安心できる環境である筈だった家族と、次第に溝が深まっていく――
(誰も……僕を理解してくれない……誰も……僕なんかを……)
夜。レイは自分の部屋で一人、ベッドの上で三角座りをして静かに溜息を吐いた。ダリオンから真相を聞かされたレイは、何もかもが嫌に感じてしまっていたのである。考える事は全てネガティブになり、会いたかった筈の家族ですら、今のレイにとって嫌悪の対象であった。
―――――――――――正直……いないんじゃない?光る人間なんて――――――――
―――――――――どうしてそんな事を突然言うの?よく分からないな――――――――
―――――――――人は光らないんだよ?お兄ちゃん、どうしたの――――――――――
家族がレイに対して言った言葉が彼に突き刺さる。存在する筈の無い人間。人類で初めて、ディヴァインセルを移植によって宿し、それを受け入れた存在。それが、レイ。
そもそもアドバンスドタイプという人種自体が知られていない存在であり、家族のような意見を発するのが一般的だった。それ故に、レイは深く傷付いていたのだ。増してや彼は人工的に生じたアドバンスドタイプ。ジャンヌやアレンの様な、純粋に生まれた時からアドバンスドタイプと言う訳ではない。その事実も彼にとって苦悩でしかなかった。
所謂インターネット上やSNS上でもこうした情報は一切記載されていない。そうした事実が、より一層レイを苦悩に追い遣る。
(もしこの事を言ったらどうなるの?絶対に信じてもらえない……結局、僕は信じてもらえないんだ……突然変異の存在だなんて……)
家族に自分を分かってもらえない辛さ……そして、学校では自分が奇妙な人間として扱われている現実……両者がレイを苦しめる。しかし、彼を苦しめているのはそれだけでは無
かった。
――――力を持つということは、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる―――
―――――――――お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう――――――――
――――――――――――――――私が、いる限りはな―――――――――――――――
エファンの台詞である。この男の放った一言がレイを更なる絶望へ追い詰めた。
(なんで……どうして僕が……僕が……?)
エファンの目的……それは力を持つ人間の抹殺である。アドバンスドタイプである以上、レイも自動的に彼の標的となる。力を持つことで、命まで狙われるという理不尽な状況。このようになってしまったのも、全てはダリオン・イブルークという、一人の男の仕業なのである。
(嫌だ……もう、僕はここにいたくない……誰とも会いたくない……もう、嫌だ……)
全てが嫌に思えた。大切な家族も、自分の事を理解してくれないものだと判断してしまったレイは涙を流しながら思っていた。
――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――
――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――
リルムやイースの言った台詞も思い出された。落ち込んでいる彼からすれば、両者の台詞は悪意のあるものにしか聞こえない。イースの台詞は悪意であるが、リルムは別に悪意で言ったものではない。しかし自分の存在が認められないということが、彼にとって辛くて堪らない。
スッ
すると、レイは突然その場から立ち上がった。そして彼は机の上にあった小さな赤い肩掛け鞄に荷物を入れ始めた。
レイは何も喋らず、無表情のまま荷物を入れる。荷物の中にはハンカチやティッシュといった日用品等が入っていた。
それから一通り荷物を入れ終えると、次にレイは机の中に収納している自分の金を全て持ち始めた。それらを全て財布の中に入れ、彼は静かに部屋を後にした。
それから、更に数日が経過した。今、レイは街を彷徨っている。彼は家に帰っていなかったのだ。自身の事で悩み過ぎており、どうすれば良いか分からないでいたレイはただ、宛てなく彷徨っていた。
この間、レイは学校にも行っていない。全てがどうでも良くなっていたレイは、ただ、彷徨うばかりだ。
今、彼は夜の繁華街を歩いていた。そこは彼の実家から数キロ程度離れている場所で、彼の住む場所と比較して人通りが多く、様々な娯楽施設があった。彼は彷徨っている内に、このような場所に来てしまったのである。
何の為にこのような行動をしているのか、レイ自身分からない。恐らく、自棄になっているのだろう。自身の真実を知ってしまったが故の、絶望だ。
「お嬢ちゃん服に興味無い?」
「そこのお兄さん!店来ない?可愛い子がいっぱいいるよ!」
「お嬢ちゃん一人?あのさ――」
彼が歩くたび、客寄せの人間が彼に声を掛ける。それらの中には、彼を少女と見る者や少年と見る者と分かれていた。しかし声を掛けた殆どの人間はレイを少女と間違える。酷い時は妖しげな店のスカウトまでされる始末だ。最悪なケースは援助交際を求められる事もあった。
だが、レイは全てこれらを無視した。強引に手を引っ張られる事もあったが、睨んでやる事で相手は舌打ちをしつつもそのまま去っていった。何もかもがどうでも良いと感じているレイにとって、これらの勧誘等眼中になかったのである。
