聖歌が途切れたことで、身体の調子が戻ったハジメはすぐに回復魔法を自身や先に倒れたグレッグルに掛けて治していく。
傷が完治したのを確認すると、ティオがハジメ達の前に現れる。ティオの姿を見て、ノイントを警戒しながらもハジメの頬が緩む。
「助かったよ、ティオ。ちょっとヤバかったからさ」
ハジメの言葉に嬉しそうにしながらも、それほどまでの強敵かと直ぐに険しさを取り戻すリザードン姿のティオが、念話石を通じて尋ねた。
『間に合ったようで何よりじゃ。妾は先生殿達の保護……で良いのじゃな?」
「そう。それで、先生達を安全な所まで送り届けたら、ここに戻って僕達の援護をしてほしい。流石に僕達だけじゃ、神山全体の相手は少しキツイ……」
その時、ノイントの突っ込んだ塔が轟音と共に根元から吹き飛んだ。もうもうと舞う砂埃を、銀翼をはためかせて起こした風圧で吹き飛ばしながら、ノイントが姿を現す。
「……ティオ、行って」
『承知。先生殿達の安全を確保し次第、助太刀しよう。少なくとも教会の連中に関しては妾が何とかしてやる』
「頼もしいね」
既に猛烈な殺気を噴き出しながらノイントをギラつく眼で睨んでいるハジメとポケモン達に、ティオは、先程ハジメ達に掛けられていた弱体化の魔法の原因を察して、イシュタル達を睨みながら頼もしいことを言う。ハジメ達は、ノイントだけに集中しろということだ。
ハジメは、その言葉に口元を吊り上げると一つ頷く。それを見たティオは愛子達に向かって勢いよく降下していく。
愛子達の前に、黒いリザードンが姿を現し、デビッド達が驚きを露わにした。
「な、なんだ!?」
「新手か!?」
「待ってください! 皆さん、彼女はティオさんです!」
愛子が出した名前に、デビッド達は更に驚愕する。
「ティオだと……!? まさか、あの黒髪の女か!?」
「彼女は……竜人族だったんですね……」
「驚いたなぁ……」
「実在したとは……」
予想よりも大人数で、ティオは運び切れるかなと一瞬不安になるが、根性で運ぶしかないと意識を切り替える。愛子と神殿騎士達を背中に乗せると、先程まで愛子達を守っていたエーフィとギモーにハジメ達と合流するよう指示を飛ばす。二体とも、すぐに壁をよじ登ったり、超能力で自分の身体を浮かしたりして、上空のハジメ達の元へ向かった。
「南雲さん……」
心配そうに上を見つめる愛子に、ティオはこれからのことを説明する。
『先生殿よ。ハジメが心配なのは分かるが、少し急ぐのじゃ。貴女を地上に送り届けて、妾はあそこの老害共を叩かねばならん。これ以上邪魔をされては敵わんからな』
そう言って踵を返そうとしたティオに愛子は待ったをかけた。何事かと、首だけ振り返って背に乗る愛子に視線を向けたティオに、愛子は、決然とした眼差しを返した。
「ティオさん。今から私達を下山させて、また戻って来るとすればかなりの時間がかかるのではありませんか? ここと地上の間はかなりの距離です。往復するのも大変なはず……」
『むっ? 確かに、その通りじゃが……まさか先生殿よ』
「はい。ティオさんが南雲さんのために戦うというのなら、私にも手伝わせて下さい。早急にイシュタルさん達をどうにかしておかないと、南雲さんはどんどん衰弱してしまいます。私を下に送り届ける時間が勿体ないです」
「愛子!?」
「それは……」
愛子の言葉に、デビッド達の間に衝撃が走る。確かに、愛子の言うことは最もではあるのだが、ティオとしては正直気が進まない。
オルカンの攻撃で負傷者が多数出たようだが、直ぐに立て直し結界を張りながら再び聖歌の準備をしているイシュタル達を見れば、ティオとしても、今すぐにでもぶっ飛ばしに行きたいところだ。だが、それで愛子が傷ついたり、最悪死亡するようなことになれば、今回の救出が無意味になってしまう。
『じゃが、言っては悪いが先生殿に何ができる? 魔法陣も戦闘経験もなかろう? 司祭達と神殿騎士達を相手に戦えるのかの? そこの神殿騎士達に同僚を殺させるつもりかの?』
「それは……」
