しばらく樹海の中を当てもなく彷徨うことしばし。体感にして二時間ほど歩いた頃、無数の羽音が聞こえてきた。ヴヴヴッ!!と、まるで扇風機を最大で動かしているかのような音で、それだけで一、二体という生易しいものでないことが分かる。
「俺達が戦う! 手を出さないでくれ!」
「……あいよ」
光輝がそう言って前に出る。相棒のムックルもやる気満々だ。少々意気込みが強すぎて危うい感じがするものの、誠司達がいちいち対応していても一緒に来た意味がないので、誠司達は大人しく後ろに下がる。だが、念のためすぐにポケモンを出せるようにしておく。
初めての、本当の大迷宮でのポケモンバトルだ。光輝の背後には、雫、香織、鈴が各々の相棒と共に緊張の面持ちで控えている。
「この羽音は……スピアーです! 皆さん、気を付けてください! スピアーは両腕とお尻に大きな針を持ったポケモンですよぉ!」
「確か、スピアーは虫・毒属性だから、飛行・岩・炎・エスパー属性の技がよく効くはずだ。頑張って〜」
シアとハジメがアドバイスを送る。その直後、木々の間をすり抜けるようにして、スピアーの群れが姿を現した。
「ひぃっ!?」
鈴が思わず悲鳴を上げる。虫嫌いの鈴にとって、自分よりも大きい蜂が大群でやってくる光景など悪夢でしかないだろう。本来、結界を張って敵の進路を限定するという自分のセオリーを忘れてしまうほどに。
「鈴! しっかりするんだ!」
光輝が怒声を上げる。鈴を助けたいところだが、スピアー達に阻まれて動けそうもない。一体のスピアーが鈴に向かって飛び掛かろうとしたその時、鈴の相棒のイシズマイが攻撃を防いだ。
「イママイ!」
「……て、〝天絶ぅ〟!!」
イシズマイの喝で、ようやく鈴は再始動した。押し寄せるスピアーの群れを分断し、誘導する結界の道を作り出す。香織は相棒のラッキーに指示を飛ばす。
「ラッキー、“メロメロ”!」
「ラッキ♡」
「スピッ♡」
「ピアーッ♡」
「……スピスピ?」
ラッキーが可愛らしくウインクすると、一部のスピアー達の動きが止まった。ラッキーはメスなので、動きが止まったスピアーは全てオスである。平然としているメスのスピアー達は、行動不能になったオスのスピアー達に呆れつつも、再び攻撃を仕掛けていく。
「“天翔閃”!」
光の斬撃が飛ぶが、スピアー達は一糸乱れぬ動きで左右に分かれて、回避してしまった。自分の十八番を軽々と躱されて、光輝は思わず「無茶苦茶だっ」と悪態を吐く。ムックルも攻撃しているが、いくら相性の良い飛行属性であっても、力不足が目立つのか押し切れない。スピアー達は一斉に“ミサイルばり”を発射する。
「天絶天絶天絶ぅ!」
悲鳴じみた詠唱をしながら、鈴の障壁が不規則な軌道で飛んでくる針を防ぐ。雫とミジュマルが隙を作り、香織とラッキーがサポートして、光輝とムックルが強力な一撃を叩き込むという方法で対抗しているものの、それでようやく一体倒すといった感じなので、全てのスピアーを倒すには程遠い。
「くそっ、こいつら……まるで魔人族が使ってた奴らみたいだ!」
「つまり、彼らのポケモン達は大迷宮レベルってことだよ。“かえんボール”」
「バースッ!」
必死の形相で聖剣を振るう光輝が、少し前に経験した修羅場を思い出して思わず悪態を吐いた。大迷宮のポケモン達の強さに余裕が全くないようだ。
そんな光輝の背後から今にも奇襲を仕掛けようとしていたスピアーを、ハジメのエースバーンが瞬殺する。意気込んで自分達が対応すると言った光輝だが、スピアー達がその意を汲んでくれる訳もない。既に後方で控えていた誠司達にも、スピアー達が襲い掛かっていた。
だが、誠司、ハジメ、シアの三人は難なく迎撃していく。
「うーむ、どのスピアーもでかいな。ハウリアにもスピアーを相棒にしている奴がいたけど、そいつよりずっとでかいぞ。“サイケこうせん”」
「ヤレユー」
ヤレユータンの光線がスピアーを穿つ。
「どうでしょう……大迷宮の方がポケモン達にとって環境が良いのかもしれませんね。“ぶんまわす”ですぅ!」
「カーーヌチャッ!」
デカヌチャンが巨大なハンマーを振り回してスピアー達をぶっ飛ばしていく。
呑気に談笑しながら対応する誠司達の姿が視界に入り、光輝はギリっと歯噛みした。
「光輝君! やばいよぉ! 押し切られちゃう!」
