ハウリアの処刑を免れ、フェアベルゲンを出て行くことになった誠司達は大樹の近くに仮の拠点を作って過ごすことになった。ハジメがこっそりフェアドレン鉱石の一部を貰っていたこともあって、拠点の中はフェアベルゲン程ではないにしろ霧は大分少なくなっていた。
そこで誠司はハウリアに自分の手持ちのポケモン達を使って、戦い方やポケモンバトルの指導をしていた。使用しているポケモンはワンリキー、エリキテル、チゴラス、クルミル、チリーン、ヘラクロスの六体。奈落の底を出てから仲間になったポケモン達ばかりだ。折角なので彼らのトレーニングも兼ねている。ヌマクローやマシェードといった残りのポケモン達はトランクの中に入って貰っている。
これからはポケモン達を定期的に入れ替えていくことにした。基本的に六体は手元に、残りは全てトランクの中に入っていて貰う方針だ。ちなみに手元に残すのが六体なのは夢での影響だ。多すぎても少なすぎても困るので良い塩梅だと思う。
たった十日で大樹までの霧は晴れて、ハウリアとの契約は切れる。つまり、誠司達にとって助けてやる義理が無くなるということだ。そうなれば、そのまま人間族や亜人族にやられて全滅の可能性が高い。なので、ハウリア全員の希望で彼らに戦う術を教えているのだが……
「ピギィッ!」
「おお! ケムッソ、大丈夫か!? しっかりするんだ!」
「ああワンリキー、ごめんなさい! こうするしかないんです!」
「リ……リキ?」
「ナゾノクサ、痛いところはないか!?」
「……ナゾ」
なにぶん、面倒臭い。ポケモンがちょっとのダメージを受けただけでこの世の終わりのような悲鳴を上げ、逆にちょっとダメージを与えれば過剰に謝って来る。更には大したダメージを負っていないはずなのに一定時間経ったら痛い所が無いかいちいち確認してくる始末。訓練相手をしているワンリキー達は困惑しっぱなしだった。何せ攻撃も全然痛くない上に相手からはしつこいくらいに謝られるのだ。無理もない。
しかも、タチの悪いことにハウリアのポケモン達も同じだった。長い間、温厚で平和的なハウリアという名のぬるま湯に浸かっていたせいか、のほほんとした子が多く、ポケモンなのに碌に技も当てられない、手加減しているかのような動きをするといった始末だ。
彼らにやる気があるのは分かる。だが、このヤドンよりも遅いペースだと十日どころか十年かかっても難しそうだ。
なので、誠司は訓練の趣向を変えることにした。二日目から誠司はポケモン達との訓練の難易度を跳ね上げた。肉体的なものだけでなく、精神的に追い詰めるようなものも多くし、そして何より連帯責任として一人でも、一体でもしくじれば全員に罰として訓練を重くする方式を取ったのだ。
当然、急に方針を変えられたハウリアは困惑したが、有無を言わさぬ誠司の様子に口を噤む。彼らも必死に付いて行くが、誠司の課した訓練は彼らにとっては地獄とも言えるものだった。
訓練を始めて四日目にもなると、心が折れる者達も出てきた。もうどうにでもしてくれと誰もが疲弊し切った様子だった。ハウリアのポケモン達も同様で疲れが溜まっている。ハウリアのポケモン程ではないが、誠司のポケモン達でもやはり訓練が過酷なのか、疲れが目立ち始めて来た。
誠司はそんなカム達ハウリアに冷たい視線を向けながら、抑揚の無い声で問う。
「もうやめたいのか? 俺は別にそれでも構わないぞ」
誠司の言葉にカム達の顔に困惑と安堵の表情が浮かんだ。だが次の誠司の言葉に彼らの表情は固まった。
「ああ、お前達は本当によく頑張った。最弱の種族なのによくここまで耐えたものだよ。だから、シアを見捨てても誰も責めないさ。俺も、ハジメも、ユエも、そしてシアもな」
「シ、シア……? 見捨て……?」
「何故ここでシアの名前が出てくるんだ?」と困惑するハウリア達に誠司は現実を突き付けた。
「あいつは普通の兎人族じゃない。今、ハジメやユエが鍛えているが、もっともっと強くなれる素質がある。そしたらきっと、あいつはお前らの元を去るだろうな。家族の迷惑が掛からないようにって」
「っ、それは……」
「言っておくが、俺達は保護するつもりはない。今のあいつには決定的なものが欠けている。それを自覚しない限りは頼まれても連れて行く気はない。あいつがお前らの元を去ってもお前らはそれを引き留めることも追うことも出来ない。シア・ハウリアという少女がお前らの元を去ったが最後、もう彼女に帰る場所はないんだよ」
その瞬間、カムの、いやハウリア達の目の色が変わる。それはポケモン達も同じだった。心が折れて死にかけていた目に再び光が宿り始める。それはまるで、怒りという名の燃料を焚べた炎のような輝きだ。
