「くっそ、数が多すぎるだろ!?」
「マケン!」
「口よりまず手を動かせよ! それがお前の取柄だろう!?」
「ムク―ーッ!」
「うるせぇっ! お前だって、動き鈍ってんじゃねえか!」
「ホントッ、邪魔! どきなさいよ、アンタ達!!」
「ミジュ!」
「……チッ」
「……ラッキ」
敵そっちのけで口論を始めた光輝と龍太郎に向かって怒鳴る雫。香織はそんな雫達に非難の眼を向けつつ、舌打ち一つ。
誠司とハジメが結界から飛び出した直後、残りの面々は迫り来るコラッタ・ラッタの群れの対応に追われていた。鈴とユエが結界を張って防ごうと動き、ユエは結界を問題なく発動させてコラッタ達の侵入を防いだのだが、鈴の結界は不完全だった。愛らしいポケモン達がまるで「遊んで~」と駆け寄って来ているような感覚がするせいで、鈴は結界で拒絶することが出来なかったのだ。当然、そんな心情で展開した結界は脆く穴だらけ。コラッタ達が殺到することはないが、入り放題な状態となっていた。
「ちょっと、鈴!?」
雫が怒声を上げる。ただでさえ、気に食わない奴が、己の仕事を真面目に果たさないのだ。雫的に、そのチョロリと結われたおさげごと、ぶった切ってやろうかと思うほど腹立たしい。残念ながら、コラッタ達の相手で忙しく、実際にやることは出来ないのだが。
「“ほのおのうず”じゃ」
渦状になった炎が結界の役割を果たして、コラッタ・ラッタの侵入を防ぐ。流石のコラッタ達も燃え盛る炎に突っ込む気はないようで、攻めあぐねている。“ほのおのうず”の効果はしばらく続くので、これで時間稼ぎにはなる。
「しっかりせんか、お前達。なんのためにここに来たのじゃ。戦うべき相手に身を差し出すためかの?」
ティオの叱責の声が鈴だけでなく、特に行動を起こせずにいた光輝達の耳朶を叩いた。声のした方に視線を向けると、ティオが両手を前に突き出しながら、鋭い目を向けているのが見えた。
「ご、ごめんなさい」
ティオに気圧されて、思わず謝罪の言葉を口にする鈴。
「謝罪はよい。今は役目を果たすのじゃ。お主の天職は“結界師”──守る者じゃろう? 」
「っ、は、はいっ」
感情的に、今の鈴はティオに対して悪感情を持っているのだが、その言葉の重みに、気が付けば素直に頷いていた。何故だろう。酷い悪感情が湧き上がっているのに、今のティオには誰もが無視出来ずにいる。
「なんでティオさんには魔法が効いてないんですか!?」
「……っ!」
シアが驚愕の声を上げる。何故、感情が反転してないのかと、驚愕な眼差しをティオへ向ける。ユエも言葉にはしていないが、シアと同じ気持ちのようで目を見開いて驚愕している。
「妾のことよりも外じゃ」
ティオの言葉に、若干納得し難い表情をしながらもシアとユエは視線を外に向けた。結界の外では誠司とハジメがポケモン達と共に、特大サイズのラッタと戦っている光景が見えた。それから、誠司とハジメの口喧嘩も聞こえてくる。
「てめぇ! 俺達ごとやるつもりだったな!?」
「そっちがボケッと突っ立ってるのが悪いんでしょ!?」
「謝罪もなしかよ、コラ!」
「何がコラだよ、コノヤロー!」
「何コラ、タココラ!」
しまいにはプロレスラーのような喧嘩に発展した。だが、見ようによっては、一周回って仲が良さそうに見える。シアもそういう風に見えたらしく、ジト目を誠司達に向けている。
「……何をじゃれ合っているんですか、あの人達」
「う、うむ……いや、そこではない。見るのはあのラッタ達じゃ」
ティオが示した方向に視線を向けると、通常サイズのラッタ五体が“はかいこうせん”を撃とうとしているのが見えた。それを見てシアとユエは血相を変える。
「マズいじゃないですか!?」
シアは急いで駆け出そうとするが、コラッタの大群が阻む。
「このっ! 邪魔するなですぅっ!!」
シアが力づくで突破しようとするも、ラッタ達のパワーが充填し終わる方が速かった。ラッタ達は一斉に“はかいこうせん”を発射する。
「っ、いかん!」
ティオの炎で“はかいこうせん”を防ごうとするが、いかんせん、火力が足りない。その時だった。
「……“緋槍”」
「シャシャン!」
ティオの炎に、ユエとシャンデラの炎が加わり“はかいこうせん”を押し返した。ラッタ達は吹っ飛ばされ、五体とも気を失う。シアが呆然とした様子で尋ねた。
「どうして……助けたんですか?」
