初手はナイズだった。
「ミュウ。どこに行けば良い?」
「あの塔! 要石があるのはあそこなの! ナイズお兄さん!」
「承知した」
阿吽の呼吸でだぁりんが鎖で全員を結びつける。その瞬間、視界が切り替わった。一行はもう塔の上だった。ユエが驚愕の表情を浮かべる間もなく、落下するが、ミレディが咄嗟に重力魔法で全員を浮き上がらせて塔の上へと柔らかく着地させる。
直径十メートル程の円状の屋上には、その中央に一メートル程の石が存在していた。あちこちがひび割れ、今にも壊れそうだ。
「あれなの! あれを直せば、もう一度封印出来るの!」
ミュウがそう言った途端、化け物達が殺到した。キュウコンの“だいもんじ”が命中して防ぐ。オスカーはキュウコンを見て、感心したように言った。
「良いキュウコンだね」
その言葉を聞いて、誠司は内心、「お前の相棒だけどな」と呟く。キュウコンはどこか嬉しそうだ。誠司は仲間に指示を飛ばす。ミレディも同様だ。
「ハジメ、修復を頼む! レミアさんとミュウはハジメの傍に! シアは俺、ユエ、ティオの防衛線を抜けた奴を潰してくれ!」
「オーくん、頼んだよ! メル姉は塔の上から援護! ナッちゃんは反対側をお願い!」
ハジメとオスカーが、要石の前に辿り着く。ミュウとレミアがハジメの傍らに寄り添うと、別の化け物が腕を鎌状に変形して襲い掛かる。
「シャオラアアアアアッですぅ!」
取って付けたような気の抜ける“ですぅ”とは裏腹に、化け物の鎌を弾き返すシア。塔の上にあった柱の一本を折って、それを使ってぶっ飛ばしたのだ。ホルードも自慢の耳を振り回してシアを援護している。
「わおっ、あの子、本当に兎人族!?」
驚きの声を上げつつも、ミレディは塔を猛スピードで駆け上がって来る狼の姿をした化け物達を重力魔法で叩き落とす。ソルロックやルナトーンのサポートがあるとは言え、倒壊寸前の塔に一切の負荷が掛からないように、寧ろダダリンやドダイトスといった重量級のポケモン達がいても大丈夫なように片手間の重力魔法で支えるなんてことまでしている。
(……っ。なんて繊細な魔法。なのに展開速度が尋常じゃないっ)
自他共に認める魔法チートの天才が、生まれて初めて嫉妬する程の魔法技能。だが、敗北感を感じるつもりはさらさら無い。まだまだ未熟だと判断したのなら、今この時に超越すれば良い。この伝説の解放者の技術を見て、分析し、理解し、盗み、反復し、最適化し、実行するだけだ。
(っ、この子、凄い速さで魔法が洗練されてる…… 私から学習して? 少し見ただけで?)
一方でミレディもまた、ユエに対して総毛立っていた。自分達と生きている時代が違うことは何となく理解していた。本来、出会うはずのない、ずっと未来に生きている者達だということも。
これほどの才能を持った、自分をも超えるかもしれない逸材とこれっきりなのかもしれない事実が、ミレディには堪らなく悔しかった。
「名前をっ、教えてくれないかな!」
彼女が何と呼ばれていたのかは、もちろん耳にしている。けれど、ミレディは聞かずにいられなかった。自分と同じ魔法を使い、自分以上の才能を持ち、そして自分と同様に魔獣を愛し愛されている彼女から、直接、名を聞きたかった。
「……ユエ。最後の吸血鬼族。それから……ミレディ・ライセンの魔法を受け継ぐ者」
「っ……そっか。そうなんだね」
気が付けば、ユエとミレディは背中合わせになっていた。この時、ミレディが何を想ったのか、感じ取ったのか、ユエには分からない。けれど、一瞬、ミレディの背中が震えたように感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
「それじゃあ、後継者ちゃん! ミレディ先輩の魔法教室の開催だ! 付いてこられるかな?」
「……ミレディのくせに生意気な。一瞬で追い越して泣きべそ掻かせてやる」
二人の口元に浮かぶのは、不敵だが、どこか嬉しそうな笑みだ。過去と現在における最強の重力使いと、そんな二人を支えてきた相棒達にとって、もはや脅威となる敵はいない。