愛子は、ティオの厳しい意見にぐっと歯を食いしばる。そんな愛子を見たデビッドが口を開いた。
「ティオ殿……我々は既に教会に剣を向けている。今更だ」
愛子がゆっくりと顔を上げると、デビッド達の顔が見えた。彼らの顔には、決意に満ちた表情を浮かべていた。他の騎士達も、デビッドに続く。
「そうですね。もう既にいくつも規律を破っていますし」
「ここから規律違反が十、二十増えたところで、今更かな」
「……俺達は、愛子についていく。それだけだ」
「皆さん……」
ティオは、そんな愛子と騎士達のやり取りを聞きながら、「随分愛されているようじゃの……」と呟く。愛子はおもむろに自分の指を口に含んだ。そして、ギュッと目を瞑ると一気に指の腹を噛み切り、指先から滴る血を反対の手の甲に塗り付け即席の魔法陣を描き出す。
「ティオさん……私、こう見えて魔力だけなら勇者である天之河君並なんです。戦闘経験はないけれど……ティオさんの援護くらいはしてみせます! 人と戦うのは……正直怖いですが、やるしかないんです。これから先、皆で生き残って日本に帰るためには、誰よりも私が逃げちゃダメなんです!」
王国は侵攻を受け、国王も司祭達も狂信者と成り果てた。当初予定していた神を頼っての帰還はもう有り得ないだろう。この異世界で寄る辺なく愛子達は前に進まねばならないのだ。
ならば、先生である自分こそが、たとえ忌避するべきことでも、それがすべき事ならやらねばならない。そんな決意を愛子の眼差しから読み取ったティオは、逡巡したものの、溜息を一つ吐き、仕方あるまいと愛子達の同行を許すことにした。
『……既に決めたというなら是非もない。ハジメも、それが先生殿の意志だというなら文句は言うまい。良かろう。共に愚か者共を蹴散らすとしようか!』
「はい!」
『騎士達! 相手の攻撃は迎撃するが、妾でも、背中を完全に守り切ることは出来ん! 先生殿を最後まで守り通すのじゃ!」
「言われるまでもない!」
『よし。では……行くぞ』
そう言うと、ティオは聖教教会を象徴する大神殿に向かって一気に飛翔した。
ーーーーーーーーーー
その頃、ハジメ達は壮絶な空中戦を繰り広げていた。ハジメの銃火器類が火を噴き、ポケモン達もそれぞれ技を放つが、ノイントに躱され、ノイントの攻撃も、ハジメ達は躱していく。
壮絶な空中戦の合間に訪れた僅かな静寂。空中でノイントとハジメが対峙する。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、いつまでも僕達に構っていて良いの?」
「……何のことです?」
教会関係者が地上で起きている魔人族による王都侵攻を知らないわけがない。問答無用に襲われていたので聞く暇もなかったのだが、一時の間が出来た上に、ノイントが会話に乗ってきたので、ハジメは、ちょうどいいと話を続ける。
「下で起きていることだよ。このままじゃ王国は滅びるけど良いの? 次は当然、
言い直されたハジメのもっともな質問に、しかし、ノイントはくだらない事を聞かれたとでも言うような素振りで鼻を鳴らす。
「そうなったのなら、それがこの時代の結末という事になるのでしょう」
「結末、ねぇ。……やっぱり、エヒト様とやらにとって、人は暇つぶしの駒でしかないということか。……この時代は、たまたま人間族側についてみただけってわけね? この分じゃ、魔人族側の神とやらもエヒト本人か、あるいは配下ってところか。……茶番も良いところだ」
「……だったら何だというのです?」
「いや、『解放者』達から聞かされた話の信憑性を、一応、確かめておこうかと思ってね? 正直、半信半疑のままで、モヤモヤしてたんだ。僕からしたら、どっちも不審者でしかないし」
ハジメの言葉に、眉がピクリと反応するノイントとキュウコン。しかし、ハジメは気にした風もなくにこやかに告げる。
「そんなに僕達が邪魔なら、元の世界に帰してくれても良いんじゃないかな? あと、勇者達も、王国が滅びたら大して機能しなかった残念な駒として終わるわけだし、ついでにさ?」
