リリアーナとメルドの話を要約するとこうだった。
最近になって、王宮内の空気が何処かおかしく、リリアーナはずっと違和感を覚えていたらしい。
父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたように「エヒト様」を崇めるようになり、それに感化されたのか宰相や他の重鎮達も巻き込まれるように信仰心を強めていった。戦争激化に伴い、教会と連携を強化したことによる副作用のようなものだと、リリアーナも最初はそう自分に言い聞かせていた。
だが、異変はそれだけではなかった。同時期に妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだった。
そんな時に、愛子達が王都に帰還し、ウルの町での詳細が報告された。その席にはリリアーナも同席したらしい。そして、普段からは考えられない強行採決がなされた。それが、誠司達の異端者認定だった。この決定には愛子だけでなく、リリアーナも反対したのだが、彼女達の異議・意見を聞き入れられることはなかった。それどころか、決定を下したエリヒド国王は、抗議をするリリアーナ達に対して敵を見るような目で見始めた。
恐ろしくなったリリアーナは、咄嗟に理解した振りをしてその場をやり過ごしたが、今までの不安は決定的なものとなり、まずは愛子に自らの懸念を伝えた。すると愛子から、自分が誠司達から聞いた情報を夕食時に生徒達に話すので、リリアーナも同席して欲しいと頼まれたのだそうだ。
それから夕刻になり、愛子達が食事をとる部屋に向かう途中、愛子が二人の修道女によって気絶させられ連れ去られる光景を目撃した。それぞれ銀髪とピンク髪をしており、リリアーナは彼女達に底知れぬ恐怖を感じた。幸い、咄嗟に身を隠したので、修道女達に見つからずに済んだ。そして、リリアーナは、その修道女達が異変の黒幕か、少なくとも黒幕と繋がっていると考え、そのことを誰かに伝えなければと立ち上がった。
だが、愛子を待ち伏せていた事からすれば、生徒達は見張られていると考えるのが妥当である。誰に相談すべきか頭を悩ませていた時に、運よくメルドと部下の騎士数名に出くわした。メルドの方も部下達と共に独自に異変調査を進めていたのだが、原因も解決策も分からずにいた。リリアーナから一連の出来事を相談され、事の深刻さに思わずメルド達も顔を険しくさせる。その時、部下の一人のパシオから「アンカジ公国に向かってみてはどうか」と提案された。
アンカジ公国であれば、王都の異変が届かないゼンゲン公の助力を得られるかもしれないし、もしかしたら誠司達の情報も手に入るかもしれない。誠司達の力を借りることができればこの状況をどうにかできるかもしれないと。
そういう訳で、リリアーナと彼女の護衛としてメルドの二人が、隠し通路から王都に出て、アンカジ公国を目指すことになったのである。異変調査や光輝達のことは、副団長のホセを始めとした部下達に任せている。
「あとは知っての通り、ユンケル商会の隊商に頼み込んで便乗させてもらったんだ。まさか、賊やドラピオンに襲われ、それを誠司達に助けられるとは思わなかったがな」
「……少し前までなら『神のご加護だ』と思うところです。……しかし……私は……今は……教会が怖い……一体、何が起きているのでしょう。……あの銀髪の修道女は……お父様達は……」
自分の体を抱きしめて恐怖に震えるリリアーナは、才媛と言われる王女というより、ただの女の子にしか見えなかった。だが、無理もないことだ。自分の親しい人達が、知らぬうちに変貌し、奪われていくのだから。
プリーゼの中に重苦しい空気が流れる。
誠司もハジメも思案する。リリアーナの語った状況は、メルジーネ海底遺跡で散々見せられた光景によく似ていた。神に魅入られた者の続出。非常に危うい状況だと言える。
おまけに、愛子が攫われた理由も察しがつく。十中八九、愛子が神の真実と誠司達の旅の目的を話そうとした事が原因だ。教会のことを信用しすぎないように忠告のつもりで教えたのがすっかり裏目に出てしまった。それならば、助けに行くのが教えた者の責任と言える。それに、神山は大迷宮があるとされる場所だ。愛子を助けに行く名目で、大迷宮攻略に向かうことができる。
