならない。いっそ、自分はどうなっても良い。だがリルムに危険が及んでは駄目だ。

そう思った彼は、握り拳を作り、髪を引っ張っていたゲノンの手を無理矢理引き離したのだ。それに伴い、彼は果敢にも立ち上がる。

「リルムには……手を出さないで……」

リルムは守りたい……その思いがレイを支える。 

だが、周りに彼を助けてくれる人間はいない。彼は六人を相手にしなければならないのだ。この状況では、彼に勝ち目など無い。

「やんのか?面白そ~。」

ゲノンは指を鳴らし、拳を作ってレイに襲い掛かった。レイはこれを避けるが、ミラースが彼の膝を蹴った為、バランスを崩してしまった。

「あうっ!?」

尻餅をついてしまったレイ。立ち上がろうとするのだが、その瞬間にゲノンが彼の頭を手で押すので、立ち上がる事が出来なかった。

「少しは勇気あるんだなー。でも弱すぎなんだよお前」

そう言った後に、ゲノンはレイの頬を思い切り殴った。激痛を訴えるレイ。殴られた顔を右手で押さえ、喘ぐ。

「うあ……ぁぁ……」

彼は口から血を流していた。殴られた際に思い切り口内を噛んでしまったのだろう。

だがこの時、レイは自らの血液に違和感を覚えていた。甘いのだ。思えば、この台詞を言っていたのはジャンヌである。彼はダーウィンでのジャンヌの台詞を思い出した。

 

―――――――――――――――甘い……ですわ―――――――――――――――――

 

この台詞は、レイがフォリアに暗殺されようとしているところをアレンとジャンヌが助けに入り、レイに起きた奇妙な現象の正体を探る為にジャンヌが彼の指に針を刺し、味を確認したことに由来する。ゲノンに殴られたことで、口腔内で出血をしたレイは今、この不思議な甘さを感じていた。

(本当に甘い……どうして……)

彼は自らの血を口に含んだのは今回の出来事が初めてである。痛みを訴えつつも彼は疑問に感じていた。

「それじゃあ俺達がお前の彼女奪っちゃうぜぇ~。男だったら立てよ。」

そう言って再びゲノンがレイの髪を掴んだ。周りの人間はそれを見てニヤニヤと笑うばかり。レイは間近に迫るゲノンの顔を見て、呼吸を荒げた。

「嫌……だ……やめ……て……」

途切れ途切れに、彼は止めて欲しいと訴える。だがゲノンはそれを聞いて笑うだけだ。

「オラァ、生意気何だよォ!」

 

ドゴッ

 

今度、ゲノンが当てたのはレイの鳩尾部分だった。そこはもろに受けては呼吸さえ苦しくなる場所だ。躊躇のない男の暴力が、レイに迫ったのだ。

「あァァァァ!?!?!?」

叫ぶ、レイ。胸部を抑え、ただ、悶えるばかり。この痛みは尋常とは言えない。

「なんか、本気でムカついてきたわ!こいつマジで殺すぐらいシめてぇよ。」

この時、ゲノンの目つきが明らかにおかしい。目は血走っており、得体の知れない怒りの感情が彼を支配していた。その時の、彼の左肘関節部には何やら、注射痕があった。

「ゲノンさん、それ、もしかして――」

不良生徒の一人である、スーが言った。

「先輩がくれたんだよォ。これキメたら頭がスーッってなってなぁ!けどむしゃくしゃもするんだよォ。だからこいつ、マジでシめようと思ってんのさ!」

と、言い出すゲノンは、あろう事か側にあった金属バットを取り出したのである。明らかにこれは常軌を逸している。この場に於ける、何の罪もないレイに対する仕打ちとは思えない。

「こいつの頭がスコーンって割れる所見てぇ奴いるだろォ!?」

異常だ。特殊麻薬を注射したが故に正常な判断が出来なくなっている。氷河族が作り出した麻薬は、彼のような人間にまで出回ってしまっているのだ。

「やべえ、今のゲノンさんはまともじゃねぇ……薬をキめて来てたのか?」

明らかに恐ろしい雰囲気のこの男を前に恐れ慄く、ミラース、シアス、スーの三人。この三人ですら恐怖しているのだ。

 だが、ゲノンは本気だ。今日、会ったばかりの少年に対し、暴力を振るい、その上でバットを持ち、彼の頭に向け、本気でバットを振ろうとしている。もしこれが直撃すれば、どうなる事だろう。即死するだろうか。意識を失うだろうか。それは、分からない。

 ただ、レイはこの状況に対して恐怖を抱いている。普通でない目の前の男。誰も止めようとしない状況で、彼に危機が及ぶ――

「嫌……だ……嫌だ……も……う……やめてぇ!」

 

―――――――――――――――――――ドクン――――――――――――――――――

 

その時だ。レイの中で鼓動音が聞こえたと同時に、彼の身体が突如、碧色の光を放ったのだ。 

その光は周囲にいた不良生徒を巻き込み、彼等は光を浴びて、頭を抱え始めた。以前にフォリアに襲われた時と同じ光を今、彼は放ったのである。 

やがて彼等は徐々に戦意を失っていく。光をまともに受け、動きが次第に遅くなっていく。

「うおおおお!?」

「なんだよこれぇ!?」

苦しさの余り、この場にいていられないと思ったミラース、シアス、スーの三人はこの場から去ろうとしたが、突然彼等は気を失った。

「えぇぇぇ!?嘘ぉ……」

無論、ゲノンやゲノンの友人二人も、気を失った。只一人、この場で呼吸を荒げているレイを除き、全員が倒れている光景を見てレイは唖然としていた。そして、以前に自分の身に起きた現象を思い出す。

「はぁ……はぁ……これって……まさか……あの時の……?」

間一髪、彼は助かった。しかしそれと同時に自分自身が怖くなった。不良達を退けた光。それは以前にフォリアの気力を奪った光である。それは、つまり彼の力に宿ると思われるアドバンスドタイプの力が発動したということだ。レイはこれを否定するが、この時、エファンが言っていた言葉が思い出された。

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

突然変異と言う言葉が再び蘇る。倒れる不良達の中で、レイは一人、恐怖していた。自分自身の、信じられない力に対して。

(違う……僕は……僕は……突然変異なんかじゃないんだ!!!)

レイは頭を思い切り横に振った。そして彼は頭を抱えつつその場から去っていく。彼の中では恐怖で一杯だったが、実は彼は以前よりも光を放った時の負担が減っているのだ。フォリアに襲われた時は彼自身も気を失う程のものだった。

だが二度目の今回はレイ自身が頭痛を感じる程度に負担が減少されていた。しかし、今のレイにそのような事を考える余裕等無かったのである。ただ、今回の出来事によってレイの中で〝突然変異〟という言葉が蘇ってしまったのである。

 

 

 

自らの力に恐怖するレイ。彼は走りながら教室に戻る途中、一人の少女と遭遇する。イーシャ・ヘレンだ。トランの恋人であり、尚且つリルムと同じ生徒会である彼女は、急いでいるレイの姿を見て声を掛けた。が、彼が近付いてくると同時にイーシャの表情は変化していった。

「キレス君大丈夫!?怪我してるよ!?」

「え……あ……だ、大丈夫……転んだだけだから……」

不良生徒に殴られたと言いたくない。彼は自らの力に恐怖していたのだから。だがイーシャはレイの手を掴み、心配そうな表情で言う。

「ダーメ。そのまま行くよりは保健室に行きなよ。みんな心配するよ?」

「だ、大丈夫だよ……これぐらい平気だから……」

そう言うレイだが、明らかに表情が曇っている。見兼ねたイーシャは彼を強引に保健室へ連れて行った。強引に連れて行かれたレイだが、別に抵抗する事も無く、イーシャに従った。

 

保健室にて先生に怪我をした部分をガーゼで張ってもらう等をして、レイは応急処置を受けた。しかし彼の表情は相変わらず曇っている。自らの力が恐ろしかったのだ。当然、レイは保健室の先生にもこの事は言っていない。言っても理解されないだろうと思っていたからだ。

