首刈りウサギ
「……まさか、飛空艇なんてものまで建造しているなんてね。……もう、何でもありなのね」
雫は、手で日差しを遮りながら手すりに背中を預け、どこか達観したような、あるいは考えるのに疲れたような微妙な表情でポツリと呟いた。その一方で相棒のミジュマルは、手すりをよじ登り、雫の隣で移ろう景色を楽しんでいる。
雫とミジュマルが現在いる場所は、ハジメが作り出した飛空艇『フェルニル』の後部甲板の上である。このフェルニルは、重力石と感応石を主材料に、その他諸々の機能を搭載して建造された新たな移動手段だ。
全長百二十メートルと、ハジメが今まで作ったアーティファクトの中でも屈指の巨体を誇るフェルニルは、マンタインのような形状をしており、機体前面にある高所はブリッジとなっていて、中央部分にはリビングのような広間の他、キッチン・バス・トイレ付きの居住区まで備わっている。
「……まるで夢みたい」
雲上を飛び、周囲は見渡す限りの絶景だ。ほぅと溜息を漏らしながら、雫はそう呟いた。
光輝と共に、雫達も大迷宮攻略に随行したが、まさか旅の始まりがいきなり空の上で、しかも目的地のハルツィナ樹海まで僅か数日で到着すると知ったら、遠い目もしたくなる。通常なら徒歩三ヶ月はかかる道のりをだ。
王国と樹海の間であるヘルシャー帝国までなら二日もあれば到着するという。今後の人間族側の方針・援助の申し込みなどの協議を行うため便乗しているリリアーナなどは、驚愕のあまり白目を剥いていた程だ。
ちなみに、このタイミングまで誠司達がこの移動手段を用いなかったのは、このフェルニルが完成したのがつい最近だったからだ。元々構想自体は随分前からあったのだが、色々と問題点も多く、完成させること自体難しかった。だが、ちまちまと時間の合間に修練を重ねたことで技術力も向上した。手持ちのポケモンに、スーパーコンピュータ並みの頭脳を持つメタグロスがいたことも大きい。メタグロスから何度も設計を修正してもらい、ハジメの技術と仲間の協力もあって、完成に漕ぎ着けることが出来たのだ。
王都から出発する際、王都郊外の草原にてフェルニルをお披露目したハジメは、「旅の終盤で飛行系の移動手段を手に入れるのは常識でしょ?」と澄まし顔で軽く言ったりしていたが、得意げな様子は全く隠せていなかった。
ハジメのセリフを思い出して、一体どこの常識だと内心でツッコミを入れていた雫。そんな時、喧しい鳴き声が聞こえてきた。
「ムクーーー!!」
「こらっ、ムックル! 待てって!」
雫達が声のした方に視線を向けると、ムクドリのようなポケモン、ムックルとそれを追いかける光輝の姿があった。ムックルが手すりに止まって一休みしたのを見て、光輝も一息吐く。雫は苦笑しながら、光輝に話し掛けた。
「元気いっぱいね。そのムックル」
「ああ。おかげで、朝からずっと振り回されっぱなしだよ」
口ではそう言いつつも、光輝がムックルに向ける視線はどこか柔らかさがあった。このムックルは、昨日誠司から渡されたタマゴから孵ったポケモンだ。朝早く、王宮を出発する直前に生まれたのだ。モットーからタマゴを購入してから、それなりに日が経っていたこともあってか、光輝に渡した翌日に孵ることが出来た。
生まれたばかりのムックルは、光輝によく懐いており、光輝の周りを嬉しそうに飛び回っている。元気いっぱいで手が掛かるが、懐かれて悪い気はしない光輝であった。彼はそのまま、ムックルの隣の手すりに両腕を乗せると遠くの雲を眺め始める。
そして、ポツリと呟いた。
「これ……凄いな」
「そうね。……もう、いちいち驚くのも疲れたわ」
当然、光輝が言っているのは飛空艇フェルニルのことである。しかし、その表情に感心の色はなく、どこか悄然としており、同時に悔しそうでもあった。
「他の皆は?」
今現在、誠司達以外にこのフェルニルに乗っているのは、リリアーナとお付きの侍女、護衛の近衛騎士達数十名、そして光輝達勇者パーティーだけだ。
愛子は戦えない生徒達を放置出来ないと残った。メルドもまた、再編成した騎士団のことや王都のこともあるので残っている。リリアーナの護衛騎士達は、メルドや副団長のクゼリーがしっかり吟味した、優秀かつ信頼の置ける者達である。パシオのこともあり、相当細かく慎重に選出したそうだ。他にも、永山パーティーや愛ちゃん護衛隊の面々も、光輝達がいない間、居残り組のクラスメイト達や王都を放って出来ないと自発的に残っている。
もっとも、以前使った移動ゲート(ハジメは『どこでも⚪︎ア』と呼んでいる)に王宮の位置座標を設定しておいたので、必要であれば光輝達を一瞬で王宮に送り返すことも可能だ。
「龍太郎と近衛の人達はシアさんが作った料理食べてる。香織と鈴はリリィと話してるよ」
