エレベーターに乗り込み、いつもとは違う下の階層へ向かう。目的の階に到着し、足を踏み出す。エレベーターホールを後にすると、見知らぬ男子生徒が私をガン見していた。…できれば人に見られずに移動したかったのだが、見られたものは仕方ない。
ポーカーフェイスを保ち、目的の人物の部屋を探す。無事に見つけ、備え付けられたチャイムを押した。すぐに目的の人物がドアを開ける。
「狐坂さん!こんな時間に呼び出してごめんね。どうぞ入って」
「こんばんは~平田くん。夜ごはん食べたあとで暇だったから大丈夫だよ~。これおみやげのプリン」
「いいのかい?わざわざありがとう」
目的の人物は、我がDクラスの中心人物・平田くんだった。
それにしても、同じ寮なのに男子の居住階ってだけで全く違う場所に見えるから不思議。緊張した。人に見られたくない時に限って見られるし…
「けーちゃん怒らない?
「軽井沢さんに対してやましいことはないから大丈夫。それに、会う相手が狐坂さんなら軽井沢さんも怒らないよ」
「ふ~ん?わたしは責任負わないから、もしなにかあったら平田くん一人で怒られてね~。修羅場はヤだよ~」
「ははは。了解です」
笑った平田くんは冷蔵庫からみかん煮オレを取り出し、私の前へ差し出した。これは、期間限定のまだ飲んでない新作…!!「狐坂さん好きかと思って」?気遣いがイケメンすぎる、惚れそう(惚れない)。
「…で、わたしに相談ってなにかな~?」
プリンとみかん煮オレを併せ食べながら私は切り出した。
「実は、明日から参加者を募ってクラスで勉強会を開こうと考えているんだ。負担を増やすことになるけれど、狐坂さんにも是非協力してほしい」
「勉強会?この前の話し合いで決まったの~?」
「いや、まだ提案する前段階なんだ。この前のテスト成績上位数人にも協力を頼む予定だよ。赤点でクラスメイトが退学になるのは避けたいから」
真っ直ぐに私の目を見つめる。ここまで他人に一生懸命になれる人は珍しい。どこまでもお人好しで良い人だ。磯貝くんのように、『この人に付いて行きたい』と思わせる力が彼にはある。
…勉強も運動もできて協調性も高く、求心力も備えているのに何でこの人Dクラスなんだろう。
「もちろんいいよ~。わたしにできることなら協力するね~」
「!本当かい、ありがとう、狐坂さん。助かるよ」
平田くんの表情がパッと明るくなる。うーん顔が良い。
「明日の17時から教室で毎日2時間行うつもりなんだけど、どうかな」
「いいと思うよ~。赤点組に参加強制はするの~?」
「…できれば参加してほしいと思っているけれど、強制は難しいと思う。あくまでも有志の集まりだからね」
「だよね~。…肝心の須藤くんたちは参加してくれるかな~…?」
平田くんの表情が曇る。さっきよりこっちの
「難しいだろうね。彼らは僕のことを嫌ってるから」
「…そんなことないよ~」
「別に僕のことはいくら嫌っていても良いんだ。クラスから退学者が出なければそれで」
どこまでもお人好しだ。ここまで言われて協力しないなんて選択肢は有り得ないだろう。
「そっか。平田くんの思い、クラスの皆に伝わると良いね。私も勉強会で使えそうなプリント作るから、一緒に頑張ろう」
「…本当にありがとう、狐坂さん」
「気にしないで~。…平田くんの頼みだからね。がんばっちゃうよ~」
今日はゲーム我慢してプリント作りだ。急造なのでクオリティは期待しないでね!
