※性描写注意。
モントリオールは土曜日になった。この日の夜、レイはヒューナの家に行く事になっている。
―――――――――――――――――絶対に来なさいよ―――――――――――――――
昨日、ヒューナに言われた事が思い出された。だが、彼は夜に出て行く事が気まずくて仕方が無かった。
無理もない。何せ昨晩に母親に怒られたばかりなのだ。夜に出て行けば、〝また家出〟と認識されるに決まっている。
母親だけで無い。姉であるリリアにもそのように認識されるだろう。彼にとってそれが辛かった。只でさえ家族とは気まずい関係のレイなのに、ヒューナの誘いはこの状況下ではあまりにタイミングが悪すぎたのである。
「どうしよう……断ろうかな……でも……」
そう呟いた時、彼のEフォンが小刻みに震えた。それを確認する為、レイはEフォンを手にし、メッセージ確認する。
送り主はヒューナだった。彼女から届いたメッセージを見て、レイは一言ずつ呟く。
「突然行けなくなったとか言わないでよ。私は楽しみにしているんだから……か。でも……行きにくいよ……何が何だか分からないよ……もう……」
多くの事で悩みを抱えているレイ。自身の力の事、学校での自分の評価、そして家族との溝……かけがえのないものを失いそうな感覚に至ったレイはベッドの上で横になり、呆然と天井を眺めていた。
(僕はこれからどうすれば良いの?)
様々な思いがレイを襲う。それらに翻弄され、彼は無気力になっていた。
結局は自分の力のせい……彼はそう考えていた。では自分にこの力を与えたのは?それはダリオン・イブルークである。彼自身が苦悩する事になったのは、全てはダリオンのエゴによるもの。だが今のレイはダリオンを憎む気力すら湧かなかった。
呆然と天井を見つめ続けている最中、ふと窓を見ると日差しの姿はどこにもなく、辺り一帯は暗闇に満ちていた。それと同時に彼はEフォンを見て時間を確認する。
「……もう、こんな時間なんだ……」
彼は部屋に籠りきりで食事を一回も摂っていない。空腹に気が付いたレイは部屋を出ようとドアの取手を持とうとした時、ふと何かを思い出したように立ち止った。
「誰も呼びに来ない……そっか……今日一日誰も部屋に来ていないんだ……」
ここで彼は家族との溝を再確認した。いつもならば誰かが部屋に入ってくるはず。なのに、誰も呼びに来ない。それは紛れもなく家族との溝が原因である。
恐らく、今頃自分を除く三人はリビングで食事をしている頃だろう。その中でこっそりと自分一人がリビングに行く等、出来る筈等無かった。仮に行っても気まずいだけである。それを悟ったレイは再び部屋に籠る事にした。しかしそこでも彼は大切な事に気付く。
「姉さんの所へは……いつ、行けば良いのかな……」
ヒューナと約束した、今日の夜に家に行く事。しかしこの状況で抜け出すのはあまりに厳しい。そもそも夜といっても具体的な時間の指定が無い。困惑したレイはヒューナに電話を掛けようか迷う。
3分程ベッドの上のEフォンを呆然と眺め、やがて彼は決心したかのようにそれを手に取り、ヒューナに電話をした。
『もしもし?』
すぐに彼女は電話に出た。
「あ、あの……姉さん?あの……ね、その……いつそっちに行ったら良いのかなって……」
明らかに緊張しているレイ。その、レイとは対照的に、欠伸をしながらヒューナは言った。
『え?あー、いつでもいいよ?今一人だし。何なら、今来てくれてもいいよ?』
「い、今って……そんな……」
『夜中の方がリスク高くない?じゃあ今でしょ?』
「で、でも……」
出るに出られない。何せ玄関へ行くには確実にリビングを通らなくてはいけない。リビングを通るという事は、家族と遭遇するという事だ。今のレイにとってこれ程辛い事は無い。
『じゃあ、待ってるから。とにかく来てよ。』
ヒューナが電話を切った。通話を終えた時、レイは溜息を吐く。
「どうすればいいんだろう……出られないよ……」
家族と会いたくない気持ちがレイを支配する。かけがえのない、大切な存在である筈なのに、何故これ程苦しく、鬱陶しく、不快な存在に感じてしまうのか……レイ自身、それが嫌で仕方が無かった。家族は嫌いではない。今まで平和に過ごしてきたグループの一員。何故そのグループと共に行動するのに気まずい思いをしなければならないのかが苦しくてたまらなかった。
更に夜も更けて来た頃。その時には既に彼がヒューナと電話をしてから二時間が経過していた。恐らく彼以外の家族は全員食事を済ませたことだろう。そんな状態でも、彼を呼びに行く人間は誰もいなかった。
(どうして……呼んでくれないの……?)
決して彼は家族から直接勘当された訳ではない。しかし、食事の時間になっても何も言ってこないという事実が彼をネガティブな方向へ想像させる。もう自分は家族の一員と思われていないのではないか……など、不安が彼を襲う。
「行かなきゃ行けない……けど……行けない……」
出掛けるにも、確実に家族の目に触れるのは間違いない。その時に確実に冷ややかな目線を感じるのは間違いない……どうすれば良いか分からない彼は一人苦悩した。
思い切ってヒューナに相談しようかと考えたが、あえて彼は止めた。このような事で彼女に迷惑を掛けたくないと思ったからだ。
「もう少し……もう少しだけ待ってみよう……」
まだミィスやリリアは眠っていない。あと二時間程様子を見ようと、彼は思った。今の時刻は午後の十時。あと二時間経ち、翌日になれば家族の全員が眠っているかも知れない。それならばこっそりと出掛けられる。別にヒューナはいつでも良いと言っていたので、彼はその言葉に甘える事にした。
決心した様子でレイはヒューナにメッセージを送る。〝二時間後に出発する〟とだけ送り、レイは静かに息を吐く。
(もし……この状態がずっと続いたら……どうなるんだろう……もう母さんに家族と思ってもらえなくなったら……そんなの、嫌だ……絶対に嫌だ……!)