「却下です、イレギュラー」
「……理由を聞いても?」
「主がそれをお望みだからです。イレギュラー、主はあなた方の死をお望みです。あらゆる困難を撥ね退け、巨大な力と心強い仲間を手に入れて……そして、目標半ばで潰える。主は、あなた方のそういう死をお望みなのです。ですから、なるべく苦しんで、嘆いて、後悔と絶望を味わいながら果てて下さい。あなた方が主に対して出来る最大の楽しませ方はそれだけです。ああ、それと勇者達は……中々面白い趣向を凝らしているとのことで、主は大変興味を持たれております。故に、まだまだ主を楽しませる駒として踊って頂きます」
ハジメは、概ね予想通りの回答だったので特に気にした風もなく肩を竦めると、かつて聞いたミレディ・ライセンの言葉に、内心で深く同意した。すなわち、「確かに、クソ野郎共だ」と。
しかし、自分の事はともかく、最後の言葉はハジメとしても気になるところだ。
「……面白い趣向?」
「これから死ぬあなたにとって知る必要のないことです」
話は終わりだと、ノイントは銀翼を広げ、拳を構えて戦闘再開を行動で示す。ハジメも武器を構えて、ニコリと微笑む。
「じゃあ、最後に一言だけ…………バグ取り舐めんなよ、木偶アマが」
ドスの効いたその言葉と同時に、ハジメが抱えていた重火器が火を噴いた。だが、ノイントはそれを難なく躱していく。先程と違い、身体が軽くなったようで動きが速くなっている。
ノイントの鉤爪が、ハジメを捉えるが、その爪が届く前に、ノイントの動きが一瞬止まる。エーフィが“サイコキネシス”で動きを封じたからだ。だが、それも長くは続かない。ノイントは自力で拘束を破りつつある。
その数秒間の隙は、ハジメが反撃に出るための時間稼ぎとしては十分だった。
ハジメはオルカンを再装填して、一気にぶっ放そうとした。だが……
ギャイイイイィィンッッ!!!
ノイントが大きく息を吸い込んだと思ったら、耳をつんざくような、不快な音を響かせた。その威力は凄まじく、周辺の建物のガラスは次々と割れ、ハジメもポケモン達も咄嗟に耳を押さえるので精一杯になってしまう。それにより、ノイントの拘束はあっさり解かれてしまい、脱出したノイントはハジメ達から距離を取る。
「この私を抑え込めると思わないことです、イレギュラー」
そう言って再び拳を構えるノイントに、ハジメはジンジンと痛む頭に顔を顰めながらも、宝物庫から新たな武器を取り出す。そして、それを高速で投擲する。音もなく、自分に向かって飛んでくるそれを、ノイントは鉤爪で難なく弾き飛ばした。
カキンッ、カキンッと硬質な音を立てて弾かれ、空中をクルクル回るそれは、直径十五センチ程のドーナツ型の円盤、俗に言う円月輪と呼ばれる投擲武器だった。
「今更、このような万策尽き……っ!?」
ノイントは、ただの悪足掻きと判断し、距離を詰めた瞬間、ハジメの傍らのキュウコンが真横に向かって“かえんほうしゃ”を撃ったのが見えた。その直後、ノイントの背後に熱が迫ってくる感覚が走った。肩越しに振り返ると、キュウコンの“かえんほうしゃ”が迫ってきていた。
ハジメが投げた円月輪、あれはただの投擲武器ではない。空間魔法を付与して生み出した、転移を利用した奇襲攻撃型の武器である。中央の穴は、他の円月輪と空間的に繋がっており、そこに攻撃を放てば、空間を飛び越えて別の円月輪から攻撃が飛び出る仕組みだ。しかも、オルニスと同様に、自在に宙を浮かせることも出来る。それにより、キュウコンの炎は、円月輪を介して、ノイントの背後に現れたのだ。
ノイントは、咄嗟に回避しようとしたが、身体の自由が効かなくなる。エーフィとメタグロスが“サイコキネシス”で動きを封じてきたのだ。
ならばとノイントは再度、大きく息を吸い込んで、先程のような音響攻撃を仕掛けようとするが、彼女の口から漏れるのは掠れた音だった。攻撃を発動出来ないのだ。異常事態にノイントは目を見開いて驚愕を露わにする。
「な、なぜ……!?」
