ガハルドは、誠司達との謁見の時間をとった最大の理由に切り込んだ。
「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前達が大迷宮攻略者であり、南雲ハジメはアーティファクトを創り出せると。魔人族の軍勢と戦えるものや、二ヶ月かかる道程を僅か二日足らずで走破するようなものを。それは真か?」
「ああ、そうだね」
「それで中西誠司は、さっきのミロカロスのような強力な魔獣を多数従えている。真か?」
「そうだな。大軍勢って訳ではないが、どいつも大迷宮攻略で通用するレベルだ」
「……南雲ハジメはアーティファクトを、中西誠司は魔獣達を王国や帝国のために供与したり、力を貸す意思もないという訳か?」
「ですね」
「当たり前だ。ナイフを貸し借りするのとは訳が違う」
「……ほう? ロギンスには魔獣をくれてやったそうじゃないか?」
「シュバルゴが気に入ってな。少なくとも、奴隷扱いしてくるのが目に見えてる相手に渡す気はないよ。酒とギャンブルに溺れたおっさんのもとへ養子に出す親はいないだろ? それと同じだ」
誠司の言い方に、流石のガハルドもピキッときたようだ。口元が微妙に引き攣っている。
「一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」
「ハッ!」
誠司が煽るように鼻で笑うと、ガハルドが目を細める。同時に、ガハルドから放たれる覇気がさらに密度を増し、護衛からも殺気が放たれる。まさに一触即発の状態である。
「ガ、ガハルド陛下! 何を考えてっ」
リリアーナが顔面を蒼白になりながら苦言を呈す。しかし、ガハルドの視線は誠司に固定されたまま、返事もない。緊迫する空気に光輝達が顔を強ばらせ腰を浮かせた。だが、当の誠司達は全く動じていない。紅茶に手を伸ばしながら、誠司は言った。
「そろそろ、隠れてる奴らを下げて貰いたいな。折角の紅茶が不味くなる」
「……隠れてる? 何のことだ?」
「とぼけなくて良い。さっきの部屋に控えてた護衛六人がそのまま皇帝ほっぽり出していなくなるかよ。大方、天井裏やら扉の向こうやらに控えているんだろ?」
「………」
「………」
しばらく睨み合うガハルドと誠司。やがて、ガハルドは豪快に笑った。
「はっはっはっ、バレてたか。お前が魔獣の力に頼っただけの雑魚って訳じゃないのはよく分かった」
「あいつらにだって、自分の意思があるんだ。力量のないトレーナーにポケモン達は従わない」
「道理だな」
そう言って、ガハルドは覇気を収めた。それに合わせて周囲の者達も剣呑な空気を収めていく。光輝達が大きく息を吐いて椅子に座り直す。リリアーナは胃がシクシクと痛みを訴えてるようでお腹を摩っている。
「そういや、中西誠司。お前が一番好きな魔獣は何だ?」
急に出されたガハルドの質問に、誠司は首を傾げた。質問の意図が分からなかった上に、好きなポケモンは色々あるため、中々答えが出なかった。だが、ガハルドは特に気にした様子もなく、言った。
「まぁ、好きなのが多すぎてすぐには決められんか。俺にも好きな魔獣がいてな……コイキングだ」
「……コイキング?」
思わぬポケモンの名が出てきて、誠司は思わず怪訝そうな表情を浮かべる。誠司だけではない。コイキングがどういうポケモンか知る者は皆、誠司と同じような表情を浮かべていた。逆に、鈴や龍太郎などのコイキングを知らない者は小首を傾げている。
「……意外ですね。最弱のポケモンが好きだなんて。帝国最強の男が」
コイキングは、全てのポケモンの中で最も弱いとされている。取柄といったら、跳ねることや、生命力が強いことくらいだろう。ガハルドは笑みを浮かべた。
「意外……か。確かにそうかもしれん。中西誠司はコイキングの進化形態が何か知ってるよな?」
「もちろん。ギャラドスでしょ?」
「そうだ。一晩で村一つを焼き滅ぼしたという伝承がある程の、凶悪かつ強力な魔獣、ギャラドスになる。だが、ギャラドスに進化出来るコイキングはほんの一握り。実力や環境、それらを引き当てる強運……そういった要素を持つ奴だけだ。……俺自身、多くのライバルを蹴落として皇帝になったからな。だからか、幾らかシンパシーを感じるんだ」
