足音が響くと同時に、明かりがつき、パーティー会場に昼間と変わらない明るさをもたらした。
全体が明らかになったパーティー会場は、まさに“凄惨”という言葉がぴったりな有様だった。至る所におびただしい量の血が飛び散り、無数の生首が転がっている。胴と頭がお別れしていない者でも無事な者は一人もおらず、全員が糸で拘束され、痛みに呻きながら床に這いつくばっていた。
殆どの貴族令嬢は会場の惨状やハウリアのウサ耳を見て、ショックで気絶しており、男でも少なくない者が怯えた目を向けている。無事にハウリアの恐ろしさを叩き込むことが出来たようだ。
そんな中、完全に無傷な誠司達と勇者パーティーは、明らかに浮いていた。最後まで戦闘を行っていた者達は射殺しそうな程に憎しみの籠った眼で睨んできている。完全にグルだと思われているようだ。
そんな視線を向けられつつも、誠司とハジメがある人物のもとに歩みを進める。バイアスのもとへ。
「バイアスさん……だな?」
「あ?」
わざと“皇太子”を付けずにそう尋ねると、バイアスは血走った眼で誠司達を睨んでくる。
「……単刀直入に聞くが、お前、魔人族と通じてるな?」
「!?」
誠司の言葉に周囲が騒めく。バイアスも一瞬、狼狽するが、すぐに虚勢を張ったかのように怒鳴る。
「てめぇ! ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ! 俺は皇太子で次の皇て……「ラストスタンド」……え?」
ハジメは、ある薬品の名を呟くと同時に、宝物庫からその薬品が入った小瓶と本や書類を取り出した。それを見たバイアスの顔色がどんどん悪くなっていく。脂汗が頬を伝い、視線が忙しなく泳いでいる。
「な、なんでここに……」
「知られちゃマズいものはもう少し分かりにくい場所に隠した方が良いぞ」
誠司がそう言うと、今更ながらに引き出しの鍵が無くなっていることに気が付いたらしい。その時、誠司達に口を挟む者がいた。ガハルドだ。
「おい、中西誠司、南雲ハジメ。一体全体どういうことだ。それに、ラストスタンドってのは……」
息子が疑われているのにも関わらず、誠司達の話を嘘と決めつけず、話を聞くつもりのようだ。
「……へぇ、俺達の話を信用しないかと思ったが。意外だな」
「ふん。てめえらがハウリア達に手を貸したことには苛立っているが、何の証拠もなく、こんな言いがかりをつけてくるとは思ってねえからな。それで、ラストスタンドってのは何だ?」
「簡単に言えば、非常に強力な身体強化薬ってところだ」
身体強化薬とは、文字通り、能力を一時的に向上させる薬品のことを指す。だが、精神的な影響など副作用も多いので、常用する者はまずいない。精々、万一のための命綱として使われることがある程度だ。
だが、この薬品は従来のものと違い、一度投与すれば、筋力や魔力といった全てのステータスを大幅に向上させることが可能な代物だ。しかも、効果時間は永遠。だが、その分だけ使った時のリスクも大きく、一度使えば自我を失い、暴れるだけの怪物と成り果てる。
淡々と説明する誠司に、ガハルドは訝しげに尋ねた。
「そんなものを使って何を……」
自我を失っていないことから、バイアスがその薬を使っている訳ではないようだし、自我を失って暴れ回る者がいたという報告も今まで聞いていない。話が見えてこないのも無理はないだろう。誠司は、ハジメから本を受け取ると、パラパラと捲った。そして、そのうちの数ページを読み上げていく。本の中身は、ラストスタンドの記録だった。
「臨床実験 ロット22 被験者:男性(37歳)………」
この薬品の被験者は主に浮浪者や子供だった。この国は軍事国家だ。つまり、それだけ傷病人や孤児も多い。バイアスは、そういった者達を被験者に選んで実験を行っていたのだ。行方不明になっても足がつきにくいからだ。どの実験結果も自我を失って凶暴化するという内容で、変わっているのはステータスの上り幅や凶暴性に関してのみ。ページが進むごとに、効果も上がっていく。更に、子供の方が効果が高いことが分かったためか、被験者も子供に限定され、年齢も幼くなっていき、最後のページに記載されたロット94の実験では一桁の年齢の子供が犠牲になっている。