実は、ノイントが音響攻撃を仕掛けた直後にキュウコンが“うらみ”で使えなくしていたのだが、キュウコン以外誰も気付いていなかった。
「皆、今だ!」
ハジメの声にポケモン達は一斉に攻撃を仕掛けていく。エースバーンは“ブレイズキック”を、ウデッポウは“クラブハンマー”を、グレッグルは“かわらわり”を、ギモーは“うっぷんばらし”を叩き込んだ。
「ぐうぅっ…………!」
それでもノイントは何とか持ち堪える。そして今度はハジメの番だ。オルカンとかでは効果が無さそうなので、一撃必殺として、新たなアーティファクトを宝物庫から取り出していた。まだ試作段階のものだが、出し惜しみはしていられない。
全長二メートル半のアームが付いた大筒で、いわゆる電磁加速式パイルバンカーと呼ばれるものだ。キイイイイッという独特な音を響かせてスパークを迸らせている。使うのに一定時間チャージが必要なのだが、ポケモン達の猛攻によって、十分稼げた。ハジメはそれを構える。アームに付与した空間固定機能が、パイルバンカーを固定し、射出口をノイントに向く。
「くっ」
苦しさを含んだ声を漏らしたノイントは、必死にもがくが、先程と違ってダメージが蓄積している上に二体のポケモン達の“サイコキネシス”では、流石のノイントでも逃げるのは容易ではない。
そこで、ノイントは全身に力を溜め始めた。銀色の光が眩く輝く。
「……禁じ手ですが、やむを得ません…………“てっていこうせん”」
ノイントは、最初に放ってきた光線とは比べ物にならない程の威力の白銀の光線を放った。それによって、顔や身体のあちこちにピキッとひび割れたような音が響く。
ハジメも、同時にパイルバンカーを発動させた。それによって、落雷の如き轟音と共に解き放たれた巨杭は、ノイントの最大火力の光線を押し込んでいく。凄まじい勢いの光線は、巨杭の勢いを殺していくが、着実に前へ前へと進んでいく。そうしてノイントに届こうとした瞬間、ノイントから放たれた白銀の光線が途絶えた。巨杭の方も、光線によって完全に相殺されてしまったのか、そのまま落下していく。
「…………」
力を使い果たしたノイントの身体からは、銀色の粒子のようなものが漏れ出ていた。彼女の瞳も、機械的な冷たさをたたえたままではあったが、どこか安堵したかのような雰囲気が混じっているように感じた。
「………てくれて………がとぅ」
ノイントは、ボソボソと何かを呟き、瞳から光が失われたと同時に、彼女の身体は銀色の光と共に、一枚の板状の物体に変わった。
「おっと」
そのまま落下しそうになるそれを、ハジメは掴むと、ついでに鑑定する。
『こうてつプレート
鋼属性のエネルギーが込められた石盤。用いれば、鋼属性の力を得る』
「……なるほどね。ようやく、僕もミレディ達の言ってることを信じられそうだよ」
「コン!」
「ごめんって、信じてなかった訳じゃないけどさ……」
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
神山全体を揺るがしかねない程の爆発音が轟き、何事かと振り返ったハジメ達。そこには、巨大なキノコ雲と轟音を立てながら崩壊していく大聖堂があった。
「……うそん」
「……コン」
ハジメもポケモン達も思わず、呆然としてしまった。
ノイントの正体は『こうてつプレート』でした。鋼属性の特徴を持ち、全使徒の中でも抜群の防御力を誇り、鋼属性の技を使います。彼女は技名を言っていませんでしたが、以下の通りでした。
銀色の光線:ラスターカノン
黒いパチンコ玉:マグネットボム
二振りの大剣を組み合わせた巨大な剣:きょじゅうざん
高速の拳:バレットパンチ
鉤爪攻撃:メタルクロー
銀翼の発光:ミラーショット
銀羽の囮:ボディーパージ
音響攻撃:きんぞくおん
以前、メルジーネ海底遺跡で見た通り、神の使徒は全員、アルセウスの力(プレート)が擬人化したものです。なので、原作と違って合計で十七人しかいません。また、一人は遠い過去に既に倒されているので本編では登場しません。