(この人達は……なんで笑ってるの?どうしてそんな顔をしているの?どうして楽しそうなの?あ……そっか……僕は突然変異だから笑えないんだ……僕は……僕は……突然変異だから……人間じゃないから……僕は……ぼ……く……は……)
いつしか、彼は河原で座っていた。繁華街を抜け、人通りが少ない場所に出たレイは河原で腰を下ろし、ぼうっと流れる川を眺めていた。そして、今まで言われた言葉を何度も思い出していく。その際、レイの眼から涙が頬を伝い、流れた。
―――――――――――正直……いないんじゃない?光る人間なんて――――――――
―――――――――どうしてそんな事を突然言うの?よく分からないな――――――――
―――――――――人は光らないんだよ?お兄ちゃん、どうしたの――――――――――
――――力を持つということは、生きていく上で莫大なリスクを背負うことになる―――
―――――――――お前は一生苦しみながら生き続ける事になるだろう――――――――
――――――――――――――――私が、いる限りはな―――――――――――――――
――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――
――――――レイの身体が光るなんて訳の分からない事言ったの誰なのよ―――――――
―――――――レイ・キレスは突然変異のアドバンスドタイプと言うべきか――――――
―――――――――――つーかキモくね?人間が光る訳ないじゃん――――――――――
――――――――お前、実はホタルの生まれ変わりか何かかよ?ハハハハハ――――――
彼に対して発せられた多くの言葉。普通の人間なら有り得ない現象。それが有り得てしまうのが彼。それも、彼の場合は一人の男によって与えられた能力である。
アドバンスドタイプと呼ばれる人種の細胞内のミトコンドリア内に備わっている物質、ディヴァインセル。これを他者の体内に入れる事で被験体はアドバンスドタイプの力を得られるかと言う実験の被験者として、レイは新生児の時にダリオンによって移植をされた。
本来ならばディヴァインセルは被験体の内部で消滅してしまうとされるものなのだが、何故かレイの身体は移植によるディヴァインセルを受け入れてしまい、彼はアドバンスドタイプとして育ってしまった。普通ならば有り得ない事が自分に起こったという現実。そして、信じてもらえない辛さと見られた所で人間扱いされない絶望。様々な感情が、今のレイを作り上げていた。無気力で、何もかもがどうでも良くなったレイ。だからこそ、彼は大切である筈の家族の元から離れたのだ。
コツンッ
突如、レイの頭を誰かが叩いた。レイはすぐに反応し、後ろを見る。
「レイだ。何やってんの?」
「あ……ヒューナ姉さん……」
彼を小突いたのはリルムの姉であるヒューナだった。何故か、彼女も夜の繁華街を歩いており、その際にレイの姿を見て駆け寄ったのだ。
「久しぶりにレイの顔見るけど……なんで泣いてんの?」
「別に、何でもないよ……」
そっけない態度をとるレイ。その様子を見たヒューナは苛立ち、言った。
「何よあんた!いきなりその態度は何!?」
「もう……どうでもいいんだ……何もかも……」
そう言ってレイは再び涙を流す。その姿を見たヒューナは怒りを見せず、一旦咳払いをして彼の側に寄り、謝った。
「ご、ごめん……ちょっと怒鳴っちゃった……てか……どうしたのよ?何かあったの?もしかして、リルムにフられた?」
「……」
レイは首を横に振るだけで何も答えない。
「……隣、座るね。」
レイは無言のまま静かに頷く。それを見たヒューナはそのまま彼の隣に座った。
「何で泣いてるのよ?妹にフられた訳じゃなかったら何?」
「何でもない……」
レイはヒューナの顔を見ず、前方を見るだけ。しかも返答もそっけないものだから、彼女は再び苛立ちを覚えた。涙の訳を言わないレイに、ヒューナは握り拳を作り、レイの襟元を掴み、そのまま持ち上げた。
「何よあんた!ちゃんと理由ぐらい話しなさいよ!」
急な言動。だが、レイはそれに対して反応する事すら、しない。ただ、視線を川の方に向けるばかり。
「姉さんには何も関係ないんだ……だから放っておいて欲しい……」
そう言われ、ヒューナは更に怒った。
「私に関係ない?関係ないかもね!けどね、私が隣に座っていいって聞いたらあんた頷いたでしょ!!それってあんた何か話を聞いて欲しいってコトじゃないの!?」
「そんなことないよ……どうせ僕なんて……僕なんて……僕……なんて……」
再びレイは涙を流した。それを見たヒューナは手を離した。レイは涙を拭おうと腕で目を擦ろうとする。しかしその時、ヒューナは彼の頭を撫でた。
「正直に言ったら良いんだよ……昔からよく悩みを聞いてあげたじゃない。なんで泣いてるのか、全部話してよ。悩んでる事、全部。」
「……言っても……」
「え?」
「言っても……どうせ信じてもらえ……ない……から……」
彼の涙は止まらない。ヒューナに怒鳴られたことで、一層溜まっていた感情が溢れ出る。それはヒューナを恐怖の対象として見ている訳ではない。
人と接する事で、一人では解放できなかった感情が溢れてしまったのだ。だから彼は涙を止める事が出来なかった。止まらない涙は頬を伝い、そのまま草の上に落ちる。
「あのさ、まだ何も喋ってないのに勝手に自分で判断するのはおかしくない?それは全部言ってから私が判断する事でしょ。信じられないとかそういうのは。」
