誠司達が通された部屋は、何も置かれていない簡素な場所だった。その部屋の真ん中に、不敵な笑みを浮かべる男ガハルド・D・ヘルシャーが立っていた。壁際には、見るからに実力者と思われる男達が左右の壁にそれぞれ四人ずつ控えている。
誠司達が部屋に入るなり、リリアーナによる紹介も、勇者である光輝への挨拶もすっ飛ばして、ガハルドはハジメをその鋭い眼光で射抜きながらプレッシャーを叩きつけた。数十万もの荒くれ者共を力の理で支配する男の威圧は半端なものではない。同じ王族であるリリアーナが息苦しそうに小さな呻き声を上げ、光輝達は思わず後退りをする。
しかし、そんな強烈なプレッシャーの中でも、誠司、ハジメ、ユエ、シア、ティオの五人は平然としていた。大迷宮攻略者にとって、この程度の威圧はそよ風のようなものだ。そんな誠司達を見て、ますます面白げに口元を吊り上げるガハルド。誠司が胸に手を当てて軽くお辞儀しながら、返事をする。
「ええ、俺は中西誠司と申します。こっちは南雲ハジメ。お初にお目に掛かります、皇帝陛下」
「ふん、そんな畏まった態度は取らなくて良い。今は普段通りの態度にしていろ。俺は、素のお前達に興味があるんだからな」
「……そう、それならいつも通りで」
「後で不敬だの何だの言わないでくれよ」
「安心しろ。この俺がそうしろと言ったんだから、何も問題はねえ」
「それにしても、随分と殺風景な部屋だな。こんな場所で会談するのか?」
誠司がそう言うと、ガハルドはニヤリと笑った。
「いや。話をする前にまず、やりたいことがあってな」
その時、壁際に控えていた部下の一人がガハルドに近寄り、木剣を差し出す。部下から木剣を受け取ると、ガハルドはある提案をした。
「中西誠司、お前の魔獣と一度、手合わせを願えないか?」
いきなりの決闘の誘いに、誠司は目を見開いた。他の面々も同様だ。リリアーナは、思わず苦言を呈そうとするが、ガハルドがそれを制す。
「いやなに、お前達の強さはそこのリリアーナ姫から聞いてはいるんだが、王国の言う『強い』は今ひとつ信用出来なくてな。実際やってみないとその強さを実感出来ないんだ。受けてくれるよな? もちろん」
「……そういうことなら。ただ、重傷を負っても文句は受け付けませんよ」
「当たり前だ」
こうして、誠司とガハルドが対戦することになった。誠司とガハルド以外の面々は、壁際に移動して二人の戦いを見守ることになった。ガハルドが軽く木剣を素振りしているのを他所に、誠司は一つのモンスターボールを取り出した。
出てきたのは、ミロカロスだ。ミロカロスが姿を現したことで、「ほぉ」という声が聞こえてきた。対戦相手であるガハルドも一瞬だけ驚きの表情を浮かべる。
「……ミロカロスか。随分珍しいのを持っているんだな」
ミロカロスは、世界で最も美しいとされているポケモンだが、まだまだ謎が多いポケモンでもある。そして、その美しさや謎の多さに魅了されて、異端覚悟で絵画や彫刻を創る芸術家も少なくない。誠司がミロカロスを選んだのは、帝国最強の男と戦うにあたり、情報の少ないポケモンで挑んだ方が良いだろうという判断があったからだ。
「それでは……始め!」
対戦の合図が出た瞬間、ガハルドは一気にミロカロスに向かう。誠司は冷静にミロカロスに指示を飛ばす。
「ミロカロス、“アクアテール”で迎え撃て」
「ミーロォッ!」
水を纏った尾と木剣が激しく衝突する。更に誠司の指示が飛ぶ。
「“チャームボイス”」
「ぐぅっ!?」
弾かれた剣を再度振るおうとしたその時、ミロカロスが特殊な音を発生させて動きを鈍らせる。その隙を突いて、ミロカロスはガハルドの手から木剣を叩き落とすと、ガハルドの身体に巻き付き始めた。締め付けられているにも関わらず、ガハルドは不敵に笑う。
