父親の堂々としている姿に、シアは、胸の奥の深い部分から何か熱く大きなものが込み上げてくるのを感じた。一時は、故郷を捨てて逃げ出し、たくさんの家族を失って、樹海に戻った後も追放処分を受けそうになっていたというのに、今では立派なフェアベルゲンの英雄だ。
それがシアにとって、誇らしく、そして嬉しかった。
ハジメとユエから背中を押されて、カムの隣に立とうと歩き出したその時、カムはニヤリと笑ってスっと右手を掲げた。すると、ハウリア達とポケモン達が一瞬で姿を現し、一糸乱れぬ動きで整列、惚れ惚れするような“休め”の体勢を取った。
あちこちから「どこから来たんだよ!」「どうやって現れたの!?」という声が聞こえてくる。
「あ、あれ? 父様? 一体何を……」
「聞けっ、同胞達よ!!」
シアの困惑には目もくれず、カムは声を張り上げた。父親と並び立てなかったシアは、とぼとぼとハジメのもとへ帰る。「知ってましたし。父様が、ここぞという時に私をスルーするの、知ってましたし」と呟いている。ハジメとユエがシアのウサ耳をモフモフして慰めた。
そんな娘の悲しみに気付いた様子もなく、カムは兎人族らしくない強烈な覇気を纏って、住民達――正確には兎人族に向かって語り掛けた。先程と打って変わって、丁寧な口調だ。
「長きに渡り、屈辱と諦観の海で喘いでいた者達よ。此度の戦いで我々は帝国に打ち勝つことが出来ました。しかし、永遠の平和など有り得ない。あなた方の未来は、そう遠くない内に再び脅かされることになるでしょう。残酷でしょうが、これは事実だ」
その言葉に、広場にいる何百という兎人族がその身を恐怖で震わせる。また、帝国での辛い日々がやって来るのかと、どこか縋るような目で演説するカムを見つめる。
「そうなれば、あなた方はまた昨日までの日々に逆戻り。それどころか、今度は、奴隷を免れていた仲間が同じ目に遭うかも知れない」
今助かっても、未来は暗いと言う事実を突きつけられて、兎人族だけでなく他の亜人族達も伏し目がちとなる。
「あなた方はそれを良しとしますか?」
良いわけがない。尊厳の尽くを踏みにじられるような日々に戻りたいわけがない。まして、そんな辛さを、大切な者に味わせたいわけがない。
だが、だからといってどうすれば良いというのか……
カムは俯く同胞に視線を向けつつ、フンと鼻を鳴らす。「答えなど目の前にあるだろう」と言うかのように。
「どうすれば良いのか分かりませんか? 答えは簡単……戦うことです。今、隣にいる大切な者を守りたいと思うなら……ただ搾取され諦観と共に生きることを良しとしないなら……立ち上がり、戦う。それだけのことです。少なくとも我らは……ハウリア族はそうしましたよ。大切な者を守るために」
誰かが「あ……」と声を漏らした。巨大な敵を打ち破り、自分達を救い出したのは、特別な存在などではなく、同じ兎人族の一部族なのだと気がついたように。かつてのハウリア族を知っているがために、俯いていた兎人族達が一人、また一人と顔を上げていく。
そして、カムは苦笑しつつ、一つのモンスターボールを取り出した。
「とはいえ、此度の戦いは、我々だけで成し遂げた訳ではありません」
そう言って、カムはモンスターボールからテッカニンを繰り出した。球体から魔獣が現れたことに、奴隷だった亜人達は目を白黒させる。住人達は何度もその光景を見ていたため、元奴隷の亜人達ほど驚いていない。
「あなた方は魔獣と呼んでいますが、我々はポケットモンスター……縮めてポケモンと呼んでいます。此度の戦いでは、ポケモン達の協力も大きかった。ある方が教えてくれました。『ポケモンには無限の可能性がある。その可能性を生かすのも殺すのも自分達次第だ』……と」
