入学式から1週間と少しが経ち、この学校生活にも大分慣れてきたかという頃。
私は久々に有栖と待ち合わせをしていた。
「お待たせしました、小鞠」
「有栖~!久しぶり~…えっと、そちらの方は」
待ち合わせ場所のカフェに現れたのは有栖と――長髪で美人の女の子だった。
「あぁ。お気になさらないでください。彼女は
ニッコリと微笑む有栖とは対象に、神室さんは苦虫を噛み潰したような表情を隠そうともしていない。
…
「はじめまして~神室さん。Dクラスの狐坂小鞠です。わたしも真澄さんって呼んでいいかな~?」
「…勝手にすれば。」
「了解!真澄さん、よろしくね~」
「はあ…てか、Dクラス?坂柳、あんたこんな頭の弱そうな奴気に入ってんの?」
「ふふ。小鞠を印象論だけで捉えると痛い目を見ますよ?」
カスタムした激甘フラペチーノを飲む私を真澄さんは冷ややかな目で見つめた。
この1週間で『Dクラスが不良品なのではないか』と疑う生徒は少数だが存在する。食堂で山菜定食ばかり食べているCクラスやDクラスの先輩を見て、無料商品の存在について考えれば或いは、といったところか。
そんな噂がまことしやかに囁かれていても、うちのクラスが無法地帯なのは変わらない。悪い意味で無類の安定感を誇ってしまっている。
一応、平田くんに進言してそれとなくクラス全体に注意を促してもらったけど、状況は…うん。遅刻欠席は当たり前。授業中は大声で談笑。静かかと思えばスマホ。
…正直、『不良品』『落ちこぼれ』と言われても何の文句は言えないな。もちろん一部生徒は真面目に取り組んでいるが、大半がこれでは焼け石に水だ。
ポイント評価が個人でなくクラス単位だったら本格的に終わりだなと、ぼんやり考える。でもその場合は、学校のシステムを何となく把握しておいて指揮を執らない私も悪いから仕方ないか。覚悟は出来ている。…多分。
「では、早速ですが。先日の
「おっけ~。有栖からだね。前回わたしが指したビショップb7から~」
「はい。では―――」
「ちょっと待って。あんた達盤面無しでどうやってチェスやるつもり?」
「?口頭で十分だよ~。たしかに駒動かした方がたのしいけどね~」
真澄さんの表情が変わる。それに対し、有栖は「チェス盤を購入しましたので、次は並べて遊びましょう」と微笑みながら返すだけだった。
「……ここまでのようですね。リザイン。私の負けです」
「…ありがとうございました」
互いの飲み物が半分を切り。有栖の投了で入学式に行ったチェスの決着が付いた。
この子マジで強すぎるって…!
「お見事です、小鞠。私がチェスで敗れたのはいつ以来でしょうか」
「先手後手が違えばまた結果も変わるよ~…有栖ホントつよいや」
「私の敗着は12手目でしたかね」
「ん~、それよりは18手目の方かな~。思い切って駒を捨ててでも攻めてたらわたしの19手目は受けざるを得なかったかも」
「そうですね、その手は確かに――」
やはりここまで
けーちゃんグループとオシャレや新発売のコンビニスイーツの話をするのも楽しいけれど、こうして自分と同レベルでゲーム戦術の話をできる相手は貴重だ。
「嘘でしょ…
「お分かり頂けましたか、真澄さん。小鞠を表面だけで判断してはいけませんよ?」
負けたのになぜか有栖は嬉しそうで、どこか満足気だった。ちょっと気持ち分かる。一人で無双するより、互角の相手がいた方が楽しいよね。
「ところで小鞠。ゲーム全般が得意なんですよね?」
小さく頷く。
「1つ、ご提案があるのですが」
―――考えていることは、お互い同じな気がした。
「こんにちは~!あの、ここって囲碁部で合ってますか~?」
「そうだよ。入部希望者かな?歓迎するよ。僕は囲碁部部長、3-Bの林田です」
私と有栖、真澄さんは有栖の提案で囲碁部へ乗り込んでいた。
話を聞くと、私も同様のことを考えていたので都合が良いとすぐ提案に乗り、善は急げで囲碁部の部室へ足を運ぶ。
囲碁部の部長…3年の男子生徒は私たち3人の姿を見て満面の笑みを浮かべる。ただ新入部員が入ってきて嬉しいというよりかは、可愛い女の子が来てくれて嬉しいという感情が隠し切れない顔だ。
有栖は勿論だが、私も決して鈍感ではない。自分がどう見られているか、どんな利用価値があるのか理解している。物事を有利に進めるためには、使えるものは何でも使っていく。
「1-Aの坂柳と申します。申し訳ございません、私たちは入部希望ではないのです。先輩方とポイントを賭けた勝負を行いたくこちらへ参りました」
