バリーーンッ!!
「んっ、うぅ……ここは……」
「おはよう、誠司」
誠司がゆっくり目を開けると、そこには何とも言えない表情のハジメがいた。周囲を見渡すと、ユエやシア、ティオ、香織、雫もいる。どうやら、彼女達は自力で目を覚ましたようだ。ユエやティオはポケモンの姿から元の姿に戻っている。
「ああ、おはよう。……そうか。俺はダメだったんだな」
「今のが試練だったって分かってるみたいだけど。もしかして突破しそうだった?」
もしかして余計なことをしたんじゃないかと不安そうに尋ねるハジメ。だが、誠司は首を横に振る。
「いや。この試練は、理想の世界を否定すればクリアだったみたいなんだが、否定……出来なかったんだ。正直、力づくで壊してくれて感謝してるくらいだ」
「……そっか」
ハジメはそう呟くと、それ以上は言及しなかった。誠司は改めて周囲を見渡す。どうやら、自分達は棺型の箱の中で眠っていたらしい。殆どの棺は空だったが、三つほど琥珀色の蓋に覆われているのが見えた。誠司以外にも突破出来なかった者がいるようだ。
ハジメはその三つの棺に近付き、錬成で蓋を壊していく。蓋からビキバキッという音が響く。夢の中で聞こえたあの音は、これだったようだ。
シアがどこか気遣うように、誠司に尋ねた。
「それで、誠司さんはどんな夢を見たんですか?」
「……皆がいたよ。ポケモン達も。そして……ケンタロスもな」
それを聞いたシアは、「やっぱり……」と小さく零した。ユエやティオも同様だ。雫や香織はケンタロスを知らないが、話の流れから誠司の亡くなった手持ちポケモンのことだと察する。誠司は言葉を続ける。
「あの理想を否定するのは、俺の失敗……ケンタロスが死んだこととか全てを肯定するような気がしてな。あいつが死んだのが正しかったんだと言っているような気がした。だから、否定出来なかった」
「誠司さん……」
シアも、自身のために、一族諸共故郷を追われ、挙句帝国兵によって一部の家族が殺されたり、奴隷にされたりしている。奴隷にされた家族は、帝国との戦いの後で再会することが出来たが、殺された家族は戻ってこない。シアが見た理想世界は、死んだはずの家族が健在している世界で、母親のモナ含め誰一人欠けていない家族と、誠司やハジメ、ユエ、ティオ、ポケモン達と共に樹海で幸せに暮らしているというものだった。
そんな理想世界を否定することが出来たのは、理想世界の中の自分が弱くて、ただ誰かに守られるだけの存在に成り下がっており、そんな自分が許せなかったからだ。だからこそシアは試練を突破することが出来た。
だが、もし理想の内容が微妙に違っていれば、自分も否定することが出来なかったかもしれない。誠司の言葉を聞いて、シアはそう思った。
「……誠司よ」
ティオが口を開いた。いつになく、真面目な表情だ。誠司は彼女の目をジッと見る。
「お主の気持ちは分かる。取り返しのつかない過ちを犯して、後悔する気持ちはな。じゃが、過去は所詮過去。変えることなど、人の身では不可能じゃ」
この中でティオは最年長だ。竜人族の彼女は何百年も生きてきた。「こうであったなら」という後悔は誰よりも多いはずである。そんな彼女だからこそ、言葉には不思議と重みがあった。
「じゃからこそ、過ちを肯定も否定もする必要はない。ただ受け入れる。過ちを素直に受け入れて前に進む。この試練はそうやって攻略するものだったのかもしれんぞ」
「受け入れる……か」
言われてみれば、そういう見方も出来た。理想世界を否定することは、過去の失敗を肯定することになるのではないかと思っていたが、一部分しか見えていなかったかもしれない。
誠司は大きく溜息を吐いて、頭をガシガシと掻く。