「レイ……あれ、どうしたの?大丈夫……?」

その後、彼が教室へ帰るとリルムが心配そうにレイを見た。頬に付けられたガーゼ、そして彼の元気の無い表情。明らかに何かがあったように見えるのが丸分かりだった。しかしそれでもレイは平然を装う。

「大丈夫だよ、ただ、ちょっと転んだだけだから……」

「転んだだけにしちゃ遅すぎじゃね?てかお前トイレに行ってたんだろ?」

「う、うん……」

彼は言いたくなかった。自分が不良生徒に絡まれた事、そして自らの身体が輝いた事を。

レイはやがて自分の席に着き、そのまま腕を机の上に乗せ、そこへ頭を乗せて眠り始めた。今はリルムやモークと会話をしたくないのだろう。

「レイ、どうしたんだろう?」

「さー?転んで誰かに見られたのが恥ずかしいんじゃねーの?」

モークは笑いながら言うが、その一方でレイは悩んでいた。彼はこの悩みを少しでも忘れたいと思う余り、一度、眠りに就いたのである。そのレイの様子を、リルムはただ心配そうに見ていた。

 

 

 

不良達に絡まれ、死の危険を感じたレイは自ら光り輝き、その身を守った。だがその事がレイを更に苦しめる事になっていく。自分が何者なのかが分からない恐怖が、再び。

 学校が終わった後、帰路についたレイ。それから落ち込みつつも家の事を終えている内に、時計の針は進み、気が付けば夜の時間になっていた。それに伴ってレイはベッドで眠っている。しかし――

「う……う……あ……あ……あああ……!!」

悪夢にうなされるレイ。自分が突然変異だと言う恐怖に怯えている彼は、苦しそうな表情を浮かべていた。彼の喘ぎ声は大きく、部屋中に響いた。

やがてレイは目を覚ます。その時、彼は激しく呼吸をしていた。呼気と吸気により、レイの肺に酸素と二酸化炭素が素早く循環していく。深呼吸する暇など、無い。

「はぁっ……!なんで……あんな夢なんか……」

彼の観ていた夢……それは自分自身が得体の知れない物体へと変形していくと言う、恐ろしい夢だった。呼吸を整えようとするが、息は激しさを増すばかりである。

 エファンによって殺される夢は、あれから見ていない。だが彼自身が得体の知れない、未知なる存在になっているような妙な夢は、レイ自身を恐怖に陥れるのに十分な効力を秘めていると言えた。

 

                  コンッ

 

その時、彼の部屋のドアをノックする音が聞こえた。レイの身体はビクリと反応し、そっとドアの方向を見る。

やがてドアは静かに開かれ、そこにいたのは姉であるリリアだった。

「レイ……大丈夫?外にも声漏れてたから心配になって……どうしたの?」

レイが見ていた悪夢によって彼は大きな喘ぎ声を上げていた。その声を姉に聞かれていたのである。彼は顔を赤め、静かに首を左右に振った。

「だ、大丈夫だよ……僕は、平気……」

「そう?無理しないでね。風邪でも引いてるのかと思ってた。」

「風邪は……だ、大丈夫だよ……おやすみ、お姉ちゃん……」

リリアは手を振り、部屋を去る。この時レイの荒い呼吸は静まっていた。しかし彼の悩みは尽きていない。昼間の出来事がレイを苦しめていたのだ。しかし、一度目を覚ませば同じ夢は見ないだろう……別にエファン・ドゥーリアの力がある訳ではないのだから……彼はそう思い、再び静かに眼を閉じる。

幸い彼は朝まで悪夢を見ることなく眠る事は出来た。だが、昨日の昼に起きた出来事は紛れもない事実である。その事だけが翌日朝に起きたレイを悩ませる。

彼は以前にジャンヌに励まされた事があった。ふと、彼はその時に彼女から聞いた言葉を思い出す。

 

―――――――――――普通の人間と言うのは存在しないのです―――――――――――

 

―――――――――貴方も他の人と同様、個性を持つ〝人〟なのですから―――――――

 

ジャンヌに言われた言葉が蘇る。悩み、恐れるレイを一時的とはいえ落ち着かせた優しい言葉は今のレイの動揺を僅かに和らげた。しかし――

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

再びエファンの言葉が蘇った。今、レイは自身が何者かが分からないまま困惑している状態である。彼は頭を抱え、悩み始めた。

(僕は……一体何者なの?分からない、分からないよ……)

ジャンヌに励まされた時は一時的とはいえ悩まなかった。しかし、今レイは悩んでいる。自身の存在に。自分は果して何者なのか、一体どういう存在なのか。突然変異なのか、それともアドバンスドタイプ?シンギュラルタイプ?絡まる彼の思い。レイは気狂いそうになった。以前は自分の立ち位置に悩んでいた彼だが、今は自分の存在が分からない事で悩んでいる。自らが碧色の光を放った事により、以前抱えていた悩みが大きく覆る事となったのだ。

その時、レイは時計を見た。彼が起きてから既に三十分経過しているのを見て、彼は急いで学校へ行く支度をし、リビングへ下りる。

 

リビングにて。そこには朝食を笑顔で食べるミィスとリリアの姿があった。そして母親のカレンが起きて来たレイの姿を見て冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、グラスに牛乳を注ぐ。

「おはよう。随分遅いのね。遅刻するわよ?」

「だ、大丈夫だよ……」

明らかに元気の無いレイ。だが可憐は眠いのと勘違いし、何も聞かなかった。それからレイはテーブルに置かれている食パンやゆで卵を食す。それからカレンはレイの向かいの位置にある椅子に座り、子供達と同様に朝食を食べ始めた。その時、レイは口を開けた。

「母さん……」

「ん?」

母親は食パンを食べながら首を傾げた。

「あのね、母さんは、“光る人間”っていると思う?」

彼は勇気を出して母親に聞いてみたのだ。もう自分だけで悩むのは嫌だと思ったレイの判断がそうさせた。

「突然、何を言い出すの?」

「良いから!答えて欲しいんだ……」

レイの突然の質問に対し、カレンは考えながら答える。

「ん~……分からないわね、正直……いないんじゃない?光る人間なんて。なんでレイが突然そんな事を言うかはよく分からないけどね。」

「そっ……か。」

やはり、彼が思った通りの答えが返ってきた。光る人間などいるはずがない。一般人の考える、当たり前の考えだ。当然母親はそのように答えるのは明白である。

実際は目の前にいる息子がその〝光る人間〟であるのだが、母親はそれに気付く様子が無い。当たり前なのだが、それがレイにとっては辛いものだった。

「どうしてそんな事を突然言うの?よく分からないな……」

「人は光らないんだよ?お兄ちゃん、どうしたの?」

姉と妹がレイに対して言う。自分に起きた出来事を信じてもらえないことが、レイにとって正直辛かった。せめて少しでも興味を持ってくれたなら少しでも傷は和らいだかも知れないのに……彼はそんな事を考えていた。だが現実では誰も彼の事は知らない……それを分かっていた彼は首をそっと横に振り、言った。

「ううん、ごめん、何でもないんだ。ごちそう様……行って来るね……。」

そう言って彼は鞄を持ち、歯磨きを済ませた後にそのまま家を出た。

 

 

学校にて。皆がわいわいと騒ぐ教室。だがただ一人元気の無い少年が一人いた。レイは黙々と教室に入り、静かに自分の席に着いた。そして一人、ただ俯く。

「レイ……どうしたの?昨日から元気ないよ……?」

リルムは心配そうにレイに声を掛ける。その側で、モークは笑いながら、

「眠たいんじゃねーの?寝かせてやればいいじゃん。」

と言った。彼はあまりレイの事を気にしていない様子だったのだ。だが恋人と言う立場であるリルムからすれば、彼の明らかにおかしい様子が気になる。

「気分悪いなら先生に言った方がいいよ?無理しないでね?」

「……うん」

静かに彼は返事を返した。

 

 