家族に声を掛けてもらえないという辛さを痛感したレイは、この状況を一層恐れ始めた。彼の様な年のティーンエイジャーは大半の人間が反抗期を迎え、親に反発する事が多い。しかし彼には反抗期などなかった。家族を大切にし、何よりも自分の帰る場所であると認識しているのである。
元々母親を大切に思っているレイは、性格からして親に反抗するような人間ではない。増してやレイは普通のジュニアハイスクールの生徒と違い、多くの戦場でMSに乗って様々な敵と戦い、生き延びてきた。それ故に命の大切さや人の繋がりを理解している為か、親に反抗するという事は一切なかったのである。
セイントバードにいた時はクルーの皆が家族代わりだった。皆彼にとって良い人達であり、その人達を守る為にレイは戦ってきた。自分を認識してくれる、居場所を与えてくれる、心地の良い場所。それは家族や大切な仲間である。レイは、様々な戦いを経験して人との絆の大切さを、身をもって学んでいた。
無論、それは良い意味だけではない。敵となった人間を殺す時の切なさや怒りや、殺されかける時の恐怖など、人間を恐れる場面もいくつかあった。それでもレイはこれらを乗り越えて来た。
だが今になって彼は自分自身の力が原因で本来ならば幸せに過ごす場所である筈の学校や家族と深い溝が出来てしまった。謝っても相手は〝何故〟と理由を求めてくる為、答えるにも答えられない。その為に溝は簡単には埋まらない。
大切にしたいと思っているのにそれをさせて貰えない溝の存在がレイにとって憎く感じられた。だがそれをどうしようも出来ない彼は、部屋に籠って俯くことしか出来ないのであった。
やがて、二時間が経過した。彼はその間空腹に悩まされながらベッドに横になり、眠りに着いていた。レイはEフォンの機能の中にある、目覚まし時計機能の音によって目を覚ました。それと同時に彼はEフォンを手に持ち、着信履歴を確認する。五件、着信履歴があった。いずれもヒューナからの着信である。それに気付いたレイは急いでヒューナに電話を掛けた。ヒューナは呆れた様子で電話に出て、彼に早く来るように言った後、一方的に切ってきた。流石にこれ以上待たせる訳には行かないと思ったレイは、出掛ける準備をする。
ギィィ
静かに彼は部屋のドアを開け、階段を下りて行く。出来れば家族に見られたくない。レイは慎重に階段を降り、玄関を目指していく。
やがてリビングに着いた。案の定、誰もいない。何故かレイは静かに、息を吐いた。
(どうして家族が居ない事を安心するんだろう……意味が分からない……)
彼の言う通り、おかしい話である。これでは家族を嫌っているようであった。そのように思えてしまう自分が嫌で仕方が無かった。
ガタッ
その時、レイの背後に足音が聞こえた。慌ててレイは後ろを向く。そこにいたのは母親のカレンだった。
「母さん……?」
母親が起きていた事に驚くレイ。そして、カレンはレイに対して冷たく言った。
「あんたまた家出?いいわよ、帰って来なくてもいい。どっか行ってしまえばいいわ。家族に猫被るなんて信じられない。意味が分からない……」
そう言って母親は寝室へ向かった。当然、レイはこの台詞を聞いて傷つかないはずが無かった。別に家出をする訳ではない……元々ヒューナの家に行く予定だっただけ……それがただ、夜中になっただけ……しかしそんな事情など知る筈がないカレンはレイに対して冷たく言った。勘当を言い渡された訳ではない。しかし、レイにはそれがまるで親子の縁を切るような台詞に聞こえたのだ。
「……ごめん……なさい……」
レイは涙を流した。家族に見離された――そのような気がして。
出来れば家を出たくなかった。けれどもヒューナとの約束を破る訳には行かない。渋々、レイは家を出る事にしたのである。
夜道は人通りが少ない。その中を、ニット帽子を被ったレイが寂しげに歩く。目的地はヒューナの家。そこは彼の恋人であるリルムの家である。吐く息が白く、夜空に消える。外はうすらと雪が降っていた。そんな中を彼はゆっくりと歩く。
やがて三十分程経過し、レイはヒューナの家の前に着いた。今彼女は一人だと言っていたので、彼はインターホンを押す。すると、すぐにヒューナが姿を現した。この時、彼女はTシャツに短いスカートという、どこか奇抜なファッションでレイと会話をしていた。
「本当に遅かったわね……何してたのよ?」
「だ……だって……外に出るの……気まずかったから……」
家族との溝が外出に抵抗を与えた。その事をヒューナに伝えると、彼女は静かにレイに対して家に入るように言った。
家の中は温かい。暖房による温もりが家中全体に浸透している。その為、レイは玄関から温かさを感じていた。外は非常に冷え込んだ為、彼にとってこの温もりは有難いものと言えた。
「おじゃまします……」
「家には私しかいないからそんなこと言わなくていいよ。さ、私の部屋に来なよ。」
ヒューナはそう言って笑顔で階段を上がる。レイも彼女の後ろを追い、階段を上がっていく。
階段を上がっている最中、レイはふと上を見る。
「あ……わわ……」
次の瞬間、慌てて目を逸らした。というのも、ヒューナの白い下着が視界に入っていたからだ。見てはいけないと思い、レイは顔を赤めて見ないふりをする。
「どうかした?」
「え……!?いや……なんでも……」
誤魔化すレイだが、ヒューナは顔を赤めるレイを見て察した様子で言った。
「ふーん、嘘吐け。どーせ私のパンツを見てたんでしょ。いいよ、別に。見える物は仕方無いし。」
「あ……え……!?」
普通なら恥じらうべきである筈なのに、ヒューナは全く躊躇わずに堂々としている。レイにはこれが不思議に思えて仕方が無かった。
(そう言えばエリィさんも下着姿を見られてもあんまり恥ずかしく思ってなかったような……なんでだろう……?)