「なるほどな。確かにそういう見方で考えることも出来たか。俺としたことが……情けない」
誠司が悔しげにそう言う姿に、ティオはようやく笑みを浮かべた。ユエ達もホッとした表情を浮かべている。
「この試練はダメだったが、まだ大迷宮攻略自体が終わった訳じゃない。攻略者自身もそう言ってたしな。次で挽回するだけだ」
「その意気じゃ」
その時、バリーーンッという大きな音が響いた。残りの三人の棺がハジメの錬成で同時に壊れたのだ。ちなみに、誠司だけ先に起こされたのは、三人の棺と距離が離れており、同時に錬成で壊すということが出来なかったからだ。更に、正規の手順での解放ではないため、後遺症の心配もある。だからこそ、丁寧に壊したのだが、誠司は特に後遺症がなかったため、ハジメはそのまま三つ同時に棺を壊したのだ。
棺が壊れると、やがて眠っていた三人、光輝、龍太郎、鈴も目を覚ます。香織と雫が心配そうに駆け寄った。
「……あ? あれ、香織? 雫? ここは? 俺は、二人と……」
「んあ? どこだ、ここは? 俺は、確か……」
「え? そんな、恵里はっ、恵里……」
それぞれ直前まで見ていた夢から、いきなり薄暗い穴ぐらへと場面が切り替わったようで少々意識に混乱が見られるようだ。特に、鈴に至っては何もない虚空へ必死に手を伸ばしている。何を求めて手を伸ばしたのかは、その言葉から明らかだろう。それは彼女が見ていた夢の内容も同じだ。それを思えば、自力で夢を振り切れなかったのも仕方ないかもしれない。
鈴の有様に香織と雫が悲痛な表情になる。いつも元気に笑っていても、やはり、あの手痛い裏切りは彼女の心に深い傷を作っていたようだ。まだその傷は癒えていないのだろう。
ようやく、先程まで見ていたのが夢だったのだと理解した三人は、しばらく呆然としていた。しかし、その後の反応はバラバラだ。
龍太郎は、どこかガッカリしたような雰囲気を漂わせつつも、すぐに「まぁしゃあねぇか」と恥ずかしげな表情で頭を掻き、光輝は暗い表情で拳を震わせている。鈴はすぐに誤魔化すように笑顔を浮かべたが、余りに痛々しいそれに香織と雫の方が耐えられず二人がかりで鈴を優しく抱き締めた。
そんな彼らにハジメが声を掛けようとしたその時、部屋の中央に魔法陣が出現した。
どうやら全員が目を覚ました時点で次のステージへ強制的に送られる仕様らしい。
「呆けてる暇はないよ。まだ大迷宮は終わってない。君達の望みが本当の意味で潰えたくないなら、備えるんだ」
「あ、ああ。分かってる」
「おうよ!」
「う、うん。そうだね!」
次の瞬間、魔法陣の光が爆ぜて、この部屋にいる全員が次のエリアに飛ばされた。
ーーーーーーーーーー
次に誠司達が転移した場所は、最初と同じ樹海の中だった。だが、最初の時みたいに当てもなく彷徨う必要はなさそうだ。他の木々はどれもほぼ同じ高さであるのに対して、一番奥には一際大きな樹がそびえ立っていた。おそらく、新たな転移陣があるのはあの樹だろう。
「誠司、偽物は?」
メンバーに視線を巡らせつつ、ハジメは誠司に尋ねた。
「魔獣図鑑の技能に反応はないな。少なくとも、ポケモンが変身しているってことはなさそうだ」
「そういうことなら、多分大丈夫そうですね」
大迷宮のトラップを警戒していたらしいシア達が、一様にホッと肩から力を抜いた。
そのまま、誠司達は遠くに見える巨樹を目指して出発する。
そうして歩くことしばらく。ハジメはチラリと、誠司や光輝、龍太郎、鈴に視線を向ける。誠司と龍太郎は既に気持ちを切り替えて、大迷宮に集中している。光輝も、最初は表情に影が差し、どこか危うさがあったが、今では大分持ち直しているようだった。自分と同様に誠司も試練に失敗したことを知ったのが大きいのだろう。