誠司とシアとティオ、メイルとナイズもそれぞれをカバーして、化け物を寄せ付けない中、要石を修復しているハジメとオスカーはと言うと……
(これは……やばいな……)
必死の修復作業に当たっていた。ハジメの表情には一切の余裕がない。現代において最高峰の錬成師が、顔を引き攣るレベルで、この要石が難敵だった。
パッと見はシンプルだが、見たこともない特殊な材質で出来ており、何重にも渡って高度な技術で作られた代物だ。あっちを直せば、こっちが壊れ、逆も然り。まるで複雑怪奇な立体パズルだ。
「焦るな、君。どれだけ複雑に見えても、所詮は単純な遊びの繰り返しだ。ゆっくり着実に紐解いて、美しく結び直せば良い」
そう言うオスカーは、極度の集中に大量の汗を流しつつも、己の魔力を驚くほど流麗に要石に浸透させていく。時間が経つごとに、少しずつ要石の構造が暴かれ、深奥への扉が開かれていく。自分はエーフィの“てだすけ”でどうにかやっているのに、オスカーは誰のサポートも借りずにこなしている。先程まで肩に乗っていたロコンは、誠司達と一緒に戦っている。
(錬成師としての技量が違いすぎるっ)
神業とも言える圧巻の技量に、舌を巻かずにはいられず、同時に悔しさがこみ上げる。
「想像し、創造する。それが僕達、錬成師というものだろう? 錬成師を名乗るなら君も出来るはずだ」
「……上等!」
オスカーの言葉に、ハジメは胸ポケットにしまっている片眼鏡を掛けた。この片眼鏡は、魔力の流れを見る効果を持つもので、魔法攻撃対策に使うアーティファクトだ。目の前にいる、自分以上の錬成師の技を徹底的に見るために使うことにしたのだ。同時にエーフィの“てだすけ”を止めさせる。ここでエーフィのバフを解除するのは危険かもしれないが、背水の陣で挑まないと、今以上の力は得られない。
「その眼鏡は……!?」
一瞬でその片眼鏡の機能を看破したオスカーに、ハジメは不敵に笑う。
「あなたの技を、伝説の錬成師の力を盗ませてもらう。だから、僕に見せてくれ」
オスカーも、何やら楽しげに笑った。
「良いだろう。盗めるものならね」
「あいよ、お師匠さん」
「君のような不遜な弟子を取った覚えはないけどね」
軽口を叩き合いながらも、二人のギアが上がった。オスカーがリードし、ハジメがサポートする。片眼鏡の効果で、オスカーの技を見て、理解して、盗み、実行する。師匠に追いつこうと急迫する弟子と、まだまだ負けてやるものかと突っ走る師匠の本気。
そうして、ヒビだらけで今にも崩れ落ちそうだった要石はみるみるうちに直っていく。化け物達にも異変が起こる。悲鳴を上げながら、要石の方に吸い込まれるようにして消えていったのだ。
「これで終幕のようだね!」
「ソルルゥ!」
「ルナァーン」
「ん、流石」
「シャシャン」
塔を中心に光が光が膨れ上がっていき、黒々とした瘴気に満ちた世界を鮮やかに払拭していく。その時だった。
「「“錬成”!!」」
裂帛の気合いを乗せた、最後の“錬成”が成された。塔全体に染み渡るように紅と陽の光が迸る。同時に、傾いていた塔が地響きと共に立ち直り、亀裂も嘘のように消えていく。
『……ありがとう』
「影さん!」
ミュウが、レミアに抱き締められながらも、諸手を上げて満面の笑みを浮かべる。先程まで消えそうになっていた影はすっかり姿を取り戻し、優しそうな表情を浮かべた男性の姿があった。そして、影はミュウに笑みを浮かべ、消えていく。化け物達は次々と要石に吸い込まれるように消えていく。
要石が完全に直ったことで、先程よりも吸い込みの力も大きくなっており、轟々と唸るように烈風が吹き荒れる。ユエ達も塔の上に降り立った。
ハジメはミュウとレミアを抱えて身を低くする。オスカーが眼鏡を押さえながら叫んだ。
「修復は成功したはずだ! ミュウちゃん、これからどうなるか分かるかい!?」
「元の場所に、元の時に、帰るの!」