ヒューナの堂々とした様子はエリィにも言えた。以前に彼がエリィの部屋に入った時、彼女は別に恥じらう様子もなく下着姿でレイと喋っていた。レイにはこれがどうしても理解が出来ない。普通そういった姿を見てしまうと女性は恥じるものだと思っていた為、ヒューナやエリィのように堂々としていられるのが疑問で仕方が無かったのだ。
そう思っている内にレイはヒューナの部屋に着いた。部屋に着いた時、彼女は堂々と股を広げ、くつろぎ始めた。ヒューナの下着が丸見えだったため、レイはそれを見て顔を赤く染めた。その状態のまま、呆然と立ち尽くす。
「ん?どうしたのよ?」
「あの……その……恥ずかしくないの……?その格好……」
年頃の少年であるレイの立場からすれば、ヒューナの格好を見て目のやり場に困ってしまう。その彼とは裏腹、全然恥じる様子の無いヒューナは言った。
「え?全然恥ずかしくないよ?ていうか、男だから女だからとか私は気にしないし。」
単にヒューナがそのような羞恥心を持ち合わせていないだけなのだろうか……と、レイは思った。
グゥゥゥ
突如レイの腹の虫が鳴り響いた。思えば彼は朝昼晩何も食べていない。それ故に尋常でない程の空腹感を感じていたのだ。
「あれ、もしかしてご飯食べて来てないの!?」
「うん……いろいろあって……」
家族との溝がそうさせた……それが真実である。レイが溜息を吐いた時、ヒューナはスッと立ち上がり、彼に部屋にいるように言った。レイはただ、呆然とヒューナの後姿を見つめるだけであった。
それから五分後。ヒューナはクリームシチューを乗せたトレイを持って部屋に入ってきた。湯気が立っており、外見からして温かそうであることが分かる。彼女は腹を空かせたレイの為に、わざわざシチューを持って来たのだ。
「あ……ありがとう……」
「今日の晩自分で作ったやつだよ。余った奴全部集めたから、ガッツリ食べなよ。」
ヒューナは笑顔で言った。それに甘えるように、レイはトレイの上に乗っていたスプーンを持ち、シチューを食べ始めた。
「美味しい……姉さん料理こんなに上手く作れるんだ……」
「まあ、ぼちぼちと料理は作ってたからね。」
何故か威張るヒューナ。それを見て、レイは笑顔でシチューを食べ続けた。この時のヒューナの表情もどこか、嬉しそうだった。
更に十分後、彼はシチューを完食した。完食した時、レイは静かに溜息を吐く。
「おいしかったよ、ありがとう!……あのね、聞きたい事があるんだけど……」
シチューを食べたからか、少しばかり喋る気になれたレイはヒューナに質問を始めた。
「今日、どうして僕を呼んだの?」
「そりゃ……あんたを慰めてあげる為に決まってるでしょ。だから昨日から元気付けようとしたんじゃない。それでもあんた、全然元気出してくれなかったけど。」
「うん……姉さんが励ましたり、僕を認めてくれたのは嬉しいけど……結局この力のせいで家族とも溝が出来て……誰にも相談出来ない事が辛くて……もう、何が何だか分からなくて……!」
急にレイは涙を流し始めた。家族との溝がやはり大き過ぎたのだろう。しかしそれを認めてくれたヒューナの優しさに改めて感情が高まったレイは、涙を押さえる事が出来なかった。
「ほらほら、泣かないの。人間、誰だって辛い事とかあるんだからさ、何でも言えばいいんだよ。私に相談してくれたの、嬉しいと思ってるし。ただ……家族との溝が出来たのは悲しいな……だってあんたの所のお母さん本当に良い人だから、あんたと溝が出来たって聞かされると正直……他人事って感じがしないのよ。」
「姉さん……」
「そんな中で呼び出したのは悪かったかも……。でも、それでも来てくれたんだ。感謝しないとね、ホントにさ。」
〝感謝〟。その言葉にレイは疑問を抱く。何故自分がヒューナに感謝されなければならないのかが分からない。寧ろ感謝するのはこちらの方なのに――
ゴクッ
レイがそのように疑問に感じていた時、突如ヒューナは机の上にあった缶を手に持ち、それを開けて飲み始めた。ジュースを飲んだのかと思ったレイだったが、ラベルを見て彼は目を疑った。
「お……酒!?姉さん駄目だよ!未成年なんだよ!?」
レイは止めようとしたが、ヒューナはそれでも酒を飲んだ。やがて半分程度飲んだところで一度缶と口を離した。
「いいのよ、別に……未成年であろうとさぁ、お酒なんてどんな歳でも飲むんだから。ほら、あんたも飲みなよ。」
「い、いいよ……僕は……」
以前彼はプレーンによって口移しで酒を飲まされた事があった。その際に頭が呆然としていく感覚を思い出したレイは必死に酒を断る。彼は理解していたのだ自分が酒に弱い事を。今ヒューナが飲んでいる酒は、アルコール度数は少ない。しかしそれでもレイは酒が苦手だったのだ。
「何よ、真面目ぶっちゃって……ま、いいか。いきなり酔われても困るし。……あ、そうだ。そういやあんたシャワー……どうせ浴びてないよね。ご飯もまだだって言ってたし。」
突如シャワーの話に変わり、レイは少し動揺した。
「あ……うん……シャワー、使わせてもらっていいのかな……?」
食事も貰った上、シャワーを浴びて良いのか……レイは少しだけ申し訳の無い気持ちになった。
「全然いいよ」
ヒューナは冷淡に答える。レイはそれを聞いて
「ありがとう、浴びてくるね。」
と言って彼は部屋を出ようとした。その時、ヒューナがレイを呼び止める。
何事かと思い、レイは振り返る。
「あのさ、体中の汚れを落として、よぉーく洗ってね。耳の穴とか、臍の穴とか、尻の穴とか……もうありとあらゆる穴とか汚れやすいトコ全部洗って。」
「あ……え……?う、うん……?」
ヒューナの表情は笑っている様子もなく、険しかった。徹底的に身体を洗うようにレイに言ったのだが、その真意は定かではない。何故そこまで彼に綺麗に身体を洗うように言うのか……この時のレイに理解が出来る筈が無かった。
三十分後。レイは持参して来たパジャマに着替えてヒューナの部屋に戻ってきた。その時、彼は机上にある六つの空き缶を見て動揺した。
「ちょっと!飲み過ぎじゃないの!?それ!!」
落ち込んでいた筈のレイですら、その光景に突っ込みを入れずにはいられないのだった。
「大丈夫、そんなにアルコール強い酒じゃないから私酔ってはないよ?あっはっは!」
未成年にも関わらず、缶六本分の酒を飲んだヒューナ。彼女は全然酔っていないとは言うが、その顔色は赤くなっていた。その上下品な笑い声を上げている。服装は先程よりも露出度が上がり、胸の谷間が見えていた。レイはそれを見て唾を飲み込んだ。胸の谷間に目が行きがちだったが、ヒューナの台詞を聞くと、口調も平常時と比較して僅かに呂律が回っていない。それが心配になったレイはヒューナに尋ねる。
「大丈夫……?凄く顔が赤いよ……」
「あ、やっぱり……?けどいいや……お酒が少しでも入らないとさ、言いたい事喋れないっていうかさ――」
急に、ヒューナは視線を下ろした。酒を飲んだが故に、テンションの上がり下がりが激しくなったのだろうかと思うレイだったが、次のヒューナの言葉を聞いて彼の表情は固まる。
「私ね、一回さ、墜ろしたコト、あるんだよ。」
「……え……?」
何かの間違いだと思いたかった。聞き間違いでもう一度聞き直したかった。けれどもはっきりと聞き取れてしまった。彼女の言葉から出た、〝墜ろす〟という言葉。相談相手になってくれた相手から出た衝撃の言葉であった。
「墜ろすって……嘘……それって……赤ちゃんの事……?」
ヒューナは静かに話す。
「あんた、知ってるかな。去年にね、アムンが死んだ事。」
「え……!?」
アムン・ディース。レイと初めて会ったのは一昨年の十二月。とあるアニメ関係のイベントでレイを女子生徒の制服を着せた人間。その後日本で再会し、ガーストと知人関係である事が分かった、少女。
レイからすればそこまで印象に残っている人間ではない。だが、ヒューナにとっては大切な友人だったのだ。その彼女はダッゲインMk-Ⅱに殺された。その事を、今知ったのである。
「あの人が死んだって……どういう……?」
「事故……らしいんだけどね。アムンのお母さんから聞いてさ……」
その真実に、レイの眼が見開かれる。開いた口も塞がらない。レイは日本にいた筈なのに、今になってその事に、気付いたのだから無理もなかった。
(あの人、日本で会って……それから……そんな、そんなのって……!)