ヒューナの意見は正しかった。何も言わなければ何も伝わらない。彼は最初からダメだと決めつけてしまっている。だが、それでもレイは口を開けなかった。
「どうしちゃったのよ……昔はよく悩みがあったら相談に来てたじゃない。なんで相談してくれないの?そりゃあんた、十五歳だから複雑な悩みぐらい抱えてると思うけどさ、それでも相談ぐらいしてよ。溜め込むの、毒だよ。」
言っても信じてもらえる筈がない悩み。それは、自分がアドバンスドタイプであるという事。そのせいで言っても信じてもらえない上、自分がアドバンスドタイプの力によって身体が光ったとしても、彼は非難されるだけ。自分の居場所はどこにもない。自分は本当に人間なのかも分からない。彼の場合、自分自身の居場所や自分の存在する意味が分からなくて困惑している。そして、何故か自身の身体が受け入れたディヴァインセル。それはつまり、自分が突然変異だという事。その上そのような人間は自分以外に世界中にいない。同じ境遇の人間がいないという不安も持っていた。
多くの悩みを抱えているレイ。しかし、それは彼にしか分からない事ばかりだ。ヒューナがいくら幼い時から相談に乗ってくれるからと言っても、今回の悩みばかりは言うにも言えなかった。
悩みを打ち明けるにも、全てを打ち明けると何を言っているのかが分からないだろうと判断したレイはその悩みの内の一つをヒューナに聞いてみる事にした。それは、以前母親に質問をしたものと同じ質問だった。
「姉さんに、聞きたい事があるんだ……」
「なぁに?」
ようやく口を開いてくれたレイの姿を見て、ヒューナはどこか、嬉しそうだった。
「姉さんは、身体が光る人間って……いると思う……?」
彼にとって精一杯の質問だった。彼は質問をした時、思った。〝間違いなく変な人間に思われているだろう〟と。しかし彼の場合は直接〝自分がアドバンスドタイプである〟などとは言えない。
この質問をした時、ヒューナは少し首を傾げた。レイはそれを見て俯き、溜息を吐いた。
「……多分、そういう人だっていると思う。」
その答えがヒューナの口から出た時、レイは自分の耳を疑った。
「え……?」
思わずレイは声を出した。その声がヒューナに聞こえた時、ヒューナは笑顔で言った。
「驚く事じゃないんじゃない?だってさ、SNSとか、メディアとか見てたら普通じゃありえない人間っているじゃない?透視とかテレパシーとか……そんなのがいるんだから、別にそんなに驚かないと思うな。」
ヒューナの言葉に、レイは信じられない様子だった。どうして驚かず、変に思わないのか。彼の言う、〝光る人間〟がいるのが分かり切っていると言わんばかりにヒューナは驚く様子を見せていない。彼の事を変に思う様子もない。
「変だと思わないの……?おかしい質問だと思わないの……?」
レイは念を押すように確認した。しかし、それでもヒューナは笑顔のままだった。
「だから?って感じかな。まあ、もしそんな人がいれば〝凄い!〟とは思う。けどさ、人間って常識じゃ考えられない事だって出来ちゃう人も世の中には一杯いるんだよ。科学とか物理法則とかそんなの無視して、普通じゃありえないってことも出来る。それが嘘かどうかは分からないけど、凄いじゃない。テレパシーとか透視が良い例だよ。」
レイは呆然としていた。何故ここまでヒューナは冷静に語れるのか。外見こそ活発で明るく、お洒落や恋愛を楽しむ年頃のハイスクールの生徒であるのだが、それに反して彼の言った言葉に対して何も動じないのが、レイにとって不思議でならなかった。
しかし彼は不思議に感じると同時に、少しずつ本音を喋りたいと感じ始めた。少しずつ、少しずつで良い。理解してくれる人がいるのならば、少しずつでも……
そう思った時、レイは次に自分自身に関する事を聞いた。と言っても、核心を突くような質問ではないが。
「じゃあね……血を舐めた時、その血が甘かったり、異様に病気や怪我の治りが早い人っていると思う?」
彼の口から出た、質問。それに対し、ヒューナは答える。
「ん……それはどういったものかに寄るわね。そりゃ、人間はそれぞれよ。極端に傷の治りが早い人だっているでしょ?」
「そっか……」
彼は少しばかり安心した様子を見せた。もしかすれば、本当の事を言っても大丈夫なのかも知れない……と、少しだが思っていた。
だが、次の瞬間。ヒューナは彼の考えを見透かしたような台詞を言った。
「……あんた、私に聞いて欲しい事をはっきりと言ったらいいじゃない。」
「あ……う……?」
「分かるのよ、露骨に何かが言いたいのがね。昔からの付き合いでしょ?それぐらい分かるのよ、私。」
彼の考えはヒューナには筒抜けだったようだった。こうなれば、彼は喋るしかない……そう思い、レイは勇気を出して口を開いた。
相手は幼い頃からよく悩みを聞いてくれた、自分の恋人の姉。レイの姉であるリリアも優しいのだが、リルムの姉であるヒューナは悩む彼を導く逞しさを持っている。そんな彼女ならば今の自分の悩みを信じてくれるかもしれないと思い、レイは思い切って言った。
「……」
レイから発せられた言葉はヒューナを驚かせた。何せ、彼は〝自分は普通の人間で無い、自分は別の人間によって作られたアドバンスドタイプと呼ばれる存在だ〟と、自分の悩んでいる事を、一切改変することなく直接ヒューナに伝えたからだ。彼女は言葉を失い、何を言えば良いか分からない様子だった。
