今、香織を守った障壁は、リリアーナによるものだ。殺されそうになっている親友を守るため、咄嗟に発動させたのだ。
その声は、絶望渦巻く裏切りの戦場にやけに明瞭に響いた。
「一体、どういう状況だ……?」
「どうして……こんな……」
騎士や兵士達が光輝達を押さえつけて殺そうとしているこの状況に、誠司は困惑の声を漏らし、リリアーナは愕然としていた。メルドも最初はリリアーナと同じような反応だったが、パシオの姿を見た途端、彼の身体から殺気が零れ始めた。騎士団の中に、とんでもない裏切り者が混ざっていたことを悟ったからだ。
「パシオ!! 貴様、魔人族だったのか!! 今までずっと……我々を騙していたのか!!?」
そんなメルドの怒声に対して、パシオは何も答えず、ただ肩をすくめた。その仕草はまるで……「騙される方が悪い」と嘲笑っているかのように見えた。
「パシオ!!!」
そんな態度に激高したメルドは、激情のまま、中央に向かって飛び出して行ってしまった。これには誠司とリリアーナも、慌てて後を追う。
「おい! メルド騎士団長、冷静になれ!」
「メルド、落ち着きなさい!」
二人の呼び掛けも、メルドに届かない。そんな彼に騎士や兵士達が一斉に襲い掛かるが、メルドは剣を抜かずにそのまま鞘ごと殴りつけたり、蹴り飛ばしたりして、ひたすらに前へと突き進む。メルドが狙うのはパシオ、ただ一人であった。
そんなメルドの死角から人影が走る。それは、他の騎士や兵士達とは比べ物にならない程の身のこなしでメルドに鋭い槍の一撃を放った。影の正体は近藤礼一。先程、恵里に殺害され傀儡と成り下がった哀れな槍術師だ。皮一枚繋がった首をブラブラ振り回しながらも、槍術師の天職を持つ彼の激烈な突きは、風の螺旋を纏いながら、メルドを串刺しにせんと襲い掛かる。メルドが気付いた時にはもう手遅れだった。
「なっ!?」
「シュバッ!」
ガキンッ!!
だが、その突きがメルドに届くことはなかった。シュバルゴが、モンスターボールから勝手に飛び出して、“ファストガード”を使ったからだ。
「シュバルゴ……」
「シュバッ」
渾身の一撃が弾かれて、体勢を崩した近藤だったが、すぐに体勢を立て直して再び槍を振るおうとしてきた。それを見た誠司は一つのモンスターボールをメルドの真上に投げると同時に、指示を飛ばす。
「キョジオーン、“てっぺき”だ!」
「ジオン!」
キョジオーンはメルドとシュバルゴの前に立ちはだかるように現れると、すぐさま体を硬化させて、槍から守った。その間に、誠司とリリアーナはメルドの元に追いつき、メルドを諫める。
「メルド騎士団長、気持ちは分かるが、落ち着いてくれ」
「中西さんの言う通りです」
殺されかけたことと庇われたことによって、流石のメルドも冷静さを取り戻したようで、素直に謝罪する。リリアーナは急いで、障壁を誠司達の周りに展開していった。本来なら球状に展開して、守りを固めたいところだが、そうすると、誠司もメルドもポケモン達もまともに攻撃出来なくなってしまうので、板状に展開して一方向の攻撃を確実に防ぐことにする。
「すまない……」
「それで、これは一体……」
誠司が改めて尋ねようとした瞬間、近藤がまたまた強力な突きをお見舞いしようとしてきたので、しばらくの間、拘束することにした。
「“しおづけ”だ!」
「ジオ!」
キョジオーンが腕から塩の塊を生成して、発射する。その塩塊は近藤の身体にくっつくと、一瞬で肥大化し、彼の身体を包み込んだ。近藤は身動きが取れなくなったが、その次の瞬間、異変が起こった。
「キエエエエアアアアァァァッ!?」
近藤は、この世のものとは思えないような絶叫を上げ、苦しみ始めたのだ。苦しみ悶える近藤の身体は、やがて骨だけになり、その骨もまた、砂となって消えてしまった。その場には、彼の装備と槍だけが残った。それを見たメルドは思い出す。
「そうだ……思い出した……! 降霊術は塩に弱いんだ!」
中村恵里の使う降霊術は、死者を操るというとんでもない魔法だが、弱点もいくつかある。その中で特に致命的なのが、『塩に弱い』という点だ。
蘇った死体が塩を浴びると、魂との繋がりが脆くなり、やがて切断されてしまうのだ。そうなると、元の動かない死体に逆戻り。それどころか、二度とその死体は操れなくなってしまう。
「だから、塩を浴びせれば死体は二度と動かなくなるはずだ!」
