「ポイントが入らないって、これからどうするんだよ」
「私昨日、残りのポイント全部使っちゃったよぉ…」
茶柱先生が居なくなってからの休み時間、教室の中は騒然、いや、酷くあれていた。
「ポイントよりもクラスの問題だ…ふざけんなよ。なんで俺がDクラスなんだよ…!」
幸村輝彦くんが憤怒したように声を荒げた。その額には汗も薄らと浮かんでいる。
確か彼は高円寺くん、堀北さんと同率2位の90点。勉学において間違いなく優秀な生徒の一人だろう。
「幸村くん落ちつこ~。怒ってたらいい考えも浮かばないよ~」
「…狐坂か。お前は悔しくないのかよ。Dクラスの落ちこぼれだって言われて」
幸村くんは自分より上の成績を修めた私に諭され、熱くなりつつも努めて冷静に返答した。相手が
「?わたしは中学の頃からずっと落ちこぼれって言われてるから慣れてるよ~」
「は?冗談だろ?」
「冗談なんて言わないよ幸村くん。落ちこぼれには落ちこぼれなりにやれることがあるんだよ」
安心させるように笑顔で言ったものの、幸村くんに納得した様子はない。他のクラスメイトも『それはいくら何でも』といった表情を浮かべている。ちょっと待ってよ、本当のことなんだけどなぁ――…あれ、このやり取りデジャヴを感じる。
「狐坂さんの言う通りだよ。今はそういわれても、力を合わせて見返してやればいいじゃないか」
「私もそう思うな。きっと先生は私たちを奮い立たせるために厳しく言ったんじゃないかな?」
平田くん、櫛田ちゃんから援護射撃を受ける。続けざまに発された櫛田ちゃんの天使のような言葉が幸村くんの心をも動かし、その場は丸く収まった。流石クラスの中心人物!この聖人ムーブはとてもじゃないが私には真似できない。
この流れで平田くん主導『どうしたらDクラスのポイントを増やせるのか考えようの会(仮)』が発足されていた。
「クラス内成績トップの狐坂さんには、是非とも参加してほしいんだけど…」
個別にお願いをしているようで、私の下にも平田くんがお願いしに席まで現れた。「堀北さん、綾小路くんにも参加してもらいたい。どうかな?」と2人にも声を掛けている。
『今月はもう0と決まってるのに、いくら話し合っても無駄でしかないと思うな~』
…とは流石に私も返さない。争いは嫌いなのだ。でも意味のないことに時間を費やしたくはない。さっさと帰りたい気持ちが先行する。仕方ない、平田くんには悪いけどここはキッパリお断りしよう。
「ごめんね~平田くん。わたし、今日はちょっと外せない用事があるんだ~…」
上目遣いに平田くんを見て、如何にも申し訳ないですという表情を作る。小さく手を合わせて、ちょっと首を傾げれば完璧だろう。平田くんも先約がある人に参加の強要はできない。
「そっか…分かったよ、狐坂さん」
「うん…。もしクラスでなにか決まったら教えてね~」
「もちろんだよ。それで、2人は――」
良かった、とりあえず躱せたようだ。後ろの様子を見ると、どうやら2人も断った様子だった。
放課後。朝の告知通り平田くんは教壇に立ち、黒板を使って『どうしたらDクラスのポイントを増やせるのか考えようの会(仮)』の準備を始めていた。
参加率の高さから平田くんの求心力の凄さが窺える。すごいな~。始まる前にさっさと退室しないと。
「狐坂ちゃ~~~~ん」
「、わわっ」
クラスでも数えるほどしか話したことのない山内くんが視界に飛び込んでくる。
「どーしたの?わたしこの後、用事があるんだけど――」
「狐坂ちゃんってたしかゲーム好きだったよなぁ~?これ、2万ポイントで買ってくれない?ポイントなくて何にも買えない俺に恵みを~~!」
