伝説を探して
これはメルジーネ海底遺跡を攻略してから四日目の出来事である。世話になっているミュウ&レミア邸の海に面したウッドデッキで、ハジメは一人、辛気臭い溜息を零していた。床には鉱物の類いが散らかっている。
そんなハジメに、傍らにいたメタグロスは心配そうな表情を浮かべていた。エリセンに帰ってから何度か誠司やユエ達とバトルを繰り返したことで、メタングはメタグロスへと進化することが出来た。スーパーコンピュータ並みの頭脳を持つメタグロスがいれば、新たな武器やアーティファクトの創造にも大いに役立つ。実際、設計図の添削を何度もしてもらったことで大まかな設計図は完成した。
現在、新しいアーティファクト、具体的には飛空挺や超長距離転移用ゲートの創造を進めているのだが、割と最初の段階で躓いていた。魔力の扱い、生成魔法や錬成魔法の制御力と言った観点から、現在の技術では創造が不可能に近いことが分かったのだ。試しに何度か試作品を作ろうとしたのだが、上手くいかず、己の未熟に少々の苛立ちを感じていた。
もっとも、それは悩みの半分であり、もう半分の方が溜息の原因であった。その時だった。
「ハジメお姉ちゃ〜ん、お昼ごはんなの〜!!」
「フルフルゥ!」
ざばぁっと海中から飛び上がってきたのは、当の悩みの種たる海人族の幼女、ミュウだった。ハジメの手持ちポケモンで、ミュウと一番仲良しのフローゼルも一緒だ。波飛沫を侍らせたまま、遠慮なくハジメの胸元に飛び込んでくるので、しっかり抱き止めてやる。
「こらこら、ミュウちゃん。びしょ濡れになっちゃうでしょ」
「えへへ、ごめんなさいなの〜」
ミュウを叱ってはいるものの、どこか甘い。だだ甘だ。
「ユエ達は?」
「先に行ってるの。ハジメお姉ちゃんもはやくはやく! ママのごはんが冷めちゃうの!」
「分かった分かった。じゃあ行こうか」
「うん!」
「フルゥ!」
ミュウの手に引かれながら家に戻る最中、先程の溜息の理由ーー旅の再開を、ミュウの別れをどう切り出すべきかーーが、またも胸の中に広がり、眉を八の字にせずにはいられなかった。
賑やかな昼食の一時。レミアが話題として話を振ってきた。
「そういえば皆さん、今日の冒険はどうでした?」
「みゅう〜、なんにもなかったの」
ワイルドに串焼きを食べるミュウが、いかにもがっかりした様子を見せる。連日、ミュウ率いる誠司達冒険者パーティーは、エリセン近郊で冒険者ごっこをしているのだが、今日も今日とて成果はなかったらしい。
「……ん。『エリセン建設時の隠し資金は見つからなかった。残念……」
「小さな洞窟はいくつも見つけたんじゃがなぁ」
「まぁ、そう簡単に見つかりゃ苦労しないわな。今回の冒険は、海底洞窟や鍾乳洞が幻想的で綺麗だったのが一番の収穫だったかな?」
「そう思うしかないですね。でも、これで『エリセン七大伝説』も六つ目。今のところ空振りですね〜」
エリセン七大伝説とは、所謂地方の都市伝説のことだ。今回の隠し資金の他にも、海の亡霊や濃霧の中のゴーストシップ、海賊王の遺産や海底都市、幸福をもたらす人面魚など様々だ。
あくまでも伝説であり、本職であっても何も見つけられていないのだから、空振りは当然。なのだが、冒険者ミュウはいたくご不満の様子だ。ハジメは苦笑いしながらミュウを慰める。
「まぁまぁ、ミュウちゃん。そう気を落とさないで。まだ最後の一つが残ってるでしょ?」
「みゅ。『輝く海の意思』が残ってるの」
七大伝説の中でも最も古く、内容が謎に包まれている伝説が、この輝く海の意思だ。光の海が現れるらしいが、時間や場所は決まっていない。水平線の彼方まで光に溢れ、そこに住む“何か”の姿を目撃した時に、その者の願いが叶うのだという。
「改めて聞くとロマンチックですよね、その伝説」
「うーむ。願いを叶えるポケモンならジラーチというポケモンがいるが、あれは海中にいるポケモンではなかったと思うし……」
シアがどこかうっとりした表情でそう呟き、誠司は唸りながらその伝説のことを考察している。そんな二人をよそに、ハジメはある提案をした。
「そうだ。午前中は一緒に行けなかったけど、午後からは大丈夫だし、最後の冒険は思い切って、夜の海に泊まりがけで行ってみるのはどうかな? 船はレンタルしてさ」
「……みゅ! お泊まりで冒険! 行きたいの!」
一瞬、何かを我慢するみたいに眉をきゅっと寄せつつも、すぐに満面の笑みを浮かべて賛同するミュウ。レミアが愛しそうに目を細めて娘の頭を撫でる。
「レミアさんも良ければどうですか?」