「なるほど、それなら……キョジオーン、連続で“しおづけ”だ!」
「ジオン!」
キョジオーンは、塩の塊を次々に連射していく。
ーーーーーーーーーー
「な……んで……耐性はつけてたのに……」
近くで、その光景を見ていた恵里が呆然と呟いた。
当然、恵理もその弱点は把握していた。独自に習得した“縛魂”には塩類に対して、一定の耐性を持てるようにしている。なので、塩をかけられても問題ないはずだった。だが、現実は、あっさり消滅してしまっている。恵里が混乱するのも無理はなかった。
確かに、ただの塩であれば、効果はなかっただろう。しかし、このキョジオーンの特性は“きよめのしお”というものだった。この特性は、ゴースト属性の技の威力を半減させる効果がある。降霊術は、ゴースト属性に分類されるため、恵里の魔法であっても、よく効いたのである。
そんなことを知らない恵里は、これ以上手駒を消滅されてたまるかと、パラセクトや、清水に指示を送る。パラセクトは、そのまま誠司達に襲い掛かり、清水は虚ろな目のまま機械的に、近くの騎士達に指示を飛ばして襲わせた。
数人の騎士を消滅させることにした誠司達だったが、今度はパラセクトと別の騎士達が襲い掛かってきた。その騎士達は“しおづけ”を受けても苦しそうにはするが、消滅する様子はない。それを見たリリアーナが、障壁で身を守りつつ、「もしかして……」と声を上げる。
「全員が殺された訳ではないのですか……?」
リリアーナの言う通り、この場にいる騎士や兵士達は、全員が恵里に殺されて操られている傀儡兵という訳ではない。恵里の傀儡となった清水や、パシオのカラマネロによって洗脳された者も多くいた。全員が死んでいる訳ではないことを悟った誠司は舌打ちする。
「つまり、まとめて吹き飛ばすって手は使えないってことか!?」
“しおづけ”だけでは、埒が明かないと早々に判断し、まとめて原形を留めないくらいに吹き飛ばすつもりだったのだが、その手は使えなくなってしまった。流石に、洗脳されている被害者まで巻き添えで殺す気は、誠司にはなかった。一方で、メルドは内心、先程、部下達を殴りつけるだけで済ませていて良かったと安堵の溜息を吐いた。もし剣を抜いて斬り捨てていたら、傀儡兵だけでなく、洗脳されていた者まで殺していたかもしれなかったのだ。
まだ生きている者がいるというのは分かったが、それが逆に厄介になってしまっている。目の前の騎士達は、ぱっと見では死んでいるのか、生きているのか見分けがつかない。今のところじゃ、メルドやシュバルゴが襲ってくる者達の武器を破壊して隙を作り、キョジオーンが地道に“しおづけ”していくしかなかった。
「チッ! ここにシャンデラでもいれば……」
魂を吸い取る能力を持つシャンデラがこの場にいれば、生者と死者の区別が容易なのに、と歯噛みする誠司。その時、恵里の指示を受けたパラセクトがキョジオーンに向かって迫ってきた。草属性を持つパラセクトは、キョジオーンには効果抜群だ。現状で傀儡兵をどうにか出来るのが、キョジオーンしかいない以上、やられる訳にはいかない。
「頼む、マシェード!」
「マッシェ!」
「パララー!」
「ッ! マーシェ!」
マシェードの姿を見たパラセクトは、敵意をむき出しにして、キョジオーンからマシェードに標的を変更して襲い掛かってきた。マシェードもまた、普段の控えめな性格はどこへやら、いつになくやる気十分で、パラセクトに攻撃を仕掛け始めた。
マシェードとパラセクトは、種族柄、仲が非常に悪い。それがある意味で功を奏していた。
その時、一人の人物が誠司達の前に姿を現した。檜山大介だ。
「中西! リリアーナ姫! メルドさん!」
「え? ひ、檜山さん? あなたこそ、そんな酷い怪我で!?」
リリアーナが檜山の様子を見て顔を青ざめる。誠司も思わぬ人物の登場に、目を見開いた。それもそのはずだ、檜山の胸元はおびただしい血で染りきっていたのだから。どうみても、無理をして拘束を抜け出して来たという様子だ。
「頼む! 助けてくれ! このままじゃ……」
チラチラと、後ろの騎士達に怯えたような視線を向けつつ、檜山は必死で呼び掛ける。リリアーナは慌てて障壁を解除しようとするも、険しい顔をしたメルドが彼女の手を掴んで止める。
「メルド?」
「大介……お前、どうやって抜け出せた? 光輝ですら抜け出せていないのに」
「そ、そんなの知らねえよ!