それから一限目が終わり、レイは手を洗う為にトイレ前の洗面所向かった。そこには二人の男子生徒がいたが彼等はレイの姿を見た時に突如ひそひそと話をし始めたのである。レイは首を傾げるがそのまま手を洗い、教室へ戻ろうとする。

「あいつ、身体が光るんだって」

「それって嘘じゃねーの?」

「証人がいるらしいけどさー」

「ミラース達だろ?嘘くせー」

彼の後ろでひそひそと話声が聞こえる。それはレイには聞こえない程度の音量だったが、実際はこの男子生徒は彼の話をしていた。だがこの時のレイには後ろで男子生徒が話している会話は分からなかった。彼等の事は気にせず、彼はそのまま教室へ向かう。

だが、レイが教室へ向かっている時、レイはある少年と遭遇する。その少年はイース・ハドラス。サッカー部のキャプテンだったこの少年は、以前付き合っていたミアーとは違う少女の頭をぽんぽんと、優しく叩きながら一緒に歩いている。イースはレイにとって苦手とする人間だ。だから、彼はあまりイースと会う事は快く思っていなかった。レイは目を逸らそうとしたがそれよりも先にイースはレイと目を合わせ、彼に話しかける。

「おい、不登校野郎じゃねーか。何してんだこんなとこで?」

「い、いや……別に……」

今の彼は元気がない。そのような時に、彼自身が苦手と思う人間に出会った事で、彼はより一層不快な思いをした。気分が落ち込む時に苦手な人物に出会うのは、より辛い感情を抱かせる。それがレイにとって、辛いのだ。

早くこの場をやり過ごしたいと思うレイ。彼はイースと目を合わせないようにし、そのまま歩き、教室へ向かおうとする。

しかし次の瞬間、イースはレイに対して言った。

 

「そういやお前、人間じゃないんだってな」

 

この言葉でレイは止まった。そしてイースは引き続き語る。この時、レイは思わず振り返ってしまったのだ。

「噂になってるぜー。お前が突然光り出したって。ミラース達から聞いたんだけどさ……〝あいつは実は人間じゃねーよ!〟って大げさに言ってたけど……ま、お前が宇宙人でも何でもどーでもいいけど。」

そう言ってイース達は去る。彼が去る時、隣にいる少女と雑談を行っていた。

「絶対嘘だよー」

「人間が光るかってーの」

「そんなのいる訳無いじゃん」

「つーか、いたらこえーし」

これらの言葉は、全てレイに突き刺さった。そして洗面所でレイを見てひそひそと話している男子生徒に対する疑問が全て解けた。皆、自分の噂をしていたのだ。その真実を知った時、彼は震えた。そして、自分自身が一層恐ろしくなった。

(嫌だ……嫌だ……!)

昨日不良生徒に絡まれたレイは光を放った。その出来事を不良生徒達が他の生徒に喋ってしまい、噂が広まってしまったのである。だが大半の生徒はそんな事等嘘に決まっていると気に留めていない様子だったが、噂にされていると言う事実や、そんな人間等存在する筈がないという話はレイを苦しめた。何故ならば、彼自身が存在する筈がないと言われている人間なのだから。そして更にレイを苦悩させたのはイースが放った一言――

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

この言葉で、レイは余計に苦しみを味わう事になった。自分自身が何者なのかが分からない上、人間扱いされていないということ等。幾多の悩みが重なり、レイの震えは止まらない。

 

 

自分の望まぬ力を持った為に、彼は周りから奇妙な人間扱いをされてしまう。レイにはそれが恐ろしく感じられた。教室に返ってきた彼は、教室を出る前よりも明らかに落ち込んでおり、リルムは、彼を心配した。

「大丈夫?今日は帰った方がいいんじゃないかな……?」

「大丈夫……なんともないよ……」

俯きながらレイは言う。今の彼は自らの存在が分からない事に大きく苦悩しているのだ。

その時、一人の男子生徒がレイを揶揄うように突然言った。

「噂で聞いたんだけどさ―、こいつ身体が光るらしいよ!凄くない?なんでこんな話が広まってるのかは知らねーけど!」

何も分からないこの男子生徒の言葉がレイを更に苦しめる。この生徒に対し、リルムは反論した。

「意味分からない事言わないでよ!そんな訳無いでしょ!」

「んなもん知るかよ。噂なんだから俺だって知らねえよ!」

その男子生徒は笑いながら自分の席へ戻って行った。だが残されたリルムはこの事を快く思うはずがない。

「レイ、もしかして変な噂を流されてるから落ち込んでるんじゃ……」

心配そうにレイに喋るリルム。その時、レイは静かに口を開けた。

「分からないよ……僕……」

「え?」

「もう、分からないよ……」

最初は小さかったが、やがて彼女の耳で聞き取れるぐらい彼の声の音量は上がった。リルムは彼の話を聞こうとする。

しかしそこへ別の男子生徒が彼にちょっかいを出す為にレイの机の前に現れた。彼等は普段レイとあまり面識の無い生徒達だが、このような噂が流れたりすると本人に対してからかいながら話を伺うと言う、嫌らしい性格であった。

「なあキレス。お前身体光るんだろ?光らしてみろよ!」

「ホタルじゃねーから無理だろ!だけど噂になってんだぜ?本当に出来るなら光らせてよ!見てみてーし!」

不良生徒のせいで瞬く間に広まった奇妙な噂。それが瞬く間にクラスメイトにも伝わり、彼に対するからかいが始まった。レイはその言葉を真に受け、困惑する。

「つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん。」

「お前、実はホタルの生まれ変わりか何かかよ?ハハハハハ!」

容赦の無い罵声。だが今のレイはそんな罵声に対して何も反論する事が出来ない。俯き、ただ悩むだけ……〝やめて欲しい〟という言葉も言えず、ただ苦悩するばかりである。

「ちょっと!やめてよ!レイが可哀想だよ……そんな訳無いに決まってるのに!大体レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ?そんなデマやめてよ!」

「知るかよ!なんか知らないけど広まってんだよ!」

「その真相を探る為にキレスに聞いてんだよ!」

口論になるリルムとその男子生徒達。リルムはレイを守っているつもりなのだが、彼女の先程言った言葉も彼を傷つけている事等、知る筈が無かった。

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

実際、レイは身体が光る人間だ。だが誰もがそれを疑ってやまない。リルムはレイと共に戦艦の中で過ごしていたとはいえ、彼の、本当の真実を知らないのだ。だから、このような台詞を言ったのである。誰にも理解されない自分自身の事……それが彼にとって辛くてたまらないのである。それは、幼馴染であり、尚且つ恋人であり、その上で時間を共にした筈の、リルムでさえも……

 

「お前ら、もうやめとけよ。」

その時、一人の男子生徒が果敢にもレイを揶揄う二人の男子生徒に対して言った。背が高く、寡黙な少年であるトランである。

「レイ、滅茶苦茶落ち込んでる。こいつこんなに落ち込んだの見たことねーよ。お前ら度が過ぎてんだよ。あんま揶揄うんじゃねぇ。見てて気分が悪いからどっか行け。」

トランはこの男子生徒達を睨むように言った。トランの言葉に対し、舌打ちを打ちつつも、男子生徒達は自分達の席へ戻って行った。

「大丈夫か?お前、昨日から確かに元気が無いな。」

「……大丈夫だよ……別に……」

レイはそう答えるが、表情が明らかに暗かった。

「ありがとう、オセイド君……なんだかずっとレイ落ち込んでて。」

リルムはトランに感謝の言葉を伝えた。

「レイ、何か悩んでるなら言えよ。てかどこのどいつか知らねーけど変な噂流してさ……そりゃ気分も悪くなるよな。」

「うん……まあ……ね。ありがとう……」

妙な噂もそうだが、何よりも自分自身が何者なのかが分からないと言う事、そしていくら、冗談交じりとはいえ、人間扱いされていないと言う事がレイを苦しめている要因だ。トランは彼を気遣ってくれたが、それでもレイの心は晴れる様子が無かった。

(僕は……何者なの?)