「こいつは……“まきつく”か。ちと厄介だな。だが、それだけじゃねえだろ?」
「もちろん。“アイアンヘッド”」
ミロカロスの頭がみるみるうちに硬化していく。それを見てガハルドは、足下に落ちている木剣を蹴り上げ、利き腕でない方の腕でそれを掴むと、勢いよくミロカロスの尾に突き刺した。この木剣は切れ味は無いが、先が尖っており、突き刺すことが可能だ。
ミロカロスは思わず苦悶の声を上げて、締め付けが弱くなる。その隙を突いて、ガハルドはミロカロスの尾を押さえ込む。
「蛇型の魔獣にとって、尾が手足の役割を担う。だから、その尾が使い物にならなくなれば……」
ギチギチという音が、ミロカロスの尾から響く。骨を折るつもりだと瞬時に誠司は悟ると、すかさずミロカロスに指示を飛ばす。
「“うずしお”」
「ミーーロォ!!」
「ごがばっ!?」
ミロカロスはすぐさま、渦潮を生み出す。ミロカロスに密着していたガハルドは、そのまま渦潮に呑み込まれた。だが、ガハルドはその渦潮を力づくで破壊してどうにか脱出する。全身びしょ濡れだが、まだまだ戦る気のようだ。咳き込みながらミロカロスを見ると、ミロカロスの体が完治していることに、ガハルドは気が付いた。
「チッ、“じこさいせい”か。味な真似を……」
そう言いつつも、ガハルドの顔はどこか楽しそうだ。再び反撃で剣を振るおうとしたその時、壁際に立っていた男がガハルドを呼び止めた。
「……陛下。そろそろ会談に戻るべきかと」
ガハルドは、不機嫌そうに声のした方に顔を向けた。ガハルドの睨みに対しても、その男は表情一つ変えることはない。
「なんだよ、ベスタ。まだ勝負は……」
「この後も予定が詰まっております。今回の会談では、他にも色々確認すべきことがあるはずでは?」
ガハルドとベスタは、数秒ほどお互いを睨み合うが、やがてガハルドが溜息と共に折れた。
「はぁ〜、分かったよ。まぁ、中西誠司と魔獣のコンビネーションがかなりのもんだってのは今のでよく分かったしな。それじゃあ、別室に案内してやってくれ。俺も着替え次第、向かう」
「御意」
ベスタが心得たというように頭を下げる。それを見たガハルドはフンと鼻を鳴らしながら、ベスタ以外の護衛を引き連れて、そのまま部屋を出て行ってしまった。どうやら、皇帝との対戦はこれでおしまいのようだ。
誠司はミロカロスをボールに戻しつつ、ハジメ達と共に、ベスタの案内のもと、別室に移動することになった。ベスタによれば、今ガハルドと戦った部屋は、『決闘の間』と呼ばれて場所らしい。実力主義を謳う帝国において、帝位継承などの問題で中々決着が着かない場合は、決闘で解決を図る。その決闘では皇帝自らが立会人を務め、あの部屋で行われるのだそう。普段使われることはないのだが、今回は皇帝自らが戦うため、特別に決闘の間が開放されたのだ。
王宮ではそんな部屋はなかったこともあり、どこまでも帝国は武闘派なんだなと再認識する誠司達。次に誠司達が通された部屋は、三十人くらいは座れる縦長のテーブルが置かれた部屋だった。先程の決闘の間ほどではないが、この部屋もほとんど装飾がなく、簡素な印象だ。
誠司達が入ってからその一分後に、ガハルドも、一人の護衛と共に反対側の扉から入って来た。先程の動きやすそうな軽装とは違って、服装は豪華だ。恐らくこれが正装なのだろう。
「待たせちまったか?」
「いえ、今部屋に入ったところです。陛下」
「そうか。お前らも自由に座って良いぞ」
ガハルドの問いに、ベスタが代わりに答える。ベスタの答えを聞いたガハルドが、誠司達にそう呼び掛けつつ、先にテーブルの上座の位置にドカッと座った。ベスタももう一人の護衛と同様にガハルドの背後に待機する。他の護衛達の姿が見えないが、恐らく天井裏や扉越しなど別の場所で待機しているのだろう。その証拠にシアのウサミミがピコピコと、しきりに反応している。
