誠司がハジメを呼び出すことが出来たのは、その日の夕方であった。お互いに忙しく、時間が取れなかったためだ。
街中から少し外れた広場のような場所で、いくつものテーブルが置かれている。中央には湧水を利用した噴水があり、シアに告白の返事に最適な場所を尋ねたら、滅茶苦茶良い笑顔でここを勧められた。普段は憩いの場所となっているのだが、現在は復興やら解放された同胞の世話に忙しく住民達の姿はない。それに加えてシアが人払いもしてくれたのだろう。他のメンバーもおらず、いるのは誠司とハジメだけだ。
誠司はモンスターボールの手入れ、ハジメは何かを錬成している。誠司もハジメもお互いにくつろいでいるが、二人の間にはどこかピリピリとした緊張感が漂っていた。やがて、意を決した様子で先に誠司が口を開いた。
「なぁ、ハジメ。ちょっと良いか?」
「……何?」
錬成の手を止めて顔を上げるハジメ。平静を装っているが、少し緊張しているようだった。もっとも、誠司はそれに気付ける余裕はないようだが。
「その、オルクスでの告白の返事なんだが……」
「……うん」
「俺みたいなので良ければ……付き合ってくれないか? その……恋人として」
「え……」
「いや、もちろんハジメの気持ちがあの時と変わっていなければの話なんだけど……」
それ以上、誠司の言葉が続くことはなかった。ハジメが抱き着いてきたからだ。顔は埋もれて見えないが、耳が赤くなっている。
「うん……良いよっ」
そう返事を返してようやくハジメが顔を上げた。彼女の顔は未だに赤くなっており、瞳も少し潤んでいる。ハジメは笑みを浮かべて言った。
「えへへ、やっと言ってくれた。思ってたより早かったね」
「本当は全てが終わってからにしようかとも思ったんだけど、我慢出来なかった。それに、ハジメがいつまでも待ってくれるとは限らないしな」
「へぇ……」
ハジメはそのまま、ごく自然に誠司の唇を奪う。数秒程、二人の唇は合わさり、やがて離れる。ハジメは照れくさそうに笑った。
「……これで僕達は正真正銘、恋人同士……だね。良い機会だし、僕も言葉遣いとか変えた方が良いかなぁ」
「例えば?」
「えっと、
「うーん……何か違和感があるな」
「ちょっと!」
ハジメが少しムッとした表情を浮かべると、誠司は笑った。
「別に無理して変わったりしなくて良いって。ハジメはハジメなんだから」
「むぅ……」
誠司は軽く、ハジメの頬に手を添えた。
「俺からも……良いか?」
「……うん」
今度は誠司の方から唇を重ね始めた。その時だった。
「わわっ、まだする気だよ、あの二人! こ、こんなお外で……」
「ちょっと鈴、声が大きいわよっ!」
「そういう雫ちゃんも大きいよ! ハジメちゃんにばれちゃう!」
「……全員うるさい。二人の邪魔をするな」
「そうですよぉ! 今良いところなんですからっ!」
余りに聞き覚えのある話し声に、誠司とハジメは唇を離して声のする方へ視線を向けた。すると、シアに気がつかれたことに気がついた誰かが動揺しバランスを崩したようで「ちょ、待て、押すなっ!」というお約束な悲鳴が上がり、直後、広場を囲う花壇の一角から人がなだれ込んできた。
折り重なるように姿を見せたのは、光輝、龍太郎、鈴、雫、香織の五人。その後ろから呆れた様子のユエが、バレて残念そうにしつつもニヤニヤしているシアが、微笑ましそうに笑うティオが現れる。どうやら、物陰からじっくりと見学していたらしい。
あたふたと起き上がりながら、一番食いついていたっぽい鈴を筆頭に、雫達が顔を赤くしながら視線を逸らしている。
「シア達は見ているだろうなと思っていたが、白崎達もいたのか」
「出歯亀は感心しないな」
「……ん、私達には大切な仲間の恋路を見守る義務がある」
「ですです! 仲間として最後まで見守らないとです……いたたたたっ!」
「ふ~た~り~と~も~? 最後の言葉はそれで良い~?」
