「うう……明日から誠司にどんな顔して会えば良いのか分からないよ……」
その夜、ブルックに帰還した誠司達はマサカの宿に再び泊まることになった。宿の一室では、ハジメがどんよりした表情で落ち込んでいた。同部屋のユエとシアがハジメを必死に慰めている。
「まぁまぁ、ハジメさん。逆に良かったんじゃないですか? これで一歩前進ですよ」
「ん……結果オーライ」
「そ、そうかなぁ……」
未だに落ち込んではいるが、二人の言葉に少しだけ気を取り直すハジメ。それを見てユエもシアもホッと安堵の息を洩らす。その時、シアが何か思い出したようにあっと声を上げる。
「そういえば、結局聞けず終いでしたけど、ハジメさんが誠司さんを好きになったキッカケって何だったんですか?」
ハジメは露骨に嫌そうな顔をする。
「ええ〜、また蒸し返すの、それ?」
「やっぱり気になりますもん。それに、どうして好きになったのかが分かれば、私達もアドバイスがしやすくなりますし」
「そんなこと言ってるけど、興味本位なのが丸分かりだよ」
「ん。興味からなのは否定出来ないけど、今後に役立つのも確か」
「ですです! さぁ! 観念して話してください!」
ユエとシアにジリジリと詰め寄られ、ハジメはお手上げだと言わんばかりに両手を挙げる。
「はぁ〜、分かったよ。話すよ。でも、そんなにドラマチックな話でもないんだけどね」
ハジメが溜息混じりにそう言うと、ユエとシアはワクワクした面持ちになる。それを見て苦笑いを浮かべるハジメ。
「そうだね……僕が誠司を意識するようになったのは大体1年くらい前かな……」
中学生の時にハジメはポケモンがキッカケで誠司と親友になった。その時はまだ異性として意識はしていなかった。自分は女ではあるものの、男として振る舞って生きていたため、異性への『興味』は無いに等しかった。
それは高校に入学してからもしばらくは変わらなかった。しかし、それが明確に変わったのはあの時からだろう。ハジメは確信を持って言える。
入学してすぐにクラスメイトであり、学校のマドンナ的存在である白崎香織が頻繁に自分に関わってくるようになったのだ。すると、ハジメはクラスどころか学校中で嫌われるようになった。自分に嫉妬や嫌悪の視線を向けられることは序の口で、酷い時には暴言を直接吐かれることもあった。
やがて、その悪感情はハジメと親友である誠司にまで向いていった。幸い、誠司は背も高く、授業態度も比較的真面目なためハジメ程では無いが、ハジメと仲が良いという理由から少しずつ距離を取られていた。
だから、ハジメは誠司と距離を取ろうと提案した。自分のせいで誠司まで嫌われて欲しく無かったからだ。
だが、誠司はただ不思議そうに首を傾げるだけだった。
「距離を取るって……何でわざわざそんなことをする必要があるんだ?」
「だって僕と一緒にいたら誠司まで嫌われ者に……」
誠司は大きく溜息を吐いた。
「あのな、ハジメ。俺はお前といると楽しいから一緒にいるんだ。他の誰かのためじゃない。俺自身のためだ。もしかして……お前は俺と一緒にいると楽しくないのか?」
「そ、そんなことない! 僕だって誠司といるのは楽しいよ! でも……」
「ハジメ」
誠司に名前を呼ばれて顔を上げると、誠司は呆れたように笑っていた。
「良いことを教えてやるよ。後ろ指を刺したり、自分を馬鹿にしたりする連中には何が一番効果的なのか」
誠司はそう言うと制服のポケットに手を突っ込む。そして、一つの小さなマフィンを取り出すと、それをハジメに手渡した。
「楽しめよ、ハジメ。人生楽しんだもん勝ちだ。俺達が楽しく生きていれば、俺達への悪口は嫉妬に、嘲笑は強がりになる。それが相手をどんどん格好悪くしていくんだよ」
「楽……しむ……?」
「そう。良く言うだろ。「幸せになることが1番の復讐」だって。さぁ、それを食えよ。俺特製のマフィンだ。甘くて美味しいぜ」
誠司に勧められてハジメはマフィンに巻かれていたビニールを剥がして一口かじった。ほどよい甘さが口いっぱいに広がる。ハジメの好みの味だった。
「美味しい……」
「だろ? これが楽しむことの第一歩だよ」
そう言いながら得意げに笑う誠司に釣られてハジメも思わず笑った。高校に入学してから初めて心から笑えたと思う。そして、今までと変わらず誠司はハジメの側にいてくれた。
その頃からだった。誠司の顔を見る度に少し胸が高鳴るような感覚がしていったのは。
最初は自分のその感情が分からずにいたが、ハジメはいつしか自覚していった。
自分が誠司のことを好きになっていると。
「へぇ〜、人生楽しんだもん勝ち……良いこと言いますね、誠司さん!」
「ん……良い話」