一方のレイも、再び俯き始めた。〝やはりダメだ……〟〝誰も自分の事なんて分かってくれない……〟悲しげな思いが再び彼に過る。
「……フ……ウフ……フフ……アハハハハハ!!!何それー!!!すっごいじゃない!」
「え……!?」
急に笑い出すヒューナに、レイの目は見開かれた。
「あんた、実はとんでもなく凄い人間だって事でしょ?それ、凄い!それは悩むべき事じゃなくて、寧ろ誇りに思う事じゃない?自分は普通じゃない!普通のつまらない人間じゃない!って……」
その言葉にレイは傷付いた。彼は〝普通でない〟ということを気にしていただけに、ヒューナの言葉はレイにとって重く圧し掛かる。
「あ……ごめん、そっか……それが嫌なんだよね……私、馬鹿だ……悩み聞いてあげてるのに悩みを植え付けてる……」
「ううん……姉さんは悪くないよ……ごめん、けど……けどね……こんな身体にされちゃったんだよ……僕は……普通でいたかったんだよ……?普通に生活して、普通に学校に行って、普通に家族と話して……普通に……恋愛して……でもこんな力のせいで……これのせいで!これの……せいで……僕は……僕は……」
再びレイは涙を流した。現実を受け入れる事が出来ない彼にとって、アドバンスドタイプである事は何よりも辛い事なのだった。彼は力など最初から望んでいない。だからこそ……彼は傷付いているのだ。
パシィッ
「……!」
その時、ヒューナはレイの頬を思い切り平手で叩いた。突然の出来事にレイは茂みに転び、頬を押さえてヒューナの顔を見る。しかし、彼女の顔は怒ってはいなかった。
「痛かった?」
「え……あ……うん……?」
するとヒューナはしゃがみ込み、レイの頭を撫で始めた。
「うん……大丈夫だよ、あんたは痛かったんだよね?私の平手食らって。つまり痛覚はちゃんとしてる。他にもさ……ご飯とか食べて〝美味しい〟と感じたり手を繋いで〝暖かい〟と感じたりすること、あるでしょ?」
「うん……あるよ……?」
レイは訳が分からないままヒューナの質問に答える。それに対し、ヒューナは引き続き言った。
「他にもさ……〝困ってる人を助けたい〟とかこんな風に悩んでる時に〝どうしよう〟とか思う事ってあるでしょ?」
「うん……ある……」
ヒューナの質問に答え続けるレイ。すると、ヒューナは一度息を吸い、静かに言った。
「それ、あんたが〝普通〟の人間である何よりの証拠じゃないの?」
「え……」
「もしあんたがアドバンスドタイプとかなんだかよく分からない存在で、さっきの質問に対して〝何も感じない〟とか言ったら、私はさすがに疑った。けどあんたは普通の答えをした。普通の人間だったらさ、食べ物食べて〝おいしい〟って思えるし、叩かれたら〝痛い〟って思うし、怒られたりしたら〝悲しい〟とか〝むかつく〟とか思うでしょ。あんたは全てにおいて正常であり、普通の人間だよ。間違いなく……いや、自信を持って言えるよ。」
ヒューナは彼の反応を見ていた。その反応を見て、彼が本当に普通でないのかを見たかったのだ。その結果、彼はありふれた、普通の反応をした。それを見て彼女は彼を〝普通〟の人間だと、判断したのだ。
「そう……なの……?僕は……光るんだよ?血も甘いし、怪我や病気が治るのも普通じゃ考えられないぐらい早いし……明らかにおかしいよ、こんなのって……」
「けど心は人間でしょ。それは関係ないよ。……何となく分かったよ、あんたの悩みが何なのかが。あんたはそんな能力によって差別されるって事を恐れてるだけだね。」
「差別……」
彼は常人には考えられない力を秘めている。その為、差別されるという恐怖を抱いているのだ。現に、彼は学校で冷たい言葉を言われている。
――――――――――――――お前、人間じゃないんだってな――――――――――――
イース・ハドラスの言ったこの台詞は明らかにレイを苦しめるものだ。この他にもレイは多くの台詞を吐かれている。それが嫌でたまらないレイ。だからこそ彼は恐れる。差別されるという事を。
「別に人に対して迷惑を掛けた訳でもないのに人を差別するのってさ、私、最低だと思うんだ。ああいうの、許せないと思う。だからさ、私は全然気にしないよ。だってレイはレイじゃない。昔からのあんただよ。私はそれを知れて安心した。」
「僕は……僕のままだと思う……?」
「うん。あんたはあんただよ。例えあんたが本当に身体が光る所を見ようが、全然私は動じないし、気にしない。だってあんたは私の知ってるレイだから。」
この時、レイは少し救われた気分になった。自分には理解者がいるということを知った彼は静かに目を閉じる。そして、先程言われた台詞を思い出す。
―例えあんたが本当に身体が光るところを見ようが、全然私は動じないし、気にしない―
――――――――――――――あんたは私の知ってるレイだから―――――――――――
この台詞は、絶望に暮れるレイを助ける機会となるのか、それは分からない。ただ、彼の中で僅かな希望として心の中に残る事は間違いなかった。リルムの姉が言った優しい言葉。この時、レイは正直に話して良かったと心底思うのだった。
「あのさ、話変わるけど……あんたここ数日家に帰ってないんでしょ。」
「え……どうして知ってるの……?」
「リルムが言ってるの。学校にも来てないし、家に言ってもずっと帰ってないってさ。全く、家族に迷惑掛けるのだけはやめときなよ。そりゃ、悩むのは分かるけどさ……」
「けど……こんな状態で家になんて……帰れない……」