そして、記録の中で度々上がる名前の中に、『パシオ』という名があることにガハルドやリリアーナ、光輝達は気が付いた。パシオ。王国騎士団に潜入していた、あの魔人族と同じ名前だ。ガハルドもリリアーナの報告からパシオのことは聞いていたので知っている。
どうやら、ラストスタンドはパシオが開発したものらしく、カラマネロを通じて薬品を受け取り、バイアスはせっせと治験を進めて、そのデータを集めて渡していたらしい。
更に衝撃的だったことに、帝都で起こったポケモン達の暴走に関しても、バイアスの仕業であることが明らかになった。孤児や浮浪者と言えど、失踪事件が相次いで起こったことで、不審に思う者が出てきてしまい、思うように実験が進まなくなったからだ。ボスゴドラ達の暴走は、ガハルド殺害のための囮でもあったが、実験を進めるための隠れ蓑という目的もあったのだ。
話を聞いたガハルドを始めとした帝国の人間は、全員バイアスを睨みつけている。自国の皇太子が国を売るような真似をしていたのだ。非人道的な人体実験まで行って。
だが、バイアスはそれでも認めようとしない。
「う、嘘だっ! 俺は嵌められたんだっ! こんなもん使って! 誰かが俺を貶めようとしてやが……」
ドサッという音が響き、バイアスの叫びが途絶える。全員が音のした方に視線を向けると、黄色と黒の体色に、黒いコードのような尻尾が特徴的な大柄なポケモンが三人の男を放り投げていた。傍らにはパルもいる。
パルの相棒は、エレキブルに進化していた。夜明け頃のことだ。ハジメが、新たに作ったアーティファクトをハウリアに提供した際に、エレブーが失敗作のアーティファクトを気に入ったのがキッカケだ。そのアーティファクトは電気エネルギーが蓄積された電池みたいなものだったのだが、いかんせん電気エネルギーが過剰に蓄積されており、バッテリーとしては使えず、失敗作と相成ったのだ。そんなアーティファクトを何故かエレブーが気に入り、ハジメも失敗作なので快く譲ったところ、何故か進化してしまった……という訳だ。
ちなみに、ハウリアに渡したアーティファクトというのは、改良版の念話石だ。いわゆるトランシーバーで、誠司達も元々持っていたのだが、あれは魔力がないと使用出来なかったため、魔力を持たないハウリアでも使えるように改良したものだ。ハウリアは、それを駆使することで、効率良く帝城を制圧出来たのである。
話を戻す。エレキブルが放り投げたのは、帝都の官憲や兵士、教会の神父であった。会場内の多くの者は、ボロボロで息も絶え絶えの状態の三人が出てきたことにギョッとしているが、バイアスだけは更に顔色を悪くしている。ガハルドも一人に見覚えがあったようで、目を大きく見開く。記録の中に出てきた人物であり、部隊の隊長の一人だったからだ。
「こいつは……」
「そう、記録に出てた協力者達だよ。この神父が被験者を見繕って、この官憲や兵士が事件の揉み消しを図ってた訳だ」
『っ!?』
倒れている三人に、パルが近付き、改めて質問する。帝都で確保した際にも聞いたが、今度はこの会場の全員に証言させるために。
「……それで、あなた方は誰の指示でこんなことを?」
丁寧な口調だが、怒りを隠せていない。憎い帝国の人間と言えど、子供を食い物にする者を見て思うところがあるのだろう。エレキブルも同じ気持ちのようで、頭の角から電気を流して威嚇する。相当キツい尋問を受けたからか、三人は怯えたように答える。
「……バイアス。バイアス…だ。バイアス皇太子の指示でやった。私はそれで揉み消した」
「……悪いのは皇太子だ。オレは命令通りにやっただけで……」
「……これもエヒト様のためだと皇太子様が……」
バイアスはもう無言だった。ガハルドを含む帝国の者達のバイアスに向けた視線は既に殺意が籠っていた。拘束が無ければ、何人かは殺そうと動くだろう。そんなバイアスを誠司は問い詰めた。
「……それで。魔人族は一体何を企んでる? 知っていることを全部吐け」
「……バイアス。お前……随分とやっていたんだなぁ。民の命をなんだと思っていやがる!?」
ガハルドが拘束をされながらも、バイアスに飛びかかりそうな勢いで怒鳴り付ける。だが、バイアスは黙ったままだ。