だが、何故だろう。驚愕こそはするが、涙が流れない。それは、アムン・ディースと言う少女をそこまで知らない為なのだろうか。
「まさか、アムンが死ぬなんて思わなかったしさ……そっからヤケクソになってさ。SNSとかで知り合った人と適当に関係を持ってさ、その結果がこれ。ちなみにその人とはもう連絡もつかない。電話しても繋がらない……」
妊娠に関しては、恐らく交際相手との肉体関係が原因であろうと考えられたが、レイにとって衝撃が強すぎた。彼はただ、動揺するばかり。
アムンの死も去る事ながら、やはり先のヒューナの台詞がレイの中で繰り返されていく。
――――――――――――私ね、一回さ、墜ろしたコト、あるんだよ―――――――――
その言葉が頭から離れない。突然過ぎる出来事にレイは言葉を失う。
「当たり前か……そりゃ動揺するわね……幼馴染の姉がまさかのカミングアウトだもん。ちなみにこれ、親もリルムも知らない話なんだよ。」
「ど、どうやって赤ちゃんを墜ろすなんて……」
明らかに、動揺している。
「親に迷惑かけらんないから、色々と……ね。ま、元々親とは口なんて利かないんだけどね。……草食系のあんたにはちょっと刺激が強い話かも知れないけど、相手が強引にナマでヤりたいって言って来て……それが後の祭り。見事に私は妊娠が発覚したってワケ……」
そう言ってヒューナは静かに溜息を吐く。
「私の処女を奪われて、妊娠発覚したにも関わらず連絡取れなくなって、どうすりゃ良いか分かんなくなって、とりあえずお金が必要だから、それからはヤケクソ。あの親に金云々なんて言えないから、私は学校も殆ど行かずにバイトしたり、それだけでも足りないから、最終的には身体を売るしか無かった訳だから……」
ヒューナは涙を零した。頼れる相談相手であるはずのヒューナが涙を零す事は滅多になかった。
幼馴染の姉という立場のヒューナ。だが、レイは彼女の泣き顔を初めて見たような気がしていた。いつも見せるヒューナの表情は、全てが明るく、そしてどこか、意地悪な所もある。だがそれは彼女なりの優しさも含まれていた。
「どうしてそこまでするの……?ヒーリおばさんとかに相談すれば良かったんじゃ……?姉さんは“嫌”というけどさ……」
レイの言葉に対し、ヒューナは涙を流しながら言う。
「あんた、馬鹿だね!こんな事相談したら絶対親に勘当されるよ!それにさ、私はさ、誰からも愛されてないんだよ。親は勿論だし、親友だったアムンも死んだ。アムンは私の心の拠り所だったんだよ。」
驚愕の事実だ。仲良さそうにしているのは分かっていたが、ヒューナがアムンをこれ程頼っていたとは思わなかったのである。
「だから自棄になった。んで、誰にも相談できない状況になった。妹である筈のリルムにもね。そこからどんどん汚れた。世の中もこんなだしね。いつ戦争が終わるかも分からない。もー、どうでも良くなるよ、こんなの……」
と、酒を飲みながら語り続ける。それと同時に涙も流れる。
「……元々、さ……親は私を見捨ててるんだ……。あの扱いの悪さはね……まるで本当の親子じゃないみたいな感じ……もしかしたらさ……私と親って……親子じゃないのかもね……うぅん……そんな気がする……ぅ……ぅ……」
悲しむあまり、ヒューナはそのような事を言い出した。流石にそれは言い過ぎだーーと、レイは思い、それを言葉にした。
「そんな事……ないよ……姉さんと、おばさん達は絶対に親子だよ……」
ヒューナは涙を拭い、言った。
「ぅん……ありがとうね……そう言ってくれて……でもさ……分かんないんだよ……そんな話を……聞いた気がするから……」
〝自分が本当の娘ではない〟と言い出すヒューナに、レイは何も言えなかった。それ程に彼女は親子の愛に飢えていたのかと思うと、彼自身悲しくなった。
「嫌だよ……嫌われてても親は親なんだよ……これが知られたら自分を養ってすらもらえなくなる……親にまで見捨てられて……もしリルムにも見捨てられたら……もう私どうしたらいいか分からないよ……私の居場所がなくなっちゃう……」
再び泣きだすヒューナを見て、彼は何も言う事が出来なかった。迂闊な言葉を言えば更に傷付ける可能性もあったからだ。彼はただ静かに黙り、俯くしか出来ない。
(姉さんは追い込まれてたんだ……友達だったアムンさんも死んで……誰にも相談できないまま、ただ、一人……)
ヒューナの一面を知った、レイ。彼女もまた、他者に言えない悩みを抱えている者だったのである。レイが故郷に居ない間、ヒューナは多くの経験をしてきた。いずれも、親に言えない事だ。その親すらも、ヒューナに対して冷たいのだ。関心を持っていないと言える。まるで、それは本当の親でないようだ。
「あのさ、あんたをなんで今日呼んだか分かる……?」
泣きながらヒューナは言ってきた。
「え……」
「それはね、あんたも悩んでいるのを見たからなんだよ?身近な人間だからこそ、悩んでいる姿を見て……私も同じように悩んでて……それでお互いに悩みを共有しようと思って誘ったんだ……だから誰も今日はいない。あんたしか真実を知らない。これで良いんだよ……これで……ね……」
互いに理解して貰えないと思われる悩みを共有した者同士故の、言葉だ。
「私ってさ、最低だよね……理由が別のコトとはいえ、悩んでいる人間を見つけてそれで気を紛らわそうとしてるんだ……あんたが悩んでいるのを見てさ、正直安心したの。内容は違えど、悩んでいるのは私だけじゃないって思えるのが正直嬉しかった。最低だよね……私。良いよ、軽蔑してくれて……」
レイは彼女の言葉を聞き、一切不快に感じる事は無かった。彼は首を横に振り、静かに口を開ける。
「そんな事ないよ……辛かったんだよね……姉さんも。僕と一緒だよ。姉さんに悩みを打ち明けて理解してくれた時は、僕も嬉しかったから。僕も、まだ悩んでいるけど、理解者が居るって事は、本当に嬉しい事だから……」
