オーバーロード~妖精國の女王~ 作:ル・フェ
北欧神話を題材としたDMMO-RPG「ユグドラシル」はその自由度の高さで人気を博し、十二年も続く大人気オンラインゲームであった。
過去形であるのは単純に、既にその栄光は過去のものであるからだ。
ユグドラシルの売りである二千以上の職業とプレイヤーの外装を自由にいじれる仕様、人間やエルフなどの人間種と獣人などの亜人種だけでなくモンスターとされる異形種も選択してプレイできるという画期的なシステム。それらが新規プレイヤーにとって足かせになり始めたのはいつ頃からだっただろうか。
多くのプレイヤーがプレイし、数千にも及ぶギルドが存在していたユグドラシルをプレイするプレイヤーは今やごくわずか。
徐々にユグドラシルは時代に取り残されていき、過疎化し、そしてついにサービス終了が決定したのだった。
ヘルヘイム。
北欧神話では冥界に当たる世界の辺境。毒沼に囲まれた巨大な墓場である墳墓。
その地下深く。ユグドラシル最盛期でも知っているものは百人にも満たないその場所に、それは居た。
黒いローブを身にまとった白骨死体。皮も肉も内臓もなく、眼球が入っているべき場所には何もなく、血のような赤い光があるだけの異形。
死んでいるわけではない。かといって生きているわけでもない。
そう、これはアンデッド。死んでいながらも生きている存在だ。
数多くのゲームで
れっきとしたプレイヤーであり、この墳墓───ナザリック地下大墳墓を支配するギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のギルド長。
巨大な円卓に並べられた四十一の椅子の一つに座る彼は、衰退していくユグドラシルに並行するように、単純に飽きただとか、仕事が忙しくなったり、夢を叶えたりとそれぞれの事情で引退していったギルドメンバー。彼らがいつか戻ってくると信じて毎日ログインしてギルド拠点の維持費を稼ぎ続けていた。
もちろん一人でではない。
自分も忙しいであろうに、一度引退をしながらもサービス終了を知ってまた戻ってきてモモンガと共に資金を稼いでくれていたギルメンが彼には居た。それだけでもモモンガにとって嬉しいことだったが、そのギルメンの呼びかけによって多くのギルメンたちがサービス最終日にログインしてくれてた。
「ではまたどこかでお会いしましょう」
そう言って、ログインしていった呼びかけに応えてくれた、恐らく最後であろうギルメンを見送ったモモンガは先程まで埋まっていた椅子を見つめる。多くの言葉を飲み込み、多くの感情を抑え、それらを吐き出すように長く息を吐く。そこではっと思い出し左の隅に座るギルメンに目を向けた。
「気持ちの整理はつきましたか?」
「はい。お待たせしてすみません」
「構いません」
カチャリっと優雅にカップをソーサラーに置いたのは、銀髪の女性。
モルガン・ル・フェ。百年以上前のゲームのキャラらしいその姿は、冬の女王を思わせる。
その姿は美女であるが、その正体は妖精系の異形種。モモンガと同じ魔法職でありながら様々な理由でモモンガとは比べられないほどの魔法の数と火力を持っている。
その手腕に何度助けられたことか。
「それで、どうするのですか?」
「そうですね……玉座の間で終わろうかなと」
「良い考えです。王たるもの玉座で終わりを迎えるべきでしょう」
因みにこの上から目線なのはロールプレイであり、彼女の素の性格は子供っぽいが親しみやすい性格だ。
ははは、と笑いながらそのまま円卓の間から出ていこうとするモモンガをモルガンが呼び止めた。
「何処へ行くのです」
「え、どこって……玉座の間ですよ」
「玉座の間にそのような装いは相応しくありません。王には王の装いというものがあるのですよ」
「……あ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンですか?」
円卓の間に飾られている七つの蛇が絡み合ったような黄金の杖に目をやる。
これはギルド武器と呼ばれるギルドにつき一つしか持てない強力な武器だ。だが実戦で使用されたことは一度もなく、その理由は破壊されればギルドの崩壊───すなわち消滅だからだ。
「本来であればそれはあなたが持っているべきもの。これで最後なのです。持って行きなさい」
モルガンに言われてもなお、モモンガは躊躇してしまうが、立ち上がったモルガンに詰め寄られるとようやく折れてギルド武器を手にしたのだった。
そして満足したモルガンと共にモモンガは円卓の部屋を出て玉座の間へと歩き出す。
このナザリック地下大墳墓は全部で十階層で構成されており、今モモンガたちがいるのは第九階層で、目的地の玉座の間は第十階層の最奥にある。
その道中には多くのメイドが配置されており、階段の前には執事服を着た老人と六人のメイドたちが立っていた。
「このNPCの名前は……」
「セバス・チャンと戦闘メイド