思えば彼は独断で家出をし、学校にも行かず途方に暮れていた。Eフォンには何件もの着信履歴やメッセージが届いていたが、いずれも彼は無視をしていた。
全ては自分の都合、自分勝手な都合……それ故に、彼は家に帰る事に躊躇いを感じていた。この状態で家族に顔向けが出来るだろうか……と、彼は悩んでいた。
「……今、直接帰るのは嫌?」
「……うん……」
「じゃあさ、遊ぼうか?」
「……え?」
ヒューナの口から聞かれた言葉にレイは驚いた。彼は時間をEフォンで確認する。時間は午後の九時だった。その時間に何をして遊ぶというのか……レイは躊躇いながら言う。
「こんな時間だよ?何をして遊ぶの……?」
「決まってるでしょ。ゲーセンとかよ!気分が憂鬱なら、パっと遊べばいいの!本当は今日は早く帰る予定だったけど、いいや。さ、行こうよ!せっかくだから!」
「でも、こんな時間は危ないよ!」
「私はこんな時間に遊ぶのは馴れっ子なの!さ、行くよ!悩み事を打ち明けられて、さっきより精神的にマシになったでしょ!!だからこそ遊んでスカッとするんだよ!」
「ちょ……ちょっと……!」
ゲームセンターへ連れて行こうとするヒューナに、レイは戸惑いを感じていた。しかしこの行為は彼女なりの精一杯の励ましなのだ。落ち込む彼の悩みを聞いたうえで、少しでもレイを元気付けようとするヒューナ。レイは彼女の行動に再び励まされた。彼女がゲームセンターへ連れて行くというのは、自分を励ましてくれている事だと分かっていたからだ。
だが根本的な解決にはなっていない。彼はまだ多くの悩みを抱えている。しかしそれらが少しでも和らぐのなら、今はヒューナと共に行動しよう……彼は思っていた。
ある、一軒のバーにて。そこにはレイの母親であるカレンと、リルムの母親であるヒーリが久しぶりに晩酌を交わしていたのだ。家出をしたレイの事を心配するカレンと、その話を聞くヒーリ。昔から仲の良いこの二人はカウンターの席にて、それぞれの酒の入ったグラスをカンッと響かせた後に、お互い静かに酒を一口飲んだ。カレンはカクテルを、ヒーリはテキーラを飲んでいた。
「こうやって飲みに行くのも久しぶりだよねー。ずっと家事とかで忙しかったからさ……」
「ホントにそれ。いつ以来?ユニバーシティの頃以来じゃない?」
「多分そうかもねー。」
仲の良い二人は昔にあった事を語り始めた。両者共笑顔で、久しぶりに自分の時間が取れた事に満足している様子だった。
だが話が進んでいくと、両者は自分の子供について話を始めた。その話題になった時、両者は先程までの笑顔を消した。
「今日飲みに行こうって行ったのはね……子供の事について聞いて欲しかったからなんだよね……はぁ、私……母親失格なのかな。」
カレンがカクテルを一口飲んだ時、静かにそう言った。
「なんでそういう事言うの?三人も子供生んで、立派に育ててるのに。」
「いや、みんな良い子なのよ……良い子だけど……一番気になるのはレイなの……。」
カレンはレイの事について話し始めた。若干酒に酔っている様子があったとはいえ、彼女の表情は真剣そのものだった。
「ずっと前からレイが何で悩んでるか全く分からないのよ……あの子、本当に最近家出ばかりでさ……一昨年の十二月から二月の間も家出してて……ずっと、心配だったのに……警察にも捜索願出して……けどそれでも見つからなかった。でも二月に突然帰って来たのよ。」
「ああ、前に言ってたやつね……二ヶ月も家出って確かに普通じゃないね。」
「確かに普通じゃないのよ……特にあの子の場合はね……でもね、二月になって少しして帰って来た時、あの子凄く嬉しそうな顔をしてたの。やっぱり寂しかったのかなぁって。それは良かったんだけどさ……で、どこに行ってたのかって聞いたら全然答えてくれなくて……私も深追いはしなかったけど、それでも……ね。」
カレンは、カクテルを再び口に含み、静かに飲んだ。それを見たヒーリは言う。
「レイ君とかリルムのような年代の子はね、親が知らない間に大人になってしまったりすることもあるのよ……知らない間に、親には言えない秘密を持ってたりとか……ね。」
「秘密……かぁ。秘密があるなら、あの二人が付き合ってるって堂々と言わないと思うけどさぁ……幼馴染で恋人同士ってのも綺麗だと思うけど、それ以上の隠し事をあの子がしてるとは思えないんだけど……」
「さあ?案外とんでもない隠し事をしてるかもね?」
ヒーリはグラスに入っていたテキーラを飲み干した後で言った。
「どんな隠し事だと思う?」
「さあ?それは本人にしか分からない事だからね。というか、あの大変だった時にリルムは友達と避難しているって言ってた割には帰って来た時、異様に喜んでたのよ。」
「うちもそれ。レイもね、うちの人とボランティアに行くって言って……色々あったみたいだけど、それで異様に喜んでいたのよ。妙と言うか、なんていうか。ま、無事に帰ってきたから良いかと思えば再び家出してるの。連絡も寄こさないし。けど前の事もあるからどうしたら良いか分からなくて。もう、何なのかなぁって……」
カレンはカクテルを飲み干し、バーテンダーにもう一杯酒を貰う為に注文した。その間ヒーリと会話を続ける。
「帰ってきたら凄く喜ぶ癖に……だったら家出なんて最初からするなって話よ……」