彼はそのような事を考えている。一体自分が何者なのか……本当に人間なのか?彼は混乱するばかりである。以前抱えていた疑問が、更に増長し、膨張していったのだ。

 

 

 

放課後を終え、帰り道にて。自分自身が何者かが分からないレイは歩きながら自分自身について考えていた。しかし答え等出る筈もなく、時間は過ぎるだけだ。

全ては昨日からだった。不良生徒に絡まれ、危機的状況に陥った時にレイの身体は輝いた。それが今日になって噂となってレイに襲い掛かる。そして中でも彼に衝撃を与えたのはイースの台詞だ。

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

ただでさえ自身が何者かが分からない状態で、この言葉を言われたレイ。この台詞がレイを更に傷付け、そして男性生徒の台詞も追い打ちをかけるようにレイを苦しめた。何よりも、彼に一番近しい存在である筈のリルムでさえも、彼を傷付ける台詞を放っていた事に苦悩していた。

 自分は、信じて貰えないのだろうか。あれだけ非日常を経験した仲である筈のリルムだというのに、彼の事を信じて貰えないのだろうか。どう、すれば良いか分からなかったのである。

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

そのような人間など存在する筈が無い。それが世間一般で言う“当たり前”の出来事である。だがレイは身体が光ったのだ。それが原因で噂になっている。だが彼はそれを信じてもらえず、仮に信じたとしても非人間という扱い。母親もそのような人間はいないと言っており、益々、彼は苦しむ事になっていく。

今の彼の事を本当に理解してくれる人間は、彼の周りには居ないのだ。同類かも知れない。ジャンヌも、アレンも、今、彼の周囲には居ない。近しい筈の存在であるリルムも、レイの事を信じない。いや、仮に真実を伝えたところでどのように反応するのだろうか。それが、分からないのだ。

もしかすれば、以前彼がガンダムのパイロットである事を明かした時のように一度距離を置かれるかも知れない。そもそも、信じて貰えるとは思えない。では、一体どうすれば良いというのだろうか――

(もう……嫌だよ……僕は……普通の人間で居たい……)

 

 

 

「君はまさか……レイ・キレス君かい?」

悩みながら駅前に着いた時、彼は一人の男に声を掛けられた。顔立ちは凛々しく、目つきが鋭く、顎から髭を生やしているその男を見て

「は、はい……」

と言った。だが彼はその男を全く知らない。何故この男がレイの事を知っているのか……彼には理解できる筈が無かった。

(……この人……何だろう、妙な感じがする……)

レイは男を見て違和感を覚えていた次の瞬間、突如男は大声で喜び始めた。

「ようやく会えた!!!君の力は強力だから!

その力を宛てに探したんだ!そしたらやっと君を見つけた!!!……ん?君は女の子だったかなぁ……随分愛らしい顔立ちだけど……」

レイを見つけて異様に喜ぶその男。その上で、またしても少女に間違えられたレイはそっと溜息を吐き、言った。

「……僕は男です。すみませんけど、僕はその……男の人と付き合うとかそういうのは興味はありませんから。どうして貴方が僕の事を知っているかは、分かりませんけど……」

そう言って彼は改札へ向かおうとする。男を素通りしようとしていたのだ。

だが彼が改札へ向かう途中、男は言葉を口にする。

 

「自分の中にある凄まじい力の真相……それを知りたくないのかな。」

 

その言葉に、レイはピクリと反応した。凄まじい力の真相?男は何か、知っているのか?誰にも話していない筈のレイ自身に秘められた力の事を?ならば、この男は何者だ?気になったレイは、慌てて男の方向を見て、男に近付く。

「どうして……そんな事を知ってるんですか……貴方とは初対面の筈なのに……」

驚くのも無理は無い。男は彼が力を持っている事を見抜いたのだから。

「勘……というのは嘘だ。私も力を持っているからね。君の事はよく知っている。今、君自身が悩んでいるという事も。」

「力って……貴方はもしかして、シンギュラルタイプですか?」

力を持つ者ということは、必然的にシンギュラルタイプかアドバンスドタイプという事に限定される。だが、この男がアドバンスドタイプであることは考えられにくいと考えたレイは、彼をシンギュラルタイプだと断定した。しかし、男は首を横に振り、口を開いた。

「ノー。私はアドバンスドタイプだ。」

「え……?」

レイは耳を疑った。彼の事を知るこの男はアドバンスドタイプだと言うのだ。信じられない。いや、

信じられる筈がない。

彼の知るアドバンスドタイプはアレンとジャンヌとエファン意外に知らない。アドバン

ススドタイプに関する情報を、レイは殆ど持ち合わせていない。謎が多い存在であるが故に、不明な点も多い存在。目の前に居る男は、その存在の内の一つだというのだ。

「シンギュラルタイプというと、噂程度には情報は流れるがアドバンスドタイプとなれば話が変わる。アドバンスドタイプという言葉は、全く知られていない。それだけ世間に未だに浸透していないんだよ。まさに、世間一般でら嘘か誠かすら分からない、都市伝説レベルの存在だ。」

何気なく喋る男だが、レイはそもそもこの男の情報等、全く知らない。驚愕していたレイは我に返り、男に聞いた。

「それよりも……貴方は誰なんですか?貴方が仮にアドバンスドタイプだからって……僕の事を知っているとは限らないじゃないですか……」

彼の言う通りだ。この男がエファン・ドゥーリアのように心を読み取る能力を持たない限りはレイの名前を知る筈がない。

だが男はレイの名前をはっきりと言った。その上レイが力で悩んでいる事も見抜いた。この男は何者なのか……まさかエファンのように心を読む人間なのか……レイはそう思っていた。

「……どうしても知りたいのなら、私の家まで来なさい。ここから近い場所にある。」

突然の男の勧誘に困惑するレイ。普通に見れば、明らかに不審者の言動。だが男はアドバンスドタイプと言った。この事は、レイの印象を大きく変える事となる。

「もし、君自身の事に対し、“どうでも”良いと言うのならば、そのまま改札を通れば良い。まあ、悩んでいた自分の事を知る事が出来るチャンスなのに、それをみすみす捨てる事をするとは思えないが。」

男の言葉にまるで洗脳されるかの如く、レイは自然な足取りで、改札前で踵を踏み返した。

この得体の知れない男は何かを知っている。彼の中にある第六感がそう告げる。不審者の印象を持つ男だが、レイの知りたがっている力の事を知ると言われ、レイは関心を抱いてしまったのである。

 

 

 

駅前から十分程度歩いた場所。そこは閑静な住宅街だった。その中で、一件だけ異様に大きな家がある。外見は三階建てで、外壁は白い。豪邸とも言えるその家が男の家だという。レイは男の家の中へ入って行く。

つい先程出会ったばかりの男の家に入るという異常な状況。だが今のレイは、知的好奇心が勝っていた。玄関にはシャンデリアが飾られており、壁には、何者かの肖像画が装飾されている。その、綺麗な玄関を通り抜け、やがてレイは大きなリビングへ招かれた。人が五、六人は座る事が出来そうなソファーが並ぶその場所で、男の指示通りに、彼は静かに腰を下ろす。この時、男は茶を用意し、レイの前に置いた後に、隣に座った。この時、レイは一口だけ茶を口に含み、喉を通した。

「私は医学博士であり、尚且つ産婦人科医を始め、数多の分野の医師をやっているからね。故に金は一杯ある。その為、こうした家を建てられたという訳だ。後は足りないとすれば一緒に暮らす配偶者ぐらいかな。」

男は微笑しながら言った。その際、だがレイはその話に対し一切、笑う事無く、真剣な表情で言った。

「教えて下さい。貴方は誰なんですか。どうして僕の事を知ってるんですか。」

今のレイに男の身の回りの話を聞く余裕はない。男が何者なのか、何故アドバンスドタイプを知っているのか。それが、ただ気になるばかりだ。

「私の名前は、ダリオン・イブルークと言う。私自身がアドバンスドタイプであり、アドバンスドタイプの研究も行っている者だ。」

男の名前はダリオンと言った。そして、その研究を行っているのだという。

「アドバンスドタイプの、研究ですか……?」

レイの言葉に対し、ダリオンは言った。

「未知なる存在、アドバンスドタイプ。その実態の多くはシンギュラルタイプ以上に謎に包まれている存在とされる。私は自身の起源や、それに類似した力を持つ存在を調べたいと、ずっと思っていた。故の研究だ。」