悩みを抱える者同士が一緒の部屋に居て、そこで互いの悩みを打ち明け、やがて共有し合う。レイ自身も彼女が悩みを打ち明けてくれて嬉しいと感じていた。
「あんたってさ、優しいんだね……ホントに……昔からそうだ。優し過ぎるよ、ホントに……」
「ううん、僕は優しくなんてない……家族にも本当の事を言わないし、皆が頑張っている中で何もしないだけ……そんな人間なんだよ、僕なんて……それに、ただ姉さんがカミングアウトをした事に対して何も言えない……どうしようもないんだよ?僕なんか……どうせ……」
段々と表情が曇っていくレイに対し、ヒューナは涙を拭って言った。
「そんな事はない!」
急に声を張ってヒューナが声を出した為、レイはびくりと驚く。
「話を聞いて、別にアドバイスなんてなくていいんだ。悩みを抱えているって意味で同じ境遇の人間が一緒にいて、それを聞いてくれるだけでも気持ちは少しだけでも晴れるものなんだよ。だからね、レイがここに居てくれる事は本当に、嬉しい事なんだよ?」
誰にも相談できない事をレイにのみ伝えたヒューナ。とにかく喋る事が出来るという事が彼女にとって、僅かとはいえ癒しになったのである。
「本当ならさ、あんたの人生の先輩で居続けなきゃならなのに……やっぱり私は駄目だね……ホント……駄目な子だよ……」
「ううん、姉さんは駄目なんかじゃないよ……寧ろ、それを言ってくれた事に僕は感謝してる。言わないと何も分からない事だから……僕の悩みも、姉さんの悩みも……」
レイは笑顔で言った。彼自身はこの状況でどのような表情を浮かべればよいかは分からない。けれど、少しでも相手が安心出来ればと思って彼は笑顔を浮かべたのである。
チュッ
「っ……!?」
その時だった。レイが口唇に軟らかく、甘い感触を感じ取ったのは。突然の出来事に何が起こったのかが分からなかった。やがて彼は実感する。接吻を交わしているその相手は、リルムの姉であるヒューナであると。
「プハッ……姉……さん……?あうっ……!?」
彼女は酒を飲んでいた為、彼女の口内に残っていた僅かなアルコールが彼の喉を通り、それがレイの脳を刺激する。大した刺激ではないが、それでも彼は少しぼうっとしていた。
気が付けば彼はヒューナに押し倒される形となっていた。両手首を押さえられ、身動きが取れない。
「急にされて驚いた?多分、ファーストキスかな?けどさ、こういう経験は経験者と先にやっておくと、後々リルムとヤる時に喜ばせられるよ?」
「な、何を言ってるの……?」
ヒューナは妖しくも美しい目でレイの身体を舐めるように見た後、言った。
「ねえ……する?」
「……え……?」
それが何を意味するのか、この時のレイには全く理解が出来なかった。ヒューナが言い出した短い言葉。しかしこの状況でそのような台詞を吐くということは、如何わしい行為をするのではないか……と彼は考えた。
だが相手はあくまでも幼馴染の姉である。そんな事になるなど有り得る筈がない……彼はそう思いながら言った。
「するって……何を……?」
「決まってるでしょ。男と女が一緒になってする行為……多分、あんたにとっての初体験……」
「んぁ……ッ!?」
そう言って再びヒューナはレイの唇に自身の唇を重ねた。今度は先程と違い、舌を使い、互いに激しい接吻を交わす。レイはされるがままの状態になり、またしても身動きが取れない。
以前にも彼は同様の状況を経験した事がある。それはオーストラリアのダーウィンにて、フォリアに襲われた時であった。その際に経験した、その際の、熱く激しい口付けは彼の脳裏に熱く焼き付いている。今、彼は再び熱い接吻を交わしていた。相手はヒューナ・エリアス。彼の恋人であるリルムの姉である。
(駄目だ……この感じ……気持ち良い……)
口内に感じる妙な心地良さと、ヒューナから感じる色香が、レイを包む。舌が絡む度に、レイの顔は赤く染まっていく。それが数十秒程続き、両者は唇を離す。唾液が糸を引き、互いに息を荒げていた。
その時、ヒューナが笑顔でレイに手を差し伸べた。
「ベッド、来なよ。」
「え……えぇ……?」
彼はこの状況が現実か、夢かが全く分からなかった。混乱しているのである。そもそもこうした場面に立ち会う機会等、彼が生まれてから一度も無かった。彼女がレイに望んでいるのは、間違いなく性的なものであろう。
レイは日本で、マサアキ・アルトと奇妙な行為を経験したことはあったが、それはただの触り合いといった行動であり、本格的な行為には至らなかったのである。
しかし今、彼は異性との性の初体験を迎えようとしていた。だが彼は動揺している。急にヒューナに誘われ、それに応じるべきなのか……少年であるレイには一切分からない事であった。
「早く……ホラ……」
悩むレイを余所に、ヒューナは自らの服を脱ぎ始めた。下着姿になり、まるでレイを誘惑せんとばかりに股を広げ、ベッドに来るように指を数回屈曲させた。
「で……でも……僕……」
「エッチに興味あるんでしょ?それともリルムがいるから出来ないとか?」
性行為。レイの場合、本来は恋人同士が行うものだと彼は認識しており、まさかその恋人の姉に誘惑されるとは思いもしなかった。彼自身はヒューナの誘惑に対して興味津津である。だがこれで良いのかと言う思いがレイの中に過った。
戸惑うレイに対し、ヒューナはスッと立ち上がり、口唇を覆われて呆然としているレイの元に寄り、彼の首元を撫でた。
「うぁぅっ……」
「相手が誰であれ、人間だったら一度は行う行為なんだよ?人間ってか動物全般か。それを躊躇う必要なんてない。貞操観念があるならそれを捨ててしまえばいい。決して悪い事じゃない、だからさ……ね?」