「まあまあ……あの子も内心では親に反抗したい気持ちがあるんじゃないのかな?だから、適当な事を言って、本当は違う事をしているのかも知れないなぁって。リルムもそうかも知れないと思ってるし……ただ露骨に親を毛嫌いしないだけで。……一方でヒューナは露骨に反抗してくるけどね。いつも帰りは夜遅いし。ま、何言っても無駄だって分かってるから、今は放っておいてるの。」
「うーん、私としてはね、溜め込まないで何でもいいから相談して欲しいのよ。あ、そうそう……レイが最近家出をする前、あの子凄く元気が無かったの……何かあったのかしら?」
「リルムとの間に何かあったのかもね……年頃の少年少女は傷つきやすくて繊細、ガラスの心を持ってるから……ジュニアハイスクールぐらいの子供はもっと悪い事をして、怒られて、そして大人になって、あ、あの時恥ずかしい事をしたなって思い返すのがいいのよ。私も昔よく怒られたっけなぁ。」
ヒーリがそう言った時にもう一杯目のカクテルが用意された。バーテンダーに礼を言った後、再びそれを一杯口に含んだ。
「ヒーリはなんやかんやで悪い事してたもんねー……ヒューナちゃんはあんたのそこら辺が似たのかも。」
その話題が出た時、ヒーリは表情をしかめた。だがこの時の表情はカレンには見えていない。と、言うのも、彼女は酒に酔ってしまい、相手の表情を見る余裕がなくなっていたからである。
ヒーリはカレンに言われた言葉に対して表情をしかめた後に、口を開けて言った。
「まあ……昔はよく悪い事はやったもんねー。」
「私が止めなさいって言っても全然止めないんだもん。ほんと何やってんだかー」
それから二人は酒を口に含みつつも会話を続けた。両者にとって懐かしい話や、辛かった話、そして子供話等、共通する話をし続ける。
だがその話をしている時、カレンがふと、口を開けた。
「あのさ……レイが家出した前に、一つ気になる事を聞いてきたのよ、あの子。」
「それは何?」
「確か……〝光る人間っていると思う?〟って聞いてきたの。よく分からなかったけど、それを聞いた時のあの子、全然元気が無かったの。なんであんな事を突然聞き出すのかが分からなくて。はあ、こんなことが分からない私って母親としてダメなのかなぁぁぁ~。」
そう言って再び酒を口に含む。これで六杯目だ。ヒーリから見て、カレンの顔が赤色に染まっているのが分かる。
「ちょっと飲み過ぎじゃない?ペース控えなよ……」
「うっさいわね……どうせ私なんて子供の事も考えられないダメ主婦ですよー!」
「そんなんで家に帰ったらあんたの子供が悲しむよ?」
「だぁい丈夫よ!今家はリリアがミィスの面倒を見てくれてるしぃ……ほら、飲も飲も!」
半ば自棄酒になってしまっているカレン。それは自分の息子を心配する余りのストレスから来ているものだった。酒に溺れ、自分自身を酔わせることで辛い現実から少しでも離れたいという気持ちが彼女にはあったのである。
「はぁ……なんなのよ……あの子……意味分からない……カクッ」
残り一口の酒を飲もうとした時、カレンは眠り始めた。それを見たヒーリは溜息を吐き、店に金を払った後で、酔ったカレンを負ぶる形で店を後にした。
レイはヒューナと遊んでいた。夜のゲームセンターは若者が集まり、それぞれ会話やゲームを楽しんでいる。その中に混じって、彼等は様々なゲームを楽しみ、満喫している。しかしレイはあまり楽しそうでは無かった。
今彼等が遊んでいるゲームは、銃を持って液晶画面に出てくる、立体映像の怪物を撃つというシンプルなゲームだった。そのゲームでレイが失敗してしまった為、ゲームオーバーとなってしまった。旧世代にあるゲームではあるが、こうしたレトロゲームというのは一定の需要がある。故に、設置されているのだ。
「あーあ、もう少しでラスボスだったのに……ってか……全然楽しそうじゃなさそうね。」
「え……いや……そんなこと……ないよ……?」
「じゃあなんでそんなに悲しそうなのよ、嘘吐き。」
「……」
レイは黙ることしか出来なかった。ヒューナの言っている事は図星だったからである。結局彼はゲームをしていても気持ちを紛らわす事が出来なかったのである。ヒューナは自分の事を人間として扱ってくれるのは良いのだが、それ以外の人間の事を考えると彼は気分が憂鬱になった。このまま再び学校に行っても、自分の事を理解してくれる人間なんていない……彼はそう考えていたのだ。
「……あのね、世の中別にあんたみたいな力を持ってない人間でも受け入れられない人間って山程いるのよ?人間ってさ、いくら人に悪さとかしなくても何故か好き嫌いが生まれるものなのよ。それは全ての人に言える事なの。どんだけ〝人は平等だ〟とか言ってる人だって、自分に対して嫌な事を言う人間には嫌悪感を抱いてるもんなの。漫画みたいなそんな綺麗な人間はいないよ。それ、空想だから。」
「う……ん……分かってるけど……」
批判される事を恐れているレイ。今の彼は先程ヒューナが励ました時より前の状態の、絶望に暮れていた時よりは落ち込んではいない。しかし将来を考えると不安で仕方がない様子だった。
「あんたまさか全ての人に好かれたいって思ってる?だとしたらそれは100%不可能だよ。どんなに出来る人間や出来ない人間がいたって、ある人には評価されるし、ある人には批判される。それが人間ってものだから。だからそんなんでいちいち傷ついてなんてられないよ。まあ、自分が傷つく例に関しては自分を嫌う、憎む、裏切る人間の場合はその対象にもよるけどね……。」
最後の部分のみ、ヒューナは物悲しそうに喋った。