光輝の表情は、複雑そうに歪んでいた。そんな光輝の横顔を見て、どうしたものかと雫は苦笑いを浮かべた。
「随分と不満そうね。そんなに中西君達のことが気に入らないの?」
「……」
少し茶化すようにそう言った雫に、光輝はあからさまに不機嫌な表情になった。少しの間、無言だったが、やがて内心の不満を吐露する。
「……なんで中西は、この世界の人々なんてどうでも良いなんて言うんだ。南雲だって、こんな凄いものを作れるのに……なんで世のため人のために役立てようとしないんだよ……」
「……」
どうやら、光輝は誠司達のやり方に納得がいっていないようだ。そんな光輝に、雫は視線を遠くにやりながら、言葉を選ぶように語った。「勝手に言っちゃいけないことだとは思うけど……」と前置きをしつつ、
「……中西君、ウルの町での戦いで仲間のポケモンを亡くしてるらしいのよ」
「……っ」
「多分だけど、私達が思うほど、彼らにも余裕がある訳じゃないと思うわ。何でも出来る訳じゃないから、彼らも選んで生き抜こうとしている。彼らにとって、仲間の方が大事だから。その他大勢よりも、ね」
「俺はそれが……!」
「それじゃあ、光輝は、私や香織、龍太郎の命と、それ以外の大勢の命、どちらかしか助けられないってなったらどうするの?」
雫の残酷な問いに、光輝は思わず黙り込む。やがて光輝は絞り出すように言った。
「……そんな状況にはさせない。絶対に」
「……あくまで例えよ。まぁ、困っている人がいたら放っておけないのは光輝のいいところではあるのでしょうけど……それはあくまで光輝の価値観なのだから、中西君達に押し付けちゃダメよ」
「……なんだよ、雫はあいつの肩を持つのか?」
むすっとした光輝の態度に、雫は呆れ顔を向ける。
「なに子供っぽいこと言っているのよ。ただ、人それぞれってだけの話でしょ? それに、忘れているわけじゃないでしょうけど、何だかんだで中西君達は私達も含めていろんな人を救っているわ。ウルの町もそうだし、アンカジ公国も救っているそうだし。フューレンでは人身売買をしていた裏組織を壊滅させたらしいし、ミュウっていう海人族の女の子も救い出してお母さんと再会させたそうよ。……私達より、よっぽどこの世界の人達を救っていると思わない?」
「それは……」
光輝は複雑そうな表情を浮かべているが、雫の言葉を否定しきれずに黙り込む。しばらく、無言の時間が過ぎる。光輝がまた自分の中のモヤモヤと向き合い出したのを察して、雫も無理に話し掛けはしなかった。ふとムックルに視線を向けると、ムックルは話の内容が分からないのか、呑気に欠伸をしている。そんな相棒を見て、毒気が抜かれたのか、光輝は思わず苦笑いを浮かべた。
その時、今まで一定速度で飛行していたフェルニルが急に進路を逸らし始めた。帝国までは真っ直ぐ飛べばいいだけのはずなので何事かと顔を見合わせる光輝と雫。ムックルとミジュマルも気になっている様子だ。
「……何かあったのか?」
「取り敢えず、中に戻りましょうか」
二人は、一拍おいて頷き合うと急いで相棒ポケモンと一緒に艦内へと戻っていった。
ーーーーーーーーーー
雫達がブリッジに入った時には、既に全員が集まって中央に置かれている水晶のようなものを囲んでいた。
「何があったの?」
「あっ、雫ちゃん。うん、どうも帝国兵に追われている人がいるみたいなの」
尋ねた雫に香織が答えた。その香織が指差した立方体型の水晶には、峡谷の合間を走る数人の兎人族と、その後ろから迫る帝国兵のリアル鬼ごっこが映っていた。この水晶は、外部遠方の映像をブリッジに設置されている水晶に映すことが出来る、いわばディスプレイに画像を映せる望遠鏡の役割を持っていた。
雫が、その水晶ディスプレイを覗き込めば、確かに、水の流れていない狭い谷間を兎人族の女性が二人、後ろから迫る帝国兵を気にしながら逃げているようだった。追っている帝国兵のずっと後ろには大型の輸送馬車も数台有って、最初から追って来たというより、逃がしたのか、あるいは偶然見つけた兎人族を捕まえようとしているように見える。フェルニルの向きや速度が変わったのは、この状況を確認したためだ。
「そういうこと。だから進路を……」
雫が納得して呟いた。一方で、光輝は血相を変えて咆えた。
「不味いじゃないか! 直ぐに助けに行かないと!」
ここは空の上だというのに今にも飛び出していきそうだ。しかし、誠司は急かす光輝には答えず、その眉を寄せて訝しげに水晶ディスプレイを眺めている。最初はシアの同族ということもあるので、上空から帝国兵に向かって攻撃を仕掛けて助けることを考えたのだが、二人の兎人族の様子を見て違和感を抱いた。
