11.無人島上陸
常夏の海。広がる青空。澄み切った空気。そよぐ潮風は優しく体を包み込み、真夏の猛暑を感じさせない太平洋のど真ん中。
そう、ここはまさにシーパラダイス。
「凄い眺め!マジ超感動なんだけど!」
「ね~。風が気持ちいい~!」
「ほんと、凄い景色だね…!」
船内から姿を見せた私たちは満面の笑みを浮かべ大海を指さす。
けーちゃんも櫛田ちゃんもニコニコで可愛い!
苦難多き中間、期末テストを乗り越え夏休みを迎えた私たちを待っていたのは、高度育成高等学校が用意していた2週間の豪華旅行。豪華客船によるクルージングの旅だった。
「…有栖も一緒に来れたらよかったのにな~」
「有栖って、Aクラスの坂柳有栖さんのこと?」
「そうだよ~。さすが櫛田ちゃん、顔が広いね~」
「あはは。坂柳さんは有名人だからね。私じゃなくても知ってる人多いと思うよ?」
「そっか~…たしかにそうだね~」
私のちょっとした呟きに櫛田ちゃんが反応する。
今回私たちが乗り込んだ客船は外観はいうに及ばず、施設も非常に充実。一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで完備されている。
そんな贅の限りを尽くした旅行が国民の血税で楽しめるのだから…うん、破格がすぎる。
有栖とも一緒に行きたかったな。事前に『私は行けないんです』って言われて軽くショックを受けた。
有栖は育ち良さそうだけどここまでの待遇って中々無さそうだし、何より友達と行くのはまた違った特別感があるのに。せめてお土産とか買えないかなー。
「お昼は島のプライベートビーチで自由に泳げるらしいよ。後で一緒に行かない?」
千秋が待ちきれないといった様子で私たちに提案する。
「んー。…あたしはいいや」
「けーちゃんがそう言うなんて珍しいね~」
「…そー?それより小鞠、ビュッフェコーナーに超おいしそーなケーキあるらしいよ」
「え~!そっちにしよ、みんな!!!」
「別に良いけどテンション上がりすぎだって」
この学校は、南に小さな島を1つ所有しているようで、今そこに向かっている。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
突如そんな
もしかしてこの島で最後の1人になるまで戦わされるバトロワ開催とかある?私武闘派じゃないからハイドしないと生き残れなさそう。それとも某黄金伝説みたいに離島生活やらされるとか?バトロワよりはまだそっちがいいな…
アナウンスによって生徒たちが一斉にデッキへと集まり始める。
どうやら客船は1周回って島の全体を見せてくれるらしく、島につけられた桟橋をスルーしてぐるっと島の周りを回り始めた。
島を周回する船は速度を変えず、高々と水しぶきを上げながら不自然な高速航行をする。
「――これほんとにバトロワなのでは…」
「え?バ、バトロワ?小鞠ちゃんそれはゲーム脳極めてるって」
「きっとこれから飛行船に乗せられて、パラシュートで上陸して最後の1人になるまで戦わされるんだ…!今はそれの地形確認中…あっ、あの洞窟ハイドポジ向きだな…」
「き、聞いてない…」
この学校なら本気でこのくらいやってもおかしくないと思ったんだけどな。
しかし程なくして(普通に)上陸を促すアナウンスが流れ、Aクラスから順に降りるよう指示が飛ばされた。携帯を始め私物の持ち込みは禁止らしい。遭難したらどうするんや。
バカンスではなく、バトロワでもない。本年度最初の特別試験だった。
「期間は今から1週間。8月7日の正午に終了となる。君たちはこれからの1週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを最初に言っておく」
黄金伝説の方かー!