しかし、鈴は未だにどこか表情に影を差したままだ。気持ちが分からない訳ではない。親友との全てが幻想だったと突きつけられ、殺されかけたトラウマは、そう簡単に割り切れるものではない。夢の世界が、むしろ心の傷を抉ったなら、容易に調子を取り戻せないものも無理はないだろう。
光輝達もそれが分かっているからか、心配そうにしつつも鈴に指摘する様子はない。
だが、大迷宮はそうやって心を引きずっている者に優しい場所ではない。ほんの少しの気の緩みで、絶体絶命の状況になるような魔境なのだ。
シアのウサ耳がピクリと反応する。誠司も魔獣図鑑の技能に反応が出る。
「! 注意してください! 何か来ます!」
「! こいつは……マスキッパだ!」
同時に、茂みからハエトリグサのようなポケモンが飛び出してきた。マスキッパは、大きな口を開けて、一番狙いやすそうな獲物に視線を向ける。鈴だ。そして、勢いよく飛び掛かった。
「キパーーッ!」
「鈴!」
「……んえ?」
雫が思わず叫ぶが、鈴は反応が遅れてしまう。ポケモンを出すのも障壁を張るのも間に合わない。その時だった。
「ドクロッグ、“どくづき”!」
「キエエエェェイ!」
「キパッ!?」
指示と共にモンスターボールから姿を現したドクロッグは、一瞬でマスキッパの近くまで移動すると、効果抜群の“どくづき”を叩き込む。マスキッパは堪らず、その場から逃げ出して行った。いくら弱った獲物がいても、近くにこんな強敵がいるのでは割に合わないからだ。
助けられた鈴はオドオドした様子でハジメにお礼を言おうとした。
「あ、ありが……「君、やる気あるの?」……え?」
鈴が顔を上げると、思わず息を呑む。ハジメが険しい顔をして鈴の前に立っていたからだ。ハジメの鋭い眼光が落ち込んでいる鈴に突き刺さる。鈴は反射的に答える。
「あ、あるよ!」
そんな鈴をハジメはジッと睨む。見ようによっては追い打ちをかけているようで、光輝や龍太郎が思わずハジメに苦言を呈そうと口を開くが、彼女の鋭い眼光が彼らにも向いて、思わず黙り込む。
「誓約のこともあるし、気持ちが分からなくもないから、最初は言うつもりはなかったんだけどね。今のでよく分かったでしょ? ここは大迷宮。一歩踏み出せば、一瞬の油断が、死に直結するような場所なんだ。集中出来ないのなら、諦めた方が良い。死ぬだけだよ」
「す、鈴は……」
「まだ大迷宮攻略は終わっていないんだ。だから、誠司も坂上君も、天之河君だって挽回しようとしているのに、君はズルズルと引きずっている。ただの足手纏いよりも質が悪いよ」
「………」
「出来そうなら移動ゲートでフェアベルゲンとかに開いて帰してあげるし、それが無理だったら僕達が戻ってくるまでの待機場所を用意するからそこで待っていれば良い。それで、進むのか、諦めるのか……どうするの? 悪いけど、今決めて」
辺りが静寂に包まれる。鈴は他の面々に視線を向ける。次に目を閉じる。パチッと自分の頬を叩く。そして、目を開き、真っ直ぐにハジメの目を見返した。先程までとは違い、決然とした表情だ。
「ごめん。もう大丈夫。鈴は行けるよ!」
鈴の顔を見て、ハジメは小さく頷く。
「……分かった。それなら良い。集中力を切らせないようにね」
ハジメはそれだけ言うと、さっさと仲間のもとに戻って行った。そして、先を進み始める。香織と雫からも励まされたことで、鈴はきちんと精神を持ち直したようだ。
「さぁ、早くこの茂みを抜けようぜ」
「ああ、そうだな」
龍太郎の言葉に頷く光輝。光輝もまた、ハジメの言葉を聞いて大分胸の内のモヤモヤが消えたようだ。改めて攻略の決意を固めていた。
そうして、光輝達も誠司達に続いて、先を進む。