魔獣使いと錬成師が合わされば世界最強   作:マロニエ19号

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リリアーナ王女の憂鬱(後編)

その二日後の夜のことだ。協議を重ねるガハルドとリリアーナのもとに、一報が飛び込んできた。

 

「以上で報告を終わります!」

「ご苦労、下がれ」

「はっ」

 

ツカツカと規則正しい足音を響かせて部下が出て行った扉を暫く見つめた後、ガハルドは、目の前で澄ました顔をしているリリアーナに視線を転じた。

 

リリアーナは、ガハルドの視線に気が付くと「大変そうですね?」と心配するような、或いは困ったような微笑みを向けた。隣国の王女として、先程報告された内容に憂いているような、されど口出しは余計だと弁えているようなそんな表情だ。

 

ある意味、見事な表情だと、ガハルドは思えた。

 

「全く、困ったものだ。魔獣共の暴走や魔人族の襲撃の次は、魔獣の仮面を付けた四人組の襲撃か……この件、どう思う? リリアーナ姫」

「……私には分かりかねます。報告では魔人族の切り札的な部隊とのことでしたが……」 

「そうだな。その可能性もあるだろう。まぁ十中八九、魔人族を騙る偽物だろうが、可能性がゼロではない。奴らも魔人族のように魔獣を使っていたようだしな。たとえ、その内の一人が光属性の魔法を自在に操り、眩い光のアーティファクトの剣を振るっていたとしても」

「………そうですね。恐ろしいことです」

「ああ、全くだ。しかも、何が目的かと尋ねたら、奴らは亜人奴隷達の待遇改善だと抜かしてくる。意味不明すぎて、実に恐ろしい。まるで、この世界の人間じゃないみたいだ。未知との遭遇だな?」

「そう、ですね」

 

リリアーナの表情は崩れない。ガハルドは面白そうにリリアーナを観察しているが、笑顔という仮面は鉄壁だ。何せ貼り付けたような笑顔ではなく、王族必須スキルであるその場の状況に応じて変幻自在に変わる笑顔なのだから。

 

しかし、そんな鉄壁な仮面であっても、僅かに呼吸が乱れていたことをガハルドは見逃さなかった。

 

「リリアーナ姫」

「はい?」

「確か勇者殿は、前に言っていた、中西誠司や南雲ハジメと一緒に樹海に向かったのだったな?」

「……その通りです」

「そうかそうか。ところで、話は変わるが、最近面白い亜人を捕まえてな」

「?」

 

内心、仮面達の正体を察して冷や汗を掻いていたリリアーナは突然の話題変換に目を瞬かせた。ガハルドはお構いなしに語る。

 

「特殊な、そうあまりに特殊な──兎人族だ」 

「………」

 

ぶわっと毛穴が開くような感覚。咄嗟に笑顔仮面を強化する。リリアーナは今この瞬間、五人目の仮面戦士となった。

 

「樹海の外れだというのに帝国の兵士とまともにやり合いやがった。とても、兎人族とは思えん殺意と覇気を持っていてな」

「まぁ! 温厚の代名詞のような兎人族に、そのような部族もいるのですね。恐ろしい……」

「それだけじゃない。そいつらは強力な魔獣達を使いこなしていて、おまけに装備も凄かった。オルクス大迷宮でしか取れないような貴重な鉱石で作られたものばかりだったからな」

「フェアベルゲンの技術力も侮れませんね。それに、兎人族が魔獣を使役することに長けているとは、知りませんでした」

「そうだな。俺も初めて知ったよ。装備についても、本当にフェアベルゲンの職人が作ったのなら、これまた奴隷狩りの意義が出てくる。そういえば、例の二人……中西誠司の天職は魔獣使い、南雲ハジメは錬成師……だったか? 凄い偶然だな」

「そうですね。それが何か?」

「いやなに、もしかしたら、中西誠司が兎人族に魔獣の扱い方を教えて、南雲ハジメが装備を提供した……なんてことがあったりしてな」

「そんなまさか……」

 

リリアーナの胃がしくしく痛むのを感じた。後でヘリーナに、お腹に優しい紅茶を入れてもらおう、そうしようと半ば現実逃避気味にそう考えていた。

 

その時、再び扉からノックの音が聞こえてきた。

 

「入れ」

「はっ! 失礼します。緊急故、報告をお許し願いたく!」

「構わん、どうした? また仮面でも出たか?」

「い、いえ。それが、その……地下牢のハウリア族が全員、脱獄した模様です!」 

「……は?」

「そして、奴らの魔獣達も全て姿を消しておりまして……」

「…………」

 

有り得ないことを聞いて、ガハルドの視線がリリアーナに向けられた。珍しく無表情だ。無機質な目がジッとリリアーナに注がれている。

 

リリアーナは「あらまぁ、大変!」と言いたげな表情を見事に作り出すと同時に、内心で絶叫した。

 

(来てる! 絶対に来てるぅ! 帝城の地下牢から、気付かれずに脱走させるなんて、あの人達以外に無理ぃ! というか、光輝さん達も何やっているのですかぁっ!? 仮面の意味ないし! せめて聖剣くらいは隠してくださいよぉっ!!)