その数が少ないという事もあり、膨大な人類の数からアドバンスドタイプと呼ばれる人種を探す等、そのような事は殆ど不可能に近いと思われる事だった。

「そう言えば去年ぐらいだったか、アドバンスドタイプと噂されている人間の身柄を確保して欲しいと裏家業の組織にも依頼を掛けたことがあるぐらいなんだよ。最も、それは失敗したケドね。ハハハ!」

笑っているこの男だが、行動自体は残酷な事をしている。“身柄”の確保と言う時点で、人と言う存在を、“物”扱いしているようにも見える。

この、自称アドバンスドタイプというその男は何故レイの事を知っているのか。彼は次にどうして自分の事を知っているのかを聞く。

「そもそも、ダリオンさんは、どうして僕の事を知っているんですか?もしかして、昔に僕と一度会った事ありますか?」

ダリオンは一度息を吸い、語る。

「あるよ」

「え――」

レイの目は見開かれた。だが彼はダリオンと会った記憶など無い。相手はあるのかも知れないが、彼自身はいくら考えてもダリオンという男の事が思い出されなかった。

「……ごめんなさい、僕、貴方の事が思い出せなくて……」

相手が一方的にレイの事を知っていたとならば、レイにとっては申し訳の無い話となる。だが次にダリオンが言う台詞はレイに衝撃を与えるものとなる。

「無理もないさ、私と君が会った時。それは君が生まれてから間もない頃だったのだからね。」

「!?」

レイの眼は、更に大きく見開かれた。

「今、何て……?」

「君の母親、カレン・キレスが君を生んだ時……その時に君と出会った。これはどういう意味か分かるかな?」

ダリオンの質問の意味はレイに理解出来た。ダリオンは最初に自身の職業を、産婦人科を始めとする医師だと述べた。つまり、ダリオン・イブルークはレイの母親であるカレン・キレスの出産に携わった医者であると言う事なのだ。

「産婦人科の先生……ですよね……?で……でも!ダリオンさんは今まで何人も出産する所を見て来たんでしょう?それなのにどうして、僕だけを覚えているんですか?」

確かにレイにとって気になる話である。ダリオンが産婦人科医ならば、今まで何人もの人間の出産場面を見て来た筈だ。その中で何故レイだけを覚えているのかが理解出来ない。

ダリオンは彼の質問に答える為に口を開ける。その際、ダリオンは何故か意味深な笑みを浮かべていた。

「それはね、君自身の身体のあらゆる細胞内に含まれている、ミトコンドリア内に存在しているディヴァインセルを含んでいる、紛れもないアドバンスドタイプである為だからなのだよ。」

「……え……?」

彼はレイがアドバンスドタイプであると断言した。この瞬間、以前にエファンが言っていた言葉が彼の中で蘇ってくる。押し殺していた筈の感情が、再び。

 

―――お前は、夢を見るに値する、アドバンスドタイプの血が流れている人間だよ―――

 

アドバンスドタイプ、ディヴァインセル等の単語はエファンから聞かされたものだ。それらが意味をするもの。それは、レイが紛れもないアドバンスドタイプであるという事だ。

「恐らく、今、君は悩んでいるのだろう。君は自分が何者なのかが分からない事に。だからはっきりと言ってあげた。君が紛れもない、“アドバンスドタイプ”であると。」

無論レイにその現実を受け入れられる筈がない。突然断言されても彼は困惑するだけだ。

「知らないか?まあ……やはり無理もないか。君が赤ん坊の頃だったんだ、仕方がないさ。」

「僕が赤ちゃんの時……一体それって、どういう事なんですか……?」

彼の出産に携わった男が目の前に居る。その事も妙な事ではあるが、何よりもこの男が何故、レイがアドバンスドタイプであるという事を知っているというのか。それそのものが、理解が出来ない。

「少しばかり、ヒントをあげよう。ディヴァインセルと呼ばれる物質はね、本来ならば純粋なアドバンスドタイプの力を生まれ持って生まれない限り、それを体内に宿す事は出来ない。“普通”ならば血液成分や細胞の移植術を試みても、他者の身体に入り込んだディヴァインセルは自然消滅をしてしまうからね。それは君も同様だった。君は元々生まれた時は、純粋な“人間”だったのだから。」

この言葉が示すものを聞き、レイの身体は妙な寒気を感じていた。寒さから来るものではない、嫌な予感が過った瞬間に感じる、身体が一瞬だが冷えたように感じる瞬間。その正体は一体何者なのかは分からない。ただ、目の前の男の言葉に嫌な予感を感じているのは間違いないと言えた。それと同時に、彼は“ある”仮説を構築していた。自分でも、不思議な感覚だった。自分自身に関係しているが故に、それを行う事が出来るのだろうか。

 そして、受け入れ難い現実が迫ってきている可能性を、彼は非常に恐れた。しかしこれは避けて通れないかも知れない道。自分自身の本当の正体を知る機会になるかも知れない。エファンに言われた、彼自身の中にある、アドバンスドタイプの血や、ディヴァインセル。もし自分の仮説が正しければ……レイは恐怖に満ちながらも、ダリオンに聞く。

「ダリオンさん、貴方が僕をアドバンスドタイプと断言する理由……それは、僕が生まれた時にアドバンスドタイプの細胞の、ディヴァインセルを貴方が僕の体内に移植して、それが成功したから……違いますか……?僕の予想が正しかったら、ディヴァインセルが身体にあるから、だから、僕はアドバンスドタイプとして覚醒したって言えるんじゃ……?」

この仮説を、レイは何故説明出来るのだろう。自分でも認めたくない現象を、何故ここまで話すことが出来るのだろうか――

 

パチパチ

 

その瞬間、ダリオンは笑みを浮かべ、大きな拍手をし始めたのだ。

「その通りだ!素晴らしい!君は自分を理解しようとしているね!そうだとも!全ては君が言った通りだ!」

レイの言っていた事は的中した。しかしそれはレイにとって嬉しい事である筈がない。何故ならば、本当に突然変異で出現したアドバンスドタイプと言える事が、この男によって確定してしまった事になる為である。

やがてダリオンは静かに語り出す。レイがディヴァインセルの成分を身体に宿す事になった経緯を。

「君の言う通り、君が生まれ間もない時に、ディヴァインセルの細胞移植実験の被験者となった。正確には私が君の両親に内緒で実験を試みたのだがね。」

内緒でそのような事をするなど、言語道断だ。あってはならない。だがこの男は己が好奇心を満たす為の研究の為に他者を利用しているに過ぎない。

「私自身、医者として働く傍らで自らの力の事について研究をずっと行ってきたのさ。医学博士としてね。最初は自らの細胞を用いて研究を行ったが、それだけでは分からぬ事も多かった……その為、“あらゆる”場所に行って研究材料を確保したりしたものだよ。」

自らの研究の事を語る、ダリオン。

「だが研究を進める内に、その中で分かった事が、我々アドバンスドタイプの細胞内にディヴァインセルと呼ばれる物質が含まれているという事だ。これは、私が名付けたものになる。君がその言葉を知ったのは、恐らく何らかのきっかけがあったからなのだろう。」

この男はアドバンスドタイプに関する論文を出したことがある。その内容は、余りに残酷な内容であり、公には知れ渡っていないものだ。だがこの研究により、いくつか分かった事があるのもまた、事実なのである。

「アドバンスドタイプは遺伝するという可能性があるという事も、私が研究して分かった事だ。だが、君の両親の血液データを拝見したがいずれもディヴァインセルを含んでいなかった。つまり、君は“本来”ならばアドバンスドタイプとして生まれる事は一切ない存在という訳なのだよ。」

「そんな……!」

ここで明らかになった事実。それは、ダリオンは産婦人科医として血液データを採集した際に、彼の両親のデータを保管していたという事。それによれば、彼の両親は二人共普通の血液の持ち主であるという事である。そして、生化学検査の情報も、全てが普通の人間であるという事。