カムのその言葉に、話を聞いていた亜人達は強い衝撃を受けた。今まで、魔獣はただ危険な存在だという認識でしかなかった。だが、カム達ハウリア族は、そんな危険とされていた魔獣達と心を通わせることに成功し、それが帝国への勝利にも繋がったのだと悟った。
「不遇な状況に甘んじる必要などない。大切な者は自らの手で守り抜かなくてはなりません。そのためには、自ら武器を持ち、相棒と共に戦うのです。あなた方も必ずそれが出来るはず……このようにね。テッカニン、“れんぞくぎり”!」
「テッカ!」
カムはその辺に落ちていた木材を拾い上げ、それを勢いよく放り投げる。それと同時にテッカニンへ技の指示を飛ばす。指示を聞いたテッカニンは、目にも止まらぬスピードで木材を細切れにしてしまった。それを見た兎人族達は、目を輝かせる。同時に彼らのウサ耳も生を与えられたかのようにピンッと立ち上がり始めた。それを見たカムは、少し口の端を吊り上げて笑う。
「戦う術なら我らが教えましょう。力を求め、ポケモンと共に戦う決意をしたのなら、我らのもとに来るといい。いつでも歓迎しましょう!」
そう言って演説を締めくくったカムは、再びハンドシグナルを出す。すると、ハウリアとポケモン達は、「散!」という声と共に、一瞬で姿をくらました。ほぼ全員の兎人族が、目を輝かせており、幾人かの若者は今にも志願すべく駆け出しそうだ。
ユエが何とも言えない表情で呟いた。
「……こうして森の優しいウサギさん達は皆、戦闘民族になりましたとさ」
「やめてくださいよ、ユエさん。ハウリアの一人として、物凄く居たたまれないので!」
気弱で温厚な兎人族が絶滅するのは時間の問題だろう。その原因が、自分の身内となれば、確かに居たたまれない。
「んんっ。さて、それでは奥に案内しようか。アルテナ、頼むぞ」
兎人族の未来を想像して、シアと同様に遠い目をしていたアルフレリックが、どうにか気を取り直して案内を促した。流石は、長生きを生きる最年長の長老だ。他の長老衆や戦士達が頭を痛めてる中で、素晴らしいリーダーシップである。
「それでは皆様、こちらにどうぞ。案内致します」
そうして一行は、アルテナの案内のもと、目的の場所に向かった。
ーーーーーーーーーー
案内された広間では、奥に長老衆が座り、その対面にカムを含めた幾人かのハウリア族が、その右側にガハルドを挟んで誠司達が座っている。
既に、ヘルシャー帝国皇帝直々の敗北宣言により、ガハルドがした宣誓の内容は本人により確かなものだと長老衆に証言がなされた。これで、全ての長老が、ハウリア族の言葉を真実と認めたようだ。
己の中の名状し難い感情を整理するためか、唸ったり、天を仰いだり、目元を手で覆って深い息を吐いたり……それぞれの方法で、この歴史的瞬間を呑み込もうとしている。
外から、未だに歓声の声が響いている中、長老衆の一人──虎人族の長老ゼルが目を鋭く細めた。その視線の先にいるのは、敵地にありながら不敵な笑みを浮かべている不遜な態度のガハルドだ。
「敗戦国の王が、随分な態度だな? 自分がどれだけ我々の恨みを買っているか、自覚がないわけではないだろう?まさか、ただで帰れるとでも思っているのか?」
瞳孔が縦に割れ、獣性を剥き出しにするゼル。全身から凄まじく濃密な殺気が溢れ出ている。ゼルだけではない。他の長老や護衛の戦士達も、隠しきれない殺意と憎悪に滲ませている。ガハルドは怨敵なのだ。無理からぬことではある。
だが、そんな殺気を向けられても、当のガハルドはどこ吹く風といった様子。
「思っているに決まっているだろう。まさか、本気で俺を殺せると思ってねぇだろうな。だとしたら、フェアベルゲンの頭共は、とんだ阿呆ということになるぞ?」