「お前の身体には、傷一つないようだが」
よくよく見ると、檜山の身体にはおびただしい血で染まっているものの、傷らしきものはない。派手な血に目がいってしまい、大怪我を負っていると勘違いしていたのだ。
そして、極めつけに、騎士達は檜山をスルーして誠司達に攻撃を仕掛けてきた。それを見て、リリアーナは絶句した。芝居が失敗したことを悟った檜山は、途端に無表情になった。それから、舌打ちを一つ。
「チッ、大人しく騙されとけよ……」
檜山は剣を取り出すと、他の騎士達と一緒に攻撃し始めた。
「ひひっ……おらっ! さっさとくたばれよ!」
「ひ、檜山さん、どうし……くっ!」
異世界チートの猛攻によって、障壁にヒビが入り、顔をしかめるリリアーナ。だが、檜山の猛攻は止まらない。
「てめえらが助けたら、白崎が手に入んないだろうがっ! だからとっとと死ねよ!」
どうやら、恵里の言っていた「香織の身体を好きにしたい」人は檜山だったようだ。檜山の身勝手な言葉を聞いた誠司は、こんな相手に好かれてしまった香織に対して、内心同情する。そんな態度が癪に障ったのか、檜山は今度は誠司を標的に罵倒し始めた。
「中西! てめえ、南雲が女だって知ってたんだろ!? 知ってて陰で笑ってたんだろ!? 女だと知ってれば、俺は
檜山の言葉を聞いたメルドは、思わず声を荒げた。
「まさか……大介、お前……二人を奈落に落としたのはお前の魔弾だったのか!?」
『っ!?』
誠司を除く、その場にいた殆どの人間が絶句する。事故だと思っていた、いや、思うようにしていたあの悲劇の真相が明らかになったからだ。だが、檜山はメルドの言葉に答えず、誠司に向かって暴言を吐き続ける。
「てめえも南雲も奈落でくたばっておけば良かったのに……しぶとく生き延びやがって! 調子こいてんじゃねぇえええ!!」
檜山の態度に、誰の目から見ても、メルドの言葉が真実であることは明らかだった。雫は、悔しさからギリッと歯を食いしばる。その怒りは、檜山だけでなく、気付けなかった自分にも向けられていた。香織に至っては、ハジメを殺そうとした相手に、身体の痛みも忘れて、光の消えた瞳で睨み付けている。
誠司は無言でガメノデスを繰り出す。「こんな奴と話す価値はない」というかのように。代わりに、出てきたガメノデスは、目の前の相手が誠司を殺そうとしていたことを知って、怒り心頭だ。
ガメノデスを見た檜山は、先程までの怒りの表情から一転して、ニヤニヤ笑いに変わった。
「中西ぃ、魔獣を使うのがてめえだけだと思うなよ」
そう言うと、檜山は一つのモンスターボールを取り出した。誠司は目を見開いた。
「お前、なんでそれを……」
「出てこい」
彼のモンスターボールから出てきたのは、紫色のスカンクのようなポケモン、スカンプーだった。だが、そのスカンプーは、痩せこけており、毛並みもボサボサだ。そして何より、彼の目には檜山への信頼など微塵も宿っていない。寧ろ、敵意すら感じた。今まで檜山からどんな扱いを受けてきたのかを察し、誠司の瞳は同情の色を帯びた。だが、それもすぐに、檜山への怒りに変わる。
「……ガメノデス、行くぞ。ポケモントレーナーとは何たるかを叩き込む」
「ガッデス!」
「おら、とっとと行け!」
「………ブピッ」
二人の少年の指示のもと、ガメノデスとスカンプーが衝突した。
本作オリジナルとして、「降霊術は塩が弱点」という設定を追加しました。