ようこそ元暗殺者のいる教室へ   作:solder

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15.事件

「………小鞠っ、起きて…小鞠…!」

「――ん~…おはよ、けーちゃん…。……今日は一段とはやいね…」

 

早朝。テントの中で深い眠りについていると、隣で寝ていたけーちゃんに体を揺すられた。

 

いつも私の方が起きるの早いのに珍しい、とぼんやり目を覚ましてけーちゃんを見ると、何やら只ならぬ状態で覚醒する。

 

目の前にはひっくり返された鞄。瞳の焦点は合っておらず、カタカタと震えている。いつもの勝気な姿は欠片もない。

 

「…あ、朝早くごめん、……っあのね、あたしの下着がなくなってて…、確かにここに入れたはず、なのに…っ」

「――…え」

 

そんな、まさか。

私も共に下着を探すが、付近にはない。

 

「……あたし、こんなだから……陰でいじめられちゃうんだ…、怖い、怖いよ…小鞠…っ」

「大丈夫、わたしはけーちゃんの味方だから――」

「…………っ、ありがと…」

 

抱きしめて気持ちを落ち着かせようとすると、これまで我慢していた思いが溢れ出したのか、けーちゃんはポロポロ涙をこぼした。

 

こんなに弱ったけーちゃんは初めて見るな。

 

「んー…?軽井沢さん、狐坂さん…。どうしたの…?」

 

私たちの話し声により、同じテントで寝ていた篠原さんが目を覚ます。

 

「けーちゃん、みんなに言ってもいい?」

「………うん」

「わかった。…篠原さん、あのね。実は今朝、鞄の中に入ってたけーちゃんの下着がなくなってたの」

「…えっ?」

 

それから他の女子を起こし、鞄やテントに混ざっていないかとの中を隈なく探したが、目的の物は見つからなかった。

集まった女子の空気が徐々に凍っていく。

 

「…きっと男子の誰かが盗んだのよ。平田くん以外変態ばっかだもん。私起こしてくる。」

「ちょ、ちょっと――」

「狐坂さんは軽井沢さんに付いててあげて!マジで許せない!」

 

篠原さんを筆頭とした女子の大半がテントから出て行った。

 

程なくして、外から喧騒が聞こえる。何を話しているか詳しくは分からないけど、揉めに揉めている。平田くんの声もする。

 

まぁ彼が疑われることはまずないし、実際犯人でもないと思うが、板挟みになって大変だろう。

 

 

 

*

 

 

 

「ちょっと集まってもらえるかな」

 

平田くんの一声でクラス全員が集まる。そこには目を真っ赤に腫らしながらも、怒りに震えるけーちゃんの姿があった。

 

「男子は信用できない。このまま同じ空間で過ごすなんて絶対に無理…!」

「でも、男女で離れて生活するのはちょっと問題じゃないかな…。試験はもう少しで終わる。だからこそ、僕たちは仲間なんだから信じ合い、協力し合わないと」

「…それは、そうだけど。でも下着泥棒と一緒の場所なんて耐えられない!」

 

けーちゃんは絶対に無理だと首を左右に振る。

 

被害者(けーちゃん)がそう主張するのは心情的に分かるが、その彼氏である平田くんが割と冷静なのは個人的に意外の一言だった。

 

クラスをまとめなければならない使命感に駆られているのかもしれないが、にしても第三者目線で公正公平すぎるというか――。少しも彼女に肩入れする気配を感じない。

 

これが皆の平田くんなのか…

 

ただ、Dクラス的には平田くんが平田くんとして機能するのは助かるので何も言わない。ほんの少し違和感があるだけだから。

 

 

 

*

 

 

 

【side:松下千秋】

 

クラスが(主に)男女で分裂した以上、既に班分けは意味をなさなくなっている。

 

私と小鞠は、クラスの重い空気から抜け出すようにDクラスの拠点から少し離れた川まで釣りに出ていた。

 

仲が良いとは言え、この子と2人きりになることは案外少ない。思い切って普段思っていることをぶつけてみることにした。

 

「小鞠さ、辛いんじゃないの?」

「…ん~?けーちゃんのこと~?」

 

小鞠がルアーを小刻みに動かしながら反応する。

 

「それもあるけど。その…クラスで目立つことに関して。さっき軽井沢さんや篠原さん、更には堀北さんにまで挟まれてしんどそうだったから」

「あの3人に挟まれてしんどくない人っているのかな~…よ~し、3匹目~」

「まあそうだけど…小鞠釣り上手いね」

標的(ターゲット)をしとめる感覚で、食いついた一瞬を逃さないのが大事だよ~」

 