 

無表情なまま、ガハルドが感情のない音声で尋ねた。

 

「そういえば、リリアーナ姫」

「はい、陛下。なんでしょうか?」

「中西誠司と南雲ハジメには、異常な程に強い仲間がいるのだったな? その内の一人は、兎人族だとか」

「ええ、兎人族の方がいましたね。それが何か?」

 

可愛いらしく、首をコテンと傾げるリリアーナ。誰が見ても不思議そうな顔だが、内心では絶叫していた。

 

(ばれてるぅ! 絶対にばれてるぅ! これ、もしかして私も関与を疑われているんじゃ? いやぁっ、どうして私がこんな目に! 私は全く関係ないのにぃっ!)

 

無表情のガハルドに、何も分かっていなさそうな可愛らしい疑問顔を見せながら、リリアーナは内心で愚痴やらツッコミやらを入れる。ストレスからか無性に壁を殴りたくなってくる。だが、淑女がそんな真似をする訳にはいかないので、ワナワナ震える拳をどうにか堪えるしかなかった。

 

ーーーーーーーーーー

その翌日。

 

この日はリリアーナ姫と皇太子の婚約発表を兼ねた歓迎パーティーが催されることになっており、リリアーナは朝からその準備で大忙しだった。

 

そんな彼女の耳に、一報が届く。

 

「リリアーナ様。その、門のところにですね、リリアーナ様を訪ねて来ている方々がいるそうなのですが……」

 

門番の兵士から伝言を預かった使用人が困惑したように伝えてくる。予定にない来客にリリアーナも少々困惑しつつ、小首を傾げて尋ねた。

 

「どなたですか?」

「はぁ。なんでも、勇者を名乗っていらっしゃっるとか」

「なんで正面から来ているのですかぁ!?」

「ひっ!?」

 

リリアーナは絶叫した。使用人はビクッと体を跳ねさせた。だが、今のリリアーナに取り繕うほどの余裕はない。何せ、正体バレバレのお尋ね者が正面から自分を訪ねてきているのだ。勇者の傍には首謀者二人もいるに違いない。

 

「直ぐに迎えを! 必ず、私の部屋の応接室に通して下さい! 一直線で! 有無を言わさず! お願いしますね!」 

「は、はいぃ!」

 

王女に両肩を掴まれ、若干血走った目で()()()された使用人は、涙目で部屋を出て行った。

 

「ヘリィ〜〜〜ナァ! 光輝さん達がガハルド陛下と謁見する前に、何がなんでも割り込みますよぉ! 準備を!」 

「お任せあれ!」

 

ヘリーナを筆頭に、連れてきた侍女達が一斉に動き出す。リリアーナもまた、「今度は何をやらかす気ですかっ!?」と、鼻息荒く準備を進めるのだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

「それで?」

 

帝城に来てから、一悶着あったものの、誠司達が案内された一室にはリリアーナが待ち構えており、彼女の第一声がそれだった。満面の笑みを浮かべているものの、目は笑っておらず声音は冷たい。

 

「帝都での茶番といい、一体全体どうして皆さんがここにいるのですか? 納得の出来る説明を求めます。ええ、それはもう強く強く求めます。誤魔化しは許しませんからね! 特に、南雲さんと中西さん! 絶対、裏で糸を引いているのは貴方達でしょう! というより、南雲さんは他人事みたいにシアさんのウサミミをモフらないでください! ユエさんも何でシアさんのほっぺをムニムニしているんですか!」

 

リリアーナが、ハジメにキッと睨む。一方で、ハジメはシアのウサミミをモフるのに意識を割いており、リリアーナの言葉にも右から左だ。ハジメと一緒にユエも、シアのほっぺをムニっている。

 

そんな態度に、リリアーナは更に激昂し、友人である香織と雫に宥められていた。ハジメが頬を掻きながら言った。

 

「まぁ、大目に見てくださいよ。ちょっと事情があって、今のシアは不安定だったもので」

「不安定、ですか? 何か具合でも……」

 

先程までの怒りとは打って変わって、心配そうな表情を浮かべるリリアーナ。

 

