イトマルとクレッフィは帝城のあちこちを突き進んでいた。この二体の役目は帝城に仕掛けられたトラップの解除及び破壊だ。ヤミカラスとは別行動で、彼の役目は上空から帝城の偵察及びハウリア族の援護である。天井裏に設置されていた幾つかのトラップを“どくどく”や“くものす”で使用不能にすると、イトマルは頷いて歩みを再開する。
既に帝城全体のうち、半分以上のトラップを片付け終えたところだ。パーティーで人が多く集まることから、全部のトラップを無理に片付ける必要はないと誠司から言われていたので、そろそろ帰還することにした。二体が誠司達のいる部屋に向かおうとしたその時、下から誰かの話し声が聞こえてきた。隙間からこっそり覗き込むと、部屋には大柄な男が誰かと話しているのが見えた。男が誰と話しているのかまでは分からなかった。
「……うるせえなぁ。だから協力してやってんだろうが! お前は
「………」
「それじゃあ、俺は婚約者に挨拶しに行くから。折角の婚約が破断にならないようにな。お前もバレないようにしろよ」
男はそう言って、デスクの引き出しに鍵を掛けると、そのまま部屋を出て行ってしまった。だが、部屋には誰もおらず、男と会話していた者の姿はなかった。「ただの独り言だったのかな?」とイトマルは疑問顔だったが、クレッフィは男が持っていた鍵に夢中になっており、何としてでも手に入れようと、天井裏を通って男の後を追いかけ始めた。そんなクレッフィを、イトマルは慌てて追いかける。
イトマルがクレッフィに追いついた時に、下から女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと天井裏から下を覗き込むと、先程の男が金髪の女性に
「クレフィー!」
「トマッ!?」
クレッフィが男から鍵を奪おうと、そのまま天井裏から降りてしまったので、イトマルは呆れた表情で糸を使って降下する。そして、男に気付かれないよう、背中に止まると首筋に向かって勢いよく“どくばり”を突き刺した。
「いつっ! なんだ? 今、くびにぃ……」
首に感じた痛みに、男は押し倒していた女性から身を引いて首を押さえる。その時には、既に天井に吊るした糸を辿ってスルスルとイトマルは退避している。クレッフィも、無事に男から鍵をくすねたようで天井の方に上がっていく。
男は突然、目を瞬かせながら呂律が回らない様子になり、直後、そのままガクッと意識を失い、倒れ込んでしまう。
「えっ? えっ?」
先程まで男……バイアス皇太子に襲われかけていた女性……リリアーナは混乱するが、目の前の状況を作り出したのが二体の魔獣であることに気付き、慌てて制止の声を掛ける。
「あ、待って、待って下さい! もしかして、あなた達は……」
リリアーナの声もお構いなしに、イトマルとクレッフィは天井裏に戻り、どこかへ行ってしまった。穴もしっかり塞ぐことも忘れずに。
破れたドレスの前を寄せて肌を隠しながら座り込むリリアーナは、ようやく事態を把握し、微笑みを零しながらポツリと呟く。
「ありがとう……中西さん」
リリアーナがバイアスの婚約者である以上、今、助けられたところで、それはその場凌ぎでしかないと分かっている。だが、それでも今この時、自分を助けてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。
胸元が破れた服を抑えてギュッと握られたリリアーナの両手は、あるいは、他の何かを握り締めているかのようだった。
「トマル!」
「クレフィ~~♡」
「……トマ」
天井裏に戻ったイトマルは、勝手な行動をとったクレッフィを叱りつけるが、当のクレッフィは手に入れた鍵に夢中で全く聞いていない。そんなクレッフィに、イトマルは呆れた様子で溜息を吐く。
それからイトマルとクレッフィは、天井裏を通って先程の部屋に戻った。折角鍵を手に入れたので、デスクの引き出しを開けてみることにしたのだ。隙間から覗き込み、部屋に誰もいないことを確認すると、二体は部屋に入り込む。そして、デスクの引き出しを開けて中身を確認すると、二体は困惑の表情を浮かべた。
二体の体では持っていくことが出来ないので、援軍を呼ぶことにした。イトマルの合図で、クレッフィは鍵をジャラジャラと鳴らす。帝城のあちこちに散らばる者達に聞こえるように。