何故だろうか、彼にはこの時のヒューナが普段以上に美しく見えた。程良く膨れた胸をわざと揺らし、レイを誘惑する。胸だけではない、愛らしくもどこか大人びている表情、綺麗な首元、美しいボディライン、そしてすらりと伸びた綺麗な脚。その全てがレイにとって魅力的で刺激的だった。その上で、彼女の綺麗な顔が間近にあるものだから一層彼は意識をしてしまう。
「だ、ダメだよ……そんなの……ダメ……だって姉さんなんだよ……僕が昔から知ってる姉さんが相手なんて……」
「何も知らない人間よりは良いでしょ?それにさっきから言ってるじゃない、特別なコトじゃない、人間、生まれてきたら必ず一度はする事だってさ。」
レイは眼を何度も瞬きさせる。その際にヒューナは彼の身体を静かに、優しく触れ始めた。首筋を優しく触れ、そこから胸部へ這わせるように指を動かす。その際、彼はびくりと身体を震わせた。
「は……ぁ……」
「はぁ……可愛いな、レイ。昔から顔はホントに女の子みたいだから尚更……」
「い、言わないで……」
身体を触れてもレイは一切抵抗する様子は無い。ヒューナはそれに対して言った。
「身体触られても嫌がらないなんて……やっぱり興味あるんでしょ。そうだよね。気持ち良くなりたいもんね。ねえ、気持ち良くなりたいでしょ?」
「う……んぅ……」
ヒューナの言った事が正しいように感じていたレイは静かに、首を縦に下ろす。彼の行動を確認したヒューナはレイの首元に口付けをした。レイも彼女の行動に対し、両手を彼女の肩に回す。それは、レイが行為をする事を認めた瞬間だった。
両者は一つのベッドに横になり、互いの服の脱がせ合いを始めた。ヒューナは既に服を脱いでいて下着のみになっている為、彼女が一方的にレイのパジャマを脱がせていく。
やがて彼は上半身が裸のまま、下着姿になった。その状態のまま二人は更に熱い接吻を交わしていく。その状態のまま、ヒューナはレイの乳頭部や股間部に手をやり、優しく撫でる。それに反応するレイはぴくりと震えた。
「あ……ふぁぁっ……」
吐息が溢れる。妙な心地良さと、ヒューナの妖艶な息遣いがレイの身体に伝わって行く。
「ねえ、レイ……」
「え……?」
「こうしてさ、身体を触り合ったりするとさ……安心しない?悩み事とか忘れられそうにならないかな……?」
「……分からない……よ……こんな状態で……そんなこと言われても……考えられない……よ……ぁ……」
「それで良いよ……悩み事なんか忘れさせてあげる。お互いに忘れてさ、それで気持ち良くなれたらそれで良い……ごめんね、私なりの解決法……今日あんたをここに呼んだ本当の目的がこれ……ただの悩みの共有じゃない、エッチすることで忘れることが目的だから……」
レイの身体の各所に触れながらヒューナは喋り続ける。中でも股間部を重点的に撫でる事で彼の荒い息遣いを耳にし、それを聞いて彼女は行為を更に強めて行く。
「はぁぁ……ぁぁ……!ぁ……ん……」
快感とも言える感覚に対し、レイは僅かに声を上げた。甘い声を上げるレイの表情は苦しくも嬉しそうだった。
「私の身体、好きにして良いよ……だから、もっと触って……私も触るから……」
「姉……さん……あっ……ぁぁぁっ……」
やがてヒューナはレイの下着を脱がした。レイもヒューナの下着を脱がし、互いが全裸になる。
彼は酷く興奮している様子で、その様子を見ていたヒューナは笑みを浮かべた後、再び接吻を始めた。激しく、絡め合う舌が両者を更に興奮状態にさせていく。
やがてヒューナがリードする形で、両者は激しい行為を始めた。秘部の愛撫や身体の触れ合いや舐め合い。異性とのこうした経験の、その全てがレイにとって初めての経験。
「は……ぁ……!ふあああっ……!」
快感に飲まれるレイは少女の様な声を上げた。その声に対してヒューナが反応し、愛撫を強めていく。
「ん……ン……」
「んぁ……ふぅ……ンぁっ……!」
レイの象徴を咥えるヒューナ。一方のレイは指を咥え、ただ、びくびくと体を震わせ、声を上げる事しか出来ない。されるがままのレイ。その上でヒューナは彼の乳頭にも舌を這わせ、手で象徴を優しく触れ、彼を快感に導く。彼は迫る快楽に対し、敷かれているシーツを握りしめて身体の震えを抑える事しか出来ない。
「ふ……ぁぁぁッ……」
それから、二人は重なり合った。レイにとっては人生で初めての出来事、初体験。性器同士を結合させ、その際に全身に伝わる感触は相当な刺激であり、レイの象徴をはじめ、身体全体を包む。痙攣するかの如き身体の震えは今まで感じた事がない。
「ぁぅ……!ぁぁぁっ……凄い……よぉ……」
「そう……そのまま……良いよ……可愛い……」
レイは身体を震わせながら一心不乱に腰を振る。ヒューナは彼を導くようにレイの身体に抱き付いた。
初めて味わう異性の身体。その相手は自分が幼い時からよく知る、幼馴染の姉。その相手に誘われた時は複雑な心境だった。しかし飲まれていったレイはいつの間にかその姉と交わっていた。
それは、今までレイが感じた事のない快楽。決して自慰行為では味わえない女の身体。本来ならば恋人同士で行う淫らな行為。自分にとってはまだまだ先の出来事だと思っていた事を今、している。ヒューナに誘われたからした……言い訳かもしれない。だが彼が〝行為〟をしているのは紛れもない事実であった。
異性との初体験を迎える時、人はどのような心境を抱くのだろうか。性行為を行う事が出来たと、喜ぶのか。それとも、ただ、無我夢中で終えるのか。
人によってはそれが恐怖となるかも知れない。好意を抱いていない者に抱かれた時に人は恐怖を感じる為だ。
レイの場合はどうだろうか。躊躇いもあるかも知れないが、今はその快楽の波に抗えず、従うしか出来ないのであった。
「あ……ん……ふぅ……ふぁぁっ……」
「いいよ……もっと動かして……悩みなんて忘れれば良いんだからさぁ……」
ヒューナは耳元でレイに囁く。それが刺激となったのか、レイは更に腰振りを強めた。無我夢中で、ただ自分が気持良くなる為に、ひたすら。