「うふふ、是非お願いします。でも、船のレンタルでお金の方は……?」
「僕達は大丈夫ですよ。これでも色々と稼いでいますから」
金ランク冒険者ともなると、依頼で得られる報酬もかなりのものだ。誠司達は全員豪遊するタイプでもなかったので、蓄えも相当ある。船のレンタル代くらい問題なかった。誠司達もハジメの案に反対はないようで、午後の予定が決まった。後は、この後の冒険に備えて腹ごしらえに精を出すだけだった。
その夜、どよりとした雲が無数に浮かぶ夜空の下で、緩やかに海を進む影があった。誠司達だ。
レンタルした船は大きなクルーザーだ。大きめな魔石をふんだんに使った特別製で、貴族の嗜みとして用いられることから船内の設備も充実しており、快適な海上の旅が楽しめるものだった。船専門のレンタル店でレミアやミュウも乗ることを伝えたら、何故かこの最高級の船を格安でレンタルすることが出来たのだ。ただ、レンタルする際に、店主や店員達から「レミアとミュウに何かあったらただじゃ済まさねえぞ」と凄まれたが。
甲板の上でバーベキューパーティーをしながら、誠司がぼやく。
「雨じゃなかったのは良かったが、雲が無ければ満天の星空で文句なしだったんだがなぁ」
「キュウコンの“ひでり”じゃダメなの?」
「“ひでり”の特性や“にほんばれ”は天気を晴れにする……というより、日差しを強くする技だからな。実際試したけど効果はなかったし」
「……ん、吹き飛ばす?」
「それは、少し物騒じゃないですか?」
ユエの物騒な提案に全員苦笑いだ。勿論却下だ。
その後も色々な話をして盛り上がる。
「なんていうか、レミアさんとミュウちゃんって町の人達から愛されてるよね……」
「本当にな。この船だって、レミアさん達が乗るって知ったら格安で貸してくれたし。まぁ色々凄まれたが……」
「そういえば、エリセンに来てからしばらくは誠司さんへの嫉妬の念が渦巻いてましたもんねぇ。レミアさん、私と同じ亜人族ですのに、人間族の殿方からもモテモテですし」
「……ん。レミアは魔性の女」
「あ、あの、ユエさん? その言葉は少し語弊が…… お仕事柄、いろいろな人と接する機会が多いだけで……」
ユエのジト目に、珍しく物凄く困った表情になるレミア。
ちなみに、レミアの仕事は王国から派遣された町長達人間族側の役人達と、海人族側との調整役などを行うことだったりする。そういう部署のメンバーの一人で、パートくらいの立場なのだが、彼女の穏やかな雰囲気や言動は、人間族と海人族の種族間の衝突を和らげる最高の緩衝材かつ癒やしとなっている。仕事だけでなく、夫婦喧嘩のような家庭内紛争の仲裁にまで呼ばれてしまうくらい、レミアはエリセン住民から信頼と慈愛を向けられているのだ。
(それにしても、こんなレミアさんを射止めた旦那さんって一体どんな人だったんだろうか……)
そんなことを思いながら、誠司は焼き上がった肉を頬張る。そういう訳で、食事兼探索はなんとも穏やかに進んでいった。
それから数時間。そろそろ深夜に差し掛かる頃合い。既に船はメルジーネ海底遺跡があった月影島を通り過ぎて、更に北西へ進んだ大海原のど真ん中だ。甲板で適当にくつろぎつつ周囲を探索するが、不可思議な現象は未だに起こらなかった。
良い子の寝る時間はとうに過ぎており、ミュウの目蓋が自然と重くなる。
「ミュウちゃん、そろそろ寝た方が……」
「やっ、なの」
ハジメの呼びかけにも、突っぱねるミュウ。レミアやユエもそれとなく、寝るよう声を掛けるが、頑として頷こうとしない。
「何かあったら直ぐに起こしてあげるから、寝ろよ」
「それじゃあダメなの」
誠司が言うも、ミュウはそれでも頷かない。伝説発見の意気込みにしては、少々頑なに過ぎる気がしないでもないミュウに、誠司達は困惑する。ハジメがミュウに尋ねる。
「ねぇ、ミュウちゃん。何がダメなの?」
「……眠ったら、朝が来ちゃうの」
「…………」
「最後の冒険、直ぐに終わっちゃうの」
『…………』
甲板の上で膝を抱えて、月明かりだけの暗い夜をジッと見つめ続けるミュウの横顔は、気がつけば、冒険のワクワクではなく、何かを繋ぎ止めようとする必死さが浮かんでいるように見えた。
最後の冒険、それは単に最後の伝説という意味だけではなく、ミュウにとっては別の意味を含んでいるようだ。それを察せないハジメではない。何故ならそれは、ハジメが連日頭を悩ませていることと同じなのだから。いや、ハジメだけではない。誠司も、ユエも、シアも、ティオも、そしてポケモン達も同じだった。ミュウを見つめながら、どう言葉をかけるべきか思い悩んでいる。