ーーーーーーーーーー
「……誠司殿」
誠司達が待機している部屋で、どこからか声が響いた。上からなのか、下からなのか、横からなのかは分からない。突然聞こえてきた声に、光輝達は一瞬ビクッとなるが、すぐにハウリア族だと分かり、どうにか落ち着かせる。誠司が尋ねた。
「……どうした?」
「先程、誠司殿のクレッフィとイトマルから気になるものを受け取りまして。誠司殿に渡して欲しいとのことです。今、相棒のサマヨールを向かわせましたので、ご確認ください」
「分かった」
報告が終わってハウリア族の気配が完全に消えたと同時に、近くにあった家具の影が揺らぐ。そこから包帯巻きのミイラのようなポケモン、サマヨールが姿を現した。突然の登場に、香織や鈴はヒッと悲鳴を上げそうになっている。サマヨールは、のっそりした歩調で誠司のもとに近付くと、あるものを手渡した。誠司が受け取ったことを確認すると、サマヨールは再び姿を消す。
「ヨマ……」
「ありがとう。これが……」
サマヨールから渡されたのは、一冊の本と数枚の紙、それから数本の小瓶だった。小瓶の中には紫色の液体が一杯に詰まっている。誠司が本に目を通す。どうやら、何かの記録のようだ。ペラペラとページを進めるうちに、誠司の顔が険しくなっていく。
「これは……」
「噓でしょ……」
険しい表情を浮かべているのは誠司だけではない。一緒に目を通しているハジメ達も同様だ。そんな誠司達に、光輝達も何事かと顔を見合せる。
その時、天井裏からクレッフィとイトマルも帰って来た。
「クレフィーー!」
「トマル!」
「ああ、おかえり。トラップはどうだ?」
「トマ、トマ、トマル!」
「そうか。まぁ、半分以上機能停止なら十分だ。ありがとな。それで……こいつらはどこで見つけたんだ?」
誠司は今読んでいた本を見せながら、イトマル達に尋ねた。そして、返ってきた答えに、誠司は益々険しい表情を浮かべる。
「なるほど……想像以上の馬鹿みたいだな。この国の皇太子は。……少し調べてもらう必要があるな。これをやるのに一人じゃ無理だろう。協力者がいるはずだ」
本や紙に何度か出てくる名前が幾つかあった。恐らく、こいつらが協力者だろうとあたりをつける。
誠司がハウリア族に新たに追加の指示を出している間に、ただならぬ雰囲気を感じた雫がハジメに尋ねた。
「ね、ねぇ、ハジメ。一体何があったの? それに皇太子ってリリィの婚約者じゃ……」
「まだ詳しい調査を進めてる段階だから、はっきりとは言えないけど、皇太子にちょっとした疑惑が見つかってね」
「えっ、ちょっと待って。それってどういう……」
ハジメの要領を得ない回答に、納得出来ない雫。更に問い詰めようとしたその時、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。どうやら、夜のパーティーに向けた準備の時間が始まったようだ。
「まぁ、どっちにしろカムさん達には頑張ってパーティーをぶち壊してもらうだけだから。雫達が目くじら立てる必要はないよ」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
「……上手くいくでしょうか?」
シアが、少し不安そうな表情になる。何せ、これから自分の家族の未来が決まる一世一代の大勝負が始まるのだ。それなのに、何かイレギュラーな事態が起きたら……と不安なのだろう。そんなシアのウサ耳をハジメがモフり、ユエが頬をムニリ、ティオが髪をナデナデして、緊張をほぐしてやる。微笑む仲間に、シアは込み上げるものを感じる。
だが、まだ涙は流さない。たとえ、それが嬉し涙でも、まだまだ流すのは早いからだ。代わりに、いつものようにニッコリと輝く笑みを浮かべた。自分は一人ではない。家族もいる。恵まれすぎなくらいだと、その思いを隠さずあらわにした笑顔。これこそが仲間達が好むシアの魅力だ。
そんなシアの魅力に光輝や龍太郎は言わずもがな、香織や雫、鈴ですら見惚れている。誠司は、イトマルとクレッフィをモンスターボールに戻しつつ、仲間達に声を掛けた。
「それじゃあ、パーティーの準備を始めるか。脇役は脇役らしく、主役を引き立てるとしよう」
誠司の言葉に、ハジメ達は不敵に笑いながら、光輝達は緊張感を漂わせつつ、力強く頷いた。