「あぁ、確かそんな名前でしたね」
名前を聞いてすぐに誰がどのNPCを作ったかを思い出して懐かしさ感じたモモンガはモルガンを見てから最後だしと心の中で言い訳をしつつ「王たるもの従者がいないと」と前置きをして命じる。
「付き従え」
本来の役割はここまで来た侵入者を迎撃してギルメン達が来るまでの時間稼ぎをする存在であるが、一度もその機会がなかった彼らに最後の供としての仕事を与えられて彼らも喜んでいるだろう───
「モルガンさん、勝手に人のモノローグを語らないでください」
「おや、少しも思わなかったのですか?」
「……実は少し」
「なら問題ありませんね」
「時間がないので少し急ぎましょうかー!」
話題を変えるべくわざと大声を出しながら早歩きで階段を降りるモモンガの背を見つめながら、モルガンは小さく笑った。
第十階層を通り、玉座の間へたどり着いた二人はセバスたちを跪かせ、玉座の間に配置されていた最上位NPCであるアルベドの設定を眺めていた。
巨大な水晶から切り出したかのような玉座に座るモモンガと魔法で玉座を作り出したモルガンが横に並んでアルベドの限界ギリギリまで詰め込まれた設定にツッコミを入れながら笑い、引き、感心し、引き、懐かしみ、引きまくった。
特に引いたのは最後の一文の『ちなみにビッチである』だ。
「これは流石に……」
「ギャップ萌えとはいえ、これは酷い……ギルド長、即刻変更しなさい。同じ女として許せません」
リアルじゃあんた男でしょうという言葉を飲み込み、本来であればツールが必要な設定の変更をギルド武器の権限を使用して変更を行う。最後の一文を消し、せっかくだからと何か書き込むかと思案したモモンガは思いついた一文を入力した。
『モモンガを愛している』
(視線が、視線が痛い……)
横で見ているモルガンからの凝視に気づかないふりをして設定画面を閉じると、空気を変えねばと何か話題を探そうと顔を上げてまた思い出す。
それぞれにギルメンのマークが刻まれた旗。そのほとんどが
「……たっち・みー」
一つ、一つ。丁寧に指をさしながらそのギルメンの名を呟く。最後の一人の名を呟いて、ほう、と息を吐いた。
「そうだ、楽しかったんだ」
モモンガの呟きは心の底からの本心であり、今までの十二年間のユグドラシルに対する想いの全てだった。
楽しかったんだ───と。
「二千年もの支配が終わり、新たな国を仲間たちと共にここに創ろうとしたが失敗に終わった。……ですが、不思議と満足しています。悪くない。悪くない日々でした」
「モルガンさん……」
「何を呆けているのです。お前は私を差し置いて王となったのです。最後まで王として居なさい」
慰めて……いや、発破をかけているのだと悟り、モモンガはぐっと唇を噛みスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで床を叩いてそれに応える。
「その通りだ、我が友よ。私は王。このナザリックを支配する者。例え世界が終わろうと、アインズ・ウール・ゴウンは永遠に不滅! 最期の時まで私は王としてあり続けよう!」
気づけば残り時間は三十秒もない。どうせならとモモンガは立ち上がってラスボスよろしく、両手を広げて叫ぶ。
「我が名はモモンガ! ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の長にして死の支配者! 我が配下たちよ、我が友よ。共に祈ろう。我らの栄光を。我らの不滅を!」
「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」」
同時に日付が変わり、ユグドラシルはサービスを終了した。
それに伴って視界は真っ黒に染まり、そのまま強制ログアウトが行われる。視界に色が戻った時には既に見知った我が家────であるはずだった。
何も変化はない。
日付が変わると同時に消え去るはずであった光景は、日付が替わってもなお有り続けている。
「サーバーダウンが延期になった……?」
「コンソールが出ない。GMコールも駄目。強制終了もぉ。どうなってるのぉ……?」
後半に泣きそうな声で告げてきたのは間違いなくモルガン。見ればちょっと涙目になっている彼女も困惑しているようだ。
「どうなっている……?」
モモンガも困惑の声を上げた時、さらに困惑する出来事が起きていた。
「いかがなさいましたか、モモンガ様。モルガン・ル・フェ様……?」
(
どれほど技術が進んでいようともNPCをしゃべさせることなど今の技術では不可能だ。もし誰かが仕込んだのであれば、ちゃんとお披露目されているはずだがモモンガは全く知らない。つまり、これは完全なるイレギュラーであり、絶対にありえないことなのだ。
「貴様は何も変化を感じていないのか?」
「も、申し訳ございません。私の方では何も感知しておりません」
(会話している……それに口も動いている!?)