先程から兎人族と帝国兵の間の距離が一向に変わっていないのだ。縮まってもいないし遠ざかってもいない。ずっと一定の距離を保っている。まるで、帝国兵が自分達を見失わないようにしつつ、彼らをどこかへ誘導しているように見えた。だから、帝国兵を攻撃せず、一旦様子見に留めていたのだ。そんなことは知らない光輝は、彼女達を見捨てるつもりかと声を荒げる。
「おい、中西! まさか、彼女達を見捨てるつもりじゃないだろうな!? お前が助けないなら俺が行く! 早く降ろしてくれ!」
「シア、こいつら……ラナとミナじゃないか?」
「へ? ……そういえば……」
いきり立つ光輝を無視してシアに声をかける誠司。「どこかで見たような……」とずっと気になっていたのだが、ようやく名前を思い出したのだ。ハジメが無言で映像をズームする。シアも誠司に指摘され、ようやく彼女達の正体に気が付いたようだ。ウサミミをみょんっと立てる。
「二人共、何をそんなにのんびりしているんだ! シアさんは同じ種族だろ! 何とも思わないのか!」
「すみません、ちょっとうるさいんで黙っててもらえますか?」
光輝は、自分の主張をシアにばっさりと切り捨てられて思わず口をつぐむ。ちなみに、光輝がシアをさん付けで呼んでいるのは、爽やかな笑顔で自己紹介と共に呼び捨てにしたところ、シアに、呼び捨ては止めろとにこやかに言われてしまったからである。光輝は、笑顔の迫力というものを初めて実感した。
「誠司さん、間違いないです。ラナさんとミナさんです!」
「やっぱりか。印象に残ってたんだよな。確かあいつらは……」
そうこうしている内に、逃げていた兎人族の女性二人が倒れ込むようにして足を止めてしまった。谷間の中でも少し開けている場所の中央付近だ。
それを見て、ハッと正気に戻った光輝がブリッジを出て前部の甲板に出て行こうとする。距離はまだあるが、取り敢えず魔法でも撃って帝国兵の注意を引くつもりなのだ。誠司がポツリと呟く。
「……終わったな」
「なっ、何を言っているんだ! 今からでも注意を引けばまだ……!」
「あー、違う違う。終わったのは……帝国兵の方だ」
「何を言っているんだ?」と光輝が訝しげな表情をした直後、「あっ!」と誰かが驚愕の声を上げた。光輝が、何事かと水晶ディスプレイに視線を向けると、そこには首から下が地面に埋まった帝国兵達の姿があった。さながら、キャベツ畑のようだ。
「……え?」
光輝だけでなく、誠司・ハジメ・ユエ・シア以外の、その場の全員が目を点にする。それから
程なくして、その斥候部隊が味方の死体の山を見つけ、その中央で肩を寄せ合って震えている兎人族の女二人に、半ば恫喝するように何かを喚きながら詰め寄った。彼らも酷く動揺していたのだろうが、無警戒に詰め寄ったのは悪手だった。どこかから電撃の網が飛び、斥候部隊を一人残らず痺れさせると、その隙に二人の兎人族、ラナとミナが彼らの首を刈り取っていく。
まるで玩具のようにポンポンと飛ぶ首に、光輝達が「うっ」と顔を青褪めさせて口元を押さえる。鈴など半分白目を剥いて倒れそうになり、龍太郎に支えられている有様だ。リリアーナや近衛騎士達は、兎人族が帝国兵を瞬殺するという有り得ない光景に、驚愕の表情を浮かべていた。それから彼女達はシアの方を凝視する。「特別なのはお前だけじゃなかったのか!?」と言いたげだ。シアは苦笑しながら答える。
「いや、紛れもなく特殊なのは私だけですからね? 私みたいなのがそう何人もいるわけないじゃないですか。彼らのあれは訓練の賜物ですよ。誠司さんが施した特殊訓練の」
『…………』
全員の視線が一斉に誠司に向けられるが、誠司はスルーする。
その間にも事態は最終局面を迎える。後続の輸送馬車と残りの帝国兵達が殺戮現場に辿り着いたのだ。道を塞ぐようにして散らばる味方の変わり果てた姿に足が止まる帝国兵達。仲間の首が大量に転がっている光景に、動揺し、騒めいている。
その時、馬車と帝国兵達の足元が突然、沈み始めた。まるで流砂のように、藻掻けば藻掻くほど身動きが取れなくなっていく。そんな彼らの動揺を突くかのように、崖から姿を現したハウリア族とポケモン達が帝国兵に襲い掛かる。ハウリア族はラナとミナを含め五名、ポケモン達は五体だけだが、帝国兵の数を確実に減らしていく。
「こ、これが兎人族だというのか……」
「マジかよ……」
「ウサギ、コワイ……」
フェルニルのブリッジでそんな戦慄を感じさせる呟きが響く。
「……ほぉ、以前より練度が上がってる。かなり上達したな」
誠司が頷きながら、そう呟く。水晶ディスプレイには、ほぼ無傷の状態で帝国兵を皆殺しにしたハウリア族の姿が映っていた。
光輝の中の人の柿原徹也さんはアニポケで、シンジの兄・レイジ役をやっていました。それ繋がりでムクホークを使わせたいなと思ったので、光輝の相棒ポケモンは、ムックルになりました。