視線を受けたシアは、何かを堪えるようにグッと唇を噛み締めていたが、先程からされていたモフモフとムニムニに表情を緩め始めた。俯かせていた顔を上げると「大丈夫です」といつもの笑顔を見せる。

 

シアがこうなったのは、帝城に入る際にある人物と会ったのが原因だった。その人物は、かつてフェアベルゲンから逃げ出した際のハウリア族を襲い、殺して連れ去った部隊の隊長だった。彼はシアに帰ってこない部下について罵りながら尋問して連行しようとした。その場は誠司やハジメがやり込めたことで事なきを得たが、シアは必死に殺意を抑えるために情緒不安定になっていた。

 

家族を大勢奪った憎き相手だが、ここに来た目的を考えると殺す訳にはいかない。だから必死に我慢していたのだ。そして、それを察したハジメとユエが、シアを甘やかすことで宥めていたのである。誠司もシアの心情を察してはいたが、ハジメと同じようにやるのはセクハラになるので、見守るだけに留めている。

 

事情を知らない者のために、誠司が掻い摘んで先程の男とシアの関わりを話すと、皆一様に悲痛そうな表情になり、次いで、光輝達は当然の如く憤り、リリアーナは暗い表情で俯いてしまった。リリアーナとしては、亜人族の奴隷化はこの世界の常識であり容認して来たことなので、自分が憤るのは余りに筋違いだと思ったのだ。

 

自分に何かを言う資格はないと判断したリリアーナは、いつもの笑顔を振りまくシアを眩しげに見つめながら、話の続きを促した。

 

「それで、なぜこちらに来たのですか? 樹海での用事は? それと、昨夜の仮面騒動は何なのです? もうそろそろ、ガハルド陛下から謁見の呼び出しがかかるはずです。口裏を合わせる為にも無理を言って先に会う時間を作ってもらったのですから、最低限のことは教えてもらいたいのですが」

「そんなに矢継ぎ早に聞かなくても。どうせ、夜になったら全部分かりますよ。まぁ、俺達に関しては、用事が先延ばしになったから暇潰しでこっちに来た、とか言っておいてください」

「そんな適当な…… それに夜になれば分かるって、まさか、また仮面でも着けて暴れる気ですか? 分かっているのですよ! 雫達に恥ずかしい格好をさせたのはお二人だって!」

「とんだ濡れ衣ですね。正体を隠した方が良いと提案はしたけど、それで仮面を選んだのはハジメですよ?」

「え? 突然の裏切り? それより、姫さんもそろそろ落ち着いて。もっと大雑把にならないと禿げますよ?」

「禿げませんよ! なんてことを言うんですか!」

 

誠司達に話す気がないことを悟り、リリアーナは落ち込む。その隣で雫もまた、自らの黒歴史にどんよりしていた。道中、ヤドンマスクの噂を聞いたことも原因だろう。

 

「……それに昨夜、仮面騒動とは別に帝城の地下牢から脱走騒ぎがありました。犯人は南雲さん達として」

「当然のように犯人扱いですか?」

「他にいないでしょう……詳しい話は聞いていませんが、捕らわれていた兎人族はハウリア族の方ですよね? シアさんのために助けたというのは分かります。分からないのは、今更ここに乗り込んできたことです。何を考えているのですか?」

 

必要なら口裏も合わせるし協力もする。リリアーナの瞳はそう物語っていた。リリアーナの人の好さに、光輝達だけでなく、ユエ達もほっこりしたような表情を見せる。ハジメも微笑みを浮かべて……

 

「ちょっとなに言ってるのか分からない」

「なぜ分からないのですか!?」

 

リリアーナは噴火してハジメに飛び掛かりそうになる。それをどうにか香織と雫が抑え込む。その後、何度も誠司達を問い詰めようとするリリアーナだったが、のらりくらりと躱され、最終的には匙を投げた。そんなリリアーナを他所に、誠司は「早く時間にならないかな」と遠い目を向けていた。さっさとこの居心地の悪い部屋から出たかった。

 

何せ、部屋の壁には、今まで討ち取ったと思われる魔人族の大将首が幾つか飾られていたからだ。所謂ハンティングトロフィーというやつで、帝国の強さを見せつけるためだろうが、趣味が悪すぎる。その証拠に、この部屋にいる者全員、頑なに壁の方には目を向けようとしなかった。リリアーナが必死に話をしていたのも、この部屋の居心地の悪さを忘れたかったからというのもあるのかもしれない。

 

そして、遂に謁見の時間になり、案内役がやって来た。誠司達は案内役に付いて行き、ガハルドのもとへ向かった。

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