え、何これ。
有栖をAクラスへ送ったその足のまま私は配属されたDクラスの教室へ向かった。そして教室のドアを潜ろうとして、立ち尽くす。
…え、なにこれ。
教室自体は至って普通。E組の隔離校舎より格段に綺麗だ。ただ問題は――教室のありとあらゆる箇所に監視カメラが設置されている。…そう言えば途中の廊下にも設置されていたような気がするなぁ…。防犯上の観点から必要なものなのだろうと無意識にスルーしていた。
ただ、教室にここまで多くのカメラが設置されているというのは些か不自然だ。学校側は生徒の行動を監視している。何のために?…とにかく不気味だ。下手な行動は取れないな。あ、別に取るつもりはないよ?
「あの、何か困っているのかな?Dクラスの子?」
「…う、うん。大丈夫~綺麗な教室でちょっとびっくりしちゃっただけ~。Dクラスだよ」
ドアの前で立ち尽くして思索に耽っていると、当然ながら悪目立ちしてしまったようで、同じDクラスの女の子に声を掛けられた。いけない、もっと自然に振る舞わなくちゃ…。
「そうだよね、教室すごく綺麗だし驚くよね。…私は櫛田桔梗って言うの。同じDクラスだから、仲良くしてくれると嬉しいなっ」
「わたしは狐坂小鞠。櫛田さん、よろしくね~」
少し不審な行動も新天地での浮つきということでアッサリ納得してくれた。
一言二言交わす内に、お互い同じ中学出身の人がいない共通点があると分かり盛り上がる。まぁここ国立でちょっと特殊な学校だからそんなに珍しくなさそうだけど。こういうのは協調することに意義があるのだ。
それから数分ほど経って、始業を告げるチャイムが鳴った。ほぼ同時にスーツを着た一人の女性が教室へと入ってきて、学校生活の説明が始まる。
茶柱佐枝先生か。美人だなぁ…生徒も顔面偏差値高い子多いし、もしかしてこの学校顔採用?
…顔採用は流石に冗談だが、この学校は色々と特殊だ。中でも特異なのは生徒全員に対して寮生活を義務付けられていて、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁じられていることだろうか。
このルールのせいでゆっきーや
「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」
…ん?何でも??今何でもって言った???
ここで言う『何でも』の定義って何だろう。本当に『何でも』?
例えば教室の監視カメラの映像買いたいですって言ったら買えるってこと?形のないもの……権利も含まれる?
情報量が多すぎて軽くパンクしかけている私などお構いなしに茶柱先生は説明を進めていく。
「…それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上に説明は不要だろう」
必要です。
クラスメイトは月10万という破格のお小遣いに沸いている。私も手放しで喜びたい気持ちは山々だったが、殺せんせーに『
この違和感は、何かある。
改めて茶柱先生の言葉を反復して考える。現状10万ポイントが支給されている。これは確定した事実。ポイントが毎月1日に振り込まれる。何ポイントかは…言っていない。
つまり、未定。不確定要素。来月からのポイントはどうやって決まる?…学校だから通知表の評価とほぼ変わらない、とか。学業成績や部活動、クラス内での意欲、行動、素行…
……あ。
繋がった。
あの監視カメラは、生徒を
「質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」
戸惑いの広がる教室内で、茶柱先生はぐるりと生徒たちを見渡す。質問をするか迷ったが、ここでする必要はない。質問がないと見るや、茶柱先生は教室から退室した。
【side:綾小路清隆】
茶柱先生が学校説明を終え、生徒たちが浮き足立ち始めた頃。
如何にも好青年といった雰囲気の生徒――平田洋介の打診でDクラスは自己紹介をすることになった。
一人が口火を切ったことで、迷っていた生徒たちが後に続いて賛成を表明する。が、赤髪の不良少年をはじめとした数人の生徒は慣れ合うつもりはないと判断したのか。オレの隣の席に座る堀北も例外ではなかったようで、ゆっくりと立ち上がり歩き出した。
事なかれ主義のオレとしては参加一択だ。
平田洋介、山内春樹、櫛田桔梗、池寛治、高円寺六助……と各々が順に自己紹介をする。
どうやら一癖も二癖もある生徒が、このクラスには集まったらしい。僅かな時間の間に、オレは様々な生徒の一面を垣間見た気がした。
「えーっと、次の人―――」
「は~い」
どこか舌足らずな、力の抜ける甘い声が聞こえる。オレの斜め前、堀北の前の席に座る少女だ。
そう言えば先程櫛田と話し込み目立っていたな。2人揃うと容姿の良さも相まってクラスの中心です、というオーラがビンビンに漂っていた。
「わたしは狐坂小鞠っていいます。趣味はゲームで、甘いもの…特に煮オレシリーズがすきです。みんなと一緒にゲームやお茶したいな~。よろしくね~」
「うおおおおお!!!!!よろしく、狐坂ちゃん!」「俺もゲーム好き!得意なゲームあるから教えてあげるよ!」「狐坂さん後でカフェ行こー」
「うん、みんなよろしく~。」
至って普通の自己紹介だが、男女問わずクラス全体から好意的な声が上がる。
なぜってそりゃ……まずシンプルに顔が整っているからだ。下したグレージュの髪はふわふわと柔らかそうで、髪の一部は黒いリボンで高くツーサイドに結われている。澄んだ翡翠色の瞳は大きい。平田と言い、どんな場面でも顔の良い奴は得だな。
彼女の纏う雰囲気がどこか緩いのも声を掛けやすい一因だろう。少し頭の弱そうな……ゴホン、随所に隙のある話し方をしているのも関係していそうだ。
堀北のように美人でも性格がキツければそれまでだもんな。誰とでも仲良くなれますオーラ全開の櫛田や、マイペースだがどこか話し掛けやすい雰囲気を纏う狐坂を見て余計にその思いが強まる。
「次は―――そこの君、お願いできるかな?」
「え?」
しまった、妄想に浸っている間にオレの番が来てしまった。おいおい、そんな期待した眼でオレを見つめるなよ(思い込み)。
仕方ねえなあ、ちょっと気張って自己紹介してやるぜ。
ガタッ!勢いよく立ち上がる。
「えー…えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」
……失敗した!
「綾小路くん、ご近所さん同士よろしくね。わたしのことは狐坂でいいよ~」
「あ、あぁ…よろしく、狐坂」
振り向いた狐坂は何事もなかったかのような笑顔を浮かべている。ちょっと嬉しかった。
「よろしくね綾小路くん。仲良くなりたいのは僕らも同じだ、一緒に頑張ろう」
平田につられ、パラパラとだが同情的な拍手が起こった。学校生活は難しい。