その家にはヒューナとレイ以外誰もいない。誰も居ない為か、両者は恥じらう事なく、互いに嬌声を、本能のまま声を上げ続けた。初めて知った快楽の余り、レイは息を大きく荒げ、淫らな声を上げる。一方のヒューナは、レイの動きに対して声を上げた。
その声もまた、レイを興奮させていく。彼は、ただ、無我夢中でヒューナの乳房を口に含んだり、舐めたりした。こうした行動も、本能がそうさせると言うのだろうか。まるで赤子のように、それらを求めて行く。
「あっ……あっ……」
「んふっ……イイ……」
レイとの行為の最中、彼女は一心不乱に腰を振るレイの臀部に手を回し、握るように掴んだ。それと同時に彼女の眼前にあったレイの耳を優しく噛む。そのせいか、レイは腰の動きを止めた。ヒューナは行為をしているレイに対して悪戯をしたのである。
「くあぁっ……あっ……ふっ……ぅン……」
「イイよ……声……可愛い……続けて……レイ……」
「ん……う……ん……」
ヒューナはレイの耳朶部を舐める。その状態のまま、レイは再び腰を振り始めた。全てが初めての出来事であるレイにとって、彼女の小さな悪戯は刺激的だったのだ。
(凄……い……気持ち良くて……何も……考え……られない……)
快感の余りに彼は目を細め、息を荒げながら腰を振り続けた。
やがてしばらく腰を振っていると、レイの身体が大きく震えた。秘部に対して感じる、快感。それはレイに淫らな声を上げさせる。
「姉……さん……あぅ……あっ……あっ……だ……ダメッ……イ……イきそ……んっ……イ……クッ……あっ……あっ……ふ……ふぁっ……!」
「んうッ……!」
レイは果てた。果てる際、彼は天井を仰ぎ、身体をびくびくと震わせた。
やがて己の欲望を放った後、彼は荒い息を上げてそのままベッドに顔を埋める。ヒューナはレイの首筋を撫で、静かに耳元で囁いた。
「……気持ち良かった?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
快楽の余り、レイは言葉を失っていた。初めての行為、初めての異性、そして、初めての行為によるオルガズム。今、レイは様々な初体験を同時に味わい終えたのだった。レイは呼吸を荒げ、落ち着くまで少しの時間が掛かった。その様子を見ていたヒューナは微笑し、優しくレイの頭を撫でる。
行為の後、二人はベッドの上で裸のままシーツを被り、横になっていた。レイは呆然と天井を眺める。先程の行為は本当の出来事だったのだろうか……?彼はそのような疑問を抱いた。
「何、ぼーっとしてるの?」
呆然としている時にヒューナが声を掛けて来た。その声に気付いたレイは彼女の方向を見る。
「フフッ、そんなに良かった?初めてのエッチ。」
「あ……うん……凄かった……」
「悩み、忘れられたでしょ?ヤッてる最中は。」
「え……?うん……だって……夢中だったから……」
「そう、それでいいんだよ。それで……」
チュッ
ヒューナは笑みを浮かべ、レイの額にそっと口付けをした。
「複雑な心境だ……やっぱり……」
「何を今更言ってんのさ。」
「だって……未だに信じられないよ。姉さんが……その……相手なんて……」
行為を終えた後、レイは困惑していた。自分の初体験の相手が幼馴染であり、恋人であるヒューナである事に。しかし彼はただ、先程の行為で得られた快感を噛み締めていた。出来るならもう一度先程の行為をしたい……という欲望が彼の中に現れていた。しかし自分から申し出るのも気が引ける。
それから少しの間、二人は何も喋らなかった。レイはヒューナと顔を合わさず、彼女と反対側を向いたまま考え事をしている。一方のヒューナはレイの後姿をそっと見ていた。気まずい事を言ってしまったと思うレイはヒューナと顔を合わせる事を苦痛に感じ、視線をヒューナで無く、反対側の彼女の部屋の壁にやっていた。
その時、ヒューナがコツンと自分のEフォンでレイの後頭部を小突いた。
「……え?」
慌ててレイは彼女の顔を見る。するとヒューナは笑顔で自分のEフォンの画面を見せた。
「フフ、じゃーん、これ誰だ?」
その画面に映っている物の姿を見た時、レイは顔を赤くしたと同時に眼を大きく開かせた。
「え……ええっ!?な……なんで……!?」
「さぁ、何ででしょう?」
そこに映っていたもの。それはレイの女装した姿であった。彼は今から約三ヶ月程前にシャルア・ジェインによって女装をさせられた事がある。その際にシャルアに写真を取られたのだが、まさかその写真がヒューナのEフォンに保存されている筈がない……そうレイは思っていた。
しかしそこに映っていた写真の彼の衣裳はその時に着ていた衣裳そのものであった。そして、何故ヒューナがシャルアが撮影したであろう写真をEフォンに保存しているのかが分からない。何故?どうして?レイの顔はみるみる内に赤く染まっていく。
「前にノルウェーのある村に旅行に行った時にさ、現地にいた一人の女の子と友達になったんだ。一つ下の女の子。けど私以上にしっかり者。名前は確か……シャルア!」
「シャルア……やっぱり……あの人だ……」
聞き覚えのある名前が幼馴染の姉の口から出て来た。それは彼も良く知るノルウェーのヒパック村に住むシャルア・ジェインに違いなかった。この時、レイはシャルアとの思い出が蘇る。しかしそれらは決して彼にとって良いものばかりと言う訳ではない。
「あんたも知り合いみたいね。当たり前か。だからこんな写真送って来るんだもんね。……ああ、成程、これで写真の謎が解けたわ。」
「謎……?」
顔を赤く染めたままレイはヒューナに聞く。
「なんでシャルアが住んでいる所にレイがいたのかって話よ。ずっと疑問に思ってた。でもあんたの話を聞いて納得。だって旅してたんでしょ。言ってたじゃん、あの河川敷の時。」
「う、うん……そうだけど……」