「そ、そう言う訳じゃないよ……だけど……僕の存在を知ってくれる、理解してくれる人なんて……いないんだ……いないんだよ……アドバンスドタイプって存在なんて普通じゃ考えられない存在なんだ……」
彼の発言はどれもネガティブなものばかりだった。そのような暗い発現しか出来ないレイに、ヒューナは握り拳を作り、怒鳴ろうとする。
「けどね……ヒューナ姉さんはこんな僕でも明るく、優しく接してくれる……姉さんは僕が仮に人間の形をしてなくても優しく接してくれるの?」
レイの言葉にヒューナは怒鳴るのを止めた。同時に、彼女の握り拳は解かれる。
「……だってさ、あんたはあんたじゃない。もう、なんか同じ台詞ばっかり言ってる気がする。」
そしてヒューナは黙ってしまった。レイは掛ける言葉が見つからず、どうすれば良いか分からずに困惑する。
二人は先程までやっていたガンシューティングゲームの前で呆然と立っていた。その間も、大勢の人間が二人の後ろを通り過ぎる。
しばらく時間が経過した頃、その沈黙を破ったのはヒューナの方だった。
「ねえ、帰ろうか。」
「うん……」
そのやり取りの後、二人はゲームセンターを出る事になった。
ヒューナにとってはレイを励ますために誘ったゲームセンターだったが、結局彼女はレイを励ます事が出来なかった。帰り道、ヒューナは落ち込むレイに聞く。
「あんたこの後どうするの。帰るの?」
「……うん、一応帰るつもり……」
「そっか」
味気ない会話をする両者。会話が続かないまま時間は経っていく。二人が向かっているのは、駅である。
やがてあまり会話を交わさないまま二人は駅に着いたその時。突如、ヒューナが口を開いたのだ。
「明日、土曜日だから学校も休みだよね。」
「え……あ……うん……」
「あのさ、明日の夜、うちに来なよ。」
「……え……?」
突如ヒューナから誘われたレイ。落ち込む姿は何処へ行ったのか、彼の表情は驚きに満ちていた。
「明日ね、両親は旅行に行くし、妹も友達の家に泊まるって。だから明日私一人なの。絶対に来なさいよ。」
「う……うん。」
レイは半ば強引にヒューナに誘われた。明日の夜にリルムの家……それも、リルムのいない家に行くことになった彼は、ただ、静かに頷いた。
「じゃあ明日!」
それから二人は分かれた。この時、時刻は夜の十一時を過ぎていた。帰りの電車の中で、レイは静かに、溜息を吐いた。
「ただいまぁ……」
レイが家に向かっている最中、先にカレンが帰ってきた。カレンは玄関からリビングへ向かい、椅子に座った。そして顔を横にし、口から出る涎をテーブルに垂らす。そのように泥酔している母親の姿を見たリリアは引きつった表情で言った。
「おかえり……って……お母さん飲み過ぎだよ……うわ、酒臭い……」
「あ~……ごめぇん……ミィスは寝た?」
「うん、さっき……ね。」
「……あの子帰ってきたァ?」
「……まだだよ。」
「……そ。」
母親は冷淡にそう言った。そして握り拳を作り、それをテーブルに思い切り叩いた。その衝撃で、テーブルに置かれていたグラスのコップが凛と、心地の良い音を鳴らす。
「っざっけんじゃないわよ……本当になんなの……」
「や、止めてよ!お母さんったら……」
レイの所在が分からない……それによって酒を飲み、泥酔して怒りを露にするその様子から、彼女は母親のストレスを感じ取る事が出来た。
「何度も何度も家出ばっかりしてさぁ……あの子いつからワルになったわけぇ!?猫被ってんじゃないっつぅの……!!!」
「ミィスが寝てるからあんまり騒がないでよ……」
乱れた様子の母親に困惑するリリア。彼女がこのような乱暴な口調になるのはレイのせいであるのだろうが、それでもリリアはこんな母親の姿を見たくは無かった。母親は普段は穏やかな性格なだけに、普段と違う身近な人間の姿を見てしまう事は不快な事なのである。
「ねぇリリア……あいついつ帰ってくると思う?」
レイに対する怒りを込めて、彼の事を〝あいつ〟と呼ぶ母親。リリアは視線を泳がせ、戸惑いながら言った。
「え……と……分からないよ……」
「……ですよねぇ~。ホント何なのって感じ……イライラするわ全く!!!」
その怒りを再びテーブルにぶつけた。母親の怒りを伝えるように、グラスが再び綺麗な音を立てた。取り乱している母親の姿を見てリリアは止めた。
「お母さん!ミィスが起きちゃう!」
「どうせ子供なんて身勝手極まりないのよ!……大切に育ててたのに……家出なんかしやがってぇ!!!あ~!!!」
またしてもテーブルを叩こうとするので、リリアが無理矢理止めた。酒に酔って怒る母親。リリアはこの状況が早く終わって欲しいと願うばかりである。
「止めてってば……」
そう言っても母親の乱れは止まらない。レイへの苛立ちが彼女を更に怒りに持っていく。
ガチャ
その時、静かに玄関の扉が開かれるのをリリアは聞いた。合鍵を持っていたレイが家に帰って来たのである。レイの姿を見る為にリリアは急いで玄関へ向かう。
「……ごめん……お姉ちゃん……」
帰って来て、早速レイはリリアに謝った。彼の姿を見て、リリアは叱ろうと口を開けようとする。
しかしその時、先程までリビングにいた母親が玄関に姿を現したのだ。彼女の目はレイを見ており、表情はいつになく険しかった。レイはそんな母親の姿を見て再び謝る。
「母さん……ごめ……」
しかし、レイが謝ろうとした時――
パシィ
