魔獣使いと錬成師が合わされば世界最強   作:マロニエ19号

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母親

「うぅ、ここは……?」

頭をふるふると振って、レミアが目を覚ました時、そこには誰もいなかった。意識を失う前、確かに抱き締めていたはずの娘さえも。そのことに気付くや否や、血の気の引く音を自覚する余裕もなく跳ね起きた。

 

「ミュウ! ミュウどこなの!? 返事をして! ママはここよ!」

 

レミアの絶叫のような呼び掛けが木霊するが、返事は返ってこない。ミュウは愚か、誠司達の姿もなかった。

 

猛烈な不安が込み上げた。まるで心の奥底に氷塊を投げ込まれたようで、手足の先から凍えていくような気さえする。二度と離れないと誓ったはずの娘が傍にいない。それは、レミアにとって決して許容できないことだった。娘がまた辛い目に遭っているのではないかと思うと、胸が張り裂けそうになる。

 

「……大丈夫。大丈夫よ。それに、誠司さん達やポケモンさん達だっているわ。だから、きっと大丈夫」

 

しっかりしなさいっと、己を叱咤する。焦燥と悲観に囚われかけたレミアの瞳が、光を取り戻す。一度、深呼吸すれば幾分か落ち着きも取り戻した。

 

再び周囲をゆっくりと見回すと、視界にはひび割れた石畳の道と半ば崩れた建物の壁が映った。どうやら、どこぞの町の裏路地辺りにでも放り出されたようだ。

 

ミュウを探さないとと、レミアは裏路地から抜け出した。出た場所はメインストリートらしく、周囲には見たことのない建物が並んでいる。真っ直ぐ延びた道の一方は果てしなく、地平線が見える程だ。逆方向の先には、目測で三キロくらいの位置に巨大な城と天を衝くような円柱形の塔が見えた。

 

全体像は分からないが、見えている範囲だけでも、相当な技術力を持つ巨大都市だったことが分かる。過去形なのは、どこもかしこも荒れ果て、人の気配がまるで無かったからだ。更に都市全体には黒い霧のようなもので薄らと覆われており、空気そのものが澱んでいるかのようだ。酷く不気味で、まるで人がいてはいけない領域に、足を踏み込んでしまったかのようにも感じる。

 

「ここは、どこなのかしら……?」

 

海底に引き込まれたはずなのにと、わざと疑問を口に出して、まとわりついてくるような不気味さをなんとか誤魔化す。そして、レミアは走り出した。

 

「ミュウ! ママよ! どこにいるの! 返事をして!」

 

何度も何度も呼び掛けながら、周囲に視線を巡らせる。荒れ果てた道には瓦礫や亀裂が無数にあり、しっかりした靴を履く習慣のない海人族にとっては非常に危険な道のりだ。まして、娘を捜して足下などちっとも気にしていない今のレミアには尚更だ。少し経つと案の定…………

 

「ーーーっ」

 

防御力皆無のサンダルは早々に限界を迎え、紐が引き千切れてしまった。もはや、爪先に引っかかっているだけの足枷となってしまったサンダルを、レミアは躊躇いなく脱ぎ捨てた。そのまま構うことなく、裸足で娘を捜し続ける。あっという間に傷だらけになっていくが、足は一瞬も止まらない。

 

ただただ、必死に、世界で一番大切な存在を捜して張り上げた彼女の声は……別の者を呼び寄せてしまったらしい。

 

「え? ……どちら様、でしょうか?」

 

いつの間にか、レミアの前方に人がいた。否、人らしき()()だ。遠目から見れば、黒いローブを頭からすっぽり被った人に見えるのかもしれないが、顔の部分は不自然に暗く、口元すら全く見えない。そのローブらしきものも普通ではない。黒いモヤのようで、それが炎のように揺らめいている。

 

レミアの本能がけたたましく警報を鳴らしていた。あれはいけない。あれとは決して相入れない。今すぐ、全力で逃げるべきだと。

 

けれど、この誰もいないはずのゴーストタウンで初めて遭遇した存在であるが故に、その可能性が彼女の足を止めさせてしまう。娘のことを知っているのではないかという可能性が。レミアはおずおずと、その何かに尋ねる。

 

「あ、あの……小さな女の子を……」

 

見なかったでしょうか? と尋ね切る前に、その何かは両腕(?)をバッと広げたと思うと、レミアに向かって勢い良く飛び込んできた。とても友好的な行動ではない。純粋な殺意によるものだ。

 

レミアは顔面蒼白になって後退り、瓦礫に躓いて尻餅をついた。人の生存本能を塗り潰すような殺意に覆われて、悲鳴すら上げられない。視線も逸らせない。けれど、心の中でだけは……

 

(ミュウを捜さないとっ。母親でしょう! しっかりして! 立ち上がって!)