「それと…ごめんね」
「?」
平田くんが急に謝罪をする。
話の流れから内容を考えるも何の件か分からず、首を傾げる。
「入学して数日、狐坂さんがクラスメイトの授業態度について少し改めた方が良いかもしれないと忠告してくれていただろう?なのに、僕は――」
「ちょっと待って。それこそ平田くんのせいじゃないよ」
確かに私はSシステムに早々勘付いた。平田くんを介してそれとなく伝達しようとしたのも事実。だが、伝えた内容は個人的な憶測は外した上にかなり遠回しなものだ。どれだけ平田くんが上手く伝えても、Dクラスが変わったとは考えづらい。
そう言っても、平田くんが首を縦に振ることはない。
「僕が狐坂さんの言うことをちゃんと聞いていれば、クラスポイントは0にならなかったんだ」
「…それは思いあがりだよ~。どうやっても結果は変わらない。わたしはただ、普通に授業を受けたかったから平田くんに頼んでそれを伝えてもらっただけ」
「――僕が、僕さえ上手くやれていれば、、、」
「…ひ、平田くん?」
何やら様子がおかしい。先程まで真っ直ぐだった目は虚ろになっている。
両肩を掴んで無理矢理目線を合わせるといつも通りの彼に戻ったが、らしくないなと思った。
翌日の昼休み。昨日の打ち合わせ通り、平田くんはクラスの皆に勉強会の件を切り出した。
大半の生徒は好意的で、女子なんてほとんど参加しそうだ。数人の赤点生徒もすぐに平田くんの下へ向かう。
が、肝心の須藤くん・池くん・山内くんは来なかった。池くんと山内くんは私が関わっていると聞き迷っていたが、須藤くんに折り合いが悪いと思ったのか駆け付けることはなかった。意外と義理堅い。
平田くんは少し不安げな表情をしていたが、私は大丈夫だと思っていた。
堀北さんがDクラスからの下克上を果たそうと動き出したからだ。
現に今も、珍しく教室に堀北さんと綾小路くんの姿はない。
そっちは任せて、私は平田くんに頼まれた方に集中しよう。
平田くんと協賛した勉強会は順調だった。作成したプリントは学力底上げ目的でそれなりに役に立ち、多くのクラスメイトに感謝された。
ただ、問題はもう片方の勉強会。堀北さんと綾小路くんは櫛田ちゃんに協力を要請したが、厳しそうで。勉強嫌いの3人を机へ向かわせるのはかなり骨が折れるようだ。
私はというと、高1の範囲は中学の頃網羅してしまっているため、勉強会の2時間しかテスト勉強は行っていない。事実、今はテスト前の昼休みだが図書館で呑気に本を読んでいる。
けーちゃんや千秋、ねねっちは教室で平田くんと勉強中だ。偉い!…尤も、千秋は普通に賢いから足並み揃えて勉強しなくても問題なさそうではある。
「『The Great Gatsby』――『華麗なるギャツビー』の洋書版ですか。フィッツジェラルドの中でも圧倒的な知名度を誇る作品ですね」
声の聞こえる方へ顔を向けると、ふわふわとした髪を下した可愛い女の子が立っていた。
「…えっと~」
「失礼しました。初めまして、1年Cクラスの椎名ひよりと申します」
「はじめまして、Dクラスの狐坂小鞠です~」
「Cクラスに小説を好む人がいなくて、つい話しかけてしまいました。突然申し訳ありません。…後、テスト前に読書目的で図書館を訪れる人は珍しいですので」
椎名さんは少し目を伏せた。その気持ちはとてもよく分かります。
「気にしないで~。本は…気分転換みたいなものかな?それに、フィッツジェラルドは文学的な表現が多くて勉強になるからね~」
「古典的な言い回しが多いですよね。それ故、原文で読むのはかなり難度が高いです」
しばらく椎名さん…ひよりんと本の話で盛り上がる。私自身そこまで本に詳しい訳ではないが、ひよりんの知識量は豊富で聞いていて楽しい。もっと読書がしたくなるなぁ。すぐに意気投合し、連絡先も交換した。
「――減るポイントなんて持ってねーんだよ!」
突如聞き覚えのある声が図書館に響く。…須藤くんやんけ。
須藤くんと対立している生徒の一人はCクラスだったらしく、ひよりんと一緒に駆け付ける。
図書館にいるDクラスメンバーは堀北さん、綾小路くん、櫛田ちゃん、池くん、山内くん、須藤くん。どうやら例の勉強会を行っていたようだ。トラブルが尽きないな~
「はい、ストップストップ!」
図書館で勉強していたと思われる、ストロベリーブロンドの可愛い女の子が止めに入る。確か、綾小路くんと職員室に行った時に見かけた。星之宮先生と話していたBクラスの…
「わ、悪い。そんなつもりはないんだよ、一之瀬」
一之瀬さん。正義感が強いのに全く嫌味な感じはしないのがすごいな。彼女は燦然と仲裁をこなし、この場を収め、颯爽と去っていった。圧倒的強キャラ感。かっけー…
「狐坂さん。ちょっとあなたに確認したいのだけれど、私たちが茶柱先生から聞いたテスト範囲はここよね?」
私の姿を目にした堀北さんが、自身でメモしたテスト範囲を私に見せてくる。
「んーと、…そうだね~、同じみたいだよ~」
スマホを取り出し、起動させた手帳アプリを見ながら言った。私と堀北さんのメモと一致している。ただ、場の空気はどこか不穏だ。
一連の流れを見ていたひよりんが口を開く。
「口を挟むようで恐縮ですが、そちらの範囲は
「な―――!?」
茶柱先生~!
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