ガハルドに続いて、誠司達も順に席に着いていく。その時にようやくガハルドは誠司やハジメ以外の面々にも視線を向けた。ユエ達を興味深げに観察し、特にシアに対しては意味深げな視線を向ける。次いで、光輝達の方に視線を向けると……光輝はスルーして隣の雫に目を向けニヤリと楽しげな笑みを浮かべた。
「雫、久しいな。俺の妻になる決心は付いたか?」
「陛下! 雫は既に断ったでしょう!」
ガハルドの言葉に雫が何かを言い返すより早く、光輝が反応する。チラリと光輝を見たガハルドは、ハッと鼻で笑うと雫を真っ直ぐに見つめだした。あからさまな“眼中にない”という態度をとられて額に青筋を浮かべる光輝。
そんな二人に嘆息しながら、雫は澄まし顔をして答える。
「前言を撤回する気は全くありません。陛下の申し出はお断りさせて頂きます」
「つれないな。だが、そうでなくては面白くない。元の世界より、俺がいいと言わせてやろう。その澄まし顔が俺への慕情で赤く染まる日が楽しみだ」
「そんな日は永遠に来ませんよ。……というか、皇后様がいらっしゃるでしょう?」
「それがどうした? 側室では不満か? ふむ、正妻にするとなると色々面倒が……」
「そういう意味ではありません! 皇后様がいるのに他の女に手を出すとか……」
「何を言っている? 俺は皇帝だぞ? 側室の十や二十、いて当たり前だろう」
「ぐっ……そうだったわ。と、とにかく、私は陛下のものにはなりません。諦めて下さい」
「まぁ、神による帰還が叶わない以上、まだまだこの世界にいるのだろうし、時間をかけて口説かせてもらうとしようか。クク、覚悟しろよ、雫」
断られても諦めていないガハルドに、雫は心底嫌そうな表情でそっぽを向く。その時、そっぽを向いた先で雫の視線が、偶然、誠司と合う。雫は、誠司が少し驚きの表情を浮かべていることに気が付く。
「……何よ?」
「いや、俺が想像していた以上に気に入られていて驚いたんだ。てっきり、社交辞令か何かで言われたんだと思っていたからな」
雫がガハルドから求婚された話は聞いていたが、どうやら本当に、ガハルドは雫を気に入っているようだ。雫からそっぽを向かれても、全く気にした様子もない。「社交辞令ならどれほど良かったか……」と言いたげに雫は溜息を吐く。
そんな誠司の言葉に、ガハルドは笑った。
「社交辞令でそんなこと言わねえよ。愛の言葉は嘘偽りなく、だ。男たるもの、愛の告白に誤魔化しは邪道だろ」
「……それで多くの妻や愛人を口説き落としてきた訳か」
「英雄、色を好むってやつだな。というか、お前も似たようなもんだろ? そんなに美女・美少女を侍らせといてよ」
ガハルドは、誠司の近くを座るハジメやユエ達に視線を向ける。自分と同類だとガハルドに思われていることに、誠司は顔を顰めた。
「一体どこで見付けてきたんだ? こんな女共がいると分かってりゃあ、俺が直接口説きに行ったってぇのに……一人ぐらい寄越せよ、中西誠司」
「馬鹿言うなよ。っていうか、あんたよりも遥かに年上なのが二人ほどいるけど良いの「「……誠司」」……うぐっ!?」
「……それで、こんな無駄話が会談なの? それならさっさと退出したいんだけど」
「無駄話とは心外だな。多少話がズレちまったが、新たな側室、或いは皇后が誕生するかもしれない話だぞ? 帝国の未来にも関わっているというのに………まぁ、話したかったのは確かに雫のことではない。分かっているだろう? お前達の異常性についてだ」
途端にガハルドの雰囲気が変わる。今までの覇気を纏いつつもどこかふざけた雰囲気を含ませていた雰囲気と異なり、抜き身の刃のような鋭さを放ち始めた。