「悪く思うな。敵戦力の分断は戦いの定石だ」
空間魔法が作り出した転移ゲートの奥へと消えていったシアとミハイルとローゲン。そして三人を追って飛んでいった部隊を横目にフリードは、目の前のユエに語り掛ける。ユエも彼女のポケモン達も無表情のまま静かにフリードを見据えているだけだ。
散々自分達の計画を引っ搔き回し、挙句の果てには多くの同胞を殺してきた彼女に対し、フリードは憎しみを抱きながらも、その一方で感心もしていた。
(その若さでここまでの魔法の才……あいつを彷彿とさせる)
フリードの脳裏に、ある
本来、フリードは、魔人族であることに誇りを持っており、例に漏れず、他種族を下に見ている。魔人族が崇める神に対する敬虔な信者でもあり、価値観の多様性を認めないタイプの男だ。
故に、他種族の女に興味を示すことなど普段であれば有り得ない事だった。だが、類まれな才能の塊を目の当たりにして、フリードは「殺すには惜しい」と感じていた。
「惜しいな。……女、術師であるお前では、いくら無詠唱という驚愕すべき技を持っていたとしても、この状況を切り抜けるのは無謀というものだろう。どうだ? 私と共に来ないか? お前ほどの女なら悪いようにはしない。その魔獣達も、私の力を借りれば更なる力を得られるだろう」
フリードと、彼を乗せた黒いドラゴンポケモンのゼクロム、彼らを中心にエアームドやゴルバット、オトシドリといった飛行ポケモン達が百体近く、ユエ達の周りを取り囲んでいる。誰がどう見ても絶体絶命の状態だ。だが、ユエ達の返事は決まっていた。
「……ふっ、生まれ直してこい」
「シャシャン」
「フールルゥ」
「ライッ」
何とも手厳しい、嘲笑混じりの痛烈な皮肉の投げ返しだった。フリードの目元がピクリと引き攣る。
「殉教の道を選ぶと? それとも、この国への忠誠のためか? くだらぬ教え、それを盲信するくだらぬ国、そんなもののために命を捧げるのか? 実に愚かの極みだ。一度、我らの神、『アルヴ様』の教えを知るといい。ならば、その素晴らしさに、その閉じきった眼も「……教えとか国とかどうでも良い」……何?」
言葉を遮られ、思わず聞き返すフリード。ユエは冷めた眼差しを向けるだけだ。
「……私達は、誠司やハジメ達の力になりたい……ただそれだけ。そもそも、亡国といえど女王に対して……身の程を知れ」
そう言うなり、ユエは風刃をフリードの首めがけて投げつける。あまりに自然な動作だったため、フリードは反応が遅れた。だが、フリードを乗せたゼクロムが電撃を放ち、風刃を簡単に相殺したためダメージはないが、ゼクロムはグルルとフリードに向かって唸る。まるで「喋り過ぎだ」と言っているかのようだ。ゼクロムの行動にフリードも頭が冷えたようで、素直に相棒に詫びる。
「すまない、ゼクロム。……聞く耳を持たないなら、仕方あるまい。お前達、掃射せよ!」
フリードの命令で、周囲のポケモン達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。だが、ユエは冷静だ。
「……シャンデラ。
「シャシャンッ!」
シャンデラは、襲い掛かるポケモン達の魂を限界まで取り込んでいく。魂を吸い取られたポケモン達は白目をむいて地面に堕ちていく。攻撃を受けた様子もないのに、一瞬で半数が墜落していく光景に、フリードは驚愕の表情を浮かべた。
「何が……!?」
満足そうにバカでかい炎を揺らめかせるシャンデラに、ユエは指示を飛ばす。
「……“オーバーヒート”」
「シャシャ、シャーーーン!!」
シャンデラは、己の体を超高温にまで発熱させ、巨大な炎の塊を発射する。腹一杯魂を吸収したことによる、最大火力の大技だ。ゼクロムの周りを飛ぶポケモン達は、身の危険を感じて咄嗟に躱すが、ゼクロムは動かない。いや、動く必要がないのだ。先程よりも強力な電撃で“オーバーヒート”を相殺させてしまった。
その光景に、今度はユエ達が驚く番だった。フリードはゼクロムに指示を出した。
「本物の雷を見せてやろう。ゼクロム、“クロスサンダー”だ」
「グルラァァァッ!!」