母親は思い切り彼の頬を引っ叩いた。ヒリヒリと、彼の頬に痛みが頬に伝わった。
「っ……」
「……何してたのよ。今まで……!」
「……」
「何してたって……聞いてんのよ!!!」
パシィ
再び母親はレイの頬を引っ叩く。が、それでもレイは何も喋らない。家出していたなどと言えば怒らせてしまうと思ったからだ。家出していたのは紛れもない事実なのだが、それを直接言う事に彼は躊躇っていたのだ。
「ごめんなさい……本当に……」
「誰も謝れなんて言ってないのよ……何をしてたのかを聞いてるのよ!!」
怒鳴る母親。それに次ぐようにリリアもレイに言う。
「なんで家出なんてしたの?レイ、答えてよ。何度も家出してるんでしょ?」
何かを答えなければ……と思うレイだったが、それでもレイは何も言わなかった。言っても信じてもらえないばかりか、余計に怒らせてしまうと思った為である。
「なんで黙るのよ……何?そんなにこの家が嫌な訳!?」
母親は酔っているという事もあってか、レイに対しての怒りが露骨に伝わってくる。母親は握り拳を作り、手を震わせることで怒っていることをアピールしているようにも見えた。
「悩み事が……あったから……」
これ以上黙る訳には行かないと思ったレイは思い口を開けた。今回の家出は、確かに彼自身の悩み事が原因である。しかし、それを言及されると彼は何も言えなくなる。自分自身がアドバンスドタイプであるからといった事等、母親達の前で言える筈がない。
「じゃあなんでそれをずっと抱え込むんだよ!!!相談ぐらいしなさいよ!!!勝手に家出ばっかりしてさぁ!家族でしょ!?それとも何!?あんたは家族の事が嫌で家出したとか!?」
「ち、違う……違うんだ……!」
彼は〝違う〟と言った。だが母親の言っている事はある意味正しい。家出の一つの理由が、彼は家族に自分の力の事を信じてもらえない、理解してもらえないと思った為なのだから。
「……もういいわ……私疲れた。もう寝る……帰って来たならそれでいいや……知らない……もうどーでも良くなっちゃった……」
母親は怒るどころか、遂に呆れてしまい、千鳥足でリビングへ戻って行った。玄関にて残されたレイとリリアは静かに目を合わせる。
「お母さん、酔ってるの。ヒーリおばさんと飲みに行ってたんだって。」
「うん……なんとなく分かってたよ。でも僕が心配を掛けたのは事実だから……怒られても仕方がないよ。」
そう言って俯くレイ。そんな彼に、リリアが言った。
「レイ、教えてよ。どうして家出をしたの?今回じゃなくて、前も家出したそうじゃない。私が留学してる間もそうだし……お母さん、ずっと心配してたのよ。心配し過ぎて疲れてるぐらい……」
レイが一回目に家からいなくなったのは丁度リリアがオーストラリアで留学をしている時だった。それは一昨年の十二月で、その時はチェーニ姉妹がアインスガンダムを回収するために町を襲撃しようとしていた時だったのである。その時の戦いでレイは敗れ、捉えられそうになったところをセイントバードチームが助け、結果、彼はセイントバードチームと共に同行する事になったのだ。
しかし、それは家族からすれば信じられない事だった。一緒に過ごしていた家族の一員が突然消えるのだから、無理もないと言える。その情報は留学中だったリリアにも、戦場ジャーナリストとして働く父親にも伝わっていた。全て、母親が話した為である。
「ねえ、黙ってないで何か言いなよ。」
そういうリリアに対し、レイは黙ることしか出来ない。一方のレイは、何を言えば良いか分からなくて困惑していた。
「私、レイが分からない。元気が無いのは分かってたけど、それを何も言わないし……数か月も家出する程深刻な悩みって、よっぽど何かあったと思う。それに、レイの性格からして反抗して家出ってことは無いと思う。ねえ、どうして黙ったままなの?どうして……」
何度も聞いてくる姉のリリア。相変わらずレイは何を言えば良いか分からず、ただ黙るだけ。
「そうやって、ずっと黙る気なの?どうして何も言ってくれないの?ねえ、何か言わないと何も分からない事ぐらい分かるでしょ?」
言ったところで無駄だと分かっているからこそ、レイは何も言えなかったのだ。自分がMSに乗って戦っていた事や、自分がアドバンスドタイプであることなど誰が信じるだろうか。
リルム以外の友人はもちろん、家族に言っても信じてもらえるはずがない。何せ彼がここモントリオールで過ごしていた環境は今まで戦闘があった痕跡も何もない、穏やかで平和な場所だったからだ。デウス動乱時には避難勧告が出されたが、それでもここが戦場になる事はなかった。
非常時を経験していない環境の人間達に、自分の事を伝え、信じる者が居ようか。一番近しい存在である筈の家族に真実を打ち明けられないという事は、何よりも辛い事なのだ。
「ごめん……お姉ちゃん……!」
その時、レイは自分の部屋へ戻るために駆け足で階段を上がって行った。止めようとするリリアだったが、その時には既に彼は階段を上がっている最中だった。結局何故彼は家出したのか分からないまま、リリアは静かに俯くのであった。
ヒューナに言われ、一度家に帰って来たレイだったが、何故家出したのかを家族に問われ、その質問に対して答える事が出来ないレイ。家族も悩んでいたが、彼もその事で悩んでいた。この時、レイと家族の間に溝が出来てしまったのであった。
第八十五話、投了。
悩む中で、彼はリルムの姉、ヒューナ・エリアスに悩みを打ち明けるが――