アドバンスドタイプの力が遺伝するのならば、レイの両親のどちらかがアドバンスドタイプであるという事になる。だがそうでない。両親は純粋に、オールドタイプと呼べるのだ。

「私は君以外にも、今までに様々な人間にディヴァインセルを、移植する実験を行ってきた。だがいずれもが移植した身体の中でディヴァインセルが自然消滅してしまった。高齢者や中年男性女性、ユニバーシティの生徒やティーンエイジャー……あらゆる人間を被験者としてきた。だがいずれもディヴァインセルは身体内で残る事は無かった……」

レイは困惑したまま、ダリオンと顔を合わせずに俯くだけだ。レイのその姿を見るダリオンだが、引き続き語り続ける。

「そこでね、私は赤ん坊の存在に着目した。生まれたばかりの赤ん坊は免疫機能の発達が不十分だ。故に、ディヴァインセルを受け入れるかも知れないと判断し、実験を行った。それが無理ならば受精卵の時点でその細胞の移植をも考えていたがね。」

つまり、段階的にその移植実験を試みていた事になる。公にならないように、彼の自己満足の範囲で。男は医者の立場を利用し、己の欲の為に実験を行っていたという事になる。

「私がこの時被験者に選んだのは君を含む七人の赤ん坊。いずれも両親に内緒で実験を行わせてもらった。そして、結果は出た。やはりディヴァインセルは身体内で消滅……失敗に思われた。だが……奇跡は起こったのだ!」

それは、自分の存在の事なのだろう――と、思った時、レイは目を思い切り瞑り、耳を塞いだ。もう聞きたくない、止めて欲しい――そう言いたいのだろうが、彼は口に出すことなく震えている。

その時のレイを見て、ダリオンは耳を塞ごうとするレイの両手を引っ張った。

「聞きたくないのか!?自分で言ったのだろう!私が君にディヴァインセルを入れたのだ……と!そして君は知る機会を得た!自分の過去を!真実を!!それをよく知る私がせっかく言ってやっているのに!何を否定している?ここに来たのは何の為だ!?自分の事を知りたいからではないのかね!?」

その筈だ。だが、レイはダリオンの言葉を恐れている。自分が突然変異の存在である事を確定してしまったが故に、レイの心は不安定になっていったのだった。

「嫌だ……もう……嫌なんです!!!」

レイは涙を流していた。しかし、それでもダリオンは語るのをやめない。

「せめて最後まで聞きなさい。きみはいくつだったか……そうだ、君は確か十五年前に生まれたから十五歳か。その歳にもなれば、事実を受け入れる事に慣れなければならない……君の両親には迷惑をかけたが、君は今普通に過ごせている。穏やかに、平和に……な。じゃなかったら君は十五年も生きていない筈だ。」

そう言ってダリオンは続きを語る。

「先程の続きだ……奇跡と言うのは……君の事と、もう一人の少女の事だ!!実験に関与した七人の被験者の中で、レイ・キレス君ともう一人の少女はディヴァインセルを体内に宿したまま存在しているのだ!つまり、人工的にアドバンスドタイプが生み出された歴史的瞬間なのだ!!!そう!君は私によって人工的にアドバンスドタイプとなった!もう一人の少女は、行方を知らないが、もう一人の少女も人工的にアドバンスドタイプとなる事が出来た!!」

狂喜するダリオンとは対照的に、苦悩するレイ。彼は確かにアドバンスドタイプではあるが、人工的に作り出されたアドバンスドタイプだと、ダリオンは語る。それこそ、エファンが以前に言っていた事と一致していたのだ。

 

―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――

 

繰り返されるエファンの言葉が、再びレイの心を蝕んでいく。

「本来ならば君ともう一人の少女を私が預かりたかったのだが、やはり、残念ながらそうは行かない。私は仕方なしにそれぞれの両親に身柄を渡したんだ。もう一人の少女はそれきり行方が分からなくなってしまったがね……」

ダリオンの言う、もう一人の少女と言うのはエファンがレイを殺害しようとする前に殺した少女のことだ。レイ自身も少女の死体は見ており、その上その少女自体もエファンが見せた夢の中に何度も出てきた。だから彼は知っているのだ。名前は知らない少女の事を。

「だからこそ、私は君だけが頼りだった!私はね、赤子だった君に何度も会いに行きたいと願ったよ!人工的にアドバンスドタイプの力を宿した君が、どのように成長しているのかが気になったからね!!」

それはエゴだ。己が知的好奇心を満たす為の研究はエゴでしかない。身勝手極まりないこの男の言葉は邪悪そのものだ。

「だが残念ながら、それは叶う事が無かった。君と言う存在を生み出してからも、私は研究を続けたが、やはり人工的にアドバンスドタイプの力を宿す事が出来たのは君と、そのもう一人の少女以外の何者でもないのだ!」

彼とその少女は奇跡の存在だと語る、ダリオン。暴走する知的好奇心の果てに生まれた存在。それが、レイだというのだ。

「それから十五年後だ!今に至るんだ!今!君は、この地に住んでいた!奇遇にも君をアドバンスドタイプに変えた人間と再会したと言う訳だ!」

明かされる事実。レイは人工的に力を宿したという衝撃は彼を翻弄していく。

「だが不思議な事がある……一体君はこの間に何をした?どうして君はこれ程までに強大な力を秘めているのだ?私でも感知できる程に強大だぞ、君の力は!」

ここで男は疑問を抱いた。レイはアドバンスドタイプの力を宿している。だが、彼はこの十五年の間に、自身が知らぬ間に力を増大させていったのだ。

「これは仮説だが……君は“死”に直結する出来事を何度も経験しているな。アドバンスドタイプは死に近い状況に陥った時、本能のままに力を発揮するという話もある。それがイズゥムルート。碧色の光……そして、君自身にもそれが発現したとすれば……」

この男は、レイにイズゥムルートが発現した事を語り始めた。一切この事は伝えていない筈。なのに、何故ダリオンはそれを分かるというのだろうか。

「そんな、どうして……?」

困惑するレイに対し、ダリオンが言った。

「そうか!君はMSのパイロットをしてきた!その中で何度か臨死体験を経験した!それらが増幅されていった結果、君は力を得ることが出来たという訳か!これは仮説だが、恐らくその可能性が高いと言えるだろう!!どう言った経緯でそれをしているのかまでは不明だが、パイロットの経験!それが君の力を本格的に目覚めさせたのは間違いないだろう!」

ダリオンは、彼が語っていない過去についても語り始めた。MSのパイロットを務めていた話等、一切していない。だがダリオンはそれを見透かしたかの如く、話をしたのである。つまり、ダリオンは過去を読む事が出来る人間と言えるのだ。

「どうして、それを……?」

「私も力を持つ人間の端くれだ。多少ではあるが過去を読むことが出来るのだよ。この力故のお陰。私にとってこれは素晴らしい力だ!」

男は過去を読めるという。そのような人間は、レイが出会ってきた中でたった一人。エファン・ドゥーリアのみ。そして、今目の前に居るダリオンが二人目という事になる。

だが、ダリオンはエファン程過去を詮索する事は出来ない。何故ならばレイがパイロットになった経緯を知らないからだ。しかしそれでもレイは焦りを覚えていた。何も喋っていないのに自分の事を当てられる事が、驚くと同時に怖かったのだ。

「君は、そんなに自分の力が怖いかね?さっきから君が見せる表情は常に恐怖に満ちている。」

今のレイは、明かされていく事実が恐怖に見えて仕方が無かった。その恐怖故に、レイは耳を塞ごうとする。ダリオンの語る現実を受け入れたくない為に。

 レイの表情は恐怖に満ちている。自らの真実を聞いて、ただ、絶望している。ごく普通に育ち、普通の人間として生きることが出来た筈のレイの身体を変えたのは、紛れもなくこの、男である。

 

ガシッ

 