烈風が止み、周囲が霧に包まれ始めた。しかし、先程のような瘴気という訳とは違う。最初にここに迷う込んだ時の霧のようだった。霧の中から紫色の貝のようなものが姿を現した。
貝がパカッと開く。カプ・レヒレだ。カプ・レヒレは、誠司達にお礼を言うかのように、宙を舞う。同時に、誠司達の身体に光の粒子のようなものが纏わりつく。そこで、全員が理解した。この奇蹟の邂逅が終わると。
強い眠気が意識を霞ませていく。誠司達はモンスターボールでポケモン達を戻していく。それを見たオスカーは興味深そうに、「魔獣を収納する球体か。面白いな。僕も作ってみるかな……」と呟く。ドダイトス達はボールに戻したが、キュウコンだけはモンスターボールに入るのを嫌がった。気持ちは分かるので、誠司も無理には戻さない。
ミレディが叫んだ。
「ユエちゃん! 君達は……君達はっ、自分の意志で生きてられてるかな!?」
「……ん! 自由な意思の下に、でしょ? 心配ない!」
既に濃くなった霧でお互いの顔も見えなくなっており、ミレディがどんな顔をしたのかは分からない。ただ、嬉しそうでありながら、何かを覚悟し、受け入れたような雰囲気が伝わってきた。だからこそ、ハジメは叫んだ。こんなしんみりとした別れはいらないと言わんばかりに。
「ミレディーーっ、便所流しの恨みは忘れてないからねーーっ!」
「また便所の話ーーーー!?」
ハジメに便乗して誠司も叫ぶ。
「オスカーッ、サザンドラはやり過ぎだろう! こっちは死にかけたんだぞ! ちょっとは自重しろーーっ!」
「意味が分からない!?」
ユエ達からも「今それ言う!?」みたいな顔が向けられる。だが、二人の心情を察したのか、ミュウを筆頭に、ユエ達も思い思いに明るく叫んで別れの言葉を口にした。
そうすれば、返ってきたのは当然、同じ明るい別れの言葉だ。
「未来で、未来でまた会おうねーーーっ!!」
ミレディの言葉を最後に、誠司達の意識は消えていった。
ーーーーーーーーーー
船の甲板の上で、誠司達は目を覚ました。
「ん? ここは……?」
誠司達はお互いに寄り添うように横たわっていた。誠司は頭を押さえながら起き上がる。
「確か、『輝く海の意思』を探しに出て……」
全員で寝落ちにしては、引っかかる。時計を見るが、記憶の時間から殆ど進んでいない。
「皆、大丈夫か? 何か変な感じとかしてないか?」
「うん、僕は平気。だけど……」
「みゅ……変な感じがするの。何か、大切なこと忘れちゃった気がするの」
どこか寂しそうなミュウを、ハジメは優しく抱き直す。どうやら、全員いつ寝落ちしたのか記憶が無いらしい。
「むっ、あれは……!」
不意にティオが何かを見たようで、驚愕の声を上げていた。海からタマンタとマンタインの群れが、海から飛び出して少しの間、宙を泳ぎ、海に飛び込んでいく。
結局、輝く海の意思というものは無かったが、タマンタとマンタインの大移動という大変珍しいものを見ることが出来た。その時、ハジメがあることに気が付いた。
「あれ? なんか魔力量が増えてるような……」
「……ん。あ、そういえば増えてる」
他の面々も同様だ。すると、ミュウが何気なく「きっとお礼なの」と言った。言った後で、ミュウ自身、なぜ自分がそう言ったのか分からずに、目をぱちくりとした。
一体、自分達が寝ている間に何があったんだ!?と目を瞬かせる誠司達。全く以て訳が分からない。だが、ミュウの「でも、なんだかとっても良いことがあった気がするの! 素敵な人達に出会ったみたいに!」と、素敵な笑顔と言葉に、誠司達も確かにと笑い合った。
タマンタ達が海面を跳ねているのを見て、ハジメはあることを思いつく。
「……そうだ。あの飛空挺の設計、マンタインをモデルに書き直してみようかな。今なら構想止まりだったものも作れそうだし、創作意欲が湧いてきた!」
この後、ハジメはマンタインを基に、飛空挺フェルニルの設計図を書き上げ、誠司達の協力のもと、完成させたのは別の話である。
原作と違い、誠司達は結局『輝く海の意思』を見つけられずじまいでしたが、珍しいものを見ることが出来ました。