「なるほど……それで何故その話を?」
誠司としては、皇帝が何故その話をしてきたのか読めず、尋ねた。すると、ガハルドはシアに意味ありげな視線を向けてきた。
「つい最近、面白い玩具を捕まえてな。亜人族の中でも最弱とされていたはずの兎人族だ。そちらの兎人族のように、俺の気当たりにもまるで動じない。まぁ、そいつみたいな珍しい髪色はしていなかったがな」
ガハルドの発言に、シアの目元がピクリと反応する。隣のユエが、テーブルの下でそっとシアの手を握った。誠司は、ガハルドがハウリア族を気に入った理由の一端が見えた気がした。恐らく、ガハルドはただ強い者が好きなのではない。強くなった者が好きなのだろう。
「……玩具ね。心当たりはないんだが」
「そうか。なら、後で見てみるか? 昨日、何匹か逃げられちまったが、実は逃げ遅れたのがいてな。女と子供なんだが、これがなかなか……」
「別に興味ないな。シアがいるからと言って、兎人族が大好きって訳でもないし」
ガハルドの言葉はハッタリだ。カムを通じて、捕まった者全員を連れ出したことは確認済みだし、そもそも捕まったのは全員男だ。仮にそのハッタリに乗ったとしても、困るのはガハルドの方だろう。しかし、ガハルドの口撃は終わらない。
「ほぉ、そいつらも強力な魔獣や凄まじい業物のショートソードや装備を持っていたんだが、それでも興味ないか? 魔獣使いや錬成師にとって、興味があるんじゃないかと思ったが」
「興味がない訳じゃないが、連れて行けないんだろ? だったら意味がない」
「僕も剣は使わないし、作らないから興味はないね」
「……ところで、さっき言った逃げた奴らのことなんだが……どうも脱獄を手引きした奴がいるようでな。この帝城へ易々と侵入し脱出する、そんな真似が出来るアーティファクトは知らないか、
「さぁ? 似たようなのはあるけど、あれは一度行ったことのある場所しか行けないからなぁ……そこが要改良だ。僕もまだまだだよ……」
「……そういえば、奴らもお前達と同様、赤と白の球体を使って魔獣を出し入れしていたな。特殊な木の実と鉱石で出来た代物だったが、偶然か?」
「へぇ、凄い偶然。ポケモンを育てる人は、皆同じことを考えるんだね」
「はぁ~~……」
ガハルドは大きな溜息を吐いた。
「……じゃあ、最後の質問だ。何を得られれば帝国につく?」
「対価次第だな。少なくとも……安くはないと思った方が良いぞ」
「僕は元の世界に帰る方法。最終目標はそれだから」
「チッ、話に聞いた通り、肝が太いというか何というか……」
ガハルドがガリガリと頭を掻きながら悪態をつく。しかし、その表情にはやはり何処か楽しげな表情が浮かんでいる。ハウリア族や雫のように、自分に抗う相手というのが実に好みらしい。同時に、今のやり取りで誠司達の人物評価も確定したようだ。
言葉の端々に含ませたものから、恐らくガハルドは、ハウリア族と誠司達に関係があると察している上に、脱獄も誠司達の手引きだと気が付いているのだろう。それでも、ガハルドは直接誠司達と相対するような行動はとらないようだ。帝城から追い出そうとしないのが良い証拠である。
その時、ちょうど時間が来たのか、背後に控えていたベスタが、そっとガハルドに耳打ちする。ガハルドはおもむろに席を立った。
「まぁ、最低限、確認すべきことは確認出来た。……今のところは、これくらいで良しとしておこう。帝国も王国も、今は大忙しだしな。ああ、そうだ。今夜、リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。お前達も是非、出席してくれ。姫と息子の婚約パーティーを兼ねているからな。真実は異なっていてもそれを知らないのなら、『勇者』や『神の使徒』の祝福は外聞が良い。頼んだぞ?」
ガハルドは、突然落とされた爆弾発言に唖然とする光輝達を尻目に、そのまま颯爽と部屋から出て行った。バタンと扉の閉まる音が響き、それによってハッと正気を取り戻した光輝達がリリアーナを詰問する。