「「こめかみがいたたたたたたたっ」」
ハジメがおしおきとして、ユエとシアの頭をまとめてグリグリし始めた。耳が赤いことから、見られていたことへの恥ずかしさからの八つ当たりであることは明らかだ。
「うむうむ、仲良きことは美しきかな……じゃな」
「……随分達観してんな、ティオ」
どこか年寄りくさい台詞を零すティオに突っ込む誠司。先程まで、甘い空気が漂っていたのに、もうそんな空気ではなくなっていた。
その時、同級生の甘酸っぱい光景を見てほっこりしていた鈴が、どこか緊張したように表情を改め始めた。まるで、タイミングを見計らっているようにそわそわと視線を彷徨わせる。そんな鈴の様子を知ってか知らずか、おしおきを終えたハジメが口を開いた。
「それで、揃いも揃って出歯亀していたのは何で? 晩御飯に呼びに来るには、まだ少し早いはずだけど。何か用事でもあったの?」
「あ~、それなんだけどユエ達とは偶然会っただけよ。私達の方は……」
雫が困惑したような表情でその視線を鈴に向ける。どうやら珍しいことに誠司とハジメに用事があるのは鈴の方だったらしい。二人を探している途中で、偶然、こちらに向かっていたユエ達と合流したようだ。
やたら緊張した、されど決然とした眼差しを向けてくる鈴に、誠司もハジメも怪訝な顔をする。そんな二人に向かって鈴は一歩前に進み出た。
「あのね、その……次の大迷宮に鈴も連れて行って下さい。お願いします!」
ガバッと頭を下げながら頼み込む鈴の姿に、光輝達が驚いたような表情を向ける。どうやら、鈴が何を頼むつもりだったのか聞いていなかったのだろう。
ハジメもまた、その手の頼みをしてくるのは光輝辺りだろうと思っていたので、真っ先に頼み込んできた鈴に僅かな驚きを見せた。
「鈴、それは……」
「光輝君、ごめん。これは鈴個人のお願いだから口を挟まないで」
大迷宮から帰ってこの方、随分と暗い雰囲気だった光輝が鈴の言葉に思わず反応するが、それを常にない強さを以てピシャリと止める鈴。雫達もまた、連れて行って欲しいのがパーティー全員ではなく鈴個人だと分かり再び瞠目した。
「それはまたどうして? 別に無理して付いて来なくても日本には連れ帰るつもりだし、強くなりたいのだとしても僕がアーティファクトを強化してやれば大して問題ないと思うけど?」
「うん、確かにそうだよ。でも…………恵里のことまで手を貸してくれるわけじゃないよね?」
鈴が出したその名前に、ハジメも誠司も渋い顔を浮かべた。
「中村さんね……別に連れ帰るのは勝手だけど、それでクラスメイトは納得するかな? あと、王宮の人達とか」
「彼女に殺された奴も多いからな」
二人の言葉に、鈴も困ったような笑みを浮かべる。
「……うん、分かってる。恵里が絶対に許されないことをしたのは。だから鈴はもう一度、恵里と会ってお話がしたい。恵里とどんな結末になったとしても、ちゃんと目を見て話したい。でもそのためには力がいる。だからね、大迷宮にもう一度挑戦したいんだ。それで結果はどうなっても、生きて出られたら……そのまま魔人族の国に行こうと思う」
「鈴っ、それはっ」
思わずといった様子で雫が鈴の肩を掴む。単身で魔人族の領土に行こうなどと友人としてとても許容できるものではない。だが、自分の肩を掴んだ雫を見上げる鈴の眼差しには僅かな揺らぎもなく、その宿る意志の強さに雫は気圧されて手を離してしまった。
間違いなく危険ではあるが、効率的なのは確かだ。何せ、次の大迷宮である氷雪洞窟は魔人族の国ガーランドの隣に位置している。結果がどうなるにしろ、一度王都に戻るよりハジメ達に同行して氷雪洞窟に挑んでから、そのまま恵里がいると思われる魔人族の本拠地――いわゆる魔王城に乗り込んだ方が効率的だ。