ゼクロムは極大の雷を上空に放つ。それから数秒後に、上空から十字状の雷がユエ達の頭上に向かって落ちてきた。
「……っ、全員、退避!」
ユエは、最初ライボルトの特性“ひらいしん”で無効化させようとしたのだが、とてつもなく嫌な予感がしたので、慌てて退避を指示した。ユエの予感通り、先程までユエ達が屋根の上に乗っていた家屋は勿論、その周辺の家屋も今の雷で消滅していた。ユエは重力魔法で、シャンデラやフクスローは飛んで、ライボルトは“でんじふゆう”で空に逃げたため、直撃を受けずに済んだ。今のが直撃していたら……と思うと、ゾッとする。
ユエが風系統の魔法を使って飛んでいる訳ではないことに気づいたフリードは、それも神代魔法の類かとあたりをつける。フリードは冷静に周囲を飛び回る飛行ポケモン達に命令を下すと、ポケモン達は攻撃の体勢をとる。先程、突如墜落していったこともあり、今度は遠距離からの攻撃だ。それを見たライボルトが“ほうでん”で攻撃にかかった。
多くは、それにより戦闘不能になったが、まだ元気に飛び回っているのがいる。電気技が効いていないからだ。ピンク色の翼を持ったサソリみたいなポケモン、グライガー。地面属性を持つポケモンである。
グライガー達は、電気の通じない体を使って、フリードや他のポケモン達をライボルトの電撃から守っていた。しかも風を利用して空を飛ぶポケモンなので、不規則な軌道で動き、狙いがつきづらい。
「……鬱陶しい」
ポツリとそう呟いたユエは、ほんの僅かな時間、何かを考えるように視線を宙にさまよわせ集中状態に入った。
「反撃のつもりか? 暇など与えんぞ!」
今が好機だとばかりに、フリードはゼクロムや他のポケモン達と共に、嬲るように攻撃を仕掛ける。
シャンデラ達が防御しているものの、ユエの意識の大半は別の魔法を構築中であり、その動きは今までに比べると精細さを欠いた。そこへ、シャンデラ達の守りの隙間を縫って、一体のグライガーのハサミが、ユエの身体に傷をつける。夜空に赤い鮮血が飛び散るが、どれも浅い傷ばかりなので全く問題ない。フクスローやライボルトは一瞬動揺するが、長年の付き合いであるシャンデラは動じない。そもそもユエの本当の防御力とは、その反則的な『再生力』なのだ。
仲間がいれば障壁を張るし、服が破れるのは好ましくないので回避もするが、本来は相手の攻撃を無視して己の再生力に任せ、一方的に攻撃するというのがユエのスタイルなのである。
血飛沫を上げたユエに、半ば勝利を確信して笑みを浮かべたフリードの表情は、目に見えて修復されていくユエの傷を見て驚愕に目を見開いた。
「それも、神代の魔法か? 一体、いくつ修得しているというのだ!」
全くハズレでもないのだが、ユエに関しては間違った推測を口にしながら、ならば治癒が間に合わないほどの飽和攻撃をするまでとゼクロム含む全てのポケモン達に最大火力の攻撃を命じる。そして、フリード自身も神代魔法の詠唱を始めた。
だが、当然、先に集中状態に入ったユエの方が早く魔法を発動させる。ユエの強い意志の宿った瞳が見開かれ、閃光と咆哮の轟く空間に、その可憐な声が響いた。
「“五天龍”」
直後、暗雲が立ち込め雷鳴が轟き、渦巻く風が竜巻となって吹き荒れ、集う水流が冷気を帯びて凍りつき、灰色の砂煙が大蛇雲の如く棚引いて形を成し、蒼き殲滅の炎が大気すら焦がしながら圧縮される。
その結果、王都の夜天に出現したのは五体の魔龍。炎・雷・地面・氷・風とそれぞれ別の属性を持ち、重力魔法と複合されたことで生まれた龍である。
『ゴォアァアアアア!!!』
凄まじい咆哮が五体の龍から発せられ、大気をビリビリと震わせる。
巨体を誇り神々しくすらある魔龍の群れに、ゼクロム以外のポケモン達は、本能で悟ったのか、怯えたように小さく情けない鳴き声を上げた。その瞳には、既にユエに対する殺意の色はほとんどなく、代わりに戸惑いと畏怖が住み着き、主たるフリードに助けを求めるような視線を寄せていた。
フリードもまた、非常識極まりない魔法の行使に、ゼクロムと共にポカンと口を開くという醜態を晒していた。その隙を逃さず、ユエは五天龍を地上へと強襲させる。