「リリィ、婚約ってどういうことだ!一体、何があったんだ!」
「それは……例え、神の遊戯でも、魔人族が攻めてくれば戦わざる得ません。我が国の王が亡くなり、その後継が未だ十歳と若く、国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことです」
なんでもないように語るリリアーナに光輝は絶句してしまう。代わりに雫が厳しい表情で尋ねた。
「それが、リリィと皇太子の結婚ということなのね?」
「はい。お相手は皇太子様ですね。ずっと以前から皇太子様との婚約の話はありました。事実上の婚約者でしたが、今回のパーティーで正式なものとするのです。魔人族の侵攻で揺らいでいる今だからこそ、というわけです」
話を聞いた誠司も難しい表情を浮かべる。少し心配そうに尋ねた。
「皇太子というと……バイアス皇太子か。王宮にいた時に何度か耳にしたが、あまり良い評判を聞かなかったが……」
「もっと他に適役はいなかったのか?」と言外に尋ねる誠司に、リリアーナは首を横に振る。
「残念ながら、他の有力な貴族の中で歳が釣り合う方はいませんでした。それに、私の立場を考えると、他の皇子と婚約という訳にもいきませんし」
「そうでしたか……王国で協議はしなくても大丈夫なんですか?」
「事後承諾ではありますが、反対はないでしょう。元々そういう話だったわけですし。それに、今の王国の実質的なトップは私です。ランデルは未だ形だけで、お母様も前には出ない人ですから。なので、問題ありません。今は何事も迅速さが必要な時なのです」
リリアーナは極めて冷静だ。悲劇のヒロインのような雰囲気は微塵もない。ただ、自分の役目を全うすべく全力を注いでいる、といった様子だ。光輝は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら口を開いた。
「……リリィはその人のことが好きなのか?」
その質問には、流石のリリアーナも困った顔になる。
「……好き嫌いの話ではないのです。国同士の繋がりのための結婚ですから。ただ……気難しい方ですし、次期皇帝陛下筆頭候補ともなれば側室も多く娶る必要があって、現在の愛人の方々の中からも選ばれる方もいると思いますが………ふふふっ、私の立場上、彼女達を差し置いて正室になるのですよ。凄いでしょう。まぁ、後宮内の調整に関しては、私が最年少ですし、胃がシクシクしちゃうのですが……」
リリアーナは、冗談めかしてドヤ顔をしたり、わざとらしくお腹を擦ったりして雰囲気を明るくしようとするが、その気遣いの態度に、光輝は逆に声を荒げた。
「な、なんで、そんな平然としているんだよ! 好きでもない上に、そんな奴と結婚なんておかしいだろ!」
「光輝さん達から見ればそうなのかもしれませんが、私は王族で王女ですから。生まれた時から、これが普通のことです」
「普通って……リリィだって女の子なんだ。ちゃんと好きになった人と結婚したいんじゃないのか?」
納得出来ず言葉を重ねる光輝に、リリアーナはただ困った笑みを浮かべるだけだった。リリアーナだって、香織や雫といった異世界からやって来た同年代の女子との交流もあり、ロマンチックな恋愛に憧れはある。だが、王族である以上、果たさねければならない責務がある。それだけのことだ。
リリアーナは曖昧に微笑むが、その目は「自分で憧れを否定させないで欲しい」と切実に訴えていた。光輝は納得出来ない感情のまま、なお言い募ろうとするが、雫に止められる。その時に誠司が呟いた。
「……豪胆ですね」
誠司の言葉に、リリアーナも「えっ」という声と共に、一瞬だけ呆けた表情を浮かべるが、すぐに笑顔に変わった。先程までとは違い、心からの笑顔だ。
「はい! 豪胆でなければ、王族は務まりませんから」
「分かりました。改めて、ご婚約おめでとうございます。俺達は別にやることがあるので。では失礼します」
「はい、ありがとうございます」