「なんだとっ、貴様!」
激昂するゼルだったが、そんな彼を抑えたのは意外な人物だった。熊人族の長老、ジンだ。
「よせ、ゼル」
「ジ、ジン! だがっ!」
「ここで殺せば、ハウリアのやったことが全て無駄になるぞ」
「くっ……」
ジンの言葉に、悔しそうに顔を歪め、床に拳を叩きつけるゼル。一方で他の長老や護衛の戦士達は驚いていた。こういった場面ではゼルと同様に頭に血が上っていたであろうジンが、冷静さを保ち、更にはゼルを諫めたからだ。
ジンも内心では腸が煮え繰り返っていた。だが、怒りに吞まれれば、碌なことにならないことを学習していた。
以前、怒りに呑まれて誠司に攻撃した時、誠司の防御で自身は怪我を負い、友人のグゼを巻き込んで重傷を負わせてしまった。果ては、レギン達まで怒りに呑まれて、ハウリアにやられる始末だ。
これらの失敗を経て、ジンも流石に学習し、出来る限り、怒りに呑まれないようにしようとアンガーマネジメントを行うようになった。そういった努力の賜物か、大分落ち着いて物事を見ることが出来るようになっていた。アルフレリックもゼルを諫めつつ、ガハルドに鋭い視線を向ける。
「ジンの言う通り、ガハルドがここに来たのは、我らにハウリア族の成した事と誓約の効力を証明するためだ。それ以上でも以下でもない。だがな、ガハルド。お前も少しは態度を改めろ。我々を、お前の言う阿呆にするな。時に、理屈では抑えきれぬ感情があると知れ。お前は、それだけのことをしてきたのだ。逆に言えば……殺さなければ問題ないのだからな」
静かな声音だった。だが、そこに秘められた感情は、ガハルドをして不敵な笑いを潜めさせるだけの重みがあった。温厚な人を本気で怒らせると怖いものだ。殺気立っていたゼル達でさえ、冷水を浴びたように大人しくなっている。
ガハルドは胡座をかいた状態で、しばらくの間、アルフレリックに視線を向けた。そして、背筋をスッと伸ばすと口を開いた。
「だったら、剣を取れ」
胡乱な眼差しを向けるアルフレリックに、ガハルドは真っ直ぐな眼差しを向けたまま言葉を重ねた。
「俺が、帝国が敬意を払うのは強い者だけだ。俺の態度が気に食わないというのなら、力を以て従わせろ。帝国の皇帝を、御託でどうにかできると思うなよ」
ガハルドに、亜人族を奴隷にしていたことに対する罪悪感や謝罪の念は皆無だった。魔力を持たない、神に見放された種族だから見下したのではない。獣混じりだからと差別しているわけでもない。ガハルドが亜人族に価値を見いださないのは、ただ彼らが
「俺が負けた相手は、亜人族じゃあない。敬意を払うべきは、お前らじゃあない。命を懸けて、戦場にて強さを示したのはハウリア族だ!」
ビリビリと、ガハルドの覇気が広間を震わせた。
一髪触発の空気が漂う。張り詰めた緊張の糸が今にも切れて、凄惨な殺意の応酬が繰り広げられる光景を幻視してしまう。しばらくの間、アルフレリックとガハルドの間に見えない火花が散る。
誰もが眉唾を呑み込むような空気の中、誠司がポツリと呟いた。
「……潮時だな。ハジメ」
「あいよ」
ハジメは立ち上って移動ゲートを取り出した。誠司もツンベアーを出してガハルドの首から下を凍らせて身動き取れなくさせる。ガハルド周辺の空気中の水分を凍らせた、弱めのものなので、一時間もあれば完全に溶けるし、ガハルドなら本気を出せば壊せるだろう。
「冷たっ!? おいっ、中西誠司! 何を……」
「証人としての役割は終わったんだ。これ以上は時間の無駄だろ。国でやることも山積みだろうし、さっさと帰してやろうと思ってな」
「なっ!? まさか、このまま送り返す気かっ!? 今、ある意味、二国間の会談って感じだったろ!? 流石の俺でも言うぞ! 空気読めって!」