レイが耳を塞いでいると、ダリオンが無理矢理彼の手を掴み、彼の自由を奪った。華奢なレイは男の力にも抵抗出来ず、彼の横暴を許してしまう。

「そうやって真実を認めない行動をとるのが私には理解が出来ない!じゃあ何故ここに来た?あのまま改札を通れば良かったんじゃないのか?来たのならきちんと真実は受け入れるべきだ!」

「もう……嫌だ……こんなの……もう聞きたくないんです……!」

嫌がるレイ。だがダリオンは語り続ける。彼が苦しむ一方で、嬉しそうな表情を浮かべながら。

「君は何を嫌がっているのかは知らない!だが、君の存在は非常に素晴らしい存在なのだ!君は私が知る限り、世界で……いや、宇宙で唯一の、人工的に作られたアドバンスドタイプのレイ・キレス君!これは歴史的な快挙だ!私がアドバンスドタイプという存在が少しでも世間に知られるように、努力してきた、賜物だ!どういう理由かは分からないが、君がディヴァインセルを受け入れなければこんな事は無かった!その上君からは凄まじく強い力を感じる!!君は私の理想……いや、それ以上に素晴らしい形で君が現れた事が嬉しくて堪らないのだよ!ディヴァインセルを体内に宿した事……それは君が素晴らしい功績を残してくれたと言う事だ!!まさに奇跡……いや、素晴らしい突然変異と言えよう!」

ダリオンは〝突然変異〟と言った。レイの前でその言葉は禁句である。何故ならば、今のレイはそれを、一番気にしている為だ。

「う……ぁぁ……」

散々彼は特別な存在だと言われ続けている。その中でも、彼は突然変異という言われ方をするのが何よりも嫌だった。彼は頭を抱えて首を横に振った。そして、その言葉がレイを更に混乱させる事になる。

「嫌だ……僕は普通で居たい……普通の人間で居たい!なのに、どうして!?それだけじゃない!全てがおかしい!記憶が無くなる事だってある!自分でも分からなくなることがある!あれは、何!?僕は何者!?化け物なの!?僕はもう、そんな人間になりたくない!僕は普通の人間だ……!普通の人間で居たいと思っているのに!どうして!?

嫌だ!もうやめて……やめてぇ!!!」

必死に首を振り、否定する。この時、レイは錯乱状態になっていた。この時のレイは、事実を否定する余りに、アドバンスドタイプが突然変異と言う認識をしてしまったのだ。困惑し、頭を抱えるレイ。その彼に対し、ダリオンが言った。

「残念だがレイ・キレス君……君は真実に向き合わなくてはならない。その素晴らしい力は大きく役立つ存在だ。アドバンスドタイプの可能性を広げる事になる、素晴らしい存在なんだよ!」

「嫌だ……そんなの、嫌だ!」

アドバンスドタイプの事等、レイには関係ない事だ。当然、レイは拒否をする。だがそれでも、ダリオンは語り続けるのだ。

「そもそも君や私を含めた、アドバンスドタイプと呼ばれる人間はね、世間では全く理解されていない。その事が、私は悲しい。アドバンスドタイプは確かに存在しているのに誰も認めてくれない。皆が〝そんな人間がいる筈がない〟と言うばかり。私はそれが悔しい……世間は何故アドバンスドタイプを認めてくれないのか!?それが悔しくて仕方がないのだ……君もアドバンスドタイプだ、そうは思わないかね?」

レイをアドバンスドタイプに仕立てた人間が何を言うのか。彼のエゴでレイは力を付けた。

 確かに彼はその力に助けられた事もあった。だが望まぬ力を持った所で、レイには関係ない。男のエゴがレイを更に苦悩させていく――

 

――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――

 

――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――

 

―――――――――――つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん――――――――――

 

――――――――――――レイ・キレスは突然変異と言うべきか―――――――――――

 

「違う!僕は突然変異じゃない!アドバンスドタイプなんて、望んでいない!どうして貴方は……僕にこんな力を与えたんですか!?嫌だ、僕はこんなのを望んでいない!」

彼はもう、戦闘とは関係ない生活を送っていく予定だった。それなのに、望まぬ形でレイは自らの力を覚醒させてしまった。不良生徒に殴られた事により、生命の危機を感じたが故に生じた光は、レイを苦悩に追い遣る。

「君に、良い事を教えてあげよう、アドバンスドタイプとはどのような存在かを。」

苦悩するレイに対し、ダリオンが口を横に広げ、笑みを浮かべた。

「アドバンスドタイプが……どんな存在か……ですか……?」

ダリオンの口から、アドバンスドタイプの事について語られ始める。レイは静かに、男の方に視線を合わせていく――

「アドバンスドタイプとは、現在から百四十年前以上から存在すると言われている存在とされている。その辺りは私も詳しい事は知らない。物心ついた頃から私はアドバンスドタイプとして生きていた。自身の力が気になり、医学博士として、医師として生きてきた中で、自身の研究を続けてきた結果分かった事がある。」

この辺りはアレンやジャンヌですら知らなかった事だ。それを、ダリオンは淡々と語っているのだ。

「研究を進めていく内に、私は多くの事を知る事が出来た!常人よりも自己再生能力に優れると言う事、空間認識能力がオールドタイプやシンギュラルタイプよりも遥かに優れていると言う事、そして……危機的状況に陥れば自らが碧色の光を放つという事が明らかになったのだよ!」

「!」

レイはその言葉に大きく反応した。それが、彼をアドバンスドタイプだと確定させた何よりも大きな言葉だった。

「光を放つって……やっぱり……アドバンスドタイプだから……ですか……?」

「そうだ!さっき君が混乱状態に陥っていた時に〝光る〟という言葉を発したのはそれを経験したからか!成程ねぇ!やはり、君は最高だよ!紛れもなく、君はアドバンスドタイプだ!」

ダリオンは感心した様子で言った。しかしレイにとって、それは只事では済まされない事実である。自分がアドバンスドタイプであるという事は、彼にはあまりに衝撃が大き過ぎた。 

彼がアドバンスドタイプである事に対して喜ぶダリオン。しかし一方でレイはその真実に苦悩している。

「さて、そうとなれば、君は自身が輝く事以外にも、他にも何らかの現象を自身が経験している筈だ。例えば自治能力に優れていたり、血液が甘かったり、更には危機的状況が訪れた時に生じる、碧色の光を発する現象……これはイズゥムルートと呼ばれている。また、これ以外にも何らかの異常現象が見られるはずだ。私の予想が正しければ、君はイズゥムルートを発する事や、それ以外のどれかの力を君は一度発揮している筈だ!間違いない!!」

ダリオンの言葉は全て的中していた。身体が輝く事は勿論、自治能力に優れている、血液が甘い等、レイに該当する事を全て言い当てた。それらは全てアドバンスドタイプの能力。 

それを知ったレイの表情は青褪めていた。それと同時に、レイは過去にあった様々な自らの身体に起きた異変を思い出し始める。

セイントバードチームに助け出される前からも、レイは傷の治りが異様に早かった。それからセイントバードチームと共に行動するようになってからも怪我を何度かしたが、いずれも常人以上に早く傷が癒えている。無論、彼にとって奇妙な出来事はこれだけでない。ダーウィンにて明らかになった、彼の血液の甘さ。

そして、彼が戦闘中に危機的状況や怒りに満ちた時に発動する、レイ独特の力。眼が真紅に染まり、躊躇なく敵を倒す。倒した後はその間の記憶が無く、ただ敵を倒した手応えだけを感じて終わる……このように、様々な奇怪な現象もあったが、最近になり、彼は自らの身体が輝くと言う、明らかに常人から見れば異常な身体の現象に遭遇した。

レイは自らに起こった現象全てを思い出していく。これらは全てアドバンスドタイプの力によるものだ。そして、その力を人工的に与えたのは彼の眼前にいる男、ダリオンである事。それを悟った時、彼は自分自身に恐怖した。再び震えが始まり、頭を抱え始める。

(全部気のせいなんかじゃなかったんだ……そんな……まさかこんな事だったなんて……“作り出された”アドバンスドタイプだから……おかしなことが起こるんだ……しかも……全部あの人が言っていた事と一緒だ……何もかもが……)

エファンの言葉が、再び思い出されていく――

 

―――――――――――――今までに奇妙な症状はなかったか――――――――――――

 

(嘘だ……!)