「ミュウちゃん」
ミュウはビクッと震えた。ハジメの声色から何か察したのか、恐る恐るといった様子で顔を見上げる。同時に、拒否するみたいに瞳を潤ませ始めた。だが、ハジメはミュウを優しく抱っこして膝の上に乗せ、遥か海へ視線を向けた。
「綺麗だよね、海」
「みゅ?」
「ほら、月明かりが反射しててさ。雲も海もキラキラしてるでしょ?」
「……綺麗なの」
中天に昇った月が、少しまばらになった雲を幻想的に照らし、あるいは雲の隙間から月光の梯子を降ろして大海原を彩っている。
「こんな綺麗な海、僕や誠司が住んでた所では見たことがないよ」
「そうなの?」
ミュウが意外そうな表情でハジメを見上げる。続いて誠司にも視線を向けるとハジメの言葉に同意するかのように大きく頷いている。
海に産まれ、海で育ったミュウにとっては見慣れた光景なのかもしれないが、地球でただの高校生がこういった光景を見ることは滅多にないだろう。
「ミュウちゃんが冒険に誘ってくれなかったら、こんな景色は見ることが出来なかったよ。ありがとう」
「……えへへ」
モジモジとミュウが照れている。
「僕は一生、この景色を、今日の冒険を忘れないよ」
「……」
再び、ミュウの表情は硬くなった。言葉に含まれた意味を察してしまったからだ。ミュウが次に何を言うか、ハジメは少し待った。どんな言葉であれ、受け止めてやりたかったから。
だが、ミュウは何も言わなかった。ただただ、堪えている。静かな、胸が締め付けられるような切ない時間が流れた。ハジメは大きく息を吐く。己の気持ちを整理するかのように。
その瞬間。
「っ!? なんだ!?」
ぞくりっと総毛立つような強大な気配に、全員が一瞬硬直する。
「あっ! 空が!」
シアの声に視線を上げれば、空が急速に閉じていく光景が……いや、そう錯覚するほどに急速に雲が溢れ出したのだ。月が呑み込まれるようにして消えていく。霧も現れ始める。誠司の『魔獣図鑑』の技能が反応し、それが“しろいきり”と“ミストフィールド”の合わせ技であることが分かった。
「ミュウちゃんもレミアさんも、僕達から離れないで」
ミュウとレミアが不安に瞳を揺らしつつも、しっかり頷く。誠司とユエがヤミカラスとフクスローに指示を飛ばす。
「ヤミカラス、“きりばらい”!」
「……フクスロー、あなたも“きりばらい”」
「ヤミカァ!」
「フールゥ!」
ヤミカラスとフクスローが同時に、“きりばらい”を放つが、霧の範囲が広すぎて全然効果がない。
「どこかに原因のポケモンがいるはずなのに……」
「誠司よ、見よ。来るぞ」
ティオの硬い声音。目の前には黄金の眼があった。全員がそちらに注目した直後、それは姿を見せた。ハジメが掠れた声を漏らす。
「な、何……あれ……?」
霧の向こうを横切る巨大な影。鯨のような、シャチのような形をしている。数十メートルは超える巨体のはずなのに、波音も、風も、濃霧さえ乱れない。そもそも存在しているのかさえも怪しい。『魔獣図鑑』が反応していないからだ。
「……何かこれに心当たりはあるか、ティオ」
「すまぬな、妾の知識にも、これはない。ホエルオーとも違うようじゃ……」
博識かつ考察力に優れるティオも、僅かに冷や汗を掻きつつ首を振る。と、その瞬間、船が大きく揺れる。海面を見ると、さっきまで穏やかだったはずの海が突然牙を剥いて、恐ろしい程急速かつ強力な海流が発生し、影の元へ引き寄せるかのように霧が竜巻のように渦巻き始めた。
「このまま海底にでも引き込む気かのぅ」
「……変な感覚だけど、海と濃霧全体から何か特殊な魔力みたいなのを感じる」
「ハジメさん、誠司さん。一応、死ぬような未来は視えませんでしたよ!」
「ユエ、悪いけど空間魔法で脱出を……」
「ォォオオオオオオンッ!」
影が咆哮する。ただの唸り声ではない。もっと澄んだ、管楽器の奏でる音色のような鳴き声だ。同時に、誠司達の身体に光が纏わり付き、意識が一瞬で霞む。それにより、ユエは空間魔法の発動が遅れてしまう。
「皆! 離れるなよ!」
最早脱出の猶予はない。誠司が怒鳴ると、ミュウとレミアを中心に、全員が抱き合うように固まった。その直後、船は一気に海底へと落ちていった。誠司達の意識と一緒に。
少し離れた場所に、そんな誠司達を見つめるポケモンがいた。紫色の大きな殻を持つ、そのポケモンは気だるげな様子でそれを眺めながら、ポツリと呟いた。
「……レヒ」
マジでレミアを射止めた旦那さんはどんな人だったんだろうか……
原作でも為人とか全然書かれてないし……