 

何度も何度も自分を叱咤する。身体は凍り付いたみたいに言うことを聞かないが、諦めることは決してしない。諦められる訳がないのだ。だからこそ、レミアは震えながらも、目の前の化け物に対して、必死に睨みつける。その時だった。聞き覚えのある声が響いた。

 

「ドダイトス、“リーフストーム”」

「ドーダッ!」

 

真横から尖った葉の旋風が、目の前の化け物を吹き飛ばした。「え?」と金縛りが解けたみたいに間抜けな声を漏らすレミア。旋風が起こった方向に視線を向けると、そこには背中の殻に大樹が生えた亀のようなポケモンと紫色の魔女みたいな幽霊ポケモン、そして中西誠司の姿があった。誠司とポケモン達が自分に近付いているのを見て、レミアは目を丸くしながらも叫んだ。

 

「誠司さん! ミュ、ミュウは!?」

「悪いけど、問答は後で。まずはあいつらを何とかするのが先だ」

「っ!?」

 

誠司の言葉に、レミアが誠司が見る方向に目を向けると、息を呑んだ。先程の化け物が再び襲い掛かってきたのだ。しかも、今度は二体の仲間を引き連れて。

 

「「「Gaaaaaaaaaa!!」」」

 

化け物達はどす黒いオーラのようなものを放ちながら、一斉に唸り声を上げた。誠司は義手でレミアの手を掴んで引っ張り上げる。彼女の口から「きゃっ」と小さい悲鳴が漏れる。レミアをドダイトスの背中に乗せると、誠司はドダイトスに指示を飛ばす。

 

「ドダイトス、“いわなだれ”だ」

「ドーーダッ!」

 

ドダイトスが目を光らせると、化け物の頭上に、無数の岩が現れる。そして、岩の雨が化け物達に降り注いだ。だが、化け物達は構わず突き進む。それを見た誠司は傍らに浮かぶムウマージに指示を飛ばす。

 

「ムウマージ、連続で“シャドーボール”」

「ムウ!」

 

ムウマージは素早く、複数の“シャドーボール”を作り出し、岩の雨を抜けた化け物達にぶつけていった。この攻撃には化け物達も効いたようで、堪らずその場から逃げ出して行く。しばらくの間、誠司とドダイトス、ムウマージは周囲を油断なく視線を飛ばしていたが、敵がいなくなったことを確認できたのか、やがて肩の力を抜いた。

 

「すみません、レミアさん。ミュウとはまだ合流出来ていません。最初に見つけたのがあなただったので」

「え? あ……そうですか」

 

先程の話の続きだと、一泊おいて察したレミアが表情に影を落とす。

 

「上空からヤミカラスも捜してもらっていますが、まだ。随分大きい街みたいですし」

 

推測ではあるが、半径だけでも数十キロはあるだろう。地球ならともかく、トータス基準では、一都市としてあり得ない広さだ。

 

こんなことならチルットも連れて行くべきだったと後悔する。ちなみに、誠司は、今回の冒険でトランクを持って来ていない。なので、ポケモンは今の手持ちであるキュウコン・ドダイトス・ムウマージ・ヤミカラス・マホミル・ミロカロスの六体しかいないのだ。無いものねだりをしていても仕方ないと意識を切り替える。

 

その時、ヤミカラスが誠司達に向かって降下してきた。ドダイトスの背中の樹に止まると、ヤミカラスは一息吐いた。誠司が尋ねた。

 

「ヤミカラス、誰か見つけたか?」

「ヤミィ……」

 

ヤミカラスが首を横に振るのを見て、誠司は「そうか」とだけ答える。

 

「それじゃすまないが、次は東の方を探して来てくれないか? 頼む」

「ヤミ……ヤミカッ!」

 