納得出来ずに文句を言うガハルドに、誠司は溜息を吐きつつ諭した。
「今まで何百年も続いてきた価値観の相違、恨みつらみがちょっと話し合っただけで解決するなら苦労しねえよ。お前も悪いことをしたとは微塵も思っていないようだし。こういうのは何度も会談を重ねてすり合わせしていくもんだ」
実際、ガハルドへの報復や、悔恨あるいは改心を望む亜人族と、徹底した実力至上主義を信念として掲げるガハルドの生き方は、少し話し合ったところで平行線しか辿らないだろう。
「そういうわけだ。変に問題を起こす前に、お家に帰ろうな」
「てんめぇっ、人を反抗期のガキみてぇに! あ、こら担ぐなっ。放しやがれぇ!!」
ツンベアーはガハルドを米俵のように担ぎ上げた。ガハルドは暴れるが、凍っている上に、ツンベアーの膂力の前では無意味だった。そんなガハルドに対して、リリアーナは妙に嬉しそうな表情で「皇帝なのに~、皇帝なのに~、その扱い~」とリズミカルに呟いていたりする。どうやら、自分と同じように雑な扱いをされたのが、シンパシーを感じて嬉しかったらしい。
最近、残念王女となりつつあるリリアーナに、傍らの雫が何とも残念そうな眼差しを向けていた。ヘリーナや近衛騎士達は視線を逸らした。現実を直視できなかったらしい。
そして、そのままツンベアーはガハルドを移動ゲートの向こう側に放り投げた。「覚えてろよぉ~!!」とドップラーさせながらゲートの向こうへ消えていったガハルドは、流石に哀れを誘うものだった。ハジメが扉を閉じると、何かに気付いたのか「あ……」と小さく声を漏らした。やってしまったと言うかのように。
「どうした?」
ツンベアーにお礼を言いながら、モンスターボールに戻した誠司が尋ねた。ハジメはどこかバツが悪そうに返した。
「それが……ちょっと座標を間違えてたみたいで……」
「! どこか別の場所に送ったのか?」
「いや、帝城ではあるんだけど……」
「?」
「地下牢の方に送っちゃったみたい」
「うわぁ……」
ハジメの言葉を聞いて、この場にいるほぼ全員が何とも言えない表情を浮かべた。一方でカム達ハウリア族は肩を震わせて笑いを堪えており、リリアーナはどこか嬉しそうだった。
あんまりな扱いを受けたガハルドを見て、長老衆や戦士達もある程度は溜飲が下がったようで、場の空気も幾分かマシになる。光輝はハッとしたように呟いた。
「もしかして、これが狙いで……?」
「ううん。多分、素だと思うよ」
「だよな」
光輝の呟きに、鈴と龍太郎がそう返した。
そのまま、リリアーナ達も移動ゲートで帰そうとしたのだが、リリアーナ曰くまだやることがあるらしく、待ったをかけられた。王国や聖教教会の現状、そして今後のフェアベルゲンとの関係について話しておきたいらしい。
王国は、帝国と違って奴隷商が盛んなわけではなかったが、これは差別意識が強かったからだ。そのことは亜人族も承知であり、簡単な話し合いの場というわけにはいかないのは帝国と同じだ。とはいえ、帝国と比べればまだ敵愾心は少ない。ひとまず話を聞くくらいは、長老衆としても許容すべきことではあるようだった。
「じゃあ、俺達は先に休ませてもらうか。終わったら呼んでくれ。長旅でもうクタクタだ」
「承知致しました。私はまだやることがありますので、他の者に我らの集落まで案内させましょう」
カムはまだフェアベルゲンで陣頭指揮を続ける必要があるため、他の者に案内させようと動く。だが、その前にアルフレリックが呼び止めた。
「待ってくれ、中西殿、南雲殿。まだ、報いる方法が決まっていない。もう少し付き合ってくれないか」
「悪いが、気持ちだけで十分だ。それに、何度も言っているが、事を為したのはハウリア族だ。俺達じゃない」