「…………が」
「何?」
「クソがァァァァ!」
バイアスは何かを呟いたと思ったら、怒りを爆発させて、声を張り上げながら悪態を吐く。
「全部台無しにしやがって! てめぇらさえいなけりゃ俺は……! 大体、俺がこんなことをしたのはてめぇのせいだぞ! 親父ぃ!!」
バイアスは血走った眼でガハルドを睨みつけて怒鳴る。ガハルドも一瞬だけ怯むが、すぐに反論する。
「なっ!? 俺のせいだと!?」
「そうだ! てめぇ……俺を皇太子から外そうとしただろ!?」
帝国では、バイアスを次期皇帝とすることを問題視する声が上がっていた。決闘の儀で決まったとは言え、日頃から問題行為が多く、そのような人物を皇帝として問題はないのか……と。そういった声が上がっているのにも関わらず、バイアスが改善する様子もない。いくら強者と言えど、そんな人物を皇帝にして、国が潰れれば意味がない。ガハルドも様子見をしていたが、皇太子を考え直した方が良いかもしれないと思い始めていた。だが、それでも皇太子変更となれば、波風が立つし、決闘の儀の正当性も薄れることにもなる。リリアーナとの婚約でバイアスを相手に選んだのもそういう意図があった。リリアーナと婚姻して、バイアスを支えれば、マシな結果になるだろうと。
だが、実際は……バイアスの問題行為はガハルドの予想の遥か上をいっていた。
「何が民だ! 皇族でも貴族でもねえ
バイアスの発言に我慢出来なくなったのか、ベスタが怒鳴る。
「ごのっ……ばじ知らずがっ……!」
口が切れてまともに喋れない状態で、血反吐を撒き散らしながら、怒りを露わにする。彼も、元々は平民出身で、ガハルドに才を見出されて頭角を現して側近にまでなった。だからこそ、皇族に生まれただけの男が平民を草と呼んで蔑むのが我慢ならなかったのだ。ベスタだけではない。武官の中にはベスタと同様に平民出身の者はおり、それらは全員、バイアスに憎悪の視線を向けている。貴族には選民意識が強い者もいるが、そんな彼らでさえも、平民を実験道具にして国を売ろうとしているバイアスの悍ましさに嫌悪の視線を隠そうとしない。
なおも喚くバイアスの背中を片足で強く踏みつけて黙らせ、ドンナーの銃口を向ける。
「……埒が明かないな。御託は良いから、さっさと情報を吐いて。こっちも暇じゃないんだ……だから目て「マーロ」……え?」
バイアスを踏みながら、問い詰めようとしたその時、どこかから不気味な声が聞こえてきた。咄嗟に銃口をバイアスから声のした方に向けると、そこにはカラマネロが浮かんでいた。誠司の腰のモンスターボールからレパルダスが勝手に出てきて、カラマネロに向かって毛を逆立てながら威嚇している。ハウリアと共に待機していたヤミカラスも同様に睨んでいる。
「こいつは……オルクスにいた奴か」
「マロマーロ」
いかにもといった様子で頷くカラマネロ。それを聞いた光輝達も警戒心がMAXになり、武器を咄嗟に構える。ガハルド達は、突然現れたカラマネロに驚きの表情を浮かべている。
だが、カラマネロは周囲に全く関心がないようで、不快な声で笑った。
「カラカラカラッ……マーロマロマーロ」
「何……? そこの下僕は結局使えなかった。だがまぁ、もう少しマシな奴を新しい下僕にしたから良い……?」
「え? 新しい下僕って……」
その時だった。会場の入口が開き、ドレスを纏ったウサ耳少女と、六体のポケモン達が入って来た。
「……シア?」
そう、先程まで帝国兵達と戦い、足止めをしていた筈のシアだ。だが、目が虚ろで様子がおかしい。シアだけではない。彼女と共にいるポケモン達も同様だ。
ユエの声に応える様子もなく、シアは無言でテーブルを持ち上げた。そして、それを勢いよく誠司達の方向に投げつける。
「っ!? レパルダス、“つじぎり”!」
「ニャァッ!」
レパルダスの爪がテーブルを斬り裂き、真っ二つになったテーブルはそのまま、誠司達に命中せずに誰もいない場所に当たった。
「シア、どうしたの!?」
「……無駄だ。シア達は……カラマネロに操られているんだ!」
ヤミカラスは、外でサポートする役目だったので、サポート後はハウリア族と一緒にパーティー会場にいました。