レイはヒューナに全てを打ち明けていた。故に、彼女はそれを知っている。レイが故郷を離れていた事も、全て。この事は、リルムにも内緒にしているのだ。人に言えない秘密を、彼は知人に少しずつ話していたのである。
「その途中であの子のいる場所に行ったって可能性があるね。」
「まあ……そう……かな……」
実際は彼がメイドの駆るデスゲイズによって墜落させられたところをジェルヴァチームによって助けられ、そこにいたのがシャルアであった為、旅をしている最中に寄った訳ではない。ともあれ、別にそこを修正する必要はないと判断したレイはヒューナの話を聞く。
「にしてもさ、あんた本当に違和感ないね。前も女装させたけど、女の子の格好がこんなに似合うなんてさ。」
「あ、あの時は本当に嫌だったんだからね!?」
「あの時はってことは、今では別に良かったって思ってるんだ?」
「ち、違う!!」
レイは顔を赤め、首を横に振る。彼に持って女装とは、自らのアイデンティティを否定されるような事なのだろうか。どうしても、それを否定する、レイ。
だがその時、恥じらうレイをヒューナは微笑し、その後でレイに急接近し、彼に抱き付いたのだ。
「あのさ、また、シたくない?」
「え!?そ、それは……」
チュッ
そう言った直後、ヒューナはレイと接吻を交わした。戸惑うレイを誘惑するヒューナ。一方のレイはただ、彼女のペースに乗せられるだけであった。最早、この場はヒューナによって主導権を握られているも同然だ。
そのまま、ヒューナはレイの首筋に舌を這わす。官能的とも呼べる動きはレイを捉え、離さない。
「んぅっ……!やめてよ……ゾクゾクする……」
「ん?なんで?」
「だって……恥ずかしい……ふぁぁっ……!」
「フフ、そう言ってる割にはまた勃ってる……」
嫌がる素振りを見せるが、それとは裏腹、レイはどこか喜びのような矯声を上げている。それがまさに、少女のようだ。これもまた、矛盾というのだろうか。
その上で彼の象徴は反応している。それが本能なのだろうか。本能に、人は抗えないのだろう。眠気を感じれば欠伸を出すように、空腹になれば胃が鳴るように、そして、性欲があれば象徴が反応するように。
「レイを、私が独り占めしてる……私だから、あんたを満たしてあげられるんだ……良いよ、もっと、声出して……!」
ヒューナはレイがぴくりと反応する部分を、優しく、且つ、艶やかに触れる。
「あッ……!あぁ……!」
ヒューナの柔そうで過激な行為はレイを更に興奮させ、淫らな声を上げさせる。二人しかいないこの空間で、レイという少年を一人、独占する。彼女の行為は止まらない。誰にも、止められないのだ。
「ねえ、シようよ。もっと、シたい……」
その後、両者共に激しい行為を続けた。レイは無我夢中で息を荒げた。ヒューナは僅かに声を洩らしながらレイをリードする。二人しかいない空間で、互いには求め合った。
悩める両者が至った結果……それが性行為。本来ならば生殖行為である筈のそれは、今の両者にとってはただ、慰める為に快感を得る行為でしかなかった。
多くの体位変換をし、レイはあらゆる姿勢でヒューナを犯した。自らの欲を放たんと、彼女の身体にしがみ付き、彼女を求めた。騎乗位、後背位等、あらゆる姿勢で性行為を行い、己が快楽の為にただ、波打つかの如く、本能のままに、互いに腰を振り続けたのである。
「あぅ……くぁぁっ……」
「イイ……よ……レイ……凄く……可愛くて……逞しい……」
「イ……クぅ……ふぁっ……!」
その度に、何度も果てる。脈打つ象徴はヒューナの体内に欲望の塊を放って行くのだ。レイのオルガズムをヒューナの身体が優しく受け入れ、その度に彼を優しく包んでいく。
更に時間が経過した。現在、時刻は午前の四時。彼等はその時間まで行為を続けていたのだ。立て続けに行為を行った為か、両者ともに疲れが見え始めていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「もうやめとく?流石に疲れたでしょ……?」
「うん……」
この時、二人は手を繋いだ。互いに一人でいたくないという願望がこのような行動を起こしたのかは定かではない。
「なんかさ、慰められた。」
「……そうなの……?」
「お互いにすっきりしたんじゃない?」
ヒューナは両手を組み、その上に自身の頭を乗せながら言った。
「……僕、決めた。」
「何を?」
レイは眼を瞬かせ、口を開く。
「自分の事、母さん達に言う。信じてもらえないとか関係ない。事実を知ってもらわないと何もかもが分からないと思うから。」
レイは決意をした。自分自身の力のことを全て打ち明けるつもりでいた。
しかし余りに現実離れしている事を言っても信じてもらえるのかが不安である。増してや家族との関係は今、最悪だ。変人扱いされてもおかしくはないのである。
「……良いんじゃない?だってさ、何事も言わなきゃ何も伝わらない。どんな事であれ、伝えるべき。現実離れしてるかも知れないけど、あんたの所なら聞いてくれると思うし。事実なら知ってもらうべきだよ。別に知られたからって死ぬ訳じゃないでしょ。」
「そうだけど……」
「だったら伝えればいいんだよ。それで家族との溝が埋まるならそれでいい。あんたは優しい子なんだから、家族に言えばきっと信じてもらえるよ。私と違うんだから。」
ヒューナの言葉にレイは少し俯く。
「あんたは自分の事を考えればいいんだよ。さ、もう寝ようか。明日……家に帰り辛いかも知れないけど、事実を言わなきゃ何も始まらないしね!」
「うん……」
レイは眼を瞑り、静かに眠り始めた。彼が目を瞑ったのを確認した後、ヒューナも静かに目を瞑る。しかしこの時、ヒューナは静かに涙を浮かべていたのだ。その様子は目を瞑り、眠ろうとしているレイに分かる筈がなく……
「もうおしまいだな……何もかも……」
彼女は静かに、そう呟いた。
第八十七話、投了。