「それでね、それで、もし、もし恵里を連れて来て、皆を説得することが出来たら……その時は、恵里も一緒に日本へ帰して欲しい。お願い! お願いしますっ!!」
「「……」」
鈴の悲鳴じみた懇願が木霊し、そのまま誰も何も言えず静寂が降りた。誠司もハジメも冷めた視線を鈴に向けていた。
説得と簡単に言うが、正直クラスメイト達やこの世界の人間が恵里のことを許すとは思えない。誠司もハジメも恵里とは別に親しくないので断定は出来ないが、彼女のあの凶行は洗脳によるものではなく、本心で動いていたように見えた。そして、もし万が一カラマネロなどによって洗脳されていたとしても、それで今まで通りクラスメイト達が接してくれるかと言えば、答えはNOだろう。それだけ彼女の凶行は悪辣極まりないものだったのだから。
そこを鈴は分かっているのか。ハジメが口を開こうとしたその時、ずっと黙り込んでいた光輝が先に口を開いた。
「……俺からも頼む。恵里の目的は俺だ。俺も、いや、俺こそがあいつと話をしなきゃならないんだ。鈴を一人で魔人領に行かせるわけにはいかないし。それに……」
グッと唇を噛み締めて拳を握り締めた光輝は、どこか鬱屈した雰囲気を纏いながら吐き出すように言葉を放った。
「このままじゃ、終われないんだ。雫や香織だって神代魔法を手に出来たのに、俺はっ。次は、次こそは必ず力を手にしてみせるっ! あんな精神攻撃ばかりしてくるような卑劣な場所でなければ、俺だって攻略できたはずなんだ! 今度いく大迷宮は、あの魔人族の男が攻略出来たところなんだろ? なら、俺だって必ずっ!」
「光輝……」
声を荒げる光輝に、雫が心配そうな眼差しを向ける。光輝が手にできなかった神代魔法を、幼馴染の女子二人が会得した。そのことに、光輝が複雑という言葉では全く表現しきれない暗い感情を抱いていることは、雫も分かっていた。それ故に、帰還後も何かと気にかけていたのだが、果たして、どんな言葉をかければいいのか。
どこか危うい幼馴染の姿に、雫は不安を隠し切れない様子だ。
「ま、確かに、鈴を一人で行かせるわけにはいかねぇな。恵理の奴も、一発どつかねぇと俺の気が済まねぇし。南雲、中西、悪いが、いっちょ頼むわ! このとぉ〜り!」
「うん、そうだね! それに私も雫ちゃんも神代魔法を使えるようになったから完全に足手纏いにはならないと思うよ!」
わざと明るい調子で龍太郎と香織も頼み込んできた。そんな二人の明るさに少し救われた気持ちになった雫は微笑んだ。そして、雫もまた、申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。
「その……お願い出来ないかしら?」
誠司とハジメはお互いに顔を見合わせ、次にユエ、シア、ティオの三人にも視線を向ける。三人とも分かっているというように頷き返してきた。
「……契約更新、だね」
「ああ。説得諸々はそっちでやってくれよ」
「やったぁっ! ありがとぉ!!」
二人の言葉に鈴がパァと顔を輝かせた。雫達もほっと肩から力も抜く。
今の恵里は魔人族陣営にいる。氷雪洞窟を攻略後、神と戦う上で魔人族と事を構えることにもなるだろう。それなら、光輝達をそちらにぶつけて押さえ込ませるのは悪い考えではなかった。それに、昇華魔法によって光輝達の地力も上がっているので、足手纏いという程でもなくなっていた。
「それじゃあ、色々武器やアーティファクトを作らないとね。昇華魔法で錬成の技量も上がってるし、アイデアも湧き上がってるんだ。早速取り掛からないと!」
腕まくりをして、やる気を見せるハジメ。こうなったハジメは止まらない。折角、恋人になったというのに、これではしばらく恋人らしいことは出来ないだろう。誠司は小さく溜息を吐いた。
この異世界での旅路も、ようやく終わりが見えてきた。だが、やりたいこと、考えるべきことは山積みだ。それでも自分達なら何とか出来てしまいそうだなと、誠司はそう思った。