話を聞き終えたシアとユエが目をキラキラさせて言った。それを聞いてハジメは照れ臭そうに笑った。話し終えた頃にはもう寝る時間になっていたので三人ともベッドに入って寝ることにした。
それからしばらく経って、ユエとシアは既に夢の中だったが、ハジメはまだ起きていた。ハジメの脳裏にはあの出来事より後のことが次々に浮かび上がった。
誠司への恋心を自覚したハジメ。だが、自分のその気持ちを誠司に伝える勇気は彼女には無かった。まぁ、当然だ。今まで男として振る舞ってきたし、身体つきもお世辞にも魅力的とは言い難かったから。
幸か不幸か、胸はその年齢の女子にしては小さいし、声も低いし、女らしさは全く無いと言っても良いだろう。それで自分が女だと打ち明けても今の自分に彼が好かれる魅力は無いとハジメ自身、断言出来た。
だから、ハジメは自分の恋心を密かに封印することにした。誠司はもちろん、誰にも気付かれることが無いように。
それから、自分が恋心を自覚すると、香織が何故自分にいちいち関わって来るのかが理解出来た。困惑はしていたが、正直なところハジメは香織のことは嫌いでは無かった。彼女の行動に悪意は無かったし、好意を向けられていると理解出来たからだ。だが、彼女の好意が恋心によるものだと分かったハジメには罪悪感でいっぱいだった。
「ごめんなさい。実は僕は女なんです。だからあなたの気持ちには応えられません」と言うことが出来ず、ずっと隠し通す他なかったからだ。
そんなこんなで自分の想いを隠し続けて一年が過ぎ、誠司への恋心は大きくなっていった。それでも何とか気付かれることなく隠し通せたのは我ながら凄いと思う。学校の一部の腐女子が自分と誠司をカップリングして見ているのを知った時は心臓が止まりそうになったが。
それから異世界に飛ばされ、誠司共々奈落に落ちた。一人で奈落の底で目が覚めた時は絶望に押し潰されそうだった。ヒバニーに出逢っていなかったら間違いなく潰されていたと思う。
そして、ハジメは誠司を探してヒバニーと奈落を散策した。途中で野生のポケモンに何度か襲われたが、何とか逃げ切ることが出来た。だが、やがて限界が来た。
飢えに耐え切れず、ハジメは近くにあったタブンネの死骸を喰らったのだ。ポケモンの肉は一部を除いて人体には猛毒であることをすっかり忘れていた。偶々近くから湧き出ていた神水が無かったらどうなっていたことか。
だが、その愚行としか言えない行動は思わぬ副産物をハジメに与えた。魔力操作や回復の技能、そして、肉体の最適化だ。この肉体の最適化はハジメの身体を『女』にしてくれた。
髪は白く長くなり、肉付きも良くなり、胸も人並み以上になった。どっからどう見ても立派な女だ。ハジメの変化に、再会した誠司は薄ら察しているだろう。だが、「ハジメは男である」という認識が邪魔しているらしく気付けていない。
思いがけない形でハジメは自分の求めるモノを手に入れることが出来た。しかし、ハジメは未だに勇気が出せずにいた。やっぱり自分を受け入れてくれないんじゃないか。そんな思いがどうしてもあったからだ。それはポケモン達と共に奈落を探索している時も変わらなかった。
そんな状況が変わったのは奈落の底の最終ボス、サザンドラとの戦いでのことだ。誠司が死にかけたのだ。左腕は食われ、顔は大火傷を負ってしまい、意識は無くなっていた。
自分やユエの回復魔法や神水のお陰でなんとか一命を取り留めることは出来たが、腕の欠損は治らなかったし、顔の火傷もサザンドラの炎が特殊なのか神水を以ってしても完治には至らなかった。しかし、それがキッカケで誠司に告白することに繋がった。
誠司が死ぬかもしれない。その恐怖心が、拒絶されるかもしれないという恐怖心に打ち勝ったのだ。
ハジメは勇気を振り絞って誠司に自分が女であることを打ち明けることにした。思えば、人生の中で最も緊張した瞬間だったかもしれない。
そして、誠司は自分のことを受け入れてくれた。流石にまだ恋心までは無理だったが、ハジメとしては今はそれで十分だった。
それから奈落を出て実力を上げていく傍ら、ユエやシアから教わりながら女らしさも磨いていった。そのおかげかブルックの町ではナンパされるレベルにはなった。
そして、ライセン大迷宮攻略後に救命行為ではあるが、誠司とキスすることが出来た。これによって誠司もハジメのことを意識した様子だったし、シアの言う通り、一歩前進したのは確かだ。
(そうだよね……これは立派な前進だよね。よし……!)
ハジメは心の中でガッツポーズを取ると、ようやく眠りについた。
これなら十分惚れるかなと思います。
作者としては、恋愛感情というものは相手への信頼の延長にあるものだと考えています。原作の雫の場合が良い例です。まぁ、一目惚れなどの場合もあるので一概には言えませんが。