無人島の自給自足生活。島の環境にもよるが、バトロワよりは数倍マシだろう。
ただ、無理に自給自足生活をしなくても良いらしい。特別試験のテーマは『自由』。
各クラスに試験専用のポイントを300支給することが決まっており、このポイントを上手く使えば1週間の特別試験を旅行のように楽しめる。BBQや海を満喫するための遊び道具も購入可能、と。
…これだけ聞くと、単純に夏休みを利用した、旅行を通じての学年交流のための行事にみえる。
「この特別試験終了時には、各クラスに残っているポイント、その全てをクラスポイントに加算した上で、夏休み明けに反映する」
真嶋先生の発した一言に、今日一番の衝撃が走る。私たち下位クラスにとっては特に貴重な機会と言えるだろう。
「マニュアルは1冊ずつクラスに配布する。また、今回の旅行を欠席した者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいるクラスにはマイナス30ポイントのペナルティを与える決まりになっている。そのためAクラスは270ポイントからのスタートとする」
成程そういうことか。確かにこんな過酷な試験があっては、足にハンデを抱える有栖は参加できないはずだ。
それからペナルティ等のルール説明がされる。
説明の概要を聞く限りだと、ただ『我慢』をするのではなく、如何に効率よくポイントを使い、節約し、1週間を乗り越えるかが鍵となるだろう。
・スポットを占有するには専用のキーカードが必要である
・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる
・他が占有しているスポットを許可無く使用した場合50ポイントのペナルティを受ける
・キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される
・正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない
「結構本格的だね~。ゲームみたいでわくわくしてきた~」
「…私、小鞠はヒキコモリ予備軍だと思ってたんだけど」
「も~千秋は失礼だな~。こう見えてもわたし、自然だいすきなんだよ~」
「えー。絶対インドア派でしょー!」
「インドアとアウトドアは両立します~」
「そんな…軽井沢さんっ!――狐坂さん!狐坂さんはどう思う!?」
「はえ!?な、なんの話かな~」
千秋と呑気に話をしていると切羽詰まった様子の篠原さんに声を掛けられる。
やばい、こっちに振られると思ってなくてクラスの話全く聞いてなかった…。
というか櫛田ちゃんや堀北さん辺りに意見を求めてください。何故に私を巻き込むんや…
「…仮設トイレの話。当然必要よね?」
「あ~。いるとおもうよ~」
「狐坂さん!」
篠原さんが目を輝かせる。集まる視線。その様子を見た幸村くんがこの議論に参戦する。
「狐坂、分かってるのか。この試験は他クラスとのポイント差を埋める千載一遇のチャンスなんだぞ。仮設トイレなんかに貴重なポイントは使えない。僕はいつまでもDクラスにいるつもりはないからな。お前もそうだろう?」
参った、争いは嫌いなんだけどな。平田くんと櫛田ちゃんは常に中立の位置にいるからこういう場では使い物にならない。
隣にいる千秋が心配そうに私を見つめる。それを私は大丈夫、と軽く手で制する。
「幸村くんは仮設トイレ分我慢した時に得られる20ポイントのリターンを取りたい、と」
「…そうだ」
若干口調が変わった私に戸惑いつつも、幸村くんが返答する。あまりこういうことはしたくないけど仕方がない。感情論ではなく理詰めで説得しないと頷いてもらえそうにない相手だから。
「仮に我慢したとして、誰かが体調不良でリタイアすると30ポイント減る。無論トイレ1つでリタイア者が出るとは限らないけれど、1週間の生活で大きな不安要素になる事は確実。現状20ポイントに対して背負うリスクとリターンが見合っていない」
「…っ」
静まり返るクラス。やがて周囲の視線が幸村くんに集まるのを感じる。…まずい、フォローを入れないと。
「――って、わたしは思うかも~。どうかな~?」
「…わかった。だったらトイレ、設置すればいいだろ」
「ありがと~。みんなでがんばろうね~」
反対派だった幸村くんが折れたことで、ついにトイレ設置の許諾が下りる。
篠原さんをはじめ、隣にいる千秋やけーちゃん、堀北さんも少し安堵した様子だった。
「ありがとう、狐坂さん!」
「いいえ~大したことはなにも」
「…あなたがこんなにハッキリ物事を言うとは思っていなかったわ。
篠原さんに感謝された後、堀北さんに小声で詰め寄られる。
「…どっちもわたしだよ~。いわゆる処世術ってやつかな~?」
私は曖昧に笑った。