 

――――――例えば身体の傷が癒えるのが常人よりも優れている……とか――――――

 

(嘘だ……!!)

 

――――――――――――――――血液が甘いとか―――――――――――――――――

 

(嘘だ……!!!)

 

―――――――――――そして……身体が輝く……とか―――――――――――――

 

(嘘だ!!!!)

 

ダリオンが語るアドバンスドタイプの現象は、全てエファン・ドゥーリアが言っていた事とダリオンの言っていた事がそのまま当て嵌っている。以前にダーウィンでエファンの言っていた事は紛れもない事実だったのだ。

ダリオンによって体内にディヴァインセルが移植され、それが何故か彼の身体の中に残留し、そのディヴァインセルの力と今のレイ自身の力が合わさった結果、彼はアドバンスドタイプとして、彼自身が知らない間に進化を遂げていたのだ。

無論、何度もダリオンが言うように、彼は純粋なアドバンスドタイプでは無い。だがダリオンによるディヴァインセルの移植という出来事のせいで、レイ自身に様々な異常現象が起こっているのだ。常人よりも遥かに優れた自治能力、自らに危機が訪れた時に輝く奇妙な現象など……全てが真実だと言う事をレイは認めたくなかった。エファンに言われた時ですら否定したのだ。彼は否定する事で自分自身を保てたのだ。それはジャンヌやアレンの声掛けの影響もあったのだが、今の彼に、それは届かない。

ダリオンの台詞が彼の全てを壊していく。否定したかった、事実。それはレイにとって余りに辛く、悲しいものだった。

 

「……一つ……聞かせてもらって……いいですか……?」

その時、レイが一つの疑問を抱いた。

「ダリオン……さんは……どうして……アドバンスドタイプを……作ろうと思ったんですか……」

多くの事実を知り過ぎて、精神的に限界を迎えていたレイだが、その中で気になった事を、辛うじて聞き出す。途切れ途切れに言葉を喋り、ダリオンに聞くレイ。

「それには二つの理由がある。一つは、世間にアドバンスドタイプという存在を認めてもらう為。そしてもう一つ……それはアドバンスドタイプという人種を増やしていこうと考えているからだ。」

「増や……す……?どうして……?」

「私はアドバンスドタイプという人種の素晴らしさをよく知っている。だからこそ、これからの人類は進化していく必要があると判断した。だが現在地球圏に存在しているアドバンスドタイプの数はあまりに少ない……都市伝説レベルと言える程に!だからこそ、人工的にアドバンスドタイプになれる人間がどうしても欲しかったのだ。それを現実にしてくれたのが、レイ・キレス君……君と言う訳だ。」

その時、ダリオンはニヤリと笑みを浮かべた。レイはそれを見て、頭を抱えながら静かに首を傾げる。

「所で、もし君が更に成長し、子を産む事になった場合……君の子孫はアドバンスドタイプの力を持っている可能性は十二分に有り得る。アドバンスドタイプの力は遺伝するからね。」

“子孫”の話が出た。それを聞き、少し、レイはピクリと反応した。

「そこで君に頼みがある。君の遺伝子を提供してもらいたい。」

「そ、それって……?」

レイの顔が、恐怖に満ちていく。この状況での“遺伝子”と言う言葉。それが示すものは、一つ。

「簡単な話、君の精子を提供してくれればいい。今回君をここへ呼んだ最大の目的はそれだ。君の精子を冷凍保存し、様々な女性の子宮内の卵子と結合し、やがてその子供はアドバンスドタイプの力を持った子供が生まれるだろう!それが成功例となれば、君はまさに、人工的に生み出されたアドバンスドタイプのアダムというべき存在なのだ!」

冗談ではない。何故自分がそのような存在の始祖とも呼べる人間にならなければならない?レイは当然反対する。頭を横に振り、懸命に否定する。

 だが、男はそうはさせなかった。怯えるレイに迫る。レイは急いでこの場から離れようとした――

(え……?力が、入らない……?それに、ダメだ……眠い……?)

レイの意識が、いつしか朦朧としているのに気付いたのはその時だった。一体何が起きたというのか。レイは今の自分自身に迫る状況に対し、身体が全く動いていない。

「効いて来たね、お休み――」

ダリオンの魔の手が、レイに迫る――

 

 

 

 あれから時間が経過した。今、レイは家に居た。あの後何をされたのか。それは、思い出したくもない事だろう。自身の真相を知ってしまったレイは、ただ、苦悩するばかり。

 彼はアドバンスドタイプ。それも、人工的に作られた、突然変異の存在。それも、アドバンスドタイプを広めようとする、ある一人の男のエゴによって生み出された存在。それが、レイだ。

 故郷に戻って来てから経験した出来事はレイを苦しめた。逃れられない現実、自身の真実。人を超えていた存在。望まぬ力を得た少年は、何を思うのか。

(僕は作られたアドバンスドタイプ……本当は有り得ない存在……突然変異……おかしな人間……存在してはいけない人間……気味の悪い人間……望んでない力を与えられて……それのせいで僕は人間じゃなくなる……あ……そっか……僕は人間じゃないんだ……普通は有り得ない存在だから人間じゃないんだ……じゃあ……僕は何?人間じゃなかったら何なの?分からないよ……何もかも……分からない……)

全てを知った今の彼を支える存在は、誰もいない。ただ、レイは絶望するのみ。

仮にレイがアドバンスドタイプと言って、誰が信じてくれるだろうか。都市伝説かも知れない存在にされ、一般人と思われないような身体にされていたレイ。自ら望んだ“普通”とはかけ離れた人間と化した、レイ。

思えばMSに乗り、戦場を駆け抜けた時点で普通ではなかったのだろう。だがあの時でも仲間はいた。守る為に戦ってきた。それで、生き抜いてきた。多くの出会いや別れを経験した。

しかし今は違う。彼はもう、戦場に身を置いていない。約束された筈の安寧の中を生きている筈だ。そして、アドバンスドタイプの力はこれからの安寧の生活には不必要な力だ。なのに、何故この力を与えられた?望んでも居ない、力を。

人と違うという事に対し、レイは臆病になる。自らが人でなくなるような感覚は彼を蝕む。いつしか、レイの中で人の定義が分からなくなっていったのだ。

(アレンさんやジャンヌさんは生まれてからずっとアドバンスドタイプなんだ……けど僕は……突然変異のアドバンスドタイプ……僕と同じ存在なんて……いないんだ……)

彼の知るアドバンスドタイプである、アレンとジャンヌは生まれもって、純粋なアドバンスドタイプとして過ごしてきた。だがレイは違う。彼は人工的にアドバンスドタイプにさせられた。それが、アレン達やレイとの決定的な違いである。ダリオンは彼が最初の人工のアドバンスドタイプであると言った。彼と同じ人間は、今現在この世界に誰もいないのだ。そのような孤独に襲われたレイ。

 この話をしたところで、誰が信じるだろうか。都市伝説レベルの話を、誰が心から信じるだろうか。

(……もう、どうでもいい……)

家の中ですら、安らぐとは思えない。それもその筈。家族がレイの“真実”を知らないのだから。いった所でそれを信じる者はいるだろうか。いや、居ない。居る筈がない。

 

――――――――――正直……いないんじゃない?光る人間なんて―――――――――

 

今朝、母親が言っていた台詞。その台詞は、今となっては彼の存在そのものを否定している台詞であると同意義である。彼は光る人間。それを否定される事は、その存在意義を失っているようなものだ。

 どうすれば良い?これから何を思って生きれば良い?レイの日常の中に、レイの本当の事を知る人間は居ない。得体の知れない、望んでいない力を得てしまった少年は、ただ、絶望に浸るしか出来なかったのだ――

 




第八十四話、投了。
明らかになった彼の過去。人工的に発生した、突然変異のアドバンスドタイプである事を知り、レイは苦悩していく。
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