鈴が半泣きで叫ぶ。展開した障壁はどんどん破壊されていき、すぐに障壁を張り直さなくてはならず、鈴の魔力がどんどん削られていく。以前、誠司のヘラクロスと戦った時とは比較にならない。鈴だけでなく、雫や香織の表情も苦しい。どうにか戦っているものの、数が多すぎて多勢に無勢の状態だ。押し切られるのも時間の問題だろう。
そして、光輝もまた、スピアー達に押し切られそうになっていた。一瞬の隙を突いて、スピアーが光輝に覆いかぶさろうとしたその時、聞いたことのない悲鳴が響いた。
「スピ―ーーーーッ!?」
悲鳴が聞こえた方角に全員が視線を向けると、そこには誠司のヤレユータンが“サイコキネシス”で一体のスピアーを捕まえている光景があった。そのスピアーは他のスピアー達よりも更に大柄な個体だ。もしかしなくても、あれが群れのリーダーだろう。事実、必死にもがくリーダー・スピアーを見て、他のスピアー達が目に見えて狼狽している。
「スピッ!?」
「ピアッ!?」
「ヤレユータン、そのまま振り回せ」
「ヤーーーレ、ユウゥゥゥッ!!」
「ス、スピ―ーーーーッ!?」
『スピピッ!?』
“サイコキネシス”でリーダー・スピアーをぶん回していく。スピアー達も群れのリーダーを攻撃することが出来ず、そのまま全員ぶっ飛ばされ、効果抜群の攻撃なのもあって全員ダウンする。そして、リーダー・スピアーもとどめに木へ叩きつけられて意識を失う。これで、勝負ありだ。
光輝達が唖然呆然としているのをよそに、ハジメは宝物庫から桃色の木の実をいくつか取り出すと、それを光輝達に投げ渡していく。
ハジメから受け取ったそれを見て、雫は怪訝そうに尋ねた。
「えっと、これは……?」
「モモンの実だよ。毒を打ち消す効果がある。気付かないうちに毒を食らってる可能性もあるからね。念のため」
そう言って、ハジメはモモンの実を口に放り込む。エースバーンや誠司達にも同様に手渡していく。受け取った誠司達も躊躇いなくモモンの実を食べる。
それを見た雫は恐る恐る、モモンの実をかじった。甘い味が口の中に広がる。鈴は「美味しいっ!」と嬉しそうな声と共に目を輝かせている。ポケモン達も各々食べている中、誠司が呼び掛ける。
「スピアー達が目を覚ます前にここから離れよう」
あくまで気絶させたに過ぎないので、しばらくすればスピアー達も気が付くだろう。そうなるとまずいので、さっさとその場を離れることにした。
その場を離れて少し経った頃、雫は誠司にあることを尋ねた。
「そういえば、中西君はどうやってあのスピアーはどうやって見つけたの? 多分だけど、あのスピアーが群れのリーダーだったのよね?」
「あれだけの数ならリーダーが必ずいるだろうと思ってな。それで、スピアー達をよく見ると、チラチラと視線を一点に向けていたし。それでリーダーを見つけたんだ」
やり方を聞いて、雫達は納得して頷きかけるが、すぐにそれの難易度を察してしまい黙ってしまう。誠司は簡単に言っているが、あのスピアー達の攻撃を捌きながら、たった一体のリーダーを見つけ出すなど決して容易ではない。遠い目をする雫を、香織と鈴が苦笑しながら慰める。そんな彼女達の後ろで、光輝は無言で歩みを進めている。誠司達の実力差を嫌というほど感じているのだ。気付かないふりをしているが、心の内には、黒い感情が湧き出している。拳を握りしめる力も自然と強くなる。
そんな光輝を気遣うように、右肩に止まっていたムックルが鳴き声を上げる。
「ムク―ッ」
「……ああ。ありがとう、ムックル。大丈夫だ。まだまだ俺達は強くなれるってことなんだ。頑張ろうな」
「ムクッ」
そう言ってムックルに微笑みかける光輝。だが、その笑みが少し歪であることにムックルは気付いていなかった。
「それにしても、ユエ達は一体どこにいるんだろう。ユエとティオは問題ないだろうけど、坂上君は……まぁ、なるようになるでしょ。きっと」
「ちょっ、龍太郎の扱いが雑すぎない? 仲間が大事なのは分かるけど……」
「だって坂上君のことだから、どこかに隠れたりしないで、その辺で野生のポケモンと殴り合いとかしてそうだし」
「流石にそこまでは……ない……と思うわ………」
「ちょっと雫ちゃん! いくら龍太郎君でもそれは……どう、だろう……」
「シズシズもカオリンも龍太郎君に対する信用低すぎない!?」
ハジメ、雫、香織、鈴の女子四人がそんな会話を繰り広げつつ、一行ははぐれた仲間を探して樹海の奥へと進むのだった。
ちなみに、鈴は虫は苦手だけど、イシズマイは割と平気です。鈴曰く、やどかりは虫じゃなくて甲殻類だからとのこと。