誠司は席を立ってリリアーナに向かって一礼すると、そのまま出口に向かう。ハジメ達もそれに倣う。元王族ということもあってか、ユエやティオなどは同情しつつも、リリアーナの決意を応援するような眼差しを向けており、シアも複雑そうな表情を浮かべながらも、ユエに促されて席を立つ。
そんな誠司達の行動に、光輝が行き場のない感情を吐き出すように突っかかった。
「おい! 中西! お前はなんで『おめでとう』なんて平気で言えるんだ! リリィの気持ちが分からないのか! この状況を何とも思わないのか!」
誠司は小さく溜息を吐くと、軽くハンドサインで、ハジメ達を先に行かせた。そして、光輝達の方へ振り返った。
「……何を思えと? これは婚姻という形を取っただけの政治の話で、当の本人も納得しているんだろ?」
「ぐっ、で、でも……」
婚約をぶち壊す方法自体は、やろうと思えば色々ある。流石に、
そもそもの話、光輝がこの婚約を反対すること自体、お門違いなのだ。誠司は、冷めた視線を光輝に向けた。
「大体、俺にはお前が反対するのがよく分からんがな」
「……なんだと?」
「そこの王女殿下は、大勢の王国民のために、権力という名の力を振るった。それが、今回の婚約だろ? お前の言っていた、『力のある者』の責務を彼女は立派に果たそうとしている。何が不満なんだ?」
「っ!?」
誠司の言葉に、光輝は目を見開いた。かつて自分が誠司に言った言葉を、自分自身で否定していることに気が付いてしまったからだ。必死に頭を巡らせるが、すぐに反論出来ず、光輝は絞り出すように言った。
「で、でも……リリィ一人を生贄にするような方法、正しいわけが……」
「それでも王女殿下は大勢の人々のためにその方法を選んだんだ……それと、今の俺達にはやることがある。くれぐれも邪魔はしないでくれよ」
誠司は出口に向かって歩みを進める。そして、扉に手を掛ける際に、
「別に『死ぬまで考えを変えるな』とは言わないが、短時間でコロコロ変わるような考えは、最初から無いのと同じだぞ」
振り向きもせずに、最後にそう言い捨てて、誠司はさっさと部屋を出て行ってしまった。
「違う、俺は……」
「……ねぇ、光輝。もしかしたら、そこまで深刻にならなくても良いかもしれないわよ?」
「……え?」
雫の言葉に、光輝は心配じゃないのかと、責めるような視線を向ける。だが、続く香織や鈴、龍太郎の言葉でハッとした。
「う、うん。そうだよね。それどころじゃなくなるかもだし……」
「歓迎パーティーやるんだね…… 鈴、お腹が痛くなってきたよ」
「ある意味、パーティー、だな。歓迎はしたくないと思うけどよ」
光輝は無言になった。同時に凄く微妙な表情になる。これから起こる結果次第では、どっちにしろ……と思い至ったのだ。
そんな彼らの様子を見たリリアーナは震えながら、光輝達を問い質す。
「え? え? ちょっと皆さん。なんですか、その感じ。物凄く不安に駆られるのですけど!」
『…………』
リリアーナの叫びに、誰からも答えは返ってこない。誠司達に『やること』が何なのか、無理矢理にでも問い質すべきだったと激しく後悔すると同時に、胃のシクシクが強くなるリリアーナであった。
ーーーーーーーーーー
別室に入った誠司はいつも持ち歩いているトランクを開けた。そして、誠司はボソッと呟いた。
「夜はパーティーだ。お前達も準備に取り掛かれ」
『承知』
何重にも聞こえる声が響いたと同時に、無数の影がトランクの中から現れ、どこかへ消えて行く。それから誠司は三つのモンスターボールを取り出す。
「お前達もだ。作戦通りに頼むぞ、イトマル、クレッフィ、ヤミカラス」
「トマル!」
「クレフィ!」
「ヤミカー!」
ちなみに、誠司が考えたリリアーナの婚約をぶち壊す方法は、以下の三つでした。
①婚約者の皇太子を殺す。
②皇太子が婚約したくなくなるよう仕向ける。具体的にはリリアーナの悪い情報(ガセ)を皇太子に吹き込む。
③条件を『リリアーナと皇太子の婚約』ではなく、『雫を皇帝の側室として差し出す』ことに変更するよう交渉する。
②、③は成功率が低め。①が一番簡単だと考える時点で、誠司の考え方はかなり血生臭い。