表情は固定。これはプレイヤーもNPCも共通しており、口が動くなどユグドラシルではありえないことだ。なのにそれが実現しているということはありえないことではあるが……。
「そうか。ではセバス」
「はっ」
「プレアデスの……そうだな、ソリュシャンを連れてナザリックの周囲1km程を捜索。知的生命体がいれば平和的に交渉し、ナザリックへ連れて来よ。戦闘に入った場合はソリュシャンを撤退させ、貴様は足止めに徹せ。残りは第九階層へ上り侵入者を警戒せよ。行け」
「畏まりました」
モルガンの命令に従い、一礼をしてからセバスたちは玉座の間を去っていくのを見送り、モモンガは凄いロールプレイだなぁと感心する。同時に自分ではこうもいかないなとも思う。
「私はいかがいたしましょう」
「ふむ……モモンガ、お前はどうするべきだと思う?」
「え、あー……では、第四、第八階層守護者を除く全ての階層守護者たちを第六階層の円形闘技場へ集めよ。モルガンと話したいことがあるので、二時間後までとする」
「畏まりました」
セバスたちと同じように命令を受けて玉座の間を後にするアルベドを見送り、モモンガとモルガンは十数秒ほど無言でいたが突然脱力して力なく玉座に身を預けたのだった。
「うぇぇぇぇっモモンガさん、何が起こってるか分かるぅ?」
「昔人気だったジャンルの……ほら、ゲームキャラの姿で異世界転移したっていう話。それが起きてるんじゃないのかなーっていう推測くらいしか出来てませんよ」
「私も同じ感じ……本当に異世界転移だと思う?」
「そうですね……これがゲームの続きなのか、それとも本当に異世界転移なのかを確かめる方法がありますよ」
「あー、やっちゃう? モモンガさん消えちゃうかもだけど、やっちゃう?」
「それしか方法はないかと」
「んじゃぁ、はい」
モモンガが覚悟を決める前に、それは突き出された。
前にも言ったがモルガンは美女の
そんな女性の豊かな胸が
こんな状況でありながらも生唾モノの光景でモモンガは少し緊張しながらも禁断の果実へと手を伸ばした。
「い、行きますよ」
「ばっちこーい」
フニュリッ バシィッ!