机の上に置かれたのは、先日山内くんが購入したばかりのゲーム機。私も買う予定の最新モデルだ。ゲーム機に罪はない。…でも。
「え~。山内くんの手垢がついたゲーム機なんていらなーい。そんなのせいぜい10分の1、2000ポイントで十分だよ~。気持ち悪~い」
「そりゃないぜ狐坂ちゃん~~~!!!…やべ、ちょっと興奮してきたわ」
「…気持ち悪~い」
ガチで気持ち悪い(3回目)。
斜め後ろで綾小路くんが何とも言えない表情を浮かべている。
「もういっそ1万ポイントでいいから!」
「2000」
「…8000!」
「…仕方ないな~。5000ポイント。山内くんだけ、だよ?これ以上は譲れないな~他あたってね~」
「了解了解!!!ハイ、これ俺の番号!狐坂ちゃん早く送金して!」
3万5000ポイントするゲーム機をなぜか5000ポイントで譲ってくれた。
山内くんには色々言ったものの、これは最新モデルでほぼ未使用だし、ケヤキモールの買取専門店に行けば1万以上で買い取ってくれそうな代物だ。が、何も言わない。
いつの時代も無知と情弱は罪。正しい判断が出来ない者は搾取され続ける運命なのだ。言われた通りに5000ポイントを送金し、ゲーム機を受け取る。ラッキー。浮いたポイントで新しいソフト買っちゃおう。
『1年Dクラスの綾小路くん。狐坂さん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』
穏やかな効果音の後、そんな無機質な案内が教室に響いた。
後ろで話していた櫛田ちゃんと綾小路くんが反応する。
「先生からの呼び出しみたいだね」
「だな。悪い、櫛田。ちょっと行ってくる…えっと、」
「綾小路くん、せっかくだし一緒に行こっか~」
「!あぁ、そうだな」
一々反応が可愛いんだよな、彼。
一緒に職員室の扉を開くが、茶柱先生の姿は見えず。仕方がないので、近くにいた美人の先生――Bクラスの星之宮知恵先生に茶柱先生の所在を聞く。その流れで星之宮先生と(主に綾小路くんが)雑談をする流れになった。学生ノリに近い、フレンドリーな先生だ。
「ねえねえ、2人は付き合ってるの?美男美女で、すっごいお似合いじゃなーい?」
「いえ、あの…、狐坂に悪いッスから」
「え~?そっちの彼女は狐坂さんって言うんだ?こんな可愛い子が近くにいたら好きになっちゃうでしょ?」
「星之宮先生~。綾小路くんには他に本命がいるのであまりいじめないであげてくださ~い」
「ちょ、狐坂…」
「えぇ~!?二股は良くないぞ~少年。つんつんっと」
「何やってるんだ、星之宮」
茶柱先生が現れ、その場は収まる。その後何やら不穏な、ビリビリとした気配がぶつかり合った。私たちの与り知らぬ範疇のため詳細は分からない。
星之宮先生が薄ピンク色の髪をした可愛い女の子に声を掛けられたところでようやく一段落した。私たち2人は茶柱先生に指導室へ案内される。またここかい。
そして余計なことはするな、物音を立てるな、破ったら退学にするぞ…と、椚ヶ丘元理事長も真っ青の脅迫をし、給湯室のドアが閉められた。
「…2人っきりだね、綾小路くん」
私は綾小路くんの耳元で甘く囁いた。
「こ、狐坂。近い…」
「……綾小路くんは、わたしのこと、きらい…?」
目を潤ませる。右手で綾小路くんの制服のネクタイを、左手で彼の手首をそっと掴んだ。
「え、いや、そんなことは一言も言ってないぞ――その、オレはただ、クラスメイトとしてだな…」
彼は私の突然の行動に目を泳がせ、慌てふためいた。
――と、ほんの少しからかってみたが、綾小路くんは口で言うほど内心焦っていない。脈は至って正常の範囲内で、体温の目立った上昇も無し。なのに表面上では動揺した様子を見せている。