しかし、助けに行く上でリスクもある。教会と全面戦争になることだ。教会だけならまだ良い。だが、メルジーネ海底遺跡の幻で見た、あの女戦士みたいなのとも戦う可能性もあった。愛子を攫った女性は銀髪とピンク髪らしいので別人だろうが、無関係のようには思えなかった。その証拠に、誠司の腰にあるキュウコンのモンスターボールが大きく揺れ、熱も帯びている。相当興奮しているようだ。その修道女達もアルセウスの力が人間になったものだとしたら、誠司達もただでは済まないだろう。
考え込む誠司達に、状況が芳しくないと感じたのか、リリアーナは必死に懇願する。
「どうか、お願いします。力を貸していただけませんか?」
頭を下げるリリアーナに、メルドも頭を下げる。助手席から振返った誠司は口を開く。
「王女殿下、俺達は冒険者だ。神の使徒でも、正義の味方でもない、ただの冒険者。そんな俺達にどんな見返りがありますか?」
誠司の言葉に、メルドは一瞬眉を顰めるが、口を挟むことはなかった。優れた冒険者であるほど、金勘定に対して考えがシビアであることを知っていたからだ。リリアーナはあるものを取り出した。それを見たメルドは目を大きく見開いた。
それは、ブローチだった。エメラルドのバラとプラチナの葉の見事なものだ。年代物のようだが、手入れが行き届いており、とても大事にしていることが伺える。リリアーナはブローチを差し出そうとするも、メルドはどこか慌てた様子だった。
「本気ですか、殿下!? これは、今は亡き王太后陛下の……」
「……中西さん。これは王太后陛下……私の祖母が生前着けていたものです。亡くなる前、祖母が私にプレゼントしてくださった、大切なものです。これを今回の依頼の前金として受け取って頂けますか?」
予想外のものを提示され、誠司は思わず溜息が漏れる。
「……なぜ、そこまでして?」
「私は、ハイリヒ王国王女です。王族として、国を、国民を守る義務があります。だから……受けてください、この依頼を。受けないとは言わせません」
「………」
誠司とリリアーナが静かに睨み合った。プリーゼ内は静寂に包まれる。そんな大事なブローチを持ってきているということは、最初から手放すつもりだったのだろう。それでもやはり葛藤があるようで、彼女の手が微かに震えていた。
ふと、後ろのユエ達が視界に入った。彼女達は、依頼を受けることに賛成のようだった。特にユエとティオは、王族として彼女の覚悟に共感しているようだ。誠司は溜息を一つ吐くと、ブローチを受け取る。
「このブローチを前金として受け取り、報酬は全てが片付いた後に貰う。詳細な報酬金額については、要相談。それで良いですか?」
「ええ、構いません。そして、もし依頼が失敗しても、前金は返して頂かなくて大丈夫です」
依頼が失敗した時というのは、間違いなく誠司達が死んだ時だ。リリアーナのブラックジョークに誠司はククッと笑う。
「了解。交渉成立ですね。……ハジメ」
「もうとっくに王都に向かっているよ。到着まであと一、二時間ってとこかな」
誠司がハジメに呼びかけると、もう王都に向かっていると返事が返ってきた。既に戦う覚悟は出来ているようだ。
この先、大変な戦いが予感されるが、そんなものは関係ない。やると決めた以上、あとは突き進むだけだ。そんな決意を胸に、誠司達は王都に向かって進んで行く。
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その頃、ハイリヒ王国騎士団副団長、ホセ・ランカイドは地に伏していた。側には部下のパシオが立っていた。彼の傍らにはカラマネロが浮かんでいる。ホセが殺気の籠った目でパシオを睨みつけるも、彼はどこ吹く風だ。
「悪く思わないでくださいね、副団長」
「パシオ……貴様………!」
「そんな怖い目をしないでください。折角、邪魔者達を追い出したのですから、早急に済ませないと。カラマネロ」
「マーロ」
カラマネロが“サイコキネシス”でホセの身体を浮かび上がらせると、上向きにする。そして、パシオはホセの胸に短剣を躊躇いなく突き刺した。その短剣の剣先には毒も塗っており、刺されば相手を確実に死に至らしめる。
(……だん…ちょう……申し訳……ありません…………)
激痛の中、心の中でメルドに謝罪しつつ、ホセの意識は永久に闇に閉ざされた。
ホセが息絶えたことを確認すると、パシオは別に控えていた者に合図を送る。
「ではお願いします」
「はいはい」
そう返事をしながら、その者は何か詠唱を唱え始める。