ヤミカラスは、もう少し休みたい気持ちを何とか堪えて気合いを入れ直し、元気に返事をした。

 

「俺達はあそこの城の方に向かっているから、誰か見つけたら、そのことを教えておいてくれ」

「ヤミカァッ!」

 

ヤミカラスが再び、空高く飛んで行ったのを確認すると、誠司はレミアに声を掛けた。

 

「おそらくですけど、あの城がこの廃都の中心になってるみたいです。取り敢えず、あの城を目指して進みましょう」

 

この都市は、城を起点に東西南北に広い直線道路が続いている構図になっているようだ。そのメインストリートのどれかに出れば、ある程度距離があっても中心地が見える。ならば必然、はぐれた者達もそこを目指すはず……という判断だ。ちなみに現在、誠司達がいるのは北側にあたるらしい。途中で見かけた、標識らしきものに掠れた文字でそうあったので間違いない。

 

誠司の判断にレミアも異論はないようで、素直に頷いた。それなら早く進もうと、レミアがドダイトスから降りようとした時、誠司はレミアの足の傷に気がついた。

 

「レミアさん、なんで裸足なんです?」

「走るのに邪魔になったので……」

「……なるほど」

 

どれだけレミアが必死だったのか、誠司は察した。

 

「レミアさん、そのままドダイトスに乗っていてください。ドダイトス、良いか?」

「ドーダ」

「ありがとう。それからムウマージ、彼女に“いやしのすず”を頼む」

「ムウ!」

 

ムウマージの首元から、心地良い音色が流れ始める。その間に誠司は、レミアの傷だらけの足を優しく労わるように手に取った。

 

「せ、誠司さん?」

「まず治療を。魔法は使えないけど、回復薬や応急キットくらいはありますよ」

「私は大丈夫です。それよりもミュウを……」

 

治療を固辞しようとするレミアに、誠司は静かな目を向けた。

 

「いくら再生魔法で回復したからといって、あの子に二回も見せる気ですか?」

「ーーっ」

 

何を、とは問わない。ミュウだって、母親の傷ついた姿を見たくないことは、レミアも分かる。

 

「時間は取らせない。すぐに終わらせます」

「……はい。あの……ありがとうございます」

「いえ」

 

返答は素っ気ないものだが、治療の手は迅速だ。レミアはふと、こんなことを尋ねた。

 

「誠司さんは……怖くないんですか?」

 

誠司の手が一瞬止まる。

 

「あの人がいなくなって……私にはミュウしかいなかった。だから、あの子が攫われた時、絶望に飲み込まれそうになりました。また、あんな思いをするのが……怖いんです」

 

レミアの身体は震えていた。『あの人』というのは、ミュウの父親のことだろう。ミュウが言うには、彼女が生まれる前に亡くなったらしく、それから数年間、レミアは女手一つでミュウを育ててきたのだ。町の人達の助けもあっただろうが、色々不安で押し潰されそうだったはずだ。それでも踏ん張れていたのは、ミュウがいたからだろう。彼女が抱える不安を、誠司が正確に理解することは難しい。だが、これだけは言える。

 

「あの子は大丈夫ですよ」

「……え?」

「あの子は強い。特に、勇気と根性は一級品だ。それに利口です。正直、俺達もこれまで何度も驚かされましたよ」

「それは……」

 

顔を上げたレミアの目を、誠司はジッと見つめる。

 

「子供は成長するものです。子供のことを信じるのも、母親として大事だと思いますよ。……といっても、子供もいない人が言っても説得力ないですけどね」

「誠司さん……」

 

レミアは、少しだけだが、気持ちが楽になったような気がした。ほんの気休めかもしれないが。攫われる前はあんなに甘えん坊だった娘が、しっかりするようになったのは、誠司達の影響もあるのかもしれない。レミアはそう思った。

 

「……そうですね。母親なら、娘のことを信じないと。ありがとうございます、誠司さん」

「いや、どうも。……さて、これで治療も終わったし、早く城の方に向かいましょう。レミアさんはそのままドダイトスに乗っててください」

「は、はい。えっと、すみません、ドダイトスさん」

「ドーダ」

 

気にするなという風に答えるドダイトス。誠司達は街の中心部の廃城に向かって歩みを進めた。




前・中・後編構成にしようと思いましたが、思ってたより長いのでもう少し話数が多くなりそうです。
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