「わたしは1-Dの狐坂です~。この学校ではポイントを賭けてもおっけーらしいので先輩方、どなたか対戦おねがいします!」
囲碁部部長・林田先輩は驚いた様子でこちらを見る。他の囲碁部の先輩も何だ何だと次々に部室から出てきた。が、私たちを見て勝てる相手だと踏んだのか、「お相手するよ~」「負けたら囲碁部に入部してね!」と上機嫌だった。
後方に控える真澄さんが先輩方を可哀想なものを見る目で見ているような気がするが、きっと気のせいだろう。
「ハハハ。いいよ、やろうか。コミは6目半、持ち時間は…早打ちでもいいかな?時間を取りたいなら後日でもいいけど」
「お気遣いありがとうございます。早打ちで大丈夫です。」
「了解。何ポイント賭ける?」
有栖と私は顔を見合わせて小さく笑い、
「「手持ち全部で」」
それから更に1週間が経過した頃。
私、有栖、真澄さんは1週間前に訪れた大衆向けのカフェよりもグレードの高い、高級ホテルのような場所に集ってアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「いや~~幸せ~!!有栖、ホントにありがと~!真澄さんも1週間付き合ってくれてありがと~!」
「…私は何もしてないわよ」
「こちらこそありがとうございます。小鞠と組めば無敵ですね。真澄さんはポイント賭博が行える文化部をリスト化してくれたじゃありませんか」
「あんたがやれって命令するからでしょ…このケーキは報酬としていただくから」
「うんうん~、たくさんお食べ~」
この会は所謂祝勝会だ。私たち3人はここ1週間、有栖の提案で道場破りのようなことをしていた。
この学校ではポイントの取引は珍しいことではなく、賭博も双方が合意すれば合法らしい。そのシステムを利用し、ありとあらゆる文化部に乗り込んで勝負を仕掛け、ポイントごうだ…頂戴していた。
外見の良さを利用して油断を誘い、叩きのめす。至ってシンプルな作戦だ。後半の方は情報が浸透してきたのか警戒されたが、言葉巧みに勝負さえ取り付けられたら後はこっちのもの。ビッチ先生流交渉術もしっかり役に立って満足満足。
2人で集めたポイントは合わせて400万ポイントほど。山分けしても200万手元に残る。Aクラスの先輩は思った以上にポイントをたくさん持っていて、かなりの額が集まった。
「これだけポイントがあれば一先ず小鞠も安心なのではありませんか?Dクラスは色々と大変そうですし」
紅茶を飲みながら有栖が言う。どうやら私が山菜定食三昧になるかもしれないと心配してくれたようだ。1週間の道場破りの様子を見るに、有栖は基本的に他人や敵と認定した相手には攻撃的で厳しいが、身内には優しいタイプなのだろう。
「やっぱり評価ってクラスごと、だよね」
「先輩方の様子を見る限りでは恐らくそうでしょう。」
「わ~。Dクラスやばそ~~」
「他人事ね。あんたがDクラスなのが不思議だわ」
「あはは。まー理由は大体分かってるよ~」
スコーンに手を伸ばす。お値段が張るだけあって、どれも抜群に美味しい。
「…で、あんたは葛城を引きずり下ろすためにそのポイントを使う訳?」
「葛城?」
聞きなれない名前が上がる。
「Aクラスのクラスメイトです。真澄さん」
有栖が軽く目配せをすると、真澄さんがスマホを取り出し、私に画面を見せた。
「こいつが葛城康平。Aクラスの実権を半分と少し握っているヤツ」
スキンヘッドでまるで教師といった風貌の男子生徒が写っている。貫禄がすごい。本当に同い年か?角度的に隠し撮りだろうけど、よく撮れてるなぁ。
「へ~。…半分と少し?」
「現在Aクラスの勢力は二分しているんです。一方は私が、もう一方はこちらの葛城くんを中心に纏まっているといった次第です」
「こっちは
「そうなんだ~。よくわかんないけど、派閥争いってやつ?ドラマみたいだね~」
「はぁ……お気楽ね。こっちはこき使われて大変なんだから。あんたが遊んでいるせいで今は葛城派の方が若干優勢だし」
真澄さんが有栖を睨み付けるが、有栖はそれを涼しい顔で受け流す。
「真澄さん、ご心配なさらず。葛城くんはすぐに失脚しますので」
「なんでそう言い切れるの」
「何故って……葛城くんの保守的な考えはつまらないものですから」
葛城くんのことは詳しく存じ上げないが、些か相手が悪いように感じる。うーん、ご愁傷様です。心の中で合掌しておいた。
「小鞠と協力したおかげで軍資金も集められましたからね。お遊びはここからですよ」
「難しいことはわかんないけど、がんばれ有栖~!」
「…白々しい。よく言うわ」