思えば先月のプールの時間も、帰宅部と自称する割には身体がとんでもなく鍛え上げられていておかしかったんだよなぁ。彼には何かがあると、私のサイドエフェクトがそう言っている。
「まあ入ってくれ。それで、私に話とは何だ?堀北」
程なくして指導室のドアが開く音が聞こえたため、綾小路くんから手を放す。からかってごめんね。小さく謝る。
客人は堀北さん。会話の内容を簡単にまとめると、Dクラスへの配属ミスを訴えていた。へー、入試で同率4位なんだ。やっぱ頭良いなぁ。
茶柱先生は卒業までにAクラスへと上がれる可能性が残されている、と主張するが現状厳しい。堀北さんも苦言を呈している。Aクラスを率いるであろう有栖は超優秀で、Aクラスの生徒も軒並み優秀だろうからね。
ギッと椅子を引く音が聞こえた。話し合いは終わったらしい。
「あぁそうだった。もう2人指導室に呼んでいたんだった。おまえにも関係のある人物だぞ」
「関係のある人物…?まさか…兄さ――」
「出て来い綾小路、狐坂」
この流れで呼ぶんかい!
「…綾小路くん、お先にどうぞ~」
「いや、ここは狐坂から…」
「出てこないと両者退学にするぞ」
椚ヶ丘元理事長も真っ青の権力を振りかざし、私たち2人を土俵に引きずり出した。堀北さん、ごめんなさい。茶柱先生は背を向けかける堀北さんを『Aクラスに上がるためのヒント』という餌で釣り出す。
「手短にお願いします」
「狐坂。お前はDクラスでありながら、入試成績は学年トップだ。5科目総合
堀北さんの表情がこわばる。
498点か。昔から海外の人とオンラインゲームをよく遊んでいるのもあって、どうもスラングが抜けない癖があるんだよね。極力気を付けているけれど、私にとっては当たり前すぎて最早見分けが難しい。
「…狐坂さんの頭が良いのは先日の小テストで存じています」
「狐坂は元から天才なワケじゃない。事実、中学の頃は『落ちこぼれクラス』に居たぞ?ちょうど今みたいなどん底から這い上がってきたんだ」
越権行為です茶柱先生。2人は口が堅そうとはいえ、個人情報を他の生徒の前で晒すのはどうかと思います。
「そして…お前は面白い生徒だな、綾小路」
次なる矛先は隣の綾小路くんに向かう。クリップボードから入試問題の解答用紙がゆっくりと並べられていく。
…ちょっと待ってほしい。理解が追い付かない――
「国語50点、数学50点、英語50点、社会50点、理科50点…おまけに今回の小テストの結果も50点。これが意味するものが分かるか?」
「リ、リアル宮永咲…」
「みやなが…?偶然って怖いッスね」
偶然と主張するが、解答用紙はその言葉が偽りだと如実に物語っている。学年正答率3%の証明式を完璧に解いたかと思えば、76%は間違える。偶然にしては酷すぎます!
――いや、どういうこと?ただ満点を取るよりも明らかに異常で異質だ。一種の恐怖すら感じる。
入試問題は小テストと違って配点の記載がない。つまり、綾小路くんは
私はあの時自分が抱いた違和感が正しかったことを
綾小路清隆は何らかの事情で高い能力を隠し、冴えない生徒を演じている。
その何らかの事情がただの気まぐれなお遊びなのか、内面に深く根差したものなのか、はたまた家庭の事情によるものなのかは分からない。
ただ私は、この1か月同じクラスで過ごして、彼が悪意のある人間だとは到底思えなかった。
本人が能力を隠して学校生活を送ることが望みならば、それを他人の私がとやかく指図はできないし、したくはないと思った。
唯一私にできるのは、
(……でも能力を隠したいなら普通もっと上手くやるよね。頭の良い人が考えることは全く分かんないや…。)