「もちろん、カム達にも相応の礼をする。だが、中西殿達にも大恩があるのも事実。何もしなければ亜人族はとんだ恥知らずになってしまう。せめて、今夜の寝床や料理くらいは振舞わせて欲しい」
誠司はチラリとハジメ達に視線を向ける。ハジメ達も異論はないようだ。雫や鈴などは、美しい都で、ケモミミと触れ合えるかもと瞳を輝かせている。長老衆達も特に反対はなく、寧ろ好意的な反応である。ガハルドとは比べ物にならない程だ。
「そういうことならお言葉に甘えて」
誠司の返答にアルフレリックはホッとしたように息をつき、今度は視線をカムに向けた。
「さて、カムよ。追放された身で、襲撃者共を駆逐し、尚且つ、帝国に誓約までさせ同胞を取り返した。我らは、お前達に報いなければならない。とりあえず、ハウリア族の追放処分を取り消すことに異存のある者はいない。これは先の襲撃後の長老会議で既に決定したことだ。これからは自由にフェアベルゲンへ訪れて欲しい。なんなら、都の中にハウリア族の居住区を用意しよう」
追放処分の取り消し。それは以前、散々揉めた長老会議の決定を覆すに等しいものであり、それを認めたということは、それだけハウリア族の功績が大きいということだろう。しかし、当のカムは特に喜んでいる様子はない。他のハウリアも同様だ。
「そしてだ。此度の功績に対しては、ハウリア族の族長であるカムに、新たな長老の座を用意することで報いの1つとすることを提案したい。他の長老方はどうか?」
アルフレリックの言葉に、後ろの側近達が驚いたように目を見開いた。ここ数百年、現在の種族以外が長老の一座席を受けたことはないのだ。森人族、虎人族、熊人族、翼人族、狐人族、土人族が亜人族の最優六種族なのである。そこに兎人族を加えるというのは、亜人族の基準からすれば、まさに歴史的快挙とも言うべき種族の誉れなのである。
アルフレリックの提案に、他の長老達は、一度顔を見合わせると頷き合い、満場一致で賛成した。
「ふむ、そういうわけだ。カムよ。長老の座、受け取ってくれるか?」
「お断りします」
「「「「「「……え?」」」」」」
カムにあっさり断られたことで、長老達の目が点になる。まさか断られるとは思ってもみなかったようだ。
「……なぜか聞いてもいいか?」
アルフレリックが、どうにか気持ちを持ち直し、亜人族として最高位の恩返しの何が気に食わないのか頭痛を堪えるようにして尋ねた。
「まず現実的な話として……先程、我々の居住区を用意すると言いましたが、それは本当に可能ですか? 我々以外にも百体以上の大小様々な魔獣達がいるんですよ?」
「それは……」
「確かにモンスターボールがありますが、ずっと入れておくわけにもいきません。それに……長老の座を与えるというのも、あなた方としては我々をフェアベルゲンの戦力として手元に置いておきたい意図があるのでしょうが、本気で我々を抑え込めるとお思いで?」
カムの言葉に、アルフレリック達の表情は苦々しくなる。そういう意図があったことは否定出来ないからだ。
「国のためという名目で制約やら何やらを課せられる上に、家族を使い潰されるのは御免こうむりたいですな」
カムからにべもなく断られ、土人族の長老グゼはそれでもどうにかカムを説得しようと言葉を重ねた。
「だが、お前達は同胞として、亜人族の未来のために戦ってきたではないか! だったら……」
グゼの言葉は、カムの鋭い視線で遮られた。
「……何か勘違いしているようですね」
「勘違い……ですか?」
翼人族の長老マオが怪訝そうに尋ねた。
「我々が帝国への決起を決意したのは、兎人族の未来のため。つまり……」
カムの発言の意図を察した狐人族の長老ルアが、険しい表情を浮かべながら、カムの言葉を引き継いだ。