「ネガティブタッチ!」
「さーせんっ!」
胸に触れると同時に手を叩かれたモモンガは、触れた相手にダメージを与えるパッシブスキルが切れていないことに気付いたモルガンに大慌てで土下座する。そしてそのままの体勢でネガティブタッチを推測で切ってモルガンからの許しを待つ。
「はい、立って立って」
「了解です」
促されて立ち上がったモモンガだが本来であれば垢BANされても文句のない十八禁行為をしたというのに、強制終了も警告も出ないことに大きなため息をついた。
これで異世界転移が確定したわけだからだ。
「どうやら異世界転移確定みたいです」
「マジかぁ。うーん、そうなるととりあえず内部掌握とこの世界の平均的強さを早急に調べないといけないか。周辺調査はセバスに頼んだし……後は強者とか?」
「そうですね。でもまずはちゃんとスキル……は使えるみたいですけど、魔法が使えるかどうかは調べないと。いざという時に戦えませんじゃやばいでしょう」
「確かに一理ある。ここで軽くやっちゃう?」
「じゃあ攻撃魔法は無しで、強化魔法でもやりますか」
「そうしようそうしよう」
まずは強化魔法を試し、その後は防御魔法やスキルなどの使用可能及び仕様変更等を調べ、今後ことを話し合い、気づけば二時間近く経っていたためにモモンガとモルガンは少し慌てて嵌めている指輪の一つの力を解放する。
この指輪の名はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ナザリック地下大墳墓内であれば、一部を除きどこにでも無制限に転移出来るというギルメン専用の装備だ。その力を使って第六階層へと転移する。
転移した先は薄暗い通路。その向こうには格子戸があり、そこから人工的な光が漏れてきている。
(とりあえずは成功だな)
転移したら壁の中でした、とならなくて良かったとモモンガは独りごちるとモルガンへ目配せをして格子戸へ向かって歩き出す。格子戸は近づくと自動的に持ち上がり、くぐれば中央の空間を囲む何層もの客性が並んだ巨大な闘技場。この闘技場が使われるのはギルメン同士の模擬戦か侵入者を迎え撃つ時くらいなもので、ほとんど使われることはなかった場所だ。
今そこには六つの影があった。
一つは漆黒のボールガウンで身を包んだ銀髪の美少女。
一つはカマキリと蟻を合わせたようなライトブルーな外骨格の異形。
一つは双子の片割れである赤黒い竜王鱗の軽装鎧で身を包んだ金髪に青と緑のオッドアイの
一つは双子の片割れである藍色の竜王鱗の胴鎧にねじれた黒い杖を持った金髪に緑と青のオッドアイのダークエルフ。
一つは銀のプレートで包んだ尻尾を持つ三つ揃えにメガネをかけた男性。
一つは純白のドレスを着た女性───アルベド。
「少し遅れたか」
「いいえ、そのようなことはございません。時間通りでございます」
ナザリック地下大墳墓内で与えられた役職である守護者。ここに集まった守護者は領域と階層の二種類の内、上位である一つないしは複数の階層を任された階層守護者たち。そしてそれら統括する最上位NPCである守護者統括アルベドだ。
「では皆、至高の御方々に忠誠の儀を」
一斉に守護者全員が跪き、アルベドを前に置いた隊列をなす。
まずは第一~第三階層守護者である銀髪の美少女シャルティア・ブラッドフォールン。
次は第五階層守護者のコキュートス。
第六階層守護者の赤黒い竜王鱗の軽装鎧で身を包んだ姉のアウラ・ベラ・フィオーラ。
同じく第六階層守護者で弟のマーレ・ベロ・フィオーレ。
第七階層守護者で三つ揃えにメガネをかけた男性デミウルゴス。
最後に守護者統括アルベド。
六人の一挙手一投足全てにモモンガとモルガンへの敬意と忠誠を感じさせる、そんな忠誠の儀だった。
それを見たアインズは内部掌握をする必要はないと断じ、守護者たちの忠誠を褒め称えると守護者たちの顔に喜びが浮かぶ。そしてナザリックの現状と異変を尋ねてから、いつの間にかモルガンが呼んでいたセバスからの報告により、周囲は草原となっていて別の場所へ転移したのかもしれないという結論を出したモモンガは守護者たちに警戒と隠蔽などの命令を下してからモルガンと共に指輪で転移した。
転移先は円卓。その席に座った二人はゲンドウポーズと呼ばれるポーズを取りながら守護者たちの言葉を反芻する。
「なんか評価凄いですね」
「私って絶対なる天才魔術師だったんだね」
「俺なんて美の結晶ですよ。ってか端倪すべからざるって何?」
「冷酷無慈悲だってさ」
「「はぁ……」」
二人はこれからのことを思い、大きくため息をついたのだった。