雷龍は、グライガー以外の飛行ポケモン達を蹂躙して、撃墜していく。グライガー達も雷龍を止めようとするが、嵐龍がそれを阻む。嵐龍の凄まじい風により、グライガー達はバランスを崩されて吹き飛ばされたり、後から続いてきた氷龍によって凍らされていく。三体の龍は、ゼクロム以外の飛行ポケモン達を圧倒すると、先にゼクロムに向かった蒼龍と石龍の元へ向かう。
既に二龍はフリードの空間魔法によって、消滅させることが出来たものの、ゼクロムに少なからずダメージを与えていた。そこから更に三龍が襲い掛かり、フリードとゼクロムに大ダメージを与える。
フリードは、ここに来てようやく悟る。自分がとんでもない化け物を相手にしてしまったことを。油断ならない相手であることは分かっていたが、たとえ一人であっても決死の覚悟で戦わねばならない相手だったのだと。戦う前に言った、自分の下に付けてやろうなどという傲慢な言葉を今更ながらに恥じた。
流石に、五天龍の行使はキツかったのか、額に大量の汗を浮かべて肩で息をするユエ。そんなユエを庇うように、シャンデラ達が前に立ちはだかる。
自分が従えたポケモン達は全滅。ゼクロムも自分もかなりのダメージを負っている。ただでさえ魔力消費が激しく、まだ習得して日が浅い空間魔法を多用したことで、魔力ももう殆ど残っていない。王手をかけられたと察したフリードが歯噛みし、ユエとシャンデラ達が止めを刺そうとしたその時、ユエに向けて背後から複数の“シャドーボール”が飛んできた。
「っ!?」
いち早く気が付いたフクスローが、それらを打ち消すも、目を逸らした隙に、フリードの隣にカラマネロが姿を現した。
「マロマロ」
「……あれは……」
グリューエン大火山で見かけたカラマネロであることに気づいたユエは、増援かと警戒を強めるが、カラマネロはユエ達を一瞥するやそのまま“テレポート”でフリードとゼクロムをどこかに連れて行ってしまった。
「……逃げられた」
周辺の気配が消え、まんまとフリードに逃げられたことを悟ったユエは、悔しそうにそう呟く。その時、視界の端でコソコソとその場から逃げ出そうとしている影に気が付いた。
ユエはツカツカと歩み寄り、声を掛ける。
「……どこに行くの?」
ビクリと肩を震わせて、急いで飛んで逃げようとするが、そうなる前にユエがガシッと頭を引っ掴む。シャンデラの炎の灯りでその影の正体が露わになる。
そこにいたのは、グライガーだった。グライガーはユエの手から逃れようと必死にもがくが、ユエの手はガッシリとグライガーの頭を掴んで離さない。そんなグライガーの顔を見て、ユエは思い出した。
「……あなた、さっき私に傷をつけたグライガー」
「グライッ! ライガッ!」
グライガーは必死にもがくが、逃げられない。ユエはニタッと笑った。そして、ユエはある提案をした。
「……あなた、私達と一緒に来ない?」
「グ、グライ?」
「……私の身体に傷をつけた責任、とってもらう。拒否権は……ない」
「グ、グライガァァァッ!」
グライガーは半泣きで必死に首を振る。勿論、縦方向にだ。先程、自分達をいとも簡単に蹂躙した少女が、無表情で自分に詰め寄っているのだ。グライガーでなくとも怖い。フクスロー達は若干引いていた。シャンデラは、呆れた視線をユエに向けている。
ユエのこの行動は、フリード達を逃がしたことによる八つ当たりもあったのだが、このグライガーの実力に光るものを感じたのもあった。シャンデラ達の守りを搔い潜ったその飛行センスに光るものを感じたのだ。そもそも、ユエの身体は自動で再生するので、傷くらい別に気にしていない。生意気そうな性格だったから、先にプライドをへし折っておこうと思い、わざと怖く接しただけである。ユエは笑顔を浮かべると、グライガーの顔に空のモンスターボールを優しく押し当てる。
こうして、新たな
「ゲンゲーーン」
物陰から、紫色のポケモンが姿を現し、向こうへ行ったユエ達を睨みつける。それからすぐに、そのポケモンは再び姿を消してどこかへ行ってしまった。どこへ行ったのかはそのポケモンしか分からない。
ユエ、グライガーをゲットです。サソリとは縁があるので、ある意味ぴったりです。