「つまり、他の亜人族はついでだったと? もっと言えば、他の種族はどうでも良い……ということかな?」
「その通り」
ルアの言葉に、カムは大きく頷いた。他のハウリア達も同様に頷いている。ルアやアルフレリックを除く長老衆の面々は、カム達に信じられないような目を向ける。アルフレリックはどこか疲れた表情で尋ねた。
「……では、何が望みだ? まさか、自分達がフェアベルゲンを支配するとでも言うつもりか?」
アルフレリックの言葉に、他の長老や側近などの亜人達はギョッとした表情を浮かべる。だが、カムは首を横に振って否定した。
「まさか。せっかく奴隷から解放された者達をまた支配する……などといった酷な真似をするつもりは毛頭ありませんよ。我々が望むのは……フェアベルゲンと繋がりは保ちつつ、かと言って縛られることなく自由に行動出来る立場……といったところでしょうか」
カムの言葉を聞いたアルフレリックは、難しい表情で少しだけ考え込むと、やがてある提案を出した。
「それなら、お前さん達を『一種族にしてフェアベルゲンと対等である』と認めるというのはどうだ。当然、長老会議への参加資格を有することにして。これなら、フェアベルゲンの掟にも長老会議の決定にも従う義務はなく、その上で、我等にも十分な影響力を持てる」
「……なるほど。悪くないですね」
カムはニヤリと笑って提案を呑んだ。カムとしても、いつか帝国が侵攻して来た場合に備えて、フェアベルゲンとの繋がりは欲しいと考えていた。しかし、だからといってフェアベルゲンに組み込まれてしまうと長老会議を無視できなくなって自由に動くことができなくなってしまう。なので、あくまで同盟種族、あるいは外部機関的な立場がベストだと考えていたのだ。
実は、当初、皇帝に突き付ける誓約の内容は亜人族ではなく、兎人族に限定したものだった。だが、ハジメと誠司の、「どうせやるのなら派手にいこう」「フェアベルゲンに恩を売れる」といったアドバイスを受けて、亜人族全体に変更したという経緯があった。だからこそ、カムも妥協することなく、自分が求める条件を突き通したのだ。
これはいくらなんでもハウリア族を優遇し過ぎだという声も上がったが、それらの声に対してアルフレリックが溜息を吐きながら諭した。
「彼らは、一部族だけで事を成したのだぞ? フェアベルゲンが総力を上げても出来ないであろうことを、だ。対等と認めるには十分な理由だと思うが? それに、このままではハウリア族と縁が切れてしまう可能性があるわけだが、その損失の度合いを測れないお前達ではあるまい。同盟という形をとれば、追放してしまった彼らとも、また縁を繋げるのだ。ならば、この程度のこと、成し遂げてくれたことの大きさに比しても、過剰とは言えまいよ」
他の長老達もこれ以上の良案が浮かばず、悔しそうな表情を浮かべながらもアルフレリックの提案を呑む事になった。
「そういう訳で、カムよ。長老会議の決定として、ハウリア族に『同盟種族』の地位を認める、ということで良いか?」
「異存はありません。感謝します。それと住居として、大樹近辺と南方を使いたいと考えていますが、よろしいですね?」
「……よろしいも何も既に決定事項なのだろう。ここで追加注文してくるとは……はぁ、ではこちら側から伝令する際に備えてハウリア族の者を数名、フェアベルゲンに配置してくれ。伝令に行かせたら、殺されたという事態は避けたいからな」
「確かに……承知しました」
カムとアルフレリックは握手を交わし、これでようやく話がまとまった。
その後、妙に疲れた顔をしている長老衆を残して、誠司達は大樹に向かうまでの間、フェアベルゲンで滞在するための部屋に案内された。