川に到着してさほど時間は経過していないのに、小鞠は順調に川魚を釣り上げている。最初から釣りグループで良かったじゃん。

 

 

私の生まれはそこそこ裕福だ。幼い頃から習い事や塾も上位の成績で学んできたし、容姿も恵まれた方だと思っている。

 

あまりこんなことを口にして言いたくはないけれど、私は学年の中でも優秀な方だと自負している。上位10%の枠内であれば、ほぼ間違いなく手中に収めているはずだ。

 

それでも本気は出していない。Dクラスの半数が学年の下位10~20%を占めている。周囲と合わせる意味でも、頭角を現さないのは必要なことなのだ。

 

ただ、この子――小鞠は違う。

 

総合力は学年でも片手で数えられるのではないかと言うほど。私のように実力は特に隠していないが、クラスを率いたり極端に目立つのは苦手に見える。

 

本人が目立ちたくなくとも、能力が高ければ嫌でも頼られるし、貧乏くじを引くことになる。

 

Cクラスとの一件では学年でも抜けた成績のせいでマークされ、脅される羽目になった。今回の試験でも色んなアクシデントが起こる度に意見を求められ、否応なしに表へと引っ張り出されている。

 

さっきも軽井沢さんと堀北さんの口論に巻き込まれて困った様子だった。あの子は争いが嫌いなのに…

 

私はそんな小鞠に、自分を重ねて少し感情移入をしているのかもしれない。率先して物事を動かすタイプではなく、それでいて出世欲が少ない。私と同じタイプなんじゃないか。

 

だからこそ、守りたい。

 

「…Aクラスに興味ないなら最初から程々にやればいいのに」

「そ~すれば目立たないってこと?千秋は実力隠してるからね~」

「やっぱバレてたんだ。そりゃそっか。…能力出しても、このクラスじゃ辛いだけだよ。報われないもん」

 

同じタイプだからこそ、小鞠の行動が理解できなかった。小テストの飛び抜けた成績も、水泳部の小野寺さんに次ぐ速さで泳いだプールの時間も。

 

「…報われないってのは、Aクラスにあがれないからってこと~?」

「うん。4月に0ポイントまで溶かしちゃったんだよ?結束力も実力も、何もかもが足りない。今から真面目に頑張っても追いつかないと思う」

「――それ、本気を出してない千秋がいっちゃう~?」

 

いつも通りの口調でニコニコ笑っているが、纏う雰囲気が明らかに変わった。

 

――怖い。いつも通りのはずなのに、プレッシャーを感じる。初めて彼女に恐怖を感じた瞬間だった。

 

「…っや、その、……ごめん」

「なんで謝るの~?千秋は心配してくれたんだもんね~。ホントやさしいな~」

「…う、うん」

 

何か地雷を踏み抜いてしまったのか。頭をフル回転させるが、何を言えばいいか分からず相槌を打った後黙ってしまう。

 

「それとも、千秋はAクラスに上がりたくないってことかな~」

「…そんなことない。できるならAクラスで卒業したいと思ってる」

「なら()()()がんばろうよ。Dクラスは個性的な人が多いから、ちょっと勉強と運動ができるくらいなら悪目立ちはしないよ~。…できるよね?」

「わ、わかった。これからは普通にやるよ」

 

上手く話を逸らされ、丸め込まれてしまった気がする。でもいっか。Aクラスに上がりたいのは事実だしね。

 

小鞠の指示で動くのも、それはそれで悪くないのかもしれない。

 

この短時間で釣った魚はバケツいっぱいになった。私ほとんど釣ってないのに!…いつの間にこんな釣ったんだ。

 

「小鞠はAクラスに上がりたいの?」

 

撤収前に1つ、気になっていたことを聞く。すると小鞠は少し考えてから口を開いた。

 

「……Aクラスそのものには興味ないけど…この手札で負けるのはさすがに嫌だから、がんばりたいと思ってるよ~。どうせならトップがいいしね~」

「分かった。…この手札?」

「Dクラス、わたしよりすごい人2人いるし」

「えっ…高円寺くんと、誰?平田くん?」

 

平田くんは満遍なくスペックが高いけど、そうは見えない。首を捻っていると、小鞠は小さく笑った。

 

「平田くんじゃないよ~。千秋と同じで、まだ本気を出してない人がいるんだ~。…少しずつ動き始めたみたいだけど」

 

未知数の存在。そんな人いるだろうか。考えてみるが、思い当たる人はいない。

 

知りたいと思ったが、何となく教えてくれなさそうな雰囲気を感じ取ったのでまだ聞かなかった。

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