「……分からない。身体が勝手に動いた」
ユエもどうして助けたのか、自分でもよく分かっていないようだった。代わりにティオが答える。
「本能で分かっているのじゃよ。シアを、皆を助けるべきだとな」
「本…能……?」
「妾とて、お主らに対する憎悪の感情が沸き上がっておる。それこそ、この場でコラッタ諸共焼き払いたいくらいにはな。じゃが、感情の好悪などに左右されてしまっていては、長く生きることなど出来んよ」
ティオは、この場にいる誰よりも最年長だ。その分、様々なことを経験してきた。だからこそ、相手の好意や憎悪に流されずに、その場で最適な判断を下すことが出来ていたのだ。それにと、ティオは続けた。
「成すべきことの前では、妾自身の感情など些事に過ぎん。妾の天職は守護者。お主らを全員守り通すこと、それが妾の成すべきことじゃ」
使命・義理・義務。どのように称するかはさておき、ティオは己の役目を違えない。その言葉にユエもシアも、互いに頷くと各々、自分達の役割に集中し始めた。
そして、ユエとシア同様にティオの言葉で動かされた者が他にもいた。雫と香織だ。雫も香織も、お互いに対して殺意といっていい程の感情を抱いていたが、今ではお互いを庇うように立ち回り始めた。
ーーーーーーーーーー
「……おい、気付いてるか?」
「……うん。さっきまで殺したくて堪らなかったはずなのに、今はそこまでの嫌悪感がない」
共闘を続けていくうちに、誠司とハジメは互いに憎悪の感情が薄れていることに気が付いた。それは、彼らのポケモン達も同様で、指示に対してスムーズに動くようになっている。少しずつ、魔法が解けてきているのを感じていた。
ボスのラッタは、その巨体に似合わず俊敏な動きで誠司達を翻弄してくる。おまけに、手下のコラッタやラッタ達も隙を見て襲ってくるので、そいつらの対処もしなくてはならない。
「ヘラクロス、“ミサイルばり”! ドンカラス、“ぼうふう”!、キュウコンは“かえんほうしゃ”!」
「エースバーン、“かえんボール”! ドクロッグ、“クロスチョップ”! ギモー、“マジカルシャイン”!」
ポケモン達が同時に技を繰り出してコラッタ達を圧倒していく。ボスのラッタの前にカラマネロが立ちはだかる。カラマネロは筋骨隆々な姿となって、ボスラッタを睨みつけている。誠司のカラマネロの特性は“あまのじゃく”というもので、これは状態変化が逆の状態で発動するという非常にトリッキーな性質を持っている。そして、カラマネロは先程まで、威力が高い代わりに反動として本来なら攻撃力と防御力が下がる“ばかぢから”を数回使っている。
そのため、今のカラマネロは攻撃力と防御力が上がっている状態だ。ボスラッタは一瞬たじろぐも、すぐに素早い動きでカラマネロを再び翻弄し始めた。その時だった。
「ラタッ!?」
突如、黒い何かがボスラッタの体に巻き付き、動きを封じてきた。ウニョウニョと蠢く黒い毛のような何かを視線で辿ると、そこには緑色の体に全身が黒い毛で覆われたポケモンが立っていた。誠司は思わず驚きの声を上げた。
「……へぇ、ギモーが進化したのか」
「……うん。今がチャンスだよ、
「ロゲ!」
「ああ、ありがとな。
今出来たチャンスを無駄にはしないと、誠司はカラマネロに指示を飛ばした。
「カラマネロ、最大パワーで“ばかぢから”!!」
「マロッ!!」
カラマネロは全身の筋肉を膨張させながら、ボスラッタに突っ込む。ボスラッタは必死にオーロンゲの髪から逃れようともがくが、ビクともしない。
「マーーロォッ!!」
「ラタッ!?」
ボディに良い一撃が入り、ボスラッタはそのまま崩れ落ちて意識を失ってしまった。
「ラタッ!?」
「コラッタ!?」
それを見たコラッタ・ラッタ達は激しく動揺した。ボスが倒されたことでコラッタ達はすぐにその場を逃げ出し始めた。数体のラッタが気絶したボスラッタをどこかへ連れ去り、あれだけの喧騒が嘘のように、この場は静かになった。
同時に、コラッタ・ラッタの群れが姿を消したことで、誠司達にかかっていた好悪反転の魔法は完全に解除された。
「どうやら、魔法が完全に消えたみたいだな」
「そうだね。仲間達にあんな感情が湧くのは二度と御免かな」
「違いない」
誠司とハジメは、そんな会話をしながら、ユエ達がいる広場へ歩みを進めた。自分達によく懐いているポケモン達と共に。