「口が過ぎますぞ、誠司殿。私達がシアと共に樹海を出たことをお忘れか?」
「そして、彼女の心に傷だけを作り、全員処刑されかけたな」
「っ、それは……」
「弱かったことで蹂躙された。シアの存在、そしてあんたの身勝手のお陰でな」
「身勝手……?」
「そうだ。長というのは個よりも集団の利益を優先する者のことを言う。あんたは族長として
「………………」
冷酷とも言える誠司の言葉にカムは口を噤む。他のハウリア達も反論出来なかった。ポケモン達も心配そうに寄り添っている。やがてカムは絞り出すような声で言葉を紡いだ。
「……モナは、私の妻は……元々身体が弱かった。シアを産んで十年程経って病気でこの世を去った……」
ハウリア達もその人物の顔が浮かんだのか一様に悲しげな顔をする。誠司も黙って聞いている。
「シアは……モナの忘れ形見だ。そのシアを見捨てることが……族長として正しいことだと誠司殿は言うんですか!?」
「そうだ」
カムの心からの叫びに対しても誠司は一蹴する。
「シアを匿うことは父親として正しくても、一族を束ねる族長の立場としては間違いだ」
「こ、この……」
「そもそもシアを死なせたくないのなら、早いうちに長老衆に言うべきだった。前に言ったようなシアの有用性を証明出来れば、あの頭の固い老害どもも頷かざるを得ないだろう。損得勘定の出来ない連中じゃないしな。あとは族長の座を別の者に譲ってあんたとシアの二人だけで逃げる……なんて方法もあったぞ。シアも父親一人だけなら、ある程度守り通せただろうしな」
「な、な……」
「結局、あんたらは弱かったせいで今に至るんだ」
「私達はっ」
「兎人族だからというのは理由にならないぞ。そもそも俺が言っている弱さは肉体的なものだけじゃない。おつむの弱さや性格の弱さもだ。それらはいくらでも強くなれるのにも関わらず……」
カムを始めとしたハウリア達は黙っていたが、全員気弱で温和な種族とは思えない程に顔を憤怒で歪ませていた。歯を食いしばり、全員誠司を強く睨み付けている。
「弱かろうと何だろうと家族を守りたいから、覚悟を決めたんじゃないのか? それを苦痛で諦めるのか? ……ああ、良いとも。俺は所詮は他人だからな。お前らがどうなろうと他人事でしかない。シアのことは忘れてひっそりと息を潜めて生きるが良いさ!」
「そ、そんなこと出来る訳が……」
「ああ。それとも言い訳が欲しいのか? 『自分達は努力して頑張ったんだ。でも無理だった。シアよ、私達を恨まないでくれ』って言い訳が」
「……黙れ」
「それなら良かったじゃないか。本当の努力なんて他人には分からないんだ。たとえ実の娘でもな。心折れるまで頑張ったんならシアも責めないだろうよ。しかもその厄介者が自分から消えてくれるのなら、お前らにとってはラッキーチャチャチャだ。さぁ、喜びな……」
「黙れと言ったぞぉ! ケムッソ、“どくばり”だ!!」
「ピギイィィ!」
カムは怒りのままにケムッソに指示を出した。ケムッソはお尻から鋭い針を誠司に向けて発射した。最初の頃と違い、その針は真っ直ぐ飛んで誠司の顔のすぐ横を掠めて後ろの樹に突き刺さった。それは当たらなかったものの、初めて敵意の籠った攻撃だった。
「馬鹿にするな! シアは私の子だ! 私達の家族だ! 忘れることなど出来るものか! 一人になどさせるものかああぁぁぁ!!」
カムの心からの叫びに呼応するかのように一人、また一人と立ち上がっていく。瞳に気概と怒りを強く宿して。傍らのポケモン達も先程までとは比べ物にならない気迫だ。
「お前達! このガキに教えてやれ! 我らハウリアは絶対に家族を見捨てないことを! こんな訓練など何でもないと! シアに、家族にっ、縁を切らせるなぁっ!」
『おおおおぉぉぉぉーーっ!!』
ハウリアの雄叫びが樹海に響き渡る。
「このまま訓練を続けるのか?」
「当然だ! 地獄でも何でも持ってこい! 全て乗り越えて、その生意気な口を二度と叩けないようにしてやるっ!」
「ほぉ? もう泣き言は聞かないぞ。それでもやるんだな?」
「そうだ! 何度も言わせるな!」
「……上等だ。ならばまずは……走れる所まで走って貰おうか? 二時間以内に俺や俺のポケモン達から逃げ切ってみせろ!!」
『望むところだ!!!』
一同にハウリアとポケモン達は去って行く。それから一拍おいて誠司はワンリキー達に指示を出すとハウリアを追いかけ始めた。
この日からハウリアの
ハウリアの訓練はWeb版のトータス旅行記の内容を参考にしました。次回はシアの訓練の方に入ります。